川 上 幸 一 先 生 の 定 年 退 職 記 念 号 に 寄 せ て
よ り 豊 か な 人 生 を
経済学部長
清 水 嘉 治
月日が経つのは︑実に早いものであります︒昨年長倉保教授に励ましの言葉をかけてお送りしました︒今度は︑川
上幸一先生の定年退職に当たりまして︑お別れの挨拶をすることになりました︒
川上先生は︑神戸市のご出身で︑神戸一中︑第三筒等学校理科を経て昭和一八年一〇月京都大学理学部物理学科に
入学︑同二一年三月中途退学し︑同一=年四月に︑東京大学経済学部に入学︑同二四年三月に卒業しました︒その後︑
戦後日本経済の復興期に卒業し︑なんと友人と大学新聞社を設立し︑起業家の道をえらんだのであります︒あの温厚
な川上先生からは想像も付かない血気盛んな青年時代の一面を伺いました︒
その後先生は日本原子力産業会議調査会企画室に勤務され︑昭和四一年四月に原子力発電課長︑動力開発課長など
を経て︑昭和四六年四月本学教授に就任され︑工業経済論を担当しました︒本学において教務部長︑常務理事を経験
され︑平成六年三月に定年退職になりました︒とくに教務部長時代には︑全学のカリキュラム体制を確立し︑軌道に
乗せ︑常務理事時代には︑さまざまな批判がある中で︑本学キャンパスと平塚キャンパスの条件づくりに貢献されま
した︒
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商 経 論 叢 第30巻 第3号
一方︑先生は︑何よりも一貫した原了力産業の研究家の第一人者でした︒単著で処女作は﹃原子力の政治経済学﹂
(昭和四九年八月・平凡社)であり︑核分裂反応の発見(一九三八年)から一九五三年一二月の米国アイゼンハワーの国連
演説で強調した﹁平和のための原子力﹂に至る米国を中心とする核開発の政治経済学を克明に究明しました︒一方核
燃料サイクルを中心に︑日本の原子力産業の自立への課題を主として政策面から考察しました﹃日本の原子力技術﹄
(石川欽也・木代泰三の両氏と共著︑昭和五六年︑日刊工業新聞社)も注目されました︒さらに︑原子力発電所の立地を中心
に︑地域社会との関係を考察した﹃地域と原子力﹂(共著︑第三章﹁原子力行政と地方自治体﹂を執筆︑実業公報社︑昭和六〇
年)があります︒その他﹃原子力と国際政治﹄(共著︑白桃書房︑昭和六一年)など︑﹁核兵器拡散問題の歴史的サ!ベイ
を踏まえ︑核兵器国と非核兵器国の不平等性を指摘し︑日本の取るべき政策を提言しています︒
こうして先生は︑原子力産業のあり方︑原子力の平和利用︑原子力外交︑原子力と国際政治︑原子力政策と環境問
題等について広範囲な論理展開をしています︒いずれの分野においても︑物理学の知識をもった原子力産業の展開と
いう点で︑ユニークであるといえるのではないでしょうか︒
わたくしは︑先生の従来の学問的業績を︑わかりやすく総括した作品が︑﹃原子力の光と影‑二〇世紀を演出した
技術﹄(電力新報社︑一九九,年)であると思います︒
先生は︑本書の﹁まえがき﹂でこういっています︒
﹁原子力という技術には︑人間の本性そのままに二つの顔がある︒一つの顔は︑この技術の﹃誤用﹄の産物である大
量殺人兵器としての数万発の核弾頭であり︑もう一つの顔は︑われわれの経済や口常生活に電気を供給している︑世
界で四〇〇(炉数)を超える原子力発電所である︒原子力のこの二つの顔は︑舞台の上でいつも重なって見え︑われわ
れにとまどいや不安や希望や︑時には恐怖を与えながら今日に至っている︒良しも悪しくも二十世紀には原子力の世
州L幸 一'先生 の定 年 退 職 記念 号 に寄 せ て
⁝血 紀であった﹂と︒
こうした間題意識に立って︑本書の第一部は︑核分裂反応の発見が軍事利用への道に向けられ︑原爆が広島︑長崎
に投下され︑無残な大量の犠牲者をだしたこと︑第二次大戦後は︑さらに人類の生存がかかったぎりぎりの地点まで
﹁米.ソ﹂核兵器開発戦争がエスカレートした︑現代史の最も暗い時代の足どりであったこと︑を︑冷静に分析してい
ます︒この点は︑前述した﹃原子力の政治経済学﹄でも展開されました︒したがって第一部では︑﹁核分製の発見から
原爆へ﹂(第一章)︑﹁日本への原爆投下‑冷戦の序曲1﹂(第..竜)︑﹁原爆の独占か︑国際管理か﹂(第三章)︑﹁軍拡と核
兵器産業の創出﹂(第四章)などのそれぞれの課題をわかりやすく叙述しています︒
第二部では︑原子力の平和利用がどのように行われ︑原子力発電の開発がどのように進あられてきたかを︑米国の
一九七〇年代末までの経過を中心に批判的に考察しています︒とくに先生の強調したい点は︑アメリカのいう平和利
用の時代というのは︑核兵器が存在し続け︑国際政治の構造を規定しているなかでの軍事利用と平和利用の共存の時
代であり︑これによって平和利用の展開がいかに大きな制約を受けてきたかを重厚に分析しています︒その主内容は
次のような構成で成立しています︒
第二部解放ーエネルギーへの道︑﹁機密化された原子炉研究﹂(第五章)﹁大軍拡下の原子力発電研究﹂(第六章)︑﹁平
和利用の解放と核戦略﹂(第ヒ章)︑﹁"動く標的"を追って﹂(第八章)︑﹁早すぎたか︑経済性突破﹂(第九章)︑﹁日本の進
路﹂(終章)から成凱しています︒
先生は︑脳原子力も科学技術の進歩の一つの所産であり︑これを悪用するのも︑人類の福祉に役立てるのも︑選択す
るのは人類自身である﹂と結んでいます︒そして日本はいま国際舞台で︑三原則の初心と自主開発の真価を問われて
います︒こうして︑原子力の光と影を見事に分析したのが本書でした︒
拉 商 経 論 叢 第30巻 第3号
私たちひとりひとりが﹁原子力の平和利用﹂そしてそのあり方が問われているとき︑本書は︑さまざまなことを教
えています︒
ことしの政府の﹁原子力白書﹂には﹁国民とともにある原子力﹂というひとことが入っていました︒最近の世論調
査の結果をみますと︑﹁原子力の必要性については多くの人が感じているが︑安全性への不安︑心配は残っている﹂と
分析しています︒だから大切なのは︑政府が下からの市民の声を踏えて原子力の情報公開にふみきり︑安全性.不安
を取り除くことでしょう︒
川上先生の原子力の政治経済学も︑このことを教えているように思われます︒わたくし自身︑改めて﹁原子力の光
と影﹂をよみまして︑今後︑安全性の問題を︑市民の航場に立ってどのように具体的に解消していくか︑真剣に見守
りたいと思っています︒
川上先生︑本当にご苦労様でした︒在職中︑将来の日本の原子力のあり方について議論しておけばという思いに改
めてかられます︒
どうか︑今後も︑冷静な頭脳と温かい心をもって︑限りなく元気に頑張って下さい︒そしてわが経済学部の発展の
ために︑さまざまな助言を期待しています︒
一九九四年十二月一日