無縁社会における「共苦」(「共悲」)のネットワ ークについて
その他のタイトル On Network of Compassion in meun shakai (no‑relationship society)
著者 宮本 要太郎
雑誌名 関西大学人権問題研究室紀要
巻 71
ページ 1‑22
発行年 2016‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/9923
一無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて
無 縁 社 会 に お け る
﹁ 共 苦 ﹂ ︵
﹁ 共 悲 ﹂ ︶
の ネ ッ ト ワ ー ク に つ い て
宮 本 要 太 郎
はじめに 現代の日本社会において︑とりわけ二〇一一年三月の東日本大震災以降︑仏教者 ︶1
︵がボランティア活動に従
事する姿が増えてきたように思う ︶2
︵︒もっとも実際には︑
それ以前にも仏教者がそのような社会活動に従事する
ケースは多かった︒とりわけ近世以前の仏教者の中に
は︑叡尊や忍性に代表されるように︑積極的に社会活
動・福祉活動に従事する人たちが見られたし︑近代で
も慈善事業や社会事業に携わった仏教者は少なくなか
ったのである︒ただし︑戦前から戦中にかけて展開さ れた仏教者や仏教教団による活発な社会活動の多くは︑
意図せざる場合が多かったとはいえ︑日本国家の軍国
主義や植民地支配に加担してしまった ︶3
︵︒戦後︑そのこ
とに対する真摯な反省や︑日本国憲法に規定された政
教分離の原則などによって︑仏教は︵他の多くの宗教
と同様︶︑教育事業︑国際協力や平和活動などの一部の
分野を除いて︑社会参加に対して消極的となってしま
ったのである︒すなわち︑戦前には広く見られた宗教
主体の慈善事業は︑戦後︑国家・行政・民間︵世俗︶
主体の社会福祉活動へとシフトし︑結果的に︑仏教者
を含め宗教者が社会活動に参加する機会は激減した ︶4
︵︒
二
ところが近年の傾向として︑仏教者による社会活動が
徐々に可視化されてきたと感じられるのである ︶5
︵︒
仏教者による今日のボランティア活動は︑かつての
伝統の復活と見なせるだろうか︒連続性と非連続性は
どの点に見出せるだろうか︒少なくとも戦後七十年の
歴史を通じてどちらかというと公的な場で活動するこ
との少なかった日本の仏教者が︑それぞれのテリトリ
ー︵ウチ︶から積極的に社会︵ソト︶に出始めたので
ある︵もちろん︑そうでない仏教者の方が数としては
多いのだが︶︒そのような仏教者たちを︑社会的な諸活
動へと突き動かしているものは何だろうか︒それは一
過性の現象だろうか︒それとも日本の仏教界全体︵あ
るいは宗教界全体︶に何らかの変化が生じているのだ
ろうか ︶6
︵︒
本論文は︑それらの問いに対して性急に何らかの一
般論的な答えを出そうとするものではない︒とりあえ
ず︑現在進行中の仏教者の社会活動のいくつかを取り
上げ︑それらに通底しているものについて︑考察を加 えてみたい︒一 有縁社会から無縁社会へ
二〇一〇年一月三十一日にNHKで放送された﹁N HKスペシャル 無縁社会〜〝無縁死〟三万二千人の
衝撃﹂は︑文字通り視聴者に大きな衝撃を与え︑その
後﹁無縁社会﹂という言葉が人口に膾炙する口火を切
る番組となった︒一人暮らしの高齢者が人知れず死ん
でいく﹁孤独死﹂現象については︑すでに一九八〇年
代ころよりマスメディアが頻繁に取り上げてきた︒し
かしこの番組およびその後の一連の﹁無縁社会﹂シリ
ーズは︑社会から﹁孤立﹂した人びとが比較的若い年
齢層でも急速に増大していること︑地縁・血縁から切
り離された︵ないしそれらを自ら切り捨てた︶いわゆ
る﹁無縁﹂状態がとりわけ都市部を中心に広がってい
ることを︑さまざまな実例を通して可視化した点で︑
社会に対して大きなインパクトを与えることとなった
三無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて のである ︶7
︵︒
地縁と血縁は︑日本において伝統的に︵とりわけ檀
家制度が確立した江戸時代初期以降︶人間関係を強く
規定してきたが︑NHKの﹁無縁社会﹂シリーズや朝
日新聞の﹁孤族の国﹂特集 ︶8
︵などに示されているように︑
日本社会のいたるところで︑それらの縁が十分に機能
していないことが明らかになった︒また︑通夜や告別
式などを行わない﹁直葬﹂が都会を中心に急増してい
ることや ︶9
︵︑地方では若年人口の減少によって祭りを維
持するのがますます困難になっている事例が多く見ら
れることなども︑血縁や地縁の弱体化と関連づけて語
ることができよう︒
このような傾向が︑神道と仏教の衰退に少なからず
影響を及ぼすであろうことは想像に難くない︒たとえ
ば︑葬儀の実施および祭礼への参加は︑共同体の一員
としての義務というよりは︑ますます個人的な選択の
事柄へと変化しつつある︒その結果︑人びとは共同体
の絆から次第に孤立する︵あるいは自由になるとも言 える︶︒血縁や地縁は︑日本の社会構造において決定的
に重要な役割を果たしてきたがゆえに︑かかる﹁無縁﹂
化の浸透は︑多くの人びとの懸念の的となっているの
である ︶10
︵︒
二 無縁社会において活動する僧侶たち
かかる状況のもと︑たとえば伝統仏教においては︑
檀家の寺離れや葬送儀礼の簡略化などによって︑江戸
時代から仏教教団を支えてきた檀家制度というシステ
ムが危機に瀕しているといわれる ︶11
︵︒一方で︑そのシス
テムによって維持されてきた檀那寺
︱
檀家の関係から独立して︑﹁孤立無縁﹂の状態で苦しむ人びとの苦悩
に寄り添い︑少しでもその苦を取り除くこと︵抜苦︶
に取り組む僧侶も増えている︒ここでは︑三つの事例
を報告したい︒
四
︵
1
︶ひとさじの会 12︶︵
ひとさじの会︵正式名称は社会慈業委員会︶は︑二
〇〇九年に︑生活困窮者への支援を志す浄土宗の若手
僧侶たちによって設立された︒﹁ひとさじ﹂という名称
は︑次の故事に由来する︒ある僧侶が夢の中で︑病気
で苦しむ人びとに重湯を食べさせている一人の僧を見
た︒目覚めた後︑その僧侶は別の僧侶に︑その夢の中
の僧について尋ねたところ︑それは法然のことだと分
かったというのである︒この会の中心的設立者である
吉水岳彦は︑二〇〇四年からホームレスや身寄りのな
い人びとのための共同墓﹁結の墓﹂の設立に関わった
り︑葬送を支援したりしてきた︒日雇い労働者やホー
ムレスが多く住む山谷︵東京都台東区︶の浄土宗のお
寺に生まれ育った吉水は︑幼いころからホームレスの
人びとを見て育っていたが︑縁があってこれらの活動
に関与したことから︑食べるのに困っている人たちへ
ほんのいちさじの重湯を差し上げるように︑ささやか
でも路上生活者に寄り添いたいと︑その支援に積極的 に取り組み始めたのである︒現在︑この会の活動は︑
月に二回︑ホームレスの人びとに対し︑炊き出しでつ
くったおにぎりや医療品を配布したり︑夜間パトロー
ル︑生活相談などを実施している︒孤立・困窮してい
る人びとの苦に寄り添いつつ支援するこの会のあり方
は︑﹁無縁社会﹂に慈悲の種を蒔く活動といえよう︒
︵
2
︶ビハーラ 13︶︵
21
ビハーラ21は︑二〇〇三年に大阪で︑浄土宗の僧侶・
大河内大博が中心となって︑宗教・宗派の違いを超え
て看取りの実践をするために設立された︒﹁ビハーラ﹂
という言葉は︑もともとサンスクリット語で︑﹁仏教の
僧院﹂を指す語であったが︑今日では︑英語で終末期
の患者に看護やケア︵ターミナル・ケア︶を行うこと
ないしその施設を指すホスピスという言葉の仏教的な
代替語として用いられることが多い︒ビハーラ僧であ
り︑また﹁いのち臨床仏教者の会﹂の代表でもある谷
山洋三によれば︑ビハーラには狭義・広義・最広義の
五無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて 三つの次元がある︒狭義のビハーラとは﹁仏教を基盤とした終末期医療とその施設﹂であり︑広義のそれは︑
老病死を対象とした︑医療及び社会福祉領域での︑仏
教者による活動及びその施設﹂であるが︑最も広い意
味では︑﹁災害援助︑青少年育成︑文化事業などいのち
を支える︑またはいのちについての思索の機会を提供
する仏教者を主体とした社会活動﹂を指すという ︶14
︵︒こ
の狭義でのビハーラ活動からスタートしたビハーラ
21
は︑その活動の幅を広げ︑さらにNPOとなってから
は︑真宗大谷派の僧侶でもある三浦紀夫が事務局長と
して介護部門にも力を入れ︑主に身寄りのない高齢者
や障がい者などに住居を提供するとともに︑仏事と一
体化した介護・福祉サービスの事業に力を入れている︒
︵
3
︶おてらおやつクラブ 15︶︵
この活動を主催している一般社団法人﹁お寺の未来﹂
は︑若い僧侶たちが中心となって二〇一二年に設立さ
れて以降︑寺社の経営・運営に関するサービス・商品 を提供するかたわら︑仏教コンテンツの開発・プロデュースや各種メディア等を通じた情報発信など幅広い活動を展開している︒そのなかでもユニークなものの一つが︑﹁お寺の未来﹂の理事で浄土宗の僧侶である松
島靖朗によって立ち上げられた﹁おてらおやつクラブ﹂
であろう︒趣旨としては︑お寺にお供えされた菓子や
果物などを︑仏さまからの﹁おさがり﹂として︑経済
的に困窮している母子家庭に﹁おすそわけ﹂しようと
するもので︑全国のお寺と母子家庭をつないで貧困問
題などの解決をめざす活動である︒実際には︑おやつ
などの食品に限らず︑文房具や毛布などの日用品も含
め︑毎月定期的に支援物資を発送している︒本格的に
始まったのは二〇一三年なので︑二〇一五年十月一日
現在で賛同寺院が一九三カ寺︑支援先は八六カ所と︑
まだ規模は小さいが︑各種マスメディアに取り上げら
れたこともあって︑全国に七万あるお寺を起点にして
それぞれの地域において貧困状態にある一人親家庭を
支援するセーフティネットを構築しようとする試みは︑
六 着実にそのすそ野を広げつつあるといえよう ︶16
︵︒
三 ﹁社会参加﹂する仏教
ここで取り上げた諸活動は︑より広く仏教全体のコ ンテクストから見れば︑﹁Engaged Buddhism﹂すなわ
ち﹁社会参加︵参画︶仏教﹂の一連の流れの中に位置
づけることが可能であろう︒たとえばランジャナ・ム
コパディヤーヤは︑その著﹃日本の社会参加仏教﹄の
中で︑﹁社会参加仏教﹂を︑﹁仏教者が布教・教化など
いわゆる宗教活動にとどまらず︑様々な社会活動も行
い︑それを仏教教義の実践化と見なし︑その活動の影
響が仏教界に限らず︑一般社会にも及ぶという仏教の
対社会的姿勢を示す ︶17
︵﹂ために用いている︒ここではと
りあえず︑二つの点だけを押さえておきたい︒第一に︑
それらの活動は︑布教を目的としたものではないが︑
﹁仏教教義の実践化﹂であるという点で︑その他の担い
手による諸活動とは︑形式的には違いが見られなくて も︑その動機という点においてはっきりと区別されうるということである ︶18
︵︒第二に︑他方︑その活動は単に
仏教内部で完結する営みではなく︑広く一般社会に対
して︑さらにグローバルなレベルで︑社会的・政治的・
文化的な影響力を発揮し得るということである ︶19
︵︒
今日︑アジア各地において︑仏教が積極的に﹁社会
参加﹂している事例が見られる︒たとえば︑チベット
仏教の最高指導者ダライ・ラマ一四世によるチベット
解放運動︑タイをはじめ東南アジアの上座仏教圏にお
いて森林保護活動や農村共同体回復運動に取り組んで
いる﹁開発僧﹂︑世界最大の仏教系NGOである﹁慈済
基金会﹂などが︑著名である ︶20
︵︒
日本でも歴史をさかのぼれば︑行基の社会事業をは
じめ︑空海︑法性︑最澄らによる慈善事業を挙げるこ
とができる︒とりわけ︑鎌倉時代には︑叡尊とその弟
子の忍性が︑窮民や癩病者などの救済に尽力した︒近
世にはそれほど活発でなかったが︑近代に入ると︑仏
教の近代化の流れを受けて慈善事業が活発となり︑社
七無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて 会福祉の分野でもさまざまな事業が展開された ︶21
︵︒この
ように日本の歴史において︑仏教者はそれぞれの時代
の社会的ニーズに応えるべく︑各種の社会活動に取り
組んできたのであるが︑冒頭に述べたような理由で戦
後は沈滞していたと言えよう ︶22
︵︒
四 変動する共同体倫理
さて︑先の三つの活動はいずれも︑日本社会におい
て伝統的に形成されてきた﹁共同体の倫理﹂ではなく
﹁慈悲のネットワーク﹂に基づいているといえる︒ここ
でいう﹁共同体の倫理﹂とは︑家族やムラ社会などの
地縁・血縁に代表される社会関係に基づいた行動規範
を主として指している︒近代の半ばまで︑日本人の大
部分は稲作であれ畑作であれ︑土を生産手段とし︑協
働作業と相互扶助を生活規範とする同質的な社会に生
きてきた︒そこから生み出されたものが︑労働力を公
平に交換し合って生活の営みを維持する﹁結 ゆい﹂の制度 であり︑その制度を脅かす者に対する罰としての﹁村八分﹂の掟であった︒生まれた土地で一生を送り︑その土地で死んでいく人たちにとって︑同じ土地に住む者同士の地縁関係は︑宿命的なものと認識され︑したがって同じ共同体で困っている人がいればそれを助けるのが自然であり︑当然でもあるという規範意識の共有を促したのである︒ このような相互扶助の精神は︑日本の仏教における先祖供養のシステムを根底から支えてきた︒すなわち︑
少なくとも檀家制度が確立した近世以降︑日本におけ
る仏教は︑人びとに対し︑儒教的な孝の倫理を援用し
ながら︑先祖を供養することが子孫を守ってくれてい
る先祖に対する恩返し︵報恩︶となることを繰り返し
説き︑そのことによって檀家ごとの先祖と子孫の絆︵血
縁︶を強化・維持してきたのである︒
このようにして︑地縁は横糸︑血縁は縦糸となって︑
一人の人間を空間的・時間的に固定化してきた︒しか
し︑家族のあり方が急速に多様化している現代日本社
八
会においては︑そのような伝統的な血縁関係の﹁絆﹂
を重荷に感じる人が少なからず存在することも事実で
ある ︶23
︵︒たとえばマーク・ロウは︑日本仏教の変動に関
する研究において︑﹁永代供養﹂の現代的展開に注目し
ている︒すなわち︑本来︑寺院が子々孫々まで先祖を
祀り供養することを指していたこの言葉が︑現代では︑
墓を継承してくれる子孫がいない︑あるいは死後の供
養を期待できない︑といった問題を抱えている人びと
に対し︑その遺骨や位牌を共同墓地に合祀して僧侶が
供養することを保証する有償の﹁サービス﹂という意
味で用いられることが増えているというのである ︶24
︵︒ロ
ウの分析によれば︑このようなサービスが﹁ビジネス﹂
的に成功している背景には︑単に自分自身の葬送儀礼
や供養を委ねられる身内がいない人たちのみならず︑
それらが子孫にとって﹁重荷﹂ではないかと気遣う人
たちが増加していることもあるという ︶25
︵︒
しかしながら︑単に人びとが制度的な義務︵あるい
は義理︶を避けているわけでもない︒もともと縁もゆ かりもない人たちが︑墓およびその前での供養を共有することで︑新しい関係を築き上げていくこともある︒
血縁や地縁のような縁を運命的な縁とするならば︑こ
ちらは﹁選択的な縁﹂と名づけることができるかもし
れない ︶26
︵︒結婚︑仕事︑居住地など︑アイデンティティ
に重要な影響を及ぼしてきた他の事柄と同様︑﹁縁﹂も
また︑宿命や運命の範疇から選択や個人の自由意志の
範疇に移行しつつあるといえよう︵とりわけ︑﹁自然
な﹂絆に対して違和感を覚える人たちにとってはその
ことが顕著である︶︒
五 ﹁有縁﹂から﹁無縁﹂へ
主にマスメディアが﹁無縁社会﹂をセンセーショナ
ルに問題視し︑警鐘をならす一方で︑﹁無縁﹂を積極的
に評価する人たちも存在する︒たとえば︑上野千鶴子
や島田裕巳︑土屋恵一郎や中村雄二郎などによるリベ
ラリズム的な立場からの提言である ︶27
︵︒ここで︑﹁無縁﹂
九無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて の肯定的側面を認める嚆矢としては︑﹁無縁﹂の原理に
ついて中世にまで遡って分析した網野善彦の名著﹃無
縁・公界・楽
︱
日本中世の自由と平和﹄︵初版は一九七八年︶を挙げることに異論はないであろう︒網野に
よれば︑中世の寺社は︑夫婦︑主従︑賃貸関係などの
縁を﹁切る力﹂としての﹁無縁﹂の原理が働く場であ
り︑﹁下人・所従・奴婢や︑科人が走入ることのできる
場
︱
その﹃解放﹄を保証する﹃自由﹄の場 ︶28︵﹂でもあ
った︒そこは世俗社会から独立した﹁無縁所﹂であり︑
通常の社会関係からはみ出した人たちのアジールとし
て機能したのである︒
このような網野の指摘は︑﹁無縁﹂には否定的な側面
だけでなく︑肯定的な側面もあることを認識させてく
れる︒すなわち︑﹁無縁﹂には︑一般的な社会関係から
の孤立ないし疎外という否定的な側面がある一方で︑
しがらみから﹁解放﹂され﹁自由﹂になった人びとが
新しい共同体を生み出すことを可能にするという肯定
的な側面も見られるということである︒ そうだとするならば︑現代日本における﹁無縁﹂にもそのような二面性があると言えるのではないだろうか︒先に紹介した事例では︑活動に従事している人びとが︑その参加の動機として︑しばしば﹁不思議な縁﹂
や﹁仏縁﹂という言葉を使うことがある︒この﹁縁﹂
という概念は︑﹁具体的かつ神秘的なつながりを意味し
ている ︶29
︵﹂︒そのようなものとしての﹁縁﹂は︑人と人と
を運命的に結びつける
︒ 実 は
﹁選択縁﹂
も︑ それが
﹁縁﹂として認識される限り︑人知や思惑を超えた何か
から完全に自由ではありえない︒
仏教の教理的には﹁縁﹂とは︑﹁結果を引き起こすた
めの直接的・内的原因﹂である﹁因﹂を﹁外から補助
する間接的原因︵条件︶﹂を意味する ︶30
︵︒この﹁縁﹂ない
し﹁縁起﹂の︑﹁一切のもの︵精神的な働きも含む︶は
種々の因や縁によって生じるという考え ︶31
︵﹂から︑あら
ゆるものは関わりあって成り立っているという﹁ネッ
トワーク﹂の思想が導かれる ︶32
︵︒ここに﹁他者﹂を﹁他
者﹂と見ない人間関係の根本的な転換が成り立つが︑
一〇
このような意味での人間関係を﹁慈悲﹂とも表現する︒
先に紹介した諸活動に従事している人たちは︑必ず
しも自身の﹁自然﹂な絆に違和感を抱いている人たち
ではない︒むしろ︑どちらかといえばそれらを大切に
している人たちである︒では︑彼らや彼女らがそのよ
うな活動に従事するのはなぜなのか︒それは﹁慈悲﹂
で説明できるかもしれない︒﹃岩波仏教辞典﹄によれ
ば︑﹁慈悲﹂とは﹁仏がすべての衆生に対し︑これを生
死輪廻の苦から解脱させようとする憐愍の心﹂である ︶33
︵︒
本来︑﹁慈﹂︵いつくしみ︑サンスクリット語でmaitrī︶
は仏・菩薩が衆生の苦を除こうとする心を︑﹁悲﹂︵あ
われみ︑サンスクリット語でkaru ā︶は衆生に楽を与
えようとする心を︑それぞれ意味していた︒
この慈悲は︑関係性のあり方から三種に区分されう
る︒第一は﹁衆生縁﹂であり︑他者の苦しみを何とか
取り除いてあげたいという凡夫の慈悲で︑小悲ともい
う︒第二は﹁法縁﹂であり︑あらゆるものに自性はな
く︑すべての事象は因縁の和合であるという宗教的真 n. 理から相手を導く阿羅漢や菩薩の慈悲で︑中悲ともいう︒第三が﹁無縁﹂であり︑あらゆる差別を離れた絶対平等の仏の慈悲で︑大悲ともいう ︶34
︵︒ここに︑﹁無縁﹂
のもっとも肯定的な意味が見ることができる︒
六 コンパッション︵共苦︶としての慈悲
ところで︑この﹁慈悲﹂ないし﹁悲﹂は︑英語では しばしばcompassionという概念で表現される︒それは
﹁衆生の難儀や苦しみを見て︑何とかしてそれを取り除
かんとする強い意志を育む心の態度 ︶35
︵﹂である︒類語の
sympathyが仲間︵ウチ︶意識を前提とした﹁共感﹂や
﹁共鳴﹂であり︑同様にpityがしばしば上から見下し
た気持ちを含む﹁哀れみ﹂ないし﹁同情﹂であるのに
対し︑compassion は︑前者のような排他性を内包せず︑
また︑後者のように主体と対象の間の距離を感じさせ
るものでもない ︶36
︵︒それはいわば﹁無頓着﹂の利他的行
為を志向するものなのである︒
一一無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて 近年︑欧米を中心にコンパッションをめぐる議論が盛んになってきているが︑この概念については︑すでにキリスト教神学をはじめ︑哲学や倫理学︑心理学や医学︑さらに社会福祉学などの分野において︑研究の蓄積がなされてきている︒とりわけ二〇〇一年の同時多発テロ事件以降は︑グローバリゼーションの文脈において改めて宗教におけるコンパッションの普遍的意味が問い直されている︒たとえば︑カレン・アームストロングが中心となり︑ユダヤ教・キリスト教・イスラームなどの宗教指導者や研究者たちが協働して作成し︑広めようとしているThe Charter for Compassionなどがある︒ 一方︑日本における宗教研究では︑このコンパッションについての議論が十分なされているようには思えない︒その理由の一つとして︑この議論と切り離せない宗教対立という現実に対する危機感が︑日本ではまだまだ希薄であり︑宗教界においてももっぱら対岸の火事と決め込んで︑場合によってはこの現状が一神教 の伝統を暗に非難する口実に使われることすらあるということが指摘されうる︒ もう一つの理由としては︑このコンパッションという概念に正確に対応する日本語の言葉が︵﹁慈悲﹂を別
にすれば︶なかなか見出しにくいという点である︒そ
の背景には︑この概念に対応する日本語訳として用い
られてきた概念︑すなわち︑﹁同情﹂︑﹁哀れみ﹂︑﹁思い
やり﹂といった言葉に︑コンパッションという概念の
ラテン語の語源が本来含意していた﹁一緒に苦しむ﹂
という意味が十分に反映されていないという問題が指
摘されている ︶37
︵︒もともとコンパッションは︑﹁共に﹂を
意味する﹁com﹂と﹁苦﹂を意味する﹁passion﹂との 合成語で︑すなわち﹁共苦﹂を意味する ︶38
︵︒したがって
それは他者と﹁共に苦しむ﹂ことであり︑﹁他者 0
の痛み 0
を自己
0
のものとする﹂ことでもある 039︶
︵︒本来の語義から
すれば︑コンパッションは﹁共苦﹂ないし﹁共感共苦﹂
の訳がもっとも近いと思われるが︑いまだそのような
訳語は一般的にはなっていない︒
一二 他方︑にはcompassion単 独の項目はないが︑karuna¯を参照するよう指示されて
おり︑それらが同義語として扱われていることが窺え
る︒ここから︑仏教の説く﹁慈悲﹂ないし﹁悲﹂の理
念に︑もともと﹁共苦﹂の側面のあることが認識され
ていると言えよう ︶40
︵︒
七 共同体倫理を補完する﹁慈悲のネットワーク﹂
先に紹介した事例は︑血縁や地縁といった伝統的な
縁ではなく︑支援を必要とする人すべてに平等に開か
れているという点で︑﹁慈悲のネットワーク﹂と呼びた
い︒伝統的な共同体の倫理が︑その構成員すべてに規
範を共有することを求め︑同時にその支援の対象は原
則として共同体内部に限定されるのに対し︑慈悲のネ
ットワークは︑そのネットワークの運営を妨げないよ
ういくつかのルールを有してはいるが︑規制力は緩や
かで︑またそのネットワークでの活動は︑基本的に本 人の自由意思に委ねられている︒ 共同体の倫理と慈悲のネットワークの関係を理解するために︑ソーシャル・キャピタル︵social capital
︑社
会関係資本︶を視野に入れて考えてみたい︒この概念
は︑アメリカの政治学者ロバート・パットナムの著作
﹃哲学する民主主義﹄や﹃孤独なボウリング﹄などによ
って広く知られるようになった ︶41
︵︒彼は︑ソーシャル・
キャピタルを﹁人びとの協調行動を活発にすることに
よって社会の効率性を改善できる︑信頼︑規範︑ネッ
トワークといった社会組織の特徴 ︶42
︵﹂と定義し︑社会の
中での関係性や共有された価値が︑お互いの信頼関係
や絆を強め︑協働を促進することを強調した ︶43
︵︒
さらにパットナムは︑このソーシャル・キャピタル を結束型︵bonding︶と橋渡し型︵bridging︶に分けて
いる︒前者は︑たとえば家族や企業のような同質的な
グループの中で共有されたアイデンティティを強化す
る内向きの結束力であり︑後者はNPO活動などに見
られるように︑多様なバックグラウンドを持った人び
一三無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて とが︑特定の目的を共有することで協力・協働することである︒この区分に従えば︑共同体の倫理は︑﹁運命
的な縁﹂に基づく﹁結束型のソーシャル・キャピタル﹂
として機能し︑慈悲のネットワークは︑﹁選択的な縁﹂
によって結ばれた﹁橋渡し型のソーシャル・キャピタ
ル﹂として機能していると言えよう︒
この両者は必ずしも対立するものではなく︑むしろ
相互に補完しあえるものである︒たとえば︑共同体の
倫理が機能するのは︑もっぱら同質的な構成員が規範
を共有するからであるが︑多様化・個人化が進む現代
社会では︑そのような同質性を維持することは不可能
に近い︒それゆえに結束型のソーシャル・キャピタル
としてはしばしば機能不全に陥り︑﹁無縁社会﹂の多様
な事例につながっていると言えよう︒しかし︑そのよ
うな共同体に他者が加わることで︑そこに新しい価値
観や世界観が持ちこまれ︑また関係性が刺激されて︑
共同体全体が活性化することはよくあることであろう︒
ここでは︑新参者が橋渡し型のソーシャル・キャピタ ルの起点となっている︒あるいは︑共同体の成員同士が︑その外部でのネットワークの活動に参画し︑そこでの協働を通して絆を再認識したり強めたりすることもある︒ 一方︑異なる集団に属している個人同士が共通の理念に基づいて協働し︑共に困難に立ち向かう中で︑新たな共同体意識が芽生えることもよくある︒この場合︑
結束型のソーシャル・キャピタルが橋渡し型のソーシ
ャル・キャピタルを内部から支える構造になっている︒
このことは︑とりわけ宗教的信念に基づいて活動を展
開するNGOやNPOなどにおいて顕著である︒
おわりに 世界的に著名な仏教者であり︑仏教学者でもある鈴
木大拙は︑﹁大悲﹂に関して︑次のように述べている︒
華厳の事事無礙法界を動かしている力は大悲心に
一四
外ならぬのです︒この大悲心の故で︑人間の個我
︵又は個己︶はその限界を打破して他の多くの個我
と徧容攝入することが出来るのです︒悲心は光り
に耀く天体のようです︒それから出て来る光明は
すべての外の形体を照らしてそれを包みます︒そ
うしてそれと一体になります︒それ故︑それらの
ものが傷めば自分もまた傷むようになるのです︒
これはわざわざ意識して爾 しかするのではなくて︑ 自然に爾かるのです ︶44
︵︒
今日︑高度に情報化された社会においては︑﹁他者﹂の
苦はますます可視化されている︵見ようとすればの話
だが︶︒それに対応するように︑多くの宗教者たちが︑
現代社会において︑信仰を共有するグループや地縁・
血縁などを基盤とした宗教集団︑いいかえれば信者︑
檀家︑氏子といった︑閉じた共同体の中での宗教実践
ではなく︑それを越えて広く苦難に苦しむ人たちの中
に︑すなわち苦の現場に自らを置き︑そのような人た ちに寄り添いながら苦を共にする﹁共苦のネットワーク﹂を形成している︒仏教的なコンテクストでいえば︑
それはまた︑悲しみを共有することで他者に寄り添い︑
すべてが縁 えにしの中の出来事であることを体感できる﹁共 悲のネットワーク﹂でもある ︶45
︵︒そこに︑﹁他の多くの個
我と徧容攝入する﹂ことが可能となる大乗仏教的な﹁自
他不二﹂の世界が顕現するのであろう︒他者の苦が﹁見
える﹂という状況は︑本来︑﹁慈悲のネットワーク﹂を
促進し︑同時に共同体の倫理を活性化し︑再構築する
ことに役立つはずではないだろうか ︶46
︵︒
※ 本研究は︑平成二六年度関西大学研修員研修費によ
って行なった研究成果の一部である︒
注︵
1︶本論では︑仏教に対する信仰を自覚している﹁仏教徒﹂
に対し︑仏教の教えを内面化して生活の中で実践して
いる人を﹁仏教者﹂と呼んで区別したい︒
︵
2︶その一端は︑臨床仏教研究所編﹃社会貢献する仏教者
一五無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて たち
︱
ツナガリ社会の回復に向けて﹄︵白馬社︑二〇一二年︶に窺うことができる︒
︵
3︶もちろんこのことは仏教に限らず︑およそ当時の日本
における宗教全体に普通に見られた傾向である︵たと
えば小川原正道﹃近代日本の戦争と宗教﹄講談社︑二
〇一〇年︑を参照︶︒今日の宗教の﹁公共性﹂に関する
議論も︑そのことを常に視野に入れておく必要があろ
う︒なお︑平和を祈りつつ戦争に加担せざるをえなか
った当時の人びとの葛藤については︑石川明人﹃戦場
の宗教︑軍人の信仰﹄八千代出版︑二〇一三年︑が参
考になる︒
︵
4︶例外的にキリスト者は︑他の宗教に比較して戦後も社
会活動に対して積極的であった︒もっともそれは︑も
っぱら欧米のキリスト教を主体とする外的な要因によ
るものが多かったからと考えられる︒さらにそのこと
と関連して︑戦後の社会活動・福祉活動の多くが﹁人
権﹂思想をその理念の中心に据えていることに注目し
たい︒﹁普遍的﹂な人権思想の立場からすれば︑特定の
信仰に基づく諸活動は︑﹁特殊な﹂ものと位置づけられ︑
それだけ行政からもマスメディアからも距離を置かれ
るようになったことは想像に難くない︒ただし︑もと
もと人権思想とキリスト教は親和性が高いことが指摘
されている︵たとえば︑日本カトリック大学キリスト 教文化研究所連絡協議会編著﹃キリスト教と人権思想﹄
サンパウロ︑二〇〇八年︑大木英夫﹃人格と人権
︱
キリスト教弁証学としての人間学 下﹄教文館︑二〇一
三年︑森島豊﹁キリスト教と人権思想
︱
日本国憲法への影響をめぐって﹂﹃キリスト教と文化﹄二九巻︑二〇
一三年︑など︒︶︒付け加えれば︑﹁仏教社会福祉﹂の構
築を目指す学問的流れも︑﹁普遍性﹂を謳う人権思想に
対し︑仏教の﹁独自性﹂を出しながらいかにそれを取
り込んでいくかという︑困難な課題との葛藤にも見え
る︒
︵
5︶その理由の一つとして︑東日本大震災直後から︑被災
地の情報を伝えるマスメディアが多くの仏教者を取り
上げていたことを指摘できるだろう︒そのことは︑一
九九五年に発生した阪神・淡路大震災のとき︑被災地
で多くの宗教者がボランティア活動に従事していたに
もかかわらず︑その実態をメディアがほとんど伝えな
かったことと対照的で興味深い︒阪神・淡路大震災の
被災地がもっぱら都市部に集中しており︑被災者のふ
だんの生活において宗教の占める割合が全体的に低か
ったのに対し︑東日本大震災の被災地では︑被災者の
日常生活における宗教の役割が相対的に高く︑それだ
け復興の精神的支えとなっていることがマスメディア
の注目を集めたといえる︒
一六
︵
6︶たとえば仏教界において︑﹁葬式仏教﹂としてのあり方
が限界に来ているとする見方が広がっており︑その打
開策がいろいろと模索されていることも︑決して無関
係ではないだろう︒
︵
7︶石田光規は︑﹁無縁社会﹂の言説の流行は︑﹁社会的排
除﹂と﹁親密圏の変容﹂という二つの現象を巧妙に接
続したことにあると論じている︵石田光規﹃孤立の社
会学
︱
無縁社会の処方箋﹄勁草書房︑二〇一一年︑四頁
︶︒
同 じ く 石 田 は
︑ ギ デ ン ズ
の﹁
親 密 圏 の 変 容
﹂
︵transformation of intimacy︶論を参照しながら︑近代
化と個人主義化の結果︑旧来の人間関係の維持・構築
に関する要件が変容し︑﹁関係の維持・成立要件として︑
社会の要請よりも個人の意思が重視される﹂﹁純粋な関
係﹂︵pure relationship︶が増大し︑﹁人間関係は純粋な
ものへとシフト﹂して︑﹁相互のコミットメント﹂を重
視する社会へと変容することを指摘している︵同︑一
五
−一七頁︶︒この現象を肯定的に評価すれば︑﹁純粋
な関係を個々人の自己実現や個性の発揮と結びつける
﹃解放﹄の言説﹂となり︑一方︑否定的に評価すれば︑
﹁純粋な関係を人間関係の希薄化と結びつける﹃剥奪﹄
の言説﹂︵同︑三四頁︶となる︒
︵
8︶二〇一〇年十二月から翌年七月にかけて断続的に記事
が掲載され︑その成果は︑朝日新聞﹁孤族の国﹂取材 班﹃孤族の国
︱
ひとりがつながる時代へ﹄︵朝日新聞出版︑二〇一二年︶として出版された︒
︵
9︶たとえば首都圏では葬儀全体の二〇%以上にのぼると
いう︵二〇一二年十二月﹁鎌倉新書﹂による調査︶︒
︵
10︶二〇一一年三月の東日本大震災の直後から︑日本全国
で﹁絆﹂のメッセージが熱狂的ともいえるほど発信さ
れた事実は︑このような懸念を無視しては十分に理解
できないであろう︒
︵
11︶そのことを指摘する文献は数多いが︑ここでは︑最前
線から危機の実情をレポートした鵜飼秀徳﹃寺院消滅﹄
日経BP社︑二〇一五年︑を挙げておきたい︒
︵
12︶本稿の記述は︑主に︑二〇一一年十月二六日に開催さ
れた第十九回阿倍野ReligionCaféにおける吉水岳彦
氏の講演
﹁一浄土宗僧侶として社会的弱者に寄り添
う﹂︑および﹁社会慈業委員会 ひとさじの会﹂のホー
ムページ︵http://hitosaji.jp/muscat1b/︶に拠っている︒
︵
13︶本稿の記述は︑主として︑二〇一四年三月一日に浄土
真宗本願寺派寺院・栄照寺において開催された﹁支縁
のまちネットワーク﹂第三回研究交流集会での大河内
大博氏の講演﹁自坊を離れて社会活動することの意義
︱
宗教者の社会活動をめぐる﹁ホームとアウェイ﹂の問題を考える﹂︑二〇一四年十一月二十五日に西成市民
館で開催された﹁支縁のまちネットワーク﹂第三回公
一七無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて 開学習会での三浦紀夫氏による﹁無縁多死時代におけ
る宗教者の役割
︱
ビハーラ21萩之茶屋事務所開設と
臨床宗教師の可能性﹂と題された講演︑および﹁NP
O 法 人 ビ ハ ー ラ 21﹂
の ホ ー ム ペ ー ジ http://www.︵ vihara21.jp/︶に依拠している︒︵ちなみに執筆者は︑﹁支
縁のまちネットワーク﹂の共同代表を務めており︑第
三回研究交流集会は︑執筆者が研究代表者となって実
施した科学研究費助成事業基盤研究︵C︶﹁無縁社会に
おける宗教の可能性に関する調査研究﹂の助成を︑ま
た︑第三回公開学習会は︑関西大学科研費再申請支援
研究費の助成を受けた︒︶
︵
14︶谷山洋三﹁ビハーラとは何か?
︱
応用仏教学の視点から﹂﹃パーリ学仏教文化学﹄十九号︑二〇〇五年︒
︵
15︶本稿の記述は︑主に︑二〇一五年十月三十一日に龍谷
大学で開催された﹁支縁のまちネットワーク﹂第六回
公開学習会での松島靖朗氏の講演﹁おてらおやつクラ
ブの活動紹介
︱
お寺の社会福祉活動﹂︑および﹁超宗派仏教徒によるインターネット寺院彼岸寺・おてらお
やつクラブ﹂のホームページ︵http://www.higan.net/
oyatsu.html︶に拠った︒
︵
16︶ここで取り上げた事例は浄土宗関係のものが占めたが︑
もちろん他の宗派にも同様の活動は見受けられる︒た
だ︑﹁日本の仏教では︑禅は大智の面︑浄土系は大悲の 面を代表すると云ってよかろうと思います﹂という鈴木大拙の指摘は︑当たっているかもしれない︵鈴木大
拙﹁仏教の大意﹂﹃鈴木大拙全集 第
7巻﹄岩波書店︑
一九六八年︑七二頁︶︒
︵
︱
法音寺と立正佼成会の社会活動と社会倫理﹄東信 17︶ランジャナ・ムコパディヤーヤ﹃日本の社会参加仏教堂︑二〇〇五年︑二八頁︒
︵
18︶ムコパディヤーヤは︑仏教の社会参加の原動力となる
理念について︑﹁布施﹂︑﹁慈悲﹂︑﹁縁起﹂︑﹁自利利他﹂︑
﹁菩薩行﹂などを挙げている︒︵ムコパディヤーヤ﹁社
会参加と仏教﹂末木文美士編﹃新アジア仏教史十五 日
本Ⅴ 現代仏教の可能性﹄佼成出版社︑二〇一一年︑一
四二頁︒
︵
19︶同右︑一四四頁︒
︵
20︶たとえば︑ムコパディヤーヤ﹁社会参加佛教︵エンゲ
イジド・ブッディズム︶
︱
アジア仏教徒の社会的行動そして日本仏教の可能性﹂国際宗教研究所編﹃現代宗
教2009﹄︵特集変革期のアジアと宗教︶秋山書店︑二
〇〇九年︑櫻井義秀﹃東北タイの開発僧﹄梓出版社︑二
〇〇八年︑金子昭﹃驚異の仏教ボランティア
︱
台湾の社会参画仏教﹁慈済会﹂﹄白馬社︑二〇〇五年︑などを
参照︒
︵
21︶吉田久一︑長谷川匡俊﹃日本仏教福祉思想史﹄法蔵館︑
一八
二〇〇一年︑吉田久一﹃社会福祉と日本の宗教思想
︱
仏教・儒教・キリスト教の福祉思想﹄勁草書房︑二〇
〇三年︒
︵
22︶そのことからすれば︑むしろ戦後の時期が特殊と言え
るかもしれない︒
︵
23︶近代以前にもそのような人たちは存在していたが︑彼
ら・彼女らが共同体を離れて生きることは︑今日とは
比較にならないほど困難であった︒そのような人たち
にとって︑伝統的な共同体の弱体化は︑閉鎖的な人間
関係からの解放でもあると同時に︑個人の自由意志で
新たな人間関係を築く契機ともなりうる︒
︵
24︶永代供養とは︑本来︑文字通り寺院が永代にわたり供
養する事をいう︒江戸時代に設けられた檀家制度でも︑
檀那寺が檀家の供養を継続するという点ではその趣旨
に沿っている︒しかし︑実際には檀家制度のように家
の継続性を前提にせずに︑したがって最初に相応のこ
ころざしを収めることで長期にわたる供養を請け負っ
てもらうシステムが永代供養と呼ばれるようになっ
た︒
︵
25Rowe, Mark Michael. ︶
. The University of Chicago
Press, 2011, p.120. ︵
26︶上野千鶴子は︑﹁祭りと共同体﹂︵井上俊編﹃地域文化
の社会学﹄世界思想社︑一九八四年︑所収︶において︑
すでに﹁選択的な縁﹂に言及している︒
︵
27︶上野千鶴子﹃おひとりさまの老後﹄法研︑二〇〇七年︒
島田裕巳﹃人はひとりで死ぬ
︱
﹁無縁社会﹂を生きるために﹄NHK出版新書︑二〇一一年︒土屋恵一郎﹃正
義論/自由論
︱
無縁社会日本の正義﹄岩波書店︑一九九五年︒中村雄二郎﹃
21世紀問題群
︱
人類はどこへ行くのか﹄︵増補版︶岩波書店︑一九九五年︒
︵
28︶網野善彦﹃無縁・公界・楽
︱
日本中世の自由と平和﹄︵増補版︶平凡社︑一九九六年︑三七︑三八頁︒
︵
︵ 29Rowe, ., p.45.︶
30︶﹃岩波仏教辞典﹄岩波書店︑一九八九年︑七六頁︒
︵
31︶﹃岩波仏教辞典﹄︑七七頁︒
︵
32︶﹃仏教社会福祉辞典﹄法蔵館︑二〇〇六年︑三四頁︒
︵
33︶﹃岩波仏教辞典﹄︑三七二頁︒
︵
34︶﹃仏教社会福祉辞典﹄︑三四頁︒
︵
35 Rimpoche, Samdhong,. On Compassion: The Buddhist ︶〝 Approach,〟 in Balslev, Anindita. Dirk Evers, eds., ’
. Lit Verlag, 2010, p.11.︵
36︶木原活信﹁福祉原理の根源としての﹁コンパッション﹂
の思想と哲学﹂﹃社会福祉学﹄四六巻二号︑二〇〇五年︑
一九無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて 五頁︒
︵
﹃︿コンパッション﹀は可能か?﹄では︑日本社会と文 37︶﹃︿コンパッション﹀は可能か?﹄対話集会実行委員会
化のなかに﹁︵コンパッション︶そのものが欠如してい
る現実の忠実な反映﹂︵五頁︶と指摘している︒
︵
38Sastry, Kutumba,. Compassion: Etymology, Rituals, ︶〝 Anecdotes from the Hindu Tradition,〟 in Balslev and
Evers 2010, p.41.︵
39︶木原前掲論︑四頁︒
︵
40︶ただし﹁仏教社会福祉﹂を学問として確立する流れの
中で生まれてきた仏教社会福祉学の分野では︑たとえ
ば日本仏教社会福祉学会編の﹃仏教社会福祉辞典﹄の
中の﹁慈悲﹂の項目では︑その英訳として挙げてある
のはbenevolenceである︒
︵
41︶ロバート・パットナム﹃哲学する民主主義
︱
伝統と改革の市民的構造﹄NTT出版︑二〇〇一年︵原著は一
九九三年︶︑パットナム﹃孤独なボウリング
︱
米国コミュニティの崩壊と再生﹄柏書房︑二〇〇六年︵原著
二〇〇〇年︶︒
︵
42︶パットナム﹃哲学する民主主義﹄二〇六
︱
二〇七頁︒︵
43︶また︑﹃孤独なボウリング﹄の中では︑﹁社会的ネット
ワーク︑およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範﹂
とも規定している︵一四頁︶︒ ︵
44︶鈴木大拙︑前掲論︑五八頁︒
︵
45︶宮本要太郎﹁悲しみから生まれる幸せについて﹂﹃宗教
研究﹄三八〇号︵特集しあわせと宗教︶︑二〇一四年︑
二二七頁︒なお︑日本仏教の社会倫理を﹁慈悲﹂の理
念から理解しようとした中村元の著作﹃慈悲﹄︵講談社︑
二〇一〇年︑初出は一九五六年︶では日本仏教の社会
倫理が正確に捉えきれていないことを島薗進が指摘し
ているが︑傾聴に値する︵島薗進﹃日本仏教の社会倫
理
︱
﹁正法﹂理念から考える﹄岩波書店︑二〇一三年︶︒
︵
46︶その媒介項としての宗教の公共的役割については︑稿
を改めて論じたい︒
参考文献
網野善彦﹃無縁・公界・楽
︱
日本中世の自由と平和﹄︵増補版︶平凡社︑一九九六年︒
石田光規﹃孤立の社会学
︱
無縁社会の処方箋﹄勁草書房︑二〇一一年︒
磯村健太郎﹃ルポ仏教︑貧困・自殺に挑む﹄岩波書店︑二〇
一一年︒
上野千鶴子﹁祭りと共同体﹂井上俊編﹃地域文化の社会学﹄
世界思想社︑一九八四年︒
長上深雪編﹃現代に生きる仏教社会福祉﹄︵人間・科学・宗
二〇
教ORC研究叢書五︶法蔵館︑二〇〇八年︒
落合崇志﹁仏教社会福祉の実践課題について﹂﹃仏教文化学
会紀要﹄七号︑一九九八年︒
金子昭
﹃驚異の仏教ボランティア
︱
台湾の社会参画仏教
﹁慈済会﹂﹄白馬社︑二〇〇五年︒
︱
﹃季刊仏教51﹄︵特集=介護と仏教福祉︶法蔵館︑二
〇〇〇年︒
菊池正治ほか編著﹃NINERVA福祉専門職セミナー七 日本社会福祉の歴史 付・史料
︱
制度・実践・思想﹄︵改訂版︶ミネルヴァ書房︑二〇一四年︒
木原活信﹁福祉原理の根源としての﹁コンパッション﹂の思
想と哲学﹂﹃社会福祉学﹄四六巻二号︑二〇〇五年︒
︱
﹃社会福祉と人権﹄︵シリーズ・福祉を知る一︶ミネルヴァ書房︑二〇一四年︒
木村文輝編﹃挑戦する仏教
︱
アジア各国の歴史といま﹄法蔵館︑二〇一〇年︒
︱
﹃﹁コンパッション﹂は可能か?﹄対話集会実行委員会編﹃﹁コンパッション﹂は可能か?
︱
歴史認識と教科書問題を考える﹄影書房︑二〇〇二年︒
櫻井治男ほか﹃宗教と福祉﹄皇學館大学出版部︑二〇〇六年︒
櫻井義秀﹃東北タイの開発僧﹄梓出版社︑二〇〇八年︒
島薗進﹃日本仏教の社会倫理
︱
﹁正法﹂理念から考える﹄岩波書店︑二〇一三年︒ 白波瀬達也﹃宗教の社会貢献を問い直す
︱
ホームレス支援の現場から﹄ナカニシヤ出版︑二〇一五年︒
末木文美士編﹃現代と仏教
︱
いま︑仏教が問うもの︑問われるもの﹄佼成出版社︑二〇〇六年︒
芹川博通﹁教育・福祉と仏教﹂末木文美士編﹃新アジア仏教
史十五 日本Ⅴ 現代仏教の可能性﹄佼成出版社︑
二〇一一年︒
全国青少年教化協議会・臨床仏教研究所編﹃﹁臨床仏教﹂入
門﹄白馬社︑二〇一三年︒
副田義也﹃福祉社会学の挑戦
︱
貧困・介護・癒しから考える﹄岩波書店︑二〇一三年︒
谷山洋三﹁ビハーラとは何か?
︱
応用仏教学の視点から﹂﹃パーリ学仏教文化学﹄十九号︑二〇〇五年
長倉伯博﹃ミトルヒト
︱
終末期の悲嘆に寄り添う一人の僧侶の軌跡﹄本願寺出版社︑二〇一五年︒
日本仏教社会福祉学会編﹃仏教社会福祉辞典﹄法蔵館︑二〇
〇六年︒
︱
﹃仏教社会福祉入門﹄法蔵館︑二〇一四年︒朴光駿﹃ブッダの福祉思想
︱
﹁仏教的﹂社会福祉の源流を求めて﹄法蔵館︑二〇一二年︒
長谷川匡俊﹃支え合う社会に
︱
宗教と福祉と教育と﹄高陵社書店︑二〇一一年︒
︱
﹃念仏者の福祉思想と実践︱
近世から現代にいた二一無縁社会における﹁共苦﹂︵﹁共悲﹂︶のネットワークについて る浄土宗僧の系譜﹄法蔵館︑二〇一一年︒
ロバート・パットナム﹃哲学する民主主義
︱
伝統と改革の市民的構造﹄NTT出版︑二〇〇一年︒
︱
﹃孤独なボウリング︱
米国コミュニティの崩壊と再生﹄柏書房︑二〇〇六年︒
日高洋子﹁忍性と福祉の領域に関する一考察﹂﹃埼玉学園大
学紀要 人間学部篇﹄九号︑二〇〇九年︒
藤丸智雄﹃ボランティア僧侶
︱
東日本大震災被災地の声を聴く﹄同文舘出版︑二〇一三年︒
松尾剛次編﹃持戒の聖者 叡尊・忍性﹄吉川弘文館︑二〇〇
四年︒
宮城洋一郎﹃宗教と福祉の歴史研究
︱
古代・中世と近現代﹄法蔵館︑二〇一三年︒
三宅敬誠﹃宗教と社会福祉の思想﹄東方出版︑一九九九年︒
宮本要太郎﹁支縁のまちネットワーク﹂大谷栄一︑藤本頼生
編﹃地域社会をつくる宗教﹄︵叢書 宗教とソーシ
ャル・キャピタル
︱
﹁﹁無縁社会﹂と宗教者の接点としてのライフスト 2︶明石書店︑二〇一二年︒ーリー﹂﹃関西大学文学論集﹄六十三巻四号︑二〇
一四年︒
︱
﹁悲しみから生まれる幸せについて﹂﹃宗教研究﹄三八〇号︵特集しあわせと宗教︶︑二〇一四年︒
ランジャナ・ムコパディヤーヤ﹃日本の社会参加仏教
︱
法 音寺と立正佼成会の社会活動と社会倫理﹄東信堂︑二〇〇五年︒
︱
﹁社会参加佛教︵エンゲイジド・ブッディズム︶︱
アジア仏教徒の社会的行動そして日本仏教の可能
性﹂国際宗教研究所編﹃現代宗教2009﹄︵特
集変革期のアジアと宗教︶秋山書店︑二〇〇九
年︒
︱
﹁社会参加と仏教﹂末木文美士編﹃新アジア仏教史十五 日本Ⅴ 現代仏教の可能性﹄佼成出版社︑二
〇一一年︒
森永松信﹁日本における仏教社会福祉の形成過程
︱
胎動期としての明治期について﹂﹃立正大学人文科学研究
所年報﹄五号︑一九六七年︒
吉田久一﹃社会福祉と日本の宗教思想
︱
仏教・儒教・キリスト教の福祉思想﹄勁草書房︑二〇〇三年︒
吉田久一︑長谷川匡俊﹃日本仏教福祉思想史﹄法蔵館︑二〇
〇一年︒
吉田文夫﹁忍性の社会事業について﹂中尾堯︑今井雅晴編
﹃日本名僧論集第五巻 重源 叡尊 忍性﹄吉川弘
文館︑一九八三年︵初出は笠原一男編﹃日本にお
ける社会と宗教﹄吉川弘文館︑一九六九年︶︒
臨床仏教研究所編﹃社会貢献する仏教者たち
︱
ツナガリ社会の回復に向けて﹄白馬社︑二〇一二年︒
二二
Balslev, Anindita. Dirk Evers, eds., ’
. Lit Verlag, 2010.
Rimpoche, Samdhong,. 〝On Compassion: The Buddhist
Approach,〟 in Balslev and Evers 2010.
Rowe, Mark Michael,
. The University of Chicago
Press, 2011.
Sastry, Kutumba, 〝Compassion: Etymology, Rituals,
Anecdotes from the Hindu Tradition,〟 in Balslev
and Evers 2010.