立教ビジネスレビュー 第 10 号(2017) 103‑105
大学教育を取り巻く環境は,大きく変化してい る。大学には,どのようなことをどのように学生 に教授しているのかを「見える化」し,社会に 対する説明責任を果たすことが求められている。
立教大学経営学部編『経営学を考えるシリーズ
① 善き経営 GBI の理論と実践』は,社会に対 する説明責任を果たし,立教大学経営学部におい て,どのような教育が学生に対して行われている かを社会に説明するものである。
本書は,潜在的であるかもしれないが,そうし た社会的要請に応えるものであり,立教大学経営 学部が 2006 年に創設されてから 10 年になること を記念して刊行されたものでもある。立教大学 経営学部は,1949 年設立の神戸大学経営学部や 1953 年設立の明治大学経営学部から見ると,新 しい経営学部であるが,本書を通じて明らかなこ とは,立教大学経営学部が伝統的な経営学部には ない,特色のある教育を行っていることである。
その一つが本書のテーマとなっている GBI(Good Business Initiative)であろう。
「グッド・ビジネス・イニシアティブ」の章に よれば,GBI は,新世代の起業家と経営陣の能力 開発を実現するための計画であり,実践の経験に 基づいて,双方向の学習プログラム課程を学生に 提供するものである。こうした教育プログラムそ のものが GBI の実践の側面でもあるが,本書に は,その実践の裏付けとなる理論も豊富に掲載さ れている。
本書において,GBI は,「善き経営」と訳され ているが,「善き経営」は単により多くの利益を 上げる経営を意味するものではなく,経営と社会 とのつながりを意識したものである。本書におい
て,組織,ダイバーシティ,コーポレート・ガバ ナンス,ステークホルダー,サステナビリティ,
コミュニケーションの側面から,「善き経営」に 関する研究が行われ,それぞれのアプローチにお いて,日本企業の事例についても取り上げられて いる。さらには,本書の後半において,実務家の 立場から,経営と社会とのコミュニケーション,
女性による起業,コンプライアンス,国際法にお ける企業の責任が実践を中心に紹介されている。
「日本企業の組織と戦略」の章においては,日 本企業の競争優位の源泉であった垂直統合型のク ローズド・イノベーションの環境が変化し,階層 制によって運営されるがゆえに破壊的イノベーシ ョンに弱いという組織論的なジレンマに陥ってい ることが指摘されている。この組織論的なジレン マの解決には時間がかかるものの,大学には,そ うしたジレンマを解決できる人間を教育し,グッ ドビジネス社会をもたらすことが期待されている ことを説いている。本章は,組織論の立場から,
データや事例を用いながら日本企業の現状を説明 し,教育者の視点からジレンマに直面している現 状を打開する方策を示している。
「ダイバーシティのあり方とその重要性」の章 においては,同じような個人特性を有するメン バーで組織を構成していては,外部環境が大きく 変化する中でそれに対応できないことが指摘さ れ,様々な個人特性や背景を持つメンバーを集 め,創造的で革新的なアウトプットを出さなけれ ばならないことが指摘されている。一方で,これ までの構成員やコストへの配慮も必要であるとさ れている。日本企業の現状から考え,ダイバーシ ティを無批判に受入れるのではなく,その受容が
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立教大学経営学部編
『経営学を考えるシリーズ① 善き経営 GBI の理論と実践』
出 見 世 信 之
** でみせ のぶゆき 明治大学商学部教授
出見世信之:立教大学経営学部編『経営学を考えるシリーズ① 善き経営 GBI の理論と実践』
求められることになる個人や組織の面にも言及し ている点が本章の特色である。
「グッドビジネスのためのコーポレート・ガバ ナンス」の章において,企業は社会を豊かにする ための手段であるとされ,株主の富を最大化する ためのビジネス・モデルを構築することがグッド ビジネスであるとされる。そのため,グッドビジ ネスは,企業不祥事を防止し,ステークホルダー への費用負担を最小化するためのガバナンス構造 の構築でもあるとされている。株主の富の最大化 について,単に株主のみの富を考えるのではな く,社会を豊かにすることと結びつけている点が 他のコーポレート・ガバナンス研究とは異なる点 である。
「グッドビジネスとステークホルダー」の章で は,ステークホルダーの価値を重視する経営が紹 介され,それは株主・投資家以外の多種多様なス テークホルダーに正の価値を提供するものとされ る。実際,ステークホルダーの価値を重視する経 営の目的は,特定のステークホルダーの価値を最 大化することではなく,すべてのステークホル ダーのための価値を創造することである。本章に おいて,現代の経営者は,経済・法・倫理のレン ズから構成される「トリプルレンズフレームワー ク」により,経営上の課題を見る必要があるとさ れている。これは,現代の経営学の領域には,本 書がそうであるように,経済学,法学,倫理学の 視点も求められることを示唆している。
「システム論から考える地球のサステナビリテ ィ」の章では,部分と全体をバランスよく捉え,
構造とプロセスに着目して挙動を観察するシステ ム論の考え方を紹介しながら,システム論の視点 から地球環境の問題を捉えている。事業価値と環 境価値との両立を目指し,そのための取組みを全 体に広げることにより,事業のサステナビリティ と地球環境のサステナビリティのトレードオフ問 題を解決しようとする日本企業の取組みが紹介さ れている。システム論の考え方を取り入れること により,事業価値も環境価値も創造することがで きるのである。
「企業活動とコミュニケーション」の章では,
コミュニケーション学の立場から,コミュニケー ションを関係性と捉えることにより,企業と消費 者との関係や企業のコミュケーション戦略を考え
られるようになるとしている。特に,クライシ ス・コミュニケーションとして,日本企業の事例 が取り上げられ,企業不祥事発生後の社会への対 応には,外部の視点を取り入れる重要性が紹介さ れている。企業と社会との関係を考える上でも,
コミュニケーションを関係性と捉える視点は有用 である。
「Better Communication がつなぐ経営と社会」
の章では,社会に背を向けた経営は存立し得ない ことが実務家の立場から紹介されている。学生に
「自分の経営」と社会と言うテーマで考えること を求め,「自分の経営」を考えることにより経営 学が生きた学問になるとしている。学生が単に単 位取得のための知識を得るのではなく,その知識 を用いて自己と社会とのつながりを考えることに より,学問は活かされることになる。
「女性の活躍と起業」の章では,1000 件以上の 女性による事業計画をみてきた著者により,女性 の起業の持つ経済効果,課題と支援策,女性起業 の事例が紹介されている。逆説的な表現になる が,女性による起業が日常のことになり,著者は,
「女性起業支援」から「女性」の文字が消えるこ とを理想としている。女性であるということが特 別にならない社会になることが女性が活躍してい る社会である。
「グッドビジネスに必要なコンプライアンス」
の章では,企業の法務部の立場から,コンプライ アンスを社会的要請に反する行動をしないことと 捉え,コンプライアンス重視の企業風土を維持す るには,コンプライアンス施策を継続的に行い,
それを通して従業員が考え,それに飽きないこと が重要であるとしている。コンプライアンス施策 を単に導入すればよいというのではなく,コンプ ライアンスを重視する企業風土を維持することが 必要になる。
「国際法における企業の責任」の章において,
グローバルに活動する企業には,「善良な企業慣 行」に照らして,相当の注意義務が参照される場 合があることが指摘されている。それゆえ,企業 は,ソフトローとしての OECD 多国籍企業行動 指針,国連グローバル・コンパクトなどにも,何 らかの拘束力があることを認識する必要がある。
『経営学を考えるシリーズ① 善き経営 GBI の理論と実践』は,そのタイトルが示しているよ
立教ビジネスレビュー 第 10 号(2017) 103‑105
うに,「善き経営」に関する理論と実践について 取り上げられている。本稿において,研究者と実 務家という表現を用いて,理論と実践を区別した が,こうした区別は,実践の観点からも研究の観 点からも不要かもしれない。どちらも,日本企業 の実際を対象としてまとめたものであり,理論か 実践かというのは,そうした区分を行おうとして いることを反映しているに過ぎないからである。
冒頭の「グッド・ビジネス・イニシアティブ」
の章には,「立教大学経営学部の誓い」が掲載さ れ,その 4 つの目標を踏まえて GBI が計画され たことが示されている。立教大学経営学部に入学 したものには,入学時にこの誓いに署名すること が求められている。こうした署名は,一部の企業 において,倫理綱領や行動規範に署名することが 求められたり,米国の SOX 法(企業改革法)に おいて,CEO(最高経営責任者)や CFO(最高 財務担当責任者)に財務報告書に署名することが 求められたりしているのと同じである。
さらに,2009 年,ハーバード・ビジネス・ス クールの学生が「MBA の誓い」と言う組織を作 り,ビジネス・スクールを卒業する際に,それに 署名することを求めている。これは,一部のビジ ネス・スクール学生が企業不祥事や自己利益の追 求のみを考える経営に疑問を抱いたことにより,
始めたものである。「MBA の誓い」は,経営を 担うことが専門職であるならば,自らを律する必 要があることを再確認したものである。「立教大
学経営学部の誓い」と「MBA の誓い」には,入 学時と卒業時と言う署名の時期について違いはあ るが,どちらにも,「正直」「責任」「持続可能」
などの文言が見られる。こうした文言は,グッド ビジネスを通じて社会をよくするために不可欠な ものである。
本書は,立教大学経営学部における教育を通じ て,「善き経営」を担える人材を育成し,そうし た経営が人を活かし,善き社会を創造することを 示そうとするものと言えるが,立教大学のみなら ず経営教育に関わるものに対して,その社会的意 義を再確認させてくれるものでもある。経営学 は,単に利益を最大化する方策を提示するもので はなく,企業の活動をグッドビジネスにして,社 会をよくすることに貢献できるものである。経営 学には,研究・教育・実践が関わるが,本書は,
研究者の視点ばかりでなく,実務家の視点から実 践についても論じられ,学習プログラム課程の中 から生まれたものでもある。その結果,本書の構 成は,経営学の学問体系に拘束されることなく,
コミュニケーション論や国際法の知見を盛り込め るようになっているのである。
一方で,経営ないし経営学全体の領域を考えれ ば,本書に掲載されていない領域もある。これ は,本書が「経営学を考えるシリーズ」の第 1 巻 として位置づけられているからであろうが,引き 続き,本シリーズが刊行されることを願うもので ある。