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第 2回 :「 ゲ ドの物語 にみる心 と身体」

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第 2回 :「 ゲ ドの物語にみる心 と身体」

富 山大学 保 健管理 セ ンター 岸 本 寛 史

Norifurrli KishirnOtO: Psyche and Soma in the Tale of Ged

1は じめに

本稿では物語 に即 して心 と身体 とい う問題 につ いて考えてみたい。物語 に即す とはいえ、以下 は 筆者 自身の臨床体験 を基礎 においた論考であるこ

とをまず述べてお きたい。

本稿で取 り上 げる物語 はアー シュラ ・ル=グ ィ ン作 『ゲ ド戦記』 (岩波書店)シ リーズの第 1巻

影 との戦 い』である。原作 は5巻本、外伝 も含 め ると6巻ある。第1巻 『影 との戦 い』が出たのは19 68年、 第2巻 『こわれた腕環』 が1970年、 第3巻

『さいはての島へ』 が1972年で ほぼ2年お きに3巻 が続 けて出て一応完結 していた。 ところが、18年 後 の1990年にな って第4巻 『帰還』 が出た。 この 第4巻 には 『最後 の書』 とい う副題 もつ いていた が、 さ らに11年の間をおいて2001年にな って第5 巻 『アース シーの風』が刊行 された。最初か ら数 えると、実に33年の年月が経 っている。作者 はアー シュラ ・ル=グ ウィンとい う女性で、1929年生 ま れなので、第1巻が39歳のときの作品、第5巻は72 歳の時の作品 とい うことになる。彼女 はカ リフォ ルニア州バークレーの生まれで、父親はアルフレッ ド・クローバ ーとい う著名 な文化人類学者、母親 はシオ ドーラ ・クローバ ーとい う著名 な作家で、

『イ シー北米最後 の野生 イ ンデ ィア ン』 とい う有 名 な作品が あ る。 そ うい う両親 の血 を受 けて、

『ゲ ド戦記』 には、文化人類学 の知見が3、んだん に取 り入れ られているのが感 じられる。

もともと、文化人類学 という学問は、異文化 を 自国の文化か ら、特 に最初 は西洋文化 の視点か ら みて分析す る学問だ ったが、最初 は西洋文化 を頂 点 において未開社会か ら西洋社会への発展 とい う 図式 の中で見て きた ところがある。 ところが途中 か らそれに対す る反省が起 こり、異文化 をそれぞ れの文化の独 自の視点の中か らみようとす るよう にな った。 このような視点の転換 は 『ゲ ド戦記』

の構成 にも影響 を与えているように思われる。 た とえば第1巻はゲ ドの視点か ら書かれているが、

第2巻の特 に前半 はテナーの視点 か ら書 かれて い て、仮 に第2巻か ら読 み進 め ると、 テナーが主人 公か と思われ るほどである。

2タ イ トルについて

まず、『ゲ ド戦記』 とい うタイ トルについて考 えておきたい。 ゲ ドは一応 この物語の主人公 とい え る人物だが、2巻で は前半 はほとん ど出て こな い し、4巻、5巻になると背景 に退 いて出番 もかな り少 な くなるので、通常 の主人公のイメージとは ず いぶん違 い。 さらに、戦記 とい う名前か らはゲ ドの戦争の記録 とい うイメージがわいて くると思 うが、 これは狭 い意味での戦記 ものではない。広

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い意味ではゲ ドの物語 は戦 いの物語 といえないこ ともないが、戦 う相手が普通の意味での戦争 とは 違 って、 自分 の影であ った り、 よ く分か らなか っ た り、特 に 4巻 以降では、先 ほども述べま したよ うに、ゲ ド自身が出て くることが少 な くな り、狭 い意味での 「戦 い」 はテーマではな くなって くる ので、『戦記』 とい う名前 にとらわれす ぎないほ

うがよい。

また、第1巻の 日本語 の タイ トルは 『影 との戦 い』 とな って い るが 、 原 題 は A   W i z a r d   o f E r a t h s e a であ る。 直訳す ると 『アース シーの魔 法使 い』 となるが、魔法使 いと訳 した wizardと い う言葉 は、賢者 とい う意味 もある。 もともと、

wizardと い う言葉 は wise(賢 い)十 art(過 度 に、大 いに)と い う言葉 に由来す る言葉なので、

魔術 を使 いこなす魔法使 いとい うよ りは、大 いな る知恵を持 った大賢者 とい うイメー ジで捉えるの が適切ではないか と思 う。そ して、後で触れ るよ うに、第一巻ではゲ ドが未熟 な魔法使 いか ら成熟 してい く過程 を描 いた物語であ って、 まだ大賢者 にはなっていない。だか ら、第1巻における 「アー ス シーの魔法使 い」 とはゲ ドとい う一人の魔法使 いを指すよ りも、む しろ 「魔法使 い」 とはどのよ うな ものか、賢者 とはどのような ものかを述べて いると捉え るのがよいと思 う。

もうひとつの 「アース シー」 とい う言葉 につい て も考 えてお きたい。「アース シー」 とい う言葉 は大地を表す earthと 海 を表す seaか ら作 られた 造語で、ル=グ ウィンが作 った言葉である。弘法 大師の空海 は空 と海だが、 アース シーは陸 と海な ので、陸海 と訳 して もいいか もしれない。 これを 単 に物語 の舞台になる地方の名前 とい うことで済 ませ るだけでは著者の意を十分汲む ことにはな ら ない。第4巻 と第5巻を読んでいると、 そこには も う少 し深 い意味が込め られているのを感 じるか ら である。

アース シーとい うのはこの物語の舞台 となる地 方の ことで、本の中にはその地図 もちゃん と載 っ ているが、 この地図を見 ると、大陸ではな く、多 くの島か らなる多島海 (アーキペ ラゴ)が その舞

台 となっている。つまり、地 と水 とは十分 に分化 してお らず、陸 と海を明確 に分 けることがで きな い、あるいは陸 と海 とが分化す る辺 りの ことを物 語 っているとい うことが示唆 され る。 この推測 は、

第4巻 と第5巻でそれぞれ火 と風が一つのテーマと な っていることを考え ると、あながち検討 はずれ ではないと思われる。第4巻では火がテーマになっ ている。 また、第5巻 のほ うは風がテーマにな っ て いる。第5巻 の原題 が The Other Wind『 うひとつの風』G5訳 は 『アースシーの風』 となっ ているが)と な っていることか らもそれが伺われ る。

こうしてみ ると、 1巻か ら3巻 まで は地水、4巻 で火、5巻 で風が テーマ とな っていて、全体 で地 水火風 とい う四元素がすべて扱われ ることにな っ ていて、実 によ くで きていると思われ るし、18年 後に第倦 を、さらにその11年後に5巻をル=グ ウィ

ンが書かねばな らなか ったの も分かる気がす る。

3真 の名

物語 の粗筋を述べて しまうのは、物語を楽 しみ を奪 うだけでな く、物語 の真の価値 を損な うこと にもな りかねないが、 ある程度 は粗筋 も知 ってい ないと以下の論考を理解 しに くいと思われるので、

論考 の流れの中で最小限必要な部分を紹介 しなが ら議論を進めたい。

まず、舞台 となるアース シーの世界 には、先の 述べたよ うに大陸 はほとん どな く (北にホーゲ ン 大陸 とい う文字が見え るだけです)、 アニキペ ラ ゴ (多島海)と 呼ばれる、ハ ブナーを中心 とす る 島々 と、 カルガ ド帝国の主 に二つの地域か らな っ ている。 アーキペ ラゴのゴヒ部 にある島のひとつ、

ゴン ト島にダニーという名の少年がいた。母親 は 彼が1歳の ときに亡 くな っている。父親 は鍛冶屋 だ った。6人 の兄が いたが、 みな、 とうに家 を出 ていた。小 さいころはおば (母の姉)が 面倒を見 て くれたが、身の回 りの ことがで きるようになる と、誰 に もかまって もらうことな く 「雑草のよう に大 きく」 なった。 ところが、 このおばは、魔法 使 いで もあったのだが、お、とした拍子 にダニーが

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人並みはずれた力を持つ ことを知 ってか らは、魔 法の手 ほどきをす るようになる。 ただ、彼女 は真 の魔法使 いではな く、本物 と偽者の区別ができず、

呪いの言葉だけはた くさん知 っていたので、病気 も、治すよりもかか らせ るほうが得意だ ったか も しれない、 とい う有様だ った。 それで もで きるだ けまっとうな ものだけを教えようと努力 し、 じき にダニーは鳥や獣 を思 いのままに操 る術を身 につ け、す ぐにおばか ら習 うものは何 もな くなるほど だ った。山腹の牧草地で檸猛 な鳥 といることが多 いダニーを、村 の子供 たちはハイタカと呼ぶよう にな った。

そんな時、 カルガ ド帝国の兵士が ゴン ト島に攻 め込んで くる。彼 らはあっという間に町を占領 し、

谷 に もどんどん侵略 して くるのだが、ハイ タカは 霧 あつめの術 を使 って敵を撃退 して しま う。 しか し魔法 に力を使 い果 た したダニーは、 「□が聞 け ず、食べ ることも眠 ることもしない」 とい う状態 になる。そこにゴントの大魔法使いオジオンがやっ て きて彼の手 当てを し、名前 を授 けたいといって

「ゲ ド」 とい う真 の名 を授 ける。 こうして名前 を 授 けられたゲ ドはオ ジオ ンの弟子 になる。

ここで、魔法 について少 し考えてみる。最初 に 出て くるのは、山羊 を集 めた り鳥 を呼 び寄せた り す る魔法だが、 その秘密 は、真の名 にある。真の 名を唱えれば、 タカで もワシで も山羊で も呼 び出 す ことがで きる。ゲ ドも真の名である。真の名 は みだ りに他人 に明かす ものではない。名を知 るも のに操 られ る危険があるか らである。だか ら普通 はハイタカという名で通 している。逆 に言 うと、

タカとか ワシとか山羊 とい うのは、われわれが与 えた仮の名前であ って本当の名前ではない、 とい

うことである。

これを もう少 し拡大す ると、たとえば癌 とか う つ病 とか肺炎、 とい った名前、病名 も真の名 なの だろうか、 とい う疑間が浮かんで くる。あるいは モル ヒネとかそ うい った薬の名前 も同 じである。

こんな事例が思い出される。ある癌の末期の方で、

痛みがあ って、 モル ヒネを使 って大分楽 にな って いたが、 モル ヒネという名 は伏せて単 なる痛み止

め として使 っていた。 ところが、モル ヒネという 名前を伏せて使 っているのはだま しているようで 申 し訳 ない と、 「今 あなたに使 っている薬 はモル ヒネです」 と告 げた所、「モル ヒネを使 うという ことはもうだめ とい うことではないか」 と動揺 さ れて、その後 は痛みの コン トロールが難 しくなっ たというケースを聞いた ことがある。 この場合、

モル ヒネとい う名前 も真の名ではな くて仮の名前 なのだとい う視点があれば、無用の苦 しみを与え ることはなか ったか もしれない。癌の方 々の診療 に携わる中で、癌の方々の示 される症状の中には、

癌 とい う名前 にや られて しま っている部分 も結構 あるのではないか と感 じることも多 い。

最近、 イギ リスか らナラティブ ・ベイス ト0メ デ ィス ン (NBM)と い う動 きが出て きた ことは 注 目され る。病気を物語 と捉え、医学的な病名や 治療 も医療者側 の物語 として捉えようとしている 点が斬新であ るが、NBMの 姿勢 は もっと徹底 し ていて、真の名前 などない、 それ らはすべて物語

り、仮の名前だ とい う姿勢を持 っているので、 こ の点 はゲ ドの物語 とは異 なる。

4均 衡

オ ジオ ンの弟子 にな ったハイタカ (ゲ ド)は 、 早 く魔法を覚 えた くて仕方 ないのだが、 オ ジオ ン

はといえば、雨が降 って も雨 よけの魔法を使わず にぬれてい くし、我慢が大切 と説 くだけだ った。

そ して、初めて迎えた冬 に神聖文字 の読み書 きを 教わ る。春 のある日、野原で遊んでいたゲ ドは、

ル ・アル ビの領主の娘 と出会 い、死んだ人の魂 も 呼 び出せ る?と 唆 されて、『知恵 の書』 の呪文 を 唱えて しまう。す ると不気味な 「影」が姿 を現 し、

恐怖に襲われて身動 きが取れな くなる。それを救 っ て くれたのはオ ジオ ンだ った。 このエ ピソー ドが あ って、オ ジオ ンは、 自分の ところにとどまるも よ し、 ローク島に行 って もっと高度 な術 を身 につ けるもよ し、すべてはそなた次第、 とい って決断 を迫 る。 ロークには魔法使 いの学院があるか らで ある。ゲ ドはロークヘい くことを決める。

ロークではいろいろな魔法 を習 うが、 たとえば

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手わざの長 に教 わ った石 を ダイヤモ ン ドに変え る 魔法 も、魔法が切れ ると元 に戻 って しまう。 そ こ でいつまで もダイヤのままに してお く魔法 はない か、 と尋ね る。 これに対 して、「眼 くらま しの術 を使えば ・・確かに物が変化 したとは思 う。 ・ ・ だが術 は実際には物を変えはせん。 この石 ころを 本当の宝石 にす るには、 これが本来持 っている真 の名をかえねばな らん」 とい う答えが返 って くる が、「それをかえ ることは 00た とえ これが宇宙 のひとかけに しか過 ぎな くとも、宇宙その ものを 変え ることになる」 と戒 め られ る。 さ らに、「 宙 には均衡 とい うものがあ って、物 の姿 をかえた り何かを呼び出 したりといった魔法使いの仕業 は、

その宇宙の均衡を揺 るがす ことに もなる」 と警告 す る。呼び出 しの長 も 「ロークの雨がオスキルの 早魃をひきお こす ことになるか もしれぬ、そ して 東海域 に穏 やかな天気を もた らせば西海域 に嵐 と 破壊を呼ぶ ことにもな りかねないのだ」 と戒め ら れ る。 ここにあるのは 「均衡」 とい う考え方であ

る。

以前、 こんなケースの相談を受 けたことがある。

長年胃潰瘍をわず らっていた方が、ヘ リコバクター ピロ リとい う最近が胃潰瘍の原因だとわか って き て、その除菌療法を受 けたところ、胃潰瘍 はそれ 以来起 こさな くなったが、代わ りにめまいとか頭 痛 とか、それ までなか った症状が次 々とで るよう になったとい うことで、 まさに 「東海域 に穏やか な天気 を もた らせば西海域 に嵐が起 こる」 とい う 事態であ った。全体 のバ ランスをどうや って保つ か、 とい う視点 も心 と身体の問題 を考えるときに は必要 になって くる。最近、神経内分泌免疫学 の 分野で も、バ ランスとい う考え方が注 目されるよ うにな っている (スター ンバーグ (2001/2006)

『ボディ ・マイ ンド・シンフォニー』 日本教文社)。

医学 においてはバ ランスよ りは病原の除去 ・排除 が焦点 とな りやすいので、均衡 に焦点を当て るパ

ラダイムは特 に意味を持つ。

5影 を放つ

ゲ ドが学院に入 って最初 に学院の中を案内 して

くれたのは ヒスイとい う先輩だが、 ヒスイは競争 心が強 くゲ ドに対抗意識を持 っている。 カラスノ エ ン ドウとい う友達 もで きるが、彼 は思 いや りが あり、 ヒスイともゲ ドとも公平に付 き合 う性格だっ た。 ヒスイとゲ ドとは互 いに敵憮心 を燃や し、結 局対決す ることになるが、 そ こでゲ ドは長 たちの 警告 に もかかわ らず死霊 を呼 び出す魔法を使 う。

これは心理学的にはイ ンフレーションと呼ばれる 状態で、技術 を身 につ け始 めたとき、橋 り高ぶ る ことにな りやすい。ゲ ドが呪文を唱えるうちに、

ゲ ドは何か黒いものを抱 き、黒い塊が崩れ始 める と散 り散 りにな り、す っか り消えて しまう。 その 影 は地面か ら湧 くよ うにす っと伸 びて人間の形 を した死霊が浮かび上が り、す ると大地が裂 けてそ の中か ら強烈 な光が差 し込み、 そこか ら黒い影 の 塊が出て きてゲ ドを襲 う。 その窮地 を救 ったのは 大賢人 ネマールだ ったが、 ネマールはゲ ドか ら影 を追 い払 うために自分 の能力のすべてを使 い果た して死んで しまう。 ゲ ドも4週間意識不明のまま だ ったが、薬草の長の辛抱強い治療の甲斐 もあ っ て、徐々に回復する。ただ身体にも心にも傷を負 っ たままで、以前 とは別人のようにな り、心を入れ 替えて修行 を積み、 ま じない師の資格 を与え られ

る。

6竜 との駆 け引き

この後の話 は、ゲ ドが放 った影 との取 り組みに なるのだが、影 には形 もな く名前 もな く、 どうし た らいいかわか らない。 そんな時、 ロー ・トーニ ングとい う島か ら、ペ ンダーの竜が卵を返 してい つ襲 ってこないとも限 らない状況なので、島を守 っ てほ しいと魔法使 いの派遣 を頼んで きたため、ゲ ドはそ こに赴 くことに決めた。 ここで興味深 いの は、ゲ ドの真の目的は竜退治ではないということ である。

竜退治 に出かける前、 ゲ ドは島の子 どものアイ オスが しょう紅熱で危篤状態 に陥 っている時に、

アイオスを助 けようとその後を追 って死者の国ま で踏み込み、そ こで影 と出会 う。 ここではオタク という小動物 に助 けられ る。 こうしてゲ ドは生 き

(5)

たまま黄泉の国へ行 き、そのまま戻 ってきた。医 の神 アスクレピオスです ら、死者を蘇 らせたため にゼウスの怒 りをか ってその雷で死んだほどなの で、超えてはな らない一線 というのがあるか もし れない。 もっとも、 アイオスは助か らなか ったの で、何 とかゲ ドは戻 って こられたのか もしれない。

ともか く、黄泉の国で影 と出会 った ことで、ゲ ド は竜退治 にペ ンダーとい う島へ出かける決心をす る。竜退治 というのは西洋の物語に根深 くあるテー マで、その場合、竜 は悪の元凶であり、それを退 治 して女性 と結ばれるというのがお決まりのパ ター ンである。 しか し、 ゲ ド戦記 における竜の位置づ けはそ う単純ではない。 まず、先 に述べたように 竜退治が真の目的ではないとい うこと、そ して、

竜 は 9匹 い るのだが、5匹 まで殺 した ところで竜 の親玉のようなやつが出て きて、対話 をす るので ある。 とい って も竜が話すのは太古の言葉で、 う そ と真が入 り乱れ、注意 を集中 していないと編 さ れて しまう。 さらに、竜 はお前 を狙 っているもの の真の名を教えてや ると誘惑す るが、 ゲ ドはひる まず、竜の名を明か して、 アーキペラゴには三度 と出て こないことを誓わせ る。竜を完全 に退治す るのではな く、不可侵条約 を結ぶ とい う形で決着 がつ く。 こうい う終わ り方 は、従来の西洋 の物語 のパ ター ンとはかな り違 う。 それは竜を退治す る ことが真の目的ではないとい うことがゲ ドにはわ か っているか らである。診療 を しなが ら、 この頭 痛 を とって くれさえすれば問題 はすべて解決 をす るので何 とか してほ しい、 とにか く痛みだけとっ てほしい、 というような言い方をされることが時々 あるが、そ うい うときに限 って痛み止 めがぜんぜ ん効かな くて、薬が どん どん増えた りす ることも 多い。 そ うい う場合 は、竜を退治す るだけでは間 題 は解決 しない、問題 は別の ところにある、 とい うことに気づ く必要がある。 なお、竜 の位置づ け は、5巻になるとかな り変わ って くる。

7影 という問題

この後 も、オスキルのテレノン宮殿で王妃セレッ トの民を逃れ、隼 にな って ゴン トのオ ジオ ンの と

ころで傷を癒す ということがあったり、その後で カルガ ド語 を話す兄弟 とであ った り、カラスノエ ン ドウと再会 した り、いろいろあるが、紙数の関 係で省略 して、最後 に一箇所だけ、非常 に重要 と 思 われる場面 にだけ触れてお きたい。 それまで影 か ら逃 げてばか りいたゲ ドに、オ ジオ ンが 「向き 直 るの じゃ、 もしもこのまま、先へ先へ と逃 げて 行 けば、 どこへ行 って も危険 と災 いがそなたを待 ち受 けておる じゃろう。 ・ ・そなたを追 って きた ものを、今度 はそなたが追跡す るの じゃ」 と告 げ る場面である。 この場面で私の頭 に浮かぶのは、

パ ニ ック障害 とか不安神経症 と呼ばれる人たちの 治療経過の ことである。 これ らの状態 を抜 け出す には、薬 だ けで はなか なか難 しくて、 ど こかで

「向 き直る」 ことが必要だ と感 じるか らである。

さて、 カラスノエ ン ドウがゲ ドに同行す ること にな り、 いよいよ影 と対決の ときを迎え る。戦 い なが ら、 ゲ ドは相手が何者であるかを悟 り、同時 に真の名を呼ぶ ところが、 この第1巻のクライマ ッ クスである。つ まり両方の真の名 は 「ゲ ド」 だ っ た。 そ うして二人 はひとつ となる。最初 にゲ ド戦 記 における戦 いは通常の戦 い とは異 な ると述べた が、第1巻における戦 いは、実 は自分 自身 との戦 いで もあ った、 とい うことである。 この影 という 考え方 は、ユ ング心理学 における影の考え方 の影 響 を強 く受 けている。 ユ ング心理学が他の心理学 と異 なる点を一つ挙 げるとすれば、筆者 はこの影 とい う概念を挙 げたいと思 う。影 とは自分が これ まで生 きることのなか った側面であ り、影 と取 り 組 む ことが重視 され る。 だか ら、 クライエ ン トも セ ラピス トも、 自分の影 と取 り組む とい うことが 大切 にな って くる。病気 を、外か ら悪者が取 り付 いた もの とみなすな ら、 その悪者を取 り除 く竜退 治のようなことが治療 となるだろうが、その先 に、

病気が 自分の中か らも生 じているとい うことを見 据え るな ら、 その治療 は単 なる竜退治では収 ま ら ない ものになる。そのよ うな ことを自覚す る時、

ゲ ドの物語が示唆 に富む ことに気づ くように思わ れ る。

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