平 成20年12月(2008年) 一15一
症例検討
ヨウ素 過剰 摂取 に よる一過性 甲状 腺機 能異 常
田中
清
Transient
thyroid dysfunction
caused by excessive
iodine intake.
Kiyoshi Tanaka
Iodine deficiency affects almost one billion of people worldwide, and is by far the leading cause of
hypothyroidism. Japan is unique in that there are no single patients with hypothyroidism due to nutritional
iodine deficiency. Thyroid abnormalities induced by excessive iodine intake, however, is not infrequent in Japan.
We report here a case of young woman with severe hypothyroidism. Symptoms such as weight gain, edema,
amenorrhea, and constipation were accompanied. She had habitual excessive iodine intake, with the cessation of
which her thyroid abnormalities as well as her symptoms subsided.
Iodine exerts biphasic effects on the thyroid gland. Its deficiency results in diminished thyroid hormone
synthesis ; hence hypothyroidism, since thyroid hormones are iodine-containing amino acids. Its excess inhibits
practically all functional aspects of thyroid gland ; iodine uptake from circulation, thyroid hormone synthesis,
and its secretion to bloodstream. What makes the matter more perplexing is the fact that the detrimental effect of
excess iodine is much more likely to occur in those with pre-existing thyroid disease, even in the mild form.
Furthermore, every one or two women out of ten have thyroid diseases such as chronic thyroiditis. Thus
supplementation with iodine is by no means encouraged in Japan. Dietitians must be aware of the unique feature
of iodine status in Japan.
(Received September 25, 2008)
1.緒 言 甲状 腺 ホ ル モ ンは,ヨ ー ドア ミノ酸 で あ り,ヨ ウ 素 は 甲状 腺 ホ ル モ ン合 成 の た め に不 可 欠 の微 量 栄 養 素 で あ るが,甲 状 腺 以 外 に ヨウ素 を必 要 とす る組 織 は な い。 す な わ ち,人 体 に お け る ヨ ウ素 の ほ ぼ唯 一 の役 割 は,甲 状 腺 ホ ルモ ン合 成 の素 材 と して利 用 さ れ る ことで あ り,甲 状 腺 の最 も重 要 な機 能 は,甲 状 腺 ホ ル モ ンの 産 生 で あ る。 したが って ヨウ素 欠 乏 症 に よっ て起 こる の は,も っぱ ら甲状 腺 ホ ル モ ン合 成 の 障害 に よ る甲状 腺 機 能低 下症 で あ る1)。 ヨウ素 欠 乏 症 と,そ れ に起 因す る 甲状 腺 機 能 異 常 症 は,人 類 の 歴 史 の上 で,長 く大 き な問題 で あ った 。 現 在 で も ヨウ素 欠 乏症 は,世 界 で最 も多 い 甲状 腺 疾 患 の原 因で あ る。 全 世界 で 数 億 人 の患 者 が い る もの と考 え られ,公 衆 栄 養上 の重 要 な課 題 で あ る2)-4)。 しか し日本 で は,海 草 な ど ヨ ウ素含 有 食 品 を多 く食 べ る とい う特 殊 性 か ら,ヨ ウ素 欠 乏症 はお そ ら く一 人 も存 在 しな い。 む しろ過 剰 摂取 に よ る 甲状 腺 機 能 異 常 が しば しば起 こ り,諸 外 国 と は全 く状 況 が 異 な っ て い るi)5)6)。この よ うな点 は,栄 養 学 の教 科 書 に お い て も,あ ま り詳 し く取 り上 げ られ て い な いが, 管理 栄 養 士 に とって は,必 要 な情報 で あ る。 そ こで 本稿 で は,ヨ ウ素 の過 剰摂 取 に よっ て,一 過性 の 甲 状腺 機 能 異 常 を起 こ した例 を提 示 し,そ の 症例 検 討 を通 じて,ヨ ウ素 過 剰 摂取 の臨 床 的意 義 につ い て, 考 察 してみ た い 。 」 京都 女子 大学家 政学 部食 物栄養 学科症 例 1)症 例 提 示 22歳 女 性 。 生 来 健 康 で あ っ た が,数 ヶ月 前 か ら浮 腫 ・ 全 身 倦 怠 感 ・便 秘 ・約5kgの 体 重 増 加 を 認 め,3ヶ 月 前 か ら無 月 経 と な っ た 。 身 長166cm,体 重50kg。 頚 部 に び ま ん 性 甲 状 腺 腫 を 認 め た 。 血 液 検 査 の 結 果, 血 液 中 甲 状 腺 ホ ル モ ン は,FreeT40.06ng/dl(以 下 カ ッ コ 内 に 基 準 値 を 示 す;0.9-1.7),FreeT30.49 pglml(2.1-4.2),TSH280μU!inl(0.5-4.5)で あ っ た 。 ま た 一 般 血 液 検 査 で は,GOT(AST)1181CT/L(8-38),GPT(ALT)14711JIL(4-43),総 コ レ ス テ ロ ー ル258mgldL(130-220),CPK16071U/L(30-172)と 異 常 高 値 を 認 め た 。 お し ゃ ぶ り 昆 布1日18gの 他,ひ じ き ・わ か め ・ も ず く を 多 量 に摂 取 して い る こ とが 判 明 し た た め, 状 腺 ホ ル モ ン剤 の補 充 を行 ったが,そ の後 投 薬 を中 止 して も甲状 腺 機 能正 常 を維持 し,現 在 に至 って い る。 なお 上記 諸 症状 はす べ て消 失 した 。 2)症 例 検 討 甲状 腺 か ら分 泌 され る 甲状腺 ホル モ ンに は,サ イ ロ キ シ ン(thyroxine;T4)と トリ ヨー ドサ イ ロ ニ ン (3,5,3'-L-triidothyronine;T3)が あ り,そ れ ぞ れ 分 子 中 に ヨウ素 原 子 を4つ 及 び3つ 含 む こ とか ら, T4・T3と い う略 号 で 呼 ば れ る(図1)。 真 の 活 性 型 甲状 腺 ホ ル モ ンはT3だ が,甲 状 腺 か ら分 泌 さ れ る ホ ル モ ンの ほ とん どはT4で あ り,肝 臓 を始 め とす る 末梢 組 織 に お い て,T3に 代 謝 さ れ る 。 血 液 中 甲 状 腺 ホ ル モ ンの 大 部分 は タ ンパ ク質 に結合 してい る が,実 際 にホ ル モ ン作 用 を発揮 す るの は,タ ンパ ク 質 に結 合 して い ない 遊離 型 甲状 腺 ホ ルモ ンで あ る。 表1症 例 の経 過 FreeT4(ng/dl) FreeTs(pg/ml) TSH(/.cU/ml) GOT(皿J!L) GPT(IU/L) 総 コ レ ス テ ロ ー ル(mgldl) CPK(RJ!L) 甲 状 腺 腫(横 径;cm) 5月25日 0.06 0.49 280 118 147 258 1607 7 初 診 時 6月15日 1.29 2.95 4.7 27 40 170 212 6 10月5日
i.07(o.s-1.7)
2.76(2.1-4.2)
3.6(0.5-4.5)
18(8-38)
27(4-43)
221(130-220)
123(30-172)
4
甲状腺ホルモン剤服用 中 休薬 中
ノ 図1甲 状 腺 ホル モ ンの化 学 式平成20年12月(2008年) 一17一
下垂体
ネ ガ テ ィブ フィー ドバ ック
甲状 腺 刺 激 ホ ル モ ン(TSH)
甲状 腺 ホル モン
甲状腺
分泌
図2ネ ガテ ィブ フ ィ ー ドバ ック に よる 甲状 腺 機 能調 節 この た め 臨 床 で は,総T4・ 総T3で は な く,遊 離 型 で あ るFreeT4,FreeT3濃 度 測 定 が 主 に用 い られ る 。 ホ ルモ ンは 一定 量 産 生 され る よ う に,う ま く調節 され て い る が(ネ ガ テ ィブ フ ィ ー ドバ ッ ク),甲 状 腺 ホ ル モ ン産 生 調 節 機 構 は そ の 代 表 的 な 例 で あ る (図2)。 下 垂 体前 葉 か ら分泌 さ れ る 甲状 腺 刺 激 ホ ル モ ン(thyroidstimulatinghormone;TSH)に よ って, 甲状腺 の働 きは活 性 化 され,ホ ルモ ン産生 が 増 加 す る。 下垂 体 前 葉 細 胞 か らのTSH分 泌 は,血 液 中 甲 状腺 ホ ルモ ン濃度 に よ って調 節 され て い る。 血 液 中 甲状 腺 ホ ル モ ン濃 度 が 低 下 す れ ば,TSH分 泌 が 増 加 し,そ れ に よっ て 甲状腺 機 能 が 活 性 化 され,血 液 中 甲状 腺 ホル モ ン濃 度 が 正常 化 す る。 逆 に血 液 中 甲 状 腺 ホ ル モ ン濃 度 が 上 昇 す る と,TSH分 泌 が 低 下 して,甲 状 腺 の 働 きが 抑 え られ る。 す な わ ち こ の フ ィー ドバ ッ ク機 構 が 働 い て い る限 り,一 定 量 の ホ ル モ ンが 産 生 され る はず で あ る。 また 臨床 検 査 の 視 点 か らす る と,血 液 中 甲状腺 ホ ルモ ン濃度 が 上 昇 す る とTSH低 下,甲 状 腺 ホ ル モ ン濃 度 が 低 下 す る と TSHは 上昇 す る の で,血 液 中TSH濃 度 は,必 ず 甲 状 腺 ホ ルモ ン と逆 に動 く。 さて こ の例 にお け る血 液 中 甲状 腺 ホ ル モ ン濃 度 す なわ ちFreeTa,FreeT3は 著 し く低 値 を示 し,TSHは 非 常 に高 い値 で あ り,重 症 の 甲状 腺 機 能低 下 症 を示 す 数 字 で あ る。 な お こ こ まで の記 述 は,原 発 性 甲状 腺 機 能低 下 症(甲 状 腺 に原 因 の あ る もの)に 関す る もの で あ り,視 床 下部 性 や 下垂 体 性 な どの稀 な原 因 に よる もの につ い て は,こ こで は触 れ な い 。 甲状腺 ホル モ ンは,基 本 的 に異 化 ホル モ ン,す な わ ち物 質 の合 成 で は な く,分 解 を促 進 す る ホ ルモ ン で あ る 。 この た め バ セ ドウ病 な どの,甲 状 腺 機 能 充 進 症 に お い て は,食 欲 が 充 進 して い る に も関 わ らず, 体 重 が 減少 す る とい っ た症 状 が起 こ る。 甲状 腺 機 能 低 下 症 は,そ の逆 の 病態 であ り,物 質 代 謝 が不 活 発 とな り,体 重増 加 ・浮腫 ・便 秘 な どが 起 こる。 重 症 の 甲状 腺 機 能低 下 症 で は,無 月経 が 起 こる こ と もあ る。 また 実 際 に は肝 疾患 が な くて も肝 酵 素 が異 常 な 高 値 を示 す こ とは しば しば見 られ,こ の 例 に お け る GOT・GPT値 の 上昇 もそ の よう に理解 さ れ る。 また CPK上 昇 は,筋 肉 の 異 常 を表 す 臨 床 指 標 と して 有 名 だが,甲 状 腺 機 能低 下症 で は,高 値 とな る頻 度 が 高 い。 さ らに血 清 コ レス テ ロー ル濃 度 も,甲 状 腺 機 能低 下 に よっ て上 昇 す る。 す なわ ち この 例 に お け る 臨床 検 査 値 ・自覚 症状 はす べ て,重 症 の 原発 性 甲状 腺 機 能 低 下 症 を示 して い る。 ヨウ素 過 剰摂 取 に よる 甲状 腺機 能 低 下 症 が疑 われ た ので,過 剰摂 取 を禁止 したが,自 覚 症 状 も強 い た め,当 初 甲状腺 ホル モ ン剤 の 補 充投 与 を もあ わせ て 行 った ところ,直 ち に血清FreeTa,FreeTs濃 度,TSH 濃度 の正 常 化 とと もに,異 常高 値 を示 した血 清GOT・ Gpr・CPK・ コ レス テ ロー ル 値 も正 常 化 し た。 そ の 後 甲状 腺 ホル モ ン剤投 与 を 中止 したが,血 清FreeTa, FreeT3,TSH濃 度 や,他 の 臨床 指標 も正 常 化 し,甲 状 腺 腫 の大 き さ も,著 明 に縮 小 した。 III.考 察 ヨウ素 欠 乏症 は,結 局 の と ころ 甲状 腺 ホ ル モ ン欠 乏症 で あ る。 甲状 腺 ホ ル モ ン は全 身 に作 用 す るが, 甲状 腺 機 能 低 下症 にお い て重 要 な こ とは,成 人 と乳 幼児 で は,全 くその 影響 が異 なる こ とで あ る。成 人 にお け る症 状 は可 逆 的 で あ り,血 液 中 甲状腺 ホ ルモ ン濃 度 を正 常 化 させ る と元 に戻 る1)6)。実 際 今 回 の 例 で も,そ の よ うな経 過 を取 った 。 これ に対 し,乳 幼 児期 の 甲状腺 ホ ルモン 欠乏 は,特 に脳 に対 し,不 可 逆 的 な障 害 を残 す 。 正常 な脳 の発 育 の ため に 甲状 腺 ホ ル モ ンが 決 定 的 に重 要 な時 期 が存 在 し,ヒ トで障 害 を受 け,後 か ら治 療 して も元 に戻 らな い1)-3)。 脳 に次 いで 重 要 な のが 骨 の発 育 で あ る。 四肢 の骨 な ど長管 骨 は,い っ た ん軟 骨 が作 られ,そ れが 骨 に置 き換 わ る とい う形 で で き るが,甲 状 腺 ホ ル モ ン は軟 骨 の発 育 に不 可 欠 で あ り,成 長期 に重 症 の 甲状 腺 機 能 低 下症 が 持 続 す る と,著 しい低 身長 とな る1)-3)。 ヨ ウ素 が 欠 乏 す る と 甲状腺 が肥 大 す る こ とか ら, ヨ ウ素 欠乏 地 域 に お け る 甲状腺 腫 は,古 くか ら地 方 性 甲状 腺 腫(endemicgoiter)と 呼 ばれ て きた。 しか し甲状 腺 腫 は一 見 して わか りやす い特 質 で あ るが, 実 際 には む しろ甲状腺 ホ ルモ ン欠乏 症 に よる,脳 機 能 障害 ・発育 障害の方 がはるか に重要 な問題 である。 この ため 最 近 で は む しろ ヨウ素 欠 乏症(IodineDeficiency Disorder;IDD)と い う言 葉 が 用 い られ る1)-3)。 ヨ ウ素欠 乏 症 の リス ク を持 つ患 者 は世 界 で16億 人 と考 え られ てい る。 かつ ては 北米 ・ヨ ー ロ ッパ に も ヨ ウ素 欠 乏症 は少 な くなか った が,食 塩 へ の ヨウ素 添 加 に よっ て ほぼ 完全 に消 失 した 。 ヨ ウ素 欠 乏症 多 発 地 帯 に は 共 通 した特 徴 が あ る2)。自然 界 に は ヨ ウ 素 の 循 環 が存 在 す る 。土 壌 中 の ヨウ素 は雨 ・雪 ・氷 河 な どに よっ て流 出 し,海 へ 運 ば れ てい った 。 ヨウ 素 は海水 中 に ヨ ウ素 イ オ ンの 形 で含 まれ て お り,日 光 に よ り酸 化 され て揮 発 性 の ヨ ウ素 とな り,海 面 か ら蒸 発 す る。 大 気 中 の ヨウ素 は降 雨 に よ り土壌 に戻 る。 しか し定 期 的 に大雨 ・洪 水 ・氷 河 な ど に さ らさ れ る地 域 で は,土 壌 の ヨウ素 が 洗 い流 され る 。特 に 氷 河 の 関与 が大 きい 。 こ の よ うな 地域 にで きた作 物 に は ヨ ウ素 が不 足 して お り,そ の作 物 を食 べ る 人 間 は ヨウ素 欠 乏症 に陥 る。 ヨ ウ素 欠 乏以 外 に も,あ る 種 の食 品 の過 剰 摂 取 に よっ て 甲状腺 機 能 低 下 症 を お こ す こ とが あ り,こ の よ うな 食 品 をgoitrogenと い う。 例 をあ げ る と,ザ イ ール は ア フ リカで も甲状 腺 含 まれ る リナ マ リ ンが 代 謝 され てthiocyanate(SCN-) が 生 じ,SCN一 が1一に拮 抗 す る。 母 親 が キ ャ ッサ バ を食 べ るた め,胎 児 が 甲状 腺 機 能低 下 症 にな る もの と考 え られ てい る2)。世界 に お け る ヨ ウ素 欠 乏 症 多 発 地 帯 にお け る大 きな 問題 は,新 生児 は ヨ ウ素欠 乏 状態 の母 親 か ら生 まれ,ヨ ウ素 欠 乏 の母 乳 で育 て ら れ る た め,胎 児 ・新 生 児期 を通 じて 甲状 腺 機 能低 下 症 が持 続 す る こ とで あ る。 この た め重 症 の 脳機 能障 害 を来 して し ま うこ と とな る。 ヨウ素 欠 乏 症 が 甲状 腺機 能低 下 症 の原 因で あ り,ヨ ウ素 の補 充 に よっ て 予 防可 能 で あ る こと は現在 で は広 く認 め られ て い る。 食 品 に含 まれ る おお よそ の ヨ ウ素含 量 を表2に 示 す 。 一見 して 明 らか な よ うに,海 草 の ヨ ウ素 含 量 は 他 の食 品 と比 べ て圧 倒 的 に 多 く,特 に昆 布 には 非常 に多量 の ヨ ウ素 が含 まれ る 。 この た め,日 本 人 で は ヨ ウ素 欠乏 症 は皆 無 だが,過 剰 摂 取 に よ る 甲状腺 機 能 異常 は珍 し くな い。 そ れ に も関 わ らず 「ヨ ウ素 は 甲状腺 ホ ルモ ン を合 成 す る 際 に必 須 とな る栄 養 素 で, 体 の機 能維 持 に重 要」 とい っ た論 調 で サ プ リ メ ン ト が 販 売 され てい る の は困 った こ とで あ る。 日本 で と れ る食物 を食 べ て い る限 り,海 草 摂取 を控 えて も ヨ ウ素不 足 に は絶対 に な らな い ので,ヨ ウ素 サ プ リメ ン トは 百害 あ って一 利 な しで あ る。 な お単 に海 草類 が 好 き とい う程度 で は,過 剰 摂 取 に よる 障害 は起 き ない 。 海草 の中 で も,昆 布 つ いで ひ じ きの ヨウ素含 量 が 圧倒 的 に高 い ので,従 来報 告 され て い るの は ほ と ん どが,健 康 食 品 と して これ ら を超 大量 摂 取 した 例 で あ る(根 昆布 をつ け込 ん だ水 を毎 日飲 む等)。 図3に 甲状 腺 ホ ルモ ン合 成 過 程 の 概 略 を示 す8)。 ヨウ素 は血 液 中か ら甲状 腺 に取 り込 まれ,濃 縮 され る。 この過程 は一価 の陰 イオ ンの取 り込 み過程 であ り, ヨ ウ素 はrの 形 で 取 り込 ま れ,thiocyanate(SCN-) 表21食 に摂 取 され るお お よそ の ヨウ 素量 昆 布 ・ 佃 煮 昆 布 巻 き と ろ ろ 昆 布 ヨ ー ド 卵 ひ じ き わ か め 吸 い 物 海 苔1枚 寒 天 1食 の摂 取 量 5~10g 3~10g 5g 1個 5~7g 1~2g 2g lg
ヨウ素含有量
10~20mg 6~20mg 9 mg 0. 4~0. 7mg 1.5~2 mg 0. 08~0. 15mg 0. 12mg 0. 18mg 文 献7)よ り引 用平成20年12月(2008年) 一19一 図3甲 状 腺 ホ ルモ ンの 合成 過 程 文 献9)よ り引 用 やperchlorate(ClO4-)が この取 り込 み機 構 に競 合 す る 。1一は 甲状 腺 内 の酵 素thyroidperoxidaseに よ って 酸化 され,酸 化 され た ヨウ素 は,甲 状腺 特 有 の タ ン パ ク で あ るサ イ ロ グ ロブ リ ンのtyrosine残 基 を ヨゥ 素 化 す る(こ の過 程 を ヨ ウ素 の 有 機 化 とい う)。 さ て この よ うに して で き たiodotyrosineど う しが 分 子 内 で縮 合 し,iodothyronineと な り,サ イ ログ ロブ リ ンが分 解 され て,甲 状 腺 ホ ル モ ンが 生成 さ れ る。 ヨ ウ素 の 甲状 腺 に対 す る作用 は,二 相 性 で あ る。 す な わ ち ヨウ素 欠 乏 に よ って,甲 状 腺 ホル モ ンの合 成 が 障 害 され るが,過 剰 の ヨ ウ素 は,血 液 中 か ら甲状 腺 へ の ヨウ素 の 取 り込 み ,ヨ ウ 素 の有 機化,ホ ルモ ン の 血 液 中へ の 分 泌 と,甲 状腺 ホ ルモ ン合 成 に 関 わ る 全 て の過 程 を抑 制す る。 通 常 こ の効 果 は永 続 性 で は な く,や が て エ ス ケ ー プ現 象 が起 こ り,甲 状 腺 機 能 の 抑 制 が解 除 され る。 しか し元来 甲状腺 疾患(特 に 慢 性 甲状 腺 炎)を 持 っ てい る 人 で は,エ ス ケ ー プ現 象 が 起 こ りに く く,過 剰 ヨ ウ素 の抑 制 作 用 が持 続 す る。 問題 は女 性 にお い て は甲 状腺 疾 患,特 に慢 性 甲 状 腺 炎 を持 っ てい る 人 の頻 度 が高 い こ とで,し か も その 中 の か な りの 割合 が 無 症 状 で あ る。 この よ うな 人が,血 圧 や コ レス テ ロ ール 低 下 に よい と信 じて, 海 草 を多食 す る健 康 食 品(特 に昆布)を 常用 した場 合,し ば しば 甲状腺 機 能 低 下 症 を起 こす 。 この こ と は 甲状 腺専 門医 の 間 で は常 識 で,甲 状 腺 疾 患患 者 に は ヨ ウ素 の過 剰 摂 取 を戒 め てい る が,ま だ まだ一 般 に は十 分 認識 され て い な い6)7)。 ま た摂 取基 準 の 策 定 に 関 して も,ヨ ウ素 は大 きな 問題 を含 ん で い る。 「日本 人 の 食 事 摂 取 基 準2005年 版 」 にお い て,成 人 で は ヨウ素 の推 定 平 均 必 要量 は 95μg/日,推 奨量 は150μg/日,上 限量 は3,000μg1日と され て い るが9),そ もそ も ヨ ウ素 につ い て は,日 本 に欠 乏 者 が 皆無 なの で,推 定 平均 必 要 量 ・推 奨量 を 定 め る こ とは不 可 能 の はず であ る。実 際 摂 取 基準 に は,「 日本 人 で は ヨ ウ素 の 摂 取 量 が 必 要 量 を大 幅 に 上 回 り,不 足 の 問題 は 起 きてお らず,必 要 量 の算 定 根拠 とな る報 告が ない 。 しか し,国 際 的 に は ヨウ素 不足 の 問題 が 重要 な こ とか ら,必 要量 につ い て検 討 し て い る 」 「今 回 はFAO/WHOIIAEAに 準 じて 所 要 量 を暫 定 的 に定 め る」 と記 載 さ れ,成 人 に 対 して は,1日150μgと され て い る。 また上 記 の よ うに,慢 性 甲状 腺 炎(橋 本 病)患 者 で は エ ス ケ ー プ現 象 が 起 こ らず,ヨ ウ素 の大 量 摂取 の 結 果 甲状 腺 機 能低 下 症 を きたす 。 す な わ ち 甲状腺 が 正 常 の 人が ヨ ウ素 を大 量 に摂 取 して も異常 は起 こ ら ない が,慢 性 甲状 腺 炎(成 人女 性 の10人 に1人 ∼ 2人 程 度 に見 られ る)患 者 の場 合 異 常 が 起 こ りや す い 。 摂 取基 準 には,こ の よ うな事 情 は記 載 されて い ない が,こ の よ うな場 合 に上 限量 を どの よ うに定 め るの か 難 しい と ころ で あ る。
ヨウ素 につ い て は,日 本 で は海 外 とは全 く異 な っ た状 況 にあ り,欠 乏 に陥 る可 能 性 は 皆無 だが,健 康 食 品 と して 過剰 摂 取 した 場合 に 甲状腺 機 能 異 常 を起 こす可 能 性 の 方が は るか に高 い こ と を十分 認 識 して お く必 要 が あ る。 文 献 1)田 中 清 「ヨウ素」 研 究 の歴 史 と展 開 どタ ミ ン75,569-573(2001) 2)ヘ ッ ツェ ル(著)山 本 智 英(訳)ヨ ー ド欠 乏症 一世 界 の大 き な課 題 一ICCIDD(ヨ ー ド欠 乏 症 国際対 策機 構)日 本 支 部(1994) 3)入 江 実 世 界 にお け る ヨ ー ド欠 乏症 の 現 状 と 対 策 内 分 泌 ・携 尿病稗 io,201-204(2000) は?ホ ノLモンと臨 床55,529-536(2007) 5)石 突 吉持 ヨー ドと 甲状腺 機 能 身本 内 科 学 会 79(7):922-926,(1990) 6)田 中 清 微量 元素(6)ヨ ウ素 欠乏 ・過剰 と甲状 腺 疾患 臨 床栄 養112(2):124-125 7)伊 藤 國彦(監 修)甲 状 腺疾 患 診 療 実 践 マ ニ ュア ル 第3版 文 光堂(2007) 8)第 一 出版 編 集 部(編 集)厚 生 労 働 省 策定 日本 人 の 食事 摂 取 基 準[2005年 版]第 一 出版(2005)