内的自決権とマイノリティの自律
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(2) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). 見られていた2)。ところが近年、両者を連続的に把握する学説が有力に主張さ れつつある3)。 しかし、マイノリティの自律権4)というと、あたかも国内問題であって、 国際法とは無関係な問題であるかのような捉え方がなされることがしばしばあ る5)。だが、マイノリティの自律権の問題を国内問題として捉える限り、 「自 律制度」はマイノリティの「権利」の問題ではなく、自律制度を構築するもし ないも、どのような自律制度を構築するかも、国家の裁量、せいぜい国家とマ イノリティの交渉によって決められる政治問題にすぎない、という捉え方に帰 着せざるを得ない。しかし近年、マイノリティの自律権とは、彼らを国内の多 数派集団と対等な立場に立たせるとともに、自らに関係ある事項に対する管理 権を回復させることによって、彼らの内的自決権を実現し、彼らの人権保障を 確実なものにするための権利であって、このようなマイノリティの自律権は、 脱植民地化以後の時代における内的自決権の主要な行使形態であるとともに、 人権の国際的保障の一環をなすものであると主張する学説が増えている6)。 しかし従来、自決権とマイノリティの自律権とは別個の権利として発展して きた経緯がある。自決権は第2次大戦後、脱植民地化運動を正当化し推進する 国際法原則として発展してきたが、1970 年の友好関係宣言以降、国内の全人 民を代表する民主的政府を有する権利という内的側面(内的自決権)を持つと いう法的確信が次第に形成されてきた7)。 一方、マイノリティの自律への権利は、冷戦終焉と共に各地で頻発した民族 紛争を解決する手段として一躍脚光を浴び、マイノリティの保護や自律を謳っ た国際法文書が 1990 年以降、急増する。とりわけその動きを先進的に担った のは、欧州の CSCE/OSCE(全欧安保協力会議/欧州安保協力機構)と欧州評 議会であり、国連もやや遅れる形で少数民族に関する宣言を相次いで採択して いった8)。 そこで、上述したように、マイノリティの自律権を自決権の枠組において、 すなわち、内的自決権の行使形態として把握しようとする学説が台頭してきた 170.
(3) . 内的自決権とマイノリティの自律. のである。本稿は、こうした学説の妥当性を検証するため、まず第 1 節で、こ のような学説が台頭してきた歴史的背景を検討する。そこで、マイノリティの 権利を個人権として捉えることの限界に対する認識から集団的権利としてのマ イノリティの自律権を承認する必要性に対する認識が生じてきたことを概観す る。続く第 2 節では、そもそもマイノリティの集団的権利が必要とされる理論 的根拠を明らかにするとともに、それが個人権と抵触するのではないかとの懸 念についても検討する。第3節では、そもそもマイノリティと人民の概念は明 瞭かつ截然と区分しうるものなのかどうかを検討する。第4節では、マイノリ ティの自律権と内的自決権の関係について、両者をあくまで別個のものとして 区別して捉える学説と、両者を連続的に把握する学説を紹介し、後者が優勢と なりつつある現状を概観する。しかし、こうした学説状況とは逆に、国家実行 や国際文書においては、依然として両者を別個の概念、異なる権利として扱う 傾向が支配的ではあるが、断片的には両者を連続的に捉えようとする国家実行 や国際文書も現れつつあり、その一部を第5節で概観する。第6節では、以上 の検討を踏まえ、現時点での暫定的な総括を行う。. 1.個人主義的アプローチとその限界 冷戦が終焉した 1990 年代以降、マイノリティの保護や自律を定めた国際 文書が急増したが、その転機となったのが、CSCE(欧州安全保障協力会議。 1995 年1月から OSCE =欧州安全保障協力機構=に改称)が 1990 年6月に開 いたコペンハーゲン人間的次元会議9)で採択した文書(以下、コペンハーゲ ン文書)10)である。コペンハーゲン文書は第4章で「少数民族の権利」に関 する規定を掲げ、少数民族の保護及び促進の手段として、自律的行政の確立を 明記し、少数民族に関連する問題解決の手段として自治の重要性を認めている。 その中の第 35 段落は以下のように規定している。. 171.
(4) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). 参加国は、少数民族のアイデンティティの保護と促進に関する事項への参加 を含め、少数民族に属する人が公的事項に効果的に参加する権利を尊重する。 参加国は、これらの目的を達成するための可能な手段のひとつとして、そのよ うな少数民族の特有の歴史的・領域的状況に対応し、また関係国の政策に従い つつ、適切な地方的・自律的行政を確立することにより、一定の少数民族の種 族的・文化的・言語的・宗教的アイデンティティを促進するための条件を保護 し創設するために採られた努力に留意する。 この文書を皮切りとして、1992 年には欧州評議会が「地域的・少数派言語 に関する欧州憲章」を、国連総会が「民族的・種族的・宗教的・言語的少数者 に属する者の権利に関する宣言(少数者権利宣言) 」を採択し、93 年にウィー ンで開かれた国連世界人権会議はウィーン宣言を採択し、94 年には国連人権 委員会差別防止小委員会が先住民族の権利に関する国際連合宣言草案(先住民 族権利宣言草案)11)を採択し、95 年には欧州評議会が「少数民族保護のため の枠組条約」を採択するなど、マイノリティの権利、とりわけマイノリティの 保護と自律に関する国際文書の採択が相次いだ。これらの文書の多くにおいて、 マイノリティの自治・自律や参加の権利が定められているが、理論的な問題と しては、 これらの文書で規定された 「自律への権利(the right to autonomy) ( 」以 下、自律権)は個人の権利なのか集団の権利なのか、またそれは一般国際法上 の権利といえるのか、さらには、自決権との関係はどうなっているのか、といっ た点が論争の的になっている。ここではまず、自律権が個人の権利なのか、集 団の権利なのか、という論点を検討する。 マイノリティの権利を第2次大戦後の国際法の中に位置づけた出発点は、 「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約) 」の第 27 条であり、 以下のように規定している。. 172.
(5) . 内的自決権とマイノリティの自律. 種族的、宗教的又 は 言語的少数者(ethnic, religious, or linguistic minorities) が存在する国において、当該少数者に属する者(persons belonging to such minorities)は、その集団の他の構成員と共に自己の文化を享有し、自己の宗 教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。 こ こ で は 権利 の 主体 が「少数者 に 属 す る 者(persons belonging to such minorities) 」とされており、 「マイノリティ」とされていないのは、それがマ イノリティ「集団」の権利ではなく、マイノリティに属する「個々人」の権 利であることを明示するためである。同様の規定は 1992 年の「少数者権利宣 言」においても踏襲されている 12)。このようにわざわざ持って回った言い方 をしてまで、それが集団の権利でないことを示そうとしているのは、 「集団的 権利(collective rights または group rights) 」に対する強い警戒心の表れであ ると推測される。集団的権利がこのように警戒の目を持って見られたのは、そ れが、個人によって行使される権利とは対照的に、集団によって行使される権 利であり、個人の自由や平等を重視する自由主義的信念ではなく、集団主義的 発想に基づくものであって、個人の自由や平等に反するのではないかと懸念さ れたからである。しかしながら、このような懸念は、カナダの政治哲学者 Will Kymlicka によれば、ひとつには歴史的な偶然の事情に基づく偏見によるもの であり、もうひとつには、言葉の曖昧な用法がもたらした混乱によるものであ る 13)。 自由主義(リベラリズム)の歴史を振り返れば、19 世紀と 20 世紀前半の時 期には、自由主義の理論家の多くはマイノリティの権利に対して大きな関心を 示していた。ところが、第2次大戦後、そうした問題に対する関心がほとんど 消滅してしまったのは、いくつかの歴史的偶然事が重なったためである。ひと つは、第 1 次大戦後に締結されたマイノリティ保護のための条約 14)が、ナチ ス ・ ドイツによる侵攻の口実に使われたことから、第2次大戦後には、少数民 族を保護するという考え方に対する強い反発が生じたことである 15)。そのた 173.
(6) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). め、第2次大戦後は、マイノリティの権利や集団的権利に代わって、普遍主義 的な人権=「個人権」を強調することによって、マイノリティをめぐる対立も 解消され、民族的帰属を問わず、すべての人の権利が保障されるという考え方 が支配的となった 16)。このような戦後における個人主義的アプローチの流行 は、1948 年に国連総会で採択された世界人権宣言においても、1950 年に採択 (発効は 1953 年)された欧州人権条約においても集団的権利というカテゴリー が一切除かれている事実にも反映していた 17)。 また、アメリカ合衆国において 1950 年代後半から高まりを見せた黒人解放 運動・公民権運動の中で、 「分離すれども平等(separate but equal) 」という 黒人隔離政策が批判され、 「肌の色を問わない(color-blind) 」中立的な政策・ 立法が理想とされたことが、集団による異なる取り扱いという考え方に対する 警戒心を生み、それがアメリカの特殊事情を超えてあたかもすべての民族問題 に普遍的適用が可能な真実であるかのように誤って受け取られた、という事情 も影響した、と Kymlicka は指摘する 18)。 しかし、個人主義的アプローチの隆盛と集団的権利に対する懐疑は、以上の ような歴史的事情にのみ基づくわけではなく、 「集団的権利」という言葉その ものの持つ曖昧さにも原因がある。というのは、 「集団的権利」という言葉で 表現される権利の中には、確かに個人の権利と対立し、それを制約するものも あれば、個人の権利と矛盾せず、反対に個人の権利を抑圧から解放するのに役 立つものもあるからである。そこで、 このような正反対の2種類の 「集団的権利」 を区別するために、Kymlicka はそれらの権利要求の目的をそれぞれ「対内的 制約(internal restrictions) 」と「対外的防御(external protection) 」と 呼 ぶ 19). 。前者は、集団の伝統や文化の権威や純粋さを内部の異論や “ 逸脱 ”(例え. ば伝統的慣習に従わない個々の成員の行動)から保護するために、集団が自ら の成員に対して行う権利要求であり、後者は、集団を外部の決定(例えば集団 の属する国家の決定)による影響から保護するために、集団が国家や主流社会 (mainstream society)に対して行う権利要求である。対内的制約を目的とする 174.
(7) . 内的自決権とマイノリティの自律. 集団的権利は、集団内関係に関わっており、集団の文化や連帯の名において成 員個々人の自由を抑圧する危険性が大きい。それに対して、対外的防御を目的 とする集団的権利は、集団間関係に関わっており、マイノリティ集団を国家や 多数派集団の決定による衝撃から保護し、マイノリティ集団を国家の多数派集 団と対等な基盤に立たせようとするものであり、個人の権利を制約する危険性 ははるかに少ない。後者は、 マイノリティの成員の自由を擁護し、 マイノリティ 集団と多数派集団との間の不平等を取り除こうとするものである。したがっ て、対外的防御の目的を持つ集団的権利は、たとえ集団外部の個人の権利を多 少制約したとしても、それによって回復されるマイノリティ集団の成員個々人 の権利の方が大きい限りにおいて、正当とみなしてよいであろう。Kymlicka は、こ の よ う な 目的 を 持 つ 集団的権利 を「集団別権利(group-differentiated rights) 」も し く は「集団別市民権(group-differentiated citizenship) 」と 呼 ん でいる 20)。本稿では、一般的に使用されることの多い「集団的権利」という 用語を使用するが、人権擁護の観点から見て正当化可能な集団的権利は対外的 防御を目的とするものに限られる、という Kymlicka の視点は共有している。 いずれにせよ、ここで確認しておきたいことは、集団的権利の中には、個人の 権利と対立するものが確かにあるとしても、すべての集団的権利が個人の権利 と対立するわけではなく、それどころか、国民国家体制の中で現に抑圧されて いるマイノリティの権利を回復するのに必要かつ有益な集団的権利も少なから ず存在しており、マイノリティの自律権とは多くの場合、そのような目的を持 つものである、ということである。 しかし、それと同時に、彼が指摘していたもう一つの重要な論点は、 「集団 的権利」という言葉が個人権との誤った二分法を示唆するという問題点である。 「集団的権利」とは、定義上、個人権とは異なったものである、という誤った 印象をそれが与えてしまうという問題点である。しかしながら、様々な国際文 書で規定されたマイノリティの集団的権利、Kymlicka の言う 「集団別権利」は、 個人によって行使されることもあれば、集団個々の成員に与えられることもあ 175.
(8) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). れば、集団全体に与えられることもある多様なもので、常に個人権と区別され うる性質のものではない。Kymlicka が挙げている例で言えば、カナダのフラ ンス語系住民が連邦裁判所でフランス語を使用する権利は、個人に与えられ、 かつ個人によって行使される権利であるが、フランス語系住民が自分の子供に フランス語使用学校で教育を受けさせる権利は、個人によって行使されるが、 それが与えられるのは、 (一定の規模を持つ)フランス語系住民共同体に対し てである。また、先住民族の特別狩猟・漁業権は、先住民族共同体に与えられ、 同共同体によって行使されるものである。さらにケベック人が自らの文化を維 持・発展させる権利は、カナダ連邦制度によって承認され、ケベック州によっ て行使されるものである 21)。したがって、Kymlicka の言う 「集団別権利」とは、 権利の保持者や行使者が集団か否かという規準によって分類されたものではな く、マイノリティ文化への帰属に基づいて与えられる権利である、という点に 独自の特徴があるのである 22)。 したがって、第 2 次世界大戦後に法学や政治学の世界で支配的となった自由 主義パラダイムにおける個人主義アプローチの隆盛と、その半面としての集団 的権利に対する警戒心には行き過ぎの面があり、冷戦終焉以後は、Kymlicka をはじめ、マイノリティの権利のリベラルな再解釈によって個人権を集団的権 利で補完する必要性を説く理論が台頭してきている 23)。 さて、このような個人主義アプローチに対する過度の重視と集団的権利に対 する過度の警戒心によって、個人の権利だけを規定した自由権規約第 27 条で あったが、ここに規定されたような権利は、Jane Wright も述べているように、 「マイノリティ集団それ自身にとって効力のある自律の権利なしには実効的な ものになる可能性は低い」24)。また、1994 年に第 27 条に関する一般意見を述 べた規約人権委員会も、 「第 27 条の下で保護されている権利は個人の権利であ る」と断りつつも、 「それらはマイノリティ集団が独自の文化・言語・宗教を 維持する能力に依存している。したがって、マイノリティのアイデンティティ と、その成員が集団の他の成員とともに自らの文化や言語を享受し、発展させ、 176.
(9) . 内的自決権とマイノリティの自律. 自らの宗教を実践する権利を保護するためには、国家による積極的措置も必要 となるかもしれない」25)と述べ、マイノリティの権利を実効的に保障するた めには国家の側に積極的義務が課せられる可能性を示唆している。したがって、 自由権規約第 27 条は、マイノリティ集団の自律の権利を保障していない点で も、 「権利を否定されない」という形で国家の消極的義務しか規定していない 点でも、マイノリティの権利を保障するうえでは明らかに不十分な規定であっ たと言わざるを得ない。 しかし、そもそもなぜ、マイノリティは自律の権利という集団的権利を必要 とするのだろうか。その理由について、次節で検討することにしよう。. 2.集団的権利の必要性 マイノリティの自律の権利のような集団的権利は不要もしくは有害であり、 個人の権利さえ保障すれば十分である、と一部の(少なからぬ)論者が主張す るとき、暗黙裡に想定されているのは、 「国家と教会の分離」という、近世ヨー ロッパにおける宗教戦争を終結させるために導入された自由主義の原理、すな わち政教分離に基づく「 (宗教的に)中立的な国家」という理念を民族や文化 の領域に拡張しうるし、すべきである、という想定である 26)。すなわち、自 由主義的原理に基づく国家は民族・文化的に中立であるべきだ、という想定で ある。しかしながら、このような想定は幻想であり、実現不可能なものである。 国家が公認の教会を持たないことは可能であるし、またそうすべきだが、公教 育や公的機関において使用する言語(公用語)を定めないことは不可能である し、公休日の選定や国旗や国歌といった国家的象徴の採用、あるいは教育内容 の決定においても、完全に文化中立的であることは不可能である。Kymlicka が言うように、 「ある文化が生き残るかどうかを決定する最も重要な要因の一 つは、その言語が政府の言語、すなわち公教育、裁判所、議会、福祉施設、公 共医療サービスなどで使用される言語であるかどうかである。政府は公教育の 177.
(10) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). 言語を決定するとき、社会構成的文化が必要とする支援のうちでおそらく最も 重要な形式であるものを提供している」のであり、 「これとは逆に、マイノリ ティの言語で公教育を行うことを拒否するならば、必ずと言っていいほど、そ の言語はますます周縁に追いやられてしまうことになる」のである 27)。公教 育や公的機関での使用が認められず、家庭など私的な場面でしか話されないマ イノリティの言語は、必然的に衰退していくことは、世界中の歴史が示してい る 28)。Geoff Gilbert も、 「独自の制度がなければ、マイノリティの文化や独自 性は消滅してしまい、彼らは多数派住民に同化するほかないだろう。 ・・・マ イノリティ文化は、その集団が自らの文化事項を管理することができ、とりわ け教育に関して全国的計画に影響を及ぼすことができるところでしか、維持・ 促進することはできない」と述べている 29)。つまり、教育や言語や歴史や公 休日や国家のシンボル等、民族や文化の関わる領域において、国家は決して中 立であることはできず、意識的であるか無意識的であるかを問わず、必然的に 多数派民族の文化を特権化せざるを得ないし、また現実にもそうしてきたので ある。言い換えれば、マイノリティの文化は、国家の政治的・経済的権力を背 景とする多数派文化の圧力の前で、ほとんど常に脅威にさらされてきたのであ る。 ここで注意すべきことは、現在世界には約 200 の国家が存在するが、独自の 民族集団 30)は 5000 以上存在していると言われていることである 31)。つまり、 ほとんどの国家は複数の民族から成り立つ多民族国家であり、二桁の民族集団 を含む国家も珍しくない、というのが世界の現実なのである。にも拘わらず、 多民族国家であることを公式に認めている国家は少なく、多くの国家が「国民 国家(nation-state) 」という建前をとっている。ここに、 「国民国家」という建 前と「多民族国家」という現実とのギャップが存在しているのである。 「国民 国家」という概念は、それが「同質的な単一民族から成り立つ国家である」と いう意味において捉えるならば完全な神話であるが、 共通の言語を核とする「国 民的文化」と「国民意識」を持った「国民」を創出しようとする政策を追求す 178.
(11) . 内的自決権とマイノリティの自律. る国家、すなわち「国民形成国家(nation-building state) 」であったという意 味では、ほとんどの近現代国家に当てはまるだろう 32)。 ここでもう一点注意すべきなのは、マイノリティにとって文化が重要である というときの「文化」の意味である。 「文化」という言葉は非常に多義的であ るが、 ここで問題にしているのは、Kymlicka の言う「社会構成的文化(societal culture) 」のことである。それは「社会・教育・宗教・余暇・経済などあらゆ る人間活動の範囲にまたがり、公的領域と私的領域の双方を含む広範囲な社会 的制度において使用される共通の言語を中心とした文化」であり、このよう な文化の存続はその成員のアイデンティティと自由の基盤として極めて重要だ とされる 33)。しかし、近現代国家による近代化過程=「国民形成過程」とは、 多数派民族の社会構成的文化を国家の全領域に押し広げる過程のことであり、 そうすることによって多数派民族を特権化すると同時に、マイノリティを周縁 化してきたのである。それゆえ、マイノリティに集団的自律権を付与すべきで あるのは、マイノリティを特権化するためではなく、逆に、現代国家の中で、 構造的に不利な立場におかれているマイノリティの社会構成的文化を生存可能 なものとし、多数派民族と対等な立場に立たせるためなのである。つまり、多 数派と少数派の力関係の不平等を是正するために必要とされるのである 34)。 しかし、なぜマイノリティは自らの社会構成的文化を存続可能なものとしな ければならないのだろうか。それは、社会構成的文化がその成員にとっては 自由の基盤となるものだからである。しかも、このような社会構成的文化に よって形成される民族的アイデンティティは、出生と生育によって決まるもの であって、通常は一生を通じて変わらないものであるため、自己アイデンティ ティの中核となるものである。もしも自らの社会構成的文化が自国の中で周辺 化され軽侮され貶められているとすれば、その成員が安定した自尊心を形成す ることも困難になるだろう。このように、社会構成的文化の存続は、その成員 にとって、選択と反省を行う文脈を提供することによって、自由の基盤となり、 安定した自尊心と自己アイデンティティにとっても不可欠なものとなるのであ 179.
(12) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). る 35)。 しかし、それにしても一体なぜ、戦後 40 年以上にわたって支配的であった 個人主義的アプローチに代わり、マイノリティの集団的権利に対する関心がこ れほど急速に高まってきたのだろうか。言いかえれば、国家は自国のマイノリ ティに対する処遇については比較的自由な裁量を有しており、それについては 国際社会の関知するところではない、という従来の想定から、マイノリティ の処遇問題は正統な国際関心事項である 36)、という正反対の想定への逆転は、 どのようにして生じたのであろうか。これについては、国際政治情勢という側 面と、政治思想の潮流の変化という側面から説明することができるように思わ れる。 国際政治情勢の変動という面では、1989 年に冷戦が終焉して以降、世界各 地で民族紛争が勃発したことから、ナショナリズムやマイノリティの問題が俄 かに注目を集め、マイノリティの権利問題は当初、様々な国際機関において、 紛争防止と平和維持の観点から取り組まれた、ということが指摘できる。90 年代初頭、最も早い時期にマイノリティの権利問題に取り組んだ欧州の機関が、 安全保障を主な任務とする CSCE だったということも象徴的だが、マイノリ ティの権利保障を謳った国際文書の多くにおいて、マイノリティの権利と政治 的安定や平和との関連性が規定されている 37)。 他方で、政治思想の潮流の変化という点では、1990 年代前半に、欧米の政 治理論の分野においてナショナリズムと多文化主義に関する研究 38)が大きな 盛り上がりを見せたことに対応して、リベラリズムの側でも文化や民族といっ た、これまで等閑視してきたテーマに正面から取り組み、理論的再編を図る動 きが盛んになったことが挙げられる 39)。つまり従来のリベラリズムにおいて は、文化や共同体は私的領域の問題として関心の外におかれ、ナショナリズム は排外主義や国粋主義を煽る危険な思想として警戒視する傾向が強かったのに 対し、多文化主義からの批判によって、リベラリズムがこれまで国民国家とい 180.
(13) . 内的自決権とマイノリティの自律. う政治共同体を自明の枠組としてきたことが暴露され、民族や文化をどう扱う かという問題と正面から向き合う必要性が自覚されるに至る。他方で、ナショ ナリズムの側からは、民族の文化が個人の選択の自由やアイデンティティや連 帯意識の基盤になりうるとの問題意識が引き出されるに至る。このような問題 提起を背景として、マイノリティの民族的・文化的権利を承認することは、自 由や平等というリベラリズムが重視する価値と対立するものではなく、むしろ このような価値をマイノリティにも実質的かつ公平に保障するためのものであ ると主張するリベラル多文化主義ないしはリベラル・ナショナリズムと呼ばれ る理論的潮流が台頭してきたのである 40)。このような思想潮流の変動の中心 にいた理論家の一人が、すでに何度も引用した Kymlicka であるが、90 年代以 降、リベラル・ナショナリズムやリベラル多文化主義の立場に立つ論客が相次 いで現れた 41)。このような政治哲学、法哲学、社会学等における理論潮流の 変化は、一定程度、国際法学界に対しても影響を与えているように思われる 42). 。. このように、1990 年代以降の国際政治情勢の変動と、政治思想における理 論潮流の変化がマイノリティの処遇や集団的権利に対する見方を大きく変容さ せるうえで大きな役割を果たしたことは否定できないだろう。その結果、今日 では、マイノリティの権利を保障するうえでは、普遍的人権(個人権)だけで は不十分であり、何らかの形態の集団的権利によって補完する必要性があると いう点については、少なくとも政治理論研究者の間では大きな支持を得ている と言えるだろう 43)。. 3.人民とマイノリティ 前節までで、個人主義的アプローチの限界と、集団的権利の必要性について 検討したが、本節では、マイノリティの自律権と自決権の関係について検討す る前提として、それぞれの権利主体としてのマイノリティと人民の関係につい 181.
(14) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). て検討し、次節で自律権と自決権の権利内容を比較検討する。 1966 年の2つの国際人権規約――経済的・社会的・文化的権利に関する国 際規約(以下、社会権規約)と市民的・政治的権利に関する国際規約(以下、 自由権規約)――は共通第1条で「すべての人民は、自決の権利を有する」と 定めるとともに、自由権規約第 27 条はマイノリティの権利として、 「種族的・ 宗教的又は言語的少数者・・・に属する者は、その集団の構成員とともに自己 の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権 利を否定されない」と定めている。そこで、さしあたり問題となるのは、自由 権規約第1条と第 27 条の関係であり、マイノリティが第1条に定める自決権 を持つ人民でもあるのか否かだろう。しかしながら、Wright も指摘している ように、最近まで、自由権規約第 1 条で言及されている「人民」と第 27 条の マイノリティとは、全く異なる種類の実体であって、もしもある集団が第 27 条のマイノリティであれば、第1条の下での自決権を主張することはできない と思われていた 44)。この点については、Cassese も次のように述べている 45)。 これまで諸国家が採択した主な国際的文書はすべて、人民の自決権とマイノ リティの保護との間の根本的かつ明確な二分法に基づいている。諸国家はこれ ら2つの問題が性質において全く異なり、また、その国際的規制に関する限り 全く異なるのだということを強調することに腐心してきた。これら2つの間の つながりや架け橋は全く予期されてこなかった。反対に、いかなる結合の可能 性も、2つの異なる世界に属する2つの主題の危険な混合であるとして断固拒 否されてきた。 しかし、マイノリティの権利と人民の自決権をこのように完全に切り離して、 全くの別物として捉えようとする理由は何だろうか。そのひとつの政治的要因 としては、Cassese も言うように、 「マイノリティが自決を援用することによっ 182.
(15) . 内的自決権とマイノリティの自律. て分離権を主張するかもしれないという(諸国家の)懸念があった」ことは明 らかだろう 46)。国際人権規約が採択された 1966 年の時点においては、未だ植 民地主義の克服という世界史的課題が完了したとはいえず、内的自決権概念も まだ明確には現れておらず、自決権と分離・独立国家形成への志向が密接に結 びついて捉えられていた段階にあったため、このような諸国家の懸念も十分な 根拠があったといえよう。しかしながら、1970 年の友好関係宣言において、 「そ の領域に属するすべての人民を差別なく代表する政府を有する権利」という自 決権の内的側面が承認されて以降、数多くの国際文書において内的自決権の内 容が豊饒化される一方で、脱植民地化がほとんど終結した今日、自決権の中心 目標はもはや非植民地化ではなく民主的統治に置かれるようになってきている 47). 。このような状況の変化を念頭においてもなお、 人民の自決権とマイノリティ. の権利を截然と区別すべき理由があると言えるだろうか。 「ある」と答えるのが、Higgins である。彼女は、 「領土保全の重要性に関す る全ての関連文書や国家実行における強調は、 『人民』が所与の領土にいる全 ての人民という方向で理解されることを意味している」と述べて、自決権の 主体である人民が「既存国家の全住民」に限られるとの見解を示している 48)。 もちろん、マイノリティ集団の構成員も人民の一部であるから、彼らも「人民 の一員」としては自決権の所持者であるが、マイノリティ集団自体としては、 自決権を持たないとされるのである。こうした Higgins の見解は、一方では、 領土保全の原則は自決権に優先し、 自決権は既存の国境線の内側において、 様々 な政治的・経済的選択を行うために行使されうる権利であるという自決権理解 に基づいており 49)、他方では、人権保障を通して全ての個人は保護されており、 マイノリティも例外ではないという主張からも窺えるように、マイノリティの 権利をあくまでも個人権のレベルで捉えようとする見方に基づいているといえ よう 50)。Higgins が挙げるこれらの論拠の妥当性については、第 6 節で再び取 り上げることにするが、そもそもなぜ、マイノリティは人民でないと言えるの だろうか。Crawford も指摘するように、 「人民とは既存国家の全住民以外の何 183.
(16) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). ものでもないとアプリオリに主張するのは疑わしい。それはひとつの可能な定 義にすぎず、決して最も明白な定義というわけではない」51)だろう。 それでは国際法はこれまで「人民」や「マイノリティ」をどのように規定し てきたのだろうか。実は、自決権の主体とされる「人民(peoples) 」の定義を 定めた国際法は存在せず、同様に、マイノリティの定義を定めた国際法も存在 しないのである 52)。つまり、Jennings も言うように、 「誰が人民なのかは、誰 かが決定するまで決まらない」という状態なのである 53)。このように、自決権 の理解と適用にとって不可欠である「人民」という用語の意味が、 「包括的に あるいは満足のいく仕方で定義されてこなかった」事情について、Musgrave は、 「自決権を適用するのに妥当な状況がしばしば疑わしいままであるという ことを意味している」と述べている 54)。 しかしながら、国際社会がこれまで、 「人民」や「マイノリティ」を定義し ようと努力してこなかったわけではない。むしろそのような努力は国連の内部 組織や専門組織などによって繰り返し試みられてきた。マイノリティの定義に 関する最初の包括的な研究は、1979 年、差別防止・少数者保護小委員会 55)の 特別報告者であった F. Capotorti が提出した報告書「種族的・宗教的・言語的 少数者に属する者の権利に関する研究」56)である。Capotorti はその第 568 段 落において、 「マイノリティ」という用語を次のように定義した。 国家の他の住民より数的に劣勢であり、非支配的な地位にあり、その成員は 国家の国民ではあるが、他の住民とは異なる種族的・宗教的もしくは言語的特 徴を有し、自らの文化・伝統・宗教もしくは言語を維持したいという連帯意識 を、たとえ暗黙裡にではあれ、示している集団である 57)。 一方、UNESCO(国連教育科学文化機関)は 1989 年 11 月、 「人民 の 権利概 念に関するさらなる研究についての国際専門家会議」を開催したが、そこで採 択された「最終報告書と勧告」の中で、 「人民の権利のために『人民』を定義 184.
(17) . 内的自決権とマイノリティの自律. するためのさらなる努力が必要である」 としつつ、 「 (a) 共通の歴史的伝統、 (b) 人種的または種族的アイデンティティ、 (c)文化的同質性、 (d)言語的単一性、 (e)宗教的・観念的類似性、 (f)領土的結合、 (g)共通の経済生活――のうち 一部ないしは全部を共有していること」を人民に固有の特徴として挙げてい る 58)。Capotorti によるマイノリティの定義と比較すると、 「数的劣勢」 「非支 配的地位」 「国家の国民の一部」といった特徴はマイノリティに固有のもので あるが、 「種族的・宗教的もしくは言語的特徴」や「 (独自の)文化・伝統・宗 教もしくは言語」を有しているといった点は、UNESCO の挙げる「人民」の 特徴にも含まれている。逆に、UNESCO の挙げる「人民」の特徴のうち「一 部ないしは全部」を共有していないマイノリティを想定することは困難だろう 59). 。してみると、 「マイノリティ」とは、 「人民」のうち、 国家の中で 「数的劣勢」. で「非支配的地位」にある集団、ということが言えるのではないか、との推測 が成り立ちそうである。実際、Brownlie も、 「人民の自決」原則の核心には、 「独 自の特徴を持つ共同体が、その特徴を、共同体がその下で暮らす政府の諸制度 の中に反映させる権利」という観念が存しており、 「独自の特徴の中では・・・ 文化や言語や宗教や集団心理といった事柄が優位を占める」と指摘した後、 「長 年にわたって使用されてきた異質な用語――“ 民族(nationalities)”、“ 人民 (peoples)”、“ 少数者(minorities)”、“ 先住民族(indigenous populations)” などへの言及――は、本質的に同じ観念を包んでいる、というのが私の意見で ある」 と明言している 60)。 同様に、Emacora もまた、 人民とマイノリティ双方は、 特定の領域を占有し、文化的・宗教的な特徴を保持していると指摘した上で、 「マイノリティは人民としてみなしうるし、マイノリティも自決権の保持者で あると見なされなければならない」と結論づけている 61)。 ところがこれまで、 国家実行と国際文書は、 かたくななまでに「人民」と「マ イノリティ」を峻別する取り扱いをしてきた 62)。しかし、以上の簡単な検討 によっても、 「アンドラやモナコの住民が人民として承認される一方で、バス ク人やブルターニュ人がマイノリティと見なされないのは一体なぜなのか」63) 185.
(18) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). という Alfredsson の問いが本質的な問題を提起しており、 「私はこれまで、マ イノリティがなぜ自決権を有する人民であると主張することができないのかに ついて、満足のいく説明に出会ったことがない」64)という Wright の発言はよ り一層の真実味を帯びてくるのではないだろうか。. 4.自律権と内的自決権 以上の簡単な検討により、マイノリティと人民が必ずしも截然と区別できる ものではなく、むしろ両者は同じ特徴を共有している可能性が示唆された。そ こで、次に、マイノリティの自律権と内的自決権の関係についての検討に進む ことにしよう。 学説においては、両者の関連性を認めない学説もあるが、近年では両者の関 連性を認める学説が有力になりつつあると言えるだろう。 まず、自律権の国際法的権利性を疑問視し、両者の結びつきを否定するのが Heinze である。彼によれば、自決権は原則として独立国家への要求を含んで いるので、世界中のマイノリティに自決権を認めることは国際関係を不安定化 させるので認められない。代わりにマイノリティに自律を与えるという解決策 が考え出されたが、一般国際法上、マイノリティの自律権など存在せず、自国 領域内のマイノリティ集団にそのような権利を付与する国家の義務も存在しな いという。なぜなら、自律権は集団的権利としてのみ考えられるが、現代国際 法においては、集団的権利は認められておらず、マイノリティの保護はあくま で個人権の保障を通じてのみ認められているからだ、と主張される 65)。しか し、外的自決権が独立国家への要求を含んでいるからといって、内的自決権と 自律権の関連性を否定することはできないだろう。また、マイノリティの自律 権が未だ一般国際法上の権利になったとは言えないという診断は正しいとして も、国際法が集団的権利を認めていないという判断は、国家の主権や人民の自 決権など、これまでにも国際法上様々な集団的権利が認められてきたという事 186.
(19) . 内的自決権とマイノリティの自律. 実に反しているように思われる。むしろ Heinze の主張の眼目は、 マイノリティ の保護は集団的権利の付与によってではなく、個人権の保障によってなされる べきだというところにあるように思われるが、これは、集団的権利を認めるこ とが必然的に個人権の抑圧につながるかのような誤解に基づいていると思われ る。しかし、前節までに述べてきたように、マイノリティの集団的権利の保障 は個人権と矛盾するものではなく、マイノリティの立場ゆえに被っている構造 的不均衡を是正するために必要なものであることが理解されるならば、Heinze の主張はその説得力を失うだろう。 一方、Heinze とは逆に、自律権と内的自決権の結びつきを説く学説は非常 に多い。Bernhardt は、 「自律はマイノリティの保護と自決に関係がある。そ して、国際法において自律の概念が用いられるのはこの意味においてである」 と述べているが 66)、Harhoff は端的に、 「自律と自決の間には明らかな繋がりが ある」と述べている 67)。Kimminich は、マイノリティ集団による自律への要 求は制限された自決への要求として理解しうると指摘し、 「自決を通した自律 は多元社会で利用されうる連邦構造内のマイノリティ集団の正統な権利に対応 するための措置」なのであり、 「国家がマイノリティ集団の基本的人権を侵害 している場合、自律や連邦構造を通してマイノリティ保護を達成することを目 的として自決権を行使しうる」と指摘している 68)。Brownlie は、マイノリティ の領土的権利や地域的自律は、 「自決概念の実践的で内的な作用を表しており、 それゆえそのような(集団権の)承認は、自決概念の内的適用なのである」と 述べている 69)。一方、Henrard は、マイノリティの構成員の政治的参加への 権利が多くの場合、自決権の内的次元を反映しており、 「マイノリティの権利 を内的自決として認める自律への権利は、新しい国際法の原則となって現れる だろう」と述べるとともに、 「内的自決のような平等原則の要求と結合しうる マイノリティへの一定の自律は、マイノリティの構成員を他の住民と対等な 地位におくのに絶対不可欠である」と指摘している 70)。さらに、Cardenas と Canas は、独立国家の中で、これまで周縁化されてきたマイノリティの文化的 187.
(20) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). アイデンティティを保護し、彼らの自由や尊厳を回復するための手段が自律 権であり、それが内的自決権にほかならないが、内的自決の行使は、独立国 家を要求するために濫用されてはならないと主張している 71)。Hannum もま た、 「自律への権利は、マイノリティや先住民族共同体が、国家の究極的主権 と矛盾しない仕方で、自分たち自身の事項に対する管理と意味ある内的自決を 行使する権利を承認したものである」と述べている 72)。Sohn は、 「自律は国 連の実践を通じて自決のための実行可能な選択肢として現れた」と指摘し 73)、 Welhengama も、 「実際、自律は内的自決から生じた権利が有意味に行使され うるモデルの一つ」と述べ、現代国際法学説上、自律が内的自決の重要な要素 として徐々に国際的な承認を得つつある現状を分析した後、 「このように、自 律と内的自決というこれら2つの概念は同じコインの両面と見られるように なってきている」と指摘している 74)。 しかし、これらの論者以上に強力かつ一貫して、マイノリティの権利と人民 の自決の両概念を拡張し再定式化することによって、2つの主体と権利を接合 しようと試みているのが、Cassese である。彼は、2つの権利概念を建設的に 接合することから成り立つ代替的アプローチをとることが可能であり、そうす ることによって、国家の骨組みを解体することなく、マイノリティ集団の諸要 求と願望を満たす結果になるだろう、と主張する。その際ポイントとなるのは、 自決の内的側面を強調することであり、以下のように述べている 75)。 今日自決は主として集団権と地域的自律の承認を命じる原理であると見なす べきである。 (・・・)したがって自決は、自決権を有している人々に有意味 な程度の自律を与えることにより、代替的な憲法枠組みの発展の基盤と見なさ れるべきである。自決はさらに、不利な立場の集団に積極的行動への権利を与 えるものと見なされるべきである。 Cassese はさらに、 「マイノリティに関する現在の法体系が不十分」であり、 188.
(21) . 内的自決権とマイノリティの自律. 「ほとんどのマイノリティが不利な条件の下で暮らしている」という一般的事 実に関する認識を踏まえ、そのようなマイノリティが主権国家の領土保全と政 治的安定という枠組みの中で、内的自決を通じて自らの潜在能力を十分に発展 させるための方法を検討する。そのためにはまず、国家が過去の不正を補償し、 不均衡を是正するために積極的な行動をとるべきだと主張される 76)。この目 的のために、マイノリティは自らの文化的アイデンティティを維持するだけで なく、様々な(文化的・経済的・政治的等の)レベルにおいて自らの発展を十 分に促進することができるようになるだろう 77)。 Wright もまた、Cassese と同様、 「自律が自決を履行するために正当な手段 となりうることを、断乎として主張」している 78)。そのために彼女はまず、 すべての人民を代表する政府を有する権利という自決権の内的側面を明らかに した友好関係宣言がマイノリティ集団にとってどのような含意を有しているの か考察する。その結果、全住民が「人種、信条、皮膚の色に関する差別」なく 政府に代表されるためには、マイノリティ集団は彼らの種族的・文化的・宗教 的・言語的アイデンティティにとりわけ関係する事項に関してある程度の自律 を有し、そうすることで支配的集団との間で事実上の対等性を達成すべきであ る、と主張する 79)。つまり、国家内部の多数派集団との間で力関係に格差の あるマイノリティ集団は、自律の権利を有することによって初めて、自らに関 する事項を管理・運営したり、支配的集団と対等に国家の運営に参画したりす ることが可能になるのであって、それこそが内的自決権の要求しているところ である、と主張するのである。. 5.国家実行と国際文書 ここまで見てきたように、国際法学説においても、依然として内的自決権と マイノリティの自律権のつながりを否定したり、内的自決権を個人権に解消し ようとする学説は存在するものの、その理論的根拠は説得力に欠けるように思 189.
(22) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). われ 80)、むしろ内的自決権と自律権のつながりを正面から認める学説が有力 になりつつあると言えるだろう。したがって、マイノリティの自律権を内的自 決権の行使形態として国際法上確立するうえでの主要な障害は、今や諸国家の 態度と実行にあるように思われる。そこで、本節では、マイノリティの自律や 自決権が国家実行と国際文書において、どのように扱われてきたのか、概観し てみることにする。 (1)マイノリティの(内的)自決権享有主体性を承認した国家実行としては、 カナダ最高裁判所がケベック州の分離問題に関して与えた 1998 年8月 20 日の 諮問意見にも現れている。これは、 カナダ連邦政府が 96 年9月に総督令の形で、 ケベック州が一方的独立宣言をした場合のカナダ憲法及び国際法の下における 合法性に関して、カナダ最高裁に3つの質問を諮問したものに答える形で行わ れたものである 81)。まず最高裁は「承認された国際法源によれば、人民の自 決権は通常、内的自決(既存国家の枠組み内で自らの政治的・経済的・社会 的・文化的発展を追求すること)を通じて実現される」との見解を示した 82)。 また外的自決権が認められる状況が存在するとすれば、植民地支配下の人民、 外国占領下の人民という従来の見解に加え、 「第三の状況」すなわち「ある集 団がその政治的、経済的、社会的、文化的発展を追求するための政府への意味 あるアクセスを否認されているような場合」も例外的に含まれうるという判断 を示した 83)。しかし、ケベック州民は「内的自決権の意味ある行使を妨げら れている」わけでは決してない以上、ケベックが一方的分離独立を行う権利は 国際法上存在しないとの結論を下している 84)。このように、カナダ最高裁は、 ケベック州民というカナダ国内のマイノリティが、 (上記の例外的状況を除け ば)分離して独立国家を形成するという外的自決権は有していないものの、内 的自決権の主体たりうることを明確に承認した 85)。 (2)1995 年以降、CSCE から名称変更した OSCE は 1996 年にリスボン首脳 190.
(23) . 内的自決権とマイノリティの自律. 会議を開催したが、その際採択された付属文書は、ナゴルノ ・ カラバフ紛争と アゼルバイジャンの領土問題に関する問題を扱っており、ナゴルノ・カラバフ 紛争の解決策の基調をなすべき原則として、以下の 3 原則が盛り込まれた 86)。 ―アルメニア共和国とアゼルバイジャン共和国の領土保全 ―アゼルバイジャン共和国内部で最高度の自治(self-rule)をナゴルノ ・ カ ラバフに付与するという、自決に基づく合意の中で定義されたナゴルノ ・ カラバフの法的地位 ―解決策の諸規定を全当事者が遵守することを確保するための相互義務を 含め、ナゴルノ・カラバフとその全住民のための安全確保 すなわち、この文書では、自決権に基づく法的地位としてマイノリティの自 治(self-rule)を明確に位置付けている点が注目される。 (3)欧州評議会においても、自律を自決権の一形態として捉えようとする試 みがある。1999 年5月、英国、ドイツ、フィンランドなど 10 名の議員は「欧 州評議会の加盟国における民族紛争の解決」 (8425 文書)87)と題する動議を提 出した。ここでは、グルジアのアブハジア、モルドバのトランス・ドニエスト ル、ロシアのチェチェン、キプロスの北キプロス・トルコ共和国、アゼルバイ ジャンのナゴルノ・カラバフ、コソヴォなど、依然として未解決の民族紛争を 解決するための方策を探るため、オーランド諸島やその他類似の自律制度にお いて実証された自決の成功事例に基づき、民族紛争の解決策に関する報告書を 政治問題委員会が準備するよう提案された 88)。 これを受けて、欧州評議会政治問題委員会は自治に関する作業部会での検討 を続けた結果、2003 年6月3日、報告者 Gross は「欧州における紛争解決の 創造的刺激源としての自律的地域に関する積極的経験」と題する報告書(9824 文書)89)を提出した。この報告書を検討した法律問題・人権委員会も、同月 191.
(24) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). 23 日、政治問題委員会によって提案された決議草案と勧告草案への完全な支 持を表明するとともに、若干の文言上の修正を提案する意見書を提出し 90)、 欧州評議会議員会議は翌 24 日、これら2つの報告書を審議した結果、上記決 議草案と勧告草案に若干の修正を加えたうえで上記報告書と同一タイトルの決 議 133491)と勧告 160992)をそれぞれ採択した。 これらの決議と勧告の基になった 8425 文書は、オーランド諸島などの自律 制度を「自決の成功事例」と捉えており、9824 文書の報告者も自律を自決権 行使の一様態として把握する見解を示していた。ところが 1334 決議と 1609 勧 告の中には「自決」という言葉は出てこない。これら両文書において「自決」 に関する言及が避けられた理由は明らかではないが、分離に対する諸国家の懸 念が今なお根強いことから、自律と自決の関係について欧州評議会加盟国の間 で合意が得られなかったことがその原因ではないかと推測される 93)。しかし ながら、討議の過程における議論の中においてであるとはいえ、国内の紛争解 決や緊張緩和の観点から自律(自治)制度に着目し、マイノリティの自治・自 律を明示的に自決権の枠組みで捉えたことは画期的であると言えるだろう。 (4)国連 で は、1992 年 12 年 に「民族的・種族的・宗教的・言語的少数者 に 属する者の権利に関する宣言(少数者権利宣言) 」 (国連総会決議 47/135)を 採択したが、同宣言は、マイノリティの権利保護を直接目的とし、保護すべき 権利と国家のとるべき保護措置を定めた一般的な国際文書であり、自由権規約 第 27 条を含む既存の国際文書の解釈・適用と実施を補完し促進することが期 待される人権基準であるといえる 94)。しかし、同宣言ではマイノリティの定 義が行われず、その具体的実施を確保するための措置についても触れられてい なかった。こうした課題を克服するための作業として、 人権小委員会は 1995 年、 人権委員会及び経済社会理事会の支持と許可の下に 5 人の委員から構成される 少数者作業部会を設置した。作業部会では、 (a)少数者権利宣言の促進と具体 的実現の再検討、 (b)少数者と政府間の相互理解の促進を含む少数民族に関連 192.
(25) . 内的自決権とマイノリティの自律. する問題の可能な解決の検討、 (c)少数者に属する者の権利の促進と保護のた めに、必要に応じてさらなる措置を勧告する――という任務が課せられた 95)。 同作業部会では、Asbjorn Eide 議長が作成した少数者権利宣言の注釈及び テーマ別の作業文書を基礎に議論が進められた。Eide によって作成された注 釈の内容をめぐる討議の中では、マイノリティを保護する要件として自決権に 関する議論がとりわけ注目される。Eide 議長兼報告者が 2000 年6月、人権小 委員会に提出した報告書によれば、マイノリティの自律権が内的自決権に含ま れるという意見も出された 96)。 5人委員の一人である Kartashkin は、同宣言がマイノリティにたいし外的 自決権を付与してはいないが、宣言の実施は場合によっては「内的」自決を提 供することによって確保されうると論じ、同じく Gilbert も「内的」自決はし ばしば 「自律」という用語の代わりになりうると述べた。スイスのオブザーバー は、自決権が複雑な問題であるとしながらも国の統治への参加を強化しうると し、Gilbert もこの見解を支持した。パキスタンのオブザーバーは、もしもマ イノリティの集団的権利とアイデンティティが抑圧され当該国家政府が友好関 係宣言で制限されたような領土保全を尊重するための要求を満たさなければ、 マイノリティ共同体は自決権を行使し集団的権利を得ることができると論じた 97). 。. 他方、エジプトのオブザーバーは、同宣言に広範囲に及ぶ自律概念への言及 はないとし、マイノリティの権利を保護する国家義務が自律を拡大する義務 も含むとする議論には同意しかねると述べている。これに対して The Federal Union of European Nationalities のオブザーバーは、1975 年のヘルシンキ宣言 が人民の同権と自決権について言及しているとし指摘し、同宣言は国の領土保 全を確認するだけではなく自決権の基本的な一部分として民族集団の自律権も 承認しており、自律は分離や紛争に対する最善の予防手段であると述べた 98)。 (5)1993 年の国連総会では、リヒテンシュタイン政府が「自律を通じた自決 193.
(26) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). の効果的実現」と題した議案を提出(以下、リヒテンシュタイン提案)し、第 3 委員会において審議が行われた 99)。同提案の審議過程、及びそれをたたき台 としてその後の研究成果を加えて公表された「自治を通じた自決に関するリヒ テンシュタイン条約草案」 (以下、リヒテンシュタイン条約草案)100)は、自律 ないし自治の権利を明示的に自決権の一形態と捉えている点において興味深い 素材を提供してくれている 101)。リヒテンシュタイン提案においては、民族紛 争の多発に伴い、既存国家からの分離 ・ 独立運動が活発化していた当時の状況 を踏まえて、紛争解決の手段としての自律の重要性が強調された 102)。 リヒテンシュタイン提案は領域的分権化ないし自律の諸形態を強調し 103)、 自律の権利を発展させうる基本的な単位として「共同体(community) 」とい う新しい概念を導入した 104)。 本提案は国連第3委員会で審議されたが 105)、 「自律の促進が国家主権の毀 損、断片化、不安定化を招く可能性がある」106) (インドネシア代表)とか、 「国 家内部の共同体まで(自決権の主体)含めるような自決権の意味の拡張は、自 決権がまさに阻止しようと意図していた事態を促進する」107) (マレーシア代 表)といった批判を受け、次年度以降国連での審議は継続されることなくいっ たん終止符が打たれることになった 108)。 しかしリヒテンシュタイン政府は、同提案をたたき台にして、学術的な枠組 みの中で検討を続け、翌 1994 年には「自治(self-administration)を通じた自 決に関するリヒテンシュタイン条約草案」を作成し公表した 109)。 同条約では、 「国家内部の共同体による一定の自治(self-administration)の 保持が自決権と矛盾せず、多くの状況下においては、自決権の十分な行使であ る」と規定し、自治権を自決権の主要な行使形態と捉えていることが最大の特 徴である 110)。また、権利の担い手である「共同体」を、 「国家内部の限定され た地域に居住」し、 「条約の関連規定の効果的適用のために十分な組織」を有 する「独自の集団」であると規定し 111)、マイノリティや先住民族を包含する 包括的な概念として把握している 112)。 194.
(27) . 内的自決権とマイノリティの自律. ただ、リヒテンシュタイン提案および同条約草案では、自決権の行使形態で ある自治権の本質的意義に関する議論がなく、 「共同体」の議論の曖昧さやマ イノリティとの異同など、突き詰めるべき議論は山積していたことも事実であ る。しかし、自治が自決権の行使形態であると示した点は画期的なものだった といえるだろう。 (6)先住民族(indigenous peoples)の 権利 に つ い て は、80 年代以降、国連 を主な舞台として大きな進展が見られた 113)。経済社会理事会は 1982 年、人権 小委員会の下に「先住民族に関する作業部会」の設置を決定し、同作業部会 は 85 年から先住民族権利宣言草案の作成を開始したが、同宣言草案は 93 年に 完成し、翌 94 年、人権小委員会は「国連先住民族権利宣言草案」を採択した 114). 。同宣言草案はその後、若干の修正を経て、2007 年9月、国連総会で「国. 連先住民族権利宣言」115)として採択された。同宣言は、第3条において「先 住民族は、自決の権利を有する。この権利に基づき、先住民族は、自らの政治 的地位を自由に決定し、並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追 求する」と、国際規約共通第1条とほぼ同一の表現で、先住民族が自決権の享 有主体であることを正面から認めた。さらに第4条で、財源保障措置を含めて、 自律ないし自治への権利を有すること、第5条で、 「国家の政治的・経済的・ 社会的・文化的生活に、 彼らが選択する場合には、 完全に参加する権利」と、 「彼 ら独自の政治的・法的・経済的・社会的・文化的制度を維持しかつ強化する権 利」を保障したほか、先住民族の持つ特有のニーズと願望に配慮しつつ、彼ら の文化や伝統や慣習やアイデンティティを効果的に保障するための権利を詳細 に規定している。しかしながら、 同宣言では、 「先住民族」の定義がなされなかっ たことから、誰がその権利主体の資格を持つ「先住民族」なのか、少数民族と 先住民族は果たしてどのように異なるのか、といった論点について、終わりな き論争を生みだし、この問題は未だに決着するめどがついていない現状である 116). 。 195.
(28) 横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月). 6.現状の分析 人民の自決権とマイノリティの権利とは元来、別々のものとして発展して きたが、1970 年の友好関係宣言以降、とくに脱植民地化の課題がほぼ終了し た 80 年代以降は人民の自決権は内的側面(内的自決権)の役割に注目が集ま るようになってきた。一方、冷戦が終結した 90 年以降、マイノリティの権利 に関する国際文書が急増し、そのなかでマイノリティの権利は自律権を中心と した集団的性格を有するものであることが、ますます明らかになってきたと言 えるだろう(第1節、第5節) 。それと並行して、学説においては、マイノリ ティの集団的権利の承認は、個人の自由と平等の実現を中心的理念とするリベ ラリズムと矛盾するわけではなく、むしろ自由や平等といったリベラリズムの 理念からマイノリティの集団的権利が要請されると主張する理論が急速に有力 に唱えられるようになってきた(第1節、第2節) 。そして、いったんマイノ リティが自律権を中心とする集団的権利を有することが承認されるならば、そ れらの権利と内的自決権との結びつきを見るのはむしろ自然の流れであるだ ろう。第4節で検討したように、現在、国際法分野の研究においては、マイ ノリティの自律権を内的自決権の行使形態として捉える学説が急速に有力に なりつつある。Bernhardt, Harhoff, Kimminich, Sohn はいずれも自律と自決が 関連を有することを認識しており、Brownlie, Cardenas & Canas, Hunnum は いずれもマイノリティの自律権が内的自決権にほかならないと主張している。 Welhengama は「自律と内的自決というこれら2つの概念は同じコインの両 面と見られるようになってきている」と主張しており、Henrard は、 「マイノ リティの権利を内的自決として認める自律への権利は、新しい国際法の原則と なって現れるだろう」とさえ主張している。実際、Cassese の言うように、自 決が「関係住民が自らの運命について自らの願望を自由に表明する権利」を意 味している以上、マイノリティの自律権がまさしくそのような目的を持ってい ることを見てとるのは容易であり、マイノリティの自律権は、国家の領土保全 196.
(29) . 内的自決権とマイノリティの自律. と政治的統一の原則とも矛盾しない形で実現される内的自決権の行使形態だと 言えるだろう。 しかしながら、学説においても、依然として、マイノリティの自律権を人民 の自決権とは全く異なる別個の権利として捉えようとする立場は存在する。そ の典型が、第3節で紹介した Higgins の見解であると言えるだろう。彼女の主 張は、ある意味で、これまでの国際法の立場を典型的に示しているので、ここ で改めて彼女の主張内容を検討してみると、彼女がマイノリティの自律権と人 民の自決権を完全に切断して捉える理由としては、マイノリティの自決権主体 性を認めることが分離権の主張を招き、領土保全の原則を脅かすのではないか という懸念のほかに、 「マイノリティの権利は一般的な人権によって保障され ている」 、そして「人民の自決権は国家の全住民を主体とする内的自決権によっ て保障される」 、という2つの想定があることがわかる。つまり、分離への懸 念と、マイノリティの権利を個人権として捉える見方、および内的自決権を全 国民を主体とする全国レベルでの民主化要求権と捉える見方が、その背景にあ ることがわかる。このうち、マイノリティの権利は普遍的な人権(個人権)を 保障することによって満たされるので、マイノリティ集団独自の集団的権利は 不要であるとの見解は、松井芳郎も指摘しているように、国際人権規約の起草 過程においても、一部の西欧諸国の代表によって強力に主張されていた考え方 であり、その立場によれば、自由権規約の個々の規定が完全に実施されれば、 マイノリティの集団的権利はもとより、独立国家の国民にとっての自決権の意 義も消滅すると考えられていた 117)。そして、このような見方が、第1節で紹 介したような、第2次大戦後に流行した個人主義的アプローチを背景としてい たことは言うまでもあるまい。しかしながら、第2節で検討した Kymlicka ら の集団的権利の理論が正しいとすれば、国家は民族的・文化的に中立ではあり えないので、多民族国家の中のマイノリティが自律権という集団的権利を持た ないならば、そのマイノリティの文化は、国家の政治的権力を背景とする多数 派文化の圧力の前で、常に脅威にさらされることになるだろう。マイノリティ 197.
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