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〈論説〉訴訟費用と裁判を受ける権利―EU法およびイギリス法の展開―

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はじめに

裁判を受ける権利(憲法32条)には,民事(行政)裁判の場合,裁判請求権 または訴権の保障が含まれ,裁判所による「裁判の拒絶」が禁止されることは 争いがない1)。また,「貧困などのために事実上裁判を受ける権利を奪われる と同じ結果とならないよう,実質的にこの権利を保障する措置を講ずべきこと を含んでいる」ともいわれる2) そして,この延長で,法律扶助が取り上げら れ,「わが国においても,今日,法律扶助制度の充実は,憲法32条の定める裁 判を受ける権利の実質的保障として,国がその財政的支出をもって充たすべき, 憲法的要請であると位置づけられなければならない」3)「法律扶助の充実は憲 法上も望まれるところである」4)ともいわれる。そして,司法制度改革審議会 意見書(2001年)でも,「欧米諸国と比べれば,民事法律扶助事業の対象事件

訴訟費用と裁判を受ける権利

―EU 法およびイギリス法の展開―

1)芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法(第6版)』(岩波書店,2015年)258頁。裁判を受ける権利の内 容を論じる際に「訴権」の語を用いるべきではなく,訴権を司法行為請求権と解し,裁判を受ける 権利を含む手続基本権,裁判官および裁判組織に関する憲法規定を包含するものとして司法行為請 求権を捉えることを主張する見解として,笹田栄司「『訴権』の憲法的理解」手島孝先生還暦記念 『公法学の開拓線』(法律文化社,1993年)57頁。 2)佐藤功『憲法(上)〈新版〉』(有斐閣,1983年)531頁。木下智史=只野雅人編『新・コンメン タール憲法』(日本評論社,2015年)360頁(倉田原志執筆)にもほぼ同じ表現がみられる。 3)兼子一=竹下守夫『裁判法〈第4版〉』(有斐閣,1999年)416頁。 4)木下=只野・前掲注2)360頁。

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の範囲,対象者の範囲等は限定的であり,予算規模も小さく,憲法第32条の 「裁判を受ける権利」の実質的保障という観点からは,なお不十分と考えられ [……]一層充実すべきである」と,民事法律扶助制度が裁判を受ける権利の 実質的保障の観点から捉えられている。 もっとも,国務請求権としての性質づけが強調されるからであろうか,法律 扶助の水準が不十分である場合に(違憲審査において)違憲となることまでを 明示する見解は管見の限り見られず,むしろ,「本条は,……貧困者に対する 法律扶助(legal aid)を国家の責任とするところまでは,要求していない」と いう法学協会編『註解日本国憲法』5)の見方,基本的には立法政策であるとの 認識が今日でも根強いようにもみえる6)。また,法律扶助制度以前の,訴訟費 用のあり方そのものについて,裁判を受ける権利と直接に関連づけて取り上げ ることもないようである。 これに対し,ヨーロッパでは,Airey v Ireland 判決(1979年)7)で公正な裁判 を受ける権利を保障する欧州人権条約6条1項が,「実践的(practical)で実 効的な(effective)権利」を保障しており,本件では事件・手続の複雑性等を 5)法学協会編『註解日本国憲法 上巻』(有斐閣,1953年)601頁。旧字体は改めた。 6)樋口陽一=佐藤幸治=中村睦男=浦部法穂『注解法律学全集 憲法Ⅱ』(青林書院,1997年)283 頁(浦部法穂執筆)や,芹沢斉=市川正人=阪口正二郎編『新基本法コンメンタール憲法』(日本 評論社,2011年)260頁(柏崎敏義執筆)にも,これとほぼ同じ表現がみられる。ただし,浦部法 穂の執筆箇所には,その後ろに,「この権利を実質的なものとするためには,貧困者に対する法律 扶助を公的な制度として確立する必要がある」との記述もみられる。 7) Airey v Ireland(1979)Series A no 32.事案は,一週間の収入が40ポンド程度であった貧しい女 性が,暴力を振るう夫との裁判別居を望んでいたものの,この命令の受給には高等法院への提訴が 必要で,手続が煩雑なため実際には弁護士を付ける必要があったものの,アイルランドには民事法 律扶助制度がなく,弁護士を見つけることができなかったため,アイルランドの法制度により裁判 所にアクセスする権利が侵害されているとして,欧州人権裁判所に提訴したというものである。同 判決については,参照,池永知樹「緊縮財政下のイギリス法律扶助の変容と持続性を追求する他国 の取組」総合法律支援論叢3号(2013年)69頁,74~6頁,江島晶子「ヨーロッパ人権裁判所の解 釈の特徴」戸波江二他編『ヨーロッパ人権裁判所の判例』(信山社,2008年)28頁,28~9頁,北 村泰三「裁判所に対するアクセスの権利」戸波江二他編『ヨーロッパ人権裁判所の判例』(信山社, 2008年)275頁,278頁。

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考慮すると弁護士による支援が裁判所への実効的なアクセスに不可欠であった として,民事法律扶助を与えなかったことが欧州人権条約6条1項に違反する と認めて以来,法律扶助の有無・水準を公正な裁判を受ける権利の問題として 論じるようになっている8)。イギリスでも財政削減の流れの中で法律扶助の対 象を縮小した「2012年民事法律扶助,犯罪者の量刑及び処罰に関する法律(Legal Aid, Sentencing and Punishment of Offenders Act 2012:LASPO)」に基づ く命令・規則や処分の違法性を認める判決がみられるところである9)。さらに 近時,訴訟費用のあり方も,公正な裁判を受ける権利の観点から問題とされる ようになってきている。本稿では,筆者の能力の問題から,とくにイギリスを 取り上げて,欧州人権条約6条とも関連づけながら,この点についての展開を 瞥見したい。イギリスでは,訴訟費用と裁判を受ける権利をめぐる問題につい て,UNISON 判決(2017年)という重要判決が出された。まず,この判決を理 解するために有益と思われる,裁判を受ける権利に関わる従来のイギリス法, 欧州人権条約の判例をみた後(Ⅰ),同判決の内容を紹介し若干の検討を行う (Ⅱ)。

Ⅰ 従来の判例の流れ

 イギリスにおける判例の展開 ① はじめに  まず,イギリスでは,人権法の制定以前から,(英語の表現は様々であるが) 8)ヨーロッパの法律扶助制度の概要について,参照,広瀬清吾編『法曹の比較法社会学』(東京大 学出版会,2003年)66~8頁(ドイツ・佐藤岩男執筆),106~8頁(フランス・山本和彦執筆), 145~9頁(イギリス・長谷部由紀子執筆),法律扶助協会『英国・ドイツの法律扶助』(法律扶助 協会,1992年)。 9)参照,拙稿「行政訴訟における司法へのアクセス保障」榊原秀訓編『イギリス行政訴訟の価値と 実態』(日本評論社,2016年)169頁。

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裁判を受ける権利が観念され,そしてこれが,コモン・ロー上の権利として, 制定法解釈に一定の役割を果たしてきたことが知られる。 ② 「基本的な権利」「憲法上の権利」としての裁判を受ける権利 しばしば参照されるのが,Raymond 判決(1983年)である10)。この事件は, 受刑者が事務弁護士に宛てて出そうとした手紙を刑務所長が検閲して発信を止 めたこと等の適否が,刑務所長の行為が裁判所侮辱に当たるかというかたちで 争われた事案である。Lord Wilberforce(Lord Elwyn-Jones 及び Lord Russell of Killowen 同調)は,裁判を妨げられない権利を「基本的な権利(basic right)」 だとしたうえで,かかる権利は制定法で明示的にまたは必要的推論によらなけ れば剥奪されないと述べた。また,Lord Bridge は,「裁判を妨げられない市民 の権利は,法律の明示の規定によってしか剥奪できない」として,より厳格な 判断を示した。また,Anderson 判決(1984年)11)では,受刑者がこれから提起 しようとする訴訟に関して弁護士から法的助言を得ることを刑務所内部での不 服申立手続が終結するまで認めないとする規則が,権限踰越であるとされた。 さらに,Leech 判決(1994年)12)では,民事訴訟を提起しようとした受刑者 が弁護士に助言等を求めて送ろうとした手紙が刑務所長により検閲,差止めを 受けたために,刑務所長による手紙の検閲を定める刑務所規則33条3項の適法 性が争われた。Steyn LJ は,刑務所規則33条3項が,受刑者の規律と処遇に つき国務大臣の一般的な規則制定権を認める1952年刑務所法47条1項により委 任された範囲を踰越していないかを論点として,法47条1項は,必要的推論に よって,受刑者の通信の秘密に対する制限を行うこと,さらには受刑者と専門

10) Raymond v. Honey[1983]1 A.C.1(HL). 同判決については,深澤龍一郎『裁量統制の法理と展開』 (信山社,2013年)225~7頁を参照。

1)R v Secretary of State for the Home Department, ex p Anderson[1984]QB 778(QB).

12) R v Secretary of State for the Home Department, ex p Leech[1994]QB 198(CA). 同判決について は,江島晶子『人権保障の新局面』(日本評論社,2005年)136~9頁を参照。

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家との一般的な通信に対する制限を行うことを規則に授権していることが認め られるとしながら,「すべての市民が裁判所へのアクセスを妨げられない権利 を有することが,我々の法の原則である。[...Raymond 判決で]Lord Wilberforce は,これを「基本的な権利」と呼んだ。我々の不文憲法においてであっても, これは,憲法上の権利と格付けされなければならない」として Raymond 判決の 内容を確認したうえで,欧州人権裁判所の Golder 判決13)も参照しながら,提 起する可能性がある民事裁判に関して助言と支援を受ける目的で弁護士にアク セスする権利は,裁判を受ける権利の不可分の一部分を構成する,として,弁 護士と依頼者との間のコミュニケーションは,他の専門職の関係におけるもの とは異なり,とくに保護される,と述べる14)。そして,受刑者の通信の秘密に 対する制限を行うことは授権されているものの,「授権される介入(authorised intrusion)は,通信が真正な法的通信(bona fides legal correspondence)で あることが本当であるかを確認するための必要最小限のものでなければならな い」とした15) ③ Witham 判決(1998年)16) これらの判決で展開された,基本的な権利である裁判を受ける権利は制定法 で明示的にまたは必要的推論によらなければ制限できないという法理が,訴訟 費用の減免を廃止する命令について用いられた判決が,Witham 判決である。原 告は,失業中で,貯蓄もなく,生活扶助(income support)を受けていたが, 故意の虚偽(malicious falsehood)と文書誹謗(libel)を理由とする訴訟を提 起しようとしたものの,訴訟費用を賄うことができず,これができなかった。 13)Golder v UK(1975)Series A no 18. 同判決については,北村・前掲注7)を参照。 14)[1994]QB 198, 210. 15)ibid 219.

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それは,名誉毀損に関係する訴訟には法律扶助が認められないからでもあった が,従来,1980年最高裁判所手数料令が,生活保護受給者に訴訟を提起するた めの費用支払いを免除し,また例外的事情(exceptional circumstances)のも とで経済的困窮を理由とする手数料の減免を大法官に認めていたところ,1996 年最高法院手数料(改正)令3条がこれを廃止したからでもあった。そこで, 原告は,1996年最高法院手数料(改正)令3条が1981年最高法院法(Senior Courts Act 1981)130条により委任された範囲を踰越しており,違法であると の宣言を求めて司法審査申請を行った。 Laws J によれば,大法官が手数料を定める権限には黙示の限界が存在する。 それは,裁判所にアクセスする憲法上の権利と呼ばれるものを市民から剥奪す るかたちでこの権限を行使することはできない,というものである。「イギリ スのような不文の法秩序において,コモン・ローが最高の立法権を議会に付与 し続けているときには,憲法上の権利の観念は,この命題,すなわち,問題と なっている権利は,議会制定法の特定の条項によって,または立法が[権利を] 廃止する権限を特定的に付与した規則によってのみ,廃止されうる,という命 題の中にのみ存するというのが私の考えである。一般的な文言では不十分であ る。このような権利は,その存在が民主的な政治過程の帰結ではなく論理的に それに先行するものであるから,コモン・ローの生成物である。特定的な定め の要求という,見た目よりも捉えづらい観念によって意味するものを,いずれ 説明しなければならない」17) 被告側は,Leech 判決が弁護士と依頼者との間の自由なコミュニケーション の流れが妨げられたものであったのとは異なり,本件では裁判所へのアクセス が直接に制約されているものではないと主張する。しかし,第一に,Leech 判 決でも,受刑者が弁護士とコミュニケーションできる地位について法律で特定 17)ibid 581.

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的に言及されていたわけではなく,本件でも受刑者が規則の定める手数料を支 払えないことを理由に裁判所へのアクセスが妨げられることが法律で特定的に 言及されていない点で,事情は変わらない18)。第二に,Leech 判決では裁判所 に妨げられることなくアクセスする権利は必要的推論によらなければ剥奪され ず,1952年刑務所法の一般的な文言はこの点で十分ではないと判断している。 Laws J はこのように述べて,本件も Leech 判決と同様に最高法院法130条の文 言では十分でなく,規則は権限踰越となることを示唆しつつ,さまざまな判例 に言及したうえで,次のように論を進める。「市民の裁判所にアクセスする権 利に対して,コモン・ローは,明らかに特別な重みを与えてきた。この権利は, 憲法上の権利として描かれてきた。諸判例はそれが何を意味するかを説明して はいないが。……私には,行政府(executive)は,議会が特に授権しない限り 裁判にアクセスする権利を否認することが適法にはできない,という前提― これが憲法上の権利の意味するものである―を覆すものは何も示されていな いように思われる。かかる授権によって何が要請されているのか,……説明し なければならない。制定法は,かかる授権を明示的に行うことができる。この 場合,制定法は,一定の状況下で,市民は裁判所のドアの中に入ることができ ないことを,明文で(in terms)定めるだろう。Leech 判決で,控訴院は,そ れを必要的推論によって行うことができることを受け入れた。しかし,当該条 項によって裁判所に行くことが妨げられていると法律の読み手に疑いようもな く明らかすることができる文言を認識することは,明示的に述べられるのでな ければ,私にはとても困難である」19)と述べ,裁判を受ける権利の制限には法 律による明示的な言及が要請されるとするのである。そして,最高法院法130 条には,裁判所にアクセスする権利を絶対的に否定することとなる状況で手数 料を課すことが可能であることについて読み手に注意を喚起するものは何も含 18)ibid 582583. 19)ibid 585586.

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まれていないとする。また,どのような訴訟が税金によって支えられるかの決 定は大法官の裁量に委ねられる,との国側の主張に対して,弁護士費用につい てはそう言えるが,訴訟費用については,これとは全く異なる,とする。そし て,「私には,1996年規則の効果は,多くの人々が裁判所に正義を求めること を絶対的に止めるものである。リチャード氏[=国側の代理人]の優雅で簡潔 な議論には語られざる前提が含まれている。それは,コモン・ローは市民の裁 判所へアクセスする権利に一切特別な地位を与えていない,というものである。 彼は,この制定法の文言は,曖昧でなく,行われたことを認めるだけ十分に広 いものである……とする。この主張は,基本的な憲法上の権利に関わらない文 脈では正しい。しかし,ここでは妥当しないと考える。裁判所へのアクセスは, 憲法上の権利である。この権利を政府が否定できるのは,議会を説得して,と くに―明示的な文言によって―人々を裁判所のドアから追い払うことを行 政府に認める立法を通過させることができる時だけである。このことは,本件 では妥当していない」20)と述べて,手数料令が違法であるとの宣言を認めた。 そして,Rose LJ も,「議会が……大法官に,貧しい人々が裁判所へのアク セスを完全に奪われるかたちで手数料を定める権限を想定していたことを示す ものは,本条にもその他の箇所にも存在しない。私の考えでは,かかる権限を 付与するには明確な立法が必要であるが,そのような立法は存在しない」と述 べて21),手数料令が違法であるとの宣言を認めた。 この判決は,裁判を受ける権利は憲法上の権利であって,それを否定するに は法律の明示的な文言によらなければならない―必要的推論では不十分であ る―と立場を厳格化しているようにみえる。そしてまた,訴訟費用が,それ を賄えずに訴訟提起を諦めざるをえない場合には,そのような人々の裁判を受 ける権利の否定となることがあることを認めた点でも注目される。 20)ibid 586. 21)ibid 587.

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④ Hillingdon London Borough Council 判決(2008年)22)

Witham 判決は,裁判を受ける権利を制限する受任命令が権限踰越に当たらな

いかが問題となったものであったが,裁判を受ける権利を制限する受任命令の 実体的な判断の枠組みとの関係で注目される判決が,Hillingdon London Bor-

ough Council 判決(2008年)である。

2003年裁判所法(Court Act 2003)92条は,1981年最高法院法130条を置き換 えるかたちで,大法官が訴訟費用を定めると定めていた。もっとも,それ以降 も,公法上の家族事件(public law family cases)の訴訟費用は低額に抑えら れていたところ,2008年家事手続訴訟費用令(the Family Proceedings Fees Order 2008, SI 2008/1054)および2008年治安判事訴訟費用令(the Magistrates’ Courts Fees Order 2008, SI 2008/1052)は手続に要するコストを訴訟費用に全 額反映させる旨を定めた。そこで,これらの命令の適法性が争われた。原告は, これにより影響を受ける自治体に事前の諮問(consultation)がなかったこと や,公法上の家族事件,とくに子どものケアの申請について手続コストをすべ て訴訟費用に反映させることは不合理であることなどを主張した。しかし,こ の請求は棄却された。Lord Justice Dyson によれば,手数料令の制定を授権す る2003年法は訴訟費用に関する命令の制定にあたり事前に諮問するべき者を明 記しており,それ以外の者に諮問することは義務づけられていない。また,費 用の可視化や濫訴の防止といった目的はそれ自体として不合理であるとはいえ ず,さらに,値上がりする訴訟費用に相当する金額が地方公共団体への交付金 (Formula Grant)に増額されること,訴訟費用が高額になることにより自治 体が子どものケアの申請を行う必要がある事案にもかかわらずそれを控えるこ ととなる実質的なおそれは存在しないことなどを考慮すると,手続のコストを すべて訴訟費用に反映させることは不合理であるとはいえない,などとして,

22) R(Hillingdon London Borough Council)v Lord Chancellor(Law Society intervening)[2008]EWHC 2683(Admin).

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結論としては原告の主張を退けた。

この判決で注目されるのは,Lord Justice Dyson が,命令の,Wednesbury 原則にいう不合理性(irrationality)の有無の判断に当たって,ここではぜい 弱な子ども(vulnerable children)の利害が潜在的に脅かされているので,「立 ち入った審査(anxious scrutiny)」を行うべきだとし,「手数料の増額によっ て地方公共団体が危機に瀕する子どもにかかる制定法上の義務を履行しない (観念的〔fanciful〕とは反対の意味で)現実的なリスク(real risk)がある場 合に違法になる」という判断枠組みを用いたことである23) Wednesbury 判決にいう不合理性の判断にあたって,「基本的な権利」や「憲 法上の権利」が問題となる場合に審査密度が上がることは,同性愛者であるこ とを理由に軍隊から除隊することの適否が争われた Smith 判決(1995年)24) どで明らかにされている(もっとも,日本でも知られる通り,同判決は除隊を 不合理ではないとしたところ,原告は欧州人権裁判所に訴訟を提起し,人権裁 判所は,Smith 判決が欧州人権条約13条の「実効的な救済」に違反すると判断 した25)。このことから,審査密度が上がった不合理性のテストも欧州人権裁判 所の用いる比例原則に比べてなお緩やかな判断枠組みであると整理されてい る26)。ぜい弱な子どもとの関係に限定されたものとも読めるが,Hillingdon

London Borough Council 判決は,裁判を受ける権利の制限に対する実体審査に

おいては審査密度が上がり,司法への実効的なアクセスが妨げられる現実的な

23)ibid para 67.

4)R v Ministry of Defence, ex p Smith[1996]QB 517(CA). 同判決については,深澤・前掲注10) 233~4頁を参照。

25) Smith and Grady v UK(1999)29 EHRR 493. 同判決については,深澤・前掲注10)241~3頁注 110を参照。

26) 深澤・前掲注10)234頁。See also, Colin Turpin and Adam Tomkins, British Government and the Constitution, 7th ed., 2011, pp. 6824; Mark Elliot and Robert Thomas, Public Law, 3rd ed., 2018, pp.5412; A W Bradley, K D Ewing and C J S Knight, Constitutional and Administrative

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リスクがあれば違法となることを示した先例として,UNISON 判決でも参照さ れることになる。 ⑤ 小 括 イギリス法において,裁判を受ける権利は,古くから,「基本的な権利」ひ いては「憲法上の権利」だと性質づけられてきた。「憲法上の権利」とするこ との意義は,法律の明示的な定め又は必要的推論によってしかこれを剥奪する ことができないとすることにあった。ここから,命令による制限を権限踰越と 構成することで,行政府による侵害から裁判を受ける権利が保護されてきたの である。Witham 判決は,訴訟費用につき,これを剥奪するには法律の明示的な 文言によらなければならないとして判断枠組みを厳格化したうえで,訴訟費用 の負担が裁判を受ける権利の侵害になる場合があることを認めた。他方,命令 の実体的な適否,すなわち Wednesbury 原則にいう不合理性の有無の判断につ いても,基本的な権利や憲法上の権利の制限が問題となるときには審査密度が 向上するとされるようになってきているところ,Hillingdon London Borough

Council 判決は,訴訟費用の賦課に関する命令についても,審査密度を上げ,具 体的には,訴訟費用の増額によって地方公共団体が危機に瀕する子どもにかか る制定法上の義務を履行しない(観念的〔fanciful〕とは反対の意味で)現実 的なリスク(real risk)があるか否かをみる,との判断枠組みを示した。  欧州人権裁判所の判例の展開 ① はじめに 欧州人権条約6条1項は,「何人も,自己の市民的権利及び義務又は自己が 問われた犯罪の決定において,法が設置する独立かつ公平な司法的機関(inde- pendent and impartial tribunal)により合理的な機関内に公正かつ公開の審理 (hearing)を受ける権利を有する」と定め,裁判を受ける権利を保障する。20

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世紀末以降,欧州人権裁判所は,高額な訴訟費用がこの欧州人権条約6条1項 に違反する場合があり得ることを認めるようになっている。 ② Kreuz v Poland 判決(2001年)27) 訴訟費用の欧州人権条約6条1項適合性に関するリーディングケースは,お そらく,この事件である。申立人はオーストリアとポーランドの二重国籍者で あり,ポーランドで営業活動を行っていたようである。申立人は洗車場を営業 しようとして,その建設のための区画利用許可(zoning approval)を申請した ところ,暫定的な許可が出たので,町長に最終的な許可の申請を行ったが,町 長はこれを拒否し,自治不服審判所(Self-Government Board of Appeal)も この決定を支持した。その理由は,この開発がマスタープランで定められてい る土地の用途に適合しないというものであった。申立人は,最高行政裁判所に 上訴したところ,同裁判所は,原決定を破棄し,事案を町長に差し戻した。そ こで,申立人は,町を被告として,地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した。 また同日,訴訟費用の減免申請を行った。地裁は,申立人の許可手続がなお継 続中であることを理由に訴えを却下し,訴訟費用についても不要とした。申立 人は,この判決に対し控訴したところ,控訴裁判所は原判決を棄却したので, この訴訟は地裁で審理されることとなった。地裁は,訴額58億5,000万ズウォ ティ28)に対する訴訟費用としては3億80万ズウォティであるがこれは高額だ として1億ズウォティの支払いを命じた。この支払命令に対し申立人は上訴し たが,控訴裁はこれを棄却し,申立人は訴訟費用を支払わなかったため,地裁 は,損害賠償請求を申立人に差し戻した。申立人は,この訴訟費用の支払命令 が欧州人権条約6条1項に違反するとして欧州人権裁判所に訴訟を提起した。

27)App no. 28429/95(ECtHR, 19 June 2001).

28)旧通貨単位である。ポーランドではその後の1995年に1万ズウォティを1ズウォティとするデノ ミが実施されている。現在の1ズウォティは約30円である。

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欧州人権裁判所は,次のように判断して申立人の請求を認めた。人権裁判所 は,まず,従来の判例法を次のように整理する。すなわち,人権条約6条1項 は「『裁判所への権利』を具体化するが,アクセスの権利,すなわち,民事問 題について裁判所に訴訟を提起する権利は,裁判所への権利の一側面を構成す るにすぎない。しかし,6 条1項で定める更なる各種の保障から便益を受ける のを実際に可能にするのは,まさにこの側面である。司法手続の公正,公開か つ迅速な性格は,この手続が最初に提起されなければ何も価値を持たない。ま た民事問題において,裁判所へのアクセスの可能性がなければ,法の支配を考 えることができない」と述べ,裁判所に訴訟を提起する権利の重要性を確認す る29)。そのうえで,「この『裁判所への権利』は絶対的なものではない。アク セスの権利はその性質上,国家による規律(regulation)を要求するものであ るがゆえに,一定の制限に服する可能性があることが含意される。訴訟当事者 に対し,その『民事上の権利及び義務』を確定するため裁判所にアクセスする 実効的権利を保障するに際して,6 条1項は,この目的を達成するために用い る手段の自由な選択を国家に委ねている。しかし……人権条約の要請が遵守さ れているかの最終的な決定権は,人権裁判所のもとにある」と述べ,国家に 裁量の余地を認めつつ,6 条1項適合性の最終判断権が人権裁判所にあるとす る30)。ということは,人権裁判所が6条1項に不適合の判断を行う可能性もあ るということであろう。人権裁判所は,その具体的な例として,制限が上訴の 許可条件に関するものである場合,または司法の利益(interests of justice) ゆえに上訴申立人が当該上訴手続に際して相手方より生じる費用に対する保証 の提供を求められる場合を挙げて,経済的なものを含む様々な制限を司法的機 関へのアクセスに設ける可能性について判断してきたが,これまでの訴訟では, 種々の制限が,裁判を受ける権利の核(very essence)を侵害する程度までア 29)Kreuz v Poland(n 27)[52]. 30)ibid[53].

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クセスを制限するものではないと判断してきた,と述べる31)。そして,これら の訴訟の中で,人権裁判所は,「裁判所または司法的機関に対するアクセスへ の制限が,正当な目的を追求し,かつ,利用手段と達成すべき正当な目的との 間に合理的な比例関係が存在するのでない限り,当該規制は6条1項に適合し ないことを強調してきている」と,6条1項適合性について人権裁判所が用い る判断枠組みを確認する32) そして人権裁判所は,これを本件について当てはめ,次のように判断した。 まず,訴訟費用を課すことそのものについて,「6条1項に基づけば,裁判所 にアクセスする実効的な権利を保障する義務の実現とは,単に妨害の不存在の みならず,国家の側に様々な形態の積極的な行動をとることを要請しうること を意味するが,民事紛争において国家から法律扶助を無条件に得る権利も,民 事事件における手続を無料で受ける権利も,この規定から導くことはできない」 のであり,それゆえ,民事裁判所に対する請求に関連して訴訟費用を要求する ことそれ自体は,裁判を受ける権利に対する,6 条1項に適合しない制限と考 えることはできない。しかし,「原告の支払能力を含む,所与の事案における 特定の事情に照らして算出された訴訟費用の金額と,制限が課される手続の段 階とは,その者が裁判を受ける権利を享受して司法的機関による審理を得たか を決定するに当たり重要な要素となる」33)。そこで本件における具体的な金額 を検討するに,1 億ズウォティが当時のポーランドにおける平均的な1年間の 給与相当額であることから,この金額はかなりのものであるし,国内裁判所は, 申立人が経営者であり,投資を行っていることから支払能力があるとみている ものの,これは説得的ではない34)。国内裁判所は,申立人の支払能力がない旨 31)ibid[54]. 32)ibid[55]. 33)ibid[60][61]. 34)ibid[62][63].

(15)

の主張を,これを反駁する証拠なしに否定し,また資料に基づかずに申立人の 経済状況を推測していること,訴訟費用の減免の取消しが後からいつでもでき ること,申立人が請求を断念して申立人の主張を再び裁判所が取り上げる可能 性が消えたことを合わせ考えると,この金額の訴訟費用を課すことは,申立人 のアクセスする権利の核を侵害するものである35) このようにして,人権裁判所は,本件の人権条約6条1項違反を認定した。 本件は,訴訟費用の命令(その減免の拒否)の欧州人権規約6条1項違反が 認定されたおそらく初めてのケースである。裁判所に訴訟を提起する権利の意 義とその制約可能性について整理するに際しては,Golder 判決36),Z and Others 判決37),Airey 判決といった,法律扶助をめぐる判例を参照しており,この分野 の法形成が法律扶助の問題で先行し,それが訴訟費用の問題に展開してきてい ることがわかる。一般的な判断枠組みとして,目的の正当性と目的と手段との 間の合理的な比例関係の存在を要求している点,個別の訴訟費用の適否を, 当事者の支払能力を含む具体的事情のもとでの金額と,訴訟費用が課される 段階との2点を考慮要素として挙げて判断している点,人権条約6条1項違反 の最終的な判断はこの権利の「核(very essence)」を侵害するか否かで行って いる点は,この分野における後の事件の判断に当たり,先例として影響を与え ているように思われる。 ③ Kniat v Poland 判決(2005年)38) Kreuz 判決の判断枠組みを用いて,訴訟費用の減免の拒否を人権条約6条1 項違反と判断した事案として,Kniat v Poland 判決がある。この事件の概要は, 35)ibid[64][66]. 36)注7)を参照。

37) Z and others v UK ECHR 2001-V. 同判決については,今井雅子「私人の行為と国家の義務」 戸波他編・前掲注7)119頁を参照。

(16)

次のようなものであった。申立人は,夫からポズナン地方裁判所に離婚を請求 された。地裁は離婚を認める命令を出したが,この絶縁は双方に落ち度がある として,訴訟費用の1万ズウォティを折半して支払うよう夫婦に命じた。これ に対し,申立人は,離婚は夫の不倫が原因であり,地裁が彼女にも離婚の責任 を負わせたことに不服があるとして控訴した。裁判所は,控訴の訴訟費用とし て1万ズウォティの支払いを命じた。申立人は,経済的に困窮しているなどと して訴訟費用の減免を求めたが,地裁はこの申立てを棄却し,申立人はこの決 定に対して抗告したが,ポズナン控訴裁判所もこれを棄却した。申立人は再度, 彼女の経済状況では3,300ズウォティを超える金額の支払いはできないとして減 免を求めたが,地裁はこれを棄却し,裁判所が命じた訴訟費用の支払いがない ことを理由として本案の控訴を却下した。この決定に対し,申立人は中間上訴 をしたが,控訴裁判所は,離婚に伴う財産分与の手続において元夫から一時払 いとして30万ズウォティを受け取り,さらに多くの支払いを受ける可能性があ るので経済状況は良いとして,中間上訴を棄却した。申立人は上告を行ったが, 控訴裁判所は上告の費用として1万ズウォティの支払いを命じた。申立人は, 再び,3,300ズウォティを超える金額の支払いはできないこと,彼女は無職であ り,元夫から受け取った一時払いの金銭が唯一の財産で,これは彼女と,彼女 と共に暮らす2人の子どもの生活のために必要であることを主張して減免を求 めた。しかし,控訴裁判所は申立人の申請を棄却し,1 万ズウォティの支払い を命じた。申立人は期日までに支払いをしなかったので,上告は却下された。 この決定に対し,申立人は中間上訴を行ったが,控訴裁判所は中間上訴の費用 として2,000ズウォティの支払いを命じた。申立人は減免を求めたが,控訴裁判 所はこれを棄却した。そこで申立人は,離婚命令に対する控訴につき求められ た高額の訴訟費用のために,民事上の権利を決定するための裁判所へのアクセ スが奪われたことが,人権条約6条1項に違反するとして欧州人権裁判所に訴 えを提起した。

(17)

欧州人権裁判所は,次のように判断した。Kruez 判決で,同裁判所は,当該 事案における具体的な状況―そこには原告の支払い能力,制限が課される手 続の段階が含まれる―に照らして評価される金額が,アクセス権を享受し 「裁判所による審理」を受けたと言えるか否かを決定するのに重要な要素であ ると判断しており,これらの要素を考慮に入れつつ,本件で実際に課された訴 訟費用が申立人の裁判所にアクセスする権利の核(very essence)を侵害する か否かを判断するとしていた39) これを本件についてみれば,第一に,本件は,申立人の民事上の地位が問題 となっている。欧州人権裁判所は,多くの事件で,民事上の地位や能力が問題 となる事件では国家機関の側に格別の注意が要求される,と述べてきている。 第二に,本件では申立人は離婚訴訟の被告として控訴審の手続に多大な利害を 有している。第三に,申立人は訴訟費用の30%は支払えるとの意思を何度も示 しているにもかかわらず,国内裁判所は減免の可能性を考慮していない40)。国 内裁判所は,申立人の主張を退ける際に,彼女の経済状態を評価する唯一の根 拠として,離婚手続の財産分与で得た30万ズウォティを挙げる。しかし,この 金銭を彼女の将来形成や離婚後の彼女や彼女の未成年の子どもたちの生活保障 ではなく,訴訟費用に用いることを求めることは,合理的ではないように思わ れる41) これらの事実を全体としてみれば,そしてとくに申立人がこの手続に有して いる利害に鑑みると,「一方で,請求を処理するために裁判所の訴訟費用を徴 収する国家の利益と,他方で,申立人が離婚決定に対して控訴を行う利益との 間の適切な均衡を確保することができていないと考える」42)「控訴の手続きの ために申立人に求める訴訟費用は高額であった。これにより,彼女の上訴は形 39)ibid[38][39]. 40)ibid[40][43]. 41)ibid[44]. 42)ibid[45].

(18)

式的な理由で棄却されている。これは,彼女の裁判所にアクセスする権利の核 を損なうものである」43)「上記の理由により,当裁判所は,申立人の控訴のた めの手数料の減免の拒否は,彼女の上級裁判所へのアクセス権に対する比例原 則に反した制約(disproportionate restriction)を構成すると結論付ける。 従って,条約6条1項違反が存在すると認定する」44) そのうえで,ポーランド政府に対し,非財産的損害に対する賠償として6000 ユーロ,欧州人権裁判所の訴訟費用として1250ユーロを,判決日の為替相場で ズウォティに換算した金額に課税相当額と利子を加えた金額の支払いを命じた45) 本件で興味深いのは,欧州人権裁判所が,ポーランドの国内裁判所の命令が 具体的な状況に照らして人権条約6条違反か否かを検討する中で国家の利益と 申立人の利益との比較衡量を行うにあたり,後者をヨリ重く評価している点で ある。日本の最高裁の判断においては,比較衡量を行う際に個人の権利よりも 国家的法益や社会的法益を重く評価する傾向がある。それゆえ,比較衡量は判 断枠組みとして評判がよくないが,処分違憲を判断する際には使いやすい判断 枠組みであるところ,この判断枠組みを用いても裁判官による重みづけ次第で 十分に個人の権利を救済することができることはこの判決からも明らかである。 この判決は,訴訟費用の請求が裁判を受ける権利に対する侵害であるとの判断 を行った事例判決として,参考になるだろう。 ④ Stankov v Bulgaria 判決(2009年)46) 窃盗罪で勾留された後に裁判で無罪となった者が,違法な勾留(pre-trial detention)と訴追を理由に国家賠償を請求した事件で,第一審のソフィア市裁 判所は,200万レフ(1,050ユーロに相当)の損害賠償を認めた一方,訴訟費用 43)ibid[46]. 44)ibid[47]. 45)ibid[49][56]. 46)(2009)49 EHRR 7.

(19)

として180万レフの支払いを命じた。180万レフという金額は,訴額のうち原告 敗訴部分の4%に当たり,これは,ブルガリアでは損害賠償の請求の訴訟費用 が一般的に訴額の4%であること,また国家賠償法10条2項が,国家賠償訴訟 の提起時には訴訟費用の支払いが不要であるものの,敗訴時には敗訴部分の訴 額に応じて訴訟費用の支払いを原告に義務付けていたことに基づくものであっ た47)。原告は損害賠償の金額の低さと,損害賠償とほぼ等しい金額の訴訟費用 の支払いを不服として,ソフィア控訴裁判所,ブルガリア破棄院に上訴したが, いずれでも請求を棄却されたので,この判決が欧州人権条約5条5項および6 条1項に違反するとして欧州人権裁判所に訴えを提起した事案である。 欧州人権裁判所は,次のように判断した。まず,「判断を求められた請求に 関して民事裁判所に手数料を支払うべきであると要請することは,裁判所にア クセスする権利に対する,人権条約6条1項に適合しない制約であるとみるこ とはできない。しかし,当該事件の特定の状況に照らして評価される訴訟費用 の金額が,アクセスする権利を享受しているか否かを判断するに当たり重要な 要素である」48)。本件では,訴訟費用の支払いが提訴の前提条件とはなってお らず,原告は裁判のすべての手続の段階にアクセスしており,裁判所はその主 張を審理して拘束力ある判決を下している49)。しかし,「人権条約は,理論的 で観念的な権利を保障しているのではなく,実践的で実効的な権利を保障して いるのである。実際上の点からすれば,手続の終結後に相当な金銭的負担を課 すことは,裁判所への権利に対する制約として機能していると十分にいうこと ができる。原告に対する費用支払命令は,かかる制約を構成する」50)。裁判所 への権利に対する制約が人権条約6条1項に適合しているか否かは,それが正 当な目的を追求しているか,達成すべき正当な目的と利用される手段との間に 47)ibid[18][20]. 48)ibid[52]. 49)ibid[53]. 50)ibid[54].

(20)

合理的な比例関係が存在するか,によって判断する51)。これを本件についてみ れば,司法制度の運用のための資金を賄い,濫訴を防止するという訴訟費用徴 収の一般的な目的,手続を簡単にするという目的はいずれも正当である52)。し かし,「ブルガリアの裁判所によって適用された訴訟費用の体系は,申立人に 対する不当な勾留のため国家が彼に支払うように命じられた損害賠償のほとん どすべてを彼から奪う効果を有していた」53)。政府側は,申立人がこれだけの 金額を支払わなければならなくなったのは,彼が高額の請求をしたからである という。しかし,政府は,1 年7ヶ月の不当な拘束による非金銭的な損害につ いての23,600ユーロ相当額の請求が過大であるとか濫訴であるなどとは述べて いない。本裁判所は,申立人が自分の自由の価値を高く見積もることがおかし なことだとは考えないし,賠償額が法で定まっていない限り非金銭的な損害を 算定することは難しいところ,この分野において発展し参照の容易な判例法が あるということも政府は示していない。しかも,この時期のブルガリアは,イ ンフレや法実務の改革など,変化の激しい時期であった。それゆえ,法曹であっ ても,どの程度が「合理的な」請求であるのかを決めることは困難である。し たがって,申立人を,この額の請求を理由に批判することはできない54)。結局, 「訴訟費用を課すことは,それ自体は良き司法の運営(administration of justice) に適合する目的であるものの,国家賠償法のもとで予想される賠償額を算定す るのに実際上の困難があるため,訴訟費用が相対的に高額でかつ融通の利かな い割合となっていることと相俟って,そうでなければ正当である目的と比例関 係を充たさない,申立人の裁判所への権利に対する制限となっている。従って, 人権条約6条1項違反が存在する」55) 51)ibid[55]. 52)ibid[57]. 53)ibid[58]. 54)ibid[59][63]. 55)ibid[67].

(21)

欧州人権裁判所は,このように判断し,ブルガリア政府に対して,損害賠償 として2,000ユーロ,欧州人権裁判所の訴訟費用として1,500ユーロに,課税相 当額と利子を加えた金額の支払いを命じた56) 本件で,欧州人権裁判所は,特定の状況に照らして評価される訴訟費用の金 額が,原告が司法的機関へのアクセスの権利を享受しているか否かを決定する のに重要な要素である,という Kreuz 判決の基本的な判断枠組み,人権条約は, 理論的で観念的な権利を保障しているのではなく,実践的で実効的な権利を保 障しているのである,という Airey 判決以来の認識を引用したうえで,目的の 正当性,目的と手段の間の合理的な比例関係,という具体的な判断枠組みに基 づき,本件において,損害賠償を認めたにもかかわらず,訴訟終結後に敗訴部 分の4%相当額を一律に訴訟費用として徴収する仕組みのもとで,損害賠償額 の9割に当たる訴訟費用の支払いを求めた裁判所の判断が欧州人権条約6条1 項に違反することを認めた。本件では,原告は,国内裁判所で訴訟が提起でき, しかも勝訴して損害賠償を得ているにもかかわらず,損害賠償額に収まってい る訴訟費用の支払いを求めることが人権条約6条1項に違反すると認められて おり,この点が UNISON 判決でも参考にされている。 ⑤ 小 括 欧州人権裁判所では,訴訟費用が裁判を受ける権利を保障した人権条約6条 1項違反にあたるかに関する判例が積み上げられつつある。そこでは,目的の 正当性および目的と手段との間の合理的な比例関係の存在の有無を検討すると いう判断枠組みがとられるが,個別の訴訟費用の適否の判断にあたっては,当 事者の支払能力を含む具体的事情のもとでの訴訟費用の金額や訴訟費用が課さ れる段階に着目しており,支払能力についても理論的,観念的にではなく,実 56)ibid[68][74].

(22)

践的で実効的にみるべきだとしている。 そして,このような判断枠組みのもと,Kreuz 判決では,町を被告とする国 家賠償訴訟における訴訟費用(その減免の拒否)のために訴訟を断念すること となった事案で,原告の経済状況を十分に考慮していないとして人権条約6条 1項違反を認めた。Kniat 判決では,離婚訴訟の控訴審の訴訟費用について, 財産分与で得た金銭で賄えるにもかかわらず,その金銭は控訴人の唯一の財産 でありまた控訴人とその子どもの生活のためのものだとして,訴訟費用の支払 命令を人権条約6条1項違反と判断した。さらに,Stankov 判決では,原告が訴 訟を最後まで追行し勝訴して損害賠償を得られているにもかかわらず,その損 害賠償額の9割相当額の訴訟費用の支払いを求めることが人権条約6条1項違 反だと判断されている。

Ⅱ UNISON 判決

57)  事 案 UNISON 判決は,長らく無料であった労働審判所の手数料を有料とする命令 の適法性が問題となったものである。産業審判所は,1964年産業訓練法(In- dustrial Training Act 1964)により,訓練費用に関する不服申立てを扱うため に設置されたが,1968年のドノーヴァン報告書の「簡便にアクセスでき,迅速 かつインフォーマルで安価な手続」を提供するべきだとの勧告を受けて,雇用 関係の諸権利にかかる広範な管轄が与えられた。その後,1998年に現在の労働 審判所に改組された。

産業審判所,労働審判所の審判の手数料は,ごく一部の例外を除き,長らく,

7)R(on the application of UNISON)v Lord Chancellor[2017]UKSC 51.「同判決に言及するものと して,愛敬浩二「イギリス憲法研究の課題とコモン・ロー」水林彪他編『市民社会と市民法』(日 本評論社,2018年)359頁,364頁。」

(23)

無料であった。しかし,2007年審判所・裁判所及び強制執行法(the Tribunal, Court and Enforcement Act 2007。以下「2007年法」という。)42条1項,3  項の委任に基づき大法官が定めた2013年労働審判所及び労働上級審判所手数料 令(the Employment Tribunals and the Employment Appeal Tribunal Fees Order)によって,次のようなかたちで手数料が課されるようになった。労働 審判所については,申立書を提出するときに「提起手数料(issue fee)」,審判 の最終審理日の告知とともに指定される日までに「審理手数料(hearing fee)」 を支払うこととされる。これらの手数料の金額は,事案が「タイプA」,「タイ プB」の2種類に分類され,これに従って決定される。「タイプA」は,審理 の事前準備をほどんど必要とせず,審理も1時間ほどで終了する簡単な事案で ある。「タイプB」は,複雑な法律問題,事実問題を含むため,より多くの事 前準備や審理を必要とする事案であり,解雇,賃金支払い,差別的取扱いなど を含む。申立人が1人である場合,「タイプA」は,提起手数料160ポンド,審 理手数料230ポンドの計390ポンドであるのに対し,「タイプB」は,提起手数 料250ポンド,審理手数料950ポンドの計1200ポンドであり,これらの金額は申 立人の数により増加する。労働上級審判所についても,同様に二段階で手数料 を支払うこととされ,上訴人が1人の場合,上訴受理時に400ポンド,最終審 理日の告知とともに指定される日までに1200ポンドの計1600ポンドとなってい る。このように手数料を新たに課すこととした目的は,第一に,コストを納税 者から利用者に移転すること,第二に,価格メカニズムによって早期の解決を 促進すること,第三に,濫訴を防止すること,であるとされていた。なお,手 数料の減免についても定められたが,減免申請時の可処分資産の金額が基準と され,手数料が1000ポンド以下の場合には可処分資産額が3000ポンド以上,手 数料が1001ポンド以上1335ポンド以下の場合には可処分資産額が4000ポンド以 上ある場合には減免が認められない58) 58)ibid[16][21].

(24)

2種類の統計資料によれば,手数料の導入後,申立件数は大幅に減少した。 減少幅が66%~70%に上るとの統計もある。中でも,タイプAに分類される事 案の申立件数が激減した59)。また,別の政府統計によれば,労働紛争を解決で きなかったものの審判を提起しなかった者の3分の2は,審判を提起しなかっ た理由として,手数料の高さを挙げていた。これについて,原告は手数料の導 入が原因であると主張したが,政府は,訴訟を提起できなかった者と提起しな かった者との両方が含まれることや,減免制度を知らない者がいた可能性があ ること,生活に不可欠ではない資産で手数料を賄うことも困難だと回答してい る可能性があること,などを挙げて,手数料が申立てを妨げていると結論づけ ることはできない,としていた60) また,目的の第一は,審判のコストを納税者から利用者に移転させることで あったが,コストの手数料からの回収率は20パーセント弱にとどまり,予想よ りも低い61)。第二の目的である早期解決の促進については,Acas62)の調停を 利用した者のうち労働審判所に申立てを行わなかった者の割合は2012年度の22% から2015年度の80%に急増しているが,ここには和解に至らずに審判の申立て を諦めたものも含まれ,Acas の調停により和解に至った者の割合は手数料の 導入前後で違わない63)。第三の目的である実益のない申立て(unmeritorious claims)を防ぐという点について,手数料の導入以後,申立ての成功率は下がっ ていた64) 59)ibid[39][40]. 60)ibid[45][49]. 61)ibid[46].

62)正式名称は,「助言調停仲裁サービス(Advisory, Conciliation and Arbitration Service)」。 労 働関係の改善を目的として活動する独立の公的組織で,調査研究のほか,労働事件の調停を行う。 参照,野田進「イギリス労働紛争解決システムにおける調停」季刊労働法229号(2010年)134頁, 140~143頁。

3)UNISON(n 57)[58][59]. 64)ibid[57].

(25)

2013年6月28日,原告は,手数料令が,① EU 原則違反,②2010年平等法 (以下「2010年法」という)違反,③間接差別であることを理由に,手数料命 令の取消命令を求めて司法審査申請を行った(以下「第一次司法申請」)。高等 法院合議法廷(Divisional Court)は,証拠が請求を根拠づけるだけ十分では なく事案が未成熟であるとして訴えを却下した([2014]EWHC 218(Admin))。 ①を理由とする上訴のみが認められ,原告は新たな証拠を提出するとともに, 残りの理由に基づく司法審査を再び申し立てた。しかし,これらの申請は,新 たな証拠を考慮に入れた上で司法審査やり直すという合意によって停止された。 2014年9月23日,原告は,①実効的なアクセスの権利の侵害と②差別という 2つの理由に基づき,手数料令の取消命令を求めて司法審査申請を行った。高 等法院合議法廷は,手数料が潜在的な原告がそれを支払うことができないこと が明白であるほど高額である場合でなければ実効的なアクセスの権利を侵害し ていないとして,請求を棄却した([2014]EWHC 4198(Admin))。これに対 し,両方の理由に基づく上訴が認められた。控訴院は,第一次司法申請におけ る残りの理由に基づく上訴にも許可を与え,両事件は合併して審議することと なったが,結局,上訴を棄却した([2015]EWCA Civ 935)。そこでは,手数 料が相当な額になるか,ではなく,手数料を負担することができるか,に基づ き(負担能力テスト),手数料の賦課が審判へのアクセスを現実に不可能とす るものでない限り,実効的なアクセスの権利の侵害とはならない,と判断され た。そこで,原告は最高裁に上訴した。  判 旨

① Lord Reed の意見(Lord Neuberger, Lord Mance, Lord Kerr, Lord Wilson, Lord Hughes 同意)

Lord Reed が,実効的なアクセスの権利を侵害していないかという点を中心 として,長大な意見を書いている。

(26)

Lord Reed は,まず,「2007年法42条で大法官に付与された権限の範囲を画 定するのに,裁判所は,同条の文言だけでなく,この文言の基礎にある憲法原 理,そしてまた制定法の解釈原理を考慮しなければならない」と述べ,「この 点,2 つの重要な原理が存在する。第一は,司法へのアクセスという憲法上の 権利である。もうひとつは,『特定の制定法上の権利は,別の法律の効力の下 に定められた下位立法によって縮減されることはない』という原理である」と して,これらを順番に検討していくと宣言する65) そして,第一の司法へのアクセスの権利の意義について,Lord Reed は以下 のように説く。 「裁判所にアクセスする憲法上の権利は,法の支配に内在する。法の支 配の重要性は,常には理解されていない。司法の運営が他の業務と同様に 単なる公共サービスであって,裁判所や審判所は,その前に現れる「利用 者」に対するサービスの提供者であり,これらのサービスの提供は利用者 およびこの手続に報酬を与えられて参加する者達にのみ価値があるもので ある,と想定することは,法の支配に対する理解の欠如の現れである」66) この点を敷衍して,Lord Reed は,法の支配の重要性と,裁判所へのアクセス が法の支配の保持において果たしている役割を次のように纏める。 「法の支配の中心には,社会は法によって支配される,との理念が存在 する。議会は,主にこの国の社会の法を作るために存在する。民主的な手 続は,主として,これらの法を作る議会が,この国の人々(the people) によって選ばれ,人々にアカウンタビリティを負う(accountable)国会議

65)ibid[65](Lord Reed). 66)ibid[66](Lord Reed).

(27)

員からなることを確保するために存在する。裁判所は,議会によって作ら れた法及び裁判所自身によって作られたコモン・ローが適用され強制され ることを確保するために存在する。この役割には,政府の行政府がその作 用を法に従って実施することの確保も含まれる。裁判所がこの役割を遂行 するため,人々は原則として裁判所へのアクセスを妨げられてはならない。 アクセスが認められなければ,法は死文化してしまい,議会による仕事も 無になってしまうだろう。そしてまた,国会議員の民主的な選挙も意味の ない芝居になってしまうだろう。これが,裁判所が他の[行政]機関のよ うに単なる公共サービスを提供するわけではない理由である」67) Lord Reed は,さらに,訴訟提起が「純粋に私的な活動」であり,「社会的 便益」をもたない,とする考えを反駁して,裁判を受ける権利に社会的便益が あるのは,一般的に重要な問題について判断を下した事件を考えれば明白であっ て,個人の名前を冠に記した事件名が先例として裁判所や審判所における日々 の事件の中で引用されることからも,人々が他の人の提起した訴訟から便益を 受けていることがわかることを指摘し68),そしてまた,最終的には訴訟を提起 することで権利を強制でき,他方で義務を果たさなければ訴訟を提起され救済 を求められるという認識によって,日々の経済的,社会的関係が支えられてい ることも,裁判を受ける権利が有している社会的な価値である,とする69) Lord Reed は,裁判を受ける権利がイギリス法で承認されてきたことを,マ グナ・カルタ以来の各種の法律,コンメンタール,判例を引きながら確認する。 すなわち,1297年マグナ・カルタの第29条は,1215年マグナ・カルタ第40条を 受け継いで,「私たちは,いかなる者に対しても正義あるいは権利を売らず,

67)ibid[68](Lord Reed). 68)ibid[69][70](Lord Reed). 69)ibid[71](Lord Reed).

(28)

いかなる者に対しても,正義あるいは権利を拒否し,先延ばししない」と定め たこと。エドワード・コウクが,この1297年マグナ・カルタ第29条を引用して, 「したがって,この国のいかなる臣民も,その財産(bonus),土地(terris),

人身(persona)に対し他の臣民から受けた損害に対して,法の定める手続に よって,救済を求めることができ,販売なく無償で(freely without sale),拒 絶なく十全に,遅滞なく迅速に,裁判を受け,自らに加えられた損害を填補し てもらう権利を有する」などと述べ,裁判が無償,十全,迅速に受けられるこ とを明らかにしたこと。そしてさらにブラックストーンは,コウクを引用しつ つ,「個人の絶対的な権利」の章で,「損害の填補のための裁判を求めて裁判所 に申立てを行う権利は,すべての者の権利である。法は,イングランドに於て, すべての者の生命,自由そして財産の最高の調停者であるので,司法裁判所は, 常に臣民に開かれていなければならず,法はそこで滞りなく執行されなければ ならない」と述べたこと。そして,20世紀の下級審裁判例で,裁判を受ける権 利を憲法上の権利として承認し,明確な制定法上の定めがない限り制限するこ とは認められないとする例が多くみられること。Lord Reed は,このように裁 判を受ける権利の意義が重ねて宣言されてきた歴史を整理する70) そのうえで,Lord Reed は,「裁判所へのアクセスという憲法上の権利に対 して障害(impediments)を設けることは,それがアクセスを完全に不可能と するものでなくても深刻な妨害(hindrance)となる」こと,「より近時の判例 によって,行政府によるいかなる障害や妨害にも議会による明確な授権(clear authorisation)が必要とされることが明確になっている」こと,それゆえ,行 政府がかかる障害を設けることは,第一次立法―法律―による明確な授権 がなければできないこと,この権利に対する制限を法律が明示的に授権してい る場合でもその制約は当該既定の目的達成のために合理的に必要である程度に

(29)

限られると解釈されるべきことを,訴訟費用に関わる Witham 判決,Hillingdon

London Borough Council 判決を含むいくつもの裁判例を参照しながら明らかに

する71)

Lord Reed は,この判断枠組みを本件にも用いて,2007年法42条には,審判 所へのアクセスを制限することを授権する文言が存在しないゆえ,実効的な司 法へのアクセスが妨げられる現実的なリスク(a real risk)がある場合には, 手数料令は権限踰越になるとする72)。また,法律が司法へのアクセスの権利に 対する介入(intrusion)を授権している場合でも,その制約の程度は,当該措 置が達成しようとする目的によって正当化されるものを超えることは許されな い,という黙示の限界に服する,とする73)。そして,この黙示の限界という原 理は,欧州人権裁判所の判例法で発展してきた比例原則と類似しており,欧州 人権裁判所の司法へのアクセスの権利に関する判例法は,コモン・ローの発展 にとり重要であることを指摘する74) そのうえで,Lord Reed は,まず,本件について,実効的な司法へのアクセ スが妨げられる現実的なリスクがあるか否かを,次のように判断する。本件の 場合,手数料が適法となるためには,減免の可能性を考慮したうえで,すべて の者が負担可能な水準に手数料が設定されていなければならないが,本件では, この要請は充足されていない。Hillingdon 判決が示す通り,この要請の不充足 は,現実的なリスクが示されていれば十分に認められるところ,新たな手数料 制度の導入後,受理件数が激的,実質的に,そして継続的に低下しており,こ れは多くの者が手数料を賄うことができないと考えたのだと結論づけるのに十 分である75)。この点,第一に,本件では労働審判所の利用を自ら望んで選択す

71)ibid[78][85](Lord Reed). 72)ibid[87](Lord Reed). 73)ibid[88](Lord Reed). 74)ibid[89](Lord Reed). 75)ibid[91](Lord Reed).

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るのではなく,義務づけられているものであること,第二に,手数料を負担で きるというのは理論的な意味ではなく,合理的に(reasonably)負担すること ができるという意味であり,中下位の所得世帯が通常の生活水準を維持するた めに必要で合理的な支出を犠牲にしなければ手数料を負担できないのであれば, 手数料を負担できているとはいえないこと,第三に,中下位の所得世帯が手数 料を貯えるために合理的な支出を相当の期間犠牲にしなければならないこと, を考慮に入れなければならない76)。この結論は,減免の存在によっても回避で きない。現在よりも多くの減免が認められるようになるとしても,それは法文 上あくまで例外的な状況に限られるのであるところ,ここでの問題は全体に及 ぶ(systemic)ものだからである77) また,手数料が賄えない場合以外であっても,手数料のため申立てが無益で 非合理(irrational)であると判断することになる場合にも,司法へのアクセ スが妨げられることになる。本件では,財産上の損害の填補を求めるものでは ない事案(例えば,休暇の権利や書面の交付を求めるような事案)や,財産上 の損害が少額の事案については,申立ての認容可能性も考慮すれば,手数料の 存在ゆえに申立てを行わないことになると考えられる。それゆえ,この意味で も,司法へのアクセスは妨げられている78)。Lord Reed は,以上のような評価 を行って,手数料令は司法へのアクセスを妨げており,違法であると結論づけ た79) そのうえで,Lord Reed は,それ以外の論点についても簡単に触れる。手数 料令は司法へのアクセスの権利に対する必要な制限として正当化できるか,と いう点について,手数料令の第一の目的は,手続のコストを国民全体から利用

76)ibid[92][94](Lord Reed). 77)ibid[95](Lord Reed). 78)ibid[96][97](Lord Reed). 79)ibid[98](Lord Reed).

参照

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