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Src,Crk,…そしてシグナル伝達経路

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(1)Mem. Institute of Advanced Technology, Kinki University No. 7 : 1 〜 10(2001). 1. Src, Crk, - - - そしてシグナル伝達経路 田中 顕生 ここではシグナル伝達経路発見の引き金となった1980年代後半の Src, Crk 研究から1990年代はじ めにとりあえず完成した Ras-MAP キナーゼ経路発見を中心として筆者の Src 研究の問題点と関連して言 及する。なお、現在のシグナル伝達研究はその対象が拡大そして深化してはいるが、ストラテジーそのも のは基本的には変化していない。 Ⅰ.分子生物学とシグナル伝達経路の関係 現在、バイオメディカルあるいはバイオテクノロジー分野は分子生物学研究者が相当な割合を占めてい る。ところが奇妙なことに、現代分子生物学をきっちりと定義した人を寡聞にして知らない。中には、分 子生物学とは DNA を扱う生物学だと思いこんでいる人さえいる。確かに、クラシック分子生物学に較べ 現代分子生物学での DNA テクノロジーの役割は大きなものがあり、そして、また、定義は各人各様であっ てもいいのであるが、一番見事な定義を提供してくれた人はクラシック分子生物学におけるコンセプト確 立に大きな役割をした F. Crick である。彼のセントラルドグマ概念(図1の DNA - mRNA - Protein 部分) はクラッシック分子生物学の成果をを的確に表現したが、ここで彼は分子生物学の定義を行っている。曰 く、<分子生物学とは DNA → RNA →タンパク質合成の遺伝情報の流れ、そしてそのメカニズムを研究す る学問である>と(1)。. セントラル ドグマ(CentralDogma) (分子生物学:情報の流れを念頭に置いた生物学) DNA(複製) (転写) mRNA (翻訳) Protein (シグナル伝達) [Signal Transduction Pathways] 図 1. セントラルドグマとシグナル伝達経路 1980年代後半から1990年代はじめにかけてシグナル伝達経路 Signal transduction Pathway が存 在していることが証明された。そして1990年代、シグナル伝達経路の研究は壮観ともいうべき爆発的 な広がりを示し、現在に至る。遺伝子機能を少しでも深く研究しようとすると、多くの場合、必然的にこ のシグナル伝達経路分野に足を踏み入れることとなる。理由は、的確な他のストラテジーが取れないこと による。興味深い点は、このアプローチは少なくとも、まだ破綻を示していないばかりか、ことによると 生命現象のほとんどすべてを解明へと導くのではないかと思わせる点である。 <シグナル伝達>という言葉(概念)は<シグナル伝達経路>発見以前に既に存在していた。両者が異 なる点は経路と呼べるほどのものが存在しているか否かの点であり、そのスケールの差である。<シグナ ル伝達>の場合は細胞外部からの情報(シグナル)が細胞膜を通過し、その細胞膜及び内膜近傍での非常.

(2) 2. Memoirs of Institute of Advanced Technology, Kinki University No. 7 (2001). に限られた区域でのシグナル授受(例えば G タンパク質を中心としたもの)に限られており、経路という ほどのものは存在せず、従って上流・下流という概念も存在しなかったといいうる。一方、<シグナル伝 達経路>の場合、その経路は細胞全体(すなわち細胞膜から細胞質全体、そして核内全体及び染色体 DNA) へと広がっており、経路の網羅状態は既に一分子生物学者の理解の域を越えている。現在、シグナル伝達 経路の正確な総数は不明と言っていいほどであり、まだ未発見の経路も存在していると思われる。 図2は生化学の代表的成果とも言える ATP 生成を示す TCA 回路である。一方、図3は最初に完成され た Ras-MAP キナーゼ シグナル伝達経路である(2)。前者は物質恒存則を守りながら化学物質の代謝過程 を示し、後者は物質恒存則とは無関係にシグナルの流れる方向、これに関与している物質を示す(特にシ グナルの流れをスイッチ ON、OFF する物質及び一種類のイン・プット シグナルをいくつもの質的に異 なったシグナル伝達経路へとシグナル変換する物質(アダプター))。即ち、シグナル伝達経路研究とはシ グナルの流れ - 情報の流れ及びそのメカニズムの研究ということになる。従って、シグナル伝達経路は上 記、クリックの提唱したセントラル・ドグマの延長線上 Extension に存在するものであると捕らえること が出来る。セントラル・ドグマの場合、核酸やアミノ酸の配列により遺伝情報を具体的に捕らえることが 出来るが、シグナル伝達経路の場合その情報は実験を通してしか捕らえることが出来ない。にもかかわら ず、その情報は遺伝的に規定され、それぞれの情報は遺伝子に暗号化 encrypt されていると言いうる。. 図 2. トリカルボン酸(TCA)サイクル.

(3) 3. 図3.EGF/Ras/MAPK シグナル伝達経路 詳細は文献(2)参照。. Ⅱ.Src, Crk - - -. [Src タンパク質]ガン原遺伝子(proto-oncogene)もしくは ガン遺伝子(oncogene)src にコードされ ているタンパク質でチロシンキナーゼ(Tyrosine kinase)活性をもち、チロシン(Tyr)残基をリン酸化 する(src は sarcoma の略)。in vivo における Src 固有機能に関しては今もって不可解な点が多く、src 研 究者を悩ませ続けている。過去、この src 及び関連研究は癌、ウイルス、ガン遺伝子、シグナル伝達経路 分野で重要な貢献をなしてきた。例えば、ガンを引き起こすウイルス(Rous sarcoma virus)の最初の発 見(このウイルスゲノムに src が組み込まれている);RNA 依存 DNA ポリメラーゼ(reverse-transcriptase) の発見(図1の RNA → DNA 過程を司る)(この酵素のゆえ、この種のウイルスはレトロ・ウイルスと呼 称される;エイズを引き起こす human immune deficiency virus(HIV)もこのグループに属する);正常 細胞のクロモゾームに存在しているガン原遺伝子の最初の発見;1980年代前半おびただしいガン遺伝 子、ガン原遺伝子の発見が相次いだが、これらのうち、最初の活性化メカニズムの解明は Src タンパク質 で行われた。Src 及びこれを含むウイルスに関する過去の膨大なデータ蓄積のため、そして実験的に扱い やすいため沢山の研究者に研究され、様々な発見をもたらしたといいうる。私見によれば、歴史的に見て、 src 及び関連研究のテーマは実用的というよりも、モデル的に用いられ続けている珍しい遺伝子に属する のではないかと思われる。 Src は非受容体型キナーゼで、主として細胞内膜に存在する。図4A は Src タンパク質の機能ドメイン・ マップを示す。第1番目アミノ酸残基 Met は除かれ、その代わり脂肪酸の一つミリステートが共有結合し、 アミノ端最初の機能ドメイン[膜結合ドメイン]を形成し、次に、[ユニーク・ドメイン]、そして[SH3]、 [SH2]、[チロシンキナーゼ・ドメイン]、[カルボキシターミナル・レギュラトリー・ドメイン(カルボキ シ端制御領域)]が続く(3-7)。 [膜結合ドメイン]:Src タンパク質の細胞内膜局在に関与。.

(4) 4. Memoirs of Institute of Advanced Technology, Kinki University No. 7 (2001). [ユニーク・ドメイン]:筆者はこの領域を定義し、Recognition domain と名付けたが(4)、後にユニー ク・ドメインと呼称される。Src はファミリーを作っており、全部で9種類の類似遺伝子が存在する(6, 7)。 これらはお互いに構造的には酷似しているが、そのアミノ酸配列のうち、ユニーク・ドメイン部分のみが 類似性を持っていない(6, 7)。その機能としては、Src 固有のレセプターもしくはタンパク質を認識(結 合)し、Src 固有の機能を司ると推定したが(4)、依然として該当タンパク質は同定されていない。ただし、 Src ファミリーのうち、Fyn 及び Lck において該当レセプターが発見されているが、この領域の詳細な機 能は不明である(8, 9)。 [SH3, SH2] :SH は Src Homology の略であり、これらの領域は別のチロシンキナーゼ遺伝子 fps を用い、 Src アミノ酸配列と比較することにより定義されたが、機能解明に関しては後述する Crk の出現を待たね ばならなかった。ガン化を引き起こす Src (v-Src)のこれらの領域に様々な突然変異をつくることにより、 その表現型は著しく変わり、場合によってはガン化に関して温度感受性を示す場合もあり、メカニズム的 には説明不可能な領域であった。 [チロシンキナーゼ・ドメイン]:この領域にチロシンキナーゼが存在。 [カルボキシターミナル・レギュラトリー・ドメイン]:この領域に存在する Tyr 残基の一つがリン酸化 されるか否かにより、チロシンキナーゼが不活化されるか活性化されるかが制御されており、チロシンリ ン酸化による Negative Regulation 仮説を提示(3)。後にこのメカニズムは多くのグループにより証明さ れることとなる(7)。<カルボキシターミナル>と断っているのは、< SH3-SH2 >領域も一種の制御領 域であるため、混乱を避けるために命名。なお、精細な活性化メカニズムに関しては SH2, SH3 機能が関 与しており(図4B)、やはり Crk の出現を待たねばならなかった。. 図4.c-Src ドメインマップと c-Src チロシンキナーゼ活性化メカニズム. A.c-Src ドメインマップ アミノ酸残基 No. はスタンダードとして用いられ ている chicken c-Src に従った。Human c-Src ではユニークドメインに 3アミノ酸残基余分に存在する(4)。. B.c-Src チロシンキナーゼ活性化メカニズム. 図中の CSK は c-Src カルボキシ末端の Tyr 残基をリン酸化するキナーゼ (c-Src Kinase)。.

(5) 5. [Crk] 1988年、突如として出現したガン遺伝子であり、このタンパク質を大量発現することにより細胞内 の様々なタンパク質の Tyr 残基がリン酸化され、in vivo 及び in vitro でガン化及びトランスフォーメーショ ンを引き起こす。それにもかかわらず、この遺伝子はチロシンキナーゼをコードしていず、あるのは上記 SH2 及び SH3 類似ドメインのみであった(図5)(11)。この発見は一時的混乱そして大きな興奮を研究 者の間に呼び起こした。私見によれば、この発見が後のシグナル伝達経路発見の直接のトリガーとなった。 すなわち、この発見なしにはシグナル伝達経路の発見は大幅に遅れたものと思われる(ちなみに、この遺 伝子の発見は Hanafusa(花房)のグループによってなされた)。この発見により SH2 及び SH3 ドメイン がタンパク質相互作用に重要な役割を持つことが認識され、Src SH2 及び SH3 は集中的にアタックされた。 この後、これらのドメインを持つ様々なタンパク質が続々と発見され、様々なシグナル伝達経路において 極めて重要な働きをするキー・プレーヤーであることが分かってきた。. 図5.SH2, SH3 を持つタンパク質 酵素活性を持つもの、 持たないもの (アダプター機能のみを有する) を示す。 2 : SH2. 3 : SH3. PTK, protein tyrosine kinase; PTP, protein tyrosine phosphatase ; PLC, phospholipase C ; GAP, GTPase activating protein ; Gly/Pro, glycine and proline-rich 領域。 [Src キナーゼ活性化機構] 正常(Wild type)Src タンパク質のカルボキシ端の Tyr 残基は多くの場合リン酸化されており(不活性 型)、このリン酸化 Tyr(P-Tyr)は3次元構造 SH2 ドメインのポケットに入り込んだ状態にある(非共有 結合)。この不活性型を活性型に変換するには SH2/P-Tyr の結合がはずれる必要があり、次の3つのケー スが知られている(図4B)(5, 7)。(1)リン酸化 Tyr- タンパク質フォスファターゼが作用し、カルボ キシ端 P-Tyr を脱リン酸化する。(2)他のタンパク質の SH2 と競合し、その結合がはずれる。あるいは、 (3)SH3 が他のタンパク質と結合することにより、近傍に存在する SH2 の3次元構造が変化し、その結 果、SH2/ カルボキシ端 P-Tyr の結合がはずれる。なお、SH3 はあるタンパク質(ターゲット)のプロリ ン残基がリッチなペプチッド領域に、ある種の特異性(broad specificity)を持って結合する。また、SH2 と P-Tyr の結合も P-Tyr 近傍のアミノ酸配列が関係し、ある種の特異性を持っている。いずれにしろ、SH2/ カルボキシ端 P-Tyr の結合がはずれるとキナーゼ・ドメインへの ATP 通路が出来、キナーゼの活性化が引.

(6) Memoirs of Institute of Advanced Technology, Kinki University No. 7 (2001). 6. き起こされる。そして SH3 を介しての活性化の場合、SH3 ドメインに結合しているターゲットタンパク 質はその活性化キナーゼによりリン酸化される。このリン酸化により、シグナルの流れは Src からそのター ゲットタンパク質に伝達されることとなる。なお、活性化された Src キナーゼ領域は自己リン酸化を同一 分子上(cis)で行うが、この自己リン酸化により活性化 Src はさらに強力なキナーゼ活性能力を獲得する と考えられている。 [SH2, SH3:そのアダプター機能] SH2 及び SH3 はそれぞれ他のタンパク質の P-Tyr 領域、プロリン残基リッチ領域に特異性的に結合す ることが出来る(図6A, B)。Src SH2 はカルボキシ端の P-Tyr に結合できるが、他のものにも結合する。 例えば、PDGF(血小板由来細胞増殖因子)受容体自己リン酸化部位の P-Tyr に結合し、Src キナーゼ活性 化の後、PDGF シグナル伝達経路を活性化し細胞増殖を引き起こす(6, 7)。一方、Src SH3 は様々なター ゲットタンパク質に結合、リン酸化し、フォスファチジルイノシトール キナーゼ(PI3-K)伝達経路な ど別のシグナル伝達経路を活性化することが知られている。このことは SH2 や SH3 を持つタンパク質が アダプター機能を持っていることになる。そしてこれらのタンパク質が何個も介在することにより巨大な 多量体さえ形成しうることになる。そしてシグナルの流れは様々な方向へ同時的に流れ、様々なシグナル 伝達経路を活性化することになる(図4B, 6A 及び7参照)。なお、アダプター機能をもつドメインは SH2, SH3 以外にも幾つか存在している。例えば、PTB(phosphotyrosine-binding)、PH(Pleckstrin homology) 及び PDZ ドメイン。 Ⅲ.そしてシグナル伝達経路 図3は Ras-MAPK シグナル伝達経路を示すが、ras 遺伝子もまた古くから知られているガン遺伝子であ り(ras は rat sarcoma の略)、ガン原遺伝子の中で初めてヒトのガン(大腸癌)と関係があることが発見 され(1982)、その機能は精細に研究されている。Src と異なり、GTPase 活性を持つ(GTP を GDP に 変換;なお Ras 経路が活性化されるのは GTPase 活性が無い時、即ち GTP 結合型 Ras)。Sos は Ras と GDP の解離を促進する(図6B)。GTPase 活性化タンパク質(GTPase Activating Protein(Gap))は SH2, SH3 を持ち(図5)Ras タンパク質に結合して、GTPase 活性を100倍以上活性化する(2)。MAP キナーゼ (mitogen activated protein kinase(MAPK))は Ser/Thr キナーゼ活性を持ち、核内の Myc、Fos などの核 内転写因子をリン酸化し転写活性を制御する。マイトゲンの一つ EGF(上皮細胞成長因子 epidermal growth factor)を外から細胞に加えた場合、チロシンキナーゼ活性を持つ EGF 受容体のキナーゼがまず活性化さ れる。EGF レセプターチロシンキナーゼを活性化(スイッチ ON) → EGF レセプター自己リン酸化が数カ 所で起きる→その内の一つにアダプタータンパク質 GRB - 2 の SH2 が特異的に結合(図3,5B)→ GRB - 2 の SH3 ドメインは Sos をリクルート→この Sos は Ras と結合し Ras 経路を活性化(不活性型 Ras)(スイッ チ ON)→ Raf (Ser/Thr キナーゼ)が Ras に結合し、活性化される(スイッチ ON)→ Raf が MEK をリン 酸化し、MEK(Tyr/Ser/Thr キナーゼ)が活性化される(スイッチ ON)→ MEK が MAPK(Ser/Thr キナー ゼ)をリン酸化し活性化(スイッチ ON)→核内に移行した MAPK が様々な転写因子をリン酸化し、転写 活性を制御→一群の遺伝子が転写され該当細胞の細胞増殖もしくは細胞分化を誘導(2)。このようにし て、経路上の様々な酵素活性物質をスイッチ ON, OFF することによりシグナルが[細胞外→細胞内→核内 → DNA]と伝達されていく(2, 6)。なお、上記 EGF レセプター活性による自己リン酸化部位数カ所の うちのいくつかに異なったタンパク質が結合し、別のシグナル伝達経路を活性化する。Src ファミリーの 一つ Lyn では図7に示すようないくつものシグナル伝達経路の活性化に関与していることが知られている (5)。.

(7) 7. 図6.SH2, SH3 アダプター機能 A はモデル図。 B は EGF が EGF レセプターに結合し、Ras をリクルートする図 (Aに対応)を示す。 Ras/MAPKシグナル伝達経路は図3を参照。. 図7.Src ファミリー Lyn キナーゼ関与シグナル伝達経路. mIG : 膜結合型免疫グロブリン;抗原が結合することにより Lyn キ ナーゼが活性化され、自己リン酸化及び結合タンパク質のリン酸化 を行い、様々なシグナル伝達経路を活性化する。図中の矢印はそれ ぞれ異なるシグナル伝達経路を示す。 上述したように、現在、シグナル伝達経路に関する研究は膨大な広がりを示しており、その結果は精細 な分子生物学的テクニックで裏打ちされ薬学的、医学的応用へと的確に開発されつつあり、何の不服もな いかに見えるが、大きな問題が存在している。それは一つのシグナル伝達経路決定に膨大な時間とマン・ パワー(知力?)と相当な研究費が必要であること。ある遺伝子をクローニングし、その遺伝子産物を発 現し、そのタンパク質の機能を決め、その制御機構を解明し、そのタンパク質の相互作用タンパク質を同 定し、さらにそのタンパク質の上流、下流にあるタンパク質の機能を解明し、さらにその制御機構を解明し、.

(8) Memoirs of Institute of Advanced Technology, Kinki University No. 7 (2001). 8. −−。かくしてシグナル伝達経路が決められていく。しかし、現在、3−4万個のヒトの遺伝子が存在し ており、その多くが何らかの形でシグナル伝達に関与している可能性が高い。即ち、ヒトの全シグナル伝 達経路を決定するには膨大な数の遺伝子を上記の方法で決めて行かねばならない。大げさにすぎるかもし れないが、全シグナル伝達経路決定は人類にとり、やはり壮図である。 Ⅳ.Src における問題点 Src は知られている限りでは、すべての組織、細胞で発現している(ただし、神経細胞、骨の破骨細胞、 血小板において高発現が見られる)。一方、Src のターゲット(もしくは相互作用タンパク質)は数十種知 られている(表1の説明参照)(5, 6, 7)。このため、Src は細胞が生きていくために必要なハウス・キー ピング(house keeping)遺伝子のひとつではないかという説もある。遺伝子機能決定の強力な武器とも言 える遺伝子ノックアウト(gene knockout)技術を用いて Src ファファミリー遺伝子はアクティブに研究さ れてきたが、src 遺伝子ノックアウト マウスは骨形成異常(大理石病)及び無歯を示したが、他には異常 を示さなかった(11)。この骨・歯の異常は破骨細胞の骨吸収機能に Src が必要であり、Src 固有の機能は 骨吸収に関係しているのではないかと思われた。しかし、さらに実験を行った結果、この骨吸収機能に上 記 Src ユニークドメインは無関係と結論された。つまり、Src SH2 及び SH3 のアダプター機能によるもの であると結論できる(6, 11)。 表1:Src ファミリー遺伝子のノックアウトマウス実験及び発現組織 Gene (s). 表現形質 (Phenotypes). 正常発現部位. c-src (-/-). 大理石病、無歯;生後、数週間で死亡;但し、柔ら 普遍的 , 脳、血小板、破骨細胞で高発現. かいエサを与えると生き続け、生殖能力あり。 fyn (-/-). 空間記憶異常 (Morris water maze test) ;海馬の構造異常;. ミエリン形成不全;T 細胞抗原レセプターからの 普遍的 , 脳、胸腺で高発現. シグナル伝達異常 c-yes (-/-). 変化なし 脳、内皮細胞、線維芽細胞、T リンパ球 c-src (-/-)c-yes (-/-). 出産時死亡 c-src (-/-)fyn (-/-). 出産時死亡 fyn (-/-)c-yes (-/-). 相当数生き残る;腎臓異常をきたし糸球体硬化症 c-src (-/-)fyn (-/-)c-yes (-/-) 死亡 (胎児 E 9.5 day) c-fgr (-/-). 変化なし 骨髄系細胞、B 細胞 lyn (-/-). B 細胞抗原レセプターからのシグナル伝達異常、自 普遍的、小脳、骨髄系細胞、B リンパ球. 己免疫疾患 lck (-/-). B 細胞抗原レセプターからのシグナル伝達異常、T T リンパ球、NK 細胞. 細胞の生育不全 blk (-/-). 変化なし B リンパ球 hck (-/-). 変化なし 骨髄系細胞. Src は様々な膨大な数のタンパク質と相互作用を持つ(文献5, 6)(注:これらのほと んどが , Yes, Fyn タンパク質とも相互作用している)。(a)細胞内膜近傍のタンパク質: インテグリン類、カドヘリン類のレセプター。(b)成長因子レセプター:EGF、FGF、 CSF-1、NGF、HGF、IR、IGF、Neu(ErbB2)等のレセプター。(c)サイトカインレ セプター:IL-2, 3, 4, 5, 6, 7, 11, Prolactin, TNF, EPO, Oncostatin M, and 4.1 MM レセプ ター。 (d)G タンパク質結合レセプター:LPA, a2aA, Thrombin, M1, Angiotensin II, ET-1, Bombesin, Bradykinin, Vasopressin, FMLP, and PAF。(e)Protein Tyr-Phosphatase; PI3-Kinase;FAK/Pyk2;GPI- リンクレセプター。.

(9) 9. 一方、上記ノックアウト マウスで他の組織異常が見られなかったのは Src キナーゼ活性が他の Src ファ ミリー遺伝子産物により代用されたためと考えられている。Src ファミリーは9種類のメンバーからなり、 これらのうち Yes、Fyn はとりわけ Src に酷似している(ユニークドメイン以外は)。この代償機能のメカ ニズムはシグナル伝達系を考慮すれば、当然これらのタンパク質が持つ SH2 及び SH3 のアダプター機能 によるものと考えられる。そして src, yes, fyn のダブル ノックアウト マウスが作られたが、Src に関して の他の異常所見は見られなかった(ただ、Fyn に関してのノックアウト実験では免疫関与、空間記憶関与 と興味深い結果が得られている)(表1)(6, 11)。 現在、色々なグループが Src の神経細胞における役割をシグナル伝達経路の観点から追っており、NMDA (N-methyl-D-aspartate)レセプターとの関与(12)、あるいは新しいタイプのイオンチャンネルとの関与 (13)など興味深い知見が得られているが、これらがアダプター機能による関与なのか Src 固有の機能に 関与しているのか定かでない。問題点は Src 固有の機能と Src の持つアダプター(SH2, SH3)機能を区別 できるような実験系を組むことが非常に難しいことにある。そして、今ひとつは、Src 固有の機能に関与 していると考えられている Src ユニークドメインに結合するタンパク質が見つかっていない点にある。現 在、この2点に的を絞り研究を行っている。. 引 用 文 献 1.Judson, W.I.B. The Eighth Day of Creation : Makers of the Revolution in Biology .(Cold Spring Harbor Laboratory), 1996. 2.Lodish, H. et al. Molecular cell biology(1999) (W.H. Freeman and Company) . Figures borrowed form this book were modified as shown in Fig. 4. 3.Tanaka, A. and D.J. Fujita. Expression of a molecularly cloned human c-src oncogene by using a replication-competent retroviral vector. Mol. Cell. Biol. 6: 3900-3909, 1986. 4.Tanaka, A., C.P. Gibbs, R.R. Arthur, S.K. Anderson, H.-J. Kung, and D.J. Fujita. DNA sequence encoding the NH2-terminal region of the human c-src protein: implication of sequence divergences among srctype kinase oncogenes. Mol. Cell. Biol. 7: 1978-1983, 1987. 5.田中顕生、山本雅 <Srcタイプチロンシンキナーゼのシグナル伝達機構>. 実験医学 臨時増刊号「シグナル伝達の研究の最前線」(羊土社) Vol. 35, No. 14, p23-29, 1998.. 6.Thomas S.M. and Brugge, S.M. Cellular functions regulated by Src family kinases. Annu. Rev. Cell. Dev. Biol. 13: 513-609, 1996. 7.Brown M.T. and Cooper, J.A. Regulation, substrates and functions of src. Biochemica et Biophysica Acta 1287: 121-149, 1996. 8.Timson Gauen, L.K. et al. p59fyn tyrosine kinase associates with multiple T-cell receptor subunits through its unique amino-terminal domain. Mol Cell Biol 12:5438-46, 1992. 9.Turner J.M. et al. Interaction of the unique N-terminal region of tyrosine kinase p56lck with cytoplasmic domains of CD4 and CD8 is mediated by cysteine motifs. Cell. 60:755-65, 1990. 10.M ayer B.J. , Hamaguchi, M. Hanafusa H. A novel viral oncogene with structural similarity to phospholipase C. Nature 332:272-5, 1988. 11.田中顕生Molecular Medicine Vol. 34 臨時増刊号 「ノックアウトマウス・データブック」セクッ ション<src(c-src, v-src)>p466-467, 1997. 12.Ma, Y-C. et al. Src tyrosine kinase is a novel direct effector of G protein. Cell 102: 635-646, 2000..

(10) 10. Memoirs of Institute of Advanced Technology, Kinki University No. 7 (2001). 13.Santoro, B. et al. Interactive cloning with the SH3 domain of N-src identifies a new brain specific ion channel protein, with homology to Eag and cyclic nucleotide-gated channels. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 94: 148-15-14820, 1997..

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