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〈精神医学基礎講座〉精神療法の本質

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Academic year: 2021

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(1)Bulletin of Center for Clinical Psychology Kinki University Vol. 5 : 113 〜 115 (2012). 113. 精神医学基礎講座. 精神療法の本質 人 見 一 彦 近畿大学臨床心理センター. Ⅰ.治療者の人格、患者の願望 W.Schulte は、精神療法がいかに治療者の人格に大きく左右されるかに触れている。特に 以下の四つの人格類型(Riemann)については、治療者の無視するような態度が、患者に とって抑圧を意味するとして注意を喚起している。それらはヒステリー性格面をもった治療 者、強迫的性格面をもった治療者、抑うつ的性格面をもった治療者、統合失調質的性格面を もった治療者である。そして誰でもがどんな患者をも治療できるなどと考えてはならないと 警告している。 Condrau も治療者の人格構造に基づく危険性について同じく指摘している(人見)。 「ヒステリー的」人格構造を有する治療者は、はじめから患者に過大な要求をする危険性 がある。初期には良い効果をもたらすが、間もなく患者に失望すると、その自己愛のため、 さらに失敗を重ね、治療は中断する。 「強迫的」人格構造の治療者は、厳格な規則と原則で自らの身を守ろうとする。ヒステリー 的治療者が方法を無視した一方で、強迫的治療者はそれに没頭する。前者は患者との距離を 失い、後者は患者との間に大きな距離を保つ。その結果、共人間的関係は非人格的、中立的 なものに支配され、患者に対して情動的に冷たいものになる。治療は学派の意見に全面的に 依存し、理性的、知的なものとなり、直感は抑えられる。完全主義は治療を長引かせ、殆ど 終結に至らない。 「抑うつ的」治療者は、ヒステリー患者、抑うつ患者によって過大な要求をされても、拒 まず、容易に患者に同一化してしまう。正しい距離を欠いた、平均以上の感情移入は、患者 にとって不健全である。治療者は、分析しなければならないところで慰めてしまい、患者に 利用し尽くされ、拒否することができなくなる。自分の方法の基礎にある理論も信じられず、 患者に不確実な感情を伝達する。しかも、自らの犠牲準備性と自己喪失のために、患者の攻 撃的行動を不可能にする。 「恐怖症的」人格構造の治療者も、「抑うつ的」治療者と同様の障害に至る。 「不安的」治療者は、しばしば患者を精神病的状態、あるいは抑うつ状態に陥らせる危険.

(2) 114. 近畿大学臨床心理センター紀要 第 5 巻 2012年. 性がある。彼らは精神療法における危機状況を、補助的薬物、あるいは積極的干渉、行動指 示などによって抑制しようとする。そのため価値のある治療的体験材料が失われる。 「統合失調質的」治療者は、現実的な共人間的コミュニケーションを作り上げるには、あ まりに冷淡で、疎遠で、抽象的である。感情的関与を欠いた空虚空間での分析に終始する。 以上のような治療者の人格特徴以外に、治療者の経済的必要性、性的欲求不満、成果への 名誉心、満たされない攻撃性、幼児的愛情欲求、嗜癖的態度、あるいは道徳的非妥協派およ び禁欲主義者などへの過度の共鳴も治療者のイメージに合わない。 他方、患者たちも幼児的庇護願望を持つ患者は、甘えを許すような治療者に身を委ねよう とし、強い処罰欲求を持つ患者は、拒絶的治療者に好んで従おうとする。 Condrau はいかなる患者が適当な症例となるかは、本質的には治療者との共同決定に任 されるが、これらの関連をよく知って、「最初の面接」で自らの態度を言語化するように勧 めている。その前提として、治療者自身の問題のある心的態度を治療者自身に明らかにする ために教育分析が求められ、治療関係についてはスーパービジョンが求められる。 Ⅱ.治療者の意義 W.Schulte は治療者像について、裁判官、教育者、道徳家、大学教師、哲学者あるいは牧 師としての働きをするようなことがあってはならず、これこそが治療者の繰り返し陥る誘惑 であると警告している。治療者像としては、古くから治療者の非個人性とともに力動性、特 異性、不可欠性が要請されており、役割として「酵素」あるいは「触媒」という比喩が好ん で用いられる。転移の媒体としての治療者の意義はよく知られているが、W.Schulte はそれ に尽きるものではないとして、「共にある人間」Mitmensch であること、伴侶 Partner とし ての存在を重視して、「受託者」Treuhändler(責任は己に引き受けつつ、他者のために働 く者)というイメージが相応しいと強調している。患者のよく発する質問に、「先生は治療 者として話していらっしゃるのですか、それともありのままのあなた、個人として人間とし て話していらっしゃるのですか」というのがある。ある治療段階では、治療者は転移現象の 媒体として働くばかりでなく、個人的な立場も明らかにして、治療者自身の生の基礎となっ ているものを伝達することが必要になる。そこにおいて「距離を取ること」と「関与するこ と」が一つに結びつき、治療者の二重機能が統合されることになる。 Rollo May は実存的精神療法の貢献のなかで、精神療法の意味するところは、第一に技法 の多様性、第二に心理学的力動、そして第三に「現前」Presence を挙げている。現前とは 治療者と患者との関係が何よりも「現実のもの」a real one として受け取られることを意味 する。すなわち治療者は単なる影のような反射鏡ではなくて、たまたまその時点で、自分自 身のことではなく、患者の実存 the being をできる限り理解し経験することに専念している、 生き生きとした一人の人間だということである。現前という意味には、「関係−のなかの−.

(3) 人見一彦:精神療法の本質. 115. 真実」truth-in-relationship という基本的な実存的概念が準備されている。その結果、真実 とは、常にある物、ある人物との個人の関係を包含しており、治療者はすでに患者との関係 の「場」relationship “field”の一部をなしている。そのように考えるならば、治療者は患 4. 4. 者との 「場」 のなかに参加しない限り、患者を本当にみる really see ことはできないと言え るであろう。 Rollo May は K.Jaspers の言葉を引用している。 「われわれはどんなに見落としていることだろうか ! われわれは理解する機会をなんとま あ見過ごしていることか、たった一度の決定的な瞬間に、あらゆる知識を持っていながら、 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. ただ十全の人間的な現前 a full human presence を欠いていたばかりに ! 」 Ⅲ.精神医学の基礎としての精神療法 Benedetti は精神医学の基礎をなしているのは精神療法であり、精神療法は失敗し、いつ も誤解されてしまう患者の存在の側面を代弁し、それを弁護し、それを看護し、それに生命 を与え、生き生きした存在としての可能性を治療者が信じることにあると主張する。この決 して消滅することのない人間性に対する確固たる信念こそが、精神的病の望みの薄い荒涼と した世界のなかで、治療者と患者という二人の人間が真に結びつくことができる要因である。 精神療法がなければ、精神医学はより低い水準に低下する。精神療法とは、単に異常性を見 つめるのではなく、患者の状況と特質から出発しながら、患者の世界の発展とその生成の希 望に目を向けようとするものである。 Benedetti はわれわれが薬物を投与し、社会的な処置を取り、患者と語り合うとき、われ われは異常なものを消失させたり、限局化したりすることを第一に考えているのではなく、 この異常なものを超えて、患者の生の実体の隠れているところへ向かうのであり、われわれ が薬物や社会的処置によって行うすべてのことは、われわれ自身の姿勢を基礎にしてはじめ て有効となることを強調している。 文 献 シュルテ(飯田 真、中井久夫訳)(1969) 精神療法研究、医学書院 ロロ・メイ、E. エンジェル、HF. エレンバーガー(伊東 博・浅野 満・古屋健治訳)(1977) 実存、 岩崎学術出版 ベネデッティ(小久保享郎・石福恒雄訳)(1968) 臨床精神療法、みすず書房 人見一彦(1991) 人間学的精神医学、勁草出版サービスセンター.

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参照

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