アイデンティティを考える (四) (秩序としての混
沌 -- インド研究ノート 第9回)
著者
湊 一樹
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
209
ページ
43-44
発行年
2013-02
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003779
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アイデンティティの多様性
と流動性
これまでの議論から明らかなよ うに、アイデンティティの在り方 やそれが社会に及ぼす影響という ものを全体的に把握するのは決し て容易なことではない 。これは 、 インドにおいて、カーストや宗教 といったアイデンティティが﹁多 様性﹂と﹁流動性﹂という二つの 特徴を有しているためであると考 えられる。前者については、カー ストや宗教ごとの人口分布が地域 によって大きく異なるという点に 加えて、アイデンティティの持つ 意味︵例えば、アイデンティティ の政治的な役割や重要性︶がイン ド国内でも一様ではないという点 を挙げることができる。また、後 者については、カーストや宗教へ の帰属意識やそれに沿った社会的 亀裂が遠い昔から今のような形で 存在していたのではなく、植民地 支配や独立後に導入された民主的 な政治体制などを通して目まぐる しく変遷してきたという点をすで に指摘した︵本連載の第七回と第 八回を参照︶ 。 このような意味において、アイ デンティティをめぐる問題という のは、すぐれて﹁インド的﹂であ るといえるだろう。なぜなら、こ の連載の冒頭でも述べたように 、 インドという厄介な対象を分析す る上で、多様性と流動性という二 つの特徴を抑えることは必要不可 欠だからである。つまり、アイデ ンティティをめぐる問題は、それ 自体がインドを理解するための重 要な鍵となるだけでなく、インド という存在のとらえどころのなさ を示す格好の具体例を与えてくれ るのである。●
﹁アイデンティティ決定論﹂
の危うさ
しかし、その一方で、カースト や宗教などのアイデンティティが 果たす役割を強調しすぎることの ないよう十分注意しなければなら ない。というのも、特定のアイデ ンティティにばかり目を奪われる と、それによって人間や社会の在 り方がすべて規定されるという ﹁アイデンティティ決定論﹂のよ うな見方に行き着いてしまいかね ないからである。 残念なことに、このような短絡 的な議論は極めて広範にみられる だけでなく、非常に強い影響力を 持っている 。﹃アイデンティティ と暴力﹄ ︵参考文献①︶のなかで アマルティア・センが明らかにし ているように 、特定のアイデン ティティの役割を過度に重視する 見方は様々な形を取って人々の考 え方や行動に深刻な影響を及ぼし ているのである。 それが最も極端な形で現れるの が 、宗教や民族などのアイデン ティティを共有する集団の間での 暴力的な衝突や政治的な対立であ る。このような事態が世界各地で 頻繁に起こっている背後には、他 の集団に打撃を加えようとする悪 意や何らかの利益を得ようとする 政治的な計算が働いている場合が 多い。実際、ヒンドゥーとムスリ ムの間のコミュナル暴動につい て、一部の政治家や政党関係者が 宗教間の対立を煽り立てたうえ に、積極的に残虐行為に関与した との指摘があることはすでに述べ たとおりである︵本連載の第六回 を参照︶ 。 また、洗練されているようにみ える学術的な議論にも、特定のア イデンティティの役割を過度に重 視する考え方が見え隠れする。そ の具体例として、センはサミュエ ル・ハンチントンの﹁文明の衝突 論﹂を取り上げ 、 世界を ﹁文明 ﹂ ︱﹁西欧文明﹂ 、﹁イスラム文明﹂ 、インド研究ノート
湊 一樹
秩序としての
混沌
第9回
アイデンティティ
を考える
(四)
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アジ研ワールド・トレンド No.209 (2013. 2)﹁中華文明﹂など︱というひどく 単純化された図式に還元しようと する姿勢に大きな疑問を呈してい る。この点に加えて、世界で三番 目に多くのムスリム人口を抱える 国であるインドが﹁ヒンドゥー文 明﹂と分類されていることについ ても、センは痛烈な批判を浴びせ ている。 さら に 、異 な る ア イデ ン テ ィ テ ィ を持 つ 集 団 の 共生 を促すと い う まっ た く の 善 意 に よ る 試 み につい て も 、 セ ン は そ の 問題点を鋭く指 摘し て い る 。 そ の 一 例 と し て 、 ム スリ ム や ヒ ン ドゥー な ど の 子 女 向 けの ﹁ 宗 教 学 校 ﹂︵ faith sc h o o l ︶ の設 立 に代 表 されるイ ギ リ ス の﹁ 多 文化主 義 ﹂ 的な政策をあげ 、 実 際 には 宗 教 と い う ア イ デン テ ィ テ ィ の違 い を 必要 以 上 に際 立たせ 、 ア イデ ン テ ィ テ ィ に よ る 分 断 を む し ろ強め て い る と主張 す る。 そして、これらの点を指摘した うえで、理性に基づいてアイデン ティティを選択することの重要性 をセンは強調する。つまり、一人 の人間は常にひとつのアイデン ティティに閉じ込められた存在な どではなく複数のアイデンティ ティを持っており、状況に応じて そのなかから最もふさわしいアイ デンティティを自ら選ばなくては ならないというのである︵センが ﹁アイデンティティの選択﹂を強 調する背景については、参考文献 ①および参考文献②の二六〇∼二 六六ページを参照︶ 。 例 え ば 、 たまたまム ス リム の家 庭に生 ま れ 育 っ た 作 家 が 、 イス ラ ム教 の教 義に強 い 疑 念 を 持 っ て い ると いう 状 況 を 考 え て みよう 。 セ ンの 議 論 を 踏 ま え る な ら ば 、 この 人 物 が自 分の ア イ デン ティ ティと してム ス リ ム で あ る こ とよ り も 作 家である こと に重き を 置 い た 結 果、 イ ス ラ ム 教 を 痛 烈 に 非 難 す る 内容 の 作 品を書くと い う こ と は 十 分考え ら れ る 。 し た が っ て 、﹁ ム ス 4 4 リム である に もか かわらず 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 、イ ス ラム教 の 教 え に 反 するよう な 作 品 を書くと は 言 語道断だ﹂ と 糾弾す るの は 、 ムス リ ム で あ る と い う 宗 教的な属性以外 に こ の 人物 の アイ デン ティ ティを 一 顧 だ にして い な いと いう 意 味 で 著 し く 矮 小 化 さ れ た議論な の で あ る ︵写真を参照︶ 。