源氏香之図の図像形成とその論理 ─「乙女」図としての「羽衣」を軸として─(龍野) 問題の所在 今 日 で は ほ ぼ 忘 れ 去 ら れ て い る こ と だ が、 江 戸 時 代 中 期 か ら 明 治 期 に 至 る ま で、 天 下 っ た 天 人 の 持 物 と し て の 羽 衣 は、 「 長 い 尾 羽 を 伴 う 翼 型 の 装 着 物 」 と し て 表 わ さ れ る の が 常 で あ っ た 一 。 こ の 種 の「 羽 衣 」 像 は、 舞 楽『 迦 陵 頻 』 で 用 い ら れ る 作 り 物 の 翼 に 形 態 上 の 原 型 が 求 め ら れ る が、 そ の 初 出 は、 羽 衣 説 話 に 取 材 し た 絵 画 類 や 諸 芸 能 で は な く、 上 方 の 香 人 空 華 庵 忍 鎧( 一 六 七 〇 〜 一 七 五 二 ) が 享 保 年 間( 一 七 一 六 〜 一 七 三 五 ) に 作 成 し た 一 群 の 源 氏 香 之 図 の「 乙 女 」 二 巻 の 趣 意 絵 と 考 えられる。 空 華 庵 忍 鎧 は 恵 南 律 師 の 名 で も 知 ら れ る 天 台 律 僧 で、 宝 永 年 間 末 頃 に 京 都 西 六 条 に 隠 棲 し て 以 後、 新 興 富 裕 町 人 層 の 香 友 と の 交 流 を 重 ね る 傍 ら、 香 道 関 連 の 著 述 を 行 っ て い る。 中 で も 享 保 十 四 年( 一 七 二 八 ) に香友らの支援を得て私家版として板行した 『十種香暗部山』 (以下 『暗 部 山 』) は、 筆 写 の み で 伝 え ら れ る の が 慣 例 で あ っ た 香 道 書 と し て は 異 例の企画であり、 江戸時代を通じて最も頻繁に筆写された香道書となっ た 三 。 こ の 書 は 大 枝 流 芳(?〜 一 七 五 一 ) に よ る 一 連 の 商 業 的 な 香 書 出 版 四 を 促 し、 享 保 期 に 始 ま る 香 道 人 口 の 拡 大 と、 こ れ に 伴 う 諸 流 派 の 形 成にも多大な影響を及ぼしている 五 。 そ の 忍 鎧 の 創 案 に か か る と 思 し い「 長 い 尾 羽 を 伴 う 翼 型 の 羽 衣 」 と い う 意 匠 は、 元 文 元 年( 一 七 三 六 ) に 流 芳 が 刊 行 し た『 香 道 千 代 の 秋 』 に よ っ て 能『 羽 衣 』 と 結 び つ け ら れ、 や が て 羽 衣 説 話 に 取 材 し た 歌 舞 伎 狂 言 や 絵 画 類、 あ る い は 装 飾 工 芸 の 領 域 へ と 広 く 拡 散 し て ゆ く の だ が 六 、 そ の 初 出 が 源 氏 香 之 図 と い う 媒 体 で あ っ た こ と は 無 視 で き な い。 本 稿 で は、 こ の 意 匠 の 発 生 の 契 機 と そ の 文 脈 を 理 解 す る た め に、 源 氏 香 之 図 と い う 媒 体 の 性 格 に 着 目 し、 そ の 趣 意 絵 す な わ ち 源 氏 香 之 図 絵 に特有の図像形成の論理を明らかにする。 一、源氏香、源氏香之図、源氏香之図絵 最 初 に「 源 氏 香 」、 「 源 氏 香 之 図 」、 「 源 氏 香 之 図 絵 」 と い っ た 用 語 の 確認を行っておく。 「 源 氏 香 」 は 競 技 的 な 聞 香 形 式 で あ る 組 香 の 一 種 で、 五 種 の 香 各 五 包 の 計 二 十 五 包 か ら 無 作 為 に 取 り 出 し た 五 包 を 順 に 薫 じ、 そ の 異 同 を 聞
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源氏香之図の図像形成とその論理
│「乙女」図としての「羽衣」を軸として
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き 分 け る。 そ の 際 に、 客 は「 記 紙 」 ま た は「 名 乗 紙 」 と 呼 ば れ る 回 答 用 紙 に 右 か ら 順 に 五 本 並 べ た 縦 線 の う ち、 同 じ 香 と 判 断 し た も の を 横 線 で つ な い で ゆ く。 こ の 縦 横 の 線 か ら な る 図 形 が「 香 之 図 」 で、 五 種 炷 の 源 氏 香 だ け で な く、 三 種 炷 の 三 種 香 や 四 種 炷 の 系 図 香、 あ る い は 六種以上の香を炷く組香でも用いられる。 縦 線 を 五 本 と す る 五 種 炷 で は、 順 列 組 み 合 わ せ に よ っ て 五 十 二 通 り の 香 之 図 が で き る た め、 各 々 の 図 形 の 名 目 に は『 源 氏 物 語 』 五 十 四 帖 の冒頭 「桐壺」 と末尾 「夢浮橋」 を除いた五十二の帖名が冠されており、 こ れ が「 源 氏 香 」 の 名 の 由 来 と な っ て い る。 た だ し、 各 々 の 図 形 と 帖 名 の 結 び つ き は 恣 意 的 な も の で あ り、 図 形 と 物 語 内 容 は 無 関 係 で あ る。 こ れ ら 五 十 二 種 の 図 形 す な わ ち「 源 氏 香 之 図 」 な い し「 源 氏 香 図 」 は、 「源氏香文様」とも俗称され、 それ自体が装飾的意匠として服飾や工芸、 建築装飾などの領域で頻用される 七 。 香席では、 香之図に付された名目で回答を行うため、 各々が記紙(名 乗 紙 ) に 記 し た 香 之 図 の 名 目 を 確 認 す る た め の 対 照 表 が 用 い ら れ る。 些か紛らわしいことながら、 この対照表全体も 「香之図」 ないし 「香図」 と 呼 ば れ、 通 例 は 経 本 仕 立 の「 香 之 図 帖 」 の 体 裁 を と る。 簡 素 な も の は 香 之 図 と 名 目 の み が 記 さ れ る が、 源 氏 香 之 図 で は 各 帖 の 名 称 な い し 内 容 を 象 徴 的 に 表 し た 趣 意 絵 が し ば し ば 添 え ら れ る。 こ れ ら の 趣 意 絵 は基本的には留守模様であり、 花卉草木や鳥獣虫類、 器物、 調度、 殿舎、 庭 園、 山 水 と い っ た 事 物 や 景 物 の み が 表 さ れ、 原 則 と し て 人 物 像 は 描 か れ な い。 以 下 で は 便 宜 上、 香 道 具 と し て の 源 氏 香 之 図 に 付 さ れ た 趣 意絵、 および趣意絵付きの源氏香之図を、 「源氏香之図絵」と呼称する。 二、忍鎧による源氏香之図絵とその位置づけ 競 技 性 を 伴 う 聞 香 形 式 と し て の「 源 氏 香 」 や、 『 源 氏 物 語 』 に 因 む 銘 を 付 け た「 香 図 」 は、 文 献 的 に は 既 に 十 六 世 紀 初 頭 に 存 在 が 確 認 さ れ る と い う 八 。 し か し、 現 行 の 組 香 と し て の 源 氏 香 は 江 戸 時 代 以 前 に 遡 る も の で は な い。 そ の 成 立 の 時 期 に つ い て は、 寛 永 前 期 と す る 説 九 か ら 享 保年間まで下ると見る向きまで諸説あるものの 一〇 、安永五年 (一七七六) 刊 の 関 親 卿『 香 道 真 伝 』 は、 後 水 尾 帝 中 宮 東 福 門 院 和 子 の 信 認 を 得 て 寛 文 年 間( 一 六 六 一 〜 一 六 七 二 ) に 香 道 を 刷 新 し た 半 ば 伝 説 的 な 香 匠 で あ る 米 川 常 白( 一 六 一 一 〜 一 六 七 六 ) 一 一 が、 既 存 の 系 図 香 を も と に 考 案 し た も の と し て い る 一 二 。 た だ し 常 白 に 帰 さ れ る 源 氏 香 之 図 の 現 存 は 確 認 さ れ て い な い。 ま た、 十 七 世 紀 ま で の 香 之 図 に は、 五 種 炷 の 香 之 図 に 五 十 四 帖 と は 別 の 名 目 が 付 さ れ た も の も 残 さ れ て い る こ と 一 三 か ら、 こ の 形 式 の 組 香 を「 源 氏 香 」 と 称 す る 慣 習 が 確 立 す る の は、 お お むね十八世紀に入ってからのことと考えられる。 現 存 す る 源 氏 香 之 図 絵 と し て は、 早 稲 田 大 学 図 書 館 九 曜 文 庫 所 蔵 の 伝 土 佐 光 起( 一 六 一 七 〜 一 六 九 一 ) の 紙 本 彩 色 本 一 四 が お そ ら く 最 古 の 作 例 で、 光 起 の 真 筆 と は 考 え に く い に せ よ、 十 七 世 紀 後 半 ま で 遡 る 可 能 性 も あ る。 現 状 は 掛 幅 装 で あ る が、 元 来 は 十 四 折 の 経 本 仕 立 で あ り、 各 扇 は 縦 十 七 セ ン チ、 幅 七 セ ン チ ほ ど で、 上 下 二 段 に 分 か れ、 各 々 の 段 に は 上 部 に 帖 名 と 香 之 図、 そ の 下 に 趣 意 絵 が 付 さ れ る が、 香 之 図 を 持 た な い「 桐 壺 」 と「 夢 浮 橋 」 は 上 下 二 段 を 用 い て 趣 意 絵 の み が 描 か れ る。 「 乙 女 」 の 趣 意 絵 に は 檜 扇 を 手 に す る 菩 薩 形 の 天 人 像 が 用 い ら れ ている(図①) 。
源氏香之図の図像形成とその論理 ─「乙女」図としての「羽衣」を軸として─(龍野) 年 代 が 確 定 で き る 源 氏 香 之 図 絵 と し て は、 享 保 三 年( 一 七 一 八 ) に 江 戸・ 京 都・ 大 坂 の 三 都 四 書 肆 が 合 同 で 出 版 し た『 絵 本 草 源 氏 』 一 五 に 含 ま れ る も の が 最 古 と 思 わ れ る。 こ の 絵 本 の 絵 師 は 不 明 な が ら、 跋 文 は「 一 流 筆 工 の 今 様 」 を 標 榜 し て お り 一 六 、 全 編 が 洗 練 さ れ た 描 線 に よ る 留 守 模 様 と な っ て い る。 絵 本 全 体 の 構 成 は、 『 源 氏 物 語 』 の 八 つ の 帖 に取材した源氏八景 一七 と京名所 一八 の後に、 「鏡團唐子の絵」 (半丁) 、「源 氏香之図」 (四丁半)と「貝合 ・ 貝桶 ・ 源氏人形の図」 (半丁)を挿入し、 近 江 八 景( 各 半 丁 ) で 締 め く く ら れ る。 各 図 の 標 題 と 近 江 八 景 に 添 え ら れ た 歌 お よ び 跋 文 を 除 き、 テ ク ス ト は 含 ま な い。 源 氏 香 之 図 は 見 開 き を 三 段 四 列 に 分 割 し て 配 列 さ れ る が、 冒 頭 の「 桐 壺 」 と 末 尾 の「 夢 浮橋」 以外は順不同であり 一九 、「乙女」 の趣意絵は檜扇と天冠である (図 ②) 。 年 代 的 に は、 こ れ に 続 く の が 忍 鎧 の 作 と な る。 忍 鎧 に よ る 源 氏 香 之 図 絵 は、 『 暗 部 山 』 所 収 の も の と 絹 本 彩 色 の 二 本 が 確 認 で き、 趣 意 絵 の 図 様 は 三 種 間 で 若 干 の 異 同 が あ る が、 「 乙 女 」 図 は 全 て 長 い 尾 羽 を 伴 う 翼型の羽衣である(図③) 。 こ れ ら 三 種 の う ち、 『 暗 部 山 』 所 収 の も の は 版 本 と し て 広 範 な 流 布 を 見 た。 本 書 は 香 道 の 初 学 者 や 香 道 具 類 が 入 手 困 難 な 地 方 在 住 者 を 対 象 と す る 懇 切 丁 寧 な 入 門 書 で あ り、 上 巻 は 香 道 全 般 の 解 説 で あ る 凡 例 と、 組 香 十 種 の 手 順 の 説 明、 下 巻 は「 香 筵 玩 具 」 の 内 題 を 持 ち、 香 道 具 類 の 図 と 解 説 と な っ て い る。 源 氏 香 の 説 明 は 上 巻 に 含 ま れ る が、 源 氏 香 之 図 は 下 巻 に 収 録 さ れ て お り、 見 開 き を 三 段 六 列 に 分 割 す る 形 で 三 丁 半 に わ た っ て 描 か れ、 冒 頭 と 末 尾 は 二 列 一 段 半 を 一 コ マ と し て、 表 裏 の 表 紙 に 当 た る 部 分 と「 桐 壺 」「 夢 浮 橋 」 の 趣 意 絵 の み が 大 き め に 描 か れ て い る。 源 氏 香 之 図 を 含 む 下 巻「 香 筵 玩 具 」 の 版 本 は 二 種 計 六 本、 写本は四十六本の現存が確認されている 二〇 。 上 述 の よ う に、 本 書 の 板 行 は 享 保 十 四 年( 一 七 二 九 ) で あ る が、 草 稿 は 享 保 五 年( 一 七 二 〇 ) 四 月 の 段 階 で 付 図 と と も に 一 応 の 完 成 を 見 て い た こ と が、 草 稿 の 写 本 に 含 ま れ る 序 文 か ら 知 ら れ る 二 一 。 草 稿 の 原 本 は 残 さ れ て お ら ず、 伝 存 す る 写 本 は 付 図 を 含 ん で い な い が、 忍 鎧 周 辺 の 香 友 集 団 の 中 で は、 既 に 享 保 五 年 頃 に は「 乙 女 」 の 趣 意 絵 に「 翼 型の羽衣」を用いた源氏香之図が流通していた可能性が高い。 肉 筆 に よ る も の で は、 末 尾 の「 夢 浮 橋 」 図 に「 享 保 乙 巳 春 曲 水 日 空 華 忍 鎧 書 」 の 款 記 を 持 つ 鍋 島 報 效 会 徴 古 館 の 所 蔵 本( 享 保 十 年、 一 七 二 五 ) 二 二 が 早 い。 現 状 は 五 十 四 図 を 切 り 離 し、 金 箔 張 の 台 紙 に 貼 付 し た 折 帖 仕 立 と な っ て い る。 香 之 図 を 持 つ 五 二 図 は 概 ね 縦 一 〇 ・ 六 × 五 ・ 五センチで、 各扇に二枚ずつ貼付されているが、 「桐壺」と「夢浮橋」 は 倍 の 幅 を 持 つ た め、 一 扇 一 枚 の 貼 付 と な っ て い る。 台 紙 は 裏 面 も 金 箔 張 で、 十 組 香 の 名 目 一 覧 と と も に、 改 装 時 の も の と 見 ら れ る 跋 文 が 記されており、末尾に「天保六年八月西武矩祐しるす」とある。 こ れ に 続 く の が、 「 享 保 丙 午 初 冬 空 華 山 人 忍 鎧 子 書 」 の 款 記 を 持 つ 松 栄 堂 松 寿 文 庫 の 所 蔵 本( 享 保 十 一 年、 一 七 二 六 ) 二 三 で あ る。 鍋 島 本 と 類 似 し た 体 裁 を 持 つ も の で、 こ ち ら も 鍋 島 本 と 同 様 の 折 帖 に 改 装 さ れ て い る が、 十 組 香 が 記 さ れ た 裏 面 に は 金 箔 は 張 ら れ て お ら ず、 跋 文 等 は 記 さ れ て い な い。 こ ち ら に つ い て は 大 和 絵 系 の 絵 師 の 筆 と の 推 定 も あ る が 二 四 、 忍 鎧 は 画 も 堪 能 で あ っ た と 伝え ら れ 二 五 、「 香 筵 玩 具 」 の 図 版
も 自 ら 描 い て い る 二 六 ほ か、 鍋 島 本 の 跋 文 に は「 書 画 と も に 恵 南 子 乃 筆 」 と あ る こ と か ら、 同 じ 手 跡 が 認 め ら れ る 松 寿 文 庫 本 も、 忍 鎧 自 身 の 筆 と見てよい。 忍 鎧 の 作 に 続 く も の と し て は、 大 江 流 芳 が 享 保 十 九 年( 一 七 三 三 ) に 刊 行 し た『 香 道 滝 の 糸 』 所 収 の「 改 正 源 氏 香 之 図 」 が あ る。 流 芳 は 享 保 十 八 年( 一 七 三 二 ) 以 降、 京・ 江 戸・ 大 坂 三 都 の 書 肆 か ら 五 本 の 香 書 を 公 刊 し て お り 二 七 、 そ の 第 一 弾 と な っ た『 香 道 秋 の 光 』( 享 保 十 八 年 七 月 刊 ) 冒 頭 の 目 録 に は、 既 に 脱 稿 し て い た 続 編『 香 道 千 代 の 秋 』 の 目 録 が 掲 載 さ れ て い た。 し か し 実 際 の 出 版 は『 香 道 滝 の 糸 』( 享 保 十 八 年 五 月 跋 ) の 方 が 先 行 す る。 そ の 上 巻 は 香 道 具 の 図 説、 下 巻 は 古 組 香 十 品 の 紹 介 で、 全 体 と し て は『 暗 部 山 』 と 類 似 し た 内 容 と な っ て い る。 こ こ に は、 私 家 版 ゆ え に 少 部 数 発 行 で あ っ た『 暗 部 山 』 と 同 種 の 書 籍 の 需 要 を 見 込 ん だ 版 元 側 の 意 向 が あ っ た と 見 ら れ る が 二 八 、 流 芳 自 身 も『 暗 部 山 』 を 意 識 せ ざ る を 得 な か っ た は ず で、 そ の 上 巻 に 掲 載 し た 源 氏 香 之 図 に 敢 え て「 改 正 」 の 語 を 冠 し た の も、 忍 鎧 の 作 を 念 頭 に 置 い て の こ と に 相 違 な い。 「 乙 女 」 の 趣 意 絵 は『 絵 本 草 源 氏 』 と 同 じ く檜扇と天冠である(図④) 。 以 下 で は、 こ れ ら 享 保 期 ま で の 初 期 の 源 氏 香 之 図 六 例 を 主 た る 検 討 対 象 と し て、 ま ず は 源 氏 香 之 図 絵 全 般 に 関 わ る 問 題 を 概 観 し、 「 乙 女 」 図としての「翼型の羽衣」図が生み出された文脈を整理しておく。 三、源氏香之図絵の機能と図像形成手法 源 氏 香 之 図 絵 は 、『 源 氏 物 語 』 に 関 連 す る 絵 の 一 種 で あ る と い う 限 り に お い て は 、「 源 氏 絵 」 と 呼 ば れ る も の の 中 に 含 ま れ う る 。 そ の 源 氏 絵 の 原 点 と し て 規 範 視 さ れ る の は 、 言 う ま で も な く 院 政 期 の 国 宝 絵 巻 で あ る が 、 時 代 が 下 る に つ れ 、 こ の 長 大 な 物 語 を よ り 簡 便 に 把 握 し 、 効 率 的 に 図 像 化 す る 方 法 が 創 出 さ れ 、蓄 積 さ れ て ゆ く 。 そ う し た 事 情 に つ い て 、 伊 井 春 樹 氏 は 「 若 紫 」 巻 の 垣 間 見 の 場 面 を 例 に と り 、 物 語 の 梗 概 化 と 絵 画 化 さ れ る 場 面 の 固 定 化 、 さ ら に 各 々 の 場 面 描 写 の 圧 縮 と 定 型 化 お よ び 簡 略 化 の 過 程 を 示 し 、 そ の 究 極 的 な 記 号 化 の 段 階 と し て 、 源 氏 か る た や 源 氏 香 之 図 の 「 鳥 籠 と 雀 」 図 ( 図 ⑱ ) を 位 置 づ け て い る 二 九 。 こうした指摘は、 「若紫」 図の 「鳥籠と雀」 については妥当至極である。 こ の 極 度 に 単 純 化 さ れ た 図 像 は、 物 語 本 文 で は「 伏 籠 」 で あ る も の を、 猫 足 の 台 座 に 止 ま り 木 を 付 け て 籠 を 被 せ た 専 用 の「 鳥 籠 」 と し て 描 写 し て い る こ と 三 〇 を 含 め、 物 語 本 文 以 上 に 先 行 す る「 若 紫 」 図 の 蓄 積 に 立脚している。伊井氏が挙げるもう一つの事例、 「空蝉」 図としての 「碁 盤 と 碁 笥 」 も 同 様 で あ り、 軒 端 荻 と 碁 に 興 じ る 空 蝉 を 源 氏 が 垣 間 見 す る 場 面 に 依 拠 す る 三 一 。 い ず れ の 場 合 も 登 場 人 物 の 姿 は 捨 象 さ れ、 象 徴 的な事物のみによって物語場面が暗示されている。 し か し な が ら、 こ う し た 事 例 は 源 氏 香 之 図 絵 の 本 質 を 却 っ て 見 え に く く す る。 源 氏 香 之 図 絵 は、 本 質 的 に は 物 語 絵 で は な い か ら で あ る。 香 席 で の 用 途 に 即 し た 源 氏 香 之 図 絵 本 来 の 目 的 は、 物 語 の 図 解 で は な く、 香之図の名目としての帖名それ自体の視覚化 ・ 図像化である。実際、 源氏香之図絵の大多数は、 「末摘花」 図の 「紅花」 、「紅葉賀」 図の 「紅葉」 、 「花宴」 図の 「桜木」 、「葵」 図の 「葵に水」 、「柏木」 図の 「柏の木 (の枝) 」 な ど、 帖 名 な い し そ こ に 含 ま れ る 名 辞 を 即 物 的 に 図 化 し た モ テ ィ ー フ
源氏香之図の図像形成とその論理 ─「乙女」図としての「羽衣」を軸として─(龍野) を核としており、 「若紫」 図の 「鳥籠と雀」 や 「空蝉」 図の 「碁盤と碁笥」 の よ う に、 帖 名 の 名 辞 か ら は 直 接 的 な 連 想 が 及 ば な い よ う な 事 物 を 描 く 図 は 少 数 派 に 属 す る。 こ の 種 の 図 像 の う ち、 定 型 と し て 一 定 の 定 着 を 見 た の は、 「 若 紫 」 図 の「 鳥 籠 と 雀 」 の ほ か、 「 賢 木 」 図 の「 鳥 居 と 芝 垣 」、 「 玉 鬘 」 図 の「 船 」、 「 真 木 柱 」 図 の「 火 取 香 炉 」、 「 若 菜 」 図 の 「 猫 」、 「 幻 」 図 の「 雁 列 」、 「 夢 浮 橋 」 図 の「 遠 山 に 月 と 雲 」 の 計 七 例 を 数 え る に 留 ま り、 「 空 蝉 」 図 の「 碁 盤 と 碁 笥 」 は『 絵 本 草 源 氏 』 に 登 場 した後、 後述の北斎のかるた絵が再び採用するまで、 用例が見出せない。 「 空 蝉 」 図 の 定 型 と な っ た の は、 伝 光 起 の 作 が 既 に 採 用 し て い た「 樹 木 に止まる蝉」であり、 これなどは帖名に含まれる名辞─この場合は「空 蝉 」 す な わ ち「 蝉 の 抜 け 殻 」 で は な く「 蝉 」 ─ の 即 物 的 な 図 化 の 典 型 である 三二 。 こ の こ と が 端 的 に 示 す よ う に、 源 氏 香 之 図 絵 の 原 則 は 帖 名 自 体 の 視 覚 化・ 図 像 化 で あ り、 帖 名 に 含 ま れ る 具 象 的 な 名 辞 の 直 接 的 な 図 化 を 基 本 と す る。 し か し、 帖 名 の 性 格 上 そ れ が 困 難 な 場 合 や、 他 の 帖 の 図 像 と の 明 確 な 差 別 化 が 必 要 な 場 合、 あ る い は 香 道 具 と し て の 性 格 に よ る 要 請 な ど、 何 ら か の 理 由 が あ る 場 合 は、 帖 名 由 来 歌 三 三 を 初 め と す る 詠 歌 や 物 語 本 文、 あ る い は 既 存 の 源 氏 絵 を 参 照 す る こ と で、 簡 潔 か つ 説 得 力 の あ る 図 像 の 創 出 が 試 み ら れ る。 と り わ け 享 保 期 ま で の 初 期 の 源 氏 香 之 図 絵 に は、 そ う し た 方 針 に よ る 図 像 形 成 の 試 行 錯 誤 の 過 程 が 伺 わ れ る が、 帖 名 に 含 ま れ る 名 辞 の 即 物 的 な 描 写 に 立 脚 し た 図 像 は、 既 に 伝 光 起 の 段 階 で 基 本 的 な モ テ ィ ー フ が ほ ぼ 確 立 さ れ て い る。 「 そ れ 以 外 の も の は 描 き よ う が な い 」 と い う 必 然 性 が し か ら し め る 所 で あ り、 特 段 の 不 都 合 が な け れ ば 変 更 の 必 要 も な い か ら で あ る。 後 続 の 作 例 は、 既 定 の モ テ ィ ー フ を 踏 襲 し つ つ、 既 存 の 源 氏 絵 や 物 語 本 文 を 参 照 す る こ と で、 副 次 的 な モ テ ィ ー フ の 加 除 や 構 図 の 修 正 を 加 え る に 留 ま れ ば 十分だった。 そ の 典 型 が「 夕 顔 」 図 で、 伝 光 起 で は 夕 顔 の み が 描 か れ る が、 『 絵 本 草 源 氏 』 は 既 存 の 源 氏 絵 を 参 照 す る 形 で 夕 顔 が 絡 む 垣 と 門 を 追 加 し、 忍 鎧 と 流 芳 の 作 は そ こ か ら 門 を 削 除 し て「 夕 顔 と 垣 」 の 形 を 採 用 し て い る。 こ の 場 合 は、 お そ ら く は「 朝 顔 」 図 と の 差 別 化 の 要 請 に よ る も の で あ り、 後 述 の「 若 紫 」 図 の 場 合 と 同 様 に、 色 材 を 使 用 で き な い 板 本としての制約も要因として働いたものと考えられる。 他 方、 「 須 磨 」 図 お よ び「 明 石 」 図 は、 い ず れ も 一 貫 し て 海 浜 の 眺 望 が 描 か れ る が、 無 論 の こ と 実 景 描 写 に 基 づ く も の で は な い。 こ れ ら 連 続 す る 二 図 は、 二 図 一 組 に 近 い 扱 い が な さ れ、 両 図 に 変 化 と 抑 揚 を 与 え る た め、 松 樹、 苫 屋、 塩 釜、 網 干、 船、 遠 山、 飛 雁、 月 と 雲 な ど を 適 宜 配 す る 形 で 構 成 さ れ る。 そ の た め、 各 々 の 帖 固 有 の 定 型 表 現 と 呼 ぶ べ き 図 像 は 確 立 さ れ て い な い も の の 三 四 、 表 現 手 法 そ の も の は 初 期 の 段階で確立されていたと言ってよいだろう。 帖 名 に 含 ま れ る 名 辞 と は 直 接 的 に は 結 び つ か な い 図 像、 言 い 換 え れ ば 特 定 の 場 面 描 写 に 由 来 す る 図 像 に つ い て も、 「 賢 木 」 図 の「 鳥 居 と 芝 垣 」、 「 真 木 柱 」 図 の「 火 取 香 炉 」、 「 夢 浮 橋 」 図 の「 遠 山 に 月 と 雲 」 は 既 に 伝 光 起 に 出 て お り、 「 夢 浮 橋 」 図 は ほ ぼ そ の ま ま 定 型 化 す る。 し か し 後 述 の よ う に、 「 賢 木 」 図 や「 真 木 柱 」 図 に つ い て は『 絵 本 草 源 氏 』 が 代 替 案 を 示 し て お り、 定 型 と し て の 定 着 に は 些 か な り と も 曲 折 が あ
る。 こ う し た 源 氏 香 之 図 絵 の 図 像 お よ び 図 像 形 成 の 手 法 は、 や が て 一 帖 一 首 型 の 源 氏 歌 か る た の 絵 札( 以 下「 源 氏 か る た 絵 」 と 略 称 ) に も 波 及してゆく。また、 この形式の源氏歌かるたの成立と、 梗概書などの 「一 帖 一 首 」 お よ び「 一 帖 一 図 」 資 料 を 関 連 づ け る 上 野 英 子 氏 の 論 考 三 五 や、 多 数 の 源 氏 か る た 絵 を 対 象 と す る 塩 出 貴 美 子 氏 の 分 析 三 六 、 宮 崎 裕 子 氏 に よ る 新 出 作 例 の 紹 介 三 七 は、 源 氏 香 之 図 絵 の 図 像 形 成 手 法 を 考 察 す る 上でも、きわめて示唆に富んでいる。 江 戸 前 期 に 遡 る 源 氏 か る た 絵 は、 石 山 寺 所 蔵 本 や 大 牟 田 市 立 三 池 カ ル タ・ 歴 史 資 料 館 所 蔵 の 金 屏 風 に 仕 立 て ら れ た 作 例 三 八 な ど が 典 型 的 に そ う で あ る よ う に、 複 数 の 人 物 像 を 配 し て 物 語 中 の 特 定 の 場 面 を 描 写 す る、 物 語 絵 と し て の 源 氏 絵 の 伝 統 に 連 な る 図 像 を 採 用 し て い る。 し か し 江 戸 中 期 に は 図 様 の 簡 略 化 が 進 行 し、 煩 瑣 な 建 築 モ テ ィ ー フ や 副 次 的 な 人 物 像 の 省 略 が 頻 繁 に 行 わ れ る よ う に な る。 加 え て、 物 語 絵 と し て の 源 氏 絵 と は 本 質 的 に 異 な っ た 原 理 を 持 つ 源 氏 香 之 図 絵 の 図 像 と 図 像 形 成 の 手 法 が 流 入 す る。 そ の 初 期 段 階 で は、 源 氏 香 之 図 絵 起 源 の モ テ ィ ー フ と、 「『 源 氏 物 語 』 の 世 界 」 を 象 徴 す る 冠 直 衣 や 狩 衣 烏 帽 子、 あ る い は 裳 唐 衣 や 小 袿 袴 の 抽 象 化 さ れ た 人 物 像 と を 併 置 す る、 折 衷 的 な 図 様 も 試 み ら れ て い る が 三 九 、 次 第 に 人 物 像 が 排 除 さ れ て ゆ く 傾 向 が 強 ま り、 結 果 的 に 源 氏 香 之 図 絵 と 同 様 の 図 像 の 採 用 例 が 増 加 し て ゆ く。 そ の 意 味 で は、 伊 井 氏 が 提 示 し た 場 面 描 写 の 象 徴 化 と 記 号 化 の 進 行 過 程 は、 源 氏 香 之 図 絵 よ り も 源 氏 か る た 絵 の 方 に、 よ り 顕 著 か つ 段 階 的 な形で見ることができる。 源 氏 か る た 絵 と 源 氏 香 之 図 絵 の 接 近 は、 葛 飾 北 斎 に よ る 文 化 六 年 ( 一 八 〇 五 ) 初 版 の『 風 流 源 氏 う た が る た 』 四 〇 に 至 っ て 決 定 的 な も の と な る。 こ の か る た は、 「 若 菜 」 を 上 下 に 分 け て「 雲 隠 」 を 除 い た 五 十 四 帖 か ら な る 一 帖 一 首 型 の 源 氏 歌 か る た の 通 例 と は 異 な り、 「 若 菜 」 上 下 に「 雲 隠 」 を 加 え た 五 十 五 帖 形 式 と な っ て い る 四 一 。 ま た 上 の 句 札 と 下 の句札の双方に絵を付しているため、 一帖一図ではなく一帖二図となっ て い る な ど、 源 氏 歌 か る た と し て は や や 異 例 の 体 裁 で あ る が、 こ こ で 採 用 さ れ て い る 図 様 の 多 く は、 源 氏 香 之 図 絵 由 来 の 図 像 で あ る。 こ の 源 氏 歌 か る た は、 文 政 十 二 年( 一 八 二 九 ) に 初 編「 桐 壺 」 が 刊 行 さ れ た 柳 亭 種 彦『 偐 紫 田 舎 源 氏 』 の 大 当 た り 四 二 を 契 機 と す る『 源 氏 物 語 』 主題の流行を背景に、 天保八年以前に再版され、 きわめて広く流布した。 こ の か る た 絵 を 介 す る 形 で、 源 氏 香 之 図 絵 の 影 響 は、 江 戸 後 期 か ら 明 治期にかけての源氏かるた絵に広く浸透してゆく。 さ ら に 江 戸 後 期 に は、 香 之 図 と 名 目 と 趣 意 絵 の 組 み 合 わ せ は、 香 道 と は 無 関 係 の 多 様 な『 源 氏 物 語 』 主 題 の 媒 体 に 拡 散 し て ゆ き、 源 氏 か る た だ け で な く、 文 化 年 間 以 降 幕 末 期 に か け て 続 々 と 出 版 さ れ た 源 氏 絵 合 や 源 氏 双 六 四 三 、 さ ら に は 五 十 四 帖 の 枠 組 み を 借 り た 見 立 絵 四 四 や、 『 偐 紫 田 舎 源 氏 』 に 取 材 し た 錦 絵 四 五 に も 及 ん で い る。 た だ し、 こ れ ら で は 香 之 図 は し ば し ば 省 略 さ れ、 帖 名 に 合 わ せ た 趣 意 絵 の み が 装 飾 的 に 用いられることも多い。また、 香之図を伴っていても名目とは食い違っ て い る も の や、 本 来 は 香 之 図 を 持 た な い「 桐 壷 」 や「 夢 浮 橋 」 に 別 の 帖 名 に 対 応 す る 香 之 図 や 香 之 図 も ど き の 出 鱈 目 な 図 形 が 付 さ れ て い る も の も 多 々 あ る。 こ う し た こ と は、 香 之 図 帖 の 形 式 を 模 し た 装 飾 図 案
源氏香之図の図像形成とその論理 ─「乙女」図としての「羽衣」を軸として─(龍野) 集の類 四六 にもしばしば見られる。 い ず れ に し て も、 源 氏 香 之 図 絵 の 図 像 は、 帖 名 そ れ 自 体 の 視 覚 化 を 原 則 と し な が ら、 必 要 に 応 じ て 詠 歌 や 物 語 本 文、 あ る い は 既 存 の 物 語 絵 を 参 照 す る こ と で 形 成 さ れ て い る。 そ う し た 源 氏 香 之 図 絵 に 特 有 の 図 像 形 成 の 手 法 と 論 理 を、 初 期 作 例 を 中 心 に、 い ま 少 し 具 体 的 に 追 っ ておくことにしよう。 四、源氏香之図絵の諸相 (一) 「真木柱」図の火取香炉―香道具の扱いをめぐって 享保期までの源氏香之図六例のうち、 『絵本草源氏』 を除く五例は、 「真 木 柱 」 図 に「 火 屋 の 外 れ た 火 取 香 炉 」 を 採 用 し て い る( 図 ⑤ 〜 ⑧ )。 こ れ は 髭 黒 大 将 の 北 の 方 が 狂 気 に 駆 ら れ て 夫 に 火 取 の 灰 を 浴 び せ る 場 面 に 基 づ く が、 源 氏 か る た 絵 で は 帖 名 に 含 ま れ る 名 辞 に 基 づ く「 槙 の 木 」 や、 源 氏 と 玉 鬘 の 対 面 の 場 に 基 づ く「 几 帳 と 扇 」 な ど も 見 ら れ 四 七 、 必 ず し も 火 取 を 定 型 と し て い な い。 そ の 意 味 で は、 「 真 木 柱 」 図 と し て の 火 取 図 は、 香 道 具 と し て の 源 氏 香 之 図 絵 の 性 格 を 顕 著 に 示 す 図 像 と 言 え る だ ろ う 四 八 。 そ の 初 例 と な る 伝 光 起 作 で は、 灰 を 吐 き 出 す 火 取 本 体 と 外 れ た 火 屋 が 宙 を 舞 う よ う に 描 か れ、 こ の 場 面 を 叙 事 的・ 叙 景 的 に 描く源氏絵の諸作例以上に、荒々しく動的な表現となっている 四九 。 こ れ に 対 し て『 絵 本 草 源 氏 』 は、 「 反 物 と 芥 子 坊 主 」 で 香 炉 の 灰 に ま み れ た 大 将 の 衣 を 暗 示 す る。 こ れ は 暴 力 性 と 結 び つ い た 香 道 具 の 描 写 を 回 避 す る た め の 変 更 提 案 と 見 ら れ る が、 香 人 で あ っ た 忍 鎧 や 流 芳 は、 こ う し た 婉 曲 な 表 現 を 退 け、 敢 え て 火 取 図 を 採 用 し て い る。 そ こ で は、 香 人 に と っ て は 辛 辣 な ま で に 反 面 教 師 的 な 意 味 合 い を 持 つ、 よ り 直 裁 な 図 像 の 方 を 敢 え て 採 用 す る と い う 選 択 が な さ れ た こ と に な る。 た だ し 流 芳 の「 改 正 源 氏 香 之 図 」 で は、 香 炉 は 端 然 と 置 か れ、 外 さ れ た 火 屋 も 手 前 に 鎮 座 し、 こ ぼ れ た 灰 の 描 写 は 削 除 さ れ て い る。 こ こ で は、 荒々しく不穏な動的描写は抑制され、 より端正で静的な表現への 「改正」 が 施 さ れ て い る。 他 方、 『 女 庭 訓 御 所 文 庫 』 な ど 後 の 源 氏 香 之 図 絵 や、 北 斎 の 作 を 含 む 源 氏 か る た 絵 で は、 反 物 図 の 採 用 例 も 見 ら れ 五 〇 、『 絵 本 草源氏』の変更提案も一定程度は受け入れられたことが分かる。 (二) 「賢木」図の野宮と榊 『 絵 本 草 源 氏 』 は、 こ れ 以 外 に も 数 々 の 興 味 深 い 図 像 を 創 出 し て い る が、 「 真 木 柱 」 図 と 同 様 に 後 続 の 作 例 に よ り 却 下 さ れ、 伝 光 起 以 来 の 図 像の方が定着した例も少なくない。 上述の 「空蝉」 図もその一つだが、 「賢 木」 図の場合は、 帖名が含む名辞そのままの図像に差し戻された 「空蝉」 図とは方向性が逆となる。 (図⑨〜⑫) 伝 光 起 の「 賢 木 」 図 は、 源 氏 が 野 宮 の 六 条 御 息 所 を 訪 ね る 場 面 に 基 づ き「 鳥 居 と 芝 垣 と 樹 木 」 と し て い る。 こ の 図 像 は、 土 佐 光 信 の ハ ー ヴ ァ ー ド 本『 源 氏 物 語 画 帖 』 や『 絵 入 源 氏 物 語 』 系 の 挿 絵 が、 殿 舎 の 中 で 対 面 す る 源 氏 と 六 条 御 息 所 を 描 き、 背 景 に 鳥 居 と 芝 垣 が 描 か れ る こ と や、 『 源 氏 小 鏡 』 系 の 挿 絵 が 野 宮 の 鳥 居 に 向 か う 源 氏 の 姿 を 描 い て い る こ と と 関 連 づ け ら れ る。 こ れ に 対 し て『 絵 本 草 源 氏 』 は、 帖 名 そ の ま ま の「 榊 」 の 木 に 若 松 を 添 え て お り、 源 氏 香 之 図 絵 の 全 般 的 傾 向 に 沿 っ た、 帖 名 そ の ま ま の 図 像 を 提 案 し た 形 だ が、 後 続 の 源 氏 香 之 図
は、 概 ね 伝 光 起 の 路 線 に 従 っ て い る 五 一 。 こ の 場 合 は、 「 帚 木 」 図 の「 木 立に霞」 や 「宿木」 図の 「松に寄生木」 など、 やはり樹木を基本モティー フ と す る 他 の 図 像 と の 類 似 を 避 け、 よ り 特 徴 的 な 図 像 が 選 択 さ れ た 結 果と考えられる。 (三) 「花散里」図の確信犯的錯誤と軌道修正 これらとは全く別の理由で 『絵本草源氏』 の提案が退けられたのが 「花 散 里 」 図 で あ る。 「 花 散 里 」 の 帖 名 は、 源 氏 に よ る 第 三 歌「 橘 の 香 を な つ か し み ほ と と ぎ す 花 散 る 里 を た づ ね て ぞ と ふ 」 を 由 来 歌 と す る。 伝 光起はこれを踏まえ、白い花を散らす橘の木を描いている(図⑬) 。 こ れ に 対 し て『 絵 本 草 源 氏 』 は、 こ の 帖 名 を 即 物 的 に「 花 の 散 る 村 里 」 と 訓 じ、 二 軒 の 苫 屋 と 花 散 る 桜 木 と し て 図 化 し て い る( 図 ⑭ )。 こ の 絵 本 の 新 規 考 案 に か か る 他 の 図 像 か ら し て、 絵 師 な い し 図 像 考 案 者 が 帖 名 の 由 来 に 無 知 無 関 心 で あ っ た と は 考 え ら れ な い た め、 確 信 犯 的 な 言 葉 遊 び に よ る も の と 思 わ れ る が、 自 ら も 歌 人 で あ っ た 忍 鎧 五 二 は 当 然のごとく、 この「誤った」訓読を却下する(図⑮) 。忍鎧の「花散里」 図 は、 花 ま た は 実 を つ け た 橘 の 木 に 飛 行 す る 時 鳥 を 加 え る こ と で、 由 来 歌 の 絵 解 き に 一 層 近 づ い て お り、 土 佐 光 信 の ハ ー ヴ ァ ー ド 本 や 版 本 『 絵 入 源 氏 物 語 』 な ど、 こ の 歌 の 出 詠 場 面 を 描 い た 物 語 絵 の 背 景 描 写 と も近似した図様となっている。流芳もこの路線を踏襲し、 「花木と時鳥」 としている(図⑯) 。 こ う し た 軌 道 修 正 に も 拘 わ ら ず、 後 の 作 例 に も『 絵 本 草 源 氏 』 と 同 様 の「 誤 っ た 」 帖 名 解 釈 が 見 受 け ら れ る。 そ の 一 例 が、 国 文 学 研 究 資 料 館 所 蔵 の 絹 本 着 色 の 作 例( 作 品 通 番 一 八 三 ) で、 図 様 は 全 体 を 通 じ て『 暗 部 山 』 の 強 い 影 響 が 認 め ら れ る が 五 三 、「 花 散 里 」 図 に 描 か れ た 花 木 は 桜 色 の 花 を つ け て い る。 同 様 の 錯 誤 は か る た 絵 に も 散 見 さ れ る と い う 五 四 。 も っ と も、 こ の 種 の 錯 誤 の 全 て が『 絵 本 草 源 氏 』 の 影 響 に 帰 さ れ る わ け で は な い。 単 色 摺 り の 版 本 の 小 さ な 挿 絵 で は、 花 を つ け た 桜 木 と 橘 の 木 の 描 き 分 け は 実 質 的 に 不 可 能 で あ る た め、 絵 入 梗 概 書 の 「 花 散 里 」 図 な ど で も 時 鳥 の 傍 ら の 花 木 は 桜 と 紛 ら わ し い 表 現 と な ら ざ る を 得 な い か ら で あ る。 そ の た め、 「 花 は 桜 木 」 式 の 先 入 観 に 基 づ く 錯 誤は随所で散発的に起こっていたと思われる。 (四) 「若紫」図の「鳥籠と雀」 ─ 版本としての制約という契機 上 述 の 三 例 と は 逆 に、 『 絵 本 草 源 氏 』 の 変 更 案 が 成 功 を 収 め た の が 「 若 紫 」 図 の「 鳥 籠 と 雀 」 で あ る。 伝 光 起 は、 「 若 紫 」 図 に 薄 紫 色 の 草 花 を 描 い て い た( 図 ⑰ )。 帖 名 の 由 来 を 考 慮 す れ ば、 紫 草( ム ラ サ キ Lithospermum erythrorhizon ) を 描 き た か っ た と こ ろ で あ ろ う が、 白 い 小 さ な 花 を つ け る ム ラ サ キ の 外 見 は、 直 感 的 に は 紫 染 と も「 若 紫 」 の 語 感 と も 結 び つ き に く い。 か と い っ て 紫 根 で は 文 字 通 り「 絵 に な ら な い 」。 そ の た め、 絵 師 は「 架 空 の 紫 草 」 と し て 敢 え て ム ラ サ キ と は 異 な る 薄 紫 色 の 草 花 を 描 い た も の と 解 さ れ る が、 こ の 方 法 は 後 発 の「 鳥 籠と雀」 (図⑱〜⑳)によって退けられてゆく 五五 。 こ う し た こ と は、 「 鳥 籠 と 雀 」 図 の 初 出 で あ る『 絵 本 草 源 氏 』 だ け で な く、 こ の 図 像 を 採 用 し た『 暗 部 山 』 や『 香 道 滝 の 糸 』 も ま た 版 本 で あ っ た こ と と 切 り 離 せ な い。 こ れ ら は 版 本 と し て の 制 約 上、 色 材 を 用
源氏香之図の図像形成とその論理 ─「乙女」図としての「羽衣」を軸として─(龍野) い て「 架 空 の 紫 草 」 を 捏 造 す る 手 法 は 採 れ な か っ た。 そ の こ と が、 「 若 紫」 図としての 「鳥籠と雀」 図の考案と普及定着の少なからぬ要因だっ た と 考 え ら れ る。 実 際、 肉 筆 着 色 の 源 氏 か る た 絵 や 源 氏 香 之 図 絵 で は、 江 戸 後 期 の 作 例 に も 紫 色 の 草 花 が ま ま 見 受 け ら れ る 五 六 。 こ う し た こ と は、 図 像 の 形 成 と 伝 播 の 双 方 の 次 元 で、 媒 体 の 技 法 的 性 質 が 重 要 な 役 割を果たしていたことを示している。 (五) 「玉鬘」図の紆余曲折と二者択一への収斂 「 玉 鬘 」 図 の 場 合 は、 些 か の 曲 折 が あ る。 伝 光 起 は、 帖 名 に 含 ま れ る 「 鬘 」 を 直 接 的 に 示 す 蔓 草 を 描 い て い る( 図 ) が、 『 絵 本 草 源 氏 』 は、 おそらくは 「葵」 図の繁茂する葵や 「朝顔」 図の朝顔との差別化のため、 筑 紫 か ら 上 京 す る 玉 鬘 の 船 旅 の 場 面 を 選 び、 『 十 帖 源 氏 』 な い し 上 方 版 『 お さ な 源 氏 』 の「 玉 鬘 」 第 二 図 に 倣 っ て、 屋 形 つ き の 帆 船 を 描 い て い る( 図 )。 忍 鎧 の 鍋 島 本( 図 ) お よ び 松 寿 文 庫 本 も 同 じ 場 面 を 選 択 し て い る が、 お そ ら く は『 絵 入 源 氏 物 語 』 の「 玉 鬘 」 第 一 図 に 倣 い、 帆のない屋形船を採用している。 な お、 『 絵 本 草 源 氏 』 と 忍 鎧 の 肉 筆 二 本 の「 玉 鬘 」 図 は、 源 氏 香 之 図 絵 と し て は 珍 し く 人 の 姿 を 描 い て い る。 う ち『 絵 本 草 源 氏 』 は 景 物 と し て の 船 の 一 部 と し て 船 頭 の 姿 を 描 き 込 ん で い る に 過 ぎ な い が 五 七 、 忍 鎧 に よ る 肉 筆 二 本 は こ の 巻 の 主 人 公 で あ る 玉 鬘 も 船 上 の 人 と し て 描 い て お り、 源 氏 香 之 図 絵 と し て は 極 め て 例 外 的 な 図 像 と な っ て い る。 し か し な が ら、 『 暗 部 山 』 で は 長 谷 寺 参 詣 の 場 面 を 選 択 し て お り、 無 人 の 伽藍の眺望としている(図) 。 他 方、 流 芳 の「 改 正 源 氏 香 之 図 」 は『 絵 本 草 源 氏 』 と 同 様 に 帆 船 を 描 く が、 こ の 帆 船 に は 屋 形 は な く、 人 の 姿 も 描 か れ て い な い( 図 )。 同 じ 船 旅 の 場 面 が 選 択 さ れ て も、 図 様 は 三 種 三 様 に 異 な っ て い る。 そ の後、 明和四年 (一七七) 刊の 『女庭訓御所文庫』 や土佐光芳 (一七〇〇 〜 一 七 七 二 ) の 記 名 を 持 つ 作 例 五 八 な ど、 十 八 世 紀 後 半 以 降 の 源 氏 香 之 図 で は 再 び 蔓 草 が 採 用 さ れ、 源 氏 か る た 絵 に も 蔓 草 の 採 用 例 が 多 々 出 現 す る 五 九 。 し か し 北 斎 は じ め 江 戸 後 期 の 源 氏 か る た 絵 で は 屋 形 船 や 帆 船 を 描 く も の も あ り、 十 九 世 紀 の「 玉 鬘 」 図 は、 概 ね 蔓 草 ま た は 船 の 二者択一的な形で推移してゆく 六〇 。 (六) 「若菜」上下図の錯綜 ─ 若草、猫、結び文、鞠 伝光起の香之図では、 「若菜上」はスギナとツクシ(図) 、「若菜下」 は タ ン ポ ポ( 図 ) と、 い ず れ も 帖 名 そ の ま ま に 春 の 若 草 と 草 花 が 描 か れ て い る。 他 方、 『 絵 本 草 源 氏 』 で は、 「 若 菜 上 」 相 当 の 香 之 図 の 名 目は「若菜」となっており、 趣意絵はやはり若草であるが(図) 、「若 菜下」 図は 「猫と結び文」 である (図) 。しかし忍鎧以降の作例では、 猫 が 描 か れ る 場 合 は 鞠 と の 組 み 合 わ せ で「 若 菜 上 」 に 配 さ れ る の が 通 例 で( 図 )、 「 若 菜 下 」 の 方 が 帖 名 そ の ま ま の 初 草 図 と な る 傾 向 に ある(図) 。 物 語 絵 と し て の 源 氏 絵 で 猫 が 最 も 頻 繁 に 描 か れ る の は、 「 若 菜 上 」 の 六 条 院 の 蹴 鞠 で 柏 木 が 女 三 宮 を 垣 間 見 る 場 面 で あ り、 一 帖 一 図 型 の 鑑 賞 画 や 梗 概 書 挿 絵 で も「 若 菜 上 」 図 と し て こ の 場 面 が 選 択 さ れ る こ と が 多 い。 た だ し、 『 源 氏 鬢 鏡 』( 一 六 六 〇 年 初 版 ) 系 列 の 一 帖 一 図 型 梗
概書では、 「若菜上」 図は源氏の四十の賀の場面であり、 蹴鞠の場面は 「若 菜 下 」 と し て 挿 入 さ れ る 六 一 。 他 方、 「 若 菜 下 」 の 本 文 で は、 柏 木 が 女 三 宮 の 猫 を 苦 心 し て 入 手 し 撫 育 す る 顛 末 が 語 ら れ、 『 十 帖 源 氏 』 系 列 の 版 本 の 挿 絵 で は 東 宮 の も と に 渡 っ た 女 三 宮 の 猫 を 柏 木 が 所 望 す る 場 面、 明 暦 三 年 版『 源 氏 小 鏡 』 系 列 の 挿 絵 や 土 佐 光 吉 の『 源 氏 物 語 絵 色 紙 帖 』 (京都国立博物館) 、住吉如慶の 『源氏物語詞』 (大英図書館) などの 「若 菜 下 」 図 で は、 柏 木 が 褥 の 上 で 猫 を 懐 に 抱 く 姿 が 描 か れ る。 ま た「 若 菜 下 」 本 文 で は、 柏 木 が 女 三 宮 と の 密 通 の 場 で 見 る 夢 の 中 に も 猫 が 登 場し、女三宮の懐胎を暗示する。 『 絵 本 草 源 氏 』 は、 「 若 菜 」 図 で は 帖 名 そ の ま ま の 描 写 を 踏 襲 し つ つ、 「 若 菜 下 」 図 で は こ れ と の 図 像 的 な 差 別 化 を 図 る た め に、 物 語 内 容 に よ り 深 く 踏 み 込 む 形 で、 女 三 宮 と 柏 木 の 関 係 の 契 機 と な っ た 猫 と、 こ れ が 源 氏 に 露 顕 す る 契 機 と な っ た 柏 木 の 文 六 二 と を 組 み 合 わ せ た「 猫 と 結 び 文 」 図 を 採 用 し た も の と 考 え ら れ る。 さ ら に 興 味 深 い こ と に、 『 絵 本 草 源 氏 』 は「 柏 木 」 図 を「 柏 の 葉 と 鞠 」 と し て、 「 柏 木 」 巻 本 文 に は 出 な い 鞠 を 描 き 込 ん で い る( 図 )。 つ ま り こ の 絵 本 は、 「 柏 木 」 の 語 を 単 な る 帖 名 と し て 以 上 に 登 場 人 物 の 名 称 と し て 捉 え、 「 若 菜 上 」 巻 か ら 「 柏 木 」 巻 に か け て 語 ら れ る こ の 人 物 の 命 運 を、 「 若 菜 下 」 図 と「 柏 木 」 図に振り分けて示したものと解される。 こ う し た『 絵 本 草 源 氏 』 の 創 意 を、 忍 鎧 は 部 分 的 に 採 用 し、 猫 は 鞠 と 組 み 合 わ せ て「 若 菜 上 」( 図 ) に 移 す 一 方 で、 「 若 菜 下 」 は 伝 光 起 と 同 様 に タ ン ポ ポ( 図 )、 「 柏 木 」 は 柏 の 木( 図 ㊱ ) と、 帖 名 そ の ま ま の 図 像 に 差 し 戻 し て い る。 こ こ で は、 伝 光 起 で は「 若 菜 」 は 上 下 と も に 帖 名 そ の ま ま で あ っ た 図 像 が、 上 下 巻 の 差 別 化 と い う 動 機 に 導 か れ る 形 で、 物 語 内 容 や 源 氏 絵 の 定 型 を 踏 ま え た 図 像 へ と、 段 階 的 に 修 正 さ れ て い っ た 過 程 が 覗 え る。 忍 鎧 の 敷 い た 路 線 は 流 芳 も 踏 襲 し て い る が、 後 の 源 氏 香 之 図 絵 や か る た 絵 で は 伝 光 起 の 路 線 も 残 っ て ゆ く 六 三 。 他 方、 か る た 絵 で は 後 に 北 斎 が「 若 菜 下 」 の 上 の 句 札 に 猫 を 単 独 で 描 いており、 ここでも『絵本草源氏』の図像が部分的に復活した形となっ ている。 (七) 「夕霧」図と「幻」図 ─ 描写困難な名辞への対応 「 夕 霧 」 図 は、 「 霧 」 と い う 不 定 形 な 事 物 の 描 写 を 要 請 す る た め、 享 保期までの初期作例では図像や図様の差が大きく、 定型の確立には至っ て い な い が、 い ず れ も こ の 巻 の 物 語 の 主 要 な 舞 台 と な る 小 野 の 山 荘 を 取 り 巻 く 景 物 の 描 写 に 依 拠 し て い る。 伝 光 起 と『 絵 本 草 源 氏 』 は、 構 図 は 異 な る も の の、 い ず れ も 山 に か か る 霧 を 描 い て お り( 図 )、 忍 鎧 の 肉 筆 本 で は 霧 に 包 ま れ た 家 屋 と 樹 木( 図 )、 『 暗 部 山 』 で は 鳴 子 が 吊 ら れ た 稲 田 に か か る 霧( 図 )、 流 芳 で は 霧 に 包 ま れ た 松 樹 の 傍 ら に 一 対 の 鹿 が 描 か れ る( 図 )。 い ず れ の モ テ ィ ー フ も 物 語 本 文 に 典 拠 が求められるが、 それら全てが 『絵入源氏物語』 の 「夕霧」 第四図 (図) と 関 連 づ け ら れ る。 こ の 図 は 見 開 き で 小 野 の 山 荘 に 佇 む 夕 霧 の 姿 と 小 野 の 山 里 の 眺 望 を 描 い て お り、 田 に は 鳴 子 が 吊 さ れ、 雌 雄 一 対 の 鹿 が 佇む。 従って、 この図から各々別個の要素を抽出して再構成することで、 五種の異なった図様が生み出されたと見ることもできる。 他方、 忍鎧が『暗部山』で採用した「稲田に鳴子」は、 系図香の「鳴
源氏香之図の図像形成とその論理 ─「乙女」図としての「羽衣」を軸として─(龍野) 子 」 六 四 と も 関 連 づ け ら れ る。 系 図 香 の 香 之 図 に 趣 意 絵 が 付 さ れ る こ と は 稀 で あ る が、 松 寿 文 庫 所 蔵 の 十 八 世 紀 の 香 図 帖 六 五 で は、 系 図 香 図 の 「 鳴 子 」 図 の 趣 意 絵 と し て 穂 を 垂 れ る 稲 株 の 傍 ら に 吊 さ れ た 鳴 子 の 図 が 付 さ れ て お り、 『 暗 部 山 』 の「 夕 霧 」 図 と 近 似 し て い る ほ か、 国 文 学 研 究 資 料 館 所 蔵 の 源 氏 香 之 図 の「 夕 霧 」 図 と は 構 図 的 に も 酷 似 し て い る。 も っ と も、 後 の 源 氏 香 之 図 絵 や 源 氏 か る た 絵 で は、 概 ね 伝 光 起 や『 絵 本草源氏』の路線が採用され、霧にかすむ山が ほ ぼ定型となってゆく。 「 幻 」 図 も、 具 体 的 な 事 物 と し て の 描 写 の 困 難 か ら、 享 保 期 ま で の 作 例 は 各 々 が 異 な っ た 場 面 な い し 歌 を 材 源 と し て い る。 伝 光 起 の「 火 鉢 と 火 箸 と 結 び 文 」( 図 ) は、 出 家 を 決 意 し た 源 氏 が 身 辺 整 理 の た め 紫 上 の 文 を 焼 く 場 面 に 対 応 す る も の で、 京 博 本『 源 氏 物 語 絵 色 紙 帖 』 や 住 吉 如 慶 の 大 英 博 物 館 本『 源 氏 物 語 詞 』 な ど、 土 佐 派 系 の「 幻 」 図 が 地 火 炉 で 文 を 焼 く 女 房 と 源 氏 の 姿 を し ば し ば 描 い て い る こ と と 関 連 づ け ら れ、 そ こ で 詠 ま れ る 第 二 三 歌「 か き つ め て 見 る も か ひ も な し 藻 塩 草 同 じ 雲 井 の 煙 と を な れ 」 を 暗 示 す る も の と 解 さ れ る。 他 方、 『 絵 本 草 源 氏 』 の「 東 屋 と 山 に 霞 」( 図 ) は、 同 じ 場 面 で 源 氏 が 詠 む 第 二 二 歌 「 死 出 の 山 越 え に し 人 を 慕 ふ と て 跡 を 見 つ つ も な ほ ま ど ふ か な 」 と 関 連 づ け ら れ る。 忍 鎧 の「 薄 雲 に 雁 列 」( 図 ) は、 帖 名 由 来 歌 で あ る 源 氏 の 第 二 〇 歌「 大 空 を か よ ふ ま ぼ ろ し 夢 に だ に 見 え こ ぬ 魂 の 行 く 方 た づ ね よ 」 の 動 機 と な っ た「 雲 井 を わ た る 雁 の 翼 」 に 依 拠 し て お り、 同 じ 場面を描く 『絵入源氏物語』 「幻」 第三図とも関連づけられる。流芳の 「綿 を 着 せ た 菊 と 扇 」( 図 ) は、 源 氏 の 第 一 九 歌「 も ろ と も に お き ゐ し 菊 の朝露もひとり袂にかかる秋かな」 の出詠場面に出る 「綿お ほ ひたる菊」 に依拠する。 こ れ ら 一 連 の「 幻 」 図 は、 い ず れ も 紫 上 に 対 す る 追 慕 の 念 に 満 ち た 哀 切 な 歌 に 取 材 し て い る が、 図 像 の 表 層 の み を 見 れ ば、 流 芳 の「 幻 」 図 は 重 陽 の 節 句 の 縁 起 物 と 饗 宴 を 暗 示 す る 扇 六 六 の 組 合 せ で あ り、 他 の 作 例 と は 明 ら か に 趣 を 異 に す る。 こ う し た 流 芳 の 選 択 に は、 時 と し て 不 吉 さ に 傾 く 心 理 的 な 陰 影 を 含 ん だ 文 学 性 や 思 索 性 よ り も、 優 美 で 風 雅 な 慶 賀 の 素 材 を『 源 氏 物 語 』 に 求 め る 近 世 特 有 の『 源 氏 物 語 』 受 容 の 傾 向 六 七 が、 と り わ け 色 濃 く 表 れ て お り、 同 じ 流 芳 が「 真 木 柱 」 図 に 施 し た「 改 正 」 と も 相 通 じ る 志 向 性 を 示 し て い る。 し か し、 後 の 源 氏 香 之 図 で は 忍 鎧 の「 幻 」 図 に 近 い 雁 列 の 採 用 例 が 多 く、 源 氏 か る た で も 同 様 で あ る 六 八 。 こ の 場 合 は 帖 名 由 来 歌 の 出 詠 場 面 と し て の 説 得 力 が 大きく作用したものと考えられる。 五、 『源氏物語』 「乙女」巻と「翼型の羽衣」 源氏香之図絵にとっては、 「夕霧」や「幻」とは異なった意味で、 「乙 女 」 も 少 な か ら ず 厄 介 な 帖 名 で あ っ た。 こ の 場 合、 帖 名 自 体 は 紛 れ も な く 人 間 を 意 味 す る 普 通 名 詞 で あ る た め、 こ の 語 を ど う 解 釈 し、 図 像 化 す る か が 問 題 と な る。 そ の た め に、 享 保 期 ま で の 初 期 作 例 は、 各 々 由 来 歌 に 遡 る 形 で 帖 名 の 解 釈 を 試 み、 こ れ に 沿 っ た 形 で 図 像 を 設 定 し ている。 「 乙 女 」 巻 で は、 源 氏 に よ る 第 八 歌「 を と め ご も 神 さ び ぬ ら し 天 つ 袖 ふ る き 世 の 友 よ は ひ 経 ぬ れ ば 」 と、 夕 霧 に よ る 第 十 歌「 日 影 に も し る か り け め や を と め ご が 天 の 羽 袖 に か け し 心 は 」 の 二 首 に 帖 名 が 詠 み 込
ま れ て い る が 、 室 町 前 期 の 今 川 範 政 『 源 氏 物 語 提 要 』 以 来 、 主 人 公 た る 源 氏 の 出 詠 に か か る 第 八 歌 が こ の 巻 を 代 表 す る 歌 と 見 な さ れ 、 一 帖 一 首 型 の 梗 概 書 や 源 氏 歌 か る た で も 、 例 外 な く 第 八 歌 が 採 ら れ て い る 六 九 。 こ の 歌 は、 源 氏 が 乳 母 子 惟 光 の 娘( 後 の 夕 霧 側 室、 藤 内 侍 ) を 召 し て 五 節 舞 姫 を 務 め さ せ た 際 に、 か つ て 舞 姫 を 務 め た 筑 紫 の 五 節 と の 逢 瀬 を 思い起こして筑紫に送った懐旧の歌である。したがって、 この歌の「を と め ご 」 は、 直 接 的 に は 筑 紫 の 五 節 を 指 す が、 五 節 舞 姫 す な わ ち 吉 野 宮 で 天 武 帝 の 前 に 下 っ た 天 津 乙 女 の 後 裔 と の 意 七 〇 を 内 包 し て お り、 そ れが「天つ袖」の語句に示されている。 他 方、 夕 霧 の 歌 は、 節 会 の 後 に 宮 中 へ の 出 仕 が 決 ま っ た 惟 光 の 娘 に 宛 て た 恋 文 で、 そ の 舞 姫 姿 に 心 奪 わ れ た こ と を 詠 ん で い る。 し た が っ て、 この「をとめご」は直接的には惟光の娘を指すが、 源氏の歌と同様、 や は り 天 津 乙 女 の 意 を 内 包 し、 こ こ で は そ れ が「 天 の 羽 袖 」 と し て 表 れる。 伝 光 起 の「 乙 女 」 図 は、 こ の 帖 名 を「 天 津 乙 女 」 す な わ ち 天 人 の 意 と 解 し た も の で、 菩 薩 形 の 天 人 が 右 手 に 開 い た 檜 扇 を 持 ち、 遊 泳 す る よ う な 姿 勢 で 雲 中 を 飛 行 す る 姿 を 描 い て い る。 源 氏 香 之 図 絵 と し て は 異 例 中 の 異 例 と い う べ き 人 像 中 心 の 図 像 で あ る が、 こ の 場 合 は あ く ま で も 帖 名 を 象 徴 す る モ テ ィ ー フ で あ り、 物 語 の 登 場 人 物 で は な い た め、 忍鎧による肉筆本の 「玉鬘」 図の場合とは性格が異なる。 加えて、 この 「乙 女 」 図 の 天 人 像 は、 既 存 の 源 氏 絵 の 図 像 伝 統 は も と よ り、 仏 教 図 像 と し て の 飛 天 図 と も 異 質 で あ り、 古 代 イ ン ド 風 の 着 衣 の 天 人 と 日 本 産 の 発 明 品 で あ る 檜 扇 の 組 合 せ は、 正 統 的 な 仏 教 図 像 で は 到 底 考 え ら れ な い 奇 異 な も の で あ る。 と は い え、 吉 野 に 下 っ た 天 津 乙 女 を 菩 薩 形 の 天 人 と し て 描 き、 こ こ に 五 節 舞 姫 の 持 物 と し て の 檜 扇 を 加 え た も の と 解 すれば、その奇異さにも合理的な説明はつけられる。 こ れ に 対 し、 『 絵 本 草 源 氏 』 の「 乙 女 」 図 は、 天 冠 と 開 い た 檜 扇 で あ り、 五節舞姫と直結したモティーフを採用している。これらのモティー フ は、 公 卿 ら が 五 節 舞 を 観 覧 す る 場 面 を 描 い た 既 存 の 源 氏 絵 と 関 連 づ け る こ と も 可 能 だ が、 こ の 場 合 は 惟 光 の 娘 や 筑 紫 の 五 節 と い っ た 特 定 の人物よりも、 「五節舞姫」という観念の象徴と見る方が妥当であろう。 伝光起の場合とは異なり、 ここでは 「乙女」 の帖名は 「天人」 ではなく 「五 節舞姫」の意と解されていることになる。 「 乙 女 」 図 を「 翼 型 の 羽 衣 」 と し た 忍 鎧 は、 伝 光 起 と 同 様 に、 帖 名 を 吉 野 に 下 っ た 天 人 の 意 と 解 釈 し て い る こ と に な る が、 図 像 設 定 の 根 拠 は、 源 氏 の 歌 以 上 に 夕 霧 の 歌 に 求 め ら れ る。 こ こ に 出 る「 天 の 羽 袖 」 は、 源 氏 の「 天 つ 袖 」 以 上 に 直 接 的 に「 羽 衣 」 と 結 び つ く も の で あ り、 五 節 舞 姫 の 祖 で あ る 吉 野 の 天 人 を 羽 衣 と 直 接 的 に 結 び つ け て い る こ と に な る。 こ こ で は 羽 衣 は、 永 祐『 帝 王 編 年 記 』 所 引 の『 近 江 国 風 土 記 』 逸 文 や 卜 部 兼 方『 釈 日 本 紀 』 所 引 の『 丹 後 国 風 土 記 』 逸 文、 あ る い は 能『 羽 衣 』 の 材 源 と な っ た『 駿 河 国 風 土 記 』 逸 文 七 一 な ど に 見 え る 羽 衣 伝 説 の 天 人 だ け で な く、 吉 野 の 天 武 帝 の も と に 下 っ た 天 人 を も 含 め た 「天津乙女」なるもの全般の持物と見なされていると言ってよい。 こ う し た 発 想 は、 能『 羽 衣 』 に お け る 羽 衣 の 役 割 か ら 導 か れ た も の と 考 え ら れ る。 風 土 記 の 羽 衣 説 話 群 で は、 羽 衣 は あ く ま で も 着 脱 可 能 な 飛 行 具 で あ る が、 能『 羽 衣 』 に お い て は、 羽 衣 は 単 な る 飛 行 具 に 留
源氏香之図の図像形成とその論理 ─「乙女」図としての「羽衣」を軸として─(龍野) ま ら ず、 天 人 の 舞 に 必 須 の 舞 衣 で も あ る。 こ れ を 敷 衍 す る 形 で、 吉 野 宮 の 天 武 帝 の も と に 天 降 っ た 天 津 乙 女 も ま た 羽 衣 を 舞 衣 と し て い た も のと、忍鎧は想定していたことになる。 そ の「 羽 衣 」 を 舞 楽『 迦 陵 頻 』 の 装 束 の 翼 に 類 す る も の と し て 描 く と い う 着 想 を、 「 源 氏 絵 の 一 種 と し て の 源 氏 香 之 図 絵 」 と い う 文 脈 の 中 に 求 め る な ら ば、 「 胡 蝶 」 図 と の 関 連 づ け が 可 能 で あ る。 源 氏 香 之 図 絵 の「 胡 蝶 」 図 は「 叢 に 舞 う 蝶 」 が 伝 光 起 以 来 の 定 型 で あ る が、 物 語 絵 と し て の 源 氏 絵 で は、 六 条 院 春 の 町 の 船 楽 の 情 景 が 選 択 さ れ る の が 常 で あ り、 多 く は「 鳥 蝶 に 装 束 き わ け た る 童 べ 」 が『 胡 蝶 』 と『 迦 陵 頻 』 を舞う場面が描かれる。 無論、 源氏絵の 「胡蝶」 図を持ち出すまでもなく、 僧 侶 で あ る 忍 鎧 は 寺 社 の 奉 納 楽 と し て 上 演 頻 度 の 高 い 舞 楽『 迦 陵 頻 』 に接する機会は頻繁にあったはずで、 そこから 『迦陵頻』 の装束を天下っ た 天 人 の 羽 衣 に 流 用 す る と い う 発 想 を 得 る こ と も で き た。 さ ら に、 堂 塔 内 部 の 装 飾 と し て 菩 薩 形 の 飛 天 と と も に 頻 繁 に 描 か れ る 迦 陵 頻 伽 の 像 も ま た、 忍 鎧 と っ て は 親 し い も の で あ っ た ろ う。 「 有 翼 の 天 女 」 と 見 紛 う 迦 陵 頻 伽 の 姿 を「 羽 衣 」 を 着 し た 天 人 に 擬 す る と い う 発 想 も、 忍 鎧 の 中 に 蓄 積 さ れ て い た 視 覚 的 体 験 の 中 か ら 十 分 に 導 き 出 さ れ う る も のだった。 い ず れ に し て も 忍 鎧 は、 吉 野 の 天 人 と 羽 衣 を 結 び つ け、 そ の「 羽 衣 」 に 「長い尾羽を伴う翼」 という形を与えている。これに対し、 流芳の 「改 正源氏香之図」の「乙女」図は、 『絵本草源氏』と同様に「天冠と檜扇」 の組合せを採用している。したがって、 流芳は 「乙女」 図に 「翼型の羽衣」 を 用 い る こ と に は 批 判 的 で あ っ た こ と に な る。 と は い え 流 芳 が 批 判 的 で あ っ た の は、 お そ ら く は 羽 衣 説 話 と は 無 関 係 の 吉 野 の 天 人 降 臨 譚 と 羽 衣 を 結 び つ け る こ と に 対 し て で あ り、 「 翼 型 の 羽 衣 」 と い う 意 匠 自 体 を 拒 絶 し て い た わ け で は な い。 実 際、 「 改 正 源 氏 香 之 図 」 を 収 め た『 香 道 滝 の 糸 』 に 続 い て 出 版 し た『 香 道 千 代 の 秋 』 で は、 能『 羽 衣 』 に 取 材 し た 盤 物 組 香「 羽 衣 香 」 の 立 物 と し て、 翼 型 の 羽 衣 を 象 っ た 細 工 物 の使用を指示している(図) 。 そ の 後 の 源 氏 香 之 図 絵 の「 乙 女 」 図 は、 「 菩 薩 形 の 天 人 」 と「 翼 型 の 羽 衣 」 と「 天 冠 に 檜 扇 」 の 三 者 択 一 の 状 態 が 続 い て ゆ く が、 肉 筆 彩 色 の 作 例 で は 菩 薩 形 の 飛 天 図 の 採 用 例 が 比 較 的 よ く 見 ら れ る。 松 寿 文 庫 所 蔵 の 元 文 四 年( 一 七 三 九 ) の 年 記 を 持 つ 作 例 の ほ か、 土 佐 光 芳 (一七〇〇〜一七七二) の記名作 七二 や、 九曜文庫所蔵の幕末期の作例 (文 庫 30a0307 ) が こ れ に 相 当 す る。 た だ し、 こ れ ら の 天 人 は 檜 扇 を 伴 っ て は お ら ず、 正 統 的 な 仏 教 図 像 に 見 ら れ る 飛 天 の 形 に 差 し 戻 さ れ て い る。 また、 これらの作例は、 「若紫」 図が 「鳥籠と雀」 図となっている以外は、 概 ね 伝 光 起 と 同 様 の 図 像 を 採 用 し て お り、 土 佐 派 系 の 源 氏 香 之 図 絵 の 系譜が形作られていたことが分かる。 これに対して版本では、 『絵本草源氏』 に起源を持つ 「天冠 (と檜扇) 」 か、 忍 鎧 に 起 源 を 持 つ「 翼 型 の 羽 衣 」 の い ず れ か が、 ほ ぼ 二 者 択 一 的 な 形 で 採 用 さ れ て い る。 こ れ が 源 氏 か る た 絵 に も 波 及 し て ゆ く が、 肉 筆 彩 色 の 作 例 で は「 翼 型 の 羽 衣 」 の 方 が 優 勢 で、 「 天 冠( と 檜 扇 )」 の 採 用 例 は 少 な く、 管 見 の 限 り で は 九 曜 文 庫 所 蔵 の 源 氏 か る た( 文 庫 30-A0320 ) が 天 冠 を 単 独 で 用 い て い る の が 唯 一 の 作 例 で あ る。 し か し 北 斎 の 『風流源氏うたがるた』 は、 上の句札に天冠、 下の句札に翼型の羽衣と、
双 方 を 採 用 し て い る。 そ の 結 果 と い う べ き で あ ろ う、 「 乙 女 」 図 に お け る「 翼 型 の 羽 衣 」 と「 天 冠( と 檜 扇 )」 の 二 者 択 一 的 な 状 況 は、 江 戸 後 期には源氏絵合や源氏双六の「乙女」図にも波及してゆく。 やや例外的な図像としては、 松寿文庫所蔵の香之記 『香式』 の 「乙女」 図 で は 笙 が 描 か れ て い る。 こ れ に つ い て は、 同 志 社 大 学 文 化 情 報 学 部 所 蔵 の『 歌 絵 百 人 一 首 か る た 』 の 僧 正 遍 昭 の 札 が や は り 笙 を 描 い て い る こ と と 関 連 付 け ら れ よ う。 遍 昭 に よ る 百 人 一 首 第 十 二 歌「 天 つ か ぜ 雲の通ひ路吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ」 (『古今集』 巻十七 「雑 歌 上 」 八 七 二 ) も 天 降 っ た 天 人 の 末 裔 と し て の 五 節 舞 姫 を 歌 っ た も の で あ り、 い ず れ の 場 合 も 奏 楽 の 飛 天 図 か ら の 連 想 で 笙 が 選 択 さ れ た も のと見られる。 ま た、 九 曜 文 庫 所 蔵 の 肉 筆 に よ る 幕 末 期 の 源 氏 香 之 図 絵( 文 庫 30a0306 ) は、 裳 唐 衣 に 釵 子 を 着 け て 檜 扇 を 持 つ 舞 姫 を 描 い て い る。 こ れ は 物 語 絵 へ の 接 近 と 見 る こ と も で き る が、 盤 物 組 香 と し て 考 案 さ れ た「 源 氏 千 種 香 」 の 一 つ「 乙 女 香 」 と の 関 連 も 考 え ら れ る。 「 乙 女 香 」 に つ い て は、 元 文 二 年( 一 七 三 七 ) に 菊 岡 沾 涼( 一 六 八 〇 〜 一 七 四 七 ) が「 古 法 の 集 大 成 」 と し て 編 纂 し た『 香 道 蘭 之 園 』 の 八 巻 に 次 第 が 記 さ れ て お り、 五 節 舞 姫 を 象 っ た 人 形 を 立 物 と し て 用 い る こ と が 指 示 さ れ て い る 七 三 。 た だ し『 香 道 蘭 之 園 』 の 立 物 図 の 舞 姫 人 形 は、 裳 唐 衣 で は な く 小 袿 袴 の 略 装 で あ る。 こ の こ と は、 五 節 舞 が 応 仁 の 乱 以 後 宝 暦 三 年( 一 七 五 三 ) の 復 興 ま で 長 く 中 絶 し て い た こ と と も 無 関 係 で は な い だ ろ う。 い ず れ に し て も、 源 氏 香 之 図 絵 の「 乙 女 」 図 と し て 舞 姫 の 姿 が 描 か れ る の は 異 例 の こ と な が ら、 香 道 内 部 の 論 理 で 説 明 す る こ と も十分に可能な範疇に含まれる。 結びにかえて 繰 り 返 す よ う に、 源 氏 香 之 図 の 趣 意 絵 は、 香 之 図 の 名 目 と し て の 帖 名 そ れ 自 体 の 視 覚 化 を 目 的 と す る も の で あ り、 本 質 的 に は 物 語 絵 で は な い。 し か し な が ら、 趣 意 絵 付 の 源 氏 香 之 図 帖 と い う 形 式 は、 香 之 図 と 名 目 の 対 照 表 と し て の 元 来 の 用 途 を 離 れ、 一 帖 一 図 形 式 の 鑑 賞 画 の 画 帖 へ と 接 近 す る 可 能 性 を 持 っ て い た。 そ の こ と を 示 す の が、 後 西 帝 の 第 十 一 皇 女 に し て 百 々 御 所 宝 鏡 寺 の 門 跡 と な っ た 本 覚 院 宮 理 豊 女 王 ( 一 六 七 二 〜 一 七 四 五 ) の 手 に な る『 源 氏 香 絵 』 七 四 で あ る。 十 セ ン チ 四 方 に 満 た な い 絹 本 着 色 の 小 画 面 を 金 箔 張 の 台 紙 に 貼 り 込 ん で 一 扇 一 図 の 折 本 に 仕 立 て た こ の 画 帖 は、 多 く の 源 氏 香 之 図 絵 と 同 様 の 留 守 模 様 の 図 像 も 含 ん で い る が、 全 体 の 三 分 の 一 ほ ど は 人 物 表 現 を 伴 う 物 語 絵 の 形 式 で、 各 図 に は『 源 氏 物 語 』 本 文 の 抜 粋 が 書 き 込 ま れ て い る。 こ う し た 点 で は、 こ の 作 例 は 香 之 図 と 名 目 の 対 照 表 と い う よ り も、 香 之 図 帖 の 形 式 を 借 り た 鑑 賞 画 と し て の 性 格 が 強 い。 少 な く と も こ の 画 帖 の 絵 は、 香 之 図 の 名 目 の 視 覚 化 と い う 範 疇 に は 留 ま っ て い な い。 そ の た め、 本 稿 で は 敢 え て 考 察 の 対 象 と は し な か っ た が、 こ の 画 帖 は 貴 人 の 手 遊 び の 域 を 超 え た 完 成 度 を 備 え て お り、 そ れ 自 体 が 独 立 し た 考 察 の対象たりうる。 本 稿 で は、 香 道 具 と し て の 源 氏 香 之 図 と い う 媒 体 の 性 質 に 着 目 す る こ と で、 そ の 趣 意 絵 に 特 有 の 図 像 形 成 の 過 程 と、 そ こ に 働 い て い た 論 理 を 明 ら か に し て き た。 源 氏 香 之 図 絵 は、 物 語 の 図 解 と は 異 な っ た 固
源氏香之図の図像形成とその論理 ─「乙女」図としての「羽衣」を軸として─(龍野) 有 の 論 理 を 持 つ 媒 体 で あ っ た が ゆ え に、 「「 乙 女 」 図 と し て の「 翼 型 の 羽衣」 」 という意匠が創出される契機を提供することとなったのである。 こ う し て 生 み 出 さ れ た「 翼 型 の 羽 衣 」 は、 や が て 源 氏 香 之 図 と い う 媒 体 や、 『 源 氏 物 語 』「 乙 女 」 巻 と い う 文 脈 を 離 れ て、 謡 曲『 羽 衣 』 に 代 表 さ れ る 羽 衣 説 話 一 般 と の 結 び つ き を 獲 得 し、 広 く 拡 散 し て ゆ く こ と になるだろう。その様態については、いずれ別稿で明らかにしたい。 ( 付 記 ) 本 稿 の 執 筆 に 当 た っ て は、 鍋 島 報 效 会 徴 古 館 の 池 田 三 紗 氏 に 資 料 閲 覧 の 便 を 図 っ て 頂 い た。 ま た、 松 栄 堂 の 畑 正 高 氏 お よ び 松 寿 文 庫 の 柴 木 加 容 子 氏 に は、 未 公 開 資 料 を 含 む 多 数 の 香 道 資 料 の 閲 覧 の 機 会 を 頂 い た ほ か、 畑 氏 か ら は 特 に 貴 重 な ご 助 言 を 多 く 頂 戴 し た。 謝 し てここに記す。 注 一 拙 稿 「「 有 翼 の 天 女 図」 考 ─ 本 多 錦 吉 郎 《 羽 衣 天 女》 ( 明 治 二 三 年) を 中 心 に ─」 、 岡 山 大 学 文 学 部 プ ロ ジ ェ ク ト 研 究 4 『 語 り 出 す 図 像 ─ 視 覚 資 料 の 可 能 性』 二〇〇五年三月、 五七〜八八頁、 および 「「有翼の天女図」 再考─失われた 「羽衣」 像」 二 〇 一 一 年 七 月 二 十 三 日 明 治 美 術 学 会 例 会 発 表 要 旨、 『 近 代 画 説』 二 一 号、 二〇一二年、二一〇〜二一二頁。 二 今日では 「少女」 の表記が一般的であるが、ここでは江戸時代の源氏香之図や絵 入 梗 概 書 な ど の 多 く が 用 い て い る 表 記 を 用 い る。 な お、 忍 鎧 に よ る 源 氏 香 之 図 は「をとめ」 のかな表記を用いている。 三 翠川文子 ・ 山根京 『忍鎧の香道著作』 香書双書二、香書に親しむ会、二〇〇八年、 七五頁。 四 い ず れ も 京 師 堀 川 高 辻 上 ル 丁 植 村 藤 右 衛 門、 東 都 通 石 町 三 丁 目 植 村 藤 三 郎、 摂 陽高麗橋壱丁目植村藤三郎の合同出版。 刊行順は、 ①『香道秋の光』 三巻 (付録 「香 志」 一巻) 、享保十七年五月跋、享保十八年七月刊、② 『香道滝の糸』 二巻、享保 十八年五月跋、享保十九年正月刊、③ 『香道千代の秋』 三巻四冊、享保十七年至 日跋、 元文元年 (一七三六) 七月刊、 ④『香道軒の玉水』 二巻、 元文元年十一月跋、 元文二年九月刊、⑤ 『改正香道秘伝』 二巻、付録 『香道奥の栞』 二巻、享保十九年 一月跋、元文四年五月刊。 五 翠川・山根 (二〇〇八) 二一頁。 六 拙稿 「「有翼の天女図」 三考─ 「翼型の羽衣」 像の発生」 『如是我聞録』 、『如是我聞 録』 編集委員会編、 二〇二〇年、 一〜十三頁。部分的に本稿の内容と重複がある。 七 尾崎左永子 「くらしの中の 「源氏香」 」香道文化研究会編 『香と香道 (第五版) 』雄山 閣、 二 〇 一 五 年、 五 六 〜 六 三 頁。 な お、 香 文 化 資 料 室 松 栄 堂 松 寿 文 庫 編 『 源 氏 香の世界』 展図録、京都文化博物館、二〇〇八年が豊富な実例を紹介している。 八 本間洋子 『中世後期の香文化─香道の黎明』 思文閣出版、 二〇一四年、 第五章 「源 氏香の誕生」 、二一五〜二三三頁。 九 早 川 甚 三 「 い わ ゆ る 源 氏 香 之 図 に つ い て」 『 日 本 大 学 理 工 学 部 一 般 教 育 室 彙 報』 八号、一九六七年三月 一〇 本間 (二〇一四) 二一四〜二一五頁。 一一 米 川 常 白 に つ い て は 以 下 を 参 照。 翠 川 文 子 「 香 人・ 米 川 常 白 考」 『 川 村 学 園 女 子 大 学 研 究 紀 要』 第 一 三 巻 第 二 号、 二 〇 〇 二 年、 一 五 九 〜 一 七 八 頁、 翠 川 文 子・ 山 根 京 『 香 道 秘 伝 書・ 米 川 常 白 香 道 秘 伝 抄』 香 書 双 書 一、 香 書 に 親 し む 会、 二〇〇五年。 一二 関親卿 『香道真伝』 巻上 「十組之習」 第十丁表〜裏。 一三 松 寿 文 庫 所 蔵 の 近 衛 稙 家 筆 『 香 図 手 鑑』 ( 十 六 世 紀、 『 源 氏 香 の 世 界』 出 品 番 号 十五) 、『香之図絵巻』 (十七世紀、 『源氏香の世界』 出品番号十七) など。 一四 文庫 30-A0308 。軸には 「土佐光起筆 源氏五十四帖の画」 の題簽が貼られている が、 箱書は 「源氏物語之図 伝土佐光起筆」 となっている。早稲田大学図書館 「古 典籍総合データベース」 で閲覧可能。 一五 江 戸 日 本 橋 南 小 河 彦 九 郎、 京 寺 町 松 原 上 ル 丁 菊 屋 七 郎 兵 衛、 大 坂 安 土 町 一 丁 目 野田屋利右衛門、 同心斉橋筋順慶町柏原屋清右衛門、 一冊。九曜文庫に二部 (文 庫 30-A0233 、文庫 30-A0337 )、国文学研究資料館初雁文庫に一部 ( 12-494 )収蔵。 一六 「世 間 繪 抄 類 出 る と い へ ど も 其 形 チ 當 風 乃 ま さ か に 當 ざ る 所 多 し 此 度 一 流 筆 工