景 気 循 環 と 原 理 論
藤 井 速 実 (文理学部・経済学研究室)Relation between the Trade Cycle ’− ofPolitical Economy HayamiFujii
序IⅡⅢⅣV結
目 次
(下戸1)
and
the Principles
C3)
循環の局面構成と構造類型 マルクスにおける循環の概念(以上第17巻) 循環の法則と原理論(1)一一蓄積論視点-(以上第18巻) 循環の法則と原理論(2)一一恐慌の周期性視点-一一(以上本巻) 循環の法則と原理論(3)一経済構造と段階視点-語 IV 循環の法則と原理論 (2) 一一恐慌の周期性視点-- A 問題の所在 前稿1Jでは景気循環の運動法則を資本主義の人口法則論を基軸として展開した.しかし,そこでヽ はまだ循環の期間分析,すなわち循環が一定の期限をもっでぐりかえされることの必然性を明らか にしてはいない.循環の局面交代の合法則性そのものと,循環が一定の期間をもってくりかえされ るということとは,一応別の次元の問題である. だがしかし,翻って恐慌史に眼を転ずるとき,19世紀20年代から60年代に至る,いわゆる自由主 義の段階において,恐慌がほぽ10年ごとにくりかえされた事実を理論的にはどのように捉えたらよ いのか,という問題が残る.これをたんに偶然の問題として捉えるには事態は余りにも規則的にす ぎるといわざるをえない.これを「;偶然」の問題でなく「必然」の問題として捉えるとすれば,恐 慌の必然性ももはや時間の要素を排除したままの形では説きえなくなるであろう.ここに恐慌の必 然性は,周期性の問題をそのうちに内包したものとして説くべきだという主張の一根拠がある2). われわれもまたこの見解のうえに立っている. そこで本稿におけるわれわれの課題は,次の2点にある.第1点は,いわゆる自由主義段階にみ られる事実としての恐慌の周期の問題を理論的にはどのように理解すべきかということ,これであ る・・〔論点1〕.そして次にそれが恐慌の必然性の問題とどうかかわりあってくるか,その関連を明 らかにすること,これが第2点である〔論点2〕. まず第1点の問題から始めるが,ここでその問題の本論に立ち入る前に若干の予備的考察をして おきたいと思う.今日マルクスの見解によりつつ恐慌の周期性の問題を理論的に解明しようとする 場合,人々はきまって「資本論」第2巻第2篇第9章「投下資本の総回転.回転循環」にみられる 周知の叙述3)を引用し,そこに展開された諸命題を問題解明の基軸に据えようとするのが一般で ある.もっとも,そこで展開された諸命題は,どれも一様に恐慌の周期性の説明原理をなすのでは82 高知大学学術研究報告 第21巻 社会科学 第8号 なく,それぞれが固有の意味とニュアンスをもっているものとみてよいであろう4J.われわれの当 面の課題からすれば,さし当り,次の2つの命題か最も重要な意味をもつものと考えられる.すな わち,その第1は,大工業の最も決定的な諸部門にとっては,固定資本の平均寿命は約10年とみな されるという命題であり〔命題a〕,その第2は,固定資本に繋縛された資本の回転循環か周期的 恐慌の物質的な一基礎をなすという命題がそれである〔命題b〕.前者の命題は固定資本の平均寿 命をもって恐慌の10年周期の根拠を説明しようとする考え方であって,今日でもこの考え方はかな り有力である.しかし,弓れにたいしては,マルクス恐慌論の立場を採る人と採らざる人の双方に 批判的な見解がみられるのである力夕,この点はのちほど次節Bの課題として検討を加えることに したい.一方,後者の命題も恐慌の周期性を論ずるとき,必らずといってよいほど引き合いに出さ れるので応るが,これは前者の命題と密接な関連をもっているため,順序としては,Bでの検討を 終えたのちに,Cのところでとりあげたいと思う.この2つの命題の検討がすなわち〔論点1〕 の主要課題をなす.〔論点2〕では,これらの検討の結果を基礎として,主として恐慌の周期性と 必然性の関連の問題を追究したいと思う.それはDでの課題となる. 1)拙稿「景気循環と原理論(中),m循環の法則と原理論田一一蓄積論視点一一」,高知大学学術研究報告, 第18巻,社会科学,第7号. 2)宇野弘蔵「経済学方法論」東京大学出版会, 264ページ.「恐慌論・商業利潤論の諸問題一経済学ゼミナ ール(3)」法政大学出版局,85ページ.「新訂・経済原論」青林書院新社. 275―276ページ.なお,「恐慌論」 その他の著作でもしぱしぱこの貝解に接するのであるが,この見解は教授の恐慌論体系の軸心をなしている と考えてよいであろう.ただ,’宇野教授の「周期性」の概念そのものには疑問の点があるので,のちにDの ところで簡単に触れることにしたい. これに対する批判的見解は,岡 稔教授にその一例をみることができる.教授によれば,恐慌の周期性の 問題は,恐慌の基礎理論にとっては「二次的な問題」であるとみなされている(岡 稔「恐慌理論の問題 点」,井汲卓一他編「講座恐慌論Ⅲ,恐慌の基礎理論」東洋経済新報社,56ページ). 3)「だから資本制的生産様式の発展につれて……」に始まり,「……つぎの回転循環のための一つの新たな 物質的基礎をなす」に終る一節がそれである. Siehe K. Marx, Das Kapital, Bd. n (Werke, Bd. 24), InstitutfiirMarxismus-Leninismus beim ZK der SED, Dietz Verlag, 1965, SS. 185―186.長谷部 訳「資本論」第2部,青木文庫版,⑥238ページ参照(以下, Das Kapital と略称し,ページ数は原本・訳 本ともにこれにしたがう.ただし,訳文はところによって多少変えてあるところもあるか,ここではそれを いちいち断っていない). ● 4)この点については拙稿「固定資本再生産と恐慌の周期性」,高知大学学術研究報告,第15巻,人文科学, 第9号参照. , 5)マルクス恐慌論の立場にある人で,この点にっいての批判的見解を開陳されている一人に大内 力教授か ある(大内 力「国家独占資本主義」東京大学出版会,・200―201ページ参照).この点についての教授の論点 は,特にCで検討することにする.一方,マルクス恐慌論の立場に立たない人のなかでは,例えばシュンペー ターがそうであり(J. A. Schumpeter, Business Cycles A Theoretical, Historical! and Statistical Analysis of the Capitalist Process, 2 Vols. , 1939.吉田昇三監修・金融経済研究所訳「景気循環論J I, 283^゛−ジの注を参照」,ロビンソン女史もまたその一人である(Joan Robinsori) An Essay on Marxian Economics! Second Edition 1966, p. 46.戸田・赤谷共訳「マルクス経済学」有斐閣,65ページ参照).
B 固定資本の平均寿命とは何か 〔命題a〕についてもっとも論議を呼ぶ問題は,何といっても固定資本の平均寿命を10年と算定 したその根拠如何という点にあるであろう.一般的には固定資本のこの平均寿命と恐慌の10年周期 とを関迎づけて説明しようとする見解か支配的であるか,実はこれには二重の意味での問題が伏在 している.第1の問題は,ここでいう「平均寿命」の「平均」とはいったい何か,という問題がそ れであり,第2には,固定資本の平均寿命と恐慌の周期性とはいったいどこでどう結びつくのか, という問題である.もっとも第2の問題は,〔命題!,〕との直接的なかかわりあいなしには論じえ られない性質のものであるので,〔命題b〕を検討するときに合わせて論ずることにして,さし当 りここでは第1の問題に限定して考えてみたいと思う.
景気循環と原理論 (下の1) (藤井) 8ろ 周知のようにマルクスか固定資本の平均的耐用年数をほぽ10年と考えるに至るまでには,エング ルスの示唆と助言に負うているところが大きい.機械設備の更新についてのマルクスの問い合わせ にたいして,エングルスは1858年3月4日付の手紙で,バビジの見解1’を批判しながら機械設備の 年々の減価償却率は普通「7.5%」であり,したがってその更新期間は「13垢年」2)であるといって いる.そしてその同じ手紙の末尾で次のようにもいっている.「機械の本体に別の性質を与え,し たがって多少ともそれを更新するには,10年から12年で十分だ.13垢年という期間は,もちろん, 倒産とか,修理が高価につきすぎるような主要部分(wesentlicher Stucke)の破損とか,その他類 似の偶発事に影響されるので,’この年数はもう少し短く考えてもよい.だが,10年を下ることはお そらくあるまい」. これにたいし,マルクスは折り返し,エングルスに宛ててその数字の信憑性を認めつつ,次のよ うな返信を送っている.「13年という年数は,それが必要なかぎりでは,理論に一致している.と いうのは,この年数は,工業の再生産期間の一単位(eine Einheit)を示しており,この単位期間 は,大きな恐慌が繰り返し現われる周期と多かれ少なかれ一致しているからだ」3).ここには,13 年という期間が,理論のうえでも実際のうえでも,恐慌の周期と一致するということが確認されて いる. ここでとりあげられている機械設備はもちろん紡績機械であるが,これとは別にマルクスは, 『資本論』のなかで,とくに鉄道部門の主要な諸構成部分の耐用年数についてふれているところが ある.このことは,鉄道と綿工業が当時のイギリス経済の「決定的な生産部門」であったことを思 うとき,極めて重要な意味をもっているといってよい. ところで一ロに鉄道部門といっても,この部門は種々の構成部分から成り立っている.レール, 枕木,土構,停車場建物,橋梁,.トンネル,機関車,車両等々がそれである.これらは,それぞれ 「機能期間」および「再生産時間」,したがってまた「寿命」を異にしている.鉄道のうちでも, いわゆる「works of art(工作物)Joと呼ばれるものと,-そうでないものとでは磨損期間に大きな 相違があること,そしてworks of art の類は「長年月にわたり何らの更新も必要としない」のに たいして,「最もよく磨損するのは軌道と車両類(rolling stock)である」ことなどをマルクスは 指摘している5’. 比較的磨損率の高い固定資本部分で具体的な数字をあげれば次のとおりである.まず,レールに ついては,鉄道の創設当初は,その磨損は「全く微小」で,「無視してよい」ほどだといわれてい ,たが,しかし,「やがて」,レールの寿命は「平均して20年を超えない」ということか判ってきた. また「1867年ころから鋼のレールが採用されはじめた」ため,これまでの「鉄のレール」にくらべ て,レールの寿命も「2倍以上」になった.枕木の寿命は「12年ないし15年」6),機関車の寿命が 1867年には「10年ないし12年」7’,客車および貨車は, 1860年代では磨損率9%,したがって寿命は 「11垢年」8)とみなされた. みられるように鉄道部門の比較的隣損率の高い固定資本部門でも,それらの平均寿命は厳密な意 味では必ずしも一様ではなく,ある程度のひろがりをもっている.しかしそれにしても,レールの 場合を除けば,枕木,機関車,車両について大体10年∼15年の範囲で平均寿命が算定されているこ とは注目してよい.確かにマルクスが平均寿命を正確に「10年」とみなしたのは, 1860年代の機関 車についてのみであって,その他の部門については,比較的その近傍の数字が示されているにすぎ ない.ロバートソンが彼の研究報告のなかで,マルクスを引き合いに出しながら,「マルクスの場 合には,はっきりと10年の寿命を断言できた要具はただ一つ機関車だけだった」9)といっていると ころがあるが,これは正確には,「1860年代には」という限定のなかでいっていることに注目すべ きであろう.なぜなら,すでにふれたように,マルクスはまた別の測定期間,すなわち「1867年に
84 高知大学学術研究報告 第21巻 社会科学 第8号 は」といったときには,平均寿命を「10年ないし12年」と幅をもたせていっているからである. ともあれ,極めてすくない事例ではあるが,以上によって紡績機械部門および鉄道部門のうち の,とくに枕木,機関車,車両の各構成部分の平均寿命の実際を簡単にみてきたのであるが,さ て,これらの事実から直ちに固定資本の社会的平均寿命を一般的に10年と算定しうる根拠があるか どうか,もしあるとすれば,どういう問題点があるかをここで考えてみたいと思う. まず第1に考えられうることは,社会的総生産部門のうち,綿工業部門固定資本の中核をなす紡 績機械と鉄道部門のうち,磨損率の高い,したがってまた寿命の比較的短かい固定資本部分たる枕 木.機関車,車両(およびレール)等々の個々の平均寿命をもって直ちに社会的平均寿命となしう るかどうか,という問題である.これにたいしては,マルクスはあれやこれやの部門の単なる平均 ではなく,「大工業の決定的な諸部門」の平均,つまり,一社会の「骨格の再生産期間」1oJの平均 でなければならないことを強調している.その意味では,19世紀中葉のイギリスにとっては,「綿 工業と鉄道」が「大工業の決定的な諸部門」であり,しかも「紡績機械」や「機関車」・「車両」 等は,これら「決定的な諸部門」のなかの,いわば「骨格」ともいうべき地位にあったことは間違 いのないところであろう.社会的生産の二極構造のなかの「骨格」,その平均寿命がすなわち社会 的平均寿命であるというわけである. しかし,それにしてもこの「骨格」部門の平均寿命か直ちに社会的平均寿命を形成するというこ と,このことを無条件にいうことは確かに一つの論理の飛躍であろう.問題は,どういう条件のも とで,寿命の社会的平均の形成がみられたかを具体的状況に即して確定してゆく手続きが必要であ ろう.この点は,あとでもう一度立ち返ってふれることにしようと思う. 第2に,「骨格」部門の再生産期間が,仮に社会的平均寿命の算定に決定的ともいえる意味をも つとしたその場合においても,なおかつ問題が残りうるのである.それは,一見簡単なようにみえ る「骨格」部門の平均寿命そのものの客観的評価の問題であり,実はこの点がそれほど簡単にはゆ かないということ,ここに重要な一つの問題がある. 先にあげたレールの場合について,このことを考えてみたいと思う.レールは鉄道の創設当初 は,その磨損は無視できるほど「微小」で,したがって寿命も「100年ないし150年」というのが, 専門技術家のあいだの「支配的な意見」だった.ところが,何年か経ってみると,当初は「微小」 なはずだった磨損率が,実際は平均5%以内(したがって寿命は「平均20年以内」)ということに なった.そして, 1867年ころから「鉄のレール」に代って「鋼のレール」が採用されはじめてから は,レールの寿命は2イ嗇,つまり40年になったというのである.このことはいったい何を物語るか. 鉄道の創設当初,レールの寿命を「100年ないし150年」と考えたのは,何も経験に基づく客観的 な根拠があったからではなく,あくまでもーつの予見にすぎなかった.それはいわば人類にとって の文明史的な意味における一つの壮大な実験にひとしいものだったからである.その段階におい て,レールの寿命を「100年ないし150年」と考えたとしても,そこには無理もない一面かあったで あろう.ところが,やがて鉄道も幼年期に入り,そこからまた成長期を迎える段階になってくる と,経験上,「鉄のレール」の寿命は,「平均20年以内」ということか判ってきた.これは一定の生 産力を前提として「機関車の速度,列車の重量および数,レールそのものの太さ,そのほかの幾多 の付随的事情」11Jの総体によって,平均寿命20年以内という結果を生んだのであって,もしこの諸 条件の総体に一定の変化が生じた場合には,当然平均寿命にも一定の影響か及ぶことは確かであろ う.「鉄のレール」から「鋼のレール」への転換は,また平均寿命確定にとってのいま一つの全く 新しい質の規定性をそのうえにもちこむことになる. つまり,ここでは,さし当りこういうことがいえそうである.レールの平均寿命を確定しようと する際には,まずそのレールが,鉄道のライフ・サイクルのなかで,どういう発展段階一創設
景気循環と原理論 ’(下の1) (藤井) 85 期,幼年期,発展期,爛熟期,衰退期-に対応しているかについての大体の認識をもつこと,こ れである.これによって,レールの平均寿命を規定する諸条件の変化にたいして一定の見通しと判 断をもつことができる.そして第2に,これが極めて重要なことなのであるが,平均寿命の測定の 年代と期間をどのように設定するかという点てある.先きにみたように,マルクスは「1867年こ ろ」にはとか,「1860年代には」とか,といって測定期間を1年またはせいぜい10年ぐらいの単位で とっているのであるが,こうした測定期間の設定方法そのものに実は問題かおるといわねばならな い.例えば,測定期間を100年間とったとした場合,測定年代が最初の10年と最後の10年とでは, 同じ10年という期間でも,平均寿命の算定には当然相違がでてくる.なぜなら,その間には,平均 寿命を規定する諸条件にいろいろの変化か起るからである.早い話が,先のレールについていえ ば,幼年期力ゝら成長期にかけての「鉄のレール」の場合には,平均寿命は「20年以内」,「鋼のレー ル」になるとその2倍,つまり「40年以内」,しかも「鉄」の場合でも,「鋼」の場合でも,それぞ れ条件の変化如何では変りうるのである. 平均寿命算定のこのような接近方法は,たんにレールに限ったことではなく,機関車について も,枕木についても,車両についても,そしてまた紡績機械についても,要するに固定資本設備一 般について妥当することである. しかしそれにもかかわらず,事実のうえで19世紀20年代から60年代にかけてほぽ10年前後の周期 で恐慌が発生したことと,固定資本の耐用年数との間には何ら関係はないといいきれるものかどう か.われわれはここで直ちにこれらの間の相関を理論的に証明するというわけにはゆかないけれど も,少くともその証明のための基礎前提ともいうべきものを指摘することはできるであろう.すな わちそれは,マルクスにとっての主要な分析対象であり,抽象の母胎であった19世紀中葉のイギリ ス経済過程のもつ構造的特質の問題である.それは「綿工業と鉄道」という「大工業の最も決定的 な部門」における生産条件と市場条件の特質のうちにある. 生産条件の点では,エングルスの次の指摘が一つの示唆を与・える.「紡績機械における最近20年 間(1838年∼58年)の諸改良は,そのほとんどすべてが機械の既存の枠のなかに組みこむことがで きないような種類のものではなかった.改良はたいてい個々の細部に生じている」12’というのであ る.つまりこの段階では,綿工業の「骨格」部門ではその生産方法には何ら根本的な荻術的変革は 起っておらず,したがって生産も外延的な発展方向を志向したものと考えてよいであろう.むろ ん,恐慌を契機に資本構成の高度化もその都度若干はみられたであろうけれども,それとて抜本的 な技術変革の進展状況のなかで行なわれたわけではない.そこには本質的にいって,生産方法に相 対的硬直性がみられたと考えてよいであろう.一方,イギリスの鉄道建設はすでに1830年代にスタ ートしており,40年代以降になってブームを生みだしたが13)この傾向は60年代においてはじめて 大量的なものとなった14)しかし,鉄道部門においてもその技術革新そのものは永い期間「ゆるや かな発展」を辿ったのであった15)ここでも紡績機械のところでみたのと同じような,技術革新の スロー・テンポという状況かおる.こういう特殊な状況設定があったからこそ,測定期間を比較的 短かくとった場合でも,平均寿命の算定に実際上それほど大きな誤りを犯さないですんだ一根拠が あったのである. それに更に市場条件という点においても,この段階の市場構造は,イギリスを中心国として編成 された世界市場であり,いわばパックス・ブリタ二力の確立期にお.ける経済的表現にほかならなか った.ごのような市場構造を背景としてはじめて,実はあのような技術革新の相対的安定性も存立 しえたのである.ここには両者の相関かおる. 以上によって,かの「骨格」部門の平均寿命が社会的平均寿命と連繋をもちうる一根拠が明らか になったと思う.それはつまり,「綿工業と鉄道」という決定的生産部門の確立,技術革新の相対
86 高知大学学術研究報告 第21巻 社会科学 第8号 -的安定性,イギリス中心の世界市場編成といういわぱ三重の規定性をうけた,そういう状況のなか でのみ成立しえた根拠である.固定資本の平均寿命を10年とみるのも,この文脈のなかにおいての み与えられるのである. 1)バピジ(Babbage)は,その著書「1幾械・マニュファクチュア経済諭」のなかでは,機械設備の本体 (bulk)は,平均して5年ごとに更新されると主張していたらしい(1858年3月2日付,マルクスからエン グルスヘの手紙,岡崎次郎訳「資本論盾簡」(1),国民文庫. 238ページ参照).ついでにいえば,同じ国民文 庫の岡崎氏の旧訳「資本論にかんする手紙」(上)では英語の“bulk”を「主要部分」と訳しておられるが =・=-・=・- ・= ・ −■ = ・(旧訳,75ページ),これは轡簡集原本の脚注に■ "der Hauptleil" とあるのを字義通りに訳されたものと思 われるが,実質的には同じことで,要するに機械等のボディ(body)のことである. 2)エングルスは,のちに1867年8月26日付のマルクスヘの手紙で,再びこのことを確認している.もっと も,このときの手紙では「13垢年」という代りに「約13年」というふうになっている(前掲訳「資本論書 簡」(2),国民文庫,59ページ). 3) 1858年3月5日付,マルクスのエングルスヘの手紙, 4 ) j j 5 6 前掲訳「資本論嗇簡」(1), 241ページ. これらのうちには,建物,プラットホーム,水槽,陸橋,トンネル,切通し,堤防等々がふくまれる (Das Kapitali Bd. n, S. 169.訳⑥217ページ参照). Das Kapital, Bd. n, S. 169.訳⑥217ページ. Ebenda, S. 170.訳c218ページ.ただし,こ・の数字はどの時点で測定された結果であるかは,必らず しも明確ではないか,文脈の前後関係からみて,おそらく「1867年ころ」とみて誤りではなかろう. 7) Ebenda.訳,同上.しかしまた別のところでは,「1860年代には」平均寿命は「10年」,修繕を算入すれ ぱ,磨損が「\lVi%」とみなされ,寿命は「8年」に低下することか指摘されている(Ebenda, S. 177. 訳⑥227ページ参照). 8) Ebenda, S. 177.訳⑥227ページ.
9) D. H. Robertson, Some Material for a Study of Trade Fluctuations, Journal of the Royal Statistical Society, Vol. LXXVII (1913), p. 165.この研究報告にたいしてアイナルセンは,固定資本の回転循環 に関するマルクスの貝解にはじめて照明を与えたものとして高く評価しているCj. Einarsen.“Reinvest- ment Cycles”,Readings in Business Cycles and National Income, ed. by A. H. Hansen and R. V. Clemense, Second Impression 1959, London, p..295).また,アイナルセン自身は,上記論文のなかで, 1883年―1932年の間におけるノルウェーの造船業の実情を調査しているか,その結果によると,更新年数に 「9年」と「19―20年」の2つのピークがあったことを指摘している(Einarsen, op. cit., p. 303). 10) 1858年3月5日付,マルクスからエングルスヘの手紙,前掲訳「資本論書簡」(1), 241ページ. 11) Das Kapital, Bd. n, S. 170.訳⑥218ページ. 12) 1858年3月4日付,エングルスからマルクスヘの手紙,前掲訳「資本論書簡」(1), 239ページ.ただし, 傍点および( )は引用者による.ところで,一国の技術的進歩の状況を趨勢的に捉えるーつの試みとし て,オーカーマンは特許権数の増加に着目している.それによると,イギリスの特許権の数は,18世紀の中 葉から著しく増大しはじめ,19世紀前半に安定し, 1850年と1885年の間にも安定がみられたことを指摘して いる(J. Akermaii) Theory of Industrialism. Causal Analysis and Economic Plans, 1962.児玉 亮 訳,「成長・循環・構造の理論」文雅堂銀行研究社,30ページ参照).この見解は,われわれにとって極めて 大きな示唆を与えてくれる.
13) Jl. A. MeHiieJibcoH, TeopiiH H HCTODHSJ SKOHOMHHeCKHX KpH3HC0B H Uhkjiob, Tom 1, MocKBa 1959, CTp. 132.飯田貫一他訳「恐慌の理論と歴史」第1分冊,青木轡店, 188ページ参照.なお 鉄道建設ブームの状況を鉄道会社への払込資本の大きさによってみれば. 1848年2億ポンド, 1857年3億 1500万ポンド, 1867年5億200万ポンドとなっている(MeHμejibcoH, TaM xe, ctd. 610.邦訳,第2 分冊, 523ページ).
14) MeHaejibCOH, TaM >Ke, ctd. 611.邦訳,第2分冊, 524ページ.
15) W. Ashworth, A Short Historv of the International Economy 1850―1950, Second Impression 1954, p. 63.「鉄のレール」に代って「鋼のレール」か採用されはじめたのが,やっと「1867年ころ」で あったことを想起すべきであろう. C 資本の回転循環と恐慌の周期性 さで,固定資本の平均寿命を約10年と算定した背景に,いかなる特殊的状況の構造があったかは 一応明らかになったのであるが,こんどは,このことと恐慌の周期性とはどこでどうつながるのか という問題に立ち帰りたいと思う.〔命題b〕の課題がすなわちこれである. マルクスは「大工業の最も決定的な諸部門」にとっては,この資本の「生命循環Lebenszyklus」
景気循環と原理論(下の1) (藤井) 87 -一一 一- 一一 あるいは「回転循環Umschlagszyklus」は今日のところ平均10年であると述べた直ぐその後で, 「だが,ここでは一定の年数が問題ではない」1’と述べているが,ここの意図は10年という年数そ のものは必らずしも「決定的bestimmt」2’ではないという意味であって,「生命循環」の年数は 全くどうでもよいというのではない.相対的な意味でのある一定性そのものを否定しようとしてい るのではない.もし,この一定性をも否定するとすれば,―循環か一定の期間−マルクスは大体 10年とみたのであるが一一を要したということ,したがってまた恐慌の周期性そのことも全く意味 のないことといわねばならない.この点をまずはじめに確認しておきたい. そこで〔命題b〕の主題,すなわち固定資本に繋縛された資本の回転循環(生命循環)が周期的 恐慌の物質的な一基礎をなすとする命題の検討に入りたいと思う,その前にまずこの命題のもつ含 意を明確にしておかなければならない.すなわち,ここでは,固定資本の平均耐用年数そのものが 直ちに周期的恐慌の物質的な一基礎をなすといっているのではないということ,そうではなく,資 本は固定資本の存在によってその自己目的たる価値増殖運動を全く自由には展開しえず,投下固定 資本に繋縛された形で,自らの回転循環を展開し,この回転循環が産業循環の期間を規定し,そ して更にこれに媒介されてはじめて恐慌の周期性も論定されうるということ,これである.こうし た媒介の論理をまず念頭に入れておきたいと思う.またここでは単に固定資本といっているけれど・ も,ここでいう固定資本はどういう内容の規定をうけた固定資本かということも行論のうちに改め て問題にされる必要か生じてくるであろう. , ともあれ,固定資本の平均耐用年数をもって,直ちに「周期的恐慌の物質的なー基礎」とみなす 単線的論理は,われわれもこれを否定するのであるが,しかしまた同時に,固定資本の平均耐用年 数と「周期的恐慌の物質的な一基礎」との関係について,これを全而的に否定する’ことも,またわれ・ われのとらざるところであるl 大内 力教授は,固定資本の更新が「循環の基礎とはなりえても,恐慌とどう結びつべのかは判 然としない」ということから,更に進んで,それか「周期的恐慌のひとつの物質的基礎」であると いう見解そのも’のにたいしても「あまり説得的な議論とはいえない」として疑問を提起しておられ る3).われわれもまた,教授とともにこの点に関するマルクスの叙述そのものには,「判然としな い」ところのあることを認める.しかし,固定資本の平均耐用年数が「周期的恐慌のひとつの物質 的基礎」であるという,この点の教授の理解の仕方については,十分納得のゆかないものがある.
教授は「この「ひとつの」というのは,不定冠詞(eine materielle Gnindlage)にすぎないから,
いくつかの物質的基礎があるうちのひとつというほどのいみはないであろう」4’といわれる.この ことは,固定資本の耐用年数なるものは周期的恐慌にとっては,必らずしもその必然的契機をなす ものとは限らないということを意味している.なぜなら’,それは必らずしも周期的恐慌にとっての 物質的基礎とはならないからである.しかし,これは極めて重要な問題といわねばなるまい. たしかに,当該箇所でのマルクスの叙述は,これを字義通りに読むと,教授の指摘されるとおり である.しかし,マルクスが当該箇所以外のところで,そしてまさにこの論点にかかわる発言をし ているところで,これをみると実は『資本論』の当該箇所とは違った考え方を示している.それは さし当り2つあるが,1つは1858年3月2日付のエングルスヘの手紙がそれである.それによると 「機械設備が更新される平均期間は,大工業が確立されて以来産業の運勁が通る多年的循環を説明 ● ● ● ● ●するうえでのひとつの重要な契機em wichtiges Moment なのだ」5)といって,この「ひとつの」 というのをわざわざイ,クリックにして,事柄の重要性を示唆しているかのようである.いま1つ は,先の手紙の3日あとの1858年3月5日付の同じくエングルスヘの手紙のなかで,ほぽ同じ内容 の趣旨が述べられている.「僕にとって重要なのは,大工業の直接的物質的諸条件のなかに循環の 規定のひとつの契機咄z Moment を見いだす,ということだ」6’.ここでもまた「ひとつの」はイ
88 高知大学学術研究報告 第21巻 社会科学 第8号 クリックになっている.いずれの場合にも,たしかにこの「ひとつの」というのは,「資本論」の 場合と同じく形式のうえからは,不定冠詞に間違いないけれども,しかし,ここでのもつ意味内容 は前に述べた教授の解釈を許すほど,それほど弱い憲味ではない.そうではなく,むしろ逆に循環 の規定の「重要な」契機の「ひとつ」であり,したがってまた,そうであるからこそ周期的恐慌に とっても,その必然的な契機のひとつをなすものと理解すべきではないかと思う.そうでなけれ ば,産業循環を資本制的蓄積法則の運動形態として理解する途を閉ざすことにもなりかねないであ ろう. さて,ここらで眼を〔命題b〕の本論のほうに転ずることとしよう.` 先にこの命題の含意を説明するに当って,固定資本の平均耐用年数は,それでもって直ちに周期 的恐慌の物質的な一基礎となるのではなく,いくつかの媒介を経てそれが可能となるということを 指摘した.それはどのようにしてか.いま,ここでこの問題の検討を試みてみたいと思う. ところで「恐慌はつねに,一大新投資の出発点をなす」7)という命題は,恐慌に関する有名なマ ルクス命題の一つである.いまはこの命題の意味を詳論することはさし控えたいのであるが,ただ 次の点は,ここで指摘しておいてよいであろう.ここにいう「―大病投資の出発点」とは,新たな 循環への準備過程への出発をつげるものであり,新循環の本格的な開始(始点)を意味しているの ではないということ,これである8’.つまり,恐慌は直ちに新循環の本格的な開始,すなわち更新 投資の大量集中を開始するものではないということである. 固定資本更新投資の大量集中は,恐慌後の不況過程を経て,その末期から活況にかけて全社会的 な規模で行なわれるのが一般である.しかもこの更新投資は通常「変革された形態」で・もって行な われるから,ぞれは社会的には資本の有機的構成の高度化として現われる.恐慌は,いうなれば一 定の資本=賃労働関係のもとでの価値増殖迎動のうちに蓄積された諸矛盾の暴力的爆発に他ならな いのであるから,その解決形態は当然,新たなる資本=賃労働関係を資本構成の高度化のもとで創 出してゆかなければならないであろう. 先に固定資本に繋縛された資本の回転循環が周期的恐慌の物質的なー基礎をなすという〔命題b〕 の含意についてふれた際,ここでいう固定資本はどういう内容の固定資本であるかを明らかにする 必要かあることを述べたのであるが,実はこの固定資本こそ,不況末期から活況にかけての大量的 な更新固定資本のことであったわけである.しかもそれはたんなる更新固定資本一般ではなく,新 循環の基本性格に決定的ともいえる影響力をもつ先進的企業の更新固定資本でなければならない. かかる規定性をうけた固定資本にしてはじめて,資本の回転循環を実質的に繋縛しうる力をもちう るのである. つまり,次のようにいうことかできるであろう.資本の回転循環は,不況末期から活況にかけて の新たなる循環の始点において,その循環の基本性格を規定するところの先進的企業による更新固 定資本の回転時間によって規定される.この「回転時間」の大きさが,資本の回転循環にたいする 繋縛の度合いを規定し,これによって資本の回転循環にある一定の長さか与・えられ,この長さが産 業循環の時間的長さを終局的に規定する.このように規定された産業循環は,そのうちに,活況, 繁栄,恐慌,不況という局面構成をとるのであって,先に述べた産業循環の時間的長さということ も具体的には活況から次の活況に至る,いわば活況循環の長さとして,つまり活況の周期としてま ず与えられるのである. いま,活況循環の長さが相対的にある一定の大きさとして与えられるならば,当然それと同じ意 味において,恐慌から次の恐慌に至る循環(恐慌循環)の長さもある一定性を獲得するものといっ てよい.もちろん,ここでは直ちに活況循環と恐慌循環かその長さにおいて一致するということを いっているのではない.また,両者の関係はたんに時間的ずれ(タイム・ラグ)の問題に解消され
景気循環と原理論(下の1) (藤井) - 89 うべきものでもない.恐慌循環の時間的長さは,活況循環のなかで,その循環か如何なる規模と性 格の繁栄過程をもつか,また不況過程をもつかによって,大きな影響をうけることになる.そうし てまた,この恐慌の深さ如何がこんどは逆に,活況循環の時間的長さに反作用を及ぼし,かくて原 因が結果となり,結果が原因となる9). 産業循環の長さが相対的に一定だということは,この循環の基本性格の確定にあずかる先進的企 業の固定資本更新投資が,内包的にも外延的にも相対的に安定的であることを条件とするものでな ければならない.そしてこの「条件」を確保してはじめて活況循環はその時間的長さを安定的なも のたらしめる一つまり,これは固定資本に繋縛された資本の回転循環の長さと照応するーので あり,この相対的一定性が基礎になって,恐慌の周期性も間接的に規定されることとなるのであ る. われわれは〔命題b〕の課題を以上のような文脈において理解したのであるが,恐慌の周期性は もちろん更新固定資本の耐用年数で一義的に決定されうべきものではなく,あくまでもそれは資本 の‘再生産過程全体を規定する諸契機との関連において把握されなければならない.固定資本に繋縛 された資本の回転循環を周期的恐慌の一契機として捉える所以もまさにそこにあるといってよいで あろう. 1) Das Kapital, Bd. n, S. 185.訳⑥238ページ. 2)因みにこの「一定の年数bestimmte Zahl」というのをエングルス編集による英語版「資本論」でみると, .そこでは・これぱthe exact figure”(Marx, Capital, Volume n。Book n, ed. by F. Engels, Foreign Languages Publishing House, Moscow 1957, p. 186.)となっている.これが“the fiχedfigure”にも “thedefinite figure”にもなっていないところに注目したい.つまり,相対的に“definite”な年数を全く 否定しているわけではなく,10年という“exact”な年数そのものを否定しているわけである. 3)大内 力「国家独占資本主義」東京大学出版会,200−201ページ参照. 4)大内 力,前掲書,201ページ. 5)前掲訳「資本論書簡」(1), 238ページ. 6)前掲訳「資本論書簡」(1), 241ページ. 7) Das Kapital, Bd. n, S. 186.訳⑥238ページ. 8)この命題の含意については,さし当り前掲拙稿「固定資本再生産と恐慌の周期性」め第Ⅲ節を参照された い. 9)この両循環の関連の問題については,拙稿「産業循環と恐慌の周期性」(高知大学学術研究報告,第16巻, 人文科学,第10号)を参照されたい. ところで,宇野弘蔵教授は「好況期が永くなればそれだけ不況期は短かくなり,反対に好況期が短かけれ ば不況期は永くなり,概して一定の周期をもつことになる」(「恐慌論」160―161ページ)と極めて単純に述 べておられるが,事態はそれほど単純ではない.教授の場合,産業循環をわれわれのいう不況循環(不況回 復期→不況回復期)で考えられているのであるが,それはそれとして;なぜ不況期が永ければ好況期が短く なるのか,反対に不況期が短かければなぜ好況期は永くなるのか,その点の説明は十分納得的ではない. D 恐慌の周期性と必然性 最後に恐慌の周知性と必然性との関連の問題(〔論点2〕)が残されているので,これを検討して みたいと思う1).すでにAのところで指摘したように恐慌の周射陸の問題は,恐慌の基礎理論にと っては「二次的な問題」にすぎないとする見解もあるか,これはわれわれのとらざるところであ る.恐慌がいわゆる自由主義段階において約10年を周期としてくり返し発生したこのことを,たん なる偶然の問題として捉えるべきではないと考えるからである.また他方では,この段階において 経済学はその「原理」を確立したのであって,そのことはこの二つの朗に一定の照応関係があるこ とを示唆しているように思う. 恐慌が資本制的再生産過程のあらゆる矛盾の集中的・暴力的爆発として必然化するとすれば,こ の「爆発」の必然性を首尾一質的に解明しえない経済学の「原理」は,それ自身においてまだ完成
90 高知大学学術研究報告 第21巻 社会科学 第8号 されたものとは当然いえないのである.その意味でわれわれは宇野弘蔵教授とともに,恐慌の必然 性の論証の可否こそ「経済学の原理の試金石」2)をなすものと考えたい. しかし,ここでは恐慌の必然性の論証それ自体を主題としているのではなく,’それと恐慌の周期 性との関連の問題がむしろ主題である.したがって,その関連の検討に必要な限りにおいて,恐慌 の必然性の問題にも言及してゆきたいと思う. ところで,恐慌の必然性については商品過剰論と資本過剰論3’のそれぞれの立場で,異った論証 の体系をもっているのであるが,簡単にその核心部分ともいうべきものをいえば,要するに,商品 過剰論の立場は表式論を基軸とした商品の価値実現の困難(→部門間不均衡説=不比例説と消費制 限説)に恐慌の必然性の根拠を求めるのにたいし,資本過剰論では好況末期の労賃上昇による利潤 率の急激な低下と他方における利子率の高騰によって「資本の絶対的過剰生産」を現出すること,そ して「資本制的生産にとっての真の制限」が「資本そのもの」にあることにその根拠を求めている. ここではすでに述べたように,恐慌の必然性の論証それ自体を主題としているのではないので, この点に深入りするつもりはないが,ただ,これらの恐慌の必然性の論証体系が恐慌の周期性の問 題とどうかかわってくるかというその点は,どうしても避けるわけにはゆかないのである.ここで は,資本過剰論の立場を代表している論者の一人であり,この立場の見解を整合・純化された宇野 弘蔵教授の所論を手懸りに,この関連の問題を若干考えてみたいと思う/ 宇野教授は商品過剰論の立場に立った恐慌論の欠陥について,いろいろのところで,いろいろな 形で言及されているのであるが,ここではそれらを逐一フォローしてゆくゆとりはない.ただその うちで,恐慌の周期性との関連のうえで重要と思われる2,3の論点にしぽって考えてみたい.‘ まず第1に教授もいわれるように,商品過剰諭の基礎には,いわゆる表式論がある.しかし,表 式論では恐慌の周期性は説けそうにない.なぜなら,表式には労働力商品が入っていないし,労働 力生産部門というものもない.したがって表式では資本の再生産の全過程が解明できない4’.資本 の再生産機構に労働力商品を欠落させた理論構造は,当然それ自身のうちには,恐慌の周期性の説 明原理をもちえないというわけである. だか,商品過剰論の側でも恐慌の周期性について論及していないのではない.それはそれなりに 論じているわけである5).しかし,宇野教授によれば,商品過剰論の立場からする周期性の説明は 十分納得的ではないといわれるのである.とくに,固定資本の問題についての考え方と扱い方に疑 問を提起されている.これが論点の第2である.たしかに,固定資本の問題についての考え方が, 両者の見解を分つ分岐点の一つをなしているとみてよいであろう.したがってここでも主としてこ の論点をめぐって考えてみたいと思う. 宇野教授によれば,商品過剰論に立つ表式論者の固定資本問題の扱い方は,問題の論点か「ズレ ている」6)と指摘されている.つまり,商品過剰論の見解では固定資本の問題もたんに表式上の不 比例の問題としてしか考えられていないというのであ・る‥たしかに表式に固定資本その他の複雑な 現実的諸条件を入れていけば,表式のうえでの,いわゆる「均衡条件」は複雑化し,したがってま た「不均衡」も無数に検出されうるはずである.しかも表式では,不均衡か均衡化されるメカニズ ムそのものは全く度外視されてあるから,表式のうえだけならいくらでも多種多様の不均衡か現わ れうるであろう7J.もっとも,全く現実的な意味をもたない荒唐無稽な条件設定は,それこそ「表 式の乱用」8)というものではあろうけれども. 表式のうえでのこのような固定資本の扱い方は,一見それがどめように精緻にみえようとも,所 詮は不比例説の域を脱しうるものでないことは明確である.大切なことは,固定資本の問題をたん に表式のレヴェルの問題として扱うのではなく,これを循環分析の視点に据え直すことである. その意味では宇野教授の恐慌論体系のなかでの固定資本の扱い方は,まさにこのような視点から なされている.すなわち,固定資本の問題は蓄秋論における人口法則定立の核心を形成する一環と
JL包』環と原理論(下の1) (藤井) 91 して扱われている9).つまり,固定資本の問題は,たんに表式論の次元で諭ずべきでないの以もち ろん,また産業循環の局面交代運動を規定するたんなる物質的な一条件としてのみ捉えられている のでもなく,まさに資本主義的人口法則の展開にとってのm要な一契機として捉えられてい・るので ある.事実,固定資本の問題視角をこのような形で定置したことが,商品過剰論の超克にとって一 つの重要な意味をもつことかできたといってよいであろう. さて,以上のほかに宇野教授か表式論を基礎とした商品過剰論の立場にたいして行った批判に ・は,いろいろな側面がみられるが,いま一つの重要な側面としては,表式論からは資本過剰の論理 がでてこないという点であった.これは第3論点といってもよいか,見方によれば第1論点の変形 ともとられよう.すなわち,ここでは表式のもつ欠陥が次のように指摘されている.表式でいう不 均衡としての矛盾は,価格の変動を通じて早晩「表式自身で解決される矛盾」であり,「いわば量 的矛盾にすぎないのであって,質的矛盾としの恐慌の必然性をも基礎づけるものではない」lo’とい うのである. ところで表式論から資本過剰の論理がでてこない最大のポイントは何か.それは,先ほど述べた ように,表式論では労働力商品の再生産のメカユズムが明らかにされていないからである.資本に とっては労働力商品は自らの手で勝手につくれるものではなく,・せいぜい相対的過剰人口の形成・ 吸収という廻り道を経て,間接的に規制しうるにすぎない.その点で労働力商品は資本にとって は,全く特殊な,そして厄介な存在である.資木印価値増殖運動にたいしてもっとも大.きな制約を なずのも,この労働力商品である.それに比較すれば,固定資本の存在は資本にとぅてはまだ消極 的な制限にすぎない.労働力商品の特殊性巻資本の価値増殖運動にとっての本質的矛盾とすれば, 固定資本のそれは副次的矛盾といえるであろう. 先に表・式論者の固定資本問題の扱い方は,問題の論点か「ズレている」ということを述べたが, それはつまり,表式論者においては資本にとっての消極的制限=副次的矛盾たる固定資本をむしろ 資本にとっての積極的制限,あるいは恐慌の成熟過程にとっての「主導的役割」をなすものとして 理解していることから生じているとみてよいであろう.メンデリソンなどは明らかにこの考え方に 立っている11し ただ,宇野教授の固定資本問題の扱い方にも疑問の余地かないわけではない.労働力商品も固定 資本の存在もそれぞれの固有の役割のなかで相携えて社会的再生産過程の矛盾を激成し,資本過 剰の途を準備するわけであるか,資本にとっての積極的制限をなす労働力商品は,どちらかといえ ば,産業循環の局面交代の運動にたいして主導的であり,循環の長さの規定要因としては副次的な 規定力をもつにすぎない.これにたいし,労働力商品からみれば,資本の価値増殖にたいしてむし ろ消極的制限をなす固定資本は,資本の回転循環を繋縛するという形で,循環の長さの規定要因と して主導的な役割を果し,産業循環の局面交代には労働力商品にくらべて副次的な地位にとどまる ものとみられよう. 端的1といって,労働力商品と固定資本の産業循環にたいしてもつ役割の相違は,労働力商品がそ の局面交代において主導的であるのにたいして,固定資本の存在は,どちらかといえば,循環の時 間性の規定という闘で主導的であるといってよいのではないかと思う.この点,宇野教授の場合に は,この関連と区別が明確にされていないように思われる.教授にあっては,産業循環を資本主義 の人口法則がとる必然的な迎動形態たることを強調されるあまり,好況と恐慌と不況の3つの循環 局面がくり返し現われることをもって,直ちに循環の周期性云々をいわれるのであるが,これはし かし,厳密には2つの違った概念である.周期性は循環の時間性概念であって,運動概念ではなけ のである.したがって,その規定要因にもおのずから相違かあるのであって,われわれはそれを先 に述べたような関連において理解したいと思う. 以上をもって労働力商品と固定資本の資本の再生産過程に果す役割の相違を軸に,それらが恐慌
92 高知大学学術研究報告 第21巻 社会科学 第8=号 の周期性と必然性との関連にどのようなかかわりあいをもつかについて簡単なスケッチを試みたつ もりである. なお,残された問題としては,信用機構が恐慌の周期性とどのように関連してくるかという問題 があるが,これは他日を期したいと思う.ここではもっぱら,狭義の意味の蓄積論視点からみた恐 慌の周期性と必然性の関連のみを取扱ったにすぎない. I)この関連の問題については,さし当り近刊予定の拙稿「恐慌の周期性と必然性」(宇高基輔先生還歴記念 論文集,第1巻,「資本論の研究」日本評論社,所収)を参照されたい. 2)宇野弘蔵「マルクス経済学原理論の研究」岩波轡店, 140ページ. 3)恐慌論の類型を商品過剰論と資本過剰論の2つの立場に分け,この視角から戦前戦後の内外の論争史に 言及したものとしては,さし当り大内 力編「資本論講座」第7分冊の第1編,IIr研究と論争」(大内 力・伊藤 誠・大内秀明)がある. 4)宇野弘蔵「恐慌論・商業利潤論の諸問題」32ページ参照. 5)たとえば,高木幸二郎『恐慌論体系序説』(大月轡店),林 直道『景気循環の研究』(三一書房),富塚 良三「恐慌論研究」(未来社)などは,それぞれ力点の置きかたやニュアンスの相違はあるか,大筋におい てこの立場を代表ずる労作のなかに入れてよいであろう. 6)宇野弘蔵「恐慌論・商業利潤論の諸問題」42ページ. 7)前掲「資本論講座」第7分冊, 162―164ページ参照.しかし,この点の指摘自体は遊部久蔵編著「「資 本論」研究史」(ミネルヴア書房, 130ページ)にもみられるのであるか,実際にはこの主旨が十分活かさ れた形では展開されていない.
8) B. H. JleHHH, Co・jHHeHHH, 4 ―e H3μ., T. 1,1953, CTp. 72.レーニン「いわゆ・る市場同岡につい て」飯田貫一訳,国民文庫,20ページ.
9)宇野弘蔵編「資本論研究JIV,筑摩書房, 320ページ参照. 10」宇野弘蔵「経済原論」上,岩波書店, 268ページ.
11) MeHae;ibCOH, TaM H<e, CTD. 71.邦訳,第1分冊, 105ページ参照. (未完)