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適応指導教室における非行児童の指導

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Academic year: 2021

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(1)Title. 適応指導教室における非行児童の指導. Author(s). 安川, 禎亮. Citation. 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第45号: 25-33. Issue Date. 2013-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7304. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第45号(平成25年度) Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.45(2013):25-33. 適応指導教室における非行児童の指導 安 川 禎 亮 北海道教育大学教職大学院(釧路担当). Approach to treatment of a delinquent elementary schoolboy at the Adaptation Assistance Center Sadaaki YASUKAWA Advanced Teacher Professional Development Programs, Graduate School of Education, Hokkaido University of Education. 要旨 この論文は、虐待を受けた子どもに対する環境療法について研究したものである。事例は、親からのネグレクトにより 非行傾向を示すようになり、適応指導教室に通室した小学校5年生(10歳)の児童を取り上げた。人生早期から虐待を受 け続けるなど、早期に心理的発達に障害を受けている子どもを治療する場合、育ち直しによる自我強化と過去を振り返り 収めるという2重の過程を支えることが必要となる。育ち直しの過程においては、その基盤となる安心感や信頼感獲得の ために、大人とともにいて穏やかで、安心でき、心地よい身体感覚に包まれる体験が重要である。. 求められる」と述べている。. Ⅰ はじめに. このような環境療法の必要性や重要性はかねてから指摘 されている。ところが,これまで,環境療法が必要とされ. 不適切な環境の中で,人生早期の発達課題を獲得できず. る入所施設においてすら,具体的な実践に基づき環境療法. に,人格形成上重い障害を受けている子どもたちが,適応. を検討した研究は非常に少なかった。大迫(1998)は, 「児. 指導教室に少なからず在籍するようになってきた。. 童自立支援施設における非行傾向のある小学生の特徴と背. T市教育委員会は平成6年4月1日に適応指導教室(か. 景を分析したところ,その多くに被虐待の背景が見られ,. たらい教室)を設置した。当初,心理面接中心で運営して. 環境療法のアプローチが必要だ」と述べている。今後,施. いたが,平成14年度から学習支援を目的とする集団活動の. 設などでの日常生活の行動観察や,分析を蓄積し,日常生. 部が併設され,同時にひきこもりや非行傾向の児童生徒に. 活における治療的接近のあり方について実践的に検討して. 対する訪問指導も導入された。また,対象は不登校傾向. いくことが必要である。 . だけではなく,学校不適応児童生徒に拡大した。したがっ. 本稿では,適応指導教室における非行少年の指導を環境. て,在籍する児童生徒は,神経症的な不登校生だけではな. 療法的視点から報告するとともに,今後の適応指導教室の. く,ネグレクト傾向や非行傾向の児童生徒も来室するよう. あり方を検討する。 . になった。. なお筆者は,「かたらい教室」の立ち上げから平成24年. 多くの場合,個別のカウンセリングから支援を始め,個. 3月31日まで,指導主事(臨床心理士)として,関わった。. 人のエネルギーの回復状況を判断して,教育的支援である 集団活動に移行し,学校復帰を目指している。本稿で取り 上げた事例は,適応指導教室に,ネグレクトとそれに伴う. Ⅱ かたらい教室の概要. 非行で入室した10歳男児である。 村瀬(1996)は, 「マターナルデプリベーションを体験. 1 歴史. してきた年少児童等に関しては,個人療法のみでは治療効 果が十分に期待できないため,環境療法的なアプローチが. 平成14年度秋までは,臨床心理士による個別面接を中心. 必要である。あるいは,発達段階の初期にすでにトラウマ. に行っていた。内容は,母子並行面接を基本とし,1回50. を受け,基本的信頼感が十分に育っていない子どもに対し. 分,予約制で,継続面接が原則であった。これは事例を丁. ては,日常生活の充実を基盤とした統合的なアプローチが. 寧に見ることができるという利点があったが,以下の問題. - 25 -.

(3) 安 川 禎 亮 表1は平成23年度のスタッフである。表2はそれぞれの. 点が出た。. 役割である。. ①学校との連携がとりにくい。 ②数多くの事例を見ることができない。. 心理相談員は児童生徒の内的世界を理解し,本人らしさ. ③個別面接によりエネルギーが回復し,学習を希望した. を大切にし自己治癒力の回復を目指す。一方集団指導員は 登校や受験など現実的な課題や現実適応のための支援を中. 際,支援の場がない。 そこで,平成14年度秋から新しい取り組みを始めた。. 心に関わる。. 2 現在(平成23年度)の取り組み. 4.事例の流れ 学校からは,管理職や教育相談担当者から指導主事に相. 1.目的. 談が入る。指導主事の役割は,コーディネイターとしてケー. 心理的支援と教育的支援の両方をタイミング良く必要な. スをマネジメントすることである。学校側から対象の児童. 事例に提供していく。心理的支援と教育的支援の融合を目. 生徒について,話を聞く。そして,保護者と本人に面接を. 指す。 . 実施する。そこで,月曜日の午前中に指導主事,心理相談 員,集団指導員のスタッフ全員でどのように対応するかを. 2.方法. 協議する。そのポイントは,本人や保護者の希望を最優先. (1)教育的支援の導入. するが,あとは,対人関係がどれくらいとれるかを考えて. 集団適応指導教室の設置。指導者は元教員(退職教員. 決めている。この会議でも教育的な視点と心理的な視点の. または,教職経験者)と教員を目指す若者とする。. コラボレーションがある。. (2)訪問指導の導入 ひきこもり及び非行傾向を対象とする。. Ⅲ 事例の概要. (3)心理的支援と教育的支援の融合 各々の役割を明確にし,常に交流する。 . プライバシー保護のため,事例の本質を損なわない程度 3.スタッフと役割. に,修正を加えた。 表1. 1 対象児童 . 指導主事 (臨床心理士). 常 勤 1名. 心理相談員 (臨床心理士). 非常勤 2名. 集団指導員 中学校の部. 常 勤 1名 非常勤 6名. 小学校5年生(10歳)男子児童Mである。深夜徘徊,万 引き,喫煙,窃盗等の問題行動がみられる。親のネグレク トにより,通算して ,小学校に1ヶ月も行っていないた め,ひらがなの読み書きも困難であった。 2 家族 父親:40歳代で精神障害者保健福祉手帳2級所持。大学. 表2. 中退後,サービス業に従事する。現在は無職である。. 全体のマネジメ 学校との調整及び適応指導 指導主事 ント・コーディ 教室の運営 ネイト 事例の管理及び運営. 母親:30歳代で精神障害者保健福祉手帳2級所持。高校 卒後,職場で父親と知り合う。 母は,X-12年(結婚直後)に統合失調症を発病。父は, 結婚5年後に不眠症から鬱病を発症する。. 心 理 心理的支援 相 談 員. 指 導 員 教育的支援. 児童生徒,保護者への面接 教員へのコンサルテーショ ン 適応指導教室での学習を含 めた集団適応指導. X-5年から悪臭や夜中の騒音等で近隣からの苦情が絶 えず,孤立した状態が継続した。また,両親はMの不登校 に関しては積極的に対応しようとはせず,問題行動につい ても放任状態であった。. - 26 -.

(4) 適応指導教室における非行児童の指導. Ⅳ 入室までの経過 表3 X-9年1月 M出生。母は,家事育児をいっさい行わず,父が夜間就労しながら,役割を担う。 X-8年10月 母が精神科入院のため,Mは乳児院に入所(1歳9ヶ月) 数日後. 父の意向で,Mを家庭に引き取る。. X-7年2月 母が精神科入院のため,Mは児童養護施設に入所。(2歳1ヶ月) 8月 父,不眠症悪化のため,就労することができなくなり,生活保護受給。 X-6年2月 母が退院し,Mを保育所に入所させることで,家庭引き取りになる。(3歳8ヶ月) X-4年4月 W小学校に入学。全く登校せず。 万引き等問題行動あり。 7月 福祉事務所のケースワーカーより,Mの心理判定の相談あり。 数日後. Mの心理判定実施。軽度精神発達遅延との診断。. X-1年5月 Mは不登校状態が続いている。学校と父母との接触は困難。年長少年と不良交遊や,喫煙,万引き等の 問題行動が多発。 (小3) 7月 父がスリ容疑で逮捕される。 8月 Mが夜間徘徊しているところを警察に保護され,身柄付き通告を受けたA子どもセンターに一時保護さ れた。 30分後「お母さんに会いたかった」と逃げだし,1時間後に見つかる。 12時間後「ここにおんの。早く返して」と母が来所。このとき母親は, 「父親がいなくなってから,言 うことを聞かなくなって困っている。ゲームばかりするし,お金もせびる。昨日の昼に,どこにでも好 きな所に行けと言ったら出ていった」と話した。 15時間後「早く返して。この子は児童相談所では耐えられない」と言って母が再び来所。職員の「なんで」 との問いに, 「家では,プリンを1日に6個食べたり,好きなだけおやつを食べているのに、児相では, 少ししか食べられないから」と答えた。 児童相談所と福祉事務所との話し合い。福祉事務所からは,母は話をしても積み重ねができない。昼夜 逆転の生活。部屋中ペットボトルが散乱し,服は汚れると新しいものを購入する。万引きもあることか ら在宅は困難である。との見解であった。 19時間後Mは就寝直後に逃げ出すが,見つかる。 31時間後母より「子どもを帰せ。ただ迷子になっただけやのに,なぜ返さない」と抗議の電話がある。 43時間後母の叔父より, 「母親が会わせろと言っているのに,なぜ会わせない。どういう権利がおまえ らにあるんだ。すぐに説明しろ」との電話がある。. 数日後. 母が叔父と来所。母の叔父が,父母の離婚を前提に,母子を引き取り,叔父の監護の元,療育させるこ とでMを引き取った。 しかし,叔父の居住する市ではない,T市に親子3人で転居。児童相談所での叔父が言った約束は,反 故にされた形になった。. 9月 父は懲役1年6ヶ月。執行猶予3年の刑を受ける。 X- 年6月. 転入先の小学校長より,青少年センターに, 「非行傾向の不登校生で,親との接触も困難である。児童 相談所も関わってくれているが,難しい状況である」との相談。. 9月. 転居した場所においても,以前と同じように隣人とのトラブルが耐えなかった。民生委員からは,子ど もを保護するようにとの要請が児童相談所に絶え間なくあった。. 数日後. 児童相談所,小学校,民生委員,保健所,生活保護課,青少年センターによる検討会議がもたれた。そして, 次のことを確認した。 ・現時点で保護をすることはできない。 ・ひらがなも読むことができないので,学校復帰は困難である。 ・青少年センターの適応指導教室(かたらい教室)に通室する。. - 27 -.

(5) 安 川 禎 亮 M:筆者をおそるおそるそる見ながら,頭を下げた。. Ⅴ 指導の経過. その後,担任は学校に戻った。まず,小学校部の指導員 をMに紹介した。嫌々残っているような感じであったの で,初日は,PCゲームをやることに終始した。楽しくやっ. 1 指導の方針. ているようであった。午後から少し慣れると,何の断りも Mが通室することになった時は,小学部の集団適応指導. なく,職員室に入ってきた。そして,職員の机の引き出し. 教室には,6年生の女子が1名在籍していた。この女子は. を開け始めた。. 個別面接を2年間行い,ようやく集団適応指導に移行した. 筆者:「何をしているのか」. ところであり,週1回の来室となっていた。したがって,. M:誰もいないと思っていたらしく,びっくりしたよう. Mの指導に関しては,人的な余裕があり,次のような方針. であった。「別に」と,いうと小学生の部屋へ走っ ていった。. を立てた。 1歳9ヶ月に母親の精神科入院のため,施設に入ったこ. 後に,聞いてみると,小銭が入っていないか探していた. とにより,対象喪失の経験がMのその後の成長に大きく影. らしい。. 響していると考えられる。基本的信頼感の欠如をどのよう. ・訪問指導の開始. に埋めるかが大きな課題である。また,幼児期に形成され. 来室意欲が低く,学校に行かないことが当たり前の暮ら. なければならない善悪の判断基準も獲得されていない。. しをしてきたMに対して,訪問指導をし,連れてくること. したがって,指導の第1の目的は,基本的信頼感を持た. が必要であると判断した。両親は,投薬の影響もあって,. せること,善悪の判断基準を身につけさせることであっ. 昼夜逆転の生活をしており,Mに登校を促すようなことは. た。不登校であったために,ひらがなの読み書きもできな. なかった。また,家庭に電話がないため連絡が取れず,実. かったが, 学習面に関しては, 後の課題とすることにした。. 際に出向かないと働きかけは不可能であった。しかし,こ. なお,環境療法では,生活場面での集団処遇を中心にし. の訪問は困難を極めた。朝,訪問をしても両親は寝ており,. つつ,個別的には生活場面のあらゆる機会を利用して,適. 同じようにMも寝ていることが多かった。呼び鈴がないた. 宜その場での生活場面面接を行うという方法をとってい. め,大きな声で外から叫ばなければならず,近所の人たち. る。このため,本来の枠組みをつけた個人心理面接の場面. がその声で迷惑そうな顔をすることも多々あった。そんな. は設定していない。. とき,近所の人たちとの会話から,この家庭が近所から孤 立していることがよくわかった。 9月いっぱいは,このような状況が続いた。しかし,か. 2 経過. たらい教室がMにとって,安心できる場所であり,スタッ 1期:警戒・不安定. フが安心できる人であると,気づかせることが大切である. (X年9月中旬~X年12月). との考えのもと,取り組みを粘り強く行った。1時間くら. ・初回面接. いかけて起こし,車に乗せて連れてきた。まず,顔を洗わ. 関係者会議により,Mは青少年センター内の適応指導教. せ歯を磨かせた。それから,PCゲームを午前中行った。. 室に通室することになった。当然来室意欲は低いもので. ひらがなが読めないため,ゲームのコマンドがわからず,. あった。担任に付き添われて,かなりの不安を持ってやっ. 指導員に聞くようになった。最初は,聞かれたことにただ. てきた。学校へ行くか,適応指導教室に行くか,どちらか. 答えるだけであったが,そのうちに, 「ひらがなの勉強を. を選択しないといけないということで,渋々やってきたよ. しようか」と誘った。かなりの抵抗を示したが,数回そう. うであった。. いうことが続く中で,自分から「勉強をする」と言い出し. 筆者: 「よく,来てくれました。待ってたよ」 . た。9月下旬には,50音の勉強が始まった。. M:「はい」と小声で,筆者の目を見ずにうなずく。不. ・野球グラブを盗む(X年11月). 安なのか,担任に寄り添っている。登校していない. 入室して3ヶ月,スタッフに対して,かなりの信頼を置. が,担任はほとんど毎日,家庭訪問を繰り返してい. くようになってきた。初めて自分の名前を書けるように. たので,Mはかなり心を許しているように感じられ. なったことをすごく喜んだ。また,軟式球を使ってのキャッ. た。. チボールを心から楽しんでいるようであった。かたらい教. 筆者:「今日から,ここでM君は勉強したり,スポーツを. 室がMにとって心の居場所になってきたように感じられ た。初日に小銭を取ろうとして,机の引き出しをあけたこ. するんやで。がんばろうや」 M:担任の服にしがみつき, 「先生,この人怖い。はよ,. とが嘘のように思われた。青少年センターには適応指導教 室のスタッフのほかに,行政職員が数名いる。かたらい教. 帰ろう」 担任: 「何言っているの。この先生がこれからM君にいろん. 室の子どもは,スッタフ以外にほとんど接することがない. なことを教えてくれるんやで。よろしくお願いしま. が,Mは他の子どもとは違い,誰にでも話しかけることが. すて,言いなさい」. できた。. - 28 -.

(6) 適応指導教室における非行児童の指導 たまたま,筆者や指導員がいない時があり,その時をね. 安定した生活を送っていたMであったが,思わぬことが. らっていたかのように,行政職員をうまくだまし,グラブ. 起きた。両親がスーパーマーケットで万引きし,逮捕され. を盗んでしまった。気がついたときには,もうMは帰った. たのである。48時間の勾留になるということであった。父. 後だった。スタッフを信頼し,居場所として認知していた. 親,母親のどちらかが逮捕されることは今までもあった. と思っていただけに,非常に残念であった。. が,同時は初めてであった。当然,M一人では生活できな. 厳しく叱責することも可能であり一つの方法に違いない. いため,児童相談所での一時預かりとなった。1週間の予. が,おそらく初めて,信頼している人間をだましたのでは. 定で預かられることになった。しかし,A子どもセンター. ないかと思った。この後Mがどのような行動にでてくるか. での辛い思い出があるため,行くことをかなり拒否した。. を待つことにした。今,Mにとっては,かたらい教室が一. 児童相談所のケースワーカーが,どんなに説得してもだめ. 番安心できるところであり,生活の中心になっていると思. だということで,筆者と指導員が呼ばれた。. われたからである。. 筆者:「行きたくないのか」. Mはその日から3日間,無断で休んだ。敢えてこちらか. M:目に涙を一杯にためてうなずく. ら,迎えに行くこともしなかった。そして, 3日目の夕方,. 筆者:「1週間,お父さんとお母さんがいないから,一人 で生活できないやろ」. M宅を訪れた。 筆者:ノックをしながら「こんにちは」 返事はなかった. M:「犬がいるもん」. が,物音がした。 「M,いてるか。元気にしてるか」. 筆者:「もう帰ってこれないと思っているのか」. 突然,ドアが開き,Mが頭を下げながら,グラブを. M:「うん,A子どもセンターでもそうやった」. 差し出した。. 筆者:「大丈夫や,先生のこと信じ。必ず1週間経ったら, この家に帰ってきて,そして,またかたらい教室で. M:「先生,ごめんなさい。キャッチボールを家でもし. 一緒に勉強できるから」. たかったから,Aさんをだまして,もって帰ってき. M:「うそや」. た。ごめんなさい」. 筆者:「先生,今までMに嘘ついたことあるか。Mをだま. 筆者: 「M,心がしんどかったやろ」. したことあるか」. M: 「はい」 筆者: 「かたらい教室の先生の顔を見るのつらかってんな」. M:黙って首を横に振る. M:目に一杯涙をためながら, 「はい」と言った。. 筆者:「先生,一緒についていくから,支度し」. 筆者:「Mの気持ちよくわかる。明日からまたおいでや。. M:黙って荷造りを始めた。 ケースワーカーに呼ばれたのが遅かったので,午前0時. みんな待ってるで」 この事件はMにとって,大きなものであったと思われ. を過ぎてからの入所となった。1週間という期間であった. る。それまで,万引き等で何度も補導されており,他人の. が,前回と違い入所中に友達ができ,また,入所していた. 物を盗むことに対しては,あまり罪悪感を持ったことがな. 幼児の面倒をよく見たそうである。. かったと思われる。両親も万引でよく逮捕されており,そ. 筆者が迎えに行った時,先生や友達にきちんと挨拶をし. の現場を見てきたMにとっては,ただ, 「ごめんなさい」. 帰ってきた。両親も一緒であったが,Mが父親の頭を「しっ. と謝ることだけで済んできたのであった。しかし,初めて. かりし」と言いながら思いっきりたたいたのが印象的で. 信頼できる場所と人を得,そしてその信頼を裏切ること. あった。. が, いかに辛いことであるかを体験したように感じられた。 3期:自尊心の芽生え 2期:大人への信頼回復・居場所の確保. (X年+1年 4月~7月). (X年+1年 1月~3月). このころになってくると,下級生の入室もあり,かなり. グラブの窃盗を機に,Mの生活は本当に安定した。両親. しっかりしてきた。始業式や健康診断などの行事には,学. の生活は,以前と全く変わらないものであったが,一人で. 校復帰をさせた。その際には,Mも嫌がることなく,学校. 朝起き,そして自分の足でかたらい教室に通ってくるよう. へ出向いた。しかし,完全復帰はまだできなかった。学力. になった。どのスタッフにも信頼を寄せ,安心して生活を. の問題が残っていた。以前,学校へ行った時に,ひらがな. しているようであった。午前中は,算数と国語を中心に勉. も読めないため,周囲の子供から差別的な発言を受けてい. 強にがんばりだした。また,他者との関係をとれるように. たのである。そのことがトラウマとなって,Mの心に残っ. もなってきた。距離をきちんとつかめるようになってきた. ていた。 次の段階として学力の補充が大きな目的となった。. のである。入所した当時は,友人であっても指導員であっ. かたらい教室に来た当初,大人への信頼回復が大きな課. ても全く同じ態度で接していた。それが, 信頼できる大人・. 題であるととらえていたため,そちらへの取り組みを重要. 場所を得たことにより,他者との適切な距離がをとれるよ. 視してきた。また,居場所の確保も大きな課題として取り. うになった。. 組んできた。しかし,学校復帰を考えるとき,学力は大き. ・両親の逮捕(3月中旬). な障害となった。M自身も「自分はあほや。勉強できない」. - 29 -.

(7) 安 川 禎 亮 とよく口にした。 自信をつけるために, ゆっくりとしたペー. である。1日中,そのゲームをやっていたそうだ。当然,. スで取り組んできた。しかし,もう少し,学力面の補充を. お金が続くわけはなく,友人にお金を借りたりしていた. 重視することにした。. が,それも額が大きくなり,誰も貸してくれなくなったと. 心のエネルギーの回復を最大の課題とする適応指導教室. きに,その児童から財布(6000円入)をだまし取ったとの. であるが,Mの場合はそれ以外に学力の回復および家族の. ことであった。. 調整が学校復帰への大きな課題として考えられた。. 筆者と指導員は大変厳しく叱責した。心に響くような指. 易しい課題から順に追って習得していくことにより,自. 導をしたつもりであった。しかし,翌日両親からものすご. 信が芽生えてきたようであった。 「ぼくはあほやから何も. い抗議があった。. できない」と否定的にとらえていた自己像が徐々に変化し. 父親:「Mに対してなぜそんな厳しいことをするのか」 . 始めた。 「やればできる」 という自己肯定感を持ち始めた。. 筆者:「他人の物を盗るのは,人間としてどんなことがあっ てもやってはいけないことです」. これは,指導員から常にプラスのメッセージを与え続ける ことが功を奏した。また,会話を促進するために始めた卓. 母親:「Mがかわいそう。もう,かたらい教室には行かな いと言っている。どうしてくれるんや」. 球であったが,このころになってくると,中学生にも勝て るくらいの力を身につけた。入室当時のおどおどした,そ. 筆者: 「今回のことをしっかりと考えさせ,2度と起きな いようにご両親も協力してください」. して人を疑うような目つきは消え失せた。 少し前までは,行事だけの学校復帰であったが,6月の. 両親:「そんなことするか。責任とれ」. 末になると,給食の時間には戻れる日もでてきた。担任の. 何を言ってもいっこうに聞く耳を持たなかった。両親と. 努力で学級での友人もでき,放課後は遊ぶようになった。. も感情的になり,解決の糸口が見つからなかった。この間,. 2学期には学校へ完全復帰ができるのではと考えた。. Mは申し訳なさそうに筆者と指導員を見ていた。いくら話. だが,両親の生活態度は変化がなく,昼夜逆転の生活を. しても埒があかないので,この場は一旦帰ってもらうこと. し,近所とのトラブルも相変わらず続いていた。そこで,. にした。. 保健センター,市生活保護課,民生委員との連絡を密にす. その後,生活保護課と警察に連絡を取った。これは,両. ることにした。以前からも連絡を取り合っていたが,定期. 親が直接的に世話になる者からの説得しか,聞き入れない. 的に情報を交換しあうことが必要と考えた。. と判断したからであった。両者の説得に,両親はあっけな いほどの時間と言葉で,納得した。. 4期:家庭環境の問題. 翌日,Mは申し訳なさそうな顔をして,やってきた。ゲー. (X年+1年 8月). ムセンターに行きたいがために,自分が言った一言によっ. ・窃盗事件. て,とんでもない事態を引き起こしたことを悔いているよ. 順調な回復を見せ,2学期からは,学校復帰が十分可能. うであった。また,一ヶ月間の気ままな暮らしにより,以. であると考えていたが,思わぬことが起きた。かたらい教. 前とは全く変わった表情になっていることに自分自身で気. 室は,夏休みも1日も休まず,開室している。これは,居. づいたようであった。 . 場所を確保した子どもたちに,その場所を提供し続けるこ. 筆者も指導員も昨日のことに関しては,何も触れなかっ. とは心の安定に大きく結びつくとの考えからである。90%. た。ただ,他人の物をだましとることは,どんな意味があ. の子どもたちが, 夏休みも通室する。しかし, Mからは, 「友. るのかをゆっくりと説いて聞かせた。そして,Mを連れて,. 人と夏休みを過ごしたい」との申し出があった。2学期の. 被害者へ謝罪に行った。この時は非常に素直な態度が見ら. 学校完全復帰を目指すためには,こちらに通うよりは,友. れた。. 人との関係を大切にした方がよいのではとの判断で,夏休. この事件により,学校復帰を焦ることはやめた。家庭環. みを認めた。40日間という長い休みを楽しく友人と過ごせ. 境の改善が困難であるため,M自身の自我の強化をもっと. ば,2学期には完全復帰ができると考えた。. はかる必要がある。善悪の判断基準もまだまだ危うい。た. 8月下旬,警察から筆者に「Mがゲームセンターで知り. だ,今まで以上に関係機関との連携を密にしながら,両親. あった他校児童の財布を盗んだ」 との連絡があった。スタッ. の支援も含めた総合的な取り組みを行うことを今後の課題. フは驚きの色を隠せなかった。警察で,事情聴取のあと,. としてとらえようと考えた。. Mをかたらい教室に連れ帰った。 怒りで一杯であった。一ヶ 月前の目とは,明らかに変わっていた。 「何が悪いのか, よくわからない」というような表情をしていた。警察では. Ⅵ 考察. とにかく早く返してほしいために, 「ごめんなさい」の言. . 葉を連発したようであった。両親が万引きした際に見せる. 1 適応指導教室における環境療法. 様子と同じであった。. . この一ヶ月間,友人2人とゲームセンターに入り浸りで. 環境療法とは, 「子どもの心理的・環境的問題を日常生. あったそうだ。コインを使うある機種に夢中になったよう. 活における子どもの具体的な行動によって理解し,また,. - 30 -.

(8) 適応指導教室における非行児童の指導 それらの解決に向けた援助を子どもの生活環境内で生じる. てきたMを通室させることは大変困難なことであった。し. 様々な日常的局面に則しながら,子どもの日常的なやりと. たがって,信頼できる大人が常にそばにいるという生活環. りを通して行おうとするものである」 とされている (西澤,. 境において,Mが安全感,安心感を抱いて安定できる生活. 1999) 。また, 増沢(1999)は, 安心感や信頼感の獲得といっ. を送ることができるよう最大限配慮した。また,賞賛を用. た人生早期の発達課題を達成し得ていない被虐待児にとっ. いることにより,自尊心の再構築をはかっていくことに配. ては人格の基底部分を再構築するいわば育ち直しの過程を. 慮した。具体的には,日々の生活の中で,肯定面にもしっ. 支えることが必要であると述べている。. かり目を向け, 自尊心を高めていくような声かけを行った。. 通所施設である適応指導教室での環境療法による育ち直. 善悪の判断基準形成のため,心理的行動的特性を十分に. しの視点は,現在の所まだ見られない。それは,ほとんど. 理解して上で,日常生活での受容的肯定的,適切な声かけ. の適応指導教室が, 神経症的な不登校生を対象とし,また,. を行う一方で,問題行動に対してはその都度即座に冷静に. 心理的支援と教育的支援の融合がなされていないためと考. 対応することを心がけた。. えられる。T市適応指導教室では,平成14年度からその融. このような取り組みの中で,M自身が次第にかたらい教. 合を試み,対象も不登校だけでなく,学校不適応に拡大し. 室が自分の居場所であり,スタッフを信頼することを感じ. た。その結果,Mの受け入れが可能になったといえる。. ていったと考えられる。したがって,グラブを盗んだこと. Mへの支援方法であるが,生活場面での集団処遇を中心. は,Mが自分の過去を振り返る意味では,非常に大きな出. にしつつ,個別的には生活場面のあらゆる機会を利用して. 来事であった。その場その場での人間関係しか構築できな. 適宜その場での生活場面面接を行うという方法をとった。. かったMであったが,盗んだ後の行動は,スタッフとの親. Mが安全感,信頼感,安心感を得ることが出来る新たな人. 密な二者関係によって,愛着を再形成した結果であると考. 間関係を体験することを第1の目標に掲げた。基盤となる. えられる。. 安心感や信頼感獲得のために,大人と一緒にいても穏やか で安心でき,心地よい身体感覚に包まれることが最も重要. 3.大人への信頼回復・居場所の確保. である。したがって,一人のキーパーソンとなる指導員の. スタッフを信頼することを経験したMは徐々にではある. 訪問指導をすることからスタートした。そして,心理的,. が,自己肯定感を持ち生活が安定し出す。自分の居場所で. 行動的特性を理解した上で,日常生活での受容的かつ肯定. あるとかたらい教室を認知したため,自らの足で,通室し. 的な声かけを行った。. 出す。このときの両親の状態は以前と変わらず,Mは両親. 小学校段階で早期に非行化した少年が,その後中学校に. と違う生活パターンで過ごしていた。. 入学し,その者たちが中心になって,周囲の不安定な心理. 小学校高学年で,この行動ができたのは,自我の強化が. 状態にある者を巻き込み,中学に非行が蔓延する(安川,. ある程度されたと考えられる。育ち直しがなされつつある. 1998)。早期に非行化する最大の要因は家庭にある。その. 状態ではないだろうか。. ことを考えるならば,今後,通所施設である適応指導教室. 両親が逮捕されるという事態が生じた際,過去の辛い経. での育ち直しの視点からの非行少年に対する指導は,大変. 験がよみがえった。しかし,不安な気持ちを抱きつつも施. 重要なものになってくると考えられる。. 設に向かっていった。これは,Mの中に筆者と指導員のイ メージが安定し,対象恒常性が獲得されたといえるだろ う。Mは見捨てられ不安を軽減し,筆者と指導員とのこ. 2 Mとその変化のプロセス. れまでとは異なる対人関係パターンを経験したと考えられ 1.受け入れに当たって. る。また,Mの自己イメージを肯定的に変化させ,過去の. 様々な日常的なトラブルにより,近所との軋轢が深ま. ことを振り返り,気持ちを整理することができるようにな. り,民生委員からは児童相談所にMを保護するように強い. り,それとともに自分自身に対する肯定的なイメージを付. 要請があった。学校も何とかMの家庭との連携をとること. 与してきている様子が見られた。. に苦心したが実効がなかった。長年,世間から隔絶・放置 された状態でMは過ごしていた。Mのためには養護施設等. 4.窃盗事件. に入所させるのがよいとの判断は,多くの機関がしてい. 順調な回復を見せていたMであっただけに,窃盗事件は. た。しかし,両親の同意がない限り,法的にはどうするこ. 予期せぬ出来事であった。橋本(2004)によれば,盗みが. ともできない状況があった。その中で,当かたらい教室で. 意味するものは二つある。それは, 「生存するための盗み」. の受け入れが決まった。受け入れに当たっては,M自身が. と「愛情の代償としての盗み」である。言い換えれば,生. かたらい教室が安心できる場所であり,安心できる人がい. 存するための盗みとは,盗みという行為に罪の意識がきわ. ることを感じることが最大の課題であると考えた。. めて希薄であると言える。一方,愛情の代償としての盗み は家庭や学校生活の中で疎外感を強く持ち,親や周囲の愛. 2.警戒の時期. 情を無意識のうちに求めていることである。. 集団生活をほとんど経験せず,自由気ままな生活を送っ. Mが,幼少期には,両親が生存のために食料品を万引き. - 31 -.

(9) 安 川 禎 亮 することがたびたびあった。それを間近で見ていただけ. けに来ている児童生徒や保護者も,集団適応指導教室に. に,罪の意識は低いものと推測される。しかし,安定した. 通ってきている他の児童生徒の活動を目にする機会があ. かたらい教室での生活の中で,徐々にではあるが,善悪の. る。また心理相談員も自分の担当する児童生徒の様子をフ. 判断基準は確実に獲得されつつあると考えていた。学校復. リータイムの時や,学習している時に見ることができる。. 帰を焦ったために,夏休みの生活が放任状態になったこと. それらは互いに影響し合って良い効果を与えていると思わ. が大きな原因となったのではないかと捉えた。. れる。. また,状態が良くなるMの様子を見,指導者側にも油断. 今回,我々は教育的支援と心理的支援の役割を最初から. と傲慢さがあったことも否定できない。警察から連れ帰っ. 意識して分け,かつ並行して実践したので,指導員も心理. た後の厳しい叱責に対して両親からの抗議があったが,. 相談員も役割については,それぞれの作業課題ははっきり. 「あなた方の子どもを懸命に指導しているのに,何が悪い. しており混乱はなかった。心理相談員は彼らの内的世界を. んだ。あなた方が幼少期より,本当はきちんと教えなけれ. 理解し,本人らしさを大切にし自己治癒力の回復を目指. ばいけなかったんだ」という傲慢さがあったように思われ. す。一方指導員は登校や受験など現実的な課題や現実適応. る。. のための支援を中心に関わる。また学校は指導主事からの. この時Mは自分の言った一言で,こんなに両親が抗議す. 依頼に応じて,不登校児童生徒が再登校する時,学校の中. るとは思っていなかった。筆者をはじめ,かたらい教室の. に居場所を用意し,進路指導など丁寧に関わった。. 先生方を裏切ってしまったと,両親の抗議を見て,気づい. 今回,我々が目指した心理的支援と教育的支援の融合. たようであった。また,両親の自分への愛情にも気づいた. は,適応指導教室の心理相談員と指導員,それに学校の教. ようであった。. 員というそれぞれの専門的立場のコラボレーションといえ. この事件の後,Mの内側に抑止力を如何に育てるかと言. るのではないだろうか。. うことを再検討した。そのポイントとして,盗みは罪であ ることを徹底して教えること。親や家族,そしてかたらい. 5 今後の課題. 教室にとって,かけがえのない大切な存在であることを実. . 感させることを再度確認した。 . 両親との連携は,まだ十分にとれていない。投薬の影響 もあって,日により全く精神状態が違う。また電話がない. 3 集団適応指導の対人関係 . ため連絡がとりにくい状況がある。したがって,民生委員. . や児童相談所,生活保護課,警察との密なる連携がないと. 適応指導教室における集団適応指導は,学習面の保障と. Mを支えていくことは不可能である。. ともに小集団による対人関係の再構築という側面も大切で. Mのような事例は他にも見られると思う。しかし,Mが. ある。. 以前そうであったように,社会の谷間に埋もれていること. かたらい教室では,学習の場面は小学校と中学校(学年. が予想される。今後,Mの事例を契機に,あらゆる機関が. 別)を分けて行っているが, フリータイムやスポーツ活動・. それぞれの対応策および,連携の方策を真摯に考えていく. 創作活動は全員合同で行っている。したがって,Mも上級. ことが必要である。. 生の生徒ともに過ごした。 ここ数年,フリータイムの時間,児童生徒の間では,野 球が流行している。小学生4年生から中学3年生までの男. 文献. 女が,一緒に野球をするのである。今は見ることが少なく なった異年齢集団での遊びである。見ていると,小学生や. 1 橋 本 和 明: 虐 待 と 非 行 臨 床. 創 元 社, 大 阪,p.77. 女の子でも楽しめるようにルールを決めてやっている。こ. ー78,2004.. こで,自分より年上との対人関係のあり方,幼い者や自分 より力の弱い者への心遣い等,いろんなことを学ぶと考え. 2 生島浩:非行少年への対応と援助.金剛出版,東京,. られる。. p.103-110,1993.. Mは筆者や指導員と築いた二者関係を基盤に,フリータ イムやスポーツ・創作活動の中で,同世代との対人関係を. 3 増沢高:早期の心理的発達に障害を受けた子どもの. 学んでいったと考えられる。. 入所治療.心理臨床学研究,18:569-580,2001.. 4 心理的支援と教育的支援の融合. 4 村瀬嘉代子:子どもの心に出会うとき.金剛出版, 東京,p.103-110,1996.. 心理的支援である心理面接は原則として,週3日実施し ているが,教育的支援の集団活動とほぼ同じ時間帯,同じ. 5 西澤哲:トラウマの臨床心理学.金剛出版,東京,. 建物の同じフロアーであり並行して機能している。面接だ. - 32 -. p.123-135,1999..

(10) 適応指導教室における非行児童の指導. 6 大迫秀樹:非行少年の特徴とその背景.犯罪心理学 研究,36:37-48,1998. 7 安川禎亮:非行の要因.犯罪心理学研究,36:45-51, 1998.. - 33 -.

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参照

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