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司法における「治療的な」関係とは 臨床心理の視点から見た治療的司法

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Academic year: 2021

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はじめに

臨床心理の視点から「治療法学」・「治療的司 法・正義」という言葉を聞くと、筆者はまず「治 療的(Therapeutic)」の言葉に反応する。司法関 係者が日頃犯罪者と出会っている「出会い方」や 「関係性の持ち方」は、そのまま「治療的司法・ 正義」の実践に適用できるのであろうか?それ ともまったく異なる態度を求められるものなの だろうか? 「治療」は治療する者とされる者の存在とその 関係によって成り立つ言葉である。医療分野や 臨床心理一般の領域においては、「セラピスト」 と「クライエント」として、または「専門家」と 「援助や変化を求める人」との関係として「治療 的関係」は成立する。しかし司法領域において は、「実践家(専門家)」と「犯罪者」の関係になり、 意識するかしないかにかかわらず「パワーを持 つもの」と「持たざる者」との関係となる。さら に更生や行動変化にかかわろうとすれば、「他 者を変えようとする者」と、「できれば構われた くない者」との関係性も加わるかもしれない。 犯罪者との「協働」や「本人の意見を取り入れる」 と単純に言うことはできても現実には難しいこ とも多い。 司法領域において、実践家と犯罪者の「治療 的」な関係性は存在しうるのだろうか?存在す るとしたら、どのように実現できるのだろう か? なお、本稿では、様々な領域で呼ばれ方が異 なることを考慮し、文脈上別の言葉を使う必要 がない限り、司法にかかわる専門家を総称して 「実践家」と呼び、加害者、出所者、支援対象者 等のことを「犯罪者」と呼ぶ。

治療的矯正関係

(Therapeutic Correctional Relationships:TCR) Lewis(2016)は、「犯罪の瞬間から加害者・ 被害者・コミュニティの関係性は切断されてお り、関係性を修復し保護することは犯罪者自身 のためだけでなく、司法にかかわる人たちやコ ミュニティの中など広いレベルで重要である」 と述べ、行動変化を促進する治療的な関係を 「治療的矯正関係(TCR)」と呼んだ。そして理論 面からだけではなく、17人の実践家のフォーカ 法と心理,2018,18,1,29-33 特集 「治療的司法・正義」の実践と理論

司法における「治療的な」関係とは

臨床心理の視点から見た治療的司法

毛利真弓

(1) 本稿では、「治療的司法・正義」を実践するために重要な要素の一つである、「治療的な関係性」に ついて、以下の 3 つの点から論じた。①専門家がパワーを乱用せず、また犯罪者もパワーを持って いることを自覚した「治療的矯正関係」を意識することが必要であること、②ノルウェーの実践から 学べるように、実践者と犯罪者が本当の意味で「対話」し、人間同士として出会うことの重要性、③ 筆者が実施した日本の刑務所出所者へのインタビュー調査からは、受刑者が人として尊重されるこ とが肝要であることが理解できること、の 3 点である。治療的司法を実践するための法的整備等と 同時に、実践家が役割や一定のパワーを行使しつつも、犯罪者と「人と人として」出会う場と時間を どう作り維持するか、それをどう研修していくかも考慮すべきことであると考えた。 キーワード 治療的司法、治療的矯正関係、対話 ⑴ 広島国際大学心理臨床センター・特任助教・臨床心理学

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スグループと、18人の犯罪者へのインタビュー 調査を通して、治療的関係性の作り方、深め方、 阻害要因等をも研究した(2) TCRはどのように形成されるのか。そもそ も犯罪者は、「あれしろこれしろと指示する保 護観察官は校長を思い出させる」といったよう に、過去の権威とのかかわりで目の前の権威あ る立場の人を理解する。特に、「警察や裁判官 にやられたみたいに、あのスタッフにも裁かれ た」というように、「一方的に経験させられた」 と思うものについては、時間を超えてイメージ は発展する。プレイヤーの1人である犯罪者は、 自律性を作ろうとして、関係性を持とうとした り離れたりしながら関係性の線上を揺れ動く。 近づきすぎると「馴れ合い」になり、遠すぎると、 「阻害・排除」となる。その間で互いに揺れ動き ながら、一定の「治療的雰囲気」の中に互いが入 ることで治療的関係性が作られる。 治療的関係性において押さえておかなければ いけないのは、パワーの問題である。犯罪者は、 国家による処罰として自分のコントロールでき る範囲を狭められていることがほとんどであり、 できればこれ以上パワーによって選択肢を奪わ れたくないと思っている。この状態の中で、も し実践家がパワーを乱用する形で関係を作り上 げようとすれば、物理的に逃げてしまうか、体 は実践家の前にあっても、正直に話さない等、 心理的に逃げる。しかし実践家がパワーを「正 当に」、「犯罪者の利益のために」使っていると 知覚すれば、犯罪者は自らパワーに従い治療的 関係性の中に自ら入ってくる。つまり実践家は、 公平で誠実に振る舞うことが必要になるのであ る。しかし実践は容易ではない。例えば警察で 弁護士と面会した際、その犯罪者が、「この人 は弁護士さんという偉い人なんだろうけれどそ れを感じさせず普通の人と同じように接してく れたな」と思うか、「変に笑顔で下手で接してく る胡散臭い人だな」と思うか、「なんとなく説教 じみていて見下されているな」と思うかは、瞬 間的で、感覚的で、受け取り方の要素もあるか らである。つまり、治療的矯正関係で重要なの は、犯罪者が「どう知覚するか」であり、パワー の「見え方」をコントロールすることが求められ る(Lewis, 2016)。実践家には、自分がパワーを 持っていることとその特性を熟知していること、 役割としてパワーをとらえ、上手に「脱ぎ着」で きること、そして権威や立場に関係ない個人と しての威信をしっかり持って犯罪者と向き合え るかどうかが問われるだろう。 パワーの視点でもう一つ重要なのは、犯罪者 が持っているパワーを意識することである。犯 罪者は、一見治療的雰囲気の中にいるように見 せかけながら、表面的な関係性を維持したり意 図的に虚偽を申告したりして心理的には自律性 を保つことができる。実践家はこれを意識して いないと、犯罪者が当然治療的関係に入ってく るものと期待し、裏切られて勝手に傷ついたり 怒ったりする羽目になる。 治療的関係性を壊すものとしてLewis(2016) は、①境界線(を明確にしないこと)と二枚舌、 ②不必要な権威の行使(境界線の侵害)、③パワ ーゲームの3つを挙げた。いずれも互いを尊重 せず思い通りにしようとすることで起きること である。犯罪者の行動は最終的に犯罪者自身が 決め、コントロールする。我々は犯罪者を動か すことはできず、できるとしたら影響を与える ことだけである。関係性だけが効果を上げるわ けではないが、関係性によって方向付けが可能 になり、成長と成長の場を提供できるのである ⑵ Lewis の関心の中心は保護観察の実践家と犯罪者との関 係にあり、ここでいう「矯正」は矯正領域のことではなく、 実践家と犯罪者との間で行動変容を促すという性質を指 している。 Figure 1.  治療的矯正関係(Lewis, 2016の図を毛利 が修正)

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(Lewis, 2016)。

北欧の刑務所における実践家・

加害者の関係性変化の試み

2017年9月、北欧に渡航し「リフレクティン グ」の手法を用いた処遇を行っている複数の刑 務所視察の機会を得た(ノルウェー3か所、デン マーク1か所)。リフレクティングとは、ノルウ ェーの精神科医トム・アンデルセンによって提 唱され、展開された家族療法の手法である。1 人の専門家と家族数名が話している様子を専門 家がワンウェイミラーの向こうで聞いて指示し ていた方式を変え、専門家側の部屋を家族から 見えるようにし、「専門家が家族の会話につい て会話する」様子を聞いてもらったところ、そ の後家族の会話が大きく変化したことに始まる。 観察されていた者が観察者側になって聴く体験 から新たな洞察を得るとともに、クライエント とセラピストという関係に潜在するパワーの差 をなくし、一人の人として聴かれ、聴く「治療 的な関係」が成立する。 ノルウェー中部に位置する第3の都市トロン ハイムにあるトロンハイム刑務所では、受刑者 と刑務官、セラピストの三者によるリフレクテ ィングが行われていた。まず受刑者がセラピス トと、自分が話したいことについて会話する。 それが終わると今度はそれを聴いていた刑務官 とセラピストが、受刑者が話していたことを聞 いて感じたことや考えたことを話す。次に再び 受刑者とセラピストが、また話したいことを話 すという方法である。刑務官は自ら希望して勤 務時間以外にリフレクティングに参加し、受刑 者は会話したい刑務官を選ぶことができる。刑 務所でのリフレクティング(トーク)の効果につ いてWagner(2009)は、「リフレクティングト ークは自分自身の内的なリフレクションと他者 との外的なリフレクションの時間と空間を作る ことで、自分と異なる視点について探究する時 間を作り、古い行動に対して新しい考え方をも たらして代替行動を起こさせる影響がある」。 また、「そこにいるすべての人が会話から影響 を受け、刑務官にとって受刑者の社会復帰を理 解する重要な方法にもなる」と述べている。 刑務所にいる受刑者たちにリフレクティング を体験した感想を尋ねると、「自分をわかって もらえた実感があるし、自分に帰ってくるもの がある、安心して満足して落ち着くし、刑務官 に人間として助けてもらっているような感じが する」と答えてくれた。本来業務をこなしてい る刑務官の姿とのギャップに混乱しないか複数 の受刑者に尋ねたが、「役割でやってるのがわ かってるから別に(気にしていない)」と返ってき た。人としてつながれているからこそ、役割で パワーを使っていることも理解できるのだとい うことがその言葉からうかがえた。トロンハイ ム刑務所でも、その後訪れたデンマークの刑務 所でも、処遇困難と言われている受刑者がリフ レクティングに参加することによって刑務官と の関係性が非常に良好になったとセラピストた ちが述べていた。 刑務官の感想も好意的だった。「対等につな がれている感じがして、普通の人として普通に 話せる良い面がある」こと、そして「職員として ではなくリラックスして仮面を外して話せるこ と」などをメリットとして挙げてくれた。通常 業務にプラスアルファでリフレクティングをす ることは負担ではないかと尋ねたところ、「や りがいがあるし、信頼や経緯や、深まっている 体験を実感できるのでよい」という回答が返っ てきており、余分な仕事というより、リフレク ティングのプロセスの中で刑務官としても得る ものがあるということが理解できた。 リフレクティングについては、帰国後、支援 者向けの講演等でミニワークとして複数回取り 入れたが、いずれの場所においても非常に反響 が大きかった。自分の話を本当に聴いてもらっ たと思う体験を経て、いかに自分が支援の対象 者の話を聴いていなかったかを実感するのであ る。 極端な言い方をすれば、自分が話したことに ついて相手が話していることを聴くだけで、治 療的関係性が出来上がる。そこでは、実践家は 不要なパワーをふるう必要はなく、パワーをふ るうときも「役割」として、正当なパワーとして 認識されるのである。治療的関係性に必要なも

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のは、「人と人とが本当に出会うこと」なのかも しれない。

日本 の 刑 務 所 出 所 者 へのインタ

ビュー調査より

2017年1月から3月にかけて、とある刑務所 で特定のプログラムを受講した経験のある男性 出所者18名に対してインタビュー調査を行った。 結果報告が本題ではないため概要を述べるにと どめるが、彼らが実践家に対して期待するのは、 公平性や専門家としての技術(能力)というより は、人として自分に向き合ってくれているかど うかという視点がほとんどであった。 具体的に、刑務官に対しては、 ① 尊重される、人間扱いされた上での厳し さがあること ② 平等で公平な扱いと感じること、一定の 距離感を保ってくれること ③ 見ていてくれて気持ちをわかってくれて いると感じること ④ 前向きな気持ちになれる声かけをしてく れること ⑤ 現状のままで良い(色々な人がいてよい) という5つに分類できた。またプログラムを 担当する民間職員に対しては、 ① 熱意があって伝わってくるものがある ② 普通に接し、尊重してくれる ③ 適切なサポートや介入がある ④ 適度な距離感(親しくなりすぎても依存し てしまう) ⑤ 現状のままで良い(色々な人がいてよい) という5つに分類された。 その他、出所後の支援をする専門家への期待 についても、具体的なサポートが必要だという 意見とともに、①事務的な感じではなくフラッ トに付き合ってほしい、②話を聴いてほしいと いう語りが見られた。 共通しているのは、人としての尊重された扱 いを受けることと、自分のことを見て、聴いて くれ、考えてくれているとわかること、しかし 必要以上に距離感を詰めて侵害してこないこと (一定の距離感)である。これはまさしく、治療 的矯正関係とリフレクティングの要素と共通す る。 名称やアプローチは違っても、人として出会 い、支えてくれる人(実践家)が前にいながらも、 感じ考えて変わる(行動する)のは自分であると いう自律性は尊重された場と空間があれば、実 践家と犯罪者の治療的な関係性は存在しうると 言えるだろう。そして、治療的関係性を結ぶに あたりこれまでの在り方をより変えなければい けないのは、実践家のほうかもしれない。

最後に

本特集の主旨は、「単なる当事者の社会復帰 だけでなく、寛容と包摂による統合を可能にす る社会的条件の整備を必要とすること」、「自己 責任の強調ではない関係性の再組成に向かう契 機として治療的司法・正義がある」と述べられ ていた。 事例として報告された山田弁護士の実践(山 田、2018)は、実践家と犯罪者が何度も出会う 中で治療的な関係を結び、自己責任(家族だけ の責任を含む)に帰すだけでもなければ過剰すぎ る介入をするわけでもなく、本人の準備が整う のを待ち、実践家が変化を支えた事例だったと 感じた。また、中村教授の大阪での試みも、家 族や地域社会とのもともとのつながりを生かす 形で実践家がそこに入り、サポートと監督の両 方を提供する治療的な関係性を形成し、それに よってコミュニティ自体の寛容や包摂の姿勢を も促進してもいたように思われた。 司法における加害者の更生・回復支援には、 パラダイムのジレンマが多く存在する。犯罪を 中心ととらえるか、本人を中心ととらえるのか。 回復・支援モデルか医療・介入モデルか。拘禁 と罰による処遇か、社会復帰の支援か。これら のパラダイムは、どちらかだけを選択してしま うと偏りを生じることになる。このパラダイム を両立させうるのは、適切で治療的な実践家と 犯罪者の関係にあるのではないか。もう少し広 げて言えば、適切で治療的な実践家と犯罪者の 関係から、加害行為によって損なわれたものの 修復が始まり、犯罪によって断絶されたコミュ

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ニティや被害者との関係性を、可能な範囲で修 復していけるのではないだろうか。 どの国で、どの仕組みの中で、どのような呼 ばれ方をしようと、司法における実践家と加害 者の誠実で治療的な関係性は、制度や枠組みの 触媒となり、魂となる。「当事者のニーズを聴 く」、「ケースをマネジメントする」という一方 向の関係性を超えて、実践家と犯罪者とが、人 と人、として出会う場と時間を作ることが真髄 であり、どのような制度を作るかということと 並行してもっと意識化されていく価値があると 筆者は考えている。 引用文献

Lewis, S.(2016).Therapeutic Correctional Rela-tionships ─ Theory, research, and practice ─ London:Routledge.

山田恵太(2017).障害のある人の刑事弁護─事 例報告を中心に─,法と心理,18,3-5. Wagner, J.(2009).Reflections on Reflecting

Pro-cesses in a Sweden Prison. International Jour-nal of Collaborative Practices, 1, 18-39.

“Therapeutic” relationship in the judiciary : a therapeutic judicial view from the viewpoint of clinical psychology

Mayumi MORI (Hiroshima International University)

In this article, We discussed “therapeutic relationship”, which is one of the important factors for practicing “therapeutic justice”, based on the following three points. (1) It is necessary to be conscious of “therapeutic correctional relationship” in which experts do not abuse power and also know that criminals have power. (2) As you can learn from Norway’s practice, it is important that practitioners and criminals “engage in dialogue” in the real sense and interact in a humane way. (3) Baed on the interview survey conducted by the author with Japanese ex-inmates, it is essential for an inmate to be respected as a person. What is important for prac-ticing therapeutic justice is that practitioners learn how to create and maintain places and times to meet crim-inals as “people” while exercising their roles and certain power. We believe that training to develop therapeu-tic relationships is as essential as legal development.

参照

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