長野大学 紀要 第15巻 第3号 76-88頁 (357-369頁 )1993
地域社会研究 におけるインフ ォーマル・
エ コノ ミー概念の有効性
(
下)
-
A.
バニ ヤス コによる
イ ン フ ォ ー マ ル ・ エ コ ノ ミ ー 概 念 の 検 討 を つ う じ て ―
The Concept of Informal Economy Presented by A. Bagnasco and
I
t
s
H
e
u
r
i
s
t
i
c
R
o
l
e
i
n
t
h
e
S
t
u
d
y
o
f
L
o
c
a
l
S
o
c
i
o
-E
c
o
n
o
m
y
T
o
d
a
y
(
I
I
)
田
中 夏
子
Natsuko Tanaka
は じめ に 一 前号 とのつ なが りと本 号 の 課題 これ まで、北東部 ・中部 イタ リアの中小企業の 発展 に着 目した 「サー ドイタ リー」論が 日本にお いて論 じられ る際には、フレキシビ リテ ィー概 念 を中心 とした経営戦略論 として展開 され る議論 、 あ るいは革新 的な政 治風土に言及 した地域 自治論 として展開 され る議論が 中心 とな り、インフォー マル経済 とい う視 点か ら取 り上 げ られ るこ とはな か った。 しか し北東部 ・中部 イタ リアの 「分散 的 経済」(economiadiffusa)や産地 (distrettoi n-dustriale)は、当該の地域社会の社会的 ・文化的 土壌 と密接 なつ なが りを持 った ものであ り、それ らとの相互行為 の もとに具体 的な姿が形 どられて きた。その相互行為 を経済的な事象に読み換 える フ ィル ター として、インフォーマル経済への言及 の必要性 を強調 したのが、バニ ヤス コである。 前号 では、そのインフォーマル経済の概念が浮 上 して きた産業社会学的な背景 を概観 した。 本号 では、第一 にインフォーマル経済 とい う概 念の問題意識 をた どり(第一項 )、次にイタ リア地 域経済の具体 的な文脈の中でその概 念が持つ社会 的 ・文化 的意味 を考察 した後 (第二 ・三 ・四項 )、 小指 として、インフォーマル経済 をめ ぐる議論が イタ リア地域社会研究のみな らず 、 日本の中で地 域社会のあ り方 を考 える我々に とって どの ような 意味 を持 ち うるのか 、筆者の見解 を述六 たい (第 五項 )。1.
「イ ンフ ォーマル経 済 」 (economiainformale)概 念 の 間茸 意識 まず 、バニ ヤスコの論点に添 ってその問題意識 を確認す るこ とか ら始め よう。 イタ リアの地域経済 とその主 たる担 い手 であ る 小企業の活力は、「隠れた」(nascosta)、「水面下 の」(sommersa)、「闇の」(nera)とい う形容詞 と ともに、総 じて 「インフォーマルな」(informale) 経済 とい う枠組 で論 じられ る傾 向が強い。す なわ ち、大企業 と比べ て小規模 な企業が フレキシビ リ テ ィー を享受 で きるのは、それが労働 コス トや労 使紛争 といった もろ もろの制約か ら合法的にせ よ 非合法的にせ よ免除 されてい るがゆえである とい う解釈 である1)O しか しなが ら、バニ ヤス コが この点の分析 を試 み るのは、規制や統制の対象 となっていないがゆ えの有利 さ とい う、いわば表層的なインフォーマ リテ ィを重要視す るか らではない。当該地域社会 の土壌 に細密 に入 り込んだ、その意味 では 「根」 とい う表現が最 もふ さわ しいインフ ォーマ リテ ィ を鮮 明にす るこ とが、小規模企業 を中心 としたペ リフェ リア経済の抱 える諸問題 を考察 してい く上 で、重要 な布 石 に な る と考 えて い るか らであ る (Bagnasco,1984,p.147)0 まずバニ ヤス コは、「インフォーマル」その もの の構成要素 お よびフォーマル経済 との相互関連 を いか に して把握す るこ とが で きるか とい う問題 を -76-EEL中夏子 地域社会研究におけるイン7オーマル ・エコノミー概念の有効性(下) 358 立て、次の ような過程 を示す こ とによってその性 格付け を試みている。 インフォーマル経済の定義 は 「国家に よって統 計上に記録 されない」経済効果の部分 とす るこ と がで きよう。それが現象す る場 としてバニ ヤス コ は、以下 の三つ を設定 してい る。
① 家内経済 (householdeconomy)一 販売 ・交 換 目的でな く、家族 の メンバーによって、その 家族 自身のために行 われ る生産活動。
② ア ングラ、闇経済 (underground,hiddenor blackeconomy)- 販売 目的あるいは物 々交換 目的の生産 活動 で、課税お よび統制 の対象 とな るに もかかわ らず、全面的にせ よ部分 的にせ よ、 公に対 して 申告 されない経済活動2)o ③ コ ミュナル経済 (communaleconomy)一営 利的販売や交換 を目的 としない個 人ない しは集 団に よる生産 活動。 バニ ヤス コはこれ らインフ ォーマルな領域 とフ ォーマルな領域 との相互作用に最大の関心 を寄せ 、 その相互作用 をクロー ズア ップす るため、図1の ように① ③ をま とめ、インフ ォーマル経済 とフ ォ ーマル経済 との間の 「移行 プ ロセス」 (1)か ら(6)を 想定す る3)。 (1)は、従来家 内でお こなわれていた活動 が市場 経済に依託 され る過程 (例 えば労働 の再生産 を目 的 としてお こなわれていた 自給 自足的な農作業が 、 市場 での交換対 象 を生み出す活動 に切 り換 わる場 合 な ど)。(2)は、市場経済に依託 されていた ものが 、 再 び家の中で処理 され る過程 (一般 に近代化過程 は、家事労働 の外部化 とい う形 で進行 して きたた め、この事例 は兄い出 しに くいが、あえて言 えば 手作 り志向、 ドゥ- イ ッ トエアセルフくfaidate) な どが挙 げ られ よう。 また公的福祉 の後退や経営 としての民間福祉 の撤退 に よ り、福祉的な機能が 個別家庭 の 自助 に押 し返 され る傾 向な ども含め ら れ る)0 (3)は、高い労働 コス トや労働 に対す る法的 保護 を回避す るために、職安 を通 さずに失業者 を 安 い賃金で非正規 に雇用す るな どの過程。(4)は、 なん らかの規制が緩和 されてア ングラの リス クを 負 うメ リッ トが な くなった結果、正規の取 引に切 り替 わる過程
、(
6
)
は、家 内労働が販売や交換 を目 的 として無賃ない しは低 賃金 で活用 され る過程 を 示 し、(
5
)
は、ア ングラで処理 されていた経済行為 が 、地域社会での コンセ ンサ スの もとで運営 され るにいたる場合 な どである4)0 これ らの相互作用の うち例 えば(1)(4)は、何 らか の葛藤 と調整 を経て制度化 され、フォーマル経済 の構造 の中に組み込 まれてい く過程 を表 している が 、その相互作用がいかに して生成 し構造化す る か とい う問題は、一般理論の枠組 で論議 し得 るも のではない。 そこで以下 では、イタ リアの小規模企業の成長 を具体 的な題材 として、フォ-マル、イ ンフォー マル間の相互行為 を論ず るこ ととしたい。 北東部 ・中部 での中小企業 の分散 的経済に よる 発展 (sviluppoaeconomiadiffusa)につ いて興 味深 い点は、それが地域経済の基層部分 との連続 性 、地域 の社会 ・文化形成 との深 い結びつ きを持 ってい る点 、 さらにこれ らが必ず しも伝統 回帰 で はない方向で地域経済発展 をうながす資源 となっ た点である。 当初 、分散的経済の議論 は大企業の労働 コス ト の増大 、硬直化 に対す る打開策 と結びつけ られ る 傾 向にあった。ベ ネ トン、オ リベ ッテ ィ、フ ィア トは小規模企業の 「柔軟性」 に着 目をして積極 的 に生産拠点の分散化 をはか り、効果 をあげた とさ れ る (Carboni,1991,p.65)。その際 、大企業の経 営戦略 としての生産拠点分散化 とは、 もっぱ ら労 図1 フォーマル/インフォーマル経済の移行過程 フォーマルエコノミー J(3)千(4) t(2)I(1) ②アングラ経済 - (5) ー (6) ①家内経済/ ③ コミュナル経済 インフォーマル エコノミー359 長野大学紀要 第15巻 第3号 1993 働組合の不在が もた らす労働力の低 コス ト化 を意 味 していた。す なわち、大企業 に よる分散 的経済 へ の着 目と評価 は、規格 品の大量生産体制 その も のに対す る疑義 として もた らされた ものではな く したが ってそれは 「生産物 その ものや テ クノロジ ー に関 して実 質 的 な変化 を もた らさなか った」 (Bagnasco,1988,p.156)のである。 一方、市場 の要求 としては非規格 品-の需要が 高 まってゆ く。製品開発、技術革新 、労働形態な ど多岐 にわたる 「柔軟性」が求め られ、その 多面 的な柔軟性 を担 うとされたのが小規模企業であっ た。 注 目すべ きこ とは、小規模 企業に よる分散 的 経済が量的な成長能 力 を示 したのみな らず、構 造 その もの を現代化す る力 をも持 っていた点 で ある。 この ことは、フ ォーマルの諸相 とインフ ォーマルの諸相 との相互 関係 が重大な変化 を遂 げたこ とと無関係 ではないo(中略 ) 技術の近 代化 といえば大型設備 の導 入 を意味す る、 とい った考 え方か ら脱却 して、小 さい設備 に よって も新 技術 の導 入が可能 で あ る こ とが示 され た (Bagnasco,1988,p.157)。 バニ ヤスコは、大企業が 自らの危機 回避 のため に講 じた策 としての分散化 と、中小 の企業が従来 の地域 システムや商工関係の地域組織 を活用 しな が ら産地形成 をお こなっていった過程 とは、峻別 して考 えるべ きであるとした。前者は脱税や労働 の低 コス ト化 な ど統制 の対象外 となる利点 を求め る、いわば狭義 のインフォーマ リテ ィに基づ いた 分散化 である。 それに対 して後者は 「生産や労働 をめ ぐる市場 のあ り方が、家族や地域の社会的諸 関係 に深 く根 ざし、それ でいて風通 しの よい組織 に基づ いた生産 ・消費の諸過程 と分か ちがた く結 びつけ」(Bagnasco,1988,p.157)られた結果 とし ての分散化 である。 さてインフォーマル経済 に対 して、バニ ヤス コ は次の ような本質的 な問 を投 げか け る。「経済に お いて、 イ ンフ ォー マ ル な ものの発 展は、近代 化 とい う概念の中核的部分 を担 い得 るのか否か」 (Bagnasco,1984,p.163)。 またそれは、現代社会 科学 において 「発見的役割(strumentoel∬istico)」 を果 た し得 るのか否か。 バニ ヤス コはこの間に対 して、次の ように述べ ている。 インフォーマルな行動 は、一般 的に言 って選 択的行為 の原理 原則に影響 を与 えるもの とはな らないだろ う。必要 にせ まられて隠れた市場へ 身 を晒す こ とになるが 、 しか しそれは、需要 を 満 たす ための戦略の結果 としてである。最 もわ か りやす いケー スは、フォーマル経済の領域 で 否定 された 自己実現 を求めての、インフォーマ ルな市場 での職能提供 である。脱規則化へ の志 向は、変動 激 しい経済や文化状況の中で、極端 に狭め られて きた、個 人に とっての選択の余地 を回復す るものである と考 え られ る(Bagnasco, 1984,p.163)
0
バニ ヤスコに よれば、インフォーマル経済は現 実社会 の変容 を迫 る直接 的な力 を持つ ものではな い。 しか しそれが個 人や家族 、あるいは地域や組 織の止むに止 まれぬ戦略 として選択 されてい く場 合 には、社会変動 の素地 を構成 しうるとしている。 社会変動が制度化 されてい く過程 に関 して言 えば、インフォーマル経済は、た とえ伝統的な 社会構造や社会関係 と結びついている場合 で も、 伝統的形態への回帰 を意味 しない。フォーマル 経済 とインフォーマル経済の コンビネー シ ョン お よびそれ らの併行 的存在が見 られ るのは、変 動す る状 況の中で競争力 を勝 ち取 り、それゆえ 市場 において認め られた もの としてインフ ォー マ リテ ィが存在す るか らである(Bagnasco,1984, p.164)。 インフォーマ リテ ィは地域 の社会的文化的土壌 に根 ざしてい るとはいえ、必ず しも伝統的 ・前近 代 的な もの を根拠 として存在す るわけではない。 む しろそれが フォーマル経済 との相互作用や 葛藤 を生ず る時には、フォーマル経済 と比べ て、イン フォーマル経済が市場 におけ る承認 を得 るような 現代性 をよ り多 く備 えている と考 えるべ きではな いのか 、 とい うのがバニ ヤス コの見解 である。 ー78-田中夏子 地域社会研究におけるインフォーマル ・エコノミー概念の有効性(下) 360 インフォーマル経済の構造は、完全 に制度化 きれた表舞台- の移行可能性 を常 には らんでい る。 また市場 におけ るインフォーマルな行為や 非営利的関係 に基づ く生産 活動 、交換行為 の中 で、 自らの仕事 に対す る自己決定性が容認 され るこ とは、漠然 とした形 であれ、基層部分 での 文化変容過程(profondiprocessidimutamento culturale)の一端 を担 うこ とにつ なが るもの と 思 われ る。む ろんインフォーマル経済の内部 に おいて も、 多 くのフォーマルな もの との間にお いて もコンフ リク トが あろ う。 しか しそのこ と に よって文化 の変容が遮 断 され るわけではない。 む しろ逆 の効 果す ら持 ち得 よう(Bagnasco,1984, p.163-164)。 これ らバ二 ヤスコの見解 に葛づ き、前述の問に 立 ち帰 って述べ るな らば 、インフォーマル経済は その両義性 ゆえ、それ 自体 が進行 中の現代化過程 を決定的に脅かす もの とはな り得 ない。 言い換 え ればそれは、急速 な現代化 の中でシ ョックアブゾ -バー として機能す るこ とはあって も、逆 に現代 化過程 に対 して シ ョックをもた らすほ どの確 固た る能動性が保障 されているわけ ではない。 しか しそれは、「唯一 固有の もの として、ある理 想型にむか ってい く社会構造の絶 えざる純化の過 程」(Bagnasco,1984,p.164)に対 しては、疑問 を 投 げかけ る。す なわち異化 をもた らす。その時の 異化 な り疑問な りは、伝統的な社会文化形成のな ぞ り返 しに よるもの とはな らず 、螺旋的な構造 を 持 った もの とな る5)0 こうした相互行為が 「統合」 なのか 「適応」 な のか 、あるいは 「抵抗」 なのか を一般論 として論 じるこ とは意味 を持 たないであろ う。インフォー マルな ものへの着眼は、その方法 として 自ず と具体 的な地域社会の動 きに密着す るこ とを要求す るか らである。 インフォーマル経済が持つ 、概 念装置 としての 有効性 と課題 を問 うあたって、まずそれが北東部 ・ 中部 イタ リアにおいて、 どう具体 的に現象 したの か。次項では、家族 お よび家族の側か ら見た労働 市場 、言い換 えれば労働 力の供給側の観 点か ら、 この インフォーマル経済の機能 を 「異化」過程 と して論 じた代表的な流れ を追 ってみたい。 2. 家族戦 略 と しての 労働 力供 給 バーチは、ペ リフェ リア経済地域における小企業 発展 の構造に関心 を注いで きた代表的な論者の一 人である。彼に よれば、70年代後半の時点 までは 「遅 れて きた資本主義 国」イタ リア も後発発展の メ リッ トを享受 し得 た。 しか しその後にわたって成 長 の維持 を図 ってい くためには、次の二つの立場 か ら発展 の為の戦略 を解析 してい くこ とが必要 だ とす る。 一つ は、生産側 、労働 力需要側す なわち資本蓄 積 の立場か ら (dallatodelladomanda,dallato dellecaratteristichedellastrutturaproduttivae dell'accumulazionecapitalisticanazionale)、そ
して今一つ は、労働 力提供側お よび労働力再生産 の立場か ら(dallatodell'offerta,deltastruttura
deltaforzalavoroedeimeccanismidellasua riproduzione)である (Paci,1983,pp.9-10)0
衆知のように前者の立場か らはフレキシブルスペ シャライゼ- シ ョンな どの議論が なされて きた も のの、後者の立場か らの言及がなされ るようにな ったのは、70年代後半以降の こ とであるOバーチ はこの後者の立場か ら、家族 -小企業 一労働市場 を結びつけ、そこか ら北東部 ・中部 イタ リアの発 展 の構成要素 を引 きだそ うとした。 イタ リア社会において も他 の先進 資本主義 国同 様 、核家族化が著 し く進展 して きた(表1)。 しか しなが らイタ リアの場合 、子供が親元 を離れて独 立住居 を構 える とい うこ とが、ただちに伝統的家 族 の紐帯 の崩壊 にはつ なが らない。独立 した後 も 出身家族 との関係 は緊密 さを保 ち、経済的な依 存 も大 きい とされ る。 1971年 当時の 多世代 同居型の拡大家族 の地域別 分布 を見てみ る と、イタ リア平均16.9%に対 して、 北西部14.3%、中部北東部22.9%、また経済的に 後進地 とされ る南部 においては、15.0%となって お り(Pa
c
i,1983,p.27)、小企 業 が 発展 を遂 げた 地域 におけ る家族紐帯力の強 さが再三指摘 されて きた。 しか し、81年か ら91年 にかけての変化 を見 る と、中部 イタ リアにおけ る多世代 同居型家族 は、 北部 、南部 に比 して もっ とも急速 な減少 をみてお り(CENSIS,1992,p.705)、 上記の紐帯が80年代 に大 きな変化 を遂 げたこ とは想像 に難 くない。 な361 長野大学紀要 第15巻 第3号 1993 表1 イタリアの家族構成の推移 . A B C D 家長一人世帯 家 長 夫 婦 家長夫婦+子供 二世代同居大 家 族 1951 10.6 ll.3 55.7 22.4 1961 ll.5 _13.4 55.7 19.4 1971 13.5 15.5 54.1 16.9 1981 14.0 17.7 38.1 18,5 出所 :1951/1961/1971のデー タについては(Paci,1983,p.50)に よる。1981/1991のデー タについては、26oCensis, 1992,p.705か ら作成O なお、両者の間でカテゴ リーがやや 異なるO家父長夫婦 +子供の項は、1951/1961/ 1971デー タにおいては、子供の 多寡にかかわ らず この項 目に入るが、1981/1991データにおいては、家父長 夫婦お よび、一 人ない し二人の子供がいる家庭 をこの項に当てはめているQ また1981/1991デー タにおい て、三人以上 の子供がいる場合 には、大家族 の項 目に含 まれている. したが って綿密 な比較はできないが 、 傾 向 としては、A+Bが2割か ら4割 と、核家族化 の急速 な進行が見て取れ よ う。 らばそれ をもってはた して家族 の危機や崩壊 とい う解釈 をあてはめ るこ とは妥 当なのだろ うか。 産業化過程が伝統的家族パ ター ンを解体 してい った とい う考 え方は、既 に- レ-ブ ンをは じめ と す る諸研究に よって反証 されて きた (Hareven, 1982-邦訳,1990)。バーチ もまたこ うした- レ-ブ ンらの主張に賛同 しつつ 、家族 を単 に労働 力の 再生産の場 とい う、産業社会に対 して受動的な単位 として捉 えるのみ な らず 、市場 に送 り出す労働 力 の質 (技能 の種類や 熟練度 )、形式(フル タイムか パー トタイムか、正規雇用か非正規雇用か 、家内 労働か家外か )、そ して供 給 の タイ ミングの調整 に関す る 「決定の場」(centrodidecisioni)と捉 え、近代家族が産業化 に対 して果 た して きた能動 的役割 を認めている (Paci,1983,p.51)0 しか し労働市場 に対 して家族がオー トノ ミー と 独 自の戦略 を有 しうる とす る考 え方は、- レ-ブ ン 自身 も注意 を喚起 してい るように、 ともすれば 新 ロマ ン主義的な解釈へ と引 き込 まれて しまう可 能性 も持 っている。 これは、家族が産 業 システム に よって一方的に解体 させ られて きた とす る旧来 の社会解体論の反対の極 に位 置す る考 え方 である が 、 どちらか一方 を他方の従属変数 としてのみ と らえるこ とは、同様の誤 りにつ なが る とい うのが - レ- ブンやバーチの見解 である。 バーチは家族 の重要性 を過大評価す る傾 向に対 して批判的であ り、原因一結果 を一方向的に解釈 (monocasuali)す るのではな く、螺旋 的構造 を有 した循環的要 因モデル (modello dicausazione "circolare")で解釈すべ きであ ることを強調 して (Paci,1983,p.55)、以下 の ように述べ る。 伝統的部門 (ここではイタ リア中部北東部 で 発展 をみた家内経営 的な小規模企業 を指す 一引 用者 )は、射幸性 の強い需要 と、景気や市場競 争の影響 を受け易 い とい う特徴 を有 している。 パー ト、季節労働 、一時的なつ な ぎとしての労 働 とい う形 での労働 力の提供 は、上記の ような 特徴 をもったイタ リアの経済に とって機能上適 合 的な ものであった。 こうした観点か らす る と 我 々が イタ リア社会 において再認識 した家族 ・ 親族 の重要性 と、イタ リアの産 業 システム との 間には 「恵 まれた一致点」("feliceconvergen・ za")が存在 していた といえ よう(paci,1983, p.55)0 さらにイタ リアの場合 、家内経済におけ る労働 力の再生産活動 まで も、市場 におけ る生産活動 と 隣接 しているこ とが少な くない。 家内共同体 において、労働 力再生産 のための 補助 的手段 としての 自給 自足用農業 は、同時に ペ リフェ リア経済におけ る (市場化 された一引 用者 )生産活動 として も現象す る (Paci,1983, - 801
田中夏子 地域社会研 究 におけ るインフ ォーマ ル ・エ コノ ミー概 念の有効性 (下 )
3
6
2
p.56)O 自首 的小企業 は、その労働 力供給源 として家族 労働 を主 たる構成要素 としているため、企業戦略 と家族戦略 との相関関係 が きわめて強い。 しか し それは必ず しも企業戦略が家族戦略 を決定 しやす い とい うことではな く、家族戦略が逆 に企業 とし ての事業拡大 を方向づ け得 るこ とも意味 している。 この相互規定性 こそ、バーチが 「産業 システム」 と 「家族」 との関連 の中に、そ してバニ ヤス コが 「フォーマルな もの」と 「インフォーマルな もの」 との相互作用の中に読み とろ うと試みた ものでは ないだろ うか。 イタ リア経済への言及の中で頻 出す る 「フ レキ シビ リテ ィー」 とい う言葉は、 ともす る とどち ら か一万が他方 を悪意的に操作 し得 る といった含意 で捉 え られが ちである。 とりわけ労働 力の 「フレキシビ リテ ィー」に言 及す る場合 には、「誰 に とって フ レキシブルなの か」 とい う問いが唆味 とされ る傾 向にあ った。暖 味 とされているこ と自体 、それは労働 力需要側 に とってのフレキシビ リテ ィー を意味す るこ とが暗 黙の前提 となっている。だ とすれば、労働 力 を提 供す る側 の事情やや りくりをどこまで反映で きる か否か 、 とい う意味 でのフレキシビ リテ ィー も当 然問題 にされ るべ きではないだろ うか。 労働 力供 給側か らみたフレキシビ リテ ィ- を掘 り下 げてい くこ と、そ してそれが経営側 のフレキ シビ リテ ィー との コンフ リク トを経て、 どう折 り 合い をつ けてい くのか、そのダイナ ミズム を明 ら かに してい くこ とが 、イタ リア北東部 ・中部の経 済 を特徴づ け る とされて きた 「柔軟性」 を、いわ ゆ る違法性や ア ングラ経済 とい う表層的なイタ リ アの特殊性 としてではな く、イタ リア地域社会 の 社会的 ・文化 的固有性 として理解す るために欠か せ ない作業 となろ う。 そ うした作業は また、インフォーマル経済 とい う概念が地域社会研究 に とって どの ような意義 を 持 ち得 るのか を、中範囲理論の枠 内にせ よ、他 の 地域社会 との比較的考察 をも交 えて検証 してい く ための重要 な前提 ともな るのではないか。 次項においては、労働市場 に対 して労働 力供給 側か らいか なるアプローチが なされているか 、そ の 「戦略」が労働現場 において どの ような具体的 姿 を取 ってい るのか を追いなが ら、フ ォーマ ル と インフォーマルの相互作用に よって現 出 したイタ リア労働社会 の 多層性 を確認 してお きたい。3.
「二重労働」(
doppi
ol
a
v
or
o
)
の
新 しい意 味 付 け 本項 では、インフォーマル経済が イタ リアの地 域経済 を量的に も質的に も特徴づ けているこ とを、 具体 的な場面で考察す る手がか りとして、「二重労 働」が持つ意味 を考 える6)0 前項が ≪家族 の戦略≫ に関す る考察 であ る とす れば、本項 は 「二重 労働 」 とい う事 象 を通 じた ≪個 人の戦略≫ に関す る議論 である といえよう。 「二重労働」は、正規収 入の不 足分 を補充す るな どの旧来の理 由か らみた場合 、≪家族 の戦略≫の結 果 として も位 置付け得 るが、労働概念に対す る多 層的なアプローチ を目的 とす る本稿 では、あえて ≪個 人の生活史上 にあ る戦略≫に視点 を移 して言及 したい。 二重 (多重 )労働 の実態につ いての統計的な把 握 は極 めて困難 であ るが、7
0
年代か ら多 くの地方 都市別 の事例報告が蓄積 されて きた7)。 諸説 多様 ではあるが、1
9
9
2
年発表の国勢調査に よれば、約2
4
0
0
万 人の就業人 口の うち,二重労働 の従事者は 約2
0
0
万 人、約8.
3
%
の割合 となってお り、1
9
8
1
年 のデー タ と比較す る と、実数 ではむ ろんだが構成 比において も伸 び を示 している。 また1
9
7
8
年 、中 部諸州 の一つ であるマルケ州 につ いてお こなわれ たセ コン ド ・ラポー ロ (第二の仕事 )の調査研究 でみ る と、就業人 口中に 占め るセ コン ド ・ラポー ロの保 持者 は1
6.
4
%
となってレフる(表2
)07
0
年代 までの二重労働 の動 向 を振 り返 って、8
0
年代 の諸研究 ではおお よそ次の二つの動機が指摘 されてい る。①農業 を出 自とす る現業労働者 、サ ラ リーマ ン、家 内工業者 で、世帯主 であ る男性が 家計維持 の為 に不可避 的に従事せ ざるを得 ないケ -スO この場合 、セ コン ド ・ラポー ロの対象 とな る分野 は農業が主 となる。② 比較的高学歴のホワ イ トカラー 、公務員 、教員に よる「第二の専 門職」。 家計補助 の 目的が 中心的な動機 である とは限 らず 、 む しろ個 人のキャ リアア ップや職業威信 を高め る363 長 野大学 紀要 第15巻 第3号 1993 表2 マルケ州におけるセコン ド・ラポーロ 就 業 形 態 男 性 女 性 男性+女性 継 続 的 就 業 42.9 31.6 38.8 非 継 続 的 就 業 13.6 10.2 12.3 自 家 消 費 的 就 業 就業人口に対するセコンド.ラポーロ就業割合 43.5 58.2 48.9 出所 :(VINAY,1980,p.209) こ と、あるいは第-の仕事 に よっては実現 されに くい 自己実現がその動機 とされているO(卦のケー スは、70年代 においてはそれほ ど普 及 した形態で はな く、 したが って調査研究の対象 も① が主 であ った。 92年 国勢調査 に見 られ るように、80年代 に入 っ て も、依 然 として農業 をセ コン ド .ラポー ロの対 象 とす る傾 向は続 くが、同時に二つの新 たな特徴 が浮上す る。 第一は業種 としてサー ビス業- の就業が増 える 点である。全体 的な産業構造 の変化 に添 った流れ として考 えれば当然の結果 ではあ ろう。が、二重 労働が成立 しやす い条件 として、資本 をさほ ど必 要 とせず、市場 での顕在的 ・潜在的ニー ドを身近 に実感 でき、 しか も過 当競争や それに よるダンピ ングを回避 しうるようなニ ッチ(interstiziali)市 場志向であるこ とを加味す る と、サー ビス産業 と い う漠然 とした枠 のなかか ら、ソフ トウェア開発 な どの- イテ クサー ビス と社会福祉 的サー ビスが 浮かび上が って くる。 第二は業態 として 自営業が選択 されてい る点で ある。正業が部分的ない しは極めて特化 された仕 事 であるのに対 し、セ コン ド ・ラポー ロは企画か ら仕入れ、交渉、販売、会計にいたるまですべ て 自らの手でこなす こ とを要求 され る。二重労働 に つ いて理論お よび実証研究 を重ねて きたガ リー ノ は、 こ うした 「第二 の仕事 」 - の志 向 を脱分化
(de-differenziazione)・脱標準化 (de-normazione)
として位 置づけている (Gallino,1982)。 イタ リアでは、1979年か ら1985年 にかけて被雇 用労働者 (1'occupazionedipendente)が20万人 の減少 を見たのに対 し、 自営的労働 者(1'occ
upa-zioneindipendente/lavoroautonomo)は約50万 人 (570万人か ら620万人)の増加 を記録 している。 特に第三次産業部 門の 自営的労働 の増加率 は25% であった (Carboni,1991,p.201)0 自営的労働 が この時期急激 な伸 び を示 したのは なぜ なのか。た とえば、イタ リアの労働社会学の 中に 「労働文化」(culturedellavoro)を位 置づ け よ うと試み るカルボーニは、本来人間が労働 に 求め る総合性 、 自己決定性 、創造性 、独立性 、経 験 と学習の積 み重 ねに よる克服感な どが 、被雇用 労働 によっては得難い ものであ る と判断 されたこ とに、 自営 的労働 の増大の大 きな原因を求めてい る (Carboni,1991,pp.199-209)
。
この時代 を特徴づけ る労働観や仕事の哲学 につ いては、改めて詳論す る必要が あるが 、家計 とい う ≪家族戦略≫ と並んで、労働や仕事 をよ り意味 豊か な もの とす るための ≪個 人戦略≫が80年代以 降の二重労働や 自営労働 の増加 に関与 している点 は否定 し難 い。 しか し、い うまで もな くこ うした労働 力供給側 の ≪家族戦略≫や ≪個 人戦略≫ がその ままの形 で 経済社会に反映 され るのではない。労働 におけ る 自己決定性 を求めて選択 された 自営的労働 は、実 際の社会においては過酉告な長時間労働や下請け構 造 として現象 し得 るこ とをも等 閑視す るこ とはで きない。む しろ家族や個 人の戦略 と市場側 のフォ ーマル、インフォーマルな戦略 との間の相互作用 の メカニ ズム を明 らかに しつつ 、その過程 で前者 に よる 「異化」 を読み とるこ とが求め られている のである。 次項では 自営 的労働が現実の 中で どの ような位 置付けにあ るのか をた ど りたい。 とりわけ小企模 ー82-田中夏子 地域社会研究におけるインフォーマル ・エコノミー概念の有効性(下) 364 企業に よる分散 的経済や産地形成の 「柔軟性」 に ついて、内外の議論 は ともすれば肯定的な評価 に 終始 しが ちであるが 、そ うした傾 向に警鐘 を発す るS.ボローニ ヤの見解 を素材 として、インフ ォー マル経済概念の奥行 きを検討 してお こ う。
4.
分 散 的経 済 に お け る 自営 的 労働 (lavoroautonomo)の諸問題 自営 的労働 の定義 はか な らず Lも明確 ではない。 従業員1-2人か らな る個 人企業 (impreseindi -viduali)や10人以下 の工房 (artigiani)が 自営 的 労働 の内実 となるが 、その うちの前者す なわち個 人企業 だけで も、イタリア全企業数約370万 の68.7 % を占め る とされ、 また従業者数 は推計 で500万 か ら700万人 とされている (Bologna,1992,p.13)。 地域別 には、北東部 ・中部 イタ リアそれ ぞれ を代 表す るヴェネ ト州 、エ ミリア ・ロマ-ニ ヤ州 の2 州 に、個 人企業全体 の17%が集 中 してお り、業種 別 の分布 は商業 、公共サー ビスが43.3%、建 設13.0 % 、食品、衣料 、家具 の加工製造12.2%、金属加 工6.8%、輸送5.5%な どである (Bologna,1992, p.28-29)a 自営 的労働 の内実 と産地経済の関連につ いて、 ボローニ ヤはこれ までその実態が明確 に されて こ なか った点に強い危機 感 をいだ く. 少 ロ ッ ト化 、加工 の分散化が機械 の稼働率 を 低下 させ ている。機械遊休時間が50-130%増 え、 その結果加工 賃が30%ダウン。 (中略 )プラ ト ーにおけ る受託加工業者 (contoterzista)の労 働 時間は一 日平均12.5時間であ り、標本数 の う ち2割 は一 日16時間以上 とい う長時間労働 を遂 行 している。 (中略 )1985年16,839社 を数 えた プラ ト-の企業数 は、91年 には11,894社 にまで 減 じている (Bologna,1992,p.21)0 なお、少 ロッ ト化 、納期厳守の徹底 に よ りもっ とも直接 的に労働過重 となるのは輸送部 門であ る とされているが、 自営的労働が集 中 しているのが この輸送部 門であるこ とも付言 してお きたい。 上記の記述 は、繊維製品の産地 として世 界のエ コノ ミス トか ら注 目を集めていたプラ トーにつ い てNOMISMA (中小企業政策 を中心に州 の産業 政策 に関わ るエ ミリア ・ロマ-ニ ヤ州 の調査研究 組織 )が1989年 明 らかに した調査結果に基づ いて いる。 また、ニ ッ ト製品の産地 カル ビを対象 としてお こなわれた調査に よれば、この他の主力製品であ る半オー ダー メイ ド服の受注生産 を納期厳守 でお こな うには、ニ ッ ト製 品の製造工程 で一 人当た り 年 間労働 時間が平均2428時間、紡績工程 に至 って は2817時間に及び、休 日祝 日の稼働 も行 われてい るこ とが報告 されている。 ボローニ ヤは、生産 ・流通 におけ る 「フレキシ ビ リテ ィー」 の達成が引 き起 こ した長時間労働化 や 、受託加工業者 に とっての取 引条件 の悪化 を指 摘 し、次の ように述べ ている。 自営的労働 は、産地 におけ る受託業者に関す る限 り、フォーデ ィズム的な被雇用労働者が果た して きた社会 的機能 、生産上の機能 とさほ どか け離れた機能 を担 っているわけではない。(両者 の間にあ る違 いは一引用者 ) 自営的労働 の場合 、 あ らゆ る リス クー労使 関係 の葛藤 、危険性 、設 備故障 、取 引先の契約不履行 、不払 いな ど- を 自ら引 き受けた上 で労働 を提供 しなければな ら ない点であろ う (Bologna,1992,pp.15-16)。 すなわちボローニ ヤは 自営 的労働 の特質 を、労 働 の内容や生産上の機能か らは、大量生産下 の工 場労働者 とさほ ど変 わ らない もの とした上 で、取 引関係 の面か らは、出来高払いな ど、よ り不安定 で多 くの リス クに耐 えなければな らない事業者 で ある としている。 イタ リアの産地 におけ る企業間関係 は、固定的 な親会社 一子会社関係 に縛 られずに水平 的ネ ッ ト ワー クが機能 している として内外か ら評価 されて きた。 しか し産地企業の圧倒数 を占め る 自営的労 働 に よる事業者に焦点 を合 わせ た場合 には、企業 ネ ッ トワー ク (retediimprese)とい うよ りも、 む しろ 「綱 にかけ られた企業」(impresearete) とい う表現 の方が実態 を映 し出 して い る とい う (Bologna,1992,p.24)O
こうした事業者 を7割近 く抱 え込む産地経済の あ り方に対 してボローニ ヤは、この状態 を追認 し365 長野大学紀要 第15巻 第3号 1993 続けることはイタリアが長年かけて培 って きた「民 主主義 と文化 を危機にさらすに等 しい」(Bologna, 1992,p.25)行為 であると、極めて厳 しい見解 を示 している。 特に中部 イタ リアでは、戦後一貫 して革新勢力 が政治、経済、文化のイニ シアテ イヴを取 って き た風土の中で、産地の形成 と発展 をお こなって き た。ボローニ ヤは、そこにおいて労働者の抱える 矛盾や 困難 を顕在化 させ ることに既成の革新勢力 が消極的であったことを指摘 し、そのことが、今 日北部同盟8)によって労働者層や小企業事業者た ちの支持が吸収 され る大 きな原因 となったのでは ないか、 との考 え も示 している (Bologna,1992, p.25)
0
分散的経済 を、労働力需要の側か らみたフレキ シビ リティー としてのみ考 えるのではな く、労働 力供給の側か ら再構成 しようとい う試みは、前述 のように ≪家族戦略≫≪個 人戦略≫の レベルにおい て実証研究は じめ既に蓄積がある。 しか しなが ら 「企業」とはいえ、実質的には個 人や仲 間集団、親 族単位 で自営的労働 を営む人々が、当該地域の他 の経済主体 とどの ような社会関係 を形成 し、それ らとの相互行為の中で どの ような労働 と生活 を営 んでいるかについては、ボローニ ヤの指摘にある 通 り、これ までほ とん ど言及 されてこなか った。 その 多層性は 「ネ ッ トワー ク」の一語に託 して済 むほ どには単純ではない。 さて、これ まで第三項、第四項にわたって、 自 営的な労働の中に新 しい仕事観ひいては新 しい地 域経済のあ り方 を読み とろうとす る方向性 と、そ れが産地の中で実際に果た してきた機能 とを概観 して きた。ノJ、規模企業 を中心 としたイタ リアの産 地形成は、バーチの提起に従 って 「労働力供給側 の視点」に立 った場合 で も、か ように相矛盾す る 諸側面 を含み込んだ多層性 を備 えている。むろん 異なる諸要素 を列挙す るに とどまるのであれば、 あるいは 「多層性」 を指摘す るに とどまるのであ れば地域社会に対す る考察 としては極めて不十分 であろう。 な らばその諸要素 を層 と成 してひ とつの地域性 に まとめあげてい くダイナ ミズム とは何 なのか。 上記の問いを考 えてい くにあた り、次項では、 ≪家族の戦略≫≪個 人の戦略≫ を実際の地域生活、 地域経済の中へ と織 り込んでい く場面 として、≪コ ミュナルな戦略≫ を設定 しなが ら、バニヤスコの インフォーマル経済の概念に どの ような示唆 を読 み とることが可能 であるのか を検討 し、本稿の小 括 としたい。5
.小塙 と以降 の課 題 -≪コ ミュナル な戦 略≫ の措定 とイ ンフ ォーマル ・エ コノ ミー概念 の有効性 につ いて 以下では、社会福祉サー ビス分野に携わる協同 組合づ くりを事例 として、インフォーマルなるも のが、地域の経済主体 とどの ような相互作用 を有 しているのか、それが、≪家族の戦略≫≪個 人の戦 略≫ とともに ≪コ ミュナルな戦略≫ として どう交 差 しているのか、試論の域 ではあるが言及 したい。 サー ビス/福祉部門の事業化主体 として、80年 代成長 を続けて きたイタ リア中部の協同組合は、 それ 自体 はむろんインフォーマルな ものではない が、その発生過程 を見ると、地元の若年失業者や 学生がボランテ ィア活動 は じめ、コ ミュナルな関 係の中か ら設立 した ものや 、家業の傍 ら 「二つ 目 の仕事」 として開業す るものが少な くはな く、イ ンフォーマルな部分 との密接な関係の もとに設立 されている0 1978年に可決 され80年代通 じて、その実現が課 題 となったイタ リアの 「医療改革法」は、従来の 医療費増大や非効率性 、制度間格差 などを是正す ることを目的 として、住民の要求に より接近 した 位置にある自治体 に- 具体 的には地域保健医療 サー ビス機構(
USL)
- 、多 くの権限を委ねてい こうとす るものであった。その過程 で、 自治体 は むろんのこと、住民組織、教会 、労働組合、協同 組合 などによるイニシアテ イヴが発揮 されていっ たが、これ ら計画の担い手たちの、次のような認 識に注意 をむける必要があろう。すなわち 「これ まで行政側が見落 としてきたインフォーマルな社 会主体 を新 たな資源 と捉え、行政が担 うべ き責任 を転嫁す るとい う形になるの を避けつつ、当事者 の よ り身近にあるインフォーマルな部分に多 くの 権限 を委託 していこう」(田中,1992,p.70)という -84-田中夏子 地域社会研 究 におけ るインフ ォーマ ル ・エ コノ ミ-概 念の有効 性 (下 ) 366 認識の広が りである。 インフォーマルな部分 を積極的に位 置づ けた地 域福祉 の再 編成の過程 、それはイタ リアの、福祉 国家 とい う従来のフォーマルなあ り方の破綻 に よ って召集 されたインフォーマルな資源の発掘 と、 その動員に よる新 しいフォーマ リテ ィへ の移行 と して考 えることも可能 ではある。 しか し先進諸国で進行 しつつ ある公共サー ビス 部 門の民間委託 とい う現代化 の諸過程 は、それ ぞ れの地域社会 において決 して一方的な展 開 を果 た し得 るものではない。 た とえばイタ リア南部のあ る地域社会 において設立 された福祉 、文化 、教育 関連のい くつかの協 同組合 は、その表面的 な流れ を追 えば確かに民営化 の形 をとってはいるが 、具 体 的な設立過程 を追 ってみ る と、そこに住む人々 の、個 人 ・家族 ・コ ミュニテ ィといった様々なレ ベ ルにおけ る戦略の展 開が見て取れ る。 若年労働 者の失業問題が深刻化す る中で 自分の 仕事 を地元で切 り開 こ うとす る若者たち、公務労 働 の合理化 に抗 してなん とか地域の公的サー ビス を再建 しようとす る図書館職 員 らが 中心 となって、 民間委託 の受け皿 としてではな く、む しろ 自らの 問題意識や生活上 のニー ズを、他 の経済主体 ・生 活主体 のそれ らと交差 させ た ところに、協同組合 とい う形の事業体 を設立 していった (田中
、
1
9
9
2)
。 この論 点か らもう一つ確認 してお くべ きこ とは、 インフォーマルな部分が ≪個 人の戦略≫ とい う私 的領域か ら地域経済 としての広が りをもち、 コ ミ ュナルな力 となって影響力 を行使す るには、それ らが単 に ≪個 人の戦略≫ の寄せ集め要求 として存 在す るのでな く、 自らと隣 人の生活史上 の戦略 を クロス させ る想像 力 とそれに基づ く集合 的な計画 力が介在 しなければな らない、 とい う点 である。 こうした ≪家族戦略≫≪個 人の生活史上の戦略≫ そ れ らを基礎 とした ≪コ ミュナルな戦略≫ の成す地 層が 、社会 ・文化 的土壌 あ るいは、バニ ヤスコが 「根」 と称 した ものであるo イタ リアの分散 的経済や産地形成の諸議論が、 産業政策 を も射程 に入れた地域づ くりを構想 して い く上 で、多 くの示唆 を生 み出 したこ とは否定 し 得 るものではない。 ポス トフォーデ ィズムの議論 と結びつけ られたのはその ご く一部 であ るが、そ れが もっぱ ら労働 力需要側 のフレキシビ リテ ィー の析 出 を核 としたモデル化の試み であった こ とは 前号 で も述べ た とお りである。 本稿 の 目的は、そこで働 き生活 を営む人々の視 点に立 った時、上述 の 「フレキシビ リテ ィー」が どう読み換 え られ るのか、あるいはそこで生活す る人々に とっての 「フレキシビ リテ ィー」 とは何 なのか を、インフォーマル経済 とい う概 念装 置 を 用 いて考察す るこ とであった。 バニ ヤス コは、 もっぱ ら違法性 と重ね称 されて きたインフォーマル経済 とい う領域 の中に「異化」 の契機 を読み とり、 またそれゆえ、地域経済のダ イナ ミズム をフォーマ ルな経済 とイ ンフ ォーマ ル な経済 との相互作用か ら論 じようと試みた。イタ リア北東部 を中心 に、各地 で実証的な研 究 を重 ね ているバニ ヤス コは、インフォーマルな ものがフ ォーマルな ものに対 して、ただちに変容 をせ まる ような決定的な影響 力 を持つ といった幻想 には警 戒心 を抱 いていた ものの、それぞれの地域 におい て固有の論理 に基づ いた独 自の発展経路 を方向づ け る苗床 として、インフ ォーマル経済 とい う概 念 装置 を位置づ けた。 我々は地域 の固有性 を論 じる時、 ともすれば均 一的 な現代化 の諸過程 に対 して、その地域 にため 込 まれた歴史的な経過 を静的に対置 させ て考 える 傾 向にあったのではないか。 動か ざる もの としての伝統や共 同体 に現代化 の 諸過程が変容 をもた らすのではな く、現代化 の諸 過程 その ものが、意図せ ざる変容 を受 けなが ら地 域社会 に浸み こんでい くQその過程 を把握す るた めに こそ、インフォーマル経済お よびインフォー マルな もの とフォーマルな ものの相互作用 とい う 概 念装置が活用 され得 る。 付 記 筆者が これ まで研究のフ ィール ドとして きたの は、既存の労働市場か ら周辺化 された人々が 「仕 事づ くり」 に挑む場 としての労働者協 同組合 であ った。 その過程 で、 自らが働 き生活す る社会 に と って真 に有用な 「仕事づ くり」 とは、同時に 「地 域づ くり」 で もある とい うこ とを随所 で痛感 した。 産業や労働 を核 としなが ら、そこで働 き生活す る 人々の視 点か ら構想 され る地域社会論 を、 日本お367 長野大学紀要 第15巻 第3号 1993 よび イ タ リア の い くう か の地 城 に お け る実 証 的 な 調 査研 究 に基づ い て考 えて い きた い。 その ため に 、 まず 問題 の 所 在 を明 らか にす る必 要 が あ り、本稿 を研 究 ノー トと して作 成 したが 、 多 くの事 柄 を問 い の形 にす るに とど ま ら ざる を得 なか った。 あ るいは 問 いの 形 としてす ら不 十 分 で あ るか も しれ な い。 当該 の地 域 社 会 を実 際 に歩 く こ とを通 じて 、問 い 自体 の リア リテ ィーや 強度 を 確 か め なが ら今 後 と も試論 を重 ね て い きた い。 注 1)イタ リア中小企業 (15人未満 )が税制上優遇 され 、 労働者憲章 の適用 を一部免除 され るな どの措置 を享 受 していたこ とにつ いて、それ らを成長 の-必要条 件 として指摘す るこ とは確かに可能 であろ う。 しか しこうした法的保護 は、大企業において もまた別の 形で、中小企業 と同様 にあ るいはそれ以上に講ぜ ら れている とい う、資本主義社会 では衆知 の事実があ ることを忘 れ るべ きではない と、 ビオ リ、セーブル は指摘 している。 例 えば、イタ リアでは大企業に対 して、政府が定 期的に社会保障費支出の義務免除の措置 をとってお り(Bscalizzazionedeglionerisociali)、中小企業 業が大企業に比 して決定的に優位 である根拠 として 法的保護や その非統制性 を強調す るのは妥 当ではな い (Piore& Sabel,1984,p.334)。 また中小企業が労働組合 に よる組織化 を逃 れ易い とされ る論点につ いて も、ベ ル ッ リらに よって疑義 が呈 されている。彼 らに よれば、80年代前半- す なわち北東部 ・中部の経済成長が際だった時期 であ るが- イタリアの各地の組合組織化伸 び率 の状況 を 見 る と、北西部-10.1%に対 し、北東部は3.7%、 中部 は0.2%となってお り、労組の不活性化が経済 成長の要 因である と短絡化 し得 ないこ とを指摘 して いる (Perulli,1990,p.77)。 2)この ② が いわゆ る 「閤経 済」 とされ るもので、 内容 としては所得税 、付加価値税 な どの脱税 、社 保障費の企業負担分の支払 い回避 、諸市場 (労働 場 一最低賃金や残業規制 、物 品市場 一割 当制 限や% ンビング制 限、金融市場 )におけ る様 々な規制の回 避に よる負担軽減 を意味す る (長手、1992,p.50)0 3)市場 一非市場 (販売お よび等価交換に よ り営利 を 目的 とした経済活動 を志向す るのか否か )/フォーマ ルーインフォーマル (制度 として容認 されている経 済活動 を志向す るのか否か )の2つの軸か ら整理 し なおす と以下 の ようになろ うO 市場志向的 イ
ン
フ ォ ーマ
ル フ ォ ∼ マ ル 市場非志向的 それ ぞれの領域は閉 じた領域 として存在す るので ない。バニ ヤス コの力点が、カテ ゴ リーその ものに 存す るよ りもカテ ゴ リー間の相互作用にこそあるこ とを繰 り返 してお きたい。 4)フォーマ ルな ものが危機 に直面 した場合 、インフ ォーマルな もの をなん らかの形 で受容 し、危機の回 避 を図 る とい う過程 を、システムにおけ る「ゆ らぎ」 とその調整過程 として考 えるこ ともむ ろん可能 であ ろう。 しか し、その過程 で生成、展開す る新 しい価値や 構造の一つ一つ を対象 とす る中範囲理論 を志向す る 本稿 の立場か ら一言えば、システム内部の調整過程 と して解釈す るこ とは適合的ではない。なぜ な らこ う した解釈 に よっては、フォーマルな ものが インフォ ーマルな もの を選択す る過程 は説明で きて も、イン フォーマルな ものがフォーマルな もの を選択す る過 程がみえに くい もの となるか らである。 5)具体 的には、- レ-ブンの次の言葉に よってバニ ャス コの意図が理解 され よう。 移住者 たちの家族は、新 しい状況に うま く適応 す るために、伝統文化の中か ら役立つ もの を選択 して用 いた。 (中略 )親族は、個 々の労働者の異 同 を過度 に制 限す ることな く、彼 らの適応 をや わ らげ るにあた って、企業に奉仕 しつつ 、その一方 で、個々の成員の利益 を図 り、彼 らを保護す ると い う手段 的な役割 を果 して きた。 こうした親族 の 働 きは、ただ単 に農業社会か らもちこまれた古 い - 86-田中夏子 地域社会研究におけるインフォーマル ・エコノミー概念の有効性(下) 368 時代の遺物 ではな く、近代的 な産業条件か ら生 ま れたニー ズに対応す るよう、移住す る前の親族関 係のパ ター ンが取捨選択 して用い られた ものであ る(Hareven,1982-邦訳、1990年 、523-524頁)0 6)インフォーマル ・エ コノ ミー におけ る労働 の意味 とその国際比較 を扱 った論文集 としては、(Bagnasco, 1986)がある。 なお、本書には、か ソピエ ッロに よ り、分散型経 済、インフォーマル経済、産地形成 と企業間関係の 各議論が包括的に把握 で きるよう、文献 目録が編 ま れている (Cappiello,1986)。通常 の文献 目録 には と どまらず、70年代か ら80年代 前半にいたるまで、時 代の課題に添 って議論が どの ように展開 ・移行 して きたかにつ いての知 識社会学 的考察 を示唆す るよう な配置で呈示 されている。 7)セ コン ド ・ラポー ロお よび二重労働 につ いては、 ガ リー ノの諸研究 (Gallino,1982)をは じめ、本稿 (上 )の注釈 5)に触れた ように、例 えば、国立研究 調査機関であるCNR(ConsiglioNazionaledelle Ricerche)が 中心 とな り6大学 (トリノ、 ピサ 、ア ンコナ、バ リ、ナ ポ リ、カターニ ヤ)に よる共 同研 究が まとめ られてい る(CNR,1978)。 8)北部同盟 とはイタ リア北西部 (ロンパルデ ィア、 ピエモ ンテ)お よび北東部 (ヴェネツィア)におけ る北部分離主義運動 の連合体 である。87年 当時の総 選挙 での北部同盟の得票率 は0.5% であったが三年 後90年 の統一地方選挙 では、イタ リア経済の中核部 分 とされ るロンパルデ ィア州 で20%を得票す るにい たっている。 さらに92年総選挙 では約 9%得票 を確 保 し、全国 レベ ルで第四党へ と勢力 を伸ば した。 ま た、・93年 6月の 自治体首長選挙 では、 ミラノ市は じ め ノヴァラ、パ ビアな どの諸都市 で北部同盟 の候補 が 当選 を果た し、 ・ミラノ市議会 においては過半数議 席 を獲得 した。 主 な主張は、既成政党の汚職 ・金権腐敗 と官僚機 構 の非能率- の批判 、南部優遇政策に対す る異議 申 したてな どであ るが、一部 では南部か らの出稼 ぎ労 働者や外国人労働 者に対す る排斥運動 な どとの重 な りもみせ ている。 引用 ・参 考 文 献
A.Bagnasco,TheInformalEconomy,inA.Marti -nelli& N
・
J
・Smerser(editedby),Cur71entSociology.Volume38Number2/3,Autumn/Winter,1990,
SAGEPublications,1990.
,La costruzionesociale delme71CatO, II
Mulino,1988.
,(acuradi),L'altrametaldell'economia: lan'cercainternaizonalesull'economiainformal,
LiguoriEditore,1986.
S.Bologna,Problematichedellavoroautonomoin Italia(I),inAltreragioni1/92,Milano,1992.
L.B(うvone,Storiedivitacomposita:unaricerca sullescelteesistenzialidellagenerazionedimez -zo,inL.Bovone(acuradi),StoriediuihlCOmPo -sitaIuna ricerca sulle scelete esistenzialidella
geneylaZionedimezzo,FrancoAngeli,1984.
M.A.Cappiello,Crisisociale,strati丘Cazionesociale edeconomiesommerse,inA.Bagnasco(acura di),L'altylameta'dell'economkZ:lariceyICainter -naizonalesull'economiainfornwle,LiguoriEdi -tore,1986.
C.Carboni,Lavoroeculturedellauoro,Libridel TempoLaterza,1991.
CENSIS,260Rapportoゝullasituazionesocialedel
lmse1992,FrancoAngeli,1992.
CNR,Politicadell'occupazioneeseconda attiuitat lavoyativa,RapportoCNR,Dattiloscritto,1978.
L Gallino,OccupatiebioccuPati.Ildoi)Plolavoro nell'areaton'nese,IIMulino,1982.
T.K.Hareven,FamilyTimeandIndustrkllTime, CambridgeUniversity,1982 (正 岡寛司訳 『家族時 間 と産業時間』早稲 臼大学 出版部、1990年 ). 長手書典 、『イタ リア経済の再発見』、東洋書店、1991
年 。
M.Paci,Strutturaefunzionidellafamiglianello sviluppoindustrialeperiferico,in M.Pac上(aLcura di),Famigliaeme71CatOdellavoroinun'economia Penferica,FrancoAngeli,1980.
P.Perulli,Aspettiterritorialidella cooperazione tracapitaleelavoro,inG.Bonazzi&A.Picchi -erri(acuradi),Lavoro,tecnologieoyganizzazione dell'imPresaenuoveformediconsenso,Sociologia
369 長野大学紀要 第15巻 第3号 1993
delLavoro4ト42,FrancoAngeli,1990.
J.Piori&C.Sabel,TheSecondIndustrialDivide,
BasicBooks,1984(山之内靖 ・永易浩一 ・石 EEIあつ み訳 『第二 の分 水嶺』、筑摩書房、1993年).
田中夏子 、「サ ルデーニ ヤ女性労働 者協 同組合 の展 開一 地域 経済の新 しい担 い手づ くり試論」、『社会学評論』
42号、1992年 .
VINAYP.,IIsecondolavoro,inM.Paci(acuradi),
Famigliaemercatodellavoroin un'economia PenjTerica,FrancoAngeli,1980.