第 457 回東京医科大学臨床懇話会
糖尿病及びアルコール性肝硬変を合併した肺癌の手術例
Operation case of lung cancer complicated with diabetes and alcoholic cirrhosis
日 時 : 平成 28 年 4 月 21 日(木)17 : 00∼ 会 場 : 東京医科大学病院 教育研究棟(自主自学館)3 階 大教室 当 番 分 野 : 東京医科大学 呼吸器・甲状腺外科学分野 関連診療科 : 東京医科大学病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 東京医科大学病院 消化器内科 東京医科大学病院 病理診断科 司 会 : 大平 達夫(呼吸器・甲状腺外科学分野 教授) 発 言 者 : 江里口大介(呼吸器・甲状腺外科学分野) 吉益 悠(消化器内科) 松林 純(病理診断科 准教授) 髙橋 友乃(糖尿病・代謝・内分泌内科) 東医大誌 75(1): 111-121, 2017
臨床懇話会
大平(司会): 本日の臨床懇話会は第 457 回にな りますが、今回は「糖尿病及びアルコール性肝硬変 を合併した肺癌の手術例」に関して、司会を担当さ せていただきます。関連した診療科は糖尿病・代謝・ 内分泌内科と、消化器内科、病理診断科です。 この患者は、すりガラスを呈する肺腫瘍で、問題 となるのは術式をどのように選択していくか、糖尿 病のコントロールがどのように行うか、いろいろな 合併症を持っているので、そのコントロールなどに ついて検討していきます。はじめに、呼吸器外科の 江里口先生から症例提示をします。 江里口 : 今回は「糖尿病及びアルコール性肝硬変 を合併した肺癌の手術例」について発表します(図 1)。 症例は、60 代男性の方で、主訴は、咳嗽・喀痰・ 腫瘍マーカー高値です。 現病歴ですが、糖尿病とアルコール性肝硬変のた めに当院に通院加療されていました。2005 年に上 記の主訴にて当科を紹介受診され、CT で右下葉に 小結節を指摘されました。CT 画像上では原発性肺 癌が疑われたのですが、自己判断で当院通院を中断 されていました。2015 年になって、他院で CT をフォ ローアップされていたそうですが、そのとき撮影さ れた際に結節の増大を指摘されて当科に再度紹介受 診となっています。 患者背景ですが、全身状態は良好な方で、家族歴 にも特記すべき事項はありません。 採血は大きな異常はありませんが、肝硬変の影響 で血小板の低下と肝酵素の軽度上昇が見られまし た。 腫瘍マーカーは、CEA が 9.2 ng/ml、シフラが 5.5 ng/ml と軽度上昇しています。その他呼吸機能や心 電図に特に異常はありませんでした(図 2)。 既往歴・合併症の一覧です。糖尿病、アルコール 性肝硬変、それに伴う食道静脈瘤、B 型肝炎、高血 圧、他に未破裂脳動脈瘤、これは血管内治療を受け ていました。他に総胆管結石と膵管内乳頭粘液性腫 瘍疑いということがこの患者の既往歴と合併症です (図 3)。 まず糖尿病の周術期コントロールに関してです東 京 医 科 大 学 雑 誌 ─112─ 第 75 巻 第 1 号 が、現在血糖値を 80 mg/dl から 110 mg/dl の範囲を 目標に設定すると、死亡率、敗血症、血行路感染、 また輸血や透析の必要性、人工呼吸の期間、集中治 療室の在室日数などが改善したという報告はありま す。しかし、厳格なコントロール下では低血糖のリ スクが増加し、死亡率が上昇したという報告がされ
症例:
60代 男性
【主訴】 咳嗽・喀痰・腫瘍マーカー高値 【現病歴】 糖尿病とアルコール性肝硬変のため、当院で通院加療 していた。 2005年 上記主訴にて当院当科紹介受診。 精査CTで右下葉に小結節を指摘された。 画像上、原発性肺癌が疑われたが、 自己判断で 当科通院を中断した。 2015年 他院でFollow-up CT撮影され結節の増大を指摘。 当科に再度紹介受診となった。 1 図 1 【PS】 0 【家族歴】 特記事項なし 【喫煙歴】 20本 x 40年 B・I=800 【採血】 WBC:5900 /μl Hb:11.9 g/dl PLT:12.9 /μl 【腫瘍マーカー】 CEA:9.2 シフラ:5.5 【感染症】 B型肝炎 【呼吸機能検査】 %VC:116 % %FEV1.0:82 %【血ガス】 PH:7.383 PO2:95.1 PCO2:37.5 HCO3-:21.8 【ECG】 異常所見なし 2 図 2
既往歴・合併症
• 糖尿病 • アルコール性肝硬変 (Child-Pugh分類class A) • 食道静脈瘤 • B型肝炎 • 高血圧・未破裂脳動脈瘤 (血管内治療) • 総胆管結石 • 膵管内乳頭粘液性腫瘍疑い(膵尾部 20㎜ 嚢胞) 3 図 3周術期血糖コントロール
・ インスリン療法を適用し、 血糖値を80~110mg/dlの範囲を 目標にしたところ、死亡率、敗血症、血行路感染、輸血や透析 の必要性、 人工呼吸期間、集中治療室在室日数などを改善した という報告があるが、厳格コントロール下では低血糖のリスクが 増加し、死亡率が上昇したという報告が相次いだ。 ・ 現在は、術前、術後の血糖コントロール目標値を140~180mg/dl にすることが推奨されている。Van den Berghe G, et al. Intensive insulin therapy in the critically ill patients.
The N Engl J Med 2001; 345: 1359-67.
Van den Berghe G, et al. Intensive Insulin Therapy in theMedical ICU.
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Finfer, S., et al. Intensive versus conventional glucose control in critically ill patients.
The N Engl J Med 2009; 360:1283-1297.
etc 4 図 4
糖尿病
2010年からインスリン導入 糖尿病性腎症(II期) 網膜症(-) 2007.10 BS166 HbA1c(NGSP):6.0% 2010.10 BS386 HbA1c(NGSP):7.3% インスリン導入 2012,2015 糖尿病教育入院 2015.11 BS1746 HbA1c(NGSP):6.4% 術前に1週間、術後に2週間 入院血糖コントロール: 術前BS <200 退院時 BS134 5 図 5 2016 6 2015 2012 2016経時変化
図 6ています(図 4)。 合併症に関しては変わらないということで、現在 は術前、術後の血糖コントロール目標値を 140 mg/ dl から 180 mg/dl にすることが推奨されています。 詳細は糖尿病・代謝・内分泌内科の先生にお話しい ただきたいと思います。 呼吸器外科の手術においても、糖尿病は、創感染、 膿胸、気管支断端瘻のリスクを高めることが知られ ており、良好な周術期の血糖コントロールのために、 糖尿病・代謝・内分泌内科の先生に加療していただ く方針となりました。術前に 1 週間、術後に 2 週間 の入院血糖コントロールを行っていただき、術前の 血糖は 200 mg/dl 以下、退院時の血糖は 134 mg/dl と良好な血糖コントロールでした(図 5)。 続きまして、アルコール性肝硬変及びそれに伴う 食道静脈瘤についてです。本症例では、2010 年 1 月に吐血・黒色便にて消化器内科に入院歴がありま す。その際、緊急内視鏡検査にて食道静脈瘤破裂を 認め、内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)が施行されて おります。 以降定期的に内視鏡検査でフォローアップしてい ただいております。今回、術前に食道静脈瘤のチェッ クをしていただきました。このあたりについては、 消化器内科の先生にお話しいただきたいと思いま す。 続きまして、当科の診断、治療経過です。2016 年の手術前の胸部単純 X 線検査では、明らかな異 常を指摘できません。胸部単純 CT では、右の S6 に 11 mm 大の結節を認めます。腫瘍はとても小さ く、術前の生検は困難でした。過去の画像所見とあ わせて原発性肺癌疑いと診断しました。2012 年か ら 2016 年と見ていくと、中心部に高吸収域の部分 を認め、周囲に淡いすりガラス陰影を伴う目玉焼き のような典型的な腺癌の画像を認めます(図 6)。 今回の手術直前の胸部 CT で拡大すると、中心部 に solid な部分を認め part solid になっています。
まとめると、CT 画像上、腺癌疑いであること、 合併症の糖尿病、肝硬変、食道静脈瘤の状態が落ち 着いていることから、今回手術の方針となりました。 麻酔方法に関しては、通常、術中、術後の疼痛管理 のため全身麻酔に加えて硬膜外麻酔で行われます が、血小板が少ないことから、出血、血腫のリスク を考え経静脈的自己調節鎮痛法(intravenous patient
-controlled analgesia : IV-PCA)を選択しています。
術式に関しては、結節が小さいこと、断端瘻のリス クが高いことから、標準術式は肺葉切除になります が、今回は縮小手術として区域切除を選択していま す(図 7)。 続いて手術検体についてです。ホルマリン固定後 の右下葉 S6 の検体を提示します。右下に写ってい るのが連続割面になります。 腫瘍がある部分を黄色い丸で示しています(図 8)。 病理所見では、腫瘍は辺縁では、肺胞上皮置換性 に増殖しており、中心部は乳頭状の増殖を呈する高 分化型腺癌と診断されました(図 9、10)。 最終診断としては、腺癌で T1aN0M0、stage1A と 診断されました(図 11)。 退院時の胸部 X 線写真でも、特に問題はなく、 退院されました。その後の外来フォローにおいても、 危惧された糖尿病に起因する創感染や肺炎、また断 端瘻などの合併症もありませんでした。 まとめますと、徐々に増大する高分化型腺癌の経 時的な画像変化を確認しました。また、さまざまな 合併症や既存する疾患があったので、他科の協力の もと、多数の併存症にもかかわらず良好な周術期管 理が可能でした(図 12)。 大平 : 次に消化器内科の先生にアルコール性肝 硬変および食道静脈瘤について説明していただきま す。 吉益(消化器内科): 本症例ですが、アルコール 性の肝硬変があり、腹水、食道静脈瘤があって F0 から F1 ぐらい、軽度でありました。ただし、腹部 超音波で、他の施設では、あまりやられている検査 ではないのですが、超音波エラストグラフィといっ て肝臓の硬さを見る検査を行い、20 キロパスカル という結果でした。肝硬変の方は大体 12∼13 キロ パスカル以上の数値になるとされていますが、正常 の場合、4∼6 キロパスカルぐらいです。慢性肝疾患、 肝硬変と進んでいくに従って、だんだん硬くなって くるという状態でした。今回 20 キロパスカルとい うことで、高度な肝硬変があると診断されました。 血小板数も 6 万/μl 台、アルブミンも 3.8 g/dl と下がっ ており、肝硬変の程度を示す Child 分類というもの では 5 点の A というものでしたが、超音波エラス トグラフィの所見よりシビアな非代償性肝硬変と考 えられました(図 13)。 全身麻酔に関しては問題ないと思われましたが、
東 京 医 科 大 学 雑 誌 ─114─ 第 75 巻 第 1 号 手術により出血量が多くなると肝臓への血流が途絶 え、ショック肝となってしまった場合には黄疸など の出現を否定できない状態であると考えられまし た。 肝硬変とは、B 型や C 型肝炎ウイルス感染、ア ルコール、非アルコール性脂肪性肝炎などによって
手術:
2016年
(右S6結節指摘から約10年後) 全身麻酔+ IV-PCA 胸腔鏡下右下葉S6区域切除術 + リンパ節郭清術 • CT画像上、高分化腺癌疑い(cT1aN0M0 IA) (術前未確診) • 糖尿病・肝硬変の病態が落ち着いている 7 1. 血小板数が少ない→硬膜外麻酔を回避 2. 病巣が小さい・断端ろうのRiskが高い→縮小手術 図 7手術検体
(ホルマリン固定後)
腫瘍:1.1x1.0x0.7㎝8 右下葉S6:11x7.0x3.0㎝ 図 8 9Non-mucinous bronchioloalveolar type 図 9
10
図 10
最終病理診断
Adenocarcinoma with mixed subtypes, G1 p-T1aN0M0 stage IA
(V0, Ly0, pl0, pm0) ※ EGFR:陰性 ALK:陰性 11 図 11
まとめ
1. 緩やかに増大する高分化腺癌の経時的な 画像変化を確認した。 2. 他科の協力の下、多数の併存症にも 関わらず良好な周術期の管理が可能であった。 12 呼吸器外科 糖尿病・代謝内科 消化器内科 手術 図 12肝臓に障害が生じ、著明な線維化とともに肝実質の 再生結節形成を示す肝障害の最終像です。肝硬変の 疾患概念は一般に形態学的な定義により規定されて おります。肉眼的に結節形成が存在すること、グリ ソン鞘の相互間、あるいはグリソン鞘と中心静脈と の間に線維性隔壁が存在すること、肝小葉構造の改 築があること、これらの病変が肝全体にびまん性に 認められることがあります。肝硬変になると、腹水 や食道静脈瘤、肝性脳症、黄疸が問題となってきま す。肝硬変の原因には、ウイルス性、自己免疫性、 非アルコール性脂肪性肝炎、アルコール性、代謝性 などがあります。先ほども申しました肝硬変の程度 分類、Child-Pugh 分類がありますが、基準としては、 アルブミン、総ビリルビン、腹水、肝性脳症、プロ トロンビンの活性値で規定されています。本症例は Child 5 点で A となっていました。肝硬変の症状で すが、くも状の血管拡張、首や前胸部、頬に赤い斑 点ができることです。手掌紅斑、手のひらの母指球、 小指球が赤くなってきます。腹水が出現しますと、 腹部が膨満していきます。また、腹壁の静脈拡張、 へその周りの静脈が太くなってきます。黄疸は、一 番わかりやすいのは、眼球結膜の黄染です。羽ばた き振戦は肝性脳症の症状の 1 つですが、鳥が羽ばた くように手が震えます。男性でも女性ホルモンがあ りますが、肝臓での分解が低下するために乳房が大 きくなってくるのが女性化乳房です。また、肝硬変 の合併症として、食道・胃静脈瘤、静脈瘤破裂によ る出血、肝性脳症による意識障害、腹水による腹部 膨満感などがあります。肝硬変が悪化しますと食道 静脈瘤が出現します。食道静脈瘤の形態が F1、2、 3 と悪くなっていきます。F2、F3 や、発赤を示す RC サインなどが内視鏡の治療の適用となってきま す。内視鏡の治療には、先ほども出ていた内視鏡的 静脈瘤結紮術(EVL)や内視鏡的静脈瘤硬化療法 (EIS)、あとはアルゴンプラズマ凝固療法(APC) といったものがあります。 大平 : ありがとうございました。教えていただき たいのですが、本症例では、食道静脈瘤破裂の経験 があります。このような場合には、胃管を挿入した 刺激が心配になりますが、インフォメーションとし て、長目に入れておいたほうが良いのか、刺激にな るから早く抜いた方が良いのでしょうか。 吉益 : 本症例では、術前の所見を考えると、通常 と同じように行って良いと思います。 大平 : 次に病理に関してお願いします。 松林(病理診断科): 病理に提出されました右肺 S6 の区域切除検体ですが、江里口先生からも説明 がありましたが、病理学的に検索しました。肉眼的 に観察困難ですが、胸膜直下に淡い病変が認められ ます。拡大してみますと、灰白色で少しスポンジ状、 若干硬めの境界不明瞭な 10 mm 程度の病変が認め られます。 弱拡大では、胸膜直下に瘢痕病変がありまして、 瘢痕病変の深部に弧を描くような形で肺胞上皮置換 性異型細胞の増殖層が認められます。瘢痕のところ にはリンパ球が集簇しているリンパ濾胞がたくさん 認められます。一部に、よく見ると異型細胞が密に 増殖している領域が認められます。エラスチカワン ギーソン染色(EVG 染色)では、弾力膜を黒く、 そして、膠原線維を赤く、そして、細胞成分を黄色 く染色する方法ですけれども、基本的に膠原線維の 造成、それから弾力膜の分布、そういったものを見 ます。時には脈管侵襲をしっかり見るときに重要に なってまいりますけれども、肺の切除検体では肺の 構築を見る上で非常に重要な染色です。 左側には弾力膜の凝集、膠原線維の造成に伴った 瘢痕層があります。そして、右側には肺胞上皮置換 性に増殖し、肺胞隔壁の軽度の肥厚を伴う領域があ り、そして、真ん中のところにやや大型の細胞が乳 頭状に増殖する領域があります(図 14)。 通常 HE 染色はなじみがあると思いますが、肺の 構築を見るという意味であえて EVG 染色でみてい きます。左側には中心部の瘢痕の近くにある乳頭状 に増殖する領域を示しています。ほぼ同じ拡大です けれども、大型の異型細胞が乳頭状に増殖して膠原 線維の造成を伴っています。そして、右側のほうは 肺胞隔壁の軽度の肥厚を伴った異型細胞の増殖層が 認められます(図 15)。 EVG 染色の左側の領域を HE 染色で見ますと、 核小体が非常に明瞭で、クロマチンが増量し、核の 腫大した核形不整な異型細胞が乳頭状あるいは乳頭 管状、ほぼ乳頭状で良いと思いますが、密に増殖し ている像があります。そして、右側は、核形不整、 核の配列の乱れも目立っております。一方で、深部 にありました肺胞上皮置換性に増殖する領域では、 小さめな細胞ですが、肺胞腔内に飛び出すような形 で II 型肺胞上皮を模倣する異型細胞の増殖層が認 められます。
東 京 医 科 大 学 雑 誌 ─116─ 第 75 巻 第 1 号 2 つの領域の境界部では、細気管支と肺動脈を隔 てるような形で、大型の異型細胞の乳頭状に増殖す る領域が見られます。そして、肺胞上皮置換性の領 域が右側にわずかに認められます。細胞の大きさが いかに違うか、そして、構造異型がいかに違うかが 解ります。 2015 年 4 月に新しい WHO 分類が発刊され、第 4 版になります。それに基づいて、今年の末に新しい 肺癌取扱い規約第 8 版が発刊予定です。左側は現行 使っています旧 WHO 分類に準拠した肺癌取扱い規 約の第 7 版を提示しています(図 16)。 こちらに示したように、乳頭型、細気管支肺胞上 皮癌、腺房型、粘液産生充実型腺癌、そして混合型 腺癌、特殊型があります。乳頭型腺癌は、基本的に 乳頭状構造というのは、どういう構造かというと、 血管性間質を軸に細胞が取り囲むように分布してい るその構築を言います。例えばここの真ん中に ちょっと血管が見えづらいのですが、腫瘍細胞が血 管の周りを取り囲んでいるという像が見られます。 さらに肺胞腔内には腫瘍細胞が島状に分布してい て、非常に複雑な構造を想起させます。こういった 構造を呈する腺癌を乳頭型の腺癌と言います。対し て、肺胞上皮置換性に増殖するような病変を粘液非 産生型の細気管支肺胞上皮癌と言います。1 個 1 個 の細胞は結構核異型が強いのですが、重積傾向はわ ずかに認められる程度で、基本的に肺胞を置換する ような形で増殖するパターンの腺癌です。腺房型腺 癌では、cribriform(ふるい状)あるいはレンコン のような形を呈していますが、大腸癌とか胃癌でよ く見られる tubular pattern をとる腺癌です。粘液産 生充実型腺癌は、このように充実性に増殖していま すが、ところどころに小さな腺腔様構造が見られま す。ただし、腺房型腺癌よりもしっかりとした腺は 見えませんで、腺腔様極性という程度にとどまりま す。充実型の場合は、どうしても低分化な扁平上皮 癌との鑑別を要しますので、PAS とか Alcian-blue
といった染色を行います。PAS 染色は赤紫色に粘液 が染まります。Alcian-blue はコバルトブルーに胞 体内の粘液を染められます。乳頭型腺癌と粘液産生 性細気管支肺胞上皮癌が混在する混合型腺癌は、こ のように HE 染色でも非常に粘液がたっぷり盛った 腫瘍細胞が密に増殖していて、肺胞腔内に豊富な粘 液を伴っています。 旧 WHO 分類の問題点としては、細気管支肺胞上 皮癌は本来肺腺癌の上皮内腫瘍に相当する、すなわ ち上皮内癌でありますが、ほかの浸潤癌と併記され ているという点があります。原発性肺腺癌は複数の 組織亜型が混在することが多く、約 8 割 5 分ぐらい は混合型に分類されることがあります。そして、細 気管支肺胞上皮癌の中に多くが浸潤癌である粘液性 腺癌が含まれているという問題点もあります。そこ で、新しい WHO 分類を見てみますと、新しく上皮 内腺癌ができましたし、微小浸潤性腺癌、そして優 位型というキーワードを赤くしましたが、こういっ た種類の置換増殖優位型、腺房状増殖、乳頭状増殖、 微小乳頭状増殖、そして、充実性増殖優位型の浸潤 性腺癌と分類します。そして、今回特殊型に浸潤性 粘液腺癌が分類されました。本症例では、細気管支 肺胞上皮癌が今回上皮内腺癌と診断されましたが、 これは、3 cm 以下の置換増殖型の腺癌です。その 中で浸潤がないものと定義されます。異型腺腫様過 形成とともに preinvasive lesion に属します。微小浸 潤性腺癌、これも新しく設けられましたが、このカ テゴリーは全体の大きさが 3 cm 以下で 5 mm 以下 の浸潤部を有する置換増殖型優位の腺癌です。脈管 侵襲、気腔内増殖、胸膜浸潤、壊死がある症例は除 外します。そして、浸潤性腺癌は最も優勢のパター ンを組織型に付すということが決まりました(図 17)。 先ほども示しましたが、浸潤性粘液腺癌を新たに 設けました。 2015 年よりはるか 20 年前に日本人、当時国立が んセンターの野口先生が野口分類という分類を提唱 しました。2 cm 以下の小型末梢肺腺癌を 6 型に分 類して予後を解析した study です。この論文が新し い WHO 分類の原動力になっていますし、一番重要 なところ、肺の腺癌のところでは非常に重要なもの になっています。 野口分類を簡単に説明しますと、A 型、B 型が上 皮内腺癌ですが、A 型は瘢痕を伴わない。そして、 B 型は瘢痕を中心に伴っている上皮内腺癌です。C 型は置換増殖型が主体で、浸潤成分を伴う腺癌。そ して、D から F は de novo carcinoma と言われるよ うな異型の強い腺癌細胞から成っていて、D が充実 型、E が腺房型、そして、F が肺胞構造を高度に破 壊している破壊増殖型の乳頭型腺癌です(図 18)。 野口先生は、この study をもとに肺腺癌の進展経 路仮説を立てました。すなわち、学生の方は大腸癌
で勉強したと思われる、多段階発癌(adenoma car-cinoma sequence)を示す type の癌が多いと思います。 それと同じように正常の肺胞上皮細胞とか細気管支 の 上 皮 細 胞 が 最 初 は AAH(atypical adenomatous hyperplasia)という前癌病変から始まり、typeA、B、 C を経て、浸潤癌になっていきます。D とか E とか F が入ってくるという多段階進展の経緯と、下のよ うに最初から異型の強い細胞が密に増殖し、それが
肝硬変の程度分類
判定基準 1 2 3 アルブミン(g/dL) 3.5超 2.8以上3.5未満 2.8未満 総ビリルビン(mg/dL) 2.0未満 2.0以上3.0未満 3.0以上 腹水 なし 少量 コントロール可能 中等量 コントロール困難 肝性脳症 なし 軽度 (I~II度) 高度(III~IV度) プロトロンビン活性(%) 70超 40以上70以下 40未満 Child-Pugh分類 5~6点:A 7~9点:B 10~15点:C 図 13 図 14 図 15肺腺癌の新旧WHO分類
旧WHO分類 (現行の肺癌取扱い規約第7 版は,旧WHO分類に基づい て作成されている) 乳頭型 細気管支肺胞上皮癌 粘液非産生性 粘液産生性 腺房型 粘液産生充実型 混合型腺癌 特殊型 その他 新WHO分類 (2015年4月) (新しい肺癌取扱い規約は 2016年末に発刊予定) 上皮内腺癌 微少浸潤性腺癌 浸潤性腺癌 置換性増殖優位型 腺房状増殖優位型 乳頭状増殖優位型 微少乳頭状増殖優位型 充実性増殖優位型 特殊型 浸潤性粘液腺癌 その他 図 16―新WHO分類の特徴―
細気管支肺胞上皮癌 →上皮内腺癌 (3 cm以下の置換性増殖型の腺癌). (異型腺腫様過形成と共にpreinvasive lesion に属する) 微少浸潤性腺癌 (全体の大きさが3 cm以下で,5 mm 以下の浸潤部を有する置換性増殖が優位の腺癌) を 新たに設ける.脈管侵襲,気腔内増殖,胸膜浸潤,壊 死がある症例は除外する. 浸潤性腺癌は最も優勢のパターンを組織型に付す. 浸潤性粘液腺癌を新たに設ける. 図 17―野口分類―
A型:瘢痕を伴わない上皮内腺癌
B型:瘢痕を伴う上皮内腺癌
C型:置換性増殖型が主体で浸潤成分
を伴う腺癌
D型:粘液産生充実型腺癌
E型:腺房型腺癌
F型:乳頭型腺癌
Noguchi M et al. Cancer. 1995;75:2844-2852.
東 京 医 科 大 学 雑 誌 ─118─ 第 75 巻 第 1 号 充実型であるのが typeE、レンコン状になってくる、 ふるい状パターンをとってくる、中分化相当の腺癌 が typeE、そして、vascular core を持った破壊性の 乳頭型腺癌を typeF としておりますけれども、これ らが de novo と言う。2 つの経路があります(図 19)。
本症例では、11 mm で peripheral type で、ly、v、 pl と pm は、それぞれ江里口先生も説明しましたが、 認めませんでした。さらに浸潤径をはかってみます と、ほかにも少し浸潤が小さいところはありますが、 一番大きいところで 2 mm というところがありま す。5 mm 以下ということで、病理診断としましては、 WHO 分類の第 3 版、現行の肺癌取扱い規約に基づ くと、混合型腺癌で粘液非産生性の細気管支肺胞上 皮癌と乳頭型腺癌の混在型であると診断できます。 また、新しい WHO 分類でいきますと、Minimally invasive adenocarcinoma(微小浸潤性腺癌)となり ます。Pathological stage は、pT1aN0M0 stage IA です。
大平 : 松林先生、ありがとうございました。次に 糖尿病内科の高橋先生に説明いただきます。 高橋(糖尿病・代謝・内分泌内科): 本症例の糖 尿病の経過ですが、52 歳ごろにアルコール性肝硬 変で、そのときはγGTP が 1,847 U/l と高値で糖尿 病はありませんでした。その後 54 歳のときに、肝 硬変が原因の食道静脈瘤に対する治療のときに HbA1c が 6% ということで糖尿病と初めて診断され ています。その後食事療法などで様子をみていまし たが、56 歳のときに HbA1c が 10% に上昇していま す。そのときに食道静脈瘤が破裂するということも あり、インスリンの導入を開始しています。HbA1c が 10% となり入院をしていただいて血糖コント ロールを行いました。そのとき右肺癌が疑われ、呼 吸器外科に紹介をしたという経緯があります。癌と 言われた時から、インスリンも嫌だし病院に来るの が怖いと訴え、しばしば来院されなくなっています。 60 歳ぐらいのときに、近くの病院で HbA1c 12.5% と言われて、再び当院に来院しています。その後も 治療中断を繰り返しましたが、最終的に 61 歳のと きに肺癌の手術をしようと決心をして、再び、糖尿 病コントロール目的で入院をしています(図 20)。 本症例の血糖の上昇の理由ですが、2 型糖尿病と いう分類ではなく、アルコール性肝硬変による糖の 取り込み障害が原因のその他型の糖尿病ということ になります。さらに血糖値が上がった理由としては、 悪性腫瘍により TNFα などのサイトカインによる炎 症性の血糖上昇及びインスリンの抵抗性というのが
肺腺癌の進展経路仮説
図 19糖尿病などの経過
52 54 56 58 60 62(歳) 2006 2008 2010 2012 2014 2016(年) 総 胆 管 結 石 手 術 ア ル コ ー ル 性 LC 食 道 静 脈 瘤 治 療 糖 尿 病 指 摘 右 肺 癌 疑 い 未 破 裂 脳 動 脈 瘤 治 療 右 肺 癌 手 術 食 道 静 脈 瘤 治 療 糖尿病科ドロップアウト HbA1c(%) 10 9 8 7 6 5 10 9 8 7 6 5 インスリン インスリン 未 破 裂 脳 動 脈 瘤 治 療 AST:306 ALT:199 γGTP:1847 入 院 ① DM 入 院 ② DM 12.5 10 6 5.4 8 6.4 7.3 図 20肝臓が原因の糖尿病
✔肝臓は糖の放出と取り込みを行う臓器のため、 肝臓が悪いと、80%以上で耐糖能異常をきたす。 ✔治療の原則:インスリン ・・・超速効型インスリンの食直前投与を中心に 早朝高血糖が是正されないとき、持効型使用 ✔肝臓が原因の糖尿病では、大量のインスリンが 必要。 図 21この糖尿病の本体ということが言えると思います。 肝臓が原因の糖尿病はどのような糖尿病かという と、肝臓は糖の放出と取り込みを行う臓器で、肝臓 が悪いと最終的に約 80% 以上で耐糖能障害、糖尿 病になってきます。治療の原則としては、インスリ ンとなります。治療の方法としては、超速効型ノボ ラピッドだとかアピドラというインスリンの食直前 投与を中心にして、早朝の高血糖が是正されないと き初めて持効型、ゆっくり効くタイプのインスリン を寝る前に入れるという治療法になってきます。肝 臓が原因の糖尿病では非常に大量のインスリンが必 要になることが多いです(図 21)。 この方のインスリンの経過ですが、右肺癌が疑れ たときに、入院した際に尿中の CPR は普通 50 μg/ 日以下でインスリンの導入になることが多いです。 本症例では、91.7 μg/日と、正常から正常以上のイ ンスリンの分泌があります。それでもインスリンが 必要で、その後、右肺癌の手術のときに、尿中 CPR をはかっていて、それも 83.3 μg/日とご本人の 膵臓からのインスリンの分泌はありました。それで も血糖値を下げるためにはインスリンの注射が必要 ということになります。 最初の段階では、60 単位が 1 日に必要で、普通 人間は 1 日に 40 単位ぐらいのインスリンで生きて いくことができます。それに対してほとんど正常の インスリンが出ているにもかかわらず血糖値を下げ るために 60 単位、トータルにしたら 100 単位近い インスリンが必要だったということになります。手 術が終わると、禁酒したということもあると思いま すが、インスリンの必要量が 24 単位まで減ってき ています。周術期における血糖管理の重要性という ことなのですが、なぜ血糖値を下げなきゃいけない かという 3 つの理由があります。1 つは、免疫機能 低下による感染機会の拡大を防ぐということがあり ます。白血球の貪食能は血糖が 250 mg/dl を超える と低下すると言われています。ですので、空腹時の 血糖としては 150 から 200 mg/dl ぐらいの間という ことが適当かと思われます。また、組織の糖利用障 害により創傷治癒遅延を起こしますので、血糖のコ ントロールが必要になってきますし、あとは活性酸 素の産生増加によって炎症が波及してしまうという 悪循環もあります。 周術期の血糖コントロールですが、今までにいく つか文献があります。外科の ICU 患者さんを対象 にした研究では、血糖を 80 mg/dl から 110 mg/dl に すると予後がよかったという報告があります。2004 年のものです。その後、これがもう一度検証されて、 NICE-SUGAR Study というのがあり、血糖を 110
mg/dl 以下の群と、目標血糖 180 mg/dl で比較すると、 優位に血糖が 110 mg/dl 以下の群では ICU 入室後 90 日までの死亡が高かったというものでした。それで、 あまり血糖値を下げ過ぎると、低血糖が原因でいろ いろ問題が起きることが示され、現在はコンセンサ スとしては血糖を大体 200 mg/dl 以下に保つように となっています。 本症例の手術前後の血糖の経過ですが、入院時に は、血糖 300 mg/dl ぐらいでしたが、インスリンを 増量していき、手術前の入院 1 週間でインスリンは 40 単位ぐらいまで必要でした。それで、ほぼ血糖 値は 200 mg/dl 以下ぐらいになり、手術をしていた だいています。その後、数日は、発熱がありました。 そのときにはインスリン抵抗性が増したと思われま すが、ちょっと血糖値が上がって、インスリンの必 要量も 50 単位ぐらいとなっています。その後、炎 症も落ち着いて、どんどん血糖値はよくなっていっ て、インスリンの必要量も減らしていくことができ ました。このとき、HbA1c、入院前が 8% で、グリ コ ア ル ブ ミ ン(GA) が 32.9%、2 カ 月 後 に は HbA1c が 4.9%、GA が 23.2% となっています。 ここでちょっと注意をしないといけないことなの ですが、肝臓が原因の糖尿病では、HbA1c と GA は大分乖離します。一般的に HbA1c の 3 倍が GA と言われています。ところが、HbA1c のほうは脾 機能亢進に伴う赤血球寿命の短縮で実際より低くな ります。一方で、GA はたんぱくの半減期の延長に より実際より高値を示すので、そのデータに乖離が あります。本来 HbA1c 8% だったら、GA は 24% ぐ らいですが、GA は高く測れていて、HbA1c とか GA で手術ができるかという判定はなかなか難しい ということが言えます。具体的な糖尿病治療の注意 点ですが、手術時、禁食のときは 6 時間ごとにヒュー マリン R などの速効型のインスリンを入れていき ます。食事を再開したときには、なるべくインスリ ンのスケール、血糖の値によってインスリンを入れ ていくと血糖の変動が起きやすいので、定時で投与 するようにします。点滴は、よく血糖値が上がらな いほうがいいということで、フルクトースとかマル トースの点滴だけにされることが多いのですが、そ
東 京 医 科 大 学 雑 誌 ─120─ 第 75 巻 第 1 号 れは逆に脳などに糖が行かなくなりますので、必ず 点滴はブドウ糖入りの輸液を使って、インスリンを ブドウ糖 5 g から 10 g に 1 単位ぐらい入れて、TCA サイクルを回すということが重要になります。これ で乳酸アシドーシスを防ぐことができます。あと微 量のインスリン注入ポンプを使うときがあります が、これは 2 時間ごとに血糖測定を行う必要があり ます。 最後にトピックスを幾つかお話ししたいと思いま す。癌と糖尿病ということで、2013 年の糖尿病学 会の報告からですが、糖尿病があると、日本人では 大体男性で 1.27 倍、女性で 1.2 倍、癌のリスクが上 昇すると言われています。具体的には肝臓癌などが 多いのですが、肺癌は入ってきていません。これは、 多分喫煙のリスクが、より高いからと思います。た だし、喫煙ということで 2 型糖尿病の発症リスクは 上昇してきます。糖尿病による癌の罹患リスク上昇 のメカニズムとしては、インスリン抵抗性とか高血 糖、慢性炎症などということが挙げられています。 あとは、メトグルコとかメトホルミンというお薬が ありますが、それらには最近抗癌作用があるという ことが言われています。造影の CT の前後ではアシ ドーシスを起こしやすいということで、2 日ずつぐ らい休薬をしますが、一方で抗癌作用が知られてい ます。メカニズムもだんだん明らかになってきてい て、肺癌では、メトホルミンを飲んでいると肺癌に なるリスクが減少するという報告もあります。 他に、最近ニボルマブという免疫に作用する抗癌 剤で出てきています。2015 年の 11 月からことしの 1 月までで劇症 1 型糖尿病という短期間で急激に血 糖値が上がってインスリンの分泌が下がるような症 例報告が 7 例報告されています。因果関係は不明と されていますが、このニボルマブが T 細胞と関係 がありますので、1 型糖尿病を発症していると思わ れます。劇症 1 型糖尿病で一番重要なのは、尿検査 を 行 う こ と で す。 ケ ト ン が 出 て い て、 採 血 で HbA1c、血糖を見て、非常に短期間で HbA1c や血 糖値が上がっているようなとき、あとは上気道症状 とか腹痛があったときや、口渇、多飲多尿があると いう患者さんの訴えがあったらば劇症 1 型を疑う必 要があるので、すぐ糖尿病内科に連絡してください。 大平 : どうもありがとうございました。 本症例は 2 型糖尿病だと思っていましたが、イン スリンが出ているかどうかとかを見るのでしょう か。 高橋 : それもまた難しくて、結局 2 型糖尿病の人 のほとんどの人が太っています。そのような人たち はインスリンの分泌がむしろ過分泌だったりするの で、なかなか診断が難しいです。家族歴がなくて、 やせていて、インスリンの分泌があるので、多分肝 臓が原因の糖尿病だと思います。しかし、一般的に は皆 2 型糖尿病と治療もそう変わらないので、細か くはみないかもしれません。 大平 : 吉益先生は、肝臓を専門にされていると、 このような糖尿病はよく見られますか。 吉益 : 肝臓が悪い人は糖尿病を合併している方 はいます。 大平 : 糖尿病のコントロールは非常に難しいと いうことですね。 高橋 : はい。 大平 : しかし、この症例は比較的、先生に管理し ていただき、心配せずに手術ができたのですが、低 血糖が一時あったと思います。 高橋 : 低血糖の定義は 60 mg/dl 以下ですけれど も、1 回だけ 57 mg/dl がありました。70 mg/dl とか 80 mg/dl でも気持ちが悪いと言って、低血糖を訴え るので、砂糖を使うことが何回かありました。実際 の値をはかると、低血糖ではありませんでした。 大平 : 本日の要点ですが、術前に糖尿病のコント ロールが非常に問題になったという症例です。術式 ですが、今回は区域切除をしています。本来は癌の 標準的な手術というのは葉切除ですが、その選択を したのは、様々な合併症があるからということです。 肺癌雑誌に報告されているデータで、日本では全国 の主な施設から手術の症例に関するアンケート結果 が報告されています。1994 年の手術データで見る と、術死は、1994 年から減少して、2004 年のデー タだと 0.4% と言われています。いまだに肺癌の手 術で死因の主なものとしては、肺炎ですとか呼吸不 全、間質性肺炎の急性増悪、あと膿胸、気管支断端 瘻などです。これらの多くのものに糖尿病があると 悪いということが挙げられます。肺癌手術例におい ていろいろな併存症がありますが、 HbA1c で 8.0% 以上を示した糖尿病の患者さんという定義で、2004 年のデータですと 390 名の方がそのような併存症を 持っています。それ以外にも、高齢の方が多いとい うこともありまして、様々な病気を持っています。 本症例では、肝硬変もありましたが、このように幾
つも持っている方も多く経験します。 糖尿病の問題としては、我々が管理する上で、血 糖の異常だけではなくて、電解質にも異常が起きる ことがあります。また、脱水の問題もあります。水 分のコントロールも難しくなりますし、全身性の血 管硬化に基づく臓器異常や創傷治癒の遅延、感染に 対する抵抗性の減弱ということが挙げられます。 外科が、術前に気をつけているのは、血糖値、 HbA1c、あと尿糖、ケトン体が出ているか、GA を よく見るようにと言われています。高橋先生の報告 がありましたように、あまり低くし過ぎてもかえっ て低血糖の話もあると言われていて、大体 200 mg/ dl 以下を目標にというのが現在は言われているよう です。 すりガラス陰影に関してですが、すりガラスの陰 影の部分が多ければリンパ節転移が少ないとデータ が示されています。すりガラス陰影の部分が 50% 以上ですと、リンパ節転移を伴わないというデータ が出ています。このようなデータに基づいて、標準 術式は右肺下葉切除となりますが、糖尿病をはじめ としたさまざまなリスクがあるということで、侵襲 を減らす目的で右肺の S6 区域切除を行っています。 手術に求められるものは、安全に行うことがあり ます。しかし手術後再発してしまうのでは意味がな いので根治性を求める必要があります。また、手術 後の生活の質が重要と考えています。 池田(呼吸器・甲状腺外科学分野): 今日のまと めです。肺癌になって肺だけ悪いという人は珍しい です。一般論として、タバコを吸う人は肺も悪くな り、肺癌や肺気腫にもなるし、心臓も悪くなる。お 酒も飲むと、肝臓も悪くなり、糖尿病にもなること が多いです。肺が悪くて、心臓が悪くて、糖尿病が あってという方が多いです。本症例では、糖尿病の 先生に糖尿病のコントロールをしていただいて、消 化器内科の先生には肝硬変をコントロールしていた だいています。そして、麻酔科の先生には、血小板 が低い時に硬膜外チューブ挿入による血腫が脊髄圧 迫になって下半身不随の心配があるため、硬膜外 チューブは避けようという工夫もしていただいてい ます。病理の先生には、縮小手術の時に癌を取り残 していないか、術中の迅速診断でチェックしていた だいています。このように、癌の治療というのはチー ム医療が重要になっています。 大平 : 以上で第 457 回東京医科大学臨床懇話会を 終了します。 (原田芳巳編集委員査読)