なぜ包括的ソリューション・サービスの 台頭は分析されてこなかったか
――アメリカ IT 産業研究のサーベイ
森 原 康 仁
はじめに
1970 年代以降の資本主義の低成長期へ の移行によって,先進諸国の巨大企業は事業 構造のリストラクチャリングを推し進め,事 業活動に直接に関連しない財務,人事,法務,
情報システムなどの間接部門をスピンオフし てきた。その結果,これらの業務を外部から サービスとして調達する動きが一般化してき た(Walker [1985] ; Petit [1986=1991] ; Cohen and Zysman [1987=1990])(1)。このよ うな生産者(企業者)サービスが自律的 なひとつの産業として発展し,付加価値総生 産においても就業構造においても比重を高め てきたことはよく知られている(Sassen [2001=2008])。また,こうしたサービスが,
社会的分業構造のなかにおいて情報を媒介し 企業の生産性を向上させる戦略的役割を担う がゆえに,その成長と労働・職務の知識化 の進行とはパラレルであることも広く指摘さ れてきたことである(Castells and Aoyama [1993=1999] ; Daniels [1993])。
先進諸国のなかでも,とくにアメリカにお いては,生産者サービスにおけるコンピュー タに関連したサービス(IT サービス)(2) の存 在感は大きい。たとえば,いまから 20 年以
上前,アメリカにおいて産業競争力問題 がクローズアップされていた 1990 年代初頭,
すでにアメリカの政策当局は,競争力回復に むけた戦略産業のひとつとして,IT サービ ス の 量 的 な 重 要 性 と と も に(U. S.
International Trade Commission [1993]),
その質的・戦略的な役割の重要性を強調して いた(National Research Council [1992])。
すなわち,アメリカ国際貿易委員会の 1993 年の報告書アメリカ応用技術産業のグロー バルな競争力によれば,世界コンピュータ 産業の全収益に占めるコンピュータ・サー ビスのシェアは 36%にのぼり,メインフ レームおよびミニ・コンピュータの 24%,
パーソナル・コンピュータの 20%,ソフ トウェアの 15%よりも大きかった(3)。そし て,全米研究評議会のアメリカ・コンピュー タ産業の競争力を維持するは,このような サービス(システム・インテグレーション)
は,ハードウェアやソフトウェアとちがって アメリカが強い競争優位を保持していると みなせるとしたうえで,その競争力の強化 を呼びかけていた(4)。
しかしながら,先進国の IT サービス産業 の量的・質的な発展過程について,その需要 主体である巨大企業の戦略動向や,その供給
主体である巨大 IT 企業が存在する IT 産業 の産業構造・産業特性をふまえた戦略の検証 は乏しい。とりわけ,IT ソフトウェアやハー ドウェアの分析の多さに比べて,IT サービ スを提供する企業の戦略分析はほとんど存在 しないに等しい。
なぜなのか。本稿は,この理由を先行研究 のサーベイをつうじてあきらかにすることを 目的としている。以下,まず第1節では,IT サービスがいかなる意味で重要であるかにつ いて整理する。つぎに第2節および第3節で は,それにもかかわらず IT サービスの分析 が存在しなかった理由を,1980 年代から 1990 年代のアメリカ産業研究の主要な関心 の所在に即してあきらかにする。そしてさい ごに,既存の研究――Wintel モデル――
では説明できない統合化モデルの3つの 事例を紹介し,上述の課題に応えたい。
第1節 価値獲得活動の一環として のソリューション・サービス 戦後,社会的生産力の発展や家事労働の外 部化にともなって消費のサービス化が進 展 し て き た(Kushida and Zysman [2006])(5)。また,近年の情報技術(IT)の発 達は,多品種かつ知識集約的な製品の供給を 可能にしただけでなく,サービス部門の生産 性を高め,以前には利潤を生まなかったサー ビス部門を市場化することを可能にしてきた
(菰田[1991])(6)。とりわけ,おおむね 1980 年代以降,ルール・ベース(rules-based)の 処理を得意とするコンピュータの処理能力の 向上の結果,企業の事業上の課題を克服し生 産性を向上させるような IT サービスが人間
の手による労働過程を置きかえてきた(Levy and Murnane [2004])(7)。その結果,先進諸 国においては,1980 年代末には,川下サービ ス(生産者サービスないしエンタープラ イズ IT サービス)が付加価値の主たる源泉 の ひ と つ に な り は じ め た(UNCTAD [1988])(8)。
ヒルシュ[2007]は自然とならんでサー ビスないし知識を資本の価値増殖の ための新しい社会的領域あるいは内部領 域獲得の新たな進展(資本の内包的拡大)と 位置付けて,こう述べている。こうした領 域獲得はフォーディズムにおいては,工業に よって製造された大衆消費財による労働力の 物質的再生産にあてはまったとすれば,それ はいまや,新しい情報・通信技術によって強 力な合理化の過程にさらされ,同時に包括的 な民営化の措置が進行するなかで多面的に商 業化されているような,いわゆるサービス分 野に向けられている(9)。つまり,ヒルシュに よれば,サービス活動は,ポスト・フォーディ ズムにおける資本のあらたな蓄積領域なの である(10)。
こうした傾向がいち早く生じたアメリカ経 済に注目し,アメリカのサービス産業の競争 優位と中国をはじめとした新興諸国の製造基 盤との国際分業構造を批判的国際政治経済学 の立場から分析してきたのが関下稔である。
関下[2002]は,1990 年代のアメリカの貿易 統計を検討してモノレベルでのアメリカの 競争力の低下が,サービスレベルでのアメリ カの優位性の増大と一体となって現れたので あり,これはアメリカ経済の構造変化を示す と評価したうえで,このサービス貿易の大 幅黒字基調を生み出している最大の要因は,
技術特許料収入とその他サービスという,い わばサービス部門の中の新興勢力あるいは広 義の意味でのそれにあり,これらのものは,
いずれも多国籍企業と情報産業に深く結びつ いたものであると結論づけた(11)。さらに,
関下[2010]は,製造業のサービス業化は IT 化が生み出した新しい方向であり,そこ でのサービスは従来のサービスとは範疇を異 にする,知的創造活動と情報ネットワークに よって導かれたニューサービスとでも呼 ぶべきものである(12) として,サービス部 門の中の新興勢力をニューサービスと 規定した(13)。
このようなニューサービスは,企業戦 略の次元からみれば,製品コモディティ化に よる過当競争を回避し超過利潤を獲得するた めの差別化戦略の一形態である(Zysman [2006])。Zysman は,企業のとりうる差別 化戦略として,市場を機能的にセグメント化 し自社製品をブランド化する方法や,オンラ イン上のマーケティングをつうじて顧客のロ イヤルティを獲得する方法(Dell など)にく わえて,ソリューション・サービスを顧客に 提供し,そのなかにいくつかの特殊な独自 仕様のモジュールを埋め込むことによって 顧客との特殊な結びつきを獲得する方法
(IBM など)を挙げたのである(14)。
Zysman らが言うように,ソリューショ ン・サービスの提供が超過利潤を生んでいる とするなら,そこになんらかの参入障壁が形 成されているはずである。これを考えるうえ で参考になるのは,Bowman and Ambrosini [2000] の言う価値獲得(value capture)
と価値創造(value creation)の区別であ る。価値創造とは技術や製品の開発,あるい
はコスト効率的な生産システムの開発をつう じて得られる付加価値(利潤)であり,価値 獲得とは競合他社には模倣のできないように 差別化されたブランドやプラットフォーム
(platforms)の構築をつうじて得られる付 加価値(利潤)である。
石田[2011]は,Bowman らの議論を垂直 的競争の支配するプラットフォーム型産業に 適用し(15),このような産業における付加価値 獲得の手段は物的資産の所有よりも無形資産 の所有にかかっていること,この無形資産に は製品技術情報だけでなくビジネスを構築 する能力や相互依存関係をもたらすビジネス アーキテクチャ,そして,バリューチェーン をコントロールすることが可能なコア・コン ピタンスの確保,といった生産の側面に限定 されないビジネスモデルとよばれる無形資産 が重要でありマーケティング部門や消費 者ローン部門などを持つことは,価値獲得能 力を引きあげると論じている。そして,圧 倒的に無形資産を所有することでほぼ独占価 格を維持できる一部の企業が生まれる,と した(16)。
この無形資産の役割を果たすのがサー ビスであると考えられる。
Suarez and Cusmano [2009] は,プラット フォーム型産業において企業が持続的な競争 優位を確保するさいに果たすサービスの役割 を,①あるプラットフォームから別のプラッ トフォームに乗り換えるさいのコストをサー ビ ス に よ っ て 節 約 す る こ と,② プ ラ ッ ト フォームのイノベーション(製品革新)のた めに顧客との継続的な接点を獲得すること,
③プラットフォームの価値を向上させるため に補完的技術を統合すること,④プラット
フォームの価格をサービスの提供によって高 めること,⑤多様なサービス供給業者を自社 のプラットフォームの周囲に配置し間接ネッ トワーク効果(indirect network effect)を生 み出すこと,という5点にまとめた(17)。
ここで,①はメンテナンスやサポートなど の伝統的なサービスであり,④や⑤は今日の Apple が採用している戦略に典型的にみられ る。本論文が対象とする企業向けの IT サー ビス(エンタープライズ IT サービス)ある いはソリューション・サービスにとって重要 なのは,②および③である。
②の点については――顧客企業との継続的 な接点を確保することによってこれらの企業 がいかにして模倣困難な独自の組織能力を構 築 し て い る か,と い う 点 に つ い て は
――Miozzo and Grimshaw [2011] が エ ン タープライズ IT サービス産業における二大 企 業 の IBM と EDS(Electronic Data Services)を対象に,詳細に分析している(18)。
Miozzo らが析出したこれら企業の競争優 位の源泉(固有のケイパビリティ)の特徴は 次の3点だった。第一は,サービス・アウト ソーシング契約には独自の特徴があること,
すなわち顧客(委託)企業の従業員が受託企 業の組織へ異動するということである(ア ウ ト ソ ー シ ン グ+ス タ ッ フ 異 動 モ デ ル
(outsourcing plus staff transfer model))。
第二に,スタッフ異動をつうじて顧客特殊 的・産業特殊的な暗黙的知識が受託企業側に 集積されるということである。第三に,そう やって集積された暗黙知が受託企業の固有の 組織ルーチンによって統合(combining)
され,受託企業組織の他部門に適用されると いうことである。つまり,IBM や EDS の競
争優位の源泉は,顧客接点の継続的確保とそ れを通じた組織学習,その社内における一般 化と普及によって,競合他社の追随を許さな いある種の規模の経済を実現していると いうことである。
し か し な が ら,Suarez and Cusumano [2009] が類別した,補完的技術の統合にも とづいてサービス提供能力を向上させるとい う③の点については,これまでほとんど検討 されてこなかった。もちろん,自社製品ない しサービスの品質向上のために関連する技術 の吸収が必要であることは一般的には指摘さ れてきたが(Katz and Shapiro [1986]),先 述したように,ここで問題なのは IT 企業が 属している産業構造・産業特性をふまえた戦 略の検証がほとんど存在しないことである。
とりわけ,IT ソフトウェアやハードウェア といった個々の要素技術に特化する研究の多 さに比べて,IT サービスを提供する企業の 戦略分析はほとんど存在しないに等しい。
なぜ,IT サービスの経済的重要性の高ま りにもかかわらず,その発展過程を正面から 検討した研究が存在しないのだろうか。とり わけ,企業の戦略的対応にかんする具体的分 析が存在しないのはなぜなのだろうか。これ を考えるためには,1990 年代のアメリカ IT 産業にかんする研究の関心の所在がいかなる 点にあったのかを理解する必要がある。これ は,1980 年代末ばから 90 年代初頭における アメリカ産業の競争力をめぐる議論に淵源を もつ。そこでつぎに,1980 年代におけるアメ リカの産業競争力論争をふりかえる。
第2節 製品革新と工程革新の密接連 関の欠如――1980 年代産業競 争力論争の回顧
1980 年代後半から 1990 年代初頭は,アメ リカの産業競争力の低下にたいする深刻な懸 念が投げかけられていた時代であり,当時,
産業競争力低下のマクロ経済的要因だけでな く,製品開発と製造プロセス開発への投資,
設計と製造の協調,多能工の育成や労使一体 的な生産性向上・品質改善運動,メーカーと 部品業者の協力関係といった,ミクロ的諸要 因が議論された(19)。このなかで,アメリカに おけるフォード主義衰退の要因をとくに 製造現場と設計・開発部門に乖離に見出し,
日本のフレキシブルな産業組織こそ両者の円 滑な協調関係をうながすポスト・フォード 主義であると指摘したのが,Martin Kenny と Richard Florida による一連の議論であ る(20)。
Kenny and Florida [1988] はこれをフジ ツー主義(fujitsuism)と呼び,Ergas [1987]
の技術発展のシフト化(shifting)(=新技 術の開発)と深化(deepening)(=既存技 術の効率化)というモデルにもとづいて,日 本企業の生産システムとそれを支える産業組 織が,アメリカ企業/産業にはみられない製 品革新(プロダクト・イノベーション)と工 程革新(プロセス・イノベーション)の密接 な連関を実現していると述べた。
アメリカのような国は,新しい技術領域 にシフトすることで発展し,それとは対 照的に,西ドイツのような国は,成熟部 門での集中的専門化によって発展してい
る。しかしながら,日本においては,生ヽ 産ヽとヽイヽノヽベヽーヽシヽョヽンヽのヽ密ヽ接ヽなヽ連ヽ関ヽおヽよヽびヽ 組ヽ織ヽ的ヽフヽレヽキヽシヽビヽリヽテヽィヽという,より一 般的な遺産が,シフト化と深化の統合に 帰着した。その結果,技術が急速に普及 し,成熟部門の活力を取り戻す一助にな るばかりでなく,大企業は,発明,効果 的模倣,ないし知識吸収をつうじて,新 興分野に急速に浸透することができる。
このことが,しだいに,産業構造全体を 新しい技術的フロンティアへと押しやっ たのだ(傍点筆者)(21)。
その一方で,かれらは,イノベーションと りわけプロダクト・イノベーションの群生と いう点で,はなばなしい成果を挙げつつあっ たシリコンバレーやボストン地域のルート 128 にたいして,それが大量生産活動ないし 基本的製造活動(basic manufacturing)(22) との密接な連関がないという観点から,アメ リ カ の 産 業 競 争 力 の 低 下 を も た ら し た フォード主義を刷新するものではないと い う 評 価 を 下 し た(Florida and Kenny [1988] ; [1989])。
なぜなのか。かれらによれば,ベンチャー キャピタルに主導された新興企業のイノベー ション活動は,若い企業の近視眼的な視野に 制限されており,大規模研究所の研究開発を 破壊し,しかもより重要なことに,企業 家的基盤をもった(新興企業の)イノベーショ ンへの強い金融的インセンティブが一連のか たちで確立したことは,独ヽ占ヽ的ヽなヽ製ヽ品ヽもヽしヽくヽ はヽ技ヽ術ヽをヽ指ヽ向ヽしヽ,ヽ製ヽ造ヽ技ヽ術ヽやヽ製ヽ造ヽ過ヽ程ヽをヽ改ヽ善ヽ すヽるヽイヽノヽベヽーヽシヽョヽンヽかヽらヽ遠ヽざヽけヽるヽとヽいヽうヽ強ヽいヽ バヽイヽアヽスヽを生んでいる(傍点筆者)からであ
る(23)。
つまり,1980 年代後半時点においては,製 造過程(基本的製造活動)と研究開発ないし イノベーションとの連関こそが産業競争力の 復活にとってカギとなる要素とみられていた のである。このことは,製造業とサービス 業の密接連関という把握にもとづいて,製 造プロセスないし生産技術こそ産業競 争 力 に 決 定 的 な 役 割 を 果 た す と 述 べ た Cohen and Zysman [1987=1990] においても 同様であり(24),また,産業競争力のミクロ的 諸要因に関心が払われるきっかけになった Dertouzos, Lester and Solow [1989=1990] に おいても同様である(25)。
第3節 産業組織のあらたなアメリカ
モデルとしての Wintelism だが,1990 年代にはいると,アメリカの産 業競争力は目覚ましい回復を遂げた。半導体 産業では,かつて日本企業との競争に敗れて メモリー生産から撤退した Intel が CPU の 開発・製造に特化して復活し,1992 年に世界 の半導体メーカー別売上高ランキングで NEC を抜いて首位についた。翌 93 年には,
各種半導体全体の世界販売シェアでも,アメ リカ企業が日本企業から7年ぶりに一番手の 地位を奪還した。世界の全製造業とハイテク 産業輸出に占めるアメリカ企業のシェアにお いても同様の傾向がみられたし,各種世界競 争力ランキングにおいても,アメリカは今日 までほとんど毎年,最上位に位置するように なった(26)。
では,アメリカ企業の産業競争力の復調は,
かつての日本企業のような製造プロセスと
設計プロセスの密接な連関がアメリカ企業 においても採用されたからなのだろうか。
Kenny や Florida たちと同じ系譜に属する論 者たちは,むしろ,両者のネットワーク的な 分離にこそアメリカ企業の復調の根拠があっ たとみる。すなわち,自社工場をもたず外部 の契約製造業者(Contract Manufacturers)
に生産を委託する生産と労働の大規模な外部 化の進展が,製造プロセスと設計プロセスが 分離していても両者が持続的に発展しつづけ ら れ る 条 件 を 与 え た(27),と み る の で あ る
(Borrus and Zysman [1997], Ernst and Lüthje [2003], Sturgeon [1997] ; [2000] ; [2002], Sturgeon and Lee [2005], Sturgeon and Lester [2004])。
エレクトロニクス産業ないし IT 産業にお いて典型的にみられるような,こうした産業 組織のあり方は水平的なコンピュータ産業
(horizontal computer industry)(Grove [1996=1997])と呼ばれ,Intel,Microsoft,
Sun Microsystems,Cisco といった専業企業 の市場支配を生み出すと同時に,IBM や DEC のような,かつてのコンピュータ企業 を倒産の危機に追い込んだと考えられた。つ まり,製造活動と設計活動をともに企業内に 統合していた IBM のような企業は,あらた に台頭してきた専業企業によって脇に追いや られていったと考えられたのである。
こうした産業組織のあり方を,その典型企 業の名前をとってWintelismという術語 にまとめたのが,Borrus and Zysman [1997]
だった。かれらの議論の骨子を,かれらの議 論をフォローし発展させた論者の議論を付け 加えてまとめると,次のようになる(28)。
・エレクトロニクス製品ないし IT 製品は オープンだが所有された(open-but- owned)製品になっている。
・これらの製品を構成する要素技術は,多 様な産業部門に属する専業企業よって市 場を介して供給される。新技術や新製品 の時間サイクルの管理はこの産業の製造 組織における最優先課題である(Curry and Kenny [1999])。
・市場にたいする支配力は,アセンブラー から製品を定義する企業(product definition companies)にシフトする。
その結果,製品革新(プロダクト・イノ ベーション)は製造活動ないし工程革新
(プロセス・イノベーション)から分離 するようになり,ブランド企業(29) は,先 進諸国に立地する本社のちかくに製造拠 点を維持することに関心を失うようにな る。
・自動車産業のような産業とはちがって,
Wintelism 型の IT 産業はフォーカル・
コーポレーション(focal corporations)
をもたない。巨大な最終アセンブラーに よって統治されるサプライヤー・ピラ ミッドは,相互作用しあう産業諸部門 のネットワークによって置き換えら れる。階層構造は,決定的な市場部門の 技術発展にたいする旗艦企業(flagships)
の支配能力によって定義される(Borrus [2000], Ernst [2002])。
このように,1990 年代の議論は,独占的 な製品もしくは技術を指向し,製造技術や製 造過程を改善するイノベーションから遠ざけ るという強いバイアス(Florida and Kenny
[1988])が,オープンだが所有された製品 の普及のもとで,ブランド企業(ファブレス 企業)と契約製造業者のネットワーク的な協 業によって克服された,と考える(Borrus and Zysman [1997])。それゆえ,シリコン バレーにおいて特徴づけられるこのような産 業組織は,1980 年代に日本でみられたリー ン生産方式にたいするオルタナティブであ り,製造活動のあらたなアメリカモデルな いし産業組織のあらたなアメリカモデル と み な さ れ る よ う に な っ た の で あ る
(Sturgeon [1997] ; [2006])(30)。
まとめにかえて――Wintel モデル の相対化
しかしながら,2000 年代にはいると,あき らかに Wintelism 型の IT 産業理解(Wintel モデル)によっては説明できない事例があ らわれはじめた。それは,製造工程や諸資 源・諸技術の大規模な統合(integration)
を要する,諸産業の台頭によって特徴づけら れる(統合化モデル)。
第 一 に,ハ イ テ ク・バ ブ ルの 崩 壊 と ニューエコノミーの終焉を機に台頭し始 めた新興諸国の EMS(Electronics Manufac- turing Services)である。こうした新興諸国 の EMS 企業は,きわめて巨大な工場を建設 したり,特定地域における多様な中規模工場 を相互に統合することで,製造活動の大規模 な垂直統合化(vertical integration)を追 求している(Lüthje [2007])。Flextronics の 中国・斗門にある工業団地,Quanta,Compal,
Arima の上海の工場,Foxconn の深圳にお ける巨大製造設備は,前者の戦略の代表的事
例 で あ る。ま た,中 国 南 部 に お け る Flextronics の活動は,後者の事例の典型例 である(31)。
第二は,コンシューマー向けエレクトロニ クス市場におけるユーザビリティの重要 性 の 増 大 で あ る。Linden, Brown and Appleyard [2004] は,スタンド・アロンの PC がエレクトロニクス市場を支配していた 時代は終わり(Post-PC era),コンピュー ティングや通信,コンシューマー向けの各種 機器が少数の製品に収斂するネット世界秩 序(Network World Order)が台頭しつつあ るとみたうえで,この秩序のもとでは,シス テム統合(system integration)にかんするス キル,すなわち,製品設計にかんする知的所 有権や,ソフトウェアにかんするコンピテン シーの重要性が増大すると評価している(32)。 これは,Wintel モデルとはちがって,
Nokia や Ericsson といった垂直統合化され た企業が効果的に市場を支配しうる可能性を 指摘したものであり,最終製品市場の競争に おけるユーザビリティの重要性の増大が,
諸企業に統合化を追求する戦略を採用さ せるようになった 2010 年代の状況を先駆的 に指摘した議論であると評価できる(33)。
そして,第三が,第1節で示した,ソリュー ション・サービスの台頭である。Suarez and Cusumano [2009] は,補完的技術の統合に よってサービス提供能力を向上させるとい う点にソリューション・サービスの特徴を見 出していた。その事例として,典型的な専業 企業だった Oracle が Sun Microsystems の 買収によってハードウェア事業に参入し,統 合的なサービス提供能力を保持するように なったことが挙げられている。
こうした統合化モデルに関連する3つ の 事 例 は,い ず れ も IT 産 業 に た い す る Wintelism 型の理解(Wintel モデル)を反 証する事例である。すなわち,Wintel モデ ルは,製品特性がオープンだが所有され た形になったことをもって,ブランドを保 持する専業企業の製造活動からの自律化と,
ブランド企業と契約製造業者とのネット ワーク的な協業を説き,それゆえ製造過 程と設計過程の密接連関の存在しないもと でもアメリカ IT 産業はみずからの競争力を 回復したと考えたのであるが,以上3つの事 例いずれもがなんらかの資源・能力・技術の 内部統合化を必要としているのであり,これ らはあきらかにWintel モデルとは異なっ た産業組織のあり方である。そしてまた,こ のことが,第1節末尾で述べた,ソリューショ ン・サービスの経済的重要性の高まりにもか かわらず,その発展過程を検討した研究がほ とんど存在しない,という研究状況を生み出 しているのである。
ソリューション・サービスを提供する企業 が,その固有の規模と範囲を活かしながら,
また,社外諸資源を統合しながら,いかに発 展してきたのかが検討されなければならな い。そのさい,IBM のソリューション・サー ビス事業戦略を主たる分析対象とされなけれ ばならないだろう。その理由は,IBM のサー ビス事業が世界最大の規模に達しているため だけでなく,典型的な垂直統合企業だった IBM が,Wintel モデルによってほとんど 無視され,検討の対象とされてこなかったか らである。それゆえ,この作業をつうじて,
Wintel モデルとは異なるソリューショ ン・サービスの発展過程の独自性,すなわち
統合化モデルを積極的に明らかにするこ とができる。この課題は別稿で果たされる予 定である(34)。
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注
⑴ この論点を先駆的にとりあげたのは,マルク スの社会的分業論に依拠した Walker [1985] で ある。また,Walker の社会的分業論ないし社会 的労働過程のなかに個々のサービス活動を位置 付ける視角を引き継ぎ,情報それ自体,サー ビスそれ自体の抽象的な概念論議を批判した 優れた研究として,佐藤拓也[2001a];[2001b]
がある。
⑵ コンピュータに関連したサービスはコン
ピュータ・サービス(computer services),IT サービス(Information Technology services), ICT サ ー ビ ス(Information Communication Technology Services)など,複数の呼び方があ り,定まっていない。本稿では基本的にIT サー ビスに統一する。また,IT サービスは,その内 容的な発展にしたがって,需要者別に,すなわち
企業向け(エンタープライズ IT サービス)と消 費者向け(コンシューマー IT サービス)にわけ られる必要がでてきた。さらに,エンタープラ イズ IT サービスは,その機能が包括的(end-to- end)になってきたため,ソリューション・サー
ビスないし包括的ソリューション・サービス
と呼ばれるようにもなっている。
⑶ U.S. International Trade Commission [1993], p. 22.
⑷ National Research Council [1992], p. v.
⑸ Kushida and Zysman [2008] は,サービス経 済化には4つの段階(①製造業によるサービス 業務の外部化,②消費者および生産者が購買す る財のサービス化,③家事労働の外部化,④ IT の利用によるサービス活動の変革)があるとし たうえで,④を第4のサービス転換(the forth service transformation)と呼び,その典型的事 例として,IBM のソリューション企業への転換,
Apple の iPod と iTunes,航空機メーカーに対す るソリューションを提供する Intevia の事例,ソ フトウェアのサービス化(クラウド・コンピュー ティング),Web2.0 の潮流などを挙げた。④は,
今日のニューエコノミーにもっとも関連して いる構造変化はインターネットがコミュニケー ションメディアからサービス流通のプラット フォームへと変容していることであり,それは アメリカのサービス経済の顕著な成長に寄与し てきた。(……)Web によって可能になった新し いビジネスモデルは(……)アメリカ経済の生産 性の持続的な成長に寄与するだろう(Jorgenson and Wessner (eds.) [2007], pp. 22-23)という Jorgenson らの指摘を踏まえたものである。
⑹ 菰田[1991]は,マンデル[1970]の支配的資 本の超過利潤源泉の推移に関する仮説に依拠し ながら,情報通信技術の発展はサービス部門の 生産性を高め,以前には利潤を生まなかったサー ビス部門(医療,教育,図書館,データベースな ど)が利潤を生むことを可能にし,新しいサービ スを生み出す。したがって,このような部門の
民営化が進行し,情報の資本化が進行する
(菰田[1991],16 ページ)として,新しいサー
ビスが資本蓄積のためのあらたな基盤となる ことを指摘していた。
⑺ (……)コンピュータの人間にたいする比較 優位は,ルールの処理を必要とするようなタス クの実行においてである。しかし,人間は複雑 なパターン(complex patterns)を認識すること に お い て 比 較 優 位 を も っ て い る(Levy and Murnane [2004], p. 47)。だが,Levy らの言う
複雑なパターンの認識も,自動車運転の自動
化や言語翻訳のコンピュータ化など,部分的に コ ン ピ ュ ー タ に 置 き 換 え ら れ つ つ あ る
(Brynjolfsson and McAfee [2012])。
⑻ サービスは付加価値の主たる源泉となってい る。なかでも川下(Downstream)サービスは,
競争力を左右する要素であると同時に付加価値 の源泉でもある(UNCTAD [1988], p. 178)。
⑼ ヒルシュ[2007],138 ページ。
⑽ このような政治経済学的な認識にもとづいて,
現代資本主義におけるサービスとりわけ IT サー ビスの重要性を説くものとして,北村[2003],
佐藤洋一[2010]を挙げることができる。なお,
本論文ではサービス労働の経済学的位置づけ について言及する余裕はないが,筆者は基本的 に,姉歯暁のつぎのような見解,すなわちサー ビス産業を“無形生産物”なり“労働対象の不在”と いった特質で捉える見方を批判しサービス労 働もしくはサービス産業を,“人間を対象にし,
労働力の維持・形成に貢献する産業部門”という 構図で捉えようと(姉歯[2001],247 ページ)
する見解に同意している。労働対象には自然的 素材とともに人間も含まれるということは,人 間が生み出す(企業組織もふくんだ)社会的諸組 織もまた労働対象になりうるということを意味 する。したがって,姉歯の議論が示唆するのは,
たんなる対人サービス(消費者サービス)だ けではなく生産者(企業者)サービスもまた 価値形成性をもつ,ということである。また,医 療・介護・福祉などの対人サービスが資本蓄積の 対象になりにくいのは,その複雑なパターン認 識(Levy and Murnane [2004])の必要性ゆえ に生産性を向上させにくい,という点にあるよ
うに思われる。
⑾ 関下[2002],456 ページ。
⑿ 関下[2010],88 ページ。
⒀ 同じく批判的な国際政治経済学の立場にたつ 坂井昭夫は,主にパクス・アメリカーナのもとで の先進諸国間の政治的経済的関係の階層性を析 出することにとりくんできた。その対象は対外 援助,国際財政管理,直接投資規制,マクロ政策 協調,国際産業調整など多岐に及ぶが,本論文と の関係で言えば,アメリカが主導するかたちで の知的財産権の国際的なハーモナイゼーション を 分 析 し た 一 連 の 業 績 が 重 要 で あ る(坂 井
[1994];[2004b]:[2004c])。
⒁ Zysman [2006], pp. 38-43. た だ し,Zysman [2006] のようなサービス事業転換を説く議 論は,あたらしいものではない。高付加価値戦 略の一環としての製造業のサービス化論は,
1999 年にHarvard Business Reviewに掲載され た Wise ら の 論 文 が 嚆 矢 で あ る(Wise and Baumgartner [1999])。そ の 後,Cornet, Katz, Molloy, Schädler, Sharma and Tipping [2000],
Bennett, Sharma and Tipping [2001],Foote, Galbraith, Hope and Miller [2001],経済産業省 産業構造審議会新成長政策部会[2002],Binter and Brown [2006] など,ソリューション・サー ビス事業への転換を説くビジネス界の議論が大 量 に あ ら わ れ て き た。IBM が 提 唱 し て い る
サービス・サイエンスもこの延長線上にある
(Stauss, Engelmann, Kremer and Luhn (eds.) [2008=2009])。
⒂ 垂 直 的 競 争(vertical competition)は Bresnahan [1999] の概念である。Bresnahan [1999] は,エレクトロニクス産業や IT 産業のよ うな垂直統合が弱体化している産業においては,
産業の下位部門あるいは個々の要素技術・部品 に 諸 企 業 が 特 化 し,技 術 的 に 補 完 的 な
(complementary)部門に属する異質な企業ど うしの競争が支配すると説いた。また,補完的 な要素技術群に影響をおよぼす基幹的な技術・
部品をプラットフォーム(platform)といい,
超過利潤はプラットフォームを独占する企業に
も た ら さ れ る と 考 え ら れ た(Bresnahan and Greenstein [1999])。
⒃ 石田[2011],198-201 ページ。
⒄ Suarez and Cusmano [2009], pp. 79-86.
⒅ ②の論点について,Miozoo らほど詳細に検討 している研究はほとんど存在しない。とりわけ,
IBM や EDS を対象にしたものは皆無に等しい。
そもそも,統合的なソリューション・サービス産 業自体がこれまでほとんど研究されてこなかっ た。冒頭で整理したように,近年のソリューショ ン・サービスにたいする高い注目に比して,これ は驚くべきことである(Davies [2003], p.
333)。
⒆ 坂井[2004a],13-18 ページ。
⒇ 周知のように,これは日本型経営の評価を め ぐ る 一 連 の 国 際 論 争 を 生 ん だ。Kenny と Florida の見解にたいして,加藤哲郎とロブ・ス ティーブンは日本型経営を資本による労働者 の強搾取の一形態にすぎず,せいぜいそれはウ ルトラ・フォード主義にすぎないとした(加藤 /スティーブン[1993])。これは,フランスのレ ギュラシオン学派がポスト・フォード主義と
いうタームを,フォード主義を改革し勤労
者民主制の道を切り開くものとして理解して いるという理論状況を踏まえれば(宮本[1993],
147-148 ページ),このようなタームでもって日 本型経営の現実を肯定的に評価するのはただ しくないと考えられたからであった。しかし,
現時点からみれば,Kenny and Florida [1988]
は,その成否は別として,1980 年代における日 本的生産システムの内在的理解に努めようとし ていたのであり,かならずしも日本型経営を
(民主主義や労働者の立場から)称賛するも のではなかったと考えられる(ケニー/フロリダ
[1993],91 ページ)。
\ Kenny and Florida [1988], p. 140.
] Florida and Kenny [1988], p. 123.
^ Florida and Kenny [1988], p. 135.
_ とりわけ重要なのは,製品生産能力における 競争力だ。今起きている製造革命は,製品革新 を加速させることと同じくらい重要だ。実際,