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契約不履行に基づく損害賠償の解釈枠組み⑴

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(1)

契約不履行に基づく損害賠償の解釈枠組み⑴

白 石 友 行

目 次 はじめに

第1章 フランス民法典における契約不履行に基づく損害賠償の構造 第1節 履行方式としての契約不履行に基づく損害賠償の誕生

第1款 モデルの萌芽 第2款 モデルの生成

第2節 履行方式としての契約不履行に基づく損害賠償の展開 第1款 2つの履行モデル

第2款 履行モデルの帰結(以上,本号)

第2章 日本民法における債務不履行に基づく損害賠償の構造(以下,次号)

第1節 履行方式としての契約不履行に基づく損害賠償の動揺 第1款 2つの履行モデルと2つの理論モデル

第2款 モデルの後退

第2節 履行方式としての契約不履行に基づく損害賠償の終焉?

第1款 2つのモデルの混在 第2款 2つのモデルの整合性 おわりに

はじめに

本稿は,契約不履行に基づく損害賠償に関 する2つの理論枠組みを用いて,契約不履行 法,契約責任論を再検討し,その成果を契約 法,損害賠償法の基礎理論と接合するための 考察の一環をなすものである(1)

契約不履行に基づく損害賠償をめぐる議論 は,民法に存在する2つの損害賠償を,有責 かつ違法な行為によって他人に損害を生じさ せた者は,当該行為によって発生した損害を 賠償しなければならないという原理に基礎 を置く制度であるという点において,共通の

枠組みに服すべきものと理解し,要件・効果 の両面について共通の準則を構築してきた伝 統的理論と(2),契約を基点に据えた契約責任 を標榜し,契約の拘束力,契約におけるリス ク分配を基礎としてその要件・効果を提示し ようとする新しい契約責任(3) との対立構図 で描かれるのが一般的である(4)。もっとも,

いずれの理解も,契約不履行に基づく損害賠 償が,不法行為に基づく損害賠償と同じよう な意味で,不履行によって生じた損害を賠償 するための制度であることを前提としている ことに変わりはない。しかし,契約不履行に 基づく損害賠償を不履行によって生じた損害

(2)

の賠償を目的とする制度として捉えるモデル

(賠償モデル)は,唯一絶対的な論理という わけではない。契約不履行に基づく損害賠償 を賠償の論理から切り離し,実現されなかっ た契約あるいは債務の履行を確保するための 制度として,履行プロセスの中に位置付ける モデル(履行モデル)も存在するのである(5) そして,これら2つのモデルを分析枠組みと して設定することによって,賠償の論理を前 提とした従来の議論に存在する問題・課題を 浮かび上がらせることができるだけでなく,

履行の実現という視角から,契約不履行に基 づく損害賠償に関わる諸問題について,判例 上の解決を無理なく説明しつつ,理論的に一 貫性のある枠組みを構築することができる し,更には,契約不履行法・民事責任法全体 を包括する枠組みを示すことが可能となる。

これが前稿の考察から導かれる一応の理解で あった(6)。しかし,これだけでは,賠償モデ ル・履行モデルという分析枠組みの有用性と 履行モデルの意義を完全に示したことにはな らない。このことを明確にするためには,

個々の検討課題から明らかにされた成果を総 体として捉え,解釈のための枠組みとして提 示することが必要となる。これが本稿の課題 である。

こうした問題関心からは,契約不履行に基 づく損害賠償に関する2つの理論モデルを用 いて,民法における債務不履行に基づく損害 賠償の構造を分析しなければならない。日本 の民法において,債務不履行による損害賠償

は,債権の効力と題する節に存在しており,

それ自体が債務の発生原因である不法行為に よる損害賠償とは明確に区別されている。不 法行為に基づく損害賠償は,故意又は過失に

よる権利侵害・利益侵害の結果として発生す る債務であるのに対して,債務不履行に基づ く損害賠償は,民法上,有責な不履行の結果 生ずる債務ではなく,先存する債権の効力と して位置付けられているのである。ここか ら,以下のような一連の疑問が浮かび上がっ てくる。民法の構想を前提とするならば,2 つの損害賠償制度は明確に区別されなければ ならず,両者は全く別個の性質を有する制度 として捉えられるべきではないのか。民法が 要件・効果の両面について2つの損害賠償制 度を別異に扱っているのは,それらの性質が 異なることを前提としているからではないの か。履行モデルによれば,民法における債務 不履行規定を統一的に説明することができる のではないか。その後の学説が債務不履行に 基づく損害賠償に関する様々な局面において 困難な問題を抱えるに至ったのは,賠償モデ ルの考え方を前提としたからではないのか。

これらの問いを解明することによって初め て,履行モデルを基礎とした契約不履行に基 づく損害賠償の構想の解釈論的な有用性が明 確に提示されることになる。

上記の検討課題に取り組むために,本稿で は,フランスにおける契約不履行に基づく損 害賠償をめぐる議論との比較検討を行う。日 本の民法における債務不履行法はフランス法 に由来するのであるから,日本の民法の債務 不履行に基づく損害賠償の構造をより良く理 解するためには,フランス民法典における契 約不履行に基づく損害賠償,更には,フラン ス民法典制定前後の学説をも併せて検討して おく必要が存するのである(7)

考察に先立ち,以下の検討に際しての視点 を提示しておく必要がある。それは,フラン

(3)

ス民法典と日本民法の体系の相違に由来す る。いずれの民法も,契約(債務)不履行に 起因する損害賠償を債権の効力ないし債務の 効果として位置付けている。しかし,日本の 民法は,第3編・債権,第1章・総則,第2 節・債権の効力,第1款・債務不履行の責任 等の中で,債務不履行による損害賠償を規定 するのに対し,フランス民法典は,第3編・

所有権を取得する様々な方法,第3章・契約 もしくは合意に基づく債務一般,第3節・債 務の効果において,債務不履行の結果生ずる 損害賠償を扱っている。つまり,日本の民法 における債務不履行による損害賠償は,契約 に限らず債権一般に妥当する制度としての位 置付けを与えられているのに対して,フラン ス民法典における債務不履行の結果生ずる損 害賠償は,法典の編成上,契約ないし合意か ら生ずる債務の効果として捉えられているの である。こうした相違は,民法全体の体系,

とりわけ,総則的思考の有無にも起因するも のであるが,ここから以下の疑問も生じうる。

フランス民法典の下においては,契約不履行 に基づく損害賠償を契約の実現手段として捉 えることができるとしても,日本の民法の下 では,損害賠償制度が契約に特化した形で用 意されているわけではないから,そのような 基盤が存在しないのではないか。フランス民 法典が債務不履行の結果生ずる損害賠償を債 務の効果として規定した意味と,日本の民法 が債務不履行による損害賠償を債権の効果と した意味とでは,大きな相違が存するのでは ないか。履行モデルは,日本民法の解釈枠組 みとして成り立ちえないのではないか。本稿 の考察は,フランス民法典と日本民法におけ る債務不履行法の構造を解明することによっ

て,上記の問いに応対しようとする試みでも ある。そして,こうした検討は,筆者が提示 しようとする履行モデルの意味をより明確に し,従来の議論における解釈枠組み,つまり,

賠償モデルとの相違を浮き彫りにすることに も繫がるであろう。

第1章 フランス民法典における契約不 履行に基づく損害賠償の構造 フランスの伝統的通説は,20 世紀初頭以 来,契約責任と不法行為責任を同一の性質を 有する2つの責任制度として位置付けてい る。民事責任とは,何らかの行為によって他 人に損害を惹起した者に対しその損害を賠償 することを義務付ける規範を意味するから,

そこには契約責任と不法行為責任の両者が含 まれる。従って,この理解によれば,契約責 任は,不法行為責任と同じく,惹起された損 害を賠償するための制度として構想され,不 法行為責任と同一の原理に服することにな (8)。しかし,こうした契約責任の捉え方は フランス民法典の体系から導かれるものでは ない。フランス民法典は,契約不履行に基づ く損害賠償と不法行為に基づく損害賠償を明 確に峻別し,後者を債務発生原因とする一方,

前者を債務の効果と位置付ける体系を採用し ているからである。そして,19 世紀の学説の 多くも,民法典のプランに従って2つの損害 賠償制度を区別して論じ,両者に対して全く 異なる意味付けを与えていたのである。この ようなフランス民法典の構想,また,これを 基礎として行われていた 19 世紀末以前のフ ランスにおける契約不履行に基づく損害賠償 の議論は,どのような意味を有するもので

(4)

あったのか。

第1節 履行方式としての契約不履行に基 づく損害賠償の誕生

フランス民法典における契約不履行に基づ く損害賠償の構造を明らかにするためには,

それに先立つ古法時代の学説,とりわけ,近 代民事責任法の父とも評すべきドマの理論 と,フランス民法典における債務不履行規定 の基礎を提供したポチェの理論の意義を解明 しておかなければならない。ところで,ドマ の議論とポチェの議論の間には看過すること のできない重要な相違が存在する。見通しを 良くするためにその要旨だけを述べておけ ば,ドマの議論の中には,契約不履行に基づ く損害賠償を,惹起された損害の賠償方式と して捉えているかのような叙述と,実現され なかった契約の履行方式として把握するかの ような叙述がともに存在しているのに対し て,ポチェの議論においては,明白に後者の 立場を基礎とした理論が展開されているので ある。フランス民法典は,こうした古法時代 の議論をどのように受け止め,どのような原 理を前提として契約不履行に基づく損害賠償 に関するテクストを用意したのか。

第1款 モデルの萌芽

一般的な理解によれば,近代的な民事責任 の観念,そして,契約責任と不法行為責任を 民事責任なる観念の下で統一的に把握する構 想は,ドマにその淵源を有するとされる(9) ドマは,近世自然法の力を借りて,当時のフ ランスにおける慣習法とローマ法の蓄積を体 系化し,刑事責任から民事責任を分離するこ と,そして,不法行為の領域において責任を

道徳的なフォートの観念に基づかせることに 成功したのであり,この点において,ドマの 理論がフランス民法典の不法行為法の基盤と なったことに疑いはない。従って,近代的な 民事責任という観念の誕生ないし精緻化に関 して,ドマの功績を語ることは何ら問題がな い。それどころか,ドマの理論を分析するこ となくしてフランス民法典の不法行為法の源 流を解明することは不可能であるとさえ言え (10)。それでは,ドマの下においても不法行 為責任と同じ原理に服する契約責任なる概念 が存在したという理解はどうか。

一方で,ドマの著作の中には,不法行為に 基づく損害賠償と契約不履行に基づく損害賠 償を,いずれもフォートによって惹起された 損害を賠償するための責任制度として捉えて いたと見うるような叙述が存在することを強 調し,今日的な意味での契約責任の観念をド マにまで遡らせることも可能である(11)

ドマは,その主著自然法秩序における民

事法の第2編合意なしに形成される債務

第8章重罪でも,軽罪でもないフォートに よって惹起された損害の冒頭において,重 罪もしくは軽罪となるフォート,合意上の債 務に違反する者のフォート,合意とは関係を 持たず,罪にも軽罪にもならないフォートと いう,3種類のフォートを区別する(12)。次い で,ドマは,このうち後2者のフォートにつ いて,同章の第4節重罪も軽罪もなく,

フォートによって生ずるその他の種類の損 害で以下のように続ける。不注意,軽率,

認識すべきことの不知,あるいは,その他類 似のフォートによるものであろうと,また,

それが如何に軽いものであろうと,何らかの 人の行為によって生じうる損失及び損害は全

(5)

て,不注意,もしくはその他のフォートの原 因となった者によって賠償されなければなら ない。というのは,害する意図を有していな かったとしても,その者が行ったのは不正だ からである(13)債務を履行しないこともま た,義務を負うべき損害賠償の原因となりう るフォートである。売却物の引渡しを遅滞し ている売主,寄託物の返還を延期する受寄者,

遺贈された物を保持している相続人,その他,

引き渡すべき物を占有している者がそれを拒 絶する場合,これらの者は,その遅滞が生じ させうる損害賠償のみならず,仮に返還につ いて遅滞に付された後に物が滅失したときに は,それが偶発事故によって生じた場合で あっても,その物の価値それ自体について義 務を負う(14)。ここでは,3種類のフォート のうち,少なくとも契約から生じた債務の不 履行と重罪・軽罪ではないフォートとが同列 に扱われており,いずれのフォートも,行為 者に対してそれによって生じた損害の賠償を 義務付けるための基礎となっていることが分 かる。

更に,ドマは,損害賠償の問題を論じた第 3編債務に付け加わり,もしくは債務を強 固にする結果,第5章利息,損害賠償,及 び費用の返還においては,少なくとも規範 を定立するに際して,契約から生じた債務の 違反に基づく損害賠償と重罪・軽罪ではない フォートによる損害賠償とを区別なく取り 扱っているように見える。何らかの債務に 違反したことによって何らかの損害を生じさ せた者がその不正を賠償する義務を負うの は,あらゆる種類の特別な債務,他人に不正 をしないという一般的債務の当然の結果であ

損害がどのような性質を持つもので

あっても,損害がどのような原因によって生 じようとも,それについて義務を負う者は,

本章で説明される規範に従い,あるいは,

フォート,重罪,その他の原因,あるいは,

生じた損失と釣り合った損害賠償によって,

それを賠償しなければならない(15)。これを 文字通り理解するならば,ドマの理解におい て,損害賠償は他人に損害を生じさせないと いう一般的義務の当然の帰結に過ぎず,損害 が契約から生じた債務の不履行に由来するの か,それとも重罪・軽罪ではないフォートに 起因するのかは,必ずしも重要でないという ことになる。

しかし,他方で,ドマの理論をフランス民 法典の体系へと連なるものとして評価するこ とも可能である。すなわち,ドマの理解にお いて,契約不履行に基づく損害賠償は,フォー トを原因として発生する新たな賠償債務では なく,合意の効果,つまり,合意の中に内在 する効果それ自体として位置付けられている と見ることもできるのである。

まず,ドマは,第2編・第8章の冒頭にお ける3種類のフォートを区別する叙述に続け

て,これら3種類のフォートのうち本章の

対象となるのは,最後のフォート(重罪にも,

軽罪にもならないフォート―筆者注)である。

重罪及び軽罪を民事の問題と混同することは できないし,合意に関係することは第1編で 説明したからであるとして,契約から生じ た債務の不履行に基づく損害賠償の問題を,

第1編合意による任意かつ相互の債務の 叙述に委ねている。そして,同編の第1章

意一般,第3節そこに表明されていなかっ

たとしても,合意に必然的に続く債務では,

以下のような議論が展開されている。全て

(6)

の合意において,自己が引き受けた債務に違 反し,あるいは,遅滞にある者が,それがで きないのか,欲しないのかに関わらず,合意 の性質,不履行もしくは遅滞の程度,諸状況 に従って,他方当事者に対して損害賠償を義 務付けられるのは,債務の第2の効果であ (16)。ここで,契約不履行に基づく損害賠 償は,明確な形で合意一般の効果として位置 付けられており,先の引用部分のように,他 人に損害を生じさせないという一般的義務の 帰結としては分析されていない。

しかも,ドマの理論において,損害賠償を 合意の効果として認識することは,それを合 意の本性に基づいて生ずる債務として構成す ることを意味している(17)合意は,そこで 表明されたことのみならず,合意の性質が要 請すること全て,また,衡平,法律,慣習が,

債務に与える結果の全てを義務付ける。従っ て,合意においては,3種類の債務を区別す ることができる。表明されている債務,合意 の当然の結果である債務,何らかの法律もし くは慣行によって規律される債務である。例 えば,構成員が共通の事務について注意を尽 くすよう義務付けられるのは,自然的衡平に よる。合意が何も表明していないとしても,

物を使用するために借りた者はそれを保存し なければならないし,売主は売却した物を担 保しなければならないのである。また,正当 な対価の半分以下で不動産を購入した者が,

あるいはそれを返還し,あるいは代価を完全 にしなければならないのは法律による。家の 賃貸借において,幾つかの慣習は,当事者が それに反対していない限り,一定の間,期間 を超えて賃貸借を継続させている。これら全 ての合意の結果は,黙示の約束として合意に

含まれており,その一部をなしている。とい うのは,契約当事者は,その約束に本質的な こと全てに同意しているからである(18)。つ まり,ドマは,契約不履行に基づく損害賠償 を,物の保存債務,売主の担保債務と同じレ ベルでの,合意の本性に基づく要素として捉 えていたのである。従って,この叙述からは,

ドマの理解における契約不履行に基づく損害 賠償は,フォートという法律事実を介在させ ることなく,合意を締結したことそれ自体に よって義務付けられる,合意の当然の帰結に 過ぎないと言うことができる(19)(20)

しかし,この部分を強調して読む場合には,

第3編債務に付け加わり,もしくは債務を 強固にする結果,第5章利息,損害賠償,

及び費用の返還において,契約から生じた 債務の違反に基づく損害賠償と重罪・軽罪で はないフォートによる損害賠償とが区別なく 扱われていたことが問題となりうる。一方が 合意から生じた債務の帰結として認められる 債務であり,他方がフォートによって生ずる 債務であるならば,2つの損害賠償を同一の 規範に服せしめることには困難が生ずるから である。もっとも,ドマがこの章で主として 念頭に置いていたのが契約上の損害賠償であ ることに注意しなければならない。確かに,

ドマのテクストを読む限り,同章は,契約債 務の不履行による損害賠償のみならず,不法 行為上のフォートに起因する損害賠償をも対 象としている。しかし,ドマが挙げている例 は,ほとんど全てと言って良い程,契約に関 するものである。そうすると,少なくとも,

そこで提示されている規範は契約に関して定 立されたものであり,ただ自然法的な体系化 の呪縛から,ドマはこれを不法行為にも及ぼ

(7)

しうると判断したとの解釈を行う可能性も排 除されないように思われる(21)

以上に示したように,ドマの立場について は,いずれのテクストに力点を置いて読むか によって,相反する2つの理解が可能である ように思われる(22)。いずれの読み方が適切で あるのかを決することは本稿の関心事でな い。ここで指摘しておくべきなのは,理論史 的な視点から問題を眺めたとき,ドマの理論 は,あるいは,契約不履行に基づく損害賠償 と不法行為に基づく損害賠償を同一の原理に 基づかせ同一の枠組みで規律する方向にも,

あるいは,契約不履行に基づく損害賠償を契 約の効果として純化し契約に特殊な制度とし て構想する方向にも発展する可能性を秘めて いたという事実である。実際,ドマの後に続 いたポチェは,後者の視点を基礎として契約 不履行に基づく損害賠償の体系を作り上げて いったのに対し,大著自然法秩序における 民事法の刊行から 200 年を経た後の学説は,

後者の視点を基礎として契約不履行に基づく 損害賠償を不法行為に基づく損害賠償に同化 させていったのである。この意味において,

ドマのテクストの中には,理論的に不鮮明な 形ではあるが,契約不履行に基づく損害賠償 に関する2つの理論モデルの萌芽を見出すこ とができる。

第2款 モデルの生成

ドマのテクストの中で示されていた契約不 履行に基づく損害賠償を合意一般の効果とし て位置付ける構想は,ポチェの下でどのよう な展開を見たのか。

ポチェは,債務法概論の第1章債務の 本性に属するもの及びその効果,第2節

務の効果の中で,債務不履行もしくは履行

遅滞の結果生ずる損害賠償(第3款)を扱っ ているが,そこで論じられているのは,主に 損害賠償の範囲の問題である(23)。もっとも,

ポチェが契約領域における損害賠償の性質に ついて無関心であったというわけではない。

損害賠償を扱った款が含まれる節のタイトル を見れば明らかなように,債務法概論の中 では,契約領域における損害賠償を債務の 効果として位置付ける立場が繰り返し表明 されているのである。

例えば,ポチェは,債務の効果の第1款務者側の債務の効果において,以下のよう に述べている。債務の対象が特定物である場 合に物を与える義務を負った者がその引渡し まで物の保存について適切な注意を尽くさな ければならないのは与える債務の効果である

が,債務者が債務を満足させるのを遅滞し

た場合にこの遅滞の結果生じた債権者の損害 及び利息について義務を負い,従って,債権 者の要求後直ちに物が与えられていたならば そうであったであろうこと全てについて賠償 しなければならないのも,債務者側の与える 債務の効果である(24)ある者が何らかのこ とを為すのを引き受けた場合の債務の効果 は,為すのを約したことを為さなければなら ないこと,及び,それを為さないときにおい て,それを為すよう遅滞に付された後に義務 を負った相手方に対して損害賠償の支払いを 命ぜられることである(25)

また,債務の分類について論じた第2章務の様々な種類では,7番目の債務の分類 として以下の記述を見出すことができる(26) 債務は,その引受け方に応じて原初債務と二 次的債務に区分することができる。前者は,

(8)

主として,第1に,そして,それ自体のた めに引き受けられる債務であり,後者は,

第1の債務(原初債務―筆者注)の不履行 の場合に引き受けられる債務である。売買 契約の例で言えば,売却目的物の引渡し債務 や担保債務が原初債務に,これらの債務が履 行されなかった場合に義務付けられる損害賠 償債務が二次的債務にあたる。ところで,二 次的債務は,更に2つの視点から幾つかの種 類に分割することができる。第1に,二次的 債務の源からの区別である。一方で,二次的 債務には,原初債務の当然の結果でしかなく,

何らの特別の合意も介在することなく,原初 債務の単純な不履行もしくは履行遅滞から当 然に生ずるものが存する。損害賠償債務がそ の典型的な例であり,物を引き渡す債務や物 を担保する債務等の原初債務は,履行されな かった場合,損害賠償債務へと当然に変わる のである。他方で,二次的債務は特別の条項 からも生じうる。違約条項がその代表的な例 である。第2に,原初債務との関係からの区 別である。二次的債務の中には,完全な形で 原初債務にとって代わるものと,原初債務を 消滅させることなくそれに付け加わるだけの ものが存在するのである。

このように,ポチェは,債務不履行もしく は履行遅滞の結果生ずる損害賠償を,原初債 務の不履行の場合に当事者の約定を介在させ ることなく当然に認められる二次的債務とし て分析する。つまり,ここでの損害賠償は,

当事者意思やフォートによって原初債務とは 別に発生するものではなく,あくまでも原初 債務の不履行を塡補する役割を担わされてい るのである。ポチェは,このようなメカニズ ムを(原初)債務の効果と表現した。

以上のようなポチェの理解をドマとの対比 において検討してみよう。なるほど,ポチェ は,ドマにおいて示されていた債務(合意)

の効果という視点を引き継いだ。もっとも,

これら2つの見解の間には,微妙ではあるが 重要な相違を看取することもできる。そし て,そこに契約不履行に基づく損害賠償を履 行方式として捉えるモデルが誕生する基盤が 存在したのである。

第1に,契約不履行を理由とする損害賠償 と不法行為に基づく損害賠償との峻別の程度 である。ドマにおいては,契約領域における 損害賠償を合意の効果として捉える記述が存 在する一方で,その基礎をフォートに求める かのような叙述も存在したが,ポチェの下で は,このような(今日的な視点から見た場合 の)混同は見られない。債務法概論はもち ろん,各種の契約を扱ったトレテの中でも,

フォートを契約領域における損害賠償の基礎 として観念するかのような議論は存在しない し,それどころか,債務の不履行に関連した 損害賠償は契約当事者の負っている原初債務 の効果に過ぎないとの理解が繰り返し述べら れていたのである(27)。こうした理解に対して は,ポチェは,与える債務を扱ったセクショ ンで,古法時代の学説が好んで論じていた フォートの段階付けの議論,あるいは,フォー トに関わるローマ法のテクスト解釈について の議論を展開していたのであって(28),そこに は,契 約 領 域 に お け る 損 害 賠 償 の 基 礎 を フォートに求める立場を見出すことができる のではないかとの批判も提起されうる。しか し,ポチェが物の保存債務に関連してフォー トの段階付けを論じていたのは,契約当事者 が負うべき債務の範囲の問題を明らかにする

(9)

ためなのであって,たとえフォートという表 現が用いられていたとしても,このことから ポチェの著作の中にフォート=損害賠償の基 礎という定式の存在を読み取ることはできな いと言うべきである(29)

第2に,契約領域における損害賠償と合意 との接続の程度である。ドマは,契約不履行 に基づく損害賠償を合意の効果として定立す るために,合意の本性論に依拠し,契約不履 行に基づく損害賠償を,合意を締結したこと それ自体によって義務付けられる合意の当然 の帰結として構成したが,ポチェのテクスト の中に,このような議論を見出すことはでき ない。それどころか,ポチェは,ドマの議論 において特徴的であった損害賠償と合意の結 び付きを解き放ち,合意の効果としての契約 不履行に基づく損害賠償をより抽象化して,

議論のフィールドを(合意から生じた)債務 の効果としての債務不履行に基づく損害賠償 へと移転させているように見受けられる。先 に引用した部分,そして,当該引用部分が属 するセクションの表題からも明らかになる通 り,ポチェが債務不履行を理由とする損害賠 償についての議論を展開したのは,いずれも 債務一般を論ずる文脈においてであった。そ こで挙げられているのは全て契約ないし合意 から生じた債務の不履行に関する例である が,少なくとも規範それ自体は債務一般に妥 当するものとして定立されている。とりわ け,不履行に基づく損害賠償が,合意の本性 としてではなく,原初債務の効果としての二 次的債務として分析されていることは,この ことを明確に示すものと言える。別の視角か ら言えば,合意の効果としての損害賠償から 債務の効果としての損害賠償への抽象化を行

うために,ポチェは合意に依拠した基礎付け を意識的に採用しなかったと見ることもでき るのである(合意から債務への抽象化)。

第3に,債務の効果の意義に関わる相違で ある。合意から債務への抽象化は,契約不履 行に基づく損害賠償の議論の中に微妙な変化 をもたらすことになったものと推察される。

ドマにおいては,不履行に基づく損害賠償を 合意の効果として捉える方向性が示されてい たものの,そのような構成から導かれる具体 的な帰結には何ら触れられていなかった。そ れどころか,損害賠償の範囲の局面において は,2つの損害賠償制度を同じ規範に服せし めているかのような叙述すら存在した。これ に対して,ポチェの理解の下では,原初債務 の効果としての二次的債務たる損害賠償とい う構成が前面に押し出された結果,損害賠償 と原初債務の結び付きが明確な形で現れるこ とになった。例えば,ポチェは,予見可能性 を中核とした賠償範囲確定ルールを定立する に際して,債務の対象それ自体との関連で被 りうる損害=内在的損害と,債務不履行が債 権者のその他の財産に対して惹起した損害=

外在的損害とを区別し,通常は内在的損害の みが賠償の対象となるが,外在的損害であっ ても債務者が明示もしく黙示にそれを引き受 けていた場合には賠償の対象となりうるとい う理解を提示していたところ(30),このような 理解は,理論史的な文脈で言えば,不履行に 基づく損害賠償を,原初債務の効果,あるい は原初債務が履行されなかった場合に認めら れる価値的な実現手段として把握する構想を 基礎に据えたからこそ導くことのできたもの と言うことができる。かくして,ポチェの下 において,合意から債務への抽象化が行われ

(10)

た結果,履行方式としての損害賠償が明確な 形で誕生するに至ったのである(31)

以上のように,フランスにおいては,ポチェ が,ドマによって提示された視点を引き継ぎ つつ,契約不履行を理由とする損害賠償と不 法行為に基づく損害賠償とを明確に峻別する こと,契約領域における損害賠償と合意の接 続関係を一度切り離すこと,原初債務の効果 としての二次的債務たる損害賠償という構成 を前面に押し出すことを通じて,履行方式と しての契約不履行に基づく損害賠償の原型を 確立したのである(32)

フランス民法典は,多くの点でポチェの議 論を引き継いだ。このことは,テクストの配 置や内容を見るだけでも明らかであるが,以 下では,フランス民法典の起草過程を精査し つつ,フランス民法典における契約不履行に 基づく損害賠償の構造をより明確に提示して みよう(33)

周知のように(34),フランス民法典へと直接 的に結実するのは,ポルタリス,トロンシェ,

ビゴ・プレアムヌ,マルヴィルの4人からな る政府委員会が共和暦8年熱月 24 日(1800 年8月 10 日)に提出したいわゆる共和暦8 年草案である。それに先立って,カンバセレ スの3つの草案とジャックミノの草案も存在 したが,家族に関わる部分を対象としていた ジャックミノ草案は別としても,カンバセレ スの3つの草案においては,ドマやポチェに よって実現された契約不履行に基づく損害賠 償の理論的展開はほとんど反映されていな (35)。これに対して,共和暦8年草案は,ポ チェに倣って,現行のフランス民法典と同じ く,第3編・所有権を取得する様々な方法,

第3章・契約もしくは合意に基づく債務一般,

第2節・債務の効果の中に,第3款・債務不 履行の結果生ずる損害賠償を置き,そこで現 行民法典とほぼ同じ内容のテクスト(第3 編・第3章 44 条から 51 条)を用意した(36) その後,共和暦8年草案は,コンセイユ・デ タでの審議に先立って,意見聴取のために破 毀裁判所及び各地の裁判所に回付されたが,

契約不履行に基づく損害賠償の総論的な規定 に関わる部分については,文言の修正を求め る意見しか見られず,実質的な内容に関して 意見が出されることはなかった(37)。その結 果,コンセイユ・デタには,条文番号と文言 に若干の修正が施されたものが提出され議論 の対象とされることになった。

コンセイユ・デタにおいて債務不履行の結 果生ずる損害賠償に関する部分の審議がなさ れたのは,共和暦 12 年霧月 11 日(1803 年 11 月3日)のことである。そこでは,総論的な テクストのうち現行民法典 1147 条に相当す る政府委員会草案 45 条(債務者は,その者 の側に何ら悪意が存在しない場合であって も,不履行がその者の責めに帰すことのでき ない外的原因に由来することを証明しないと きは全て,債務の不履行を理由として,ある いは履行の遅滞を原因として,債権者に対し 損害賠償を支払わなければならない)につ いて,外的原因の意味をめぐって議論が展開 されることになった(38)。まず,サン・ジャン・

ダンジェリィが,損害賠償を義務付けられな い場合の規律について,損害賠償の支払いを 免れる目的で自己の遅滞を正当化するため には,債務者にとって外的な原因というだけ で十分なのか,また,抗弁を不可抗力のケー スだけに限定する必要はないのかとの質問 を投げかける。この質問に対し,ビゴ・プレ

(11)

アムヌは,抗弁は,債務者にとって外的な原 因がこの者に帰すことができないケースに限 定される。絶対的に不可能なことについて債 務者に責任を負わせることは不当だからであ と応える。更に,トレラルも続ける。る者が馬を売却し,次いでこの馬を盗まれた という場合,この者に懈怠を非難することが できなければ損害賠償を義務付けられること はないのである。ここでは,サン・ジャン・

ダンジェリィによって,外的原因の方が不可 抗力よりも概念的に広いとの認識の下,損害 賠償の支払いを免れさせる範囲が問題とされ ているが,それに応接したビゴ・プレアムヌ とトレラルとにおいては,その応答の仕方に 微妙なニュアンスの相違も見受けられる。ビ ゴ・プレアムヌは,不能なことについて債務 者に義務を負わせることはできないとの観 点,つまり,債務の範囲という視角から政府 委員会草案 45 条の規律を基礎付けようとし ているのに対して,トレラルは,外的原因に よって債務の履行を妨げられたときには債務 者に懈怠は存在しないという見方,つまり,

フォートないし帰責の視角から規範の基礎付 けを試みているように思われる(39)

コンセイユ・デタでの審議が終わると,政 府委員会草案は,そこでの提案を受ける形で 修正が施され(40),次いで,護民院との非公式 折衝を経て最終的な草案として確定した(41) その後,共和暦 12 年雨月7日(1804 年1月 28 日),ビゴ・プレアムヌは,第3編・第3章 の内容について,立法院において趣旨説明を 行う(42)。不履行に基づく損害賠償の原則を規 定した民法典 1147 条に相当するテクストに ついて特に見るべき説明はなされていない が,損害賠償の範囲の問題を規律した民法典

1150 条及び 1151 条に関しては注目すべき趣 旨説明が行われている。損害賠償は,契約時 に予見し,予見することのできたものを超え て拡大されるべきではないが,債務者がそ の債務に違反する際に悪意であった場合,こ の債務者は,契約を締結するときに予見し,

または予見することのできたことだけでな く,その悪意がもたらしえた特別な諸結果に ついても賠償しなければならない。悪意は,

それを犯す者に対して,契約から生ずる債務 とは別の新たな債務を負担させるのであり,

この新たな債務は悪意によって生じた全ての 損害を賠償することによってしか充足されな いのである(43)。この説明の中には,契約不 履行に基づく損害賠償に関するポチェの構想 が明確な形で現れている。債務者が契約から 生じた債務を履行しなかった場合に義務付け られる損害賠償は,契約から生じた債務それ 自体なのであり,その結果,損害賠償の範囲 も当事者が予見した範囲に限定されるが,債 務者に悪意が存する場合には,損害賠償の源 はもはや契約あるいは契約債務にはなく,債 務者は悪意を原因として新たな賠償債務を義 務付けられることになるのであって,そうで あるからこそ,契約時に予見することのでき なかったものについても賠償する義務を負う ことになるのである。このように,ビゴ・プ レアムヌによる趣旨説明の背後には,契約不 履行に基づく損害賠償を債務の効果,あるい は,債務の実現手段として観念するポチェの 考え方があったと言うことができよう(44)

それどころか,ビゴ・プレアムヌの趣旨説 明の中には,ポチェの構想を更に推し進める 方向性を見て取ることも可能である。ポチェ は,人文主義法学によるテクスト解釈の成果

(12)

に依拠しつつ,フォートの段階付けの議論を 展開しており,そこに契約不履行に基づく損 害賠償とフォートとの繫がりの残滓を見るこ とができた。こうした議論状況において,民 法典の起草者はフォートの段階付けの議論を 明 確 に 排 斥 し た の で あ る。こ の よ う な フォートの分割は,実際上,有用であるとい うよりも技巧的である。フォートを分割した としても,各フォートについて,債務者の債 務がどれだけ厳格であるか,当事者の利益は 何か,当事者がどのように義務付けられるこ とを欲しているのか,状況はどのようなもの であるかを吟味しなければならない。このよ うにして裁判官の良心が明確にされるとき,

衡平に従って判決を下すための一般的規範は 不要である。フォートを幾つかの段階に分割 する理論は,フォートを確定しえないのであ れば,誤った光を放つだけであり,争いの原 因を殊更に増加させるだけである。衡平それ 自体が,繊細な思考を嫌うのである(45)。も ちろん,民法典の制定過程における議論では,

契約領域においてもフォートという表現は用 いられているし,排斥されたのはフォートの 段階付けだけであって,責任の基礎としての フォートではないと理解することも可能であ ろう。しかし,かつてのフォートの段階付け に関する議論が放棄され,民法典のテクスト において,これを保存債務の範囲という問題 として捉える規定が置かれたことは大きな意 味を持つものである。古法時代の学説におけ るフォートの段階付けの議論は,フランス民 法典において,当事者の合意,契約の種類や 性質等を考慮して決定されるところの債務の 範囲の問題として置き換えられるに至ったと 評価することは十分に可能であり(46),むしろ,

この理解こそが,テクストの内容や配置,こ れまで見てきた制定過程における議論に適合 的であるとも言える。

ところで,ビゴ・プレアムヌによる趣旨説 明が行われた後,草案は護民院に送付された。

債務不履行の結果生ずる損害賠償を含め,

第4節までの部分については,護民官ファ ヴァルが,共和暦 12 年雨月 13 日(1804 年2 月3日)にその説明を行い,共和暦 12 年雨月 16 日(1804 年2月6日),草案は採択され (47)。次いで,草案は立法院へと回付され,

護民官ムリコールによる説明がなされた後,

共和暦 12 年雨月 17 日(1804 年2月7日)に 採択された(48)。こうした手続きを経て,債務 不履行の結果生ずる損害賠償の部分を含む第 3編・第3章は,共和暦 12 年雨月 27 日(1804 年2月 17 日)に公布され,その後,同年風月 30 日(1804 年3月 21 日)の法律によって,

その他の部分と一体化され,民法典として結 実したのである。

以上の検討からは,少なくとも債務不履行 の結果生ずる損害賠償の部分の起草を担当し たビゴ・プレアムヌの態度決定の背後には,

ポチェの理論,すなわち,契約不履行に基づ く損害賠償を原初債務の効果として把握し,

それに原初債務の不履行の塡補という意味付 けを与える構想を見出しうること,また,フ ランス民法典の起草過程における審議の中に は,契約不履行に基づく損害賠償をめぐる議 論からフォートという表現を排除する契機を 読み取りうることが明らかとなる。ところ で,必ずしも起草過程における審議で明確に 認識されていたことではないが,フランス民 法典における債務不履行の結果生ずる損害賠 償は,およそ債務一般に妥当する規律である

(13)

ことが明確にされていたポチェの理解とは異 なり,少なくとも法典の編別上は契約もしく は合意に基づく債務に適用されるルールとし て用意されている。もっとも,このような変 化は意識的にもたらされたものではなかった と推察される。起草過程における議論の中に ドマのような説明を見出すことができないだ けでなく,債務不履行の結果生ずる損害賠償 を契約ないし合意にのみ妥当する規律として 提示する理由も全く述べられていないからで ある。従って,フランス民法典の中にも,ポ チェが合意から債務への抽象化を実現するこ とによって描いたモデルの構想はそのまま承 継されていると見るべきである。これを反対 から見れば,フランス民法典における不履行 の結果生ずる損害賠償の規定は,理論上,合 意ないし契約に特有のものではないと言うこ とができる。

かくして,フランス民法典における債務不 履行の結果生ずる損害賠償は,以下のように 定式化することができる。民法典の体系にお いて,合意なしに形成される債務として扱わ れている不法行為ないし準不法行為に基づく 損害賠償と,契約不履行に基づく損害賠償と は,全く別個の制度として現れており,同法 典は,債務の源を明確に区別し,あくまでも 後者を債務の効果に結び付けている。このシ ステムにおいて,債務不履行は新たな債務の 発生原因などではない。債務不履行の結果生 ずる損害賠償の源は,契約(債権)それ自体 の中に求められているのであって,履行され なかった債務を金銭により充足するという役 割が付与されているのである(49)

第2節 履行方式としての契約不履行に基 づく損害賠償の展開

契約不履行に基づく損害賠償を債務の効果 と構成し,その実現手段として位置付けるモ デルの基本的骨格は,ドマによってその可能 性が示され,ポチェによってその理論的基盤 が整備された後に,フランス民法典へと結実 した。それでは,民法典制定後の学説は,契 約不履行に基づく損害賠償をどのように捉え ていたのか。結論を先取りして言うならば,

19 世紀の学説も,基本的にはこのモデルを承 継しそれを理論的に精練化したが,他方で,

部分的にではあるが,このモデルに対してこ れまでとは幾分ニュアンスの異なる説明を付 与することになったのである。

第1款 2つの履行モデル

まず,19 世紀の学説の多くは,契約不履行 に基づく損害賠償を,債務不履行を契機とし て新たに生ずる債務ではなく,契約ないし契 約債務の効果として明確に位置付けた。これ が 19 世紀における損害賠償の理論枠組みの 大きな特徴である。もっとも,そのことの意 味については,ニュアンスの異なる2つの説 明が見られる。

1つは,ポチェによって示された原初債務 の効果としての二次的債務たる損害賠償とい う構成の流れを汲む説明である。オーブリー

=ローは,債務不履行に基づく損害賠償を債 務の法的効果と題する節の債権者の付随的 権利という款の中で扱いつつ,以下のよう に述べる。全ての債務は,債権者に対し,潜 在的に,債務を履行しないもしくは違法ない し不完全にしか履行しない債務者に対して損 害賠償を求める権利を与えている(50)。この

(14)

説明は,不履行の場合,債権者に対しては債 権の内在的かつ付随的な効力として当然に損 害賠償を求める権利が認められている旨を述 べたものである。従って,オーブリー=ロー の説明は,用いられている表現に違いこそ存 在するものの,ポチェにおける原初債務の効 果としての二次的債務たる損害賠償を,債務 ではなく債権の面から捉えたものと言うこと ができる。

もう1つは,契約不履行に基づく損害賠償 を当事者間における合意の効果として捉える 説明である。例えば,ドゥモロンブは,損害 賠償の範囲を論じたコンテクストで,債権者 の付随的権利としての損害賠償とは明らかに 異なる説明を行っている。損害賠償という 副次的債務の真の原因は合意それ自体の黙示 の条項に存する。これによって,債務者は主 たる債務が履行されない場合に債権者に対し て補償することを同意しているのである(51) なるほど,ドゥモロンブも副次的債務という 表現を使用しているが,その源は,抽象化さ れた債務や債権ではなく,当事者間の合意に 求められている。これは一見すると,ドマに よってその端緒が開かれた合意から損害賠償 を基礎付ける手法を彷彿とさせるものであ る。しかし,ドマにおける契約不履行に基づ く損害賠償は,そこに表明されていなかっ たとしても,合意に必然的に続く債務とし て,合意の本性に基づいて存在しうる債務で あったのに対し(52),ドゥモロンブの理解する 契約不履行に基づく損害賠償は,合意それ 自体の黙示の条項という主観的な契機に よって導かれる存在として観念されているの である。こうした理解は,19 世紀フランス民 法学の主流を形成しており(53),やがて,法と

契約の同一視を出発点に契約責任と不法行為 責任を完全に同視する一元論(54) に対抗する 形で,契約不履行に基づく損害賠償の基礎及 び制度の全てを当事者意思によって説明し,

しかも 19 世紀末のフランスの社会問題で あった安全の問題をも当事者意思を介して契 約の問題として引き受けることを企てたサン クトレットの理論へと結実していくことにな (55)

こうした黙示の合意による正当化が優越的 地位にあったという状況は,19 世紀中葉以降 のフランスにおいて影響力を持ちつつあった 意思自治の考え方,その思想的コンテクスト としてのカントの影響,更に,法学的なコン テクストで言えばサヴィニーの影響といった 視点からも(56),説明することができるのかも しれない。そして,このような認識が正当で あるとすれば,19 世紀末以降,履行方式とし ての契約不履行に基づく損害賠償の発想が批 判の対象とされ,やがて議論の表舞台から消 えていったという事実も,意思自律の影響力 の相対的低下という枠組みで捉えることがで きる。19 世紀末以降,サレイユやグノー等に よって意思自治に対する批判やその相対化が 開始され(57),意思を基軸とした契約法理論が 再検討に付される一方で,契約当事者の意思 解釈ではなく民法典 1135 条の衡平を基礎と する債務群が登場するに至った(58)。また,第 三共和政の成立後,オポルチュニストに代わ る急進的な共和派が台頭して以降,連帯の思 想が大きな影響力を持つことになった(59)。こ うした理論的・実際的な動向が,安全を契約 へと組み入れるために当事者意思を援用する 方法に対する批判を生じさせたことはもちろ んであるが(60),それだけでなく,契約不履行

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