契約不履行に基づく損害賠償と 契約(債権)の関係
――フランス法――
白 石 友 行
目 次 はじめに 1.賠償の論理
⑴ 損害賠償債権の発生と契約債権の消滅
⑵ 損害賠償債権の発生と契約債権の帰趨 2.履行の論理
⑴ 損害賠償債権の不発生と契約債権の不消滅
⑵ 契約債権の存続 おわりに
はじめに
本稿は,契約不履行に基づく損害賠償に関 する2つの理論枠組みを用いて,契約不履行 法,契約責任論を再検討し,その成果を契約 法,損害賠償法の基礎理論と接合するための 考察の一環をなすものである(1)。
契約不履行に基づく損害賠償をめぐる議論 は,民法に存在する2つの損害賠償をともに 賠償の論理の中で捉え,要件・効果の両面に ついて共通の準則を構築してきた伝統的理論 と(2),契約を基点に据えた契約責任を標榜し,
契約の拘束力,契約におけるリスク分配を基 礎としてその要件・効果を提示しようとする 新しい契約責任(3) との対立構図で描かれる のが一般的である(4)。もっとも,いずれの理 解も,契約不履行に基づく損害賠償が不法行 為に基づく損害賠償と同じような意味で不履 行によって生じた損害を賠償するための制度
であるとの認識を前提としていることに変わ りはない。しかし,契約不履行に基づく損害 賠償を不履行によって生じた損害の賠償を目 的とする制度として捉えるモデル(賠償モデ ル)は,唯一絶対的な論理というわけではな い。契約不履行に基づく損害賠償を賠償の論 理から切り離し,実現されなかった契約ある いは債務の履行を確保するための制度として 位置付けるモデル(履行モデル)も存在す る(5)。そして,これら2つのモデルを分析枠 組みとして設定することによって,賠償の論 理を前提とした従来の議論に存在する問題・
課題を浮かび上がらせることができるだけで なく,履行の実現という視角から,契約不履 行に基づく損害賠償に関わる諸問題につい て,判例上の解決を無理なく説明しつつ,理 論的に一貫性のある枠組みを構築することが できるし,更には,契約不履行法・民事責任 法全体を包括する枠組みを示すことが可能と
なる。これが前稿の考察から導かれる理解で あった(6)。
このうち,契約あるいは契約債権と契約不 履行に基づく損害賠償の関係という問題につ いて見ると,従来の一般的な理解によれば,
契約不履行に基づく損害賠償は,本来的債権 の拡張または内容の変更であって,本来的債 権と同一性を有するとされ,こうした理解か ら,本来的債権の担保が損害賠償債権にも及 ぶこと,損害賠償債権に関する消滅時効期間 は本来的債権の性質によって定まること,損 害賠償債権の消滅時効は本来的債権の履行を 請求しうる時から進行し,本来的債権が時効 により消滅した場合にはもはや損害賠償を請 求することはできないこと等の帰結が導かれ てきた(7)。しかし,契約不履行に基づく損害 賠償を賠償の枠組みの中で捉える限り,要件 充足による本来的債権とは別の損害賠償債権 の発生という論理が導かれなければならない のに,この理解は両者の法的同一性を肯定す るものであるから,損害賠償のモデルとその 性質との間に論理的な矛盾を生じさせてい た。他方で,契約不履行に基づく損害賠償を 契約の実現手段として位置付けるモデルによ れば,債務者が債務を正確に履行しなかった 場合であっても契約から生じた債務はそのま ま存続し,債権者に対しその実現手段として の契約不履行に基づく損害賠償を利用する可 能性が与えられるだけであるとの見方が描か れる。これによると,損害賠償は,契約債権 から離れて独自の意味付けを与えられること も,独自の規律を受けることもなくなるから,
契約不履行に基づく損害賠償の属性として両 者の同一性を肯定し,そこから,損害賠償債 権の消滅時効,帰責事由や不履行の証明責
任の所在といった具体的諸問題を規律しよう とする判例の立場も(8),理論的に正当化する ことが可能となった(9)。
本稿は,上記の見方を補強するための1つ の素材とすべく,フランスにおける契約不履 行に基づく損害賠償の性質をめぐる総論的な 議論を,契約あるいは契約債権と損害賠償と の関係に焦点を当てて検討しようとするもの である。フランスにおいては,契約不履行に 基づく損害賠償の性質について,それを責任 の考え方から解放し実現されなかった契約の 代替的な履行手段として位置付ける見解と,
責任の考え方を基礎にそれをフォートによっ て惹起された損害を賠償するための制度とし て捉える伝統的理解とが存在している(10)。こ れら2つの潮流において,契約ないし契約債 権と契約不履行に基づく損害賠償との関係は どのように把握されているのか。そこでの理 解の相違は具体的なレベルの問題においてど のような形で現れるのか。これが,本稿の検 討対象である。
1.賠償の論理
フランスの伝統的通説は,契約責任と不法 行為責任を同一の性質を持つ2つの責任制度 として位置付ける。この理解によれば,契約 責任は,不法行為責任と同じく,惹起された 損害を賠償するための制度として構想され,
不法行為責任と同一の原理に服する(11)。こう した見方を前提とする場合,契約不履行に基 づく損害賠償の債権は,不法行為に基づく損 害賠償の債権と同じく,責任原因行為によっ て損害を生じさせたことを契機として発生す る債権ということになる。つまり,損害賠償
は,フォート,損害,因果関係という3要件 が充足されたことによって初めて発生する債 権として把握されるのである。
ここから,以下の一連の疑問が浮かび上 がってくる。契約不履行に基づく損害賠償が 3要件を充足した時に発生する債権であると して,本来的な契約債権はどのような運命を 辿るのか。契約不履行に基づく損害賠償が発 生した場合,契約債権は消滅するのか,存続 するのか。そこでの結論はどのような論理に よって正当化されるのか。契約を発生原因と する債権と不履行によって損害が惹起された ことを発生原因とする損害賠償債権はどのよ うな関係に立つのか。
⑴ 損害賠償債権の発生と契約債権の消滅 19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて,一部 の学説は,契約不履行に基づく損害賠償と不 法行為に基づく損害賠償を明確に対置してい た伝統的学説を批判し,法と契約を同一視す る立場を前提に,2つの損害賠償を同視する 見方を提示した(12)。この一元論は,契約債権 と損害賠償債権の関係についてそれまでの理 解とは全く異なる理解を示した。
損害賠償は,法律もしくは契約の違反に体 現されるところのフォートに由来する。契約 不履行に基づく損害賠償は,契約から生じた 債務ではなく,フォートによって惹起された 損害を賠償することを目的とした法律を源と する債務である。従って,契約債務と損害賠 償債務は別個の存在として捉えられなければ ならない。このとき,契約債務はどうなるの か。ここで,契約債務は損害賠償債務が発生 することによって消滅する。民法典 1302 条 は,債務の目的物が債務者のフォートなしに
滅失したときには債務が消滅する旨を規定し ているが(13),このテクストは,目的物が債務 者のフォートによって滅失したときには債務 が消滅しないことを示しているのではなく,
同 1382 条(14) によって契約債務とは別の新た な債務が発生することを明らかにした規定で ある。つまり,フォートによって契約債務が 消滅し損害賠償債務が発生するのである。そ して,ここには一種の更改が存在する(15)。
それでは,この理解は,どのような文脈で 主張されたのか。一元論は,直接的には,当 時のフランス民法学が直面していた社会問題 への対応をめぐる議論,身体の安全を契約の 問題として規律すべきかという問題を論ずる 中で,伝統的な契約不履行に基づく損害賠償 の理論枠組みを保持しながらも安全の契約化 を志向していた理論に対抗する形で提示され たものであるが(16),この時代における他の民 法学説と同じく,その成果を一般的理論にま で昇華させた点に特徴を見出すことができ る(17)。とはいえ,一元論においても,具体的 な問題が意識されていなかったわけではな く,フォートによる契約債権の消滅と損害賠 償債権の発生という論理を提示するに際し て,以下のような問題が念頭に置かれていた。
第1に,損害賠償の範囲の問題である(18)。 損害賠償債務が契約債務に他ならないという のであれば,損害賠償債務の範囲は約束され た給付の価値を超えることができない。しか し,契約不履行に基づく損害賠償には被った 損失と失った利益が含まれうるのであるか ら,この理解では,賠償範囲が不履行によっ て惹起された損害の全てに及ぶことを説明す ることができない。従って,このことを説明 するためにも,損害賠償債務は契約債務とは
別個の存在であるとの理解を前提としなけれ ばならないのである(19)。
第2に,担保権存続の問題である。19 世紀 の学説は,損害賠償債務が契約債務に他なら ないことを示す際に,フォートによって契約 債務が消滅するのであれば契約債務に付着し ていた担保権も消滅してしまうとの批判を提 起しているが,これは誤った批判である。
フォートによる契約債務の消滅と損害賠償債 務の発生は更改に基づくものであるところ,
更改においては一定の場合に担保権の新債務 への移転が認められているからである(20)。
第3に,証明責任の問題である。19 世紀の 学説は,不法行為に基づく損害賠償が要件を 充足することによって発生する債権であるの とは異なり,契約不履行に基づく損害賠償の 源は契約に存するとの理解を前提に,民法典 1315 条(21)を援用することで,債権者が契約債 務の等価物である債務不履行に基づく損害賠 償を請求してきた場合には,債務者がその支 払いを免れるための事由としての弁済もしく は外的原因を証明しなければならないとの解 決を導いていたが,これは誤った論理である。
2つの損害賠償はいずれもフォートを発生原 因とするものであるから,両者において証明 責任の相違は存在しない。債務の目的が積極 的なものであるかどうかによって証明責任の 所在は異なりうるために,与える債務・為す 債務という積極的債務が一般的である契約領 域と,為さない債務という消極的債務が通常 である不法行為領域とにおいて,証明責任の 所在が異なっているように見えるだけなので ある(22)(23)。
これらの問題は,フォートによる契約債務 の消滅と損害賠償債権の発生を更改によって
基礎付ける一元論にとって,その論理に関わ る問題ではある。しかし,その論理の中核に 位置する問題ではない。一元論の論理は,
フォートによる契約債務の消滅,フォートに よる損害賠償債務の発生,これら2つの事象 の更改による基礎付け,その帰結としての契 約債務と損害賠償債務の法的異別性からな る。賠償範囲と証明責任の問題は,第1,第 2,第4の命題に関わるが,実際には損害賠 償債務と契約債務が別個の存在であることを 基礎付ければ上記の解決を導くことはできる から,契約債務の消滅という命題は必要不可 欠ではない。また,担保権存続の問題は全て の命題に関わるが,更改によらない正当化も 可能であり実際にその方向性も示されていた こと,更改による理由付けは必ずしも適切で はないことに留意する必要がある(24)。つま り,契約債務の消滅と損害賠償債権の発生を 更改によって説明する手法は,具体的な課題 に応対するために考えられたものではないの である。
ここから,以下の視点を得ることができる。
一元論は,契約責任と不法行為責任の同一視 を前提に,フォートによる契約債務の消滅と 損害賠償債権の発生を更改によって基礎付け る立場であるが,フォートによる契約債務の 消滅と更改による説明は,少なくとも一元論 が想定していた範囲内においては(25),具体的 な問題の解決にとって意味を有していない。
ここに,その後の学説が,更改理論に対して 激しい批判を提起し,それを容易に放棄する ことができた理由を見出すことができる。契 約責任と不法行為責任の性質的同一性を肯定 する通説的見解においては,多くの場合,
フォートによって損害賠償債務が発生し,2
つの債務が法的に別個の存在であることだけ が述べられることになるが,それは,個別の 問題の解決に際し,契約債務の消滅及び損害 賠償債務の発生を観念し,それを更改によっ て説明する必要がなかったからに他ならな い。もっとも,フォートによる損害賠償債務 の発生と,契約債務と損害賠償債務の法的異 別性を強調するだけでは,契約債務がどのよ うに扱われるのかという問題に答えることは できない。一元論が更改を援用したのは,こ の純理論的な問題についての説明を行うため であった。
それでは,一元論が理論的な説明のために 提示した,フォートによる契約債務の消滅,
2つの事象の更改による基礎付けは,その後 どのような展開を見せたのか。学説の多く は,更改理論に対して批判を提起するだけで それに代わる説明を尽くしていないが,契約 債務がどのように扱われるのかという一元論 が取り組んだ問題について,一定の見方を示 そうとした学説も散見される。
19 世紀の古典理論に対するアンチテーゼ として登場した一元論は,法と契約を同一視 するという前提に多くの問題を抱えていたた め学説の支持を集めることはなかった。しか し,その後,フォートによる損害賠償債務の 発生という一元論の命題を引き継ぐ形で,マ ルセル・プラニオルにより法と契約を峻別し た統一的な民事フォートの構想が提示さ れ(26),やがて契約責任と不法行為責任を同一 の性質を持つ2つの責任制度として捉える今 日 の 通 説 的 見 解 が 確 立 す る。そ こ で は,
フォートに対し損害賠償責任の発生原因とし ての役割が与えられていたから(27),一元論に おける4つ命題のうち,フォートによる損害
賠償債務の発生,契約債務と損害賠償債務の 法的異別性は承認されていると言ってよい。
それ以外の命題はどうであったか。
まず,学理的には2つの責任は存在しな
い。2つの責任制度が存在するだけである との有名なフレーズで通説的見解を定式化し たアンドレ・ブランは,一元論について,如 何なる社会規範もそれに従う全ての者によっ て同意されていると見ることも,個人が合意 によって義務の領域を拡大していると見るこ ともできないから,法と契約を同一視するこ とはできないとして,批判を提起しつつ,契 約債務と損害賠償債務が法的に別の存在であ ることを明らかにした点において大きな功績 があると言う。その上で,ブランは以下のよ うに続ける。一元論のように,損害賠償債務 は民法典 1382 条を根拠とするものであると 言うことはできないし,契約債務の消滅と損 害賠償債務の発生についてその条文上の根拠 を 1302 条に求めることもできない。しかし,
このメカニズムそれ自体は正当であって,こ の状況は更改や代位と対比しうるものであ る(28)。従って,ブランにおいて,一元論の問 題として認識されているのは,法と契約,契 約不履行に基づく損害賠償と不法行為に基づ く損害賠償を完全に同一視したことだけで あって,一元論の4命題は完全に維持されて いる。
この立場をより明確な形で提示したのが 20 世紀の民事責任論の第1人者アンリ・マ ゾーである。契約債務は当事者の合意から生 ずるものであるのに対し,損害賠償債務はそ れとは無関係に不履行を原因として発生する 債務であるから,両者は法的に別個の存在で ある。損害賠償債務が発生した時,契約債務
は消滅する。契約が履行されない場合に契約 債務が消滅しそれに代わる新たな債務が発生 するというのは一般原則の適用に他ならず,
このことは民法典 1302 条からも見て取るこ とができる。もっとも,契約債務と損害賠償 債務の間に密接な関係が存在することを看過 してはならない。一方が他方に代わるので ある。第2の債務は,第1の債務が消滅した 場合にのみ,それが消滅した範囲において,
それが消滅したことを理由として発生する。
そこには,更改に対比されうるものが存する のである(29)。かくして,マゾーの下におい ても,更改に対比されうるという形ではある が,不履行=フォートによる契約債務の消滅,
損害賠償債務の発生という命題は堅持されて いる。
以上のように,フォートによって契約債務 が消滅すると同時に損害賠償債務が発生する という基本構造と,これら2つの債務が法的 に別個の存在であるという認識は,それを更 改によって説明するかどうかは別として,今 日に至るまで一部の自覚的かつ有力な学説に よって承継されてきた(30)。この事実は,一元 論の4命題が,契約と法を同一視し,そこか ら契約責任と不法行為責任を完全に同一視す るという論理構造とは無関係であること,
従って,契約責任と不法行為責任の制度的な 二元性を承認したとしても,それらの性質的 な一元性を前提とするならば,4命題の採用 が可能であることを示している。契約不履行 に基づく損害賠償債務の発生原因をフォート に求める以上,それとは法的に別個の存在で ある契約債務についてその帰趨を考えなけれ ばならないことから,ブランやアンリ・マゾー は一元論の論理構造を用いてこの問題に応対
したものと見ることができる。
しかし,ここから2つの疑問が浮かび上が る。1つは,フォートによる契約債務の消滅,
損害賠償債務の発生という論理構造を前提と するならば,債務者にフォート=不履行が存 在する場合,債務の履行が可能であったとし ても,債権者は履行を求めることができなく なるのではないかという疑問である。もちろ ん,先の学説は,賠償の概念を広く捉えるこ とでこの疑問についての手当てを行ってい る(31)。もう1つは,それ以外の学説が,契約 債務の帰趨,契約債務と損害賠償債務の関係 について,どのような理解を示していたのか という疑問である。以下,項を改めてこの疑 問を検討していく。
⑵ 損害賠償債権の発生と契約債権の帰趨 伝統的理解によれば,契約不履行に基づく 損害賠償は,不法行為に基づく損害賠償と同 一の性質を持ち,契約上のフォートをその発 生原因とする責任として捉えられる。この考 え方を前提とする限り,契約不履行に基づく 損害賠償は,その要件を充足した時に発生す る,契約債権とは法的に別個の債権として理 解されなければならない。このことは,多く の学説が認めるところである(32)。もっとも,
この一般論が具体的な場面でどのような形で 反映されうるのかについては,ほとんど議論 がなされていない。それでも,学説の中には,
上記の一般論を基礎として,損害賠償債権の 発生時期という問題に対して解決の指針を与 えようとしているものも散見される(33)。
まず,不法行為に基づく損害賠償の場合に どのような理解が示されているのかを見てお く。判例の中には,遅延損害金の起算点を判
決時とするための理由として,賠償を付与す る判決が下されるまでは被害者が債権を持つ ことはない(文字通り読めば,判決の時に損 害賠償債権が発生する)と判示するものや(34), 不法行為後に行為者が強制和議を申請し,そ の後に被害者からの賠償請求がなされたとい うケースで,強制和議が承認された時に被害 者は債権を有していなかったとして,行為者 は被害者に対して強制和議を対抗することは できない(文字通り読めば,不法行為の要件 が充足された時に損害賠償債権が発生するわ けではない)と判示したものも存在するが(35), 多くの判決は,責任原因行為により損害が生 じた時に損害賠償債権も発生すると理解して いる(36)。また,立法や実務の多くも,この考 え方を基礎に制度を構築していると言われて いる(37)。このように,要件充足時を損害賠償 債権の発生時とする解釈については,不法行 為責任を実体法上の債務発生原因として捉え る以上,判決の時まで損害賠償債権が発生し ないと解することは困難であり,その要件が 充足された時に債権が発生するものと理解せ ざるをえないとして,学説においてほぼ異論 なく受け入れられていると言ってよい(38)。
それでは,契約不履行に基づく損害賠償の 場合はどうか。判例は,問題となる場面に応 じて複数の時点を損害賠償債権の発生時点と しているように見える。一方で,不履行時な いし責任原因行為時を損害賠償債権の発生時 と見るものが存在する。例えば,倒産手続き 開始決定との関連で損害賠償債権の発生時期 を不履行時とする判決(39),保険との関連で保 険期間中に損害賠償債権が発生したかどうか の基準を不履行時ないし責任原因行為時に求 める判決(40)がこれにあたる。他方,契約締結
時を損害賠償債権の発生時として捉える判決 も存在する。とりわけ,売主の瑕疵担保責任 の領域では,倒産手続き開始決定,保険の効 力との関連で,契約締結時が損害賠償債権の 発生時として観念されている(41)。
こうした状況は,契約不履行に基づく損害 賠償の消滅時効起算点という問題領域につい ても同様であった(42)。例えば,使用者が労働 者の退職負担金を支払っていなかったために 退職金の額が減少したことから労働者が使用 者に対して損害賠償を求めた事案や,注文者 が仕事を受領する前に請負人に対して契約責 任の一般法に基づき損害賠償を請求した事 案,更に,金銭消費貸借契約において借主が 貸付時における貸主の助言義務違反に基づき 損害賠償を請求した事案では,契約不履行に 基づく損害賠償の消滅時効は損害発生もしく は被害者がそのことを認識するまでは進行し ないと判断されていたのに対して(43),売主の 瑕疵担保責任が問題となるケースで,買主が 民法典 1648 条(44) の規定する短期の期間制限 内(現在は2年)に訴権を行使した後の消滅 時効一般法の適用に関しては,その起算点を 売買契約締結時とする判決が多かったし(45), また,瑕疵ある製品を購入した買主が行使し た一般法の契約責任訴権についても,売買時 から消滅時効が起算されるとの判断が示され ていたのである(46)。
これらの解決について,学説は多くの関心 を示しているわけではない。しかし,一部の 自覚的な論者は,契約不履行に基づく損害賠 償が不法行為に基づく損害賠償と同じ性質を 持つという立場を前提に以下のような議論を 展開している。契約不履行に基づく損害賠償 は,契約にその源を持つ債権ではなく,契約
上のフォート=不履行によって損害が惹起さ れたことを契機として新たに発生する債権で ある。従って,契約不履行に基づく損害賠償 が発生するのは,その要件を充足した時,一 般的には損害発生時である(47)。上記の判決の 多くも,この視点から基礎付けることができ る。まず,損害賠償債権の発生時を不履行時 に求める判例については,多くの場合,損害 は不履行と同時に発生するから,判例も損害 発生時を損害賠償債権の発生時と捉えている と理解することができる。もちろん,他の原 因と相まって損害が発生するケースも存在 し,そこでは不履行時と損害発生時は異なる が,判例はこのような事案を扱っていない。
この場合には,損害が発生もしくは確実と なった時を賠償債権の発生時とすべきであ る(48)。また,損害が生じていなければ損害賠 償債権も発生することはなく,従って,債権 者は損害賠償を請求することができないので あるから,契約締結時を損害賠償債権の消滅 時効起算点と見ることはできない。発生して いない訴権は時効にかからないのである。こ の意味において,退職負担金未払いに関する 使用者の責任,仕事受領前の請負人の責任の 消滅時効起算点について判断した判例は正当 であり,訴えることのできない者に対して時 効は進行しないとの法諺を考慮して,損害発 生につき被害者の認識を要求したものと理解 することができる(49)(50)(51)
。
これに対して,瑕疵担保責任の事例におい て売買契約締結時を損害賠償債権の発生時と する判例に対しては,理論的な問題を指摘し ておかなければならない。確かに,目的物が 特定物であるならば契約時に所有権が移転す るから,その時点で損害が発生すると捉える
ことも可能である。しかし,不特定物の場合 にはそのように理解することはできない。
従って,この問題を扱う判例の解決は,契約 不履行に基づく損害賠償の理論枠組みを不法 行為のモデルに基づいて構築する立場からは 正当化不能であると言わざるをえない(52)。同 様に,契約不履行に基づく損害賠償の消滅時 効起算点を契約締結時とする判決も,損害賠 償債権の発生前にその消滅時効起算点を設定 するものであるから,賠償の論理と相容れな い理論的な問題を孕んだ判決と見なければな
らない(53)(54)。
以上のように,契約不履行に基づく損害賠 償を賠償の論理の中で捉える見解は,責任原 因行為によって損害が発生するまでは,損害 賠償債権が発生することはないとの立場を基 礎としており,そこから,損害賠償債権の発 生時期に関わる判決を分析していることが分 かる。契約不履行に基づく損害賠償と不法行 為に基づく損害賠償が損害の賠償を目的とす る点において同一の性質を持つならば,2つ の損害賠償債権の発生時期が異なるというの は論理矛盾である。上記の学説は,このよう に理解するのである(55)。
ところで,引用判決で問題となっていた事 案は,いずれも損害賠償がいつ発生するのか という問いに答えれば解決できるものであっ た。従って,そこでは,契約債権がどのよう な運命を辿るのかという問いが立てられるこ とはなかった。この指摘は学説にも妥当す る。一元論を嚆矢とする一部の学説は更改を 用いてこの問いに応答しようとしたが,今日 の学説の多くは,判例上問題とされていない こともあって,後者の問いに関心すら示して いない。とはいえ,損害賠償債権の発生時期
をめぐる議論や契約責任と不法行為責任の関 係をめぐる議論の中からこの問いに関わる叙 述を拾い出し,その思考枠組みを抽出するこ とは可能である。
パトリス・ジュルダンは,契約債権と損害 賠償債権の関係についても以下のような視点 を提示する(56)。確かに,契約債権には,仮定 的な権利として,不履行の場合に損害の賠償 を請求する権利が含まれているが,これだけ で賠償への権利が認められるわけではない。
不履行が損害を生じさせたことにより初めて 損害賠償債権は発生し現実化するのである。
この意味において,契約不履行に基づく損害 賠償はその要件を充足することによって新た に発生する債権と言うことができる。従っ て,契約債務と損害賠償債務は,その目的が 異なるのであるから別個の存在であり,損害 の発生は債務を更改あるいは変化させると見 ることができるのである。
このように,ジュルダンにおいては,契約 不履行に基づく損害賠償と契約債権の間に仮 定的という形で形容される関係を認めてはい るが,この関係は契約不履行に基づく損害賠 償の性質に何ら影響を及ぼしていない。契約 不履行に基づく損害賠償は,契約債権とは性 質・目的の異なる債権として理解されている からである。そして,債務の更改・変化とい う表現が用いられていることからすれば,損 害賠償債権の発生に伴い契約債権は消滅する との理解が前提となっているものと考えられ る。従って,法理論として見た場合,ジュル ダンの言う損害賠償債権と契約の関係は,損 害賠償の前に契約不履行に基づくという 表現を付加し,純粋に更改を用いた説明に対 する批判をかわす程度の意味しか有しておら
ず,その実質は先の諸見解とそれほど異なら ないと言うことができる(57)。
これとは若干ニュアンスを異にするのが,
ジュルダンの指導を受けたマリ・ノエル・ク ルチオのテーズである。クルチオも,契約不 履行に基づく損害賠償が不法行為に基づく損 害賠償と同じ性質を持つことを出発点とす る。しかし,彼女は,契約債権と損害賠償債 権の関係を更改によって説明する手法を明確 に拒絶している。契約不履行に基づく損害賠 償は,不法行為に基づく損害賠償と同じく,
フォートによって生じた損害を賠償するため の制度である。しかし,損害賠償債務は損害 発生時に新たに発生する債務ではない。契約 上の賠償債務は契約債務の延長なのである。
従って,ここに更改や更改に類するものは存 在しない。もっとも,このことは,契約不履 行に基づく損害賠償が契約債務の代替物であ ることを意味しない。というのは,契約債務 と損害賠償債務の間には目的の相違が存在す るからである。従って,契約債務と損害賠償 債務が同一性を持つと言うこともできないの である。それでは,このような原債務の目的 の変化は,いつ,どのようにしてもたらされ るのか。契約債務の目的の変化は,損害の発 生を契機に法律の効果によってもたらされ る。つまり,法律は,不履行によって債権者 に損害が発生した場合,契約債務を損害賠償 債務へと変化させるのである。この意味にお いて,損害賠償債権は,その要件を充足した 時,具体的には損害発生時に生ずると言わな ければならない(58)。
このように,クルチオにおいては,契約債 務と損害賠償債務の異別性が前提とされてい るものの,これら2つの債務は,一方が消滅
し他方が発生するという関係では捉えられて はおらず,損害賠償債務における契約債務の 延長としての性格,目的の変更という説明を 介して,一元的に把握されている。この点で,
クルチオの見方は,契約債務の消滅,損害賠 償債権の発生を前提とする諸見解とは大きく 異なっている。
しかし,この見解の中核を構成する,損害 賠償債務における契約債務の延長としての性 格,目的の変更という説明は,理論的脆弱さ を免れていない。前者については,契約には 2つの目的が存在し,契約不履行に基づく損 害賠償の目的は契約債務の目的の中に含まれ ているとか,2つの債務は同じ債務である等 と述べられているが(59),それならば,契約不 履行に基づく損害賠償の源は契約の中に存す るはずであり,何故にそれが損害の発生に求 められているのか,また,損害賠償の成立時 期が損害発生時とされるのかが明らかにされ ていない。仮に,損害発生を原因とする債務 の目的変更をもって契約債権が損害賠償債権 に代わる時点を,損害賠償の発生時と理解す るにしても,クルチオにおいては,この目的 変更をもたらすものが法律の効果とされてい るに過ぎないのであって,何らの理論的な説 明も付されていないのである。かくして,契 約不履行に基づく損害賠償を不法行為に基づ く損害賠償と同一の性質を持つ制度として捉 える(従って,いずれの損害賠償もその要件 が充足された時に成立するとの)構想と,契 約不履行に基づく損害賠償を契約ないし契約 債権と繫がりを持った債権として把握する構 想を両立させるためには,理論的な説明を放 棄し,ある種の感覚的な説明へと逃避するし かないと言うことができる(60)(61)。
上記2つの構想の間に理論的緊張関係が存 在することは,契約債権と損害賠償債権の関 係に言及する数少ない学説が比喩的な説明に 終始していることからも明らかとなる。アン ドレ・タンクは,契約債務と損害賠償債務が 論理的に区別されることに疑いはない。し かし,これら2つの債務の間に極めて密接な 関係があることを忘れてはならない。後者の 債務は前者の債務に付け加わり,多くの点に おいてその延長として止まるのであるとし,
更改による説明は若干過度であり,損害賠償 債務が契約債務を包み込むだけであると述べ ている(62)。タンクの見解において,延長と して付け加わる,包み込むという言葉で 表現しようとしているのが,契約不履行に基 づく損害賠償を契約債権と繫がりを持った債 権として把握する構想であることに疑いはな い。しかし,単に損害賠償債権が付け加わ るのではなく延長として付け加わる,あ るいは損害賠償が契約債務を包み込むという 観念的な把握が,損害賠償のモデルとの関連 でどのように基礎付けられるのかは明らかで ない。結局,これらの説明は,損害賠償債務 と契約の繫がり,賠償の論理という2つの構 想間の緊張関係を緩和するための比喩的な説 明に過ぎないと見ることができる。
2.履行の論理
近時の有力学説は,契約不履行に基づく損 害賠償を履行プロセスの中で捉える。契約不 履行に基づく損害賠償は,金銭という形式で 履行されなかった債務の履行を確保するため の制度として構想されているのである(63)。こ の理解を前提とすれば,履行の確保を目的と
する契約不履行に基づく損害賠償の源は契約 それ自体の中に存することになるから,伝統 的学説のようにフォートや損害の発生によっ て損害賠償債権が発生し契約債務が消滅する というプロセスを観念する必要はなくなる。
もっとも,これだけでは,契約不履行に基 づく損害賠償と契約との関係を明らかにした ことにはならない。伝統的理解を否定するこ とによって明らかになるのは,フォートや損 害の発生によって損害賠償債権が発生するわ けではないこと,それに伴い契約債権が消滅 しないことに過ぎず,このモデルの下で,契 約不履行に基づく損害賠償がどのような性質 を持つものとして観念されるのか,それが契 約から生じた本来的な債権とどのような関係 にあるのかという問いについては,回答が与 えられていないからである。従って,これら の問いについて,更に踏み込んで検討してお く必要がある。
ところで,19 世紀の学説は,20 世紀初頭以 降 の 一 般 的 な 理 解 と は 異 な り,契 約 上 の フォートに対し損害賠償債権の発生原因とし ての役割を与えていなかった(64)。従って,そ の後に登場した一元論とそれを引き継いだ有 力学説のテーゼ,つまり,フォートによって 契約債務とは別の損害賠償債務が発生すると の理解は,フォートを損害賠償債務の発生原 因として観念しない 19 世紀の学説とは大き く異なることになる。それでは,フォートに よって損害賠償債務が発生するとの命題を拒 絶する学説は,一元論及び有力学説の上記以 外のテーゼ,つまり,フォートによって契約 債務が消滅するとの命題と,契約債務の消滅 と損害賠償債務の発生は更改によって基礎付 けられるとの命題に対し,どのような評価を
下していたのか。この点を検討することによ り,契約不履行に基づく損害賠償を契約の実 現手段として捉える立場の理解を浮き彫りに してみよう。
⑴ 損害賠償債権の不発生と契約債権の不 消滅
19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて,フラ ンスでは,契約責任と不法行為責任の関係に ついて,両者を完全に同一視する一元論と,
これらを全く異なる性質を持つ制度として捉 える古典的理解との間で,多くの議論が展開 された。そこでは,一元論が採用した,法と 契約,法律上の義務と契約債務を同じものと 理解し,そこから,不法行為上のフォートと 契約上のフォート,不法行為責任と契約責任 を同一視する論理に対して激しい批判が提起 されたが(65),それと同時に,一元論が提示し た契約債務と損害賠償債務の関係に対して も,多くの批判が投げかけられることになっ た。
19 世紀の学説の多くは,契約上のフォート に 言 及 し て い た が,そ れ を 不 法 行 為 上 の フォートと同じような意味での債務発生原因 として捉えていたわけでも,それに対し,契 約不履行に基づく損害賠償の要件枠組みの中 で重要な意味を持つ要素としての地位を与え ていたわけでもなかった。当時の学説は,契 約上のフォートと不法行為上のフォートを明 確に区別し,後者にのみ債務発生原因として の意味付けを与えてきたのである。従って,
ここで,契約上のフォートによる損害賠償債 務の発生という命題は,契約上のフォートと 不法行為上のフォートの絶対的な対置という 論理によって明確に否定されていたと見るこ
とができる(66)。それでは,フォートによる契 約債務の消滅,更改による説明はどうであっ たか。当時の学説は,一元論を反駁する中で 以下のような議論を展開した(67)。
一元論によれば,契約債務は損害賠償債務 が発生することによって消滅するものとさ れ,その根拠条文として,債務の目的物が債 務者のフォートなしに滅失したときには債務 が消滅する旨を規定する 1302 条が援用され ている。しかし,同条は,債務の目的である 特定物が債務者のフォートなくして滅失した 場合に債務が消滅することを規定しているだ けであって,債務の目的である特定物が債務 者のフォートにより滅失した場合に,契約債 務が消滅することも,新たな損害賠償債務が 発生することも規定していない。このこと は,ロベール・ジョセフ・ポチェが,物の滅 失が契約債務を消滅させるというためには,
当該滅失が債務者の所為やフォートなく生じ たことが必要であり,仮に当該滅失が債務者 の所為によって生じたときには債務は消滅せ ず,この物の代価に関する債務に代わると述 べていたことからも明らかとなる(68)(69)。そし て,このように,フォートによる損害賠償債 務の発生,契約債務の消滅が否定されるなら ば,この2つの現象を更改によって説明する こともできなくなる(70)。
この論理は,債務の目的が特定物である場 合だけではなく,およそ契約不履行に基づく 損害賠償が問題となる場面の全てに妥当す る。債務の対象が特定物であるか,債務の対 象が滅失したかを問わず,債務者の責めに帰 すことのできない事由によって履行を妨げら れたのでない限り契約債務は存続し,債務者 は契約債務を負い続ける。もちろん,債務の
対象が存在しない場合には契約債務を現実に 履行することはできない。しかし,債務者は 契約債務を金銭によって履行する義務を負 う。これが契約不履行に基づく損害賠償の意 味なのであり,この損害賠償は,フォートや 損害の発生等を契機として新たに発生するも のではなく,契約債務を金銭上の代替物に よって履行しようとするものに他ならない。
この意味で,契約不履行に基づく損害賠償は 契約を源とするのであり,そこでは,契約債 務が消滅することも,それとは別の損害賠償 債務が発生することもないのである(71)。
以上のように,フォートによる契約債務の 消滅,損害賠償債務の発生,2つの事象を更 改のメカニズムによって説明する手法,契約 債務と損害賠償債務の法的異別性という一元 論における4命題を批判し,フォートないし 不履行による契約債務の不消滅,損害賠償債 務の不発生,損害賠償債務の代替的履行手段 性を強調する見解は,当時のフランス民法学 が直面していた社会問題への対応をめぐる議 論において,一元論とともに一方の極を形成 するものであった。もっとも,そこでは,契 約不履行に基づく損害賠償の性質に関わる具 体的な問題が全く想定されていなかったわけ ではない。契約不履行に基づく損害賠償の古 典理論を承継する学説も,一元論が予定して いたのと同じ個別的問題を共有していたので ある。
第1に,損害賠償の範囲の問題である(72)。 民法典 1150 条は契約不履行に基づく損害賠 償の範囲を契約当事者の予見可能性によって 画しているが,この規定が設けられたのは,
契約不履行に基づく損害賠償が契約の代替的 履行手段であるからに他ならない。契約不履
行に基づく損害賠償が履行されなかった契約 の実現手段であるとすれば,その範囲も当事 者が契約締結時に予定したものに限られなけ ればならないからである。
第 2 に,担 保 権 存 続 の 問 題 で あ る(73)。 フォートによって契約債務が消滅するのであ れば,契約から生じた債務に付着していた担 保 権 も 消 滅 す る こ と に な る。一 元 論 は,
フォートによる契約債務の消滅と損害賠償債 務の発生は更改に基づくものであるところ,
更改においては一定の場合に担保権の新債務 への移転が認められていると説くが,これは 誤った論理である。民法典 1278 条によれば,
当事者が明示的に留保した場合を除き旧債権 に付着していた抵当権や先取特権は新債権に 移転しない。これはポチェにおいても同様で あり,ポチェは,主たる債務の消滅があらゆ る付随的債務の消滅を導くのと同じく,主た る債務に生ずる更改はあらゆる付随的債務を 消滅させるとし,その例として保証債務や抵 当権を挙げていた(74)。従って,更改の論理に 依拠する限り,契約債務に付着していた担保 権も消滅すると言わなければならない。反対 に,契約不履行に基づく損害賠償への担保権 の存続を正当化しているのは,まさにその代 替的履行手段性に他ならないのである。
第3に,証明責任の問題である。不法行為 に基づく損害賠償が要件充足によって発生す る債権であるのとは異なり,契約不履行に基 づく損害賠償の源は契約に存する。従って,
不法行為法においては,原告である被害者が 損害賠償債権の請求を基礎付ける事実である フォートの存在を証明しなければならないの に対し,契約領域において,債権者は契約債 権の存在を証明すれば十分であり,それが証
明されたときには,今度は債務者が債務を履 行したこと,もしくは債務者がその支払いを 免れるための事由としての外的原因を証明し な け れ ば な ら な い。こ の 点 に つ い て は,
フォートの推定が語られているが,この規範 はフォートの存在を推定したものではなく証 明責任の一般的ルールを適用した結果に過ぎ ない。債権者が債務の現実履行を求めてきた 場合,それを免れようとする債務者は,弁済 その他の事由によって債務が消滅しているこ とを証明する必要がある。これと同じことが 契約不履行に基づく損害賠償にもそのまま妥 当するのである(75)。これに対して,契約不履 行に基づく損害賠償を不法行為に基づく損害 賠償と同じ性質を持つ制度として理解するな らば,2つの損害賠償における証明責任ルー ルの相違を正当化することは不可能である。
もっとも,担保権存続の議論については留 保が必要である。確かに,判例は,契約で予 定された担保権が損害賠償債務をもカバーす ることを認め,これを契約不履行に基づく損 害賠償の性質によって正当化する(76)。従っ て,古典理論が実定法上の根拠としてこの問 題を取り上げることは,ある意味では当然で ある。また,契約不履行に基づく損害賠償が 契約債務の代替的履行手段であるならば,前 者が契約に付着していた担保権によってカ バーされることも当然の事理に他ならない。
しかし,担保権の損害賠償債務への存続は当 事者意思の観点から説明することも可能であ り,一元論もそのような可能性を指摘してい た(77)。従って,更改と担保権存続との間には 相容れないものがあり,この限りにおいて古 典理論の批判は正当であるが,担保権存続は,
契約不履行に基づく損害賠償を契約の履行方
式として観念しない限り導きえない結論では ないと言うべきである。
かくして,当時の学説において,契約不履 行に基づく損害賠償の源を契約の中に求める 構想が具体的な場面で意味を持つと意識され ていたのは,損害賠償の範囲と証明責任の所 在であることが分かる。もちろん,証明責任 の問題については,権利を主張する者がそれ を基礎付ける事実を証明し,義務を免れよう とする者がそれを正当化する事実を証明する という証明責任の分配ルールを否定するか,
一定の範囲でこれを修正すれば,契約不履行 に基づく損害賠償を契約の履行方式として捉 えることなく,伝統的通説の言う債務の不履 行=フォートの証明責任が2つの損害賠償制 度において異なりうることを説明することは 可能である。しかし,少なくとも契約不履行 に基づく損害賠償一般について,これが試み られることはなかったのであり(78),この限り において(79),古典理論が前提とする契約債務 の存続,損害賠償債務の代替的履行手段性と いうテーゼは大きな意味を有していたと見る べきであろう。
これらの問題は,労働災害や運送事故等の 社会問題への法的アプローチと密接に関わる ものであったが,ポチェや註釈学派の著作の 中でも活発な議論が展開されていた古典的問 題でもあった。つまり,ここで検討の対象と した学説は,ポチェによって定式化され,民 法典によって体現され,註釈学派によって深 められた,契約不履行に基づく損害賠償の理 論枠組みの問題関心を承継しつつ,それらを より明確な形で提示しようとするものと見る ことができる。ところが,その後,契約責任 と不法行為責任の性質的同一性が受け入れら
れるようになると,一部の著作を除き(80),不 履行を契機とする契約債務の不消滅,損害賠 償債務の不発生,損害賠償債務の代替的履行 手段性という古典的命題は,表舞台から姿を 消すことになる。しかし,これらの命題は,
完全に排斥されたわけではなかった。近年,
原典への回帰を標榜し(81),民法典の立場を再 評価する立場から,損害賠償債務の発生,契 約債務の消滅,契約債務と損害賠償債務の法 的異別性という伝統的通説の命題を激しく批 判し,古典的命題を復活させようとする立場 が有力になっているのである。
⑵ 契約債権の存続
契約債権と損害賠償債権の関係について近 時の有力学説が説く内容は,19 世紀末から 20 世紀初頭の学説が古典理論を擁護するた めに行った議論のそれとほぼ同じである。契 約不履行に基づく損害賠償は,フォートや損 害の発生によって新たに発生する債務ではな いし,これらの現象を契機として契約債務が 消滅することもない。不履行が存在したとし ても契約から生じた債務は存続し,契約債務 が契約不履行に基づく損害賠償という代替的 な履行手段によって充足される可能性が開か れるだけである。従って,契約債権と損害賠 償は法的に別個の存在ではなく,契約の実現 という同一の目的のために存在する2つの手 段に他ならないのである(82)(83)。
このように,2つの時期における学説にお いてその基本的な考え方に変化はないが,今 日では,幾つかの方向から新たな議論が付け 加えられている。
第1に,原典からの議論である。起草者は,
不法行為領域では先存債務を観念せず損害を