技術システムと社会・経済システムとの 接合関係をめぐる諸問題
一シュムペーター長期波動論の
再構成へ向けて一
有 泉 哲
はじめに
1 技術システムと社会・経済システムとの整合牲(戦問期と戦後期との比較)
n ネオ・シュムペーテリアンの 技術・経済パラダイム 論 皿 技術進歩と人々のニーズとのミスマッチ
IV 技術革新の群生の時間的非連続性
はじめに
1970年代は、戦後の世界経済の長期繁栄に終焉を画す時代であった。それに 引き続く(とりわけOECD諸国の)長期停滞と経済困難の中で、1980年代に 入る頃から、長期波動に対する再度の関心の高まりが生じている。この関心の 高まりは、同時に、近年におけるシュムペーターに対する関心の高まりと重な
り合っている。
これらの関心の高まりの背後にあるものは、1つには、経済停滞と困難が長 期にわたって継続しているという事実の存在自体であり(これは、1929年の大 恐慌と30年代の経験から丁度50年を隔てている)、2つには、主流的経済理論
に対する不満である。この不満は、一方では、その均衡論的枠組に対して、他 方では、長期にわたる経済停滞からの有効な脱出口を主流的理論が提示しえて いないことに対して、向けられたものである。
本稿は、資本制的経済発展過程に対するシュムペーター的ヴィジョンωの上 に、彼の動学理論を、それと整合的な長期波動論②として再構成する方向を探
ることを目的とした研究の後半部分である。
シュムペーターの理論について言えば、彼のヴィジョンに対して、その提示 した理論が必ずしも整合的ではない点は、しばしば指摘されるところである③。
その基本的な弱点は、1つに、彼がその動学体系をワルラス体系の言葉をもっ て論じようとしたところにある不整合である。2つには、彼が現実の技術変化 の諸特性を捨象して、それをブラック・ボックス内で生起する事象(与件)と
して扱ったことにある(端的に言えば、シュンペーターには企業者の理論はあっ ても技術革新の理論はない)④。
これに対して、彼のヴィジョンについて言えば、これは、現実の歴史過程に よって強く支持されているように見える。したがって、シュムペーターの動学 理論をそのヴィジョンに相応しい資本制経済の長期変動理論として再構成する ことは、試みるに値する課題となっている。しかし、そのような試みについて、
現在のところ必ずしも体系的な構築物が存在している訳ではない。その際、最 大の困難はワルラス体系に取って代わる基礎理論の不在である。言い換えれば、
資本制経済システムが1つの統一的システムとして機能しているその統合の論 理を、より現実的な基盤に立って提示することである(5)。
これに対して、技術革新や技術進歩の分析と理論化という点では、1960年代 以降、少なからぬ研究の進捗がある。したがって、ネオ・シュムペーテリアン や技術史家たちによるそれらの成果を参考にしつつ、(資本制経済システム統 合の理論を欠くという意味では)宙に浮いた形ではあるが、資本制経済発展の 根源的動因としてのイノベーションというシュムペーター的アイディアの上に 長期経済変動理論を再構成する方向を探ることが、ここでの課題となる。
この場合、重要な点は次の2点である。1つは、社会・経済システムの諸要 素の複合的な相互作用の結果として生ずる現実の経済変動過程において、そこ での相互作用と相互規定関係にかかわらず、技術の領域に生ずる諸変化が、相 対的に自律したそれ独自の論理を持ち、その内的なダイナミクスによって経済 活動の長期的な波状変動を惹き起こしうる、という点を明示することにある。
2つに、しかしながら、このような運動の出発点となる条件は、技術の領域 内部にのみ存在する訳ではない。言い換えれば、技術革新のもつ潜在力の大き
さは、そのような長期波状変動を惹き起こす必要条件ではあつても、十分条件 ではない。そのような条件の検討がもう1つのポイントとなる。
このうち、第1の論点については、本稿と対をなす別稿で検討したところで
有泉:技術システムと社会・経済システムとの接合関係をめぐる諸問題 31
ある(6)。その要点を示せば、
(1)技術の発展は、特定の 技術パラダイム ⑦によって枠づけられ、パラ ダイム転換(非連続な技術変化)によって区切られた、連続的技術進歩の 時代の継起として捉えることができる。
ここで、 技術パラダイム は、その約束する潜在的可能性の大きさに よって、引き続く技術進歩の方向を規定する。そして、そこに描かれるこ ととなる技術の軌道( 技術トラジェクトリー )は、かなりの範囲で時々 の経済環境変化からは自立した、技術に固有のダイナミクスを示すものと なる(特定のパラダイム内での技術の「定向進化」)。
なお、技術の発展をこのような連続と非連続において捉えることは、特 定のパラダイムの枠内での技術進歩に対して、その生成、発展から成熟に 至る1つのライフ・サイクルを想定することに帰着する。
② 「新技術は決して孤立して作用するものではない」⑧のであって、経済 システム全体に大きな影響を及ぼすような技術革新の群生過程とは、いく つかのパラディグマティクな革新技術の相互作用を核として、その周囲に 絶えず拡大する 同心円 を描いて展開する諸技術革新の相互連関的群生、
と特徴づけることができる。
ここでは、核となる技術革新及びそれらの相互作用が、その骨格の上に 長期にわたって多数の持続的な革新・改良(技術進歩)を生み出す潜在力 を持つ点、及び、それらが経済システム全体に浸透的影響力を及ぼすよう な産業関連上の位置を占める点が重要である。
(3)経済成長過程は需要と供給との相互作用の過程として捉えることができ る。そこでは、企業は自らの行動によってその直面する需要を切り拓く。
また、マクロの成長の核にあるものは、新たな技術を体化する設備投資で ある。そして、この過程に主導的役割を果たすものは、供給サイドに作用 するばかりでなく新たな需要を切り拓くものとしての技術進歩である。
そして、先に論じた技術革新の群生は、このような技術進歩に対して、
大きな、かつ長期にわたる可能性(機会)を提供することによって、長期 にわたる経済成長を起動する。
(4)このように起動され、引き続く技術進歩に主導されて展開する経済成長 過程に限界を画するものは、次の2点である。1つは、 技術パラダイム の約束する可能性を汲み尽くす過程としての 技術の成熟化 である。か
つての主要な革新や改良からマイナーな改良や表面的な製品差別化を主と する局面へ移行するとともに、技術進歩が個々の企業の直面する需要を切 り拓く点でも、マクロ経済の次元で大規模な投資を伴うという点でも、そ の効果に限界を生ずることとなる。同時に(2つに)、この過程は、かつ ての新商品も 市場の飽和 へと至る過程である。
なお、特定の 技術パラダイム の下での成長・発展から成熟(停滞)
に至る技術と産業のライフ・サイクルは、戦後の石油化学産業(これは世 界経済の高成長を主導した1つの柱となった産業である)に典型的に確認 されるところであり、また、現在、成熟(停滞)階段にある多くの従来型 産業にも同様に確認されるところである(これは、むしろ、先の「相互関 連にある 同心円 」のレベルで論ずべきことであるが)⑨。
さて、以上の4点を骨格として、技術変化の主導する長期的な経済変動過 程(成長と停滞との継起)について、1つの叙述的モデルを構成することは 可能である。しかし、この限りでは、以上の議論は大きな弱点をもつ。それ は、現実の経済変動過程は決してこのように技術決定論的ではない、という 点にある。本稿では、先の注(6)を付した拙稿では取り残されることとなった この問題を中心に取り上げ、上記の運動の出発点となる条件を考えてみたい。
なお、その際、すでにそのような論点を提示するネオ・シュムペーテリアン の 技術・経済パラダイム 論の検討が、大きな位置を占めることとなる(1°}。
1 技術システムと社会・経済システムとの整合性(戦間期と戦後期との比
較)
現実の経済変動過程が単純な技術決定論的過程でないことを端的に示すもの は、戦間期と戦後期との比較である。
ランデス(D.S.Landes)によれば、19世紀から20世紀への転換期は「第2 次産業革命」の時代であった。
この時代は、それらの誕生期ではないとはいえ、電力とモーター、有機化学と合 成素材、内燃機関と自動車、精密機械とアセンブリー・ライン生産との活発な幼年 期であった一これは、第2次産業革命という命名を得るに至った諸イノベーショ
ンの群生であるω。
有泉:技術システムと社会・経済システムとの接合関係をめぐる諸問題 33
そして、この延長上に、戦間期アメリカにおいて、フォードのハイランド・パー ク工場に象徴されるように、耐久消費財の大量生産様式が逸早く確立するに至 る。しかし、このような耐久消費財の大量生産に牽引された1920年代アメリカ の「永遠の繁栄」も1929年の大恐慌によって終焉をむかえ、それに引き続いた ものは30年代の長期停滞であった。
大恐慌の深刻さの要因を何に求めるのかという点は、今なお論争点であるが、
次のような(以前からある)説明の説得力は高い(12)。すなわち、1920年代のア メリカ経済は耐久消費財と住宅建設に主導された成長を経験するのであるが、
その基礎にあるものは大量生産様式の確立であり、同時に、人口の都市への集 中とモータリゼーションによる郊外の発展(そこでのアメリカ的生活様式)で あった。また、この期は、アメリカにおける第2の企業合同運動の高まりを経 験した時期であり、寡古による市場支配力の強化は、大量生産様式による生産 性の上昇にかかわらず、生産物価格を下方硬直的に維持することを可能とした。
他方で、この期の賃金上昇率は比較的わずなものにとどめられており(労働分 配率の低下)( 3)、価格の下方硬直性と相挨って、生産性上昇の成果は主に企業 利潤(内部留保と高額配当)として吸収され、所得分配の不平等を拡大した。
そして、このような分配関係の下で、生産性上昇にかかわらず、一般消費者の 購買力の十分な拡大をみることができなかったため、自動車をはじめとする耐 久消費財市場の拡大が制限されてしまったωという点が、実体経済面における 大恐慌発生の基盤をなす、という説明である。
更に、この説明は、大恐慌の深刻さや30年代の長期停滞を寡占的大企業の行 動様式から説明する。すなわち、しばしば引用されるNational Resource Co一 mmittee(1939)の図(省略)に示されるように、競争的市場(農産物が典型)
では価格の大幅な低落に直面して、恐慌初期には収入減を生産量の増大によっ て補おうとする動きすら見せたのに対し、寡占的大企業は恐慌に直面して、生 産量の大幅な削減(生産制限)を通じて価格を維持することによって、利潤を 確保(あるいは損失を回避)しようとする行動様式を採った。このような生産 の大幅な削減と価格維持行動とは、恐慌を一層深化させる要因として作用した ばかりでなく、主要な産業部門において過剰設備を温存することなり、ひき続
く長期停滞をもたらす基本要因となった。
ところで、この点についてのピオリとセーブル(M.J.Piore and C.F.Sabe1 山之内ほか訳1993)の議論は興味深いものである。すなわち、前世紀末以来の
技術革新に伴う生産規模の拡大(生産における固定的要素の増大)は、固定費 圧力の増大を通じて、企業にとってその生産物に対する需給バランスの問題を
クリティカルとした。言い換えれば、生産物に対する安定的な市場の確保(言 はば市場の囲い込み)をクリティカルな問題とした。「巨大株式企業」の登場 に示される企業合同運動と市場の組織化(市場の独占的支配、寡占的協調行動、
流通過程の組織化)は、この問題に対する1つの「解決策」であって、これは、
生産と消費を結ぶ企業の ミクロ的調整 を現わしている。しかし、このよう なミクロ的調整は、それに対応するマクロ的調整機構の存在なしには不完全な ものであり、その限界を示したものが大恐慌である。すなわち、大恐慌は「巨 大株式企業」のミクロ的調整の 危機 を表わすものである、とする指摘であ
る。
なお、戦間期の経験について更に述べれば、1920年代のヨーロッパの停滞と 大恐慌の国際的側面については、それは基本的に、第1次大戦後の世界経済シ ステムの不安定性によるものであった。ここでの不安定要因としては、1つに、
アメリカの大幅な貿易黒字に示される国際収支不均衡の問題、2つに、ポンド の国際収支基盤の弱さに示される再建金(為替)本位制の脆弱性、3つにドイ ッ賠償問題、4つに世界農業不況を挙げることができる。そして、このような 世界経済システムの不安定性は、一方で第1次大戦と戦後処理という 外的ショ
ック によってもたらされたものであると同時に、他方で、大量生産様式にお ける技術的優位に支えられて、アメリカが世界経済の中心国としてイギリスに 8
謔チて代わりつつあったという点が、これを規定していた。
このような戦問期の経験に対して、戦後の世界経済は、耐久消費財産業を成 長主導産業の1つとして、戦間期アメリカで確立した大量生産様式が各国に急 速に普及する過程であった。そして、戦後のOECD各国における諸技術革新 の相互関連的群生( 同心円 の拡大)が、四半世紀にわたる世界経済の長期 繁栄を起動することとなる。
ここでの相違は、1930年代及び40年代の新たな技術展開は決して無視できな いとはいえ、基本的に技術の領域にあるという訳ではない。相違は、むしろ、
国際関係を含む社会・経済システムの側にあるのであって、その中心は安定的 な世界経済秩序の形成(これは技術革新の国際的普及を著しく促進したという 点でも大きな重要性をもつ)と、大量生産と大量消費を結ぶマクロ的調整機構 の制度化にある。
有泉:技術システムと社会・経済システムとの接合関係をめぐる諸問題 35
これをまず後者について見れば、そのようなマクロ的調整機構の中心にある ものは、大量生産に見合う大量消費を保証するような分配関係の制度化である。
アメリカについて見れば、しばしば指摘されるように、1930年代の産業別労働 組合の結成を背景に、戦後、賃金決定のナショナルなシステムが形成されるに 至る。そして、この賃金設定方式が、大量生産様式に適合的な分配関係をもた らすこととなる。この点について、ピオリとセーブルの述べるところを引用し ておこう。
マクロ経済的安定化の全体的なシステムにとって要となるのは、1948年にジェネ プル・モーターズと全米自動車労働組合が合意した賃金設定方式である。この方式 においては、労働生産性の長期的かつ経済規模での増加分プラス消費者物価指数の 変化が賃金決定の基準として設定された。この増大に応じて賃金を毎年上げること が合意された。価格の変動によって調整された労働の生産性が生産能力の物差しに なり、すべての賃金と月給に対してこの方式が徹底的かつ定期的に適用されるとす れば、私的消費者の購買力は、ナショナルな生産能力の伸びと同じ率で拡大する保 証を得たことになる。労働関係と賃金設定制度の複合体は、GMと全米自動車労働 組合の問に交わされた労働賃金決定のまさしくこの方式を一般に広めだ15}。
このような大量生産様式に適合的な分配関係の変化は、それぞれの国民的特性 を反映しつつ、ヨーロッパ、日本にも多かれ少なかれ生じたところである。な お、日本については、基礎的条件として戦後改革の意義が大きい。いずれにし ろ、このような分配関係の変化が、大量生産と大量消費を結ぶ戦後のマクロ的 調整の1つの柱をなす(16)。
戦後のマクロ的調整の他方の柱は、言うまでもなく、IMF=GATT体制 という安定的な国際通貨制度及び自由貿易体制であり、同時に、その下で各国 の採用したケインジアン的な財政・金融政策、及び福祉国家的な再分配政策で ある。この点については多言を要しないであろう。
そして、安定的な国際経済システムが技術革新の国際的普及を促したという 点について言えば、マディソン(A.Maddisonl991)による表1にその意義は 明瞭に示されている。この表は、過去100年にわたってテクノロジカル・リー ダーであるアメリカと他の諸国との労働生産性上昇率の格差を見たものである。
ここに見られる顕著な特徴は、1890−1950年の問は、生産性水準の収束でなく その発散(ギャップの拡大)が進行しており、第2次大戦後に至って始めて、
表1 テクノロジカル・リーダー国(アメリカ)の生産性水準への収束と発散
(年率:%)
1890−1913 1913−50 1950−73 1973−87 Australia −0.33 −0.88 0.20 0.75 Austria −0.49 −1.51 3.38 1.68 Belgium −1.26 −1.00 1.86 2.13 Canada O.69 −0.02 0.42 0.71
Denmark −0.06 −0.79 1.62 0.53 Finland O.0ユ ー0.17 2.70 1.15 France −0.48 −0.49 2.46 2.09 Germany −0.36 −1.36 3.40 1.53
Italy −0.20 −0.47 3.24 1.49 Japan −0.49 −0.58 5.02 2.06
Netherlands −1.07 −1.10 2.26 1.32 Norway −0.52 0.04 1.74 2.38 Sweden −0.31 0.33 1.89 0.59 Switzerland −0.82 0.27 0.77 0.12 UK −1.10 −0.83 0.71 1.28
Arithmetic −0.43 −0.57 2.ll l.32
average
(注)15か国とアメリカとの労働生産性上昇率格差。プラス値は収束(キャッチ・アッ プ)を表わし、マイナス値は発散(生産性水準格差の拡大)を表わす。
(出所)Maddison(1991).
その急速な収束(他の諸国によるキャッチ・アップ)が生じていることである。そ の背後に、戦後の安定的な世界経済秩序の下で促進された急速な国際的技術移 転のあることは言うまでもない。マディソン自身の述べるところを引用すれば、
1913−50年の間は、そのような(技術)移転にとって条件の良い時期ではなかっ た。旅行、通信、留学及びアイディアの交換は2つの大戦によって妨げられ、1930 年代の不況とアウタルキー政策によって阻害されていた。戦争の終了後、これら諸 国間の技術移転の可能性は著しく増大した( η。
また、ネルソンとライト(RRNelson and G.Wright1992)の指摘するとこ うに言及しておけば、アメリカからヨーロッパへの大量生産技術の移転を阻害
していたものは、ヨーロッパ諸国の国内市場の狭さであり、また、国際貿易を
有泉:技術システムと社会・経済システムとの接合関係をめぐる諸問題 37
通じて大量生産に見合う市場を獲得することを妨げていた貿易障壁であった。
したがって、「第2次大戦後に貿易障壁が取り払われるまでは、(ヨーロッパに よるキャッチ・アップの) 機会 は、事実上、存在しなかった」q8)のである。
そして、戦後の自由貿易体制こそが、そのような技術移転を可能とした要因と なっている。
以上、戦間期と戦後期との相違について述べてきたが、以上の議論を通じて 確認しておきたいことは次の点である。すなわち、先に要約的に論じた技術変 化の主導する長期経済変動過程は、言はば基礎過程をモデル化したものである。
しかし、現実の経済変動過程は社会・経済システムの諸要素の複合的な相互作 用の結果として生じている以上、上の基礎過程が常に経済変動の表面に現れ出 て、時々に最も規定的な要因として作用している訳ではない。1920年代の経験 は・新たな 技術パラダイム の登場も、それに適合的な社会・経済システム の形成抜きには、その潜在的可能性を十分に発揮する以前に発展の大きな中断 を生じざるをえなかったことを示している。また、戦後の世界経済の高成長は、
それと適合的な(国際経済システムを含む)社会・経済システムの形成を条件 として始めて、上記の過程が(国際的規模で)始動されえたことを示している。
これを一言で言えば、新たな技術システムの潜在力は、一定の社会・経済的条 件の下でのみ十全に実現できるものであるということであり、技術システムと 社会・経済システムとの接合関係が問われなければならないのである。
H ネオ・シュムペーテリアンの 技術・経済パラダイム 論
1980年代に入って、世界経済(とりわけOECD諸国)は、 ICと光ファイ バーを核とする情報・通信技術革新の急速な普及過程に入っている。しかし、
その急速な普及にかかわらず、OECD諸国経済は70年代半ば以降の長期停滞 、
ゥら脱却しえないままに90年代を迎え、ヨーロッパでは再び2桁の失業率を記
録している{ 9)Q
このような現実を背景として、技術システムと社会・経済システムとの整合性 の問題の検討は、現在、ネオ・シュムペーテリアンの研究の中心点となっている⑳。
そこで、この問題について彼等の述べるところを確認しておこう。その基本的 な見解は次の引用に示される。
ある特定のタイプの技術変化一 技術・経済パラダイム の変化と定義される一 は、経済のすべての部門に広汎な影響を及ぼすものであって、その結果、それらの 普及は大きな構造調整の危機を伴うこととなる。その危機に際して、新しい技術と 経済の社会的管理のシステムーあるいは 調整体制 一との間により良好な 適合関係 をもたらすためには、社会的及び制度的な諸変化が必要とされる。し かし、ひとたびそのような良好な適合関係が達成されるならば、比較的安定した長 期にわたる投資行動のパターンが20−30年間にわたって登場する(2D。
長期波動パターンの存在する理由は次の点にある。すなわち、その成長に対する 潜在力を十全に生み出すためには、各々の 技術・経済パラダイム は、国内的次 元でも国際的次元でも、社会・制度的な枠組の基本的な再構成を必要とする。そこ から帰結する社会的及び制度的な転換は、次期の長期波動における経済発展の一般 的形態あるいは 成長様式 を決定する。したがって、コンドラティェフ波動は、
ここでは成長様式の興隆と衰退として定義され、危機は、1つの成長様式から次の 成長様式への苦痛に満ちた移行期と定義される。
現在は、そのような移行期の1つと見ることができる。1950年代と60年代のブー ムを主導した成長様式は、その経過をたどり終えた。世界は、今や、低価格あ石油 に基礎を置く大量生産技術の布置の特性によって形作られた一そして、その十全 な展開を促進した一一連の社会的及び制度的取決め(arrangements)から、低 価格のエレクトロニクスに基礎を置く新たなフレキシブルな技術のシステムとの間で実
り多い適合的な相互作用をなしうるようなそれへと、移行しなければならない⑳。
見られる通り、 技術・経済パラダイム と社会・制度的枠組との適合関係如 何が、あるいは長期にわたる高成長を導き、あるいは 調整の危機 を導くと する点が、ここでの中心的な論点となっている。
なお、ここで彼等が新たな提起する概念は 技術・経済パラダイム である。
これは、一方で、フリーマン等(C.Freeman et al.1982)の言う「技術シス テム」の中でも特に経済システム全体に大きな影響(pervasive effects)を及 ぼすもの、とされている。すなわち、ドーシ(G.Dosi)の 技術パラダイム が直接には個々の産業に着目したものであるのに対し、これは、そのようなパ
ラディグマティクな技術革新の相互連関的群生であり、その中でも経済全体に
大きな影響を及ぼすものであるとされている(牝他方で、これは、個々の産業 ・
越えて「その 常識 や経験則(rule of thumb)が経済全体に影響を及ぼ
鎌田:技術システムと社会・経済システムとの接合関係をめぐる諸問題 39
すような支配的な技術スタイル」幽を指すものであり、言はば メタ・パラダ イム であるとされる㈱。更に、彼等は、「 技術・経済パラダイム とは、一 連の相互に関連した技術的・組織的及び経営上のイノベーションであって、そ の利点は、新たな諸生産物や生産システムのみにあるのではなく、とりわけ、
全ての可能な投入物の相対コスト構造のダイナミクスにある」㈲と述べて、パ ラダイムの「組織原理」⑳あるいは「焦点装置」㈱は投入物のコスト構造のダ イナミクスにあるとしている。そして、そのようなコスト構造の要にあって、急速 な価格の低落と広汎な利用可能性を特徴とする投入物を「キー・ファクター」
と呼んでいる(29)。
ところで、このような 技術・経済パラタイム 概念を軸に、先の引用に示 されるような長期波動と 危機 に関する基本認識を提示するに当たって、彼 等は次の2点を重視する。1つは、新たな 技術・経済パラダイム は、先行 する長期波動のピークから下降期にかけて生成し、発展するという点である。
これを言い換えるならば、先行する 技術・経済パラダイム の潜在力の限界 に到達して始めて、その限界を乗り越えるべく、既存のパラダイムの枠を越え た技術活動が強められるという主張である。
新しい技術を試みることに伴う高いリスクとコストが明白に正統化されるのは、
古い軌道に沿った生産性上昇が永続的な限界に直面し、将来の利潤が深刻におびや かされるに至った時のみである〔3°)。
2つに、このように登場した新たな 技術・経済パラダイム への転換の過程 は、スムースに進行するものではなく、それは、社会・経済システムに大きな 撹乱をもたらすという点である。
新たな技術・経済体制への移行はスムースに進行するものではない。それは、主 に、支配的な社会行動のパターンと現在の制度的構造とが、先行するパラダイムの 要請と可能性とに適合するように形作られたものであるからである。社会・制度的 枠組の慣性は、新しいパラダイムの十全な展開にとって打ち勝ち難い障害となる。馴 そして、この2点から、先行するパラダイムの限界に到達することによって長 期波動の不況局面への移行が生ずるとすれば、この不況局面は、同時に、新た
な 技術・経済パラダイム の登場によってもたらされた 危機 (鋤の時代で ある、と捉えられることとなる。
なお、ここで要求される社会・制度的枠組の再構成について、そのような再 構成の必要な領域として、ペレス(C.Perez)は工場レベルでの生産組織、企 業レベルでの組織革新、労働者のスキル・プロフィル、所得分配、消費様式、
政府の役割、更には国際的な分配関係まで列挙するが、彼女の諸論文ではその 具体的な内容に立入った検討はなされていない。
以上の枠組から、彼等は、現在の 危機 は情報・通信技術革新に示される 新たな 技術・経済パラダイム と既存の社会・制度的枠組とのミスマッチに あるとする。すなわち、1980年代以降の経済困難と生産性停滞とは、情報・通 信技術革新の大きな潜在力にかかわらず、その十全な実現に必要な社会・制度 的適応が遅れていることの結果であるとする。
ところで、以上の議論の上に、フリーマン(Freemanl987)は、更に、 イ ノベーションの国民的システム という概念を提示する。これは、先に 技術・
経済パラダイム に対置された社会・制度的枠組を1国レベルで捉えたもので あり、とりわけ、その含意は、1国が急速なキャッチ・アップを通じてテクノ ロジー・ギャップを縮め、更には、自ら新たなテクノロジー・ギャップを創り 出すという、歴史上見られるテクノロジカル・リーダーシップの交替の背後に は、 イノベーションの国民的システム と呼ぶべき、イノベーション・マネ ジメントにおける社会的・制度的ネットワークが存在するという点にある。そ して、フリーマンは、現在の新しい 技術・経済パラダイム の潜在力に対し て、日本の国民的システムが非常に適合的であるとする⑬。
日本における イノベーションの国民的システム の特徴として彼の挙げる ものは、次の5点である。1つは通産省の産業政策であり、特に、将来の経済 発展にとって戦略的に重要な技術領域を成功裏に予測し、育成したこと、2つ に、企業レベルでは、研究・開発、製品及び生産工程の設計、部品調達、生産 及びマーケティングを水平的な情報の流れによって再統合し、システム化した こと、3つに、国民教育システムと企業内の教育・訓練制度とが、技術革新や 産業構造変化に対する適応性とフレキシビリティを増進していること、4つに、
「ブルーカラーとホワイトカラーの差別の廃止」と終身雇用制度とが、労働者 のインセンティヴを高めていること、そして5つに、企業グループと下請系列 の存在が、長期的視野に立った企業戦略の決定と、システムのフレキシビリティ 及び効率を増進していること、である。
ここでの指摘については、多分に議論の余地のあるところであるが、このよ
有泉:技術システムと社会・経済システムとの接合関係をめぐる諸問題 41
、 、
チにして、不オ・シュムペーテリアンの議論は、近年の(正確には少し以前の)
日本的経営や日本型システムをめぐる議論と結びついてくることとなる圃。そ の上に、フリーマンは、現在の 危機 から脱却して 技術・経済パラダイム と社会・制度的枠組との新しい適合関係を樹立するために、オルタナティヴの
1つとして、日本型システムから学ぶべきことを主張している。
さて、以上、その概略を述べたが、彼等の議論の中心点、すなわち、特定の 技術システムは、しばしば、それを有効に発展させ、その潜在力を十全に実現 するためには、それに適合的な社会・経済システム(彼等の用法では社会・制 度的枠組)への転換を必要とするという点は、前節でも検討したように、強く 支持されるところである(蕊)。また、1980年代以降の経済停滞と困難の基礎に、
1つの重要な側面としてそのような問題(ミスマッチ)が存在するという点も、
(後述するように)首肯しうるところである。しかし、彼等の議論は基本的に 視点の提示にとどまっており、その視点から具体的かつ説得的に現在の 危機 を説明している訳ではない(36)。
だが、その点は別としても(37)、彼等の議論にはいくつかの問題点(あるいは 弱点)が含まれている。
その第1は、 技術・経済パラダイム 概念にかかわっている。この概念は 二様の規定と1つの「組織原理」とによって定義されていた。ここで、 技術・
経済パラダイム の「組織原理」を、特定の「キー・ファクター」に規定され た投入物のコスト構造のダイナミクスに求めるという点については、現在の技 術革新の中心にあるICが要素技術であることに強く引き摺られたものである
ように思われ、その一般的妥当性には疑問が残るが、その点についてはここで
は立入らない(謝。
ここで指摘しておきたいことは、先の二様の規定のうち、彼等の議論におい て実際上用いられているものは、主に後者の規定( メタ・パラダイム として の規定)である点である。そのような概念化は、フリーマンの 国民的システ ム 論に示されるように、あるいはピオリとセーブルがより具体的に論じている ように(軌技術・生産システムと社会・制度的あるいは組織的枠組との適合関 係を検討するにあたって、いくつかの重要な側面について問題の焦点を浮かび 上がらせるものとなっている。例えば、大量生産様式とテイラー主義的組織原理
との適合性とか、大量生産様式はそれに適合的な分配関係とケインズ的マクロ 政策を要求するとか、フレキシブルな生産様式の展開にとって既存の労働慣行
や企業組織が不適合にあるとか、更には、産業組織のあり方から政府の産業政 策まで含めて、支配的な技術・生産様式との適合性を検討する視角を提供する。
しかし、このような概念化では、個々の産業の区別あるいはそれに固有の属 性は後景へ退くこととなる。とりわけ、そのような技術と生産の様式によって
(どのように生産されるかという点には焦点が当てられるが)何が生産されるか という点は視野の外へ出る。このことの含意は後に論ずるとして、ここでは、
とりあず、上の点を確認しておきたい。
第2に、彼等の パラダイム転換 と 危機 をめぐる議論のうちに、首肯 しえない部分がある。それは2点であって、1つは、先行する 技術・経済パ ラダイム の限界に至って始めて(また、限界に至ることによって必然的に)
新たなパラタイムが登場・発展する、と主張する点である。2つは、 ミスマッ チ と 危機 のタイミングをめぐる問題である。
まず、先の点について言えば、この主張は、フリーマン自身(Freeman et al.1982)が批判したメンシュ(G.Mensh 1979)の「不況トリガー」仮説その
ものである。そこでの批判の基本点は、そのような仮説は実証によっては支持 されないという点にあったω。このことは、新たな 技術・経済パラダイム は、常に先行するパラダイムの限界に到達することを契機として登場するとは 限らないことを意味している。これを彼等が「第4のコンドラティェフ」に対 応させている大量生産様式について言えば、その「原型」(41)とされるフォード のハイランド・パーク工場の操業開始は1913年であり、「このイノベーション の日付は長期波動ブームの真最中である」〔42)。アメリカに登場した耐久消費財の 大量生産様式が、先行する 技術・経済パラダイム の限界に直面して、それ
を乗り越えるべく生成・発展したと主張することのできないことは明らかであ
ろう。
2つに、 危機 のタイミングについては次のような事例を見ておかなけれ ばならない。先に、戦問期の世界経済の不安定性について、これが、前世紀末 以来の技術革新の中でアメリカの獲得したヨーロッパに対する生産性優位を背 景に、アメリカが世界経済の一方の中心として登場したことが、旧来のイギリ
ス中心の世界経済システムと不整合を生じたことを1つの規定因とする、とい う点を指摘した。ここで、戦間期に発展したフォード的大量生産様式がそのよ うな不均衡を加重したとはいえ、これは、基本的に、前世紀末からアメリカが 新たに創り出したテクノロジー・ギャップ拡大の帰結である。言い換えれば、
有泉:技術システムと社会・経済システムとの接合関係をめぐる諸問題 43
前世紀末以来の新技術の国際的普及・発展の過程が世界経済の長期成長(これ を彼等は「第3のコンドラティェフ」と呼ぶ)をもたらしながらも、その技術 発展の国際的格差の拡大が、旧来の世界経済システムとの間にミスマッチを生 ずるに至った、ということである。このことは、戦間期の世界経済の 危機
は、彼等の定式が含意するところに反して、「第4のコンドラフィェフ」の基 礎となる 技術・経済パラダイム の登場が「第3のコンドラティェフ」の制 度的枠組とミスマッチを生じたことによってもたらされたのではなく、「第3 のコンドラティェフ」の 技術・経済パラダイム 自体が、前世紀以来の制度 的枠組とミスマッチを生ずるに至ったことを示している。
このように、彼等の パラダイム転換 と 危機 の定式化が、そのまま戦 間期の経験に当てはまる訳ではない。これに対して、現在の 危機 は、先行 するパラダイムの限界への到達と、それによって誘発された新しいパラダイム の発展、そして社会・制度的枠組とのミスマッチという彼等の定式にうまく合 うように見える。この点についても、後に検討することとする。
第3に、 イノベーションの国民的システム という概念の下に、フリーマ ンは日本的経営や日本型システムをめぐる議論を整理している。しかし、1990 年代に入っての日本経済の現実の前に、そのような日本的経営礼賛論はすでに 退潮しつつあり、経営者団体自体が「日本的経営の危機」を論ずるに至ってい る(43)。ここで、この問題を正面から論ずる場ではないが、ここでの論点にかか わる限りで若干の点を指摘しておくならば、1つに、(80年代の)日本的経営 論はもっぱら日本企業の競争力の強い産業に焦点を当てたものである。そこで は、同じく先端産業であるファイン・ケミカルやバイオ・テクノロジーにおけ る日本企業の相対的弱さはめったに言及されない、2つに、日本的経営の優位 あるいは新たな技術への適合性を言うとき、しばしば登場する事例に半導体産 業と自動車産業がある。このうち前者について言えば、日本企業の強さはメモ リー生産にある。これは、専用装置による大量生産技術の優位である(優位の 源泉がフレキシビリティにある訳ではない)㈲。また、日本におけるフレキシ
ブル・マニュファクチュアリングの典型とされる後者について言えば、これは すでに成熟産業であって、世界の自動車産業がジャスト・イン・タイム方式を 採り入れ、いわゆる「リーン」な生産方式に移行したからと言って、そのこと によって自動車産業が全体として再び高成長の時代を迎える訳ではない(45)。3 つに、日本的経営や日本型システムが、戦後の若年人口の増大を1つの基盤と
して発展し、人口の高齢化とともに「危機」に陥ること、また、そこでの「効 率性」は、職場における人権の未確立や、国民的システムとして見たときには 社会的不均衡の諸問題と密接に結びついている点は、フリーマンの議論からは 見えて来ない。
m 技術進歩と人々のニーズとのミスマッチ
先に、現在の経済困難は彼等の 危機 の定式にうまく合うように見えると 指摘した。このことは、とりわけヨーロッパ経済に当てはまる。しかし、ここ から、彼等の言うところのミスマッチが現在の経済停滞を基本的に説明すると 結論づけるには、なお検討の余地があるように思われる。それは、ネルソンが 彼等に対して述べるように、現在の経済停滞についての「1つの満足できる単
表2 製造業部門別域内需要成長率(1972−82年)
(数量ターム,%)
EUR 7 アメリカ 日 本 全地域
高需要部門 5.2 4.8 13.5 6.7
電気機械及び電子 3.7 5.5 15.1 Z7
情報技術、自動事務機械及び精密機械 8.9 5.7 6.8 7.0 化学及び医薬品 5.5 3.7 11.8 6.4
中需要部門 1.9 2.3 4.8 2.5
ゴム及びプラスチック 3.2 5.O 1.2 3.5
輸送機械 3.2 1.4 7.1 2.9
紙、パルプ、梱包及び印刷 1.8 2.9 3.7 2.6 食料、飲料及びタバコ 2.0 1.7 3.8 2.2
産業機械 0.2 3.2 3.6 2.0
低需要部門 0.2 0.5 3.0 1.1
雑製品 1.3 1.8 L4 1.5
繊維、皮革及び衣服 0.2 1.5 2.7 1.2 鉄鋼及び金属鉱石 0.7 一〇.7 3.7 1.3
金属製品 一〇.5 一〇.0 4.2 1.2
建設素材、非金属鉱物 0.9 0.3 1.8 1.0
製造業計 1.9 2.3 6.4 3.1
(注)1.1975年価格及び為替レートを基準とするU.S。ドル表示。
2.三部門への分類は,全地域での成長率による。
3。全地域とは,EUR7,アメリカ及び日本の合計である。
(出所)EμroρθαπEcoπo襯y, September,1985.
有泉:技術システムと社会・経済システムとの接合関係をめぐる諸問題 45
純な説明はありそうもない」㈲という意味においては言うまでもないことであ るが、ここでの分析視角の枠内でも、なお検討の余地があるということである。
表2は、製造業部門別に1972−82年の間のOECD主要諸地域の域内需要成 長率を見たものである。ここで見られる顕著な特徴は、70年代以降の全体とし ての経済停滞と従来型産業の成熟・停滞の中で、新たな 技術パラダイム に 対応するいくつかの産業が、60年代並みあるいはそれを上回る高成長を示して いることである。このことは、需要の伸びを見る限り、ヨーロッパにもそのま ま当てはまる。しかし、ヨーロッパの場合、問題は需要がどのように充足され るかという点にある。その供給サイドを見ると、現在、経済システムへの影響 力という点で中心的な位置にある電子及び情報・通信関連産業において、ヨー ロッパのパフォーマンスは決して良好なものではない。例えば、世界の半導体 市場に占めるヨーロッパ企業のシェアは10%(1988年)にすぎず、コンピュー タもほぼ同程度のシェアにとどまっている(アメリカ、日本との問には大きな 格差がある)(47)。これを表2に言う「高需要産業」全体について見れば、そのE
C域内需要に占める域外からの輸入浸透率は、1972年の9.3%から82年の17.0
%へと7.7%ポイントも上昇している。逆に、輸出競争力という点では、OE CD諸国の同産業輸出総額に占めるECのシェアは、同期間に2.3%ポイント
の低下を示している(娼}。
これらに見られるように、世界市場において高い需要の伸びを示す先端産業
(電子及び情報・通信関連産業)において、ヨーロッパは競争力に遅れをとっ ており、高い需要の伸びを自らの生産の高成長に結びつけることに失敗してい る。そして、このようなヨーロッパの競争力の欠如の基本的要因を、フリーマ ンとともに、ヨーロッパ諸国における イノベーションの国民的システム に 求めることは可能である。言い換えれば、新たな 技術・経済パラダイム に 対する社会・制度的枠組の適応の遅れにある、とすることは可能である。
更に、問題は先端産業内部にとどまるものではない。新たな 技術・経済パ ラダイム の登場が、ICやコンピュータの効率的な応用と、生産組織のより フレキシブルな再編成等を要求するとすれば、従来型産業におけるそのような 適応の遅れが、日本との競争やNIESの追い上げを通じてヨーロッパの困難
を加重している。
このように、彼等の議論からヨーロッパの経済停滞を説明することは可能で ある。しかし、以上の議論は基本的に供給サイドの議論である。新たな 技術・
経済パラダイム の登場に際して、それに適合的な 国民的システム を持つ 国は、その技術開発力と生産効率において優位に立ち、良好なマクロ・パフォー マンスを示すのに対し、それに不適合を示す国は 調整の危機 を経験する。
だが、このことがOECD諸国全体としての低成長をどこまで説明するかは、
必ずしも明瞭ではない。
確かに、OECD諸国が全体として、新たな 技術・経済パラダイム に適 合的な 国民的システム へと移行するならば、その潜在力をより効率的に顕 現させるであろうと考えることは可能である。しかし、その場合でも、1つに、
先に自動車産業について述べたように、すでに成熟段階にある従来型諸産業が、
そのことによって再びかつてのような需要の高成長を経験するということには ならない。2つに、現在の技術革新の中心にある電子及び情報・通信関連産業 について言えば、新たな技術は、アメリカ、日本、ヨーロッパにおいて、すで にかなりの普及をみている。それにもかかわらず、これらの諸産業が全体とし てのマクロ経済の高成長を主導するに至っていない。そして3つに、新たな技 術システムに適合的とされる日本経済について言えば、1980年のマクロ・パフオ 一マンスの相対的良好さも、その少なからぬ部分は外需に依存したものであっ て、内需主導の成長が定着している訳でない(世界経済の拡大均衡に寄与する
ものとなってはいない)(49)。
これらのことは、問題は供給サイドにおける効率性にのみあるのでなく、現 在の技術革新の需要喚起力の側にもあることを示しているように思われる。
技術革新が経済成長を起動するというとき、その前提となるものは、技術革 新の持つ潜在力の大きさであった。このような潜在力について、クズネッツ
(S.Kuznets l972)は、潜在力の大きな技術革新とは言はば スケルトン で あって、その骨格の上に長期にわたって持続的改良や補完的革新を生み出す点 にその特徴があるとしている。同時に、彼は、そのような潜在力の1つの集約 的な尺度として、最終消費(需要)に及ぼす影響の大きさを挙げている。
もちろん、最終消費に及ぼす影響力というとき、既存商品の価格の低落に帰 結する技術革新は、すべてそのような効果を持つものである。しかし、この場 合、新たな消費手段の創出の持つ意義は決して無視することはできない。そし て、そのような視点から現在の技術革新を見たとき、1つの特徴は、それが生 産の領域において、その生産方式を変革するような影響力を及ぼしつつあるの に対し、消費の領域において、人々の生活様式を改変するような大きな影響を
有泉:技術システムと社会・経済システムとの接合関係をめぐる諸問題 47
及ぼしてはいない、という点にある。あるいは、かつての自動車や各種家電製 品の示したような 爆発的 な需要喚起力を持つ画期的な新製品(あるいは新 サービス)を創り出してはいない、という点にある(5°)。
確かに、技術革新の潜在力と言っても、その実現にはかなりの長期を要する のが一般的である。したがって、現在進行中の技術革新について、現時点で、
それが最終消費の領域で画期的な新製品を創り出しえていないことをもって、
直ちに、その需要喚起の潜在力に限界があると断定することは早計であろう。
しかし、そこに、少くとも、フリーマンの 国民的システム 論では見落され てしまうもう1つの ミスマッチ があることは事実である。それは、現在の 技術の発展方向と人々のニーズとのミスマッチである(5ユ〉。
この点について、森谷(1992)は興味深い指摘を行っている。
一言でいえば、戦後の前半期は、戦中に停滞していた在来技術も含めてさまざま な分野の技術が大いに進んだのだが、後半期においては、画期的といえるほど進ん だのは、ほぼエレクトロニクスのみであった。その後半、つまりこの20年間の技術 進展を、私は破行と偏向という2つの言葉で表現する。破行とは、エレクトロニク スばかりが進み、輸送、エネルギー、都市、材料などの諸分野が取り残されたこと だ。偏向は大きく進んだエレクトロニクスが、FA、 OAなどの産業内の機器、シ ステムや家庭、個人の量産製品にばかり集中したことである。
その集中が、飽和現象につながったと見てよいだろう(52>。
この指摘は、直接には、「バブル崩壊」後の日本経済の不況に関連して行わ れているものであるが、ここで、「破行」と「偏向」とは、技術の領域ばかり ではなく、社会システム全体のうちに存在するアンバランスと考えることがで きる。このようなアンバランスは、一方で、ICを中心とする新たな技術が、
供給サイドにおいて浸透的な影響力を発揮しつつあるのに対し、需要サイドで 画期的な新製品を創り出していないという先に指摘した点に対応するものであ るが、同時に、他方で、現在の社会・経済システムの下では、人々の潜在的ニー ズの高い社会的共同消費の充足は遅れがちであり(社会的不均衡)、そのよう なシステムに規定された技術発展の方向( 技術トラジェクトリー )もまた、
社会的消費の領域を焦点としては進んでいない、という点にある。
このようなアンバランス、あるいは技術進歩と人々のニーズとのミスマッチ の含意については、すでにパシネッティ(LPasinetti)が、(より抽象的な次
元で)論じているところである。彼は、「技術進歩を動学的な経済研究に導入 すれば、それは必然的に(部門ごとに)不比例的な需要の拡大を意味すること になる押こと、また、「すべての財・サービスには上限となる飽和水準がある」
㈹ことを指摘する。そして、そこから、変化する社会では「彼ら(消費者)は新 しい選好を学習しなければならない押として、次のように指摘している。
しかし、各単位期間内において学習しうる量は、無限ではない。これは、学習過 程そのものは無限に続きうるとしても、それが進行する率には限界がある、という
ことである。そして、テクノロジーの発見に歩調を合わせるためには消費者の学習 率に突然の飛躍が要求されるような事態が生する一これは周期的に起こらざるを 得ない一場合、ただちに反応が出てくると期待する理由はない。このケースでは、
投資の決定は延期される傾向があるであろう。これは、現実の投資の総額が低落し、
総有効需要が生産の技術的可能性にたいして不足するようになることを意味する。
経済は、実際、需要、雇用そして生産設備能力の適正な構造的再配分を見出すこと に成功するまで、その技術的な可能な生産のすべてを利用することはできないであ
ろう〔56)。
これを本稿の文脈で見れば、ここでの指摘は、1つに、既存の諸商品に対す る市場の飽和に対して、新たな技術の登場が直ちに消費需要の拡大をもたらす とは限らないこと、2つに、その場合、有効需要の不足が長期にわたる経済停 滞を導きうること、そして3つに、そのような停滞から脱却するためには「消 費者の学習率の突然の飛躍が要求される」ことの3点を意味している。この指 摘は、現在の経済停滞の一側面を説明するものである。そして、ここで求めら
れている 学習 は、単に個々の消費者レベルでの学習ではなく、技術と消費 者ニーズとの適合性に関する供給サイドにおける 学習 でもあり、また、社 会システム全体としての、人々のニーズと新たな技術的可能性とを結びつける 点での 学習 である、と考えるべきものである。
このような視点からすれば、確かにネオ・シュムペーテリアンの 技術・経 済パラダイム 論は、現在の経済停滞を理解する上で重要に視点を提供するも のであり、また、主にヨーロッパを活動拠点とする彼等が、国民経済の供給サ イドに焦点を当てて ミスマッチ を論ずることに十分な根拠があると言うこ とはできるが、しかし、需要サイドにおける技術進歩と人々のニーズとのミス マッチという問題が視野の外へ出るという点では一面的なものとなっている、