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行 政 指 導 と私 人 の 権 利 救 済*

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行 政 指 導 と私 人 の 権 利 救 済*

秋 山 義 昭

行政指導の歴史的意義と今 日的課題 第1節 行政指導 と信頼利益の保護 第2節 行政指導 と行政争訟 第3節 行政指導 と国家補償

序 行 政 指 導 の歴 史的 意 義 と今 日的 課 題

特殊 近代的 な市 民社 会を基盤 に確 立 した近代市 民法は,資 本 主義が原始蓄積 の段階か ら,産 業資本主義 の段 階 の本格的 かつ全面的 に展 開す るのに応 じ,産 業資本主 義的市民 社会 の秩 序を原理 的に維持す るこ とを 目的 と して登場 した。 この産業 資本主義的市 民社 会 の秩序 とは,根 本的に,各 市民 が私的利益 を 目的 と し,そ れ を追求す る自由 と,自 由 な市場 で の自由競走 とい う手段 に よってそ の私 的利益を実現す る自由 とを前提 とす る。

したが って,そ の原理 を維持す るため の近代市 民法 は,商 品所 有者相互 の自由な商 品交 換 の法則,す なわ ち,等 価交換 の法則を反映 し,か つ,こ れ を保障す るための ものであ った。 ここでは,市 民個人 の 自由意思が法 関係の中心 にす え られ,い わゆ る私的 自治の 原則が貫かれ ることに な り,そ の こ とは一面,政 治社会 と して の国 家が ノ個人 の 自由意 思 に も とついてつ くられ る経 済的市民社 会の秩 序に原則 と して介入 しない とい う建前 が

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と られ ていた ので ある。原則 と して介入 しない とい うこ とは,国 家 の介入を 例外的 に の み認め るとい うこ とを 当然 の前提 とす る。 しか しそれ とて も,国 家 は,市 民相互間 の私 的 自治 を保障 す るため に,紛 争 の事後処理 機関 として司法的に介入す るのみで あ り,そ の場合 で も市 民 の側か らの訴の提 起 を待 って,は じめて介入 し得 るとい う消極的 な もの で しか なか った。国家権 力に よる行政 的介入(そ れ は法的規制 に他 な らない)も,価 法則 の貫徹に よって 自然につ くられ る経 済的市民社 会 の 自律的秩序 の 内容 に立 ち入 るこ

*原 稿受 領1969年9月30日

(1)渡 辺 洋 三 「近 代 市 民 法 の変 動 と 問題¶(現 代 法 「現 代法 の 展 開」70頁 以 ド)。

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2 第20巻 第2号

とな く,い わば,か か る経済法則 が成 り立つ よ うな場 そ の ものを保障す る ことに限定 さ れ ていた。具体的 には,国 家 の任務 は,せ いぜ い,社 会 の秩序 が よ り以上 悪 くな らない よ うにす るため,秩 序 を乱 した り社会 的害悪 を流 した りす る行為 を取締 る秩序維持 の作 用,国 家財政 の需要 を充たす ための租税徴収 の作用,国 防 ・外交 の作用,必 要最 少限 の

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公 共施 設を設置管理す る作用 な どに限 られ ていたので あ る。 このよ うに,近 代市 民法原 理 の貫徹 は,社 会経済 過程 を法的視野 か ら除外 し,市 民法的権 利関係は,社 会経 済過程 か ら切断 された ところに のみ可能 で あるのであ って,国 家権 力 の価値判 断に よる経済社 会 の規 制 とい う意味 におけ る国家権 力 の介入 は,私 的 自治 と自由 を基礎 とす る近代市民 法 自体 の抽 象的 な性格 の形 にお いて拒 否 され,ま た,そ の こ と自体が 資本主義経済 の要 求そ の もので あ った ので あ る。

しか るに,近 代市民 法を支 えていた産業資 本主 義社 会 は,そ の後 の資 本主義経済 の発 展に よ り,独 占資本主 義社 会へ と変質 した。そ の過程は また,単 に 自由市場 か ら独 占市 場 へ の転化 の過程で あ るばか りで な く,同 時 に,国 家 の経済社会 への介入 が,し だいに 積極 的 ・全面的 に展 開す る過程 で もあ った。現代 の国 家独 占資本主 義の段階 では,独 占 資本 が国家権力 と密着 し,国 家機 構を動 員す る形 で経 済の運営がはか られ ていか ざるを 得 ない。独 占段階 の初期 におけ る経 済恐慌 の くり返 しが,経 済社会 に対 す る国家 的介入 の必要 性を増大 させ た。 この資本主義 の高度 化に伴 う社会 の 自律性 の崩 壊過程 の中で, 国家 活動,と りわけ 行政活動 は,飛 躍的 に拡大 ・強 化 され,行 政 機能 自体 の著 しい変 化 そ の積極化 ・拡大 化 と複 雑化 ・多様 化一 を とげ て きた のは ご くしも当然 の ことで あ った。それ は第一 に,租 税,財 政 投融資,金 融政 策 な どを通 じて,経 済的市民社会 の 市場 に金 の面か ら介入 してゆ くことに おいて,第 二に,国 家 ・地 方公 共団体は,自 ら事 業主体 とな り,郵 便,電 信,交 通,水 道 な ど生活手 段 を供給 し,住 宅,病 院,学 校 な ど を経 営 し,土 地開発,道 路,港 湾 の整備 な どの事 業を行 な う点におい て,第 三に,国 家 は,社 会 保険 の給付,生 活保護 の給付,各 種厚生 福祉施設 への収 容 な ど,い わゆ る社会 福 祉 関 係 の仕 事 を 行 な う点 に お い て,第 四 に,国 家 は,経 済 的市 民 社 会 内 部 の対 立 す る 諸 私的利益 を調整す るために,さ ま ざまの形で積極 的に これ に介入 し,一 方 では私的利 益 を保護 し,他 方 では これ を 規制 す る とい う点にお いて,特 に顕著 に 現 われ て きてい る。 そ の現 象を,法 的側面 で把 え るな らば,私 的 自治の原則 の上 に立つ市民法 は大 き く

(2)こ の よ う な 国 家 権 力 の 消 極 的 任 務 な い し極 小 化 を い い あ ら わ す も の と して 「夜 警 国 家 」(Nachtwlichterstaat) と い う 言 葉 が あ る 。

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行政指導と私人の権科救済(秋IJI) 3 ‑

し岡家の苛政権を規律するための行政j去 の ぷ 階 層 ・ 諮 問 主 級 ご と の 保 護 と 規 制!をま鞍とする様々の特別法の撞頭ということになるであろうO

この点をp わが自における事時に却してみるならば,かような経済過程と出家機能の iEijは,謡、らずしも前述のようなプロセスをたどったわけで はない。わが悶では,明治 以来,同家機能を h~1証的秩手続持作用に限定した時間を全く経過したことがないという 意味において,きわめて独白た特設を持つものである。 JIjfiに「上から」の経境基盤創 設に依出して,前3li代的な資本が康業資本へと生JJy;li引ヒすることが可能に詰ったわが同

の設業資本{品川LJtJJιおし、, II)J治設)fjーは.j扶;~乳1長史山;乙:)道;

!成£をを?行ない,製鉄業等も i二号 f~:l らが経常する等に加えて,宮祭総力の ~t;:L0い強{じをはか た。敗戦による絶対主天山liIJの解体によってflTIH発したわが111 !f;.!!ミ主権1t1J~こよ る政治 HltJ告の変革とお宮資木主義の成長の,~QMli\ の 1[1 で,経済計Illií. 染;n.üけ 11.社会計 I司土開発計酉等の計画行設を急速に土器大し,民の:説祉を j時五五するための社会畏

│決,公的扶助, 資金助成といったような給付行政の展開を全面的に押し進めるわペビっ た。その点でみれば,資本主義確立j誌における国家談会長の消極的側面会f欠くとはし、えa

社会国家・版社島家へという隠家理念に伴なう罰家機能の質・量剤師の多彰かつ多量な 画期的発展現象は例外ではないということができるo

しかし,本識は,この行政壊能の変化それ1:]体に目安[rl]けるものではない。むしろ,

行政機能の資的変化に対応してs 国家の斎:務の具体的実現を担う行致活動の丙容がタ 雑かつ多様イとしてきたこと 百するもので、ある。寸なわち,現代における去行政機能 の費量同而にわたる拡大はz 行設主if,がその托務を果すためぶ汚いる いちじるし し、多接{七をもたらしたが,その手段には,これまでの行政法の教科書に陥げられている 行政行為,行設立法,行政強志11,公法上の契約のような行為顕著I}.で、は担えきれない多彩

ものが数多く採用されるに五った。間家3Rt念の決定的転換のもとではp 行政活動は,

もはや,公権力を発動して F~ll'\;vと命令・強制する方法のみを通じては行ない得ない。

れとともに p 関民の抑制を誤報的に j哲;ffiするために,管理,保立援護,訴導 3 自力)j~ , 境励,指導といったような非権力的な行政作用が,薪時代のニニューブ広イスとし

してくるようになる。それに作なってp 当然にまた行政法無論のにもF 詑来にみられ ぬ護雑化・多携先の現象をもたらさずにはおかないのであってB 従来の伝統的行政法に おいてその 111~;IK的・主投的位慨を占めてきた公権力心の行政法体系に対して,いまや

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‑ 4  商 学 言 、 ; 究 第20

種々の境問。批判が提出され,新しい方法的立場が されつつあるのである。

行政指導も,ある意味では,このような国家機能の変翠の所産であるということがで きる。以下,この行政指導にのみ焦点を合わせ,主として法的斜面から,今日において 如何なる意義を有するのかを若干考察してゆきたいの

「行政指導Jとしづ言葉はs 従来,官庁やマスコミで慣用的に使われてきた用語であ っし法棒学,特に行政法学の分野で,学問的対象として意識的に扱われ出したのは

く最近のことである。したがって,仔政指理が何を意味するかは,必らずしも明確で、は ないがタ一般的にいえば. I行政機関が,相手方の師調を求めて勤きかけa それによっ , 行政機関の;意閣するところを実現しようとする作用であるJということができょ o具体的には,指示a 要専!,??告,勧告,勧賞:.教示等の方法で行なわれるも のであるがF 必らずしもはっきりした法的組撫に恭づいて行なわれることを必要とせ ず¥また法的な強能力を侍なわず,開らの法的効果を伴なわない事実的行為であるとこ ろに特色がある。そして,かかる任意、的手段としての行政指導は,行政機誌の甚大とこ れに対応する行政市の責怪の増大の{頃向に照応して,法簿による行政の諒理と,ときに よっては法葎をこえても国民の要望にこたえて積躍的に秩序を形成しなければならない 公行設の責務との隠のギャップをi盟める手段として登場した。また,公行政の{掛からみ て,強制措置によるよりも,相手方の協力を得て佳意的な措置をとる方が,摩擦や抵抗 が少老い点でより目的を達成しやすく,相手方である人民の側でも強制措霞によって臨 まれるよりも,いろいろな点で有利である点にも,狩政指導の存夜理由がある。ともあ れ,行政指導は, この意味で, I法律による行政jの原理との限界の問題をはらみつつ も,その任意的手段拡よる便宜性とも相まって,島らゆる方面に数多く諜用せられ,今 関では,その存:荘とi機能をまったく実軽視することができないほどまでに一般化している といってよい。

その点で,行政指導はまた,行政が,現突に時民と接触する場においてこそ行なわれ るのが常である。 ところが,行政指導は,必らずしも法律の根拠を有するものではな

(3)  和総事をうた「行政法J11頁以下。

(4)  行政指導を主意識的に行政法の冷iことりこみ毛あるいは繍別的iこ、若宮療対象iこしているものとして.今村成初「行 政法入門J152頁以下,品交EDH月「行政指理事J(現代法4r現代の行政J131頁以下).*箆野宏 I行i攻指導J(行政 法議陵 第各巻 13頁以下).林1f奪三「いわゆる行政綴導毒事についてJ(行政と経営 8号17O.ジュリスト342 号「特集・行絞殺導J.!][H笑夫「行政法J200爽以下 .o玄関頼附益他 f現代行政法J228 Jii:以下.き与をあげるこ

とができる。

(5)今村・前掲舎152

(6)行政指導と法律の根拠の!務災については奄成ED'j/;1146爽以下司滋里F・前掲議21Jii:!Wo

(7)  m・前掲手持13Hミ以下参!!日。

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行政指導と私人の権利救捺(秋山〉 ζJ 

く,法的な強制力も3 また前らの法的効果も伴なわないものであるがゆえに,桔手方で ある国民との関係においてはp 次のような問題点が常に包議されていることに注意しな ければ主らない。

lに,行政機関またはその職員が誤った行政指導をした場合に,それを善意に潜頼 して行為した椙手方はどのように保護されるだろうかとしヴ問題である。行政指導誌,

法の窟;臨する呂的を実現しようとするもので三そあれ,一々具体的に明示の法律の援抑1

したがって行なわれるものでないがために,指導にしたがって行動することが適法で あるとの禄障はどこにもなし、また国誌の側からすれば,今昌のように,行政の内容が 援雑多岐にわたり,しかも,科学技術が著しく進展し社会経済の実部がめまぐるしく 推移変遷している事情の下では,行政の錦部についてまで詳絹な知識と理解をもつこと は容易なことではないから,行政に精通する職員の指導・助3ぎを一応器頼して持動する ことも,島ながち無理からぬことだと(,¥(,、得ょう。そして,誤った行致指導を信頼し て,人民が一定の行為をしまたはしなかった場合に,特にそれが選法行為として行政 罰が科せられたり,その他の不利益処分が諜せられたりすることもないで吋なし、これ は結局,法の建前の貫徹とz 行政指導を信頼した者の信頼謀議をどのように評価するか という問題ι掃着するわけであるが,少なくとも,この場合に,人民の{言額利益をまっ

く紙読し去ってよいというはずはなし、。しから ~i , どういう場合に,どのような内容 の保護を,どの誼度,人民ι与えるべきであろうか。今日のように,行政が掴民生活の 場に緊筏に接触する度合が高ければ高いほど,増々不可避的に生じてくる問題であろう

と忠われるO

2に,行政指導広よって自己の機手JIJI主主を授害されたとするものが,当該行政指 のものを何らかの争訟手段で争うことができるかどうかという,すぐれて訴訟技衛 的な問題がある。現実に守致指導の多くは,はっきりと法に根拠をもつことなく,それ でいて実質的には鑓人の権利・自由を左右する目的ないし効果をもって行なわれている か弘それによって権利・自由を授害された私人から,何らかの手段~{~訴えて,それを ど{代、得る道が関かれていることが望ましいことはし、うまでもない。現在,持政管理庁に よる行政官!、古あっせん(行政管理11'設蹴法2条日号)のような行故古埼処理組震が設 けられていて,それtトに、こニよつてもある魯程:度の効果呆;は期待し得るとしても'最終的に;は主丸E

i

情宵あつぜん!庁Ttに乙は,一定の手続を経た上で法的な半日差rrを下すことが童話務づけられていな い点で,独立の争訟;民震としての性棋はもっていない。現行制度上浅された道は,不服

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6 第20巻 第2号

申立か 訴訟 の提 起 しかない わけ であ るが,実 定法は,不 服 申立,行 政 訴訟 の対 象を,原 則 と して,「 行政 庁 の違法 な処分」 に限 ってい る。 従 来 の解釈 に よれ ば,こ の 「処分」

には,行 政指導 の よ うに何 らの法的効果を生 じない ものは含 まれ ない とす るのが 通例で あ ったわ けで あ るが,昨 今 の よ うに,行 政指導 の比 重が質 的 ・量的 に増大 してきた とい う現象を念 頭に置 きつ つ,そ して,行 政 訴訟 の本質 を ど う理 解す るか とい う基本問題 に たちかえ るな ら,こ の 「処分」 の意味 を,わ れ われ は あ らためヤ 分析 し,考 え なお して み る必 要 に迫 られ るのではないか と思 う。

最 後に,行 政機 関 の違 法 または不 当な行的指導 に よって,相 手 方が何 らかの損害 を蒙 った とす る場 合,被 害 者 は,国 また は公 共団体を相 手に損害賠償 を求め ることが可能で あろ うか,あ るいは また,一 応 は適法 な行政指導 に したが った ために,財 産上 の不利益 を蒙 った とす るものが,補 償 を請 求す る ことがで き るであ ろ うか,と い う問題が 残 され て い る。 今 日,国 家 補償 の範 囲は,次 第 に拡 げ られ つつ あ る といわれ てい るが,現 行 制 度 の中 で,行 政指導 に よって惹起 され た損害 ・損失 は,ど の程度償われ るもので あろ う か 。

行 政指導 をめ ぐる法的 な問題点は,何 も以上 の3点 に限 られ るわけで はない。行政指 導 の意味,内 容,必 要性,方 法,法 律 の根 拠 の要否等 々につ いて も,そ れ ぞれ十 分 な検 討 と分析が必要 であ る よ うに思われ る。 しか し,こ こでは,そ れ らにつ いての一応 の理 解 を持 った との前提 にお いて,主 として,行 政 指導が実際 に行 なわれ る場 の中で,相 手 方国 民に与 え る影 響,な か んず く,相 手 方 の権利救済 との関係 に主眼 を置 いた。 本稿は 問題 点を上述 の3点 に しぼ り,順 次検討 を加え よ うとす る ものであ るが,何 分 に も,こ の問 題が,法 律 の分 野で学問的 に と りあげ られ る よ うにな った のは ご く最近 の ことであ

り,ま た,筆 者 自身,前 もって行政 指導 の実 体を十 分 に調査 ・分析 してい るわけ ではな い ので,以 下 の論点 が,現 状 の救済 手段 としては,い ささか 当を得た ものでは ないか も 知れ ない。そ の点 の不備 は次 の機会 に補 うことに して,私 な りの問題把握 とそれにつ い ての一応 の解答 を展 開 してみたつ も りで あ る。

第1節 行 政 指 導 と信頼 利益 の保 護

L行 政指導 も,結 局 は,人 間の判断 作用 の結果で あ るか らには,常 に正 し く行 なわれ るもの とは限 らない。 お よそ行 政指導 を行 な う権限 を有 しない行政 機関がそれ を行 な った り,所 轄権 限外 の ことを助 言 ・指導す る場 合が考 え られ,あ るいは また,所 轄事

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行政 指導 と私人 の権利救 済(秋 山) 7 項 について権限 を有 す る行政機 関 あるいはそ の職員が,法 律 の解釈 を誤 って私 人に指 導す る場 合 もあ り得 る。相手方 の信頼利益 の保護 の関係で主 と して問題にな るのは後 者 の場 合が多い であろ う。 この よ うに,行 政 機関 また はそ の職員が誤 った行政指導 を し,そ れ を信頼 して行動 した り,あ るいは しなか った 人民 には,ど の よ うな保護が, どの よ うに 与え られ るべ きであ ろ うか。 少な くとも,善 意 の信頼 者が まった く救済 さ れ な くて もよい とい うのでは,国 民 の社会的 ・経 済的 ・法的生 活が著 し く不 安定 な も のにな って しま うよ うに思 われ る。今 日の よ うに,法 令や行政 の実 体が,高 度 に専 門 化 ・技 術化 して難解 な ものにな って きてい るとい う事情 を考え てみ るな らば,行 政 機 関 の助 言 ・指導 を一応 は信頼せ ざるを得 ない状態 に あ るとい うことがで き よ うし,反 面,そ れ だけ増 々,善 意の信頼者 が手厚 く保護 され なければ な らない必 要性が 高 まっ て きてい るともい い得 よ う。 しか し,他 方 で,常 に この よ うな信頼保護 を認 めたので は,法 の予定 す る 一定 の行政 目的が容 易に 達せ られ ない と い うことに も な りかね な い。 した が って,こ の問題 は,行 きつ くところ,法 の建前 の貫徹,す なわち行政 目的 の遂行 と,私 人の信頼利益 を も保護 しなけれ ぽ な らない とい う相 反す る要 請をいか に 調和せ しめ るのが妥 当か とい う根本問題 に触れ ることで もあ る。 わが国 では,こ の問 題 を意識的 に と りあげた交献 ・判 例は少 ないが,諸 外国 では,判 例上,立 法上,き め わ て興 味あ る措置 を講 じてい る。以下,ド イ ツ,ア メ リカに この問題 の解決 の糸 口を 見 出 し,そ の後わ が国 の現状 に 目を転 じてみたい。

2.行 政 機関 あ るいは そ の職員 の誤 った 指導 ・助 言を善意 で 信頼 した者 の 救済 のため に,一 定 の場 合に,将 来 の行政 庁 の行為 を,そ の指導 ・助言 に拘 束 させ よ うとい う考

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え を,特 に判例 の上 で詳細 に展 開 して い るのは西 ドイ ッであ る。西 ドイ ツの判 例史 上 問題 に された のは,主 として,税 務行政 におい て行政機 関が私人 に対 して与え た 「教.

(9)

示 」(Auskunft)な い し 「約 束 」(Zusage,Versprechen)に 関 し て で あ っ た 。 そ し て 行 政 行 為 の 前 段 階 と し て の こ の 教 示 ・約 束 が,後 に 誤 り で あ る こ と が 判 明 し た 場 合,

{8)参 考 に し た4… な る 文 献 は 以 下 の も の で あ る 。Monreal;AuskilnfteunZusagen'vonFinnzbeh6rden.Mai・

nka;Vertrauensschutzim6ffentlichenRecht.Neumam;DieGreendesVertrauesschutzesim6ffen.

tlichenRecht(NJWl962s.1085).Rhwer・Kahlmann;Beh6rdlichZusagenundVerrauensschutz(DVBI

l962s.622).Haueisen;DieBedeutngvonZusagenimVerwaltugsreeht(NJW1961s .1901).Forsth・

off;LehrbuchdesVerwaltungsrechts9AufLs。161.

{9〕 「教 示 」 「約 束 」 を 与 え る こ と が ど れ だ ナ可 能 か,そ の 意 義,種 類.法 的 性 質 等 に っ い て も.本 来 十 分 な 検 討 を 加 え る 必 要 が あ る が,こ こ で は そ れ を 省 各 し,一 応.教 示 と は,行 政 機 関 お よ び そ の 職 員 が,誰 か に,何 か あ る こ と に 関 す る 意 見(Meinun9)や 知 識(Wissen)を 伝 え,説 明 す る こ と で あ り,「 約 束 」 は,そ れ に.あ る 程 度 の 確 約 的 性 質(Verspreehenscharakter)が 付 与 さ れ た も の と 理 解 し て お き た い 。 し か し.実 際 上,教 示 と約 束 を 厳 密 に 区 別 す る こ と の 困 難 性 と 無 意 昧 性 の ゆ え に,両 者 を 同 一 概 念 と して 扱 っ て も 不 都 合 は な い し,裁 判 所 も 両 者 を 必 ら ず し も 明 確 に 使 い わ け て い る わ け で は な い(MonreaLa.a.O,s.522>。

(8)

8 第20巻 第2P7

そ の 誤 っ て い る教 示 ・約 束 に 対 す る行 政 行 為 の 拘 束 性 と い う形 で 問 題 が 提 起 さ れ た の で あ る 。 しか し,こ の 点 に 関 す る 裁 判 所 の 立 場 ぱ,時 代 的,内 容 的 に 必 ら ず し も一 様 で は な い 。

戦 前 の ラ イ ヒ財 政 裁 判 所 は,教 示 に 対 す る 拘 束 性 に つ い て は 全 く否 定 的 で あ っ た と い う こ とが で き る 。 す な わ ち,教 示 に 全 く相 反 す る よ う な 租 税 賦 課 処 分 を 行 な う こ と は,教 示 を 善 意 に 信 頼 した 私 人 の 利 益 を 侵 害 し,信 義 誠 実(TreuundGlauben)の

原 則 に 反 す る の で は な い か と い う主 張 に 対 し,旧 ドイ ッ 租 税 通 則 法(AO)81条(現

在 の ドイ ツ 租 税 調 整 法3条1項 に 該 当)の 「租 税 債 務 は,法 律 が 租 税 を そ れ に 結 び つ

(10)

け て い る要 件 が 実 現 され る と 同 時 に 成 立 す る 」 と い う規 定 を 根 拠 に,あ る い は,当 の 租 税 法 規 は,租 税 清 求 権 の 最 終 的 決 定 を,査 定(Veranlagung)の 時 期 に 留 保 し て い る か ら,納 税 者 は,税 務 署 が 後 の 査 定 に お い て,教 示 通 りに 決 定 す る だ ろ う こ と を

(11)

信 頼 し得 な い こ とを 根 拠 に,そ れ を 拒 否 した の で あ っ た 。 一 般 的 な 法 思 想 の 表 現 と し て の 信 義 誠 実 の 原 則 が,あ ら ゆ る 法 分 野 に,そ れ ゆ え に 公 法 の 領 域 に も 適 用 が あ る と い う こ と は,当 時 と て も,ラ イ ヒ裁 判 所(RGH)も 不 断 の 判 例 の 中 で 承 認 し て き た

(12)

こ と で あ っ た が,租 税 行 政 の 特 殊 性 の ゆ え に,そ の 適 用 が 制 限 ・排 除 さ れ た の で あ

る 。

戦 後,連 邦 財 政 裁 判 所(BFH)は,1957年3月6日 の 判 決 で,従 来 の ラ ィ ヒ財 政

(13)

裁判所 の見解 を くつが え した。 この判 決は,一 担 税務署が誤 った教示 を してお きなが ら,後 にそ の誤 りに気付 き,税 の差額分 を追 加請求 した とい う事 案に対 し,信 義則 の

(14)(15)

適用 を認 め差額 追加請求 分を 無 効 と判示 した ものであ る。 同年8月22日 の判決は, 上 述 の判 決を前提 として次 の よ うに判示 し,誤 った教 示に対 す る行政行為 の拘束性を 確立 す るに至 った。

税務 署員 の 口頭 に よる教示 は,税 務署 に とっては何 ら拘束力が ない とす るライ ヒ

{IO)RFHUrt.vom19.1.1921RFHSlg.4s.262;vom28,6.1922S且g.10s.15;voml6.9.1936 RStBI1937s.262;vom10.11.1962RStBI1943s.77.

(11}RFHUrt.vom13.L1937Slg.40s.325.

(12}Soergel;BlirgerliehesGesetzbuchBd.18AufLs.581.

(13)BStBI1957皿s.173.

(14〕 事 実 関 係 が 興 味 深 い の で 引 用 して お く 。 原 告(納 税 者)がt権 限 あ る 税 務 署 に 。 電 話 で,白 動 車 税 を5月 7r1に 支 払 っ て も,税 率 の 高 く な る 新 交 通 財 政 法 の 適 用 は な い か ど う か を 問 い 合 わ せ た と こ ろ.税 務 署 は,5月7 Hで も 従 来 通 り低 い 税 率 を 規 定 す る 旧 法 が 適 用 さ れ る 旨 解 答 し た 。 しか し,こ の 法 解 釈 に 基 づ く 教 示 は 誤 りで あ り.実 際 に は,5月7日 に 新 法 は 効 力 を 生 じて い た の で あ る 。 税 務 署 は,一 一担 税 額 を 教 示 通 り の 額 に 確 定 して お き な が ら,後 に そ の 誤 り で あ る こ と に 気 付 き,あ ら た に 高 額 の 税 を確 定 し.そ の 差 額 分 を 追 加 請 求 した も の で あ っ た 。 原 告 は こ れ に 対 して,「 税 務 署 が 正 しい 教 示 を して さ え い れ ば,ま だ 低 い 税 率 の 適 用 さ れ て い た5月6日 に 税 を 支 払 っ て い た 」 と 主 張 し た 。

(15}NJW1957s.1855・ こ の 判 決 の 立 場 は,1958年10月23日 の 判 決(BStBI1959皿s.85)を は じめ.そ 後 の 同 種 事実 の 判 決 に 採 用 さ れ て い る 。

(9)

行政指導 と私人 の権 利救済(秋 山) 9 財政裁判所 の解釈 は,も はや是認 す るこ とはで きない。 信義誠実 の 原則は,一 で,保 護 に価す る納税 者 の利益 と,他 方 で,財 政 行政 に とって の利益 の衡 量を要 求 す る。納税 者は,権 限あ る公務 員に よって,事 実 関係 の詳 細な審 査 の後与 え られ た 教 示 は,彼 がそれ に基 づい て一定 の措置を執 った場合には,税 務署に よって重大 な 理 由 もな しに無視 され ることは ない とい うこ とを信頼 す る ことがで きなければ な ら ない。税務署 は,教 示 の前 に納税者 に よって知 らされ なか った新 しい事実 が別 の判 断を是 認 しない以 上,そ の署 員 の言葉 を守 らなければ な らない。納 税者が,教 示 の 誤 りを容易 に知 り得 た ものであ る とか,ま た教 示 を守 らな くて も,納 税者 に何 らの 不利益 な影響 を及 ぼ さな い場 合は別 として,権 限 あ る公 務員が,無 条件に与え た教 示 は,後 に この誤 りが明 らか にな った と して も,そ れ に拘束 され る一

しか るに,こ の基本 的立 場は,60年 代 に入 ってか ら,若 干の動揺 を示 した。 す なわ

(16)

ち,1961年5月26日 の判 決は,「 税 務署は,立 法者が 自由な活動 の余地 を認め てい る 事柄 に関 しては,教 示 や約束 を して,そ れ に拘束 力を認め る ことはで きるが,立 法者 が,明 白に法律に規定 した事 柄に 関 しては,そ れ がで きな い」 と判示 して,自 由裁量 事 項以外 につい て信義則 を適用す ることにつ いての制 限を表 明 した。 これは結 局,課 税 の法律 適合性 の原則 と平等 性 の原則 の制約を厳 しく解 して,明 白な法律上 の規定 に 反す る教示 ・約束 には拘束 され る ことは ない とい う見解 を打 ち出 した もので あ るが, そ の後 の連 邦財政裁 判所 の立場 も,こ の考 え方 に規制 され,現 在 の主流 的見解 とな っ

(17) て い る 。

これ に 対 し,戦 後 の 行 政 裁 判 所 の 判 決 は,比 較 的 ゆ る や か に,教 示 の 拘 束 性 を 承 認

(18)

し て い る と い え る 。1954年12月7日 の 連 邦 行 政 裁 判 所(BVerwG)の 判 決 は,一 の 建 築 法 上 の 認 可 が 与 え られ る で あ ろ う と い う所 轄 行 政 機 関 の 職 員 の 言 明 に つ い て, そ れ を 後 に ひ る が え す こ と は 信 義 誠 実 の 原 則 に 反 す る し,言 明 を 履 行 す る こ と 自 体 法 律 上 の 禁 止 に 違 反 し て い な い と い う理 由 で 拘 束 性 を 認 め た 。 こ の 判 決 が 先 例 と な

り,後 の 行 政 裁 判 所 は,一 致 し て,教 示 ・約 束 の 拘 事 力 を 認 め て い る 。 例 え ば,1956

(16)NJW1962s.511.

(17)例 え ばBFHUrt.vom4.8.1961(BStBI1961皿s.562).

(18)DVBIl955s.297.

(10)

一10一 第20巻 第2号

(19)

年1月31日 の 判 決 は,「 信 義 誠 実 の 原 則 は,被 告 が 原 告 に 対 し て な した,住 居 を 必 ら ず 入 手 す る と い う移 住 決 定 の 際 の 言 明 を,そ の 通 りに 履 行 す る こ と を 命 ず る 。 け だ し こ の 約 束 は,書 面 で,行 政 庁 の 権 限 の 範 囲 内 で 与 え られ た も の だ か らで あ る」 と 述 べ て 原 告 を 救 済 した が,そ れ は,書 面 に よ る約 束(SchriftlicheZusage)と い う制 約 を

(20)

置 いていた。1956年3月8日 の判 決は,こ の留保 を も取 り去 り,輸 入 商人に与え ら れ た外 国為替取 引の 認可 の約束が,ど の程 度行政庁 を 拘 束す るか の 問題につ いて,

「公 務員 の 口頭に よる 約束で あ って も,こ れが信 義誠実 の原 則か らで て くる信頼 保護

(21)

(Ver七rauensschutz)の 原 則 に 一 致 し て お り,約 束 が 法 律 上 の 禁 止 に 違 反 し て お ら ず,か つ 公 務 員 が そ の 権 限 を 有 す る 地 位 に あ る時 は,言 明 通 りの 行 政 行 為 を 行 な う こ

と が 義 務 づ け られ る 」 と判 示 し て,行 政 裁 判 所 の 基 本 的 立 場 は こ こ に 確 立 した 。 連 邦社会裁判所(BSG)は.前 述 の連 邦財 政裁判所 の傾 向 とほ とん ど異な るとこ

(22)

ろ は な い 。

判 例 の動 きは大 体以上 の通 りであ る。 この判 例 の傾 向に対 して,学 説 は大 要判例 を 支持す るものが圧倒 してい る とい って よい。否定 論者の筆頭で あ るテ ィプケ(Tipke) は,「 財政行政 が厳 格に 法律 に したが って行為 し,法 律に よって明 白に拘束 され る と ころで は,法 律 に したが って行為す べ き要求 と,信 義誠実 に したが って処理す べ き要 求 の間 に矛盾 を生ず ることがあ るが,両 者を同時 に満たす ことは で きな い。 この場 合

(23)

には,行 政 の法律 適合性 の原則 が,優 先的役割 を果たす のは 当然 で あ り,信 義 誠実 に したが って処理すべ き根 拠は公法 の どこに もみ られ ない 。 ドイ ッ民法242条 が類推 適 用 され るとか,信 義 則がすべ ての法領域で考慮 され るべ き一般 的法原則で あ るとか に 関 しては疑 問が あ る。 また違法 な教 示 ・約束に対 す る拘束は,課 税 の公平性 の原則に

(24)

も反す る」 と述べ,現 在 の連邦財政裁 判所 の見解 に も少なか らず影響を 与えてい る。

(19〕DbV1956s.314, tZO)DVBIl957s.174.

(21)一 定 の 場 合.公 法 関 係 に お い て も私 人 の 信 頼 を 保 護 す べ し と す る 信 頼 保 護 の 原 則 を 最 も 詳 細 に 検 討 ・分 析 し て い る の は マ イ ン カ(Mainka) .で あ る 。 彼 に よ れ ば 信 頼 保 護 の 原 則 を.従 来.信 義 則 に よ っ て,法 的 安 定 性 の 原 理 に よ っ て.基 本 法1条 の 人 間 の 尊 厳 に よ っ て.根 拠 づ け よ う と す る が.そ の い つ れ も が 正 し く な い こ と を 指 摘 す る 。 彼 自 身 は 。 社 会 的 法 治 国 家 に お け る 国 家 と 市 民 の 間 に 存 す る 特 殊 な 関 係 か ら理 論 づ け,信 頼 利 益 保 護 の 思 想 は,国 家 に 対 して 社 会 的 に 弱 い 凱場 に あ る 市 民 を 専 ら 保 護 す る も の と し て 機 能 す る と 説 く 。 そ して 信 頼 保 護 の 般 的 要 件 と し て1,行 政 庁 の 行 動 に よ っ て 根 拠 づ け ら れ た 信 頼 状 態 が 存 在 す る こ と.2.行 政 庁 の 行 為 が 有 効 で あ る と い う こ と に つ い て の 信 頼 が あ る こ と,3.信 頼 を保 護 す る こ と が,そ の 後 の 当 事 者 に つ い て の 保 護 に 結 び つ く こ と.の3点 を 挙 げ て い る(Mainka;a.a.O.)。

伽}例 え ば 連 邦 社 会 裁 判 所1961年3月21目 の 判 決(NJW1961s.1646)は,「 行 政 が そ の 将 来 の 行 為,あ る い は 不 行 為 に 関 して 与 え た 約 束 は,こ の 行 為 が 法 律 上 の 命 令 あ る い は 禁 止 に 反 して い る時 に は 拘 束 力 は な い が,裁 領 域 に あ る 事 項 に 関 して は.そ の 裁 量 の 鍮 越 ・濫 用 が な い 限 り 自 己 を拘 束 す る 」 と述 べ る 。

偉3)基 本 法20条3項.ド イ ッ 租 税 通 則 法1条1項,ド イ ッ 租 税 調 整 法3条1項 参 照 。 (24)Stw1958s.741.

(11)

行政指導 と私人の権利救済(秋 山) 一11一

これ に対 して肯 定説 の根拠 は必 らず しも一 様では ないが,行 政 の法律 適合性 の原則 と信義誠実 の原則は,共 に現在 の 法秩序に存在 す る 法 原則で あ って,一 定 の場合 に は,法 律 に反す る教示 ・約 束に対す る拘束性は,そ れ が単に法律適 合性 の原 則に反す

(25)

る こ と の 指 摘 の み を も っ て 否 定 され る こ とは な い と す る 点 で は ほ ぼ 一一致 して い る 。 な か で も,ヘ ス デ ル フ ア ー(HeBdCrfer)は,教 示 が 拘 束 力 を 有 す る た め の 一 般 的 な 要 件 と し て,

a・ 教 示 を 得 よ う とす る 者 が ,教 示 に と って必 要 な 事 項 を あ ます と こ ろな く説 明 した こ と,

b・ 教 示 が 権 限 あ る 公 務 員 に よ っ て 与 え られ た も の で あ る こ と ,

c・ 教 示 の 誤 りで あ る こ と が .相 手 方 に と っ て知 り得 な い もので あ った こ と,

d・ 相 手 方 が ,教 示 に基 づ い て,重 大 な,取 引上,経 済 上,財 政 上 の措 置 を と って し ま っ て い る こ と,

e・ 教 示 の 正 確 な 内 容 が 証 明 され 得 る こ と,

(26)

を挙げ てい るのは,行 政指導 と私人 の信頼 保護 の問題 を考 え るに あた って も,参 考に す べ き点が あ るよ うに思われ る。

3.ア メ リカに おいて も,行 政指導 が行政 の実際 にお いて数多 くみ られ る ことは 例外 で な く,規 制行政 の伝統 的道具(許 可 ・命令等)の 外 に,経 済活 動 の コソ トロール め手 段 と して,自 発的 協力 の要請,仲 裁 お よび事実審理,勧 告な い し相 談,私 人 の活動に 対す る助 言(主 と して制定法 の解釈 に関す る)は,多 くの行政 機関が 日常的に行 な っ

(27)

て い る と い わ れ る。・そ し て,こ の よ うな,制 定 法 に は っ き り と し た 根 拠 を 持 た な い 行 為 に は,原 則 と し て 法 的 拘 束 力 が 与 え られ な い と い う 伝 統 的 見 解 が あ る か ら,や り,そ れ ら の 行 政 指 導 を 信 頼 し た 者 を い か に 保 護 す る か と い う問 題 が 生 じる こ と に も 変 わ りが な い 。

ア メ リカ で は,こ の 問 題 は,政 府 に 対 す る禁 反 言(estoppel)の 法 理 の 適 用 の 有 無

(28)

と い う形 で と りあ げ られ て い る 。 こ の禁 反 言 の 法 理 は,法 の 世 界 に お け る フ ェ ア ・プ レイ の 精 神 の 現 わ れ で あ る が,な か で も,行 政 指 導 と の 関 係 で 問 題 に な る の は,表 に よ る(byrepresentation)禁 反 言 で あ ろ う。 英 米 法 の 伝 統 的 な 考 え 方 に よ れ ば,

但S)Har 1961.

⑳Heβ

塩 野

成 田

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(12)

一12一 第20巻 第2号

エ ス ト ッペ ル は ,ク ラ ウ ンや政 府 を 拘 束 しな い とい う法 理 が あ った の で あ るが,最 近 に な っ て 次 第 に こ の 原 則 が 否 定 され,判 例 上 も,行 政 機 関 の 誤 っ た 指 導,助 言 を 善 意 で 行 動 した 人 民 を,禁 反 言 の 法 理 の 適 用 に よ っ て 救 済 し よ う と す る も の が 現 わ れ は じ

(29)

め た 。 そ し て,こ の よ う な 傾 向 は.一 一挙 に 立 法 に よ る 解 決 の 必 要 性 を 高 め.1950年 頃,カ リ フ ォ ル ニ ア 大 学 教 授,ニ ュ ー マ ン(FrankC.Newmann)の 手 に な る 「善

(30)

意 信 頼 法 」(GoodFai七hRelianceAc七)と い う名 の 法 案 が 連 邦 議 会 に 提 出 さ れ た 。 こ の 法 案 は,1955年 に,上 院 司 法 委 員 会 で 廃 案 と な り,惜 し く も成 立 す る に は 至 ら な か っ た が,立 法 的 解 決 を 試 み た と い う点 で は き わ め て 注 目に 値 す る 。 成 田 教 授 は,

(31)

この法案 の骨 子を次 の よ うに紹介 してお られ るので引用 す る。

「何人 も,そ の者 の行 動が,次 に掲げ る法律 の執行 にあた る責任 あ る行政機関 の規 則 ・命令 ・意見そ の他の文書 に よる声明 に したが ってな され,か つ善 意 で これ を信頼 した 旨を立証 した場 合に おいて,そ の声 明等がそ の者 またはそ の者の属す る階 層の人 を指導 す るため に発せ られた ものであ るときは,合 衆国政府に対 し,当 該法律 に違反 す る行 為を理 由 とす る損害賠償責任 または刑事責任 を負わない ……」。 すなわち,こ

の法案 は,善 意信頼者 保護を.刑 事責任,民 事責任か らの解 放 とい う形 で具体化 して い るのであ る。

もっ とも,こ の法 案は,行 政 機 関の助言 が誤 っていた場 合に,行 政機 関にそれ を訂 正 す る権利 を留保せ しめ,免 責性 の範囲 を,私 人がそ の変更 を知 り,か つ,し たが う べ き時期以前 の期間 に限 ってい る(法 案1条 後段)。 したが って,私 人が,公 務員 の 助 言を信頼 して,一 定 の状態 を変更 して しまった よ うな時 には,そ のための救済は受

(32)

け られ な い こ と に な る 。 ま た,法 案 は,適 用 され る べ き 法 律 の 種 類 を.第2条 に 列 挙 され た 特 定 の も の に 限 っ て い る 点 で 注 目 され る。 ニ ュ ー マ ン 自 身 は,あ らゆ る 法 律 の 一 般 的 適 用 主 義 に は 反 対 し て い る が ,反 トラ ス ト法.税 法 等.一 定 の特 殊 性 を もった

(33)

法律以外 は適用 され るべ き ことを主 張 してい るが,善 意信頼 保護を,限 定的 に列挙せ られ た法 律 に のみ 限 る こ との合 理 性 ・妥 当性 と共 に,い か な る法 律 を 列 挙 す べ きか と い う困難な問題が,そ の際に十分吟 味 ・検討 され なけれ ばな らないで あろ う。

(29)成 ・前 掲 書155頁.ジ ュ リ ス ト342号.36頁

(30〕Neumann,ShouldOfficialAdviceBeReliable?PpsltoEstoppeiandRelatedl)octrines inAdministrativeLaw.53ColumbiaLawReview,1953pp.374‑375.

Bl)成 ・前 掲 書156頁

B2〕 下 山 瑛 「英 米 行 政 法 に お け るEstoPPel」(法 学 雑 誌 第4巻 第3・4号146頁 以 下 。

下 山 ・前 掲 書163頁

(13)

行政指導 と私 人の権 利救済(秋 山) 一13一

こ の 法 案 を も と に 作 成 さ れ た,カ リ フ ォ ル ニ ア 州 善 意 信 頼 法(CaliforniaGood

FaithRelianceAct)は (34) ,こ の よ うな ニ ュ ー マ ソ法 案 の 持 つ 種 々 の 問 題 点 を 解 決 し.

し か も よ り詳 細 な 規 定 と豊 富 な 内 容 を も り こん で い る 点 で,一 歩 進 ん だ 立 法 的 解 決 を 試 み た も の と い え よ う。 こ の カ リ フ ォ ル ニ ア 案 は,政 府 機 関,責 任 あ る 公 務 員,書 に よ る 声 明 に つ い て の,従 来 疑 義 を 招 い て い た 言 葉 の 定 義 づ け を し(2条),公 務 員 に よ る指 導 が,書 面 に よ る 声 明 に し た が っ て な さ れ,そ れ に 何 れ も誠 実 に,か つ 合 理 的 な 信 頼 を 持 っ て い る 限 り,し か もそ れ が,彼 ま た は 彼 の属 す る 階 層 の 人 々 を 指 導 す る た め に 為 さ れ た も の で あ る 限 り,何 人 も,政 府 に 対 し て 損 害 賠 償,刑 事 罰 の 責 任 を 負 わ な い こ と を 規 定 して い る(3条)。 さ ら に ま た,私 人 が,政 府 機 関 と契 約 関 係 に 入 っ た 場 合,そ の 契 約 が 契 約 権 限 ま た は 契 約 手 段 を 禁 じ て い る法 規 に 違 反 し て い る と し て も,完 全 な 強 制 力 と 効 力 を 有 す る(4条)。 これ は,契 約 に 基 づ い て,地 位 を 変 更 して し ま っ て い る 場 合 の 救 済 措 置 と し て 設 け られ た も の で あ る 。 特 に 適 用 され る べ き 法 律 の 範 囲 を 限 定 し て は い な い が,一 般 的 に,エ ス トヅペ ル の 抗 弁 は,公 共 政 策 の 必 要 上,声 明 通 りの 措 置 が さけ られ な い 場 合 に は 否 定 さ れ る と い う留 保 を 規 定 し て い

る(8条b)。

4.行 政 指 導 に 対 す る 信 頼 利 益 の 保 護 に 関 し て,比 較 的 意 識 的 に と りあ げ て い る と思 わ れ る西 ドイ ッ ・ア メ リ カ の実 状 を 考 察 した の で,こ こ で わ が 国 で の 当 該 問 題 の 展 開 に 眼 を 転 じて み た い 。

(35)

こ の 点 に 関 す る わ が 国 の 文 献 は,ほ と ん ど な い と い っ て よ い 。 こ れ は,前 述 の よ う に,非 法 的 手 段 と し て の 行 政 指 導 が,法 的 側 面 か ら と ら え られ る よ う に な っ た の が,

き わ め て 最 近 の こ と で あ る こ と に 帰 因 して い る 。 し た が っ て,こ の 問 題 の 分 析 は,む し ろ 将 来 の 学 説 の 発 展 に 期 待 し な け れ ば な らな い わ け だ が,現 実 に は,学 問 的 対 象 と し て 把 握 さ れ る 以 前 か ら も,行 政 庁 の 指 導 ・助 言 に した が っ て 行 動 した と こ ろ,突 と して,制 裁 や 強 制 執 行 等 の 不 利 益 が 課 せ られ た 事 例 は,過 去 に も少 な くは な か っ

(36) た 。

〈34〕Comment,EstoppelagainsttheGovernmentinCalifornia,44CaliforniaLawReviewl956p.340.

(35〕 序 ・注(4)に 提 示 した 文 献 の 中 に 散 見 さ れ る の み で あ る 。

(36}警 察 当 局 が 取 締 を し な い 旨 を 事 前 に 発 表 し た の で,こ の 発 表 を 信 じ て 行 為 し た 場 合(大 審 院 昭 和14年12月15日 判 決 判 例 評 論 」29巻 刑 法 〉,経 済 統 制 法 令 の 疑 義 に 関 す る 照 会 に 対 し,商 工 省 の 発 した 公 文 回 答 を 信 じて 行 為

し た 場 合(大 審 院 昭 和14年3月29日 判 決 「大 審 院 刑 事 判 例 集 」18巻158頁)に つ い て.い ず れ も 犯 罪 の 成 立 を認 め て い る が,戦 後 の 判 決 の 中 に は,医 療 法8条 所 定 の 診 療 所 の 開 設 届 出 に っ い て 保 健 所 に 監 督 権 限 が あ る と 信 じて 届 出 に つ い て 指 示 を 迎 い だ と こ ろ,保 健 所 が 誤 っ た 指 示 を 与 え た た め,届 出 が 遅 れ,届 出 義 務 違 反 で 起 訴 さ れ た 事 案 に つ い て,違 法 の 認 識 を 欠 き 犯 意 を 阻 却 す る.と した も の が あ る(広 島 高 等 裁 判 所 岡II」支 部 昭 和32年 8Jl20r伴li決 「高 等 裁 半ll所刑 事 判 決 特 報 」4巻18号456頁)。

(14)

一14一 第20巻 第2号

最近 の判決 の中に も,こ の点 に触れ た と思われ る例が若干 あ る。

税 務事務所長 が,地 方税法 の解釈 を誤 り,各 種学校 を経 営す る原 告(被 控 訴 人)所' 有 の不動産 につ い て,固 定資産税 を非課税 とす る旨の通知を し,そ の後8年 を経 過 し て.過 去5年 に遡 って改め て固定 資産税を賦課 した とい う事案 につい て,東 京地 方裁 判所 は,

「… … 白己 の 過 去 の 言 動 に反 す る'弼艮をす る こ と によ り,そ の過 去 の 旨 動 を信 頼 した相 手 方 の 利 益 を害 す る こ との 許 され な い こ と は,そ れ を禁 反 言 と呼 ぶ か 信 義 ・誠 実 の 原 則 と呼 ぶ か は と も均 く,法 の 根 底 を な す 正 義 の理 念 よ り生 ず る法 原 則 … … で あ って,国 家.公 共 団 体 も ま た,基 本的 に は.国 民個 人 と同 様 に法 の 支 配 に服 す べ きも ⑳ とす る建 前 を とる わ が憲 法 の下 に おい て は.い わゆ る公 法 の 分野 に お い て も.こ の 原 則 の適 用 を否 完 すべ き理 由 は な い もの とい わ ね ば な らな い。 … … そ れの み な らず,国 家.公 其 団体 の 行 政 は, い わ ゆ る権 力作 用 によ っ て の み 行 なわ れ る もの で は な く,実 際 上 法 の根 拠 を 欠 く とは い み 法 の禁 止 して い る もの とは認 め られ ない 数 多 くの.Pt実 」,の㈱ にck"')て行 な わ れ る も の でS・り,ヒ とに、 国 民 の 社 蝕1舌 が 公 法 法規 に よ り規 制 され る度 合 が 増 大 し,し か も.こ の 種 の法 規 が,ま す ま す専 門 技術 化 す るに応 じて.

か よ うな事 実 上 の 行 政 作 用 の 果 す 役 割 は ます ます 電 要 な もの とな り,そ の 反 面,.国 民 は.善 良 な市 民 と して 適 法 な社 会 生 活 を営 むた め に は,か よ うな事 実 上 の 行 政 作 用 に依 存 し,こ れ を信頼 して 行 動 せ ざ る を得 な い

こ と に な る。 … … か よ うな事 態 に かん が みれ ば,事 実 上の 行 政 作 用 を信 頼 して 行 動 した こ と につ き,な ん ら 責 め れ る ぺ き点 の な い誠 実,善 良 な市 民 が行 政 庁 の信 頼 を裏 切 る行 為 に よ って.ま っ た く犠 牲 に供 さ れて も よ い とす る理 由 は な い 。

(37)

と判示 して,固 定 資産税賦課 処分を,無 効 と した。

しか るに,控 訴審 ・東京高等 裁判所は,原 審 の判決を くつ がえ し,次 の よ うに述べ て控訴人 の主張 を認容 した。

「被控 訴 人 主張 の 禁 反 言 の 法理 とは.い わ ゆ る 表 示 に よ る禁 反言 を い うもの と解 され る が,そ の趣 旨 は, 自 己 の 言動(表 示)に よ り.他 人 を して あ る事 実 を誤 信 せ しめ た者 は㍉ そ の誤 信 に基 づ き.そ の事 実 を前 提 と して 行動(地 位 ・利害 関 係 を 変 動)し た他 人 に 対 し,そ れ と矛盾 した事 実 を主 張 す る こ とを 禁ぜ られ る と す る に あ る もの と考 え られ る。 そ して 一 般 に は,禁 反 言 の適 用 され る 表示 とは.事 実 の 表示 で あ る こ とを 要 し,単 なる 意 見 も しくは 意 向 の 表 示 で は 足 りず,ま た 禁 反言 の法 理 を認 め る と違 法 な結 果 を 生 ず る場 合 に は.

そ の適 用 を阻 却 され る と解 され て い る 。……本件の場 合.… … この通知 が免税 その他 なん らの法的効果 を生 ず る もの で ない こ とは 前 記 認 定 の 通 りで あ って,… … それ は,単 に.… …所 長 の 見解,な い し…… 部 内 の 方 針 を,便 宜,文 書 で 被控 訴 天 に知 らせ た 事 実 一トの拮 置 にす ぎな い。 ま た被 控 訴 人 と して も,右 通 知 が あ っ た の で そ れ で は じめ て … … 本 件 土地 建物 が 非 課 税 で あ る と… … 誤 信 す る に 至 っ た とか… … い うの で な い。 … … か よ う な誤 解 に基 づ く違 法 な取 扱 いは 少 しで も早 く是 正 され るべ きで あ っ て.千 代 田 所 長 が昭 和36年 に な っ て こ れ に 気 づ き,法 の 命 ず る と こ ろに 従 い.法 の 許 容 す る 範 囲内 で昭 和32年 迄 遡 っ て 本 件課 税 処分 を した, こ れ 襟 反言 の 法 理 に反 す る もの と して 無 効 とい う こ とは で きな い もの とい わ 叡 まな らな 謂)

この東京高裁 判決 も,公 法上 の分野 におけ る表示 に よる禁反 言 の法理 の適用 を一般

B7)東 京 地 方裁 判 所 昭 和40年5月26目 判 決(判 例 時 報411号29頁 東 京 高 等 裁 判 所 昭 和41年6月6R判 決(判 例 時 報461号31頁)。

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