テロも戦争も貧困もいらない : Another World is Possible 〜もうひとつの世界ってナンだ?〜
著者 松? 美和子
雑誌名 PRIME = プライム
号 20
ページ 87‑91
発行年 2004‑10
URL http://hdl.handle.net/10723/575
2004年5月8日に、 「テロも戦争も貧困もいら ない Another World is Possible〜もうひとつ の世界ってナンだ?〜」 というイベントが行われ た。 主催は WSF Japan-Youth ネットワーク(1) (後援:本学国際平和研究所)。 日本の主要メディ アではほとんどとりあげられない世界社会フォー ラム (World Social Forum 以下 WSF と表記す る) インド・ムンバイ大会 (2004年1月) に参加 した NGO 団体の若き担い手たちによる熱い企画 である。 WSF の合言葉は Another World is P ossi-ble"。 WSF での体験と情報を共有しながら、
彼らは日本独自の 「もうひとつの世界」 を模索し、
提案しようとしている。 その第一歩となるイベン トとなった。
プログラムは次の3部からなる。
PartⅠ 映画上映 「テロリストは誰?」 フラン ク・ドリル編集
PartⅡ WSF〜世界の声をレポート
・ミニ映像 「映像で知る 第4回世界社会フォー ラム (WSF2004) in インド」
・挨拶 吉原功先生 (国際平和研究所所員)
・講演 北沢洋子氏 (国際問題評論家) 「World Social Forum ってナニ?〜ここから世界が 変わる〜」
・パネルディスカッション 「ニッポンの NGO の役割って?」
・ワークショップ 「2030年の世界予想図」
PartⅢ エコとピースで食っていく!
・グローバル・ヴィレッジ お買い物で世界を 変える! ピープル・ツリー フェアトレー ドファッションショー
・有限会社ビッグイシュー日本 ホームレスの 仕事をつくり自立を支援 月刊 「The Big Issue」
・KandaNewsNetwork, Inc. 「個人メディアワー ルド」 への誘い CNN だけがメディアじゃ ない! 神田敏晶 (ビデオジャーナリスト)
土曜日の朝10時からであったにもかかわらず、
会場は学生や若者を中心に年配の方や大学教授ま で、 バラエティに富んだ参加者で座席はほとんど 埋まっていた。 受付に到着するとカードを渡され た。 不思議なマークの書いてある小さなカードだ。
「午後のグループディスカッションで使いますの でなくさないで下さいね」 と受付の女の子の笑顔 につられながら、 言われるがまま大事に財布にし まう。
会場へ入ると WSF Japan-Youth ネットワーク に参加している団体のそれぞれのブースが壁際に ならび、 たくさんのグッズを売っているようだっ た。 とにかく、 皆真剣ながらもとても楽しそうな のが印象的だ。 私もつられてなんだかわくわくす る。
テロも戦争も貧困もいらない
Another World is Possible 〜もうひとつの世界ってナンだ?〜
松 美和子 (国際平和研究所)
1) WSF と Another World
さて、 彼らがこのイベントを開催するきっかけ となった世界社会フォーラム (WSF) とは一体 どのようなものか。 はじめに少し整理しておこう と思う。
国際通貨基金 (IMF) や世界銀行などが押し進 める世界市場のグローバリゼーションは、 カネと モノを価値観の中心にすえた貧富格差の激しい世 界を生み出した。 すべての価値を市場と効率性で 測り 「人よりカネ」 を優先するゆがんだ社会構造 が、 この世界の主流なカタチになってしまった。
この構造は、 貧困や暴力、 人権問題や環境破壊な ど、 人間と地球の生存にかかわる問題をますます 深刻化させている。
WSF は、 このような経済中心・人間切捨て型 となってしまった 「世界」 への抵抗として生まれ た。 合言葉は Another world is Possible 。 利 潤ばかりでなく人間の命と生活に重きをおいた もうひとつの世界 を求める運動は、 99年アメ リカのシアトルで第3回 WTO (世界貿易機関) 閣僚会議にあわせて巻き起こった抗議デモをきっ かけに盛り上がりを見せる。 そしてこれを機に反 グローバリゼーションの運動に横の連帯がうまれ、
さまざまな分野の NGO や活動家たちが世界中か ら結集することになった。 この新たなつながりは うねりとなって、 2001年第1回ブラジル・ポルト アレグレでの WSF 開催を推し進めたのである。
北沢洋子さんも講演の中で言及したように、 そ の記念すべき第1回目がポルトアレグレという街 で開かれたということには、 とても重大な意味が ある。 それはこの街が 「参加型民主主義のモデル」
と言われているからだ。 つまりこのポルトアレグ レという街は、 IMF や世銀、 WTO などのグロー バリゼーションを推進している国際機関や多国籍 企業の利潤追求の 「世界」 とは違う もうひとつ の世界 のモデルなのである。
この街はかつてひどい荒れようだったが、 市の
収入のうち公務員の給料を差し引いた事業費80%
の予算について、 各コミュニティの代表が、 教育、
交通、 住宅、 病院、 上下水道の開発、 税制などの 項目について話し合い、 予算額と何のために使う かという優先順位を決めることが出来る 「参加型 予算システム」 と、 利潤のみの追求ではなく、 人 間の連帯にもとづく連帯型経済 (協同組合、 共済 組合、 NGO、 社会運動など非営利の経済活動) を導入してからというもの、 すばらしい街に変貌 を遂げたという(2)。
ポルトアレグレ市は、 人口129万人の大きな都 市だが、 農村部から流入した貧困層が住民のかな りの部分を占めている。 1989年に参加型予算シス テムが導入される以前には、 貧困層のニーズを予 算配分に反映する仕組みが欠けていたため、 上水 道、 下水道をはじめとする都市インフラの整備が ほとんどなされていなかった。 しかし、 この参加 型予算システムが導入されたことにより、 上水道 サービスを受けられる割合は96%に、 下水道の普 及率は80%から96% (89年〜96年) にと飛躍的に 伸びた。 また、 公立学校に入学することのできる 子供の数も倍増し、 貧困層の居住区では、 毎年約 30キロにわたって生活道路の舗装が進められてい る。 さらには、 市財政への信頼度 (透明度) が高 まったおかげで納税率もアップ、 税収が50%近く も増加するなど、 多大な成果をおさめているの だ(3)。
北沢氏によれば、 この街には路上生活者も見当 たらなければ、 スラムもない。 安全でクリーンな 街に生まれ変わったのである。 このようにして WSF では IMF や世銀、 WTO などのグローバリ ゼーションを推進している国際機関に対抗する戦 略や、 多国籍企業のグローバルな活動をどうコン トロールするのか等、 ただグローバリゼーション に反対するだけでなく、 もうひとつの世界 を 創造してくための議論をするために、 世界中の運 動家や市民たちが集まる場となったのである。
テロも戦争も貧困もいらない
2) 無限数の Another World
さて、 このような意味ある街で第1回目を開催 した WSF は、 インドのムンバイで開かれた今大 会で4回目を迎えた。 アジアで初の開催地となっ たインドは、 ヒンズー教中心の社会であるが、 他 のさまざまな宗教も複雑に絡み合い、 また民族も さまざまである。 カーストという身分制度もいま だ強く残り、 家父長制のもたらす女性差別も大き な問題となっている。 そういう土地柄を反映して か、 児童労働や女性差別撤廃などをもとめる議論 や、 ダリットと呼ばれるカースト最下層の人々に よるパフォーマンスなどが特徴的であったそうだ。
日本からも今回のイベント主催者である WSF Japan-Youth ネットワークの団体をはじめ、 500 名前後が参加している。
Body And Soul(4)という NGO の代表、 高橋 建吉さんもその一人である。 今回のイベントを企 画するにあたって、 彼は実際に WSF のインド・
ムンバイ大会に参加し、 まとめた報告書をくれた。
その中で一番印象に残ったのは 「 もうひとつの 世界は可能だ!" というスローガンの下に集まっ た人々の思い描く もうひとつの世界" が内包す る意味は、 参加した人間の数だけ、 または無限に 存在する」 という一文である。
今回、 このイベントでは プチ WSF 体験 と して、 プログラムにはグループディスカッション が組み込まれている。 その前に 「地球65億人と生 きる新しい社会をクリエイトする若者たちから、
世界で起こっていること、 NGO や私たちにでき ること」 についてテーマ別にパネラーを立て、 パ ネルディスカッションが行われた。 (時間の都合 でディスカッションはなされなかったのが残念で ある) テーマとパネリストは以下のとおり。
1) 経済 (移民・南北) 〜誰がもうけてんだー!?
〜春日匠 (ATTAC 京都)
2) テロと戦争〜本当になくならないのー!?〜
櫛渕万理 (ピースボート)
3) 差別〜 「同じ」 が良いの? 「違う」 がダメな の?〜金朋央 (在日コリアン青年連合) 4) メディア〜メディアは信じていいのか?〜K
NN-KandaNewsNetwork
5) 医療・福祉・教育〜どこまでが 自己責任 なの?〜川田龍平 (人権アクティビストの会) 6) 環境 (水・食料) 〜いつまで地球で暮らせる
のぉ?!〜小林一郎 (環境・サイエンスライ ター)
7) 社会と個人〜引きこもりたくなるニッポン!?
〜栗本知子 (大阪自由学校 「ぼちぼち」
その後、 各パネリストがファシリテーターとな り、 グループディスカッションが行われた。 (私 が受付でもらったカードの不思議なマークはどう やら教育グループのようだった)。 私は川田龍平 さんのグループに参加する。 そしてディスカッショ ンは、 和やかながら真剣な雰囲気の中ではじまっ た。 しかし、 すぐに教育という意味の持つ幅が大 きいことに参加者が気づきはじめる。 残念なこと にこれがどうにもまとまらない。 20名程度だった にもかかわらず、 まず教育の概念からしてそれぞ れ思い浮かべるものが違いすぎるのだ。 教育と言っ たとき、 何をどう議論するのか。 教育についての 思いをひとりずつ発表している間にあっさり時間 切れとなってしまった。 こっそり周りのグループ のディスカッション風景を見回してみたが、 やは りどこのグループも似たような印象である。 それ ぞれの参加者がうっぷんをぶちまける、 他の人が それをうなずきながら黙って聞く。 一言二言コメ ントする。 その繰り返しだ。
時間の制限はあったにせよ、 たった20名ですら こうであるのに、 実際の WSF ではどのようにし て議論が行われているのだろうか。 多種多様な人 たちが集まって、 果たして IMF や世界銀行が推 し進めるグローバリゼーションをコントロールし たり、 それ以外のオルタナティブを模索する 「戦
略」 にまで話が高められるものだろうか。 そもそ も、 今のところ世界のカタチである資本主義経済 に代わるオルタナティブ Another World と はいったい何なのであろうか。 それにははっきり としたカタチがあるのだろうか。
日本における Another World を模索する こと、 そしてその もうひとつの世界 を創造し ていけるような活気ある場をつくること、 また、
NGO や市民運動家、 大学や企業、 そしてメディ アなどの社会を構成する他分野どうしが具体的に 連携をうながす努力をすること、 この3つがこれ からの彼らの目的であった。 先進国の一員である 私たち、 WSF に参加した人々、 そして本当に生 きることに精一杯で WSF にも参加できない人た ち、 あなたと私。 それぞれの思い描く具体的な Another World" は WSF に参加した人間と同 じ数あるかもしれない。 「トービン税が導入され、
南北格差が是正されることが もうひとつの世界 である人間もいれば、 世界から米軍基地が撤廃さ れることがそれであったり、 パレスチナの8メー トルの分離壁が消滅することがそれであったり、
多国籍企業の支配なしに安全な水にアクセスでき ることが もうひとつの世界 なのだ」 と高橋君 が書いているように、 Another World は誰か らみても同じカタチのものではない。 しかし、 す べからく共通しているのは、 彼らが求める Ano ther World の対岸にはいつもグローバリゼー ションの負の部分の塊があるということだ。 その つながりを感じ、 共有することが WSF の何より も大きな目的の一つなのである。
3) 世界の遠いことと自分の足もと
さて、 では、 彼らが模索する Another World とはなにか。
プログラムの Part3では、 その一つの提案とし て、 ホームレスの自立を支援する Big Issue(5)の 活動やフェアトレードファッションショーなど、
大企業や IMF、 世界銀行らがリードする経済に 対抗するための選択肢としてそのいくつかの例が 紹介された。 KandaNewsNetwork という、 個人 メディアをつくったビデオジャーナリストの神田 さんは、 テンガロンハットに赤いジャケットとい うド派手な出で立ちだけでも風変わりなのに、 噂 のセグウェイ(6)に乗って登場し会場をわかせて いる。 CNN やメジャーな報道機関が伝えている ニュースが必ずしもすべての真実ではない。 ひと りひとりがそのような視点を持って自らがニュー スの発信者となるつもりでいることが、 全体に対 抗する視点となるのだということを報告されてい た。
勉強するだけではなく、 知るだけでもなく、 研 究するだけでもない。 このイベントには、 自分の 日常との接点がきちんと用意されていた。 オーガ ニックコットンのTシャツを選んで着る。 フェア トレードのコーヒーを飲む。 そうやって日常の一 つ一つの選択に責任を持つこと、 そして楽しみな がら続けることが提案されているのだと感じた。
イラク戦争や人質問題など、 立て続けに大きな 事件が今起きている。 そのたびに 「平和」 につい て考える日々が続いている。 しかしどのような状 態を 「平和」 だと言うのか、 その定義が私にはわ からない。 果たして私は 「平和」 の意味を本当に わかっているのかと、 考えるたびに自分自身に疑 問を持ってしまう。 その答えは、 決まったカタチ を持っているものではなく、 WSF の合い言葉 Another World is Possible の Another World がこの世に生きる人の数だけあるのと同 じなのかもしれない。 戦争の無い状態をイメージ する人もいれば、 心の安心や落ち着きを求める人 もいる。 家族の問題を解決することが一番身近な
「平和」 だという人もいれば、 差別をなくすこと だという人もいる。 「平和」 と一言でいっても決 まったカタチはないのである。 世界の 「平和」 に ついて考えてみても、 それは大きすぎてなんだか テロも戦争も貧困もいらない
ぼやけてしまう。 世界平和というものがいきなり 実現できるわけではない。 世界はひとりひとりか らなっているのだ。 自分がどう生きれば 「平和」
により近付けるのか、 そう考えてみたときにはじ めて、 世界で起きている問題と普通に生きる社会 人として日常を生きる自分とのつながりが見えて くる。
グローバル化の恩恵を享受している私たちも誰 かにその負の部分を押し付けている。 それは遠い 世界の話ではない。 自分の生き方・自分の選択に 責任を持つことが Another World への小さ くて大きな一歩である。 そうした日常が大きなう ねりとなって、 ひとつの大きな資本主義のオルタ ナティブとなってゆくのではないだろうか。
人間 を中心においた もうひとつの世界 を求めつづける運動は日本でも大きく膨らんでい くことだろう。 WSF Japan-Youth ネットワーク がその核となってほしい。 次の WSF は2005年1 月、 WSF の原点・ブラジルのポルトアレグレで 開催されることが決定している。
註
(1) WSF Japan-Youth ネットワークには、 以下の 12団体が参加している。
Be Good Cafe、 在日コリアン青年連合 (KEY)、
CHANCE! pono2、 ATTAC JAPAN、 大阪自
由学校 「ぼちぼち」、 Body And Soul、 グロー バル・ヴィレッジ、 人権アクティビストの会、
PEACE BOAT、 NPO 法人パーマカルチャー ネットワーク九州、 ナマケモノ倶楽部、 国際 青年環境 NGO SAGE (順不同)。
(2) 北沢洋子 利潤か人間か―グローバル化の実 態と新しい社会運動 コモンズ、 2003年。 183 頁参照。
(3) 参考 NPO 型インターネット新聞 「JANJAN」
https://www.janjan.jp/special/0402/040202765 /1.php
(4) http://www.body-and-soul.org/
(5) http://www.bigissue.com/bigissue.html 英 国発の情報誌。 街角でホームレスの人たちが 手売りするという販売方法をとる。 定価は1 冊200円で、 うち110円が売り手の収入となる。
路上生活をしている方に職の機会を提供し、
自立支援を目的としている。
(6) http://www.segway.com/ アメリカの発明 家 Dean Kamen 氏が開発した新種の乗り物。
内蔵のバランスセンサーと特殊モーターによ り横に配置した2輪だけでの走行が可能。 排 気ガスを出すこともないため、 実用性のある 未来型乗り物として注目を浴びる。 購入でき るのは米国内のみ。 日本では道路交通法上の 問題から公道で走ることは禁止されている。