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ドイツにおけるセクシャル・ハラスメント罪の 新設について

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論 説

ドイツにおけるセクシャル・ハラスメント罪の 新設について

Der neue Straftatbestand der „sexuellen Belästigung“ in Deutschland

井  田   良

    目   次

  ₁  はじめに─ドイツ刑法における性犯罪処罰規定   ₂  ドイツの性犯罪処罰規定の全体像

  ₃  ドイツの性犯罪処罰規定をめぐる最近の動きについて   ₄  ドイツのセクシャル・ハラスメント罪

  ⑴ 労働法との関係   ⑵ 処罰規定の内容   ⑶ 新規定への評価

  ₅  ドイツ法との比較から得られるもの

1 はじめに─ドイツ刑法における性犯罪処罰規定

 本稿においては,ドイツ刑法典の中に新たに設けられたセクシャル・ハ ラスメント(性的嫌がらせ:Sexuelle Belästigung) 罪の処罰規定の内容 を紹介し,新設に至った経緯と,この新しい規定をめぐる立法論上・解釈 論上の議論について,その概要を見ることとする。最終章(後掲 ₅ )で は,そこから,この種の規定をもたない日本法にとり,比較法的視点から いかなる示唆が得られるかに関しても若干の私見を述べることとしたい1)

 所員・中央大学法科大学院教授

1) なお,同じドイツ語圏に属するオーストリア刑法典218条のセクシャル・ハ ラスメント罪については,深町晋也「オーストリア刑法における性犯罪規定」

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比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

 ところで,(西)ドイツにおいては,すでに1960年代末以降,刑法典の 性犯罪処罰規定の根本的な改正が行われ,そこでは風俗(ないし性道徳)

の保護から「性的自己決定権」の保護への転換が旗印とされた2)。この改 正を起点とし,現在に至るまで,とりわけ女性や年少者,従属関係にある 者を性的侵害行為から保護すべく,幾度にもわたって法改正が行われ,性 犯罪処罰規定の包括的な(そして,相当に複雑な)体系が作り上げられて きたと言えよう。それは,国際水準にかなった ₁ つの代表的な立法モデル であり, 日本における2017年の刑法一部改正(平成29年法律第72号によ る。改正法の施行は同年 ₇ 月13日)3)にあたっても,たびたび参考にされ たところである。

 ドイツでは,この領域における刑法的規制のことを指して性刑法(Sexu- alstrafrecht)と呼ぶのが普通である。そして,ドイツの法学部教育につい

立教法務研究 ₉ 号(2016年)60頁以下に,スイス刑法198条のセクシャル・ハ ラスメント罪については,深町晋也「スイス刑法における性犯罪規定」刑事法 ジャーナル45号(2015年)116頁以下にそれぞれ紹介がある。

2) この点について, たとえば,Karl Heinz Gössel, Das neue Sexualstrafrecht,

2005, S. 1 ff.を参照(ただし,著者は,可罰性判断の基準として性道徳を完全

に排除することなどできないとし,「風俗から性的自己決定への転換」といわ れるものは,「性道徳の中味についての社会の見解の変化」を意味するものに 過ぎないとする。Gössel, a.a.O., S. 4を参照)。

3) この改正により,わが国の刑法典の性犯罪処罰規定が,時代状況と社会意識 の変化に対応し,また国際水準に合致したものとなったと言えよう。特に重要 なことは,イこれまでの日本の性犯罪処罰規定の中にあった,男女の性別によ る格差が除かれた(ジェンダー・ニュートラルなものとなった)こと,ロ性犯 罪のうち特に重い類型(177条)とより軽い類型(176条)との間に,合理的な 区別が設けられるに至ったこと,ハ強制性交等罪・準強制性交等罪および強制 わいせつ罪・準強制わいせつ罪に加えて,それらと法的評価の上で同視できる 新しい類型である監護者性交等罪・監護者わいせつ罪(179条)が設けられた こと,ニ性犯罪の非親告罪化により,性犯罪の立件・訴追が国の責任であるこ とが明確化されるに至ったことの ₄ 点であろう。なお,改正に至るまでの議論 について知るには,前澤貴子「性犯罪規定に係る刑法改正法案の概要」国立国 会図書館・調査と情報─ISSUE BRIEF─962号(2017年)₁ 頁以下が便利である。

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て見ると,性刑法は,事実上,教育対象から除外されていると言えよう。定 評のある(相当に詳細な)刑法各論の教科書を見ても,性犯罪に関する説 明は含まれておらず4),司法試験(第 ₁ 次法律学国家試験)はもちろん,法 学部で行われる筆記試験等でも性犯罪の事例が出題されることはないとさ れる。それは,学生の中に含まれている被害者が被害体験を想起してショ ックを受けることを避けるためなのである5)。このことは,ドイツにおい て性犯罪の被害が広がっているという実態にも関係するであろうが,何よ りそれだけ被害者への配慮が徹底していることを意味するものであろう。

 ドイツにおいても,刑法典の外に,相当数の特別刑法の規定が存在して いるが,その量は日本ほどではなく,刑罰法規は基本的に刑法典に集約さ れていると言えよう。そして,性犯罪処罰規定は,刑法典第13章(13. Ab- schnitt)において「性的自己決定に対する罪(Straftaten gegen die sexuel- le Selbstbestimmung)」としてまとめられている。前述のように,1960年 代末以降,風俗(Sittlichkeit)の保護から性的自己決定の保護へという基 本思想の転換が行われ,性刑法の大きな変革をもたらした1973年の刑法一 部改正(1973年11月23日の第 ₄ 次刑法改正法) により, 第13章の章名が

「性的自己決定に対する罪」に変えられた。現在,この刑法典第13章の中 には,強制性交等の性犯罪の処罰規定ばかりでなく,ポルノグラフ的文 6)や児童ポルノを規制する規定も含まれている7)。「性的自己決定」を保

4) たとえば,Johannes Wessels/Michael Hettinger/Armin Engländer, Strafrecht, Besonderer Teil 1, Straftaten gegen Persönlichkeits─ und Gemeinschaftswerte, 42. Aufl. 2018を参照。

5) この点について,井田良「巻頭言・性犯罪に関する罰則のあり方の検討」刑 事法ジャーナル43号(2015年)3頁を参照。

6) ポルノグラフ的文書(pornographische Schrift)とは,やや違和感のある用 語であるが,風俗の保護・性道徳の保護をモラリズムとして否定したときに,

従来の「わいせつな文書」という用語も一緒に捨てたのであった。なお,ドイ ツ刑法11条 ₃ 項により,ここにいう「文書」の中には,録音・録画や電磁的記 録の形態による表現物も含まれることになる。

7) また,買売春を合法化している関係から,売春者の搾取(180条a),売春者

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比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

護法益に高めることは,過去に根強くあったモラリズムから脱却し,個人 の権利保護としての性犯罪処罰規定の理解を徹底させるためであり,それ は基本思想の転換を表現する象徴的な用語4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4であったと言えよう。

 性的自己決定(権)は,種々の内容を包括する(したがって,相当に曖 昧な)上位概念として理解されている8)。すなわち,そこには,具体的に は,性的表現へのアクセスを拒絶する防御権(すなわち,見たくないもの を見せられない権利),身体的内密領域への侵入を排除する防御権9),性 的自己決定の能力の不十分な年少者等の保護といった(それぞれに相当に 異なる)複数の内容が含まれている。性的自己決定権は,個人の人格権の4 4 4 4 4 4 4 一部4 4であり10),性的行為をおよそ行うかどうか,誰と・どのような態様で 行うかは,個人の根本的な人生観・価値観と関わっており,この世界にお いて生きる自分という個の捉え方・描き方と不可分と言える。それだから こそ,身体的内密領域に踏み込まれ・踏み込まされる経験を中核とする性 犯罪が,被害者において持続的な深い精神的ダメージを与えることがあ 11)

 本稿において取り上げるセクシャル・ハラスメント罪の処罰規定は,

「性的自己決定の保護の改善(Verbesserung des Schutzes der sexuellen の「ひも」となる行為(181条a)等も,売春者の自己決定の保護の観点から 処罰の対象とし,さらに,自己決定の保護というより,婚姻制度維持の理由か ら,重婚罪(172条),近親間(膣)性交(173条)等を処罰している。

8) この点につき, たとえば,Kristian Kühl/Martin Heger, in: Lackner/Kühl, Strafgesetzbuch, Kommentar, 29. Aufl. 2018, Vor § 174 Rdn. 1 ff.を参照。

9) Tatjana Hörnle, in: Leipziger Kommentar zum Strafgesetzbuch, Bd. 6, 12. Aufl.

2010, Vor § 174, Rdn. 27 ff.は,性的自己決定権の積極的側面ではなく,防御権 としての側面(消極的側面)に注目し,性的自己決定権の重要な基盤は,「内 密領域の尊重を求める権利」であるとする。

10) たとえば,Thomas Fischer, Strafgesetzbuch, 65. Aufl. 2018, Vor § 174 Rdn. 5 を参照。

11) なお,日本法における性犯罪処罰規定の保護法益としての「性的自己決定 権」の理解をめぐっては,井田良「性犯罪の保護法益をめぐって」研修806号

(2015年) ₃ 頁以下を参照。

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Selbstbestimmung)」というサブタイトルのついた,2016年11月 ₄ 日の第 50次刑法一部改正法12)により新設され,刑法典第13章の性的自己決定に対 する罪の章の中に,第184条iとして加えられたものである。

2 ドイツの性犯罪処罰規定の全体像

 新設のセクシャル・ハラスメント罪を理解するためには,ドイツ刑法典 の性犯罪処罰規定の全体像を知ることが必須である。そこで,本章におい ては,その概要を簡単に紹介することとしたい13)

 ドイツにおける性犯罪処罰規定の全体は,①被害者の意思に反して「性 的行為(sexuelle Handlung)」を行い,または行わせること等を処罰する 類型(たとえば,177条の「性的攻撃,性的強制,強姦」)と,②意思に反4 4 4 4 することが法的に擬制4 4 4 4 4 4 4 4 4 4される年少者や,加害者と種々の従属関係に立つ者 等に対し性的行為を行い,または行わせること等を処罰する類型とに分け られる。①と②を処罰の上で基本的に同じように扱う点で,ドイツ以外の 国々と(したがって,日本とも)共通する構造をもつと言えよう。

 ここにおいて理解の鍵となる概念は,(1973年の第 ₄ 次刑法改正法によ り, 従来の「わいせつな行為」 に代えて導入された)「性的行為」 であ 14)。ドイツ刑法は,日本刑法と異なり15),「性的行為」そのものを重い

12) Bundesgesetzblatt Teil I, 2016, Nr. 52, S. 2460 ff.

13) ドイツの性犯罪処罰規定については,2016年の第50次刑法一部改正法以前の 規定についてであるが,佐藤陽子「ドイツにおける性犯罪規定」刑事法ジャー ナル45号(2015年)70頁以下が詳しい。

14) ドイツにおいては,「性的行為」の概念をめぐり(たとえば,客観的要素と 主観的要素の関係等をめぐり),日本の「わいせつな行為」(日本刑法176条)

の解釈の上でも参考となる議論が展開されているが,ここでは立ち入ることが できない。最近の文献として,Klaus Laubenthal, Sexuelle Handlungen und de- ren „Begriffsbestimmungen“ nach § 184h StGB, in: Festschrift für Franz Streng zum 70. Geburtstag, 2017, S. 87 ff.がある。

15) 日本刑法は,「わいせつな行為」を,強制性交等の行為(177条等)と,その

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比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

類型と,より軽い類型とに二分割する方法をもはやとらない。「性的行為」

の概念自体は統一的に理解しつつ, ただ,「膣性交(Beischlaf)」 または

「身体への侵入を伴う性的行為」を行う(または行わせる)ことを,複数 ある刑の加重事由の ₁ つとしているに過ぎない。より厳密に言えば,膣性 交等は,「性的行為」を「複数の者が共同して」行う(または行わせる)

場合と並ぶ,特に重い場合の原則的事4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4416)として,原則的により重く( ₂ 年を超えて15年までの自由刑により)処罰されうるに過ぎず(刑法177条

₆ 項を参照)17),それら以外の(膣性交等ではない通常の)「性的行為」の 場合でも,たとえば,凶器を携行して所為を行ったときには,さらに刑が 加重される(刑法177条 ₇ 項により,刑は ₃ 年を超えて15年までの自由刑 となる)のである。

 さて,本稿の主題であるセクシャル・ハラスメント罪との関連で重要な ことは,ここにいう「性的行為」について,通則的な制限4 4 4 4 4 4があることであ る。すなわち,刑法184条h第 ₁ 号により,本法にいう「性的行為」とは,

「それぞれの保護法益との関係で一定の重大性をもつもの(von einiger Er- heblichkeit)に限られる」とされている。そこで,そこに予定された重さ に達しないものは,「性的行為」には当たらず18),したがって,(侮辱罪等 他のわいせつ行為(176条等)という,重い類型と軽い類型とに二分割している。

16) 原則的(加重)事例(Regelbeispiele)とは,ドイツ刑法典において多用さ れている立法技術であり,それに該当する事実があるとき,原則として「特に 重い場合」として加重刑が科せられるが,例外的に特別の減軽事情が存在する ならば通常の刑が科されうるし,また,加重刑を科しうるのは列挙された場合 に限られず,不法・責任内容において原則的加重事例と同視すべき特別な事情 が存在するときにも加重処罰が可能なのである。それは,一種の例示列挙法と 見ることができよう。詳しくは,井田良「量刑事情の範囲とその帰責原理に関 する基礎的考察─西ドイツにおける諸学説の批判的検討を中心として─(1)」

法学研究55巻10号(1982年)72頁以下を参照。

17) 被害者に対し暴行を用いて「性的行為」を行い,または行わせる場合が ₁ 年 を超える(15年以下の)自由刑を科されるのに対し(刑法177条 ₅ 項を参照),膣 性交等の場合には(原則として)₂ 年を超える(15年以下の)自由刑が科される。

18) 構成要件該当性が否定されると解されている。たとえば,Gössel, Das neue

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の別の犯罪に当たる場合があることは別論として)性犯罪処罰規定では捕 捉されないことになる。

 「一定の重大性」をどのように判断すべきかについては,具体的事情の 下でその態様・程度・持続時間,加害者と被害者の相互関係等を社会倫理 的見地から検討すべきものと言われているだけで,解釈論上,決して明確 化されていないが19),ただ,これまで処罰範囲から除外されるとされてき た行為の例としては,軽くキスすることや,着衣の上から被害者の胸や大 腿部や臀部に軽く触れる行為等がある(ただし,被害者が年少者であると きには,その程度が軽くても「性的行為」にあたりうるとされる)20)。従 来は,これらの行為は,刑法上の別の犯罪(たとえば,侮辱罪等)に当た るとされる場合を除き,処罰されてこなかったのであり,新設のセクシャ ル・ハラスメント罪は,まさにこの領域を処罰の対象とすることになる。

 ちなみに,ドイツ刑法典のそれ以外の規定のうちで,比較法的見地から 注目に値するところを,ここでは ₂ 点だけ指摘しておきたい。まず,いわ ゆる性交同意年齢は14歳であり,14歳未満の年少者(子ども)に「性的行 為」を行い,または行わせると,かりにその同意があったとしても可罰的 である(刑法176条)。ドイツでは,その年齢は,刑事責任年齢(刑法19 条)と同じとされており,日本よりも ₁ 歳高く,フランスよりも ₁ 歳低 21)ということになる。また,公訴時効については,性犯罪については被 害者が満21歳になるまで時効期間が進行しないとされていたが,これが,

2015年 ₁ 月21日の第49次刑法一部改正法22)により満430歳になるまで進行し4 4 4 4 4 4 4 4 4

Sexualstrafrecht (前掲注2)S. 18を参照。

19) 解釈論の現状を詳しく検討するものとして,Laubenthal, Sexuelle Handlun- gen (前掲注14)S. 92 ff.

20) たとえば,Fischer, Strafgesetzbuch (前掲注10)§ 184h Rdn. 5 ff.; Gössel, Das neue Sexualstrafrecht (前 掲 注2)S. 19 f.; Lackner/Kühl, StGB (前 掲 注8)§

184h, Rdn. 6; Laubenthal, Sexuelle Handlungen (前掲注14)S. 95などを参照。

21) この点について,金塚彩乃「フランスの性犯罪に関する立法」刑事法ジャー ナル45号(2015年)127頁以下を参照。

22) Bundesgesetzblatt Teil I, 2015, Nr. 2, S. 10 ff.

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比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

ない4 4とされるに至った(刑法78条b)23)。強制性交等の罪(刑法177条)で あれば,時効期間は20年であることから(刑法78条 ₃ 項 ₂ 号),被害者が 満50歳になるまで,被害者が幼少時に受けた性的被害について犯人の起 訴・処罰が可能ということになる。

3 ドイツの性犯罪処罰規定をめぐる最近の動きについて

 ドイツ刑法の性犯罪処罰規定に関する最近の動向として真っ先に挙げる べきものは,やはり2016年11月 ₄ 日の第50次刑法一部改正法であろう。セ クシャル・ハラスメント罪(刑法184条i)の新設を含むが,この改正法の 眼目は,ドイツも批准している,欧州評議会による条約であり,女性に対 する暴力とDVの予防と処罰を─国際的協力の下に─実効性あるもの とすることを目的とした「イスタンブール条約」(2014年発効)24)の趣旨

(特に,自由意思に基づく同意のない〔non-consensual〕性的行為の犯罪 化を求める条約36条の趣旨)を国内法の中に具体化することであった(ド イツは,第50次刑法一部改正法施行後,2017年10月12日にイスタンブール 条約を批准し, 同条約は,2018年 ₂ 月 ₁ 日, ドイツとの関係でも発効し た)。ただ,改正のあり方とその速度に大きく影響したのは,2015年大晦 日から2016年元旦にかけて起こった集団性暴行事件である,いわゆる「ケ ルンの大晦日の夜(Kölner Silvesternacht)」事件25)である。とりわけこの

23) この点につき,佐藤「ドイツにおける性犯罪規定」(前掲注13)99頁以下を 参照。 これを行き過ぎだとするのは,Lackner/Kühl, StGB (前掲注8)§ 78b, Rdn. 1aである。

24) この条約とそのテキストについては,欧州評議会のウェブサイト(https://

www.coe.int/en/web/istanbul-convention/home)を参照(2019年 ₂ 月27日閲覧)。

イスタンブール条約とドイツの性刑法との関係を詳細に検討した研究として,

Astrid Kempe, Lückenhaftigkeit und Reform des deutschen Sexualstrafrechts vor dem Hintergrund der Istanbul-Konvention, 2018がある。

25) この事件は,日本のメディアにおいても,大きく取り上げられた。主として 外国人(多くの難民申請者を含む)により数多くの性的暴行が行われた(2016

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種の集団的な性犯罪への対応を強化するため,セクシャル・ハラスメント 罪のほか,刑法184条jとして,犯罪への集団的関与の罪(法律上の罪名 は,Straftaten aus Gruppen)の処罰規定が併せて新設された。これは,刑 法177条以下の性犯罪またはセクシャル・ハラスメント罪が行われたとき に,被害者が逃げられず,または抵抗できない状態に置く行為を行った集 団( ₃ 人以上の複数人)26)に加わった者に対して ₂ 年以下の自由刑または 罰金を科す規定であり,ただ,行為者において,被害者に対し刑法177条 以下の性犯罪またはセクシャル・ハラスメント罪が行われることについて の故意は不要であり,何らかの犯罪行為がその被害者に対し行われること を認識していれば足りるとされている(したがって,刑法177条以下の性 犯罪またはセクシャル・ハラスメント罪の実行は,単なる客観的処罰条 27)ということになる)28)

年 ₆ 月16日現在で1182件の刑事告訴がなされ,うち497件は性犯罪によるもの とされる。Henriette Reker, „Vielleicht habe ich den Frauen zu wenig Trost ge- spendet“〔https://www.zeit.de/zeit-magazin/2016-06/henriette-reker-armlaenge- aeusserung-fehler〕による。2019年 ₂ 月27日閲覧)。このケルン事件以外にも,

モデル・女優のローフィンク(Gina-Lisa Lohfink)を被害者とする強姦事件も 話題となり(ただし,後に,彼女の方が虚偽申告罪で処罰されることになる),

これらが,当時日程に上っていた,暴行・脅迫要件を削除する方向での刑法一 部改正を後押しし,また,セクシャル・ハラスメント罪および犯罪への集団的 関与の罪の新設に導くこととなったと言われるのである。この点につき,Eli- sa Hoven, Das neue Sexualstrafrecht ─ Der Prozess einer Reform, KriPoZ 2018, S.

2 ff.を参照。

26) Beschlussempfehlung und Bericht des Ausschusses für Recht und Verbrau- cherschutz (6. Ausschuss), Bundestag Drucksache 18/9097, S. 31.

27) Beschlussempfehlung und Bericht des Ausschusses für Recht und Verbrau- cherschutz (6. Ausschuss), Bundestag Drucksache 18/9097, S. 31.

28) この「犯罪への集団的関与」の罪について,ここでは立ち入ることはできな い。ただ,構成要件の不明確性を理由とする憲法上の疑義および責任主義違反 を理由とする憲法上の疑義が表明されている。たとえば,Fischer, Strafgesetz- buch (前掲注10)§ 184j Rdn. 2 f.; Hoven, Das neue Sexualstrafrecht (前掲注25)

S. 9 f.を参照。なお,後述の「性刑法改正委員会・最終報告書」も,大多数の

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比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

 ただ,第50次刑法一部改正法における最大の争点は,従来の性的強制 等・強姦罪(ドイツ刑法177条)において(現行日本刑法と同様に,それ まで必須の要件とされていた)暴行4 4・脅迫要件を外すべきかどうか4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4であっ 29)。相当の議論があったが,結局,この第50次刑法一部改正法により,

暴行・脅迫要件を除くこととし,被害者の(認識可能な)意思に反して

「性的行為」を行えば犯罪とすることとしたのであった(改正後のドイツ 刑法177条を参照)。ごく簡単に何が問題とされたのかを述べると,従来の 強姦を含む性的強制等罪の規定(刑法旧177条 ₁ 項)は,⑴暴行を使うか,

⑵脅迫を用いるか,⑶被害者が保護されずに行為者の働きかけにさらされ ている状況を利用するかのいずれかを要件としていた30)。しかし,連邦議 会に提出された連邦政府の法案理由書によると,それでは,大きく4 4 4 4つの4 4 場合において被害者の保護のために十分ではな4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4431)。第 ₁ に,被害者の油 断に乗じその不意を襲う形で,被害者が抵抗する間もなく「性的行為」が 行われる場合である。第 ₂ は,被害者が恐怖等により抵抗できない心理状 態の下にあり,それゆえ,暴行・脅迫といった外部的な強制手段なしに

「性的行為」 が行われる場合である。 ここから, 被害者の不意を突いて

「性的行為」を行う(か,または行わせる)ことや,被害者の認識可能な 意思に反して「性的行為」を行う(か,または行わせる)ことも,基本構 成要件を充足する(刑は ₆ 月以上 ₅ 年以下の自由刑)こととなったのであ る(改正後の刑法177条 ₁ 項および ₂ 項を参照)。

 この点は,日本における議論の状況と基本的に共通しているが,しか し,少し異なる点もあるので,問題を整理しておきたい。わが国におい

委員の意見として,この規定の削除を提案している。

29) 詳しい研究として,Kempe, Lückenhaftigkeit (前掲注24)がある。わが国に おける第50次刑法一部改正法の行き届いた紹介としては,岡上雅美「ドイツに おける新たな性刑法の展開」『日髙義博先生古希祝賀論文集下巻』(2018年)

165頁以下があり,参考になる。

30) 詳しくは,佐藤「ドイツにおける性犯罪規定」(前掲注13)74頁以下を参照。

31) Gesetzentwurf der Bundesregierung vom 15. 5. 2016: Bundestag Drucksache 18/8210.

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て,暴行・脅迫要件への批判が強い理由は,被害者が望まない,その意思 に反する性的行為が行われたにもかかわらず,被害者の抵抗を著しく困難4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 とする程度の強い暴行4 4 4 4 4 4 4 4 4 4・脅迫4 4(いわゆる最狭義の暴行・脅迫)が行われた ことが証拠上,認められないとして,訴追・立件が不可能とされるか,ま た,起訴されても無罪とされてしまうとすれば,それは被害者の保護に欠 けるというところに集約できよう。言い換えれば,被害者の意思に反して 性交等が強制されても強制性交等罪が成立しない空白領域(=犯罪になら ない領域)が生じており,それは埋められるべきだと言われるのである。

この点では,ドイツにおける,暴行・脅迫要件への反対論と同じ論拠に立 脚するものと考えられる。これに対し,日本においては,不意を襲う形 で,被害者が抵抗する間もなく「性的行為」が行われる場合に,処罰の空 隙が生じるという批判は聞かない。それは,日本では,ケルン事件におい て行われたとされるような,被害者の油断・無防備に乗じて不意を突いて 性的行為が行われるという事例が存在しないのではなく,そのようなケー スでは,強制わいせつ罪(日本刑法176条)による処罰が可能だと考えら れているからであろう。なぜなら,同罪は,手段たる暴行そのものが同時 にわいせつ行為である場合にも適用可能であり,また,被害者の油断・無 防備に乗じて不意を突いてわいせつ行為が行われるような場合には手段と しての強度は問題にならないと一般に解されているからである32)  第 ₁ の点については,ドイツにおけるのと共通の問題と考えられ,日本 においては近い将来,大きな立法論上のイッシューとして議論の対象とな ることは確実であるので,ここで一言しておきたい。たしかに,日本の強 姦罪・強制性交等罪の規定が「たとえ性交等について合意がなく,それが 意思に反するものであったとしても,強度の暴行・脅迫が認められない限 り成立しない」という規定として実務上,運用されてきたとすれば,それ は明らかに不当であり,ただちに法改正を必要とするというべきであろ 32) この点につき,井田良『講義刑法学・各論』(2016年)109頁およびそこに引

用された文献を参照。

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比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

う。しかし,日本の裁判実務は,被害者の意思に反する性的侵害行為であ ったのかどうかを,行われた暴行・脅迫を情況証拠として用いつつ認定し ている33)。被害者の意思に反することは,それが心の中にとどまっている とすれば,証拠によりこれを認定することはできない(被害者の供述のみ からこれを間違いなく認定することが可能かと言えば,それは疑問とすべ きであろう)。そこで,外部に現れた暴行・脅迫から被害者の意思に反す ることを認定しているのが現在の裁判実務である。意思に反することと,

(いわゆる最狭義の)暴行・脅迫の存在とはイコールとされているという こともできよう34)。そうであるとすれば,暴行・脅迫要件を削除して,こ れまで以上に性犯罪の成立範囲を広げようとすることは危険である。被害 者の意思に反することを間違いなく確信することのできない事例まで有罪 とする結果となりかねないからである35)。いずれにしても,この点をめぐ っては,ドイツにおける論争をも参考にしつつ,わが国の裁判実務のあり 方を前提に,冷静かつ客観的な議論を展開していくべきであろう。

 本題に戻って,ドイツにおける最近の立法動向を見るとき,特に注目さ れるのは,2017年 ₇ 月19日に, 連邦司法・ 消費者保護大臣に提出された

「性刑法改正委員会・ 最終報告書(Abschlussbericht der Reformkommis- 33) 以下の点について,井田良「性犯罪処罰規定の改正についての覚書」慶應法 学31巻(2015年)51頁以下, 同『講義刑法学・ 各論』(前掲注32)110頁を参 照。

34) そのことの傍証になるのは,これまで,強姦罪の予定する強度の暴行・脅迫 が認定できない場合,強要罪(223条 ₁ 項)として立件・処罰するのではなく,お よそ犯罪にならないものとして取り扱われてきたことである。もしかりに強姦 罪の予定するような暴行・脅迫は認められないが,被害者の意思に反する性行 為が間違いなく存在するという事態が想定可能なのであれば,これを強要罪の 規定を用いて処罰しない理由はないが,これまで実務がそうしてこなかったの は,そういう中間領域がおよそ想定されてこなかったからであると考えられる。

35) また,暴行・脅迫要件を外し,被害者の意思に反する性交等を処罰の対象と するときには,被害者を欺いて(結婚することを前提としたり,金銭の支払い を約束したりした上で)性交等を行うことも犯罪となりうる可能性が生じるで あろう。この点についてどう考えるかも問題となるのである。

(13)

sion zum Sexualstrafrecht)」であろう36)。この報告書は,司法・消費者保 護大臣から委嘱された12人の委員(半数は女性であるが,全員が法律家で あり,大学教授,検事,刑事を専門とする裁判官,弁護士等)が,2015年

₂ 月から28回の会議を経てまとめたものであり,連邦司法・消費者保護省 のウェブサイトにおいて公表されたPDF形式の冊子では1397頁に及ぶ大 部の報告書である37)。そこには,現行刑法についての61項目の改正提案が 含まれており,今後,ドイツの性刑法に関わる立法に対し,大きな影響力 をもつものと推測される38)。その中には,たとえば,同意能力に関する14 歳という年齢要件については,これを維持すべきである(引き上げにも引 き下げにも反対する)が(全員一致),ただ加害者・被害者間の年齢の差4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 がわずかな場合4 4 4 4 4 4 4(たとえば, ₂ 歳以下)には加害者は処罰されない実体法 上の可能性を設けるべきであるとする興味深い提案(ただし, ₇ 対 ₅ の多 数意見)が含まれている39)。この報告書は,セクシャル・ハラスメント罪 についても委員会の見解を明らかにしているが,これについては,後に取 り上げることとしたい(後掲 ₄ ⑶を参照)。

4 ドイツのセクシャル・ハラスメント罪

⑴ 労働法との関係

 セクシャル・ハラスメントを犯罪とするときには,労働法上のセクシャ

36) Bundesministerium der Justiz und für Verbraucherschutz (Hrsg.), Abschluss- bericht der Reformkommission zum Sexualstrafrecht, 2017.

37) この報告書のPDF版は,https://www.bmjv.de/SharedDocs/Artikel/DE/2017/

071917_Bericht_Reformkommission_Sexualstrafrecht.htmlからこれをダウンロ ードすることができる。

38) 基本的に好意的な立場から,報告書に対し詳細な検討と批判を行うのは,

Joachim Renzikowski/Anja Schmidt, Nach der Reform ist vor der Reform ─ Zum Abschlussbericht der Reformkommission zum Sexualstrafrecht, KriPoZ 2018, S.

325 ff.

39) Abschlussbericht der Reformkommission (前掲注36)S. 107 ff., 313 ff.を参照。

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比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

ル・ハラスメント規制との関係が根本的な問題となろう。この点について も,一瞥しておきたい。たとえば,フランス法では,刑法と労働法とで基 本的にセクシャル・ハラスメントの定義を共通にしているのに対し,ドイ ツは,2016年にセクシャル・ハラスメント罪を新設するとき,労働法にお けるセクシャル・ハラスメントの定義とは異なった,概念の外延としては これよりも大幅に狭い,セクシャル・ハラスメント行為の類型化を行っ た。連邦議会の法務・消費者保護委員会の法案に対する決議理由書を見る 限り,労働の現場における性的嫌がらせ行為への対応という問題意識は前 提とされていなかった40)。むしろ,もっぱら従来のドイツの性犯罪処罰規4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 定では処罰されてこなかった部分を犯罪化4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4することにより,個人の性的自4 4 4 4 4 4 己決定の保護をより充実4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4させることが狙いであったように思われる。

 刑法をひとまず措き,ドイツ法全体に目を向けると,セクシャル・ハラ スメントを法的に禁止する連邦法として,2006年 ₈ 月14日の「一般均等待 遇法(Allgemeines Gleichbehandlungsgesetz)」41)という連邦法が重要であ 42)。 これは,EUの ₄ つの「指令(Richtlinie)」 を国内法化する(これ らは指令であり,ただちに加盟国に対する法的効力をもたないので,国内 法化する必要がある)というばかりでなく,その趣旨をさらに進める形で 実現しようと意図したものである。本法は,「人種,民族的出自,性,宗 教,世界観,障害,年齢,性的アイデンティティ」に基づく差別的扱いを 国との関係のみならず4 4 4 4 4 4 4 4 4 4,私法上の雇用関係やその他の契約関係においても4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 禁止4 4する。そして,本法 ₃ 条(「概念規定」)の ₄ 項に,セクシャル・ハラ スメントの定義が新たに設けられた(ちなみに, 古い定義は,2006年に

40) Beschlussempfehlung und Bericht des Ausschusses für Recht und Verbrau- cherschutz (6. Ausschuss), Bundestag Drucksache 18/9097, S. 29 ff.

41) 略称はAGGであり, 通称は「反差別法(Antidiskriminierungsgesetz)」 で ある。

42) この法律についての詳細かつ周到な紹介として,齋藤純子「ドイツにおける EU平等待遇指令の国内法化と一般平等待遇法の制定」外国の立法230号(2006 年)91頁以下がある。

(15)

「一般均等待遇法」の施行とともに廃止された「就業者をセクシャル・ハ ラスメントから保護するための法律(Gesetz zum Schutz der Beschäftig- ten vor sexueller Belästigung am Arbeitsplatz)」にあった)。その内容は,

以下のようなものである。

一般均等待遇法第 3 条第 4 項 セクシャル・ハラスメントは,次の場 合には,本法第 ₂ 条第 ₁ 項第 ₁ 号から第 ₄ 号との関連での不利益待遇

(Ungleichbehandlungen)となる。すなわち,その人が望まない,性 的動機に基づく行動─その中には,性的行為,性的行為の要求,性的 動機に基づく身体的接触,性的内容の発言,ポルノグラフ的表現物を 見せたり,見えるところに掲示したりすること等が含まれる─が,そ の人の尊厳を害することを意図して行われるか,またはその人の尊厳 を害する結果を生じさせるとき,特に,威圧,敵対,蔑みまたは侮辱 をその特性とする環境が形成されるとき。

 この一般均等待遇法 ₇ 条により,就業者に対するセクシャル・ハラスメ ント行為は本法による「不利益待遇」となって法的に禁止され,それを行 う使用者および就業者については契約違反となることが定められている。

そして同法12条により,使用者に対し,そのような不利益待遇が生じさせ ない措置をとる法的義務があることを明記している。不利益待遇(たとえ ば,セクシャル・ハラスメント)を受けた被害者の方には,第13条におい て,不服申立ての権利があること,第14条において,使用者側がきちんと した対応をとらないときは就労を拒む権利があること,第15条において,

損害賠償の権利があること,第16条において,権利行使による不利益扱い を受けないこと等の規定が設けられている。

⑵ 処罰規定の内容

 ここで,新設された,刑法のセクシャル・ハラスメント罪の規定を見る と,次のような内容である。

(16)

比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

刑法184条 i セクシャルハラスメント(Sexuelle Belästigung)

① 他人に対し, 性的動機に基づく態様で(in sexuell bestimmter Weise)身体的接触行為を行い,これによりその他人を不快な気持ち にさせた者は,他の規定においてより重い刑が予定されているときは 別として, ₂ 年以下の自由刑または罰金に処する。

② 特に重い場合においては, ₃ か月以上 ₅ 年以下の自由刑に処す る。その行為が複数の者により共同して行われたときは,原則として 特に重い場合とする。

③ 行為は告訴がなければ訴追しない。ただし,刑事訴追機関が,訴 追に特別な公益性があるために職権による介入が要請されると考える ときは,この限りでない。

 前述の一般均等待遇法の定義と比較したときの最も顕著な特色は,本罪 が成立するためには身体的接触を必須4 4 4 4 4 4 4 4とする点である。口頭ないし振る舞 いによるものは含まれないことになる。身体的接触が要件とされるのであ るから,従来の性犯罪,特に刑法177条の規定された性的攻撃・性的強制 罪(それは,日本刑法の強制わいせつ罪・準強制わいせつ罪とその重要部 分において重なる)との区別が問題となる。ドイツの立法者は,この点を 次のように説明している。すなわち,従来の性犯罪処罰規定(刑法177条 等)が予定している「性的行為」は,既述の通り,「それぞれの保護法益 との関係で一定の重大性をもつもの」に限られる(刑法184条h第 ₁ 号)。

そこで,その程度に達しないものが,本規定による処罰の対象とされるこ とになる。したがって,着衣の上から胸・尻・陰部に触る行為,口や首筋 にキスをする行為が,その程度が軽い場合に限り4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4,本罪により捕捉される ことになるのである(もし,その程度が著しいものであるときや,そうで なくても,年少者に向けられるときは,「重大性」が肯定され,177条の適 用が認められることになる)。

 ただ,連邦議会の法務・消費者保護委員会の法案に対する決議理由によ れば,身体的接触があっても,軽く抱擁する行為や頰にキスをする行為等

(17)

は,およそセクシャル・ハラスメント罪にも当たらないとされる43)。「重 大性条項」により引かれた従来の下限をさらに下回る行為を犯罪化したの であるが,それでも刑事罰の対象とするためには,それなりの重さをもつ 必要はあるということであろう。

 新設規定は,身体的接触のないハラスメント行為(口頭ないし振る舞い によるもの)を,その処罰の対象とするものではない。その種の行為がま ったく犯罪にならないかと言えば,そうではなく,ドイツでは,その程度 により,侮辱罪(ドイツ刑法185条)に該当することが認められている。

ドイツの侮辱罪は,日本のそれ(231条)と異なり,公然性をその要件と しておらず,ドイツでは伝統的にこの領域において多用されている44)。ま た,口頭ないし振る舞いによる,一定のハラスメント行為は,つきまとい 罪ないしストーキング罪(ドイツ刑法238条)の狭い要件(たとえば,「執 拗に被害者に場所的に近づく」など)にあたる場合には犯罪となりうるこ ととなろう。

⑶ 新規定への評価

 新規定に対しては,刑法学界について見る限り,消極的見解が一般的で あろう。世論に迎合し,社会問題に対して刑罰法規を設けるだけで一定の 解決を行った印象を与えるだけの「象徴立法」 に過ぎないとも言われ 45)。また,「性的動機に基づく態様で」という文言と,「これによりその 他人を不快な気持ちにさせた」 という文言の不明確性も批判されてい 46)。前に触れた「性刑法改正委員会・最終報告書」においては,委員の 43) Beschlussempfehlung und Bericht des Ausschusses für Recht und Verbrau-

cherschutz (6. Ausschuss), Bundestag Drucksache 18/9097, S. 30.

44) この点につき,佐藤「ドイツにおける性犯罪規定」(前掲注13)81頁以下を 参照。

45) 新設のセクシャル・ハラスメント罪の処罰規定が,実際に,どの程度,適用 されているのかが関心を引くところであるが,統計数値については,本罪に限 定した数値は探し出すことができなかった。

46) たとえば,Hoven, Das neue Sexualstrafrecht (前掲注25)S. 8 f.を参照。

(18)

比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

大多数は,「重大性条項」により引かれた下限に達しない行為についても,

性的自己決定の保護の見地から処罰の必要性があり,184条iの規定を維 持することに賛成している(すなわち,10人の委員が賛成し, ₂ 人の委員 が規定を削除すべきであるとした)47)。ただ,委員の多数( ₈ 人)は,「性 的動機に基づく態様で」という要件は,主観面を重視しすぎるものであ り,これをより客観化すべきだと提案している48)

5 ドイツ法との比較から得られるもの

 以上の見てきたように,ドイツのセクシャル・ハラスメント罪は,労働 法上のセクシャル・ハラスメント行為のうち,身体的接触のない,単なる 口頭ないし振る舞いによる場合は,処罰の対象としておらず,したがっ て,ドイツの現行刑法においては,前述のような例外にあたる場合(侮辱 罪やストーキング罪にあたる場合)を除いて,原則として犯罪ではないこ とが明らかとなった。

 これに対し,ヨーロッパ諸国の刑法の中には,身体的接触のない,単な る口頭ないし振る舞いによる場合であっても,これを犯罪とするものがあ る。ただ,それでは処罰範囲がきわめて広範・無限定なものとなりかねな いという問題があろう(たとえば,フランス刑法は,身体的接触を要件と しないものの,ハラスメント行為が「反復的に」行われることを原則的に 要求し,ただ例外的に反復的でなくてもよいケースを類型化して示すとい う方法をとっている)。身体的接触の要否と並んで,被害者の感情を害す る根拠を性的なものに限定するか,それとも,人種的なもの・民族的なも の・宗教的なもの・障害(ハンディキャップ)を理由とするもの等々につ いても,処罰範囲に含めるかどうか(要するに,ハラスメント行為一般を 処罰の対象とするかどうか)という問題もある(この点で,ベルギー刑法 47) Abschlussbericht der Reformkommission (前掲注36)S. 80 ff., 308 ff.を参照。

48) Abschlussbericht der Reformkommission (前掲注36)S. 83 f., 309 f.を参照。

(19)

などは,処罰範囲を相当に拡大している)。

 こうした他の諸外国の立法と比較するとき,ドイツ刑法は相当に限定的 であり,基本的に労働法制,とりわけ前述の「一般均等待遇法」による規 制に委ねるという立場をとっていると言えよう。刑法の補充性という原 49)からすると,そのことは十分に理解できることである。

 それでは,最後に,ドイツと比較したとき,日本の現行法はどのように 位置づけることができるかにつき,ごく簡単に検討しておきたい。日本に おいて,性的迷惑行為・嫌がらせ行為の相当に広い部分を犯罪としている のは,都道府県条例の「迷惑行為等防止条例」である(それは,それぞれ の自治体により「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関 する条例」といった名称をもつ)。たとえば,東京都の「公衆に著しく迷 惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(昭和37年10月11日条 例第103号)の第 ₅ 条第 ₁ 項は,次のように規定している。

何人も,正当な理由なく,人を著しく羞恥させ,又は人に不安を覚え させるような行為であって,次に掲げるものをしてはならない。

一 公共の場所又は公共の乗物において,衣服その他の身に着ける物 の上から又は直接に人の身体に触れること。

二 次のいずれかに掲げる場所又は乗物における人の通常衣服で隠さ れている下着又は身体を,写真機その他の機器を用いて撮影し,又は 撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け,若しくは設置するこ と。

イ 住居,便所,浴場,更衣室その他人が通常衣服の全部又は一部を 着けない状態でいるような場所

ロ 公共の場所,公共の乗物,学校,事務所,タクシーその他不特定 又は多数の者が利用し,又は出入りする場所又は乗物(イに該当する ものを除く。)

49) 井田良『講義刑法学・総論〔第 ₂ 版〕』(2018年)19頁を参照。

(20)

比較法雑誌第53巻第 ₁ 号(2019)

三 前二号に掲げるもののほか,人に対し,公共の場所又は公共の乗 物において,卑わいな言動をすること。

 そこでは,身体的接触は要件とされておらず,「卑わいな言動」とされ るもののほか,盗撮行為も処罰の対象とされていることが明らかである。

特に,最近の傾向として,つきまとい行為との関係でも,多くの条例でそ の処罰の範囲を拡張している。「ストーカー行為等の規制等に関する法律」

(平成12年 ₅ 月24日法律第81号)により処罰の対象となる,その前段階ま たはその周辺の行為が,幅広く犯罪とされていることに注意しなければな らない。たとえば,前掲の東京都「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良 行為等の防止に関する条例」第 ₅ 条の ₂ は,次のように規定している。

何人も,正当な理由なく,専ら,特定の者に対するねたみ,恨みその 他の悪意の感情を充足する目的で,当該特定の者又はその配偶者,直 系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な 関係を有する者に対し,不安を覚えさせるような行為であって,次の 各号のいずれかに掲げるもの(ストーカー行為等の規制等に関する法 律(平成12年法律第81号)第 ₂ 条第 ₁ 項に規定するつきまとい等及び 同条第 ₃ 項に規定するストーカー行為を除く。)を反復して行っては ならない。この場合において,第一号から第三号まで及び第四号(電 子メールの送信等(ストーカー行為等の規制等に関する法律第 ₂ 条第

₂ 項に規定する電子メールの送信等をいう。以下同じ。)に係る部分 に限る。)に掲げる行為については,身体の安全,住居,勤務先,学 校その他その通常所在する場所(以下この項において「住居等」とい う。)の平穏若しくは名誉が害され,又は行動の自由が著しく害され る不安を覚えさせるような方法により行われる場合に限るものとす る。

一 つきまとい,待ち伏せし,進路に立ちふさがり,住居等の付近に おいて見張りをし,住居等に押し掛け,又は住居等の付近をみだりに

(21)

うろつくこと。

二 その行動を監視していると思わせるような事項を告げ,又はその 知り得る状態に置くこと。

三 著しく粗野又は乱暴な言動をすること。

四 連続して電話をかけて何も告げず,又は拒まれたにもかかわら ず,連続して,電話をかけ,ファクシミリ装置を用いて送信し,若し くは電子メールの送信等をすること。

五 汚物,動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるよ うな物を送付し,又はその知り得る状態に置くこと。

六 その名誉を害する事項を告げ,又はその知り得る状態に置くこ と。

七 その性的羞恥心を害する事項を告げ若しくはその知り得る状態に 置き,その性的羞恥心を害する文書,図画,電磁的記録(電子的方 式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方 式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供され るものをいう。以下この号において同じ。)に係る記録媒体その他の 物を送付し若しくはその知り得る状態に置き,又はその性的羞恥心を 害する電磁的記録その他の記録を送信し若しくはその知り得る状態に 置くこと。

 このように見てくると,処罰の対象となる行為という点では,日本の条 例による刑罰法規は,ドイツのセクシャル・ハラスメント罪のそれより も,はるかに広い処罰範囲をもっていると言えよう50)。他方で,日本のほ とんどの条例においては,性的迷惑行為につき,公共の場所4 4 4 4 4・公共の乗り4 4 4 4 4 物等といった場所的限定4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4がある。この点では,そうした限定のない,ドイ

50) なお,ドイツにおける盗撮行為の処罰範囲(ドイツ刑法201条a)は,被害 者が住居内,風呂やトイレ内等にいる場合のみこれを犯罪とするので,相当に 限定されている。つきまとい行為についても,ドイツのストーキング罪(ドイ ツ刑法238条)は,日本の条例と比べて処罰範囲が相当に限定されている。

参照

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