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ドイツにおける性犯罪規定の改正について

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(1)

著者 吉川 真理

雑誌名 静岡法務雑誌

巻 11

ページ 21‑43

発行年 2019‑08‑16

出版者 静岡大学地域法実務実践センター

URL http://doi.org/10.14945/00026772

(2)

論 説

1. はじめに

 ドイツでは、女性の性的自己決定権の改善を目指す刑法改正が行われ、同改正法は、

2016年11月10日に施行された。後述するように、このドイツの刑法改正は、これまで の性犯罪についての考え方を大きく転換するものであった。すなわち、本改正は、強 制性交罪を女性と性交を行うために被害者の抵抗を暴行により阻止する犯罪として捉

える、1871年のドイツ帝国刑法典に由来する考え方からのパラダイムシフトを意味し、

新たに、強制性交罪を女性の性的な自己決定権を保護する犯罪として位置付けること になったのである(1)

 強制性交罪を女性の性的自己決定権を侵害する犯罪として捉える考え方は、比較的 新しく、20世紀後半に西欧社会に広まった考え方である、といえる。そして、男性と 同様女性も誰と性交を行い、性交を行わないかを自由に決定することができるという 考え方は、今回のドイツの性犯罪規定改正の中核を成すものであった(2)

 もっとも、今回の改正によって、強制性交罪を女性の性的な自己決定権を侵害する 犯罪として捉える考え方が貫徹されたか、というと疑問を持たざるを得ない。ドイツ の学者の多くも、今回の改正が、強制性交罪を女性の性的な自己決定権を保護する犯 罪として位置付けようとしていることについては、異論を差し挟んでいないが、この 考え方が、性犯罪規定全体において首尾一貫した形で貫徹されているか、ということ については疑問を呈している。中には、改正されてからまだ間もないにも関わらず、

早くも次の改正について言及する学者もいる(3)

 今回の改正によって条文相互間の矛盾が生じた背景には、ドイツ連邦議会が改正を

      

(1) Hörnle, Das Gesetz zur Verbesserung des Schutzes sexueller Selbstbestimmung, NStZ 1/2017, S.13.

2 Hörnle, a.a.O., S.14.

3 Hörnle, a.a.O., S.14.

吉 川 真 理 ドイツにおける性犯罪規定の改正について

(3)

急ぐあまり、性犯罪に関する条文相互間に齟齬がないかどうか、十分に検討しなかっ た事実がある。むしろ、2015年の大晦日に起きた、ケルン中央駅周辺での集団性的暴 行事件をきっかけに、性犯罪規定の早期の改正を求める機運が一機に高まり、当初、

連邦政府が想定していたのとは大きく異なる形で、改正作業が進められ、今回の改正 に至った、というのが事実なのである(4)

 奇しくも、近時、わが国においても刑法の改正作業が行われ、旧強姦罪が強制性交 罪に改まるなど、性犯罪規定の抜本的な見直しが行われた。以下においては、ドイツ で性犯罪規定の改正が行われた背景をできるだけ丁寧に探り、その議論の状況を明ら かにすると同時に、今後のわが国の性犯罪規定のあるべき姿についても何某かの提言 を行っていきたい。

2.2016年の改正前のドイツにおける議論状況

 前述したように、1871年のドイツ帝国刑法典は、強制性交罪を、女性と性交を行う ために、被害者の抵抗を暴行により阻止する犯罪として位置付けていた。すなわち、

被害者と性交を行う目的で被害者に対し暴行を加えるということが、強制性交罪の基 本類型であると解されてきたのである。その後、女性と性交を行うため、被害者の身 体や生命に対して害を加える旨の脅迫を行った場合も、被害者の身体に対し直接暴行 を加えた場合と同じように処断されるようになったが、1997年の改正まで、ドイツの 強制性交罪に関する規定が見直されることはなかった(5)

 1997年の改正により、ドイツ刑法典177条1項3号には、被害者が抵抗不能な状況 にあることを利用する場合も強制性交罪の行為類型に含まれる、との規定が置かれる ことになった。何れにせよ、2016年の改正前のドイツにおいては、被害者が加害者と の性交を拒否するだけでは、強制性交罪の可罰性にとって十分ではない、と解されて きたのである(6)

 しかし、強制性交罪を被害者の性的な自己決定を侵害する犯罪と捉えるべきではな いか、との考えは、ドイツにおいても急速に支持者を集めるようになった。女性も男 性と同様に、誰と性交を行い、性交を行わないかを自由に決定することが可能であり、

こうした自己決定の観点から強制性交罪の保護法益、行為類型を見直す動きが活発化 したのである(7)

      

(4) Hörnle, a.a.O., S.14.

(5) Hörnle, a.a.O., S.13f.

6 Hörnle, a.a.O., S.14.

7 Hörnle, a.a.O., S.14.

(4)

 なお、イギリスでは既に100年以上も前から、同意のない性交は犯罪であり、厳重 に処罰されるべきである、とされてきたことに着目する必要がある。「同意」の判断 は難しく、現在でも、イギリスにおいて、強制性交罪で起訴された被告人が無罪とな ることもあるという。だが、イギリスの警察は、被害届を幅広く受ける姿勢をとって おり、「通報率を上げて、実態をできる限り明らかにし、被害者が支援を受けられる ようにすることと、裁判で判断することが大切だ」という認識が、警察・司法関係者 の間で共有されているという(8)

 

 「同意のない性交は犯罪だ」の考えは、2011年の欧州評議会のイスタンブール条約 において、明文化されることになる。同条約36条は、性暴力に関して次のような規定 を置いたのである。

 36条 性暴力(強制性交を含む)

1.締約国は、故意に行われる以下の行為が犯罪とされることを確保するため、必要 な立法及びその他の措置をとる。

a.同意に基づかず、他の者の身体に対し、身体部位のいずれか、または物を用い て膣、肛門または口への性的性質の挿入行為を行うこと。

b.人に対し、同意に基づかない他の性的性質の行為を行うこと。

c.他人に対して同意に基づかない性的性質の行為を第三者と行わせること。

2.同意は、自由意思の結果として、自発的に与えられなければならない。その際、

自由意思は、関連する状況の文脈において評価される。

3.締約国は、1項の規定が、国内法で認められた従来のまたは現在の配偶者または パートナーに対して行われた行為にも適用されることを確保するため、必要な立法 及びその他の措置をとる。

 イスタンブール条約36条は、「同意に基づかない性行は犯罪だ」とする立場を明確 にし、同意に基づかない性行が犯罪とされることを確保するため、締約国に対し必要 な立法及びその他の措置をとることを要求している。締約国であるドイツも、このイ スタンブール条約36条に合せて、刑法の性犯罪に関する規定の見直しが急ピッチで行 われることになった(9)

 もっとも、ドイツ政府が腐心したのは、従来の強制性行罪の行為類型には当てはま らないものの、当罰性という観点からは処罰に価する行為類型を強制性行罪の規定の

      

8「性暴力対応英国に学ぶ」朝日新聞20181013日付夕刊。

9 Hörnle, a.a.O., S.14.

(5)

中に盛り込み、処罰の間隙を埋めるということであった。前述したように、ドイツで は、女性と性行を行う目的で、被害者に対して暴行を加える、ということが強制性行 罪の基本類型である、と考えられてきたため、連邦議会では、例えば、被害者を驚か して性行を行った場合も強制性行罪として処罰すべきなのではないか、が主として議 論されてきたのである(10)

 こうした動きに大きな変更を与えたのが、2015年の大晦日のケルン中央駅周辺での 集団性的暴行事件であった。2015年12月31日から2016年1月1日かけて、アラブ人・

北アフリカ人を主体とした約1000名が、新年のカウントダウンのために集まっていた 女性達に集団で性的暴行を働いたというのである。ケルン警察は、当初、新年のカウ ントダウンが概ね平穏に行われたと発表し、事件について一切公表を行わなかった。

しかし、被害女性から警察への被害届が相次ぎ、1月8日には766件にまで増加した ため、さすがのケルン警察も事件について公表せざるを得なくなった(11)。ドイツの メディアもそれに呼応する形で、1月5日から事件を取り上げるようになり、第2ド イツテレビ(ZDF)が、事件直後から多数の女性たちの抗議があったにも関わらず、

事件について速やかに報道しなかったことを謝罪するという異例の事態が生じた(12)  当初、ケルンのヘンリエッテ・レーカー市長は、今回の事件と北アフリカ出身の難 民と結びつけることは不適切であると述べ、また、事件の背景に難民問題があると信 じるに足るべき理由はない、としていた(13)。そして、記者からのインタビューを受 けて、今後、同様の被害を防ぐためには、女性は、暴行を受けないよう、他人から一 定程度の距離(具体的には、腕を延ばした距離)を置くことや、男性のエスコートを 受けることが必要である、などと述べたため、同市長は、ケルン市民からのみならず、

ドイツ国民からも厳しく非難されることになった(14)

 このケルン中央駅周辺での集団性的暴行事件は、ドイツ政府が2015年だけでも110 万人もの難民を受け入れてきたという、アンゲラ・メルケル首相の難民政策への見直 しを迫るとともに、性犯罪規定の改正に向けても新たな動きを与えることになった。

すなわち、„Nein heißt Nein“(嫌なものは嫌)という標語の下、女性達を中心にドイ

      

(10) Hörnle, a.a.O., S.14.

11„Erster Verdächtiger wegen Sexualstraftat in Köln in U-haft“ Die Welt2016年1月 8日電子版)

12 Urusula Scheer, „Eine Männergruppe und ihr Hintergrund“ faz.net.5.Januar2016.

(13)„Polizei räumt Fehleinschätzung am Neujahrsmorgen ein“ Der Spiegel(2016年1月5 日電子版)

14レ ー カ ー 市 長 の 発 言 に 対 す る 批 判 と 同 市 長 に よ る 再 反 論 に つ い て は、„Kölner Oberbürgermeisterin verteidigt Ratschlag für Frauen“ Der Spiegel2016年1月6日電 子版)が詳しい。

(6)

ツ各地で大規模なデモが行われたのである。そして、性犯罪規定の改正も「同意のな い性行は犯罪である」という原則にしたがって行われるべきである、との世論が高ま り、翌2016年には、「同意のない性行は犯罪である」との原則に則った刑法改正が行 われたのである。

 特に、注目すべきは、今回の改正案が、ドイツ連邦議会において、全会一致で通過 したということである。このことは、「同意のない性行は犯罪である」という考えが、

議員の間で急速に浸透していったことを示すと同時に、今回の刑法改正の作業が、世論 の動向を受け、いかに急ピッチで進められていったかを如実に示しているといえよう。

 改正案が連邦議会で可決された際、ドイツの各メディアは、„Nein heißt Nein“ 考え方がドイツの性犯罪規定の中に初めて取り入れられた、歴史的な瞬間であると一 斉に報じ、これを歓迎する姿勢を示した。しかし、ドイツの学説においては、こうし たメディアの報道の仕方に異論を唱えるものが少なくない。ドイツ連邦議会は、改正 を急ぐあまり、性犯罪に関する条文相互間に齟齬がないかどうか、十分に検討を加え ておらず、「同意のない性交は犯罪である」という考えが、性犯罪規定の全体におい て、首尾一貫した形で貫徹されているかは疑問である、というのである(15)

 以下においては、章を改め、刑法改正のための委員会の委員を務めたHörnleの説 くところに従って、ドイツの性犯罪規定の問題点を見ていくことにしたい。

 

2.2016年改正法の要点

 ドイツの性犯罪規定は、これまで、①暴行・脅迫などによって被害者に性行を始め とする性的行為を強要する類型(強要型類型)と、②被害者が抗拒不能な状態にある、

児童・未成年者である、あるいは加害者と一定の依存関係にある場合に、そうした被 害者の脆弱性を利用して性的行為がなされる類型(虐待類型)とに大別されてきた(16)

„Nein heißt Nein“モデルの採用により、この強要型類型と虐待型の区別は撤廃され ることになった。改正後の177条1項と同条2項の規定は、もはや強要型の犯罪と位 置付けることができなくなり、性的自己決定権を侵害する犯罪として位置付けられる ことになったのである(17)

 先ず、新177条1項は、他人の認識可能な意思に反して性的行為を行うだけで犯罪       

15 Hörnle, a.a.O., S.14. なお、改正に批判的な最近の論稿としては、Renzikowski, Nein! Das neue Sexualstrafrecht, NJW16.3553ff., Hoven/Weigend, „Nein heißt Nein“ - und viele Fragen offen, JZ 4/2017 S.182ff. 等がある。

(16) Hörnle, a.a.O., S.14.深町晋也「ドイツにおける2016年性刑法改正について―我が国の性 犯罪規定における暴行・脅迫要件の未来」法律時報89巻9号(201798頁。

17 Hörnle, a.a.O., S.14.

(7)

が成立することを明文で明らかにしている。また、新177条2項の1号から5号は、

被害者が明確に拒否する旨の意思表示を行わなかった場合においても、一定の状況下 において性的侵襲が存在することを明文で規定している。単純な性的侵襲の法定刑 は、6か月から5年の自由刑であり、旧規定よりも軽くなっている(新177条1項、

同条2項)。未遂は処罰される(新177条3項)(18)

 さらに、新法は、性的侵襲の違法性を高める状況を規定し(新177条4項から同条 8項まで)、旧規定(旧179条1項、同条2項)と比べて部分的に法定刑を重くしてい る(新177条4項)。刑を加重する事由についての規定は、(全てではないが)ほぼ旧 177条の2項から4項の規定に従っている。(刑が加重される行為態様としての)強制 性交についての規定(旧177条2項1号、新177条6項2号)も、概ね旧規定を引き継 いでいる。最後に、わが国の強制わいせつ罪に当たる規定(新184条i)と集団で性 犯罪を行った場合の規定(新184条j)が新設されている(19)

 旧179条は削除された。旧179条は、被害者が加害者に対し実力を行使して抵抗する ことを義務付けており、こうした義務は、被害者が疾病に罹っていた場合や、障害を 負っていた場合にのみ除外されてきた。もっとも、旧179条が削除されたからといっ て、被害者に対し、身体的、精神的な侵害行為を行うことが法的に全く意味を持たな いことにはならない。被害者に対し、身体的、精神的な侵害行為を行うことは、被害 者が「抗拒不能の状態にある」という観点からは重要ではないが、被害者が「反対意 思を形成又は表明できない状態にある」という観点からは重要だからである(177条 2項1号)(20)

 以下では、章を改め、177条の改正とその問題点を詳細に見ていくことにする。

3.177条の改正とその問題点  (1)新117条の規定について

 新しい177条の規定は以下の通りである。

第177条 性的侵襲、性的強要、強制性交

第1項 他人の認識可能な意思に反して、その者に性的行為を行い、その者に性的行 為を行わせ、又は、第三者への若しくは第三者による性的行為をその者に対して遂行 若しくは受忍させた者は、6月以上5年以下の自由刑に処する。

      

(18) Hörnle, a.a.O., S.14.

19 Hörnle, a.a.O., S.14.

20 Hörnle, a.a.O., S.14.

(8)

第2項 他人に対して性的行為を行い、その者に性的行為を行わせ、又は第三者への 若しくは第三者による性的行為をその者に対して遂行又は受忍させた者が、以下の各 号に該当する場合には、前項と同様に罰する。

1号 行為者が、その者が反対意思を形成又は表明できない状況を利用した場合 2号 行為者が、その者が身体的又は精神的状況に基づき、意思の形成又は表明が

著しく制限されている状況を利用した場合。但し、行為者がその者の同意を得 た場合を除く。

3号 行為者が驚愕の瞬間を利用した場合

4号 行為者が、抵抗した際には被害者に重大な害悪が生じる恐れがある状況を利 用した場合

5号 行為者が重大な害悪を伴う脅迫によって、その者に性的行為の遂行又は受忍 を強いた場合

第3項 未遂は罰する。

第4項 意思形成又は意思表明の能力の欠如が被害者の疾病又は障害に基づく場合に は、1年以上の自由刑に処する。

第5項 以下の各号に当たる場合は、1年以上の自由刑に処する。

1号 行為者が被害者に対して暴行を用いた場合

2号 行為者が被害者に対して生命又は身体に対する現在の危険を伴う脅迫を行っ た場合

3号 行為者が、被害者が保護のない状態で行為者の影響下に置かれている状況を 利用した場合

第6項 特に犯情の重い事例では、2年以上の自由刑に処する。以下の各号に当たる 場合は、原則として特に犯情の重い事例である。

1号 行為者が被害者と性交を行い若しくは被害者に性交させ、又は、被害者の身 体への挿入と結びつく場合はとりわけそうであるが、被害者を特に辱めるよう な性交類似行為を被害者に対して行い若しくは被害者に行わせる場合(強制性 交)

2号 行為が複数人で共同して行われた場合

第7項 以下の各号に当たる場合には、3年以上の自由刑に処する。

1号 行為者が、凶器若しくはその他の危険な道具を携帯したとき

2号 行為者が暴行若しくは暴行を加える旨の脅迫により、他の者の抵抗を阻止若 しくは克服する目的で、道具若しくは手段を携帯したとき

3号 行為により被害者に重い健康障害の危険に晒したとき 第8項 以下の各号に当たる場合には、5年以上の自由刑に処する。

1号 行為の際に凶器若しくはその他の危険な道具を使用した場合

(9)

2号 被害者を

a)行為の際に身体的に著しく虐待したとき、若しくは b)行為により死亡の危険に晒したとき

第9項 1項及び2項のうち犯情があまり重くないケースにおいては3月から3年の 自由刑を、4項及び5項のうち犯情があまり重くないケースにおいては6月から10年 の自由刑を、7項及び8項のうち犯情があまり重くないケースにおいては1年から10 年の自由刑を言い渡すものとする(21)

 

 177条の改正で先ず注目すべき点は、旧規定と比べて、可罰的な性的行為の範囲が 拡大した点である。すなわち、旧規定では、被害者が、行為者又は第三者と性的接触 を持つことが必要であったが、新規定では、それを不要とし、行為者が被害者に性的 行為を行うよう要求し、被害者自身がその指示に従って性的行為を行った場合も可罰 的である、としたのである(177条1項、同条2項、同条6項1号)。また、新184条 h2号のように、他人の面前で被害者に性的行為を行わせることが必要とされていな いため、行為者又は第三者が、被害者が性的行為を行ったことに気づいていない場合 も処罰される可能性が出てきた(22)

 新177条は、性的侵襲の基本的な構成要件に該当する行為として、大別して2つを 挙げている。1つは、新177条1項に当たる行為であり、もう1つは、新177条2項の 各号に当たる行為である。結果として、性的侵襲の基本的な構成要件行為に該当する 行為は6つとなるが、このように、性的侵襲の基本的な構成要件に該当する行為が多 岐に亘ることは、実務家を混乱に陥れることになった(23)

 さらに、新177条1項が、被害者が認識可能な方法で反対意思を表明すれば、性的 侵襲の罪が成立するとしながら、新177条2項が、一定の条件下において、被害者が、

反対意思を表明することが不可能な、あるいは、反対意思を表明することが期待でき ない場合のあることを認めていることは、新177条の解釈を一層複雑なものとした(24)  以下においては、新177条の個々の条文について、詳細に見ていくことにしたい。

 (2)新177条1項について

 新177条1項は、「他人の認識可能な意思」に反して性的行為を行った場合には、性 的侵襲の罪が成立するとしている。では、「他人の認識可能な意思」に反する場合と

      

(21)日本語訳にあたっては深町前掲論文98頁以下を参照にした。

(22) Hörnle, a.a.O., S.14.

23 Hörnle, a.a.O., S.14.

24 Hörnle, a.a.O., S.14f.

(10)

は、具体的に如何なる場合なのであろうか。ドイツの学者は、例えば、被害者が口頭 で明確に反対意思を表明した場合に限らず、被害者が泣いた場合や、加害者が性的行 為を行おうとした際に被害者が抵抗した場合等、被害者の反対意思が被害者の行動か ら推察することができる場合においても認識可能な反対意思を認めることができる、

としている。もっとも理由書からは、被害者が反対意思を相手方に伝えることが必要 か否かは必ずしも明らかではない。ドイツの学者の間では、例えば、ベッドから転倒 して以来、身体の一部に麻痺が残っている、完全に無反応な76歳の女性患者に対し、

オムツ交換や入浴の際、性的な行為を行った男性介助者に177条の罪が成立するかが 議論されてきた。連邦通常裁判所は、男性介助者には旧177条の罪が成立しないとし たが、加害者に反対意思を伝えることが不要である、と考えれば、新177条1項の罪 が成立する可能性が残されることになろう(25)

 結論としては、Hörnleが指摘するように、被害者が口頭で、あるいは、態度で加 害者に反対意思を伝えることが必要である、と解釈するのが妥当であるように思える。

 その第1の理由は形式的なもので、新177条2項の各号に規定した構成要件が、被 害者の伝達行為が欠ける場合も含んでいるからである。例えば、加害者が被害者を威 嚇したものの、被害者の反対意思を客観的に認めることができなかった場合に、新 177条1項が適用されるとするならば、新177条2項5号の規定は不要ということにな り、新177条2項の存在意義が失われることになってしまうであろう(26)

 第2の理由は実質的なもので、恣意的な結論に至ることを避けるためには、被害者 が口頭で、あるいは、態度で加害者に反対意思を伝えることが必要だからである。上 記の76歳の女性患者の事例の場合、この女性患者が「認識可能な程度に反対意思を有 していた」という結論に至ることについては、異論はないであろう。しかし、他の事 例において、性をめぐる見解が個人によって異なることを根拠に、異なった評価に至 るとするならば、あまりにも恣意的な結論であると言わざるを得ないように思え (27)

 新177条1項を適用すべきかが問題となるのは、とりわけ、被害者が口頭で明確に 反対意思を表明せず、被害者の態度から反対意思が明らかになる場合である。理由書 は、こうした事案に当たる場合として、被害者が泣いた場合や、抵抗した場合を挙げ ている。そして、行為の全体から、被害者が、明確に、首尾一貫して拒否しているこ とが見て取れる場合には、新177条1項を適用すべきである、としている(28)

      

(25) Hörnle, a.a.O., S.15. BGH NStZ 2012, 209, 210.

(26) Hörnle, a.a.O., S.15.

27 Hörnle, a.a.O., S.15.

28 BT-Dr.18/9097, 23.

(11)

 これに対し、被害者が相反的(ambivalent)な考えを持っていた場合には、新177 条1項を適用すべきではない。もっとも、被害者が積極的に協力したというだけでは、

被害者が相反的な考えを持っていたことにはならない。例えば、被害者が泣きながら、

行為者の命令に従って自ら服を脱いだ場合、被害者は積極的に協力している、と言え なくもないが、相反的な考えを持っていたことを根拠に、新177条1項の適用が否定 されることにはならないのである(29)

 さらに、注意すべきは、被害者が最初から相反的な考えを持っていたのか、それと も、途中で翻意したのかは、厳密に区別されなければならない、ということである。

理由書が述べているように、例えば、被害者が途中で考えを改め、性的行為を拒否す ることを明らかにした後に、性的行為が行われた場合には、その行為は、新177条1 項の構成要件に該当することになるのである。何れにせよ、行為者が、被害者が考え を改めたことを知っていたか否かは、慎重に判断される必要があろう(30)

 なお、主観的要件として、故意が必要である。理由書は、新177条1項の故意として、

少なくとも、行為者が、性的行為を被害者の認識可能な意思に反して行うことを認容 していることが必要である、としている。被告人が、被害者との間に合意がなかった にも関わらず、合意があったと信じた場合、このように信じたことにつき、相当な理 由があれば、被告人は無罪となる。結局のところ、被告人が実際に錯誤に陥っていた のか、それとも、虚偽を述べていたのかは、立証問題ということになるが、新法は、

この点につき、特に新しい規定を置いていない(31)

 (3)新177条2項について

 新177条2項は、被害者が反対意思を形成・表明できない状況やその身体的・精神 的状態により反対意思を形成・表明することが著しく制限されている状況、あるいは、

被害者の驚愕の瞬間を利用してなされた性的行為などを処罰している。

 その趣旨は、被害者は、原則として、加害者に、認識可能な形で反対意思を表明す る責務(Obliegenheit)があるが、被害者にとってそれが不可能な場合、あるいは期 待できない場合には、例外的にその責務が免除される、ということである(32)  新177条1項と同条2項が競合する場合には、新177条1項が適用される。被害者が 加害者に反対意思を表明した場合には、新177条2項に規定する状況があるかどうか を検討することなく、新177条1項が適用されるのである(33)

      

(29) Hörnle, a.a.O., S.15.

(30) Hörnle, a.a.O., S.15. BT-Dr.18/9097, 23.

(31) Hörnle, a.a.O., S.15f. BT-Dr.18/9097, 23.

32 Hörnle, a.a.O., S.16.

33 Hörnle, a.a.O., S.16.

(12)

 さて、新177条2項1号は、被害者が反対意思を形成・表明することができない状 況を加害者が利用した場合を処罰している。通常、被害者は、加害者の性的要求に対 して、反対意思を形成し、その意思を加害者に対し、認識可能な形で表明することが 可能であろう。それが不可能となるのは、例えば、①被害者が、薬物やアルコールの 影響等で意識を失っていた場合や、②被害者が重度の精神障害を負い、その認識能力 または意思形成能力が著しく制限されていた場合、③被害者が全身麻痺を負うなどし て、純粋に身体的な理由から相手とコミュニケーションを取ることができない場合で ある。注意を要するのは、新177条2項1号が、従前のドイツ刑法179条とは異なり、

被害者が反対意思を形成・表明することができない状況が、精神疾患・精神障害や意 識障害などに基づく必要はない、としている点である(34)

 理由書は、新177条2項1号につき、被害者が意思形成、または意思表明をするこ とが「絶対的に不能」であることが必要である、と強調している。例えば、被害者が 酒に強く酔ったため、制御能力に問題が生じた場合や、動作が遅くなった場合につい ては、新177条2項1号の規定は、適用されないのである(35)

 被害者がどのようにして意思形成能力、意思表明能力を欠くに至ったかは、重要で はない。加害者が、被害者に気づかれないようこっそりと被害者の飲み物の中に睡眠 薬を入れた場合はもちろん、加害者が、被害者に意思形成能力、意思表明能力が欠け ている状態を単に利用した場合も含まれる。理由書は、さらに、被害者が恐怖のあま り、固まった状態にある場合にも、新177条2項1号が適用されるべきである、とし ている(36)

 さらに、被害者が反対意思を形成、または表明することのできない状態にあるとは、

例えば、被害者が、意識障害に陥ってる場合や、加害者が加えた暴行により怯えてい る場合など、被害者がそのような状況に陥っていることが客観的状況から看取するこ とができる場合に限定されることになる。被害者が、単に、「加害者に何も言うこと ができなかった」「まるで金縛りにあったような感じがした」と述べるだけでは、不 十分なのである(37)

 新177条2項2号は、例えば、被害者が著しく酩酊している場合や、一定の知的障 害がある場合のように、被害者がその身体的・精神的状態により反対意思を形成・表 明することが著しく制限されている場合には、被害者の明確な同意を得ていない場合 に限り処罰される、とする規定である。被害者に事実的な意思形成・表明能力がなお       

(34) Hörnle, a.a.O., S.16.

(35) Hörnle, a.a.O., S.16. BT-Dr.18/9097, 24.

36 Hörnle, a.a.O., S.16. BT-Dr.18/9097, 27f.

37 Hörnle, a.a.O., S.16.

(13)

完全に失われていない場合には、被害者に性的自己決定権を認め、被害者の明確な同 意を得ていない場合に限り処罰すべきである、というのがその趣旨である(38)  被害者の「精神」状態が具体的に何を意味するかについては、争いがある。その際、

参考となるのが、ドイツ刑法20条における「精神的」(seelich)という文言である。

同条における「精神的」とは、単なる精神的不調を除いた、病的な精神状態を意味す る、と解されており、この解釈が、新177条2項2号の解釈においても参考となる。

そして、病的な精神的状態により反対意思を形成・表明することが著しく制限されて いる場合とは、具体的には、被害者に一定の知的障害がある場合、被害者が認知症に 罹患している場合、被害者が著しく酩酊している場合などが挙げられよう(39)  注目すべきは、旧179条1項1号と比較して、新177条2項2号の規定が処罰の範囲 を拡大していることである。すなわち、旧179条1項1号は、被害者が抵抗不能な状 態にあることを利用した場合を処罰していたが、新177条2項2号は、被害者が反対 意思を形成・表明する能力が著しく制限されていることを利用した場合を処罰してい るのである。もっとも、新規定は、被害者の明確な同意を得ていない場合に限り処罰 する、としており、実際に処罰の範囲が拡大されるかは、慎重な判断が必要であろう。

例えば、近年、アメリカでは、重い認知症を患っている妻の同意を得て性交を行った 高齢男性の行為につき、強制性交罪が成立するかが問題になったが(40)、新177条2項 2号が、ドイツ基本法1条の規定を受け、認知症などの知的障害を有する者に対して も性的行為を行う権利があることを認めた規定であることを強調すれば、妻の事実的 なあるいは推定的な同意を認めて、新177条2項2号の適用を否定することも十分可 能であるように思える(41)

 問題は、新177条2項2号の規定が、他の性犯罪に関する諸規定と整合性を有して いるかである。例えば、ドイツ刑法174条は、被保護者の同意の如何にかかわらず、

保護が委ねられている者が被保護者と性的行為を行うことを禁止しているが、この規 定と新177条2項2号の規定との整合性が問題となるのである。理由書は、この点に つき何ら説明を行っていないが、Hörnleが指摘するように、例えば、後見人制度と いう公的な制度に対する信頼を失墜させたことや任務違背性を根拠に174条による処 罰を肯定することができよう(42)

      

38深町・前掲論文100頁。

39 Hörnle, a.a.O., S.16f.

(40) Hörnle, Sexuelle Selbtbestimung: Bedeutung, Voraussetzungen, und kriminalpoliti- sche Forderungen, ZStW 127(2015)851, 877. 因みに本件における陪審員は無罪を言い渡し ている。

41 Hörnle, NStZ (2017)S.17.

42 Hörnle, a.a.O., S.17.

(14)

 新177条2項3項は、被害者が驚愕している瞬間を利用して行われる、不意打ち的 な性的行為を処罰する規定である。被害者が反対意思を形成・表明する時間的余裕も ない咄嗟に性的行為が行われた場合、旧ドイツ刑法177条1項の性的強要罪が成立す る余地がなく、従来から処罰の間隙が指摘されてきた。新177条2項3項は、この処 罰の間隙を埋めるものであり、いわゆる「唐突型」の性犯罪を処罰しようとするもの である(43)

 理由書が指摘するように、「唐突型」の性犯罪は、公の空間で、被害者にとって見 知らぬ者によって行われることが多いが、公ではない空間で、被害者の知り合いに よって行われることもありえよう(44)

 新177条2項4号は、被害者が抵抗した際には重大な害悪が生じる危険がある状況 を行為者が利用して性的行為を行った場合を処罰する規定である。

 「重大な害悪が生じる危険がある状況」の有無は、被害者がそのような状況にある と感じたか否かによってではなく、客観的に見て、被害者がそのような状況にあった か否かによって決定される。「重大な害悪が生じる危険がある状況」の程度としては、

旧ドイツ刑法177条1項2号とは異なり、「生命又は身体に対する現在の危難を伴う脅 迫」といった強度の脅迫がなされる必要はなく、行為者が暗黙の裡に「暴行を行う雰 囲気」(Klima der Gewalt)を生じさせている場合も含む、と解されている。むしろ、

立法者としては、主として後者に当たる事例を念頭に4号の規定を置いたものと思われ (45)

 もっとも、具体的にいかなる場合が「暴行を行う雰囲気」を生じさせた場合にある かについては、争いがある。例えば、被害者が、自分が解雇されるのを防ぐために、

上司と性交を行った場合に、その上司が「暴行を行う雰囲気」を生じさせたとして、

4号が適用されるのかが問題となるが、被害者への解雇の通知が、当該性交が行われ る以前に、これとは無関係になされた場合には、その上司は、「暴行を行う雰囲気」

を生じさせたとはいえず、4号の規定を適用すべきではないであろう。解雇絡みで性 交が行われた場合には、上司が要求に応じなければ解雇するぞ、と明確に脅した場合 のように、将来の経済的害悪を加えたことを条件に新177条2項5号が適用される、

と解すべきである。「暴行を行う雰囲気」を生じさせた場合に当たるケースは、実際 にはそれほど多くはないように思える(46)

      

(43) Hörnle, a.a.O., S.17.

(44) Hörnle, a.a.O., S.17. BT-Dr.18/9097, 25.

45 Hörnle, a.a.O., S.18.

46 Hörnle, a.a.O., S.18.

(15)

 (4)新177条4項について

 新177条4項は、「意思形成又は意思表明の能力の欠如が被害者の疾病又は障害に基 づく場合には、1年以上の自由刑に処する。」と規定し、新177条2項1号の構成要件 に該当する行為が被害者の疾病又は障害に基づく場合には、刑を加重することを定め ている。注意すべきは、4項が、意思形成又は意思表明の能力の欠如がアルコールや 麻薬の摂取に起因する場合を除外していることである。

 意思形成又は意思表明の能力の欠如が、疾病又は障害に基づく場合とアルコールや 麻薬の摂取に起因する場合とに分けて量刑に差を設けていることについては、批判も ある。意思形成又は意思表明の能力の欠如が、疾病又は障害に基づく場合には、被害 者に帰すべき事由が一切ないのに対し、被害者が任意にアルコールを摂取し、意識障 害を生じさせた場合には、被害者の側にも落ち度があり、この違いが量刑の差に出て いる、と説明することも可能であろう。すなわち、前者の場合は、特別に保護を要す る者の性的自由を奪った事案として、後者の場合と比較してより厳格に処罰する必要 がある、というのである。しかし、こうした説明は、説得力を持たない。Hörnle 指摘するように、アルコールの影響等により一時的に意思形成能力に欠如したすべて の事案において、被害者に性的侵襲を受けたことについて共同責任があるとは言えな いからである(47)

 (5)新177条5項について

 本項は、旧ドイツ刑法177条1項で規定された性的強要罪の行為類型にあたる規定 である。もっとも、本項は暴行・脅迫等によって、ドイツ刑法177条1項又は2項に あたる犯罪を行った場合に成立する加重類型として規定されており、旧性的強要罪と は構成要件の規定の仕方が大きく異なっている。

 すなわち、旧177条1項は、暴行と性的行為との間の「目的連関(Finalzusammenhang)

を要求し、被害者に性的行為を強いる目的で暴行が加えられる必要がある、とされて いたのに対し、新法では、そのような目的連関を要件とせず、性的行為を行う際、あ るいはその前後において、被害者に対し暴行を加えれば十分である、とされているの である。連邦通常裁判所では、かつて、元交際相手(女性)の恋人(男性)の頭部を 狙って銃弾を発射し、被害者を死亡させた後、犯行現場に居合わせ、トラウマ状態に 陥った元交際相手に性的行為を行ったという事案が問題となった(48)。連邦通常裁判 所は、目的連関が欠けることを根拠に、旧177条1項の罪は成立しない、と判示したが、

      

47 Hörnle, a.a.O., S.18.

48 BGH NStZ 2013, 279.

(16)

新法では目的連関を要求しないため、新177条5項の罪が成立する可能性があろう(49)  新177条5項2号は、行為者が被害者に対して生命又は身体に対する現在の危険を 伴う脅迫を行った場合を加重する規定である。ここでも、現在の危険を伴う脅迫と性 的行為との間に目的連関があることは必要ない。例えば、被害者に性的行為を行った 後、警察への通報を阻止する目的で脅迫を行った場合にも本号の罪が成立する。必要 なのは、現在の危険を伴う脅迫と性的行為との間に時間的・場所的接着性が存在する ことである(50)

 最後に、新177条5項3号は、行為者が、被害者が保護のない状態で行為者の影響 下に置かれている状況を利用した場合を加重処罰する規定である。本号は、旧177条 1項3号に相応しており、理由書は、旧177条1項3号の解釈が新法においてもその ままあてはまる、としている(51)

 被害者が保護のない状態で行為者の影響下に置かれているか否かは、被害者が保護 のない状態にあると感じたかどうかではなく、客観的に見て、被害者が保護のない状 態にあったかどうかによって判断される。また、被害者が保護のない状態で行為者の 影響下に置かれているとは、具体的に如何なる場合を指すのかが問題となるが、ドイ ツの通説によると、被害者が加害者から傷害を受け、または、殺害される危険がある 場合を指す、と解されている。連邦通常裁判所は、たとえ実現できるか不確実であっ たとしても、被害者に保護を求める可能性や逃走する可能性が残されている場合に は、「保護のない状態」が否定されることもあり得る、と判示しているが(52)、Hörnle が指摘するように、この考え方には異論を唱えるべきであろう。被害者に対し、実現 できるか不確実なことを要求すべきではないからである(53)

 (6)新177条6項について

 新177条6項は、特に犯情が重い事例について刑を加重する規定である。同条6号 1項は、被害者を特に辱めるような行為を行った場合は「強制性交(Vergewaltigung) に当たるとし、通常の性犯罪よりも重く処罰している。「被害者を特に辱めるような 行為」に該当するかどうかは、性的行為の侵害の度合いによって決定される。具体的 には、被害者の身体への挿入が認められれば「被害者を特に辱めるような行為」に当 たるといえるが、被害者の身体への挿入が伴わない場合であっても、例えば、動物と

      

(49) Hörnle, a.a.O., S.19.

(50) Hörnle, a.a.O., S.19.

(51) Hörnle, a.a.O., S.19. BT-Dr.18/9097, 27.

52 BGH NStZ 2003, 424.425; 2005, 380; 2013, 466f.

53 Hörnle, a.a.O., S.19.

(17)

性交をさせる場合には、「被害者を特に辱めるような行為」に当たるといえよう(54)  Hörnleは、新法により「強制性交(Vergewaltigung)」の概念は拡大されたと解 するのが相当であり、暴行、脅迫、保護のない状態といった、行為者を畏縮させる行 為態様は、もはや強制性交罪にとって必要不可欠な条件ではなく、新177条1項、2 項所定の性的侵襲と被害者の身体への挿入があれば強制性交罪が成立する、と解すべ きである、としている。このHörnle見解に対しては、「性的強要(sexuelle Nötigung)」

の場合には、被害者の身体への挿入要件が削除されているにも拘わらず、強制性交の 場合には、2年以上の自由刑が科せられるのはアンバランスである、との反論がなさ れている。しかし、こうした反論については、Hörnleが指摘するように、被害者の 身体への挿入を伴う場合においては性的な自己決定への侵害が特別に重いことを看過 し、被害者が望まない身体への挿入と比較して違法性が低い諸事情の方を重視するこ とになる、との再反論が可能であろう(55)

 何れにせよ、新177条の加重事由の規定は、その一部は例示規定として規定され(例 えば177条6項)、他の一部は加重規定として規定されており(例えば177条4項、5 項、7項、8項)、全体としての体系の統一性が十分考慮された形での規定の仕方と はなっていない。刑事政策的な見地からは、抜本的な見直しと刑を加重する事由の体 系の再構築が必要であるといえよう(56)

3.184条 i の新設

 ドイツ刑法184条iは、性的嫌がらせの規定を新設し、以下のように規定している。

第1項 一定の性的な方法で他人に触り、かつ、それによって嫌がらせを行った者は、

当該行為が他の規定でより重い刑罰を科せられていない場合には、2年以下の自由刑 又は罰金刑に処する。

第2項 特に犯情の重い事例では、3月以上5年以下の自由刑に処する。行為が複数 人で共同して行われたときは、通常は特に重い犯情の事例である。

第3項 行為は告訴に基づいてのみ訴追される。但し、刑事訴追機関が、刑事訴追に 関する特別な公益を理由に職権による介入が必要であると考える場合は、この限りで はない(57)

      

(54) Hörnle, a.a.O., S.19.

(55) Hörnle, a.a.O., S.19f.

56 Hörnle, a.a.O., S.20

57日本語訳にあたっては深町前掲論文101頁を参照にした。

(18)

 従来のドイツの判例・通説は、服の上から被害者の身体に触れる行為は、侮辱罪等 に当たることがあっても性犯罪には該当しないという立場を堅持してきた。というの は、服の上から被害者の身体に触れるだけでは、ドイツ刑法184条hが要求する性的 行為の重大性(Erheblichkeit)という要件を充たさない、と解されてきたからである。

新184条iは、このような解釈から生じる処罰の間隙を埋める目的で新設されたもの である。たとえ服の上からとはいえ、被害者の身体に触れる行為は、単なる侮辱以上 の当罰性を有している、という立法者意思が新184条iの背景にあるのである(58)  新184条iの文言が明らかにしているように、184条iの罪が成立するためには、被 害者の身体に接触することが必要であり、単に被害者に侮辱的な言動をとる場合はそ の適用範囲から除外されている。この点は、身体接触のみならず「著しく粗野な言動」

による性的嫌がらせをも処罰の対象としているスイス刑法とは大きく異なっていると いえよう(59)

 新184条iの解釈で最も争われているのは、「一定の性的方法」とは、具体的にどの ような場合を指すか、である。被害者の主観的感情を重視してこの要件を充たすかど うかを判断すべきであるとの見解もあるが、この見解は、新184条iの適用範囲を著 しく拡大することになり、妥当とはいえない。また、加害者が被害者に対して口頭で 性的意図があることを伝える必要があるとの見解もありうるが、この見解は、前説と は逆に、新184条iの適用範囲を著しく狭めるため、妥当とはいえない(60)

 したがって、一定の性的方法で他人に触れたか否かは、被害者の主観的感情や加害 者の動機によってではなく、客観的観点から決定すべきである。Hörnleが指摘する ように、新184条iに規定する「一定の性的方法」という要件に該当するかどうかは、

行為者のさらなる計画がいかなるものであるかを度外視して、客観的に見て、行為そ れ自体が性的意味を有するか否かで判断されなければならないのである。例えば、相 手の性器や臀部を触る行為、相手の首や唇にキスをする行為、相手の身体に自分の性 器を押し付ける行為等は、客観的に見てそれ自体が性的意味を有する行為であると評 価されるが、相手の手や頬にキスをしたり、腕や肩に触れたり、軽く服の上から相手 の尻を叩く行為は、性的意味を有しているとはいえないため、新184条iの適用から 除外されるのである。理由書も、例えば、いきなりハグしたり、相手の手の甲にキス をしたりする行為は、確かに、不躾な、相手を不快にさせる行為ではあるが、相手の 性的自己決定権を侵害する行為とはいえず、新184条iは適用されない、としている(61)

      

(58) Hörnle, a.a.O., S.20.

(59)深町晋也「スイス刑法における性犯罪規定」刑事法ジャーナル45号(2015年)117頁。

60 Hörnle, a.a.O., S.20.

61 Hörnle, a.a.O., S.20. BT-Dr.18/9097, 30.

(19)

 2番目の「それによって嫌がらせを行った」という要件は、可罰性を基礎づける要 件ではなく、一種のフィルターとしての働きを有する要件である。本要件を充足する ためには、加害者の行為によって被害者の感情を著しく傷つけることが必要となる。

被害者が、自分の感情が傷つけられたと感じなかった場合には、それが一般人の見地 からすると奇妙に思われるようなケースであっても、新184条ⅰの罪は成立しないの である(62)

4.新184条 j(集団による犯行)

 新184条jは、以下のように規定している。

 

 他人を犯罪へと駆り立てる犯罪集団に関与することによって、犯罪を促進した者 は、この集団に所属する者の一人によって177条又は184条iに規定する犯罪が行われ た場合には、2年以下の自由刑または罰金刑に処する。但し、他により重い刑を科す る規定がある場合には、その限りではない。

 

 理由書は、新184条jが新設された理由を、新たな、深刻な諸現象に対応するため である、としている(63)。その念頭にあるのは、明らかに、本稿の冒頭でも紹介した ケルン中央駅での集団性的暴行事件であろう。だが、理由書がケルン中央駅での集団 性的暴行事件を「新たな」諸現象と呼ぶことには疑問が残る。というのは、Hörnle が指摘するように、ドイツにおいては、大晦日のカウントダウンやミュンヘンのビー ル祭り等で、集団による性的暴行事件が発生することは、これまでも決して少なくな かったからである(64)。もっとも、ケルン中央駅での集団性的暴行事件の目撃者の多 くは、公共の場で女性の通行人がこれ程激しく攻撃されるのを見たことがないし、ま た、女性達がこれ程多くの男性達に取り囲まれるのも見たことがない、と証言してお り、被害を受けた女性達が本件のような集団による犯行をとりわけ脅威に感じたこと は、想像に難くない。理由書は、さらに、行為者の心理を強化し、心理的抑制を排除 する、集団力学的なプロセス(gruppendynamische Prozesse)なるものも強調して いる(65)

 新184条jの罪が成立するためには、以下の4つの要件を充たさなければならない。

      

(62) Hörnle, a.a.O., S.20f.

(63) BT-Dr.18/9097, 31.

64 Hörnle, a.a.O., S.21.

65 BT-Dr.18/9097, 31.

(20)

先ず、第1に、他人を犯罪へと駆り立てる犯罪集団が存在しなければならない。犯罪 集団という要件を充たすためには、少なくとも3名以上の参加者が必要である(66)  第2に、行為者は、この犯罪集団に関与することによって、犯罪を促進しなけれ ばならない。理由書によると、犯罪集団に関与するとは、ドイツ刑法典25条以下に 規定する共犯として犯罪に関わるということではなく、「関与」という言葉の持つ 日常用語的な意味で解釈すべきである、としている。すなわち、184条jは、認識さ れ、意欲された協働(bewusstes und gewolltes Zusammenwirken)を必要としてお らず、行為者が、ある犯罪集団に加わり、それによって、犯罪へと駆り立てる効果

(Bedrängungseffekt)が促進されることを一方的に決意していれば充分なのであ (67)

 第3に、行為者は、①(他人を犯罪へと駆り立てる)犯罪集団が存在すること、

②その犯罪集団に所属する構成員(必ずしも全員である必要はない)が犯罪を実現す ること、③自身がその犯罪集団の構成員として加わることで、犯罪へと駆り立てる効 果を促進することにつき、(少なくとも条件付き)故意を有していることが必要であ (68)

 第4に、客観的要件として、犯罪集団に所属する構成員の少なくとも一人が刑法

177条又は184条iに規定する犯罪の実行に着手することが必要である。行為者自身は、

性的行為や性的嫌がらせに関与する必要はなく、その限りで、性的行為や性的嫌がら せにつき故意や過失を有することは必要ない。したがって、行為者が性的侵害につい て予見していなかった場合でも、行為者には184条jの罪が成立することになる(69)  184条jの適用範囲は、実際には限定的なものになるであろう。その理由は、①行 為者を事後的に特定することが困難であり、②犯罪計画についての故意を立証するこ とも困難だからである。連邦議会においては、184条jは、Sippenhaft(個人犯罪に 対する家族の共同責任)を導入するものであり、責任原則を無視するものである、と の批判もなされた。しかし、本条が憲法違反であるとの批判は正鵠を射ていないよう に思える。というのは、新184条jにおける行為者は、他人を犯罪へと駆り立てる 犯罪集団に所属することによって、固有の不法を実現している、と解釈することが 可能であり、新184条jは、反対説が主張するように、代理処罰(stellvertretende Bestrafung)を認める規定であるとはいえないからである。もっとも、新法による と、行為者は、ある犯罪集団が、(性犯罪に限らず)何らかの犯罪を行うことにつき

      

(66) Hörnle, a.a.O., S.21. BT-Dr.18/9097, 31.

(67) Hörnle, a.a.O., S.21. BT-Dr.18/9097, 31.

68 Hörnle, a.a.O., S.21.

69 Hörnle, a.a.O., S.21.

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