ドイツ刑法における詐欺罪と恐喝罪との競合問題
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(2) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 8.小括 Ⅴ.代表的な学説の概要 1.オットーの見解(1967 年) 2.キューパーの見解(1970 年) 3.ヘルツベルクの見解(1972 年) 4.ギュンターの見解(1976 年) 5.プッペの見解(1978 年) Ⅵ.若干の考察 1.恐喝罪のみの構成要件該当性を認めることの問題点 2.詐欺罪のみの構成要件該当性を認めることの問題点 3.両罪の構成要件該当性を同時に認めることの問題点 Ⅶ.むすびに. Ⅰ.はじめに 日本の現行刑法は、詐欺罪(246 条)と恐喝罪(249 条)とを同一の章「詐 欺及び恐喝の罪」 (37 章)に定め、両罪の構成要件の構造も「財産交付罪」と して共通するものを規定している。これは、両罪をめぐる仮刑律以来の伝統 的理解を踏襲したものである 1)。しかし、近時では、恐喝罪の構造は「財産奪 取罪」である強盗罪(236 条)に近似するとの見解が示されている。そこでは、 恐喝罪における相手方の財産交付には、詐欺罪とは異なり、 (黙示によるもの を超えた)不作為によるものも含むとしたうえ、相手方の反抗を抑圧したう えでの強取と喝取とは、極めて近接しうると解されている 2)。また、両罪の財 産領得(不法)の構造そのものが異なることを暗喩する見解もある。例えば、 未成年者が酒やタバコを販売店側から(代金を支払ったうえで)交付させて 領得するに当たり、暴行・脅迫を用いれば恐喝罪の財産領得は認められるが、 成年であるとの欺罔を用いた場合には、販売店側に実質的な財産損害が欠け 30.
(3) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. るとして、詐欺罪の財産領得が否定される、とされている 3)。このように、詐 欺罪と恐喝罪との構成要件の解釈や構造について、実質的に差異のあること を前提とするかのような議論も展開されているのである。しかし、両罪が共 通的性格を持つものとして規定される日本法の下で、そのような理解が必要 かつ可能なのか。こうした理解の当否も含め、両罪の「財産交付罪」として の関係及び異同については、なお理論的に解明されるべきものが残されてい るのではないか。また、とくに近時では、詐欺罪の財産損害ないし財産領得 の成立範囲の画定について、学説上強い関心が寄せられている 4)。恐喝罪との 比較から詐欺罪の構成要件の構造を考察することは、詐欺罪の財産損害ない し財産領得の成立範囲を考えるうえでも、一つの手がかりが得られるのでは ないか。 上記の問題関心から、両罪の構成要件の関係及び異同を考察するに当たり、 本稿が着目するのは、相手方に同一の財産を交付させる手段として欺罔と脅迫 とが併せて用いられた事例(以下では「欺罔と脅迫との併用事例」と称する。 ) である。この事例では、最終的に、詐欺罪と恐喝罪とのいずれか一方のみの構 成要件該当性を認めれば足りるのか、それとも両罪の構成要件該当性を認めた うえで罪数処理をすべきなのか。前者だとして、いかなる理由づけからいずれ の犯罪の構成要件該当性が認められることになるのか。また、後者だとして、 いかなる罪数処理をなすべきなのか。これらの問題では、両罪の構成要件がい かなる関係に立ち、どのように限界づけられるべきかがまさに問われる。 そこで、この事例をめぐる判例を見てみると、両罪の観念的競合とした大審 院判例もあるが、 基本的に、 大審院の時代から今日に至るまで、 虚偽の部分が「相 手方に畏怖の念を生じせしめる一材料」となっており、相手方の財物の交付も 畏怖の結果としてなされている場合には、恐喝罪のみの成立を認めるとされて いる 5)。この判例の結論は、学説上も、ほぼ異論なく肯定されている。しかし、 観念的競合とした判例との整合性も問われるが、何よりも、上記の場合に、欺 罔行為がおよそ否定され、詐欺罪の構成要件該当性は認められず、本来的一罪 31.
(4) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). として恐喝罪のみの構成要件該当性が問題になるのか、それとも両罪の構成要 件該当性は認められるが、法条競合の形態で恐喝罪のみの構成要件該当性に基 づく処罰が認められるのかが問題となる。この点、判例の判示からは必ずしも 明らかではなく、学説上も明示的に論じるものは少ない 6)。もちろん、いずれ の理論構成でも、最終的に恐喝罪による処罰が認められることに変わりはない。 それゆえ、この問題を詳細に論じる実益は乏しいものと考えられているのかも しれない。しかし、後述のように、ドイツでは、この問題が、欺罔と脅迫との 併用事例における核心的な論点を形成している。とくに学説では、この問題を めぐって、詐欺罪と恐喝罪との関係及び異同に踏み込んだ詳細な議論が展開さ れている。このドイツの議論状況を確認しておくことは、日独における両罪の 規定や史的沿革等の差異を踏まえても、なお参考となりうるのではないか。本 稿は、このような観点から、比較法的考察として、 「欺罔と脅迫との併用事例」 に関するドイツの判例及び学説の動向を紹介する。 なお、本稿は、当該事例をめぐるドイツの判例及び学説による罪数評価それ 自体の当否については、必要最小限度の考察に留める。もちろん、日本の罪数 論がドイツの議論の影響を受けて発展してきたことは疑いない 7)。とはいえ、 日独の罪数に関する規定や体系等は必ずしも同一ではないため、当該事例をめ ぐる罪数評価それ自体が日本法にとって直ちに参考になるとは必ずしも思われ ないからである。本稿の目的は、あくまで欺罔と脅迫との併用事例をめぐる両 罪の構成要件の関係や限界づけをめぐるドイツ法の議論の一端を示すことにあ る。 . Ⅱ.ドイツ刑法における詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる立法過程 本章では、欺罔と脅迫との併用事例をめぐる判例及び学説の紹介に先立ち、 ドイツ刑法における詐欺罪と恐喝罪との立法的位置づけや史的沿革 8)につい て簡単に示しておく。 32.
(5) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. 1.現行刑法典における恐喝罪及び詐欺罪の立法的位置づけ 恐喝罪(253 条 1 項・2 項) 、強盗の刑で罰せられる恐喝罪(255 条)及び詐 欺罪(263 条 1 項)の各規定は次の通りである 9)。 253 条 1 項(恐喝) 不法に自ら利得し又は第三者に利得させるために、暴行 を用い又は重大な害悪を加える旨の脅迫により、人に対して行為、受忍又は不 作為を違法に強要し、これにより、被強要者又は他の者の財産に損害を与えた 者は、5 年以下の自由刑又は罰金に処する。 同 2 項 追求する目的のために暴行を用い又は害悪を加える旨の脅迫をしたこ とが非難すべきものと認められるときは、行為は違法である。 255 条(強盗の刑で罰せられる恐喝) 恐喝が、人に対する暴行を用い又は身 体若しくは生命に対する現在の危険を及ぼす旨の脅迫を用いて行われたとき は、行為者は強盗犯人と同一の刑に処する。 263 条 1 項(詐欺) 違法な財産上の利益を自ら得または第三者に得させる目 的で、虚偽の事実を真実に見せかけることにより又は真実を歪曲若しくは隠蔽 することにより、錯誤を生じさせ又は維持させることにより、他人の財産に損 害を与えた者は、5 年以下の自由刑又は罰金に処する。 ドイツの現行刑法典では、恐喝罪は、第 20 章「強盗及び恐喝」に置かれ、 詐欺罪は、第 21 章「詐欺及び背任」に置かれている。しかも、恐喝の手段と して、人に対する暴行や生命・身体に対する脅迫が用いられた場合、255 条に よって強盗犯人と同一の刑(強盗罪・249 条 1 項・1 年以上の自由刑、同 2 項・ 6 月以上 5 年以下の自由刑(犯情があまり重くない事案) )が科される(なお、 以下では 255 条につき「強盗的恐喝罪」と称することがある) 。しかし、強盗 罪の構成要件は、 「他人の動産」のみを客体とする奪取罪として規定されてい 33.
(6) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). る。これに対して、詐欺罪と恐喝罪とは、いずれも不法利得の意図で相手方に 全体財産の損害を与えることを構成要件として定めており、その手段の差異を 除くと、両罪の構成要件の構造は、極めて類似している。また、1975 年に改 正されるまでは、253 条の恐喝罪でさえも、自由刑の法定刑の下限は、詐欺罪 よりも重く定められていた。しかし、 現行法では両罪の法定刑は全く同一となっ ている 10)。すなわち、詐欺罪と恐喝罪との基本構成要件については、日本法 と同じく、同程度の法定刑を科すべきものとして規定されている。. 2.恐喝罪の史的沿革 上記 1 で見たように、現行法において、恐喝罪が強盗罪と同一の章に定め られているにもかかわらず、なぜ詐欺罪と恐喝罪との構成要件の構造が共通化 し、法定刑の差異も解消される方向へと至ったのか。ここでは、とくに恐喝罪 の史的沿革の概要を示したうえ、この点について若干の考察をしておく 11)。 (1)ローマ法から 18 世紀のプロイセン普通ラント法まで ①恐喝罪の淵源は、後期ローマ法の concussio の罪にあるとされている 12)。そ こでは、財産的利益を得るために、公的官職を仮装(concussio publica)する か、刑事告訴をするとの脅迫(concussio private)をすることによって相手方 を強制する行為が処罰の対象とされていた 13)。ちなみに、1532 年に成立した カロリナ刑法典では、恐喝罪の独立した構成要件は定められていなかった 14)。 同法 128 条の Landzwang の罪 15)は、脅迫行為による略奪も処罰の対象とし ていたものの、この規定は、ラントを離脱し、その同調者から支援を受けて、 徒党を組んで略奪等を行うことを抑止するために設けられたものであった 16)。 すなわち、Landzwang の罪は、個人の財産に対する罪として位置づけられて いたわけではない。 ②その後、1794 年のプロイセン普通ラント法では、20 章 14 節「財産の損害化 に関する罪」として 1254 条及び 1255 条に「concussionen」の罪に関する規定 34.
(7) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. が置かれた 17)。その 1254 条では concussionen によって不利益な契約を他人に 強制する行為が処罰の対象とされ、1255 条では concussion を通じて対価を与 えることなく他人に金銭または財物を与えるよう他人を強制する行為が恐喝 (Erprssung)として処罰の対象とされていた。同法の 14 節では、他に窃盗罪 及び強盗罪等の奪取罪の各構成要件も定められており、1255 条でも、その用 いられた手段の程度に応じて、窃盗罪または強盗罪と同様に処罰されるとさ れていた。これに対して、同法 1256 条の詐欺罪の基本構成要件は、16 節「可 罰的な利己的行為及び詐欺による財産の損害化の罪」において規定されてい た 18)。この限りで、詐欺罪と恐喝罪とは、必ずしも共通する犯罪とは理解さ れていなかった。しかし、同法では、恐喝罪が、明確に財産に対する罪とし て明確に位置づけられ、かつ 1255 条では、相手方が「財産を与える」ことす なわち相手方が財産処分をすることが明文で要件とされたのである。 (2)バイエルン刑法典から現行刑法典まで ① 1813 年のバイエルン刑法典では、第 4 章「窃盗、横領、強盗及び恐喝によ る所有権侵害の罪」の 241 条で強盗的恐喝罪、242 条で恐喝罪の規定が置かれ た 19)。242 条の恐喝罪では、その手段として、口頭または書面によって殺人ま たは放火をするとの脅迫行為が用いられた場合には、強盗と同様に処罰される と規定されていた。また、243 条では、なお恐喝罪の行為の一種として上記の Landzwang の罪に類似する規定も置かれていた 20)。これに対して、詐欺罪の 基本構成要件は、6 章「詐欺により他人の財産を侵害する罪」の 256 条に置か れており、同法でも、恐喝罪は依然として強盗罪に類似する所有権に対する罪 と位置づけられていた 21)。 ② 1851 年のプロイセン刑法典では、2 章 19 節「強盗及び恐喝」の 234 条にお いて恐喝罪の構成要件として次のように定めていた 22)。 234 条(恐喝) 自己又は第三者に違法な利益を取得させるために、文書又は 35.
(8) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 口頭で犯罪または違反行為をすると他人を脅迫してその他人に作為又は不作為 をするよう強制し、または強制しようと試みた者は、恐喝罪として処罰される。 プロイセン刑法典は、1871 年制定の帝国刑法典及びその改正法の形式をと る現行刑法典の淵源となったものである。しかし、恐喝罪に関しては、なお現 行法 253 条とは異なり、相手方に「財産損害」を生じさせることは明文で定め られていない。これに対して、同法 2 章 21 節内に規定されていた 241 条の詐 欺罪では、現行法 263 条とほぼ同様の構成要件を定めて、他人の財産に損害を 生じさせることが明文上の要件とされていた 23)。すなわち、恐喝罪では、な お利欲的な動機に基づく強制行為それ自体が、処罰の対象とされているよう にも見える。実際に、同法の立法理由でも、 「恐喝罪は強要罪と強盗罪との中 間に存在している」24)と説明されていた。しかしながら、同条は、現行法 253 条と同様に、不法利得の意図のみならず、財産処分に当たる行為を明文で要件 としている。この限りで、同法は、相手方の財産処分を要件とする利得罪とし て恐喝罪を捉えていたと見るのが自然である。 さらに、その後の 1943 年の帝国刑法典の改正では、253 条の恐喝罪の構成 要件において、処分者側に「財産に対する不利益」を与えることが明文として 定められた。これにより、恐喝罪は所有権に対する罪ではなく、詐欺罪と同様 の全体財産に対する罪であるとの位置づけが、一層明確にされ、現行法へと至 る 25)。 (3)学説の動向 上記の恐喝罪が詐欺罪と共通する構造を持って立法されるに至った背景に は、判例及び学説の努力がある。すでに 19 世紀以降には、恐喝罪と詐欺罪と をいずれも相手方の財産処分を通じた全体財産に対する罪としてパラレルに 位置づけることが試みられていたとされる 26)。例えば、フォイエルバッハは、 恐喝罪(Erpressung(concussion) )を詐欺罪の一種として理解していた 27)。 36.
(9) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. すなわち、恐喝罪とは、口実や権利の濫用を伴う脅迫をして他人の利益を喝取 することであり、その手段としての権限や権利の濫用は、自己の権利を越えて 偽りを述べることであるとされていた 28)。すなわち、恐喝罪の手段は、相手 方に瑕疵ある意思を生じさせるための欺罔的手段を含むものであって、恐喝罪 と詐欺罪とは、その手段においても基本的に共通するものと考えられていたの である。 さらに、現在の通説は、財産利得の手段が欺罔または暴行・脅迫のいずれ であるかの相違を除けば、両罪の構成要件の構造は基本的に同一である、と 考えている 29)。確かに、恐喝罪の保護法益には、詐欺罪とは異なり、財産に 加えて人格的な自由や意思活動の自由などが含まれることを強調する見解も ある 30)。しかし、 詐欺罪と恐喝罪との構造自体は、 いずれも相手方の 「財産処分」 を要件とし、それゆえに恐喝罪の構造は強盗罪とは区別されると一般的に考え られている 31)。逆に言えば、上記の通説の理解へと至る判例・学説等の展開 を踏まえて、立法上も全体財産に対する罪として両罪の構成要件の構造が共通 する形で規定されたものとも考えられる。 もっとも、判例は、恐喝罪の成立には、詐欺罪と同様に相手方の財産処分が 必要であるとは考えておらず、財産処分が必要だとしても、相手方のあらゆ る「容認」で充分であるとの立場であると評価されており、一部の学説も同様 の理解を示している 32)。この理解に対しては、強盗罪と同一章に置かれる恐 喝罪の立法的位置づけに配慮したものとの指摘もある 33)。なぜならば、暴行・ 脅迫の相手方が、行為者または第三者による財物等を持ち去ることへの容認で 恐喝罪が成立するとすれば、 相手方の意思活動を抑圧したうえで「動産」を「奪 取」することで成立する強盗罪の構成要件に近接するからである。確かに、と くに 255 条の強盗的恐喝罪は、強盗罪の手段によって利得がなされた場合の処 罰の間隙を回避するための規定であることは否定しえない 34)。ドイツの強盗 罪は、所有権に対する罪であって、上述のように、その行為客体として「他人 の動産」のみが定められている。これに対して、恐喝罪は、全体財産に対する 37.
(10) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 罪であるため、他人の動産(財物)をも含む「財産上の利益」が行為客体とな る。それゆえ、利得の手段として相手方の意思活動を抑圧する強度の暴行・脅 迫がなされ、相手方がそれに畏怖したものの、財産上の利益を処分したと言え るか不明確な事案について、強盗的恐喝罪による処罰の範囲を確保する必要が 生じる 35)。この限りで、ドイツ刑法の下では恐喝罪の財産処分の要件を不要 または詐欺罪よりも緩和させることには、理由がある。 しかし、それにもかかわらず、なおドイツの通説は、相手方の財産処分を恐 喝罪の成立要件とすべきであると解している。例えば、通説を支持する立場か らは、次のような見解も示されている。すなわち、恐喝または欺罔の手段を用 いて、相手方の債権の行使を妨げた場合には、相手方は債権を処分しているわ けではない。しかし、その行使を妨げたことによる行為者側の利得と相手方の 全体財産の損害とは充分に認められる。要するに、財産処分の要件を不要と解 する必要性は、債権が行為客体になっていることから生じるのであって、それ は恐喝罪のみならず詐欺罪でも同様である 36)。この理解によれば、財産処分 の要否をめぐって、両罪の構成要件の構造が共通することを否定する必要はな い。もちろん、その当否はさらに検討されるべきではあるが、通説を支持する 立場からは、両罪の構成要件の構造が共通することを維持すべく、上記のよう な理論的な検討が重ねられている。これは、上記の 19 世紀以降のとくに学説 の詐欺罪と恐喝罪とはパラレルな関係に立つとの伝統的な理解が理論的に正当 なものとして継受されていることの証左ではないだろうか。 いずれにしても、このように通説が、詐欺罪と恐喝罪との構成要件の構造は 共通することを前提としているがゆえに、ドイツにおいても、欺罔と脅迫との 併用事例をめぐって、両罪の構成要件の関係及び異同が議論されることになる。 この点については、Ⅴ以下で詳しく見ることにしたい。. 38.
(11) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. Ⅲ.ドイツ刑法における観念的競合及び法条競合の概要 ここでは、Ⅳ以下で見る欺罔と脅迫との併用事例における判例及び学説の罪 数評価の中心となるドイツ刑法における観念的競合及び法条競合について、簡 単に触れておく。 なお、ドイツでは、同一の行為者が複数の刑罰法規に違反した場合の刑事手 続における法的効果として、観念的競合、実在的競合及び法条競合の形態があ る。ただし、行為が 1 個か数個かの判断に際して、単一の意思で同種の行為が 数個存在し、個別行為の場所的・時間的な密接関連性があり、客観的に見て一 体であると認識しうる場合、自然的行為の単一として 1 個の行為(行為の単一) であるとされる。この自然的行為の単一は、構成要件が反復的または連続して 実現された場合に認められるとされており、これは日本法における包括一罪の 概念と極めて類似している 37)。 しかし自然的行為の単一(包括一罪)及び実在的競合(併合罪・53 条及び 54 条)は、欺罔と脅迫との併用事例をめぐる判例・学説では認められていな いので、これ以上は、取り上げない。 1.観念的競合 (1)ドイツ刑法 52 条 1 項は、 「ある同一の行為が、数個の刑罰法規に違反し又 は同一の刑罰法規に数回違反するときは 1 個の刑のみが言い渡される。 」と定 め、2 項で「数個の刑罰法規に違反したときは、刑は、最も重い刑が定められ た法律により決定される。刑は他の適用可能な法律が許容するものより軽いも のであってはならない。 」と定める(なお、1975 年改正前の 73 条も、同様の 規定であった) 。この規定は、日本法 54 条の観念的競合の成立要件及び法的効 果と類似している。 「同一の行為」であるかどうかは、 判例及び通説によれば、 構成要件的行為(実 行行為)が完全にまたは部分的に重なり合っているかどうかによって判断され 39.
(12) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). る 38)。これとは異なり、日本法での観念的競合における「一個の行為」とは、 判例によれば、 「構成要件的観点を捨象した」自然的・社会的観点によって判 断される 39)。これに対して、日本の学説では、行為の 1 個性を判断するに当た り、判例が「構成要件的観点を捨象」することについて批判的な見解も有力で ある 40)。この限りで、ドイツの判例及び通説の理解は、日本の有力説に近いよ うにも見える。ただし、ドイツの判例は、一連の行為から犯罪類型の異なる異 種類の構成要件が実現された場合にも、その要件を満たす限り、自然的な行為 の単一としたうえ、 「同一の行為」として観念的競合を認める 41)。すなわち、ド イツの判例においては、観念的競合の「同一の行為」における実行行為の重な り合いの判断に先行して、自然的な行為の単一性も考慮されているのである 42)。 すなわち、構成要件的な行為の重なり合いという法的観点にのみ基づいて、観 念的競合における「同一の行為」が認められているわけではない。この限りで、 少なくとも、日独の判例の判断方法には、類似したものが認められる。 (2)むしろ、 観念的競合をめぐる日独の差異が顕著となるのは、 観念的競合の 「明 示的機能」を重視するか否かにある。明示的機能とは、複数行為の違法と責 任とを量刑において適切に評価し尽す機能である 43)。ドイツでは、この明示 的機能を認める必要がある場合には、 「同一結果を観念的競合という形態で複 数の刑罰法規で評価しても、それは必ずしも許されない二重評価ではない」44) と考えられている。例えば、判例及び学説においても、強盗犯人が強盗の機会 に故意で人を殺害した場合には、1 人の人間の死の結果しかなくとも、強盗致 死罪と殺人罪との観念的競合が認められているとされる 45)。そこでは、殺人 罪の既遂の構成要件該当性を認めて、強盗致死罪との観念的競合とすることで、 強盗致死の重い結果を故意で惹起したことを量刑において明確にすることが意 図されている 46)。 後述のように、欺罔と脅迫との併用事例でも、ドイツの判例・通説は、恐喝 罪のみの成立を認める場合と区別して、相手方に同一の財産処分をさせる手段 として、欺罔と脅迫とが相互に独立して「共働作用」を及ぼした場合には、詐 40.
(13) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. 欺罪と恐喝罪との観念的競合とする。これに対して、Ⅰで述べたように、日本 でも、両罪の観念的競合を認めた大審院判例がある 47)。しかし、日本の学説 では、財産処分の結果が 1 つしかないにもかかわらず、両罪の観念的競合とす ることへの批判も示されている。すなわち、包括一罪として処理すべきとする 見解 48)や、いずれか一罪のみの成立を認めるべきとする見解 49)がある。ここ では、両罪の構成要件該当性を認めて観念的競合とすれば、量刑の段階でも法 益侵害が重ねて評価される可能性を否定しえないため、違法・責任の二重評価 になってしまうと考えられている 50)。もっとも、ドイツにおいても、一般的 に観念的競合を認める場合にも、量刑において同一の要素を二重に評価するこ とは許されないと解されているとされる 51)。しかし、ドイツでは、観念的競 合とする罪数評価に先立ち、結果(法益侵害)を二重に評価して、両罪の構成 要件該当性を認めること自体は、必ずしも禁止されていない。それゆえ、欺罔 と脅迫との併用事例においても、財産処分の結果が同一の 1 つしかなくても、 その財産処分の結果に対して、詐欺罪の欺罔行為と恐喝罪の脅迫行為とが「共 働作用」を及ぼしたことを明示する必要があれば、むしろ両罪の構成要件該当 性を認めて、観念的競合とすべきことになる 52)。Ⅳ以下でみるように、ドイ ツの判例・通説が一定の場合に両罪の観念的競合を認めるのは、このような観 念的競合の明示的機能を踏まえた考慮のあることに留意しておく必要がある。 2.法条競合 ドイツにおける法条競合とは、形式的には数個の構成要件該当性があるが、 そのうちの 1 つの構成要件該当性による処罰を認めることで、違法と責任と が完全に評価されている場合に認められる 53)。すなわち、解釈上、最終的に 1 つの構成要件該当性による処罰を認めることでその他の構成要件の予定する 違法・責任の包括評価が可能な場合である 54)。 ドイツの通説は、法条競合の形態で、最終的に、1 つの構成要件該当性に基 づく処罰を認める場合として、①特別関係、②補充関係、③吸収関係の 3 種類 41.
(14) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). を認める。①の特別関係とは、一方の構成要件が、一般的な形態として他方の 構成要件を包括する事実関係を規定しているが、その他方の構成要件と比べて 特殊かつ詳細な特徴づけが加わっている場合、②の補充関係とは、一方の刑罰 法規(構成要件)が、通例は他方の刑罰法規が適用されるために後退するが、 その他方の刑罰法規の可罰性を認めることができないときにのみ救護的に適用 される場合、③吸収関係とは、一方の(吸収をする側の)刑罰法規が、特別関 係にあるとは認められないが、その本質及び内容からして、他方の刑罰法規が 一方の刑罰法規に融合する形態で、その他方の刑罰法規を包括している場合で ある。 なお、ドイツの判例・学説は、法条競合により排除される犯罪の構成要件も 充足されているため、違法・責任・親告罪における告訴が欠ける等の理由によ り、本来優先的に認められるはずの犯罪の構成要件では処罰しえないか、充分 に処罰しえないときには、本来排除されるはずの犯罪の構成要件で処罰するこ とは可能であるとしている 54a)すなわち、法条競合の形態で排除される犯罪の 構成要件該当性が当初よりおよそ否定されるわけではない 54b)。欺罔と脅迫と の併用事例についても、後に見るように、恐喝罪のみの成立を認めるにあたり、 詐欺罪との法条競合の結果であるとする見解と、詐欺罪の構成要件該当性が当 初よりおよそ否定されるとする見解とが対立しているが、その前提として法条 競合をめぐる上記の理解を踏まえておく必要がある。. Ⅳ.判例の立場 本章では、欺罔と脅迫との併用事例をめぐる代表的な判例の事案と判旨とを 紹介したうえ、若干の考察を加える。なお、各判例では、訴訟法上及び詐欺罪 と恐喝罪との関係以外の実体法上の諸問題についても判示がなされているが、 本稿では、詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる解釈・罪数評価に限って、判旨を 紹介・検討する。 42.
(15) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. 1.RG1890 年 2 月 27 日判決(GA38,54) 〈事案〉被告人 X は、自己の債務者Aの妻 V らに対して、 「上級区裁判所判事 からAを逮捕する権限が自己に与えられている」との虚偽の事実を述べたうえ、 「Aの代わりに V らが一定の期間内に債務を弁済すればAは逮捕されない」と 告げて、V らに金銭を交付させた。原審地裁は、X の行為につき、詐欺罪と恐 喝罪との観念的競合として、 有罪判決を下した。なお、X は、 同一の機会に、 「V らの支払った金銭は裁判所に預けられてAの全債権者の利益となる強制和解の ために使用される」との虚偽も述べていた。 〈判旨〉脅迫行為により告知された加害は、客観的にも被脅迫者の主観によっ ても実現しうるようにみえるが、現実には実現されない場合がある。その場合 の脅迫行為者は、加害を実現しうるとの欺罔行為を通じて、その相手方を誤解 させて自ら自由に望んだ結果としての意思決定をさせようとはしていない。こ の場合には、当該欺罔行為は、刑法上の独立したあらゆる意義を失い、概念上、 脅迫行為に完全に融合する(aufgehen) 。この場合に当該脅迫者からなされた 欺罔行為は、恐喝罪との観念的競合となる詐欺罪の成立には役立たない。 X は裁判所からAの逮捕権限を与えられている、とする仮装行為では、Aの 逮捕が X の支配下にあると信じさせるという目的が追求されているのであり、 これを欺罔行為として詐欺罪の成立を認めて、恐喝罪との観念的競合とした原 審判決には法的瑕疵がある。 他方、V らの支払う金銭が裁判所に領置されて、全債権者との強制和解のた めに使用されるとの虚偽の説明は、本件の脅迫行為を有効なものへと形成する ことが意図されておらず、当該脅迫行為からは完全に独立している。ここでは、 この説明によって V らに惹起された錯誤が、恐喝罪と観念的競合となる詐欺 罪の構成要件的特徴づけとして理解されるかどうかが問題となる。しかしなが ら、原審判決は、この虚偽の説明を欺罔行為として詐欺罪の成立を認めている わけではないので、上記の問題をより詳細に取り上げる必要はない。. 43.
(16) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 2.RG1890 年 3 月 17 日判決(RGSt20,326) 〈事案〉被告人 X1 は、酒場で泥酔した V に、土地を X1 に低価格で売却する との口約束をさせた。その翌日、X1 は、共同被告人 X2 と共に V の自宅を訪 れて、その事実もないのに、 「当該土地をすでに X2 に賃貸しており、さらに 弁護士Aが、上記の口約束による契約も有効であり、X2 から当該土地を買い 取りたいと述べている」 、 「V が当該売買契約の履行をしなければ、V に対する 民事訴訟を提起するようAに依頼している」などと述べた。それにより、V は、 X1 との売買契約を解除するための補償費 750 マルク、X2 に対しては当該賃借 権を放棄するための補償費 100 マルクの各支払いを書面で約束した。 〈判旨〉X2 に対して 100 マルクの支払いを V に約束させた行為については、 当該土地賃借権について実際には成立していないにもかかわらず、成立してい るかのように欺罔して、その解除のための補償費の請求をしたものとして詐欺 罪が成立する 55)。 他方で、X1 に対して(民事訴訟を提起するとの加害を告知して)750 マル クの支払いを V に約束させた行為については、上記の詐欺罪との観念的競合 となる恐喝罪の成立も認められる。 錯誤の惹起行為は、次の場合には、当該脅迫行為の不可欠の構成要素となる。 すなわち、当該告知された加害が、その実現のための脅迫行為者の能力または 意思の内容及び程度に照らして妥当であるというように、できるだけ危険な印 象を強調することにのみ向けられている場合である。この場合には、当該脅迫 行為者は、畏怖によって歪曲された認識を可能な限り拡張することに強い関心 を有している。本件でも、X1 による弁護士Aの法律専門的意見やAに対する 訴訟依頼を仮装したことでは、詐欺罪の実行にとって適切ではない。 また、相手方に、脅迫によって惹起される認識に加えて、その加害以外の事 実に関する錯誤が意図的に惹起されている場合に、一部は畏怖の影響下で一部 は欺罔の独立した影響下で実現されている作用が、詐欺罪にも恐喝罪にも属し えない、とする論理上または刑法上の根拠はない。X1 に対して支払いの約束 44.
(17) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. された 750 マルクは、民事訴訟をするとの脅迫を通じて本質的にゆすり取られ たものである。しかし、X2 に対して支払いの約束された 100 マルクは、詐欺 罪の結果であって、上記の脅迫行為はこれに緩く結びついているにすぎない。 この両行為は、間違いなく区別しうる。しかし、無効な売買取引を解除して現 金で清算させるという点で、両行為は本質的に一致しているため、恐喝罪と詐 欺罪とは、実在的競合(併合罪)ではなく、観念的競合となる。. 3.RG1934 年 10 月 4 日判決(JW1934,3285) 〈事案〉被告人 X が、Aの相続人 V に対して「生活費としてAの死後 X に毎 月 100 マルクを支払うとの約束をAがしていた」との虚偽を述べたうえ、V が 相続人としてその支払いに応じなければ民事訴訟を提起すると脅迫し、実際に その訴訟を提起した。 〈判旨〉本件では、当該欺罔行為はその脅迫行為の内容を強化しているにすぎ ないので、恐喝罪のみの構成要件該当性が認められる。確かに、原審は、相手 方から金銭を取得させるために、脅迫と錯誤惹起との両行為を用いようとして いたと認定して、被告人の故意は脅迫行為のみならず錯誤惹起の行為にも向け られていたと判示している。しかし、恐喝罪と詐欺罪との観念的競合は、次の 場合にのみ認められる。すなわち、告知された害悪と直接的に結びつかない事 実が仮装され、その仮装行為によって当該加害を特に強調することのみが意図 されていない場合である(判例 2 援用) 。. 4.BGH1955 年 1 月 18 日判決(BGHSt7,197) 〈事案〉X は、戦争中、姉の夫である V との情事の結果妊娠したが、その子供 は出産直後に亡くなった。しかし、X は、知人で戦死者のAをその子供の父親 として役所に届け出た。その翌年、X は、V に対して、 「Aが実際には戦死し ておらず突然に生還して、現在自分(X)に口止め料の支払いを要求しており、 それを支払わなければAが V の家族に真実を暴露すると自分を脅かしている」 45.
(18) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). と伝えた。Aの帰還や、Aが X に脅迫行為をしていることも、すべて X の作り 話であったが、これを真実と信じた V は、総額約 16,000 マルクを V に支払った。 〈判旨〉原審判決が支持するライヒ裁判所の確立した判例によれば、第三者が 自らその告知された加害を実現するだろうと伝えることは、刑法 253 条の意味 での「相当な害悪による脅迫」の概念に属さない。通例は、そのような脅迫を された相手方は、当該脅迫行為者が当該第三者に対して(相手方の)懸念する 方向へと影響を及ぼすことができ、要求された財産処分を行わなければ、その 影響を及ぼすことも望んでいるとの認識を間違いなく想起する。しかし、本件 の X は、V に対して、自身を恐喝罪の脅迫が実現されることから守ってほし いと助けを求めるふりをしているにすぎない。すなわち、本件では、V に対し て、欺罔行為を通じて X 自身にAからの加害が迫っているとの認識を惹起し たことは、詐欺罪によって保護される財産の保護法益のみならず、恐喝罪を通 じて同時に保護される自律的な決定の自由も侵害されることになるとしても、 X を恐喝罪で処罰することはできない(詐欺罪の成立肯定) 。. 5.BGH1956 年 5 月 15 日判決(BGHSt9,245) 〈事案〉警察署長であった X が、 「V が金銭の貸出に応じるならば、V の労働 法違反行為について捜査せず摘発はしない」と約束したうえ、さらに、その弁 済は確実にできないことを認識しながら「一定の期日までに必ず返済する」と 約束した。V は、摘発されることへの畏怖を感じ、かつ期日までに弁済しても らえると信じて、 当該金銭を X に提供した。しかし X は、V を摘発はしなかっ たものの、その期日が到来しても上記金銭の弁済をしなかった。 〈判旨〉本件では、被告人 X は、被害者の意思を 2 つの相互に無関係な手段で 侵害している。すなわち、摘発するとの脅迫行為及び金銭を返済するとの欺罔 行為である。この両手段の共働作用によって、V は当該金銭を交付している。 この場合には、詐欺罪と恐喝罪との両規定を観念的競合として適用することに 疑問は生じない。 46.
(19) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. 6.BGH1957 年 11 月 12 日判決(BGHSt11,66) 〈事案〉X は、次のように認識して、A及びBの欺罔行為を支援した。A及び Bは、V に対して、 「V の国外での違反行為に基づく刑事手続が保留されてお り、V がAらに必要な資金を提供するならば、Aらはその資金を元手にして当 該手続を回避してやるとの欺罔(仮装)行為の実行を予定している」 。 しかし、X の上記の認識とは異なり、Aらは、実際には、V に対して、 「同 人らに金銭を交付しないのであれば、V は逮捕され、裁判にかけられて処罰さ れることになり、Aらもそのことを望んでいる」とほのめかして脅迫した。 〈判旨〉本件の脅迫行為者(A及びB)らは、当該脅迫行為を強調するために、 X の支援を得て、V に対して当局の捜査が今は保留されていると欺罔した。こ のような場合には、確かに、当該欺罔行為はその脅迫行為に融合するので、専 ら恐喝罪のみが成立し、同時に詐欺罪は成立しない(判例 2 等援用) 。しかし、 恐喝罪を考慮しなければ、当該欺罔行為とそれに基づく詐欺罪が残る。それゆ え、正犯者の脅迫行為を実行するとは何ら認識せずに、欺罔行為のみを支援し たつもりであった共犯者も、詐欺罪の幇助行為を実行したことになる。. 7.BGH1970 年 6 月 30 日判決(BGHSt23,294) 〈事案〉X は、新聞記事を読んで 12 歳のAが誘拐されたことを知り、その里親 V に対して、電話で「自分が誘拐犯人である」と詐称したうえ、 「身代金を支 払わなければAを殺す」と脅迫して、25,000 マルクの支払いを要求したが、そ の受取には失敗した。 〈判旨〉詐欺罪の欺罔と恐喝罪の脅迫とが法的に本質的に一致するかどうかは 論ずる必要はない。X が誘拐犯人であると詐称して、その脅迫行為により告知 した内容を自ら実現するものとして支配していると仮装したことは、強盗的恐 喝罪の未遂の成立を認めることの妨げとはならない。X が V に惹起しようと した錯誤は、告知された加害及び当該脅迫を実行する脅迫行為者の能力を示す ことにのみ有用であった。つまり、X は、脅迫行為からの独立した欺罔行為の 47.
(20) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 作用で V に金銭の支払いをさせることを意図してはいなかった。当該脅迫行 為のためになされた欺罔行為は、X が誘拐された子供に暴力を用いることの実 行可能性にのみ関連している。それゆえ、当該欺罔行為は、その脅迫行為を一 層有効に形成するにすぎなかった。この場合には、当該錯誤の惹起は、その脅 迫の本質的な構成要素にすぎないので、恐喝罪のみが成立し、詐欺罪は成立し ない。詐欺罪に独自の構成要件的意義(tatbestandliche Bedeutung)が認めら れないので、恐喝罪と詐欺罪とが観念的競合として同時に成立することもない。. 8.小括 上記でみたように、 「欺罔と脅迫との併用事例」に関する判例の結論は、① 恐喝罪のみの構成要件該当性による処罰を認めたもの、②詐欺罪のみの構成要 件該当性による処罰を認めたもの、③両罪の構成要件該当性を認めたうえ、両 罪の観念的競合を認めたものに分類される。以下では、その理論的な問題点を 指摘しておく。 (1)まず、恐喝罪のみの構成要件該当性による処罰は、基本的には、告知さ れた加害の内容それ自体が虚偽であった事案、 すなわち加害についての欺罔(仮 装)行為がなされた事案で、喝取に対する行為者の意図や故意を認定したうえ で認められている。その理由づけとして、 「欺罔行為」が「刑法上の独立した 意義を失い、脅迫行為の概念に完全に融合する」 (判例 1) 、欺罔行為による錯 誤惹起が告知された加害に対して「できるだけ危険な印象を強調することにの み向けられている」 (判例 2)56)、欺罔行為がその脅迫行為の内容を強化して いるにすぎない(判例 3) 、欺罔行為が「脅迫を一層有効に形成するにすぎな い」 (判例 7)ことが挙げられている。これらの判示部分を素直に見れば、詐 欺罪の欺罔行為の構成要件該当性は当初よりおよそ否定されているとも考えら れる。すなわち、当該欺罔行為は加害の内容を強調する、または形成するにす ぎないゆえに、詐欺罪の欺罔行為として構成要件上すでに独立に評価する必要 はないと解されているように見える。実際に、そのことを明示しているかのよ 48.
(21) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. うな判例も見受けられる。 (2)しかし、判例 6 は、 「恐喝罪を考慮しなければ、当該欺罔行為とそれに 基づく詐欺罪が残る」として、正犯者Aらによる脅迫行為の実行につき認識を 欠いたまま欺罔行為についてのみ関与した X に詐欺罪の幇助犯の成立を認め た。この事案では、Aらは、 「V に対して当局の捜査がすでに保留されている と仮装した」のであって、まさに加害についての欺罔のなされた事案であった。 判例 6 自身も、判例 2 を援用して、 「当該欺罔行為はその脅迫行為に融合する ので、専ら恐喝罪のみが成立し、同時に詐欺罪は成立しない」と判示している。 もちろん、正犯者Aらが脅迫行為をするとの認識を欠く限り、X は恐喝罪につ いての故意を欠く。それゆえ、恐喝罪の幇助犯が成立しないのは当然である。 しかし、加害についての欺罔のなされた事案の解釈として、当初よりおよそ恐 喝罪のみの構成要件該当性しか認められないとすれば、X の当該行為につき、 詐欺罪の幇助犯の成立も認められないはずである。幇助の対象となる詐欺罪の 欺罔行為自体が存在しないことになるからである。この限りで、判例 6 の「恐 喝罪を考慮しなければ、当該欺罔行為とそれに基づく詐欺罪が残る」との判示 は、加害についての欺罔のなされた事案では、恐喝罪のみならず、詐欺罪の構 成要件該当性も認められるが、法条競合の形態でこれが排除されることを前 提にしている(それゆえ、恐喝罪の構成要件では処罰しえない X に対しても、 詐欺罪の幇助犯の成立を認めることができる。 )と見るのが、より適切ではな いだろうか。実際に、恐喝罪のみの構成要件該当性による処罰が認められる事 案では、詐欺罪の欺罔行為とそれに基づく財産処分の結果が当初よりおよそ否 定されるとする立場からは、判例 6 が批判されている。この点は、V 以下で 後述する。 (3)これに対して、詐欺罪のみの構成要件該当性を認めた判例 4 では、第 三者Aによる加害が告知されたが、行為者 X もAに脅迫されていると告げた ため、その加害の実現可能性を行為者が支配していない。それゆえに、当該事 案での恐喝罪における脅迫行為の構成要件該当性が否定されたものと考えられ 49.
(22) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). る。すでに、判例 4 も述べているように、ライヒ裁判所の判例では、第三者 による加害を告知しても、恐喝罪の脅迫行為を認めるためには、その加害の実 現を行為者が手中に収めている必要があると判示したものがある 57)。 いずれにしても、判例 4 は、詐欺罪の構成要件該当性を認めるに当たり、 加害についての欺罔(架空人Aが V の秘密を暴露すること。 )とは別の欺罔行 為(X 自身をAによる加害の実現から守ってほしいと V に助けを求めるふり をすること。 )を認定している 58)。すなわち、判例 4 によれば、本件は、加害 についての欺罔のなされた事案とは異なり、そもそも詐欺罪の欺罔行為を脅迫 行為から独立に認めうる事案であった。 (4)他方、判例 2 及び判例 5 は、両罪の観念的競合を認めている。その理 由づけとして、相手方に加害以外の事実に関する錯誤が惹起され、財産処分が 「一部は畏怖の影響下で一部は欺罔の独立した影響下で」なされたこと(判例 2) 、または脅迫行為と欺罔行為との「2 つの相互に無関係な手段」で相手方の 意思を侵害し、この「両手段の共働作用によって」財産処分をさせたこと(判 例 5)が挙げられている。ここでは、判例において、欺罔行為と脅迫行為とが 相手方の財産処分の心理的状態において共働作用すること、すなわち錯誤と畏 怖とに基づく心理的状態は併存しうることが認められている 59)。Ⅲ 1(2)で 見たことと関連するが、ここでは、相手方の財産処分の結果が 2 つ認められる (判例 2)か、同一の財産処分の結果が 1 つしか認められない(判例 5)かは、 とくに重視されていない。すなわち、両手段及び財産処分が同一の機会になさ れ、実質的な全体財産の損害が 1 つゆえに、 「同一の行為」として、両罪の構 成要件の部分的な重なり合いが認められているものと考えられる。 いずれにしても、本稿の問題関心からは、観念的競合とする罪数評価の当否 よりも、恐喝罪のみの構成要件該当性に基づく処罰を認める判例の結論との整 合性がここでは問われる。確かに、観念的競合を認める判例の事案は、脅迫行 為とは独立した欺罔行為を別個認めうる。すなわち、加害について欺罔がなさ れた事案ではなく、かつ判例 4 の事案のように、脅迫行為の構成要件を否定し 50.
(23) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. うる事情も存在しない。判例は、当該具体的な事案の処理として、告知された 加害実現の有無や行為者の意図なども含めて、認定された事実を総合的に評価 したうえで、欺罔と脅迫と「共働作用」を認めている。すなわち、判例は、そ もそも加害についての欺罔がなされた事案とは異なるゆえに、それに必要な事 実を認定したうえ、両罪の構成要件該当性を認めているにすぎないとも言える。 しかし、理論的には、次のことが問題となる。すなわち、判例は、 (2)で見 たように、恐喝罪のみの処罰を認める場合にも、詐欺罪の欺罔行為の構成要件 該当性をおよそ否定しているとは断定しえない。そうだとすれば、欺罔と脅迫 との併用事例では、判例 4 の事案のように脅迫行為の構成要件が当初より否 定されない限り、いずれの事案でも、相手方の財産処分は、 「一部は畏怖の影 響下で一部は欺罔の独立した影響下で」 、または脅迫行為と欺罔行為との「両 手段の共働作用によって」なされていることにならないか。すなわち、いずれ にしても両罪の構成要件該当性が当初よりおよそ否定されるわけではないにも かかわらず、一方の事案では法条競合の形態で恐喝罪のみの構成要件該当性に 基づく処罰が認められ、他方の事案では(観念的競合として)両罪の構成要件 該当性に基づく処罰が認められる。単に事案の相違として、この結論の差異を 正当化しうるだろうか。 上記の欺罔と脅迫との併用事例に関する判例の結論は、学説上概ね支持され ている。しかし、その結論の理論的な理由づけについては、なお不明な点も 残されている。この点、学説では、どのように理解されているのか。そこで、 V において、欺罔と脅迫との併用事例につき、代表的な見解を紹介したうえ、 VI おいて、その議論状況を整理し、若干の考察をすることにしたい。. Ⅴ.代表的な学説の概要 学説では、「欺罔と脅迫との併用事例」をめぐる問題について、とくに判 例 6 や判例 7 の登場に合わせて、1960 年代から 1970 年代にかけて、本格 51.
(24) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 的な議論が展開された 60)。そこでの議論が、現在の学説の基礎となってい る 61)。以下では、その当時の代表的見解の概要を紹介する。. 1.オットーの見解(1967 年) (1)オットーは、まず、次のように論じる。欺罔行為に基づく財産処分がな される場合には、当該相手方は、自己の行為が財産損害を生じさせることにつ いて錯誤に陥っている。これとは異なり、相手方が、脅迫されて財産処分を行 う場合には、強制下にあったがゆえに、 (錯誤に陥っている場合と異なり)自 ら回避しえたはずの財産損害が生じることを意識している 62)。この差異を踏 まえるならば、判例 2 が X1 の当該行為について恐喝罪の成立を認めた帰結に は問題はない。すなわち、告知された加害の実現を実際に生じうるものと見せ かける場合には、当該仮装行為は脅迫行為の構成要素となり、常に詐欺罪の構 成要件該当性が当初よりおよそ否定されて、恐喝罪のみの構成要件該当性が認 められる 63)。 オットーは、上記の検討を踏まえたうえで、判例 6 が「恐喝罪を考慮しな ければ、当該欺罔行為とそれに基づく詐欺罪が残る。 」と判示して、欺罔行為 にのみ関与した共犯者 X につき、詐欺罪の幇助犯の成立を認めたことを批判 する。すなわち、詐欺罪の構成要件が当該正犯者によって充足されていない限 り、その欺罔行為に関与した共犯者は、詐欺罪に対する不可罰の幇助を実行し ていたにすぎない 64)。 (2)オットーは、上記のように「脅迫行為の条件として欺罔行為が用いられ る場合」とは反対に、 「欺罔行為の条件としての脅迫行為が用いられる場合」 があるとする。例えば、次の事例である。A社の嘱託医 X が、A社との雇用 契約の締結に先立ち健康診断を終えた V に、V は実際には完全に健康体であ るにもかかわらず、その就職が不可能になる病気に罹っていると告げた。驚い た V に対して、X は、自己に金銭を支払えばA社への就職が適うように診察 結果を改ざんすると申し出た。V はこの申し出に応じて X に金銭を支払った 52.
(25) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. (以下では「医師のカルテ改ざん持ちかけ事例」と称する)65)。 上記の事例では、確かに、X は V の実際の健康状態について欺罔して、V も自己の就職が不可能になるとの害悪の切迫していることをおそらく意識して いる。しかし、V は、X への金銭の支払いが自己の財産への違法な侵害結果を 惹起するとの認識を有していない。むしろ、X との関係に基づいて、 自身にとっ て利益となるA社への就職という地位を取得するとの認識を有している。結局 のところ、相手方が違法な強制に負けて行動する場合には恐喝罪が成立し、上 記の事例のように、そのような意識はないが、その虚偽の事実関係を正当なも のと評価したうえで行動する場合には、詐欺罪のみの構成要件該当性が問題と なる 66)。 (3)他方、オットーは、判例 2 を援用したうえで、当該相手方が欺罔行為 と脅迫行為との両要素に関連して初めて財産処分を行う場合のあることを認め る。すなわち、この場合には、欺罔行為と脅迫行為とが相手方の財産処分に対 していずれも因果的となっているゆえに、詐欺罪と恐喝罪との観念的競合を認 めることが説得力を持つように見える。しかしながら、財産処分の結果が 1 つ しか生じていないにもかかわらず、当該行為者が両罪で処罰されるとするのは、 説得力を欠く。オットーは、上認のように論じたうえ、この説得力を欠く帰結 を回避するためには、最も重大な実行形態である恐喝罪のみの成立を認める方 がより正当であろう、と結論づける 67). 2.キューパーの見解(1970 年) キューパーは、まず、犯罪行為によって実現する構成要件的特徴づけが同時 に他の犯罪で記述される本質的な構成要素となりうるときは、通例は、その一 方の構成要件該当性を当初よりおよそ否定するのではなく、競合論による解決 がなされる、とする 68)。それにもかかわらず、意思を強制して財産損害を生 じさせるための不可欠の行為として、欺罔行為が同時に実行される場合には、 詐欺罪の不法の類型がすでに存在していない。それゆえに、恐喝罪と詐欺罪と 53.
(26) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). の競合ではなく、詐欺罪の構成要件該当性を当初より否定する解決が優先され る。この結論は、詐欺罪が本質的に無意識の自損化犯罪であることと関連して いる 69)。 これとは異なり、恐喝罪における被脅迫者は、告知された加害の発生を回避 しようと意識するために、または、その意思が暴行を用られたことでその損害 を甘受するように影響される。この場合には、自己または第三者に対する意識 的な財産損害が生じている 70)。ここでは、 (詐欺罪における) 「財産処分」が 欠ける。なぜならば、 「財産処分」は、詐欺罪の不法に対して、無意識の自損 化犯罪としての構成要件的特徴づけを与えているからである。すなわち、詐欺 罪における財産処分は、錯誤によって条件づけられているとはいえ、それ以外 では意思自由の下で行われる。キューパーは、それゆえ、詐欺罪における「財 産処分」には自由意思の契機が備わっているとする 71)。 これに対して、 判例 7 は、 結論的に恐喝罪の成立を認めるにあたり、V が「同 時に欺罔の独立した影響の下で」支払いをするよう働きかけられていないと判 示しており、欺罔行為と財産処分との因果性の問題として検討しようとしてい る。キューパーは、上記のように論じたうえ、しかし相手方の錯誤惹起に向け られた欺罔行為の存在も、その当該被害者の認識に与える作用も否定されない はずであるとして、判例 7 を批判する 72)。. 3.ヘルツベルクの見解(1972 年) (1)ヘルツベルクは、判例 7 の結論を支持するための理由づけとして、上 記 2 のキューパーの見解を取り上げ、結論として、詐欺罪構成要件に欺罔行 為と財産損害との「機能的連関」の書かれざる特徴づけを要求する見解である と評価する。ヘルツベルク自身も、当初はこのキューパーの見解と同様の解決 方法に納得していた 73)。しかし、慎重に検討した結果、この見解は、刑事政 策的に支持できないとして、次のように論じる 74)。例えば、判例 7 の事案で、 X が、自身も誘拐犯人に強制されて加害告知の使者になっていると仮装する場 54.
(27) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. 合には、X は、当該告知された加害の発生を左右する支配者であるとは主張し ていないので、脅迫行為ではなく、欺罔行為しかしていない。しかし、 「機能 的連関」に基づく見解では、詐欺罪の構成要件該当性が否定されているため、 恐喝罪でも詐欺罪でも当該行為者を処罰することができなくなってしまう。ヘ ルツベルクによれば、実際に、判例 4 も、上記の事例と類似の事案で、詐欺 罪の成立を認めることをためらっていないと評価される 75)。 そもそも、相手方の財産処分が暴行・脅迫によってなされるときは不自由な 意思に基づき、欺罔によってなされるときは自由な意思に基づくとするキュー パーの見解には説得力がない 76)。なぜならば、 「間接正犯」では、欺罔行為が 他の人間を「不自由な」道具にするための手段であると一般的に考えられてい るからである 77)。 ヘルツベルクは、上記の検討を踏まえて、脅迫による強制行為と欺罔行為と が結びつき、両者が相手方の財産処分に対して因果的となる場合には、詐欺罪 の構成要件の充足は否定できないとする。そこで、この場合には、法条競合に おける吸収関係として、詐欺罪の欺罔行為が恐喝罪の脅迫行為に吸収されるも のとして解決されるべきである 78)。それゆえ、判例 7 が実行された欺罔行為 にすでに「構成要件的意義」がないと認めることは、正当ではない。この事案 では、強盗的恐喝罪の未遂と同様に、詐欺罪の未遂も構成要件上生じていた。 すなわち、この事案の当該欺罔行為は、X が実際には子供の解放を V に売り 込めないことを隠ぺいするためになされているにすぎない。しかし、V は、告 知された加害の実現が真実であるとの認識の下で、結局のところ(脅迫行為 による)心理的な強制下で金銭を交付することになる。それゆえ、当該恐喝 罪の不法の内容には、そこでの(金銭の交付の対価として子供が解放される との)反対給付に関する欺罔行為を通じて何ら付加されていない。すなわち、 形式的に実現される詐欺罪の無価値は、吸収関係の典型的な事例として恐喝 罪による処罰に包摂される 79)。 (2)ヘルツベルクは、 (1)の場合と反対に、欺罔行為が(構成要件に該当し、 55.
(28) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). 違法な)脅迫行為を吸収することを一般的に否定する。上記 1 のオットーの挙 げる「医師のカルテ改ざん持ちかけ事例」で恐喝罪が成立しないのは、脅迫行 為が当該欺罔行為の構成要素としてこれに吸収されるためではない。そもそも、 診察結果の改ざんという特定の違法行為を行わないとする告知が、すでに 253 条 2 項の定める「非難すべき」脅迫行為にはおよそ当らないからである 80)。 (3)ヘルツベルクは、詐欺罪と恐喝罪との観念的競合が認められる場合があ るとして、次の諸事例を挙げる。X が、V に売買契約の締結とその売買代金の 前払いを強制したが、X 自身は契約の履行をするつもりはなかった。売春婦A の「ひも」X は、優柔不断の客 V を脅迫してわいせつ行為の報酬を前払いさ せたが、当該売春婦Aは V に対して性交のサービスを提供するつもりは全く なかった。X は、V が駐車場で他人Bの自動車に傷をつけたうえ、こっそり逃 げ出そうとしたのを目撃して、V の行く手を遮り、当該車の所有者であると詐 称したうえ、V を訴えると脅迫して、V に対して損害賠償の請求をした 81)。 ヘルツベルクによれば、上記のいずれの事例でも、X は、相手方 V に対して、 V の金銭交付による自損化行為によって、その金銭の支払いにより告知された 加害から解放されるだけではなく、何らかの対価(X 側からの契約履行、Aに よる性交のサービス、Bに対する損害賠償の履行)が得られるとの仮装をして いる。ヘルツベルクによれば、判例及び通説も、上記の仮装行為が欺罔行為に なることを一般的に想定して、両罪の観念的競合を認めているとされる 82)。 これとは異なり、オットーは、財産処分による結果は 1 つしか生じていない として、 結論として、 恐喝罪のみの構成要件該当性による処罰を認める。しかし、 例えば、X が、まず、脅迫をして V に金銭の支払いを強制しようとしたが、V が畏怖しなかったので、その一週間後に、V に対してその金銭は利息をつけて 返済すると欺罔し、その結果、V が好条件の取引であると誤信して貸付金とし て X に金銭を交付した場合、X の行為は、詐欺罪と恐喝罪の 2 つの(未遂な いし既遂の)犯罪の観念的競合として処理される。すなわち、当該行為者が同 一の行為で 2 つの攻撃手段を同時に用いる場合には、両罪の観念的競合が成立 56.
(29) ドイツ刑法おける詐欺罪と恐喝罪との競合問題. するのである 83)。むしろ、 重要なのは、 この場合に、 相手方の財産処分の動機が、 畏怖と錯誤とのいずれか一方か、それともその両者の共働によって決定づけら れたかどうかである。ヘルツベルクは、上記のように論じたうえ、それに応じ て、一方の既遂と他方の未遂とが成立するのか、それとも両者の既遂が成立す るのかが定まる、とする 84)。. 4.ギュンターの見解(1976 年) (1)ギュンターは、 「欺罔が脅迫の構成要素」となっている場合、ラックナー が主張する「錯誤と処分行為との動機づけの連関」85)が欠けるとして、詐欺 罪の構成要件該当性を否定する 86)。具体的には、次のように論じられている。 確かに、この場合の錯誤も、脅迫行為の効果を発揮させることに直接的に結び ついており、その限りで当該事象における錯誤の因果性が否定されることはな い。しかし、錯誤と財産処分とが直接的に相互に結びついていない。すなわち、 当該因果系列は、欺罔 - 錯誤 - 脅迫 - 財産処分の形態で生じている。この場合 の相手方は「錯誤」ではなく、心理的な強制すなわち「畏怖」に基づいて行動 している。それゆえ、 錯誤と財産処分との「内心の結びつき」または内心の「動 機づけ連関」が欠け、詐欺罪の構成要件該当性がそもそも否定される 87)。 これに対して、上記 1 で見たように、オットーは、詐欺罪の欺罔行為を否 定する。しかし、ギュンターは、錯誤惹起に向けられた欺罔行為それ自体は 否定されないはずであり、オットーの見解は説得力に欠けるとする 88)。また、 上記 2 で見たように、キューパーは、判例 7 も当該事案につき欺罔行為と財 産処分との因果性の問題として処理しているとしたうえ、しかしその被害者の 認識において錯誤惹起に向けられた欺罔行為の作用も否定されないはずである として、判例 7 を批判する。これに対して、ギュンターによれば、そこでの 欺罔行為の作用は、その財産処分をすでに直接的に惹起しておらず、脅迫行為 を実行可能にするか、 補強するものとしてのみ理解される。この限りで、 キュー パーの批判は説得力を欠く、とする 89)。 57.
(30) 横浜法学第 22 巻第 2 号(2013 年 12 月). さらに、ギュンターは、判例 6 について、次のように批判する。判例 6 も、 当該仮装行為が実際には脅迫行為の予備行為及び脅迫行為の有効化にしか役 立っていないことを前提としている。それにもかかわらず、その仮装行為にの み関与した共犯者を処罰しているが、それでは実行されていない詐欺罪の未遂 の幇助犯を処罰することになる。しかし、ドイツ刑法 30 条は、教唆による関 与の未遂のみを処罰の対象としており、幇助犯の未遂を処罰していない。立法 者が幇助犯の未遂の処罰を認めていない限り、判例 6 の事案で当該共犯者を 無罪としても、処罰の間隙という刑事政策上の懸念は生じない。むしろ、判例 6 は、 「罪刑法定主義」 (基本法 103 条 2 項、ドイツ刑法 1 条)に違反して、個 人的な正義の感覚から、最終的に立法者の判断を超えようとしている 90)。 (2)他方、ギュンターは、実務では全く問題とされていないが、 (1)の場合 とは反対に、 「脅迫が欺罔の構成要素」となる場合があるとする 91)。例えば、 X とAとが共謀し、まずAが、独身の老婦人 V 宅を訪れ、施しをするよう頼み、 それが断られると、V 宅に侵入して自力で奪取すると V を脅迫して立ち去っ た。その数分後に X がセールスマンとして現れて、Aの侵入を恐れ怯えてい る V に対して、 「絶対確実な」安全錠と称して、法外な値段で通常の安全錠を V に売りつけた。V は、普段であれば慎重に検討したうえで、セールスマンか ら新しい安全錠を買うことはおそらくほとんどなかったであろうが、このとき は上記の先行するAとのやりとりがあったゆえに、良い買い物だと信じてすぐ に購入し、代金を支払った(以下では、 「侵入盗の予告後の錠前販売事例」と 称する)92)。この場合には、上記の「欺罔が脅迫の構成要素」となっている場 合とパラレルに、脅迫行為と財産処分との間の直接的な動機づけの連関が欠け ている。すなわち、当該Aによる脅迫行為は、X の欺罔行為の効果を発揮させ るとの独立した目的の下でなされており、当該脅迫行為は、V の財産処分を直 接的に惹起していない。それゆえ、V は「脅迫を通じて」財産処分をするよう に強制されておらず、恐喝罪の構成要件該当性が当初より否定されて、詐欺罪 のみが成立することになる 93)。 58.
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