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ドイツにおける基本権と教会との特殊な関係について(2)

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(1)55. ドイツにおける基本権と教会との特殊な関係について(2) 藤井徳行'・柿本智正‥ (平成9年9月19日受理) 前回に引き続き、ヘルマン・ヴェ-バーの論文を紹介し ていきたいと思う(なお、ヴェ-バーはこの後、国家教会法 -ンドブック(第二版)において、ほぼ同じ主題で論文を. 2)しかし教会に対する基本権の拘束についてのこの ような理解は限定されること Ⅲ)国家教会法の基本的立場 以上、前号. 書いている。 vgl. H. Weber, Grundrechtsbindung der Kirchen und Religionsgemeinschaften, HdbStKirchR, 2. Aufl., S.573ff., (1995))。. ヴェーバーは、教会が国家の授権に基づき、高権的形. Ⅳ)基本権拘束の推定 1)国家の任務を遂行する領域 2)教会の内部的領域. 成の可能性を利用する場合には文句なく教会の基本権拘. 3)教会活動の形成の外にある領域. 束を認める。具体的には、教会が独占的な販売・管理権 を有する墓地の運営などがある(参照、後掲62頁。ここ. 4 )公法に基づき形成的行使を為す可能性権利の主張 への基本権の拘束. では、具体的な判例が挙げてあるが、教会の予定するも. 5 )一般的な比較衡量の理論に対する厳密な境界設定. のとは異なった、宗旨の違う墓標の設立を排除する墓地. の長所. 管理規定を教会側が削除したため、結果的には憲法問. Ⅴ)要約及び結論. 題は生じなかった。なお墓地制度については、参照、 H.. 1)諸命題 2)結論の考察. Engelhardt, Bestattungswesen und Friedhofsrecht,. 以上、本号. HdbStKirchR, 2.Aufl., S.105ff. (1995))。 教会内部の領域については教会の自己決定権の対象で あるが故に、基本権の拘束は及ばない。しかし、教会の. Ⅴ)基本権拘束の推定. 自己決定権の範噂であっても、基本権によって教会の活 動に一定の制約が課される可能性は否定しきれない。例. 今や(教会の)基本権拘束の問題は、以下のようなこ. えば、教会から脱退する権利(参照、後掲63貢; vgl.A.. とに基づいて取り扱われ、回答されねばならない。この. Frhr. v. Campenhausen, Der Austntt aus den Kirchen. 問題は二つの領域-教会内部の領域並びに国家的任. und Religionsgememschaften, HdbStKirchR, z.Aufl.,. 務を遂行する領域-について速やかに解答されなけ. S.777ff.)、一時的な業務に携わった教会職員の追加保 険の問題(参照、清水望「ドイツにおける宗教団体と その紛争処理」 『現代国家と宗教団体』 208頁以下 (1992))などがある。. ればならないということである。つまり、教会が自らの 固有の業務を遂行する場合に、教会が世俗の法の領域へ と越えて来て、世俗の法の形成の可能性(或いは、特殊 的ではあるが、団体が有する特質故に、教会に斌与され る公法上の形成の形式)を利用するところから、回有の. ヘルマン・ヴェーパー:教会の基本権拘束 構成 I)序説:主題の定義 1)分離 a)基本権の効力の教会にとって有利な排除 b)権力国家的な権利である基本権への限定 2)論争の状況 3 )権力国家的権利である基本権への限定 Ⅲ)基本権解釈学の変遷 1)タイル--ベレヒト、及びライストゥングレヒト. としての基本権の理解 ホ兵庫教育大学教授 *Ⅰ兵庫教育大学大学院博士(後期)課程. 問題が生じる。 1 )国家の任務を運行する領域 国家の授権に基づき教会が国家的任務を遂行するなら ば、そこでは、国民は教会によって行使される派生した 国家権力に対して、国家自体に対するのと同じ方法で基 本権を根拠に主張を為しうる。つまり国民の法的地位は、 公共の活動或いは他の地方自治体の活動に抵触するいか なる個人の法的地位とも区別されない。それ故、何れに せよ教会が専売権を有する墓地の規則は、教会関係者と 比べて信仰の異なる者を差別的に取り扱ってはならない (三条GG)。 (注43)そのような墓地の管理者としての教 会は、墓碑の作成について例えば地方公共団体と同じよ.

(2) 56. より現実的な事例に基づき、教会の基本権拘束が教会. うに基本権に抵触する条件を課してはならない。 (注44) したがって、私立学校制度における卒業資格の証明は、. 内部の領域において展開される限りでは、詳細な考察を. 基本権に抵触する前提条件に依存してはならない。それ. するにあたって以下のことが示される。つまり、この命. 故、例えば被害者が宗教の授業を欠席したからといって 教会立の私立学校において高等学校卒業試験の合格証明. 題が自らの基礎を結局的には同じく内的教会権力の領域 の誤った定義付けの中に見出していることが明らかにな. 書の発行を拒否することは、明らかに不適法である。他. るということである。既に言及したように、例えば冒頭. 方では、もちろん同じ理由から、生徒が学校から排除さ. で引用された連邦行政裁判所の判決がこれに該当す. れる必要があるかどうかという問題が生じる。つまり、 それ故ここでは公法上の資格証明制度(及びそれで以て. る。(注48)当該法廷が聖職者及び教会職員の包括的な権利 (当該権利の世俗的側面の規律を含めて)を不適切にも. 教会が国家的任務を遂行する領域)ではなく、むしろ. 教会内部の領域に含まれると評価していること、そして. -私法上の問題であると評価されるべき(注45)基. それ故、いずれにせよ、当事者の財産的地位をとりわけ. 本的関係に該当するので、国家への組み込み及び権限賦. 顕著に(基本権にとって重要な形で)侵害する事例につ. 与制度に基づく行為の高権的性質から示される推論は、. いて-やはり非常に限定的にではあるが-最終. その限りでは適用されえない。この点については後でも う一度触れることにする。. 的な介入の可能性の国家への開放をさし迫ったものと見 なしていることから、内的教会権力の領域の定義は誤っ ていることが明らかになる。この領域が正しく限定され. 2)教会の内部的領域 同じく教会内部の領域における基本権拘束の問題につ. るならば、ここではどこか他の場所におけるのと同じよ うに、その種の解釈は必要ないのである。. いては簡単に解答しうる。つまりそのような拘束は存在 しないし、 -どんなに-限定された意味において. 3)教会活動の形成の外にある領域. もまた存在しない。国法に基づく基本権拘束の推定をこ. 先程、最後に例を挙げたが、教会の基本権拘束にとい. のような領域に組み入れるという如何なる試みも、その 核心においては教会の自己決定権を侵害せざるをえない。. う決定的な問題が持ち出されなければならない領域へ移. とりわけこのことは、国家の基本権カタログにおいて最 も根本的に保障されるものに属する信教の自由及び良心 の自由の例については、きわめて明らかなものとなる。 しかしながら信教の自由及び良心の自由が教会内部の領. 行する。つまり"外へ向けての"教会の活動領域は、世 俗的法秩序(或いは``全ての人に通用される法律" )が 規定する領域の中にある。このような領域についての答 えは、ここでは要点を突いた定式化の中で予め示してお きたい。教会が公法上活動していないという理由で、そ. 域について外から教会-したがって国法に基づき-. の限りでは、特権的活動へのあらゆる正当性は欠如する。. に押しつけられるとすれば、信教の自由及び良心の自由. つまりそれ故、教会の基本権拘束は-法律の拘束と全. は、教会の自己決定権と同様に宗教の自由に対しても、 その核心においては侵害せざるをえないであろう。 (注46). く異ならず-その限りでは国家の領域においては他. 他の基本権については、事状は段階的に異なる。. の全ての法的主体と同じ範囲において成立する。このこ とは、以下のことを意味している。つまり、その他の私. そこにおいて被害者の生命に対する権利が基本権とし. 法上の主体にとって、或いは自らの活動する核心的領域. て重要なものとなりうる(二条GG)、良く知られた. においては私法に基づいて活動する他の社会的権力集団. (そして正に実際的ではない)人的犠牲を伴う事例(注47). (労働組合、経営者団体連合或いは-一定の限定を. のような例は、ここで主張されている立場に異議を唱え. 伴うが-政党のような)に対してと同様に、教会に. るものではない。つまり宗教団体が-人的犠牲につ. とっても公的領域においては、第三者効力に基づき、は. いてのように-他者の保護された法益を侵害する場. 49)或いは特殊な社会的権力に基づき(注50)、基本権の拘. 合には、そこでは宗教団体はその内部的領域に留まって いるのではなく、むしろ世俗的権利によって"一般法律" 、. 束という問題が生じる。 もちろんこのような抽象的な定式化によって、出発点. ここでは刑法の中で規定される(そして規定されなけれ. 以上のものを獲得するわけではない。問題となっている. ばならない)領域-と、宗教団体は自らの活動と伴に赴. 領域における、教会に対する基本権の作用の仕方の明白. いている。このような一般法律は、同時に、被害者の基. な形象は、基本権の"第三者効力"のための激しい議論. 本権をその侵害者となりうる者に対して(したがって、. を通じて解明されるというより暖味にされている広範な. ここでは宗教団体に対しても)効力を発揮している。つ. 問鼠点における明白性を前提条件とする。つまり、私的. まり当事者が-ここでは単に付け加えて述べるなら ば-まさにこの世俗的権利に基づいて放棄し得ない. で対等な秩序の領域においては、基本権に基づき個人に 保障された地位の保護を"第三の次元に" (したがって. もの、それが基本権である。. 私法上の関係において対等に秩序付けられた法的主体に.

(3) ドイツにおける基本権と教会との特殊な関係について(2). 57. 対して)及ぼすために、個人が直接的に基本権の保障を 拠り所とすることは、かっては、必然的に全く必要では. なく、むしろ普通法の多種多様な規定を通じて成し遂げ られる。国法がそのような基本権的地位に保護をおおざっ. なかった。何故ならば、このような基本権の保護は多種. ぱにしか与えないのであれば、そこでは、問題になって. 多様なそして的確に調整された法律上の規定の体系を通. いる法律(或いは相当する立法者の不作為) -それ. じて提供されているからである。つまりそれ故、例えば. に基づく執行行為(例えば裁判的介入を拒む判決)と同 様に-は、違憲である。それらはそのために用意さ. 刑法上の法益の保護は、第三者に対して個人の様々な基 本権の保護を同時に生ぜしめる。そのことを明らかにす. れている手続、とりわけ憲法異義の手続において(勿論. るためには、生命、身体に危害を加えられないこと、財. これについては、立法者の不作為を確実に認定すること. 産及び(性的なものも含めた)一般的な意志決定の自由. が困難であるのは明らかであるが)攻撃される。 (往54)そ こで例えば市民的財産の取得を終生放棄することを許容. に対する刑法上の保護について簡潔に言及することだけ で充分であるO生命及び身体の不可侵性(二条一項GG). する法律は、一定の意見の表明を一般的に、そして如何. についての、財産(-四条GG)及び人格の自由な発展. なる形式においても長期に渡って契約の相手に禁止する. (二条一項GG)についての基本権はそのような刑法上. 契約上の合意を認める規制と同様に、違憲である。. の保護でもって保障される。例えば、 (したがって基本 権に基づき保護された)個人の法的地位への干渉に対す. 直接的な基本権の効力-明白な憲法上の規定に基 づき、例えば九条三項GGに直接的基本権の拘束が妥当. る包括的な消極的保護を提供している私法についても、. するように-はそれに対して例外を形成する。つま. 事情が異なるわけではけっしてない。. り所与のものである限りでは、そのような効力は教会に. 最近シュヴァーベは、詳細に述べられた単行本(注51). 対してもまた(例えば教会の職員-聖職者も含めて. の中で、新たな問題を提起しているが、このような背景 からはけっして不思議なことではないように思われる。. -を団結に向けて統合することを或いは教会の労働 者が労働組合へ加入することを教会は認容しなければな. 今までの第三者効力の議論の出発点が、そもそも誤って. らない。)存在する。しかしながら他の場合にも、第三. いなかったかどうか、そして先に挙げた、刑法上及び私. 者の基本権は先ず国法を通じて保護される。 "全ての人. 法上の個人を保護する規定の映欠という思考モデルが明 らかになっているだけではなく、私人にもまた及ぶ一般. に適用される法律"が、教会を今も苦も変わらず拘束す ることの決定的な正当性がここにある。つまりこのよう. 的効力が基本権に妥当するのかという問題である。もち. な法律は教会と法的接触を持っ者の基本権を保護する。. ろんこの効力は、必然的に国家が自らの立法を通じて具. そこで一般労働法は、教会の職務の中で私法上の雇用関. 体化し、そしてそれ故、当該法律が憲法に適合している という前定に基づいて、基本法に依存することなく、当. 係に属する労働を提供する男女間の不当な差別を禁止し ている。婚姻の禁止としての教会による不犯の義務付け. 該法律から直接導き出されうる。私人が契約上の合意と いう根拠に基づき意識的にせよ無意識的にせよ自らの基. の効力と同じように、修道会への加入に際して宣言され. 本権的地位を放棄している、契約法の領域から生じる事. 効力を民法は消失せしめている。. る、将来財産をっくることの可能性の放棄の持つ世俗的. 例にのみほとんど基づいて、第三者効力の議論が導き出. これに関係しては、さらに一目瞭然の特殊な例として、. されていることを考慮するならば、この問題の意義はさ. 教会から脱退することを国家が保障することについて論. らに明らかなものとなる。(注52)っまりこのような事例. 究する。 (注55)この権利はとりわけ個人の信仰の自由及. においては、基本権の拘束という問題は基本権の一般的. び良心の自由についてと同様に、消極的結社の自由につ. 効力が私人に及ぶことを擁護する立場から立てられる。 先はど考察した諸事例における、契約上正当化されない. いて保障することに奉仕する。そしてこの権利は、当該 基本権が、 -数多くの諸見解(注56)に反して-教会. 干渉、とりわけここではきまって、相手方の基本権的地 位(少なくとも契約の自由)が考慮に入れられねばなら. に対しても、 (これらの基本権は特別な意義を有してい るが故に、教会からの脱退を通じて具体化され. ないこと、とはかなり異なる。 (注53). る)(注57)効力を及ぼすことを明らかにしている。教会. 一般的な基本権解釈学の主要な問題へとつながってい. から脱退する権利は如何なる時も対応する宣言を通じて. る問題は、当然この、教会の基本権拘束という特殊な問. 教会から脱退することを教会の個々の構成員に対して可. 題を扱った報告の範囲内においては、さらに深く掘り下. 能にする。信仰の自由は国家に対してだけ向けられてお. げることはできないだろう。しかし我々の問題提起にとっ. り、公法上の宗教団体、とりわけ教会に対して向けられ. て決定的なことを確認をしておかねばならない。つまり、. てはいないこと、信仰の自由は国家の不寛容だけを禁止. 一般的権利関係の範囲において対等に秩序付けられた法. しており教会の不寛容をも禁止しているわけではないこ. 的主体による干渉に対して基本権的地位を保護すること. と〔注58)、というしばしば用いられる定式化は、その限 りでは少なくとも正確ではない。 "解釈論上基礎付けら. は、必然的に、基本法に基づく基本権保護を通じてでは.

(4) 58. れる、自由意思に基づく自らの構成員へのそのような宗. 契約上許容されていることを表すことを以て確定的に解. 教団体の権利に対する防御権は、基本権からは全く導き. 答されうるわけではない。何故ならば、今やその種の契. 出されえないということだけは正しい。" (注59)このこと は、その他の基本権同様、良心の自由が国家による定立. 約条項の有効性の問題が、そしてそれ故基本権の拘束が、. に基づき、内的教会領域-の効力を請求しえないという. のとなっているからである。基本権の拘束が問題となっ. ことを。何故ならこのような領域においては全ての人に 適用される法律は存在しないから"必要不可欠な"国家. ている契約の規定を無効と見倣すか否かは一三八条B G Bに基づいて確認されねばならない。これに関しては生. の根本規範も適用されないということを意味する。した. 徒の基本権が考慮に入れられねばならないだけではない。. がって教会はその構成員に対して、内的教会的(聖職者 的)手段で以て当該処分について基本権に拘束されるこ. むしろ教会立の私立学校の意図的な信仰の形成を保護し ている教会の自由が考慮に入れられねばならないのであ. 具体的には信教の自由という基本権-の拘束が切実なも. となく破門までも為しうる。教会内部における基本権の. る。結果的には、個々の事例(例えば不利益を与えるこ. 拘束、とりわけ教会内部における良心の自由は、教会が. と無く他の学校に転校しうるという可能性が予め存在し. 教会的領域について妥当する権利を認める場合に、或い. ている事例)の状況に応じて比較衡量の結果が多様なも. は教会が国家的規範を教会内部において引受ける、また. のとなるに到る。寮生に-例えば自由奔放でありた. は認める場合にだけ生じる。自明のことながら、このこ. いがために寮の運営者の意図する居住環境を損なう性生. とについて教会は権限を有しているが、義務付けられて はいない。. 活を為す場合に-退寮が通知されるならば、教会が. 一般の法、とりわけ民法の一般条項に基づく基本権の 保護も、結局ここに該当する。一般の法、民法について. ければ、ならない。つまりここでも問題の検討は、関連す. は、 "全ての人に適用される"法として、それ故教会に 対しても効力を有する、その都度問題になっている法律. 成要素として取決められた寮の規則を含めた賃貸契約一 一から始まる。契約が解約告知を許容している場合に. の基本権の保護に沿った解釈こそが重要となるに他なら. 初めて民法の一般条項に基づいて、そしてそれ故、借家人. ないのである。これらの例についてはもうーっ別なこと. の自由権(二条一項GG)と教会の自由との比較衡量の. が明らかである。つまり明確に定義付けられた、一先. 下で、決定されるべき問題が、関連した契約の規定の有. ほど言及された教会から脱退する権利のように一基本. 効性について提起される。そしてもちろんここではこれ. 権が保護する範囲を厳密に指定する法的規定が存在する 領域とは異なって、立法者は一般条項の場合に意識的に. 以上詳細には扱うことのできない特殊な問題が存在する。. 終極的評価を為すことを放棄しており、解釈する者に比. ある。つまり我々は、ここでは教会に対する広範な基本. 較衡量及び評価について広範な自由裁量を留保している。. 権の拘束-国家の任務を遂行する領域と同様に--を 肯定しなければならないだろう。. これについて典型的なのは、例えば契約法の領域である。 契約法の領域においては諸契約の持っ拘束力の限界は、. 運営する学生寮の寮生の事例は全く同様に取り扱われな る契約-具体的にいうと、場合によっては契約の構. 具体的には、学生寮が公的資金を提供されている場合で. ちょうど今Lがた挙げた事例におけるがごとく、本来. たいてい民法の一般条項、とりわけ一三八条、二四二条. の意味での基本権的地位を如何に保障するかということ. BGBに基づいて決定される。ここでは比較衡量及び評. だけに、 "全ての人に適用される法律"の任務が自づと. 価を為すことが必然的であるので、その都度要求される 基本権だけでなく、むしろ当該基本権に抵触している他. 限定されるわけではないということは、結局のところ、 無視されてはならない。つまりそこでは、 "全ての人に. の基本権(そしてそれらと伴に教会の自由)が考慮に入. 適用される法律"は、基本権保護の任務と並んで(そし. れられるべきである。このような方法は、連邦行政裁判. てそれを前提として)一定の社会的な最低限の水準を保. 所が"メフィスト判決"において、 (たとえ結果には異. 障するという(もちろん基本権保護の任務に類似した). 議が申したてられたとはいえ)最終的に模範的形式にお. 機能を教会の服務関係及び労働関係について特別に保. いて描いてみせたの同じ方法である。 (注60)したがって. 持している。 (注61)ここにおいても国法は宗教団体とし ての教会の特殊な地位において教会と接しているのでは. これらの諸原則から、先はど解決を留保しておいた私立 学校の事例に立ち返ってこの私立学校の問題を解決しな くてはならない。つまり宗教の授業の受講を拒否した生. なく、むしろ国法は教会を雇用者としての教会の役割に おいて把握している。いづれにせよこのような社会的. 徒の放校処分は、学校内の関係の根拠となっている契約. "最低限の水準"は-多くの基本権的地位と異なり. に基づき放校処分が認められ場合にだけ問題となる。当 該事例がこれに該当するか否かは、当該契約を綿密にあ. -決して基本法から直接、強制力を伴っては導き出. らゆる状況を考慮して解釈するという方法に基づいて確. 法律を通じて具体化されることを必要とする。そのよう. 認されねばならない。しかしながらこの問題は、放校が. な法律が存在する限り(そして教会に対して存在する特. されない。このような社会的"最低限の水準"は国家の.

(5) ドイツにおける基本権と教会との特殊な関係について(2). 59. 殊な関係に基づいて許容されるような方法で教会を個々. 格な基本権の拘束が問題となるのは、教会が指導的立場. の規定から排除しない限り)、認可することは簡単であ. にある領域において教会が特定の学校形態についての独. る。つまりそのような法律は教会にたいして適用されう. 占権を所有する場合であるo一般的法律が鉄欠している. る。この法律を遵守すること-例えば、教会内の労 働者に対して社会保険料を給付するという義務、或いは、. 限り、例えば新聞事業の領域において"内的出版の自由" という一定の最低限の状態を保障することに対して考慮. 公務員という地位を以て、退職後、扶養手当の請求権が. に入れられるように、立法者の行動が必要とされる。 (揺. 無くとも退職した職員に年金保険の中で追加保険する義. 67)そしてその限りにおいては基本権カタログは立法者 の活動を公認しうる。. 務を遵守すること-は、当該教会職員によって、国 家が定めた出訴の方法において(ここでは社会裁判所の 出訴の方法において)強制される。(注62)このような法律 が存在しない場合には、我々は必然的に、裁判所が憲法 から直接的に認めうる権利を導き出しえない。国法が、 個々の事例において、一般社会保障法の規定に基づく充. 4 )公法に基づき形成的行使を為す可能性に対する 権利の主張への基本権の拘束 教会が教会の任務を遂行するために国家によって蹴与 された公法に基づく形成的行使の可能性および法形式を. 分な根拠なくして、教会職員を排除する場合には、同時 にまた狭義の意味における(ここでは三条一項GGによ. 利用する領域においては、事情は根本的に異なる。この ような領域においては(またこのような領域においてだ. る)基本権拘束が効力を有する場合には、事情は異なる。. け-既に言及した、範囲という点では全く役割を果. 修道会からの退団に際して、修道会の構成員の追加保険 を為すべく規則に定めることを一般的に強制してはいな. たしていない国家的任務を遂行する領域を一度度外視す るとしても)、教会は伝統的な意味において公法に基づ. い社会保障法の規定は、当該不利益についての限界線に 存在する(ft63)そしてここにおいてもまた、いづれに. いて活動し、純粋に国家権力を行使し、純粋な支配従属. せよ教会の職員に対する基本権についての相手は国家で. 則的には、国家と国民との関係と区別されるものではな. ある。つまり問題となっている国法は違憲である。違憲. い。このような領域においては公法上の基本権の拘束は 教会に対しても無制限に妥当する。 (公法上の基本権拘. 性は、許容される法的手段において国家を必然的に答め ることとなる。それ故、その際にだけ、憲法裁判所の判. 関係に基づいて教会の構成員と接する。この関係は、原. 束は、もちろん対等な人間問の法的関係の領域における. 決に拠るならば、教会職員の法律の名宛人の範中への算. 基本権の拘束とは、先ほど述べたように、以下の理由で、. 入が問題となる。この問題が生じるのは、問題となる社. 基本権の拘束の緊張度においてはほとんどかわらない。 つまり、一般的な法律に基づいて間接的にではなく、直. 会的地位が、既にかなり幅広い形で社会的水準を形作っ ている場合で、その結果、優遇措置を一般的に排除する. 接的に基本権規範にさかのぼることによって、しばしば. ことを通じて、社会国家原理-の配慮から率離すること. 基本権の保護が為されるということである。) (注68)ここ. となる。(往64)もちろんこのような方法に基づいて教会. で問題になっている領域において、教会が世俗の法の高. に対する当事者の権利が遡及的に生じうるか否かという. 権的担い手と同様に基本権に対して拘束されるというこ. ことは、極めて問題となるように思われる。その結果、. とは、普通に考えれば明らかである。つまり純粋な、強. 立法部の不法という問題領域(往65)法律に基づく優遇. 制力を持った高権的権力を以て対置されているのは国家. 措置を憲法に違反して排除するが故に国家賠償責任が生 じる?)が持ち出される。. であるのか教会であるのかということは、被支配者にとっ ては意味を為さないということである。権力のあらゆる. ここではやはり一度"社会的権力団体"への特殊な基. 担い手に対してと同様に、この優越的な権力に対する保. 本権拘束という問題について、見出語の程度にではある. 護は被支配者にとって不可欠である。何故なら高権の担. が論究しておきたい。 (注66)既に論究したように、教会. い手と国民との間における如何なる支配従属関係であろ. が社会的権力を行使する限り、公的領域における他の集. うと、必然的に権力の濫用の危険を伴い、現代的法治国. 団についてと同様に教会についても問題が生じる。した. 家的憲法は基本権の保障を以て、そのような危険性を制. がってここでは、執行可能な基本権拘束が必然的に、全. 御すべく試みているからである。国家の基本権拘束を越. ての人に適用される法律を通してのみ生じる。その場合、. えて、教会も含めた純粋な高権的権力のあらゆる非国家. ここでは、今までしばしば言及されてきた一般条項が. 的担い手への"他者拘束"の存在を想定することは不可. "一般法律"として、かなりの程度、考慮に入れられる ことになる。つまり一般条項の解釈及び一般条項と結び. 避である。高権的権力は国家自身が占有しているので、. っいた利益考量を為す場合に社会権力は、決定的な基準 となる項目として重要となる。それ故、例えば繰り返し. と、つまり、国家の高権的権力はまさに高権的権力の基 本権への拘束性を通じて特徴付けられること、という考. 言及された``私立学校の事例"について教会に対する厳. 察からも、このような結論は裏付けられる。 (注69). 国家は教会に質的に異なった高権的権力を授けえないこ.

(6) 60. 結果的に世俗の法の如何なる高権的担い手とも同じよ うに、教会も公法に基づいて効力を有する行為について、. さきほど、若干かなり抽象的に規定された命題は、教 会の服務規定及び職員法という基本権の問題にとってか. 例えば納税額の決定について、或いは給与の額の決定に ついて、教会の職員法において(職員法が高権的に規定. なり重要な領域において、とりわけ一見明白な方法で明. される限り)基本権に拘束される。ここでも-国家. に適用される法律"への教会の拘束は、労働法の領域に. 教会法に関する他の多くの領域と同様に-教会内部. おいてはとくに、有効に作用する。つまり、教会が従属. の領域と授権された対外的な高権的権力の領域とを正確. 的地位において労働者を雇用する場合には、労働法及び. らかにされる。既に詳しく言及したように、 "全ての人. に定義することが、とりわけ複雑な情況においては、基. 社会保障立法(既に言及したように、基本権保護の機能. 本権拘束の決定的な問題として現れてくる。それ故やは. だけでなく、一定の社会的最低基準を保障する機能もま. り今一度簡単にこの定義付けを取り扱わなければならな. たこれらには与えられている。)が適用されうる。そこ. い。そもそも国法が、秩序付けの任務を遂行する領域に. で、以下のことは自明のものとなる。つまり、労働法は、. おいては公法上の法形式が、そして技術的に充分に理解. 教会の被雇用者に対する特別な規定の存在を当然予定し. すべき自治権が必要であるので、教会もこのような領域. うるし、労働法は、例えば教会の労働者に対して、大教. においてだけは、 (教会にとって不都合な)一般法律の. 区の女性教会事務職員に対して、さらに教会行政部の上. 通用を免れるために、あるいは付加的にではあるが、当. 級職員に対しても、原則として適用されうるということ. に全ての人に適用される法律に基づいては現在存在しな. である。狭義の意味における教会職員の権利にこのよう. い別の可能性の行使を更に獲得するために、特殊な法形 式を活用せざるをえない。これとは逆に、団体としての. な考察を適用するならば、世俗の法と内的教会法との接 続部分において、このような領域の限界付けは現れてく. 属性に基づく、冒頭においてわづかではあるが示したよ. る。つまり、以下のことは教会の職務関係の主要な部分. うな、限定された教会内部の領域は、これには該当しな. において特徴的である。世俗的服務関係(とりわけ有償. い。結果的には、教会内部の領域と"全ての人に適用さ. であるもの)が持っ通常の効果で以て、服務関係は教会. れる法律''を通じて規定される世俗的な法的効力の領域. 的職務に結びっけられ(聖職者)、或いは、それどころ. との問の限界付けは、教会内部の領域と授権された高権. かそのような服務関係が、職員関係の固有の内容を形成. 的権力の領域との間の限界付けと同様に有効である。一 部は教会内部の領域に属し、一部は世俗的な領域に属し. するということである(教会職員)。職員関係のこのよ. ている複合的な法的関係においては、限界付けがとりわ け困難である。ここでは、その都度の法的関係における. 団体の職員の服務関係と同様に、当に労働法の適用を受 ける。匿日本としての特質、そしてそこにおいて展開され. 教会内部的・宗教的領域と、世俗的・法的構成要素との. た、自律的に教会の職員法を制定する権能は、教会に対. 間を厳密に区分しなければならない。つまり後者の構成. して以下のことを可能にした。このような領域について. 要素だけが先ほど述べた基本権の拘束の対象となるので. 労働法の効力を排除し、教会の必要性に応じた、聖職者. ある。もちろん、まさにこのような複雑な関係において. 及び教会職員のための適切な服務規定を定立することで. は、世俗的・法的構成要素に該当する規定の基本権への. ある。しかしながら、国家は、既成権限をそのようなか. 拘束は、教会内部の規定についての間接的な基本権の効. たちで教会に委託することによって、国民の基本権的地. 力を生ぜしめうる。これについては、またすぐ後で述べ ることにする。. 位(そして社会的最低水準)を保護するという、自らの. 基本権の拘束は、次のような領域においては特別な意 味を持っ。教会が、国家によって既に十分に形成された. 権は、無制限なものではありえない。それどころか、教. 高権的形成の権限を行使するだけでなく、むしろ-. て、さらには-実務的にはおそらくもっと重要なも. 一三七条五項WRVを通じて権限を賦与された-自. のであるが-職業官吏制度の原則(三三条五項GG). 律的に規定するという方法で、このような活動形式を自. の核心に、このような自立権が拘束されることによって、 限定される。固有の意味における基本権の拘束が問題と. ら形成するような領域である。このような領域において は、 "全ての人に適用される法律"が、教会の規律にとっ て代わる。(注70)したがって、 "全ての人に適用される 法律"は、自らが予め規定した基本権を保障する機能を 発揮しえない。それ故ここでは、教会権力に服従してい るもののための基本権の保障は、もっぱら(その限りで. うな世俗的側面は、通常、政党、労働組合、その他の諸. 任務を免れえないので、それ放,、教会に保障された自律 会に保障された自律権は、厳格な教会の基本権拘束によっ. なるのは、 -ここでは詳しく取り扱うつもりはない最後に挙げた拘束(往71)によってではない。既に言及し た、労働法の規定の場合には、労働法及び社会保障法に 際して保障された、社会的最低水準が保障される。しか. は世俗的に効力を持つ)教会による立法の厳格な基本権. し、世俗的な公務員法の立法者と異ならず、教会は自由 に、教会の必要性に合致した特別地位関係(「特別権力. が拘束を通じて為される。. 関係」)を創造しうる。特別地位関係の領域においては、.

(7) ドイツにおける基本権と教会との特殊な関係について(2). -憲法(一三七条三項WRV.)において保障された -教会的職務の有する目的から必要とされ、かつ、 教会的職務の利益のためには絶対必要な基本権の制約を. 61. 法上の手段において抵抗しうるのである。もちろん、そ の際には、ちょうど今言及された事例において表された、. 為しうる(注72)。したがって教会は、聖職者の服務関係. 世俗的に効力を有する規律〔Regelungen〕の領域に対 する基本権の拘束は、関係が複雑である場合にもまた、. の存続を当然、教会への帰属性の維持及び信仰告白の拘 束に依拠させても良いが、これに反して当事者は、自ら. 世俗的に効力を有する規律と結び付いた教会の内部的領 域の規則に対して、一定の基本権拘束を『間接的に』生. の宗教の自由或いは良心の自由を引き合いに出しても成. ぜしめていることを見過ごしてはならない。つまり、教. 功することはない。もちろん、教会的服務関係の目的は、. 会が一つの、かつ同一の状況に対する内的教会法的評価. 問題となっている基本権の制約を正当化する基礎を提供. と、世俗の法的評価とが相違すること-教会が、例 えば、教会の内部において効力を有する職員関係の終了. するだけではなく、同時に、基本権の制約に一定の限界 を引いている。つまり、教会的職務の有する目的にそぐ. を理由として、世俗的な法的帰結を導き出しえないこと、. わない基本権の制約は、不適法である。そこで、例えば、. したがって、例えば、その職務が教会内部においては終. 官職保有者としての地位を(したがって、官職保有者と. 了している職員を教会が継続して雇わなければならな. しての地位の世俗的法的側面をとりわけ財産権的請求権. いこと-を避けようとした場合、教会は、教会内部 の規律を基本権に適合するように形成せざるをえない。. を)家族の態度(例えば、配偶者の信仰の帰属先が、自 分の信仰の帰属先と同じものとなるように保持すること). 教会は、教会的、世俗的法的領域における諸規律をカバー. に従属せしめる規律は、基本権拘束(とりわけ、 -四条、. すべく位置付けられねばならないので、問題となってい. 三三条五項GGによる拘束)の観点からは、極めて疑わ. る複雑な関係は、このような方法で-もちろん世俗. しい。場合によっては生じうる、教会にとっての必然性. の法によって強制されるのではなく、実践的な必然性に. (牧師の妻としての役割りは、より制限的ではない措. 帰着する-教会内部の領域における基本権の作用に. 置(例えば、異動の権限)によって、掛酌されうる。世 俗的には退職した立場にある職員を、以前の雇い主に対. 対する決定的な突破口を形成する。. して義務付ける、 (ここでは教会に対する)かなり立派. 5 )一般的な比較衝量理論と比べて巌密に境界を確. な態度に、退職した職員の財産権的請求権を程度を越え. 定することの長所 ここで展開した概念は、今から、もちろん一般的な価. て従属せしめることは認められない。(注73)そして、退職 した職員が、退職後に自らの教会への帰属性を放棄した. 値衡量論及び利益衡量論の立場から、以下のような異議. り、或いは変更したりする場合には、退職した職員を将. を唱えられる可能性があるだろう。その批判とは、ここ. 来にわたって義務付ける忠誠義務(注74)をこのような状. で展開した概念が、教会の基本権拘束の問題と結び付い. 況とは無関係に-例えば社会における継続的な、教. た評価の問題を実際には解決しておらず、むしろ教会の 個々の活動領域間の限界付けの問題という別の平面へと、. 会に対して友好的な活動を通じて-、損なうことは. この問題を移しているだけであるとするものである。限. ないが、その場合に、退職した職員の財産権的地位に介 入することは、例えば、宗教の自由(四条一項、二項一. 界付けの問題について立場を示すにあたって、批判に応. 文GG)とは合致しない。最後に、教会の職務の目的は. えるべく、やはり評価の問題に再び立ち返らなければな. また、当事者に、一定の、形式的な、手続の保障を(例. らないので、教会の自由と個人の基本権との『実践的』. えば、服務規定上の措置に対して、法的な聴聞を請求す. 整合性(注76)を公然と希求している理論が優先されなけ. る権利を)正当化してはいない。それ故、教会の懲戒処. ればならない。そのような理論は、著名な『へッケル』. 分手続、或いは戒律の手続(lehrzuchtverfahren)も、. の定式以来、さまざまな形において試みられたように、. 手続法的な手段が、最低限、必要としている一定の条件. その核心を例えば基本権及び教会の自由が有する放射的. から、世俗的領域における効果が必然的に導き出される. 作用を一般的に容認し、弾力性をもった、制限的定式 (ワイマール憲法一三七条三項)の解釈の中に見出して. 場合には、このような最低限度の必要条件に配慮しなけ ればならないo(注75). いる。ここで提案された限界付けの価値判断への従属性. 誤解を避けるために、 (世俗的)服務関係と教会の職. をこのような批判が指摘する限りでは、このような異議. 員関係〔Amtsverhaltnis〕とが同一のものではないと. は、相対的に正しいと言わざるをえない。つまり、実際. いうことについて、最後にもう一度、言及することにす. に、具体的な教会の行為を分類することによって、基本. る。服務関係(また、主に複合的な法的関係の財産権的. 権拘束の分岐点が生じるし、そして実際に、解釈を通じ. 側面)についてだけ、国法は、既に述べた基本権拘束を. て価値判断を為すことなくして、このような分類は生じ. 強要する。服務規定上有効である措置に対してだけ、当. えないのである。しかし解釈者の価値判断は、内部にお. 事者は、例えば、自らの基本権を引き合いに出して、国. ける諸業務問の区別と憲法上の決定、全ての人に適用さ.

(8) 62. れる法律と授権された高権的権力、にまで遡って明確に. 置き換える権限を有している領域においては、とりわ. 関係付けることによって、合理化され、その結果、哩味. け重要である。. な比較衡量の定式や及び実践的な整合性という、解釈者 の任意性に門戸を開放している逃げ道に手をっけること は、最初からなくなるのである。. e)最後に、非制限的な(そして問題のない)教会の基 本権拘束は、やはり教会が、周辺的領域において、高 権的手段を用いて、個々の国家的任務を遂行する場合 に生じる。. Ⅵ)総括と結論 2)結論. 1)諸命題 最後に、本報告の結論を簡潔にまとめるならば、以下. このような方法に基づくならば、教会の自由が十分に 維持されるばかりでなく、教会に対して国民の基本権を. のような命題が挙げられる。. も保護するという国家の法秩序に対する任務も、釣り合. a)教会の基本権拘束と結びっいた問題の適切な解決は、. いをとるやり方で配慮される。つまり、両者の利益を適. 教会が活動するさまざまな領域を明確に区別し、限界. 切に均衡させることで、ここで示された中道は、国家的. 付けることを前提とする。. 基本権が、区別無く教会を拘束するという方法で、教会 の自由を崩壊させるという前門の虎を回避するのと同時. b)一三七条三項WRV (そして、同条項が補完してい る、四条一項、二項GGの宗教の自由並びに信仰告白 の自由という-個人のそして団体の-基本権). に、国法上のあらゆる拘束から教会を開放し、 -いづ. によって、国家のあらゆる介入を免れている教会内部. 民の地位を完全に教会に委ねてしまうという、後門の狼. の領域においては、 (いかに制限的なものであれ)国. を回避しているのである。. 法に基づく教会の基本権拘束は存在しない。ただし、. れにせよ基本法上、国家は許容していないのだが-国. ここまで述べてきた『間接的な』基本権的作用を考慮. -例えば教会職員についての規律のように-教. に入れるならば、教会内部の領域における、あらゆる、. 会の内部的構成要素と公法上の構成要素とを包含する、 複雑な法的関係の場合には、次の理由で、教会の内部. そして非常に限定的なものであったとしても、基本権拘 束を放棄することは、一部の人を失望させるかもしれな. 領域に対する事実上の基本権拘束が、間接的に生じう. い。国法からは別の結論は生じないのである。ここでは. る。つまり、教会内部の規律と-基本権に拘束さ. 教会内部の基本権の効力だけが助けとなる。それ故本主. れた-世俗の法の規律とを"並列的に接続させる. 題の領域を越えているにもかかわらず、以下のことにつ. こど'によって、教会は利益を得るし、同時に、この. いて最後に少なくとも簡潔に指摘されねばならない。つ. 両規律の並列的接続は、教会内部の規律が基本権に適 合することによってのみ保障されうるということであ. まり、教会は、教会の内部においても、自らがそこで生 息している法的共同体の影響を完全には免れえないとい. る。. うこと、また国家的基本権及び、基本法によって刻印付. C)教会が自らの活動を"全ての人に適用される法律" が規定する世俗の法の領域へと伸張する限りでは、教. けられた法的共同体に対する基本権の理想像的機能は、 『教会法において』もまた、全く重要ではないままでは. 会は、 "国家的領域におけるあらゆる他の法的主体". ありえない。(注78)もっとも詳細については、いずれに. と同様に、基本権に拘束される。ここでは、基本権を. せよやはりここでは、多くのことについて考慮すること. 直接的に援用することは、大抵、必要ではない。つま. が必要である。 -ただし、実定教会法は、残念なが. り、個々の事例について、 "全ての人に適用される法. ら、問題解決の端緒を提供してはいない。. 律"の解釈をする場合に-他の場合とどうように -、互いに対立している教会の基本権(教会の自. 注43例えば、信仰の異なるものが、教会が専売権を. 己決定権を含む)と他者の基本権との問の比較衡量が、 必要となりうるが、そのような"全ての人に適用され. 有する墓地に埋葬を要求する権利がこれに該当する。. る法律"を通じて、基本権の現実化は生じる。. り詳細な論究を為すものとして、 H.Sacker-H.. vgl.BvWGE 25,364 (369)-KirchE 8,254 (258);よ. d)固有の業務を遂行する場合に、団体としての属性か. Reimann, JuS 1969, 577; a. A.W. Jung,&. a. 0., S. 92ff.. ら、国家が教会に斌与している高権的権限を教会が行 使する場合には、事情は異なる。つまり、その限りで. これとは反対に、教会が墓地の維持・管理をしているこ. は、教会は、国家的公権力と同じ方法で、基本権に拘. 収することは、必ずしも論外ではないように思える(そ. 束される。このような拘束は、教会が、個々の問題領. のような規制の許容性については、 Gaedke, Handbuch. 域を自律的に形成するという方法で、 "全ての人に適 用される法律"を、自らが作りだした規範に部分的に. des Friedhofs-und Bestattungsrechts, 3. Aufl. [1971] ,. とに配慮するならば、部外者からより高い一定料金を徴. S. 144; OVG Luneburg,KirchE 2,280ff. [287f.j;より.

(9) ドイツにおける基本権と教会との特殊な関係について(2). 詳純なものとして、 W.Jung,a.a.0.,S.92)。 注44判決(BVerwGE25, 364 [368f.] -KirchE 8,254. 63. 注54これについては、参照、 H. Weber,NJW 1966, 1799f.; OLG Frankfurt,FamRZ 1968,666 (及び、こ. [258])の中では、この間題は耽り扱われえなかったO. の判決に関する私の見解、 JuS 1969,91 Nr.2a且)憲法. 何故なら、本件の場合、問題となっている墓標の形成を. に違反する立法者の不作為がある場合の権利保護一般に. 排除する墓地利用規則は既に欠如していたからである。. ついては、参照、 R. Schneider,Rechtsschutz gegen. したがって、問題となる墓標の形成の禁止は墓地の目的. verfassungswidriges Unterlassen des Gesetzgebers,. からは導き出されえず、それ故、当該規制を為すことに. AoR 89 (1964) S.24ff.,そして最後に、 Fr.. ついての基本権の制約は問題とはならない。それにも関. 。hIicher, Die Verfassungsweschwerde gegen Urteil bei. わらず、当該法廷がその当初より問題となっている教会. gesetzgeberischem Unterlassen (1972). の基本権拘束を同様に肯定していたことは疑われえない。. 注55これについては、最近、詳細に述べているものと. これについては、 Bachof, AoR 78 (1952) S.86,92;a.. して、 Engelhardt, a. a. 0.,ならびに、 Chr. Link,. A. W.Jung,a. a. 0., S. lllff.. Kirchenrechtliche und staatskirchenrechtliche Fragen. 注vgl.O.Fuβh.42.. des kirchlichen Mitgliedschaftsrechts, OstArchKR22. 注Herzog, a. a. 0.,Art.4,Rdnr.50; Obermayer, a. a. O., Art. 140, Rdnr. 59; Smend, ZevKR3. (1971) 299ff. (316ff.).. (1953/54) S. 113ff.. Anschiitz, in:Anschutz-Thoma, Handbuch des. 注47バーメルは更に詳細な例(未亡人の火刑、寺院 における性的不道徳、複始、淫行、奴隷制度)を挙げて. 注vgl.etwaHammen-Lenz,Art.4,Anm.A3 ; 3 Deutschen Staatsrechts, Bd. 2 (1932), S. 682. 注57いずれにせよその限りでは、今まで論究してき. いるVgl.Hamel,a.a.0.,S.77;エンゲルハルトはよ. た諸事例について一定の区別が為されているOつまり、. り現実的な例(国民の煽動、特定の儀式の範囲内におけ. 消極的結社の自由及び-私法に基づいて設立された. る麻薬の使用)を挙げている。 Engelhardt,a.a.0.,S. llf.,そしてエンゲル-ルトは、先はど紹介した見解と. 宗教団体を含めた世界観団体の場合には-国民の消 極的な信教の自由を"第三の次元においで'通用させる、. は反対に、当該事例を解決するためには、一般法律が妥 当する領域が教会内部の領域にまで伸張されることが必. る資格を先に挙げた基本権と同調して排除する、私的結. 要であるとする。. 社法である。そこで、教会が-三条五項WRVに即して. "全ての人に通用される法律"は、宗教団体の構成員た. 注48 vgl.O.Fuβfn. 10, ll.. 公法上の団体の形式を利用する限りでは、当該法律は適. 如9これについては、一般的なものとして、参照、. 用されえない。しかしそれにもかかわらず、公法上の団. G. Dung, Grundrechte und Zivilrechtsprechung, in:. 体の形式を採る場合であっても、問題となっている基本. Festschrift fur Nawiaskz (1956), S. 157ff. ; K. Hesse,. 権が空転するようなことがあってはならない。結社法の. Grundziige des Verfassungsrechts der Bundesrepublik. 機能を教会から脱退する権利が受け継ぐ限りでは、まさ. Deutschland, 5. Aufl. (1971), S. 145ff.; Herzog,. に、教会から脱退する権利のような特別な規定が必要と. Allgemeine Staatslehre (1971) , S. 389ff.. なる。したがって厳密に言うと、教会から脱退する権利. 注50これについては、 R.Zippelius,Allgemeine. については、 "全ての人に適用される法律"が問題とな. Staatslehre, 3. Aufl. (1971), S. 157f.; Herzog, a. a. 0.,. るのではなく(この問題を適切に扱ったものとして、. S. 392f.; Herb. Krilger, Allgemeine Staatslehre, 2.. Engelhardt, a. a. 0. [O. Fuβn. 38], S. 39f.)、教会が利. Aufl. (1966), S.501f.; M.Heckel,a.a.O.,S.95ff.;. 用する公法上の形成の可能性について配慮するならば、. R材ner, a. a, 0..B2.1.. 全ての人に適用される法律の地位にまで登り詰める特別. 注J.Schwabe, Die sogenannte Drittwirkung der. な規定こそがむしろ問題なのである(当該規定の許容性. Grundrechte (1971), passim, insbes. S.9ff.;これに関. については、参照、 H. Weber, KOrpershaften [O.. しては、ヘルツオークの認識に注目。ヘルツオークによ. Fuβn.lLS.40)。したがってこれに関しては、 -エン. れば、基本権の第三者効力に関する争いは内容について. ゲルバルトとは反対に、 Engelhardt, S. 12i.,45 -教. の争いでは全くなく、むしろ単なる管轄権の問題である。. 会内部の脱退規定に対して教会から脱退する権利が補充. つまり、 (憲法の流動化について)一層、力を増してき. 性を有する必要はない。固有の(導き出される派生的な、. ている社会に法を必然的に適合させうるのは立法者だけ. そしてそれ故、無制限に基本権によって拘束される、. なのか、或いはその上、裁判官も含まれるのかというこ. Vgl. unten VI4)規定で以て、教会に脱退手続きを委. とが問題なのである。 Vgl.Herzog,a. a. 0.,S.392,. ねるということが、現在の法状況に照らして立法論的に. ft52 Vgl.J.Schwabe, a.a. 0., S. 18f.. 合目的的であるか否かは、もちろん別な問題であり、こ. 注ebenda,S.59ff.,99ff.. こで解答されるべき問題ではない。それ故、国家による.

(10) 64. -そして実際、補充的な-教会から脱退する権利. Sozialversicherungsanstahlt, Osterreichische Juristen-. は、教会が全く規定を設けていない(或いは基本権に適. zeitung 1972, 261ff.. 合する規定を全く設けていない)事例であっても、もち ろん必要ない。 注Vgl. Anschiitz,a.a.0.;さらにヴェ-バーは論. 注64これについては、助成の不平等な排除に関する 連邦憲法裁判所の判決を参照(ライブホルツ等による概 観と検討を参照、 G. Leibholtz-H. J. Rink, Grundgesetz,. 証を加えている, H. Weber, KOrperschaften, S. 150, Fu. 4. Aufl. (1971),Art.3, Rdnr.16);さらに、前掲注54. βn.31.. で参照した文献を参照のこと。. 注F.Klein, in: v.Mangolbt-Klein, Das Bonner. 往65このことを最近包括的に取り扱ったものとして、. Grundgesetz,2.Aufl. (1957),Art. 4 ,Anm. H 7 (S.. Dagtoglou, in: Bonner Kommentar, Art. 34. 217);結論が同じものとして、Herzog,a.a.0 (O.Fuβn.. (Zweitbearbeitung) , Rdnr, 426ff.. 1 ),Art. 4 ,Rdnr.50a.E.;Zippelius,a.a.0.,Rdnr.. 注66 vgl.O.beiFuβ.50.. 58;Hamel,a.a.0.,S.73. -方、不通切なものとして、. 注67これについてはキュプラーを参照。キュプラ-. K. Brinkmann, Grundrecht und Gewissen (1965), S.. は、過去の文献を包括的に解析している。 Vgl.. 165f.ブリンクマンは、宗教団体の内部において、四条. Fr.Kiibler,Empfiehlt, es sich, zum Schutze der. 一項GGの一般的な適用可能性を後半に認めている。. Pressefreiheit gesetzliche Vorschriften uber die innere. 注BverfGE 30,173 (これについては、私の見解 を参照,H. Wever,in JuS 1971,651 Nr. 2). 注61これについては、参照、 Listl,a.a.0.,S.421f.; R妨er,a.a.0.,BII2a.E.,リュフナーはこの問題を "社会的基本権"という問題提起の下で論究している. Ordnung von Pressefreiheit gesetzliche Vorschnften iiber die innere Ordnung von Presseunternehmen zu erlassen?, Gutachten fもr den 49,Deutschen Juristentag, Verhandlungen des 49. DJT Bd. I (1972),. S.D 13ff.当該法律規定が合目的的であるのか、許容さ. (これについて一般的なものとして、 Herzog,a.a.0.. れるのか(或いは、当該法律規定の制定が、本来的に、. (o.Fu/3n.49), S. 393ff.; Zippelius, a.a.O., S. 162f.;. 憲法によって要請されているのか)という問題に関して. Th. Tomandl. Der Embau sozialer Grundrechte in das. は、ここでは提起しえないし、されるべきでもない。. positive Recht (1967) ; L. Wildhaber, Soziale Grund-. これについては、参照、 P. Schwerdtner,Innere. rechte, m: Der Staat als Aufgabe. Festschrift fur M.. Pressefreiheit-Privatwirtschaftliche Organisation und. Imboden (1972), S. 371ff.)。. offentliche Aufgabe der Presseorder: Der Versuch der. 往62これについては、ノルトライン・ヴェストファー. レン州の州社会裁判所が綿密な基礎付けを行っている。 Vg l. KirchE6, 267ff.. Quadratur des Kreises, JR 1972、 357ff.,並びにDOV での議論を参照、 Vgl. DOV 1972, 357iiXE.RehbinderE.Kull-U.Ke Bler-G. Roellecke) und auf dem Dii. 往63追加保険の義務(これについて一般的なものと. sseldorfer Juristentag (これについては、参照、 H.. して、 W. Bringmann-M. Binz.Nachversicherung in den. Weber, 49. Deutscher Juristentag in Diisseldorf, JuS. gesetzlichen Rentenversivherungen (1968)は、看護、. 1972, 739 (742f.))プレスである企業の内部構造を如何. 授業、或いはこれと似通った労働分野で活動しており、. なる法律によってでも許容することをW.ヴェーバーは. 且つ、当該活動が一時的なものである、教団の構成員の ためにだけ、存在する(vgl. §9i.V.mit套 2Nr.7,§ 8. 否定している。 Vgl. W. Weber, Rechtsgutachten, a. a. 0.,S.81ff.,私見では、抗弁の余地のある論議で以て、. m AVG; §12321.V.mit §1227Nr. 5, §1231 RVO)。. あらゆるその種の法律について、特別にプレスに向けら. リュフナーはこれについては批判的である,. れた法律が必然的に問題となる。そしてそれ故、五条二. Riifner,a.a.0..BII 2a.E.この問題については、さら にへ-ゲマンも参照、 Hegemann,Die Kranken-und. 項GCの意味における一般法律は問題とはならない。 ft68もちろんここでも、一般法律による基本権保護. Altersversorgung fur Ordensleute, in. Ecclesia et JuS,. は排除されない。つまり、例えば四〇条VwGOは、高. Festschrift fur Audomar Scheuermann (1968), S.. 権的活動領域においても教会に適用されうる、 -九条四. 339ff.これとは反対に、聖職者に対する追加保険の義務. 項GGに基づく法手続きの保障を具体化している(こ. は問題とはなっていない。 Vgl.LSG Nordrhein-. れについては、参照、 H. Weber,Der Rechtsschutz im. Westfahlen,KirchE 6,267ff. (283ff.).オーストリア. kirchlichen Amtsrecht, NJW 1967, 1641ff. (1642)。. における類似の問題を取り扱ったものとして、ガ.. したがって、ベルリン市のプレス法四条は、教会が高権. Schwendenwein, Probleme um die soziale Sicherheit. 的に活動する限りでは、教会に対しても、プレス法上の. der Priester und Ordensleute. OstArchKirchR 22,. 報道の自由を保障している(VG Berlin,JR 1972,. (1971) 3ff,; ders., Der Gedanke einer kirchlichen. 306,これについては、 H.ヴェーバーが論評を加えて.

(11) ドイツにおける基本権と教会との特殊な関係について(2). いる)。この報道の自由は、五条二項GGから生じる基 本権の帰結として、通説的には解釈されている(vgl. M.LI貯Ier,Presserecht Bd. 2 , 2.Aufl. (1968),四条. 65. Ule, Beamtenrecht (1970), §45 BRRG,Rdnr. 5.. 注74司祭及び聖職者の忠誠義務については、例えば、 参照、 O. Friedrich, Einfiihrung in das Kirchenrecht. LPG Rdnr.35);したがって結局のところ、類似の関係 において、教会から脱退するは検討されねばならない、. (1961), S. 290f., 426ff.. vgl. O. FuBn. 57.. 1969,6f.もちろん、異なった立場に立脚しているので. 注69 Vgl. H.Weber, KOrperschaften, S. 138f.,H9ff. 注70 vgl.schon H. Weber,ZevKR15 (1970)S.41; DVBl. 1970, 252f.. 注75同じ立場を採るものとして、 H.Sticker,DVBl. はあるが(vgl.O.FuBn. 10,28)。 注Vgl.Hesse,a.a.0.,S.28f.; W. Weber,a.a.0.,. S.72f.;最近、これに反対する見解として、 G.Roellecke. 注m最近、当該拘束は、-以前はほとんど異口同. , Juristische Methodenlehre und die Spatphilosophie. 音に否定されていたが、それとは異なり-ますます. Ludwig Wittgensteins, in: Festschrift fur Gebhard. 肯定されてきている。 Vgl.etwa Jurina,a.a.0.,S.. Miiller (1970), S. 323ff. (325f.).. 156ff.; Ed. Wufka, Art. 33 V GG und das kirchliche. 注77例えば、へッケルの定式への接し方の更なる展. Dienst, ZevKR16 (1971) S. 190ff. (insbes. 200ff.): H.. 開のための、 M.へッケルによる試みについては、 vgl.. Weber, ZevKR15 (1970) S. 42ff. (社団について詳細に. M.Heckel,VVDtSTRL 26, 40ff. (insbes. 41, 47f.);. 述べた箇所として、 S.123).しかし、最近、支配的見解. A. V. Campenhausen, Der Rechtsschutz der kirchlichen. を支持する判決が再び現れている、 vgl.BVerwGE 28,. Bediesteten, in: Festschrift fur E.Ruppel (1967),. 345ff. (351)-ZevKR14 (1968/69) S.156ff. (162),. S.21m. ; A. Hollerbach, Vertrage zwischen Staat und. もちろん、いかなる理由付けも為されているわけではな. Kirche in Staatskirchenrechts seit 1945, JoR n. F. 10. い。. (1961) S. 3ff. (.25H.); MayerScheu, a. a. O., S.172ff.; より詳しい論究が前掲・注38において為されている。. 注72刑罰の執行に関する連邦憲法裁判所の新しい判 汰(NJW 1972,811;これについては私の見解を参照言n JuS 1972,339f.,Nr2)を見るならば、その限りでは、 確かに特別権力関係における伝統的通説は、古めかしい ものとなっている。何故なら、特別権力関係に基づく基 本権の制限は、当該権力関係においては、 (基本権の制 限を)具体化する法律無くして、特別な地位の存在によっ て基礎付けられうるからである。しかしこのことは、以 下のことを決して変えるものではない。つまり、 基本法によって覆い隠されている-特別な地位関係 は、一般の国民の場合に許容されうる限度を越えた、法 律に基づく基本権の制限を、憲法に基づき常に是認しう るということである。したがって、このような法律の留 保は、教会の服務規程を教会が派生的自立的に規定する 場合には生じることになる。しかしそういった場合であっ ても、最近、連邦憲法裁判所は、自律的に規則を制定す ることによって基本権を制限することに対して限界線を 引いているということは、忘れられてはならない (NJW 1972, 1504;これに関しては私の見解も参照、 H. Weber,inJuS 1972, 666, Nr. 2)c先に挙げた判決に おいて取り扱われている職業別組合から教会へと、すぐ には委ねられえないのが、この主題である。何はともあ れ、この判決の影響を受けて、一三五条BRRGは、基 本権の制限の許容性を教会の職員法において確定する正 式な法律として、新たな意義を獲得している。 注73退職した職員の忠誠義務については、参照、四 五条BRRG, und dazu H. J. Wolf, Verwaltungsrecht Bd.H,3.Aufl. (1970), §113 m 2b, §114m-c.H.. 注閃vgl.H. Weber,ZevKR15 (1970) S.37..

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