序 文
風疹は,一般には全身性の斑状丘疹状発疹,発 熱,リンパ節腫脹によって臨床的に診断される.
しかし,その診断は非流行時に臨床的症状のみで は難しい.医師に風疹と診断されたことのある女 子中学生を対象に抗体検査を行うと, その 15% が 陰性であった
1).風疹と誤診するとその後予防接 種を受けず,女性の場合,将来先天性風疹症候群 の子供を持つ可能性がある.少なくとも女性では 抗体検査による確定診断を行うべきである.血清 抗体は,検査センターから結果がでるまで約 1 週
間が必要である.また風疹既感染や予防接種につ いての記憶が不確かなために抗体検査を実施する 場合,もう一度結果を聞きに来院しないといけな い.流行時にはその間に感染する可能性もあり,
迅速測定が望まれる.外国でも開発されている
2)3)が,今回我々はニチレイが作成した風疹抗体微量 迅速測定キットの信頼性と実用性について検討す る機会を得たので若干の文献的考察を加えて報告 する.
対象と方法
対象は川崎医療福祉大学および川崎医療短期大 学の看護学生および川崎医科大学医学部学生計 233 名であった.臨床実習前に抗体検査する際の
風疹抗体微量迅速測定キットの信頼性と実用性
川崎医科大学小児科
寺田 喜平 新妻 隆広 荻田 聡子 片岡 直樹
(平成 13 年 12 月 17 日受付)
(平成 14 年 2 月 13 日受理)
風疹の診断は一般的に臨床的に行われるが,我々の調査では 15% で誤診していた.先天性風疹症候群 を予防するためにも,正確に診断し抗体陰性者にワクチン接種を実施する必要がある.今回,我々はニ チレイが作成した風疹抗体微量迅速測定キットの信頼性と実用性について検討したので報告する.この 迅速キットの原理は免疫クロマトグラフィーを用い,全血 100µl,血清あるいは血漿 50µl,約 10 分で測 定できる.対象は 233 名で,風疹 IgG 抗体(ELISA 法)と比較検討した.一部は指尖部から血糖測定用 ランセットを用いてヘパリン添加ヘマト管で採血し,全血(50 名)あるいは遠心後血漿(21 名)で再度 測定した.対象における IgG 抗体陽性率は 80.7% で,1 名(0.4%)が±であった.IgG 抗体価の中央値 は平均値より低く,抗体価の低い領域を適切に評価できる対象であると考えられた.ELISA 法と比較し,
感度 99.5%,特異度 100% であった.band の濃淡と抗体価の相関は 0.48(95% 信頼区間 0.35〜0.58)と 弱かった.この迅速キットは抗体の定性検査なので,風疹の診断にはペア血清で陽性化を証明しなけれ ばならず,症例は限定される.しかし,既往歴や接種歴の記憶が不明な時には微量であるため血糖測定 ランセツトで採血でき,約 10 分で結果がでる.また,すぐワクチン接種できるので実用的と思われた.
測定は全血より血漿の方が band が明確で判定しやすかった.
〔感染症誌 76:369〜372,2002〕
要 旨
別刷請求先:(〒701―0192)倉敷市松島 577
川崎医科大学小児科 寺田 喜平
Key words: rubella, antibody, rapid diagnosis
369
平成14年 5 月20日
検査後血清を得て, 検査まで−20℃ で保存した.
倫理委員会の許可および学生の了解を得て微量迅 速キットによる検査を実施した.風疹血清抗体測 定法はデンカ生研による ELISA 法で,IgG 抗体を エスアールエルにて測定した.一部は保存血清に 追加して再度指尖部から血糖測定用ランセットを 用いてヘパリン添加ヘマト管で採血し,全血ある いは遠心後血漿を用いて測定した.
キット(Fig. 1)の測定原理は 2 ステップ反応を 用いた免疫クロマトグラフィー法で,ニチレイ
(株) が作成した. 方法は血清あるいは血漿 50
µl,
全血の場合 100
µl をサンプルウインドウに滴下 し,スタートピンをハウジング内へ折り込むよう に差し込む. 緩衝液が入った袋が破られて流出し,
約 10 分後に観察窓における band を見ることで 風疹抗体の有無が判定できる.
1)ELISA 法による風疹抗体の分布と微量迅速 検査との比較
風疹 IgG 抗体(ELISA 法)の陽性検体における 抗体価の分布について平均,標準偏差,中央値を 調 べ た.ま た 微 量 迅 速 キ ッ ト と 比 較 し,感 度
(ELISA 法陽性検体における迅速キットの陽性 率) ,特異度 (ELISA 法陰性検体における迅速キッ トの陰性率)を調べた.
2)微量迅速キットによる band の濃 淡 と EL- ISA 法による抗体価との相関
コンピューターにおけるブルー色見本を OHP 用紙に印刷を行い,それをキット観察窓の上にあ てどの色見本のところまで band が透けて見える かで判定した.濃淡の濃さを薄い色が濃い色まで 1〜8 の順に分けた.
3)指尖部からの直接採血との比較 a)分離後の血漿
ヘパリン添加ヘマト管に採血して遠心後,アン
プルカットで分割し,約 50
µl を用いて全血および 血清による結果と比較した.
b)全血
ヘパリン添加ヘマト管に採血し,採血直後にそ のまま 100
µl を用いて微量迅速キットで測定し血 清あるいは血漿の結果と比較した.
成 績
1)ELISA 法による風疹抗体の分布と迅速検査 との比較
ELISA 法による IgG 抗体の結果は陽性 188 名
(80.7%),保留 1 名(0.4%),陰性 44 名(18.9%)
であった.陽性検体における抗体価の分布(Fig.
2)は平均±標準偏差が 43.6±33.0, 中央値は 34.1 であった.一方,微量迅速キットによる結果は陽 性 188 名,陰性 45 名と判定された.ELISA 法で陽 性のうち微量迅速キット陰性と判定された 1 例 は,ELISA 法で 8.1 と低値であった.ELISA 法で 保留(±)の 1 名は微量迅速キット陽性,ELISA 法陰性はこのキットですべて陰性となった.以上 より,感度は 99.5%,特異度は 100% であつた.
2)微 量 迅 速 キ ッ ト に お け る band の 濃 淡 と ELISA 法による抗体価との相関
微量迅速キットにおける band の濃淡を 8 段階 に分け,ELISA 法 IgG 抗体価との相関(Fig. 3)を 調べた.相関係数は 0.477 (p<0.001) ,95% の信頼 区域は 0.351〜0.586 であった.
Fig. 1 A new rapid detection kit for rubella antibody produced by Nichirei Co. Japan.
Fig. 2 Distribution of positive IgG antibody titers ag- ainst rubella using an ELISA assay . The mean ± standard deviation of the positive antibody titers was 43.6±33.0;the median was 34.1.
寺田 喜平 他
370
感染症学雑誌 第76巻 第 5 号
3)指尖部から直接採血との比較
遠心分離後血漿で検査した例は 21 例, 全血では 50 例で実施した.血漿および全血で検査した場合 も結果はすべて一致したが,全血の場合 1 例にお いて観察窓に血液が残り判定できなかった.また 1 例では判定が困難ではあったが,band の判定が 見難かった.
考 察
1995 年予防接種法の改正により風疹ワクチン が女子中学生に対する集団接種から,12〜90 カ月 までの男女に対する個別接種と変更になった.そ の結果,90 カ月から中学生までの児が接種できな くなったので,2003 年まで暫定的に中学生男女も 追加対象となった.しかし,個別接種となったた め中学生の接種率は著減し,この年代における抗 体保有率の低下から,将来先天性風疹症候群の増 加が危惧されている
4).以前に女子中学生のみに 接種していた頃と比較すると,乳幼児の男女に接 種するため接種率が約 57% にもかかわらず大幅 に接種者が増加し感染力も弱いことから,現在風 疹の流行がなくなっている.流行がないことはい いことであるが,このまま予防接種率が低いまま 流行のない状況が持続すると,ワクチン接種率が 抗体保有率となる. 現在 10 歳後半以降の女性にお ける抗体保有率は約 90%
6)であるため,今後接種
率の大幅な増加がないと成人女性の抗体保有率が 低下することになる.そして抗体陰性者が蓄積す ると風疹が流行し,先天性風疹症候群の危険度が 増すと思われる. 実際,ギリシャで MMR (麻疹,
ムンプス,風疹) ワクチン接種率が約 50% の低接 種率で約 17 年間持続した結果, 風疹の流行が従来 より年齢の高い群に認め,先天性風疹症候群が増 加したと報告
7)されている. その原因として抗体陰 性者が徐々に蓄積して風疹が流行したと考えられ ている.
今回の検討において,対象の風疹抗体価分布は 中央値が平均より低く,抗体価は低い方へ偏位し ていた.高い抗体価より低い抗体価の検体におけ る評価が正確にできるかが問題と思われるので,
この対象は適切と考えられた.ELISA 法で陽性に もかかわらず陰性と判定された 1 例は 8.1 と低値
(カットオフは 4.0)であった.一方,ELISA 法で 保留 (±) が 1 例あったが,微量迅速キットで陽性 と判定された.
微量迅速キットは,ELISA 法 IgG 抗体と比較し て,感度は 99.5%,特異度 100% であったことから ELISA 法の IgG 抗体とほぼ同等と判断できた.以 前,我々が 887 名でこの ELISA 法の IgG 抗体と HI 法を比較検討したところ感度同等
8)であり,HI 法とも同じ感度と思われた.微量迅速キットは抗 体の有無をみる定性テストとして充分使用できる と考えられる.特に既往歴や接種歴が不明な人で 予防接種が必要か知りたいと希望する患者に対 し,その場で判定しワクチンの適応を決定できる ので有効である.また 100
µl という少量で測定で きるので,注射採血ではなく糖尿病血糖測定用の ランセットを用いると侵襲や痛みも少ない.
風疹抗体による診断は,ELISA 法では IgM 抗 体陽性で判断できるが,HI 法ではペア採血で陽性 化ないし 4 倍以上の増加を見なくてはいけない.
微量迅速キットでは IgM 抗体や定量的な測定は でないので 2 回測定し,陰性から陽性化を確認し なければならない.HI 抗体はおよそ発疹発現後 3
〜4 日で陽性化するので,発疹時と 1 週間以上あ けて検査をすると風疹の診断もできる.しかし,
発疹発現後 3 日以上経過している場合には,既に
Fig. 3 Correlation between IgG antibody titers ag-ainst rubella using an ELISA assay and color con- centration of bands in the rapid detection test for rubella antibody . The correlation index was 0.48
(0.35〜0.58 at 95% confident range)(p<0.001).
風疹抗体微量迅速キットの信頼性 371
平成14年 5 月20日
陽性となっている可能性のため,ELISA 法でない と確定診断できないこともあり得る.そのため,
風疹の診断については微量迅速キットでは制限が あり,キットで IgM 抗体も同時に検査できるとさ らに有用となる.
この論文の要旨は,第 33 回日本小児感染症学会(宇部)
にて発表した.
文 献
1)寺田喜平,新妻隆広,大門祐介,荻田聡子,田中 浩行,河野祥二,他:風疹ワクチン接種率低下に 対する啓発運動の効果と風疹抗体保有率.日本小 児科学会雑誌 1999;103:916―20.
2)Parry RP, Love C, Robinson GA:Detection of ru- bella antibody using an optical immunosensor. J Viro Methods 1990;27:39―48.
3)Arroyave CM:Diagnostico rapido de rubeolay sarampion por el metodo de immunoensayo en
mancha. Bol Med Hosp Infant Mex 1993;50:
399―405.
4)寺田喜平,森 玲子,河野祥二,片岡直樹:予防
接種法改正後の風疹ワクチン接種率と先天性風 疹症候群の危惧について.日本小児科学会雑誌 1997;101:1713―4.
5)磯村思无:全国市町村における風疹ワクチン接 種 方 式 と 接 種 実 施 率.病 原 微 生 物 検 出 情 報 2000;3:21.
6)国立感染症研究所感染症情報センター http:!!
idsc.nih.go.jp!index-j.html 免疫状況,風疹,2000.
7)Panagiotopoulos T, Antoniadou I, Valassi-Adam E:Increase in congenital rubella occurrence af- ter immunisation in Greece : retrospective sur- vey and systematic review . BMJ 1999 ; 319 : 1462―7.
8)Terada K, Niizuma T , Kataoka N , Niitani Y : Testing for rugella-specific IgG antibody in urine.
Pediatr Infect Dis J 2000;19:104―8.
Practicability and Reliability of a New Rapid Detection Kit for Rubella Antibody Kihei TERADA, Takahiro NIIZUMA, Satoko OGITA & Naoki KATAOKA
Department of Pediatrics, Kawasaki Medical School
We have investigated the practicability and reliability of a new rapid detection kit for rubella an- tibody by means of an immunochromatographic assay. This kit can measure 100
µl of total blood or 50
µl of serum or plasma in approximately 10 minutes. When a band appears in this kit, a sample is posi-tive. The subjects of this investigation were 233 medical students or nursing students. Blood was also drawn from their fingertips of 71 of them. The blood was obtained with a lancet for measuring blood sugar. By an ELISA assay using IgG antibody for rubella, 188 samples(80.7%)were found to be posi- tive, 1 sample(0.4%)was±, and 44 samples(18.9%)were negative. The positive IgG antibody tit- ers deviated toward the lower levels since the median was lower than the mean. Therefore, the sub- jects were appropritae for evaluation of low titer samples. In comparison with the measurement of IgG antibody using the ELISA assay, the sensitivity and specificity levels of this new kit were 99.5%
and 100%, respectively. The correlation index between the antibody titers and color concentration of the band was as weak as 0.5(0.35〜0.58 at 95% confident range) . Seroconversion of the antibody in paired samples is necessary for diagnosis of rubella in this kit. However, if there is an uncertain past history of vaccination and
!or rubella, this kit is useful for evaluating the need for vaccination in 10 minutes. It usually takes approximately one week to receive antibody results through a commercial laboratory.
寺田 喜平 他
372
感染症学雑誌 第76巻 第 5 号