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雑誌名 国立民族学博物館研究報告

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中国辺境諸民族の文化と居住地 : エーバーハルト 説の紹介と評価 : そのII. 南方辺境諸民族

著者 大林 太良

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 20

号 3

ページ 455‑500

発行年 1996‑02‑06

URL http://doi.org/10.15021/00004182

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大林  中国辺境諸民族の文化 と居住地

中 国 辺 境 諸 民 族 の 文 化 と居 住 地 一一 工一パーハル ト説の紹介 と評価      その皿.南 方辺境諸民族

Ethnic Groups in Border Regions of China in Historical Times:

An Appraisal of "Kultur and Siedlung der Randvolker Chinas"

by Wolfram Eberhard.

Part II: Ethnic Groups in Southern Regions

Taryo OBAYASHI

Kultur and Siedlung der Randvolker Chinas by Eberhard is a classic in the historical ethnology of China, in which he put together a great amount of material and analysed and classified ethnic groups in the border regions of China in historical times. Peoples in the border regions of the south were classified by him into 11 categories: (1) the Chuang peoples, (2) the Yao peoples, (3) the Li peoples, (4) the Kelao peoples, (5) the Liao peoples, (6) the Miao peoples, (7) the Pa peoples, (8) the Paiman peoples, (9) the Tan peoples, (10) the Yueh peoples, and (11) other peoples. In addition to these, two other categories from among the ethnic groups of the western border regions, i.e. (1) the Fan peoples and (2) the Wuman peoples, should be taken into consideration in the discussion of his conception of the ethnic and cultural history of southern China.

Each category of southern peoples represents a culture complex, characterized by a series of culture features, among others the type of subsistence economy. Eberhard recognizes the Yao peoples with swid- den cultivation, and the Chuang peoples, equivalent to the Tai culture of his Lokalkulturen, with rice cultivation in wet fields, as two major and

東京女子大学,国 立 民族学博物館共同研究員

Key Words : southern China, historical ethnology, classification of peoples, culture complex, Eberhard

キ ー ワ ー ド:中 国 南 部,歴 史 民 族 学,民 族 分 類,文 化 複 合,エ ー バ ー ハ ル ト

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国立民族学博物館研究報告  20巻3号

fundamental categories, while most of the others, excepting perhaps the Liao, according to him, are either derivatives from these two fundamen- tal ones or later developments resulting from a mixture of one or both of these major ones with each other or some others. This theory seems to be sound in the main. He includes with foresight the Yueh and the Pa in his research on the southern peoples.

In spite of these merits, the volume contains some shortcomings and views hard to accept. He often relies not on primary sources but on secondary compilatory works for the material. He treats the Yao and the Miao separately, without paying due attention to the fact that both belong to the same family linguistically. Generally speaking, Eberhard's hypotheses concerning the linguistic position of each category are weakly founded, and sometimes quite disputable, such as the supposition that the Yao and the Yueh are Austronesian speakers and the Liao Austroasian speakers.

He gives no serious consideration to interethnic relations between the Han Chinese and the border peoples. He also underestimates the changes which took place in the ways of life of the peoples through the ages, particularly the change from swidden cultivation to wet rice agriculture among many peoples in the south during the period from the Tang through the Sung ages.

Eberhard's investigation certainly has a series of points open to criticism, yet it retains its position as a classic in the ethnic and cultural history of China, with its wealth of information and, last but not least, numerous insights and suggestions for further research.

1.は じめ に

2.エ ーバ ーハ ル トY'よ る南 方 辺境 諸 民 族   a。 チ ワソ諸 民 族

  b.ヤ ナ諸 民 族   c.  リ諸 民 族   d.ケ ラオ諸 民 族   e.  リ ャオ諸 民 族   f.  ミ ャオ諸 民 族   g.巴 諸 民 族   h。 白蛮 諸 民 族   i.頚 諸 民 族   j.越 諸 民 族   k.そ の他 諸 民 族

  1.南 方 辺 境諸 民 族 の構 成 3.西 方 辺 境 の二 つ の 民族 群   a.番 諸 民族

  b.烏 蛮 諸 民族 4.諸 地 方 文 化 との 比較 5,エ ーバ ー ハル ト説 の 問題 点   a.一 般 的評 価 と批 判   b.ミ ャ オ=ヤ オ諸 民 族   c.越 と ヤオ とタイ

4.巴 と蛮 と僚 と   e.番 とは何 か   f.白 蛮 と烏蛮 6.結

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大林  中国辺境諸民族 の文化 と居住地

1.は に1)

  ヴ ォル フ ラ ム ・エ ーバ ー ハ ル トの 『中 国 辺 境 諸 民 族 の 文 化 と居 住 地 』[EBERHARD 1942a】 は,中 国 大 陸 の民 族 史,文 化 史 へ の 注 目す べ き貢 献 であ っ た。 私 は別 稿 に お い て 同書 の 大 筋 の 紹 介 と,全 体 的,一 般 的 な 評価 を試 み た 【大 林  1995】。 しか し,同 書 や そ もそ もエ ー/¥ハ ル トの構 想 の本 格 的 な 検 討 は,こ の よ うな一 般 的,全 体 的 な

もの だ けで は 充 分 で は な い。 個 別 的 な 問題 に つ い て の彼 の見 解 を詳 し く吟 味 して は じ め て,エ ーバ ー ハル トの研 究 の本 格 的 な評 価 も可 能 で あ り,ま た 彼 の 労 作 に含 まれ た 興 味 深 い着 想 を 我 わ れ が さ らに発 展 させ て い くこ と も可 能 に な るで あ ろ う。 そ の よ う

な意 味 で,私 は こ こに 同書 の南 方 辺 境 諸民 族 につ い て の 部分 を取 り上 げ,検 討 して み る こ とに した い。

2.エ ー バ ー ハ ル トに よ る 南 方 辺 境 諸 民 族

  『中 国辺 境 諸 民 族 の文 化 と居 住 地 』 は,中 国史 上 に 登 場 す る800種 の辺 境 諸 民 族 を 大 き く北 方 辺境 諸民 族,西 方 辺境 諸 民 族,南 方辺 境 諸 民 族 に 分 け,そ の ほか伝 説 的 諸 民族 と古 代 諸 民 族 とい う部 類 を 立 て て い る。 古代 諸 民族 とい うの は漢 代 以前 の辺 境 諸 民族 の こ とで あ る。

  こ こで我 わ れ が取 り上 げ る南 方 辺 境 諸 民 族 は,(Dチ ワ ン(狸)諸 民 族,(m) ヤ オ(狢)諸 民 族,(n)リ(黎)諸 民 族,(o)ケ ラオ(屹 猪)諸 民 族,(p)リ オ(猿)諸 民 族,(q)ミ ャオ(苗)諸 民族,(r)巴 諸 民 族,(s)白 蛮 諸 民 族,(t) 螢 諸 民 族,(u)越 諸 民 族,(v)そ の 他 の 諸 民 族 の11小 群 に 分 け られ て い る。 これ か らこの順 で紹 介 す る こ とに し よ う。

a.チ ワ ソ諸 民 族

  エ ー バ ー ハ ル トが チ ワ ン 系 民 族 と して 挙 げ た の は,次 の25民 族 で あ る 。f乞猛,一 ド猶 狛 家,清 江 沖 家,清 狛 家,青 沖 家,猿,紳 家,黒 狛 家,黒 獲,狗 耳 竜 家,老 樋(老 樋), 竜 家(苗),馬 鐙 竜 家,木 邦,狼(儂),白 沖 家,白 竜 家,補 竜 沖 家,沙 人,大 頭 竜 家, 曾 竹 竜 家,洞 家 苗,嗣(→ 洞),洞 苗,ろ 羊人 【EBE㎜)1942a:176‑192】

1)本 論 文 は1994‑1996年 度 文 部 省 科 学 研 究 費 「多 民族 国 家 ・中 国 に おけ る民 族 関 係 につ い て   の総 合的 研 究 」(代 表 者   塚 田誠 之,課 題 番 号06044239)に よる研 究 成果 の 一部 であ る。

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国立民族学博物館研究報告  20巻3号

  これ を見 て もわ か る よ うに エ ー・ミーハ ル トの チ ワン系諸 民 族 は大 体広 西 の タ イ系 諸 民 族 で あ る。 た だ 貴 州 の 各種 の 「竜 家 」 は,系 統 が 現 在 も不 明 で あ るか ら,す べ て が タイ 系諸 族 とは 言 え な い 。 それ は と もか く と して,彼 に よれ ば,こ れ ら25種 族 は 本 質 的 に は統 一 的 な文 化 を も って い る。 これ らの文 化 は タイ文 化 と見 な して よい。 報 告 は 比較 的遅 くは じま り,宋 代 に な って か らで現 代 に至 る まで の も の であ る。 遅 くな って 登 場 した理 由は,チ ワソ諸 族 が居 住 す る今 日の広 西,貴 州 の両 省 は,漢 民 族 に よって 遅 くな っ ては じめ て 開発 され たた め で あ る。 唐 代 の資 料 は な るほ ど広 西 を知 って は い るが,チ ワン諸 民 族 に つ い て は何 も これ と言 った 報 告 を して い な い。 エ ーバ ーハ ル ト は別 の方 法 論 で 行 な った 『古 代 中国 に お け る地 方 文 化 』 の研 究 に も とつ い て,チ ワ ン 諸 族 はか つ て は は るか北 に住 ん で い た の で,そ の た め 彼 らは大 変 急 速 に 中 国高 文 化 の 組 織 の 中 に くみ 込 まれ て しま った の だ と想 定 しな くて は な らない と言 って い る。 お ま け に 彼 らは北 部 諸 地 域 で も,た だひ と りで住 ん で いた の で は な く,ヤ オ諸 族 や 越 諸 族 と混 ざ って住 ん で い た の で,古 代 に お い て民 族 的 単 位 と して は現 わ れ なか った の であ る。 広西 に おい て 漢 族 植 民者 は,ま だ タイ族 が残 って い た の を見 出 し,特 別 の群 と し て 認 め,取 り扱 った の で あ った。

  これ ら南 方 のチ ワ ソ諸 族 の文 化 は,一 種 の農 耕 文 化,多 分 主 と して 水稲 耕 作 を 伴 っ た 文 化 で あ る。 た だ 山 中 に圧 迫 され た場 合 は違 う。 他 の諸 文 化 と対 照 を な す この文 化 の 特徴 は次 の とお りで あ る。

  経 済形 態 一 水 稲 耕 作 を行 な い河 谷 に拡 が り,で き る限 り山地 を 避 け る。 牛(あ        い は 水 牛)は 重 要 だ が,生 産 手 段 と して よ りもむ しろ 主 に価 値 の尺 度       と して重 要 で あ る。

  社 会組 織 一 ク ラ ンが 存在 す るが,漢 族 と違 って,必 ず し も外 婚 が 支配 的 な の では       ない 。 通 常 は祖 先 祭 祀 が あ る。 結 婚 は 仲 介者 な しに,ふ つ う祭 りの 時        に 自 由に 決 め られ る。 しか し妻 は最 初 の 子供 が生 れ る まで彼 女 の両 親        の と こ ろ に と どま っ て い る(つ ま り不 落 夫 家 で あ る)。 そ の 時 に な っ        て 彼 女 は や っ と夫 の家 に移 り住 み,結 婚 した と見 な され る。 豊 穣 儀 礼       と性 的 自由 を伴 う春 の祭 り(歌 垣)が 催 され る。恋 人 同士 の ま り投 げ,        帯 の 交 換 は,と もに 同意 の しる しであ る。 祭 りの 時 に踊 と歌 競 争 が あ       る。 祭 りの 時 は柱 立 て が 行 なわ れ る。

  宗    教 一 報 告 が ほ とん どな い。 呪 術師 が お り,動 物 へ の変 身 へ の信 仰 が あ る。

       盛 毒 が極 め て特 徴 的 で あ る。

  死 者 祭祀 一 火 葬 と並 ん で棺 が あ り,二 次 的 に棺 を 放棄 す る こ とが行 なわ れ る。 し

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大林  中国辺境諸民族の文化 と居住地

        か し火 葬 は 二 次 的 な 習 俗 ら しい 。

物 資 文 化 一 高 床 家 屋(欄)。 蝋 結 染 め(バ テ ィ ク)と 餅 染 め(イ カ ッ ト)。 しば し        ぼ プ リ ー ツ の あ る 短 い ス カ ー ト,髭(Chui。Frisur)。 文 身 。 帽 子 あ る        い は タ ーバ ソ。 飲 む た め の 吹 管 あ る い は 鼻 飲 。 弩 。 水 を 好 む 。   こ の 文 化 は 多 くの 場 所 で ヤ オ 文 化 に よ っ て ひ ど く重 層 さ れ て,そ の 結 果 変 容 して し ま っ た 。 他 の 地 点 で は こ と に よ る と チ ワ ン文 化 の 影 響 を うけ て で き た ミ ャ オ 文 化 に よ

り,逆 に チ ワ ン族 が 影 響 を うけ た ら し い 【EBERHARD  1942a:195‑196】

b.ヤ オ 諸 民 族

  エ ーバ ーハ ル トは,ヤ オ系 民 族 と して 次 の40民 族 を取 り上 げ た 。 長髪 瑠,曲 江 瑠, 住 瑠,黒 瑠,番 民,花 藍瑠,花 肚 瑠,紅 頭 瑞,紅 瑠,狗 瑠,過 山瑠,藍 雷,藍 碇 瑠, 令 勾 瑠,流 瑠,羅 労 璃,梅 山蛮,莫 瑠,納 垢,八 砦 瑠,白 瑠,藥 瓠 蛮,葉 古 瑠,板 瑠, 平 地 瑠,山 子,山 瑠,上 山瑠,大 良瑠,藤 峡 瑠,頂 板瑠,汀 瑠,堕 民,嗣 瑠,外 瑠, 五 渓 民(蛮?),武 陵蛮,五 水 蛮,武 寧 蛮,瑠 で あ る 【EBERHARI)1942a:196‑216]20   これ ら諸 族 に つ い て の記 述 を も とに,エ ーバ ー ハル トは ヤ オ系 諸 族 は み な統 一 的 な 文 化(einheitliche Kultur)を もち,し た が って一 括 す るの は 正 当 だ と考 え た 。   ヤ オ系 諸 族 は は じめ蛮 とい う名 で今 日の 湖 南 省 に 出現 し,宋 代 以 後,瑠 とい う名 で

雲南 や 四 川 か ら漸 江 に いた る まで広 く分 布 して い る。

  ヤ オ族 が どの 大 民族 群 に 入 るの か言 うの は 難 しい。 彼 らが言 語 的 に しぼ しば タ イ 系 諸族 に 同化 した こ とは,何 事 も証 明 しない 。 漸 江 の ヤ オ族(堕 民)は そ の 言 語 を完 全 に放 棄 し,中 国 語 を話 して い るの だ。 そ れ 以 外 に も,タ イの 影響 は ヤ オ系 諸 族 の文 化 に及 ん だ こ とが 予 想 され,実 証 され て い る。 彼 らの文 化 は オ ース トロア ジ ア語 族(中 国南 西 の ワ族 な どの 彼 の い わ ゆ るk群)と 共 通 す る と ころ は 多 くな い 。 そ こ で エ ー バ ーハ ル トは,ヤ オ系諸 族 を オ ース トロネ シ ア諸族 の初 期 の一 つ の群 だ とい う説 を 提 案 した の で あ った 。

  ヤオ 系諸 民 族 の文 化 は エ ーバ ーハ ル トに よれ ぽ 次 の よ うに要 約 で きる。

  経 済形 態 一 焼 畑 耕 作 を伴 った 山地 生 活 。 これ は 居住 地 を しば しば移 転 す る こ とを       余 儀 な くさせ る。 これ と並 ん で狩 猟 と採 集活 動 が 行 なわ れ る。 主 と し       て イ モ類 が栽 培 され る。

  社 会 組 織一 首 長 制 も部 族組 織 も本 格 的 に発 達 して お らず,反 対 に 父系 的 な ク ラ ソ 2)エ ーバ ーハ ル トは 当時 常 用 され て い た狢 の字 を用 いて い るが,こ こで は今 日の用 法 に従 い   瑠 に 改 め た 。 同様 な措 置 は 以下 の他 の 民 族 名 の表 記 に つ い て も行 な った 。

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国立民族学博物館研究報告  20巻3号

       が強 固 に 発達 して い る。 外婚 制 が行 な わ れ,交 叉 イ トコ婚 もまれ で な        い。 豊 穣儀 礼 の性 格 を もち,性 的 自 由を 伴 った舞 踊 祭,掛 け合 い歌,       自由結 婚 。 結婚 式 は 子 供 が 生 れ て は じめ て行 なわ れ る。 成年 式,一 種        の シ ャマ ニズ ムが あ る。

宗    教一 犬 神 薬 瓠 の 崇拝,犬 に つ い て の タ ブ ーが あ る。また虎 に つ い て の タa7一       と虎 崇 拝 もあ る。 年 末 に 灘,つ ま り精 霊 を 追 い 出す 儀 式 が 行 なわ れ,        そ の際,仮 面 仮 装 者 が 登 場 す る。 位 牌 は な い が祖 先 崇 拝 は あ る。

  死 者 祭 祀一 棺 に いれ る埋 葬 。 棺 は お そ ら く元 来 は 簡 単 な 木 の幹 を く り抜 いた だ け       の も のだ った ろ う。

  物 質 文 化一 一平 た い土 地 に建 てた 一 階 建 の 家 で,居 住 用 テ ラスを 伴 って い な い。 家       の 中心 を な す の は炉 で,そ の まわ りに 人 々は寝 る。 方 形 家屋 の一部 分       が炊 事 用 に使 わ れ る。 こ こは 前 の炉 とは 別 の炊 事 用 の 火 が あ る。 家屋       は おそ ら くた ん に小 家 族 一 つ だ け に対 して の もの であ る。 幅狭 い布 で        作 った 短 い ス カ ー ト。 裸 足 で歩 行,精 巧 な髪 かた ち。 衣 服 は しぽ しば        犬 祖 神 話 と関 係 が あ る。 背 の 荷 ㈱ 帯 で 運 ぶ 田B‑1942a:

       22  221]o

  そ の ほ か,エ ーパ ーハ ル トが ヤ オ系 諸 文 化 に つ い て述 べ て い る こ との 中 で重 要 な こ とは,ヤ オ 系諸 民 族 とそ の文 化 の形 成 に つ い て の彼 の説 で あ る。 エ ーバ ーハ ル トは焼 畑 耕 作 とい う経 済 形 態 と,父 系 ク ラ ソ組 織 を ヤ オ諸 族 に と って典 型 的 な もの と見 な し て い るが,そ れ 以外 の構 成 要素 も考 え て い る。

  a.チ ワ ソ文 化,つ ま りタイ 系諸 族 の文 化 か らの要 素 。 タ イ系 諸 族 とヤ オ系 諸 族 は しば しば 一 緒 に住 み 接 触 して きた。 そ の結 果,ヤ オ族 は 所 に よ っては タイ 系諸 族 の 衣 服 を 受 容 し,一 部 は 水 田稲 作 も受 容 した 。 更 に,牛 が ヤオ 族 の と ころで 特 に重 要 な場 合 が あ るが,エ ーバ ーハ ル トの推 測 で は これ は ヤ オ族 固 有 の もの では な く,タ イ 系諸 族 との 接 触 を通 じて,こ とに よ る と越 文 化 との接 触 に よ って も,ヤ オ族 の と ころに 入

って きた もの な ので あ る。

  b.そ の 他 。 ヤ オ族 で は 新 年 は7月(マ マ)14日 か15日 だ った ら し く,ヤ オ族 の一 番 重 要 な 神 で あ る藥 瓠 へ の供 犠 も,こ の 日に 行 なわ れ た もの ら しい。 これ か ら見 て満 月 を 基 準 にす る暦 が あ った ら しい。 ヤ オ族 に 元来,固 有 の暦 が あ った か否 か は問 題 で あ るが,後 に な る と満 月暦 とそれ に 属 す る年 中行 事 が 彼 らの文 化 にす っか り根 を 下 ろ した 。 盤毒 や さま ざ まな 占い の方 法 が ヤオ 文化 に帰 属 す る ものか ど うか に つ いて は, エ ーバ ーハ ル トは確 信 を も って い ない 。

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大林   中国辺境諸民族の文化 と居住地

  布 の 幅 が 狭 い た め の 短 い ス カ ー トを 穿 く習 慣 は,リ(黎)諸 族 に も あ る 。 し か し, 布 を 縦 に す れ ぽ ス カ ー トを 長 くで き る わ け だ か ら,原 始 的 な 織 機 で 幅 の 狭 い 布 しか 出

来 な い か ら 必 ず 短 い ス カ ー トと い うわ け で は な い 【EBERHARD  1942a:218‑219]。

c.リ 諸 民 族

  エ ーバ ー ハ ル トは リ(黎)諸 民族 と して,産 里,猫,黎,僅,里 の五 つ を挙 げ た

【EBERHARD  1942a:221‑226]。 これ らは 中 国人 に よ って互 い に親 縁 だ と見 な され た 民 族 で あ って,海 南 島,そ の 他広 東 と広 西 の一 部 に住 ん で い る。 た だ 産 里 だ け は雲 南 省 西 南 部 と ミャ ンマ ーに 住 む と報 ぜ られ,資 料 不 足 のた め,中 国人 が 言 うよ うに リ群 に 入 るか ど うか証 明 で き ない 【EBERHARD  l 942a:227】。

  リ諸 民 族 の文 化 は宋 代 ご ろか ら知 られ て お り,今 日で は チ ワ ソ族 の文 化 に 極 め て近 い親 縁 関 係 を も って い る よ うに 見 え る。それ に も拘 らず,エ ーバ ーハ ル トの考 え では, 純 粋 な チ ワソ文化 と呼 ぶ のは 適 当 で な い。 リ文 化 中 には,ヤ オ 文 化 に結 びつ く諸要 素 が あ る。 中 国 人 は これ を感 じと り,時 には チ ワ ソ族 もヤ オ族 も リ族 か ら分 れ た の だ と 言 った りす る。 最後 に,リ 文 化 の 中 に は リ ャオ文 化 の諸 要 素 も含 まれ て い る,と 彼 は 信 じて い る。 そ こで,エ ー バ ー ハル トは,元 来 は ヤ オ族 と親 縁 だ が,リ ャナ族 とも何 か の 関連 を もつ 民 族 だ った のが,後 に な って チ ワソ族 に よ って極 め て 強 く重 層 され, そ の結 果 ほ とん ど 自 らの文 化 を放 棄 して チ ワ ソ化 す るに至 った のだ,と 想 定 して い る。

  リ文 化 の もっ とも重 要 な 特徴 は 次 の とお りで あ る。

  経 済形 態 一一畑 作 作 物 の 栽培,そ れ と並 ん で狩 猟 。 牛(あ る い は水 牛)の 著 しき強        調 。

  社 会 組織 一 きわ だ った 種 族組 織 な い し ク ラ ソ組 織 は な い 。 した が って 無 条 件 的 な        外 婚 制 もな い。=豊穣 儀 礼 と性 的 自由を 伴 う春 の祭 。若 者 宿 。 自由結 婚。

       結 婚 は子 供 の出 産後 発 効 す る。

  宗     教一 牛崇 拝 と牛 供 犠 。 近 代 の ヨー ロ ッパ人 の報 告 に よ る と牛角 を 柱 の上 に        挿 す 。 盤呪 術 。

  死者 祭 祀 一 報 告 な し。

  物 質文 化 一 欄 家 屋(高 床 家 屋)で 丸 天 井 の屋 根 がつ いて い る。貫 頭 衣,短 い ス カ ー       ト,そ れ に並 ん で桶 状 ス カー ト。 籐 の 帯。 大 きなか ん ざ し,吸 い筒 。       銅 鼓 と鼓 祭 。 卵 占 い。 文 身,竹 の弦 の つ い た 弓 【EBERHARI)1942a:

      228‑229]o

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国立民族学博物館研究報告  20巻3号

d.ケ ラ オ 諸 民 族

  エ ーバ ー ハル トは ケ ラオ(f乞 倦)諸 民 族 と して 次 の17を 挙 げ た 。 岐,佗 人,佗 倦, 佗 猫 苗,勇 毛 佗 倦,猪 矢 佗 倦,苗 佗倦,紅 佗 倦,狸 倦,猫 兜,鍋 圏 佗倦,休 倦,被 炮 f乞倦,水 佗 倦,打 牙 佗 倦,土f乞 倦,桶 桶f乞倦 であ る 【EBERHARD  1942a:229‑235】。

  エ ーバ ーハ ル トは,ケ ラオ諸 民 族 は 起 源的 には リャオ族 と一 緒 だ った蓋 然 性 が 高 い と見 る。 しか し,リ ャオ族 に とって 典 型 的 な文 化 要素 を ケ ラオ諸 族 は 沢 山 は保 存 して いな い 。 た だ成 年 式 儀 礼 と しての 抜 歯 だ け で あ る。 リャオ諸 族 と共 通 の,そ して ヤ オ 族 と も共 通 の習 俗 は 棺 を放 棄 す る こ とで あ る。 リャオ諸 族 と共 通 で あ る が,他 の 民族

に もあ るの は貫 頭 衣 であ る。

  ケ ラオ 諸 族 と リャオ族 との相 違 点 は,弓 矢 を も って い る こ と,平 地 方形 家 屋,竜 崇 拝 な どで あ る。 こ とに よ る と ケ ラオ文 化 は チ ワ ン文 化 や ヤ オ文 化 の要 素 が著 し く重 層 した た め 変 容 した古 い リャオ文 化 と見 な して よか ろ う。 これ に うま く合 うのは ケ ラ オ 諸 族 が リャオ諸 族 の古 い分 布 地 域Y'住 ん で い るが,南 の チ ワ ン族 の 古 い領 域 に入 って

くる と,一 層 チ ワ ソ族 に よ って変 容 して い る こ とで あ る。

  ケ ラ オ文 化 の特 徴 は次 の とお りであ る。

  経 済 形 態一 農耕 だが,い か な る形 式 か は正 確 に は 判 って い な いが,お そ ら く焼 畑        耕 作 で はな か ろ う。 牛 飼 育,狩 猟 。

  社 会 組 織一 必 ず しも外 婚 は行 なわ な い。 自 由結 婚 。子 供 が生 れ てか らの結 婚 式 。   宗 教一 竜 崇 拝 。 お そ ら く虎 崇 拝 もあ る。

  死 者 祭 祀一 丸 木製 の棺 。 これ は後 に 放棄 す る。 時 に は 火葬 。 位 牌 あ り。

  物 質 文 化 一 畑 を伴 う方 形 地 上 家 屋 。貫 頭 衣 。 時 に は 桶 状 ス カ ー トと腰 布Huft‑

       tuch。 不 潔 。 弓 矢[EBERHAR])1942a:236「237】 e.  リ ャ オ 諸 民 族

  エ ー バ ー ハ ル トは 次 の8民 族 を リ ャ オ 系 民 族 と して 挙 げ た 。 飛 頭 僚,僚,木 篭 僚, 南 平 蛮,鼻 蛮,山 僚,守 宮 僚,土 僚 で,四 川 か ら貴 州,雲 南,湖 南,江 西,・福 建 を へ て 広 東,広 西Y'及 び,時 代 も 漢 代 か ら 現 代 に 及 ん で い るIEB㎜D  1942a:

237‑246】 。 な お 僚 と い う字 はlaoと い う発 音 が 正 し い が 【r中国 少 数 民 族 』 編 写 組 1981:490],エ ーバ ー ハ ル トはLiaoと 記 して お り,ま た ラ オ ス の ラ オ 族 と の 混 同 を 避 け る た め に も,私 も エ ー バ ー ハ ル トに 従 っ て リ ャ オ と 記 す こ と に した い 。

  エ ー パ ー ハ ル トは リ ャ オ 文 化 の 特 徴 を 次 の よ う に ま と め て い る 。

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大林  中国辺境諸民族 の文化 と居住地

経済 形 態 一一 焼 畑 耕作 あ る い は狩 猟(漁撈)だ け 。 家 畜 と して は おそ ら くと りわ け         豚 と犬 。 牛 は後 に な って つ け 加わ った(こ の こ とは ケ ラオ に もあ て は       まる)。

 社 会 組織 一 部 族 も クラ ソ もな く,首 長 もな く,例 外 的 な 場 合 に一 種 の指 導 者 制 が        あ る。 クー ヴ ァー ド,i数種 の イ ニ シエ ー シ ョン。

 宗    教 一 呪術 信 仰,頭 蓋 崇 拝,人 狩 りお よびか つ ては 食 人 俗 。

 死 者 祭 祀一 棺 。 これ は 放 棄 され るか,そ れ と も立 った ま ま埋 葬(以 前 は屈 葬?)。

 物 質 文 化一 干欄 家 屋(高 床 建 築)で 破 風 側 に 入 口,つ ま り妻 入 りで あ る。 ポ ンチ       ョ(貫 頭 衣),手 で食 べ る。 青 銅製 容 器 と銅 鼓(後 に は)信 号 楽 器 と       して の角 。 弓 な し。 た だ槍 と楯 と刀 の み。 新 生 児 は 水 中 に 置 か れ る。

  そ して エ ーパ ー ハル トに よれ ぽ,リ ャオ は南 部 に お い て のみ チ ワ ソ族 の影 響 を受 け た の で あ っ て,チ ワ ソ族 と リ ャオ族 の間 には 次 の よ うな文 化 的 相 違 が あ る。クー ヴ ァー ド,イ ニ シ エ ー シ ョ ン儀 礼 と して の抜 歯,部 族組 織 や ク ラ ン組 織 が 完 全 に欠 如 して い る こ と,妊 娠 期 間 が短 い と称 され てい る こ と,新 生 児 を 水 中 に 入れ る こ と,干 欄 と呼 ば れ る家屋 形 式,頭 蓋 崇拝 。以 上 はす べ て,こ の形 で は チ ワ ソ族 には ない もの で あ る。

また リャオ 族 は 水 田耕 作 を 行 な わず,河 谷 居 住 の 明瞭 な偏 好 を も って い な い。 価 値 尺 度 と して の 牛 が な い。 豊 穣 儀 礼,歌 合 戦,帯 の 交換,球 戯,踊 りを 伴 った春 の祭 り,

これ は す べ て な い 。藪 繕 染 め,イ 緕 卜染 めは 報 告 され て い な い。 ス カ ー トの ひ だ も報 告 が な い 。 一 種 の 洗 礼 を 除 く と水 を 好 む こ と は ど こ に も 語 られ て い な い 。

  こ の よ うに リ ャ オ 文 化 は チ ワ ソ文 化 と相 違 して い る 。 他 方 で は ヤ オ 文 化 と の 類 似 点 と し て は,犬 の 尊 重 が あ る 。 しか し リ ャ オ と ヤ オ と の 類 似 よ り も 相 違 の ほ う が 大 き く, 類 似 は 接 触 の 結 末 と 思 わ れ る 。

  エ ー パ ー ハ ル トは リ ャ オ は オ ー ス ト ロ ア ジ ア 諸 族 と 若 干 の 親 縁 関 係 を もつ が,肌 色 が あ ま り黒 く な い 点 が 違 う と記 して い る が,オ ー ス ト ロ ア ジ ア 語 族 と の 共 通 要 素 が 何 か は 明 記 し て い な い 。 そ れ に も拘 ら ず,彼 は リ ャ オ は オ ー ス トロ ア ジ ア 語 族 の 古 い 群 が,タ イ 語 族 に よ っ て 大 変 強 く,か つ 早 くか ら影 響 を 受 け,ま た ヤ オ 族 に よ っ て も 変 化 を 加 え られ た も の で あ る と 考 え る 。 ヶ ラ オ 族 は リ ャ オ と近 い 親 縁 関 係 に あ る ら し い[EsERxAxn  1942a:249‑250]。

f.  ミ ャ オ 諸 民 族

  エ ー パ ー ハ ル トは 次 の65民 族 を ミ ャ オ 系 民 族 と して 取 り扱 った 。 長 脚,鎮 草 苗,尖 頂 苗,赤 苗,清 江 黒 苗,箒 苗,青 苗,九 股 苗,九 名 九 姓 苗,車 塞 苗,穿 青 苗,川 苗,

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国立民族学博物館研究報告  20巻3号 漢 苗,黒 脚 苗,黒 種 苗,黒 櫻 苗,黒 苗,黒 山苗,黒 生 苗,西 渓 苗,西 苗,萌 藍 苗,花 衣 苗,花 苗,花 背 苗,黄 斑 苗,紅 江 苗,洪 州 苗,紅 花 苗,紅 苗,高 披 苗,高 山苗,克 孟 拮 羊 苗,谷 藺 苗,樟 福 苗,郎 慈 苗,櫻 居 黒 苗,麻 陽 苗,費 耶 苗,茄 頭苗,苗,黒 苗,入 塞 黒 苗,白 苗,扁 頭 苗,平 伐 苗,山 苗,生 苗,水 家 苗,水 西苗,宋 家 苗,察 家, 草 塘 苗2柴 墓(姜)苗 乳短裾 苗,洞 苗,洞 患 苗,雅 雀 苗, 一牙 伐 苗,.鴨 子苗,楊 保 苗, 楊 洞 羅 漢 苗,夫 苗,爺 頭 苗,巖 苗 で あ る 【EBE㎜)1942a:250‑270】

  これ ら諸 族 に つ い て の文 献記 録 を も とに,エ ーバ ーハ ル トは ミャオ系 諸 族 に つ い て, 次 の よ うに論 じて い る。

  彼 は ヤ オ系 諸 族 に つ い て は,統 一 的 な文 化 を も ってい る と考 え た が,こ れ に反 して, ミャオ系 諸 族 につ い て は,統 一 的 な文 化 を もたず,極 め て さ まざ まな要 素 の 混 合 が認 め られ る と論 じて い る。 この混 合 に お い て は チ ワ ン(タ イ)系 要 素 とヤ オ系 要 素 とが 圧 倒 的 で あ る ので,エ ーパ ー ハル トは,ミ ャオ族 は元 来 は ヤ オ族 だ った が,タ イ 系諸 族 と大 幅 に混 合 し,さ らに ミャオ族 の 祖先 の番 の場 合 と同様 に,二 次 的 に(チ ベ ッ ト 系 の)烏 蛮 族 が征 服 者 と して上層 を形 づ くった の だ と考 え た。この よ うな過 程 の結 果, 他 の民 族 群 とは 外 か ら見 て も違 う一 群 が形 成 され た 。

  しか し,も っ と詳 し く分 析 して み る と,こ とに よ る と資 料 が 乏 しいた め に一 群 を な して い る とか,諸 文 化 の混 合 だ とい う印象 を 受 け て い た だけ であ って,む しろ あ る種 族 は 大 な り小 な り一 つ の 群 に,他 の種 族 は別 の 群 に属 しはす る も のの,ど の種 族 も全 面 的 に た だ一 つだ け の 群 に は属 さ な い こ とが 明 らか に な るか も しれ な い。 つ ま りエ ー バ ーハ ル トは ミャオ諸 族 の 文化 は複 雑 で ヤオ系 諸 族 ほ ど簡 単 に 位 置 づ け で き な い こ と を 強調 して い る ので あ る。

  い わ ゆ る ミャオ文 化 の 特徴 は,エ ーパ ーハ ル トに よる と次 の よ うな もの で あ る。

 経 済 形 態 一 山 地 耕 作 を伴 う山地 生 活 で あ って,お そ ら く焼畑 を伴 う掘 棒 耕 の形 式        で あ る。 これ と並 ん で 狩猟 と採 集 活 動 が あ り,時 に は牧 畜 もあ る。 馬         や 羊 を飼 育 す る種 族 も少数 あ るが,そ の 他 の 種族 は牛 か 水 牛 を 専 門 に         飼 って い る。

 社 会 組 織一 一部 は クラ ンを もつ が,一 部 は も っ て い な い。 しぼ しぼ 祖 先 崇 拝 が       行 なわ れ る。 見 た と ころ父 系 制 が 圧倒 的 ら しい。 春 の祭 りに は 豊穣 儀       礼 と性 的 自 由,ま り投 げ,掛 け 合 い歌,鬼 竿,若 者 宿 を伴 って い る。

      男 女 間 の帯 の交 換 が あ る。 犬供 犠 と虎 祭 祀 もあ る。 盤毒 と関 連 した5       .月5日 の 祭 りが あ る。

教 一 報 告 が ほ とん どな い。

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大林   中国辺境諸民族の文化 と居住地

死 者 祭 祀一 棺 に入 れ て の埋 葬,あ るい は棺 な しに 巻 い て埋 葬 した り,放 棄 した り             す る。

物 質 文 化一 ヤ オ族 の よ うな炉 の つ いた 家 屋 や 洞窟 居 住 の他 に 欄家 屋 つ ま り高床 家             屋 が あ る。 しか しベ ッ ドは ない 。 バ テ ィ ク染 め(蝋 結染 め)と 機 織 り             が 行 なわ れ るが,フ ェル トも あ る。 ポ ンチ ョ形 式 の 衣 服 もあ る。 短 い              ス カ ー トで,し ば しば プ リー ツが あ る。脚 絆,頭 巾あ るい は帽 子 。 角             形 結 髪 と並 ん で椎 髪,つ ま り髪 を後 ろに た れ,1た ば ね に した まげ 。             銅 鼓 と木 鼓 。木 を刻 んで 記憶 の助 け とす る 【EBERHARI)1942a:2741。

そ して エ ーバ ー ハ ル トは ミャオ文 化 を 構 成 す る諸要 素 を次 の よ うに分 け て い る。

a.チ ワソ文 化 つ ま りタイ 系文 化 。 チ ワ ソ文 化 の諸 要素 が他 を圧 して も っ と も明瞭 で あ り強 力で あ る。 も っ とも経 済形 態 では そ うで は な い。 と言 うの は チ ワ ン族 に反 し て ミャオ族 は 典 型 的 な 山地 住 民 だ か らで あ る。 ミ ャオ族 は チ ワソ族 と同様 に 大 きな春 の祭 りを も ってお り,大 体 《月 の 祭 り》[跳月]と 名 づ け られ て い る。 この祭 りは 豊穣 儀 礼 の 性 格 を もち,性 的 自由 が許 され て い る。 この性 的 自由 は野 合,さ らに後 に は 本 式 の結 婚 に通 じてい る。 しか し,本 式 の 結婚 が行 なわ れ た とい うのは,子 供 が 生 れ た 時 に な って は じめ て であ る。 それ ま では 妻 は 実 家 に と どま り,夫 は彼 女 を訪 問す るだ け で あ る。 この 習俗 は母 系 制 と必ず 関連 を もつ に違 い な い,と い うもの では な い。 義 理 の両 親 の と ころ に住 む よ うに な る の は,夫 が 妻 の妊 娠 能 力 に 確 信 を もち,そ の時 に な って は じめ て 贈物 を し よ う とす るの が理 由 で あ る。 夫 が まだ 贈 物 を 支払 わ な い うち は,妻 を 実家 にお い て お く とい うの は 理解 で き る こ とだ。

  チ ワソ族 と同様,ミ ャオ族 も春 の 祭 りで の掛 け合 い 歌,ま り投 げ,帯 の交 換 を 知 っ て お り,チ ワ ン族 と同様 に歌 うのが 好 きだ 。牛(あ るい は 水 牛)は ミャオ 族 の とこ ろ で も大 きな 役 割 を果 す 。 彼 らは リ諸 族 と同 様 に 若者 宿 を も って い る。 若 者 宿 は これ ま た性 的 自由を 伴 った春 の祭 りの全 複 合 体 に 属 して い る ら しい 。

  5月5日 の 祭 りは,チ ワ ン族 に と って重 要 で あ る よ うに,盤 毒 の調 製 や 理 論 と関連 してい る。 ミャオ族 も これ を5月5日 に調 製 す る。 彼 らは チ ワ ソ族 と同様 に鶏 占い を も ち,さ らに卵 占い や棒 占 いを 行 な って い る。 これ ら占 い は な るほ ど さま ざ まな 文 化 に 由来 す るが,ど れ も これ もチ ワソ文 化 に も存 在 して い る。

  ミャオ族 は欄 家 屋 を も って い るが,ど うも一 部 だけ ら しい。 彼 らは 蝋結 染 め や,プ リー ツス カ ー トを も って い る。 そ して少 な くと も若 干 の もの は チ ワ ソ族 と同様 に水 を 好 む。 この よ うに チ ワ ソ族 との 類似 は全 く大 変 大 きい。

  b.ヤ オ文 化 。 ヨー ロ ッパ人 ば か りで な く中 国人 もヤオ 族 と ミャオ族 を しば しば一

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国立民族学博物館研究 報告  20巻3号 緒 に した 。 た とえば海 南 島 の ミ ャオ族 は ヤ オ族 に 近 い 。 お まけ に 宋 代 以前 は ヤ オ も ミ

ャオ も蛮 と呼ば れ,そ の後 もヤ オを ミャオ と呼 ん だ場 合 が あ る(奮 民 を参 照)。

  さ らに ヤ オ族 も ミャオ族 もと もに 山 に住 み,焼 畑 耕作 の形 で少 し しか 山地 農 耕 をせ ず,時 に は農 耕 を せ ず に採 集 狩 猟 生 活 を送 る点 で も共 通 して い る。 ミャオ族 は ヤ オ族 と同様 に 交 叉 イ トコ婚 を行 な い,時 に は犬 供 犠 も行 な い,一 般 的 で は な いが 犬 祖 神話 が あ る。 ミャオ族 は 高床 住 居 を もた な い 時 は,ヤ オ族 の炉 つ き家 屋 を も ってい る ら し い。 最 後 に,ミ ャオ族 は角 状 結 髪 を して い る が,こ れ は ヤ オ族 の複 雑 な結 髪 一 しば

しば 髪 の 中 に棒 を 編 み込 む一 と比 較 され な くて は な らな い。

  c.南 チ ベ ッ ト(烏 蛮)文 化 。 第1は,ミ ャオ族 は ロ ロ(舞)族 の よ うだ と何 度 も 言 わ れ る。 それ か ら彼 らは しば しぼ フ ェル トを用 い,し ぼ しぼ 脚 絆 を つ け る。 さ らに ミャオ族 は 山 の上 に居 住 す る の を好 む 点 で烏 蛮 と同 じで あ る。 若 干 の ミャオ族 は 真 の 牧 畜 民 として記 述 され,他 の ミャオ族 に つ い て は馬 飼 育 と羊 飼 育 が 報 ぜ られ て い る。

多 くの ミ ャオ族 は 烏 蛮 の よ うY'死 体 を 巻 くだ け で,棺 に は 入れ な い。

  d.  リャ オ文 化 。 少 な くと もい くつ か の ミャオ 族 は リャ=オ族 と関 係 を も って い る。

こ とに クー ヴ ァー ドが そ れ を示 す 要 素 で あ る。 こ とに よ る とまた 他 の要素 が あ るか も しれ な い。

  ミャオ族 の 居住 地 域 は,ヤ オ族,リ ャオ族,烏 蛮,チ ワ ソ族 の居 住空 間 の中 に あ る。

これ だ け 見 て も,ミ ャオ族 がす べ て の方 向 か ら影 響 を 受 け た こ とが判 る。 問題 は,後 に何 回 も重 層 され た 元 来 の ミャオ文 化 とい うもの が あ った か ど うか で あ る。 エ ーバ ー ハ ル トは,彼 が見 る こ との で きる限 りで は,こ の よ うな もの は な い とい う。

  現 在 の ミ ャオ族 の居 住 地域 は,か つ て は い わ ゆ る番 が 住 ん で い た。 番 は彼 が西 方 辺 境諸 民 族 中の 一民 族 群 と して設 定 した 群 で あ って,後 で紹 介 し よ う。 番 とい う名 称 が な くな った 瞬 間 に,同 じ民 族 が ミャオ とい う名 に な った 。 ミャオ族 の西 の 部分 は,東 の部 分 が 蛮 と呼 ばれ た の と同 じ く らい確 か に 番 と呼 ぼ れ た の で あ る。 番文 化 は混 合 文 化 で,チ ベ ッ ト的要 素 が 優 越 して い る。 この チ ベ ッ ト的 要 素 は ミャオ文化 に も現 わ れ る。 も しも個 々の ミャオ諸 族 に つ い て充 分 な 資料 が あれ ば,い くつか の種 族 で は,昔 の番 と同様 に 多 くの チ ベ ッ ト的要 素 を認 め る こ とが で き る と,エ ーバ ーハ ル トは確 信

して い る。他 の ミャオ 諸族 の とこ ろで は,タ イ要 素 や ヤ オ要 素 が多 いだ ろ う。最 後 に, 巴文 化 の名 残 りも見 られ る こ とが期 待 で き る[EBERHAR])1942a:271‑273】

g.巴 諸 民 族

工 一 バ ー ハ ル トは 巴 諸 民 族 と し て,江 夏 蛮,間 中 夷,康 君,汚 中 蛮,巴,巴 建 蛮,

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大林   中国辺境諸民族の文化 と居住地

板 楯 蛮,岩 渠,賓,据 山,巫 蛮 の11を 挙 げ る。 これ らは す べ て 古代 の 巴 国の 領域 に住 み,中 国人 に よ って互 い に親 縁 関係 が あ る と見 な され た もの で あ る。 ただ 巴 と板 楯 蛮 に つ い てだ け 比較 的詳 細 が 判 って い るだ け だ が,そ れ も神 話 に つ い て で,物 質文 化Y' つ い て の報 告 は な い(こ れ は誤 り。 後 を見 よ一 大 林)。 中 国 高文 化 に早 く溶 け こん で し ま っ た た め に,物 質 文 化 は も う 残 ら ず,神 話 だ け が 残 っ た の で あ る [EEBERHARD  1942a:304‑305]0

  エ ーバ ーハ ル トは 古 文献 の 資料 だ け で は 巴文 化 の 再 構 成 は 不 足 だ と して,『 地方 文 化 』 に 出す 資 料 も利 用 して,次 の よ うな仮 説 を 提 出 した 。 巴は 一 つ の別 個 の群 を な し

てい るが,統 一 的 な起 源 で は な い。彼 らの主 な 部分 は ヤ オ群 に 由来 す る。 した が って 板 楯 蛮 と葉 瓠 蛮 につ い て の報 告 が 入 り混 ってい る。 ま た ヤ オ族 の最 古 の居 住 地 も古 代 巴族 の近 くだ った 。 この上 を一 つ の 莞要 素 が 重 層 した。 東 莞 族 へ の 関 係 は しば しぼ 強 調 され,巴 と蜀 の文 化 の類 似 は強 調 され て いた し,実 際存 在 して い た 。 お まけ に,チ

ワ ン文 化 と こ とに よる と リャオ文 化 の要 素 が加 わ った 。

  この す べ て を材 料 と して,貴 族 組 織 に反 映 してい る よ うな重 層 過 程 を 通 じて,周 囲 の諸 文 化 よ りも高 度 の文 化 が発 達 し,こ れ が隣 接 諸 文 化 に,こ とに 番 文 化 とヤ オ族 に 著 し く影 響 を与 えた 。 この文 化 は大 変早 く,お そ くと も前2千 年 紀 に は 形 成 され てい た ら しい 。 とい うの はそ れ ぞ れ が前2千 年 紀 末 には 形 成 中 の 中 国高 文 化 に す で に影 響 を 与 え た か ら で あ る。 こ の 巴 文 化 は 南 方 の 最 高 の 文 化 で あ る[EBERHARD  1942a:

306]0

  そ してエ ーバ ーハ ル トは 他 の 民族 群 と異 な って巴 諸 民 族 は特 徴 的 な文 化 要 素 の一 覧 を試 み てい な い。 た だ文 化 の 構 成要 素 中 で 虎神 話 や 人 身 供 犠,洞 窟 出現 神 話,黒 や 赤 の よ うな特 定 の 色 と民 族 と の結 びつ き に触 れ て い る程 度 で あ る 【EBERHARD  1942a:

305‑306]o

h.白 蛮 諸 民 族

  エ ー ・ミー ハ ル トは 白蛮 諸 民 族 と し て 次 の44種 族 を 挙 げ た 。 阿 焚,棘 夷,癬,茜 歯, 建 怜,金 歯,清 蛤 蛮,情 普 通,靡 莫,黒 焚 暴,西 饗,休 臓,裸 黒,姑 復 夷,孔 苔,痢 五(烏),連 然,馬 痢,民 家,弄 棟 蛮,白 児 子,提 夷,白 夷,白 人,比 苞,焚,白 蛮, 漢,僕 癬,蒲 人,撲 劇(蒲 刺),蒲 羅,普 勒,撲 蛮(蒲 蛮),普 磨,普 特,水 罷 夷,地 羊 鬼,潰,丁 菖,董 蛮,尾 撲,野 蒲,葉 楡 で あ る 【EBERHARD  1942a:306‑322】   これ ら44種 族 は 雲 南 に 住 み,中 国 人 に よ っ て 雲 南 の2大 種 族 群 の 一 つ と し て,ま 烏 蛮 に 対 立 す る群 と して 認 め られ て い た も の で あ る 【EBERHARI)1942a:322】

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国立民族学博物館研究報告  20巻3号

  エ ーバ ー ハ ル トは,白 蛮 に お い て広 西 の チ ワ ソ文 化 と極 め て近 い親 縁 関 係 に あ る一 つ の タイ文 化 を認 め な くて は な らな い,と 言 って い る。 本 来 の チ ワ ン文 化 か らは あ る 種 の逸 脱 が あ るが,そ れ は一 部 は烏 蛮 に よ って重 層 され,あ る い は オ ース トロア ジ ア 語 族 と接 触 した こ とで 説 明 で きる。 他 方 で は,地 理 的 環境 が違 う とい うこ と も一 役 を 演 じて お り,最 後 に チ ワ ソ族 の文 化 もそ れ 自身 決 して全 く純 粋 なわ け では な く,白 蛮 が 受 容 しな か った よ うな要 素 も含 ん で い るか らだ。 白蛮 文 化 は 明瞭 に唐 代 まで,不 明 瞭 に な らぽ漢 代 や 漢 代 以 前 に まで遡 る こ とが で きる。 そ れ は雲 南 とそ の辺 境 諸 地 域 に 局 限 され て い る。

  白蛮 文 化 の特 徴 は次 の とお りで あ る。

  経 済 形 態一 農 耕,お そ ら く水 稲耕 作 。 純粋 な河 谷 居 住 民 。 山 は避 け る。

  社 会 組 織一 父権 で一 部 は 大 変 は っき りして い る が,一 般 的 に は 弱 ま っ てい る。 結       婚 は 自由で,大 部 分 は豊 穣 祭 の 時 に行 なわ れ る。女 性 は結 婚 前 に は 大       きな性 的 自由を もつ。 時 には 労役 婚 もあ る。 ブ ラ ン コを伴 う春 の祭 。       水 を掛 け るの が 婚 約 の しる しで あ る。

  宗     r'  呪 的信 仰,動 物 変 身 の信 仰,藍 毒 。

  死 者 祭 祀一 棺 を埋 め,し ば しば棺 を放 棄 す る。 火葬 は 元 来 の もの で は な い。

        イカット

  物 質文 化一 高 床 家 屋(欄)。 耕 染 め 。 桶 型 ス カ ー ト,樹 皮 や 花 で つ くった 布 。       タ ーバ ン,頭 髪 中 に羽 毛 を挿 す 。髭 。文 身。新 生 児 を洗 う。水 を 好 む 。       武 器 と しては 弩,刀 剣 と槍[EBERHARD  1942a:326】。

i.蛋 諸 民 族

  エ ーバ ー ハ ル トは蛋(蛋)諸 民 族 として裸 本,盧 亭,馬 人,蛋 家 を 挙 げ た が,そ の うち裸 本 は盧 亭 と 同 じだ か ら3種 族 だ け で あ る 【EBERHARD  1942a:326‑330】 。   この資 料 か ら判 断 で き る限 りでは,蛋 は オ ー ス トロネ シア語 族 で あ る ら しい。 つ ま

り古 い オ ース トロネ シ ア語 族 と同様 に,一 部 は陸 上 で竹 加 工 者 と して,一 部 は 水上 で 海 洋 民 族 と して別 々 に生 活 して い る オ ース トロネ シ ア語族 で あ る。注 目す べ き こ とは, 彼 らは 本 来 の大 洋 航 海 民 で は な く,資 料 か ら読 み とれ る よ うに,河 川 航 行 か ら大 洋 航 海 へ 至 った の で あ る。

  この 文 化 の 特徴 は次 の とお りで あ る。

  経 済 形 態一 農 耕 を しな い船 上 住 民,あ る い は 山 中で の竹 編 み 民 。   社 会 組 織 と死者 祭 祀一 一 何 も知 られ て い な い。

  宗    教一 蛇 祭 祀 。

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大林  中国辺境諸民族の文化 と居住地

物 質 文 化 一 捕 魚,真 珠 採 り,髭,耳 環,腕 環 【EBERHARD  1942a:331]。

j.越 諸 民 族

  エ ーバ ーハ ル トは越 諸 民 族 と して次 の17を 挙 げ た。 楚,且 甑,夷 州,夷 越,琉 球, 酪 越,閾,南 磐,甑,甑 騎,番 禺,山 越,宣 洲,呉,揚 越,越,越 裳 で あ る

【EBERHARD  1942a:331‑3411。 この 中 に楚 も入 って い る こ と,ま た琉 球 や 亘 洲 も含 ま れ て い る こ とに注 意 して お こ う。

  これ ら17民 族 は 一 部 は 中 国人 に よ って越 諸 民 族 と して ま とめ られ た もの で あ り,一 部 は これ ら越 諸 民 族 の近 くに住 み,こ れ ら とお そ ら く結 び つ きが あ った に違 い な い諸 民 族 で あ る。 これ らは み な 古代 の民 族 で 前6世 紀 か ら漢 代 に至 っ て い る。 漢代 末 を も

っ て厳 密 な民 族 名 と して の越 は消 滅 し,な お散 発 的 に 地 理 的名 称 と して現 わ れ るだ け で あ る。 これ ら資 料 に よれ ば,越 諸 民 族 は 山東 沿 岸 か ら江 蘇,安 徽,江 西,漸 江,福 建,湖 南 をへ て,広 東,広 西 ま で,そ れ ど こ ろか トンキ ソ(ベ トナ ムの 北 部),貴

の境 まで 住 ん で いた に 違 い な い。 この よ うに 広 大 な地 域 の住 民 は 消滅 した わ け で は な く,こ れ とい った大 移 動 も報 告 され て い ない 。 北部 の越 系 住 民,つ ま り山東,江 蘇, 安徽 の越 系 住 民 は非 常 に早 く漢 化 して しま った 。漢 代 以 後 にか つ て の越 領 域 に 現 わ れ る異民 族 は 何 らか の形 で越 と関 係 が あ る に違 い ない[EBERHARD  l942a:342】。

  彼 に よれ ぽ 越 の文 化 は単 一 的 で な い。 もっ と もそれ は南 方 にお け る最 高 の文 化 の一 つ だ が。 西 湖 南 の 山地 とい う原 郷 か ら東 方 の平 野 に拡 大 した ヤ オ族 を 根幹 と して,そ こで河 谷 居 住 か ら平野 居 住 に移 行 せ ざる をxな か った元 来 河 谷 居 住 民 の 猿(チ ワ ン) 族 と出会 っ た。こ う して生 じた 混合 過 程 か ら越 文化 が発 生 した 。上述 の よ うに エ ーバ ー ハル トは ヤ オ族 と螢 民 を基 本的 には オ ース トロネ シ ア語 族 だ が,た だ 特 殊 化 の仕 方 が 違 うだ け だ と考 え てい る。 同様 に越 人 の と ころ で も オ ー ス トロネ シア語 族 の二 つ の特 殊 型 が 見 出 され る。 つ ま り,山 地 住 民 と水 上 住 民 の存 在 が 示 唆 され てい るの だ 。 そ こ で エ ーバ ーハ ル トは越 人 を 一種 の オ ー ス トロネ シア語 族 だ が,タ イ族 の要 素 が 加 わ っ た もの と解 釈 した。 こ の タイ 族 の要 素 は所 に よ って 強度 が さ ま ざ まな の であ る。 だ か ら越 文 化 は か くもさ ま ざ ま な外 観 を呈 す るの だ 。 エ ーバ ー ハル トは広 東 や 広 西 で 越 と 呼 ぼれ てい る人hを,大 き な保 留 つ きで越 と呼 び た い とい う。 と言 うの は彼 ら の文 化 に つ い て報 告 され て い る ものは,大 部 分 越 文 化 で は な くて,タ イ 文化 か ヤ オ文 化 だ か

らで あ る。

  エ ーバ ー ハル トは越 文 化 の 内容 を 次 の よ うに ま とめ て い る。

  経済 形 態 一 予 め 田 を焼 く水 田耕 作(火 耕 水 褥)。 牛 は重 要 だ が,馬 は ない 。

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国立民族学博物館研究報告  20巻3号

社 会組 織 一 国家 形 成 の端 緒 。

宗    教 一 蛇 崇 拝 は あ るが,死 者 祭 祀 は何 ら知 られ て い な い。

物 質文 化 一 太 鼓 として用 い られ る臼,良 い 刀剣 と,そ もそ も優 秀 な金 属文 化,鉄       と銅,ベ テル を噛 み,文 身,鼻 飲,水 を 好 む,航 海 者,盤 毒,ポ ンチ       ョ式 衣 服(貫 頭衣)[EBERxaRD  l942a:346】。

k.そ の 他 諸 民 族

  エ ー バ ー ハ ル トは,そ の 他 の 南 方 諸 民 族 と し て 次 の60民 族 を 挙 げ た 。安 化 蛮,占 城, 婚 夷,長 沙 蛮,真 臆,診 沐,交 趾,金 頼 蛮,究 不 事 人,朱 崖,穿 智,充 州 蛮,種 女, 扶 南,符 奴,撫 水 蛮,1孝,銃 人,合 浦 蛮,西 原 蛮,猿,黄 支,宜 州 蛮,葬 子,日 南, 葛 蛮,広 原 蛮,鬼 奴,殊 人,狼,浪,林 邑,i冷,零 陵 蛮,流 鱗,六 額 子,六 洞 夷 人, 羅 漢 苗,羅 酒,雛 民,蛮 人,南 江 蛮,白 額 子,山 夷,狙,憺 耳,厳 人,雛 題,自 深, 土 人,文 狼 人,烏A蛮,武 岡 蛮,冴,伴 狼 苗,曼 州 夷,炎 人,豫 部 蛮,月 烏,庸 で あ

る 【EBE㎜   1942a:346‑3661。 こ れ ら 諸 族 は 次 の3類 に 分 れ る 。

  1,資 料 が 充 分 で な い も の一 安 化 蛮,婚 夷,長 沙 蛮,金 頼 蛮,究 不 事 人,充 州 蛮, 符 奴,{孝,統 人,合 浦 蛮,宜 州 蛮,日 南,零 陵 蛮,流 鱗,羅 酒,維 民,山 夷,雛 題, 自深,文 狼 人,武 岡 蛮,曇 州 夷,豫 部 蛮,月 烏 。

  2.ど の 民 族 群 に 属 す る の か 確 か で な い も の一 診 沐,朱 崖,穿 宵,種 女,撫 水 蛮, 西 原 蛮,猿,黄 支,葬 子,葛 蛮,広 原 蛮,鬼 奴,狼 人,狼,浪,狗,六 額 子,六 洞 夷 人,羅 漢 苗,蛮 人,南 江 蛮,白 額 子,狙,僧 耳,轍 人,土 人,烏 潜 蛮,冴,祥1狼 苗, 炎 人,庸

  3.こ の 本 で 取 り扱 う地 理 的 範 囲 の 外 の 民 族 で あ る が,比 較 資 料 と して 挙 げ た も の 占 城,真 臆,交 趾,扶 南,林 邑 【EBBRxaitD  1942a:367‑370】

1.南 方 辺 境 諸 民 族 の構 成

  以上 が エ ーパ ーハ ル トが南 方 辺 境 諸 民族 を構 成 す る と して挙 げ た11小 群 で あ る。 し か し これ ら の大 部分 は大 き く見 れ ば2群 に ま と ま る。

  第 一 の群 は タイ 系 民族 で あ るチ ワソ諸 民族 を 含 ん で い る。 河 谷 居 住 者 で 水 田 で稲 を つ く り,ゆ るや か な 父権 的 組 織 を もつ が 多 くの母 権 的 混 入要 素 を 含 む 。 この文 化 の中 心 は 広西 だ った ら しい 。 しか し,こ の文 化 は広 東 全 域 に侵 入 し,福 建,漸 江,江 蘇, 江 西,湖 南,貴 州,四 川 と雲 南 の諸 省 に も認 め られ る。 これ を 越axて さ らに イ ソ ドシ ナに 拡 が って い る。

(18)

大林  中国辺境諸民族 の文化 と居住地

  この文 化 は どこに お い て も純 粋 に保 た れ て来 たわ け では な い 。 た とえぽ 雲 南 で は さ ま ざ まな接 触 の結 果,白 蛮 文 化 が 特 別 の 文化 と して形 成 され た 。東 方 では,ヤ オ文 化 要 素 と混合 して越 文 化 の形 成 が 行 なわ れ た。 貴 州 や 四川 にお け る局 地 的 な諸文 化 に お いて,タ イ文 化 は か な り変 貌 した 。

  第 二 の群 と しては ヤ オ諸 民 族 と螢 族 が あ り,エ ーバ ー ハル トは どち ら も古 オ ース ト ロネ シア語 族 と見 な して い る。 彼 らは 山 で焼 畑 耕 作 を営 み,犬 祖神 話 を も って い る。

彼 らの うち別 の一 部 は 水上 で特 殊 化 して船 上 生 活 民 に な った 。

  古 代 に お い て は越 諸 民族 が文 化 的 にみ る とオ ー ス トロネ シ ア語族 中,最 高 の部 分 で あ った 。越 文 化 は ヤ オ文化 に チ ワ ン文 化 が著 し く混 入 してで きた もの で あ る。越 の崩 壊 と と もに,あ る いは,そ の イ ン ドシ ナ(安 南 と トンキ ンつ ま りベ トナ ム)へ の移 動 とと もに,あ る いは 中 国 高文 化 中 に解 消 して しま う と ともに,高 い 水準 にあ った越 文 化 か ら退 行 した も のが 再 び 今 の ヤ オ族 と蛋 民 と して現 わ れ た の で あ る。

  さ らに 南 方諸 民 族 の 中 に は,オ ー ス トロア ジ ア系 の リャオ族 が あ る。 しか し彼 らは 純 粋 の 形 で は残 っ てお らず,大 部 分 は チ ワン族,あ る い は ヤ オ族 に大 幅 に 同化 して し ま った ら しい。

  そ の ほ か,巴,ケ ラオ,ミ ャオ,リ ャオ にか な り強 力 な チ ベ ッ ト文 化 の影 響 が 及 び, これ らの文 化 の本 来 の 形 を変 えた 。

  華 南 に お い て は民 族 間 関 係 は,中 国北 部 や西 部 と比 べ ては るか に複 雑 で あ る。 した が って,華 南 に お いて は 中 国人 自身 に よる民族 分 類 も北 や 西 に 比 べ て不 確 実 で あ る。

  オ ース トロア ジ ア語 族,オ ース トロネ シア語 族,タ イ語 族 が 基 本 的 に は相 互 に 親縁 で あ る とす れ ぽ,こ の3語 族 が分 れ た のは,今 日の 華 南 の地 に お い て で あ った ろ う [EBERxaaD   1942a:371‑372]0

  ヤ オ文 化 は 湖南,湖 北 の地 で形 成 され,タ イ文 化 はむ しろ広 東,広 西 の平 野 で形 成 され た もの ら し く,中 国東部 の越 文 化 の地 は,こ れ ら二 つ の文 化 の二 次 的 な拡 大 地 域 つ ま り植 民 地 域 な の で あ る。

  全 体 と して 混合 群 な のは ミャ=オ族 もそ うで あ る。 番 族 の子 孫 が ヤ オ族 化 し,そ れ が リャオや タイ に よ って影 響 を 受 け,最 後 に さ らに チ ベ ッ ト族 に よ って重 層 され て 出 来 た もので あ る。 しか しこの過 程 が い つ行 な わ れ た か 明 らか で ない 。 けれ ども最 後 の チ ベ ッ ト人 に よ る重 層 は早 け れ ぽ前2千 年 紀 初 頭 ,遅 けれ ぽ8世 紀,つ ま り唐代 に烏蛮 が活 躍 した こ と と関係 づ け られ るか も知 れ な い 。

  巴 もチベ ッ ト化 した オ ー ス トロネ シア語 族 で あ る。 この過 程 が い つ始 ま った か 明 ら か で な いが,前3世 紀 よ りも前 で あ る。 巴 文 化 は優 越 性 を もつ よ うに な り,そ れ と と

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