東
寺
長
者
孜-九
・
十
世
紀
を
中
心
と
し
て-
(下
)
武
内
孝
善
三
、
寛
信
撰
﹃
東
寺
長
者
次
第
﹄
の
検
討
( 50 )歴
代
の
東
寺
長
者
を
記
し
た
史
料
の
な
か
、
現
存
す
る
も
っ
と
も
古
い
の
が
天
養
二
年
(
一
一
四
五
)
秋
、
寛
信
が
撰
述
し
た
﹃
東
寺
長
者
次
第
﹄
、
略
称
﹃
長
者
次
第
﹄
で
あ
る
。
こ
の
﹃
長
者
次
第
﹄
に
も
と
つ
い
て
、
い
か
な
る
僧
が
東
寺
長
者
に
就
任
し
た
か
、
を
確
認
し
て
お
き
た
い
。
長
者
を
歴
任
し
た
僧
と
そ
の
任
日
を
一
覧
表
に
す
る
と
、
表IIの
よ
う
に
な
る
(
長
大
に
な
っ
た
た
め
巻
末
に
収
載
し
た
)
。
こ
こ
で
は
、
最
初
の
四
長
者
で
あ
る
( 51 )定
昭
が
補
任
さ
れ
た
安
和
二
年
(
九
六
九
)
の
翌
天
禄
元
年
(
九
七
〇
)
ま
で
を
取
り
あ
つ
か
う
こ
と
に
す
る
。
な
お
、
一
言
付
け
加
え
る
と
、
寛
信
は
﹃
長
者
次
第
﹂
の
序
文
に
、
ほ ぽ古
次
第
等
、
皆
疎
簡
な
る
を
以
っ
て
一
二
の
長
者
分
ら
ず
。
綾
か
に
只
任
日
を
注
す
る
の
み
。
予
柳
か
文
籍
を
考
え
、
粗
徳
行
を
出
( 52 ) だ す 。 (以 下 略 、 傍 線 筆 者 ) と 記 し 、 古 い 次 第 は き わ め て 簡 略 な も の で 、 た だ 任 日 を 注 記 す だ け の も の で あ っ た 。 そ こ で 、 私 に 少 し 徳 行 ( 事 績 ) を 東 寺 長 者 孜-九 ・ 十 世 紀 を 中 心 と し て - (下 )密
教
文
化
付
け
加
え
た
、
と
告
白
し
て
い
る
こ
と
で
あ
る
。
こ
こ
に
い
う
﹁
任
日
﹂
が
何
を
指
す
の
か
、
長
者
へ
の
任
日
で
あ
っ
た
の
か
、
ま
た
そ
れ
ら
は
信
頼
で
き
る
も
の
な
の
か
、
な
ど
を
合
せ
て
考
え
て
み
た
い
。
な
お
、
さ
き
に
み
た
﹃
御
遺
告
﹄
第
十
条
に
、
﹁
僧
綱
に
補
任
さ
れ
た
者
の
う
ち
、
膓
次
に
は
関
係
な
く
、
最
初
に
補
任
さ
れ
た
者
を
東
寺
長
者
と
し
な
さ
い
﹂
と
解
し
た
一
文
が
存
在
し
た
。
そ
こ
で
表IIで
は
、
東
寺
長
者
の
任
日
と
僧
綱
に
補
任
さ
れ
た
日
時
、
並
び
に
僧
綱
に
お
け
る
順
位
と
を
比
較
す
る
と
き
の
便
を
慮
り
、
僧
綱
に
任
ぜ
ら
れ
た
真
言
宗
僧
を
合
せ
て
収
録
し
た
。
以
下
、
表IIに
も
と
つ
い
て
、
﹃
長
者
次
第
﹄
の
特
色
と
い
う
か
、
留
意
す
べ
き
点
を
あ
げ
て
み
よ
う
。
そ
の
第
一
は
、
初
代
の
東
寺
長
者
を
空
海
と
す
る
こ
と
、
そ
の
任
日
を
造
東
寺
所
別
当
に
補
任
さ
れ
た
天
長
元
年
(
八
二
四
)
六
月
十
六
( 53 )日
と
す
る
こ
と
で
あ
る
。
第
二
は
、
第
二
代
長
者
実
恵
の
任
日
を
、
律
師
に
任
ぜ
ら
れ
た
承
和
三
年
(八
三
六
)
五
月
十
日
と
す
る
こ
と
、
言
い
換
え
る
と
、
僧
綱
( 54 )に
任
ぜ
ら
れ
た
日
を
も
っ
て
長
者
へ
の
任
日
と
す
る
こ
と
で
あ
る
。
第
三
代
真
済
も
、
僧
綱
に
任
ぜ
ら
れ
た
日
を
も
っ
て
、
長
者
へ
の
任
( 55)日
と
み
な
し
て
い
る
。
し
か
し
、
こ
の
僧
綱
へ
の
任
日
目
長
者
へ
の
任
日
は
、
あ
と
に
つ
づ
く
真
紹
以
下
の
真
雅
・
宗
叡
・
真
然
・
源
仁
な
ど
に
は
適
用
で
き
な
い
。
そ
の
あ
と
の
益
信
・
峯
籔
は
、
僧
綱
に
任
ぜ
ら
れ
た
日
に
比
較
的
近
い
日
付
け
が
み
ら
れ
る
と
は
い
え
、
完
( 56 )全
に
は
一
致
し
な
い
。
第
三
は
、
以
上
の
こ
と
か
ら
、
何
を
も
っ
て
長
者
に
補
任
さ
れ
た
と
み
な
せ
ば
よ
い
か
、
の
基
準
が
立
て
ら
れ
な
い
こ
と
で
あ
る
。
第
四
は
、
こ
の
﹁
何
を
も
っ
て
長
者
に
補
任
さ
れ
た
と
み
な
せ
ば
よ
い
か
﹂
を
考
え
る
上
で
、
き
わ
め
て
示
唆
に
富
む
の
が
、
第
十
七
代
の
一
長
者
で
あ
っ
た
定
昭
の
天
元
四
年
(
九
八
一
)
八
月
十
四
日
付
の
辞
表
で
あ
る
。
す
な
わ
ち
、
謹
ん
で
辞
す
、
ア
興
福
寺
・
東
寺
・
金
剛
峯
寺
別
当
職
の
事
よ あ わ ち か ご ろ右
、
定
昭
、
若
年
の
時
従
り
、
法
華
一
乗
を
諦
し
、
井
せ
て
念
仏
三
昧
を
修
し
て
、
先
年
、
往
生
極
楽
の
記
を
蒙
る
。
而
る
に
近
曽
夢
の
中
で
、
悪
趣
に
堕
す
べ
き
の
由
を
見
る
。
定
め
て
知
る
、
件
等
の
寺
務
に
依
り
て
示
現
す
る
所
な
り
と
。
イ
往
年
の
告
の
如
く
往
生
極
楽
せ
ん
が
為
に
、
謹
ん
で
辞
す
こ
と
件
の
如
し
。
( 57 )天
元
四
年
八
月
十
四
日
大
僧
都
定
昭
(傍
線
筆
者
)
と
あ
る
。
で
は
な
ぜ
、
辞
表
を
呈
上
し
た
の
か
。
表
中
に
は
、
﹁
往
年
の
告
の
如
く
往
生
極
楽
せ
ん
が
為
に
﹂
(傍
線
部
イ
)
と
も
っ
と
も
ら
し
い
理
由
が
記
さ
れ
て
い
る
け
れ
ど
も
、
実
際
は
二
度
ま
で
も
僧
綱
の
上
膓
者
に
長
者
の
席
を
譲
る
破
目
に
な
っ
た
か
ら
で
あ
ろ
う
。
す
な
わ
ち
、
一
回
目
は
、
安
和
二
年
(
九
六
九
)
閏
五
月
、
上
膓
の
寛
忠
が
長
者
に
補
任
さ
れ
た
た
め
、
三
長
者
で
あ
っ
た
定
昭
は
こ
の
席
( 58 )を
寛
忠
に
ゆ
ず
り
、
史
上
初
と
は
い
え
、
格
下
の
四
長
者
に
移
っ
た
。
二
回
目
は
、
こ
の
辞
表
を
呈
上
し
た
天
元
四
年
八
月
で
あ
る
。
定
昭
は
一
長
者
で
あ
っ
た
け
れ
ど
も
、
や
は
り
上
膓
の
寛
朝
が
長
者
に
補
任
さ
れ
る
う
わ
さ
を
聞
き
、
寛
朝
が
補
任
さ
れ
る
ま
え
の
八
月
十
( 59 ) ( 60 )四
日
、
辞
表
を
提
出
し
た
の
で
あ
っ
た
。
ち
な
み
に
、
寛
朝
は
同
月
三
十
日
付
で
任
ぜ
ら
れ
た
。
以
上
よ
り
、
定
昭
は
恐
ら
く
、
こ
の
よ
う
な
措
置
に
反
発
す
る
意
を
表
し
た
も
の
と
解
さ
れ
る
の
で
あ
る
。
こ
の
こ
と
も
さ
る
こ
と
な
が
ら
、
そ
れ
以
上
に
、
こ
の
辞
表
で
重
要
な
こ
と
は
、
事
書
き
(
傍
線
部
ア
)
に
、
謹
ん
で
辞
す
、
興
福
寺
・
東
寺
・
金
剛
峯
寺
別
当
職
の
事
と
記
す
こ
と
で
あ
る
。
寛
信
は
こ
の
辞
表
の
ま
え
に
、
( 61 )天
元
四
年
八
月
十
四
日
、
東
寺
長
者
・
興
福
寺
別
当
等
を
辞
す
︿
辞
表
を
左
に
載
す
﹀
(傍
線
筆
者
)
と
前
置
き
し
て
引
用
し
て
お
り
、
こ
の
二
つ
を
勘
案
す
る
と
、
東
寺
長
者
孜-九
・
十
世
紀
を
中
心
と
し
て-
(下
)
密
教
文
化
東
寺
長
者=東
寺
別
当
( 62 )の
図
式
が
成
り
立
つ
の
で
あ
る
。
つ
ま
り
、
東
寺
長
者
と
は
東
寺
別
当
の
別
称
で
あ
っ
た
と
い
え
よ
う
。
さ
い
ご
に
、
初
期
の
東
寺
長
者
は
は
た
し
て
公
的
に
認
め
ら
れ
た
職
で
あ
っ
た
の
か
、
言
い
か
え
る
と
、
い
か
な
る
手
続
き
で
任
命
さ
れ
た
の
か
、
に
つ
い
て
見
て
お
き
た
い
。
さ
き
の
辞
表
が
誰
に
宛
て
て
出
さ
れ
て
い
る
か
が
判
明
す
れ
ば
、
い
か
な
る
手
続
き
で
任
命
さ
れ
た
か
が
解
か
る
け
れ
ど
も
、
残
念
な
が
ら
、
こ
の
辞
表
に
は
宛
て
名
は
な
い
。
と
は
い
え
、
寛
信
は
真
雅
の
項
の
尻
付
き
に
、
ア
官
符
無
く
、
任
日
不
分
明
な
り
。
仁
海
僧
正
自
筆
の
長
者
次
第
に
之
を
入
れ
ず
。
但
し
、
真
済
と
宗
叡
と
の
中
間
に
真
雅
が
執
行
( 63 )す
る
こ
と
分
明
な
り
。
或
い
は
云
く
、
口
宣
を
蒙
り
行
ぜ
ら
る
る
か
。
将
に
押
行
わ
る
る
べ
き
か
、
と
云
々
。
(傍
線
筆
者
)
と
記
し
て
い
る
。
こ
の
﹁
ど
う
し
た
訳
か
真
雅
を
補
任
し
た
と
き
の
官
符
が
み
あ
た
ら
ず
、
任
日
を
明
確
に
し
が
た
い
﹂
(
傍
線
部
ア
)
と
の
記
述
を
信
ず
る
な
ら
ば
、
東
寺
長
者
は
太
政
官
符
を
も
っ
て
補
任
さ
れ
た
と
も
考
え
ら
れ
る
。
し
か
し
今
日
、
少
な
く
と
も
九
・
十
世
紀
の
補
任
に
際
し
て
出
さ
れ
た
官
符
、
並
び
に
そ
れ
に
類
す
る
も
の
は
一
切
見
あ
た
ら
な
い
。
よ
っ
て
現
時
点
で
は
、
初
期
の
東
寺
長
者
は
公
的
に
認
め
ら
れ
た
職
で
あ
っ
た
と
は
い
い
難
い
、
と
い
え
よ
う
。
四
、
六
国
史
に
み
る
長
者
歴
任
者
こ
こ
で
は
、
寛
信
撰
﹃
長
者
次
第
﹄
に
名
前
が
あ
が
っ
て
い
る
東
寺
長
者
を
歴
任
し
た
僧
の
事
績
を
﹁
六
国
史
﹂
で
確
認
し
て
お
き
た
い
。
ス
ペ
ー
ス
の
関
係
か
ら
、(1)
﹁
六
国
史
﹂
へ
の
初
出
の
記
事
、(2)
長
者
に
補
任
さ
れ
た
直
後
の
記
事
、(3)
最
後
の
記
事
、
の
三
つ
だ
け
を
抽
出
し
、
一
覧
表
に
し
た
。
そ
れ
が
表III
で
あ
る
。
東 寺 長 者 孜-九 ・ 十 世 紀 を 中 心 と し て - ( 下 )
-5-密
教
文
化
結
論
か
ら
い
う
と
、
六
国
史
に
は
﹁
東
寺
長
者
﹂
お
よ
び
真
言
宗
に
か
か
わ
る
﹁
長
者
﹂
な
る
こ
と
ば
、
な
ら
び
に
﹁
東
寺
別
当
﹂
な
る
こ
と
ば
は
、
一
切
見
ら
れ
な
か
っ
た
。
こ
の
こ
と
は
、
も
し
初
期
の
真
言
教
団
内
で
﹁
東
寺
長
者
﹂
な
る
こ
と
ば
が
使
わ
れ
て
い
た
と
し
て
も
、
そ
れ
は
朝
廷
の
あ
ず
か
り
知
ら
な
い
職
で
あ
っ
た
こ
と
は
間
違
い
な
い
と
い
え
よ
う
。
五
、
太
政
官
符
類
に
み
る
長
者
歴
任
者
つ
ぎ
に
、
九
・
十
世
紀
に
出
さ
れ
た
太
政
官
符
類
に
よ
っ
て
、
東
寺
長
者
を
歴
任
し
た
僧
の
肩
書
を
確
認
し
て
お
き
た
い
。
太
政
官
符
と
は
、
太
政
官
が
天
皇
の
意
向
を
う
け
て
出
す
公
文
書
の
一
つ
で
あ
り
、
僧
の
肩
書
が
記
さ
れ
る
こ
と
が
多
い
。
こ
こ
で
も
、
原
則
と
し
て
、(1)
太
政
官
符
類
へ
の
初
出
の
記
事
、(2)
長
者
に
補
任
さ
れ
た
直
後
の
記
事
、(3)
最
後
の
記
事
、
の
三
つ
だ
け
を
も
っ
て
一
覧
表
に
し
た
。
次
頁
の
表IVが
そ
れ
で
あ
る
。
結
論
を
記
す
な
ら
ば
、
こ
れ
ら
太
政
官
符
類
に
も
﹁
東
寺
長
者
﹂
、
お
よ
び
﹁
長
者
﹂
﹁
東
寺
別
当
﹂
な
る
こ
と
ば
は
一
切
見
ら
れ
な
か
っ
た
。
こ
の
結
論
は
、
さ
き
の
六
国
史
の
記
事
を
検
討
し
た
と
き
と
全
く
同
じ
で
あ
り
、
や
は
り
九
・
十
世
紀
に
は
東
寺
長
者
な
る
職
が
公
的
な
も
の
で
は
あ
り
え
な
か
っ
た
こ
と
を
物
語
っ
て
い
る
と
考
え
る
。
六
、
真
雅
の
言
上
書
公
的
・
私
的
い
ず
れ
に
し
ろ
、
東
寺
長
者
な
る
職
が
九
世
紀
に
は
存
在
し
な
か
っ
た
で
あ
ろ
う
こ
と
を
傍
証
す
る
史
料
と
し
て
注
目
さ
東 寺 長 者 孜-九 ・ 十 世 紀 を 中 心 と し て- ( 下 )
-7-密
教
文
化
れ
る
の
が
、
元
慶
二
年
(八
七
八
)
十
一
月
十
一
日
付
の
真
雅
の
言
上
書
で
あ
る
。
こ
の
言
上
書
は
、
真
雅
が
陽
成
天
皇
に
草
創
期
の
真
言
教
団
に
お
け
る
付
法
次
第
を
言
上
し
た
と
き
の
記
録
と
い
わ
れ
、
空
海
の
十
大
弟
子
を
は
じ
め
、
合
計
二
十
一
名
の
相
承
系
譜
が
記
さ
れ
て
い
る
。
さ
っ
そ
く
全
文
を
あ
げ
て
み
よ
う
(
な
お
、
引
用
す
る
に
際
し
て
、
東
寺
長
者
を
歴
任
し
た
と
み
な
さ
れ
て
い
る
僧
の
名
を
ゴ
チ
と
し
た
)
。
言
上
す
。
本
朝
真
言
宗
ア
伝
法
阿
闇
梨
師
資
付
法
次
第
の
事
合
二
十
一
人
入
唐
根
本
祖
師
贈
大
僧
正
法
印
大
和
尚
位
空
海
付
法
弟
子
十
人
僧
正
伝
燈
大
法
師
位
真
済
僧
正
法
印
大
和
尚
位
真
雅
少
僧
都
伝
燈
大
法
師
位
実
恵
少
僧
都
伝
燈
大
法
師
位
道
雄
木 於 寺 和 尚 云 々 、 智 証 伯 父 云 々 、 華 厳 寺 、律
師
伝
燈
大
法
師
位
円
明
伝
燈
修
行
賢
大
法
師
位
真
如
伝
燈
大
法
師
位
果
隣
伝
燈
大
法
師
位
泰
範
伝
燈
大
法
師
位
智
泉
伝
燈
大
法
師
位
忠
延
イ第
二
阿
閣
梨
少
僧
都
伝
燈
大
法
師
位
実
恵
付 法 弟 子 二 人少
僧
都
法
眼
和
尚
位
恵
運
権
少
僧
都
法
眼
和
尚
位
真
紹
僧
正
法
印
大
和
尚
位
真
雅
付 法 弟 子 五 人律
師
法
橋
上
人
位
真
然
十
禅
師
伝
燈
大
法
師
位
真
咬
十
禅
師
伝
燈
大
法
師
位
源
仁
十
禅
師
伝
燈
大
法
師
位
載
宝
伝
燈
大
法
師
位
恵
宿
伝
燈
修
行
賢
大
法
師
位
真
如
付 法 弟 子 二 人権
僧
正
法
印
大
和
尚
位
壼
演
伝
燈
大
法
師
位
由
蓮
伝
燈
大
法
師
位
呆
隣
付 法 弟 宇 二 人伝
燈
大
法
師
位
円
行
十
禅
師
伝
燈
大
法
師
位
真
隆
東 寺 長 者 孜-九 ・ 十 世 紀 を 中 心 と し て - ( 下 )-9-密
教
文
化
ウ第
三
阿
閣
梨
権
少
僧
都
法
眼
和
尚
位
真
紹
鮒
弦
梯
権
少
僧
都
法
眼
和
尚
位
宗
叡
以
前
、
阿
闇
梨
師
資
付
法
次
第
を
注
し
顕
し
言
上
す
る
こ
と
件
の
如
し
。
( 64 )元
慶
二
年
十
一
月
十
一
日
、
僧
正
法
印
大
和
尚
位
真
雅
奉
じ
た
て
ま
つ
る
(
傍
線
筆
者
)
ど
こ
に
注
目
す
べ
き
か
と
い
え
ば
、
傍
線
部
で
あ
る
。
す
な
わ
ち
、
事
書
き
並
び
に
実
恵
と
真
紹
の
付
法
の
弟
子
を
記
す
箇
所
に
み
ら
れ
る
﹁
阿
閣
梨
﹂
な
る
こ
と
ば
で
あ
る
。
再
録
す
る
と
、
本
朝
真
言
宗
ア
伝
法
阿
闇
梨
師
資
付
法
次
第
の
事
イ
第
二
阿
閣
梨
少
僧
都
伝
燈
大
法
師
位
実
恵
ウ
第
三
阿
閣
梨
権
少
僧
都
法
眼
和
尚
位
真
紹
と
な
り
、
特
に
、
実
恵
を
﹁
第
二
阿
闇
梨
﹂
、
真
紹
を
﹁
第
三
阿
閣
梨
﹂
と
呼
称
し
て
い
る
点
で
あ
る
。
﹃
長
者
次
第
﹄
に
よ
る
と
、
こ
の
言
上
書
が
呈
上
さ
れ
た
元
慶
二
年
(
八
七
八
)
は
、
真
雅
が
一
長
者
に
就
任
し
て
か
ら
十
九
年
目
で
あ
り
、
示
寂
す
る
前
年
に
あ
た
る
。
も
し
こ
の
時
点
で
、
真
言
教
団
内
だ
け
で
通
用
す
る
呼
称
に
し
ろ
、
﹁
東
寺
長
者
﹂
な
る
職
が
存
在
し
、
真
雅
が
そ
の
地
位
に
就
い
て
い
た
と
す
る
な
ら
ば
、
﹁
長
者
﹂
の
呼
称
を
使
用
し
て
い
て
も
お
か
し
く
な
い
と
思
わ
れ
る
の
に
、
こ
こ
で
は
﹁
伝
法
阿
闇
梨
﹂
お
よ
び
﹁
第
二
(
三
)
阿
閣
梨
﹂
の
呼
称
が
使
わ
れ
て
い
る
。
ま
た
、
真
雅
の
肩
書
は
﹁
僧
正
法
印
大
和
尚
位
﹂
で
あ
る
。
こ
れ
は
何
を
意
味
す
る
の
で
あ
ろ
う
か
。
こ
こ
で
、
想
起
さ
れ
る
の
が
、
真
言
宗
に
お
か
れ
た
年
分
度
者
に
か
ん
す
る
太
政
官
符
で
あ
る
。
さ
き
に
分
析
し
た
﹃
御
遺
告
﹄
に
、
東
寺
長
者
の
職
掌
の
一
つ
に
、
年
分
度
者
の
課
試
と
得
度
が
あ
っ
た
。
真
言
宗
に
お
か
れ
た
年
分
度
者
は
、
承
和
二
年
(八
三
五
)
正
月
、
( 65 ) ( 66) ( 67 )