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学生時代と図書館

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Academic year: 2021

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学生時代と図書館

学生時代と図書館 59 59

−キャンベラの日々−

森本 順子

 大学の図書館というと、修士課程まで過ごした京都大学文学部の図書館がまず思い出される。ただし、

あまりいい利用者ではなかった。学部の図書館はひっそりした空間で、地下に降りると古い書物の匂いが し、いつもひんやりしていた。それはそれとして決して嫌いではなかったのだが、いくら目をこらしても 専攻の言語学の棚は読めない言語の蔵書ばかりで、その頃吸収したかった新しい言語学の文献はほとんど なかった。

 図書館との本格的な付き合いを始めたのは、1983年にオーストラリアの首都キャンベラにある国立オ ーストラリア大学(ANU)に留学した頃である。キャンベラは首都として計画的に建設されたいわば人 工都市で、当時まだ人口20万人ぐらいの田舎町だった。町にいるのは官僚か大学関係者ばかり、と言わ れており、緑は豊かだが、ほかのオーストラリアの土地と違って無機質の印象を与える場所だった。

 大学の公園のような広大なキャンパスに、学部の建物や図書館が点在していた。図書館は、チーフリー、

メンジス、ハンコックなど、歴代の政治家の名前がついている。チーフリーは、人文科学系、ハンコック は自然科学系、メンジスは、アジア・太平洋関係の図書館で、ほかに芸術関係、音楽関係の図書館なども ある。言語学関係の書籍はチーフリーの三階、日本語学の書籍はメンジスに所蔵されていた。心理学はハ ンコック。私は当時博士課程に在籍し、日本語という言語の現象が英語という構造も発想もかなり異なる 言語を通して、どれほど分析的に表現しうるかに強い関心を持っており、一時期これらの図書館のはしご をするのが日課だった。

 ANU自体がそれほど古い大学ではないので、大学の図書館といっても、イギリスの大学のように荘重 な趣はなく、むしろすっきりした現代的な空間だった。チーフリーは言語学関係の雑誌が網羅されており、

メモを片手に黄ばんだ雑誌類のラベルを追いながら論文を探した。メンジスでも、当時はむしろ日本の大 学より日本語学関係の雑誌類が揃っていると思われ、ときには座り込んで読み耽ってしまうこともあった。

博士論文の執筆に取り掛かってからも、もともと落ち着きがないらしく、ひとところでずっと集中するこ とができない。朝は研究室、オーストラリアの習慣にのっとって10時のお茶、その後はコンピューター ルーム、午後は図書館、さらに、午後のお茶のあとはまた別の図書館と、流浪の日々を送ったものである。

夜は、大学院生寮で食事をした後コンピュータールームに戻って作業をする。その日の執筆を終えて真っ 暗な中、地元でブラックバードと呼ぶ鳥の声を聞きながら駐車場に出ると、真上にさそり座が大きく横た わっている。南半球ならではである。

 そういう毎日の中で、些細だが今でも忘れられないことが図書館にはある。オーストラリアでは、何で も高いところにあり、何でも重い。小柄な私にはつらい。大学の図書館にあるコピー機も同様だった。蓋 がなぜか分厚い革でできていて、一旦はね上ると、手を伸ばしても届かない。他に人がいないとぴょんぴ ょん跳んで下ろすのである。

 しかし、疲れを癒すのも図書館だった。メンジスには少し遅れながら日本の新聞も届いており、英語の 文献に疲れると、新聞コーナーへ行った。一週間分の新聞の重みを感じながら、日本語の文字に触れると 内容にかかわらずほっと心が溶けていくようだった。

 博士課程は3年だが、わたしは延長が認められ、論文の完成までキャンベラで4年間過ごした。図書館 で過ごす時間は、日々心理的には追い詰められていたが、至福といえるものだった。じっくり一冊の本に 取り組む時間の豊かさに、図書館に入るたび焦がれる昨今である。

もりもと じゅんこ(教授・日本語学・日本語教育)

参照

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