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解の視点を重視した道徳科の授業実践を通して

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解の視点を重視した道徳科の授業実践を通して

Author(s) 杉浦, 勉; 笠井, 稔雄

Citation 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 69(1): 405‑414

Issue Date 2018‑08

URL http://s‑ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/9906

Rights

(2)

北海道教育大学紀要(教育科学編)第69巻 第1号 平成30年8月 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.69,No.1 August,2018

「考える道徳」「議論する道徳」への授業転換のための一方策

―人間理解の視点を重視した道徳科の授業実践を通して―

杉浦  勉・笠井 稔雄

北海道旭川市立神楽岡小学校

北海道教育大学大学院教育学研究科高度教職実践専攻学校経営研究室

AMeasuretoChangeMoralEducationClassesintoStudySessionsInvolving ThinkingandDiscussion

―ByTeachingPracticesofMoralEducationFocusingonUnderstandingHumanNature―

SUGIURATsutomuandKASAIToshio

KaguraokaElementarySchool,Asahikawa

GraduateSchoolofEducation,HokkaidoUniversityofEducation

概 要

 本稿の目的は,充実した道徳教育の実践を目指し,「考える道徳」「議論する道徳」へと質的 転換を図る道徳科における授業改善の具体的方向性として,人間理解の視点を重視した道徳科 の理論と実践について提案することである。そのために,小学校学習指導要領における道徳の 時間と道徳科の目標を比較し,求められる道徳科の授業像を明らかにし,その理論を基にした 授業実践について考察することで,小学校道徳科で求められる授業改善の方向性を明らかにし た。結果は,以下の通りである。

・授業改善の具体的方向性として構築した,「道徳的価値の追求・把握」段階における,人間 理解,人間の“弱さ”への共感を重視した授業は,「考える道徳」「議論する道徳」へと質的 転換を図る道徳科の授業として有効であった。

・本稿が提案した授業改善の具体的方向性には,発達の段階や,支持的風土が醸成されている 学級経営などの前提条件が必要不可欠であり,研究を進めていく必要がある。

1.研究の目的

 教育再生実行会議の第一次提言(平成25年2月)

や中央教育審議会の答申「道徳に係る教育課程の 改善等について」(平成26年10月)を踏まえ,「道 徳の時間」を「特別の教科 道徳」(「道徳科」)

(3)

として新たに位置付ける学習指導要領の一部改正 が告示された(平成27年3月27日)。小学校では 平成30年度,中学校では平成31年度より検定教科 書を導入し「道徳科」が全面実施される。さらに,

道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会 議より「『特別の教科 道徳』の指導方法・評価 等について(報告)」が報告された(平成28年7 月22日)。『小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』では,「(前略)発達の段階に応じ,答え が一つではない道徳的な課題を一人一人の児童が 自分自身の問題として捉え,向き合う『考える道 徳』『議論する道徳』へと転換を図るものであ る。」1と授業改善の方向性が示されている。では,

道徳科で求められる授業の在り方はどうあるべき だろうか。これまで行われていた道徳教育,特に

「道徳の時間」がどのように変わるのだろうか。

 我が国の道徳教育は,道徳の時間を要として学 校の教育活動全体を通じて行われるものとされて きた。各学校において充実した道徳教育により,

大きな成果を上げている実践事例が数多くあるこ とは言うまでもない。その一方で,道徳教育にお ける課題も指摘されている。2

 ・歴史的経緯に影響され,いまだに道徳教育そ のものを忌避しがちな風潮があること  ・他教科に比べて軽んじられていること  ・読み物の登場人物の心情理解のみに偏った形

式的な指導が行われる例があること

 また,「今後の道徳教育の改善・充実方策につ いて(報告)」3には,道徳教育の課題が次のよう に示されている。

 ・学校間や教師間の差が大きい。

 ・各教科等との役割分担や関連を意識した指導 が不十分。

 ・指導方法に不安を抱える教師が多い。

 ・学年が上がるにつれて,児童生徒の受け止め がよくない。

 ・振り返らせたり,具体的にどう行動すればよ いかという側面に関する指導が不十分。

 上記に挙げられた課題が改善されることで,こ れまで以上に充実した道徳教育が実践され,子ど

もの道徳性を養うことに大きくつながっていくと 考える。

 そこで,道徳科で求められる授業の在り方を明 らかにし,授業改善の具体的方向性を示していき たいと考える。そのために,『小学校学習指導要 領道徳編』に示されている道徳科における目標と 従来の道徳の時間の目標を比較・分析し,求めら れる授業像を明らかにした上で,その理論を基に した授業実践を考察し,道徳科で求められる授業 改善の方向性を提案したい。なお本稿では,筆者 が教育実践経験をもつ初等教育の立場から論じる こととする。

2.小学校道徳科の目標から見える授業改善 の方向性

 道徳教育や道徳科の目標は,道徳科を要とした 道徳教育の趣旨を踏まえた効果的な指導を学校の 教育活動全体を通じて確実に行われるようにする ために,「道徳教育の目標等をより分かりやすい 表現」4で示された。

 「道徳科の目標」5と「道徳の時間の目標」6を以 下の表1に示す。

 「小学校道徳科の目標」における改善の要点7 を以下の表2に示す。

表1 「道徳科」と「道徳の時間」における目標

【道徳科の目標】

 第1章総則の第1の 2に示す道徳教育の目 標に基づき,よりよく 生きるための基盤とな る道徳性を養うため,

道徳的諸価値について の理解を基に,自己を 見つめ,物事を多面的・

多角的に考え,自己の 生き方についての考え を深める学習を通して,

道徳的な判断力,心情,

実践意欲と態度を育て る。

【道徳の時間の目標】

 道徳の時間において は,以上の道徳教育の 目標に基づき,各教科,

外国語活動,総合的な 学習の時間及び特別活 動における道徳教育と 密接な関連を図りなが ら,計画的,発展的な 指導によってこれを補 充, 深 化, 統 合 し, 道 徳的価値の自覚及び自 己の生き方についての 考えを深め,道徳的実 践力を育成するものと する。

(4)

「考える道徳」「議論する道徳」への授業転換のための一方策 表2 「小学校道徳科の目標」における改善の要点

① 道徳教育の目標と道徳科の目標を,各々の 役割と関連性を明確にするため,道徳科の目 標を「よりよく生きるための基盤となる道徳 性を養う」として,学校の教育活動全体を通 じて行う道徳教育の目標と同一であることが 分かりやすい表現にしたこと。

② 道徳の時間の目標に定めていた「各教科等 との密接な関連」や「計画的,発展的な指導 による補充,深化,統合」は,「第3 指導 計画の作成と内容の取扱い」に整理した上 で,表現を改めたこと。

③ 道徳的価値について自分との関わりも含め て理解し,それに基づいて内省し,多面的・

多角的に考え,判断する能力,道徳的心情,

道徳的行為を行うための意欲と態度を育てる という趣旨を明確化するため,従前の「道徳 的価値の自覚及び自己の生き方についての考 えを深める」ことを,学習活動を具体化して

「道徳的諸価値についての理解を基に,自己 を見つめ,物事を多面的・多角的に考え,自 己の生き方についての考えを深める学習」と 改めたこと。

④ 道徳的諸価値についての理解を基に,自己 を見つめ,物事を多面的・多角的に考え,自 己の生き方についての考えを深める学習を通 じて,従前の「道徳的実践力を育成する」こ とを,具体的に,「道徳的な判断力,心情,

実践意欲と態度を育てる」と改めたこと。

 「道徳科の目標」と「道徳の時間の目標」を比 較すると,表現に大きな違いがあるため,授業改 善の方向性についても大きく変化しているような 印象を与えやすい。一方で,「『小学校道徳科の目 標』における改善の要点」(表2)からは,内容 に大きな変化がないということが分かる。つま り,改善された目標から明らかなことは,これま での道徳の時間における授業の在り方と,道徳科 で求められる授業の在り方に,基本的には大きな

変化がないということである。

 ただし,表現が大きく改められた点がある。そ れは,道徳の時間における授業の特質として挙げ られる「道徳的価値の自覚」という表現が,「道 徳科の目標」では,「道徳的諸価値についての理 解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・多角的 に考え」という表現に改められた点である。この 改善点に着目し,道徳科で求められる授業の在り 方について明らかにしていきたい。

 まず,「道徳的価値の自覚」とは何か。それは,

「道徳的価値についての理解」,「自分との関わり で道徳的価値を捉えられること」,「道徳的価値を 自分なりに発展させていくことへの思いや課題が 培われること」8である。

 次に,「道徳的諸価値についての理解を基に,

自己を見つめ,物事を多面的・多角的に考え」と は何か。「道徳的諸価値についての理解」とは,

価値理解,人間理解,他者理解を含めた理解であ る。9「自己を見つめ」とは,自分との関わり,つ まりこれまでの自分の経験やそのときの考え方,

感じ方と照らし合わせながら,更に考えを深める ことである。10「物事を多面的・多角的に考え」

とは,児童が多様な考え方や感じ方に接し,多様 な価値観の存在を前提として,他者と対話したり 協働したりすることで,道徳的価値の理解を深 め,更に自分で考えを深め,判断し,表現する力 などを育むことである。11

 つまり,「道徳的諸価値についての理解を基に,

自己を見つめ,物事を多面的・多角的に考える」

とは,「道徳的価値の自覚」を深める過程と押さ えることができる。

 以上から明らかになった,道徳科で求められる 授業の在り方を,次の3点と押さえる。

 1点目に,価値理解,人間理解,他者理解につ いて分かりやすい表現で示し,改めて道徳的価値 の理解が大切だということが確認されていること。

 2点目に,これまでの自分の経験やそのときの 考え方,感じ方と照らし合わせること。

 3点目に,多様な価値観の存在を前提として,

多様な考え方や感じ方に出会わせること。

(5)

 以上から,小学校道徳科の目標から見える授業 改善の方向性を,筆者は次のように結論付ける。

物事を一面的に捉えるのではなく,道徳的価値 の大切さや,それを実現することがなかなか難 しい人間の弱さ,人それぞれの考え方や感じ方 の違いなど,様々な視点から物事を理解し,主 体的に学習に取り組む道徳科の学習

 ただ,前述したとおり,目標レベルでは,道徳 科も道徳の時間も授業の在り方に大きな違いがな いことを改めて強調したい。つまり,難解な表現 を改め,学習活動をより具体化し分かりやすい表 現に改善することで,どの教師も授業を行いやす くしたいという意図が明らかである。

 では,ここで問題になることは,道徳の教科化 により,これまで道徳教育,道徳の時間を重視し て教育活動を展開していた教師(学校)と,その 反対に道徳教育,道徳の時間をそれほど重視せず 教育活動を展開していた教師(学校)とでは,求 められる授業の在り方へのイメージが違うのでは ないかということである。前者の場合は,筆者が 結論付けた授業改善の方向性が適切であると考え る。一方,後者の場合は,一単位時間での変容を 実践や行動に求めず,内面的資質の育成という視 点を意識した授業そのものに対する意識改善を 図っていく必要があるのではないだろうか。つま り,教師が求める答えを児童に発表させたり,書 かせたりするような授業ではなく,児童自らが価 値観を素直に表出し合うことができるような授業 を教師と児童が共に創り上げるイメージをもつ必 要があると考える。

 では,本稿で結論付けた道徳科における授業改 善の方向性である,「物事を一面的に捉えるので はなく,道徳的価値の大切さや,それを実現する ことがなかなか難しい人間の弱さ,人それぞれの 考え方や感じ方の違いなど,様々な視点から物事 を理解し,主体的に学習に取り組む」道徳科の学 習について考察していきたい。

3.人間理解の視点を重視した道徳科の授業 改善

 本稿で結論付けた道徳科における授業改善につ いて考察する前に,道徳科の学習指導過程につい て明らかにする。『小学校学習指導要領解説 特 別の教科 道徳編』で,道徳科の学習指導過程に ついて,次のように解説されている。12

 道徳科の学習指導過程には,特に決められた形 式はないが,一般的には以下のように,導入,展 開,終末の各段階を設定することが広く行われて いる。このような指導を基本とするが,教師の指 導の意図や教材の効果的な活用などに合わせて弾 力的に扱うなどの工夫をすることが大切である。

 この学習指導過程を基本とし,本稿では道徳科 の学習指導過程を次のように押さえる。

 本稿で示す学習指導過程は,「道徳的価値の主 体的自覚を目指す指導方法」であり,展開段階の 前半を「道徳的価値の追求・把握」,展開段階の 後半を「道徳的価値の主体的自覚」に分ける。「道 徳的価値の追求・把握」段階では,主に読み物教 材を提示し,教材の状況や主人公に自我関与さ せ,ねらいとする道徳的価値を追求・把握させ る。「道徳的価値の主体的自覚」段階では,読み 物教材から離れ,自分自身に目を向けさせ,ねら いとする道徳的価値について,自己を振り返らせ る。この「道徳的価値の主体的自覚を目指す指導 方法」の課題について,笠井(2012)13は以下の ように指摘した。

 ・子どもたちは本音を語らず建前の発言ばかり 表3 本稿で示す学習指導過程

【学習指導要領】 【本稿】

導入 道徳的価値の方向付け 展開 道徳的価値の追求・把握

道徳的価値の主体的自覚 終末 実践への意欲化

(6)

「考える道徳」「議論する道徳」への授業転換のための一方策

して,授業がきれいにごとに終わっている。

 ・国語科の浅い読解の授業に終始し,結局は教 師が価値を押しつけている。

 ・子どもたちの行動の指導をしようとして,道 徳的価値の指導がおろそかになっている。

 ・理性に働きかける知的な授業だが,子どもた ちは自分の内面を見つめようとしていない。

 ・頭(理屈)ではわかっているが,心情面や行 動面ではほとんど変わっていない。

 ・心情に流されて知的判断がおろそかになり,

かつ,他人ごとに終わっている。

 筆者が行った実践や参観した実践における課題 は,登場人物の心情理解や価値理解を求めるあま り,「道徳的価値の追求・把握」段階における読 み物教材を用いた話合いに時間が掛かってしまう ことと,その分「道徳的価値の主体的自覚」段階 における時間が少なくなり,「道徳的価値の主体 的自覚」を促すことが難しくなっていることであ る。

 以上に挙げた課題を解決するとともに,本稿で 結論付けた道徳科における授業改善の方向性であ る,「物事を一面的に捉えるのではなく,道徳的 価値の大切さや,それを実現することがなかなか 難しい人間の弱さ,人それぞれの考え方や感じ方 の違いなど,様々な視点から物事を理解し,主体 的に学習に取り組む道徳科の学習」を目指すこと をねらいとし,人間理解の視点を重視した道徳科 の授業を提案する。この理論は,笠井稔雄氏の道 徳の時間における授業改善の考え方14である。笠 井(2012)15は,道徳の時間における授業改善に ついて,次のように論じた。

 人間の“弱さ”に着目し,“弱さ”への共感を 重視することで,子どもたちが“他人ごと”では なく“自分ごと”として考えることができるよう になり,“建前”ではなく“本音”を語るように なる。つまり,人間の“弱さ”に着目するこの指 導過程は,子どもたちが資料に入り込みやすく,

自ら心を開いて資料に登場する人間の理解を深め

ながら,同時にこれまでの自分の人生を振り返り,

これからの生き方を考えさせる力をもっているの である。

 人間の本来の姿である“弱さ”や“もろさ”に 共感的な理解を示すことなく,強く生きる理想的 な人間の姿だけを子どもたちに求めてはいけな い。資料に登場する人間はもとより,教師も子ど もたちも,人間としての“弱さ”や“もろさ”を もちながら,人間としてのよりよい生き方を共に 考えていくのが道徳の時間なのである。そして,

人間の“弱さ”や“もろさ”に着目していくと,

資料に登場する人間をはじめ共に学ぶ同級生や教 師から「生きる勇気」をもらうことができるとい うのも事実であり,また嬉しいことである。

 人間理解,つまり,道徳的価値の大切さは分 かっていても,それをなかなか実現することがで きない人間の弱さなども理解し,さらにそれを共 感的に理解することを重視する授業改善について 主張している。その背景を,笠井(2012)は次の ように指摘した。16

 今後予想される変化の激しい社会をたくましく 生き抜くためには,生きてはたらく学力と強靱な 心身が必要である。したがって,学校教育におい て,自ずと子どもに<“強さ”を求める教育>が 主流となり,“強さ”は大いに褒められるが,“弱 さ”はほとんど認められない。それどころか,ど んな時にも弱音をはかず,強く前に進むことが期 待され,過剰なまでに“弱さ”を拒否し“強さ”

を志向することが,人生にとって最も大切だとい うような雰囲気になってきているような気がする。

 このように,変化の激しい社会をたくましく生 きる子どもを育てようという教育的善意が,逆に 子どもたちを生きづらい状況に陥れている。子ど もたちは弱い自分と向き合うことを恐れ,弱い自 分とじっくり語り合う機会をもてないでいる。ま た,周囲に心を開いて弱い自分をさらけ出すこと などとてもできないという心理状態にあるように 思われる。

(7)

 今日の教育的課題の一つとして挙げられる,自 己肯定感や自尊感情の低さに注目するあまり,さ も自己肯定感や自尊感情を高めればよいという安 易な風潮があるのではないか。それでは逆に,子 どもたちは“弱さ”を見せることができず,建前 で生きていくことになり,生きづらい状況に置か れてしまうのではないだろうか。しかし,そう いった人間の“弱い”部分を子ども自身が認めた り,子ども同士がお互いに認め合ったりすること で,それを乗り越える原動力を生むことができる のではないか。

 そこで,筆者は,人間理解の視点を重視した道 徳科における授業改善を提案する。

4.人間理解の視点を重視した道徳科の授業 実践

 平成27年11月に,H小学校校内研究において第 1学年(36名)に実践した授業を挙げる。

⑴ 主題名・内容項目・教材・授業の目標  ・主題名「お礼の言葉」

 ・指導内容項目「B−⑻ 礼儀」

   気持ちのよい挨拶,言葉遣い,動作などに 心掛けて,明るく接すること。

 ・教材名「かめさん ありがとう」(学研)17  ・授業の目標

   気持ちのよい挨拶を心掛けて,明るく接す ることが大切だという判断力を育てる。

⑵ 教材の概要

 島でみんなが楽しそうに遊んでいた。かめはた ぬきに頼まれ,島まで重たいたぬきをのせて,ふ うふう言いながら泳いだ。島に着き,たぬきは 黙ってみんなの所へ行ってしまう。

 今度はりすに頼まれ,最初は断ったかめだが,

りすがかわいそうになり,また島までのせて泳い だ。りすはかめにある言葉を言う。そして,かめ はのせて良かったと思う。

⑶ 本時の概要

 本時の概要について論じる。本時の展開を図1 に示す。

 本実践の教材観を以下に示す。みんなが遊んで いる島に行くために,たぬきとりすがかめに乗せ てもらうという話である。かめは,乗せてあげた 後に何も言わずに行ってしまうたぬきに失望する 一方,お礼を言うりすに自分の行為のよさを実感 する。本教材を「道徳的価値の追求・把握」段階 で活用し,登場人物の役割演技と,かめの気持ち の違いを考えさせる発問を通して,挨拶という礼 儀の大切さについての実感的な理解を図っていっ た。

 資料分析と発問構成については,図2のように 構想した。お礼を言うことの大切さを捉えさせる

「価値理解」を図り,かめにお礼を言わずに行っ てしまったたぬきに着目させることで,お礼を言 うことの大切さについて分かっているが,たぬき と同じようにお礼を言わない時もあるということ を共感的に理解させ「人間理解」を図った。

 従来の道徳の時間においては,「道徳的価値の 追求・把握」段階で,お礼を言ったりすに着目し,

りすの気持ちやお礼を言われたかめの気持ちを考 えさせる発問構成が,一般的な学習展開だと考え る。これは,人間理解や他者理解よりも価値理解 に重点を置いた発問構成であったと考える。

 本実践では,この従来の道徳の時間における授 業の在り方に改善を図り,人間理解に重点を置い た発問構成を図った。その結果,次のような成果 があった。

 1点目に,自分事として「挨拶することの大切 さ」を捉えることができた。それは,本時におい て,「たぬきさんは,みんなが遊んでいるところ へ早く行きたくて,お礼を言うのを忘れたかもし れない」という子どもの発言を取り上げ,たぬき のように挨拶をしない時もあるという共感的な理 解をもたせることができたからである。

 2点目に,これまでの自分の経験やそのときの 考え方,感じ方を振り返りながら,自分の目標や 課題について考えさせることができた。それは,

(8)

「考える道徳」「議論する道徳」への授業転換のための一方策

これまでの経験と照らし合わせて,同様のような ことがあるかを問い返したり,日常生活における 挨拶場面を映像視聴により振り返らせたりした結 果,お礼を言わなかったたぬきの行動に共感的な 理解を図り,「第1学年『礼儀』実践における本 時の板書」(図3)にあるように,「たぬきさんみ

たくあいさつをわすれないようにするには」どう したらよいのかについて考えを深める学習ができ たからである。

 本時の終末場面である「実践への意欲化」にお いて,子どもが記述した振り返りを以下に示す。

図1 第1学年「礼儀」実践における本時の展開 杉浦勉・笠井稔雄

4.人間理解の視点を重視した道徳科の授業実践

平成27年11月に,H小学校校内研究において 第1学年(36名)に実践した授業を挙げる。

(1) 主題名・内容項目・教材・授業の目標

・主題名「お礼の言葉」

・指導内容項目「B-(8) 礼儀」

気持ちのよい挨拶,言葉遣い,動作などに 心掛けて,明るく接すること。

第 1 学年 11 月第 4 週 全校共通学習

内容項目 主 題 名 教 材 名

礼儀 B-(8) 【旧:礼儀 2-(1)】

「お礼の言葉」

「かめさん ありがとう」(学研p.78)

ねらい 気持ちのよい挨拶を心掛けて,明るく接することが大切だという判断力を育てる。

事前指導

【他教科・他領域との関連】

・学級活動-11月の生活目標との関連,教室内外でのあいさつの様子

【家庭・地域社会との関連】

・言葉遣いやあいさつで,気になる日常の実態を知らせてもらう。

・「私たちの道徳」を活用し保護者から励ましや認めの言葉を記入してもらう。

程 児童の活動 教師の働きかけ

方 向 付 け

○日常場面を想起し本時の学習に関心をもつ。

・廊下で先生に挨拶をしている。

・帰りに「さようなら」と言っている。

○「どんなことをしているときの写真だと思いま すか。」

※日常生活における挨拶場面を想起させる。

価 値 の 追 求 把 握

価 値 の 主 体 的 自 覚

○かめに島まで乗せてもらったりすの思いを考え る。

・ありがとう。

・乗せてくれて嬉しかったよ。

◎たぬきとりす,それぞれを島まで乗せた後のか めの気持ちの違いを考える。

・さっきは断って悪かったなあ。

・いい気持ちだな,また乗せてあげよう。

・たぬき君の時とは,全然違うなあ。

◇日常生活での自分の行動について振り返る。

・「ありがとう」を言うことができた。

・「ありがとう」と思っていたけど,言っていな かった。

○自己の生き方についての考えを深める。

→「ありがとう」とお礼を言うことが大切なん だね。

○教材「かめさん ありがとう」を読む。

○パネルシアターによる資料提示。

○「りすはかめに何と言ったでしょう。」

※かめがお礼を言われた後の気持ちを確認させ る。

※理由も合わせて考えさせる。

◎「たぬきとりすを島まで乗せた後に,かめはど んな気持ちだったでしょう。」

※役割演技の中で考えさせる。

※たぬきとりすの行為を対比させ,あいさつの 大切さに焦点を絞っていく。

◇「今までの生活で,みなさんがどんな行動をし ていたのかを,思い出してみましょう。」

※iPad動画映像を視聴させる。

※「私たちの道徳」を活用する。

○「今日の学習を振り返って,どんな感想をもち ましたか。」

※道徳ノートを活用する。

○学習の振り返りをする。

○教師の説話を聞く。 ○教師の説話

事後指導

【他教科・他領域との関連】

・特別活動-11 月生活目標を振り返ったり,「みんなのポスト」からで学級名を意識した明るく生活 することについて話し合ったりする。

・国語-「きいたことを正しくつたえよう」で挨拶や言葉遣いについて練習する。

【家庭・地域社会との関連】

・「私たちの道徳」を活用し,挨拶について自己評価をしたり,「家の人から」の欄に励ましや認めの 言葉を記入してもらったりして,礼儀正しい行動への意欲を高める。

・学級通信で,学校生活における礼儀正しい行動について掲載し,称賛することで,意欲を高める。

図1 第 1 学年「礼儀」実践における本時の展開

「ありがとう」の挨拶でよい気持ちになるんだ。

挨拶をすると,どんな気持ちになるのだろう?

(9)

杉浦  勉・笠井 稔雄

表4 子どもの振り返り(子どもが今後の課題とし て目指そうとしていると思われる表現に筆者が 下線を加えた)

C1挨拶がもっと上手にしたいと思いました。

C2私もお礼を毎日続けようと思いました。

C3これからは挨拶ができるように頑張ります。

C4今度からもっといっぱい挨拶をしたいです。

 どの子どもの振り返りからも,これまでの自分 と照らし合わせて,今後の課題として自分が目指 そうとする姿が記述されていることが分かる。特 に,C4の記述からは,今までも挨拶をたくさん してきたが,できていない場面や時があったかも しれないと考え,そのような場面や時がないよう に,「今度からもっといっぱい」という表現が自 図2 資料分析と発問構成

7

・教材名「かめさん ありがとう」(学研)17 ・授業の目標

気持ちのよい挨拶を心掛けて,明るく接する ことが大切だという判断力を育てる。

(2) 教材の概要

島でみんなが楽しそうに遊んでいた。かめはたぬ きに頼まれ,島まで重たいたぬきをのせて,ふうふ う言いながら泳いだ。島に着き,たぬきは黙ってみ んなの所へ行ってしまう。

今度はりすに頼まれ,最初は断ったかめだが,り すがかわいそうになり,また島までのせて泳いだ。

りすはかめにある言葉を言う。そして,かめはのせ て良かったと思う。

(3) 本時の概要

本時の概要について論じる。本時の展開を図 1 に示す。

本実践の教材観を以下に示す。みんなが遊んでい る島に行くために,たぬきとりすがかめに乗せても らうという話である。かめは,乗せてあげた後に何 も言わずに行ってしまうたぬきに失望する一方,お 礼を言うりすに自分の行為のよさを実感する。本教 材を「道徳的価値の追求・把握」段階で活用し,登 場人物の役割演技と,かめの気持ちの違いを考えさ せる発問を通して,挨拶という礼儀の大切さについ ての実感的な理解を図っていった。

資料分析と発問構成については,図 2 のように構 想した。お礼を言うことの大切さを捉えさせる「価 値理解」を図り,かめにお礼を言わずに行ってしま ったたぬきに着目させることで,お礼を言うことの 学習テーマ:挨拶をすると,どんな気持ちになるのだろう?

◆価値理解

【場面】かめに乗せてもらって島に着いたりす。

○発問1:りすは,かめに何と言ったでしょう。

○意 図:かめの気持ちをもとに,お礼を言うことの大切さに気付かせたい。

◆人間理解 ◆他者理解

*資料全体と役割演技を通して,挨拶の大切さについて考えさせる。

○中心発問:たぬきとりすを島まで乗せた後に,かめはどんな気持ちだったでしょう。

○意 図:価値の追求把握をまとめるための発問。たぬきとりすのそれぞれを島まで乗せた後のかめ の気持ちを対比させることで,お礼という挨拶があることで,よい気持ちになるという価 値に迫らせることができると考えた。

◆自己理解

【価値の主体的自覚】

○発問3:今までの生活で,みなさんがどんな行動をしていたのかを思い出してみましょう。

○意 図:資料から離れ,児童の生活体験を想起させることで,価値の主体的自覚を図ることができる ようにした。

○手立て:①iPad動画映像の視聴 ②私たちの道徳の活用

「ありがとう」の挨拶で,よい気持ちになるんだ。

挨拶をすることを心掛けて,たくさんの人がよい気持ちになるようにしたい。

図2 資料分析と発問構成

図3 第1学年「礼儀」実践における本時の板書

(10)

「考える道徳」「議論する道徳」への授業転換のための一方策

分の思いとして表出されていることが推測できる。

5.終わりに

 本研究は,道徳の教科化に伴い,道徳科で求め られる授業の在り方はどうあるべきか,これまで 行われていた道徳教育,特に「道徳の時間」がど のように変わるのかという課題解決に向けて,小 学校道徳科で求められる授業の在り方を明らかに し,授業改善の具体的方向性を提案した。

 学習指導要領上の目標における授業改善の具体 的方向性を,以下のように押さえる。

物事を一面的に捉えるのではなく,道徳的価値 の大切さや,それを実現することがなかなか難 しい人間の弱さ,人それぞれの考え方や感じ方 の違いなど,様々な視点から物事を理解し,主 体的に学習に取り組む道徳科の学習

 さらに,筆者が過去に行った道徳の時間におけ る 授 業 実 践 や 参 観 授 業 に お け る 課 題 と 笠 井

(2012)18の論を基にした授業改善の具体的方向 性を,以下のように押さえる。

「道徳的価値の追求・把握」段階において,人 間理解,人間の“弱さ”への共感を重視した授 業

 答えが1つではない道徳的な課題を自分自身の 問題として捉え,自分事として自分の考えを深め る学習,つまり「考え,議論する道徳」への質的 転換が求められる。

 本研究の目的である,「小学校道徳科における 授業改善の具体的方向性への提案」には,前提条 件がある。それは,子どもたちが自分の考えや思 いを素直に表出し合うことができる,支持的風土 が醸成された学級経営である。子どもたち同士が お互いを認め合い,高め合うことができる人間関 係づくりを学級経営に位置づけながら,支持的風 土が醸成された中で,「人間理解の視点を重視し た道徳科の学習」が展開されることで,「考える 道徳」,「議論する道徳」への質的転換を図ること

ができると考える。今後の展望としては,そう いった前提条件について視点を当てた研究を進め ていき,実践を通して検証していきたいと考える。

 また,道徳科は,道徳の時間と同様に,学校の 教育活動全体を通じて行われる道徳教育の要であ るということである。つまり,学校全体での取組 が必要であり,学校で道徳教育を進める際には,

児童の実態や地域の実情など様々な事項を的確に 把握し,育てたい児童像を明らかにした上で,学 校の道徳教育の目標を設定し,計画を立てて,教 職員が共通理解と共通実践することができるよう にすることが重要である。そのために,道徳教育 の基本方針と目標達成のための方策を総合的に示 す「全体計画」の作成や,道徳教育の重点目標を 受けた「全体計画別葉」と「年間指導計画」の作 成が必要不可欠である。学校全体で充実した道徳 教育が展開されるための取組についても,今後の 展望として研究を深めていきたいと考える。

引用文献

1)文部科学省(2015)「小学校学習指導要領解説 特別 の教科 道徳編」p.2

2)文部科学省(2015)前掲書pp.1-2

3)道徳教育の充実に関する懇談会(2013)「今後の道徳 教育の改善・充実方策について(報告)」p.10

4)文部科学省(2015)前掲書p.3 5)文部科学省(2015)前掲書p.15

6)文部科学省(2008)「小学校学習指導要領解説 道徳 編」p.29

7)文部科学省(2015)前掲書p.4 8)文部科学省(2008)前掲書p.30 9)文部科学省(2015)前掲書pp.16-17 10)文部科学省(2015)前掲書p.17 11)文部科学省(2015)前掲書pp.17-18 12)文部科学省(2015)前掲書p.79

13)笠井稔雄(2012)「人間の“弱さ”への共感を重視し た道徳の授業−価値の主体的自覚を目指す指導の困難 さを克服する一つの方略−」『北海道教育大学紀要(教 育科学編)』第62巻第2号p.212

14)笠井稔雄(2012)前掲書pp.211-225 15)笠井稔雄(2012)前掲書p.217 16)笠井稔雄(2012)前掲書p.213

17)学研(2015)「みんなのどうとく 1年」pp.78-79

(11)

18)笠井稔雄(2012)前掲書pp.211-225

(杉浦  勉 北翔大学講師)

(笠井 稔雄 大学院教授) 

参照

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