国語史の中世論攷
著者 坂詰 力治
学位授与大学 東洋大学
取得学位 博士
学位の分野 文学
報告番号 乙第115号
学位授与年月日 1999‑09‑13
URL http://id.nii.ac.jp/1060/00000870/
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第 四 篇 鶏 肋
「 と ば か り ( 暫 時 )」 考 章
607
ja=﹃々i
ばかり月を見る︒
第 一 章 ﹁ と ば か り ︵ 暫 時 ︶﹂ 考
副詞﹁しばし﹂﹁しばらく﹂と同義・類義の関係にある語に﹁とばかり﹂がある︒この語は︑平安時代以降用い
られるようになったようで︑奈良時代の文献にはいまだ現れていない︒平安時代においては︑たとえば源氏物語
﹁帚木﹂の巻に︑
荒れたるくづれより︑池の水︑影見えて︑月だにやどるすみかを過ぎむもさすがにて︑おり侍りぬかし︒も1
とよりさる心をかはせるにやありけむ︑この男︑いたくすずろぎて︑門近き廊の畏子だつものに尻かけて︑と
︵吉沢義則著﹃対校源氏物語新釈巻こ五八頁﹄
のように用いられている︒この﹁とばかり﹂は﹁しばらくの間﹂という意味に解され︑﹁しばし﹂﹁しばらく﹂と置
き換えても何ら不自然ではない︒
平安時代以降︑短い時間︑一つの状態が持続するさまを示す語は︑一般的には﹁しばし﹂と﹁しばらく﹂の二語
である︒この﹁しばし﹂と﹁しばらく﹂は︑平安時代には︑﹁しばし﹂が和文体で用いられ︑日常的な語であった
とされるのに対し︑﹁しばらく﹂は漢文訓読体で専用される語であったとされていることは周知のところである︒
幄゛とばかり﹂はヽ築島裕著平安時代の漢文訓読語につきての9 鎚﹄によると︑漢文訓読語﹁しばらく﹂に対する
和文脈語として︑﹁しばし﹂と一緒に取りあげられている︒このことから︑﹁しばし﹂と﹁とばかり﹂は︑平安時代
第四 篇 鶏 肋608 考
章 「 と ば か り ( 暫 時 )」
第 609
には共に漢文訓読語﹁しばらく﹂に対応する和文脈語であったと理解できるのである︒
そこで︑本章では︑I
﹁しばし﹂と共に和文脈語であると考えられる﹁とばかり﹂が平安時代の和文系の文献において︑どのような
使用状況を示すのか︒H
同義・類義の関係にある﹁しばし﹂と﹁とばかり﹂の間には︑用法上の違いが存するか否か︒
の二点について検討しようと思う︒
一平安時代における﹁とばかり﹂
平安時代において︑﹁とばかり﹂がどのような文献にどの程度用いられているかを見てみよう︒︿表1﹀は平安
時代の和文系文学作品に見られる﹁とばかり﹂の使用状況を︑﹁しばし﹂﹁しばらく﹂の使用状況と併せ示したもの
である︒この表から︑﹁とばかり﹂は取りあげた二五作品すべてに亘って広く用いられているというわけではなく︑
〈表1 〉
と ば りか
し ば し
し ば ら く 竹 取 物 語 0 2 0 伊 勢 物 語 0 1 0 土 佐 日 記 0 5 0 大 和 物 語 2 9 0 多武峯 少将物 語 0 2 0 宇 津 保 物 語 8 98(3) 0 蜻 蛉 日 記 16 30剛 0 平 中 物 語 2 4(1) 0 落 窪 物 語 0 45 1
枕 草 子 0 24 0
源 氏 物 語 18 163(5) 0 和 泉 式 部 日 記 0 10(1) 0 篁 物 語 0 O(2) 0 紫 式 部 日 記 0 2 0 堤 中 納 言 物 語‑ 0 15 0 夜 の 寝 覚 17 46(2) 1 浜松中納 言物 語 9 40(2) 0
j更 級 日 記 0 2剛 0
ゴ仁子 物 語
5 36剛 0栄 花 物 語 1 68(1) 1
大 鏡
八讃 岐 典 侍 日 記
心
3 8 0
0 12 0
法華百座聞 書抄 八古 本 説 話 集 八松 浦 宮 物 語 七
0 5 1
3 6 0
0 8 2
注ヽ( )は 和 歌 で の 用 例 数 を 示 す 。
作品によって用いられたり︑用いられなかったりしているということ︑これに対して︑﹁しばし﹂は使用数に多寡
はあるものの︑二五の全作品に亘一って用いられている︵ただし︑﹁しばらく﹂は漢文訓読語であることから︑和文には特
別の場合にしか用いられないため︑ここでの使用数は極めて少ない︶ことが看取される︒
﹁とばかり﹂が用いられている文学作品は︑大和物語・宇津保物語・平中物語二
言物語・狭衣物語などの歌物語や作り物語︑栄花物語・大鏡などの歴史物語といった︑いわゆる物語が中心であっ
て︑他は蜻蛉日記と古本説話集である︒これら﹁とばかり﹂が用いられている作品は︑一方において﹁しばし﹂を
数多く用いている傾向にありIたとえば︑宇津保物語の﹁しばし﹂98対﹁とばかり﹂8︑源氏物語の﹁しばし﹂163
対﹁とばかり﹂18︑浜松中納言物語の﹁しばし﹂40対﹁とばかり﹂9︑狭衣物語の﹁しばし﹂36対﹁とばかり﹂
5︑栄花物語の﹁しばし﹂68対﹁とばかり﹂Iなど﹁とばかり﹂と﹁しばし﹂の間には︑使われ方の違いが存
するように思われる︒けれども︑中には大和物語の﹁しばし﹂4対﹁とばかり﹂2︑蜻蛉日記の﹁しばし﹂30対
﹁とばかり﹂16︑平中物語の﹁しばし﹂4対﹁とばかり﹂2︑夜の寝覚の﹁しばし﹂46対﹁とばかり﹂17︑大鏡の
﹁しばし﹂8対﹁とばかり﹂3︑古本説話集の﹁しばし﹂6対﹁とばかり﹂3などのように︑﹁とばかり﹂と﹁しば
し﹂の使用数が比較的接近しているものもあることを考えると︑両語の間に用法上の違いが存するのか否かを捉え
ることは難かしい︒
二 源 氏 物 語 の ﹁ し ば し ﹂ の 用 法
そ こ で ︑ 以 下 ︑ 各 作 品 の ﹁ と ば か り ﹂ の 用 法 を 明 ら か に す る 意 味 で ︑ 源 氏 物 語 の ﹁ し ば し ﹂ の 用 法 を 整 理 し た も
の と 比 較 し な が ら 検 討 す る ︒
源 氏 物 語 の ﹁ し ば し ﹂ の 用 法
μ︱
第 四 篇 鶏 肋610
巾単独で︑ドの用言を修飾するもの
㈹助詞︵係助詞や副助詞あるいは格助詞︶を付して︑下の用言あるいは体言を修飾するもの
㈹断定の助動詞﹁なり﹂の連用形﹁に﹂十接続助詞﹁て﹂十係助詞﹁も﹂を付して︑下の用言を修飾するもの
圃﹁今しばし﹂のように︑副詞を上にとって下の用言を修飾するもの
源氏物語における﹁しばし﹂の用法は︑凡そ右の四つに分類されるが︑次に剛丿圃それぞれの具体例を示す︒
︵会は会話文︑歌は和歌での使用であることを示す︶
田の用法によるもの
〜試みよ②︿桐壷﹀〜懲さむの心にて︿帚木﹀上立ちやすらふべきに︿同﹀〜聞き給ふに︿同﹀〜う
ち眺め給ふ︿同﹀〜うち休み給へど︿空蝉﹀〜引きすゑ給へり︿夕顔﹀〜思ひしづめよ②︿同﹀〜休
め給へと②︿葵﹀上立ちとまりて︿賢木﹀〜曇らむ空艦︿須磨﹀〜見ぬだに②︿同﹀〜とどめてし
がな物︿同﹀〜慰む物︿同﹀5まがひし月影⑥︿松風﹀〜見ならはせて②︿薄雲﹀〜こもり給へり
し程をだに︿同﹀〜ならはさむの本意︿少女﹀〜とどめて︿同﹀〜待て②︿王鬘﹀
〜︵人にも︶口がためで︿若紫﹀〜︵人に︶知らせじ②︿同﹀〜︵殿の内の人にも誰と︶知らせじ︿紅葉賀﹀
〜︵欺くも︶ありくぞ②︿同﹀〜︵この事︶漏らし侍らじ②︿賢木﹀〜︵欺かる事︶漏らさじ⑤︿少女﹀
〜︵欺かる山賤の心を︶乱り給ふばかりの御契り︿松風﹀
〜近く︵コノアトニ﹁居よ﹂ヲ省略︶②︿夕顔﹀〜︵コノアトニ﹁このままにあらむ﹂ナドヲ省略︶とおぼす所あり
て︿薄雲﹀
㈲の用法によるものa
﹁こそ﹂を付したもの
IL−d−・−
611 第 一一章 「 と ば か り ( 暫 時 )」 考
−・I−−−−−−−ll
︲jl︲ト
〜こそ︵﹁さ宣ひしものを﹂など︶なさけづくれど︿関屋﹀〜こそ︵似げなくあはれと︶思ひ聞えけれ②︵工鬘﹀b
﹁だに﹂を付したもの
今〜だに物し給へかし②︿少女﹀c
﹁の﹂を付したもの
〜の程に︵心をつくして︶︿夕顔﹀〜の程︵御心をも悩まし奉るにや︶︿明石﹀〜の事とは︵思う給ふれど︶②
︿少女﹀d
﹁は﹂を付したもの
〜は︵夢かとのみ︶だどられしを︿桐壷﹀〜ほおば之給ふ︿夕顔﹀〜は︵かくて︶おはしましなむ②︿若紫﹀
〜は念じ給へ②︿澪標﹀〜は︵泣くくも︶過ぐし給ひしを︿蓬生﹀〜は︵人々もとめて︶泣きなどし給
ひしかど︿薄雲﹀〜は︵さりともさやうならむ事もあらば︑隔ててはおぼしだらし︶︑とおぼしけれど︿様﹀〜
は︵他方に︶休らひて②︿葵﹀e
﹁も﹂を付したもの
〜もあらむは︿桐壷﹀〜もやすらはず②︿若紫﹀〜もやすらはせ給はで②︿須磨﹀〜も立ちとどまらず
︿同﹀
〜も︵をさなき人の︶過ぐし給はむ②︿若紫﹀
㈹の用法によるもの
〜にても見奉らぬ程や経むと︿煩磨﹀〜にても苦しゃ②︿松風﹀〜にてもよそくに思ひのほかのまじら
ひし侍らむが②︿薄雲﹀
㈲の用法によるもの
第四 篇 鶏 肋612 613 第 一一章 「 と ば か り ( 暫 時 )」 考
今〜待ち聞えざりける︵心浅さを︶︿蓬生﹀今〜︵世の中を︶思ひのどむる程は②︿澪標﹀今〜︵斯くだに︶
あらば②︿須磨﹀今〜やまざらましかば②︿明石﹀今〜だに物し給へかし②︿少女﹀
源氏物語の﹁しばし﹂の用法を︑右の具体例からさらに検討してみると︑単独で連用修飾語となったり︑助詞
﹁こそ﹂﹁だに﹂﹁は﹂﹁も﹂などを付けて連用修飾語となったり︑あるいは︑副詞﹁今﹂を上に付けて﹁今しばし﹂
という形で連用修飾語となったりする例が中心となっていることがわかる︒これは﹁しばし﹂が副詞であることか
ら当然のことなのであるが︑特に注意されることは右の剛切︵ただし︑Cの﹁の﹂を付したものを除く︶出に示した具
体例から窺えるように︑﹁しばし﹂が直接修飾する動詞にはある特定の語に限られるということが認められず︑む
しろ広くさまざまな動作が行われる時間的短さを表すということである︒そしてまた︑㈹のCのように助詞の﹁の﹂
を付けて連体修飾語として下の体言にかかって埜言句を作り︑さらには㈹の用法のように︑﹁にても﹂を付けて仮
定条件句を作って下の用言にかかることもあるということである︒
こうした﹁しばし﹂の用法は︑単に源氏物語にのみ見られる特別なものではなく︑﹁しばし﹂の一般的な用法と
言えるであろう︒
三 各 作 品 に 見 ら れ る ﹁ と ば か り ﹂ の 用 法
源 氏 物 語 の ﹁ し ば し ﹂ の 用 法 を 基 に し て ︑ 平 安 時 代 の 各 作 品 に 見 ら れ る ﹁ と ば か り ﹂ に つ い て ︑ 各 作 品 で の ﹁ し
ば し ﹂ に も 注 目 し な が ら 考 察 す る ︒
︹大和物語の例︺
人和物語には︑次のように﹁とばかり﹂が二例見られる︒
−−− C−−
−︲−・11
1さて女いにけり︒とばかりありてをこせたりける︑⁝⁝︵歌︑略︶︵六十四段︶2
さめて夢にやあらむとおもへど︑太刀はまことにとらせてやりけり︒とばかり聞けばいみじうさきのごといさ−S一一かふなり︒しばしありて︑はじめの男きていみじうよろこびて︵百四十七段︶I
・2ともに地の文中に用いられ︑直ぐ下の用言を修飾している︒これは﹁しばし ﹂の剛の用法であるが︑ただ
大和物語の﹁とばかり﹂には︑2の﹁とばかり聞けば﹂のように︑﹁聞く﹂動作の行われるわずかな時間を表すほ
かに︑Iの﹁とばかりありて﹂のように︑前の事柄や動作と後の事柄や動作との間にしばらくの時間的隔たりが存
することを表して︑一つの変化や流れを示す役割を果すこともある︒しかし︑2の例には︑1の﹁とばかりありて ﹂
と全く同様に﹁しばしありて﹂が用いられており︑両者には用法上の差はないようである︒要するに︑﹁とばかり
ありて﹂も﹁しばしありて﹂も︑話の変化や流れを示すという共通のはたらきをしているのだが︑﹁とばかりあり
て﹂は同一場面内でのほんの短い時間の隔たりを表すのに対し︑﹁しばしありて﹂はある程度の時間的隔たりをお
いて︑場面が展開していくことを表すものと捉えることができそうである︒
なお︑大和物語における﹁しばし﹂九例はいずれも剛か㈲の用法で︑即と㈲の用法の例は見られない︒
︹ 宇 津 保 物 語 の 例 ︺
宇 津 保 物 語 に 見 ら れ る ﹁ と ば か り ﹂ は ︑ 次 の 八 例 で あ る ︒1
な を い み じ う か な し う お ぼ さ る れ ば ︑ ひ と へ の 袖 を か ほ に ほ し て あ て
︱一・一一ヽ︑とばかりなき人て︑ かくのたまふ︒︵としかげ︶
2君の御したがひの御くびに︑つぶくとながくぬひっけてたちぬる︒さてとばかりあれば︑そのはりおとしっ
るたかは︑このはりをもとむるやうにて︑そのわたりをかけりて見るに︑ ︵同︶
第四 篇 鶏 肋6 日 615 第 々 「とばかり(暫時)}考
3さい将なみだをこぼしてとばかりものもの給はず︒
かにともしたり︒ ︵おきつしら波︶
︵くらびらきの上︶
︵同︶ 4うへ︑とばかり物ものたまはで御らんずるやう︑
−¶−15いかに見給らむ︑などおもほしいりて︑とばかりおもひしみ給て
6おとゞ見めぐらして︑とばかり物もの給はず︑たゝなきに︑二三の御ぞのそでのしとゞになりぬまでなき給︒
︵くらびらきの下︶
−− ¶︱−7ありつるやうをくはしくきこえ給へば︑宰相とばかりものものたまはで︑いとひさしく思ひはからひて︒
︵国ゆづりの上︶8
かくて︑つとめての御だい︑こゝにてまいらせ給で︑とばかりありて︑ろうへふた所わたしたてまつり給へり︒
︵楼のうへのド︶
いずれも連川修飾語として用いられているものである︒このうち︑1258を除いた他の3467の四例はすべ
て下に﹁ものものたまはず︵了︶と﹁のたまふ﹂の打消形を伴っており︑﹁とばかり﹂が下に伴う語にはある種の
傾向が存することを示唆しているように思われる︒2と8は︑下の動詞﹁あり﹂を修飾してはいるものの︑他の
﹁とばかり﹂の用法とは違って︑﹁とばかりあれば﹂﹁とばかりありて﹂全体で時間的推移を表しているものである︒
なお︑宇津保物語の﹁しばし﹂の用法は︑源氏物語を基準にした剛〜困すべてを有し︑しかも㈹と即の用法には︑
㈹の
○わらはたにかくかきっく︑⁝⁝いたしてしばしぽかりありて︑すきばこよつに︑つらつきすへて︑もみぢおり
しきて︑︵きくのえん︶JF
一●・のように︑﹁とばかり﹂の語構成と同じ﹁しばしぽかり﹂があったり︑㈹の﹁大将はしばしにても︑おもふやうに
てめづらかなるさまにて﹂︵楼のうへの上︶のように︑﹁しばしにても﹂という形をとるもののほか︑
i︱・I︷ママ︒︑○かゝることこのみ給人なれば︑しばしなれど︑おもしろうをきたる︒︵国ゆづりの上︶
O﹁さてなをひさしくや︑宮はみたてまつらざらんずる︒﹂﹁などてか︒たゞしばしなり﹂ときこえ給にも︒
︵楼のうへの上︶
のように︑助動詞﹁なり﹂の終止形や已然形を付けて述語となった例が見られるのである︒8の﹁とばかりありて ﹂
については︑﹁しばし﹂にも﹁しばしありて﹂が︑次の例を含め九例ほど用いられている︒
○⁝⁝との綸て︑しきぶのぜうかけたるくら人になされぬ︒しばしありてかうぶりえて︑兵衛のすけになりぬ︒
︵藤はらの君︶
﹁とばかりありて﹂も﹁しばしありて﹂も︑共に﹁しばらくして﹂という意に解されるものであるが︑両語の用
いられているそれぞれの表現内容から︑﹁とばかりありて﹂の方が﹁しばしありて﹂の表す﹁しばらくして﹂とい
う時間的推移の差は小さい︵短かい︶ように思われる︒そして︑特に注意されるのは︑﹁とばかりありて ﹂を使用し
た場介には︑表現者の受け止め方が直接的・主観点であるのに対し︑﹁しばしありて﹂を使川した場合には︑表現
者の間接的・客観的姿勢が読み取れるということである︒
︹蜻蛉日記の例︺
蜻蛉目記には︑﹁とばかり﹂がよハ例見られる︒﹁しばし﹂三〇例に対して︑約一一・分の一以上川いられていること
になり︑9用されている割合は極めて高い︒次に用例を示す︒
1いみじうかなしうて︑ありつるやうにおきて︑とばかりあるほどにものしためり︒Tに︑こハ⑦︶2
日ごろありつるやうくづし語らひて︑とばかりあるに︑﹁火ともしつけよ︒いと暗し﹂とて︑屏風の後にほの
︵同︑五八⑧︶
第四 篇 鶏 肋616 617 第 一章 「 とば かり ( 暫時 )」考
3おのがじヽは思ふことこそはあらめと見ゆ︒とばかりあれば︑文さゝげて来る者あり︒︵同︑七四⑩︶4
さて︑とばかりありて︑人々とあやしと思ふに︑はひいりて︑︵中︑九八④︶・・一・IIφかたきし5高欄におしかゝりてとばかりまもりゐたれば︑片崖に草の中に︑︵同︑一一四⑥︶6
と許ありて︑﹁男どもは参りにたりや﹂などいひて︑︵下︑一七三①︶7
日ごろ︑いと風はやしとて︑南面の格子はあげぬを︑今日︑かうて見出して︑と許あれば︑雨よいほどにのど
やかに降りて︑庭うちあれたるさまにて︑︵同︑一七三⑩︶8
﹁なにごとによりて﹂などありければ︑とばかりありてこのことを言ひ出だしたりければ︑︵同︑一八〇⑩︶9
定めつるかひもなく︑先だゝれにたれば︑いふかひなくてあるほどに︑と許ありて来ぬ︒︵同︑一八三③︶10
返りごとものして︑と許あれば︑みづからなり︒︵同︑一八九①︶
﹈11異人おほくも見ざりければ︑人︸ごちして立てれば︑と許ありて︑わたる人︑わが思ふべき人も︑・⁝⁝まじり
たり︒
12 ⁝⁝などあるほどに︑と許になりぬれば︑鶏も鳴きぬと聞くく寝にければ︑
︱・e一カタ13老いて恥かしうなりにたるに︑いと苦しければ︑いかゞはせん︑と許ありて︑﹁方
めたるともいはじ︒
塞;
︵同︑一九一④︶
︵同︑一九三②︶
がりたり﹂とて︑わが染
︵同︑二〇五⑩︶
14内よりはたまして音なし︒とばかりありて︑おぼつかなう思ふにやあらんとて︑いさゝかしはぶきの気色した
るにつけて︑︵同︑二二四⑩︶15
⁝⁝と物したれば︑返りごともなくて︑と許ありて︑みづから⁝⁝とあれば︑︵同︑三毛⑤︶i
すけe一一@16⁝⁝とて入らで︑と許︑助と物語して︑たちて︑硯︑紙とこひたり︒︵同︑二二七⑨︶
蜻蛉日記での﹁とばかり﹂は︑右に掲げた例から窺えるように︑51216の三例を除いては︑すべてある事柄・動
作から次の事柄・動作へ展開する時間的推移を表す﹁とばかりありて﹂﹁とばかりあるに﹂﹁とばかりあれば﹂が用
いられ︑﹁とばかり﹂が特定の語︑すなわち﹁あり﹂と結び付いて用いられることが多いことを知る︒そして︑動
作が行われる時間的隔たりを表す例は︑わずかに5と16の二例である︒12の﹁と許になりぬれば ﹂は︑﹁と許﹂に 連川格助詞﹁に﹂が付き︑下の﹁な︵成︶りぬれば﹂を修飾しているものと捉えることができる︒﹁とばかり ﹂に12 の例のような用法が存することは極めて特異と言えよう︒ただし︑森野宗明氏が﹁しばし ﹂について︑
⁝⁝まれに助動詞﹁なり﹂が接合して一文節となり︑副詞の状態・形状表示の表現性と指定の助動詞の叙述性
とがともにはたらいて形容動詞相応の機能を果すことがあったと考えることがよろしい︵位相を異にする同義語
﹁しばらく﹂にもまれに同一現象がおこる︶︒
として︑﹁しばし﹂に形容動詞としての用法もあったことを夙に指摘しておられる︒従って︑﹁しばし ﹂に形容動詞
﹁しばしなり﹂の存在が認められていたならば︑﹁とばかり﹂にも﹁しばし﹂との関係から︑当然形容動詞の用法が
あったと考えられよう︒12の﹁と許になりぬれば﹂の﹁と許に﹂はまさしく﹁しばしなり ﹂に相当する形容動詞と
考えでよいであろう︒
なお︑蜻蛉日記の﹁しばし﹂は︑源氏物語を基準にした用法のうち︑剛白00に相当する用法を見せ︑断 定の助動
訓﹁なり﹂が接して述語となる白の用法の例はない︒
︹平中物語の例︺
平中物語では︑﹁しばし﹂四例に対して︑﹁とばかり﹂は二例用いられている︒すなわち︑
I男のもとには来で︑すゝきのいとむららかにておもしろきがもとにいきて︑とばかり帰らざりければ︑あやし
さに︑みそかに草がれにうかヽひ寄りて︒︵一七︶
第四 篇 鶏 肋618 619 第一章 「とばかい 暫剛 考
2このおとこ馬からをりて︑とばかり立てりけるに︑車︑﹁人きぬ﹂と見て︑牛かけさせていきけり︒︵二五︶
のごとくである︒二例とも動作の行われる時間的隔たりを表しているが︑﹁しばし﹂四例のうち三例は同じ用法を
示している︒
なお︑次の一例は︑助詞﹁こそ﹂を付けて事柄と事柄の問の時間的隔たりを表す﹁しばし﹂②の用法である︒
χヽ一一〇⁝⁝といへば︑﹁尋ねむ︒かたくなむ︒奈良と聞ゝては︑いづくをいづことか尋ねむ﹂と思ひて︑しばしこそ
ありけれ︑思ひ忘れて年月になりぬ︒⊃一六︶
︹源氏物語の例︺
源氏物語では︑﹁しばし﹂二八三例に対して︑﹁とばかり﹂は一八例用いられている︒源氏物語における﹁しばし﹂
の用法については︑先述の剛上川におおよそまとめることができたが︑﹁とばかり﹂の例は次のごとくである︒
1この男︑いたくすずろぎて︑門近き廊の簑子だつものに尻かけて︑とばかり月を見る︒2
⁝⁝と︑いといとほしき御気色なり︑とばかり物も宣はず︑いたくうめきて︑憂しとおぼしたり︒ ︵帚木︶
︵同︶
3戸放ちつる童も︑そなたに入りて臥しぬれば︑とばかり空寝して︑火あかき方に屏風をひろげて︑影ほのかな
るに︑やをら入れ奉る︒︵空蝉︶
4この人に息をのべ給ひで子︑悲しきこともおぽされける︒とばかり︑いといたく︑えもとどめず泣き給ふ︒
︵夕顔︶
5隅の間の勾欄に押しかかりて︑とばかり眺め給ふ︒︵須磨︶
6心苫しくおぼし悩ますらむ︑つらしとも思ひ聞えしかと︑又なつかしくあはれなる御心ばへを︑など思ひ乱れ
給ひて︑とばかりうちながめ給へり︒
・−=
びんなく思召すにやと︑
けられて︑やをら立ちぬ︒ ︵絵合︶
︱l11−SII4−7帷子引きやりて︑こまやかに語らひ出で給ふとて︑とばかりかへり見給へるに︑さこそしづめっれ︑ 見送り聞 ゆ︒ ︵松風︶8 殿におはして︑とばかり打休み給ふ︒山里の御物語など聞え給ふ︒ ︵同︶9
⁝⁝︑怖ろしうも悲しうも︑さまぐに御心乱れけり︒とばかり御いら へもなければ︑僧都︑進み奏しっるを
川おとど打笑ひ給ひて︑⁝⁝とて︑とばかり語らひ聞え給ふけはひども︑いとをかし︒ ︵薄雲︶
︵野分︶
−−1−−1111一わが怠りに︑本意なくのみ聞き思すらむことを︑とばかり思しつ づけて︑⁝⁝と宣ふに︑恥ぢらひて背き給へ
る御姿も︑いとらうたげなり︒
12 ⁝⁝︵歌︑略︶おし包み給ひても︑とばかり打眺めておはす︒ ︵若菜下︶
︵御法︶
B北の方︑あきれて物もいはれで︑とばかり思ふに︑世の中の心憂さをかきつらね︑涙も落ちぬばかり思ひつづ
14 右近︑・⁝⁝といふ︒とばかりためらひて︑・⁝⁝とて︑返りごとも聞え給はずなりぬ︒ にEあさましう思しかけぬ筋なるに︑物もとばかり宣はず︒ ︵東屋︶
︵浮舟︶
︵蜻蛉︶
16 御車の桐を召して︑妻戸の前にぞに片結ひけるも見苫しけれど︑いと繁き木の下に︑苔を御座にて︑と ばかり居
給へり︒︵同︶17
かぽかり心得給ひて︑うかがひ尋ね綸はむに︑隠れあるべき事にもあらず︑なかくぁらがひ隠さむにあいな
がるべし︑など︑とばかり思ひ得て︑⁝⁝とて︑ ︵夢浮橋︶
︲−18何か︑今は世にあるものとも思はざらむに︑あやしきさまに而がはりしてふと見えぬも恥かし ︑と思へば︑と ばかりためらひて︑⁝⁝と官一へば︑ ︵同︶
620
源氏物語の﹁とばかり﹂一八例の用法を︑先の﹁しばし﹂剛〜倒の用法に照らしてみると︑いずれもドの川言す
肋なわち動詞の﹁見る﹂﹁宣ふ﹂﹁空寝す﹂﹁泣く﹂﹁眺む﹂﹁打休む﹂﹁語らふ﹂﹁思しつづく﹂﹁打眺む﹂﹁思ふ﹂﹁ため
第四 篇 鶏
621 第 一章 「 とば か り(暫 時 )」 考
らふ﹂﹁居る﹂﹁思ひ得﹂などを修飾しているもので︑すべて叫の用法である︒しかも源氏物語の﹁とばかり﹂はこ
れを受ける語に必ずしも一定の傾向は認められず︑むしろ種々の動作を表す語が立っていて︑﹁しばし﹂との間に
川法卜の違いを見出すことが難かしい︒源氏物語には﹁しばし﹂がよハ
はわずかに一八例しか用いられていないことから︑両者の使用数の差は
ミ J 。ミりかばと﹁︑し対にるのいてれらい用例一﹂ー
見﹁とばかり﹂の顕著な用法を表してい
るように思われるが︑実際は右にみたように︑そう単純には用法の差を示さないのである︒
既述の人和物語・宇津保物語・蜻蛉日記・平中物語においてそうであったように︑源氏物語にあっても﹁とばか
り﹂は地の文にしか用いられず︑﹁しばし﹂が地の文・会話文いずれにも広く用いられることを考えると︑それに
は使用上の限界があったと言ってよいであろう︒そして︑源氏物語での﹁とばかり﹂は︑先の宇津保物語において
﹁とばかりありて﹂と﹁しばしありて﹂の関係を捉えたと同様に︑﹁しばし﹂が叙述の展開に伴う時間的推移を表現
者が客観的に受け止めた場合において川いられると解せられるのに対し︑叙述の展開に伴う時間的推移を表現者が
直接的:王観的に受け止めた場合において用いられると解せられるのである︒
︹夜の寝覚の例︺
夜の寝覚には︑﹁とばかり﹂が一七例見られる︒﹁しばし﹂四六例に対して︑三分の一弱の使用数であるから︑
﹁とばかり﹂の使用率はかなり高いと言える︒次に用例を示す︒
I⁝⁝と思ふにも︑なみだぐまれて︑書く文もうち置かれて︑とばかりながめ給ふ︒︵巻一︑六一⑤︶i
・︱I一●2御方⁝⁝といさめて︑あはれなりつる御気色は心にかゝりておぼゆるに︑とばかりありて︑まぎらはして御文
I Ir l
−− II
さしいれたり︒︵同︑九.三②︶
3あさましく︑むねもいとゞせきみだるt心地して︑とばかり物もいはれず︑かほに袖を押しあてて︑
︵同︑九六②︶4
さてありぬべかりつることを︑いといみじく憎く︑心もつきなけれど︑とばかりありて︑わたらせ給とて︑う
ちそよめく音のちかく聞ゆるに︑5
ことなくて︑とばかりありて︑又﹁絶えいらせ給ぬ﹂とて騒ぎ侍しを︑6
とばかり案じて︑すべて異事なく︑下衆・上下なく︑おしおもむけて︑
て参れり︒
も
︵同︑一〇三⑩︶
︵巻二︑二元⑩︶
︵同︑一五四②︶
︵同︑一五五⑦︶
︵巻三︑一九二⑥︶
︵同︑二こハ⑥︶
︵巻四︑二六七⑩︶
︵同︑こ七四⑩︶ 7とばかり物ものたまはず︑御気色うちかはりて︑
8 ⁝ ⁝ と ︑ い と あ は れ に て ︑ 御 返 の 気 色 い と ゆ か し く ︑ 見 ま ほ し き ぞ ︑ 人 わ ろ き 心 な る や ︑ と ば か り あ り て ︑ も
9我も︑なかくなる御心まどひしづめさせ給程に︑とみに物も言はれさせ給はず︒とばかり思ししづめて︑・⁝⁝
など︑いとはづかしげにあはめさせ給も︑
10 言ひもはてぬやうに︑せめて︑すべて出で綸ぬるなごり︑とばかり見送らせ給て︑・⁝⁝と︑くやしく︑いみじ
く思さるゝに︑︵同︑二二七②︶H
⁝⁝といふに︑とばかりものもいはれず︒︵同︑二三四⑩︶
12 ⁝⁝ゝつゝらめしげに︑とばかり月をながめいりて︑⁝︵歌︑略∵:と︑なまめかしくうちうそぶきて返給ふなる
B⁝⁝と︑つくぐ︑とばかり物もいはれず思しっ︒ゝけて︑
14も ろともに御帳のうちに人給て︑うちかはし大殿龍りぬるも︑うつヽとは思されぬに︑とばかり有てぞ︑⁝⁝
第 四 篇 鶏 肋622 623 第一・章 「 とば かり ( 暫時 )」 考
とぞ︑書き給たる︒︵同︑二八六⑩︶
15 せ き や る か た な く ︑ か き く ら し た る 涙 に む せ つ 〜 と ば か り た め ら い て ︑ 昔 よ り 今 宵 ま で の 心 の う ち ︑ ま ね び
やるべくもあらず言ひつゞけ給て︑︵巻五︑三三七⑩︶
︱︱SII116人道殿︑すべてく目も口もひとっになる心地し給て︑あさましきに︑とばかり物もいはれ給はず︒
︵同︑三四三⑩︶
17ひきはづされたらんばかり︑あかずわびしく︑とばかりながめ人て︑院にたち返給ても︑おぼしたりつる御気
色のことはりに︑︵同︑三九九⑩︶
夜の寝覚に見える﹁とばかり﹂は︑右に示したように︑源氏物語を基準にした﹁しばし﹂の用法の剛に相当する
用法ばかりである︒すなわち︑連用修飾語として︑﹁眺む﹂﹁言ふ﹂﹁宣ふ﹂﹁思ししづむ﹂﹁見送る﹂﹁ためらふ﹂な
ど︑動作・行為のわずかな時間を表すほか︑245814に見える﹁とばかりありて﹂のように︑時間的隔たり︑推
移を表すのに用いられている︒そして﹁しばし﹂の用法㈹㈹出に相当する用法は一切見られない︒﹁とばかり﹂の
用法の狭さが窺える︒
なお︑夜の寝覚での﹁しばし﹂は︑源氏物語を基準にした剛土剛の用法のうち︑閣の断定の助動詞が接して述語
となる﹁しばしなり﹂を除いた他の用法をすべて見せている︒
︹浜松中納言物語の例︺
浜松中旬言物語に見える﹁とばかり﹂は九例である︒次に示すように︑いずれも動作・行為のわずかな時間を表
すのに用いられ︑時間的隔たり︑推移を表すのに用いられた﹁とばかりありて﹂のような例は見られない︒1
とばかりためらひて︑・⁝⁝とたづねさせ給へば︑︵巻の二︑三こ⑩︶
2とばかり打ち見めぐらすに︑身にしむばかりすごうさびしきに︑︵巻の三二七ごI⑩︶3
かくなんおはしますとも︑いみじう告げたてまつらまほしう︑とばかりながめ入りて︑聖の方へ入り給へれば︒
︵同︑二七四①︶4
とばかり涙のこぼれぬるを︑母君にまねびゃしけん︑中納言のおはしたるに︑﹁さ ﹂など聞ゆれば︒
︵巻の四︑三五七⑦︶5
︹髪が︺こぼれかゝれるひたいの︑絶間くのなまめかしさなどに︑とばかりまぽり人て︑御返ふとかゝれず︒
︵同︑三七七⑩︶6
⁝⁝とて︑とばかりうめきて︑ともかくもこゝにては言ひさだむべき事ならねば︑︵巻の五︑三九二⑥︶7
⁝⁝とたえずの給うらみ給し人にこそおはすなれ︑とばかりきくに︑⁝⁝と︑よろづよりもすぐれ思人ま どは
んに︑︵同︑四〇五⑨︶8
さばかり思ひしづむらん心にも︑我に知られんと思ひけるほどのかなしさに︑とばかりためらひやり給はず︑・⁝⁝
と思ひめぐらして︑︵同︑四ヱハ⑦︶l
〜8いずれも地の文で用いられ︑﹁ちょっとの間 ﹂という時間的短さを表すと共に︑その場面に対する表現者
の主観的な受け止め方が窺えるのである︒
なお︑﹁しばし﹂は四〇例見られるが︑源氏物語を基準にした﹁しばし﹂の用法の 巾〜川すべてが認められる︒
︹狭衣物語の例︺
狭衣物語には︑﹁しばし﹂三六例に対して︑﹁とばかり﹂は次の五例見られる︒
1︹扇ヲ︺顔にあてて︑とばかり泣かるヽ様︑なを︑︹字が︺流れぬべし︒ ︵巻一︑一〇六⑩︶ −−I
第四 篇 鶏 肋624 625 第一・章 「 と ばか り( 暫 時 )」 考
2⁝⁝と︑胸塞がりて︑おぼっかなく怪しければ︑とばかり物も言はれず︑つくぐと︑見たてまっるに︒
︵巻二︑三九②︶⊃I・一参・I3かけても思ひ寄らず︑とばかりも聞くだにも︑むっかしう煩はしかりっる御あたり︑︵同︑一四○⑤︶4
泣くく参りて︑﹁かくなん﹂と奏すれば︑とばかり物もの給はせず︒︵同︑一六五⑦︶5
物をのみ思ひてあまた年過しけん心の中︑おぽしゃるに︑いみじうあはれなれば︑とばかり眺め入りて︑とみ
にも出で給はぬに︑︵巻三︑二四七⑩︶
五例とも連用修飾語として下の動詞の動作の行われるわずかな時間を表すのに用いられているが︑3の例のよう
に﹁とばかり﹂に助詞︵ここでは係助詞﹁も﹂︶が付いて用いられる例は稀である︒
なお︑狭衣物語の﹁しばし﹂の用法は︑源氏物語の剛上申のうち︑㈹の用法を欠くが︑㈹の用法では︑﹁こそ﹂
﹁ぞ﹂﹁は﹂﹁の﹂﹁ばかり﹂﹁が﹂などいろいろな助詞を下接したり︑固の用法では︑上に副詞﹁ただ﹂を付けたり
して︑用法の広さを示している︒
︹栄花物語の例︺
栄花物語に見られる﹁とばかり﹂は﹁しばし﹂が六八例も用いられているのに対し︑わずかに次の一例だけであ
る︒
○院の中いみしうあはたゝしとはかりありて東宮おはします︵巻第二八︑一〇②︶
ここでは︑﹁とばかり﹂が﹁ありて﹂と結びついて時間的隔たり︑推移を表しているが︑すでに見てきたように︑﹁とばかりありて﹂は同一場面にあって︑ある状況から他の状況に変わるわずかな時間的隔たりを︑表現者の主観
において捉えている︑
〜
−−−j−−︲ II I
I l
なお︑栄花物語の﹁しばし﹂は狭衣物語と同様︑源氏物語の用法剛〜困のうち︑㈹を除いて広く用いられている︒
︹大鏡の例︺
大鏡には︑﹁とばかり﹂三例︑﹁しばし﹂八例が用いられている︒﹁しばし﹂に対する﹁とばかり﹂の用いられる
割合は高いと言えるが︑両者の用法の違いは﹁とばかり﹂が単独で連用修飾語となるのがほとんどであるのに対し︑
﹁しばし﹂は単独で連用修飾語となることのほかに︑いろいろな助詞を下接して︑連用修飾語となったり︑﹁の﹂を
下接して連体修飾語となっているということである︒
Iなにがしのとの〜﹁﹃なにはづにさくやこのはなふゆごもり﹄いかに﹂ときこえさせたまひければ︑とばか
りものものたまはで︑いみじうおぽしあんずるさまにてもてなして︑︵第三巻伊尹︶2
いとひさしくいでさせ給はねば︑御むねつぶれさせ給けるほどに︑とばかりありて︑とをゝしあけて︑いでさ
せ給ける御ほかは
3⁝⁝とをもひて︑とばかり御前にさぶらふにぞ︑うちおどろかせ給さまにて︑ ︵第五巻道長上︶
︵第六巻道長下︶
2は﹁とばかりありて﹂がそのまま時間的隔たり︑推移を表して︑下の用言を修飾する用法を示している︒
なお︑大鏡での﹁しばし﹂は︑源氏物語の用法剛〜圃のうちの剛と個の用法を見せている︒
︹古本説話集の例︺
古本説話集での﹁とばかり﹂は三例見られるが︑﹁しばし﹂六例に比較すると︑使用率はかなり高い︒
1さて出でにけり︒とばかりありて︑をこせたる︑⁝⁝︵歌︑略∵:2
とばかりありて︑見上げたれば︑夜も明けにけり︑ ︵巻上︑第十九︑29オ︶
︵巻下︑第六十七︑128オ︶