Ⅰ 教育改革へのチ ャレンジ
海 老 津 栄 一
は じめに
1988年 に新設 された経営学部が完成年度 を迎 え文部省の審査枠か ら外 され るのをきっかけに、 こ れ まで実現で きなかった学部独 自の教育理念 を、教育システムの中で具体化 しようとい う機運が芽 生 えたのは、1990年の秋の ことであった。いわゆる教育理念 の教育実践化である。大学院の設置に ついての基本方針 の決定がなされたの も丁度 この時期であった。
教授会の付託 を受 けて 「カ リキュラム検討委員会作業部会」 とい う名称の もとに三名の委員が選 ばれ、 そのひ とりが筆者であった。他 の二名が初代の教務委員長斎藤誠毅教授および学科主任 (当 時)常石敬一教授であった ことを考 えると、暇な教員 を一人お手伝 い代 わ りに入れておけば何かの 役 にたつか も知れない と、当時の学部長が思ったのか も知れない。 これが暗 くて長 い トンネル‑の 入 口であった。
他大学の仲間にカ リキュラム改革の委員 をやってい ると誇 らしげに語 った ことが再三 あった。 そ の度 に、気の毒 そ うな顔 をされたのをつい この間のように思い出す。 しか し彼 らの同情が この身 に 実感 され るのには、 そうたい して時間はかか らなかった。93年度入学生か ら実施す るためには、少 な くとも92年の秋 までに何 らかの答 えを教授会 に答申 し、実施 に向けて動 き出す必要があった。正 味一年半の勝負である。
多少の手直 し程度のカ リキュラム検討であれば十分な時間であるか も知れない。 しか し、本質的 な議論 をす るとなるとかな り厳 しい時間幅であることがわかって きた。気がついた ときにはすでに 遅 く、逃 げ出すに逃 げ出せない状況であった。泥沼の深みにはま り込 んだ とい うのが偽 らざる心境 である。途 中、92年4月か ら 「新教育課程調整委員会」へ と組織 を新たにす るとともに、メンバー を入れ換 え補強 し、後半の具体的かつ、詳細な詰 めの段階に入 った。企業の経営革新や リス トラク チ ャリングで も同 じように、改革 に手 を染めた人達 は現状の仕事の仕組みを大 き く変 えることにな るので、恨 まれ ることはあるにせ よ、感謝 され ることはまずない といって良いであろう。幸いな こ とにわが学部教授会 は、われわれ委員の行動 を暖か く見守 って くれ、時に叱晦激励 の声 をかけて く れたのがせ めて もの慰 めであった。
ここに特集 され る 「教育改革への挑戦」は、本来な らば関係者全員が何 らかの意思表示 をすべ き 性質の ものであろう。 しか し今回は教育改革 に主 としてかかわった三名の共 同作業で教育改革のプ ロセスを世 に問 うことにした。全体の一貫性 を意識 しなが らも、それぞれが独立 した形で しか も個 人の責任で執筆 した。教授会資料や委員会資料 を丁寧 に追跡 し客観的に分析 しかつ、それぞれの思 い入れや評価 を展開 している。客観データの主観評価 をもとに した何 らかの匂いや味を読み手に感 じとって もらいたい とい うのが、三人の共通の願 いである。教授会の同僚 を初 め、関係者か らの冷
静かつ真撃 な評価 をいただければ望外の喜 び とす るところである。
本特集 を担当 したのは、新教育課程調整委員長の榎本誠助教授、前教務委員長の照屋行雄、 それ に無任所で 「カ リキュラム検討委員会作業部会」および 「新教育課程調整委員会」の両方にかかわっ た海老津栄一の三名である。当初、前学部長の箕輪成男教授 にも大学教育の現状 にかん して執筆 し ていただ く予定であったo Lか し時間の都合がつかない とい うことで、今回は見送 ることとなった.
前学部長 には出版 の企画 まで ご相談 に乗 っていただいた経緯がある。出版企画 リーダーの榎本 に代 わって敬意を表 したい。
本特集 は、以下 に示す ように最初 に海老津が教育改革の大 きな流れ を、次 に榎本が新教育課程の 詳細 な改革 プロセスを、 さらに照屋が新教育課程の実施上の諸問題 を、最後 に三人の共 同で今後の 方向を語 る、 とい う四部構成である。教授会資料 を随所 にわたって引用 させていただいた ことへ感 謝す ると同時 に、それぞれの担当箇所 の文責 はあ くまで も本人 にあることを付記 させていただ く。
教育改革への取 り組み
教育課程の リス トラクチャリング 新カ リキュラム実施上の諸問題 新たなる大学教育を目指 して
1.教育改革関連委員会のクロノジー
90年11月か ら93年3月までの作業の大 きな流れは、以下の通 りである。
年 月 90年11月
91年 1月 4月
7月
9月
12月
92年4月
作業 内容
「カ リキュラム検討委員会作業部会」が発足す る。
委員は斎藤誠毅、常石敬一、海老津栄一の三名である。
委員会の名称 を 「カ リキュラム検討 ワーキンググループ」 に変更 した。
この間、委員会が四回開催 され る。学部教授会で改革の骨子の承認 を受 ける。
中心テーマは、卒業単位数の削減、半期制の導入、共通科 目の設置、外国語教育の 充実、演習関連科 目の増加、な どである。
専任教員向けにアンケー トを実施す る。
設立当初 の理念 と現実の認識 とのギャップについて厳 しい批判が寄せ られたの もこ の時期である。
作業の増大 に備 えるために、具体的な操作化 を効率 よ く運営す るために、 そ して専 任教員の理解度 を高 め るために、 「カ リキュラム検討WG」に教務委員の榎本誠、照 屋行雄 の二名 を加 え、 「拡大WG」とす ることで教授会の合意 を得た。
「カ リキュラム検討WG」で作成 した教育最低達成基準およびカ リキュラムの運用 方策 を学部設置理念 ・教育 目標 ・教育体系図に連動 させ る 「カ リキュラム改定 プロセ ス」の作成 に着手す る。
学部長 (当時)の箕輪成男教授か ら 「教学改革案のまとめへ向けて」 と題す る16ペー ジか らなる箕輪通信が配布 され る。 この中で コース制が運営上の具体的な提案 として クローズアップされ、 コース制 と海外実習 とが運営上有機的に関係す ることになる。
「カ リキュラム検討WG」の成果 を踏 まえて、新たに 「新教育課程調整委員会 (俗 称カ リ調)」が設置 され る。榎本委員長 の もとに加藤薫、後藤伸、丸 岡洋司、照屋行 雄、海老津栄一の五名が委員 として教授会で任命 され る。
5月
主な課題 は、理学部や全学 との調整、 コースの責任者配置、科 目担当者の決定、海 外実習の運営方法、シラバス (講義計画)の作成、な どである。
基礎演習、文章表現法、速読速記法、身体表現法、地域空間入門、史的背景入門、
知的空間入門、な どの新カ リの目玉 となるような新設科 目のフレームワーク作成 に着 手す る。
「カ リ調委員会」 の委員のベ ク トル合わせのために、作業手順 ごとの担当者 を決 めたチェック リス トを作成す る。
成績優良者 の単位優遇措置、進級制度、4種類 ある演習の履修形態、 コース別卒業 要件 な どの学部内調整作業の他 に、理学部 との調整 とい う水面下での骨の折れ る作業 が この時期 に集 中 した。
9月 「カ リ調委員会」を解散 し、業務 を教務委員会 に移管す る。
10月 教務委員会で新カ リの平成五年度実施 に向け、運営細 目の検討作業 に入 る。
2.学生に対する教員の現状認識
約2年近 くに及ぶカ リキュラム改革作業 は、改革に参加 した教員 に様々な議論の機会 を与 えて く れた。 もちろんその結果 は、教授会や臨時教授会 に反映 され ることにな るので、最終的には、教授 会構成 メンバー全員の間で共有 され ることとなる。議論の過程で明 らかになった現代学生気質の よ うな ことを少 しまとめてお くことに したい。なぜ な らば、カ リキュラムを改定す る時 にその ことが 深 くかかわ りをもって くると思われ るか らである。
一部の学生を除 くと、一般モ ラ トリアム学生 に見 られ る共通の意識や認識 として次の ような こと が指摘 された。
(丑 小学生あるいは幼稚園の頃か ら偏差値 の世界 に浸 って きた学生 は、 自分で 自分の人生 に枠 をは め、 その安定 した枠の中で ものごとを考 える癖がある。枠 を破 るような行動 に欠 けるきらいがあ る。
② 大学や学部の選択 もその延長線上で行われ るので、 自分の本当の意志で選 んだのではない、単 にそこに道があったか ら選んだ とい う雰囲気がある。彼 らの捨てせ りふの一つ に 「経営学が勉強 した くて来たん じゃない」 とい うのがある。た とえ入学の動機が そうであれ、入学後 の学生 とし ての生 き方で前向きの方向を探 るべ きなのに、である。
③ 90分授業 を静かに聴 いていることはほ とん ど不可能 に近 く、騒音の中で授業 を進 めなければな らない。
特 に大教室の場合 その傾 向が強い。
④ 黒板 に書 いた文字 をノー トに書 き写すスピー ドが遅 く、全員が書 き写すまで待 っていた ら、授 業運営上支障をきた して しまう。
⑤ ノー ト、鉛筆、テキス トな ど、授業 を受 けるのに必要 な道具 を持たないで教室 に入って来 る学 生がいる。
⑥ レポー トな どを捷 出させて も、教員 に見て もらう工夫が何 らなされていない。段落 ごとの字下 げす らないレポー トが上位年次生で も散見 され る。
⑦ アルバイ トに相 当の時間を費やすので、いわゆる "額縁"の時間帯 にはほ とん どの学生が こな
い 。
⑧ 強制 を嫌 い、 自由を好む。 しか し本当の自由の意味を理解 していない。
これ らの指摘 はわが学部だけではな く、 日本全国 どこの大学で も類似の症状が現われてい ること
は、衆知の とお りである。カ リキュラム検討委員会 (以下カ リ検)では、我慢の限界 をテ レビ番組 とみたて、当初50分授業の案を検討 した ことがあった。 しか し遅刻者が相当数い る現状や教員 自身 時間通 りに授業 を始 めているか どうか も怪 しい とい うことにな り、50分授業の提案 は見送 られた。
教授法 について専門家か ら全教員が教わ るとい うことも一つの手だて として考 えられ よう。学生 の受講態度 に合わせて教員がいろいろ工夫 をこらす ことは、顧客満足の立場か らは正 しいか も知れ ない。 これ まで、専門家 をお招 きし教授法の コツを教わった こともあった。 しか し、知性 を育む と い う視点か らいえば、母親の胃でいったん消化 した どろどろの柔 らかい食べ物 ばか り雛 に与 えるの ではな く、徐々 に堅い ものを与 え、 自立で きる準備 をす る手だてを考 えるの もーつの教育の方法で はないか と思われ る。われわれはその ことを意識 しなが ら、カ リキュラム体系の見直 しに入った。
キャッチ フレーズ は "高校3.5年生 を大学0.5年生 に しよう"で あった (榎本 「2、 『新 カ リ』策定 の経緯」参照)。現実 を冷静 に見つめなが ら改革のための方策の検討 に入 った。
3.改革過程で注入 した幾つかの隠 し味
カ リキュラム改革 を進 めるうえで、言式行錯誤 を繰 り返 しなが らも結果 として隠 し味的に機能 した と思われ ることが、幾つかある。代表的だ と思われ るものを整理 してみ ると次の三点に集約 され る。
① 教育理念、教育 目標、教育方針、運用方策の連動性、一貫性
わが学部の教育の基本理念 は、 「経営全般 にわた る専門的知識 を習得す るとともに、世界各国の さまざまな経営風土 において活躍す るために、必要 な基本的知識 を身 につ け、国際場裏で ものお じ す ることのない国際人の育成」 となっている (履修要覧、93ページ)。 この理念 を受 けた教育 目標 の焦点は、一般企業、公企業、政府、地方 自治体 な どを含む社会全体 のニーズに対応す る 「国際経 営」教育 におかれ ることになる。
この理念 と目標 を受 けて、われわれは教育方針 を次の二つ に求め、 それを教育の最低達成基準 と して認知す ることに した。 「第‑ は、 自分で問題 を発見 し、考 え、解決す る能力 を備 えた学生 を育 て ること、第二 は、 自分の考 えや、思考、感情 を口頭、文書、身体 な どで表現で きる学生 を育て る こと」である (91年6月26日、教授会資料)。つ ま り自律性のある、存在感のある個 を確立す るこ とが教育方針 なのである。
さらにこの二つの教育方針 を実際にカ リキュラム上で運用 してい くための方策が検討 された。上 流工程か ら下流工程 に入 り、水が実際に田畑 を潤 し、住民生活の基盤 を形成す る部分である。具体 的に以下の六項 目が提案 された (91年6月26日、教授会資料)。
1.卒業単位の削減 2.講義時間の見直 し 3.半期制の導入 4.共通科 目の新設 5.外国語教育の充実 6.ゼ ミ関連科 目の増加
これ ら6項 目は、少人数教育、双方向教育、留学生への対応、学習機会の増大、 コア科 目の充実 な どに対応す るものであ り、教育理念 の具現化の方法 として教授会で共通 に認識 された。設立当初 のカ リキュラム体系の思想 を受 け継 ぎなが ら、運用面で新規性 を発揮 した点が評価 され よう。
② 徐々 に範囲を拡大 してい く増分型 アプローチ
「1.教育改革関連委員会のグロノジー」 を大 きな流れ としてみ ると明 らか になることが一つあ
ることに気がつ く。それは最初、小 さな流れで始 まったカ リキュラム改善 は、関連す る要素 同士の 結びつ き方がかな り広範囲にわたってお り、次第 に大 きな改革の流れの中に組み込 まれてい く様子 の ことである。
それ はあたか も気球の大 きさと気球 を飛 ばす ことにかかわってい る人達 との関係 に似ていよう。
飛 ばす 目的、飛ばす距離、季節の予期せぬ変化 な ど、深 くかかわればかかわ るほ ど設計変更が朝令 暮改的に起 こって くるのである。気球のように一度の冒険であれば、適当な ところで環境 を遮断 し、
実行 に踏み切 ることも必要か も知れない。 しか し大学組織 のように継続性が重要な意味をもち、 そ れ に教授会構成員のような多様な価値観 をもつ集団では、徹底 した議論 と試行錯誤 を繰 り返すプロ セスが重要 な意味をもつのである。
専制君主が君臨 している学部や大学の場合、 ワンマン社長 のい る企業 と同様、教授会 は民主的に かつ正常 に機能 しないであろう。幸いな ことにわが学部の場合、民主的運営が底流 に流れてお り、
ワーキンググループのメンバーによる護岸工事や運河の建設、橋 の設置、工場への水 の引き込みな どの企画が比較的自由に認 め られた とい う点が、高 く評価 されて も良いのではないか と思われ る。
微分方程式のように少 しずつ計算 を展開 し、可能性 を探索 し、障害物があれば立ち止 まって関係者 の知恵 を出 し合 って解決策 を講ず るようなアプローチが望 まれ るのである。特 に事前 に障害物がす べて見 えないようなケースの場合、増分型 アプローチが有効 なのである。われわれのカ リキュラム 改革の場合、内容の深 まりと範囲の広 ま りが時間の経過 とともに、試行錯誤 を繰 り返 しなが らも徐々 に拡大 してい く様子がわか る。
③ 自由度の増大 と自律性の認識
旧カ リキュラムでは卒業単位が142単位であった。社会科学分野の学部で は比較 的単位数が多い ほうだ といわれていた。それで も単位 をスムーズに取得で きた学生 は、3年間で大半の科 目の履修 を終 え4年次の履修科 目が演習や外書講読のみ とい う状況であった。 それが新カ リキュラムでは、
さらに減 り124単位 になった。 (榎本、「4.『新 カ リ』運用 の制度 の整備」参照)。 さらに自由度が 増す とい うことは、学生 をます ますキャンパスか ら遠 ざけることになるので好 ましくない とい う批 判 もあった。
しか し軍隊方式で縛 りをきつ くす るだけが教育効果 を上 げる方法ではな く、む しろ柔 らかい枠 の 中で 自己学習 意欲を増大 させ るような方策 を とったほ うが良いのではないか とい う結論 に達 した。
具体的には、年間履修単位の制限や2年次か ら3年次 になる時の進級制度のような縛 り、逆 に成績 優秀者への上級年次科 目の履修や制限枠 を超 えた単位履修制度な どのような開放 は、 まさしく自己 責任 の範囲において 自由度が増減す る仕組みになってい るのである。若者の人生 は、入学以前の偏 差値で決 まるのではな く、入学後の学生の学習態度 によってい くらで も改善で きるはずであるとい
う暗黙の仮説が立て られているのである。
4.新教育課程の特徴
別稿 の榎本稿お よび照屋稿で詳述 され るので、 ここでは項 目のみを列挙す るに とどめてお く。
① 一般教育科 目と専門教育科 目の垣根 を取 り払い、一体化 を図った (照屋、「2.開講科 目お よ び担当者 の決定」参照)。
② 共通科 目のA群科 目として、基礎演習、文章表現法、速読速記法、身体表現法、な どが新規 に 配備 された。基礎演習を除けば、いずれの科 目にも 「‑‑法」がついている。伝統的学問体系の 世界で は、 このような科 目は技術科 目として処理 されてお り、専門学校 にで も行 って学ぶべ き科
目であるとい う議論 も一部 にはあった。 ダブルスクール華やかな りし頃の話である。入学早々の 学生に対 して、熱 い うちに鉄 を打つべ きではないか とい うのが、設計 に参加 したわれわれ共通の 認識であった。新カ リキュラムを実施 した今年度、それな りの成果のあった ことがA群担当者会 議 あるいは 経験交流会議な どで報告 されてい る。 これ らの科 目は 教員の間で は "コア科 目"
とか "インフラ科 目"な どの名称で よばれている、重要な新設科 目である (榎本、「2.『新カ リ』
策定の経緯、照屋、 「1.運営上の諸課題」参照)0
③ 演習を充実 した。従来の3年次、4年次配当の演習の他 に、 1年次前期対象の基礎演習、2年 次後期対象の演習 Ⅰが新たに設置 された。少人数教育並 びにツーウェイ コミュニケーシ ョンを実 現す る目玉の科 目である。 しか もすべて必修である (榎本、「2.『新 カ リ』策定の経緯」)。特 に 基礎演習は教員の全員参加 を歌い文句 に して開講 された。来年度 は、34名の教員が参加す る予定 である。初年度22名か ら12名の増員である。
④ 緩やかなコース制 を採用 した。当初、全員の学生 を何 らかの方法で海外 に連れてい くとい う案 か当時の箕輪学部長か ら出された。余 りにも大胆 な提案であ り、運営上様々な問題 の発生す る危 険性があるため、委員会 は希望者 を募 ってその学生 を対象 に海外 に派遣 しては どうか とい う提案 を した。他大学の資料 を教務事務担当者 にお願 い して集 めて もらって、検討 を垂ねたの もこの頃 である。 また海外実習指向の学生を将来学部の "目玉''にす ることも可能であるとい う発想か ら、
コース制のアイディアが生 まれて きた。 コース制 については、学部 内の有力教授か ら、一学部 に複数の学科がある大学 と同様 に、島があち こちにで きて しまい、教員同士の閉鎖的な行動様式 が顕著 になる例があるので好 ましくない とい う反対意見が出されて、一時デ ッ ドロックに乗 りか けた。 これ らの問題 は次の方法 によって解消す ることがで きた。 まず全員参加 の案 に対 しては、
特定 コース以外の コースを選択 した学生で も海外実習に参加で きるルー トを残す とい う方法であ る。次にコース硬直化の問題 に対 しては、 コースを事後 に変更する余地 を残す という方法によって 回避する案を提示 した。教員間の島づ くりの危険性 についてはあまり議論の対象にならなかった。
コースの相互乗入れ と事後変更 を採 り入れ ることによって、ダイナ ミックで開放的なコース体系 が生 まれたのである。 その結果、マネジメン ト、 コミュニケーシ ョン、環境 とい う三つの コース が誕生 した (榎本、「2.『新カ リ』策定の経緯」参照)0
⑤ コア科 目同士の有機的連動が実現 した。その代表 は 「基礎演習」 と 「文章表現法」 との リンケー ジにみ られ る。具体的には、 「文章表現法」で出題 された演習課題 レポー トを学生 は自分が所属 す る 「基礎演習」の教員 に添削 して もらうとい うシステムである。 レポー ト作成 の問題点を指導 教員か ら直ちに指摘 され、その評価結果が コンピュータで処理 され、全体の中での自分 の位置づ げやゼ ミ単位での位置づ けが学習途中でわか るようになっている。結果評価 はもちろんの こと、
フィー ドバ ックサイクルの短い過程評価が明 らかになるので、高い教育効果が期待で きる (榎本、
「2.『新カ リ』策定の経緯」参照)。
⑥ シラバス (講義計画)の作成 を全面的に採用 した。 他学部 あるいは他大学で は、教員の反対 にあって導入で きない ところもあるや に聞いている。わが学部で は 新カ リの導入 と同時にシラ バスの作成 に着手 した。ひな型が示 されそれを参考 に しなが らシラバスが全教員か ら提出された
(照屋、「1.運営上の諸課題」お よび 「3.講義計画 (シラバス)の導入」参照)0
⑦ 同一 キャンパス内教育課程体系表の同一化 をはかったO
学生 はサークルや クラブで、 また図書や設備 の利用 な どで も学部の枠 を超 えた活動が 日常展開 さ れている。教員 も相互 に乗 り入れて授業 を担当 してい る。そ うであるな らば、教育課程 の体系 も 同一基準で考 え られないであろうか、 とい うのがわれわれ委員の理解であった。新カ リ科 目体系
の呼称が教授会で決定 した後 の折衝だったので、理学部 との調整 には相当の困難 を伴 った。榎本 が中心 になって精力的に調整 し、理学部3学科の教務担当教員 との折衝 を続 けた。かな り難航 し た様子 は榎本原稿 「3.新カ リ編成 に伴 う学部間調整作業」に詳 しく述べ られてい る。最後 の切 札 は、2学部で構成 されている平塚 キャンパスが共 同歩調 を とれれば、大学全体 に対 してそれな りの影響 を与 えることがで きるとい うことと、教育関連資源の共有化 を図 ることの重要性が相互 に認識 された点であった ように思われ る。
5.作業過程での姿勢
約2年 にわた る委員会活動で得た、新規 なテーマに取 り組む ときの姿勢 として どのような ことが 重要 にな るであろうか。酒 を酌み交わ しなが ら断片的に語 り合 った事柄 をメモに しておいた。今後 もこのようなプロジェク トに何 らかの形でかかわ り合 うか も知れない と思われ るので、 まとめてお
くことにしよう。
Q) 断定的にものごとを運ぶのではな く、開放的で しか も試行錯誤 を許容す る姿勢が大切である。
② 年齢や分野の異なった人達 との接触 によって、 自分では気のつかない新 しい分析視点が生 まれ て くる。
③ 徹底 した ヒア リング とアンケー トを実施 し、関係者全員の参画意識 を啓蒙す ることが実施段階 でかな り重要な意味をもつ。
④ 他大学の事例 をで きるだけ多 く収集す る。そのためには多 くの人の手助 けを得 なければな らな い。 日頃の人間関係の大切 さが身 にしみた。
⑤ ぎ りぎ りの議論 をす るときには、相当の覚悟が必要である。その一つの有力な方法 は、予想 さ れ る質問をあ らか じめ想定 しておき、事前 に問答集 を作成 してお くことである。かな りの時間が とられ るけれ ども、事前準備の周到性が相手 に伝わ ると、信頼感が 自然 に醸成 され、提案 内容 を さらなる逆提案 によって よ りよい方向へ もっていって くれ ることが期待 され る。 またあま り完壁 をね らうよりは、相手の胸 を借 りるつ もりで多少の抜 けを用意す るの も全体 をよ りよい方向へ導
く一つの方法か も知れない。
⑥ 問題 の解決方法が うま く見つか らない ときは、一端現場 を離れて異なった角度か ら発想す るこ とが良いように思われ る。当事者 の案 を超 えた第三の道 の発見、 あるいは鳥撤図的な ものの見方 の導入な どが有用か も知れない。
⑦ 議論 した結果のフィー ドバ ックはで きるだ け短いサイ クルで行 うのが良いように思われ る。時 間がたつ と、前回までの議論の方向が見 えな くな り、堂々め ぐりを始 めることにな りがちである。
議論 に酔 う人、評論家的発言が 目立つ人な どは、必要以上 に議論 を混乱 に陥れ る危険性がある。
電子 ボー ドのようなメディアを使 い、議論 と議事録 を同時並行的に進 めると、発言 も慎重 にな り 発言者 の学習効果 も生 まれて こよう。
⑧ 複数の人間が一つの共同プロジェク トに参画す る場合、共通のチェックリス トのようなものを お互いにもってい ると、運営がスムーズにい くことが多い。
おわ りに
経営学部の教授会 メンバー全員の参画 を得て、何 とか新 カ リはスター トした。今後、設計段階 よ りも実施段階で さらに難解 な問題 に直面す ることが予想 され る。 その時 に新カ リその ものの評価 を 一律 に "失敗" と結論づ けるのは正 しくないであろう。なぜ な らば、成功 ・失敗 の基準 は評価す る 人 によって異なるか らである。
全貌が見 えない ときの設計の方法論 として有効だ と思われ るのは、理念 と設計対象 との連動性お よび増分型の試行錯誤性の認知であろう。 まず理念 との連動性 は、関係者が右往左往 す るのを回避 し、歩む方向を関係づ けるために欠かす ことので きない前提行動で あろう。われわれの場合、 この 点では、発足当時か らの教育理念 を踏襲 し尊重 しなが らそれを新カ リ体系表 として組み立て直 し、
しか も随所 に新機軸 を打ち出 している。三人の自己点検ではある程度の成果 を収 めたのではないか とい う認識 をしている。 これ も、開放的で、民主的な学部運営が功 を奏 した ことは疑いの余地 のな い ところであろう。
もう一つの増分型の試行錯誤性 は、当初予想 もつかないような事態が発生 した ときに、 きわめて 有効的な方法論である。個 の確立 していない、無責任 なメンバーが数多 くいる組織 では小田原評定 になって しまい何 も決 まらない ことが十分予想 され る。 しか しメンバーそれぞれが一つの学部の管 理者であるような発想 をすれば、小 さな変化で も見逃 さず に自分の意思で判断 し、 その新 しい兆候 を問題 として議論の土俵 に載せ ることがで きよう。その時 に、教授会決定 とい う御旗 の もとに分厚 い塀で新 しい問題 を排除す るのではな く、風通 しの良い環境 を作 ってお くことが重要な意味を持つ ことになるのではないだろうか。誤解 を恐れず に言 えば、健全 な朝令暮改 はむ しろこの時代 に必要 な方法論の一つであるように思われ る。
大学 を取 りま く環境が今後 ますます厳 しくなって くることは、確実 に予想 されてい る。冬の時代 どころか氷河期 に向かって進んでいるとい う実感 さえある。 このような時代 に大学人 として何がで きるのであろうか、 また何 をしなければいけないのだ ろうか。大学の "レジャー ラン ド化"あるい は "遊園地化"がマス コミで叫ばれて久 しい。学生の大衆化が進 んでいるので、学生 にわか りやす く教 えるための教授法 を大学教員 に教 えるべ きであるとい う議論 もお きて きてい る。教員 は研究 よ りも教育 にエネルギーを注 ぐべ きであるとい う議論 もある。いわゆ る教育優先 の考 え方である。
われわれは、 このような教育優先の単純 な議論 には賛成 しない。 また同時 に研究優先 の議論 にも 賛成 しない。大学教員が教育優先 に走 ると、学生が大学で本来身 につ けるべ き学問の厳 しさ、 もの ごとの原理 を追求す る喜びを教員 自らが放棄す ることにな りかねないか らである。 また研究優先の 教員 は学生 との接触 をで きるだけ回避 したが るので、教員 とい う看板 を揚 げてい る以上、大学 とし ての立場か らいえば望 ましくない存在であることは明 らかである。教育 と研究 とい う2つの相反す る要素 を、一人の人間の体のなかでいかに統合化するかが依然 として問われてい るように思われ る。
最後 に執筆者達が合意に達 した今後 の大学教育の展望 を語 っておきたい。大学 を一つの教育シス テム としてみた場合、入 口の入学、過程 の教育、出口の卒業 とい う一つの流れがある。入 口にかん しては、わが学部の入学試験の選別方法が多様化 して きているので、入学手続 き終了者 に対 してで きるだ け早い時期か らウオー ミングアップ して もらう、いわば "入学前"教育 を導入 し、入学後 の 足並みを揃 えることが必要 となろう。平成6年度 の入学者 に対 しては、入学前教育の一環 として教 員全員がメッセージを伝 えると同時に、読んで もらいたい本 の紹介並びに入学時のレポー ト提 出を 制度 として組み込 んだ。学生本人、保護者、大学が一体 となって教育の問題 を考 えるきっか けにな ることが期待 され よう。今後 は、通信添削や入学前面談 な どによる接触方法 も必要 とな るか もしれ ない。 さらに将来 は、高校入学時或いは中学生 に対 して も何 らかの情報提供 を し、関係づ げを展開 す る必要性が生 まれて くるか もしれない。
一方、出口にかん しては、卒業後 のアフターケアを議論 しなければな らないであろう。 これ まで も、交友会、ゼ ミのOB会、サークルのOB会 な ど、 さまざまな形 でのキャンパス との交流 があっ た。 しか しこれは、やや ノスタルジ ックな響 きのある回顧趣味的つなが りであった といえよう。 こ れか らは人間形成や進化 の対象 としてキャンパスを位置づ けて もらえるような仕組みをわれわれが
考 えなければな らない。卒業後 もOBが精神の拠 り所 として相談 にのって もらえるような仕掛 け、
あるいは卒業生 に対 して大学側が 情報 を発信 し刺激 を与 え続 けるような仕掛 け、な どが必要 になる のではないだろうか。 そのためにはわれわれ教員 自身が卒業生の注文 に応 えられ るだけのインテ リ ジェンスを備 え、魅力のある対応 をす る必要があるだろう。一部の大学で、 ホームカ ミングデイの ような試み も実行 に移 されているようである。 しか し本格的なOB取 り込みにまでは至 っていない。
わが学部で も今年度か ら卒業生の組織化のあ り方が検討 されている。
一世帯 当た り1.7人前後 の子供 しかいない教育市場で生 き残 ってい くためには、従来型 の発想 を や め、大胆な提案 をで きるところか ら繰 り返 し繰 り返 し展開 してい く必要があるように思われ る。
ニーズのある科 目の昼夜開講、社会人 と学生 との コンプレックスゼ ミ、出張講座、出前講義、学部 間 ・大学間類似講義の相互乗 り入れ、かつて 日本 の若者が先進諸国にでか け働 きなが ら大学で学ん だ ような外国人学生のための環境整備、定年後 の人達 に対す る勉強の場 の提供 な ど、新奇の教育シ ステムの構築準備 を今か らす ぐ始 めることが肝要であるように思われ る。
附 記
この特集の執筆 にあた り、経営学部教授会資料、教授会議事録、教学改革委員会資料、新教育過 程調整委員会資料並びに教務委員会資料 を一部引用 させて頂 いた。関係各位のご配慮 に深 く感謝い た します。