日本民法典の起草方針を具体的に示した「法典調査ノ方針」は、総則・物権・人権・親族・相続の五編からなるパンデクテン体系を採ることを明らかにした上で(一一条)、その三条において「民法總則二於テハ私權ノ主格目的得喪(1) 及行使等二鯛スル通則ヲ褐ク」、と定めていた。このことから、日本民法典の起草者は民法典全体に対する総則編の
適臘と心裡留保(こ(村田)一一一 第一章序論 第一章序論第二章日本法第一節起草者の考え方第二節学説第三節要約(以上本号)
遺贈と心裡留保二)
l特に包括膳を中心としてI
第三章ドイツ法第一節起草者の考え方第二節学説第三節要約第四章結論
村
田彰
法学志林第八十七巻第四号一一一一通則性を一別提としていた、と一応見ることができる。しかし、その後の学説は総則編の通則性を必ずしも前提としていたわけではなかった。すなわち、まず、民法典施行後大正末期に至るまで総則編の通則性は学説上ほとんど自明の(2) こととされていたのだが、大正末期において、「民法總則編は軍に財産關係に對する通則に過ぎないのではなか・わ(3) うか」、という問題提起が広浜教授か.b出され、これを契機として、総則編の通則性いかんが学説上次第に本格的に議論されるようになってきた。そうして、この問題をはじめて体系的に論じた中川(善)博士によれば、民法は財貨の生産・再生産のための経済生活を規律する「財産法」(総則編・物権編・債権編)と生殖・哺育のための保族生活を規律する「身分法」(親族編・相続編)とから構成され、したがって、総則編は「財産法」の通則として位置付け
(5)(4)
られるにすぎず、その結果、「身分法」に対する総則編の適用可能性は否定されることになる。そうして、この学説は、家・戸主・家督相続の諸制度をその基礎に置く旧法下の学説に対して圧倒的な影響を及ぼし、また、比較的近時に至るまで通説的地位を占めていた。しかし、新法下において、右の学説は山中、川島、沼、鈴木(禄)教授等によって次第に批判を受けるようにたり、これに伴い総則編の通則性は部分的にせよ全面的にせよ次第に再び肯定されるようになってきた。そうして、最近、平井(宜)教授は、これらの批判説の到達点を踏まえて、「親族法・相続法の両者を含むところの『身分法」の概念は、少なくとも解釈論のレベルにおいては、単に用語が不適切というばかりでなく、法技術的意味を有しないという点において不要と考えるべきであろう。……親族編・相続編に特別の規定がないかぎり、そして解決が求められている親族法・相続法上の個々の法律問題の性質に反しないかぎり、総則編の規定が一般的に適用ないし類推適用される」(省略は引用者)、と述べ、その上で、「かつての「身分法」すなわち親族法・相続法の特殊性は、解釈論のレベルで考えるかぎり紛争処理の手続に求められること。その特殊性は、法的決定モデルと基本的に対立する目的Ⅱ手段決定モデルが用いられる点に求められるべきこと・かつての『財産法」対「身分法」の図式は『法的決定モデルが支配する分野」対『目的Ⅱ手段決定モデルが進出している分野』という図式におく6)きかえられなければならない」、とまで主張するに至っている。以上のことから、学説は、民法典制定後これまで親族・相続両編に対する総則編の通則性を一貫して肯定してきたわけではなかったのだが、今日では再び、総則編の通則性を多かれ少なかれ肯定する方向にあり、かかる方向に立脚しつつ、親族・相続両編の特殊性を何か見出しうるのか、見出しうるとするならいかなる点にそれを見出しうるのか、を探求する段階にある、といいうるように思われる。かくて、日本法下の今日の学説の到達点が右のようなものだとすると、総則編の通則性に関する右の問題はより具体的に各個の対象領域ごとに検討されなければならない。そうして、この問題の中でも特に重要なのは総則編中の能力および意思表示に関する規定と親族・相続両編との関係いかんと思われるのだが、能力との関係では婚姻(七三七条.七一一一八条)・協議離婚(七六四条)・養子縁組(七九九条)・協議離縁(八一一一条)のほか過言(九六一’九六一一一条)についても明文の特別規定が存するのに対して、意思表示との関係では婚姻(七四一一’七四七条)・協議離婚(七六四条)・養子縁組(八○一一’八○八条)q協議離縁(八一一一条)について明文の特別規定が存するだけで、遺言については明文の特別規定が存しない。しかも、遺言と総則編中の意思表示規定との関係いかんについては、総則編の通則性を否定する学説が前述のごとく長い間通説的地位を占めていた、ということに影響されて、学説はこれを未だ十分に検討していないように思われる。そこで、本稿は、遺言と総則編中の意思表示規定との関係いかんを明らかにすることを目指しつつ、しかし、この問題が広範で多岐にわたり、そのすべてをここで一挙に検討する余裕もないことから、差し当たり、遺言と心裡留保規定(九三条)との関係いかん、すなわち、心裡留保による遺言を有効とすべきか無効とすべ遺贈と心裡留保(一)(村田)一一一一一
法学志林第八十七巻第四号一一四(7) きか、を考察することにする。けだし、この問題は、日本民法上総則編の通則性を肯定するか否かによりその結論を異にしうるのみならず、総則編の全面的な非通則性を否定する今日の学説上でも結論の一致を見ていないからである。ただし、遺言でなしうる事項の中でも今日最も重要な現実的意義を有すると思われるのは遺贈だから、本稿は、心裡留保によりなされた遺贈の法的効力(拘束力)いかん、という問題に焦点を絞ることにする。なお、心裡留保による遺贈の法的効力が問題となることは実際上殆ど稀であろうから、本稿の問題を採り上げる意義ないし実益が殆ど存しないであろう、との指摘は予め十分に予想されるところである。そうして、確かにこの問題が生ずることは殆ど稀ではあろうが、このような問題が全く生じないとは決して断言しえないであろうし、また、迫(8) 言に関する法的諸問題が裁判所の実務上次第に増加しつつある今日、遺言の解釈問題や過言と総則編中の意思表一不規定との関係いかん等々についての問題が今後一層その重要性を増大することは十分に予想されるところだから、これらの問題との関連でも上述の問題を採り上げることの意義は増大しこそすれ減少することはあるまい、と思われる。更にまた、日本の学説は、一方では、前述のごとく総則編の通則性をそれなりに前提した上で親族・相続両編の特殊性を改めて探求する時期に入っているのだが、他方では、北川教授の主張のごとく「日本が受け入れたパンデクテン(9) 体系を骨子とする近代的な民法体系論の見直し」をなす時期に入っている、と見ることもできるのであり、そうして、本稿において法律行為としての遺言の特殊性を一応明らかにしておくことはこれらの作業を進めるに際しても相応の手掛かりを与えてくれるように思われる。のみならず、「心裡留保についてはわが国では特に研究されたものが(⑩) なく、法律行為乃至意思表一不解釈上の盲点となっている」、という指摘がなされていることをも願題するとき、本稿の問題意識は心裡留保そのものについての研究を通して法律行為論ないし意思表示論の全体を深化するにも役立つも
ところで、日本民法典の起草に際してその体系を決定づけたのみならず総則編中の意思表示規定の起草に際して特に大きな影響を及ぼしたドイツ民法典(国員の『一一・一一句い○![凶ずこ・一]ご・】g③。以下、一般の慣例に従いBCBと略称する)におい
て、その起草者はパンデクテン体系の論理的帰結を貫徹すべく心裡留保による遺言の効力いかんの問題を大いに議論 し、そうして、BGB施行後の学説もまた日本民法上の学説における以上にこれについての立ち入った議論を展開し
ている。そこで、本稿では、この問題に対するBGBの起草者の考え方およびBGB施行後の学説(第二次世界大戦後は西ドイツの学説のみ)を参考とすることにする。ただし、その際に生ずる問題点として、日独両民法において次のような制度上の差異があることに予め十分に留意しておくことにする。すなわち、凹まず、BGBは、日本民法典上の心裡留保規定(九三条)に相当する規定として、狭義の「心裡留保」ご旨の昌凹一‐『§:二・轡。1・儒圖冒愈『ぐ・『すの冨一{属に関するBGB一一六条、非真意表示ごZ-.ヶ[:“(|】…因『六一叫『目晦:(日本では「譜諺表示」と呼ばれることが多い)に関するBGB一一八条および後者のみに関す・るBGB一一一一一条を定め、日本(川)民法とは立法上の建前を異にしている。そこで、BGBにおける狭義の「心裡留保」および非真意表一水の要件・効 果面における異同をここで見ておくなら次のとおりである。すなわち、まず、要件面については、狭義の「心裡留
保」と非真意表示とでは、表示が表意者によって真に意図されていない、との点では共通するが、後者においては、表意者は「真意の欠映が知られることを予期して」(BGB二八条)いるのだから、表意者からすると留保が必ずし
も内心に秘められていず、したがって、表意者に欺囲の意図は存しないことになる。他方、前者においては、右の真意の欠映が知られることの予期が表意者に存しないことから、結局、表意者は多かれ少なかれ欺岡の意図を伴ってい適臘と心裡留保(一)(村田)’’五 の、と思われるのである。法学志林第八十七巻第四号一一一ハることになる。したがって、BGB上、悪質な冗談・マヶゥ儲『の:の『劇冨は狭義の「心裡留保」規定(BCB一一六条)の適(脳)用を受けるのに対して、軽い冗談ご晒昌の『m・壷の『凶・・は非真意表示規定(BCB一一八条)の適用を受けることになる。次に、効果面を見ると、まず、狭義の「心裡留保」は原則として有効である(BGB二六条一文)。しかし、受領を要(四)する意思表示葛の曰一){:鴨すのニョニ鴇夛「一一一の二mの『六一畔『二コ脆の。屡(日本では「相手方ある意思表示」と呼ばれていることが多い)において、表示受領者(相手方)が右の留保を知っている場合に限り、当該の表示は無効ごコー・言媚屡となるので
、、、、、、あって(BGB’一六条一一文)、日本民法九一一一条但書におけると異なり、表示受領者〈相手方)が留保を知りうべかりしであったということだけでは無効を惹起しない、という点に留意すべきである。他方、非真意表示の効果は常に無効も】n百mEであるくBGB一一八条)。そうして、この無効は、表意者の過失の有無9程度や表示受領者(相手方)および第三者の信頼のいかんに関係なく生ずるものである。しかし、BGB一一一一一条は、表意者に対して信頼利益の賠償義務を一定の場合に課している。すなわち、同条によれば、非真意表示をなした表怠者は、表示受領者(相手方)・第三者が当該表示の無効原因について善意・無過失である限り、その表示受領者(相手方)・第一一一者に対して信
頼利益の賠償義務を負うことになる。以上のごとく、BGBは、狭義の「心裡留保」と非真意表示とを要件・効果の両面において異ならしめている。ところが、日本民法典は、BGBとは異なり、両者を殊更に区別せず全く同一のものとして規定している。しかし、要件・効果の両面をそれぞれ異にする.いわば本来的な狭義の「心裡留保」と単なる非真意表示とを日本民法の下でも明確に区別して論ずることは適切かつ必要であるように思われるので、本稿においても、日本民法九一一一条に規定する(川)広義の心裡留保を狭義の「心裡留保」と非真意表一不とに分けて議論を進めることにする。なお、以下では、狭義の
「心裡留保」を「心裡留保(狭義)」、両者を総称するものとして日本民法九三条に規定する広義の心裡留保を「心裡留保(広義とあるいは単に心裡留保、とそれぞれ呼称することにする。②次に、日本民法が遺贈を特定遺贈と包括遺贈とに分けて規定しているのに対して百本民法九六四条)、BGBは、日本民法上の特定遺贈に相当するものとして「遺贈」ごくの『ョ芹ゴョ一切一一(BGB’九三九条)を、日本民法上の包括遺贈(日本民法九六四条)に相当するものとして「遺言による相続人の指定」ご両『ずの三mの:。、旦巨『・プヨの、冒日自一&(BG〈旧)B一九三七条.二○八七条以下)を、それぞれ別個に規定している。そうして、BCBは日本民法上の特定遺贈に相当する「遺贈」につき債権的効果説の立場を採っているのに対して(BCB一二七四条以下)、日本民法上の判例・通説〈肺)は特定遺贈につき物権的効果説の立場を採っている。したがって、BCBを参照しつつ日本民法上の特定遺贈につき本稿の問題を考えることにするとき、この点についての日・独両法上の差異が問題の解決を複雑かつ困難にするであろうことは十分に予想される。そこで、本稿では差し当たり、日独両法上この点につきその法的効果の点で基本的
(万)(川)
には差異がないものと解される包括遺贈の方を考察の対象とし、特定遺贈については別に稿を改めて考察することにする。なお、日本民法九六四条は遺贈について包括迪贈と特定遺贈の区別を認めるのみで両者の違いを明らかにしていないことから、両者の差異をどこに見出すのかについて学説上争いがあり、また、過産の全部または割合的一部に関する遺贈を通説のごとく包括遺贈と解したとしても、遺言による法定相続人に対する財産処分を包括遺贈と見(四)るべきか道一一一一口による相続分の指定(九○二条)と見るべきかについても学説上争いがある。しかし、遺産の全部また、、は割合的一部を法定相続人以外の者に対して遺言により処分した場合に、これを相続分の指定と解しえないことは明らかであるから、本稿では法定相続以外の者に対して遺産の全部または割合的一部を遺贈する事例を念頭に置いて議過繭と心裡留保(こ(村田)二七
法学志林第刎
論を進めることにする。
以下、まず、日本法一以下、まず、日本法の状況を概観する(第一一章)。もっとも、日本法においてはこれについての判例は見当たらないようであるから、日本民法典の起草者の考え方および学説を概観することにする。そうしてまた、日本民法典の起草者および学説は包括遺贈に限定してこの問題を考えてはいないようだから、ここでも遺言一般の問題としてこの問題を概観することにする。次に、この問題に対するドイツ法上の議論を参照する(第一一一章)。その際、ドイツ法においてもこの問題に直接関係する判例は見当たらないようであるから、BGBの起草者の考え方およびBGB施行後の学説を紹介することにする。そうして最後に、結論を述べることにする(第四章)。(1)福島正夫縞・明治民法の制定と穂積文瞥l「法典調査倉穂積陳重博士關係文瞥」の解説自録および資料l良法成逝過程研究会・一九五六年[昭和一一一一年])一一一○頁。星野通・明治民法編纂史研究(ダイヤモンド社,一九四三年[昭和一八年])一七二頁にも所収。なお、現行日本民法典の編別方法に対する起草者の考え方については、有地亨「明治民法起草の方針などに関する若干の資料とその検討」法政研究三七巻一’二合併号九五頁以下二九七一年[昭和四六年])参照。(2)この時期において総則編の通則性を否定する学説としては、仁井田益太郎・親族法相続法論三頁’四頁〈一○版〉(有斐閣・’九三八年[大正一三年]l初版は一九一一九年[大正四年])を知るのみてある.(3)広浜嘉雄「我が民法総則編の通則性」法学鎗鐙一二巻二号一三○頁(一九三八年[大正一三年]I同・私法学序説[改造社・一九一一六年〈昭和元年〉]一一二頁)。また、総則縞の通則性を否定すべきことを一周詳細に論証したものとして、広浜嘉雄「民法総則縄考l綴『我が民法総則編の麺剛性」l」二}(二・亮一法学七選一○号一三○|頁以下、一一号一四八一頁以下(’九三八年[昭和一一一一年]l同日本的私法制度論考[日本評論社・一九三九年〈昭和一四年〉]一頁以下〉がある。(4)「身分法」概念および総則編の通則性についての中川(善)博士の立場を紹介・批判した文献中、ここでは最近のものとして、平井宜雄「いわゆる『身分法」および『身分行為』の概念に関する一考察」加藤一郎・水本浩編・四宮和夫先生古稀記念論文集・民法・信託法理論の展開(弘文堂・一九八六年[昭和六一年])一一五一一一頁以下を挙げておく。(5)平井(宜)・前掲「いわゆる『身分法』および『身分行為」の概念に関する一考察」二六八頁。 第八十七巻第四号
一
八
(6)平井〈宜)・前掲・「いわゆる「身分法」および『身分行為」の概念に関する一考察」二七一一一頁。(7)なお、「心裡留保による遺言」という場合、教室設例として作成された過言や舞台上で作成された過言のごときものをもこれに含めて考えるべきか否か、ということが問題となりうる。けだし、かかるケースにおいては、意思表示としての表示価値が認められないことに基づき、心裡留保を理由とする有効・無効の問題を考える前にそもそもおよそ意思表示として不存在・不成立と解されるべきではないか、との疑問も生じうるからである。しかし、この場合に「遺言」としての表示価値なしと認められるのは、真意(Ⅱ内心の効果意思)の欠峡が誰からも明らかだからというにすぎず(その点で表示内容が支離滅裂だとか適一寶巨としての方式をそもそも具備していないという場合とは異なる)、表示に対応する真意が欠鱗するという点では他の心裡留保ケースと殊更には差異がない、と思われる(強いて差異を求めるなら、かかる「通言」においては真意Ⅱ内心の効果意思の欠峡の立証が極めて容易である、というだけのことであろう)。そこで、本稿では、このケースをも視野の中に入れつつ論述を進めることにする。(8)例えば、東京地方裁判所判事による最近のものとして、谷口幸博「人耶・遺産関係駆件雑感」ジュリスト九四○号二九八九年[平成元年])八八’八九頁、弁護士による最近のものとして、天野耕一「まえがき」第一東京弁誕士会司法研究会縞・過言執行の法律と実務雪ようせい・一九八七年[平成元年])参照。また、野田愛子・泉久雄「はしがき」野田愛子・泉久雄賀任編集・遺産分割・遺言215題(判例タイムズ社・’九八九年[平成元年])一一一頁は、「近年際立った傾向として自筆証書あるいは公正証書による遺言書作成の事例が増加し、欧米同様の遺言慣行が広まりつつある。これに伴い迫一一畳轡の効力や遺言内容の解釈及び遺言の執行あるいは、遺留分減殺請求その他相続をめぐる紛争は、様々な問題を提起し、相続問題処理の実務において、新たな展開を見せるに至っている」、と指摘した上で、「遺言慣行の広まりつつある社会的背景としては、地価の高腿、共同相続の定着及び高齢化社会の現象があろう。新民法施行当時共同相続を経験した世代が、思いも懸けず高騰した自己の財産の相続をめぐり、相続人らが争うのを避けたいという心倒、これに老後の扶養問題をからませていることが、この問題の一因ではなかろうか。このような傾向は一層増加が予測される」、と述べている。その他にも、遺言制度の現状を報告したものとして、例えば、NHK取材班・NHK特架・遺言・家族にとって財産とは何か(日本放送出版協会・一九八七年[昭和六一一年])がある。。(9)北川善太郎・民法の理論と体系〈二刷〉〈|粒社・’九八八年[昭和六三年]l|別は一九八七年[昭和六二年]一五頁.(、)遠田新一「契約解釈の一一元性l表見代理及び虚偽表示等における相手方保護要件を中心としてl」遠露浩・林良平・水本浩監修・現代契約法大系・第2巻現代契約の法理②〈有斐閣・’九八四年[昭和五九年])一一一六頁・同・代理法理論の研究(有斐閣・’九八四年[昭和五九年])一一一一一五頁も同旨。
遮胸と心裡留保(二(村田)
一
九
法学志林第八十七巻第四号一二○(Ⅱ)BGB一一六条、’一八条、一二二条の原文および日本語訳は次のとおりである(日本語訳は、法務大臣官房司法法制調査部司法法制課法務資料第四四五号・ドイツ民法典l総則’二九八五年[昭和六○年])による).③】5..両冒の三二8円『云一壁『:晩冨己一・旨」夙冨一ケ二一・一三F:一一⑪旨可この「両『云一睦『3」の-.m天の守の】ョご◎『ず①恵一(・垈罵厩『天一壁『房。胃三目:一一:。.□一の固『云一畦『二.天ごヨロー】二m・二目ごめ一mの-.$三四三」の『⑥■ぬの、のコニテの『四冨臣、句ケ3-の【戸ヨユニ》⑩⑪臼旦のロくc『一馬一】劃一一天の三三・晨坤】】⑪》ご同言の三・一二の『二m二一:淀の目③一旦の三一一一の邑吻の『六一蝕『こつ浜.二一①三二⑩『両『二・『冒昌“高の、島のコミーユLの『三目胃一二の『両『易二一のこの一(竃の「烏昌・宮
(吃)通説である。くい一・勺色乏-.-蔓⑪軍シ’-,.日①二1句⑫口DP単.シ色[一・・】息『h・】ヨー一息・(⑬)意思表示を受領を要する意思表示(のヨロ{画員いず巴量一一m・言三目句『吾『ごコ需二)と受領を要しない意思表示(三。一二・ョ己一目、鋤す⑱含『{弓腐言一一一目の『六一蝕『目、の。}とに区別すべきことをはじめて提唱したのは凶{の一目目亘である(gの”の⑤實切、の⑩葱一一の一目同二三E『{の旨⑮⑩胃『鴇『一一、字: ⑰』ぬい血弓房【⑥一ョのど三一一⑰園の『云一欧『Eごmロ:ずゆ二塵三のう[一胴。』①『包邑[。『臣。」この『ゆゆ二P局C凹耳、句{。、言の己・ぃ。夛昌」、『向『六一畦『、冨旦P笈吊ココユコ⑱両『天一睡『巨弓、の百句目色己」の『毎目、、、の皀彦ケ⑦『色ワ吋巨碇の}》の。{茜『・旦一⑥、句目・色.」⑱『己(四一房]の』のヨロユ臣⑰曰」の二mの冨已①.:の扇句【N句。。この。」の『凹冒」⑦『の。」⑦『」⑤『ロユ【【の」$二目【ロゴの『|のこの[・旦邑P①『色巨(このの毎一[蒟弄のゴユ②『岡『弄一勘『巨。宛この1国具・)の」。、ゲヨ、盲毎ケの『」⑥■国)の一国mQmぃ旨[の吊股罵朋三.邑扁・毛の|の可のい」①『色コユ⑱『⑪o」⑦『この『[罫.}【(の色ゴー⑰『c彦一【】函【句一(」の『両『云一壁『巨再、声色【・ロ胃⑩○テ色邑の。験⑰『函肩已【一月言[『一【〔昌白一一一の三・三のヨコユの『扉溺向う畦昌、【⑮」の。。『ニコユ」の『Z。、旨】、天、一戸。」①『この『シコ{⑩、ゴテ色『宍の】[面ヨヨの【》二②『旨(Cl砲⑤こ◎。「色寺『一壁協循弄⑮】(三句ゴー云螢。。{⑰(天のニヨの雪ヨ皀軍【①)・厚亭一一六条[狭義の「心裡留保」]「意思表示は、表意者が表示したことを欲しない旨を内心に留保したことによって無効となることはない。相手方に対してした意思表示は、相手方が表意者の留保を知ったときは、無効とする。」二八条[非真意表示]「真意でない意思表示は、真意の欠映が知られることを予期してされたときは、無効とする。」一一一二条[信頼利益の損害賠償義務]「意思表示が第一一八条の規定によって無効である場合又は第一一九条及び第一二○条の規定によって取り消された場合において、表意者は、意思表示が相手方に対してされるときは、その者に対し、その他のときは、すべての第一一一者に対し、相手方又は第三者が意思表示を有効と信じたことにより被った損害を賠償しなければならない。ただし、損害賠償は、意思表示が有効であるときに相手方又は第一一一者が取得する利益の額を超えないものとする。前項の損害賠倣義務は、被害者が無効又は取消しの原因を知っていたとき、又は過失によって知らなかった(知ることがで ご$『云践己君(字「の『」伶曰・』い(己旨テニ、。少・ 口
し、損害賠償は、意思表示が前項の損害賠償義務は、披きた)ときには、生じない。」
九三条の適用を肯定する私見とは異なる。(旧)BGB一九三九条、一九一一一七条、二(編・民法V相続法〈復刊版〉(有斐閣・一 (M)心裡留保を狭義の「心裡留保」と非真意表示とに区別し、九三条但徹の適用を後者のケースに限り、前者については九四条一項を類推適用して悪意の相手方との関係でのみ当該の意思表示を無効、と解すべきことについては、須永醇・民法総則要論(勤草餅房.一九八八年[昭和六三年])一七八頁を参照されたい。なお、近時の学説中、例えば山中教授は、心裡留保を狭義の「心裡留保」と非真意表示(譜譲表示)とに区別するが、「譜護意思表示は効果意思を欠き無効である」、と主張するから(山中康雄・民法[総論・総則・家朧相続]〈四剛〉[法律文化社二九八四年〈昭和五九年〉’一瓢は一九七八年〈昭和五三年〉]二五七頁}、非奥意表示に対して
藤]による)。 (計器員一己。テの吻冨『(]雪堺】湶昌月冨幻⑦庁ケ属『醜一命『弓一)の一一・】⑪9.⑫・圏({)。すなわち、彼は、利害関係人に対してなされることによって効力を生ずる意思表示(三一一の。①「云一『』「目頭3.号『の『一三一「云い轡ョ面〔:く:昌一融皀四四甑一・二嘗塵吻一の腎胃呂庁『の旨・冒博一一一句一一一四:鱈一)、の訂。:『二句。)とそうでない意思表示とに区別するBGB第一草案〈同案七四条・六六条.一○三条二項・一二六条一項・’二七条一項など参照)について、これを大いに評価しつつも、他方でこれを次のように批判する。すなわち、第一草案の右の用語は、合目的的ではなくして、前者が相手方に対して向けられなければならないということを区別のメルクマールとして認識させる以外の何ものでもない、また、隔地者間の意思表示を区別するものは相手方に対するか否かという「方向」(国・旨目碩)とその意思表示がその相手方に到達したか否かという「受領」(同ョ亘四局)とであり、実際上砿要なのはむしろ「受領」の方である、と。そこで、彼は、非轍に冗長で両者の差異を適確に表わしていない右の表現に代えて、より簡潔でしかも「受緬」という実際上重要な有効要件を強調する別の表現を作り出す方がよい、として、意思表示を受顔を要する意思表示と受頒を要しない意思表示とに区別すべきことを新たに提唱したのである。そうして、それ以後、凶(の|ョ:。のこの区別は学説上一般に承認されるところとなっているつ丙一・の芹寄『(再a・)‐【『“目の『・富冒爲云の。⑦『【・ヨョ:‐(蜜『Eョ圏『腹⑩『一胃す:の厩の【:臣匂う(函『いい・く・元島ョ:具留、訂『〉.E・』・少|一価・『の一一・一や量・陣・少巨二・.気)『⑰臣①国。』垣.m・ゴヨ》』・鈩巨二・.一℃『Pぐ。『⑫E⑤元二三・m一・印・臼③l巴『・〉o 通こい『叩・・【汀『両『ず|閉い⑱『戸口邑皀」臣目一・⑦ごいの宣爽のくの『凄い巨ロ晩く◎二、『○二罷乏の殖の。(弓のい【色ョの己[・-m一閃戸三一三碇のぐの弘辱頭巨弓碩)」①己同『一】の弓ケ風ニョョの二. いい
適職と心裡留保(|)(村田〉一一一一 ゆご四F》》Cの『厨『一】一嘉器『(ぐ⑱『目腎一》言一戦)... 【:ロ:『句夛『の鋺一塑冒の三而冒のョ:この『。P・夛月】一目醤一噸向『辱のご句旨目、の[:Pの冒愈づくの『ョ獄3,くC『扁一一瞬一一三の二二の。 P 一一七条、二○八七条の原文および日本語訳は次のとおりである(日本語訳は、神戸商業大学外国法研究会(有斐闇・’九五五年[昭和三○年]I初版は一九三九年[昭和一四年][当該箇所の執筆担当者は近
法学志林第八十七巻第四号一一一一一⑫9s』。ご頭昌二の『両『三四冊の『⑰の旨く①『ョα鴇。。」⑩『の旨の回国『臣、ごm一一いのご囚くのョ】○m①。⑩ユのヨーロの皀月三目昌需{どのコユの{。⑫C一い〔昌句ぐ句匙ロ頤自己、巴丙向『ずの旨甑⑰同巨■、、。Nこい句嵜のロ・凹巨の寺乏⑱ゴョユの『団⑥旦曾○ず【の己、}二四一い同『ケのケ①Nの一向ゴロ⑱|一睡一・.』⑰一旬ユユ①ヨ、》の二画の安戸の弓自巨『の冒凶⑩一コの。のいの弓眼&毒」⑥NEmg己の。」⑩ニマ醜o』⑫【百】N栗二の一『の一ヨ、一二四弓N巨夛のラヨのヨロュ四口の『向『す⑤mの言⑪。二・mこのゴ
君の。。の『色一鞭両『ずのワの輯凰のゲロ①〔一m[・・毎一九三九条[遺蝋]「被相績人ハ遺言一一依リテ或者ヲ相綱人二指定スルコトナク、軍二財産上の利益ヲ輿フルコトヲ得(逝贈)。」一九三七条[相続人の指定]「被相綱人ハ一方的死後虚分(過言、柊意虚分)一一依リテ相綱人ヲ指定スルコトヲ得。」二○八七条[相続人の指定と適贈との差異]「被相緬人ガ其ノ財産又ハ其ノ財産ノ分数的部分『プ出損シタルトキハ、假令其ノ出損ヲ受ケタル者ガ相綱人トシテ表示セラレザリシ場合卜錐モ、其ノ虚分ヲ相績人ノ指定トシテ認ムルコトヲ要ス。各個ノ財産ノミガ出損セラレタルトキ〈、疑ハシキ限り、假令出揖ヲ受ケタル者ガ相績人トシテ表示セラレタル場合卜錐モ、其ノ者ヲ相綱人タルベキ者卜認ムルコトヲ得ズ。」(焔)これに関する日本の判例・学説については、鈴木禄弥「特定物遺剛における物梅変動の時期」民蛎研修五一号一五頁以下(一九六一年[昭和三六年])参照。(灯)BGB上では、遺言により相続人に指定された者は相続資格取得者として被相続人の死亡とともに被相続人の財産を包括的に承継し〈BCB一九二二条一項)、日本民法上の包括受適者は、「相続人と同一の梅利義務を有する」(日本民法九九○条)から、「相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の梅利義務を承継する」(日本民法八九六条本文)。したがって、法的効果の点でBGB上の遺言による相続人の指定と日本民法上の包括遺贈とでは基本的に異ならないことになる。(旧)包括遺贈と特定適蝋とを区別する規準に関する学説上の議論については、山畠正男「相続分の指定」家族法大系Ⅵ相続⑪(有斐閣・’九六○年[昭和三五年])二七五頁註(四)、伊藤昌司「包括逝瑚について」法学雑誌二○巻一号一頁(一九七一一一年[昭和四八年]I同・相続法の基礎的猪問題[有斐閣・’九八一年〈昭和五六年〉)一○六頁、また、判例については中川善之助Ⅱ泉久雄〈三版〉(有斐閣・’九八八年[昭和六三年])五一一二頁註(四)参照。〈⑲)財産の全部または割合的一部を法定相続人に対して過言により処分した場合を包括遺贈と見るべきか遺言による相続分の指定と見るべきか、に関する学説の状況については、山口純夫「過言の解釈l遺贈か遺産分割方法の指定か」判例タイムズ六一三号(’九八六年[昭和六一年])一一一一丁一一四頁、中川(醤〉Ⅱ泉・前掲・相続法〈三版〉一一四一一頁註(一)参照。
まず、「心裡留保(広義)」により作成した遺言についてその法的効力を認めるべきか否かに関する日本法の考え方を概観することにする。その際、前述の〉」とく日本法においては親族・相続両編に対する総則編の通則性を肯定すべきか否かということ目体がこの問題の解決に影響を大きく及ぼしてきたことから、この点についても注意を払うことにする。しかも、そうすることは、この問題に関するドイツ法の考え方を後(第三章)に参考にする際にも不可欠の前提になるか、と思われる。以下、まず、日本民法典の起草者の考え方を探ることにする(第一節)。そうして、その後の学説の変遷(第二節)については、これを三期に分け、曰第一期としては旧通説が確立する一方で少数説も登場した民法典公布(前三編は一八九六年[明治二九年]、後二編は一八九八年[明治一一一一年])直後から一九一一一一一年(大正一一一年)までの時期、ロ第二期としては旧通説に反対する学説が多彩に登場した一九一一四年(大正一一一一年)から一九五○年代前半(昭和一一○年代後半)頃までの時期、口第三期としては一九五○年代前半(昭和二○年代後半)頃から現在まで、に区分することにする。なお、このうちの第二期については、第二次大戦後の家族法の大改正に伴い遺言の許される範囲が改正後の新法(昭和一一二年法二一一一一号)におけると旧法におけるとで異なることから、この時期の学説を旧法下の学説と新法下の学説とに細分することにする。そうして、最後に、心裡留保による(包括)遺贈の効力いかんに関する日本法の考え方を要約することにする(第三節)。 第二章日本法
遺贈と心裡留保二)(村田)
 ̄ 一 一 一
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まず、日本民法典の起草者(起草分担者は富井起草委員)が主査委員会(第一二回・’八九四年[明治二七年]一一一月一一日)に提出した民法修正原案九一条は、「意思表示ハ表意者力其興意二非サルコトヲ知リテ之ヲ爲シタル爲〆其(2) 效カヲ妨ケラルルコトナシ但相手方力表意者ノ眞意ヲ知リタルトキハ其意思表一ホハ無效トス」、となっていた。そうして、右九一条の起草に際しては、オーストリア民法八六九条、BGB第一草案九五条および同第二草案九一条が参(3) 照されていた。次に、右原案九一条の立法理由を見ると、主査委員会の議事速記録はこのことを次のように述べている。すなわち、意思表示の効力に関しては、「意思主義」にも「表示主義」にも偏らず、「意思卜表示卜雨ナヵラ相(4) 須チテ始メテ法律上ノ效力ヲ生スヘキヲ原則」としつつ、「本條[民法修正原案九一条]ハ意思ヲ表一ホスル者力其相手方二對シテ填賞ノ意思ヲ隠秘シタル場合ノ規定ナリ若シ此場合一一於テ右ノ原則ヲ通用セハ其意思表示ハ表示アルモ意思ナキカ爲二當然無效ナラサルヘカラス既成法典ハ佛伊民法二倣上特別ノ規定ヲ設ケサルヲ以テ一般ノ原則ニ依り之ヲ無效トセルモノト解鐸セサルコトヲ得ス是レ相手方力表意者ノ眞意ヲ知リタル場合一一於テハ然ラサルコトヲ得サ
(ママ)ル所ナリト錐モ相手方力表思者二欺カレタル場合二於一ナハ若シ之ヲ有效トセサレハ取引ノ安全、輩固終二得テ望ムヘ(5) カーフサルニ至ラン是レ本條ノ規定ヲ必要トシタル所以ナリ」、というのである。更にまた、右の主査委員会の席上において、富井起草委員が心裡留保を説明して、「詰り表示シダ意思卜腹一一恩フテ居ル所卜符号シテ層ラヌ其符号シテ (1) 曰心裡留保規定の起草過程(主査委員会-#委員総会‐十整理会) 第一節起草者の考え方 法学志林第八十七巻第四号
一
二 四
居ラヌコトヲ知リッッ通常ハ相手方ヲ欺クノ目的デアリマスル即チ眞一一欲スル所ハ腹ノ中二侍テ届ツテ現ハサナイ自分ハ或事ヲシャゥト恩フテ届ル併シ夫レヲ明白ニ云うテハ相手方力承諾ヲスマイ夫故一一外ノコトヲ云う然ウシテ蜜際(6) ハ其現ハシタノデナィコトヲ欲シテ居ル、デ然ウ云う場合ニハ何虚迄モ現ハシタ方二依テ效力ヲ決スル」、また、「此[心裡留保の]場合ハ相手方ヲ欺ク積リデ現ハシタ意思卜腹一一持テ居ル意思卜違ウコトヲ知リッッ殊更二其眞意デ(7) ナィ所ノ意思表示ヲ爲シダ場合デァル」、とJも述べている。そうして、右原案は、右の主査委員会および次の委員総会(第一一一一回.一八九四年[明治一一七年]一一一月一六日)において活発に審議されたが、この段階では何らの修正を受(8) けることなく原案の士(ま通過したのである。ところが、整理会(第六回.一八九五年[明治二八年]’二月二○日)において、右原案の但書につき「又ハ之ヲ知ルコトヲ得ヘヵリシ」を新たに付加すべしとの修正案が起草者から提出された。そうして、このことについての起草者(富井起草委員)の説明は次のとおりである。すなわち、「是ハ少シ資質ガ愛ハルノデアリマス之ヲ入レマシタ考ヘハ當事者ノー方ガ例へ(笑談一一意思表示ヲシダ虞面目デ見テハドウシテモ法律行爲ヲ為ス意思ガアルト見エナイサゥ云う場合二本文ノ方一一依テ效力ヲ生スルト云うコト一一スルョリモ斯ウ云う場合ハ矢張り眞意ヲ知ツタ場合卜同ジコトーー無效トシタ方ガ宜カラゥ意思表示シナヶレバナラヌノガ原則デアリマスヶレドモ何時モ矢張り先ヅ意思卜云フモ
(ママ)(ママ)ノガナクテハナラヌト云うコトガ原則デァル、サウ云う唯ガ見一プモ直面目二見テ法律行爲ヲ爲スベキ意思ヲ表ハシテ居ラナィ笑談ニシタト見ルベキ場合ハ矢張り但書一一含メタ方ガ宜カラウト云う考ヘデ斯ウ云う風一一改〆タノデアリ(9) マス」、と。更にまた、右の整理会の席上にて、富井起草委員は、「但塞曰ノ「又ハ之ヲ知ルコトヲ得へカリシ』卜云(、)フコトモ濁逸民法草案二微ツタノデァリマス第二調会ノ草案デ此意味ガ這ツタソレヲ採ツタノデアリマス」、と答弁遮贈と心裡留保(|)(村田)’二五
している。そう‐(、)されたのである。
ところで、日十ところで、日本民法典の起草者が現行民法九三条但書(修正原案九一条但書)にいわゆる「相手方」の意味内容をどのように解していたかについては、次の点が参考になるように思われる。すなわち、日本民法典の起草者は修正原案九一条を起草するに当たり、オーストリア民法八六九条、BGB第一草案九五条および同第二草案九一条を参照し、更に、同条の起草を分担した富井起草委員もまた整理会の席上で、「質ハ是[修正原案九一条]ハ濁逸民法草案カラ(胆)來夕箇條デアリマシテマア斯ウ云う風二本案ニモ轡イタノデァリマス」、と答弁している。そこで、「心裡留保(狭義)」について定めたBGB第一草案九五条および同第二草案九一条を見ると、後述のごとく〈第三章ドイツ法)、BGB第一草案九五条一一文はごロの三一一一の。の⑦『云一畔『5m一mこの」。・ずロ一・言一m》三のココュの【同日石鹸長の『」;の一ヶのコュ目旨§ぬの一mの訂:[訂Fgまた、同第二草案九一条一一文はごり一の向同弄一餅『目、一mこの1.号口一・ゴー甲這の:⑫}:一コのヨシ己の『の。、の脆の目斥『“す目、のすのロ:『巨且s囚滞『」目ぐ。『ずの冨一[穴:ロ〔の・富とそれぞれ規定していた。そうして、右の両規定が実質上同一の内容であり、しかも、ご」q同日で顧皀鴇『二の『三三の曰いの『霞『§ぬ星(第一草案)とご§しaの扇『震(第二草案)とが受領を要する意思表示(相手方ある意思表示)におけるその表示受領者(相手方)を意味することは、BGBの第二委員会の識(過)事録か.b明らかである。以上のことから、日本民法典の起草者が民法修正原案九一条但書にいわゆる「相手方」の意味内容をBGBの起草者に従って相手方ある意思表示におけるその相手方と解していた、ということはほぼ疑いのな(川)いところである、と思われる。 法学志林第八十七巻第四号一一一一ハそうして、この修正案は、右の整理会において審議されたが、実質的な議論のないまま最終的な確定案と
『未定稿本・民法修正案理由書』は総則編中の法律行為に関する諸規定について次のように述べている。
「既成法典ハ其財産編第一一部二於テ合意一一関スル規定ヲ設ケタリト錐モ總テノ法律行爲二通用スヘキ規則ヲ設ケス 是レ甚夕遺憾トスル所ナリ蓋シ私法上ノ行爲ハ合意ノミニ非ス或ハ寄附行爲ノ如キ何人ニモ對セサル軍濁行爲アリ或 ハ催告又ハ追認ノ如キ|定ノ人二對スル箪濁行爲ニシテ契約二於ケル如ク相手方ノ承諾ヲ必要トセサルモノアリ既成
法典ハ固ヨリ此等ノ行爲ノ有效ナルコトヲ認メサルニハ非スト錐モ其通則ノ設ナキニ至リテハ一大畉黙卜謂ハサルヲ得ス本案二於テハ特二總則編ヲ設ヶ私機ノ得喪及上行使一一關スル通則ヲ褐クルコトトシタルニ因り舷一一一般ノ法律行
、、、(応)爲二通用スヘキ規定ヲ載スルハ當然ノ事卜信シタリ」(傍点は引用者)、と。すなわち、日本民法典の起草者によれば、
、、、
総則編中の法律行為規定は法律行為一般の通則であると解されているから、およそ法律行為でさえあるならば、総則 編中の法律行為規定の適用を排除する.これに関する特別規定が存せず、且つ、当該の法律行為の法的性質が許す限 り、総則編中の法律行為規定の適用を当然に受ける、と解されていたもののようである。したがってまた、遺言に対 して総則編中の心裡留保規定(九三条)を適用しうるか否かについても、遺言に関しては右規定の適用を排除する特
別規定が存しないから、日本民法典の起草者としては遺言の法的性質が許す限りその適用を当然に肯定していた、と見ることができるように思われる。 ロ心櫻留保規定の適用範囲l特に遺言との関係I遺鯛と心裡留保二)(村田)
七
以上、心裡留保に関する日本民法典の起草者の考え方を概観したが、最後に、これを本稿の問題意識に沿ってまとめ、その上で、心裡留保による遺贈の効力のあり方につき日本民法典の起草者が意識的・無意識的に想定していた、と思われるところを要約しておくことにする。
、まず、日本民法典の起草者によれば、心裡留保規定(九三条)の立法理由は、第一に、「意思ヲ表示スル者力其
相手方二對シテ眞賞ノ意思ヲ隠秘シクル場合」において、「取引ノ安全」の観点から「表意者一一欺カレタル」相手方を保護するため、意思表示の効力に関する原則に反して当該の意思表示を本条本文において有効とし、本条但書において相手方保識の必要なき場合lただし、当初においては相手方が悪意の場合のみであったのだがI意思表示の効力に関する原則に従ってこれを無効とするにあった。そうして、第二に、「笑談一一意思表示ヲシダ」場合においては、「本文ノ方二依テ效力ヲ生スルト云フコトーースルョリモ……眞意ヲ知ツタ場合ト同ジコトーー無效トナシタ方ガ宜力ラフ」との法的価値判断の下に、但瞥に「又ハ之ヲ知ルコトヲ得ヘヵリシ」を付加することにより、悪意のみならず過失ある相手方に対する関係についてまでも当該表示の無効の認められる範囲を拡張する、ということにあった。しかし、日本民法典の起草者はかかる場合の法的処理のあり方を右のいわゆる「笑談」に限ると明示しなかったため、日本民法の心裡留保規定一九三釜は、法的処理のあり方に差異を生じさせてもおかしくない一一つのケースIBGEおよび本稿の用籍例に従えば「心裡留保(狭義ごと非真意表示との両者Iを含むこととならざるを得ないことになったのである。その結果、日本民法においては、「心裡留保(狭義とは、これを悪意の相手方に対する関係での ロ心裡留保による遺贈の効力 法学志林第八十七巻第四号八
回かくて、本稿の主要テーマたる心裡留保による遺贈の効力いかんの問題につき、日本民法典の起草者が意識的・無意識的に想定していたと思われるところは次のようなことになるであろうか。すなわち、日本民法典の起草者適職と心裡留保(二(村田〉一二九 ②次に、心裡留保規定の適用範囲については、日本民法典の起草者が本条の立法趣旨を主として財産的取引行為における取引の安全保護に置いていたのは疑いのないところであるが、日本民法典の起草者が総則編の通則性を前提視していたこともまた確かのようである。したがって、遺言に対して総則編中の心裡留保規定を適用しうるか否かについても、遺言に関しては右規定の適用を排除する特別規定が存しないから、日本民法典の起草者は、遺言の法的性質が許す限り、このことを肯定していた、と見ることができるように思われる。③そうして、日本民法典の起草者は、BGBの起草者に従って相手方ある意思表示(受領を要する意思表示)と相手方のない意思表示(受領を要しない意思表示)とを区別しつつ、しかも、九一一一条但書にいわゆる「相手方」を相手方ある意思表示(受領を要する意思表示)におけるその相手方(表示受領者)と解していたから、同条但書の適用範囲は、同条本文の適用を受ける意思表示のうちの相手方ある意思表示(受領を要しない意思表示)に限られることになった。 なってしまっている。 み無効となすBCBにおけるとは異なり、悪意のみならず過失ある相手方に対する関係でも無効、他方、非真意表示は、これを常に無効となすBGBlただし、BCB一二二条により、表意者は相手方または蕊三者が善意無過失である限りその者に対して信頼利益の賠償義務を負うがlとは異なり、相手方ある意思表示においては、相手方が善意・無過失なら有効、相手方が悪意・有過失なら無効、相手方のない意思表示においては常に有効、ということに
法学志林第八十七巻第四号一三○によれば、遺贈は、表意者本人に欺岡の意図があると否と、すなわち、「心裡留保(狭義とによる意思表示であると非真意表示であるとを問わず、「心裡留保(広義)」である限りは九三条の適用を当然に受けることになり、しかも、相手方のない単独行為であるとの理由から同条但書の適用を排除され、その結果として、同条本文により常に有効なもの、として処理されるべきことに恐らくはなるであろう、というのがそれである。
(1)日本民法における心裡留保規定の立法趣旨および起草過程については、遠田新一「心裡留保及び虚偽表示と法律行為論(一)」F:「⑭:・・一一三号(立花岱房・一九七九年[昭和五四年])二八頁以下(同・代理と意思表示論[法律文化社・一九八五年〈昭和六○年〉]一二五頁以下所収)、同・前掲「契約解釈の二元性l表具代理及び虚偽表示等における相手方保護要件を中心としてl」現代契約法大系第二巻現代契約の法麗②三六頁以下、同.前掲・代理法理論の研究二三八頁以下、米倉明「民法講義l総則」法学教室七七号二五頁以下(一九八七年[昭和六二年])が詳しい。本稿も右の諸文献に大いによっている。(2)日本学術振興会・法典調査会民法主査会議事速記録六巻八五丁裏。(3)前掲・法典調査会民法主査会議事速記録六巻八五丁裏。BGB第一草案九五条および同第二草案九一条(いずれも「心裡留保(狭縫)」に関する規定)の原文および日本語訳については、後述のドイツ法の箇所を参照されたい。また、オーストリア民法(竺一乘の‐ョ、司囚〔閾の肩ケニ・ず{皀『1コの蒲如騨ョ一目岡『ウー習烏『」の『〔汀(3句旨一二鰯・二目言。:『、ゴーのぐ。。一切臣)八六九条の原文は次のとおりである(出典は、い○写①色(甲岸鰄頭・)・ロ色、肝この『『国向う厨○冨蝕――ぬのョの三のワ写『鴇『一一向}】の。①いの肩ワ巨、宣哩・マン臣二』8mによる)。⑫mmP・oC-の両一冒昌一一一mロヨ殖旨①。。①。ぐの『[『い、ヨ目ロ(『の】。①『ロ⑰二一、寺・ず①醸ニヨヨ[ニコこぐの厨『跣。」一一向うの『宍翫『の[垂『⑱『』の二・房[」一句向『弄一野『目目、巨己ご⑩『‐い&ゴユ一一、ゴマ碗色目色ゴケ①⑫ニョョ拝.。」の『の『(c一彊旦一のシココ色寺目の巨昌の『色宮この『回、⑱俄ニョョ巨司、、回・色一伽巨三⑱『三⑮|のう3邑罵くの厨つ【⑩nケ、豈殖のいりテの‐ず⑩口厨[⑭娘Cの昌映【の冒云⑮旨く⑦『〔『色顕・こぐ⑪『望。》・巨曰のご目四回」の『。2-》のご◎『[の一一目巨コユ2一一一:⑰『尹巨⑫」『胃云⑩一〕の【一一:[。。』⑱『、旨の⑩、写の一コーラ四宮」|巨己、色。(⑩『ヨヨヨ〔』の】い《の〔。、己巨囚与巨巨。昶・。←(4)前掲・法典調査会民法主査会議事速記録六巻八六丁表。未定稿本・民法修正案理由書目第一編至第三編.完(発行所・発行年いずれも不詳)八二頁も同旨。なお、日本民法典の起草者は、意思表示の効力に関する「意思主義」および「表示主義」を説明して、「意思主義ノ極ハ表示ナキ意思卜雛モ筍モ之力立證ヲ得ハ以テ足レリトシ表示主愛ノ極ハ意思ナキコト明確ナルモ偏二表示スル所一一樋リ以テ其效カヲ定メント欲セリ」〈前掲・法典調査会民法主査会議事速記録六巻八六丁表。前掲・未定稿本・民法修正案理由笹八二頁も同
旨)、と述べている。(5)前掲・法典調査会民法主査会議事速記録六巻八六丁表’八六丁裏。前掲・未定稿本・民法修正案理由轡八二頁も同旨。(6)前掲・法典調査会民法主査会議事速記録六巻八七丁表’八七丁裏。(7)前掲・法典調査会民法主査会議事速記録六巻九○丁表。(8)主査委員会および委員総会における民法修正原案九一条の議論の内容をここで簡単に見ておくなら次のとおりである。まず、本文については、「知リテ」を殊更に明示する必要なしとの理由から、「意思表示ハ表意者ノ興意一一非サルトキト錐モ有效トス」との高木委員からの修正案(賛同者は長谷川委員)が主査委員会において、同様に、「意思表示ハ表怠者力其喚意一一非スシテ之ヲ鳥シタル爲〆……」との箕作委員からの修正案(賛同者は高木委員)が委員総会においても、また、「意思表示ハ表意者力其興意二非スシテ故ラー一之ヲ爲シタル爲〆……」との中村委員からの修正案(賛同者は横田委員)が委員総会において、それぞれ提出されている。更にまた、規定のない以上意思表示は有効となるのだから心裡留保に関する規定を明文化する必要がない、と主張する磯部委員からの削除案(賛同者は尾崎委員)も委員総会において提出されている。しかし、これらの提案は起草委員により次のような理由ですべて反対されている。すなわち、まず、修正案に対しては、この案が意思表示の効力につき「意思主義」にも「表示主義」にも従わないとなす委員会の立場とは異なって強い「表示主義」に従うものであり、しかも、錯誤規定に抵触することにもなる、また、削除案に対しては、意思表示の効力に関する委員会の右の立場に従えば心裡留保による意思表示は無効とならざるをえず、したがって、削除案は取引安全の保謹をもたらすものではない、と反論したのである。次に、但密については、|低相手方力表意者ノ表示力其睡意二非サルコトヲ知リタルトキハ其意思表示ハ無效トス」との修正案が委員総会において渋沢委員(賛同者は蝋部委員〉から出されている。これに対して、富井起草委員は「「表意者ノ填意ヲ知リタルトキハ」卜言ヘハ何ウシテモ表意者ノ腹ノ中一一恩フテ層ルコトヲ知ツテ層ルトキト云う方ガ一番能ク分カラゥト恩ヒマス」(日本学術振興会・法典調査会民法総会議事速記録第五巻七一丁表)、と答弁し、また、種種(陳)起草委員は、「『興意ヲ知リテ』卜云フト例ヘハ資ル積リデ貸スト云フク斯ウ云う時一一ハ相手方ガアレハ質ル積リデ賃スト云フコトヲ云ツタ卜云フコトヲ知ル場合デナヶレバナラヌ君シ之ヲ改メマシテ『興意一一非サルコトヲ知リタルトキハ』卜云フト面ル秘リデアルト云フコトハ知ラナィァィッハ嘘ヲ付イテ届ルト云コトヲ知ツタトキト云うコトーーナリマス」(前掲・法典調査会民法総会議事速記録第五巻七一一丁表,’七二丁裏)、と答弁して、両者の意味が異なることを強調している。そうして、右の修正案および削除案はすべて採決に付されたが、そのいずれもが主査委員会においても委員総会においても否決され、結局、右原案がそのまま維持されることになったのである。(9)学術振興会・法典調査会民法整理会鰻事速記録第二巻一三三丁表。
遺贈と心裡留保二)(村田)一一一一一
法学志林第八十七巻第四号一一一一一一(皿)前掲・法典調査会民法整理会蝋事速記録第二巻一三六丁表。もっとも、BCBの第一一委員会が「又ハ之ヲ知ルコトヲ得へカリン」の文言を付加したのは、「心裡留保(狭義E規定(第二草案九一条)についてではなくして非真意表示に関係する規定(節二草案九七条)についてであることに注意すべきである。すなわち、BGB第二草案九七条は、非真意表示を一律に無効とした上で表愈者に対する相手方・第三者の信頼利益の賠償請求を認めつつ、非真意表示であることを「知り又は過失により知らなかった(知ることができた)」相手方・第三者に対しては右の賠侭請求を否定したのである。その結果、日本民法の心裡留保規定(九一一一条)はBGB第二草案に規定された「心裡留保〈狭義と規定とも非真意表示規定とも異なるものとなったのである。なお、遠田教授は、善意・無過失である相手方に対する関係で心裡留保による意思表示を無効視する日本民法九一一一条の規定を「立法上の明かたミス」、と適切に述べている(同前掲・代理法理論の研究二三九頁、同前掲「契約解釈の一一元性l褒見代理及び虚偽表示瀞における綱手方保繊嬰件を中心としてl」三七夏.(u一整理会での議論については、米倉・前掲「民法灘義l総則」法学教室七七号二九頁以下参蝋。なお、股終案は「民法中修正案」として第九回帝国議会(一八九六年[明治二九年]一月一一二日)に提出され審議されたが、廣中俊雄縞・第九同帝國議愈の民法密議(有斐閣二九八六年[昭和六一年]〉を見る限り、衆議院民法中修正案委員会(第九同帝國議會衆議院民法中修正案委員會速記録第四鱗二九’三一頁[贋中編・前掲懇一一一一’一一一一一一頁に掲載])においても、また、貴族院の民法中修正案特別委員会(贋中編・前掲書七八頁以下参照)においても、この心裡留保規定(民法中修正案九一一一条)は質疑されていない。(瞳)前掲・法典調査会民法整理会識事速記録第二巻一三六丁表。両)後述第三章第一節□参照。(M)その他にも次の点が参考となろう。すなわち、まず、主査委員会(第一一一回.一八九四年[明治二七年]三月一一日])の席上にて富井起草委員が修正原案九四条二項(現行民法九六条一一項)の立法理由を説明して、「例ヘパ契約ノ場合契約ノ場合デ相手方デナシーー外ノ者ガ詐欺ヲ行ツテ、、、、、シダ場合相手方ハ其事寅ヲ知ツテ届ツタト云う場合或人ガ詐欺ヲ行ツタ卜云フコトヲ知ツテ届ツタト云う場合ハ相手方二對シテ其契約ノ取梢ヲ許ス或人一一對スル意思表示、或人一一封セナイモノハ極ク少ナィノデァリマスヶレドモ」(前掲・法典調査会民法主査会議事速記録六巻一一一七丁表)、と述べている。このことから、まず、日本民法典の起草者が意思表示を「相手方ある意思表示」と「相手方のない意思表示」とに分けていたことは疑いのないところである、と思われる。次に、委員総会(第一四回・’八九四年[明治二七年]一一一月二三日)の席上で、箕作委員が「此九十六條ノー一項デゴザィマスガ『或人二對スル意思表示』トアリマスガ此『或人二封スル』ト云う語ハ私ハ無用卜思ヒマス体裁モ宜シクァリマセヌヵラ削ツテ仕舞ツタ方ガ宜カラゥト恩ヒマス’
この時期においては、心裡留保規定(九三条)についての起草者の基本的な考え方がそのまま通説として確立した。しかし他方、ともに総則編の通則性を前提としつつも、九三条但書にいわゆる「相手方」の意味内容を右の通説にお遺贈と心裡留保(二(村田)一一一一一一一
曰第一期旧通説が確立する一方で少数説も登場した時期(民法典成立直後から一九一一一一一年[大正一一一年]まで)
体「第三者』卜云フコトハ九十四條[現行民法九四条]一一出テ居リマスルガ詰り相手方ト云う者ガ起ラナイノデゴザイマス此慮ハ即チ相手方ノコトグラゥト恩ヒマスガ同ジ人間一一ナルダラウト恩イマスル相手方卜第三者卜意思表示ヲ爲ス人卜斯ウ言ヘハ分ツタ話デ此所二限ツテ特一一『或人』卜云フコトヲ轡クノハ無用卜思ヒマス詰り是ハ誠二要ラヌコトト肴へマスルカラ「或人二封スル」ト云う六字ヲ削除アランコトヲ望ミマス」(前掲・法典調査会民法総会議事速記録五巻九○丁裏’九一丁表)、と修正案を提案(賛同者は高木委員)したのに対して、梅起草委員が次のように答弁している。すなわち、「『意思表示一一付キ第三者ガ詐欺ヲ行ヒタル場合」卜云フャウニ『意思表示』卜云フコトガ突出スルノハ餘程奇妙ナコトーーナル卜思ヒマスル加之ナラス『或人一一對スル」卜云フノハ除程考ヘテ用イク文字デァリマス第一ニ此『第三者』卜云フモノガ出テ来ルニハ先シ「第一者」『第二者」卜云フモノガ其魔ニナクテハ性カヌ、所ガ意思表示卜云フモノハ必ズシモ第二者ノァルモノデハァリマセヌ意思表示ニモ公衆一般二對スル意思表示杯ハ相手方ハゴザイマセヌ然ウ云ゥ場合一一〈第三者卜云フモノモ出来マセヌ夫レデァリマスカラ意思表示ノ中一一ハ相手方二對スルモノ、併ナガラ未ダ相手方ガ極マラヌ中ハ相手方卜云フコトハ出来マセヌヵラ「或人二封スル」卜云フノデァル始〆一一『或人二封スル意思表示」卜言へハモウ相手方卜言ハレマスヶレトモ始〆一一意思表示卜云フモノガ出ナイ中カラ『相手方二封スル意思表示』卜言ハレマセヌカラ無搬餘リ面白クゴザイマセヌヶレトモ止ムヲ得ズ断ゥ云う字ヲ便ウ必要ヲ感ジタノデァリマス若シ之ヲ取りマスト甚ダ奇妙ナコトーーナリハシナイカト云う肴ヘヲ持テ居りマス」(前掲・法典調査会民法総会議事速記録五巻九一裏’九一一丁表)、と。このことからも、日本民法典の起草者が意思表示規定中の「相手方」を「相手方ある意思表示」におけるその相手方と解していた、といいうるように思われる。尼)前掲・未定稿本・民法修正案理由轡七八頁。前掲・怯典調査会民法主査会識事速記録六巻八四丁奥’八五丁表も同文。第二節学説