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スウェーデンの労使関係研究に対する一考察 : 何 が問題なのか?

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スウェーデンの労使関係研究に対する一考察 : 何 が問題なのか?

著者 西村 純

雑誌名 評論・社会科学

号 91

ページ 127‑168

発行年 2010‑03‑15

権利 同志社大学社会学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012236

(2)

スウェーデンの労使関係研究に対する一考察

──何が問題なのか?──

西 村 純

同志社大学大学院社会学研究科・博士後期課程

要約:本稿の目的は,これまでのスウェーデンの労使関係に関する研究の問 題点を明らかにすることである。これまでのスウェーデンの労使関係研究 は,賃金交渉形態とその推移を関心の中心としてしまっており,その結果,

スウェーデンの労使関係のリアルな姿を捉えられていないと言える。

なぜ,先行研究は,そうした物足りなさを抱えたままなのか。理由は,先 行研究が,組織を分析するために必要な確固たる分析枠組みを持っていない からである。そこで,本稿では,今後のスウェーデンの労使関係研究をより 豊かで実りあるものにするためには,労使関係論的視点に基づいて,個々の 労働者の賃金がどのような組織のルールによって決定しているのかを明らか にする必要があることを主張している。

キーワード:スウェーデン 労使関係 ルール 組織 賃金

目次 はじめに

1.コーポラティズム・福祉国家からの接近

1−1.稲上・ウィッタカー(1994)「スウェーデンモデルの崩壊」

1−2.宮本太郎氏の研究 2.労使関係研究

2−1.篠田(2000)「労使交渉の分権化」

2−2.猿田正機(2003)『福祉国家スウェーデンの労使関係』

3.Olssonの研究 4.分析枠組み

────────────

2009年12月14日受付,査読審査を経て2010年1月20日掲載決定

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(3)

4−1.市場と組織 4−2.組織とルール まとめ

は じ め に

本稿の目的は,これまでのスウェーデンの労使関係に関する研究の問題点を 明らかにすることである。スウェーデンは,福祉国家の代表として,また,コ ーポラティズムの代表として,これまで紹介されてきた(稲上・ウィッタカ ー,1994,宮本,1999)。

もっとも,スウェーデンという福祉国家の代表国を分析する視点は,多岐に わたっており,それゆえ,扱う文献も様々な分野の業績にならざるを得ない。

ただ,不思議なことにスウェーデンを福祉国家の代表として分析する際におい ても,また,コーポラティズムの代表として分析する際にも,さらには市場経 済の多様性を分析する際にも労働研究が,重要な位置を占めてきた(稲上・ウ ィッタカー,1994,宮本,1999,篠田,2000)(1)。そこで述べられていること を端的に言えば,スウェーデンは中央集権的な労使関係を構築してきたという ことと,そして,それが今揺さぶられ,労使関係が分権化しているということ である。

しかしながら,スウェーデンの労使関係の特徴とされている集権的労使関係 であれ,その労使関係の変化を説明している労使関係の分権化であれ,これら の言葉は,この国の労使関係の特徴を表すには,あまりにも漠然としている。

それゆえ,これらの定義からリアルなスウェーデンの労使関係を思い描くこと は,非常に難しい。スウェーデンという国を形成する上で,労使関係が一つの 重要な要素となっているという共通理解が,存在するにもかかわらず,既存の 先行研究は,労使関係に対して曖昧模糊とした説明しか行ってこなかったので はないだろうか。

そこで,本稿では,今まで行われてきた研究の何が問題であったのかをきち んと明らかにし,既存の蓄積された知見をより実りのあるものにするために,

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(4)

今後どのような作業を行わなければならないのかを提示したい。

ところで,本論に入る前に次のことを述べておきたい。本稿では,既存の先 行研究に対する批判をもっぱら行っている。その批判とは,大雑把に言えば実 態が明らかにされていないと言うことである。ただ,その際に,単に実態が述 べられていないことを批判するのではなく,先行研究の著者自身の枠組みにし たがえば,筆者の言う意味での実態の記述が必要不可欠なものにならないか,

ということを批判するように心がけたつもりである。

本稿の流れは次のようになっている。まず,日本におけるスウェーデン研究 の代表として,稲上毅・ウィッタカー両氏,宮本太郎氏,篠田武司氏,猿田正 機氏の業績を取り上げ,それらの研究を筆者なりの視点で批判する。その上 で,筆者の分析枠組みと同じ態度で研究を行ったOlsson の研究をとりあげ,

その優れている点と問題点を指摘する。最後に筆者の分析枠組みを提示し,筆 者が今後何を行わなければならないのかを述べる。

1.コーポラティズム・福祉国家からの接近

最初に取り上げるのは,稲上・ウィッタカー両氏と宮本太郎氏の研究であ る。本節で強調したいことは二つある。一つは,両氏の枠組みを通じてスウェ ーデンにおける労使関係の重要性を提示することであり,もう一つは,両研究 に共通する労使関係の把握の仕方の問題点を明らかにすることである。

1−1.稲上・ウィッタカー(1994)「スウェーデンモデルの崩壊」

まず,コーポラティズムの国際比較という観点から,スウェーデンを取り扱 った稲上・ウィッタカー(1994)を取りあげよう。両氏は,スウェーデンの労 使関係をどのように描いたのか。ただ,「スウェーデンモデルの崩壊」とある ことからも分かるように,両氏の言うスウェーデンモデルとは何なのか,そこ にどのように労使関係が関連しているのか,この点をまず,明らかにする必要 があるであろう。

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(5)

両氏は,スウェーデンの特徴をスウェーデンモデルとして,次のように定義 づけている。やや長いがそのまま引用すると,「(スウェーデンモデルとは,……

筆者)──強力な社会的パートナーシップ(すなわち高い組織率と強い統率力 をもった「包括的」労使頂上団体,それが構築する合意形成重視の柔軟で協調 的な中央集権的労使関係,さらに「経済民主主義」の回避といった諸要素から 成り立っている(2))に基づいて,一方では政府を巻き込みながら(政府の経済 政策の眼目は「国民経済の均衡」の維持にある)広義の「積極的労働市場政 策」を展開し,他方では「適切な」賃上げパターンセッター(連帯主義的賃金 政策(3),賃上げパターンセッターとしての金属産業,生産性向上に準拠した賃 上げ行動,国家の不介入という4要素から成り立っている)によって完全雇用 と安定的な経済成長を達成しようとする理論的・実践的な経済社会モデル──

これがスウェーデンモデルと呼ばれるものにほかならない」(稲上・ウィッタ カー,1994 ; 28)。

やや長い引用なので,要点をまとめると次のように言えるであろう。彼らの いうスウェーデンモデルとは,つまるところ,包括的(4)な労使頂上団体によっ て行われる中央集権的労使関係を基盤とした,理論的・実践的な経済社会モデ ルのことなのである。このように,スウェーデンモデルという経済社会モデル の基盤に労使関係があるという理解から,両氏の分析は,主にスウェーデンの 労使関係に向けられていくことになる。

上の文脈と本稿とのかかわりで注目すべき点は二点ある。一つめは,スウェ ーデンが,包括的で中央集権的な労使関係を構築し,それがスウェーデンで行 われきた各政策の基盤となっていたこと。そして,二つめは,そうした中央集 権的な労使関係の下で,経済にとって適切な賃金を決定していこうとしていた ことである。では,中央集権的な労使関係は,どのようにして経済にとって適 切な賃金を決定していこうとしたのか。中央集権的な賃金交渉について述べて いる箇所を確認してみよう。

まず,彼らはスウェーデンの賃金決定パターンを6つの時期に区分してい る。その区分けは,①産業別交渉が中心であった1930年代から第二次大戦後

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の1956年まで,②「スウェーデンモデルが大きく花開いた」1957年から65 年までの「黄金時代」,③頂上交渉の水平的分裂が生じた66年から73年ま で,④その水平的分裂がさらに進んだ74年から82年,⑤垂直的分権化の動き が決定的となった83年から90年まで,そして,⑥91年以降の六つである。

このような区分けを行った後,②から④までの時期を「中央集権的」交渉の時 代と彼らは定義づける(稲上・ウィッタカー,1994 ; 49−50)(5)

ところで,彼らの言う賃金決定パターンとは一体何を指しているのか。この 先の議論を進めていく上で明らかにしておかなければならない点であろう。彼 らによると,賃金決定パターンとは次の三つを指している。当該個所をそのま ま引用しよう。「(賃金決定パターンとは……筆者),第1に中央集権的な賃金 交渉であり,第2に連帯主義的賃金政策や賃上げのパターンセッターとしての 金属産業,生産性上昇率に準拠した賃上げ,さらには賃金ドリフトの抑制とい った一群の賃上げに関する規範であり,第3に国家の賃上げ交渉への不介入と いう原則である」(稲上・ウィッタカー,1994 ; 49)。これらの三つが,賃金 決定パターンの指す事柄である。

以上の時期区分と賃金決定のパターンの定義付けに基づいて,彼らの分析 は,上の②から④までの時期に,これら三つの特徴がどのように変化したのか に焦点があてられていく。ここで重要なのは,両氏が,労使関係をどのような 筆致で記述したのか,ということである。この点を知るために,時期区分にお いて,中央集権的労使関係の黄金時代と形容されている②の箇所を確認しよ う。

彼らは,「黄金時代」と形容される時期の特徴を二つにまとめている。すな わち,第一に,「民間の金属産業が実質上大きな影響力を持った形でLOとSAF による中央賃金交渉のヘゲモニーが確立し,したがってホワイトカラーおよび 公共部門の賃金交渉はそれに先行するLO−SAF中央協定を唯一の準拠枠とし てその後に続くという構造が生まれた」(稲上・ウィッタカー,1994 ; 51−

52)こと。そして第二に,そうしたヘゲモニーが確立した一方で,LOやSAF

傘下の産業労使さらには個別企業の労使が「非公認」の上乗せ交渉を行ない,

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大幅な賃金ドリフトを発生させていた時期であったことである(稲上・ウィッ タカー,1994 ; 52)。

このように,両氏は,黄金時代の特徴として,中央交渉の確立と賃金ドリフ トの発生の二つをあげている。先の時期区分とのかかわりで重要なことは,両 氏が,中央交渉がヘゲモニーを確立したことをもって,スウェーデンの労使関 係を中央集権的と見なしている点である。では,彼らは,中央交渉と呼ばれる 賃金交渉パターンをどのようなものとして描いていたのか。該当箇所をさらに 詳しく見てみよう。

両氏は,賃金交渉パターンを次のように描いている。「労使頂上団体LO

(ブルーカラーの組合のナショナルセンター……筆者)とSAF(経営側のナシ ョナルセンター……筆者)が他のいかなる組織よりも早く交渉に入る。3月か ら4月にかけてその交渉が妥結する。その後すぐにほかの交渉が始まる。LO とSAFの中央協定が「[賃金交渉の]出発点であり,また[賃上げ]規範にな る」(稲上・ウィッタカー,1994 ; 50−51)。特に解説を加える必要はないであ ろう。そして,以下のような記述が続く。「もっとも,中央交渉は,あくまで

「アド・ホック」なものとしてスタートした。したがって,その都度LOは傘 下組合から「先行交渉」についての承諾を得なければならなかったし,中央交 渉の手続きについてそれを制度化する意図のないことも併せて明らかにしなけ ればならなかった」(稲上・ウィッタカー,1994 ; 51)。ここまでの記述で は,なにが中央集権的なのか分からない。しかし,次の記述が重要である。

「それでもこの先行交渉が度重なるにつれて,次第にLOとSAFの中央交渉は それぞれの傘下労使団体に対する「勧告」という性質を帯びるようになった。

民間金属産業の現業労働者の賃上げ相場というものに準拠した,LOとSAF による一種の「枠組み協定」ということになる」(稲上・ウィッタカー,

1994 ; 51)。このように,アド・ホックな先行交渉が勧告にまで昇華したこと を通じて両氏は,中央集権的な労使関係の誕生と見なしたのである。

その一方で次のようにも指摘する。「もう一点見逃せないのが,この「黄金 時代」においてさえ,あの「福音書(6)」が懸念していた大幅な賃金ドリフトが

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発生していたことである。それは中央交渉の観点からすれば到底「認めがた い」(中央レベルでの「公式」の賃金協定に対する)上乗せ部分に違いなかっ た」(稲上・ウィッタカー,1994 ; 51)。

このように,両氏は,中央集権的労使関係下においても,傘下の団体で独自 の賃金交渉が行われていたことを指摘している。この賃金ドリフトの存在は,

中央集権的と呼ばれていた時代であっても,産業レベルや企業レベルで活発な 賃上げ交渉が行われていたことを暗に示していると言える。しかしながら,こ こで指摘しておきたいことは,両氏が,1966年以降の中央協約で定められて いる賃金ドリフト補填保障(賃金ドリフト保障……筆者)には注目するもの の,賃金ドリフトそれ自体にはあまり関心を払おうとはしない,ということで ある。次の発言はそのことを端的に表している箇所だと思われる。「すでに述 べたように,大きな賃金ドリフトの発生は連帯主義的賃金政策を傷つける。し かし実際に,賃金ドリフトはかなり大幅なものであった。この点,もう少し立 ち入って見ておく必要がある。……経験的にいって,賃金ドリフトは一般的に は高賃金セクターで発生しがちであり,失業率と逆相関すること(フィリップ ス曲線),また出来高給労働者の比率,企業の生産性や収益とプラスの相関を もっていることなどが知られている。しかしスウェーデン的文脈で見落とせな いのは,賃金ドリフトが次のような形で「賃上げ補填保障」に連動させられた という点である」(稲上・ウィッタカー,1994 ; 57)。

確かに,後に触れるOlssonも明らかにしているように,この賃金ドリフト 保障のルールを通じて,ブルーカラーとホワイトカラーの間にあった賃上げ競 争等のスウェーデンの労使関係が抱えていた問題を知ることができる(7)。しか しながら,どうして,賃金ドリフト保障というルールを生み出すきっかけとな った賃金ドリフトそれ自体には,つまり,企業レベルの賃金交渉には,あまり 関心を払おうとしなかったのか。稲上・ウィッタカー(1994)を読むにつけ,

このような疑問を感じられずにはいられない。結局のところ,両氏にとって賃 金ドリフト問題とは,それがスウェーデンの賃金交渉形態の推移にどのような 影響を与えたのか,ということとのかかわりにおいてのみ重要なことであっ

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(9)

た。そういう印象を受けるのは筆者だけであろうか。

以上,稲上・ウィッタカー(1994)が労使関係の何を明らかにしたのか,と いう視点で両氏の労作を見てきた。ここで彼らの問題点をやや大胆に言えば,

両氏の言う労使関係には,個々の労働者の労働力がどのように取引されていた のか,という視点が欠落しているのである。それゆえ,両氏の記述からは,リ アルなスウェーデンの労使関係を知ることができないのである。

ところで,なぜ,稲上・ウィッタカー両氏は,スウェーデンの賃金決定シス テムを交渉形態の理解で事足りると考えたのか。この点は,両氏の研究を批判 する上で,触れておかなければならない点である。

ここで注目したいのは,ドイツの労使関係の記述とスウェーデンの労使関係 の記述が全く異なる筆致で描かれていることである。稲上・ウィッタカー

(1994)において扱われている国は,スウェーデンだけではなくその他にもオ ーストリアやドイツなどがあるのであるが,それらの国の労使関係,特にドイ ツの記述は,スウェーデンとは全く異なる筆致になっている。なぜ,同じ著書 の中でしかも同じ著者が,ドイツとスウェーデンの二国の労使関係を異なる筆 致で描いたのか。この点は,見逃してはならない点であろう。以下で確認して いこう。

両氏は,ドイツの賃金決定の特徴として第一に国家の不介入を,そして第二 にフォルクスワーゲン社や石油産業といった例外を別にすれば賃金交渉は企業 内では行われないという原則がありつつも,ドイツの従業員代表が賃上げの第 二ラウンドの担い手となっていることを述べた上で,次のような核心をついた 指摘を行っている。すなわち,「産業あるいはセクター別・地域別の交渉が賃 上げ最低基準を決めているにすぎないという事実を考えれば,この「逸脱」行 為(従業員代表が賃上げの第二ラウンドの担い手になっていること……筆者)

はごく自然な帰結と言って良いであろう。この企業レベルの交渉が他の「質 的」な協議も含めて大きな比重を持つようになれば,どうしても産業別・地域 別交渉の意義は低くなる。賃金決定メカニズムの分析がひとり労使関係のドイ ツ・モデルのみならず,マクロ政治経済モデルと労使関係モデルの関連を実態

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的に解き明かすための橋頭堡となっていることが知られよう」(稲上・ウィッ タカー,1994 ; 214)という指摘である。

この発言において注目すべき点は二つある。一つは,両氏が賃金決定をどの ような筆致で描いているのかということであり,もう一つは,どうして両氏が ドイツの賃金決定を事実に即して描こうとしたのか,ということである。ま ず,前者の賃金決定をどのような筆致で描いているのかを見た後に,後者の理 由を考えてみることにする。

ドイツの賃金決定の記述とスウェーデンのそれと比べた際の,最も大きな違 いは,ドイツの場合,個々の労働者の賃金がどのようにして決定しているの か,という点にまで踏み込んだ分析が行われているところにある。産別賃金表 を提示し,それが事業所レベルでどのように解釈されているのかを簡潔に述べ ている点は,スウェーデンの労使関係に対する場合の記述とは大きく異なって いるところである。

両氏は金属産業の産別賃金表を提示(8)した後に,ローカルレベルでその賃金 表がどのように扱われているのかを説明する。そこでの記述は次のようにまと めることができる(9)

(ア)企業レベルの賃金体系は,大きく①基本賃金+②業績給+③任意的付 加給付の三つによって構成されている。

(イ)①基本賃金は,産業一律に決定される「最賃」,すなわち産業別賃金表 によって決定する。

(ウ)②業績給は,その総額は,対基本賃金比率というかたちで産別協約に よって産業一律に決定されるが,その具体的配分は企業レベルで個人の技 能や業績に応じて決定する。

(エ)③任意的付加給付は,文字通り企業によって任意に支払われる賃金の ことを言う。

今ここではドイツを明らかにすることが目的ではないので,個々の賃金体系

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(11)

をこれ以上詳細に語ることはしない。ここで指摘しておきたいのは,そういう ことよりもむしろ,スウェーデンと比べた時に,ドイツの賃金決定方法にかん して,両氏が詳細な記述を行っているということである。なぜ,スウェーデン においてドイツと同じように産別賃金表の存在について触れようとしなかった のか,また,なぜ,スウェーデンの中央レベルと企業レベルの関係,すなわ ち,中央協約と企業の賃金体系の関係を描こうとしなかったのか。ドイツの記 述を見ると,このような疑問が湧出てこざるを得ない。この点を明らかにする ためには,先に指摘した,なぜ両氏がドイツの賃金決定を事実に即して描こう としたのか,ということを考えてみる必要があるであろう。

なぜ,両氏は,ドイツの賃金決定を事実に即して描こうとしたのか。この点 を考える上での鍵は,稲上・ウィッタカー両氏が,ドイツのマクロ政治経済モ デル,すなわち,ドイツモデルをどのように把握していたのかというところに ある。この点に対する両氏の見解は,次の発言に端的に表れている。

「ドイツの労使関係や職業訓練といった特定領域に限っていえば,いずれに ついても「二重システム」ということが言われる。それらを指してドイツ・モ デルということはやさしい。しかし,「スウェーデン・モデル」とか「オース トリア・ケインズ主義」とかと同じような鮮明度をもった個性的なマクロ政治 経済システムがドイツに存在するのかと問われれば,おそらくその答えは否定 的なものになるであろう」(稲上・ウィッタカー,1994 ; 196−197)。

このように,両氏は,ドイツにはスウェーデンのような明確なマクロ政治経 済モデルがないという理解をしている。もちろん,その後,自身で定義するの であるが,それでもモデルに関する共通理解がないという点が重要である。こ のモデルの曖昧さが,両氏にドイツの賃金決定をスウェーデンのそれよりも詳 細に描くことを要請したのではないだろうか。

国家の不介入,企業レベルの従業員代表組織が賃上げの第二ラウンドを担っ ているという特徴をもって,両氏は,ドイツの賃金決定メカニズムを描かなけ ればならないという。では,なぜ,国家の不介入,賃金ドリフトの発生という 特徴を持つスウェーデンの企業レベルの賃金交渉を,彼らは描こうとしなかっ

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(12)

たのか。賃金ドリフトが発生するということは,スウェーデンにおいても企業 レベルが,賃上げ交渉を行っていたことを意味している。ならば,少なくとも ドイツと同じような筆致で,スウェーデンの賃金交渉も描く必要があったので はないだろうか。明確なマクロ政治経済モデルが存在するのか否か,この違い が稲上・ウィッタカー両氏の二国の労使関係に対する態度を規定してしまっ た。彼らの二国に対する筆致を見るにつけそう思わずにはいられないのであ る。

ともあれ,中央レベルが労働者の賃金の何を規定しているのか,そして,そ うした規定の中で,企業レベルにおいてどのようにして賃金が決まっているの か,という視点から見れば,稲上・ウィッタカー(1994)両氏の研究は,物足 りないと言わざるを得ない。では,宮本太郎氏はその点をどう描いているので あろうか。以下で見ていこう。

1−2.宮本太郎氏の研究

日本においてスウェーデンを精力的に研究し続けてきた研究者は誰かと問わ れれば,宮本氏をおいて他にいないであろう。ただ,ここでは,宮本氏の研究 のうち労使関係に関することに焦点を絞って議論を進めることにする(10)

まず,宮本(1999)は,福祉国家の構造を知る上で,労働運動が,それまで に存在する制度の枠組みの中で,どのようにして新たな制度形成を目指した か,ということに注目すべきであると主張する(宮本,1999 ; 28)。この点に よって,労使関係に注目している筆者と福祉国家を研究する宮本氏の間に接点 が生まれることになっている。

ところで,福祉国家の分析において氏が労働運動を重視するのは,筆者の見 る限りエスピンアンデルセンが提示した脱商品化という指標に基づいていると 思われる。ここで言う脱商品化とは,労働者が,労働市場で商品として,つま り,その他の財と同じように扱われているのかどうか,ということである。こ の脱商品化の程度が大きいかどうかが,当該国が福祉国家であるかどうかを判 断する際の重要な指標となっている。

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(13)

上の脱商品化の定義を筆者なりに解釈すれば,当該諸国の脱商品化の程度 は,次の二つのことに注目することで把握できるものと思われる。まず,一つ めは,労働者の保有する労働力の価格が,市場メカニズムによってコントロー ルされない,つまり,労使の交渉を通じて決定しているのか,ということであ る。次に二つめは,労働力を保有している労働者が,市場に依存しなくともあ る程度の生活水準が維持できるかどうか,つまり,失業が労働者の生活にとっ て大きな影響を持つのかどうか,ということである。したがって,スウェーデ ンにおける脱商品化の程度を明らかにしようと思えば,少なくとも二つの作業 が必要になってくる。

その二つとは,第一に当該諸国における労働力取引のルールを明らかにする ことであり,第二に失業した際に行われる労働者保護のルールを明らかにする ことである。より具体的には,まず,労働者の賃金をどのような組織がどのよ うなルールによって決定しているのかを明らかにしなければならない。次に,

失業した際に支払われる賃金保障,および再び労働市場に戻るために行われる 職業訓練を明らかにしなければならない。これらのことを明らかにすること が,宮本氏の重視する福祉国家スウェーデンにおける労働運動を明らかにする ために必要不可欠な作業と言える。では,宮本(1999)は,これらのルールを どのように記述しているのか。ここでは,賃金に注目して,宮本氏が労使関係 の何を記述したのかを見ていこう。

当該個所をまとめると以下の通りである。

(ア)産業横断的な同一労働同一賃金を実現(連帯主義的賃金政策を実現……

筆者)するために,戦後,協約委員会がLO内に設置された。

(イ)協約委員会に求められていた職務とは,労使交渉の分析・評価,およ び職務評価表の作成であった。

(ウ)とはいえ,LO内には集権化反対派もおり,協約委員会は,労使交渉 に介入することには消極的であったし,同一労働同一賃金の基礎となる職 務評価表の作成についても,ほとんど進捗はなかった。

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(14)

(エ)1951年に経営側からの要請があり,1952年にSAFとLOの間で中央 交渉が行われた。

(オ)はじめての中央交渉は一時的な措置とされ,その後,1955年までは産 業レベルの労使関係に再び戻っていたが,社会民主主義党政権からの要望 もあり,1956年から中央交渉が再開された(中央体制のスタート)。

(カ)中央交渉の進展とともに,連帯主義的賃金政策は,産業全体の賃金格 差の是正を目指すものに変化していった。

(キ)1966年以降,賃金格差の圧縮を進めるために,中央協約の中に,賃上 げ補填保障と低賃金条項という二つの制度が導入された。

(ク)ただ,LO傘下の組合は,相当数の交渉事項について中央交渉に委ね ずに平行して行われる産別交渉において分離交渉を行った。

(ケ)1983年以降中央体制は崩壊に向かって進み始めた。

(コ)経営側は企業別交渉にまで労使関係が分権化することを望んでいる。

以上が,宮本氏による労使関係に関する記述のまとめである。ここから分か ることは,スウェーデンの労使は,中央体制を通じて,産業横断的な同一労働 同一賃金の実現しようと試みたが,実際にはそれが中央交渉の進展とともに,

徐々に労働市場全体での賃金格差の是正に変わっていたということ。そして,

その格差是正に大きく寄与したのが,1966年から導入された賃上げ補填保障

(賃金ドリフト保障)であり,低賃金条項であったこと。しかしながら,そう した取り組みを行ってきた中央体制は,1983年に崩壊したこと。この三つで ある(11)

産業横断的な同一労働同一賃金の実現に失敗し,労働市場全体での賃金格差 の是正に変更したとするならば,問題の焦点は,賃上げ原資の分配規制に移る のが自然ではないだろうか。分配規制がどのような方法で行われていたのか,

そしてその際に生じた問題とは一体何なのか。そうした分配規制の実態を明ら かにすることで,はじめて,スウェーデンに特徴的な労働運動というものが明 らかになるのではないだろうか(12)。また,そのことを通じてのみ,宮本氏が,

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(15)

問題とする「労働運動が所与の制度・政策や政治的力関係をふまえていかに新 たな制度形成を目指したかというその戦略」(宮本,1999 ; 28)も明らかにな るのではないだろうか。

こうした賃金決定に関して否定しがたく存在するある種の曖昧さという問題 の深刻さは,宮本氏が経済政策と労働運動において最も力を込めて研究したと 思われる経済民主主義と労働運動に関する研究である宮本(1994 b)の中で,

一層鮮明なものとなる。宮本氏の研究のレビューの最後にこの点について述べ たいと思う。

宮本氏は,経済民主主義と労働運動中でも,とりわけ労働者基金という制度 の導入過程の解明に力点を置いている。ただ,ここで強調したいことは,宮本 氏の事実に対する解釈や(13)スウェーデンモデルと経済民主主義についての解 釈(14)が妥当かどうかということではなく,氏の記述が,産業レベルを超えた中 央集権的な枠組みの中で行われてきたとされるスウェーデンの労使関係という ものが,どれほど,混乱していたものなのかを暗に示しているという点であ る。

スウェーデンでは,70年代半ばから,労働者基金制度というものを導入 し,企業横断的な基金を設定することによって,個別企業の利益の一部を回収 しようとする試みに関する議論がスタートする。この制度自体は,結局1982 年に時限立法として一応導入され,やがて消滅するのであるが,この労働者基 金が,個別企業の自由な経済活動を規制し,労働者が資本に介入するという点 で,人々の,特に研究者の大きな関心の的となっていたようである。ただ,こ こで注目すべきことは,この労働者基金がなぜ必要なのか,ということに関す るLOの発言である。宮本(1994 b)によると,LOは,次の三つをその目的 としてあげている。

まず,第一に,連帯主義的賃金政策を補完すること,次に,第二に,資本の 過度の集中を排し大企業のパワーを抑制すること,そして,第三に,経済過程 における労働者の影響力を強め,労使間の権力バランスを変化させること。以 上の三つを,LOは,労働者基金の目的であるとしている(15)

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(16)

このように,労働者基金の第一の目的は,連帯主義的賃金政策の補完,すな わち,スウェーデンの労使が作り上げてきた賃金決定システムの補完とされて いる。なぜ,労働者基金を導入する目的の一つめに,このようなことがあげら れているのであろうか。この点は,産業民主主義や経済民主主義の高まりとい うことで,お茶を濁してはならない点であろう。この点について,宮本氏はど のような説明を行っているのか。当該個所をそのまま引用しよう。

「連帯主義的賃金政策は,個別セクターや企業の収益性にかかわらず職種 ごとに同一の賃金水準を要求するが,高収益セクターや企業では,賃金が本 来の水準から見て相対的に低く抑えられるために余剰利潤がうまれる。その 結果,当該セクターや企業では,中央交渉以後の賃金の上積み(賃金ドリフ ト)が誘発されるか,高利潤企業の過剰蓄積をゆるすことになる。これはい わば連帯主義的賃金政策のアキレス腱であり,その余剰分に何らかのコント ロールを加えていくことが求められていたのである」(宮本,1994 b ; 56)。

このように宮本氏は,述べているわけであるが,彼のこの記述を読めば,次 のようなスウェーデンの労使関係の姿が浮かんでくる。すなわち,高収益企業 は,中央協約を無視して,独自に賃金を決定しており,そうした企業独自の賃 上げが,賃金ドリフトとしてスウェーデンの中央集権的な労使関係に大きな問 題としてのしかかっていたという姿である。このことは集権的と呼ばれると想 像する,ある種の企業横断的な管理統制が行き届いた世界とは,スウェーデン の集権的と形容される労使関係は,異なっている可能性を我々に示してくれ る。

だとするならば,宮本氏の研究目的の一つである,福祉国家スウェーデンに おける労働運動を理解しようとするならば,中央レベルから企業レベルまで踏 み込んだ賃金決定メカニズムというものを,すなわち,労使関係の実態を明ら かにする必要があったのではないだろうか。

―141 ―

(17)

小括

以上,稲上・ウィッタカー両氏と宮本氏の研究についてかなりの紙幅を割い て,レビューしてきた。彼らの研究は,スウェーデンの賃金決定の何を明らか にしたのか。この問いに大胆に答えるとするならば,スウェーデンにおける賃 金交渉形態の特徴を明らかにしたということに尽きると思われる。確かに,二 つの研究において,賃上げ補填保障(賃金ドリフト保障)などスウェーデンに 特徴的な賃上げ項目の紹介はされている。しかしながら,労使関係に関する重 要事項である労働者の賃金がどのようなルールによって決定していたのか,と いう点については,彼らはほとんど明らかにしていないのである。

とはいえ,彼らの研究は,労使関係そのものを対象としているわけではな い。もちろん労使関係の重要性を彼らは指摘しているけれども,労使関係その ものが彼らの研究対象ではない。その意味で,労使関係の実態が明らかにでき ていないという指摘を行うことは,彼らへの批判として妥当ではないのかもし れない。彼らに実態を明らかにせよというのではなく,むしろ,そういう問題 意識を持った当人が,自分自身で行わなければならないことであろう。

では,労使関係そのものを扱った研究はこれまで皆無であったのか。いくつ かの研究がある。そこで以下では,労使関係を対象としたものとして,篠田

(2000),猿田(2003)を取り上げよう。彼らは,労使関係の何を明らかにした のか。

2.労使関係研究

2−1.篠田(2000)「労使交渉の分権化」

まず,篠田氏の研究を見ていくことにしよう。この篠田氏による報告書は,

1990年代以降の趨勢として各国が新自由主義への道を歩み始めたが,その程 度は各国によって異なるという立場から,スウェーデンの労使関係の変化の程 度を明らかにしようとしたものである。篠田氏は次のように言う。「本書(篠 田(2000)……筆者)では,これまでのスウェーデン・モデルを支えてきた協

―142 ―

(18)

調的な労使関係が新自由主義のグローバル化のなかでスウェーデンにおいてど のように変化しつつあるのか,それを労使交渉(制度)に焦点をあてて考察す るものである。特に,ここでは90年代以降にその焦点が当てられることにな る」(篠田,2000 ; 4)。

ここでもスウェーデンモデルという言葉が出てくるのであるが,労使交渉を 分析するとも言っているので,篠田氏の態度とは,スウェーデンモデルを構成 する一要素であるスウェーデンの労使関係が,90年代にどのように変化した のかを,労使交渉の分析を通じて明らかにしようとしていると見て間違いない であろう。したがって,ここで問題となるのは,氏のスウェーデンモデルを支 えたとされる労使関係の理解と,90年代以降の労使交渉の記述が何を語って いるのかである。

篠田氏はスウェーデンモデルを支えた労使関係をどのように把握していたの か。氏はそれを「スウェーデン・モデルを支えたコーポラティズム的な労使関 係」と呼んでいるのであるが,その特徴をまとめると以下のようになる(16)

(ア)労使の団体が他の国に見られないほど極めて高い組織率を誇ってきた。

(イ)労使の中央組織の加盟団体に対する統制がきわめて強かった。

(ウ)中央組織が締結する労働協約によって最低賃金や賃上げ,あるいは労 働時間,雇用期間や試用期間,休日手当,所定外労働時間,交替制労働な らびに長勤(時間外労働……筆者)のルールが決められていた。

(エ)その協約は,全メンバー企業に,そしてそこで働くすべての労働者に 適用され例外はない。

(オ)中央組織が締結する協約の詳細は,産別交渉と支部交渉でその内容が 詰められていった。

(カ)こうした労使交渉の前提として,経済成長は実質賃金の上昇のために 必要なことであり,また賃上げは生産性上昇内に留めるべきだという暗黙 の合意が,労使の間にはあった。

(キ)労働者側は経営者の経営特権(経営権……筆者)を容認する一方で,

―143 ―

(19)

中央交渉を獲得し,彼らが目指す「同一労働,同一賃金」という平等的な 連帯賃金制や,様々なベネフィットを経営者に容認させてきた。

ところで,上の特徴であるが,筆者の得ている知識に基づけば,篠田氏の理 解に疑問を持つ点も少なくない(17)。ただ,ここでは,篠田氏の理解や解釈につ いてその是非を述べることが目的ではないので,篠田氏の主張から注目すべき ポイントとそこに対する氏の踏み込みの甘さだけを述べたいと思う。

篠田氏の記述で注目すべきことは,(イ),(ウ),(エ)における中央協約の 下部組織に対する規制の程度と(オ)での下部組織で何が決められていたの か,すなわち,下部組織に与えられていた自由の程度である。これらが明らか にされて初めて中央体制と呼ばれる労使関係の実態が明らかにされると思われ るのであるが,篠田氏のその点への踏み込みは甘い。なぜなら,こうした賃上 げ率なり最低賃金なり労働時間なり,雇用条件の決定を巡るルールの分析が,

中央体制の記述において全くなされていないからである。このことは,労使関 係を記述することを目的としている篠田氏の態度においては,問題となる点で ある(18)

ただ,篠田氏自身が労使交渉を通じて90年代以降の労使関係の変化を明ら かにしようとしている以上,賃金の決定に関する分析が軽率になるのはいたし かたないことかもしれない。しかしながら,氏の目的が労使交渉の分析にある のならば,氏が以前の労使関係のところで明らかにすべきは,中央体制下のも とでの労使交渉の手続きだったと言える。ところが,中央体制下の労使交渉の 手続きに関する記述が,篠田(2000)にはないのである。中央体制下の労使交 渉の記述をせずに,どうして労使交渉の変化が語れるのか。このような疑問を 感じざるを得ない。

このように,90年代以前の労使交渉がほとんど語られていないという点 は,篠田(2000)全般に影響を及ぼす非常に問題となる点であろう。とはい え,ここでは議論を先に進めるために,篠田氏の目的である90年代以降の労 使交渉に関する箇所を見ていこう。

―144 ―

(20)

図表1 各交渉ラウンドにおける主な出来事

91年交渉

(ア)AMS(労働市場庁)のレーンベルクによるレーンベルク委員会の勧告

(安定化協約)の内容にそって協約が締結される。

(イ)協約期限は三年,賃上げ率は0%,1.1%,3.3%。

(ウ)SAF(全国レベルの経営者連盟)が中央交渉を行うことを拒否した。

93年交渉

(ア)LOは,産業横断的に要求を調整した上で,産別交渉を行うことを主 張するが,経営者側がこれを拒否する。

(イ)Handles(商業労働者組合)と商業者経営者団体が締結した2年協約 が,交渉ラウンドのパターンとなる。

(ウ)全国106の協約(産別協約のことか?……筆者)のうちパターンと同 じ期限を持つ協約は86個あった。

(エ)とはいえ,協約期限が各産業で異なっており,労使関係の分散化が顕 著となっている。

95年交渉

(ア)LOは,93年ラウンドと同じように交渉を調整しようとするが,傘下 の組合の調整に失敗する。

(イ)LOの主任エコノミストであるエディンが組織するエディングループ がヨーロッパノルムと題して3.5% の賃上げ率を提案するも,産業レベル の組合はそれを下限と見なし交渉に臨んだ。

(ウ)製紙労働者組合(Pappers)と森林産業経営者団体が締結した二年協約 が,交渉ラウンドのパターンとなる。

(エ)労働損失日が62万7000日に達したきわめて闘争的なラウンドとなっ た。

(オ)93年と同じく協約期限が各産業で異なっており,分散化が顕著となっ たラウンドであった。

(カ)機械産業部門では,Metall(ブルーカラー),SIF(ホワイトカラー),

CF(エンジニア)の各組合が共同して交渉会議を作り,交渉に臨んでい る(1992年から始まっている)。

98年交渉

(ア)96年3月に政府が労使の関係者に失業率を半分にするためにヨーロッ パ並みの賃金を受け入れるよう求める。

(イ)97年2月にエディングループが,98年度交渉の賃上げ率は3.5% にす べきということを提案する。

(ウ)交渉の仲裁機関強化の検討を目的としたオーベリ委員会が97年に発 足。98年11月にレポートを提出。

(エ)労使の主要な団体をなす8組合と12経営者団体が98年3月に「産業 のための交渉協約(協調協約)を締結した。

(オ)LOは,97年10月に賃上げ率3.7% の指針を出す

(カ)95年ラウンドと同じく製紙産業がパターンセッターとなる。協約は三 年協約。賃上げ率が2.5%,2.4%,2.4% とLOの指針を下回っている。

(キ)フレックス制の導入を条件に時短が進んでいる。

(ク)VI(機械産業経営者連盟)へのヒアリングによると,経営者側は企業 別交渉の実現を目指している。

出所)篠田(2000)より筆者作成

―145 ―

(21)

90年代に行われた交渉ラウンドは,91年,93年,95年,98年の計四つで ある。この四つの交渉ラウンドで何が行われたのか。氏の記述をまとめたもの が図表1である。

90年代以降の交渉の箇所で述べられているのは,90年代におきた賃金交渉 に関する出来事であり,賃金交渉の手続きではないことが,図表1を一望すれ ば分かるであろう。さらに,篠田氏の記述には,産業レベルに分権化したと言 われているスウェーデンの産別交渉に関する事柄がほとんど述べられていな い。例えば金属産業組合には,賃金交渉中にどのような委員会が組織され,そ して,そこでどのような会議が行われているのか。こうした賃金交渉の分析に 必要不可欠と思われることが,ほとんど行われていないのである。それでも賃 金交渉の手続きに関して述べていることを挙げるとすれば,機械産業(19)におけ るブルーカラーとホワイトカラーの労働組合が交渉会議を作っているというこ とと,労使の主要な団体をなす8組合と12経営者団体が98年3月に「産業の ための交渉協約(協調協約)」を締結したことの二つである(20)

今ここで篠田氏の賃金交渉に関する記述から分かることをやや大胆にまとめ れば,次の三つにまとめることができる。その三つとは,まず,第一に労使交 渉のスタートが産業レベルになったこと,そして,第二に最初に産別協約を締 結した産業の協約の内容がその年の交渉ラウンドのパターンとなること,そし て最後に,とはいえ,協調協約の締結により労使の主要団体は,98年ラウン ドでは自主的に産業横断的な調整を行おうとしていることである。こうした篠 田氏の記述をもってスウェーデンの賃金交渉を描いたとは到底言えないであろ う。その理由は,繰り返しになるが,賃金交渉の手続きが述べられていないか らである。したがって,90年代以降の労使交渉を通じてスウェーデンの労使 関係の変化を述べるという篠田氏の目的も達成できているとは言えないのであ る(21)

それでも結論として,篠田氏は,四つの賃金交渉ラウンドでの出来事を通じ て,スウェーデンの労使関係は,Traxlerの言う「調整された分権化」である と結論付けている。しかしながら,当然のこととして何をどのようにして調整

―146 ―

(22)

しているのかは,ほとんど明らかになっておらず,氏の研究からそのような結 論を導き出して良いのかは,少々疑問の残る点である。

ところで,労使関係に焦点をあてている篠田氏の研究は,稲上・ウィッタカ ー両氏や宮本氏の研究と比べた時に,どのような特徴があるのであろうか。こ のことを考えることは,篠田氏の研究を考える上で,避けては通れない点であ ろう。結論を先に言うと,そこに違いはほとんどない。篠田氏の明らかにした ことを端的に言えば,90年代以降の交渉形態の推移である。このことは,篠 田氏の研究が,労使関係に関する交渉形態の変化を明らかにした稲上・ウィッ タカー両氏や宮本氏の研究と大差のないものであることを意味している。つま り,篠田氏の研究によって,先に批判した二者の抱える問題が解消していると は言えないのである。

2−2.猿田正機(2003)『福祉国家スウェーデンの労使関係』

猿田氏の『福祉国家スウェーデンの労使関係』はその名の通り,スウェーデ ンの労使関係を対象とした作品である。このような労使関係を直接的に対象と したものは,猿田氏を除いてほかにはいないのではなかろうか。では,猿田氏 は,自身の研究の中で労使関係をどのように描いたのか。以下で見ていこう。

まず,猿田氏の関心は,何なのか。この点を確認しなければならない。猿田 氏の関心は,近年生活が不安定化する日本の労働者にとって,今後労使関係の 重要性は,一層高まっていくはずだ,という考えの下,「スウェーデンの労使 関係を見ることによって,労働者・国民の生活と「労使関係」がいかに密接な 関係を持っているかを明らかにすること」(猿田,2003 ; 114)にある。これ だけを見ると,労使関係そのものを明らかにするということが主題ではないよ うなのであるが,次の氏の発言が重要である。「各国の労使関係を明らかにす るには,それぞれの国の労働組合や経営者団体の組織形態や組織構造を明らか にするだけでは不十分であろう。労!使!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

・協!!!,そ!!!!,賃!!,雇!!,労!!!!!!!!!!!・生!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(……傍

―147 ―

(23)

点部筆者)」(猿田,2003 ; 113)。

猿田氏が交渉・協議を描かなければならないと述べていることは,労使関係 を明らかにするという点において重要な主張であろう。そういう関心を持った 猿田氏が,労使関係をどう描いたのかは,非常に関心のあるところである。労 使関係に関する一連の記述を見ていくことにしよう。

猿田(2003)において,労使関係が集中的に扱われているのは,第三章「労 働・社会生活と労使関係」である。また,賃金制度が,第二章「「賃金・所得 の社会化」と生活」で若干扱われている。ここでは,猿田氏が,交渉・協議を 明らかにしなければならないと述べていることから,氏がスウェーデンの労使 関係の交渉と協議をどのように描いているのか。この点に注目したい(22)

猿田氏はオレ・ハマシュトロム(ホワイトカラー組合の役員)の論文を引用 しつつ,まず,「1956年から1982年にかけての時期は,中央での統一協約(SAF とLOが締結していた中央協約……筆者)の締結が一般的慣行となっていた」

ことを指摘する(23)。このこと自体は,既に稲上・ウィッタカー両氏が既に指摘 していることであり,特に目新しいものではない。その他にも統一協約には,

いくつか保障条項があるということと,統一協約が定めた以外にも賃上げが行 われている,すなわち賃金ドリフトが発生していたことも指摘されているが,

これも特に目新しいことではない。

ただ,賃金ドリフトについて,「賃金ドリフトは,統一協約で合意された賃 金増の25%〜50% の上げ幅であることが慣行化されている」(24),という指摘が なされている点は,非常に興味を引くところである。労使関係研究の目的の一 つは,その国の労使関係の慣行を明らかにすることであるのだから,重要な指 摘であると言えよう。ところが,残念なことに,猿田氏によって,この慣行と いうものにこれ以上の踏み込みが行われることはなく,よって,慣行そのもの は,ブラックボックス化されたままとなってしまっている。

賃金ドリフトの次に,描かれているのが,企業レベルの交渉についてであ る。企業レベルの交渉は,先に見てきた日本の代表的なスウェーデン研究にお いてほとんど扱われてこなかった点であるので,非常に興味をそそられる部分

―148 ―

(24)

である。猿田氏は,前出のオレ・ハマシュトロム氏の論文を引用し,以下のよ うに描いている。やや長いが,そのまま引用したい。

「支部(企業)における団体交渉は,職場,職場によって著しくその構成 を異にするが,以下に従業員数300から400人の典型的な中規模企業の民間 企業を例にとって,交!!!!!!!を説明しよう(……傍点部分筆者)。従 業員は3ないし4の『クラブ』と呼ばれる支部組合に加入するのが一般的で ある。全てのブルーカラー労働者は,LO傘下の組合に所属していると考え てよい。第一線の管理監督者的地位にある者(スーパーバイザー)は,SALF

(スーパーバイザーの組合)に加入し,残りのホワイトカラー労働者のほと んどは,SIF(民間企業部門のホワイトカラーの労働組合組織)に加盟する であろう。

SALFとSIFは,共に団体交渉カルテルPTK内にあって協力して行動す る。支部組織は,会社の取締役会に代表権を与えられており,LOとPTK から各1名ずつが支部組合代表として同会に出席するが,また支部自身の代 表も参加する。労働環境委員会といった名称の組織が設置されており,その 委員のメンバーの大多数は組合から選出されたもので占められるであろう。

会社の業績について定期的に検討する経済委員会が設けられ,LOとPTK の各々の代表が出席して使用者との話し合いを持つ。毎月,定例の会合が開 かれ,特に会社の生産・投資計画について経営側からの報告がある。ほとん どの場合,労使間の接触は,インフォーマルなものである。フォーマルな労 使間の接触は,賃金交渉を除いては,4〜5回の役員会の会合,3〜4回の労 働環境委員会,4〜6回の団体交渉に限られている」(猿田,2003 ; 134−

135)。

以上,長々と引用したわけであるが,はたして,これをもって支部レベルの 交渉が描けていると言えるであろうか。もちろん,労使が工場レベルでいくつ かの会合を行っていることや,組合が会社の取締役に小人数ではあるが参加し

―149 ―

(25)

ているという事実を知ることは,できる。しかし,上の記述からでは,企業レ ベルにおける賃金交渉や企業内で行われている一連の会合に,誰が参加し,ま た,どのように運用されているのかなど,猿田氏の言う「労使がどのような問 題をどのようにして交渉・協議」しているのかについては,ほとんど明らかに なっていないと言わざるを得ない。よって,誤解を恐れずに言えば,猿田氏 は,労働組合や経営者団体の組織形態や組織構造を明らかにしただけで,それ ぞれの組織の役割や機能は明らかにしていないのである(25)

小括

以上篠田氏と猿田氏の労使関係に関する記述を概観してきた。ところで,こ こで生じる疑問は,どうして猿田氏は,労使関係を明らかにしようとしなかっ たのか,という点である。もっとも,猿田氏自身の問題意識が,労働者・国民 の生活と「労使関係」がいかに密接な関係を持っているかにあるので,的外れ な批判かもしれないが,もう少し素朴に労使関係そのものを対象としても良か ったのではないだろうか。

二人の研究を見て気付かされる一つの問題点として,彼らが労使関係を研究 する,つまり,組織を研究する上での確固たる枠組みを持っていないという点 があげられる。本論でたびたび賃金決定の実態が描かれていないということ を,これまでの日本における代表的なスウェーデン研究を取り扱った際に指摘 してきた。しかし,この実態という言葉は,研究を行う上で常に重要視される 言葉ではあるが,はなはだ曖昧な言葉でもある。これまでに紹介してきた篠田 氏,猿田氏も実態を疎かにしようとはしていないことは,彼らの労作を見れば 分かることである。では,何が問題なのか。実態をとらえる際の枠組みが問題 なのである。では,確固たる分析枠組みを持って,労使関係を扱った文献は,

無いのか。筆者の知る限りで,一つだけある。次節で扱うOlsson(1991)で ある。

―150 ―

(26)

3.Olssonの研究

Olsson(1991)は,労使関係論という確固たる分析枠組みを通じて,スウェ

ーデンの賃金交渉システムという一つの体系だった機構の仕組みを明らかにし ようとした,数少ない研究ではないだろうか。彼の視点は,スウェーデンの賃 金交渉システムをルールを通じて,明らかにするというものである(26)。では,

このOlssonがスウェーデンをどのように分析し,何を明らかにしたのか,そ

して,何が彼の研究に足りないのか。このことを提示することは,スウェーデ ンの労関係の研究を進めていく上で,避けては通れない点であろう。ただ,こ

こでは,Olssonの研究の優れた点と物足りない点を提示することを通じて,

スウェーデンの労使関係研究に何が求められているのかを提示することに的を 絞って,議論を進めていく(27)

Olssonの研究の優れている点は,二つある。一つは,賃金ドリフト保障(28)

を通じてスウェーデンの労使関係に起きたユニオンライバルリー(29)を見事に描 いていることである。Olssonの明らかにしたことを簡潔にまとめると図表2 のようになる。

まず,①ブルーカラーの賃金ドリフト補填は,ブルーカラーの賃金ドリフト を考慮に入れて決定されていた。一方で,②民間のホワイトカラーの賃金ドリ フト補填は,ホワイトカラーの賃金ドリフトにくわえて,ブルーカラーの賃金 ドリフトおよび賃金ドリフト補填を考慮に入れて決定されていた。また,③公

図表2 民間および公共部門の賃金ドリフト補填の決定基準

ドリフト補填 考慮に入れられる項目

①ブルーカラーの賃金ドリフト補填 ブルーカラーの賃金ドリフト

②民間ホワイトカラーの賃金ドリフト補 填

民間のホワイトカラーの賃金ドリフト・

ブルーカラーの賃金ドリフト・①

③公共部門のホワイトカラーの賃金ドリ フト補填

①・②・ブルーカラーの賃金ドリフト・

民間ホワイトカラーの賃金ドリフト 出所)西村(2009);272

―151 ―

(27)

共分門のホワイトカラーの賃金ドリフト補填は,民間のブルーカラーの賃金ド リフトと賃金ドリフト補填(①),および民間ホワイトカラーの賃金ドリフト と賃金ドリフト補填(②)を考慮に入れて決定されていた。

このように,ブルーカラー,ホワイトカラー,公共部門の三者の賃金ドリフ ト補填(賃金ドリフト保障)のルールを描き,それらがどのように関係してい たのかを示すことによって,民間のホワイトカラーが既存の賃金格差を維持し ようとしていたことや,公共部門が民間の賃金水準に少しでも追いつこうとし たことが,良く分かるようになっている。こうしたスウェーデンの姿をリアル に描くことができたのは,Olssonのルールに注目するという分析枠組みによ るところは,疑いようのないところである。

その上で,そうした賃金ドリフト保障を生みだす要因となった賃金ドリフト に関して,やや突っ込んだ議論を展開している。これがOlssonの研究が,優 れているとする二つめの理由である。特に,ブルーカラーの賃金ドリフトの要 因を労働力不足による市場賃率の増加によるものではなく,出来高給を巡る 日々の交渉,すなわち,職場の労使関係によるものであったことを指摘してい る点は,スウェーデンの労使関係を考える上で重要な指摘であろう。こうした

Olssonの指摘は,少なくとも戦後から1983年までの間,中央集権的と形容さ

れてきたスウェーデンの労使関係の要所は,職場にあったのではないか,とい うことを示唆していると言えよう。

では,Olssonの問題点とは何なのか。ここでは,四つのことを指摘してお

こう。

まず一つめは,ドリフト保障の分析についてである。Olssonは,1978年以 降ドリフト保障の基準は,「実際の賃金ドリフト」の80% となった,と述べて いる。しかしながら,この「実際の賃金ドリフト」とは,どのように算出され るものなのか,また,80% とあるがそれは産業横断的な基準なのか,それと も産業毎の基準なのか。これらのことは,彼の記述からは分からないものとな っている。

二つめは,理念をルールを通じて明らかにしていないことである。Olsson

―152 ―

(28)

もブルーカラーのナショナルセンターであるLOの賃金政策,すなわち,連帯 主義的賃金政策の存在を指摘するわけであるが,彼は,その後すぐにアンケー ト調査による組合員の意識調査に進んでいる。彼の枠組みにしたがえば,理念 から一足飛びに意識調査に向かうのではなく,協約ではそうした理念はどのよ うに表現されていたのかをきちんと述べる必要が,つまり,理念(連帯主義的 賃金政策)と当事者の思想(意識調査)の間にルール(協約)を挟む必要があ ったのではないだろうか。

三つめは,賃金交渉システムそれ自体の記述に関しては,交渉アクターの説 明,交渉形態の推移といった既存のスウェーデン研究と同様の視点に陥ってし まっている点である。ここでは詳しく触れないが,Olssonの記述はそうなっ てしまっている。団体交渉が政治的な性格を有すものであるとはいえ,一国の 賃金交渉システムを表面的な交渉形態とその推移の際に起こった政治的なプロ セスのみによって説明しようとする態度は,やや問題といえるであろう。労使 関係論的に言えば,賃金交渉における手続きのルールが明らかにされておら ず,稲上・ウィッタカー(1994),宮本(1999),および篠田(2000)と同じ問 題を抱えることになってしまっているのである。

最後に四つめは,対象を中央レベルに限定してしまっていることである。こ のことによって,Olssonの言う出来高給を巡る職場での日々の交渉とは,い ったい何であったのかが明らかにされていないまま残されている。

思いつくままに問題点を指摘したが,こうした問題点を生みだす原因は,全 て共通している。その原因とは,ルールへの執着の薄さである。Olsson の分 析枠組みにしたがえば,中央協約であれ出来高給制度であれ,可能な限りルー ルを描く必要があったにも関わらず,彼はそのことを行わなかったのである。

その結果,分析視角は他のスウェーデンの労使関係を取り扱っている研究と一 線を画すものであったのに,記述それ自体に関しては,先に紹介した四つのス ウェーデン研究と同様の問題を抱えることになっていしまっているのである。

スウェーデンの労使関係を素朴に理解したいと願う筆者からすると,不満が残 る点である。

―153 ―

図表 1 各交渉ラウンドにおける主な出来事 91 年交渉 (ア)AMS(労働市場庁)のレーンベルクによるレーンベルク委員会の勧告(安定化協約)の内容にそって協約が締結される。 (イ)協約期限は三年,賃上げ率は 0%,1.1%,3.3%。 (ウ)SAF(全国レベルの経営者連盟)が中央交渉を行うことを拒否した。 93 年交渉 (ア)LO は,産業横断的に要求を調整した上で,産別交渉を行うことを主張するが,経営者側がこれを拒否する。(イ)Handles(商業労働者組合)と商業者経営者団体が締結した2 年協約が,交

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