TRIPs協定によりWTO加盟国における知的財産保護法制は外形的には一定のレベルでハーモナ イズされつつある。しかし,たとえば医薬特許発明をめぐる強制実施制度や,伝統的知識・遺伝 資源の知的財産法による保護の可否の問題など,先進国と発展途上国間における知的財産保護の 目的に対する認識の違いによって,利害が一致し難い局面も多数存在するのが現状である。
一方,知的財産のエンフォースメントの側面においては,たとえばタイにおいては,IP&IT
Courtの扱う知的財産関係訴訟の殆どは刑事訴訟であって,民事訴訟の数は非常に少なく,私権
である知的財産権を個々の権利者が護るというよりも,むしろ国家が侵害行為を取り締るのが主 流とされている状況にある。逆に,知的財産保護の先進国であるアメリカ合衆国においては,近 時,特許権侵害に対して常に侵害行為の差止めまで判決で認容すべきかあるいは損害賠償に止め るべきかといった論点ついての連邦最高裁判決が出て,注目されている。私権である知的財産権 についても,その社会性の故に権利行使に制限を加えようという発想が見て取れる。
知的財産権が物権類似の排他的独占権とされているのには長い歴史があるが,その保護が国境 を超えて普遍的なものとして拡がり,尊重されるためには,より説得力に富んだ理論構築が必要 であろう。知的財産を産業発展の材料とだけ認識して,先進国側がその保護を発展途上国に要求 するだけでは,真にハーモナイズされた知的財産保護法制の構築などできはしない。知的財産は 人間の知能が産み出した崇高な財産であって,国の発展のレベルに差はあろうとも,その保護の 重要性に径庭はないはずである。知的財産の保護が発展途上国の発展を阻害したり,あるいは一 国内においてでも,著作権保護強化の行き過ぎが人間の創作活動を阻害したり,特許権の保護強 化の行き過ぎが新たな研究開発を阻害するようなことは避けなければならない。国の相違を超え,
権利者と利用者が互いにwin-winになれる知的財産保護法制の構築を夢のまた夢で終わらせてし まってはならないのである。
知識の府としての大学が,産業保護法,文化保護法といわれる知的財産法におけるあるべき保 護法制の構築に果たせる役割は小さいのかも知れない。しかし,各国の研究者や実務家と手を携 えて,その確立に知恵を出し合っていきたいと考えている。私達研究センターはそのような理念 の下に,東アジア諸国の知的財産判例英訳データーベースを構築した。是非,一度http://www.
21coe-win-cls.org/rclip/dbにアクセスして,試してみて頂きたい。
―
1
―巻頭言
知的財産保護法制の将来像
高林 龍
** 早稲田大学 21世紀