7.1 はじめに
前章までは1パス伸線におけるせん断ひずみ層を対象として,力学的,結晶学的に検討してきた.
しかし,細線材は多パス伸線によって製造されるのが一般的である.1 パス伸線では,せん断ひずみ 層のない状態から伸線加工を施すが,連続伸線の場合は2パス目以降から,一度せん断ひずみ層が発 生した状態からの伸線となり,焼鈍材からの伸線とはせん断ひずみ層,および材料全体の挙動が異な っていると考えられる.多パス伸線におけるせん断ひずみ層を把握することは,細線材のさらなる高 性能化技術に役立つ知見となることが期待できる.多パス伸線におけるせん断ひずみ層を厳密に検討 した研究例は少ないが,パス数を重ねるにしたがってせん断ひずみ層が蓄積されると考えられている
1),2).また,同じ総減面率の場合において,1パスの減面率を小さくして伸線回数を多くするほど,せ ん断ひずみの蓄積が大きくなり,強度も増加すると考えられている1),2).そこで,多パス伸線加工に おけるせん断ひずみ層の引張り強さを検討した.および,その延性維持効果についても検討した.
本章の構成は,7.2節でパス数とせん断ひずみ層の引張り強さと深さの関係を説明する.7.3節では,
結晶粒分断化と引張り強さ推移の関係を説明する. 7.4節では,大きい総減面率におけるせん断ひず み層について説明する. 7.5節において,本章を総括する.
7.2 パス数がせん断ひずみ層に与える影響
7.2.1 パススケジュール
多パス伸線におけるせん断ひずみ層の最も着目すべき点は,伸線加工を重ねるにしたがって,せん 断ひずみ層の強度が蓄積されるのか否かである.そこで,総減面率を同じとして,パス数のみを変化 させ,その場合のせん断ひずみ層の引張り強さの推移を比較することにした.本実験では,単パスの 伸線を繰り返すことで多パス伸線材を作製した.伸線速度は0.6 m/minである.
本実験で用いたパススケジュールをTable 7.1に示す.総減面率を28.4%と一定にし,各パスの減面
率Reを5%とした6パス伸線材,Re = 15%とした2パス伸線材,および,Re = 28.4%とした1パス伸線
材をそれぞれ用意した.それぞれの線材において,各パス伸線後に,電解研磨で表層部を除去しつつ 引張り強さを測定した.
Table 7.1 Pass-schedule of continual drawing
6-pass 0.325
0.316 0.308 0.300 0.291
2-pass 1-pass
5.0 5.5
5.1 5.9
14.8
28.4 Diameter
D mm
Reduction R
e% 6-pass
0.325 0.316 0.308 0.300 0.291
2-pass 1-pass
5.0 5.5
5.1 5.9
14.8
28.4 Diameter
D mm
Reduction R
e%
7.2.2 引張り強さ測定
それぞれのパススケジュールで伸線した後で,電解研磨によって表層部を除去しつつ引張り強さを 測定した.電解研磨は第3章と同様にリン酸と硫酸の混合液を用い,陽極にSWRM6,陰極に鉛を設 置した.Fig.7.1に6パス伸線材,Fig. 7.2に2パス伸線材,Fig. 7.3に1パス伸線材の表層部除去によ る引張り強さ推移をそれぞれ示す.
200 250 300 350 400 450 500 550
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
Fig. 7.1 Tensile strength as surface layer was thinned by electro-polishing
Fig. 7.2 Tensile strength as surface layer was thinned by electro-polishing (6-pass drawn wire, each Re = 5%)
(2-pass drawn wire, each Re = 15%) 5-pass drawn wire
6-pass drawn wire (Re = 5 %,D = 0.275 mm) (D = 283 mm)
Tensile strengthσB/MPa
4-pass drawn wire (D = 291 mm) 3-pass drawn wire
(D = 300 mm)
(D = 308 mm) 2-pass drawn wire
D (D = 316 mm)
1-pass drawn wire
(D = 325 mm) Annealed wire
Diameter after electro polishing D/mm
200 250 300 350 400 450 500 550
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
2-pass drawn wire
(Re = 15%,D = 0.275 mm)
Tensile strengthσB/MPa
1-pass drawn wire (D = 300 mm) Annealed wire (D = 325 mm)
D
Diameter after electro polishing D/mm
200 250 300 350 400 450 500 550
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
D Tensile strengthσB/MPa
Diameter after electro polishing D/mm 1-pass drawn wire (Re = 28%,D = 0.275 mm)
Annealed wire (D = 325 mm)
Fig. 7.3 Tensile strength as surface layer was thinned by electro-polishing (1-pass drawn wire, each Re = 28%)
以上の結果より,多パス伸線した全ての線材において,表層部を除去するにつれて引張り強さが低 下する現象が確認される. 6パス伸線材を対象として,各パス伸線後に,中心部の引張り強さが一定 であると仮定して,線全体と中心部の引張り強さの差σe-cを算出した結果をTable 7.2とFig. 7.4に示 す.
Table 7.2 Difference of tensile strength between entire and center
0.056 0.11 0.16 0.22 0.28 0.33
22.5 26.4 34.5 42.1 46.7 45.1
True strain Difference of stress between entire and center σe-c MPa 0.056
0.11 0.16 0.22 0.28 0.33
22.5 26.4 34.5 42.1 46.7 45.1
True strain Difference of stress between entire and center σe-c MPa
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50
0 0.1 0.2 0.3
True strain ε Difference of tensile strength between entire wire and center Δσe-c/MPa
0.4
Fig. 7.4 Difference of tensile strength between entire wire and center layer
伸線加工による真ひずみが増加するにつれて,線全体と中心部の引張り強さの差が増加しているこ とが観察される.したがって,多パス伸線加工によって表層部の引張り強さが増加していると考えら れる.そこで,2,6パス後の伸線材を対象として,測定した引張り強さから除去部分の引張り強さを 算出した.その結果をFig. 7.5,Fig. 7.6に示す.
300 350 400 450 500 550 600
0 10 20 30 40 50 60 70 80
λ D λ
D λ
D
Layer depth from surface λ/μm Tensile strengthσB/MPa
460 MPa
385 MPa 2-pass drawn wire (each reduction Re = 5 %)
Fig. 7.5 Ttensile strength of removed area after electro-polishing (2-pass drawn wire, Re = 5%)
300 350 400 450 500 550 600 650 700
0 10 20 30 40 50 60 70 80
Fig. 7.6 Ttensile strength of removed area after electro-polishing (6-pass drawn wire, Re = 5%) λ
D λ
D λ
D
Layer depth from surface λ/μm Tensile strengthσB/MPa
6-pass drawn wire (each reduction Re = 5 %) 580 MPa
455 MPa
各パス減面率Re = 5%の2パス伸線材では,表層部の引張り強さσsは459 MPaになり,中心部の引 張り強さσcのおよそ1.19倍になっている.6パス伸線材では,表層部の引張り強さσsは577 MPaにな り,中心部の引張り強さσcの1.26倍になっている.
Fig.7.7に,各パス後における除去した表層部の引張り強さσs,および中心部の引張り強さσcと真ひ
ずみの関係を示す.表層部の引張り強さσsの上昇は中心部における引張り強さσcの上昇と比較して大 きいことが観察された.ここで,表層部の引張り強さσsから中心部の引張り強さσcを引いた値と引張 り強さ差σs-cと定義する.Fig. 7.8に引張り強さ差σs-cと真ひずみの関係を示す.5パス伸線 (真ひずみ ε = 0.28)までの多パス伸線では,引張り強さ差σs-cは上昇している.5パス伸線後では,σs-c = 118 MPa であるが,6パス伸線後では,σs-c = 122 MPaとなり,一定値に漸近していく傾向が観察された.
200 250 300 350 400 450 500 550 600 650
0 0.1 0.2 0.3 0.4
Surface σs
Center σc
True strain ε Tensile strengthσB/MPa
6-pass drawn wire (each reduction Re = 5%)
Fig. 7.7 Transition of tensile strength of surface and center layer (6-pass drawn wire, Re = 5%)
0 20 40 60 80 100 120 140
0 0.1 0.2 0.3 0.4
True strain ε Difference of tensile strength between surface and center σs-c/MPa
6-pass drawn wire (each reduction Re = 5%)
Fig. 7.8 Difference of tensile strength between surface and center layer (6-pass drawn wire, Re = 5%)
つぎに各減面率Re = 15%で2パス伸線した線材を対象として,除去した表層部の引張り強さσsを計 算した結果をFig. 7.9に示す.2パス伸線材においても,表層部の引張り強さσsが中心部の引張り強さ と比較して高く,643 MPaになっている.これは中心部の引張り強さσcの1.40倍になっている.Fig. 7.10 に表層部引張り強さσs,および中心部の引張り強さσcと真ひずみの関係を示す.真ひずみを加えるに したがって,表層部の引張り強さσsが増加していることが確認できる.2 パス伸線後における表層部 と中心部の引張り強さの差σs-cは160 MPa程度となり,各パスの減面率Reが5%の場合よりも高い値 を示した.
300 350 400 450 500 550 600 650 700
0 10 20 30 40 50 60 70 80
λ D λ
D λ
D
Layer depth from surface λ/μm Tensile strengthσB/MPa
620 MPa
453 MPa 2-pass drawn wire (each reduction Re = 15%)
Fig. 7.9 Ttensile strength of removed area after electro-polishing (2-pass drawn wire, Re = 15%)
200 250 300 350 400 450 500 550 600 650 700
0 0.1 0.2 0.3 0.4
True strain ε Tensile strengthσB/MPa
Surface σs
Center σc
2-pass drawn wire (each reduction Re = 15%)
Fig. 7.10 Difference of tensile strength between surface and center layer (2-pass drawn wire, Re = 15%)
最後に減面率28%の1パス伸線材を対象として,除去した表層部の引張り強さσsを計算した結果を
Fig. 7.11に示す.1パス伸線材でも,表層部の引張り強さσsが640 MPaであり,中心部の引張り強さ
σcの1.39倍の値となっている.表層部と中心部の引張り強さ差σs-cは180 MPa程度になる.
300 350 400 450 500 550 600 650 700
0 10 20 30 40 50 60 70 80
λ D λ
D λ
D
Layer depth from surface λ/μm Tensile strengthσB/MPa
1-pass drawn wire (Re = 28%)
470 MPa 641 MPa
Fig. 7.11 Ttensile strength of removed area after electro-polishing (1-pass drawn wire, Re = 28%)
総減面率を28.4%と統一して,6パス,2パス,1パスで伸線した線材の最終径線材における,表層 部と中心部の引張り強さ差σs-cをFig.7.12に示す.この結果では,各パスにおける減面率を大きくする につれて,引張り強さ差σs-c は大きくなることが観察される.したがって,各パスの減面率が大きい 多パス伸線の場合において,より引張り強さの高いせん断ひずみ層を形成できると考えられる.
0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200
1 pass 2 pass 6 pass
(Re = 5%) (Re = 15%)
(Re = 28%) Difference of tensile strength between surface and center σs-c/MPa
Fig. 7.12 Difference of tensile strength between surface and center layer (Total Re = 28%)
7.2.3 パス数とせん断ひずみ層の関係について
一般的に,総減面率が同じでも,小さい減面率で伸線回数が多い伸線材の方が.総和の引抜き力が 高いという知見がある.この現象を説明するため,従来では伸線加工における変形機構を以下の4つ に分類して考察されている1) -3).
(1) 純粋な線ひずみの増加(理想仕事)
(2) 材料の塑性的流れの方向変化(余剰仕事)
(3) 弾性的変形
(4) ダイスと線材間の摩擦(付加的せん断ひずみ層,および摩擦仕事)
それぞれの変形機構が引抜き力に与える影響を簡単に説明すると,(1)に関しては,理論的には途中 のパススケジュールによらず,最終的な総減面率が同じならば,同じ仕事量を示すことになる.(2)に 関しては,パス数が増加するほど,材料流れ変化の回数が単純に増加する.その結果として,この余 分な仕事に必要なだけ引抜き力の増加を引き起こすと考えられる.(3)に関しては,伸線後の線材は弾 性回復を起こし,線径がわずかに膨張する.したがって,この弾性回復に相当する余分な仕事が伸線 加工中には加わっている.低減面率で伸線を繰り返す場合には,この弾性回復に必要な余分な仕事の 蓄積があり,引抜き力の増加につながる.(4)に関しては,伸線回数の増加とともに,付加的せん断ひ ずみの蓄積が大きくなり,材料の引張り変形抵抗が増加する.したがって引抜き力も増加すると考え られている.
本実験の結果より,低減面率でパス数を多くしても,せん断ひずみ層の引張り強さの増加は見られ ない.むしろ,高減面率でパス数を少なくした場合で,せん断ひずみ層の引張り強さも大きくなって いる.総減面率を一定として各パスを低減面率,または高減面率で伸線した場合,アプローチ部での ダイスと線材の接触長さを幾何学的に計算した結果をTable 7.3,7.4,7.5に示す.
0.325 – 0.316 0.316 – 0.308 0.308 – 0.300 0.300 – 0.291 0.291 – 0.283 0.283 – 0.275 Diameter D mm
Contact length lcmm Summary Σlcmm
0.033
0.037 0.033 0.037 0.033 0.033
0.206
0.325 – 0.316 0.316 – 0.308 0.308 – 0.300 0.300 – 0.291 0.291 – 0.283 0.283 – 0.275 Diameter D mm
Contact length lcmm Summary Σlcmm
0.033
0.037 0.033 0.037 0.033 0.033
0.206
Diameter D mm Contact length lcmm
0.325 - 0.300 0.300 – 0.275
Summary Σlcmm
0.103 0.103
0.206 Diameter D mm
Contact length lcmm
0.325 - 0.300 0.300 – 0.275
Summary Σlcmm
0.103 0.103
0.206
Table 7.3 Contact length between die and wire (6-pass drawn wire, Re = 5%)
Table 7.4 Contact length between die and wire (2-pass drawn wire, Re = 15%)
Table 7.5 Contact length between die and wire (1-pass drawn wire, Re = 28%) 0.325 - 0.275
Diameter D mm Contact length lcmm Summary Σlcmm
0.206 0.206 0.325 - 0.275 Diameter D mm
Contact length lcmm Summary Σlcmm
0.206 0.206
低減面率で伸線するとパス数は増加するが,ダイスと線材が接触する全体の長さは高減面率低パス 方式と変化ないことがわかる.ダイスと線材の摩擦係数が各パスで同じであると考えると,パス数が 増加しても,アプローチ部において付加的せん断変形を発生させる条件は同じであると考えられる.
一方,ベアリング部における接触長さに関しては,パス数が多い伸線ほど大きくなる.しかし,ベア リング部がせん断ひずみ層に与える影響は,第6章で説明したように高い減面率ほど大きくなると考 えられる(このことに関しては7.2.4節で詳述する).したがって,パス数を増加させても,各パスの 減面率が低い場合には,ベアリング部がせん断ひずみ層に与える影響は非常に小さいと考えられる.
以上のような観点から,減面率の小さい多パス伸線の場合では,せん断ひずみ層の引張り強さの蓄積 にはパス数による影響はなく,総減面率のみが影響をおよぼしているといえる.
7.2.4 多パス伸線の各パス減面率とせん断ひずみ層の関係について
各パスの減面率が高い場合の多パス伸線において,せん断ひずみ層の引張り強さが向上する要因に ついて考察する.最初に考えられるのが,伸線加工で発生する熱によるひずみ時効である.高減面率 の伸線ほど,発生する熱は大きくなり,ひずみ時効が引張り強さに与える影響も大きくなると考えら れる.しかし,本実験では0.6 m/minという低速で伸線していること,および線径が小さく,抜熱が 早いことから,ひずみ時効は非常に小さく,引張り強さに与える影響も非常に小さい.また,ひずみ 時効が表層部の引張り強さのみを増加させることも考えにくい.つぎに,第6章でも説明したように 各パスの減面率が大きくなるにつれて,伸線後の線径太りが大きくなると考えられる.したがって,
ベアリング部において,その線径太りをダイス径で圧縮しているために発生する面圧は,高減面率の 伸線ほど大きくなり,付与されるせん断ひずみ層も大きくなると考えられる.6.3節で説明したように,
ベアリング部においてもせん断ひずみ層の引張り強さが上昇することが確認されている.これは,ベ アリング部でも表層部では塑性のせん断ひずみが付与される結果である.したがって,高減面率の伸 線の場合は,ベアリング部で付与されるせん断ひずみが大きくなり,せん断ひずみ層の引張り強さも 増加していると考えられる.以上のような要因が複合的に作用して,各パスの減面率が高い場合の多 パス伸線では,せん断ひずみ層の引張り強さが上昇すると考えられる.
7.2.5 多パス伸線におけるせん断ひずみ層の深さ
第2章で説明したように,1パス伸線におけるせん断ひずみ層の深さは,線径によらず40 μmで一 定であるという知見を得ている.そこで,本節では多パス伸線におけるせん断ひずみ層の深さについ て検討する.深さの測定方法は,3.3節に示した方法と同じである.6パス伸線材の測定結果をFig. 7.13 に示す.
0 10 20 30 40 50 60 70
0 0.1 0.2 0.3 0.4
True strain ε Depth of additional shear strain layer λa/μm
6-pass drawn wire (each reduction Re = 5%)
Fig. 7.13 Depth of additional shear strain layer (6-pass drawn wire, Re = 5%)
真ひずみが増加するにしたがって,せん断ひずみ層の深さも徐々に増加していくことが確認できる.
しかし,その深さも60 μmで一定になる傾向が見られる.各パスにおける減面率と,せん断ひずみ層 の深さの関係について考察する.6パス伸線材,2パス伸線材,1パス伸線材の深さ測定結果をFig. 7.14 に示す.2パス伸線後におけるせん断ひずみ層の深さはおよそ60 μmになっていることが確認できる.
さらに,1パス伸線後のせん断ひずみ層の深さもおよそ60 μmである.このように,せん断ひずみ層 の深さと真ひずみには強い相関があるが,パス数の影響をほとんど受けないことが確認できた.
Depth of additional shear strain layer λa/μm 25 30 35 40 45 50 55 60 65 70 75
1pass 2pass 6pass
(Re = 5%) (Re = 15%)
(Re = 28%)
Fig. 7.14 Depth of additional shear strain layer (Total Re = 28%)
つぎに,6パス伸線材,2パス伸線材において,真ひずみの増加にともなって,せん断ひずみ層の深 さが増加する点に関して考察する.第2章でも説明したが,ダイスと線材間の摩擦によるせん断変形 がおよぶ領域は60 μmで一定であり,多パス伸線の初期段階でも60 μmの深さまでせん断変形がおよ んでいると考えられる.パス数が増加するにつれて,アプローチ部におけるダイスと線材の接触長さ も同様に増加する.接触長さの増加にともなってせん断変形が蓄積し,最終的に深60 μmのせん断ひ
ずみ層が観察されたと考えられる.このせん断ひずみ層の深さ60 μmという値は,第2章に示した硬 さ試験による深さ測定の結果とほぼ一致する結果である.
つぎに,各パスの減面率が異なる場合において,せん断ひずみ層の引張り強さには差が生じたのに 対して,せん断ひずみ層の深さには明確な差が生じなかった点について考察する.第2章で説明した ように,伸線中において表層部にはダイスと線材間の摩擦が加わるため,中心部と比べて表層部の材 料流れは遅れていると考えられる.このように,表層部と中心部の材料流れ速度が異なるため,その 速度差で生じるせん断変形によってせん断ひずみ層が発生すると考えられる.このような観点から,
せん断ひずみ層の深さに影響を与える要因として,この表層部と中心部の材料流れ速度差を変化させ ると考えられる,①ダイスと線材間の摩擦係数,②材料の変形抵抗および粘性などの機械的性質,③ ダイスと線材の接触長さ,などが挙げられる.以上の要因により,せん断ひずみ層の深さは一義的に 決定していると考えられる.本実験では総減面率,ダイス形状,および使用した潤滑剤を統一し,各 パスの減面率を変化させただけであるので,前述のせん断ひずみ層の深さに影響を与えている因子は ほぼ同じであったと考えられ,全てのパススケジュールにおいて総合的な材料流れはほぼ同一である と考えられる.したがって,各パスの減面率を変化させてもせん断ひずみ層の深さに大きな相違が発 生しなかったと考えられる.
7.3 多パス伸線加工における結晶粒分断化
多パス伸線材において,EBSD によって結晶方位を測定し結晶粒分断化を確認した.測定箇所は線 材のL断面において,表層部と中心部の2箇所である.測定範囲は40 μm × 100 μmとした.その他 の測定条件をTable 7.6に示す.
Table 7.6 Measurement condition in EBSD
Beam diameter μm
Step distance μm Irradiation time s Magnification of SEM
0.5 1.0 1.0 200 x Beam diameter μm
Step distance μm Irradiation time s Magnification of SEM
0.5 1.0 1.0 200 x
結晶分断化は,5章に示したように,結晶方位差θd = 15 degとした場合の結晶粒数を基本として,
それぞれの結晶方位差θの場合における結晶粒数の比Rqで判定した.6パス伸線材を対象として,Fig.
7.15に1から6パス伸線後までの結晶粒数比を示す.
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0
0 2 4 6 8 10 12 14 16
Ratio of crystal quantityRq
Misorientation angle θd degree Surface layer
Center layer
(a) 1-pass drawn wire
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0
0 2 4 6 8 10 12 14 16
Misorientation angle θd degree Ratio of crystal quantityRq
Surface layer
Center layer
(b) 2-pass drawn wire
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0
0 2 4 6 8 10 12 14 16
Ratio of crystal quantityRq
Surface layer
Center layer
Misorientation angle θd degree (c) 3-pass drawn wire
Fig. 7.15-1 Relationship between misorientation angle θd and ratio of crystal grain quantity Rq
(6-pass drawn wire, Re = 5%)
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0
0 2 4 6 8 10 12 14 16
Misorientation angle θd degree Ratio of crystal quantityRq
(d) 4-pass drawn wire Surface layer
Center layer
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0
0 2 4 6 8 10 12 14 16
Misorientation angle θd degree Ratio of crystal quantityRq
(e) 5-pass drawn wire Surface layer
Center layer
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0
0 2 4 6 8 10 12 14 16
Misorientation angle θd degree Ratio of crystal quantityRq
Surface layer
Center layer
真ひずみが増加するほど,全体的に粒数比Rqも増加しているのが確認できる.特に,結晶方位差θd =
5 degを粒界とした場合において,粒数比Rqの増加が大きいことがわかる.そこで,θd = 5 degの場合
の結晶粒数比Rqに着目し,表層部と中心部の推移をFig. 7.16に示す.
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0
0 0.1 0.2 0.3 0.4
Ratio of crystal quantity in case of 5 deg boundaryRq Surface layer
Center layer
True strain ε
Fig. 7.16 Transition of ratio of crystal grain quantity Rq (6-pass drawn wire, Re = 5%)
Fig. 7.16より,真ひずみが増加するにしたがって,結晶粒数比Rqも増加しているため,表層部と中
心部の双方において結晶粒が分断化しているが,中心部と比較して表層部の結晶粒数比Rqの増加が大 きいことが確認される.中心部では,伸線方向への延伸変形によって発生する結晶回転のみによって 結晶粒が分断化されるが,表層部ではさらに付加的せん断変形による第2の結晶回転による結晶粒分 断化が加わるため,結晶粒数比Rqの増加が大きいと考えられる.2パス伸線材の表層部の結晶粒数比
Rqsは 1.73,中心部の結晶粒数比 Rqcは 1.36 となっている.つづいて,4 パス伸線後では,表層部の
Rqsが2.71,中心部のRqcが2.04となり,6パス伸線後では,表層部のRqsが3.35,中心部のRqcが2.44 となっている.
そこで,5 degの結晶方位差角度を粒界とした場合の,表層部の結晶粒数比(Rq)Sを表層部の結晶粒 数比(Rq)Cで除した値Rqs/cを算出してFig. 7.17に示す.
0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6
0 0.1 0.2 0.3 0.4
True strain ε Ratio of crystal quantity between surface and center Rqs/c
Fig. 7.17 Transition of ratio of crystal grain quantity between surface and center Rqs/c
(6-pass drawn wire, Re = 5%)
この値が1より大きい場合は,表層部において分断化された結晶粒が中心部よりも多いことを示し,
1 よりも小さい場合は,中心部で分断化された結晶粒が表層部よりも多いことを示す.この結果から 観察されるように,真ひずみε = 0.3(3パス目)までは,表層部の増加率が中心部よりも高いことが確 認される.総減面率が20%(真ひずみε = 0.3)以上では表層部と中心部の分断化された結晶粒数比Rqs/c
が一定値になっていることが観察される.この値が一定値になることは,表層部と中心部の結晶粒数 が一定の比率(本実験の場合では1.4)を保ったまま,表層部と中心部の双方において,分断化が同程 度に進行していくことが考えられる.この結果より,結晶粒分断化を起因としているせん断ひずみ層 の引張り強さ上昇も,表層部と中心部で結晶粒分断化の差が生じなくなる,真ひずみ 0.3付近で飽和 し,それ以降の伸線加工では,表層部と中心部の結晶粒数の比率が一定の値になり,せん断ひずみ層 と中心部の引張り強さ差も一定になっていると考えられる.
7.4 真ひずみ 0.3 以上のせん断ひずみ層
7.4.1 せん断ひずみ層の引張り強さについて
上述の実験では主に,真ひずみ0.3までの多パス伸線を対象にして,研究を進めてきた.その結果,
真ひずみ 0.3 付近で,せん断ひずみ層と中心部の引張り強さ差が一定値になることが観察できた.そ こで,真ひずみ 0.3 以上の多パス伸線において,せん断ひずみ層の引張り強さと中心部の引張り強さ 差を検討する.前述と同様の低炭素鋼SWRM6のD = 0.425 mm線材を,加熱温度Ta = 1023 K,保持
時間ta = 30 minで焼鈍した後,ダイス半角α = 7 degのダイスを用いて,減面率Re = 15%で真ひずみ
0.9(減面率Re = 58%)まで多パス伸線を施した.このようにして用意した線材を対象として,電解
研磨で表層を除去しつつ,引張り強さを測定した.線全体と中心部の引張り強さ差σe-cをFig. 7.18に,
表層部と中心部の引張り強さ差σs-cをFig. 7.19に示す.
本実験結果においても,真ひずみ0.3から0.9の間では,σe-cとσs-cの両方で一定値になっているこ とが確認できる.よって,低炭素鋼線の場合では,これ以上の真ひずみでも,せん断ひずみ層と中心 部の引張り強さ差は一定値であると考えている.このように,本実験における真ひずみ範囲の多パス 伸線では,せん断ひずみ層の引張り強さが中心部に対して上昇し続けることはないことはないが,多 パス伸線した線材であっても,せん断ひずみ層が存在することも確認された.
10 20 30 40 50 60 70
fference of tensile strength between entire wire and center σe-c/MPa
0 20 40 60 80 100 120 140 160 180
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
True strain ε Difference of tensile strength between surface and center σs-c/MPa
Fig. 7.19 Difference of tensile strength between surface and center layer (Total Re = 58%, each Re = 15%)
7.4.2 せん断ひずみ層の延性維持効果について
3.4節で説明したが,せん断ひずみ層には延性を維持しつつ,引張り強さが上昇していることが確認 された.そこで,多パス伸線材においてせん断ひずみ層の延性維持効果について検討した.Table 7.7 に太線材と細線材の焼鈍材,および多パス伸線材(真ひずみε = 0.7)の伸び値を示す.焼鈍条件は,
太線材の場合,加熱温度Ta = 1053 K,保持時間ta = 30minであり,細線材の場合,Ta = 1023 K,ta = 30min である.焼鈍条件が太線材と細線材で異なるのは,さまざまな焼鈍条件を試験した上で,双方の引っ 張り強さが同じになる条件を選択したためである.
Table 7.7 Comparison of elongation of annealed and drawn wire between bulk and fine
71.1 67.3
9.1 10.6
12.8 Fine wire 15.8
Bulk wire
Elongation δ (%) Annealed Drawn
Decrease ratio of elongation r
d(%)
D = 1.10 mm
D = 0.425 mm
D = 0.782 mm
D = 0.300 mm
71.1 67.3
9.1 10.6
12.8 Fine wire 15.8
Bulk wire
Elongation δ (%) Annealed Drawn
Decrease ratio of elongation r
d(%)
D = 1.10 mm
D = 0.425 mm
D = 0.782 mm
D = 0.300 mm
焼鈍材において,太線材と細線材の伸び値を比較すると,太線材の場合では,δ = 71.1%,細線材の 場合では,δ = 67.3%であることが確認できる.この焼鈍材の伸び値の差は,焼鈍条件の違いであると 考えられる.本実験では,多パス伸線による,焼鈍材の伸び値の減少率を対象としているので,この 程度の違いは影響が小さいと考えた.つぎに,多パス伸線後の伸び値に着目すると,太線材では,δ = 9.1%,細線材ではδ = 10.6%になっている.この結果から明らかなように,伸線後において,細線材の 伸び値が太線材と比較して高い.焼鈍材では,太線材の伸び値が大きかったので,太線材の伸び値は,
細線材と比較して大きく減少していると考えられる.実際に,伸び値の減少率を算出すると,太線材 の場合は焼鈍材の伸び値の 12.8%に低下しているのに対して,細線材の場合では,焼鈍材の伸び値の 15.8%の低下である.このように,太線材と比較して,細線材の場合では,延性が維持されているこ とが確認された.
この結果は,細線材ではせん断ひずみ層の延性維持効果が顕著であるからだと考えられる.多パス 伸線材において,せん断ひずみ層が線全体に占める面積割合を太線材と細線材で比較すると,太線材
では28%であり,細線材では64%である.このように,面積割合が2倍以上も異なっている.
そこで,せん断ひずみ層の延性維持効果を検討した.多パス伸線されたD = 0.30 mmの線材を対象 として,せん断ひずみ層除去前後で伸び値を測定した.その結果をTable 7.8に示す.
Table 7.8 Comparison of elongation of wire between before and after polishing
Diameter D mm Elongation δ(%)
Before polishing 0.30
(With additional shear strain layer)
After polishing
(Without additional shear strain layer) 0.20
10.6 8.7
Diameter D mm Elongation δ(%)
Before polishing 0.30
(With additional shear strain layer)
After polishing
(Without additional shear strain layer) 0.20
10.6 8.7
せん断ひずみ層がある線材では伸び値δが10.6%であるのに対して,せん断ひずみ層を除去した線材 では伸び値δが8.7に減少している.このように,せん断ひずみ層を除去することによって,伸び値が 低下することが確認できた.つぎに,Fig. 7.20に示すように,SEMによって破断面を観察し,破断面 の外径を楕円近似して面積を計算して絞り率ϕを算出した.その結果をTable 7.9に示す.結果から明 らかなように,せん断ひずみ層がある線材の場合では,絞り率ϕが 76.6%である.一方,せん断ひず み層がない線材では,ϕが71.7%に減少していることが確認できる.
100 μm 100 μm
Fig. 7.20 Comparison of fracture of wire between before and after polishing
(a) Before polishing (b) After polishing
(With additional shear strain layer) (Without additional shear strain layer)
Table 7.9 Comparison of reduction in area of wire between before and after polishing
Diameter D mm Reduction in area
Before polishing 0.30
(With additional shear strain layer)
After polishing
(Without additional shear strain layer) 0.20
Diameter D mm Reduction in area
Before polishing 0.30
(With additional shear strain layer)
After polishing
(Without additional shear strain layer) 0.20
最後に第3章と同様にSEMによって破断面の3D形状を測定して,Fig. 7.21に示すように壁面高さ hfを測定した.Fig. 7.22にSEM測定による3D形状を示す.
hf
Fig. 7.21 2-dimentional schematic figure of fracture shape of fine drawn wire
Fig. 7.22 3-dimentional figure of fracture measured with SEM (a) Before polishing
(With additional shear strain layer)
(Without additional shear strain layer) (b) After polishing
壁面高さhfの測定結果をTable 7.10に示す.せん断ひずみ層がある線材の場合では,壁面高さhfが
71.2 μmであるのに対して,せん断ひずみ層を除去した線材では37.9 μmである.このように,壁面高
さに大きな差があることが確認できた.この測定結果より,表層部に引張り強さが高く,延性も高い せん断ひずみ層が存在することによって,線材の延性が維持されていることが考えられる.
Table 7.10 Comparison of height of fracture between before and after polishing
Diameter D mm Height of fracture hf μm
Before polishing 0.30
(With additional shear strain layer)
After polishing
(Without additional shear strain layer) 0.20
71.2 37.9
Diameter D mm Height of fracture hf μm
Before polishing 0.30
(With additional shear strain layer)
After polishing
(Without additional shear strain layer) 0.20
71.2 37.9
以上のように,多パス伸線材のせん断ひずみ層においても,延性維持効果が確認された.線径が細 くなるほど,せん断ひずみ層による引張り強さ上昇,延性維持効果が大きくなると考えられ,その結 果,伸線限界も上昇すると考えられる.このように,伸線限界が上昇する結果,細線材ではさらに高 強度の領域まで伸線され,結果的に高い引張り強度を示すと考えられる.
7.5 本章の総括
本章では多パス伸線された低炭素鋼線SWRM6を対象として,加えられた真ひずみと,せん断ひず み層の引張り強さ,および深さの関係を検討した.また,EBSD により結晶粒分断化を観察し,結晶 学的に考察した.さらに,せん断ひずみ層の延性維持効果を検討した.その結果,得られた知見を以 下にまとめる.
(1) 多パス伸線材においても,せん断ひずみ層が存在することが確認された.真ひずみεが0.3までは
せん断ひずみ層の引張り強さ,および深さが増加した.しかし,εが0.3以上では,せん断ひずみ層と 中心部の引張り強さ差と深さが一定となることが観察された.収束する引張り強さ差は,各パスでの 減面率によって異なる.5%の場合は120 MPa,15%では160 MPa,28%では180 MPaとなり,減面率 が大きくなるにつれて,引張り強さ差も大きくなる.深さに関しては,各パスの減面率とは関係なく,
60 μmの深さであった.
(2) 多パス伸線が施されるにつれて,表層部と中心部の両部において,結晶方位差θd = 5 degによる
結晶粒の分断化が観察された.真ひずみε = 0.3に至るまでは,中心部と比較して,表層部の結晶粒分 断化が促進される.しかし,ε = 0.3以上では,表層部と中心部の結晶粒分断化の差が小さくなり,同 程度の分断化になることが観察された.このことは,表層部と中心部の結晶粒径の比率が一定の値に なることを意味し,せん断ひずみ層と中心部の引張り強さ差も一定になると考えられる.
(4) 多パス伸線材においても,せん断ひずみ層の延性維持効果が観察された.したがって,線径が細 くなるほど,せん断ひずみ層による引張り強さ上昇,および延性維持が大きくなり,伸線限界が上昇 し,高い引張り強さを示すと考えられる.
参考文献
(1) 稲数直次:金属引抜,(1985),近代編集社
(2) 小坂田宏造:伸線の力学,塑性と加工,19-211 (1978),655 – 660.
(3) 稲数直次:線引加工における最適パス・スケジュールの設定基準-線引加工に関する研究 Ⅰ-,
塑性と加工,12-123 (1971),284 – 291.