新しい能力の育成に関する一考察
―大学のキャリア教育と小学生の放課後に焦点を当てて―
中 山 芳 一
A Study of Developing 〈New Concepts of Ability〉
―Focus on Career Education at University and School-age Children After School Hour―
NAKAYAMA Yoshikazu
要旨
近年、各教育機関において学力以外の能力に多大な関心を集めてきている。しかし、その能 力概念は、全人的・人格的・非認知的な特性ゆえに能力育成のための方法や評価の確立に困難 さを否めない。そればかりか、我が国の諸機関や諸外国から様々な能力概念が提起され続ける ことで、ますます多様さと曖昧さに陥ってしまった。
そこで、本稿では〈新しい能力〉を鍵として、ここに包括される様々な能力を概観し、これ ほどまでに関心が集まる背景について人的・社会的な観点から考察する。
さらに、〈新しい能力〉と大学のキャリア教育との関係性を紐解き、〈新しい能力〉を使い こなすためのキャリア教育の在り方をケース報告する。また、大学生のキャリア教育だけでな く、小学生の放課後にも焦点を当てて、学童期の発達段階と生活世界にふさわしい〈新しい能 力〉の育成の在り方を提起する。
キーワード:〈新しい能力〉、キャリア教育、学童期、放課後
1.緒 言
ここに 1 冊の本がある。岸本裕史(1981 年)の『見える学力、見えない学力』である。現在 から遡ること33 年前に初版が刊行され、いまだなお刷新が続く。小学校教諭であった岸本は、
目の前の小学生とその親たちが、学校教育を中心とした「学力」にとらわれ過ぎている状況に 警鐘を鳴らした。その上で、「見えない学力」という斬新な概念を提起し、人が学び育つこと の意義を問い直したのである。
そして現在では、田坂広志(2014 年)が、『知性を磨く―「スーパージェネラリスト」の時 代』を著した。田坂は、現代社会において求められる人材は、スペシャリストではなくジェネ
ラリストであると提起する。そして、ジェネラリストの鍵となるのは「知性」であり、知性と は本質を書物から学べる「知識」ではなく、経験からしか学べない「知恵」にこそ本質がある と述べている。また、同年に苫野一徳(2014 年)は、教育学的視点から「学び」を問い直し、
子どもの「生きる力」の復権を提唱した。
このように、四半世紀以上の年月を横断して、いわゆる学力とは異なった能力の必要性につ いて、研究者や学校教諭をはじめ様々な立場から提起され続けてきた。しかし、それでもなお 学力に偏った「教育」が根付き、学力以外の能力に力点を置いた教育のあり方とその具体につ いてはドラスティックな展開にまで到らずにいる。
そのような中、OECD がキー・コンピテンシーやリテラシーという概念に基づいた教育方法及 び教育評価の研究を進めてきた。また、心理学を中心に、認知スキルと非認知スキルとを構造 化し、非認知スキルの研究に取り組んできたケースもある。さらに、めまぐるしい社会的な状 況の変化に対応するべく、「21 世紀型スキル」という概念も誕生した。また、我が国では、松 下佳代ら(2010 年)が、多様なスキル及び能力を〈新しい能力〉と総称して検討を進めている ことにも注目したい。
本稿では、上述のスキルや能力のことを松下らに倣い〈新しい能力〉と総称する。そして、
〈新しい能力〉に包括される能力全体を概観するとともに、これらを育成するための教育の在 り方について提起したい。その際、大学でのキャリア教育や小学生の放課後に焦点を当てて考 察を進めることとする。
2.〈新しい能力〉の概観
(1)我が国における〈新しい能力〉の概観
本章では、〈新しい能力〉に関する松下らの検討を踏まえて、その規定を明らかにするとと もに、独自の検討を加えることとする。
そのためにも、まずは我が国における〈新しい能力〉について時系列に添って概観しておき たい。なお、【表 1】は松下によって整理されたものを本稿の目的に合わせて加筆・修正した表 である(1)。
まず、「生きる力(1996 年)」が文部科学省から提起されたことは周知の通りである。「生 きる力」とは、変化の激しい社会を生きるために、確かな学力、豊かな心、健やかな体の知・
徳・体のバランスに主眼を置き、ゆとり教育と共に提起された力のことをいう。この「生きる 力」を契機として、我が国において〈新しい能力〉が次々と名乗りを上げてきた。
例えば、日本経営者団体連盟は、社会から雇用されうる力として「エンプロイヤビリティ(1999 年)」を提起した。その後、内閣府からは提起された「人間力(2003 年)」は、社会を構成し 運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力として定義 づけされた。これらは、社会が必要とする力(エンプロイヤビリティ)と社会人として自立す るための力(人間力)として位置づけられているように、社会から切り離された一方向的な能 力概念ではなく、社会を意識して、社会と関連付けられた双方向的な能力概念となっているこ とが特徴的であろう。
これらの能力概念を経て、高等教育及び職業教育において、さらに社会との関係に意識を向 けた〈新しい能力〉が提起される。第一に、厚生労働省による「就職基礎能力(2004 年)」が 挙げられる。コミュニケーション能力や職業人意識、基礎学力などの項目を構成要素として、
各指標に基づいて就職可能性を測定するためのものである。第二に、経済産業省が掲げた「社 会人基礎力(2006 年)」がある。社会人基礎力とは、「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、
「チームで働く力」の 3 つの能力と各能力に内包される 12 の能力要素で構成される力である。
この社会人基礎力もまた、社会の変化に伴い基礎学力や専門知識以外の総合的な力を意識的に 育成したいという企図によって提起された背景がある。第三に、文部科学省による「学士力(2008 年)」が続く。「学士力」とは、「知識・理解」、「汎用的技能(ジェネリック・スキル)」、
「態度・志向性」、「統合的な学習経験と創造的思考力」の 4 項目によって構成されている。
この学士力については、大衆化されてきた高等教育機関の現状を危惧した文部科学省が、大学 生の質の向上を図るための指標として提起した能力といえる。
このように、「生きる力」を端緒とした我が国の「新しい能力」に関して述べてきたが、次 節では諸外国の代表的な〈新しい能力〉について取り上げたい。
(2)諸外国の新しい能力―リテラシーとキー・コンピテンシー
前節に加えて、諸外国から生まれた能力概念を我が国に導入してきた例もある。その代表格 は、OECD-PISA が提唱した「リテラシー(2001 年)」と OECD-DeSeCo による「キー・コンピテ ンシー(2003 年)」であろう。
まず、「リテラシー」とは、一般的に「読み書き能力」や「識字能力」などと訳されること が多かった。しかし、そこから次第に、あらゆる活動に効果的に取り組むことができる読み書 きの知識と技能といった解釈をされるようになり、リテラシーが持つ機能的側面に焦点が当た るようになった。そして、1960 年代以降には、読み書きによる機能的側面だけに限定されるの ではなく、職業的ニーズに直接結びつく基礎的スキルなどへと拡張され、機能性と生産性とが 同義的な位置づけにされる傾向が生じてきた。一方で、P.フレイレが多大な影響を与えたとい われるペルセポリス宣言では、識字能力を単なるスキルにとどめるのではなく、人間の社会に 対する批判的意識を獲得・向上させ、世界を変革する存在にし得るという提起がなされた。こ れを契機に、リテラシーの中に「変革のためのリテラシー」や「解放のためのリテラシー」と いう新たな考え方が生まれてきたのである。
このように、リテラシーは 2 つの側面(機能的側面と批判的側面)を有していることになる。
この両側面を踏まえて、PISA リテラシーでは、読解リテラシー、数学的リテラシー、科学的リ テラシーの 3 つに大別されている。その中でも、例えば読解リテラシーでは、テクスト内部か らの情報を使用することが求められると同時に、テクスト外部の知識を引き出すことによって、
上述の両側面からの読解が可能になるとされている(2)。
次に、「キー・コンピテンシー」だが、1997 年から「コンピテンシーの定義と選択」のプロ グラムがスタートし、2003 年に最終報告となった。コンピテンシーそのものが、単なる知識や 技能だけではなく、社会的・文化的リソースを用いながら、複雑な課題にも対応し得る能力の ことを意味している。とりわけキー・コンピテンシーとは、人生の成功や社会の発展にとって 有益で、様々な文脈の中でも重要な要求(課題)に対応するために必要で、特定の専門家では なくすべての個人にとって重要、といった性質を持つとして選択されたものである。そして、
キー・コンピテンシーは、以下の 3 つの能力に大別された(3)。
①社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力
②多様な集団における人間関係形成能力
③自律的に行動する能力
このように、リテラシーとキー・コンピテンシーをそれぞれにとらえてみると、双方が乖離 した別々の概念のようには位置づけにくいことがわかる。ところが、これら 2 つの概念が我が 国へ導入される際に、両者が切り離された状態になってしまったと松下は指摘する。今後、い かに双方を関連づけられるかは課題となるといえる。
【表 1:新しい能力の概観表】
名 称 機関・プログラム 出 典 年
生きる力 文部科学省
中央教育審議会答申『21 世紀を展望した我が国の 教育の在り方について―子供に[生きる力]と[ゆと り]を―』
1996
エンプロイヤビリティ
(雇用されうる能力) 日本経営者団体連盟 『エンプロイヤビリティの確立をめざして―「従業
員自律・企業支援型」の人材育成を―』 1999 リテラシー OECD-PISA 国立教育政策研究所編『生きるための知識と技能』 2001 人間力 内閣府(経済財政諮問会議) 『人間力戦略研究会報告書』
2003 キー・コンピテンシー OECD-DeSeCo ライチェン&サルガニク『キー・コンピテンシー』 2003
(原著)
就職基礎能力 厚生労働省 『若年者就職基礎能力修得のための目安策定委員
会報告書』 2004
社会人基礎力 経済産業省 『社会人基礎力に関する研究会「中間とりまとめ」
報告書』 2006
学士力 文部科学省 中央教育審議会答申『学士課程教育の構築に向け
て』 2008
基礎的汎用的能力 文部科学省 中央教育審議会答申『今後の学校におけるキャリア
教育・職業教育の在り方について』 2011
(3)〈新しい能力〉に共通する特徴とその背景
松下は、これら〈新しい能力〉に共通する特徴として、次の 2 点を挙げている。
一つ目は、〈新しい能力〉が、認知的な能力から人格の深部にまでおよぶ人間の全体的な能 力を含んでいることであり、二つ目は、そうした能力を教育目標や評価対象として位置づけて いることである。即ち、〈新しい能力〉とは、限定された能力の範疇を超えた全体的かつ総合 的な能力に焦点が当てられたことによって誕生した概念ということになる。言うまでもなく、
人間の持つ能力が限定されなければされないほど(全体的かつ総合的であればあるほど)、認 知的側面から人格(非認知)的側面へと視座が移行する。そして、「能力」として明言化する ことによって、松下が二つ目に指摘したように、目標と評価が求められることになる。しかし ながら、能力そのものが全体的かつ総合的であればあるほど、評価の指標が曖昧になってしま うという問題を孕むことになる。
それでは、なぜこのように明瞭で具体的な評価が困難な全体的かつ総合的な能力を言及しな ければならなくなったのだろうか、その背景を探ることにする。この背景については、主に社 会的な背景を中心に様々な論が展開されてきた。例えば、本田由紀(2005 年)は、〈新しい能 力〉を「ポスト近代型能力」と呼び、その背景には現代社会がハイパー・メリトクラシー(超 業績主義)化してしまったことを挙げている。
田坂も、社会そのものが新しい能力を必要とする時代に変遷してきたという点に着目する。
田坂によれば、従来社会が必要としてきた知性は解釈にとどまっていたとのことである。これ までは、社会の中で直面する問題を解釈すること、即ち問題解釈を基盤として社会は流動でき ていた。ところが、近年の社会が抱える問題は、解釈重視ではままならないほど多様で複雑か つ解決速度が要求されるものばかりであり、より一層能動的な変革を求められるようになって きた。そのため、解釈の知性から変革の知性への移行を社会が要請しているというのである。
併せて、田坂は人そのものが学力(認知的)とそれ以外の能力(非認知的)とを乖離させて しまったという点が挙げられる。というのも、かつて高学歴と呼ばれる人材が、学力とそれ以 外の能力とを兼ね備えていた時代はたしかにあった。しかし、学力偏重主義に移行すればする ほど、この信頼は崩れてきたとも指摘している。
このような変化が、〈新しい能力〉という概念を生み出し、育成と評価のための可視化をも 求めるようになったといえるだろう。
3.〈新しい能力〉とキャリア教育―岡山大学のキャリア教育を中心に
(1)〈新しい能力〉とキャリア教育との関連
2008 年 7 月に閣議決定された教育振興基本計画において、キャリア教育と職業教育とが意識 的に併記・並立の関係をとることとなった。この流れは、中央教育審議会答申『今後の学校に おけるキャリア教育・職業教育の在り方について(2011 年)』で、さらに明確な関係をつくり、
職業的ニーズに直接対応した知識や技能を育成するための職業教育と勤労観や職業観を基盤に 社会的・職業的自立を促すためのキャリア教育とが区別されたことになる。ところが、両者を 区別したことで学校教育現場に混乱を起こしてしまったという問題も否めなかった。そして、
キャリア教育に対する理解が、ますます曖昧になってしまったことにもつながってしまった。
しかし、キャリア教育の中で涵養したい能力の中核に基礎的・汎用的能力があることは看過 できない。基礎的・汎用的能力とは、①キャリアプランニング能力、②課題対応能力、③自己 理解・自己管理能力、④人間関係形成・社会形成能力の 4 つの力によって構成されるものであ る。また、基礎的・汎用的能力以外にも、論理的思考力や勤労観・職業観等の価値観なども包 括し、「社会的・職業的自立、社会・職業への円滑な移行に必要な力」として総称される力を キャリア教育によって育成することが求められてきた。そして、これらの力は、〈新しい能力〉
が包括する能力要素と合致していることがわかる。
したがって、〈新しい能力〉を育成するための教育の一つとして、キャリア教育が肝要な役 割を果たすことになるのであり、それが職業教育と敢えて区別化された意義として解釈できる のではないだろうか。しかし、キャリア教育もまた困難な課題に直面している点を次節で述べ ておきたい。
(2)キャリア教育における〈新しい能力〉育成の課題
「キャリア(career)」には、大きく 2 つのキャリアがあるとされる。一つは「ビジネス・
キャリア(職業的なキャリア)」であり、もう一つは「ライフ・キャリア(生涯的なキャリア)」
である。一般的にイメージされやすいのは、「キャリア組」などが象徴する職業的なキャリア であろう。そのため、キャリア教育の鍵となる職業観や勤労観の形成につながることも容易と される。その一方で、キャリア教育として観念形成にまで踏み込むことができず、マナーなど
を表面的かつ限定的に教授したり、職業体験だけに終始してしまったりというキャリア教育の 課題も挙げられる。
このような課題を解決するためにも、もう一方のライフ・キャリアとしての観点が肝要とな る。つまり、職業を自身の人生全体から切り離すのではなく、あくまでも生涯の中の一部とし て職業をとらえることで、「いかに生きるべきか」と「いかに働くべきか」とを有機的に結び つけることが期待できるからである。これを「社会的自己実現」と換言しておきたい。ただし、
ここにも課題が生じてくる。というのも、ライフ・キャリアが生涯そのものを指してしまうた めに、あまりに漠然としてしまい、言い換えるならば「なんでもあり」の教育へと変容してし まう危険性がある。そのため、皮肉なことに〈新しい能力〉との相性は良い。〈新しい能力〉
に関するすべての教育プログラムをキャリア教育として包括し得るほどの曖昧さがあるといっ ても過言ではない。しかし、そうなればキャリア教育における教育評価の課題は、極めて困難 な課題として立ちはだかるであろうし、上述の職業観・勤労観の形成や基礎的・汎用的能力の 涵養に焦点化することも難しくなってくる。
したがって、キャリア教育においては、本来担わなければならない能力形成を明確にしなが ら、そのための教育目標・教育方法(カリキュラム)・教育評価を設計しなければならないの である。
(3)岡山大学におけるキャリア教育
それでは、岡山大学キャリア開発センター(以下、本センター)では、どのようなキャリア 教育の設計をしているのか、簡易ではあるが報告しておきたい(4)。
まず、キャリア教育の教育目標として大きく 3 つの力の育成を掲げている。一つ目は「人間 関係を築くための力」であり、二つ目は「課題を解決する力」、三つ目は「社会や仕事に向か うための力」である。なお、それぞれの力を構成する要素としては、【表 2】のようなものが挙 げられる。
【表 2:キャリア教育で育成したい 3 つの力】
育成したい力 構成する要素 対応する授業科目
Ⅰ 人間関係を築くための力
・コミュニケーションスキル
・自制心
・共感性 …など
・キャリア形成<基礎講座>Ⅰ
・キャリア形成<実践講座>Ⅰ
Ⅱ 課題を解決するための力
・課題発見能力
・計画力
・創造性 …など
・キャリア形成<総合演習>Ⅰ
・キャリア形成<総合演習>Ⅱ
Ⅲ 社会や仕事に向かうための力
・情報収集・活用スキル
・社会的・職業的知識
・将来設計力 …など
・キャリア形成<基礎講座>Ⅱ
・キャリア形成<実践講座>Ⅱ
上表で挙げた 3 つの力は、いずれも本稿で述べるところの〈新しい能力〉に該当する。肝要 な点は、数ある能力の中で、本センターがキャリア教育という使命と学生たちの実態から再構 築を加えたことである。
本センターは、学生たちの社会的・職業的自立に向けて、基礎的・汎用的能力や職業観・勤 労観の育成を図らなければならない。そのためには、キャリア教育という枠組みから外れるこ となく、学生たちの実態を見極め、アウトプットされる正課(授業)とも対応し得る独自性を
持たせる必要がある。むしろ、本センター側がこのようにイニシアティブをとることで、曖昧 になりやすい〈新しい能力〉とキャリア教育との関係をコントロールできるとも考えられる。
また、本センターでは正課(授業)と正課外活動(クラブ活動等)との調和を意図的に作り出 し、キャリア教育のさらなる充実も図っている(5)。
以上が、本センターにおける〈新しい能力〉の育成を視野に入れたキャリア教育であるが、
教育評価の可視化という課題は、依然と残っていることを付言しておきたい。
4.発達段階からの新しい能力―学童期に焦点を当てて
(1)学童期の発達段階における新しい能力の育成
前章では、キャリア教育と新しい能力との関連性を踏まえて、本センターにおけるキャリア 教育の枠組み設計を一つの事例として報告した。ここでは、対象者の発達段階を大学生(一般 的には青年期後期)から小学生(学童期)へ移して持論を展開しておきたい。というのも、上 述の背景からも新しい能力が敢えて取沙汰され、育成されなければならない能力としてクロー ズアップされてきた。同様の文脈に、キャリア教育もある。社会に出た学生たちが、社会人と して必要な能力を育成されないままになってしまうことから、社会的要請を受けて 2011 年より 高等教育機関の義務づけられたのである。しかし、この社会的要請の矛先となる教育機関は、
高等教育機関だけでよいのだろうか。いうまでもなく否であり、初等及び中等教育機関でも〈新 しい能力〉を育成するための教育実践が求められている。
その中でも、とりわけ初等教育にある学童期に着目したのは、第一に学童期という発達段階 が、ギャング・エイジに象徴されるような他律から自律へと移行する特徴を持っているからで ある。第二に、内的言語が豊かに発達するため、思考力そのものの向上に適した発達段階だか らである。そして第三に、初めて課業(学校教育)と出会い、そこから解き放たれた放課後と いう時間によって、「自由」を強く認識する生活世界に身を置くからである。これら 3 点につ いて詳述し、学童期における〈新しい能力〉の育成の在り方を検討しておく。
(2)ギャング・エイジにおける主体形成
ギャング・エイジとは、9・10歳頃に見られる精神的・社会的発達の特徴である。これまでは、
周囲を模倣し、他者から律せられていたことの多かった児童が、自ら意味を探り、その意味を 確かめ始めるのである。そして、いま、ここでやっている行動やルールについて、妥当性を検 討できるようになるため、自ら律することができるようになる。同時に、できるだけ同質な他 者とのコミュニティを好むようになり、最も異質とされる「大人」からは離れ、自らの集団の 中でお互いに律する関係を築き始める。この時期を経ると、児童はより一層自律的になるとと もに、自ら考え、行動し、他者との関係を築けるようになるといわれている。
これは、「生きる力」や「社会人基礎力」などで挙げられている「主体性」に関する力と通 じるところである。一方、経済産業省(2010 年)の調査結果によると、この「主体性」に関す る力は企業側が高く求める力であり、逆説的に見ると新卒社会人たちに不足している力ともい える(6)。本来、学童期の中盤を向かえ、児童が主体的に考え、行動する力を萌芽させようとして いるときにこそ、それができるような機会と支援を積極的に提供する必要があるのではないだ ろうか。
(3)内的言語の発達
学童期の言語的発達の特徴として、外的言語(外側に発する言語)の発達だけでなく、内的 言語(自己内対話による内側の言語)が豊かに発達を始めるといわれている。この内的言語の 発達によって、思考する力を高められ、自らの感情をコントロールできるなどの自制心の涵養 にもつながる。
それでは、この内的言語の発達を促すためには、どのような手立てがあるのだろうか。一つ は、自己内対話を誘発させるための言語化できる媒体として、日記や作文などが有効とされる。
自身の一日の体験を振り返る過程で自己内対話が行われ、さらに、その内容を外側の言語とし て綴る営みは、必然的に自己内対話を促すことになる。もう一つは、余暇そのものである。自 己内対話とは、内省の過程でこそ生じ得るものであるため、内省する時間と場所が必要となる のである。これは、何か特別な動的活動を行っている時ではなく、日常の静的活動の中でこそ 得られやすい。
内的言語の発達が思考力の源泉となれば、「学士力」の汎用的技能や「人間力」の自己制御 的要素などの能力育成に通じることがわかる。
(4)放課後という生活世界における「自由」の必要性
ここまで学童期の発達段階における特徴と〈新しい能力〉との関連付けを行ってきたが、当 然のことながら、ごく一部の関連付けでしかない。また、さらに言及すれば、乳児期、幼児期 から青年期に到るそれぞれの発達段階において、〈新しい能力〉形成の内実に特徴がある。例 えば、乳幼児期では、幼稚園教育要領や保育指針で提示されている目標・内容は〈新しい能力〉
の育成と重なっていることがわかる。このように、各発達段階と〈新しい能力〉形成との間に 見られる相関関係や発達段階間の横断的な関係性を見出していく必要があるだろう。
そのような中、学童期に焦点を当てると、学童期の生活世界には他の発達段階と比較しても 大きな特徴があることがわかる。それは放課後の存在である。放課後は課業(学校教育)と対 比的な関係にあり、課業があるからこそ課業から解き放たれた時間として放課後が存在する。
当然のことながら、幼児期までには課業が存在しないため、必然的に放課後は存在しない。つ まり、我が国の子どもが、初めて課業と出会い、放課後と出会うのが学童期ということになる。
したがって、学童期は幼児期までと異なり、拘束された時間があるからこそ解放された自由 な時間(=放課後)を強く確認できるようになる。そのため、この自由な時間にこそ、(課業 とは異なった)自らの選択・決定によって実行へ移す主体的な活動や同質集団による協働、異 質な他者たちとの衝突なども体験できるはずである。さらには、余暇の時間によって内省する ことで、内的言語の発達を引き出すことも可能となってくる。誤解を恐れず提言するならば、
学童期における放課後こそが新しい能力を育成する鍵となってくるのではないか、ということ になる。
ところが、的場康子(2008 年)の調査によると、我が国の児童たちは放課後に塾や習い事の 時間が増え、外遊び等の時間が激減していることがわかってきた(7)。遊びだけに限定するわけで はないが、遊びが自己決定に依拠した自由で日常的な活動とすれば、塾や習い事は、大人がパ ッケージ化し、非日常化した特別な活動といえる。このような活動が放課後の時間を埋め尽く すと、上述のような〈新しい能力〉へとつながる体験は乏しくなってしまうことが予見できる。
いま、学童期の児童たちに必要なのは、自由な放課後の時間にまで特別な活動を与えること ではなく、日常の自己決定に依拠した主体的な活動体験とその体験を内面化して経験へと変容
させていくことではないだろうか。大人たちは、子どもたちの人生における可能性の「天井」
を高くすることばかりではなく、足元にある「床」を堅持することにも意識を傾けなければな らない(8)。
5.結 語
本稿では、〈新しい能力〉と総称される各種多様な能力(またはスキル)を概観し、その背 景を探ってきた。その上で、〈新しい能力〉とキャリア教育との関連性を明らかにしつつ、本 センターでのキャリア教育の枠組みについて紹介した。さらに、生涯発達の観点から、大学生 だけでなく学童期の児童にも焦点を当てて、放課後の在り方が〈新しい能力〉の形成に影響を 与えるのではないかという考察を展開した。
しかしながら、本稿はあくまでも考察としての枠を超えておらず、各仮説に対する検証や評 価が必要とされる。この点に関しては、今後の大きな課題として引き受けなければならない。
これから、学力と学力以外の能力(本稿では〈新しい能力〉)、認知スキルと非認知スキル といったように、双方の能力が二律背反にも近い関係にますます置かれることが懸念される。
本来であれば一元化されてきた双方の能力が一層引き離されてしまい、それぞれに量的アセス メントを求められるようになるかもしれない。しかし、いま真に求められているのは、差別化 した双方の能力間にどのような相関関係があるのかを明らかにすることではないだろうか。こ の点についても、上述の検証・評価と同様に、今後の大きな課題として課していきたいところ である。
<註>
(1) 松下佳代編著(2010 年)『〈新しい能力〉は教育を変えるか―学力・リテラシー・コンピテンシー』、ミネルヴ ァ書房、p.3 の「表序-1 わが国における〈新しい能力〉概念」を時系列に並び替え、さらに本稿第 2 章の鍵とな る「基礎的汎用的能力」を追記した。
(2)リテラシーに関しては、樋口とみ子の論述を基にしている。詳細は前掲書(1)p.82-p.102 を参照されたい。
(3)キー・コンピテンシーに関する内容は、文部科学省が OECD『The Definition and Selection of KEY COMPETENCIES』
などを参考に事務局で作成した「OECD における『キーコンピテンシー』」という未定稿も参考にしている。
(4)基盤となる本センターのキャリア教育に関する枠組みと策定プロセスについては、中山芳一・三浦孝仁・坂入信也 ほか(2011 年)「岡山大学キャリア開発センターにおけるキャリア教育の現状とパースペクティブ」『大学教育研 究紀要』第 7 号、p.101-p.116 を参照されたい。
(5)本センターがキャリア教育の一環として正課外活動にも支援の手を伸ばしている実態と成果の一部を報告したもの に、中山芳一・三浦孝仁・坂入信也ほか(2012 年)「キャリア教育としての正課外活動支援に関する実践―岡山大 学校友会組織への支援実践に焦点を当てて―」『大学教育研究紀要』第 8 号、p.223-p.232 がある。
(6)2010 年 6 月に経済産業省は、企業人事採用担当者と学生それぞれに「社会に出るために必要なものは?」というア ンケート調査を行った。その結果、企業人事側は主体性(20.4%)やコミュニケーション力(19.0%)を高く求めてい るのに対して、学生側は主体性(5.6%)、コミュニケーション力(8.0%)と大きく差が生じていることが明らかにな った。
(7)的場康子「小学生の放課後の過ごし方の実態と母親の意識―小学生の放課後生活と教育に関するアンケート調査結 果から―」、第一生命保険季刊誌『ライフデザインレポート』2008 年 7-8 月号、p.16-p.23 を参照されたい。
(8) ポール.タフ著、高山真由美訳(2013 年)『成功する子 失敗する子―何が「その後の人生」を決めるのか』、英 治出版、p.140 この一文は最も表現が適していたため概ねそのまま引用させてもらった。
<引用文献・参考文献>
・岸本裕史(1981 年)『見える学力、見えない学力』、大月書店
・田坂広志(2014 年)『知性を磨く―「スーパージェネラリスト」の時代』、光文社
・苫野一徳(2014 年)『すべての子どもに〈生きる力〉を』、講談社
・P.グリフィン・B.マクゴー・E.ケア編、三宅なほみ監訳(2014 年)『21 世紀型スキル―学びと評価の新たなかたち』、 北大路書房
・松下佳代編著(2010 年)『〈新しい能力〉は教育を変えるか―学力・リテラシー・コンピテンシー』、ミネルヴァ 書房
・本田由紀(2008 年)『多元化する「能力」と日本社会―ハイパー・メリトクラシー化のなかで―』、NTT出版
・本田由紀(2009 年)『教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ』、筑摩書房
・文部科学省(2011 年)、中央教育審議会答申『今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について』
・藤田晃之(2014 年)『キャリア教育基礎論―正しい理解と実践のために―』、実業之日本社
・三浦孝仁・坂入信也・宮道力・中山芳一著、ヒューマンパフォーマンス研修会編(2013 年)『大学生のためのキャ リアデザイン―大学生をどう生きるか』、かもがわ出版
・レフ.セミョノビチ.ヴィゴツキー著、柴田義松訳(2001 年)『思考と言語』、新読書社
・川合章(1975 年)『子どもの発達と教育―学校・地域・家庭―』、青木書店
・田丸敏高・河崎道夫・浜谷直人(2011 年)『子どもの発達と学童保育―子ども理解・遊び・気になる子』、福村出 版
・清水益治・森敏昭編著(2013 年)『0 歳~12 歳児の発達と学び―保幼小の連携と接続に向けて』、北大路書房
・中山芳一(2012 年)『学童保育実践入門―かかわりとふり返りを深める』、かもがわ出版
・ポール.タフ著、高山真由美訳(2013 年)『成功する子 失敗する子―何が「その後の人生」を決めるのか』、英治 出版