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(1)

十 九 八 七 六 五 四 三 ニ ー

はしがき

イギリスにおける晩期アルツハイマー病患者

オランダ医師会の痴呆症患者に関する報告書

医師会の報告書に対する批判

ナーシングホーム医師協会の方針

様々な意思宣言

新聞等にみる世論と論戦

政府の対応

栄養と水分の人工的な投与を控える決定の頻度

むすびに代えて

‑‑‑‑‑‑

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‑‑‑‑‑‑‑‑‑ ‑

••

│オランダにおける論議と実際を中心に̲ー̲

下 邦

重 度 痴 呆 症 患 者 の 最 期 の 生 活 段 階 に お け る 諸 問 題

18‑1 ‑1 (香法'98)

(2)

これまで︑わが国における延命治療の中止に関する議論は︑主として末期癌の患者︑及び長期の・または死期の切

迫した植物状態患者の問題を中心に行われてきた︒そして︑中止の時点における本人の明示的な治療拒否の意思︑

たは事前の意思︵リビング・ウイル︶︑

または近親者等の証言によって確認される推定的な意思が重要であるとされて

きた︒他方︑困難な状況にもかかわらずそれらの証言も得られないケースもあり︑近年の報道においても︑意思表示

のない重度の高齢痴呆患者からの栄養チューブの中止や手控え︑抗生物質治療の中止等に関わる話題がいくつか取り

上げられてきた︒

一九九六年七月初旬︑日本尊厳死協会が︑重度の老人性痴呆症になった会員に尊厳死の適用を医師に求める新たな

条項の導入を検討していることが大きく報道された︒それによれば︑

新宣言書案は︑死期が迫った末期状態と数力月以上の長期の植物状態に限って対象としていたこれまでの条件に︑

老人性痴呆症を新たに加えた︒具体的には︑日時や場所を認識できない︑徘徊する︑夜中に騒ぐ︑便を食べたりす

る︑などの症状が出て︑複数の医師が﹁老年期痴呆︵重度のアルツハイマー型に限定︶

診断したケースで︑他の疾患を併発した場合などに延命措置を断る︑

物質の投与など治療は一切行わず︑体が衰弱しても栄養補給の措置はとらないなどを求めることができ︑希望者は

健康時にあらかじめ宣言書を準備しておく︒会員一︱‑︑

は し が き

で回復の見込みがない﹂と

としている︒肺炎などの合併症が出ても抗生

00

人を対象に実施したアンケート結果では︑老年期痴呆

症になった場合︑延命措置を断ることを尊厳死の宣言書に明記することに賛成する人が八五%にのぼり︑反対は約

18‑1‑2 (香法'98)

(3)

重度痴呆症患者の最期の生活段階における諸問題(山下)

八%にとどまった︒

の場合だけ﹂とする意見は約四一%だった︒賛成の理由は﹁迷惑をかけたくない﹂﹁生きていく価値がない﹂などが

大半︒反対の理由は﹁老人が虐待されそう﹂などだった︒

(l ) 

とい

う︒

これについて賛否の報道や論評がなされたが︑

(2 )

3

) 

によって︑この検討は中止されたようである︒

しか

し︑

どの程度の痴呆症で延命措置を断るかについては﹁どの程度でも﹂との回答が約五七%︒﹁重度

おそらく貧困な公的介護体制の現状では時期尚早であるという理由 その後も︑重度痴呆症患者に関わる治療中止や死の時点の調整が行われているなどの報道がなされ︑延命

医療を手控えたり︑チューブ栄養を施さないなどにより︑穏やかな死を迎えさせることが﹁ナチュラル・コース﹂と

(4 )

5

)

6

) 

して現場で広がっている︑といった記事も散見されるようになった︒これらの事情は︑新聞の企画に従って︑集中的・

短期的に報道されたものであるから︑十分に全体的なイメージを描くことはできないが︑少なくとも何ほどかの事実

痴呆症患者は日本全国で現在のところ一三

0

万人であり︑二

010

年には二

00

万人を突破するといわれる︒老々

介護・介護戦争・介護地獄・介護殺人などのことばに象徴される公的介護体制の貧しさを克服することが何よりも重

要な課題であるが︑同時に上記のような関連する諸問題についても多方面からの論議と知見の集積が必要と思われる︒

筆者は︑本誌一七巻三号﹁持続的植物状態患者と人工栄養﹂において︑

命治療の中止について︑生命の終焉をめぐる諸問題をオープンに議論しているといわれるオランダで︑

うに扱われているかの紹介を試みた︒ を伝えているものと思う︒

そこでも触れたように︑当時︑

日本でも議論されてきた植物状態患者の延

それがどのよ

オランダでは︑重度痴呆症患者をめぐる問題︑

とりわけ、栄養•水分を拒否している患者の扱いが大きな話題となっており、日々の新聞もこれに沢山の紙面を割い

18‑1‑3 (香法'98)

(4)

ていた︒本稿では︑

そうした動向も含めて︑

会の動きについて紹介してみようと思う︒しかし︑この領域もまた筆者にとってほとんど未知の領域である︒従って︑

紹介の内容も︑初歩的なものから始まる︒すなわち︑

ティン・ロスの論文﹁晩期アルツハイマー病患者の倫理的諸問題﹂に基づいて︑イギリスの動向をうかがうこととす

る︒

それ

は︑

オランダ以外の外国の様子についても多少とも予備知識を得ておきたいという単純な理由による︒

の論文による限りは︑イギリスでも︑痴呆症患者の問題が大きな問題であることは認識されているが︑医療界におい

一般社会においても︑

オランダにおける重度痴呆症患者の最期の生活段階に関する諸論議と社

ま ず

まだ詳細にわたる検討はされていない模様である︒

ける﹁広義の安楽死﹂論議のインパクトを語っている︒ ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ臨床医学のマー

ーオランダにおける安楽死の実施についての実態報告は慢性的に無意識であって生死の間で曖昧にバランスをとら

されている患者たちの状態が医師・家族・社会に対して道徳的・実際的なディレンマをもたらしている状況を大きく

伝えた︒︵苦痛緩和・治療の中止等により︶生命の終焉を迎えた人々の高い割合を高齢者が占めているため︑

ばれた教訓は本論文の中心テーマに密接に関連する︒ そこで学

こうして︑イギリスを一瞥した後︑昨年出版されたオランダ医師会の重度痴呆症患者に関する報告書によってその

議論の状況を確認する︒そして︑これに対立する見解の要点をみる︒次いで︑同じく昨年公表されたオランダ・ナー

シングホーム医師協会の具体的な治療・ケア方針を概観する︒筆者の意図は相当程度まで実情の把握に向けられてい

るので︑次には︑治療拒否宣言や生存の願い宣言などの競合する意思宣言書の出現状況も瞥見しておきたい︒同じ意

図から具体的な出来事を契機に出来した新聞紙上等における諸論争などを跡づけてみたい︒ て

も ︑

そして︑最後に政府の対

ロスも論文の冒頭で︑

オランダにお 四

ロス

18‑1‑4 (香法'98)

(5)

重度痴呆症患者の最期の生活段階における諸問題(山下)

応︑新たな実態調査の結果などを報告する︒このようにして︑

論議の方向性について一応の輪郭を描けるのではないかと思う︒

以下の記述はロス論文によるが︑関係部分の抽出が目的であるため︑構成を変更し︑内容についても適宜圧縮した

ものであることを断っておく︒

イギリスには約六

0

万人のアルツハイマー病患者が存在する︒これらの患者の約三分の二は︑人生最期の一年から 三年以上を精神病院・一般病院・ナーシングホームまたはレジデンシャルホームの慢性病病棟で過ごしている︒

人生晩期の鬱病患者の場合には強い自殺念慮があるが︑

﹁鬱あるところ希望あり﹂︒

他方︑進行したアルツハイマー病の場合には︑

らず︑患者たちは決して死を求めない︒

重度のアルツハイマー病患者が︑急性の呼吸器その他の感染症・卒中・心臓疾患の結果︑昏睡に陥ったときには︑

蘇生術を施さないのがかなり一般的である︒重度痴呆症の若干のケースでは合併症の治療は患者に意識があっても控

えられている︒しかし︑これは一貫したものではなく︑ 1概

その状態を治療すれば︑自殺衝動はコントロールできる︒

それが引き起こした耐え難い混乱や屈辱的な希望のなさにもかかわ

しかし︑この病気の進展を治癒・阻止する治療法は確立されていない︒

ほとんど正確には︑

イギリスにおける晩期アルツハイマー病患者

オランダにおける重度痴呆症患者をめぐる問題状況と

あるいは全く記録されていない︒知覚を

18‑1‑5 (香法'98)

(6)

アルツハイマー病とその他の治療可能な症状との区別が必要である︒七

0

歳以上の人々の多くは記憶力の低下を体

験し始める︒しかし︑日常生活を過ごすために獲得された能力はほとんど無傷であり︑情緒生活は保持され︑低下し

ない︒思考と運動機能の鈍化を伴う鬱とそれが引き起こす自己評価及び確信の喪失は︑

の衝動を心に生じさせる︒だが︑適切な治療は症状を除去または緩和する︒広範な新陳代謝機能の障害やその他の身

体的病気は初期痴呆症を引き起こす︒前頭葉や側頭葉の腫瘍.慢性の硬膜下血腫・粘膜水腫瘍・ビタミン︱二の不足

は認識力の低下を伴う進行性の精神悪化を引き起こす︒亜急性の細菌性の心内膜炎は︑老年と中年の人々に起こる︒

2 . 1

アルツハイマー病の診断 2アルツハイマー病の臨床的な特徴と進行段階 についてはイギリスの裁判所が明快な判断を示した 欠如した段階の痴呆症の臨床的な特徴を正確に︑かつ信頼できる仕方で定義した基準はない︒また治療中止の倫理的

な許容性に関する道徳的かつ法的な評価もなされていない︒持続的植物状態患者と比べてアルツハイマー病では︑異

なった特徴をもつ植物状態が最期の一︑二年または数力月で現れる︒持続的植物状態患者の生起はまれだが︑

ハイ

マー

病は

七五歳以上では一

0

%に

現れ

八五歳以上では二

0

%に

現れ

る︒

アルツ

それは今日の社会において︑大きな

医学的・社会的・倫理的かつ政治的な問題を提起する︒持続的植物状態患者についてはそれほどではない︒従来︑両

者の延命治療の倫理的かつ法的な正当化に関して沢山の曖昧さと矛盾する見解があった︒しかし︑知覚を欠如する晩

期アルツハイマー病と持続的植物状態患者の臨床的な特徴は類似している︒そして︑後者のケースにおける治療中止

︵ブ

ラン

ド事

件判

決︶

ので︑これらの特徴が共通する限りでは︑

晩期アルツハイマー病患者に関する倫理的・法的な問題はこれに準じて考えることができる︒

とくに男性の場合には自殺ヘ

18‑1‑6 (香法'98)

(7)

重度痴呆症患者の最期の生活段階における諸問題(山下)

痴呆は気管支やその他の癌の不転移性の合併症として発展するが︑初期症状は時々隠れている︒痴呆は高齢者やステ ロイド治療を長期間続けた場合の不規則な甲状腺機能高進症に関連して進行する︒高齢者の場合には沢山の身体的病 気の徴候があまり明瞭ではないので︑臨床的な警戒とケアが大切である︒初期に診断を受け︑治療された人々は︑精 七︑八年またはそれ以上も続くアルツハイマー病の間に︑卒中・転倒による頭部損傷・ひどい感染症︵肺炎や敗血

症︶などが起こらない場合には︑昏睡または植物状態の徴候はなく︑

初めて現れる︒

それらは最期の一︑二年または数力月になって

約二年間続く第一段階では、記憶力の低下•関心の減退・推理・計算・抽象的思考能力の減少などの症状が現れる。

三︑四年間続く第二段階では︑鈍感・アパシー・進行性の知的障害・人格劣化・感情の不安定が起こる︒心理的な

欠陥は大脳皮質の進行性の悪化の証拠である︒言語機能の損傷は︑対象を名指したり︑

れる︒この段階の後期では︑言語を連結する能カ・表現力の低下・理解力の困難が現れる︒筆記力や読解力の劣化は︑

言語の記憶・統合・創造的な駆使に関連する脳領域の退化を反映している︒行動不能症は︑自力による着脱衣・入浴.

食事・要求や指示への対応を不可能にする︒また認知不能症が現れる︒退行や興奮を伴う鬱の混乱が明らかになる︒

精神能力の減退を自覚した人々のある部分は︑生命の終結を求めることがある︒この段階の末期で︑姿勢や歩行の異 常など︑筋肉障害が出現する︒患者の二五%では妄想性精神異常が現れる︒幻覚は神経弛緩剤で治療できる︒精神的 混乱・支離滅裂な対話・無応答などの意識の曇りには︑肺炎・脱水を伴う胃腸感染症・一時的な大脳局部貧血などの

2 . 2

アルツハイマー病の進行段階 神的悪化を逆転し︑または抑制できる︒

ことばを見出す困難に反映さ

18‑1‑7 (香法'98)

(8)

動か

ず︑

身体的原因がある︒これらの合併症は治療可能である︒患者の相当部分は︑人格をもった人として識別可能であり︑

ある人々は︑他人との制限された範囲での言語的・感情的コミュニケーション能力をもっている︒見当識障害・記憶

のはなはだしい喪失がある場合でも︑配偶者・子供・友人の同一性を認知できることがある︒

情が現れ︑微笑や涙をみせたりする︒痴呆の進行の度合いからみて︑二︑三年の余命が残っていることがわかる︒近

親者にとっては︑この状態の愛する父または母または配偶者の生命の存続は貴重である︒人格と精神生活の全ての痕

跡が消えるまでは︑彼らにとって︑死とは打ち破るべき敵である︒

精神科医や内科医は︑情緒的な反応が相対的によく保持されており︑

コミュニケートでき︑

アパシーの仮面から表

一定の自律性を保って

いる高齢者の生命の終焉につながる呼吸器の感染症やその他の合併症の治療を中止することには直感的な反発をもっ

ている︒他方︑不十分な資源の圧力や近親者の圧力も感じ始めている︒

最期の一︑二年の段階では︑アルツハイマー病患者の状態は持続的植物状態患者のそれと共通した特徴を示してい

る。彼らは、過去の出来事の記憶力も、最近の出来事の記憶力も、知的活動の証拠も示さなくなる。快楽・憂鬱•い らいら・怒り・悲惨•愛情の情動は消失し、深い・不変のアパシーが優位するようになる。患者の多くは寝たきりで、

一貫性がなく︑近親者も︑鏡の中の自己像も認識できなくなる︒食事や着脱衣には援助を必要とするが︑本

人自身はその悲惨さを感じることはない︒この状態は植物的と表現される︒嘔吐反射や礁下反射の弱まりから︑飲食

物の一部は呼吸器を通って肺に入る︒生命の終焉の前に衰弱を伴う異常な食欲を示す時期がある︒擬似パーキンソン

形態の痙攣性の麻痺や硬直などの神経的徴候が現れる︒完全な持続的無意識へ移行し︑やがて昏睡が訪れ︑終焉の開

始を告げる︒肺炎の発作や昏睡が現れた場合の人道的で倫理的な訓戒は﹁その人の亡霊に悩むな﹂ということばに反

映されている︒このような患者を蘇生する試みは現実的な意味において生命のない存在に復位させることになる︒こ

/¥ 

18‑1‑8 (香法'98)

(9)

重 度 痴 呆 症 患 者 の 最 期 の 生 活 段 階 に お け る 諸 問 題 ( 山 下 )

ントロールする必要がある︒

しか

し︑

の段階に達したアルツハイマー病患者のケースでは︑生命の終息に向かうことが認められるべきである︒

リビング・ウイルは︑人々が不可逆的な病気の過程で生起することに関してアドバンス・ディレクティブを与え︑

または生命の終焉が近くなった段階における処置の仕方について本人自身が決定できなくなった場合にその人の利益

において行為する権限を他の人に与えることを可能にする︒

患者の臨床的な状態を考慮し︑書面が作成された時点における精神状態について近親者から調査した後に︑あるア

ドバンス・ディレクティブは︑理由のある・有効なものと判断される︒

アルツハイマー病やその他の痴呆症の場合には︑呼吸器・胃腸の感染症・昏睡など急性の合併症の処置が 重要視される︒患者が平穏裏に死ぬことを認める処置が適切なコースとされる︒だが︑苦痛・不安・興奮は薬物でコ

リビング・ウイルには沢山の問題が付随している︒例えば︑

それに基づいて延命措置の続行を認めることもできる が︑そのような要請は医師の臨床的な判断や倫理的な基準と矛盾することがある︒多くのリビング・ウイルは︑延命

治療が認識力を残した患者に引き起こす不面目や近親者に感じられる苦悩を無視する結果となっている︒

そこ

では

︑ 限られた資源を有効に活用するための増大する負担にはほとんど注意が払われていない︒具体的な状況に応じて処置 する臨床医の自由や個別ケースのニーズも損なわれる︒精神的悪化のケースでは︑医師はリビング・ウイルが作成さ れたときの事情と病気が起こった時点での関連を考慮することもできない︒例えば︑ディレクティブは患者の状態が

治癒できないと診断された直後になされることがある︒しかし︑患者はその当時︑鬱状態であったかもしれないし︑ 3アドバンス・ディレクティプ

18‑1‑9 (香法'98)

(10)

の間で顕著な相違がある︒ 4  ニヒルな絶望・罪の意識・自殺念慮にとらわれていたかもしれない︒何年か後には︑ることも予想される︒患者の臨床的な状態や家族がさらされている厳しい試練に直面して︑ディレクティブを無視したくなるような押さえ難い衝動が生じることがある︒うまく作成されていないリビング・ウイルは患者の選択の実現に結果するよりは︑患者の権利を侵害する傾向があるという指摘も童要である︒ または数力月後には事態が変わ

持続的植物状態とアルツハイマー病の共通点と異なった臨床的実践のディレンマ

持続的植物状態とアルツハイマー病の比較のためにはブランド事件の判決が有用である︒そこでは︑第一に︑医師

が意図的に生命を奪うことは道徳的に禁止されるとされた︒それは末期段階の患者に対してさえ法的に是認されない︒

第二に︑殺害と不干渉による死にゆきの過程の間の質的な相違が強調された︒第三に︑完全に無意識で︑他人及び全 世界に対して無感覚で苦痛も快楽も感じない人々は︑理性を欠き︑生きているものとしての生命をもっていないと確

認された︒それゆえ︑彼らはその尊厳と不可侵性を死に委ねることによって保護されるべきであるとされた︒第四に︑

医療と人工栄養の中止は︑違法でも︑非倫理的でもないと確認された︒

最初の二点は︑

アルツハイマー病の最終的な植物段階に明瞭に関連する︒しかし︑第三点と第四点は︑二つの病状

ホフマン判事は﹁ありのままの現実を直視すれば︑ブランドは全くその生活を生きていない﹂と述べた︒これは一︱︱

年以上も無意識状態にあった植物状態患者に当てはまる︒しかし︑このことはアルツハイマー痴呆症などの場合には

最期の段階でのみ妥当する︒初期と中期の患者には︑相当の認識力の障害があるが︑その態度や情動的相互作用から︑

かつてそうであった人格として認識することが可能であって︑着脱衣や入浴で援助を必要とするにすぎない︒三︑

1 0  

18‑1‑10 (香法'98)

(11)

重 度 痴 呆 症 患 者 の 最 期 の 生 活 段 階 に お け る 諸 問 題 ( 山 下 )

思いとどまることである︒ 年も経ったアルツハイマー病患者は︑対話が支離滅裂で︑理解力を欠き︑時々は近親者を識別できず︑断続的に失禁する︒急性の感染症によって一時的な錯乱状態にあるときにはアクセスもできない︒しかし︑治療すれば︑意識を回復する︒そして︑ある人々は︑訪問に対して︑笑みや涙を浮かべて︑感謝の念を表明できる︒その人格は他者への関心と能力を失っていない︒このようなアルツハイマー病患者は︑全くのアパシー・遅鈍・完全に支離滅裂な

発―――口•他人からの孤立を示し、空笑したりする慢性的な精神分裂症の人々よりも、

な病気になった場合には︑死に委ねるべきだとか︑安楽死を認められるべきだとかいった種類の論議はない︒我々は︑人格と自己認識の終点を確認できる︑

正確な・または信頼できる手段をまだもっていない︒人格が位置する脳領域ま

たは特別な機能システムは発見されていない︒ たいてい

もっと無傷である︒後者が身体的

また人格が侵食される範囲について尺度を与える客観的な神経生物学 ルーティンの調査によれば︑完全に空虚と思われるアルツハイマー病にもかかわらず︑顕著な人格特性と時に稀有

の才能の残存を示す人がいる︒例えば︑ある八

0

歳の女性患者は三年の悪化にもかかわらず︑情動的な反応を示し︑

外見上も魅力的だった︒話は支離滅裂で︑記憶・方向感覚・知性はひどく損なわれ︑時に失禁したが︑十代以来の優

れたピアニストとして︑

り昏睡に陥ったが︑治療され︑回復した︒

t

クラシックを申し分ないテクニックで演奏することができた︒死の四年前に肺炎の発作によ

しかし︑最期の二年は全く認識能力を欠いた︒

アルツハイマー病患者のほとんどは︑最期の二︑三年において︑かつての人格のどのような特性も明らかで

ない一種の植物状態に陥る︒彼らは︑寝たきりで・行動が制限され・絶望的で・アクセスできない︒この段階におけ

る唯一の人道的なコースは︑医療を中止し︑急性の感染症・心臓疾患などによる昏睡または曇った意識からの蘇生を 的な評価も脳イメージングの調査もない︒

18‑1 ‑11 (香法'98)

(12)

5結

状態

に近

い︒

ヘルス・サービスにおける危機は︑ある程度アルツハイマー病などの高齢痴呆症患者の増大や乏しい資源でもって

急激に増加する需要をまかなうことの無能力から生じている︒彼らの増大する割合が︑最期の歳月を施設で過ごし︑

そして︑死ぬ︒病気の中間段階におけるアパシー・後退・無関心・認識力の損壊のある部分は︑施設環境に由来する

士気の衰えから起こっている︒悪化した患者を家庭でより長く生活させ︑

の補助金が必要である︒ そこで死を迎えることができるケアのため

アルツハイマー病患者などをケアするホスピス運動も重要である︒

他方︑医師たちはしばしば﹁死の過程を促進する﹂よう追い立てられる︒これを一般的原則として受け入れること

は倫理的なセンシビリティと矛盾する︒上記の元ピアニストのケースでは肺炎で死ぬことを認められたが︑彼女の人

格は尊厳に値し︑不可侵と考えられた︒彼女は愛情を喚起し続け︑親密な人々にそれを伝えることができた︒結局︑

治療を中止することは﹁死に委ねる﹂方針に未熟な是認を与えることになると判断された︒しかし︑同じ病気の他の

多くのケースでは同じことは起こらない︒これらのケースは︑一九九二年のブランド事件判決の土台を形成した植物

アルツハイマー症候群の初期と中期段階の臨床的かつ倫理的な問題を解決するためには︑上述のような理由により︑

持続的植物状態患者の場合よりも︑治療中止の方針の適用は制限されている︒それらの段階では︑障害・対話・記憶

カ・理解カ・判断カ・独立及び人格の破壊はなお漸次的に進んでいるにすぎないからである︒

イギリスには六

0

万人のアルツハイマー病の患者がおり︑その数はさらに増大している︒それは大きな医学的・社

会的・政治的・倫理的問題を提起している︒医学も︑社会も︑資源の乏しさゆえに出来する問題に無関心ではあり得

18‑1‑12 (香法'98)

(13)

重 度 痴 呆 症 患 者 の 最 期 の 生 活 段 階 に お け る 諸 問 題 ( 山 下 )

あるとしている︒ l a

s t  

f e w  

y

e a r s

) を想定しているようである︶

ない

なぜ

なら

︑ 正当性を否定するからである︒これらのディレンマのバランスある解決のために︑もっと沢山のエネルギーが投入さ

れるべきである︒

上記

から

それは︑病院で治療を受けるために何力月も・何年も待機しなければならない子供や若者の権利の

しかし︑暗いトンネルの中に光の弱い点滅がある︒

それは︑過去十数年の間の科学的研究の進展の

(7 ) 

結果である︒それは︑病気の進行を止め︑予防することに貢献できるかもしれない︒

イギリス全体の動向を鳥敵することはできないと思うが︑直面している問題状況を推理することは可能

である︒すなわち︑ロスは︑晩期アルツハイマー病患者が一種の植物状態に陥ったとき︵最期の二︑三年間

( d u r i n t g he  

には︑法的・倫理的に治療の中止や人工栄養の補給中止ができる場合が

一方︑痴呆症患者のアドバンス・ディレクティブには様々な問題が随伴することを指摘している︒

さらに資源の乏しさゆえに増大する様々のディレンマがあるという︒例えば︑増加する痴呆症患者のために︑

オランダと対比して一言すれば︑ 入院を

待機させられる若い患者の問題がある︒施設環境に由来する痴呆症患者の不活性化の問題がある︒長期の自宅看護体

制やホスピス施設の整備が必要であるという︒そして︑最後に病気の予防法の開発にも期待しているとされる︒

オランダの議論では痴呆症患者の意思についてさらに踏み込んだ検討がなされ︑

とりわけ死期の近づいた患者が繰り返し飲食を拒否し︑抵抗するような場合にそれを無視して︑固く縛り︑または鎮

静剤を打つなどして︑人工栄養や点滴を施して延命することが人道的か・正当化できるかを︱つの争点にしている︒

他方で︑資源の乏しさや入院待機などのプレシャーに関する議論はそれほど顕在化しておらず︵福祉・医療政策の相

違を反映していると思われる︶︑もっぱら医療倫理的な観点の問題が前面に出ているところに特色がある︒以下におい

て︑その詳細を扱う︒

18‑1 ‑13 (香法'98)

(14)

患者には意思能力の程度の問題がある︒

オランダ医師会の痴呆症患者に関する報告書

オランダ医師会は︑意思無能力の患者の生命終焉に関する中間報告書の第三巻として︑

(9 ) 

患者﹄を公表した︒そして︑一九九七年に︑それら各分冊に手を加え︑

( 1 0 )  

終焉をめぐる医療行為﹄として刊行した︒後者では︑痴呆症患者に関する記述は︑その第七章に収められ︑その分量

は前者の約半分に圧縮されている︒内容的に著しい変更はないが︑若干のデータ等が新たなものに差し変えられてい

る︒ここでは後者に基づいて︑ある程度忠実にその報告内容を紹介する︒

本報告書は重度痴呆症患者の治療に関する医療倫理的な側面を考察するものである︒とくに医療行為の正当性をめ

ぐる問題が中心的な論点である︒意思能力を減少または欠如した傷つき易い患者グループが増大している︒痴呆症患

者の延命治療︵とくに栄養と水分の人工的投与︶に関連した沢山の問題がある︒医師たちは痴呆の前に意思宣言を作

成した患者たちに直面させられつつある︒近年︑痴呆症患者の長命化に伴って︑医療・看護の側にこれまで以上の責

痴呆症患者はかつて存在した意思能力を徐々に喪失していくという点で他のカテゴリーの患者と異なる︒これらの 任が課されることになった︒

ー は じ め に

一巻の最終報告書﹃意思無能力の患者の生命 一九九三年に﹃重度痴呆症

一 四

18‑1‑14 (香法'98)

(15)

重度痴呆症患者の最期の生活段階における諸問題(山下)

一 五

痴呆症以外にも意思能力を段々喪失していく患者︵例えば︑脳血管性の疾患を何度も経験する患者︶

がいるが︑本 報告書はアルツハイマー病患者を扱う︒この選択はこのカテゴリーの患者の広がりによっても適切である︒ここでの

アルツハイマー病患者と他のグループの患者の医学的特性とが一致する限りで︑後者にも当てはまるもので

臨床的なイメージ

A m

e r

i c

a n

  P s y

c h i a

t r i c

s s   A

o c i a

t i o n

,  

この症状複合体を

ことができる︒その診断は︑原因・経過または症候群の可逆性の程度をみるものではない︒痴呆症の診断は臨床的な

的定義が利用される︒最もよく知られたものは

D i

a g

n o

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d  

S t a t

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M a

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D i

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つま

り︑

DSM

である︒現在︑第四改訂版︑

DSM

IV

が利用されている

( A

m e

r i

c a

n

P s y c

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r i c  

A s s o

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i o n ,

 

1994)

︒ 如

人 に

名 ク

/ f l j

用されるのは

NI

NC

DS

‑A

DR

DA

である

( M

c K

h a

h n

e t  

a l . ,  

1984) ︒オラ

痴呆症の診断は簡単ではない︒しばしば忍び寄るように始まり︑多少とも時間の経過するプロセスがある︒最初の 徴候は直ちに痴呆症の開始とは解釈されない︒その状況は患者が鬱の徴候を示すなど非常に複雑である︒臨床的な徴

候の一部は可逆的である︒痴呆症の後の段階ではそのような不確かさはなく︑大脳の退化により︑不可避的に深い痴 ンダでは

CB

Oが使用されている

( C

B O

,  

1988: 

S c h u

l t e ,

 

1989)

診断である︒痴呆症候群にみられる臨床的な症状は様々だが︑一定の徴候が明瞭に現れる︒診断のために様々な診断 痴呆症は様々な原因が基礎にある症状複合体である︒

2.1 

ある

所見

は︑

2

痴 呆 症

︵臨床的︶症候群または痴呆症候群と呼ぶ

18‑1‑15 (香法'98)

(16)

2.3

治 痴呆症候群には十種類の原因がある︒これら原因の若干は治療可能である︒診療はしばしばこの原因︵脳腫瘍・ビタミン不足・薬剤の副作用など︶

ほとんどのケースはアルツハイマー病︵五

0

%から七

0%

︶または多発梗塞性痴呆症︵二

0

%から三

0%

︶という脳

血管の障害による痴呆症である︒これらの痴呆症は不可逆的であり︑

は生存中には間接的にのみなされる︒他の原因を除外し︑経過を観察し︑臨床的にアルツハイマー病または血管性の

痴呆を診断する︒アルツハイマー病の診断は漸進的に進行する忍び寄るような開始が手がかりである︒血管性の痴呆

症の診断はより沢山の特殊な機能喪失を伴う悪化が手がかりであり︑広範なアテローム性動脈硬化症がみられる︒

アルツハイマー病の臨床的な診断︵死後の神経病理学的原因によって測定される︶は︑後期段階では正確になされ

る︒八五%の正確さである︒残りの不正確さは︑他の慢性的な進行性の脳病から区別されないことによっている︒

大脳動脈硬化症の存在しないアルツハイマー病の原因治療は︑医療的な援助と世話︑

される︒睡眠障害・強い不安・収縮・床擦れなど沢山の徴候の治療が可能である︒

現時点では不明である︒アメリカでは一九九四年に中心的症状の進行を緩和する

が登録された︒しかし︑それは特定の範囲の患者グループにのみ利用される︒副作用がしばしば耐え難いからである︒

2.2

呆症

に進

む︒

療 因

の除去に向けられる︒

かつ進行性のものである︒これらの原因の診断

そして最終的には看護に制限

︵最

大限

一年

コロン作用性の医薬 一定の実験医薬の決定的な意義は

一 六

18‑1‑16 (香法'98)

(17)

重度痴呆症患者の最期の生活段階における諸問題(山下)

ほとんどない︒ こともできない オランダではこの医薬はまだ登録されていない︒その療法は差し当たり︑全く︑

一 七

いわれたことを理解する またはほとんど有効でない︒

痴呆症の重大さ︑またはその変容段階の確定についてオランダでは合意がない︒DSM

I I I ‑

R は痴呆症の重大さを三

段階に分けたが︑

DSM

I

V ではこの区分は再び姿を消した︒それは痴呆症の症状アプローチに強く関連しているから

である︒痴呆症は静止的であったり︑上下したり︑または慢性的に進行する︒しかし︑

イメージが発展させられる主要ラインで様々な段階が区別される︒ アルツハイマー病では痴呆の

痴呆症の進行段階についての広範な分類がある︒常に増大する記憶障害・時間と場所の知覚障害・複雑な︑

それほど複雑ではない仕事上の障害及び性格変異が問題である︒信じ込みや幻覚などのより重大な精神医学的な障害

もある︒睡眠障害も頻繁である︒最終的に患者はどのような行動もなし得ず︑話すことも︑

︵理解しても︑反応することができない︶︒配偶者や子どもたちを識別することもできない︒しかし︑

厳格な意味では︑昏睡患者のような意識喪失ではない︒患者は接触やその他の刺激︑ または

とくに疼痛刺激に反応する︒意

識の種類が強く変化しており︑周辺と自己に対する経験は痴呆のない人々のそれと一致しない︒この体験がどのよう

に変化しているかを指示することは非常に難しい︒初期段階の痴呆症患者の報告と記述はあるが︑最終段階のそれは

病気の間に患者は一般的に上述の段階を歩む︒患者はその病気の経過において診断的な定義で示された全ての症状

を示す︒このプロセスの期間は数力月から一

0

年以上にわたるなど多様である︒最初の徴候の出現から持続的なケア が必要になる時点まで平均して約五年が経過する︒患者は最期の段階で︑平均して約三年で死ぬ︒患者が痴呆症の徴

2.4

18‑1‑17 (香法'98)

(18)

2.5 

一九九五年には 一定の能力は他のそれより長く残る︒全ての能力が 候を示し始める平均年齢は七五歳である︒彼らは約五年ほど在宅し︑その後︑三年程度ナーシングホームにとどまる︒

患者は︑心臓の代償障害・心筋梗塞・脳血管性の疾患・インスリン依存性糖尿病・気管支感染症・尿道感染症・床

擦れ・悪液質・飲食問題などの併発病で死ぬ︒

病気の経過・臨床的な徴候の変化は画一的ではなく︑必ずしも厳密に直線的に進行するわけではない︒加速的に進

む時期と相対的に安定した時期がある︒症状は上下し︑短期の軽い改善が示されることもある︒しかし︑進行は不可

避的であり︑異常が出現する︒精神的な変容は画一的ではない︒

同じテンポで失われるわけではない︒だが︑痴呆症の最期の段階ではこの相違はもはや重要ではない︒

分布と発生率

アルツハイマー病︵痴呆症の五

0

%から七

0%

︶ 患者の余命は痴呆症のない人より約五年ほど短い︒

の分布は七

0

歳以上のグループでは十︳三・ニ%だが︑

八九歳のグループでは一

O ・

八%である

( R

o c

c a

e t   a l

. ,  

1991)︒年齢に関係した発生率がある︒

り若い年齢︵四五歳以上︶でもまれに出現する︒﹁初期出現﹂形態は優れて遺伝性のものである︒この形態は家族性ま

たは初老期のアルツハイマー病と呼ばれる︒老齢期の形態は老齢痴呆型アルツハイマー病

( S e n

i e l e

D e

m e

n t

i e

  T

yp

A l

z h

e i

m e

r   1 1

S  

DA

T)

である︒後者にも重要な遺伝性の要素があることが近年明らかにされた︒ 八

0

歳から

アルツハイマー病はよ

オランダの調査では男性の精神老人病施設の受け入れ率は六五歳から六九歳に属する千人当たり

O ・

八人から九〇

歳以上の一九人に増大している︒女性の場合には千人当たりそれぞれ

0

.七人と二五・七人である︒

全ナーシングホームの約八五%を占める

S I

V I

S 登録に参加している諸施設に痴呆症候群のある一万二

00

人の患者

一 八

18‑1‑18 (香法'98)

(19)

重度痴呆症患者の最期の生活段階における諸問題(山下)

ドクターとはほとんどコンタクトがない︒ は看護スタッフの責任に属するが︑ i z

e n )

に関する若干の情報を掲げてお<│ー出山下︒

︵参

考の

ため

に︑

ーシングホームに滞在しているだろう︒ が新たに受け入れられた(J

a a r b o e k  

V e r p

l e e g h u i z e n ,  

1995)︒主診断で痴呆症のある約二万一︑

000

人の患者がナー

シングホームに滞在している︒その数字は一九九

0

年には一万五︑

00

人の患者がレジデンシャルホームに滞在した︒ 五

00

件だった︒同じく一九九

0

年に約二万三︑

痴呆症候群の総数は一九九

0

年に

は一

三万

︱︱

‑︑

000

人と評価されたが︑

増大するだろう

( N R V ,

1994)

一 九

患者の大部分はナーシングホームまたはレジデンシャルホームの外にいる︒他方︑重度痴呆症患者のほとんどはナ

オランダにおけるナーシングホーム

( v e r p l e e g h u i z e n ) とレジデンシャルホーム

( v e r z o r g m g s t e h u ‑

ナーシングホームは︑

もはや病院における治療は必要でないが︑家庭でのケアをできない人々に対するケアと看護

のための施設であって︑そのコストは例外的な医療費のための公的保険によって支払われる︒一九九一年には五万二︑

000

床からなる三三三個所のナーシングホームがあり︑

患者︵ほとんど痴呆症︶ その五二%は身体的な病気の患者︑四八%は精神老人病の

からなった︒ナーシングホームの入居者の九

0

%以上は六五歳を超えている︒身体的な病気 の患者の平均年齢は七九歳︑精神老人病の患者のそれは八三歳である︒ナーシングホームで死亡する患者のうち︑身

体的疾患をもった患者はそこで平均六一六日を過ごす︒精神老人病の患者は一︑

0

五五日を過ごす︒

ムの主要な専門職は︑医師・看護婦・牧師職及び理学療法師であり︑ ナーシングホー

チームワークの関係を保っている︒ケアの調整

ケアに関する決定の責任は医師たちにある︒病院の専門医や患者の以前のホーム

二 ︑

00

0

年には一六万一︑

000

人に

18‑1 ‑19 (香法'98)

(20)

とんどは痴呆症の患者ではなかった︒ 3ナーシングホームにおける生命終焉をめぐる医療的決定 設は最後の場所であり︑八

0

%がそこで亡くなる︒ レジデンシャルホームヘの入居資格は、無能カ・社会的コンタクトの欠如•または様々な不安のために独立して生活できないほとんど高齢の人々にある︒しかし︑入居者はほとんどの日々の営みを自分で遂行できる︒彼らにはドアを

施錠

でき

ドア・ベルをつけたプライベート・ホームがあり︑三度の食事は自分のホームまたは施設のレストラン

でとる︒社会的援助とアラーム・システムがある︒入居者は小額の収入に比例した滞在費を支払う︒

一三

万五

000

床をもった一︑

の八

0

%は

単身

者で

︑ そこで死亡する︒

・ニ%は治療の不開始または中止の決定だ オランダには約

四八五個所のレジデンシャルホームがある︒入居者の平均年齢は八四歳であり︑

その四分の三は女性である︒平均滞在期間は四年半である︒入居者のほとんどにとってこの施

一五%はナーシングホームヘ︑残りの五%は病院などへ転院し︑

ホームには入居者独自のホームドクターがいる︒ホームの主要な専門職は︑末期ケアに関する限り

( 1 1 )  

は︑ホームの看護職員とサービス職員及び入居者のホームドクターである︒︶

バン・デル・マースらの調査では全死亡ケースの五五・九%でナーシングホームの医師によって﹁生命の終焉をめ

ぐる医療的決定﹂がなされた

( V a n

de r 

M a a s   e

t  

a l . ,  

19 91 , 

P .  

1 1 4 )

三一

った。二O•八%は集中的な症状ケアに関わり、三・五%では生命の終焉を加速する目的があった。0•四%のみが

安楽死に関係した︒それはナーシングホームにおける安楽死の実施は年当たり二五件であるというバン・デル・バル

の調査結果と一致した

( V a n

de r  W a l ,  

19 92

)ムラーは一九八六年から一九九

0

年の五年間に約三 ︒

00

件の安楽死ま

たは自殺援助の要請があったと報告している︒しかし︑実施数は年当たり二五件という低さである

( M u l l e r ,

19 96 )︒ ほ

0

18‑1‑20 (香法'98)

(21)

重度痴呆症患者の最期の生活段階における諸問題(山下)

これらのケースでは以前に患者と 医師に対するインタビューから意思無能力の患者の場合には明示的な要請のない治療の中止または不開始があると理解された︒決定の六八%では痴呆症が意思無能力の原因だった

( V

a n

d e

r   M

aa

s  e t  

a l . ,  

19

91

, 

p .  

7 1 )

︒決定のニ︱%

の患者はかつて何かを知らせることができた︒患者の二%だけが文書による意思宣言を作成していた︒決定の一

程度は九三%で六カ月以下︑六一%で四週間以下と評価された︒

ナーシングホームでもモルヒネが投与され︑ 一八%ではそれは同時に目的だった

( p .

72)︒生命短縮の

そのために生命は患者の明示的な要請なしにほぽ確実に短縮された︒

これらの五七%で痴呆症が意思無能力の原因だった︒意思能力ある患者と無能力の患者の全グループについてインタ

ビューされたナーシングホームの医師たちは生命短縮の程度は八七%で四週間以下だと評価した︒

ムラーはホームドクターの一%とナーシングホームの医師の五%が要請なしに患者の生命を終結したとする︒

シングホームでは年当たり約一

0

件 ︑

篤な患者である ホームドクターの実践では一

00

件だった

0

・ニ

%に

相当

する

︶︵

M u l l

e r ,

1996: 97)

︒そ

れは

ナー

とりわけ昏睡に陥った里篤な患者及び痴呆の最終段階における重

安楽死申告手続に関する最近の調査ではナーシングホームにおける研究成果はまだ公表されていない︒苦痛緩和や

症状緩和及び医療行為の中止または不開始に際して患者と話し合えない理由は痴呆症にある︒患者は死の促進を考慮

する決定のそれぞれ一五%と二四%で痴呆症ゆえに無能力だった︒生命の終焉を促進する目的もあった七%と二三%

では無能力だった︒明示的な要請のない積極的な生命の終結に際しても実施の時点で患者と話し合えない理由として

痴呆症が挙げられた︒明示的な要請のないケースの一四%でそうだった︒しかし︑ な

要請

があ

り︑

︵常に他の重篤な症状が併存している︶︒ 二五%ではかつて何かが知らされていた︒ で医師は患者の生命を短縮する明らかな目的をもっており︑

︵それぞれ死亡ケースの

O ・

六%と 一四%では明示的

‑ %  

18‑1 ‑21 (香法'98)

(22)

に基づいた長期の観察が決定的な役割を果たしている︒

一九

九一

•一九九二年に委員会が全国のナーシングホームの医師に対してインタビューした結果は討議ノート

( K

N M

G ,

 

1993)に記述した︒それは次のように整理できる︒

中心的な問題は患者の栄養と水分の拒否やチューブまたは点滴に対する抵抗︵繰り返しはずそうとする︶︑及び︑生

一般的には︑患者の意思能力の有無を決定する明瞭な基準は利用されていない︒

す患者の発言や栄養や医薬を拒否する態度によって導かれている︒患者の情緒的な反応に対する医師や看護婦の経験

若干のケースでは︑コミュニケーションの可能性・家族の識別・病識の存在・神経心理学的な調査または臨床的な

4.2

意 思 能 力

命を脅かす病気の治療をめぐる決定の問題である︒

4.1

中心的な問題 4重度痴呆症患者に対する今日の治療方針 今まで公表された調査によれば︑ 話し合っていた︒

ナーシングホームにおける意思決定のアクセントは医療行為の中止と不開始にあ

り︑積極的な生命の終結にないことは明らかである︒ホームドクターによる意思決定または他の施設による意思決定

に際して痴呆症がどの程度の意味をもつかは確実には知られていない︒

たいていは間接的な指示をもたら

18‑1‑22 (香法'98)

(23)

重度痴呆症患者の最期の生活段階における諸問題(山下)

は家

族の

意見

この

決定

では

( a

)

患者の現実的な回復または改善のチャンス︑

4.4

治療を開始する決定江土命を脅かす病気

感じさせているのは︑方向感覚の喪失と病識の欠如である︒ 家族・近親者または法定代理人︵後見人︶

( b ) 侵襲・治療による負担︑

(C)可能な場合に

は︑重要な役割を果たすが︑決定的ではない︒家族は患者の意思を突き 止めるための重要な情報源である︒家族は常に相談され︑家族と治療チームの間の合意形成に努められる︒これは常

に行われているだろう︒若干のケースでは家族が医療行為の継続をかなり強く迫ると報告された︒一件のインタビュ

ーでは患者の明らかな拒否行動があり︑医師も医療行為の中止を考慮したが︑家族によって継続を迫られたと報告さ れた︒患者と家族の人生観的な背景が決定的な役割を演じている︒患者の意思が突き止められないときには治療の是

非の決定は医師によっているとインタビューされた全ての医師が回答した︒

生命を脅かさない病気を治療する決定では患者の負担と利益が検討される︒治癒よりも︑緩和や患者の状態の改善 が問題である︒患者が治療を拒否し︑寄せ付けないときにも︑治療の負担がわずかであれば期待される積極的な効果 ゆえに治療される︒医療の功罪の検討では患者の特別な負担能力が考えられる︒患者にとって入院をしばしば負担と

( d

患者の意見または願望︑)

が検討される︒医師は死の段階では非常に控え目であり︑死が切迫して

いるときには原則として新たな治療を開始しないといわれた︒

4.3

治療を開始する決定二生命を脅かさない病気

診断結果などの基準が利用されている︒

18‑1‑23 (香法'98)

(24)

こ ︒

4.7

積極的な生命終結行為

4.6 

で尊重された︒チューブ栄養は医療行為と考えられている︒ 生命維持機能の支援を中止する決定も時々なされている︒インタビューの約半分で﹁始める前によく考えよ﹂ということが治療中止の決定で大きな意味をもつと指示された︒にもかかわらず︑初めになされた治療が後には中止されなければならなかった︒患者が病院からナーシングホームに転院するときにも同じことが起こる︒その際︑治療に対する患者の反応が大きな意味をもつ︒例えば︑患者が何度もチューブを引き抜くときには願望の表明として全ケース

生命維持機能の支援の中止は若干の回答では死の段階に至るまでは

( t o t d e   s t e r v e n s f a s e

) 制限された︒しかし︑

時々︑限界を確定することは困難であることが知られている︒他方︑ほとんどは︑もちろん︑上述した諸点を考慮し

ながら︑死の段階以前でも

(0

0

b u i t e n e   d   s t e r v e

n s f a s e

) 生命維持機能の支援の中止に向かうことがあり得ると回答し

苦痛の緩和

全てのインタビューで︑苦痛・激しい呼吸困難︵心臓性喘息︶及び若干のケースでは強い不安のある場合にはモル

ヒネを投与していると回答された︒医学的な指示が常に出発点であり︑原則として︑副次的な結果としての死は受け

入れ

られ

た︒

積極的な生命の終結は全てのインタビューでなされていないといわれた︒ほとんどのケースで道徳的な理由からも

4.5

生命維持機能の支援の中止

ニ四

18‑1‑24 (香法'98)

(25)

重 度 痴 呆 症 患 者 の 最 期 の 生 活 段 階 に お け る 諸 問 題 ( 山 下 )

二五

その可能性は排除されている︒患者の明示的な要請がないことがその理由だった︒若干のケースでは安楽死も含めて 施設の理事長または委員会の側の明示的な禁止によっている︒若干のケースでは禁止の背景にあるのは施設の人生観

レクティブがある場合には積極的な生命の終結もあり得るとされた︒

バルらは︑一九九五年においてナーシングホームの七四%が安楽死と自殺援助に関する明瞭な方針を作成しており︑

一七%は口頭で行っており︑九%はどんな方針ももっていないと報告している︒その方針は要請の有無に関係なく関

係者

︵三

0%

︶と患者︵五八%︶に伝えられた︒要請のない生命終結に関して三七%では文書による方針︑

頭の方針があった︒その方針に従ってナーシングホームの九一%では要請のない生命終結は禁止されている

( H a v e r

k a t e   e n a   V n  d e r   W a l ,  

19 96

︒昏睡患者と痴呆症患者のための特別ガイドラインをもったナーシングホームも存在す)

意思決定では医師が常に決定的な役割を演じ︑最終責任をとる︒決定は病棟長及び関係の看護婦たちと相談されて

いる︒家族が常に関与するが︑

意思決定においては医師の職業倫理が重要であり︑

であると繰り返し述べられた︒

若干の回答者は家族が患者の生命の積極的な終結と同様に治療の不開始や中止を迫ることがあると述べた︒これは 大抵ナーシングホームとの最初の接触の際に起こる︒将来に対する不安や不確実性が大きな役割を演じている︒回答

4.8 

意 思 決 定

る︵

それ

ぞれ

八%

と一

三%

︶︒

その意見は決定的ではない︒決定がなされる場合︑死の看取りチームの出席もある︒

また可能な限り患者の願望を聞き入れているという印象も重要

的な特性だった︒一例では行為に対する社会的な反動が理由とされた︒

二五%ではロ 一例では本人の文書によるアドバンス・ディ

18‑1 ‑25 (香法'98)

(26)

者は適切な啓発がこれら最初の不確実性や不安を取り除き得ると述べている︒信頼関係が重要であり︑それが意思決

定で役割を演じる︒家族︑ときには看護婦も治療の続行または新たな治療の開始を迫ることがある︒しかし︑決定の

痴呆症患者は時間と場所の感覚・記憶カ・判断カ・言語能力などを段々失っていく︒患者は存在のたずなを失い︑

独立して暮らせず︑状況を判断できず︑また適切に決定できなくなる︒最初に複雑な問題について判断力が失われ︑

最終的に簡単な問題についても適切に決定することができなくなる︒

植物状態患者と同様に重度痴呆症患者もかつて意思を表明できた人である︒植物状態患者と異なり︑痴呆症患者は

漸進的に意思能力を減少させていく︒これは複雑な問題を導入する︒それは一部意思無能力の患者と援助提供者が置

︵ 決

定 ︶

コンテクストにおける決定と評価の問題である︒

患者はなお自己決定権と自律性の尊重に対する権利をもっているが︑実際には次第に自己決定ができなくなってい

痴呆の初期には最終段階とは異なる問題がある︒初期には記憶障害があり︑患者は仕事または社会的なコンタクト

に負担を感じている︒他の認知能力や実際的な能力は無傷のままだが︑記憶障害は上下に変動する︒この段階では患

者はなお適切に現在及び将来における治療の願望を知らせることができる︒この願望は代理人の有無にかかわらず文 書による宣言の形で確認できる︒この段階の患者が安楽死または自殺援助の要請を表明することもある︒その際︑患

者からは要請を迅速に実行することが求められ︑

<  ゜

かれた 5痴呆症患者の治療をめぐる問題 究極の責任は医師にあると回答された︒

または患者がその要請をもはや知らせることができないときには︑

二六

18‑1‑26 (香法'98)

(27)

重 度 痴 呆 症 患 者 の 最 期 の 生 活 段 階 に お け る 諸 問 題 ( 山 下 )

痴呆症の進んだ段階では他の問題がある︒患者の予後は精神的な能力の回復に関しては常に悪い︒だが︑

上の痴呆症患者の平均余命は看護力の向上や抗生物質や医療ケアによって長くなっている︒

この段階ではしばしば医療ケアの範囲に関わる問題がある︒例えば︑床擦れや筋肉の収縮など痴呆症と多少とも関

ペースメーカーの貢献・全体的または部分的なヒップ人工補装具・気管支肺炎︵﹁老人の最高の友﹂︶

呆症以外の病気の治療もある︒

減少する意思能力の状態は常に新たに評価されなければならず︑患者以外の他者が本人のために決定しなければな 痴呆症の徴候が広がるにつれ︑医療によって積極的な結果を達成する可能性が減少する︒痴呆症と共に併発病の治

療もなされる︒決定は徐々に難しくなり︑患者の利益において行為する他者の主観的な評価に依存するようになる︒

できるだけ患者を意思決定に関与させなければならない︒患者がなお決定できる領域における能力の評価が重要で

ある︒現在と将来における意味ある個人的な評価に照らして︑情報を記憶・整理して︑

原則として︑決定はできる限り患者に委ねられなければならない︒

はや決定できる状態にないとき︑

二七

0

歳以

の治療など痴

選択できる領域における能力 それは自律性の尊重を伴う︒しかし︑彼らがも

または彼らに重大な不利益をもたらす決定がなされるときには︑原則として彼らに

の評価は本人自身が行うべきである︒ らない領域が徐々に増大する︒ 6意思︵無︶能力

連した治療がある︒明らかな

︵肉体的︶苦しみがあり得る︒ ある期間内に行ってほしいと要求される︒

18‑1‑27 (香法'98)

(28)

患者は徐々に意思能力を減少していくので︑

6.1 

を伴う決定では厳格な基準が使用される傾向がある︒ 代わって決定されるべきであろう︒不利益を避け︑患者の福利を促進する動機が優先されなければならない︒

この立場は患者の﹁自律性の保護領域﹂

( p r o

t e c t

m i e d

l i e u

  o f   a u

t o

n o

m y

,  

O p

p e

n h

e i

m e

r ,

  1991)ができるだけ広げら

れるべきことを要請する︒患者のケアが注意深くなされなければならない︒その領域は︑

︵二︶患者が意思能力に関する一定の要件を満たさない場合には︑制限され

それらの要件は全く使用されていないが︑次の二つの決定要素が常に重要である︒

を記憶する能力をもち︑

( b

) この情報に従って決定の理性的に予見できる結果を判断できる能力をもっていることで

ある︒患者が十分な意思能力をもつかどうかの調査の動機は︑もっぱら決定の重大な結果の予見可能性に置かれる︒

相対的に重要でない決定について患者に高い要求基準を求める選択を擁護することは難しい︒しかし︑重大な結果

委員会は︑患者の自律性をできるだけ尊重し︑

であり︑十分な意思能力が明らかでないときには患者のことばや態度による指示はもはや尊重されない︒結果が重大

かどうかは患者の特別な状況︵病気・的確な予後︶

大なものと評価される程度に従ってより高い要件が課されるべきである︒

患者の推定的な意思

できるだけ﹁自律性の保護領域﹂を認めたいと考える︒結果が重大

に依拠する︒意思能力のために利用される基準には結果がより重

︵医療的な︶意思決定の複雑さも増大する︒彼らはなおほとんど意思宣

言を作成していない︒その結果︑痴呆症が進行しても︑援助提供者も︑近親者も︑意思決定のための手がかりをほと る ︒ または重大な結果をもつ決定をした場合︑

つま

り︑

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患者が重要な情報

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︶患

者が

何か

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18‑1‑28 (香法'98)

参照

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