博 士 ( 農 学 ) 片 柳 薫 子
学 位 論 文 題 名
農林地複合生態系流域における
土壌由来温室効果ガスフラックス定量値の 圃場から流域へのスケールアップ
学位論文内容の要旨
土 壌 は 温 室 効 果 ガ ス
(GHGs)
で あ る 二 酸 化 炭素(C02)
、 メタ ン(CH4)、亜 酸化 窒 素(N20)の排 出 源 で あ る 。CH4
は 全 球 排 出 量 の4
割 、N20
は6
割 が土 壌由 来で あ り、 また 土壌 由来C02
は全 球 の炭 素 循環に重要な 役割を果たしている。しか し、主に微生物活動に由来す るこれらのガスフラックスは極め て 大き な時 空間 変 動を 持ち 、そ の定 量 値は 未だ 不確 定 性が 高い 。現 在、圃場毎の代表 値を用いた複 数 年に わた る排 出 量推定が要求 されているが、これには労カ がかかり、その代表値の見 積り方法の検 討も十分では ない。そこで本研究は単一 流域に立地し、森林・放牧地 ・採草地・コーン畑を含む静内研 究牧場で、ク ローズドチャンバー法によりこれらのガスフラックスの特徴を評価し、流域全体からのガス 排出量の見積 り方法を検討した。1. 牧 場 内 の 各 土 地 利 用 か ら のGHGs排 出 パ タ ー ン と そ の 排 出 量 を 把 握 す る た め に 、2年 間 の 通 年 モ ニ タ リ ン グ を お こ な っ た 。C02排 出 量 は 気 温 の 上 昇 と 共 に 増 加 し 、WFPSの 低 下 に 伴 い 減 少 し た 。CH4 は 畑 地 、 草 地 に お い て 窒 素 投 入 に よ りCH4酸 化 能 が 低 下 し 、CH4吸 収 量 の 低 下 が み ら れ た 。.N20は 窒 素 投 入 と そ の 後 の 降 雨 に よ り 排 出 量 が 増 加 し た 。 脱 窒 と 硝 化 の 指 標 と な るN20/NO比 が 基 肥 後 は10 以 下 、 そ れ 以 外 の 時 期 は1000に 達 す る 場 合 が あ り 、 施 肥 後 のN20排 出 は 硝 化 主 体 、 そ れ 以 外 の 時 期 は 脱 窒 が 影 響 し て い る と 考 え ら れ た 。 年 間 のC02排 出 は4.6〜9.9 MgCha‑l y‑lで 、 報 告 値 と よ く 一 致 し た 。CH4吸 収 ( 単 位 :kgCha‑l y.1) は 森 林 で‑2.7〜 ‑3.4で 、 亜 寒 帯 森 林 の 報 告 値 ( ‐18〜 ‐O.1) と 同 程 度 であ った が 、畑 地 (―O.8〜 −0.2)・ 草 地(‑0.2〜 ‐0.1) は 報告 値 (各‑1.1、‑3.1〜‑1.8)よ り 吸収 が 少な か った 。 N20の 年 間 排 出 量 は0.2〜82.1 kgNha‑1 y‑lの 範 囲 に あ り 、 圃 場 に よ っ て は 年 次 間 で 排 出 量 が10倍 も 異 な っ た 。 ま た 国 内 の 報 告 値0.l〜28 kgNha‑1の う ち 極 め て 大 き い グ ル ー プ に 入 り 、 年 間 排 出 量 に 占 め る 土 壌 融 解 期 の 寄 与 も1〜 37% と 大 き か っ た 。
2
. 牧場 内の6
圃 場で 凍結 融解 期 間の 深度0
〜60 cm
土 壌空 気 とガ スフ ラッ クス を 調査 し、 凍結融 解 期 のN20
排 出 要 因 を 調査 した 。凍 結期 間 、土 壌は 最大 で 深度35 cm
ま で凍 結し 、す べ ての 圃場 で凍 結層 中のN20
濃度 が上 昇 して いた 。し か し排 出は融解期にのみ見られ 、また、排出が見られる圃場 と 見 ら れ な い 圃 場 が あ った 。 融解 期は 全て の圃 場 にお いて 硝化 過程 で 排出 するNO
が わ ずか なが ら観 測 さ れ 、 土 壌 融 解 初 期 か ら 後 期 でNH4‑N
量 お よ び 溶 存 有 機 態 炭 素 量 の 減 少 とN03‑N量の 増加 が見‑ 157―
ら れた た め、 土壌融解時は硝化が起き ていると考えられた。ただし 、融解期の全てのN20フラッ クスは N20/NO比 の 増 加 に 伴 い 増 加 し て い た た め 、 融 解 期 の 高 いN20排 出 は 脱 窒 由 来N20主 体 と 考え られ た 。N20排 出の 見ら れ た圃 場で は凍 結 部位N20濃 度 が特 に高 く、 融 解時 土壌 表層 の脱 窒活性が なく、
融 解時N20排出 が凍 結 層のN20濃度 勾配 と有 意な 正 の相 関を 示し た こと から 、凍 結層 に生成・ 蓄積し たN20が融 解時 排出 し てい ると 考え ら れた 。一 方、N20排出 の見 ら れな かっ た圃 場で は融解時 土壌表 層 の 脱 窒 活 性 が 高 く 、3月 以 降 土 壌 表 層 の凍 結部 位 でN20濃 度低 下が みら れ、 ま たC02.CH4濃 度が 高 かっ た こと から 、強 い還 元 状態 とな った 土層 中 でN03と 共にN20がN2まで 還元 され ている可 能性が 示 唆さ れ た。
3. 牧場 内の 全土 地利 用 を含 むよ うに 設 定し た2 kmのライ ントランセクト上で、施肥 前(PF)と収穫前 (PH)の2回、ガスフラックスの空間分布を評価した。またトランセクト全体からのガスフラックスの定量に 必要 なサ ン プル 数の 試算 をお こ なっ た。 その 結果 、C02、CH4、およぴN20フラックス はそれぞれ土地 利用 によ っ て異 なる 分布 を示 した。各ガスは距離依存性を 示す場合もあったが、その 依存距離はガス の種類、土地利用、ホ ットスポット、サンプリング時期によって影響を受けており、距離依存性を考慮し た見 積もりは十分な効果がある わけではないと考えられた 。トランセクト上のC02、CH4、およぴN20推 定排 出量 の 平均 値が95% の確 率 で土20% 以内 に入 る ため に必 要な サ ンプ ル数を試算 し、1 haあたり の 必 要 サ ン プ ル 数 に 換 算 し た と こ ろ 、C02は 土20% で2点 であ った が、CH4は400点 、N20は1211点 も必 要であると試算された。一 方、CH4、N20について、1 haあたりで推奨される5反復 の測定で推定値 を得るならぱ、それぞ れ土60%、土80%の誤差範囲 を持っと試算された。ただし、CH4のホットスポット は窪地周辺で見られた ため、この試算からは除外し た。
4.5年 間 の 年 間 積 算N20排出 量EaUを 用い て流 域全 体 から のN20排 出量 を見 積も っ た。Edl(門 46) は窒素投入量と有意な正 の相関(R2=0.29っpく0.01) を示したが、ばらっきも大きかった。EaUのうちEaU の平均値以上の値をhigh(門 9)、それ以外をB。m(門 37)としたところ、孱。rmと窒素投入量、および放 牧を して いな い 圃場 のhighと余剰窒素 量の間に有意な正の相関が 見られた(各R2:0.61,pくO.01, R2:O.96,p O.02)。 放牧をした圃場のhighは適当な説明変数がなかったため、放牧により一定の排出 量があるとした。孱。nnと窒素投入量の関係式から得 た推定B。rm排出量は2.8〜3.2kgNhally‥、high と余 剰窒 素量 の 関係 式お よび 放牧 地 にお ける 定数 か ら得 た推 定high排 出量は30〜38.8kghaIly.1で あった。各年の全N20フラ ックス測定値の平均値を上 回る測定値が出現する頻度は2.2〜3.6%であり、
こ の 値 をhigh出 現 確 率と 定義 す ると 、牧 場全 体か ら のN20排 出量 は1153土385kgNとな った 。こ の 値 と比 較す ると 、Eallと窒 素投 入量 の 関係 式か らの 推 定値 は1816土74kgNと有意に高く、IPCCが薦める 排 出 係 数 を 用 い た 推 定 値 は726土8kgNと 有 意 に 低 か っ た が 、 各 年 次 の 土 地 利 用 別 平 均N20排 出 量 に各 土地 利用 面 積を 乗じ て合 計し た 推定 値(964土347kgN)と 有 意差 はな かっ た 。こ の4っ の 推定法 の平 均値 と標 準 偏差 を用 いて 予測 さ れる 牧場 全体 のN20排 出量 を モン テカルロシミュレーシ ョンで求 めた 結果 、En。rmとhighを区 別し た 方法 は他 の方法に比べ実際の 排出量の年次変動を反映し 、土地利 用変化に依存しない値が 得られた。このことより、En。nnとhighを区別した方法は他の方法に比べ流域ス ケールでのN20排出を見積るための有効な方法であるといえた。
5. 本 流 域 のGHGs排出 は時 空 間変 動が 大き く 、チ ャン バー 法に よ るCH4、N20排 出量 の 見積 りに は特 に 大きな変動を含んでいた。しかし、このような変動があるにも関わらず、N20排出は、施肥、余剰窒素、
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放牧などの要因により区別することができた。このことは今後の精緻化に一定の方向性を与えると期待 される。ただし、年間値に大きな寄与を示した融解期の
N20
排出および、説明変数が得られなかった 放牧地のN20排出の精緻化は今後の課題である。−159−
学位 論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
波多野 長谷川 平野 中原
学 位 論 文 題 名
隆介 周一 高司
治
農 林地複合生態系流域における
土 壌由来 温室効果 ガスフラックス定量値の 圃 場から 流域への スケールアップ
本論文は10章からなり、図38、表19、引用文献76を含む101ぺージの和文論文である。他 に参考論文1編が添えられている。
土 壌は 二酸 化炭 素(C02)、 メタ ン(CH4)、亜 酸化 窒 素(N20)の温 室効 果ガス(GHGs) の排出源であるが、それら は大きな時空間変動を示し、その排出量の見積りの精緻化が要 求されている。とくに畑で はN20排出が問題となっている。本論文は流域に含まれる全て の土地利用において、各種
GHGs
をクローズドチャンバー法で測定し、その時空間変動の 特 徴 を 解 析 す る と と も に 、N20
に つ い て 流 域レ ベル の排 出量 の見 積 りを 検討 した 。静内牧場を対象流域にし 、そこに含まれる全ての土地利用(森林、採草地、放牧草地、
コーン畑)に韜いて5年間の通年モニタリングをおこな った。その結果、C02フラックス は気温上昇で増加し、N20フラックスは窒素投入と降雨により増加したが、同じ圃場でも 年度により発生量が大きく異なった。CH4は一般に土壌に吸収され、窒素投入により吸収量 が減少し、水分率上昇により排出に転じた。年間C02排出量は報告値と同程度であったが、
CH4
吸収量は報告値より小さかった。N20排出量は報告値よりも大きかった。また土壌凍 結の融解期の寄与は最大65%を示した。.融解 期の
N20
排出 が多 い 圃場 では 凍結 期間 中に 土壌 空気 のN20濃度 が高まり、N20フ ラックスが土壌空気のN20濃度勾配と有意な正の相関を示していたことから、凍結期に土 層に封入されたN20が融解期に排出されたと考えられた 。N20は硝化と脱窒で生成し、硝 化 ではNO
を 多く 伴う こと が知 られ てい る。 排出量が多い圃場で はN20/NO比が10以上を 示し脱窒による生成が示唆 された。ところが、別に測定した融解時の土壌の脱窒活性は排 出量の少ない圃場で高かっ た。さらに、いずれの圃場も凍結期にNH4‑N濃度が上昇し、融 解期にNH4‑N濃度は低下し、N03‑N濃度が上昇したが、排出量の多い圃場では、凍結期で もN03‑N濃度上鼻がみられ硝化が起こっていた。調査圃 場は凍結融解時N20を生成する環 境にあったが、その要因の 特定は今後の課題である。− 160―
流 域 の
GHGs
排 出 量 の 見 積 り に 距 離 依 存 特 性 が 適 用 で き る か ど う か を 検 討 す る た め に 、 牧 場 内 の 全 土 地 利 用 を 含 む よ う に 設 定 し た2km
ラ イ ン ト ラ ン セ ク ト 上 で 、 施 肥 後 と 収 穫前 の2
回 、GHGs
の 空 間 分 布 を 評 価 し た 。 そ の 結 果 、 空 間 分 布 と そ の 依 存 距 離 は ガ ス の 種 類、土 地 利 用 、 ホ ッ ト ス ポ ッ ト 、 サ ン プ リ ン グ 時 期 に 影 響 を 受 け て異 なり 、 距離 依存 性に 基づ く 広 域 の 排 出 量 の 推 定 は 困 難 で あ る と 判 断 さ れ た 。 な お 、 ト ラ ン セ ク ト か ら の
GHGs
推 定 排 出 量 の 平 均 値 が95
% の 確 率 でt20
% 以 内 に 入 る た め に 必 要 な サ ン プ ル 数 を 試 算 し 、1ha
あ た り の 必 要 サ ン プ ル 数 に 換 算 し た と こ ろ 、C02
は2
点 で あ っ た が 、CH4
は400
点 、N20
は1211点も必要で あると試算された。以 上 の 結 果 か ら 、 牧 場 流 域 の 土 壌 か ら の
GHGs
排 出 量 は 、C02
は 少 な い 反 復 で 比 較 的 精 度 良 く 見 積 も ら れ 、CH4
は 平 均 的 に は 吸収 され るこ とか ら 温暖 化へ の寄 与 は小 さか った が、N20
排 出 量 は 大 き く 、 そ の 精 緻 化 が 問 題 で あ る こ と が わ か る 。IPCC
は 広 域 のN20
排 出 量 を 窒 素 投 入 量 に エ ミ ッ シ ョ ン フ ァ ク タ ー(EF)
を 乗 じ て 算 出 す る 方 法 を 提 示 し て い る 。 本 流 域 で のN20
排 出 量 と 窒 素 投 入 量 の 関 係 は 大 き な ぱ ら っ き を 含 ん で い た が 、 有 意 な 直 線関 係 が あ っ た(R2=0.29
,p
く0.01
) 。 そ の 傾 き か らEF
は0.0789
と 見 積 も ら れ た 。 こ のEF
値 を 用 い て 流 域 あ た り の5
年 間 の 平 均 排 出 量 を 見 積 も っ た と こ ろ1816
土74 kgN
と な り 、 各 年 度 の 土 地 利 用 ご と の 実 測N20
排 出 量 の 平 均 値 に 各 土 地 利 用 面 積 を 乗 じ て 求 め た964
士347 kgN
よ り 有 意に 大き かっ た。 そ こで 全N20排 出量 測定 値の 平 均値 以下 をEn。rn1
(n
〓37
) 、平 均値以上をhI伽9
)としたところ、En。ーと窒素投入量に有意な直線関係(R2〓0.61,pく0.01) が あ り 、 放 牧 を し て い な い 圃 場 で はhigh
と 余 剰 窒 素 量 ( 窒 素 投入 量と 吸 収量 の差 )の 間に 有意 な 置線 関係 が見 られ た (R2〓0
,96,p 0.02)。放牧を した圃場のhighは適当な説 明変数 が な か っ た ため 、 放牧 によ り一 定の 排 出量 があ ると した 。 同一 圃場 でも 年 次に よりn
。rn1
と な る 場 合 とhIgh
と な る 場 合 が あ っ た こ と か ら 、 こ れ ら の 排 出 が生 じる 確 率を 与え るこ とに よ り 年 次 変 動 を 求 め た 。 排 出 確 率 は 、 こ こ で は 土 地 利 用 毎 に 各 年 度 の 全N20
フ ラ ッ ク ス測 定 値 の 平 均 値 以 上 の 値 が 出 現 す る 頻 度 を あ て た 。 排 出 確 率 は0
〜41
% と な り 森 林 、 放 牧草 地 で 低 く 、 採 草 地 、 コ ー ン 畑 で 高 か っ た 。 こ の 確 率 を 用 い 、 各年 度の 全 ての 圃場 の窒 素投 入 量 と 余 剰 窒 素 か らN20
排 出 量 を 求 め 牧 場 全 体 か ら の 排 出 量 を 推 定 し た と こ ろ1153
土385 kgN
と な り 、 実 測 値 と 有 意 差 が な く な っ た 。 さ ら にEhigh
出 現 確 率 は5
〜8
月 の 降 水 量 と 正 の 相 関 が あ っ た 。 降 水 量 を 説 明 変 数 と し てN20
排 出 量 を 予 測 で き る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た。以 上 の よ う に 、 本 論 文 は 流 域 の 各 土 地 利 用 か ら の
GHGs
排 出の 特性 を 述べ ると とも に、窒 素 投 入 に 影 響 を う け る
N20
排 出 に つ い て 流 域 レ ベ ル で の 排 出 量 の 見 積 り 方 法 を 示 し たも の で あ り 、 関連 学 会に おい ても 高く 評 価さ れて いる 。よ っ て審 査員 一同 は 、片 柳薫 子が 博士(農学)の学位を 受けるに十分な資格を有する ものと言忍めた。
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