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アメリカ合衆国における農業地域の変貌

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(1)アメリカ合衆国における農業地域の変貌 矢 Changing. ケ. Agricultural. 崎. 典. 隆* in the United. Regions. States. YAGASAKI. Noritaka. Ⅰ. はじめに. Ⅳ. カリフォルニアの農業と農業地域. Ⅱ. 農業の地域分化. Ⅴ. 結語. Ⅲ. 家族農場の崩壊と農業の工業化 工. はじめに. 先進工業国として知られるアメリカ合衆国は,世界の食糧倉庫として知られる農業国で もある。新大陸の国家としての歴史を反映して,その農業は短期間にダイナミックな発展 を経験してきたo今日,農業就業人口ほごく少数に限られているにもかかわらず,広大な 国土が有する多様な自然環境に対応して生産性の高い多様な農業活動が展開されており, 世界を代表する先進農業地域を形成している。穀物や大豆をはじめとして合衆国の農産物 輸出量は莫大であり,国際市場への影響力ほ大きい。しかし,国際的および国内的諸条件 を反映して,その農業と農業地域は絶えず変化を続けており,近年における農業の危機と 農業構造の変化は良く指摘されるところである(プリユースタ-他1987;服部1986).な かでも家族農場の衰退,農業の工業化,そしてアグリビジネスの台頭は,合衆国における 1981; 1985; Troughton 農業地域の変貌を分析する上で重要な視点である(Vogeler Simmons. 1986;. Windborst. Fitz-. 1989)。従来,地理学においてはマイクロスケールあるいは. メソスケールにおける農業地域の検討を蓄積してきたが,近年みられる顕著な地域変貌を 解釈するために分析の枠組を整理してみることは重要であり,そうすることによって,令 衆国のみならず農業地域の国際的な比較を行うための枠組をつくることも可能となる。本 稿では,合衆国の農業地域が近年経験している顕著な変貌とその地域的意義について,カ リフォルニアを事例として検討を行ってみたい。 Ⅱ. 農業の地域分化. 合衆国における農業の地域分化ほ,教科書や地図帳に頻繁に登場する農業地域区分図を みれば容易に概観することができる。年降水量500mmにほぼ相当する西経100度線を境 にして,農業地域の特徴は大きく異なっている。乾燥した西部には粗放的な放牧地域が広 *地理学教室(°ept.. of. Geography).

(2) 矢. 2. ケ. 崎. 典. 隆. 範囲に広がっており,部分的にほ農業活動の行われていない地域も存在する.また,河川 等の濯混用水に恵まれた地域では濯概農業が行われている.. 19世紀中頃にユタ州ソルト. レイクシティを中心に定着したモルキン教徒たちは,西部における潅概農業の先駆者であ った。一方,西経100度線を挟んで,中部および北部に小麦地帯が広がっており,これか ら東側では酪農地帯,飼料穀物・家畜地帯(いわゆるコ-ソベルト),多角農業地帯,棉 花地帯が,北からはぼ帯状に東西に延びているo. また,メキシコ湾岸地域やメガロポリス. には園芸農業地域が特徴的にみられる.. このように地図上で区分された農琴地域は決して静態的存在ではない.伝統的な農業地 域区分は総体的にみれば考察の枠組みとして今日でも有効であろうが,各農業地域におい てほ変化が継続して生じている.たとえばコーンベルトでは,トウモロコシを中心とする. 飼料作物と豚や牛の家畜が組み合わされた混合農業が各農場で行われ,その地域的輪郭ほ 19世紀末から今世紀初頭にかけて形成されたが,近年,大豆の重要性が増加するととも に,飼料作物農場と畜産農場とが分化する傾向がみられる。 Spencer. 農業地域はさまざまな要因が複合して作用した結果として生じるものである。 Horvatb. and. (1963)は6つのプロセス,すなわち心理的,政治的,歴史的,技術的,荏. 済的,農学的プロセスによって農業地域の形成と変貌を文化地理学的に論じているが,こ こでは合衆国における農業の地域分化を5つの観点から概観してみたい。. 農業の地域分化の要因として,まず自然環境が重要である(ヒグピー1961)o先述のよ うに,降水量によって湿潤な東部と乾燥した西部とが存在し,森林地域から乾燥地域まで 埴生は多様である。こうした降水量や植生は農業の形態や開発過程に大きな影響を与えて きたo西部に広がる大草原はかつてはアメ1)カ大砂漠と呼ばれ,開発の障害になったこと もあった.一方,気温に関しては南北性が顕著にみられるo. 1970年代以降,スノーベル. トからサンベルトへの人口と産業の移動が活発化して話題になってきたが,農作物の成育 甘ことって重要な無霜期間はサンベルトで年間200日を上回っており,一方スノーベルトで ほ120-160日の地域が大部分を占める。こうした条件の違いほ,農作物の種額や農作業暦 に南北性を生ずる要因となっている。. 自然環境と同様に,農業地域の形成には歴史的プロセスも大きく作用してきた。大西洋 岸に始まった植民は入植者の西漸運動によって西方へ拡大し,広大なフロンティアを開発. していく過程で,各農業地域の原型が形成された。大西洋岸から太平洋岸まで広大な土也 を領有するようになった合衆国政府は,東部や南部の一部を除いてタウンシップ・レイン ジ方式による方形測量を行い,これは規則的な道路パターンや農場の形態として永続的な. 刻印を景観に残すことになる(Johnson. 1976)。また,連邦政府所有の公有地はさまざま. な形で処分されたが,なかでも1841年先買権法と1862年ホームステッド法ほ,自作農の 育成と西部の農業開発を促進する要因となった(クラウソソ1981)0 農業技術の発達と機械化の進展も重要な役割を果たしてきた。たとえば,. 19世紀後半. における草原地帯の開発ほ,鋼鉄製農具の普及,有刺鉄線の発明,井戸掘り技術の発達と 風車の普及などの技術革新によってはじめて可能となった。また, 19世紀後半に畜力(特.

(3) アメリカ合衆国をこおける農業地域の変貌. に馬)の使用が拡大したが,世紀の変わり目頃に始まった機械化により,しだいに馬はト ラクターに置き換えられていった.また,鉄道の建設と鉄道網の整備によって西部の農業. 地域から東部市場への近接性が増加した。西部を中心とした漂故事業の進展,品種改良, 農薬や化学肥料の開発も重要であった。. 一方,連邦政府の農業政策は,近年特に重要な要因となっている.先述のように,連邦 政府は土地の測量や土地の分割・賦与を通じて農業に大きな影響を与えたが,政府による 農業への直接的な介入ほ1930年代の農業不況期に始まり,それ以降,農産物価格の支持, 生産調整,農産物輸出,研究開発などをめくtlって大きな役割を演じてきたし,税制,金融 政策などの重要性も高い。農産物が国際戦略の一部を構成している今日,農業地域はこう した政策的・政治的プロセスの影響をますます受けることになる(全国農業協同組合中央 %. 1984;. S*. 1988;. Raup. 1973).. また,経済の好況と不況が農業地域に大きな影響を与えてきたことはここで繰り返すま. でもない。第一次世界大戦後の好況期と1920年代の低価格期,そして1930年代の崩壊期 はあまりにも有名であるし,最近では,. 1970年代における穀物の生産と輸出の拡大によ. る好況期に引き続いて農業不況が深刻化してきている。このように経済的プロセスは農業 構造と農業地域の変革をもたらす大きな要因となっている。 今日のアメリカ合衆国の農業地域は,全体としては生産性が高く多様性に富んだシステ ムを形成している。多様な自然環境を利用した適地適作による地域分化がみられ,機械 化,品種改良,港概,農薬や化学肥料の投入などによって高い生産性が実現されており, 農産物の海外市場への指向性は強い。こうしたアメリカの農業地域システムは,自然環 境,歴史,技術,政治・政策,経済といった諸プロセスの産物としてとらえることができ る。 Ⅱ. 豪族農場の崩壊と農業のエ業化. アメリカ農業は多様な農業地域によって構成されており,栽培作物,経営の形態と規. 模,発展過程は多様である。しかし,いずれの農業地域にも共通してみられる特徴は,農 業の工業化であり,家族農場経営からアグリビジネスへの近年の著しい変貌である。 アメ1)カ社会および農業の取幹をなすのは家族農場(ファミ1)-ファーム)であるとい う認識ほ,開拓の初期から比較的最近まで保持されてきた伝統である。人口の大部分が農. 業に従事していた時代には,トーマス・ジェファソソに代表されるように,民主主義社会 の基盤をなすのは家族農場を経営する農業者であり,彼らは自給自足を基本とし,自己所. 有の土地で自らの労働により自らの意志決定によって自立的農業経営を行うものであると 「家族農場」という用語は19 一般的に考えられた。もちろん,ヴリユースタ一によれば, 世紀までの文献には登場することはなく,ジェファソソ自身も用いることはなかったし, ホームステッド法の制定に関して行われた議論にも登場しなかったという(アメリカ合衆. 国農務省1983:. 86)。しかし,ジェファソソをはじめ18世紀から19世紀にかけての多く. の知識人の間には,小規模農民から構成される国家は政治的自由と独立を保持することが. 3.

(4) 矢. 4. 崎. ケ. 典. 隆. できるという認識が広く存在したようである。. ジェファソソは『ヴァジニア覚え書』(Jefferson. 1972:. 164-165)の中で,. "husbandman''. や``cultivator"という言葉で農民を指して,彼らの意義について次のように述べているo 「--ここには,農民の勤勉を誘う無限の土地がある--大地ではたらくひとびとは神の 選民--どういう時代,どういう国民においてであれ,耕作者大衆が道徳的に腐敗したと いう現象については,まだ実例がない--どういう国家でも,農民以外の市民階級の総計. が農民の総計に対する比は,国家の不健全な部分が健全な部分に対する比であり,またそ れは国家の腐敗の度を測るバロメーターである.耕すべき土地がここに存在するからに 紘,わが市民が仕事台であくせくしたり,糸巻竿をくるくるまわしたりするのは,決して 253-254 見たくない光景だ」 (邦訳は『原典アメリカ史第二巻』岩波書店, 1951年, pp. による).工業化したヨ一戸ヅ′くに対して,食塩と原料を供給する農業国としての発展と その基盤となる自立農民の意義について,ジェファソソの意図を明確に読み取ることがで きる。こうした点と同時に,彼が農業国としての自立を強調したのほ,新大陸の自然ほ旧 大陸よりも劣るとしたビュッフォンに対する積極的否定であったのかもしれない。 先述のタウンシップ・レインジ方式に基づいた公有地の土地謝量は1785年の法令によ. って認可されたが,これは一定区画の土地の平等な分配を目的とした農業政策の前提であ り,ジェファソンの提唱した農民による民主主義の基盤をなすものであった。さらに,先. 買権法やホームステアド法は小規模自立農の増加を促進した。こうして19世紀に西部フ ロンティアにはタウンシップ・レインジ方式による方形状の刻印が残される結果となり,. その広大な土地は家族農場によって密度の高い農村社会へと変貌していった。 しかし,市場経済が発達し商業的経営が増加するにつれて,家族農場の実態と概念は当 然のことながら変化してきた。ジェファソソの時代と今日とでは,家族農場の性格には大 きな差異が存在しているわけであり,グリユースタ-がこの点をうまく要約している(ア メ1)カ合衆国農務省1983:. 85-96)o. 家族農場といえども市場競争のために生産性を向上し生産高を高める努力をするわけで. あり,このために経営規模の拡大や横根化等による単位面積当たりの収穫量の増加を実現 する必要がある。この結果,農家の負債は増大し,例えば1950年にほ農家当たりの負債 額は2,000ドルであったが,. 1985年vL_は50,000ドルにおよぶようになった(Windhorst. 1989:. 271)。経済の好不況のうねりのなかで,競争力の弱い家族農場は消滅してきた。第 1図に示されるように, 19世紀後半から農場数ほ漸増し, 1910年代から1920年代にかけ. て640万戸前後に達したが,. 1930年代の大恐慌期に農村地域への人口の移動に伴って僅か. に増加してピークの681万戸を数えたo ほ急速な減少を続けた結果,. しかしそれ以降減少し,特に第二次世界大戦後に. 1985年には228万戸を数えるのみであった.一方,農場あ. たりの平均経営規模はこれとは対照的な推移をみせてきた。平均農場規模は19世紀末か. ら1930年代まで大きく変化することなく,. 4分の1セクションの面積にかなり近い140. -150エーカー程度を長い間保持したが,その後の農場数の減少に伴って著しく拡大し, 1985年にほ446エーカーにおよんだ。この50年間に,総農場数でほ1930年代のピーク時.

(5) 5. アメリカ合衆国における農業地域の変貌. エーカー. 600. 500平 均. 400農 300場 面 f#. 200. 一oo. 0 柑80. 1890. 第1図. 1900. I910. 1920. 暮930. 1940. I960. 1950. I970. t980. アメ1)カ合衆国における農場数と平均農場面積の推移. アメリカ歴史統計および. Statistical. Abstract. of the. United. States紅よる。. の3分の1に,また平均規模では3倍に変化したことになる。こうした傾向は今後も継続 的に進行することが充分に予想される。. 小規模農場は兼業化傾向を強めており,非農業部門における賃金労働から所得の半分以 上を得る農場が増加している。特に,. 1970年代には農村地域への工業の進出が活発化して. 雇用磯会が拡大したため,農外収入の増加と小規模農場の兼業化が促進された。中規模家 特に1970年代の好況期に規模の拡大を行って大き 族農場の階層は分解を経験しているo な負債を抱えた農家ほ,その後に訪れた不況のなかで深刻な問題に直面している。農家と して存続するためには,規模の拡大・機械化・低賃金労働力の雇用によって資本主義的農 業経営体に転換するしか方法は存在しない。一方,年間農産物販売額が10万ドル以上の. 大規模家族農場は増加しており,. 1982年にほ全農場数の13.5%を占めた。こうした大規. 模経営体への農地と農産物生産の集中傾向はさらに進行中である。第2図は1980年にお ける農場規模と農地面積および農産物販売額との比率の集中傾向を示したものであるが, 少数の大規模農場-の集中は農地面積におけるよりも農産物生産においてはるかに進んで いることが明らかである。家族農場における規模拡大と生産性の向上は必然的に農業の工 業化を伴う。こうした農場では境械化・工業化した生産システムが確立し合理的経営が行 われており,. 1970年および1981年の税制の修正により(Windhorst 織化することによって減税の恩恵を受けるようになった経営体も多い。. 1989:. 277),法人組. 農業の工業化が進展するなかで,アグリビジネスが農業地域に与える影響力はますます 増大しているo特徴的にみられる現象の一つほ,種子・肥料の生産,農業磯城製造から農 産物の流通にいたる農業関連部門の垂直的統合であるo. こうした傾向ほ,第二次大戦後,.

(6) 6. 50. 農. 第2図. 場(%). アメリカ合衆国における農地と農産物販売額の集中債向(1980年) Knox. et. al. (1988:174)によるo. ブロイラー,蔦卵,そして牛肥育の分野でまず始まり,技術革新や農学研究の進展に伴っ. て他の農業部門にも拡大した.一般に実際の農業生産部門の利益率よりも農業関連部門の 利益率の方がはるかに高く,また,生産コストを各部門で負担することによって競争力を 高めることができる.一方,農業関連企業の吸収・合併による水平的統合も進みつつあ り,この傾向は農産物の加工・流通に携わる企業において最も顧著にみられる。こうした. 垂直的および水平的統合は同時に進行する傾向があり,さらに国境を越えて多国籍化して Do托1 1980)0 いるアグリビジネスも数多い(バーバック&フリソ1987; 多くの家族農場はアグリビジネスと契約栽培を行うことにより,その影響下軒こおかれて. いることも重要である。特に市場価格の変動が激しい農産物や,長期保存の難しい農産物. の生産において契約栽培の比率が高い.こうした契約栽培によって生産者は自らのリスク を縮小することが可能ではあるが,これは同時に農業のサラリーマン化とアグリビジネス. への従属性を強める結果となる.しかし,このように影響力をますます強めつつあるアグ リビジネスの実態については,その経営組織が独立法人や家族法人であったり家族の共同. 経営であったりしており,経営・所有関係をはじめとして,その全体像を正確に把接する ことは容易ではない。. 合衆国において,こうした農業の工業化やアグリビジネス化が最も早くしかも顕著な形 で生じたのはカ1)フォルニアである.カール・マルクスもカリフォルニアに注目していた ようで, 1880年にフリードリヒ・ア-ドルフ・ゾルゲにあてた手紙の中で次のように述べ ている.. 「カリフォ-ニアの経済状態について,なにか有益なもの(内容の充実したもの). を探していただければありがたい。費用はもちろん僕の負担で。カリフォ-ニアは僕の興.

(7) 7. アメ1)カ合衆国における農業地域の変貌. 味を非常にそそっている.というのは,資本主義的集中による変革が,そこ縁ど恥しらず (『マルクスニュソゲ な形で-それ托ど急速に-おこなわれたところはないからだo」 p. 395)。以下でほ,カリフォルニアに焦点をあて ルス全集第34巻』,大月書店1974年, て,その農業地域の変貌について検討してみたい。 Ⅳ. カリフォル=アの農業と農業地域. Ⅳ-1カリフォル=ア農業の発展過程 カリフォルニアの開発は,フロンティアの西端部という地理的位置を反映して,短期間. に急速に行われてきたが,農業の発展はスペイン・メキシコ時代,ゴールドラッシュ期 (1850-1870年),商業的小麦農業と果樹野菜園芸農業の発展期(1870-1910年),農業の 工業化の時代(1910-1945年),アグリビジネスの進展期(1945年以降)の5つの時期に 大きく区分できよう(Jelinek 1979)。合衆国を代表する農業地域としカリフォルニアが重 要性をもつようになるのほ最近一世紀程度のことである。 恵まれた自然環境のもとで狩猟採集生活を送っていた先住アメリカ人の世界に最初に農. 業を導入したのは, 18世紀後半からキリスト教の布教を目的として定着したスペイン人宣 教師たちであったo海岸部に沿って建設されたミッショソでは自給的農業が行われ,さら にメキシコ時代になると,ランチョと呼ばれた広大な賦与地でイベリア的な粗放的牧畜業 が経済の中心となった。. 本格的な農業の始まりはアメリカ時代に入ってからのことであり,ゴールドラッシュを 契機として人口が著しく増加し,移住者によって新しい農業が展開しはじめた。ただし, ゴールドラッシュ期には,メキシコ時代の大規模な土地所有権が認められたこと,さらに 土地の独占的所有が進行したことにより,西部のフロンティア地域の伝統に反して,小規 模家族農場を主体とした開拓は阻害されることになった。こうした土地所有制は,その後 のカ1)フォルニアの農村地域を特徴づける特異性の一因となるo. 1870年頃から,カリフォルニアの農業は急速な展開をみせた。その最大の要因ほ1869 年の大陸横断鉄道の開通であり,これによってそれまで地理的に孤立していたカ7)フォル. ニアにとって,東部大消費市場-の近接性が増した。農業発展が促進されることに伴い, カリフォルニアは牧畜経済から農業経済-移行しはじめた。この時期には,セントラルバ レーを中心としてヨーロッパ市場向けの機械化の進んだ商業的小麦農業が繁栄し,カリフ ォルニア州が全米でも有数の生産高を誇った時代もあった。これと同時に果樹や野菜の栽 培も始まり,土地の分割に伴って19世紀末期から農業の集約化・多様化が進行した(矢 ケ崎1990)o. こうした発展を助長する要因として,港故事業の進展,中国人や日本人など. の安価な季節移動労働力の存在,合理的な出荷を目的とした協同組合の発達,冷蔵設備を はじめとする輸送施設の改善などがあげられる。こうして,. 1910年頃までに今日のカリフ. ォルニア農業の基本形態が生まれた。 今世紀に入って小麦農業ほ裏返したが,前期でみた諸要因が強化された結果,集約的な 園芸農業がさらに発達した.セントラルバレーでは大規模水利事業が進行し,また各地に.

(8) 矢. 8. ケ. 崎. 典. 隆. 濯概地区が組織されて潅瀧農業が進展した.一方,農産物加工業の発達も目覚ましかっ た.地域による農業生産の季節性はますます明瞭となったが,そうした季節的な労働力需 要に対してメキシコ人,フィリピソ人,そして1930年代にほダストボウラーが安価な移 動労働力を提供した。さらに農業の垂直的ならびに水平的統合が進行し,その結果,小規 模家族農場による「生活様式としての農業」はビジネス農業-と変化しはじめ,農業経営 体の両極分解が急速に進行し,大規模経営の重要性が増加した.農村地域はマックウィリ 1935). アムズのいう「畑の中の工場」へと姿を変えていったわけである(McWilliams 第二次世界大戦後,農業の工業化はますます進行した。農産物需要の拡大,農業労働力 の減少,機械化をはじめとする生産技術の向上,マーケッティングの合理化,水利事業の 進展といった要因は,戦前においても農業の工業化を促進する要因であったが,それらは 戦後の農業の変化を加速化することになった.こうして農業の生産性が向上するとともに, セントラルバレーや南部の砂漠地域で農地が拡大した.こうした農業を支えているのほ多 くのメキシコ人労働者たちである. Ⅳ-2. カリフォル=7農業の特異性. 短期間にダイナミックに発達したカリフォルニア農業はさまざまな特異性を有している (scheuring. 1983)。太陽に恵まれた温暖なカリフォルニアでは無霜期間が年間240日を. 上回る地域がかなりの部分を占めており,特に南カリフォルニアやサクラメソト・サンホ. ァキンデルタでは300日を越えているo一方,夏季の乾燥と水不足は港掛こよって克服さ (1982年)におよび,作物収穫面積の れてきた。絵島地面積に占める濯概地面横は26% 実に97%が潅概を受けていることになるが,これは合衆国全体の数値(それぞれ5%・ 15%)と著しい対照をなす。また,東部大市場から遠隔であるという地理的孤立性のゆえ に,国内および外国市場向けの農業生産や農産物加工業が早くから発達した.これは農産 物の多様性を生み出サー困となると同時に,アグリビジネスの発達を促進することになっ た。. ヵリフォルニアの農業生産力は大きく,生産される農産物は極めて多様である。同州を 1985年. 一つの独立国とみなした場合,その農業生産は世界第7位に相当する姪どであるo における農業総生産額の全米順位によれば,カリフォルニアは合衆国全体の9・8%にあた る140億ドルを生産し, 2位以下の諸州を大きく引き離した。戦後間もない時期から,令 衆国における農業生産第1位の地位を守り続けてきたことになるo郡別農業収入の全米順 位(1980年)をみても,サンホアキソバレーのフレズノ郡を筆頭に, ヵ.)フォルニアの郡が占め, る。また,. 1位から9位までを. 20位までには14郡,さらに40位までには23郡が入ってい. 250種額にも達するといわれる農業生産物のなかで,全米順位で第1位を占め. る品目は50近くにのぼる.特に野菜・果物・堅果病の重要性が高く,合衆国総生産高の 約半分を占めているoさらに,スミスの報告は富裕な農場がカリフォルニアに集中してい ることを明らかにしている(Smith. 1980)0. このような高い生産力を支えているのはアグリビジネス的な工業化の進んだ農業であ ラ,少数の農業従事者によって,限られた農地で極めて集約的な農業が展開されているo.

(9) アメ1)カ合衆国紅お梓る農業地域の変貌 第1表 規. 模. アメリカ合衆国の農場規模(1982年). アメリカ合衆国. (エーカー). 農場数. 9. (%). カリフォルニア州. 面積比率(%). 農場数. (%). 10未満. 187,665. (8.4). 0 1. 22,951. (27.8). 0 3. 10-50. 449,252. (20.0). 1. 3. 28,203. (34.2). 2. 1. 50-100. 711,652. (31.8). (古. 0. 14,873. (18.0). 4. 6. 526,510. (23.5). 17. 0. 7,636. (9.3). 7 2. 1 80-500. 500-1,. 000. 203,925. (9.1). 15. 1. 3,635. (4.4). 1, 000-2,. 000. 97,395. (4.3). 14. 2. 2,435. 64,577. (2.9). 44. 3. 2,730. (100.0). 100.0. 2,. 000以上. 合 US. 両種比率(%). 計. Bureau. 2,240,976 of the. Census. : Census. of. 82,463. 8. 0. (3.0). 10. 5. (3.3). 67 3. (100.¢. 1 00 0. Agriculture軒こよる.. 1986年の農業統計によれば,カリフォルニアの農場数は7.9万,総農地面積は3,300万エ ーカーで,これはそれぞれ合衆国全体の3.6%,. 3.3%にあたったo. 418エーカーという. 平均経営規模は,合衆国平均を30エーカーも下回っていた.一方, 1982年の農業人口ほ 17.6万で,これは州人口の0.75%を占めるに過ぎなかった。. 経営規模と経営形態にも特徴がみられる。第1表に示されるように,総農場数の28% が10エーカー未満の経営体であり,これらほ面積では0.3%を占めるのみである。全体 の62%が50エーカー未満の小規模農場であり,合衆国の平均である28%を大きく上回 っている。一方,数のうえでは6%あまりを占めるに過ぎない1,000エーカー以上の経営. 体は面積では78%を占有しており,こうした大規模農場の面積率も全国平均を上回って いる。このように,カリフォルニアでは大規模経営体と小規模経営体への分極化億向が著 しい。経営形態別にみると,個人・家族経営は79%,共同経営ほ14%,法人経営は6% となっており,合衆国全体の平均(それぞれ87%, lo劣, 3%)と比較して法人経営の 比率が高い。農地面積では個人・家族経営49%,共同経営25%,法人経営22%であり, 法人組織の強い影響力を理解することができる.ただし,法人組織の83%が家族法人で あった。. 今日のアメリカ農業は農産物輸出の停滞,高金利,農地価格の低下,高い生産コスト, 生産過剰といった諸問題を抱えている。しかし,以上のような特異性に基づいたカリフォ. ルニア農業は,そのバイタリティとバラエティの故にこうした諸問題に対して強い抵抗力 を有している。 Ⅳ-3 農業の地域分化 カリフォルニアの農業地域は,第3図に示されるように,サクラメソトバレー地域,サ. ンホアキソバレー地域,北部沿岸地域,中部沿岸地域,南部沿岸地域,砂漠地域に大きく 区分され,主要作物に着日すると8つの農業類型が認められる(Gregor 1974)。それぞれ の農業地域ほ自然環境によってさらに小さな地域から構成されており,ローカルな気候・.

(10) 矢. 10. 第3図. ケ. 崎. 典. 隆. カリフォルニアの農業地域 (1974 : 12)による.. Gregor. 地形・土壌条件に適合した作物の専門分化が著しいo. また,第4囲からも明らかなよう. に,同じ作物でも地域によって収穫時期が異なるため,州全体としての収穫期問ほ長く, 従って労働者が収穫地を求めて季節的に移動するという現象が生じてきた。ブランチバン キソグを成功させて急速な成長を遂げたバンクオブアメリカは,このようなカリフォルニ.

(11) ll. アメ1)カ合衆国における農業地域の変貌. 地域. 地域 Il213]4f5I6川819[tOい小2. 作物 サクランポ. 北 戟 港. 木イチゴ インゲンマメ. 域. サクランポ _-. .-. ドゥ. ニンジン. 部. アプリコット. ■■■_. -ト一ート`. アスパラガス. 牧草. ク. アプリコット プラム. 治 ′. 岸 -. 地 -___I. モモ. 域. E=. トマト. ___■-■L_-」■. _,A J-_. ドゥ クルミ. E= -. E=. カリフラワー. テンサイ. E=. テンサイ. 栄. _■-一_I. ジャガイモ. セ一口リ. _._--. クルミ. アボガド. _」_-■■■ I. I-...1.. アスパラガス. 西…羊ナシ. 南. E=. 治. 牧草 ストロベリー ジャガイモ. ホ. サクランポ. ア. タマネギ 穀物. レモン レタス. 書β 野菜. E=. バレンシア オレンジ. -I. _∫-. EZEZ. ストE)ベリー インゲンマメ ′ヾレンシア オレンジ. 岸. タマネギ. 也. アプリコット. 域. ワイン用プ. トマト -.-■■■_. ジャガイモ トウガラシ -■■■_-. ドゥ. 一J■ー. プラム. ネーブルオ. E=. レンジ クルミ. モモ. ン. .」ー. プルーン. ワイン用プ. _■-.■.-I. オリーブ. 辛. _ー 」-. ニンニク. リンゴ. 一■■_. ′ヾ プル-ン レ アーモンド. ン. _..」-. アーモンド. -ー. トマト. サ. キュウリ. メキヤJくツ. 一■■■ー■■■■. 西洋ナシ ト ホップ. 域. A. 西洋ナシ. _」-. ン. 也. E=. 本イチゴ. インゲンマメ. Eコ■■ヨ. I. ■■ー. セロリ. __-Jー-■--. サ. メ. 中. JL. クルミ. ラ. レタス. __-」-. 西洋ナシ プルーン ワイン用プ. 也. -I2I3I4L5I6川8[9lー0「市2. ストロベリー. _-. リンゴ. 岸. 作物 野菜. JーL. ..,.JIL. トマト. --..+-. E=. アプリコット ′ヾ. メロン. ・トマト. 牧.辛. _J-. アスパラガス. ブドウ レ. イチジク. ルーツ. タマネギ. テンサイ. I. ア-モンF. __.■■ー■■_. E:::ヨ. マメ. 地. 地. オリーブ ネーブルオ. 域. レンジ. トウモロコシ メロン■. 綿花. ー. テンサイ ニンニク. A. サツマイモ. 域. 砂 漢. A. クルミ. _...」-. グレープ7. _.■■ー. _」ー IA A. 敷物 ブドウ 綿花 ナツメヤシ レタス. 野菜. ピーク. \. -ヽヽ■ヽ. FウⅢ. 収. 穫. _′■ン/. 期. キャベツ. 第4図. カ1)フォルニアにおける農作物の収容期 (1976 : 81)による.. Durrenberger. __-.

(12) 12. 矢. ケ. 崎. 典. 隆. ア農業の季節性を有効に利用したわけであったo. カ1)フォルニア農業の中心をなすのは,州中央部をほぼ南北にのびるセントラルバレー である。この平野は北からサクラメソトバレー,デルタ,サンホアキソバレーによって構 成されており,州の農用地面積の約半分,作物栽培面積の3分の2,濯概面積の4分の3 を有している.バレー中央部に位置しサクラメソト川とサンホアキン川が合淀するデルタ 地域は,肥沃な土壌と温暖な気侯に恵まれた豊かな農業地域として知られる。中国人や日 本人も参加した干拓事業によって農地が形成され(矢ケ崎1985),洪水や排水の問題と戦 いながらも野菜等の集約的生産が行われている.サクラメソり([およびその支流の洗域で あるサクラメソトバレーは,他の農業地域と比較して冬季は比較的冷涼であるが,降水量 が多いため,カリフォルニアでは最も水資源に恵まれた農業地域である。排水が良好で土 壌の肥沃な地域でほ多種類の果物や堅果類が栽培されている。穀物栽培も盛んで,濯概用 水に恵まれた地域では大規模な稲作農業がみられる.また,トマト,豆,トウモロコシ, テンサイ,アルファルファを始めとする多様な農業が特徴的であり,山麓部では牛や羊の 季節的放牧が行われる。. サンホアキソバレーは最も広大で■生産性の高い農業地域であり,州の作付面積の約半分 を有する。乾燥の著しい気候のため無濯概では農業が困難であり,農用地面積の44%が 潅耽を受けている。農場の平均経営規模ほ州平均を下回るにもかかわらず,農場あたりの 平均農産物生産額は州平均の1.3倍に達する.農業生産は極めて多様性に富むが,なかで も落葉性果樹・堅果額,ブドウ,柑橘類,綿花,アルファルファ,野菜等の栽培や,酪 農,肉牛や羊の牧畜が盛んである(第4図).地域的にみると,サンホアキソ川沿いの地 域とバレー東側の地域では,河川水を潅概用に利用できたため早くから農業が発達し,小 規模農場で果樹,堅果額,ブドウなどが集約的に生産されてきた。一方,バレー西側の地. 域の開発は比較的新しく,州水利事業によって潅概用水が供給されるようになってから農 業的利用が進んだ。この地区の経営規模は大きく,綿花やアルファルファのほか,堅果 塀,落葉果樹,野菜などが盛んに栽培されるようになった。 沿岸部には肥沃な土壌と海洋性の温和な気験に恵まれた平野が点在している。北部沿岸 地域には,合衆国を代表するワイン生産地域として有名なナパパレ-やソノマバレーがあ るほか,酪農や牧畜,穀物栽培も行われている.中部沿岸地域でほ,サ1)ナスバレーやサ. ンタマリアバレーが野菜生産地域として知られる。南部沿岸地域では,南カリフォルニア の温暖な気侯のもとで野菜,花井,レモン,アボカドなどの多様な集約的園芸農業が特徴 的であり,カ1)フォルニアの農業地域のなかでは収穫期間が最も長い.ただし,かつて生 産性の高い農業地域として知られたサンフランシスコ湾岸地域(特にサンタクララバレー) やロサンゼルス周辺地域でほ,第二次世界大戦後,都市化や工業化の影響を受けて農業は 衰退してきた。. 南カリフォルニア内陸の砂漠地域は,大規模水利事業の進展と港親水路の建設によって 初めて農業が可能となった地域であるo. インペリアルバレーやコーチェラバレ-は砂漠に. 出現した代表的な農業地域である。この現代的な巨大オアシスは,ナツメヤシ,柑橘類,.

(13) 13. アメ1)カ合衆国における農業地域の変貌. 綿花,穀物,アルファルファ等を盛んに栽培しており,冬季における重要な野菜供給地帯 として知られる。 7グリビジネスの諸相. Ⅳ-4. カリフォルニアにおけるアグリビジネスの全体像を正確に把握することは難しい。これ. 紘,その土地所有関係や経営形態が複雑であり,統計資料によって解釈しうるのはその一 部分に過ぎないからであり,しかも状況が常に変化しているためである(Parsons. 1977)0. ここでは,断片的ではあるが,カリフォルニアにおけるアグリビジネスの諸相について触 れてみたい。. 第二次世界大戦後,アグリビジネス化の傾向はますます強められたが,その一つの重要 な側面として,非農業部門に属する企業が農業へ進出したことがあげられる。特に,農産 物市況の好況と優遇税制に刺激されて,. 1960年代から1970年代には,テネコ社(Tenneco) Chemical)などの化学関係企業,ボーイソ などの石油関連企業,ダウケミカル社(Dow グ社(Boeing Aircraft)などの航空機製造企業,保険会社をはじめとして,それまで農業 とは無関係であった企業が農業および農業関連産業の経営を始めた。さらに,この時期に は個人投資家の農業-の投資も拡大することになる。 アグリビジネスによる農業の展開が最も顕著な形で進行した事例の一つとして,サンホ アキソバレー南部地域があげられようo乾燥が激しく濃概用水へのアクセスが悪いと同時 に交通条件にも恵まれないため,この地域は集約的農業の発展からは長い間取り残されて Pacific Railroad)は広大な鉄道賦与地を保有する一 いた。南太平洋鉄道会社(Southern 方,石油の採掘と粗放的牧畜が主な経済活動であったが, 1960年代にカリフォルニア水路. ここには大土地 の建設を契機として,最も新しい集約的農業地域として発展を経験するo 所有形態が最も顕著な形で存在しており,州最大の土地所有者であり州各地に200万エー カ-以上を所有するといわれる南太平洋鉄道がこの地域でも71万エーカーを所有する最 大の地主であり,スタンダードオイル社(Standard. Oil. Company. of. California),そし. てテネコ社がそれに次ぐ土地所有者である(Steiner 1982)。これらのはか,地元資本の大 規模農場に加えて,デルキンテ社(Del Monte),ガロ社(Gallo),セイフウエイストア -ズ社(SafewayStores)をはじめとして,さまざまなアグリビジネスが進出することに より農業の新しい展開がみられた。 テキサスのヒューストンに本拠を置いたテネコ社ほ,本来天然ガス関係の企業であった が,農業へ莫大な投資を行ったことで知られる. ty. Land. して,. Coun・. 1967年にカーン郡土地会社(Kern. Company)を買収することによって,ベイカーズフィールド市の西郊を中心と. 13万エーカーの農地を所有するようになった。また,農業機械製造会社のケース社. (∫.Ⅰ. Case),箱製造で知られたアメリカ梱包会社(Packaging. Corporation. of. Amer-. ica),そして1970年には農産物加工会社(Heggblade-Marguleas-Tenneco)を所有する ようになり,ベイカーズフィールドは農産物加工の拠点となった.このようにして垂直的 統合が進められた一方,取り扱い農産物の80%を近隣の生産者との契約栽培により集荷 し,こうして農産物価格の変動に対する柔軟な対応とリスクの軽減がほかられた。農業不.

(14) 矢. 14. ケ. 崎. 典. 隆. 況の進行に伴い農業部門ほ縮小したが,テネコほ依然としてアグリビジネス,石油,不動. 産部門を有する多角企業として知られている(Dorel. 1975;. Steiner. 1982)0. 都市化の著しいカリフォルニアでは不動産事業ほ利益率の高い経営部門であり,大規模 な土地を所有するアグリビジネスの多くはこの事業にも進出している。先述のテネコ社は ベイカーズフィールドの近くに大規模な住宅団地を造成したし, ルアンドクック社(Castle ンチ(Sea. &. -ワイ系資本のキャッス Cook)は,サンフランシスコの北の沿岸部に有名なシーラ. Ranch)開発を行った.また,オレンジ郡に大規模な土地を所有するアーヴァ. イン社(Irvine Company)紘,商業および工業団地を含んだ大規模な開発事業で知られ る.大都市の近郊では農地ほ高い投機的ポテンシャルを有しており,利潤を追求するアグ リビジネス軒ことってほ農業に固執する必然性は小さいわけである(Parsons. 1977)o. 作物別にみた場合,大規模な企業的経営の例としてレタスがあげられる.カリフォルニ 19. アは「サラダボール」として知られる合衆国を代表するレタス生産地域であり(Dorel 78), 1985年の栽培面積は14.6万エーカー,生産高は2,146トン(合衆国全体の68%) におよんだ。カリフォルニアのレタスは国内で消費されるばかりでなく,カナダや西ヨー ロッパにも輸出されている。多様なカリフォルニアの環境を利用し,また品種改良によっ て,年間を通して広い地域でレタスは栽培されている。中心的生産地域であるサリナスバ. レーの栽培期間は4月上旬から11月上旬までであり,一方11月上旬から3月中旬まで 紘,メキシコ国境に接するインペリアルバレーに生産の中心が移動する(第4図).こう した二大生産地域は互いに補完性を有している。 レタス栽培には大規模アグリビジネスが大きく関与している。たとえば,ユナイテッド. プランズ社の子会社であるインター--ベスト社(Inter. Harvest. lnc.)紘,サリナスバ. レー,インペリアルバレー,フレズノ郡,そしてアリゾナ州といった広域な農業地域で営 業している。ダウケミカル社の子会社であったサリナスのバッドアントル社(Bud lnc. of Salinas)紘,. Antle. 1978年にキャッスルアンドクック社によって買収されたが,拠点で. あるサリナスバレーのはか′インペリアルバレーでも経営を行う。これらの企業は生産者と. 栽培契約を結び,種子や肥料を供給するばかりでなく,厳密にたてられた農作業カレンダ ーに従って栽培を管理する。収穫時にほ自社の移動労働者チームと近代的な機械を送り込 2人が収穫 んで収穫と箱詰め作業を行う。労働者はトリオと呼ばれる3人が一組となり, して他の1人が箱詰め作業を行い,一箱に24個箱詰めされたレタスは冷蔵装置で冷却処 理され出荷を待つo. 1972年には,インター--ベスト社とバッドアントル社ほ合衆国のレ. タス出荷量の50%以上を占めたという(FitzSimmons 1986).レタスは投機性の強い作 「録の金」を求めて新しい投資家の参入も目立っている。. 物であり,. レタスに代表されるような野菜生産と比較すると,果樹栽培へのアグリビジネスの進出. は伝統的には限られていた。しかし,近年の労働力問題の深刻化に伴い,機械化に適する とともに野菜類に比べて保存性の良い樹木作物に大手資本が流入してきており,特に堅異 類やワイン生産-の投資の拡大が目立つようになったo. しかし,果樹園芸農業の発達にお. いて中心的役割を果してきたのは小規模な生産者である。もっとも,彼らにしても,早く.

(15) 15. アメリカ合衆国における農業地域の変貌 から組合を組織して合理的で効率の良い生産・出荷体系を作り上げており,そうした形態. は工業化・アグ1)ビジネス化した企業農業に充分匹敵しうるものである。その代表的な辛 例として,オレンジの栽培と生産者について触れてみたい。 カリフォルニアはフロリダに次ぐオレンジ生産地域であり,. 1987年には収穫面積7万. ba,総生産量199万トン,生産額6億8,500万ドルに達した。フロリダのオレンジが主と して加工用であるのに対して,カ1)フォルニアでは生食用オレンジの生産が中心となって おり,生産量のほぼ4分の1が輸出される。. カリフォルニアにオレンジを最初に導入したのほスペイン植 民地時代の宣教師たちであ ったが,商業的なオレンジ栽培の発達は,大陸横断鉄道の開通により長距離輸送が可能と なり,南カリフォルニアのリバ-サイドコロニーにワシソトソネーブルが導入された後,. すなわち1880年代以降のことである。. 1880年代から1940年代まで,ロサンジェルス郡. とオレンジ郡を中心としてオレンジ農業は順調に発達し,南カリフォルニアは州総生産量. の8-9割を産出した。しかし,第二次大戦後,拡大するロサンゼルス大都市域はつぎつ 1940年代中 ぎにオレンジ園を蚕食していった。この伝統的生産地域における衰退により, 質からの10年間に州の柑橘面積ほ3割減少した一方,. 1950年代中頃からサンホアキンバ. レー南部と中部で栽培面積が急速に増加したo オレンジ産地はこうして南部沿岸地域から サンホアキソバレーへと移動し,今日のオレンジベルトが形成されたわけである. オレンジ生産にほ季節性がみられるが,冬に収穫されるネーブルと夏に収穫されるバレ. ンシアとが組み合わされ,年間を通して収穫・出荷が可能である。・生食用であるネーブル 12月中旬には南カリフ の収穫ほ, 11月上旬に中部および北部カリフォルニアで始まり, これらのネーブル ォルニアのリバーサイド・サンバナディノ両郡のバレー地域で始まるo の収穫は6月まで続く。南部沿芹地域や砂漠地域ではネーブルの重要性は低い。一方バレ. ンシアは生食および加工用であり,栽培地域はより広域である。収穫期問は,砂漠地域で は2月-6月,カリフォルニア中部では4月-8月,南カリフォルニアの沿岸部およびリ バーサイド郡とサンバナディノ郡のバレー地域でほ4月-11月である。 カ1)フォルニアのオレンジ農家ほ約7,500戸といわれ,その平均経営規模は33エーカ ーである。経営の中心はこうした小規模な家族農場であるが,早くから生産者組合を組織 して合理的な出荷を行ってきた。カリフォルニア・オレンジの代名詞でもあるサンキスト. もそうした組合の一つであり,結成ほ1890年代初頭のことである.本部はロサンゼルス 近郊のシャーマンオウクスに置かれており,カリフォルニアの柑橘類生産者の3分の2に あたる約5,000の生産者がその傘下にある.収穫作業はサンキストから派遣された労働者 集団によって行われ,単位組合で選果・荷造・出荷が行われる。こうした単位組合は地区. 連合体を構成し,それらが集まって販売代理機関としてのサンキストグローア-ズ(San・ kist. Growers)が組織されている(全国農協中央会1986)o. Steiner. の調査によれば,サ. ンキストは州北部のシャスタ,シスキョウ,ラッセソの各部に広大な土地を所有してお り,こうした生産者組合に起源をもつ経営体においても事業の多角化が進んでいることを うかがうことができる。.

(16) 16. 矢. 崎. ケ. 典. 結. Ⅴ. 隆. 語. マックウィリアムズはカリフォルニアを「偉大なる例外」として分析したが(McWil・ 1949),その農業の諸特徴を検討してみると,カリフォルニアは農業に関しても例. 1iams. 外的存在であるといえるo. しかし,本稿で検討した農業の工業化・アグリビジネス化とい う観点からみた場合,アメリカ農業も全体としてほ同様な方向に進んでいるのは明らかで あり,カリフォルニア農業の特異性はアメリカ農業の共通的特徴になりつつある。 「アメ リカ人がなりつつあるものに,カリフォルニアの人間は既になっている」という表現がよ. く使われるように,カリフォルニアはさまざまな分野においてアメリカの他の地域よりも ー歩進んでおり,アメリカ合衆国の将来の姿がカリフォルニアに映し出されているとされ てきた(我妻1985)o農業に関しても,カリフォルニアはアメリカ農業全体が将来あるべ き姿を示唆していると考えられる。こうしてみると,カリフォルニア農業の分析を通じ て,アメリカ農業全体の現在,そして未来の姿を理解することも可能となろう.カ1)フォ ルニア農業を研究することほ,それが有する特異性と潜在的共通性を解明するという二重 の意義を有するわけである。そうした検討の枠組として,農業の工業化とアグリビジネス は重要である。 文. 献. アメリカ合衆国農務省(1983) : 『アメリカの家族経営-その実態と苦悩』楽洋書房165p. 186p. M.クラウソン(1981) :『アメリカの土地制度』大明堂, 全国農業協同組合中央会編(1984) : 『アメ1)カ農業』筑波書房, 441p. 全国農協中央会霜(1986) : 『アメリカ農業の政治力:農業団体の素顔』富民協会, 247p. 手塚 其(1988) : 『米国農業政策形成の周辺』御茶の水書房, 254p. 服部信司(1986) : 『現代のアメリカ農業: 1970-1980年代の農民層分解の構造』御茶の水書房,. 471. p・. R./ミ-バック・P.フ1)ン(1987). :『アグ7)ビジネス:アメリカの食糧戦略と多国籍企業』大月書店,. 249p.. 486p. E.ヒグピー(1961) :『アメリカの農業:地理・資源・保全』農林水産業生産性向上会議, 214p. プリユースタ-他編(1987) :『転換に立つアメリカの農業構造』大明堂, 9,ト19. 矢ケ崎典隆(1985) :カリフォルニア・デルタの開発とアジア系移民.人文地理学研究 矢ケ崎典隆(1990) :カリフォルニア農業の形成期におけるブドウとワイン. G.H.カキウチ先生退 官記念会霜『アメリカ・カナダの自然と社会』大明堂, 188-206. 我妻 洋(1985):カリフォルニアの文化.猿谷・我妻霜『カリフォルニア・リポート』有斐閣, -162. DoreI, G. corporate. Dorel, gie. G.. G. cas. : La. (1978) (1980). TravauE. : La. de. du. p占n6tration. farming.. desfirmes. Dorel, 1e. (1975). laitue. de aux. Annales. Travaux. agricole.. Geographic. complimentariti de G6ographie de. stratるgiesmondialistes. de la production. dams. capitalisme. l'Znstitut de. Etats-Unis,. l'agri-business.. : Les. grand. de. l'agriculture. de. Reims des. 480,. des. 2ト22,. espaces. Etats-Unis,. 121. 1e. 47-72.. productifs. et. strati・. 1291151.. Lrmes etatsuniennes, grandes agro-industrielles 43144, l'Znstitut de Giographie de Reims 27-. 58. Durrenberger,'R.. W.. ed.. (1976). :. California:. patterns. on. the. land.. Palo. Alto. : Mayfield. Pub・.

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参照

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