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学位論 文審査の要旨 主査

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Academic year: 2021

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博 士 ( 文 学 ) 鈴 木 建 治

学 位 論 文 題 名

北ユーラシアにおける旧石器時代の住居構造論的研究 学位論文内容の要旨

  旧石器時代に住居が存在することを最初に考古学的に提示したのは、ソヴィエト・口シ ア考古学であった。1930年代以降のソヴィエト・口シア考古学から発信された旧石器時代 研究の住居・集落論研究は、社会組織や経済活動の復元という新たな研究領域を開拓し、

その後の1940年代のフランスやチェコにおける旧石器時代の住居論研究に影響を与えた。

またG.チャイルドが自ら語っているように、彼の社会考古学の構想にも理論的に深く影響 を与えていることは周知の通りである。さらに戦後期の日本考古学における旧石器時代の 住居・集落論の展開においてもソヴィエト・ロシア考古学の成果を下敷きに多くの議論が 展開されてきたのである。

  本論文では、ソヴィエト旧石器研究の理論的枠組みを学史的に検討するという資料批判 論的研究を展開した第一部と、先行研究の批判的検討を基盤に新たな資料操作の方法論を 提示す る実証的 研究を 展開した第2部とに分かれる。第一部では、主にこれまで世界各地 の旧石器時代の住居・集落論研究や後の空間分布論研究に強い影響を与えたと評価されて きたソヴィエト旧石器考古学の住居・集落論が当時の社会的・政治的背景との関係から批 判的に 検討され ている 。また第2部では、人間活動の検討の際に必要不可欠な考古学資料 の一次情報としての客観性について、自らの詳細な復元研究によって操作概念が提示され、

今後の空間論研究の新たな可能性が示めされている。

  ここで提示される課題とは、一っは実体として確認される物質資料である考古学資料が、

考古学者の想定するほど客観的な資料ではなく、考古学者の帰属する社会や集団の規範を 反映したものであり、その評価には研究者をとりまく時代性を考慮する必要が述べられて いる。さらにニつ目の課題としては、住居という人間と自然環境との相互作用を象徴する 生活・活動痕跡の考古学的評価の意義が示されている。

  第1章は、1920年代から1930年代の ソヴィエ トにお けるマル クス・ レーニン 主義と考 古学との関係についての検討が行われている。ポストソヴィエト期研究の流れの一環に位 置づけられる学史研究を代表するワシリェフとフォルモーゾフの研究を基礎としての考察 であるが、1930年代の研究を牽引したべテルプルク学派からの視点と、モスクワ学派から の批判的視点という異なる学史研究を比較検討した点では評価できる一方で、検証された     ―45―

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内容 は 、 先行 研 究 の 枠の 中 に とど まって おり、 やや迫カ に欠ける 結果と なってい る。

  第2章では、 ソヴィエ ト旧石 器研究を 牽引した国立アカデミー物質文化史研究所の研究 視点の 変遷を批 判的に検 討して いる。物 質文化 史研究所 は、ま さに1920年代から1950年 代にか けてソヴ ィエト旧石器考古学の理論研究を主導した研究機関であり、その理論的研 究を具体的に検討するとしゝう試みは、これまでなされたことがなく、先駆的な試みである。

とりわ け本論文 で一次資料として取り上げられた『国立アカデミー物質文化史研究所報告

( crAHMK冫』は、 わが国 の大学研 究機関 には完本として所蔵されておらず、この詳細な 検討は 、はじめ ての試みである。編集部見解の変遷を時系列に検討していった手法とその 資料的価値は、高く評価することができる。

  第3章は、ソ ヴィエト 旧石器 考古学に おける住居・集落論研究に焦点をあて、住居構造 の認定過程についての検討をおこなっている。P.P.エフイメンコによる『原始社会』におけ るコス チョンキI遺跡 におけ る大型住 居の評 価、そし て初版(1934年)から第2版(1938 年)、第3版(1954年)における定住的な母権制に基づく氏族社会の成立時期の評価の変化を 指摘している。またエフィメンコに続き研究を牽引したA.N.口ガチェフによるコスチョン キN遺 跡ほか での社会 経済論 的研究の 特色とエフィメンコの導いた原始社会像との比較が 試みら れている 。加えて住居構造を議論の変遷を学史的に追うとともに、1960年代以降の 動向をグリゴーリエフ、ベ1丿ヤーエヴァ、メドヴェージェフ、ワシリエフ、アミルハーノ フらの 諸論を参 照しつつ論点を整理している。ここでは、1980年代以降の西側考古学とり わけ、 北米で展 開されたプ口セス考古学の民族考古学的研究成果の影響や、ポストソヴィ エト期以降の地質考古学的研究視点からの遺跡形成論的検討の流れが取り上げられており、

ソヴィ エト・口 シア考古学における住居構造論研究の変遷を理解することができ、学会に おいても今後注目される成果となるであろう。

  第4章では、 西シベリ アに位 置するカ ンチェ ギール1遺跡出 土資料をもとに具体的な調 査資料 を利用し 、遺跡空間のなかから居住痕跡を導きだすための方法点検討がおこなわれ ている。

  第5章と 第6章 において は、西 シベリア に位置 するウイH遺跡 出土資 料と検出 された 生 活面の調査記録を用いて、炉としゝう旧石器時代の人間活動の中心的施設の周囲に残される 考古資 料から道 具製作や道具使用という日常的な活動痕跡がどのように形成され、遺存さ れるの かが検討 される。自ら資料の個別観察と空間分布の確認そして生活活動の復元をお こなう過程が詳述される。

  第7章 で は 第5章 と 第6章 に お い て 提 示 され た 活 動復 元 の 痕跡 が 具 体的 に ど の よう なこ の 地 点を 占 有 し た集 団 や 個人 に よ って 形 成 され た の かを ウイH遺跡 の事例を もと に復元し、住居構造を同定するプ口セスが提示されている。

  第8章は 、これま での議論 と分析 を通じて 展開さ れてきた 旧石器 時代の住 居構造を 認

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定するための諸条件が提示される。また旧石器時代の住居構造のもつ特徴として「顕在 構造」と「潜在構造」とが存在することが示されている。

  

終章では、本論文の中で展開されてきた議論を異なる研究基盤と歴史的背景をもつ研 究者による考古資料の再評価の試みであることが述べられ、改めて考古資料が資料化さ れる過程と別の視点からの再評価との間に生じる歴史的評価の視点の差異の存在、その 要 因 と な る 研 究 者 個 人 の 社 会 性 や 政 治 性 の 存 在 が 指 摘 さ れ る 。

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学位論 文審査の要旨 主査

副査 副査

教授 教授 准教授

加藤 佐々木 谷本

学 位 論 文 題 名

博文      晃久

北 ユーラシ アにお ける旧石 器時代 の住居構 造論的研究

  本論 文に つい ての 審査 は、 提 出さ れた論文を審査委員がそれ ぞれ精読し、計5回の審 査 委員 会と 、申 請者 への 口述 審 査を 経て 実施 した 。

  本論 文は 、学 史研 究と して の 第1部と 実資 料の 分析 によ り 復元 研究である第2部によ っ て構 成さ れて いる 。第1部に おけ る議 論は、研究活動および研究者に集団が帰属する 社 会や とり まく時代性が与えた影響 を改めて評価し、考古資料の位置づけや歴史的評価 を 再検 討し ようとする近年の理論考 古学の議論の流れに位置づけられるものである。旧 ソ ヴィ エト 旧石器考古学は、その先 駆的な視座と調査手法の開発によってその後のフラ ン スに おけ る古 民族 学派 の空 間 分析 論や 北米 の生 態学 的視 座を もったプ口セス考古学 派 の民 族考 古学研究、さらに日本に おける旧石器時代の住居・集落論にも強い影響を与 え たこ とが 知ら れて いる 。

  本論 文で は、このような研究の背 景を旧社会主義国家としてのソ連邦の成立過程の中 で 旧石 器考 古学が担わされた社会的 ・政治的機能を指摘する中で、とくに当時を代表す る エフ ィメ ンコと□ガチェフの著作 における言説の時代的変化を辿り比較し、その資料 的 客観 性の 跪弱 さが 明ら かに さ れる 。ま た当 時の 研究 の中 心的 機関であった1930年代 の 国立 アカ デミ ー物 質文 化史 研 究所 紀要 を基 に一 次文 献を 読み 解く作業から当時の考 古 学と それ を取り巻く政治・社会環 境を明示した点は、これまでの研究には見られなか っ た独 自の ものであり、提示された 資料自体も希少であり今後の研究に大きく貢献する も のと して 評価できた。また第2部では、第1部で明らかにした問題点を自覚した上で、

こ れま で海 外の 研究 者に はア ク セス が困 難で あっ た口 シア 科学 アカデミー物質文化史 研 究所 所蔵 の出土資料を改めて観察 し、さらに石材判別法という日本考古学において蓄 積 され た手 法を導入し再分析するこ とで、旧石器時代の居住空間の活動の復元に成功し て いる 。

  一方 で課 題と して は、 具体 的 な資 料分 析を 展開 した 第2部 の資 料的位置づけが第1部     ―48―

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の学史的議論とどのように関わるのかという点での説明が不足しており、第1部と第

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部との論文と連続性を十分に示しきれていなかった。ただしこの点は、口述において申 請者より説明を受け、審査委員一同で確認をおこなった。またこの種の議論を展開する ために不可欠な個別の用語にっいての従来の定義と本論における定義との間の相違点 が 明 確 に 示 さ れ て い な い 部 分 が 目 に っ く が 、 今 後 の 課 題 と さ れ よ う 。

  

しかしながら、これらの点を考慮しても、これまで未公開の資料を駆使した学史的検 討実証的にすすめ、さらに新たに基礎資料を自ら操作分析することにより遺跡から住居 構造を認定する独自の基準を提起するなどの取り組みも見られるなど、本論文の当該領 域の研究への果たす貢献は、高いと判断することができる。

  

審査委員会は、提出された申請論文を慎重に審査し、また口述試問等を実施して、十 分に審議をかさねた結果、以上にのべたような本論文の評価に鑑み、全員一致して、鈴 木建治氏に博士(文学)の学位を授与することが妥当である、との結論に達した。

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参照

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