博士 (農学)小豆畑二美夫
学 位 論 文 題 名
イネ黒条萎縮ウイルスゲノムの構造解析
学位論文内容の要旨
植物レオウイルスは,Phytoreovirus属,Fijivirus属及び未分類(rice ragged stunt virus グループ)の三っのグループに分類されている。イネ黒条萎縮ウイルス(RBSDV)は,Fijiuirus 属に分類されており,ウンカによって主にイネ,ムギ類及びトウモ口コシなどのイネ科植物に伝 搬 されるウイルスであり,10本に分節した2本鎖(ds)RNAをゲノムとしている。本研究は,
RBSDVゲノムの構造及びゲ ノムのコードする蛋白質の 機能を解明する目的でcDNAラ イブラ リ ー を作 製し ,セ グメ ン ト1(Sl),S7,S8,Sl0, の制限酵素地図を作製し,更 にS7, S8,Sl0にっいては全塩基配列 を決定するとともに,S7のコ―ドする蛋白質を大腸菌体内に 於 いて発現させた。また,ゲノ ムdsRNAを直接解析することにより全セグメントの末端領域 の構造を決定し,他のReoviridae科のウイルスの構造と比較した。
1) RBSDVの純化法の改良
従来の純化法ではウイルス収量が低かったため,純化法の改良を行った。本研究により改良し た純化法では従来用いられていた方法に比べ,有機溶媒の四塩化炭素を使用せず,また操作手順 が簡略化されたため,純化に要する時間が短縮でき,ウイルス収量は従来の方法の4倍量に増加 した。また,従来トウモ口コシ標品より安定したポリメラーゼ活性が認められなかったが,本法 によってトウモロコシ標品からも高く安定なポリメラーゼ活性を得ることができ,ゲノムdsR‑
NA及び転写ssRNAを安定して得ることが初めて可能となった。
2)cDNAライブラリーの作製
cDNAク 口ー ニン グは ゲ ノムdsRNA及 び, 転写ssRNAを 鋳型 と する 方法 によ り行 った。
作 製したcDNAク口ーンは,ゲノムとのハイブリダイゼーションによルセグメント対応を決定 し た。その結果,全セグメントのcDNAク口一ンが作製でき,これらを用いて各セグメントを 特 異的に検出する方法を検討し た。プラスミドベクターpBR322のcDNA挿入部位を挟んだ塩
製が容易であり,作製したプローブはアルカリノーザンブ口ットハイブリダイゼーションによっ て,対応するゼグメントのみを特異的に検出した。
3) RBSDVゲノムの構造解析 @Slの制限酵素地図の作製
ゲノムとのハイブリダ イゼーションにより選抜し たS1のcDNAクローン(pRB12,pRB90, pRBC2)の制限酵素地図を作製した。3クローンはそれぞれ同様の制限酵素認識部位を持って お り,それらの部位で重複する ものと考えられた。これら3クローンのcDNA部位は約4000塩 基対であった。この値は電子顕微鏡による塩基数の測定,及びゲノムの分子量から測定された塩 基 数 より も大 きい こと よ り,cDNAはSlの ほぼ 全領 域を 占め て いる もの と推定 された。
◎Sl0,S8及びS7の全塩基配列の決定
それぞれのセグメン卜に対応したほぼ全長のcDNAク口ーンを用いて,ダイデオキシ法によ り 塩基配列を解析した。末端領 域の塩基配列はRNAの解析(プライマーシ―クエンンス法)
により決定し,3セグメントの全塩基配列を決定した。解析の結果,Sl0は1801塩基対から構成 され,558アミノ酸残基から構成される推定分子量63.2Kの蛋白質をコードし,S8は1927塩基 対から構成され,591アミノ酸残基から構成される推定分子量68. 1Kの蛋白質をコードしていた。
Sl0及びS8の決定した塩基配列 から得られたアミノ酸配列は,Phytoreovirus属のwound tu‑
mor virus (WTV)S6及 びSl0の アミ ノ酸 配 列と 各々 相同 性が 認 めら れた 。S7は ,2192塩 基 対から構成されており,それぞれ離れた領域に2っのORFが検出された。また,決定した塩 基 配 列はFijivirus属 のmaize rough dwarf virus(MRDV)S6の塩基配列と85% の相同性 が 認められ,ゲノム上のORFの 分布も同様で,コードするアミノ酸配列もORFlでは90.9%,
ORF2では85%相同であり,これ ら2っのゲノムのコードする蛋白質は同様の機能を持っこと が示唆された。
◎大腸菌体内に於けるS7 0RFの発現
S7のORF領 域 をそ れぞ れPCRに より 増 幅し た後 ,大 腸 菌発 現ベ クタ ーpKK223−3に 組 み 込み,大腸菌JM109株を形質 転換した。発現させた蛋白質 は10%SDS−PAGEによりそれら の 分子量を解析した。塩基配列から得られたアミノ酸配列からの推定分子量は,ORF1が41.1 K,ORF2が36. 2Kであっ たが,発現蛋白質の電気泳動 により算出された分子量は2っのORF とも約40Kであった。
@全セグメントの末端領域の構造解析
RBSDVゲノムの両末端塩基をPEIセルロースプレート展開 法により解析し,両末端領域の
塩 基 配 列 を2次 元 ゲ ル 電 気 泳 動 法 (Wandering Spot法 ) でRNAゲ ノ ム を 直 接 解 析 し た。 そ の 結 果 ,5 末 端 は 全 て の セ グ メ ン ト に 於 い て5 AAGUUUUU‑‑の8塩基 の 共 通 保 存配 列 が 存 在 し ,3 末 端 は… GUC3 の3塩基 の 共 通 保 存配 列 が 存 在 し た。 決 定 し たRBSDVの末 端 保 存 配 列 は , 同 じ 属 のMRDVS6,S7,S8に も 存 在 し て い た が , 他 ウ イ ル ス 属 の 末 端 配 列 と は 異なっ ていた 。
Fijivirus属 のウ イルス は,ウ イルス 粒子が 不安 定であ るため 純化が 困難 であり 研究が 遅れて きた。 本研究 では 純化法 の改良 により ,遺伝 子構 造解析 の研究 を進め るに 十分の ウイルス純化試 料 を 得 る こ と を 初 めて 可 能 に し た。 そ し て ,Fijivirus属 では 一 早 く 充 実 したcDNAラ イ ブ ラ リ ー を 作 製 し , 世 界 に 先 駆 け てRBSDV全10本 の ゲ ノ ム セ グ メ ン ト 中Sl0,S8,S7, の3 セグ メ ン ト の 全 塩基 配 列 を 決 定し た 。 解 析 の結 果 ,Sl0及 びS8の コー ドする 蛋白質 は,他 の属 に分類 される ウイ ルスの アミノ 酸配列 と相同 性が 存在す ること が明ら かと なり, これらは植物レ オウイ ルス共 通不 可欠の 蛋白質 である 可能性 が示唆され,さらに植物レオウイルス間の進化的類縁 関 係 を 明 ら か に す る 上 で も 興 味 深 い こ と で ある 。 ま た ,S7は 同 じ 属 に分 類 さ れ るMRDV−S6 の塩 基 配 列 と非 常に 相同性 が高く ,他の 属のウ イル スでは 例のな いゲノ ム上 の離れ た領域 に2っ のORFが 存 在 す る こ と を 明 ら か に し た 。 本 研 究 で は2っ のORFの蛋 白 質 を 大 腸菌 体 内 で 個 々 に発 現 さ せ た 。 この 結 果 は ,ORF特 異 的抗 血 清 の 作 製 が可 能で あるこ とを示 唆し ており ,今後 これ ら2っ のORFが 生 体 内で 発 現 し ている かど うかを 明かと する上 で重 要ナょ 研究成 果であ る。
ま た ,RBSDVゲ ノ ム の 末 端保 存 配 列 を 明ら か に し , この 末 端 構 造 は他 の 属 の 末 端 構造 と は 全 く異 な る も ので あり ,Fijivirus属特 有の構 造であ るこ とが示 唆され た。レ オウイ ルス ゲノム の 末端構 造は, ウイ ルス属 特異的 であル レオウ イル スの分 類学上 のーっ の重 要な基 準と成る可能性 を 示 し た 成 果 は 大 きい 。 以 上 の よう に 本 研 究 によ り 解 明 さ れた 結 果 は ,RBSDVの みな ら ず 今
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
木 村 生 越 喜 久 田 上 田
郁 夫 明 嘉 郎 一 郎
本 論 文 は 和 文6章 , 引 用 文献 を 含 め212頁 よ り な り, 他 に 参 考 論文3編 が 添 えら れ て い る 。 植 物 レ オ ウ イル ス はPhytoreovirus属 ,Fijivirus属 及 び 未 分類(rice ragged stunt virus な ど ) の3グ ル ー プ に 分 類 さ れ て い る 。 イネ 黒 条 萎 縮 ウ イル ス(RBSDV) はFijivirus属 に分 類さ れ,ウ ンカに よって イネ, ムギ 類及び 卜ウモ 口コシ など のイネ 科植物 に伝搬 され,10本の分 節 し た2本 鎖 (ds) RNAゲ ノ ム を 有 し , 直 径 約70nmの 球 形 粒 子 で あ る 。 本 研 究 はRBSDV ゲ ノム 構 造 及 び ゲ ノム が コ ー ド する 蛋 白 質 の 機能 を 解 明 す る目 的 で ,cDNAライブ ラリー を作 製 し , セ グ メ ン ト1(S 1),S7,S8,Sloの 制 限 酵 素 地 図 を 作 製 し て ,S7,S8,Sl0 に っい て は 全 塩 基 配列 を 決 定し ,さ らにS7が コード する 蛋白質 を大腸 菌体内 で発 現させ た。ま た , ゲ ノ ムdsRNAを 直 接解 析 し た 全 セ グメ ン ト の 末 端構 造 を 決 定 し,Reouiridae科 の 他 属 の ウイ ルスと の構造 と比較 した。
1) RBSDVの 純化法 の改良
従来 の純化 法では ウイ ルス収 量が低 かった ため, 純化 法の改 良を行 った。 本研究により改良し た純 化法は 従来用 いられ た方法 に比 べ,有 機溶媒 四塩化 炭素 を使用 せず, また操 作手順を簡略化 し たた め 純化に 要する 時間 が短縮 され, 純化ウ イル ス収量 は4倍量に 増加し た。ま た,従 来ト ウ モ口 コシよ りの純 化標品 に安定 した ポリメ ラーゼ 活性が 認め られな かった が,本 法によルトウモ ロ コ シ 標 品 か ら も , 安 定 し た 高 ポ リ メ ラ ー ゼ 活 性 が 得 ら れ , ゲ ノ ムdsRNA及び 転 写ssRNA を安 定して 得られ ,本ウ イルス の構 造解析 が初め て可能 にな った。
2) cDNAライブ ラリ ーの作 製
cDNAク ロ ー ニ ン グ は ゲ ノ ムdsRNA及 び 転 写ssRNAを 鋳 型 と す る 方 法 で 行 い , 作 製 し た cDNAク ロ ー ンは ゲ ノ ム と のハ イ プ リ ダ イゼ ー シ ョ ン によ ル セ グ メ ン ト対 応 を決定 した。 その 結果 ,全セ グメン 卜のcDNAクロー ンが作 製で きた。
cDNAク口 ー ン を 用 いて 各 セ グメン 卜を 特異的 に検出 する方 法は プラス ミドベ クターpBR322の cDNA挿 入 部位 を 挟 ん だ 塩 基配 列15マー を プ ラ イ マ ーと し , 反 応 基質 中 にd―32P [dCTP]を混
入 さ せ てPolymerase Chain Reaction(PCR)を 行 い プ 口 ー ブ を 作 製し た 。 本 法 は一 度 に 数 多くの 種類の プロー ブ作 製が容 易であ り,そ れら はアル カリノ ーザン ブ口ッ トハ イブリダイゼー ション によっ て,対 応す るセグ メン卜 を特異 的に 検出し た。
3) RBSDVゲノ ムの 構造解 析 ◎Slの 制限酵 素地図 の作製
ゲ ノ 厶dsRNAと ハ イ ブ リ ダ イ ゼ ー シ ョ ン に よ り 選 抜 し たSlの3cDNAク ロ ー ン の 制 限 酵 素 地 図 を 作 製 し た。3ク ロ ー ンは そ れ ぞ れ 制 限酵 素 認 識 部 位を も っ て お り, そ れ ら のcDNA部 位は約4000塩基 であっ て,こ の値 は電子 顕微鏡による塩基数の測定,及びゲノムの分子量から損lJ 定 さ れ た 塩 基 数 よ り も 大 き い こ と よ り , こ れら3 cDNAはSlの ほ ぼ 全 領 域を 占 め て い る と推 定され た。
◎Sl0,S8及 びS7の全 塩基 配列の 決定
そ れ ぞ れ のセ グ メ ン ト に対 応 し た ほ ぼ全 長 のcDNAを 用 い て ダイ デ オ キ シ 法に より 塩基配 列 を 解 析 し た 。 末 端領 域 の 塩 基 配 列はRNAを鋳 型 と し た プラ イ マ ー シ ー クエ ン ス 法 に より 決 定 し,3セ グ メ ント の 全 塩 基 配列 を 決 定 し た 。そ の 結 果 ,Sl0は1801塩基 対,558ア ミノ酸 残基か ら構 成 さ れ , 推定 分 子 量63. 2Kの蛋 白 質 を コ ー ドし ,S8は1927塩 基対,591ア ミノ酸 残基 から 構成 さ れ , 推 定分 子 量68. 1Kの 蛋白 質 を コ ー ド して い た 。Slo及びS8の決定 した 塩基配 列から 得 ら れ た ア ミ ノ 酸 配 列 はPhytoreovirus属 のwound tumor vlrus(WTV) のS6及 びSl0の アミ ノ 酸 配 列 と各 々 相 同 性 が 認め ら れた。S7は2192塩 基対か ら構 成され ており ,それ ぞれ離 れ た 領 域 に2っ のORFが 検 出 さ れ た 。 そ の塩 基 配 列 はFijiuirus属 のmaize rough dwarf virus
(MRDV) のS6の 塩 基 配 列 と85% の 相 同 性 が 認 め ら れ , ゲ ノ ム 上 のORFの 分 布 も 同 様 で , コ ー ド す る ア ミ ノ酸 配 列 もORFlで は90.9% ,ORF2で は85% 相 同 であ る こ と か ら ,こ れ ら の 蛋 白 質 が 類 似 の 機能 を 持 っ こ と が示 唆 さ れ た 。1ゲ ノ ム 上 の離 れ た 領 域 に2っ のORFが 存 在 す ること は他属 のウイ ルス では例 がない 。
◎ 大 腸 菌 体 内 に お け るS7のORFに よ り 増 幅 し た 後 , 大 腸 菌 発 現 ベ ク 夕 ―pKK223―3に 組み 込 み , 大 腸菌JM109株 を 形 質 転 換さ せ た 。 塩 基配 列 か ら得た アミノ 酸配 列から 推定さ れる 分 子 量 はORFlが 約41. 1K,ORF2が 約36. 2Kで あ っ たが , 発 現 し た 蛋白 質 の 電 気 泳動 か ら 算 出され た分子 量は2っのORFと も約40Kで あった 。
@全セ グメ ントの 末端領 域の構 造解析
RBSDVゲ ノ ム の 両 末 端 塩 基 をPEIセ ル 口ー ス プ レ ー 卜 展開 法 に よ り 解析 し , 両 末 端領 域 の 塩 基 配 列 を2次 元 ゲ ル 電 気 泳 動 法 (Wandering Spot法 ) でRNAゲ ノ ム を 直 接 解 析 した 。 そ
の 結果 ,5 末 端は 全てのセグ メントにおいて5 AAGUUUUU‑‑の8塩基,3 末端は…GUTC 3 の3塩基 の 共通 保存 配列 が存 在 した 。こ のRBSDVの末端 保存配列は同属のMRDVのS6, S7,S8に存 在していたが,他の属のウイルスの末端配列とは異なっており,この末端配列は ウイルス属特有なものであり植物レオウイルスの分類学上の重要な基準となることを提唱した。
以上の研 究により2本鎖RNAウイルス の分類,複製,転写や遺伝子の発現機構の分子的レ ペルの解明上重要な基礎的知見が得られたもので,その成果は学術上高く評価が得られるもので ある。
よって審査員一同は最終試験の結果と合わせて本論文の提出者小豆畑二美夫は博士(農学)
の学位を受けるのに充分な資格があるものと認定した。