ダウン症児童生徒の肥満予防に関する基礎的検討
~身体活動量の測定をとおして~ 学校教育専攻 学校教育専修 修教 09-003 伊藤 由紀子 Ⅰ 研究の目的 近年,生活習慣の変化に伴い小児肥満も増加傾向を示し,小児肥満の 70~80%は成人期 に移行するとされ,肥満は生活習慣病を引き起こす要因のひとつであるとされている。し たがって,早期からの肥満予防支援の必要性が強く求められており,現在では幼児期から の取り組みが有効であると認識されてきている(岡田,2009)。これらのことは障害児にお いても同様であるが,知的障害児の肥満の出現率に関しては健常児よりも高いという指摘 がある。この原因として考えられることとして,知的能力,社会適応,行動運動機能の不 十分さから活動へ参加する機会が制約されることがあげられている。このため,摂取エネ ルギー量と消費エネルギー量のバランスが悪くなり,健常児以上に肥満になるのではない かということが示唆されている(石井,2001)。知的障害児のなかでも,とくにダウン症児 童生徒に関しては年齢が進むにつれて肥満傾向が認められるとされ,12 歳以上の肥満が顕 著だという報告もある(海老子,2008)。実際の学校現場でも,ダウン症児童生徒をもつ保 護者らから,肥満を心配する声が多く聞かれる。しかし,学校での肥満予防支援が十分で あるとは言い難いのが現状である。肥満の予防策として,日常の身体活動量を増加させる とともに,運動により身体活動量を高めることが有効であることは広く知られている。し かし,ダウン症児童の身体活動量を測定した報告は少ない。そこで,本研究では,近年普 及してきた加速度計式歩数計を使用し,ダウン症児童生徒の身体活動量を実際に測定し, 肥満予防支援の可能性について検討することとした。 Ⅱ 研究の対象と方法 1 対象 秋田県内の公立小学校 2 校に在籍するダウン症児童生徒 6 名と特別支援学校 3 校に在籍 する小学部 8 名,中学部 8 名,高等部 10 名,計 32 名を対象とした。なお,対象者の保護 者には研究の趣旨を文書にて説明し,研究協力に同意を得た。 2 身体活動量の測定方法 対象者には,タニタ社製の活動量計「カロリズム」(以下,カロリズム)を装着してもら い,休日を含む連続した 7 日間の身体活動量を測定した。装着時間は,午前 7 時から午後 7 時までとし,水泳や入浴時は除くこととした。 3 肥満の判定 4月に計測した身長と体重を用いて,個人別に肥満度を求めた。肥満度を求める際の標 準体重は,平成 12 年度文部科学省学校保健調査報告(2001)を用いた。肥満度は,次の式 より算出し,肥満度 20%以上を「肥満」とした(日本肥満学会,2004)。 肥満度(%)=(実測体重―標準体重)÷標準体重×1004 身体活動量 カロリズム内に記憶されているデータを表計算ソフトに入力し,身体活動量の分析を 行った。身体活動量の測定結果から,連続した 7 日間の平均,学校に通っている平日平 均,学校が休みである土日平均について,総エネルギー消費量,活動エネルギー量,歩 数,エクササイズ量から分析を行った。 5 統計処理 得られたデータは平均値±標準偏差で示した。結果の比較は,χ2検定とt検定をお よび,ピアソンの積率相関を用い,有意水準を 5%に未満に設定した。 Ⅲ 結果 1 肥満と非肥満の割合と性差 今回調査したダウン症児童生徒 32 名のうち肥満の児童生徒は 20 名で,全体の 62.5% であった。また,男女別では,男子 12 名中 7 名が,また女子では 20 名中 13 名が肥満 であった。男女間に有意差は認められなかった。 2 対象者の身体特性 表1に,対象者の年齢,身長,体重,肥満度,体脂肪率の結果を示した。身長では肥 満群と非肥満群に差は認められなかったが,体重では肥満群の方が有意に高かった。ま た肥満群の方が,肥満度だけでなく体脂肪率が有意に高かった。 3 肥満度と体脂肪率の関係 図1に肥満度と体脂肪率の関係を示した。肥満度の高いダウン症児童生徒では体脂肪 率も高く,両者には有意な相関が認められた(r=0.58)。 4 7日間の平均身体活動量 表2に 7 日間の平均身体活動量を示した。総エネルギー消費量は肥満群で有意に高か った。活動エネルギー量と歩数では両者に差は認められなかった。エクササイズ量では 肥満群の方が有意に低かった。 5 平日と土日の身体活動量 図2に平日と土日別の活動エネルギー量を示した。学校に通っている平日では差が認 められなかったが,学校が休みの土日では差が認められ,肥満群の方の活動エネルギー 量が有意に低かった。 表1 対象者の身体特性 全体 n=32 肥満 n=20 非肥満 n=12 p 値 年齢(歳) 13.3±3.3 13.3±2.9 13.2±3.9 ns 身長(cm) 137.8±12.6 139.3±10.0 135.6±15.9 ns 体重(kg) 45.5±14.0 51.1±11.4 37.4±13.8 p<0.01 肥満度(%) 28.6±24.7 43.6±20.1 6.6±9.6 p<0.01 体脂肪率(%) 27.9±9.9 31.3±10.1 23.1±7.6 p<0.05 ns:not significant
表2 7 日間の平均身体活動量 全体 n=32 肥満 n=20 非肥満 n=12 p 値 総エネルギー消費量(kcal) 1753.3±359.6 1937.8±276.9 1483.5±293.9 p<0.01 活動エネルギー量(kcal) 251.6±92.5 232.8±83.8 279.9±100.5 ns 歩数(steps/day) 4594.4±1454.9 4181.8±1271.6 5197.5±1542.6 ns エクササイズ量(EX) 2.0±1.4 1.6±0.9 2.6±1.8 p<0.05
0
10
20
30
40
50
60
-20
0
20
40
60
80
100
y=0.2243x+21.38 r=0.58 肥満度 % %0
50
100
150
200
250
300
350
平日
土日
肥満 非肥満 kcal 図2 平日と土日の活動エネルギー量 体 脂 肪 率Ⅴ 考察 1 対象者の身体特性 ダウン症児童生徒は,低身長で肥満傾向であることから肥満予防に向けての取り組みは 不可欠であるといえる。小学校の時期に肥満でない児童生徒であっても,将来的には肥満 になる可能性があると予測される。したがって,長期にわたって継続的に身長や体重およ び肥満度の推移を観察していくことが求められている。また,肥満度と体脂肪率には有意 な相関が認められたことから,深山(2004)の指摘にもあるように肥満傾向にある場合は, 体脂肪率も注意深く観察していく必要性があると考えられた。したがって,養護教諭と連 携し定期的に身体計測を行うことで本人や保護者の肥満予防にたいする意識を高めていく ことが重要であると考えられた。 2 肥満群,非肥満群の身体活動量の比較 7日間平均の総エネルギー消費量や活動エネルギー量および歩数に関しては,肥満群と 非肥満群では差が認められなかったことから,肥満の児童生徒であっても学校生活の中で はある程度の運動量が確保さていると推察された。一方,土日の活動エネルギー量と歩数 では,非肥満群に比べて肥満群が有意に低かったことから,肥満群の土日の生活を見直し ていく必要性が示唆された。そのための支援として,本人や保護者の運動をしようとする 意識を高めることが重要であり,休日でもダウン症児童生徒が進んで取り組んでいくこと のできる運動プログラムの提供やダウン症児童生徒が楽しんで行うことのできるダンスな どを取り入れ,習慣化させていくための工夫を図るとともに地域での運動の場の確保や機 会の提供が望まれる。 3 エクササイズ量を考慮した運動への取り組み 厚生労働省で策定された「健康づくりのための運動指針 2006(エクササイズガイド 2006)」 によれば,身体活動量の目標を1週間に 23EX 以上の活発な身体活動が望ましいとされてい る。さらに,成人の1日の目安として 3.3EX 以上が目標とされている。しかし,わが国で は子どもに関しての運動基準は策定されていない。諸外国の報告によれば,子どもでは成 人の基準より高めに設定することが身体組生に強く関連するといわれている。このことか ら,今回調査したダウン症児童生徒のエクササイズ量は低い傾向にあると考えられ,肥満 群では,さらに低いことが推察された。したがって,肥満を予防するために,ダウン症児 童生徒の身体活動量の質的な面も考慮していくことが求められていると考える。とくに, エクササイズ量の高い運動を取り入れていく必要があり,鬼ごっこなどの遊びやダウン症 児童生徒が好んで行うダンスをとおして,楽しみながら運動強度を高めることが望ましい と考える。他にもリズム体操や縄跳び,マラソンなどへの取り組みは効果的であるという 報告があるので,学校生活の中でどのように実践し肥満予防効果をあげていくかが今後の 課題である。また,日常の生活において活動的なライフスタイルを身につけさせていくた めの支援が大切であると思われる。雑巾がけや階段昇降など,強度のある活動を意識的に 組み込むことで,活発な動きへとつながっていくと思われる。 文献 海老子里美: ダウン症における肥満度の推移(予備的研究)(2008) 岡田 知雄: 小児肥満・メタボリックシンドロームの現状(2009) 深山 知子: 小児における体脂肪判定図の作成(2004) 石井好二郎: 知的障害児・者の体脂肪率(2001) 厚生労働省: 健康づくりのための運動指針(2006)