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米軍基地の機能・性格とその実態
1日本の米軍基地の概要
沖縄をふくむ日本基地は、米前進戦略を 実施してゆく ためのアジア最大の総合的な軍事拠点として、 つぎの機能 をはたしているものといえる。 ①核攻撃 ・ 核脅迫基地 、 ②各種部隊の発進 ・ 作戦基地 、 ③補給 ・ 修理 ・ 輸送基地 、 ④通信 ・ 電波基地、⑤訓練 ・ 演習基地、⑥伝療 ・ 慰安基地 、 ⑦謀略(心理戦) -諜 報 基 地 。 もちろん 、 それらの基地機能は 、そ れぞれ独立した 安保体制下の基地 ものとしてあるのではなく、相互に密接に関連しあいながら補完的に活動している。そのうえ 、 アジア全体に展開 し、現に南ベトナム、ラオス、 タイなどで戦闘行動中の米軍やその基 地とも不可分の一体となって働いているので ある。また 、 全世界に張りめぐらしている千数百の米軍基地の有機的な一環をなす基 地 で も あ る 。 で は 、 私たちの美しい祖国 l i ーアジア大陸の東側周辺沿いに 、 北緯四五度三 一 分から北緯二四度にかけて 、北 は ヰ 早一
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第 北海道・稚内か ら 南は沖 縄県八重 山群 島まで 、 細長く弓状 に連なる日本列島とその周辺にーーー米軍基地はどのくら 223 いあるのだろうか。太 平 ; 羊 統 ム、 軍 ( 太 ( 太 ノ 、 平 ノ 、 平 ワi羊 ワj羊 イ海 イ 陸 ) 箪 ) 軍 1 1 1 1 在 第 第 在 在 在 第在第 日 ( 七 ( 一 台日ハ二琉 凡 米 西 艦 東 艦 湾 米 ワ 五 球 軍 海 太 隊 太 隊 米 陸 イ 歩 米 ( 軍 平 │ 平 陸 軍 米 兵 陸 韓 洋│ 洋 寧 陸 師 箪 国 軍 団 、 二 第 個 1 1 1 1 1 ハ 九 師 第 j第 : 第 ワ軍、J 三 :七 : 七 イ │ 二 九 二 │ 哨 機 機 │ 戒動動~__ _---.L 隊 除 隊 川 11 1 1 1 1 1 1 第 第 第 第 第 陸 第 第 第 第 第 │ 水 九 七 五 一 一 箪九二三九 四 第 第 上 九 心 七 特 七 医 兵兵O軍 哨 一 三 機 九 理 砲 殊 三 療 姑 姑 砲 司 戒 海 海 母 通 作 兵 部 空 セ 部 部兵令 隊 兵 兵 艦 信 戦 第 隊 挺 ン 隊 隊 旅 部 主 航 師 を 部 部 ー 旅 タ ヘ 団 岩 空 団 主 隊 隊 ミ 団 lタ 竺 隊 ( に サ ( イ
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闘撃リ出 L'~白 +U I地 厚岩沖 M、』 団 チ 木 国 縄)童
j中 ? 縄 問 ) 在 琉 球 米 海 軍 ( 那 覇 ) { 鵠 腕 域 医 都 ﹁ ビ l チ ) 第四五七戦術戦闘機連隊( 一 一 一 沢 ) 1 円 精 鑓 一 一 一 聞 協 第 一 一 一 四七戦術戦闘機連隊 ( 横田 ) lh 糟 籍 一 一一 剛 院 1 太 平 洋 空 軍 第 五 空 軍 第 三 二 四 師 団 ( 韓 国 ・ 烏山) ( ハ ワ イ ) 第 一 五 空 第 三 二 二 師団 ( 嘉 手 納)
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一八戦闘爆撃隊 出 匹 目 D 一 一 一 酔 隊 ( 嘉手納 ( ク ラ l ク ) 三 一 下 第 八 二 回 戦闘支援隊(嘉手納) 第 一 一 二 五 輸 送 航 空 師 団 ( 立 川 ) 盟 主 ト ﹁ 第 五 一 迎撃戦闘隊 l ﹁ 交代 制 迎 撃 一 戦 闘 機 一 個中隊 勺 務 ﹁ ー ー 一 ( 那覇) ハワイ防空師団 ( ハ ワ イ ) ( 那 語 ) 一 下 第五 一 戦闘支援隊 ( 那覇) 第 七 空 軍 ( ベ ト ナ ム ) 一 ﹁ 第 六 二 三 航空管制中隊(那覇) 下第四九八戦術ミサイ ル 隊 l メ l ス B 二 個 中 隊四基 地 一 ( 嘉 手 納 ) ﹁ 第 三 三 救助隊 ( 那覇 ) 戦時空 箪 1 1 1 1 1第 三 航 空師団(グアム ) 1 1 1 1 1第四 二 五 二 戦時空軍(嘉手納 )アジア・太平洋地域に展開する米軍
積は、大阪市の面積をうわまわる広きである。朝鮮戦争の前夜に、二八二四カ所、 公表された数字によ机ば、ざっと二六八基地、総面積約三六万五九六七平方キロメートルを超える。この基地面 一三五万二六三六平方キロメ i トルといわれた頃より、 主として自 衛隊への肩代り (自衛隊基地数は六七年四月現在一六八八カ所)などによって縮小 されたとはいうものの、いぜんとして、広大な国土が基地化されていることを物語っている。なお、この数字は、 陸上にある基地(演習場、施設をふくむ)を対象としたもので、このほかに海軍海上演習場二ハカ所、空軍訓練区域一 日本本土 H 一 四 八 基 地 一一カ所、陸軍海上演習場一カ所の計二九基地がある。これらの三軍別および用途別内訳をみるとつぎのようになる。 八三軍別
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マ空軍四七 マ海軍四七(海兵隊二基地をふくむ) マ陸軍五三 八用途別V
マ倉庫二五 マ工場四 マ飛行場七 マ港湾九 マ演習場二ハ 企日四 マ住宅一七 マ医療三 マ教育 マ そ の 他 一O
八演習区域V
マ海軍海上演習場一四 マ空軍訓練区域一O
安保体制下の基地 沖縄県 H 一 二O
基地A
三軍別V
マ空軍二二 マ海軍二ニ マ海兵隊一七 マ陸軍六八 八演習区域V
マ海軍海上演習場四 マ空軍訓練区域四 マ陸軍海上演習場一 これらの基地に、在日米軍(日本本土に駐留する米軍)である空軍(一万九三OO
人 ﹀ 、 陸 軍 ( 八 六OO
人 ) 、 およびその家族(四万七0
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人 ) 225 第三章 六OO
人 ) 、 海 兵 隊 ( 二 九OO
人)の将兵、軍属(二六五O
人)の計三万九四OO
人 、 が展開しているわけである(一九六八年八月現在)。また、 沖縄駐留の米 軍兵 力 は 、 マ通信三八 マ事務所二ニ マ 丘 ハ 海軍(八 六五年の初め(ベトナム戦争に本格 介 入 す る 以 前 の 段 階 ) で 、 空軍一万二
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人、陸軍一万四0
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人、海軍二0
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人、海兵隊二万人の計四万八0
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人前後と推定されていた。もちろん、これらの数は、常時変動があり、 一定しているわけではなく、 とくに 沖縄では、戦闘部隊である海兵隊がベトナムの地に出はらっているため大幅に減っている見込みで、逆に補給支援 部隊が中心である陸・海軍の兵力数は増加しているとみてよい。 以下、沖縄をふくむ日本の米軍基地の実態とその性格を機能別にみてみよう。 2空の基地
(1) あわただしい横田空軍基地 日本の首都東京の中心から西方に約四0
キロの地点、平たんな武蔵野の一角に、多摩の広大な土地を金網とアス 一九六八年一一月、いまなおベトナムで連日 フアルトで切りとって軍事 基地がある。東京 ・横田の米空軍基地だ。 爆撃をくりかえしている核搭載可能の B 位戦略爆撃機がベトナムヘむかつて発進した直後、爆発事故を起こした沖 縄の嘉手納とならんで、東アジアにおける米空軍の最重要拠点である。 南北に走る基地の北端に立っと、 滑 走 路 の 先 方 は 、 かすんで見えるほど、この基地は大きい。基地北端からやや 西側にまわりこんだ一六号国道に面した一角では、金網越しに鉄筋コンクリートと♂フロック建築の真新しい建物が ならび、厳重に梱包された物資の山とそれらを運ぶフォーク・リフトや基地要員の動きがあわただしい。そのすぐむこうに、米軍チャーターの米民間旅客機や巨大な T 字型の尾翼をもっ大型輸送機が駐機している。それらは、 機が滑走路にごう音とともに着陸、 エプロン(駐 機場)に入ってきたかと思う と 、 他の一機が滑走路南端に向い、 あっという聞に飛びたってゆく:::といったように、動きははげしい。ときどき、それらの輸送機から米兵がぞろ ぞろと降りてトラックに分 乗 、基地をでていったり、あるいは、わずか一、二時間の休息ののち、再び飛びたって ゆく完全武装の米兵の姿もみられる。 T 字型の巨大な尾翼をもっ輸送機は、現在米軍が使用しているものとしては最大の輸送力をもっ長距離用輸送機 C 凶 A ス タ l リ フ タ ー で ある(スタ l リフタ!とか後述のファントム、サンダ l チ l フなどの英語名はその飛行機につけられ た ニ ックネーム。たとえば、日本でも主力戦闘機F 山 J 機 に ﹁ 栄光﹂という名をつけている。なお、最初につけ られている英語の 頭 文 字 は C が 輸 送 機 、 F が 戦 闘 爆 撃 機 、
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ハ l キ ュ リ B が 爆 撃 機 を あ ら わ す ) 。 そして、その向こうに、もうひとつ、 ーズなどの中型 輸送機の列が見え、さらにそのズ l ッと向こう 滑走路中央部より少し南寄りエプ ロンに、ベトナム -カラ!と呼ばれている褐色とくすんだ 濃緑色の迷彩をほど こした戦闘 爆撃機 F4C フ ァ ン トムが、ズラリとなら 安保体制下の基地 んでいる。もし、そこに、あなたが、 カメラのものでもいい望遠レンズの焦点をあわせたとすれば、 カ I ピ γ 銃 を 一屑にパトロールする米兵の姿がみえよう。 もちろん、基地をこう眺めているうちにも、常時、発着する米軍機やエンジン・テストの爆音がはげしい。基地 周辺を低空でせん回するヘリコプターの音もいらだたしい。そして、爆音は、しばしば、腹のなかのものをゆさぶ 第三章 り、あるいは鼓膜を切りさくようにして通り過ぎる。ジェット機の離陸時のごう音である。なかでも戦闘爆撃機 F 227 4 C フ ァ γ トムと大型輸送 機 C 凶 A ス タ l リフタ l のそれが、ひどい。そして、こんにちの横田基地、 いや現在のえ式、、 ‘ h の第三四七戦術戦闘機連隊という名称の部隊) 在日米空軍基地の役割は、この二つの機種によって 象徴され て い るといってよいむつまり、発進 ・ 攻撃基地であると同時に、輸送 F4Cファントム爆撃機の発着する東京横田基地 中継基地なのである。世界最大の人口を有する首都東京の一角に ありながら 、 いつ訪れても、横田基地でみられるのは、こうした グ 戦 場 d の 風 景 で あ る 。 (2) 第一線の作戦基地 F4C ファントム戦闘爆撃機││!アメリカ空・海軍の実戦配備 されている最新鋭機で 、 核爆弾搭載可能機。いうまでもなくベ ト ナム戦の主力機でもある。そして、このファントム機の常駐に示 されるように 、 日 本の米空軍基地はまず 、なにより も第 一 線の作 戦基地なのである。 横田基 地 に は 、 ファントム機三個中隊を主力に、米第五空軍 ( 日 本 本 土 ・ 沖 縄 、 韓国に配置されている戦闘爆撃機を主力とする空軍 爆撃につかわれた
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爆撃機の発進基地であった。夜となく昼となく日本を基地に朝鮮全土に雨と降らせた爆弾の が配備されている。朝鮮戦争の頃 、 こ の横田基地は ‘ 太平洋戦争中本土 総量(七O
万 ト ン ) の 八O%
が、この横田から運ばれたといわれている o だ が 、 その後 、 ジ ェ ッ ト ・ エ ン ジンの採用によって高速大型化 し た戦闘機は 、 空中戦能力だけでなく、大量の各種爆弾、 ロ ケットなど対地攻撃用兵器を運ぶ 爆撃機の機能をも持つものとなり 、 在日米軍基地にも、戦闘爆 撃機
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サ ン ダ 1 チ l フについで 、 六七年九月から フ ァ ン トムが配備されたわけである。 F 邸機が配備されていた当時、戦闘爆 撃機 一 個 中 隊 は 、二五機と発表されて い た 。 そ の計算でいけば 、 計七五機が横田を基地に し ていることになる。だが 、 最近では 、 その機数は公表されて 、 h i h 、 o t u v , T J H I V 一隊当りの機数が減っているためである(北ベト ベトナム戦争で撃墜された米機数の激増にともなって 、 ナ ム 上 空 だ け で 三 二 六 一 機 ︿ 六 九 年 二 月 四 日 現 在 ﹀ が 撃 墜 さ れ た 。 ベ ト ナ ム 戦 で の 一 九 六 八 年 末 現 在 の 損 米 軍 発 表 に よ っ て も 、 失 は 四 七 六 八 機 八 う ち ヘ リ コ プ タ ー 二 二 七 五 機 ﹀ 、 金 額 に し て 五O
億 ド ル ︿ 一 兆 八00
0
億 円 ﹀ に 達 し て い る )0 だ が 、 一 般に 機種や他の状況のちがいによって一中隊の機数は六機から四O
機までの変動があるといわれ 、 平均一八 機 とみられ ている。なお 、 横田の第三四七戦術戦闘機連隊には 、 戦術偵察機一個中隊がいる。 横田ばかりではな く 、 他の日本にある米空軍基地を根拠地とする米第五空軍は 、 常時 、 戦闘即応態勢にある完全 な作戦部隊である 。この 米第 五 空軍は 、 米太平洋空軍がアジアに配置する 三 つの空軍のひとつで 、 第 一 三 空 軍 ( フ 安保体制下の基地 ィ リ ピ ン 、 現 在 そ の ほ と ん ど は タ イ に 移 駐 し て い る )、 第七空軍(ベトナム)とならび 、北 太平洋一帯の空域がその作戦範 聞にな っ ている(第O
空 軍 と い う の は 、 そ れ ぞ れ の 地 域 を 作 戦 区 域 と し て い る 空 軍 部 隊 の 名 称 ) 0 したがって 、 第五空軍の 作戦部隊は 、 横田のほかに 、 三沢基地(青森県)に第四五七戦術戦闘機連隊(ファントム機三個中隊 、 戦 術 偵 察 機 一 中 隊)、板付基地(福岡県)に第三四八戦闘支援隊 、 嘉手納基地(沖縄)に第 コ二三 航空師団 ( F m を 中 心 に 三 個 中 隊 ﹀ 、 章一
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第 那覇基地(沖縄﹀に防空専門の F 問 、 F4C ファントムなどの第五 一 迎撃戦闘隊 、 鳥山基地︿韓国)に第コ二四航空 229 師団を展開 、 配備 し ている。そ し て 、 その作戦行動のカナメともいうべき 、 第 五 空軍の司令部は 、 東京 ・ 府中市の米空軍施設内にある。この第五空軍司令部内に、 日米共同の戦闘指揮所があり、常時臨戦態勢にある米第五空軍と 日本の航空自衛隊が一体になって作戦行動をとっている。 第五空軍の任務は 、 ①常に臨戦態勢下で攻撃作戦を遂行できる準備をする こと、②米 本土を北太平洋上空で ﹁ 防 衛﹂すること、③日本本土、沖縄、韓国、小笠原の防空 1 1 米 、 目、韓三空軍の作戦行動について調整、指揮する こ と 、 などである 。 つ ま り 、 第五空軍は 、沖 縄 、小 笠原をふくむ日本 と朝鮮半 島 一帯の区域
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米本土より大きい グ 六OO
万立 万マイルの空間d
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ーをワン・セットで作 戦区域 としてい る 、全面的な世界規模での戦争にいたらな い限定核戦争、ベトナム戦争のような局地通常戦闘を遂行する戦術空軍 TAC(己
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で、したが っ て 、 日 本にある こ れ ら第五空軍の五つの基地は 、 東 京 府中を指令部 に 、 密接に関連 しあった 第 一線の作戦 基 地l
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発進・攻撃基地なのである。 常時、戦闘即応状態を維持している米空軍基地には、もちろん戦闘部隊だけがいるわけではない。たとえば、横 田基地には、太平洋海難救助隊、気象観測中隊、航空図情報中隊などの各分遣隊や、第六一O
空輸支援中隊といっ た名の示す数多くの部隊もいる。 ここで、とくに、沖 縄の米空軍基 地についてふれる必 要がある 。というのは、日 本本土 内の米軍の配備は、自衛 隊の配備 と 作戦任務 と の関連で考えられ ている わけだが 、沖縄の 場合 、現在のところ米軍一本の配置態 勢 をとって いるため、今日の米軍基地態勢の一つの典型をみることができるからである。たとえば、 日本本土の米 軍基 地の防 ピ 府 土 、ft
日本自衛隊が請負わされている。したがって、 本土では対空 ミサイル部 隊 ( ホ l ク 、 ナ イ キ 部隊)は航空自衛 依 が もち、米空軍に はない。だが 、沖縄では、核弾頭をつ け たナイキ・ハ!キュリーズの二つのミサイル大隊、 辻tークの二つの大 隊をもっ米陸軍第三 十砲兵旅 団 は 、 第 五 空 軍 の 第 一 一 二 三空軍師団の指揮下におかれて い る 。 また、プエプロ事件など有事のさいは別として 、 日本本土の米空軍基地には 、 いまでは迎撃用の戦闘機部隊は少 ない。これは、航空自衛隊の戦闘機 F 胤 J 機約 二 百機を主力とした日本空軍が 、 米空軍配備の計算のなかに入って いるからにほか ならない。航空管制警戒網にしても 、 同様である。本土の 二 四 カ所のレーダー・サイトは、航空白 衛隊の管理下にあって ( と い っ て も 実 際 上 は 米 軍 指 揮 に よ る 日 米 共 同 作 戦 下 に あ る わ け だ が ) 米 空軍には現 在同種の部隊 土工、 02:
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p u v チ Jlhv ナ J ム μ 東京府中の COC ( 戦闘指揮所)に直結 す る 、 米第六二三航空管制 警戒 中隊司令部が那 沖 縄には 、 覇基地にあり 、その地下の ADCC ハ 防 空 管 制 所 ﹀ と結んだ四つのレー ダ ー・サイト ( S S ・ 防 空 監 視 所 ) が 、 宮古島 、 久米島、糸満町与座岳、そして奄美群島の沖永良部島にあり、それぞれ同航空管制警戒中隊の分遣隊がいる。 で は 、 一 口 に 海外基地における米空軍 といって も 、そ の部隊には 、ど のような種類があるのか。こ こ で は 、 本 土 墓地 と の 関連で 、 第五空軍の作戦部隊についてみると、沖縄にいる部隊である第三 二 三空軍師団の兵力は 、 日本本 土 に ある在日米空軍の兵 力 と ほ ぼ 同 じ 、 一 万 八0
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人。嘉 手約 基地にF
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サ ン ダ i チ i フ の 第 一 八 戦 闘爆撃機連 安保体制下の基地 隊 、 RF4C ファントム の 第 一 五 戦 闘偵察中隊 とその支 援隊である第八 二四大 隊があり 、旧日 本軍小禄飛行場を拡 張した那覇基地には、F
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デルタ・ダッガ l の第五一大隊などをもっている。 な お 、 こ のほかに 、 嘉手納空軍基地には 、 核戦力と し ての戦略攻撃部隊である B 臼爆撃機部隊 、 K C 邸 の 空 中給 油部隊などがある。また 、 空軍の 一 部隊と し て 、 半地 下 基地式のメ l ス B 部隊(第四 九 八 戦 術 ミ サ イ ル ・ グ ル ー プ ) な 章一
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第 よく知られている事実である。 どがあること は 、 231(3) アジアへの玄関口としての輸送 基 地 もう一つの日本にある米空軍基地の機能と役割は、横田や 嘉手納を離着陸する大型輸送機 C 凶 A ス タ ! リ フ タ l に象徴される。つまり、米軍のアジアにおける 軍事行動を維持する ための輸送・中継基地としての役割である。現 在、主としてベトナム戦争のために、東京の横田、立川、羽田(東京国際空港)、 沖縄の 嘉手納の各基 地が活用され て い る 。 朝鮮戦争のとき、空輸作戦の大部分は日本の空軍基地を利用しておこなわれた。だが、現在のベトナム戦争にお いても、在日米空軍基地と日本の上空が米軍の空輸幹線ル l トになっていることに変わりはない。 朝鮮戦争当時、横田基地は爆撃機・戦闘機の基地で、輸送は、同基地のすぐ南側にある立川基地が一手に引き受 けていた。だから、米本土と朝鮮半島を結ぶ兵員・物資の空輸のほとんどは、立川米空軍基地経由でおこなわれた。 だが、その後、輸送機の大型化、ジェットエンジン化がすすみ、とくに、六六年に入って、ベトナムの戦場へ大規 模に米地上軍の投入がはじまってからというものは、もはや、立川基地だけでは間に合わなくなってきたのである。 そこで、現在、ベトナムを中心とするアジアの戦場と六カ国にある二
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カ所の米空軍基地を、米本土とつないでお こなわれていく航 空輸送の多くは 、主として立川、横田、羽田を三位一 体で活用する こ と ができる東京の空を経由 しておこなわれているといってよい。 いままで、こうした軍事空中輸送の日本における中心拠点が、立川基地だった。 米空軍輸送司令部(通称 M A C ) があり、その指揮下の第=二五空輸師団の諸部隊や米太平洋地区空 軍資 材司令部などが、米本土からはるばる展開 232し て い る 。 MAC というのは、六五年まで MATS と呼ばれていた米空 軍 の輸送部門を担当する補助部隊的な性格 のものを改組 、 改称したもので 、 SAC ( 戦 略 空 軍 ) 、 TAC( 戦 術 空 軍 )とならぶ米空軍の三本柱の 一 い ま で は 、 つとなった空輸空軍ともいうべ き重要 な部隊で あ る 。 な お 、 第 =二五空輸師団は、六九年三月末にハワイのヒッカ ム基地に新設される米太平洋空軍輸送部に吸収されるが、事 実 上増強されて立 川 を中継基地と し て使用することに な る 。 MAC が幹線であるとすれば、この部隊はローカル線という関係になる。いずれにせよ、この立川、横田、 羽田を利用している空輸部隊は、 アメリカとアジアの空を結ぶ米空軍の基幹部隊で、もちろん、その一部は、沖縄、 南 ベ ト ナ ム 、 タイなどにも展開 し ている。また、資材司令部は全アジアにわたって米空軍の 資 材・部品のいっさい を補給 し、必 要とあれば 、 現地へ飛び修理もする不可欠の部 隊 で あ る 。 そのほか、一三五師団指揮下の近距離 空 輸の第六五空輸中 隊 、空中からジ l プや物 資 ・ 諸器材をパラシュートで 投下する第八 一 五空輸中隊など兵たん支援の任務をもっ部隊や、先遣地上偵察隊 と 呼ばれる戦場で戦闘部隊が到着 する前にパラシュートで降下、基地設営通信連絡などをやる忍者もどきのベテラン空挺隊員による部隊もある。 安保体制下の基地 ま た 関東地方に散在する九三の大小の米空 軍 施設 、 部隊のすべてに対する兵たん補給と管理に当たる関東管区司 令部 、 六 一
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管理部隊があり 、 また太平洋空 軍 のなかでは最も大きい 一 五O
三空輸連隊 、 八一五輸送中隊といっ た名前の部隊もある。こうして、立川は、c
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グローブマスター やc
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ハ l キュリーズなどの大型輸送機一OO
機 ー 一 五O
機の基地となっている。 第三章 さらに、立川はアジアへの玄関口でもある。パッセンジャ l ・ターミナルとよばれる人員輸送センターがここに 233 あり 、 米軍人 、 軍属およびその家族が専用する国際空港なみのタ ー ミナルである。もっとも 、ここは、米 大使館員に 準 ず る 者 、 たとえば米情報部 員 とか米 軍 と密接な関連をもっ米民間会社の社員なども、 日本への秘かな出入口と して利用している。 二 、 三年前からベトナムでの傷病兵の玄関口になっていることもよく知られている事実である。 そして、戦場での死者たちのそれでもある。建物ナンバー二四四号、そこに米国陸軍死体処理場がある。 こうして、立川 基地は 、現在でもアメリカ人の間で﹁タチ﹂の愛称でよばれる重要拠点であることに違いはない。 だが、彼らにとって、軍事力によってアジアを侵略し、支配してゆくためには、立川基地の一二
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メートルの滑 走路は 、 あまりにも短いのである。米軍は 、 主滑走路の東側 、 五日市街道をはさんで三万坪の拡張 収用 予定地と航 空障害制限区域を青写真にしている。滑走路を延長するためである。 し か し 、 それは砂 川 基地拡張反対同盟や首都 東京の平和民主勢力の反対運動によって 、 実現されないでいる。そ こで米 半は 、 ベトナム戦争の激 化にと もなって 、 立川に隣接する横田基地と東京国際空港(羽田)を 、 輸送 ・ 中継基地として フ ル に 使 用 し は じ め た の で あ る こ 九 六八年二一月二O
目 、 防衛施設庁は米軍は立川の滑走路延長計画を中 止 し た と 発 表 ) 0 (4) 兵員輸送の中継基地 羽田空港では 、 すでに六五年夏ごろから 、 米軍のチャ ー タ ーした 民間機に よ る軍事便の発着がふえはじめていた。 羽田に乗入れている米民間会社ノースウエスト ハ ン ・ ア メリカン 、 フ ラ イ ン グ ・ タ イ ガ l (米軍貨物専用) な ど の民間航空機によって 、米兵・ 物資の輸送をするわけである。六五年は 、年間で往 復八四O
便だっ た の が 、六六年 になると急増して、三、四月段階で月一六O
便 前 後 に 、 一O
月以降は二OO
使 台に、そし て六七年三月 、四月にな るとついに月間三OO
便を突破するところまで増加 した 。これは当時の羽田空港における全発着機数の四O%
を しめる数字である。この頃になると前記の米民間航空会社のほかに、 ワールド・エ ア ラ イン、プラニフ・イン タ ー ナ シ ョ ナ ル 、 アメリカン ・ エ アライン 、 サ ウ ザ ン ・ エアトランスポート 、 シ I ボールド ・ ワ ー ルドなどといった名の 米民間航空会社も MAC チャーター便(米軍用に雇われた民間航空機使)に名を連ねた。 いうまでもなく 、 多くは ベトナム行 きの兵員輸送で 、 南ベトナムにおける地上兵力を五
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万人台に増派するため に戦時動員されたもの。多くの場合、羽田は中継基地として使用されるが、軍事物資を積みこむこともあり、ベト ナムからの 帰りの便は 、 日本へくる帰休兵や任期切れで帰国する兵隊を運んできたし、 いまでも運 んでい る。なお 、 これらの便には、羽田l
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嘉手納 ー ー ー ク ラ l クフィールドl
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サイゴン間で多くの日本人スチュアデスが搭乗勤務 してい る 。 こ うしたなかで 、 一 九 六六年の 二 月から三月にかけて 、羽 田を中 心に﹁航 空史上前例のな い 連続三回の 大惨事 ﹂と いわれた事故がおき 、そ れをきっかけに 、 羽田の航空ラッシ ュ が問題 化 し は じ め た 。そ こで羽田 経 由 の 米軍 チ ャ ー タ ー 便をある程度押え 、 大型機による軍事輸送を横田基地を全面 的に使用して行なう動きがでてくるこ とになった。とはいえ、ベトナムや韓国への航空輸送量が急増して、羽田の空はもはや過飽和の状態になったため、 安保体制下の基地 横田を輸送基地 と し て使いはじめたといった方が 、 よ り 真実に近いだろう。 (5) 一 大 空輸基地に変ぼう した 横田 こうして、こんにち、横田基地は輸送機が多く、とくに、巨大な T 字型の尾翼が目を引く大型ジェット輸送機 C 凶 章一
一 一
第 A ス タ l リ フ タ ー が圧倒的にめだっ。そ し て 、 ファントム戦闘爆撃機とともに、米民間航空機 ( M A C チ ャ ー タ ー 便 ) 235 も飛ぶわけである。輸送専門の MAC の分遣隊 、 第六 一O
空輸支援中隊が 、 横田に移転 し て きたのが 一 九 六 七 年 一月だった。そして、六八年に入って、プエプロ事件、南ベトナム解放戦線のうちつづく全土いっせい大攻勢、首都 サイゴンの心臓部への解放人民軍の肉迫連続攻撃など緊迫した情勢が展開するなかで、横田は、新たに 一 大 空輸基 地として変貌をとげたのである。 米軍資料によると六六年は年間七万八
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目だった横田の発着回数は、六七年には約八万七0
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回 へ と ふ え 、 六八年には、さらに急増した。横田にある MAC の物資貯蔵庫l
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ここからも弾薬、兵器、同部品、食糧、医薬品 などが積みこまれるわけだがーーーの扱った貨物輸送量でみると、六七年一月に三五0
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トンだったのが、六八年 一 月 に は、七五0
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トンへと急増している。だから 、 戦場と直結する横田基地は 、ベトナム や南朝鮮現地での軍 事情勢の動きを敏感に伝えるのである。深夜でも こ うこうと照明が輝き 、 フォークリフトやトレーラーが動きまわ るあわただしさが 、 しばしば見受けられる。そして、前述した立川基地内のアジアの玄関、パッセンジャ l ・ タ l ミ ナ ル は、新築された横田基地内の鉄骨 コンクリート の ピ ル へ と六九年 春 に 移 り 、 MAC の日本における本拠も横 回へ移転しようとしている。 し た がって、立川 ・ 横田基地内には 、 どんな種類の軍用機でも完全に整備することのできる諸設備をはじめ 、 整 備用特殊機械器具の修理工場 、問 機械の製造工場 、 多くの倉庫 、 燃料庫 、 住宅 、 変電所 、 自家発電所 、そして 空軍 病院 、 引込み鉄道 、 学校など必要な施設が完備している。それは 、 あたかも日本の国土のなかにありながら日本の 主権のまったく及 ばない星条旗の立っ たグ軍事都市 d といえるほどのものである。 中継基地としての 嘉手納 、 那覇両基地の大きな役割も見落とすことはできない。沖縄を中継するル l ト は 、 米本土 ( 東 部 ﹀ ││i アラスカl
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東京l
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沖縄 、 米本土(西部)
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ハ ワ イl
│
(
東 京)
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│
沖縄 、 東南アジア ーl
フ ィ リ 236ピ ソ
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沖縄の三つがあり、計二七ラインあるからである。 一九六六年には、月平均輸送は一六八六便で、人員三 万八0
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人、貨物六00
トンといわれていたが、現在は、その二倍以上になっているものとみられている。空輸 を受けもつのは主として那覇基地で、六二年六月、横田と同じ第コ二五輸送航空師団の分遣隊としてc
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ハ l キ ュ リ i ズ一個中隊が配備されたのが皮切りで、 その後次第に増加。 六 四 年 一O
月には四個中隊(約九五機)で、第六 コ二五輸送連隊が作られ、ベトナ ム戦争における沖縄││ベトナム聞の兵員・物資の空輸は、主として同部隊によ って行なわれてきている。 さて、こうした輸送・中継基地日本の役割を総体としてみる意味で、もう一つ次の数字をみてみよう。 少し古いが米軍資料によると、六六米会計年度にアメリカの航空機が運んだ兵員数は、軍用機で一六万九四四九 人 ( 一0
・五%)、これに対して民間機では一四四万六四九四人(八九・五%)。このうち東南アジア方面では、軍用機 二了六%、民間機八七・四%となっている。また、六六年度の MAC 輸送実績一億一九三四万六0
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ドルに対 し、六七年度は三億五三九万九0
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ドルにはねあがっている(米国航空諮問委員会資料 ) 0 つまり、これだけの量の 安保体制下の基地 兵員、軍 事物資の多くが 、日本 の基地を経由して送られたことは、記憶されてよいことである。 だが、たとえば、こうした事実を立川、横田、羽田の三つの基地の聞にはさまれて生活している一0
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万都民 のうち、どれほどの数の人びとが知っているだろうか。もし、千葉県三里塚に、超音速用四0
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メートル滑走路 二本をもっ新国際空港(成田)ができたとすれば 、 も ち ろ ん 、 その軍事使用も、羽田と同様例外ではなくなるだろ 章一
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第 ぅ。すでに、米ロッキード社が二0
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万ドル以上かけて開発したグ世界最大 4 のファンジェット輸送機ロッキー 237 ド C5A ギャラクシ!の試作一号機は、六八年三月完成している。周機は完全武装の兵士なら七OO
人 、小型 車両なら一度に一
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台空輸できるといわれる。また、 アメリカは超音速の巨人輸送機も開発中である。 C5A の披露式のとき、ジョンソン前大統領はつぎのようにのべている。 ﹁この輸送機によってわれわれの戦闘 員 た ち は 、 い ま ま で よ り 、 はるかに早く、しかも効果的に、地球上の多くの場所に装備とともに移動することがで きるようになるだろう。新輸送機二O
機 を 使 え ば 、 ハワイからベトナムまで一歩兵旅団を装甲車その他の装備とと もに移動させることができる。これは、これまでなら八八機の輸送機を必要とする仕事である。:::現在、空軍が 使用している最大の輸送機の三倍の仕事をすることができ、しかもカリフォルニアから日本までひと飛びすること が で 長 ﹂ る ﹂ 口 こ う し て 、 日本の米空軍基地は、米軍にとってなくてはならない攻撃と輪送拠点なのである。 (6) 透明の基地 きて、地上の基地から、空に大きく目を向けてみよう。さえぎるもののない青い大空、その空は、 アメリカ本土 の空とも、朝鮮半島の空、ベトナムの空ともつながっている。また、煤煙に汚れた東京の空とはいえ、雨あがりの 晴れた日には、羽田のターミナル・タワーから意外に近くに見える富士山とその右手に連なる山波が美しい。その 限りない空を、自由自在に飛べるものと思っているひとは、多いかも知れない。だが、実際は、航空機はどこでも 勝手に飛べるというものではない。 一 定 の コ l ス を ( 航 空 路 の 幅 は 、 普 通 一0
マ イ ル リ 一 六 キ ロ ) 一 定 の 高 度 、 方向と 間隔、時間で飛んでいるのである。 ﹁でも、それにしても:::﹂と考えるかも知れない。 ﹁なにしろ、空には、さ えぎるものはないのだから:::﹂と。はたして、そうだろうか。治外法権になっている軍事基地は、空にはないの安保体制下の基地 第三章 だ ろ う か 。 一 九 六六年三月五日 、羽田 空港を 一
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時三七分に飛びた ったイギリスの民間航空 BOAC ボーイング 727 型 機 は 、 一 三O
人の乗客を乗せたまま 、 消息を断った。乗客のほ と んどは、日本へきたアメリカの観光客で、機長から離陸直 後 、 羽田の管制塔へ入っ た 連絡では 、 富士山へ 向か って有 視界飛行に入るということだった。だがそれが地上への最 後の連絡となった。 ﹂ の 魔 の BOAC 機は富士山の上空で乱気流にまきこま れ遭難したのだったが 、そ の遭難の発見が 、 いちじるしく 遅れ、当時マスコミによって大いに問題になった。その理 由 は 、 実 は 、 空の透明の基地 、目に みえない軍事の壁があ っ た か ら で あ る 。 (7) 頭上に 日本の空はない 一 九 六六年三月五日に富士 山 麓に墜落した こ の BOA C 239 機は 、そ もそも遭難時点では 、地上と の連絡が断たれて いた。それは、その空域が﹁米軍専用管制区域﹂で、民問機は地上からの航空交通管制をうけずに、パイロットの目 にたよる有視界飛行で飛ぶことになっていたからである。 そこで、この空域││羽田から富士山一帯に至る空について考えてみよう。 まず、羽田空港の西側五マイル(八キロ)の空域をけずりとって ﹁ブルi・フォ!ティーン ( B U ) ﹂ と呼ばれ る米軍専用空路がある。南の大島上空から横須賀・江田をへて、大宮、日光を結ぶ厚さ一
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マイルの空路の壁であ る。これは、南から米海軍厚木基地、立川、 横 田 両 基 地 、 埼玉県のジョンソン基地・航空自衛隊入間基地(いずれ も飛行場)を結ぶ線の東側に、関東平野を縦断してつくられている軍用空路である。 さらに、その西側に、B
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にそって、静岡、神奈川、 山梨、新潟の各県にまたがった広大な空域が、本土を太 ︿横切って﹁米軍専用管制区域﹂となっている。 通 称﹁ヨコタ・エリア﹂とよばれる空域で、地上から無限の天空 まで、まったく日本の主権は及ばない。つまり、これらの空域はアメリカの空であり、空の軍事 基 地にほかならな L 、 O 民間航空機は、原則としてこのルlトを横切ることさえできなかった。原則として、というのは、どうしても、 横断したいときには、そのとき米軍にとってさしっかえない範囲で、 一定の方向と高度があたえられて、有視界飛 行 で 、 はじめて飛ぶことができたからだ。だから、その場合地上からのレーダー管制は切れることになる。魔の B OAC 機は、ミステリー小説にある透明の壁のように、B
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に入ったとたん、地上からの航空交通管制は消えう せ、地上からはグ見えなく d なっていたのである。そして、この空の軍事基地のなかを、くぐるようにして富士へ 向い、空に壁があるなどとは考えたこともない人びとにだけ目撃されながら落ちたのだった。一 九 六八年四月から 、 西行使の一部が、羽田ーーー浜松の直線開で
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を横切ることができるようになった。羽 田を飛立った民間機は、 ほぼ横須賀の上空で 、 横田基地の米 軍 レーダー管制に、ハトンタッチされ、浜松方向へ透導 されるというもの。だが 、 大阪方面から羽田へ向う東行使は 、 あい変らず浜松上空から大島上空││館 山ll
羽田 と 、B
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を避けて大きくう回しなければならないし 、 空の軍事基地 ・ 米軍専用空域がなくなったわけではないむ いま問題になっている新東京国際空港の候補地の選定にしても、実は、この﹁空の軍事基地﹂との関連で規制さ れていることなのである。新空港が、B
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以西に建設されることは、B
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とそれを通路にしているジョンソン、 横 田 、 立 川 、 厚木などの米軍基 地を 撤 去 し な い か 、 ぎ り 、そ もそも考えられないのである。政府の候補地が 、 浦安 、 木更津 、 霞ヶ浦 、 富里 そして三里塚と、 いずれも関東平野の東側だけに選ばれたのは 、そ のためである。日米安保 条約 にもとづく、地上と空の軍事基地の存在は、その 意味で 、直接に千 葉県 、 茨城県の農民 ・ 漁民にお し かぶさろ う と してい るといってよい。さらにいえば 、三里 塚の農民は 、自 衛隊からの し わょせも同時に受けている。木更津 、 浦安の候補地は羽田空域 と 重なるため 、 はじめからダメ。 ところ が 、 もう 一 つ の 霞ヶ浦は 、 航空自衛隊の F 山 J 戦 安保体制下の基地 闘機を配置している出撃基地 ・ 百里の空域とぶつかる た め 、 防衛庁から猛烈な反対がでてつぶれたからである。 こうした 軍事専用空域は 、大 なり小なり 、 米空軍基地の周囲に設けられている。青森県の上空は 、 米空軍三沢基 地があるため 、 軍用機の発着と射撃などの演習区域が作られている。この空の軍事基地も侵入禁止。そこで東京方 面からの民間航空路(アンバ ー ・ 7 ) は 、三 沢の南 方から大 きく左旋回 し て 青森 市を 経由 、 函館 、千 歳 へ と向 かわな 章一
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第 ければならない。他にも 、ミサイル 演習や戦闘演習のための軍事用区域が全国の陸や海にいくつもあり 、 一 般の航 241 空機はその上空に立ち入るこ と が禁止されている。また、こんなやり方で、事実上の軍事専用空路が引かれてもいる。六七年七月から東京
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アンカレッジ問の北 太平洋上空に設けられた﹁ NOPAC--(/l ス ・ パ シ フ ィ ッ ク 1 号 ) ﹂ ル l トである。このル l トは、①速度がマ ッハ(音速)0
・七八以下の低速機で、②高度が約八七00
メートル以下の航空機用とされている。 と こ ろ が 、 間航空の主力は、ボーイング 727 や DC8 などいずれもマッハ0
・八二クラス。そのため、この約三二0
キロに わたる直線空路を飛ぶことができず、幅二00
マイル(二δ
キともあるため、より北極寄りか、中部太平洋寄り をう回して飛ばなければならなくなった。緊急時に NOPAC ・ーを横切るときも、 アンカレッジ管制塔の承諾を とらねばならない。ところで、 マ ッ ハ0
・七八以下の低速機というのは、米軍チャーター機として飛んでいる四発 のタ!ボ・ジェット機、米空軍の貨物専用機 C 凶やc
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なのである。ベトナム戦の激化のあおりが、民間航空にし ゎょせされ、 一分間の飛行燃料費が一万円かかるという民間ジェット機にとって、 ﹁アメリカや北回りヨーロッパ 行の幹線路が軍用にとられたのは痛い﹂とは日本の航空関係者の声である。 一九六八年七月一日、 米軍の民間チャーター機が千島列島・択捉(エトロフ) 上空付近でソ連の迎撃機三機に領 空侵犯でっかまり、 エトロフの飛行場に強制着陸させられる事件がおきた。同機は、ボード・ワールド・エアライ γ ズ社の DC8 型機で米本土シアトルから横田を 経由 して、ベトナムへむかう MAC 便 、 HH 積み荷 d は一二四人の 米兵だった。 一 般報道では、この機は前記 NOPAC--をはずれてソ連領空を犯したものと伝えられた。だが、 実 際 は 、 DC8 型機はスピードが速いため 、 はじめから NOPAC ・ーを通らずに、 ソ連領空すれすれのコ i ス を とっていたというのが真相だったようである。 242 民(8} 空のおきて
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軍事優先 日本の空のおきて││それは軍事優先である。しかも、運輸省航空局の管轄である航空交通管制の業務は、日常 的に軍(米軍および自衛隊)の下請け業務をやらされている。そして、 いざというときには、その機構および機能の すべてが米軍と自衛隊の手で完全に 掌握される ことになっている。 具体例を二つあげよう。 一 つ は 、 空 の 軍事基地は 、前述の米 軍専用空域などだけではなく 、通常の航空路のなか にも突如出現する、ことがあるといった例だ。それは、 ﹁高度閉鎖﹂とよばれているもので、米軍のなんらかの都 合 で 、 一 定 の コ i ス が 一 定 時 間 、 軍 にとられ、ある空域なり 高度なりが特定 の軍用機の飛行のために﹁閉鎖﹂され るわけである。たとえてみれば 、 東京で最も交通量の激しい宮城前を、戦車を通すために 、 通行禁 止にす るような ものと思えばいい。その﹁閉鎖﹂されたコ l ス な り 空 域 は 、 いわば臨時にできた空の軍事基地である。その場合、 民間機は予定のコ i スを変更したり、その軍事コ l ス、空域をよけて大廻りしなければならない。また、板付、千 安保体制下の基地 歳など軍民間共用の空港や岩国米海軍基地近くの民間空港などでは、民間機が発着陸できずに長時間待機 しな けれ ばならない。こうしたことは、 ほとんど毎日のようにおこっていることなのである。 もう一つの例は、航空交通管制業務は 軍 の 下請けだということを示している。 航空交通管制本部の管制官 ・ 航空機動向確認係 ( A M I S ) は 、 扱っている機が日本の上空を北部 ・ 中 部・南部と 章一
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第 区切って作られている軍事警戒空域i
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防空識別地域 ( A D I Z ) の各境界を通過するたびに、 その飛行状況を隣 243 室にいる自衛隊の AMIS に連絡し、そこを通じて、 日本 空域を飛ぶ すべての民間機の動きが、防空管制所 ( A DC C ﹀に知らされているのである。 ADCC は三沢、入問、春日の各基地にあり、ここでは軍用機の動きがつかまれているから、交通管制本部の A MIS からの情報と合わせて、日本空域およびその周辺の軍用、民聞を問わず、すべての航空機の動きが、 軍(米 軍・自衛隊の共同作業) によってつかまれることになる。もちろん、各 ADCC は沖縄、韓国の ADCC と と も に 、 府中にある COC( 戦闘指揮所)と直結している。 ﹂ の 占 小 で は 、 本土で防空管制がてむ自衛隊の手に渡されている ことは形式的なことにす、ぎず、空の態勢は、米軍指揮のもとに日本本土、沖縄、韓国を通じて完全に一体なのであ る 。 私たちの頭上は、アメリカの空であって、日本の空ではない。 3 海の基地 (1) 米海軍基地のはたしている機能・役割 ﹁ 海の基地 ﹂と 題したことについて、 まず、最初にことわっておかなければならないだろう。 日本が、米海軍によって軍事基地としてどのように利用されているかについて考えるとき、空・陸軍の場合にし て も そ う だ が 、 いわゆるグ在日米海軍 4 といわれるものだけについて見たのでは、その真の実態をつかむことがで きないからである。たとえば、在日米軍基地に現にある部隊であっても、在日米海軍司令部の指揮下にはなく、第 244
七艦隊の作戦指揮下におかれている部隊も多く、また、軍港・横須賀、佐世保について見る場合、第七艦隊のおこ なっている作戦行動、任務などと切離して考えることはとうていできないからである。まして、昨今、プエブロ号 事件などで﹁戦場化する日本海﹂などといわれるほど、日本列島の安全にとってますます波高くなる日本周辺海域 の情況に目を向けないとすれば、米海軍の目に見える港湾施設や陸上基地、あるいはそこにたまたま配備されてい る部隊名を知ったとしても、基地日本の本質に迫ることはできない。そこで、在日米海軍として日本に展開してい る兵力、現にベトナム、朝鮮海域を中心に作戦行動をとっている米第七艦隊について見ながら、それらとの関連で 日本にある主要な米海軍基地のはたしている機能・役割について実態的にとらえることにしたい。 日本にある米海軍基地といえば、だれでもがまず、横 須賀 、佐世保の名をあ げるだろう。 こ こ 数年 、相次いで米 原子 力 潜水艦が入港 し、原子力 空母エンタープライズが ﹁ 寄港﹂し、そのたびに 、 新聞 、 テレビなどでその軍港の 名を聞かないひとは、 いないからである。だが、それらの軍港にアメリカの軍艦が、たまたま寄港するものだと思 いこんでいる人や世界最大の艦艇をょうする第七艦隊の根拠地としての米軍基地だということを、知らない人は意 第 三 章 安 保 体 制 下 の 基 地 外に多いようである。 ところが、横須賀が戦前からの軍港都市で旧日本帝国海軍の﹁鎮守府﹂だったことは、比較的よく憶えられてい る。現在も、海上自衛隊の自衛艦隊司令部があり、その建物のある市内船越町からスイッチひとつで、全国各地の 海上自衛隊基地や周辺海域にいる艦艇への連絡 ・ 指 揮にあたり、港が自衛艦隊の根拠のひとつである点では 、 現日 本海軍の鎮守府だということができよう。しかし、それにもかかわらず、横須賀は、やはり米第七艦隊のためのア 245 ジア・太平洋全域のグ鎮守府 d な の で あ る 。
訪れてみればだれでもすぐわかるが、日本海軍である海上自衛隊の影は 、 まったく薄い。そこは 、 まぎれもな い 米海 軍 の港である。横 須賀基 地のほとんど大部分が、米海軍に接収されていて、米軍の基抱となっているからであ る。そして 、 米第七艦隊の巨大さ に くらべて 、 日本の自衛艦隊はあまりにも小さな規模だからというのではなく 、 米海上戦略の一部分と してその指 揮下に組み こ まれ 、 補助部隊としての役割をはたさせられている海上自衛隊の本 質 に 根ざしていることなのである。ようするに 、 横須賀は旧日本海軍の最良の軍港と し て 誇 っ た 基 地を、まるまる 第七艦隊がひきつぎ 、 増強 し た 米海軍基地なのである。 した がって 、 横須賀基地は 、 陸 上 面積だけでも 七四二万平方メートルの広大な 敷地をもっ要塞である。基地内 に は 、 在日米海 軍 司令部をはじめ 、 海兵隊の宿舎 、将 校ク ラ ブ 、 病院 、 各種倉庫施設から郵便局 、劇 場 、 は て は 、 ロ ッ ク ・ クライミングができる海兵隊のレンジャ l 訓 練場まである。また 、 い ざ という 時 には、海兵 隊 一 個 師団が優 に野営できるゴルフ場もある。第七艦隊の陸上事務所、司令官公邸もここにある。もちろん 、 原子力空母、原子力 潜水艦をはじめとするあらゆる僻艇の修理ができるドックや水兵 た ち の遊泳や艦艇のけい留にも好適のいくつかの 港湾があり 、近 くに弾薬庫 、石油貯 蔵基 地も 置 い ている 。 こ う し て 、 横須賀は 、西の佐世保 基 地とと もに米第七艦 隊の母港となっているのである。 母港というのは、艦船が航海前後に主な根拠地として用いる港をいうわけで 、した がって母港には補給や修理な ど支 援施設が完備されて い る わけ で ある。横須賀は 、 第 七 艦隊の旗艦の母港でもあるが 、 第七艦隊の司令部はその 旗艦(一九六八年一一月以降 、 ミ サ イ ル 軽 巡 洋 艦 オ ク ラ ホ マ ・ シ テ ィ 号 。 一 四 二 五
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ト ン 、 艦長 W ・ D -サ l フ ェ イ ス大佐)に おかれていて 、 旗艦入港中も司令官は艦上から指揮をとり 、 第 七 艦隊に陸 上 事務所はあっ て も 、 陸上司令部はなレ。き て 、 一般に、日本に展開している米海軍は、三つの種類の部隊に分けられる。 その一つは、作戦部隊で、これには第七艦隊そのものと、在日米海軍基地に配備されているが同艦隊の作戦指揮 下におかれている常時移動可能な部隊がある。二つは、 いわゆる在日米海軍と呼ばれている第七脂隊の補給支援を 中心に、在日諸海軍部隊の調整をおこなっている部隊 、 三つには、もっぱら第七艦隊の航空機、海兵航空隊の支援 にあたっている西太平洋方面艦隊航空支援隊である。 (2) 第 七 艦隊の基地 第七艦隊は 、兵 員約八万 、 般艇一九
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、航 空機 七 五O
を もち 、核・非核両戦 争を遂行する能 力をもっ、世 界最大 の艦隊である。アメリカは太平洋に、西太平洋の第七般隊と東太平洋の第一艦隊の二つの艦隊をもっているが、第 一 艦隊で訓練をかさねた牒艇 、 航空部隊が第 七 艦隊に派遣されてくる。いわば 、 第 一 艦隊は練習隊で 、第七 艦隊は 現在のアジアにおける第一線部隊だ ともいえる。通常六つの 機動部隊と 十数個の任務群にわかれて作戦行動をとっ 安保体制下の基地 ているが、それらが、現在、戦時にあることはいうまでもない。 米軍が 、 まだベトナム侵略戦争に全力投入にはいる前 、 第七艦隊の兵 力 は 、 服艇 二 一 五 隻 、航 空機六五O
機 、兵 カ六万と発表されていた。それが、現在では、前述の数字となったのであるから、大した増強ぶりというほかはな ぃ。その増強分のほとんどが大西洋艦隊から移籍されてきた艦艇で、駆逐艦を主に五O
隻はくだらないだろうとい 第三章 われている。いわば、その戦力増強を象徴するものが、核空母エンタープライズ号を中心とする原子力推進舷艇の 247 ベトナム戦への投入だったのである。原子力空母エンタープライズとミサイル装備・原子力フリゲ l ト艦ベインブリッジが、第七艦隊に配属されたの t土 一九六五年 一 一 月。その後 、 ミ サイル装備原子力巡洋艦ロング・ピ ー チ も 、 六六年二一月にベ ト ナ ム海域に配 属されて 、 巡洋艦・駆逐艦群の旗艦となり、もう一つの原子力フリゲ l ト 艦 トラクストン も 、 ま た 、 第七艦隊に配 属されようとしている。さらに、 ﹁ よ みがえる戦艦 ﹂とい われた艦砲射撃専門の巨艦 一 一 ュ l ジ ャ ー ジ ー 号が 、 六八 年秋以降、ベトナム戦に再登場したのも、北爆行の米機、三二
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機と数千人のパイロットの損失を補うものとし ての第七艦隊増強策の一つであった。ちなみに、これらの戦力についてみれば、 つぎのとおりである。 ﹁ エ ン タ ー プライズ﹂は、 ﹃ ビ ッ グ E ﹄ と呼ばれる世界一の巨艦で、 最大排水量八万六五00
ト ン 、 全長三四 一 メ ! ト ル 、 飛行甲板は一 ・ 八ヘクタ ー ルと後楽園球場の三倍近い広さをもっ。 FB4 フ ァ ン ト ム を主力に戦闘爆撃機 約 一OO
機を積み、乗員は五0
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名前後といわれている。速力三五ノット(時速六五キロ)航続距離一四万カイリ ( 普 通 空 母 の 三O
倍以上) の推進力を持つ。こう書くとグすごい巨艦だ d と驚くが、世界の人びとをそう驚かし威圧 をあたえるのも 、 こ の空母の建造と配備の狙いでもある。積載機全機がいっせいに攻撃をおこなえば、 一 時に約 一00
ト ン 以上の各種の爆薬を雨と降らせることが可能で、九00
キロ核爆弾、四五0
キロ小型爆弾、高性能火薬爆 弾 、ナ パ!ム弾 、 ポール爆弾 、 対地ロケット弾 、 機銃掃射といった攻撃量は 、 優に戦略空軍 一 個中隊のそれに匹敵 するといわれている。もちろん空母のなかに 、 核兵器貯蔵庫がある。しかも 、 沿岸近く接近する母艦からの反復攻 撃ができる こ と 、 空母じ た い 核 ・ 非 核両用ミサイル ・ テ リアを積んでいることを考えると 、 エ ン タ ープラ イ ズ ロ 方 は 、 文字どおりグ動く核基地 d なのである。 ま た ニ ュ l ジ ャ ー ジ ー 号は 、 第二次大戦から朝鮮戦争にかけて 、太 平洋 、 日本海で就役、その後グ時代遅れ。;事ひ占 Iz'~'J
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安保体制下の基地 第三章 としてしまいこまれていた戦艦(排水 量 は 完 全 装 備 で 五 万 四0
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ト ン ) だ っ た が 、 艦砲射撃専門の グ 浮ぶ砲台 ρ とし て改造したもの・二ハインチ砲(四O
六四センチ)九門を主砲に、他に五イ ンチ砲二O
門を装備している。 一 六 イ ンチ砲九門がいっせいに砲口を開くと、 分間半で戦闘爆 撃 機六O
機分の火力 を発揮するといわれる。さらに五イン チ 砲 二O
門は 、 駆逐艦五隻分の砲撃に 相当する。これは、もはや、核兵器は 使用しない通常火薬による破壊兵器と はいえ、みな殺し作戦のためのグ悪 魔 の兵器 d と い うほかはない。 ﹂ う し て 、 第七 艦 隊 は 、 一九六六年 二月のマクナ マラ前国防長 官 の年次報 249 告が指摘するように、 ﹁ 全面核戦争から解放戦争にいたるあらゆる戦争に対応できるよう準備 ﹂ さ れ 、 あるいはまた 、 同艦隊発行のパンフレットが書 い ているように ﹁ 米国政府の極東外交にかつて例がないほど柔軟な力の手段を提供 し て い るのは 、 米政府の政策を支 援して 、 問題が起こるや 、 ただちにその中心に武力を集中できる能力なのである ﹂ と誇る と ころの戦力なのである。 そ し て 、 攻撃範囲は 、 北はベーリング海から南は南極 、 西はインド洋にいたる地球表面積の五分の 一 をしめる区域 である。そ こ を 、 攻撃空母を中 心 とするいくつかのグル 1 ・プに分かれて 、 ロ ーテー シ ョ ン し 、 いずれかの機動部隊 が各警戒海域を巡航 し ているわけである。もちろん 、 現在は 、 かわるがわる そ の 主力 を ベ ト ナ ム と 朝鮮半島に 向 け ている こ と は 、 いうまでもない 。 し たがって 、 横須賀 、 佐世保が第七艦隊の母港であり 、 根拠 地 であると単純にいってのけるには 、 余りにも 、 本の基地は罪深く 、 世界一危険な役割をは た し ているといわなければならないのである。 (3) 海兵隊航空作戦部隊の基地 第 七 艦隊の直接指揮下に置かれている海 兵 隊のうち 、 在日米海軍基地に配備されて い るものに第一海兵航空団が ある。本部は 山 口 県岩国基 地 内にあり 、 三航空隊をもっ。すなわち 、 岩国 に は 地上 攻撃を主任務とする第一五航空 隊 、 神奈 川 県厚木 に は迎撃を中 心 とする第 一 一 航空隊 、沖 縄普天間 に は ヘ リ コ プ タ ー に よ る兵員 、 物資輸送の第 一 六 航空隊を展開 し て い る 。 こ の部隊は 、 在 日 米海軍基地 に あ っ て は 、主 要な 作 戦部隊 と いえるもので 、 いつどこに で もゆける態勢 に ある。そ し て 、 南ベト ナ ムへの米 地 上軍の本格介入の先がけ と な っ た 沖縄の第三海兵 師 団 と チ l ム を組んで 、 その補給 と 輸送をうけもち 、 い わ ば 、 第七艦隊指揮下の上陸作戦の主 力とし て の 一 翼をになっ た 部隊 日
で も あ る 。 ま た 、 同様に、第七艦隊指揮下で、二四時間作戦行動にたずさわっている哨戒機部隊も日本に置かれている。岩 国 基 地 に 、 レーダーや水中聴音器などを備えた対潜水 艦 ヘリコプターとして最新鋭機である P3A オライオン型哨 戒機九機を中心にした対潜馨 一 白木海と北東方面海域の哨戒に当たっている。また、厚木には艦隊 航空偵察中隊があって、第七艦隊に必要な情報の収集と提供の任務についている。 なお、このうち沖縄・普天間にも部隊をもち、兵員三
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、 ヘリコプター一個中隊、 K C 則 ハ lキュリーズ大型 輸送機一個中隊(二ニ機)を持っていたが 、 ヘリコプター部隊をのぞいてベトナムに展開した。 (4) 在日米海軍の基地 在日米海軍は、司令部を横須賀 基地 内 に 置 き 、 日本本土と沖縄をその管轄下におく、第七艦隊の補給支援を中心 に活動している部隊である。したがって、その主な部隊(艦隊支援隊)は、 横 須 賀 基 地 、 佐世保基地、 那 覇 基 地 安保体制下の基地 ( 在 琉 球 艦 隊 支 援 隊 ) に 配 置 さ れ 、 また、横須賀に艦隊気象隊をもっ。 在日米海軍の主な任務は、①第七舵隊を中心とした舵艇へ支援・補給、②対潜水艦作戦の立案および港湾防衛計 画 の 調 整 ( 海 上 自 衛 隊 と の 協 働 ) 、 同海域部隊(第七舵隊、ポラリス潜水舵群)の作戦行動のため の情報の収集と提供、④海上自衛隊の訓練計画立案と連絡などとなっている。つまり、海軍作戦部隊以外の在日米 ③太平洋海軍司令部、 立 早一
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一
第 海軍部隊のいっさいを掌握しているのが 、 在日米海軍司令部なのである。とくに 、対潜作 戦の立案の任務と関係し 251 て、横須賀に第七艦 隊の潜 水艦部 隊司令官がレる ことを見藷すわけにいかない。海の現代戦で最も重視されるのが、敵潜水艦の探知と撃滅だからである。そのために、第七艦隊所属の潜水艦による対敵潜水艦作戦がきわめて重視さ れている。しかも、ポラリス原子力潜水艦の護衛の役割をはたす米攻撃型原子力潜水艦が第七艦隊とあっては、 おさらである。潜水艦情報を集める作業などをおこなう西太平洋での最重要機関の一つである在日米海軍作戦統制 センターが、旧日本海 軍の作戦室のあった地下基地にある。そ してこれら西太平洋全域の潜水 艦に 、常時指令を発 信しているのが、横浜市戸塚区の深谷通信基地 llt 愛知県刈谷市の依佐美通信基地なのである。 つまり、以上のような任務と機能をもった在日米 海軍部隊がいないとすれば 、横須賀や佐世保は、米海軍 艦艇の 単なる﹁寄港地﹂とみることができようが、それが存在するかぎり、日本の軍港は、 いぜんとして米海 軍のための 太平洋最大の根拠地といわなければならない。 したがって、有事のさいは、在日米海軍司令官は、第七艦隊の対潜作戦、船舶管理、港湾防衛、船舶・航空機の 救難にあたる諸部隊の指揮官となって、第七艦隊の一部を指揮することになる。 なお、これらのほかに、沖縄をふくむ日本にある米海軍航空支援隊(厚木、木更津、岩国、那覇、普天間にある)や海 軍通信隊(横須賀、横浜市戸塚)、海軍通信保安隊(横浜市上瀬谷)などの諸部隊を調整する業務もおこなっている。 横須賀、佐世保と並ぶものとして、沖縄・那覇港がある。さきにみたように、ここには横須賀に本部をおく艦隊 支援隊が配備されているが、空母など大型艦船用 の ド ッグとそのための技術がない以外は、あらゆる種類の船が出 入できる点で、横須 賀 、 佐 世 保 、 スピック(フィリピン)におとら ぬ良港だ と い わ れ る 。 し た が っ て 、 ﹂ こ に は 、 第七艦隊の旗艦も、攻撃型原子力潜水艦もひんぱんに入港する。燃料、水、電力あるいは原子力潜水艦用酸素など の補給業務がおこなわれ、それには、在琉米陸軍第二兵たん部隊、があたっている。横須賀が第七艦隊の母港である な
のにたいして、那覇港はその補給基地ということができよう。 那覇 軍港は沖縄の西岸 にあるが、米海 軍は東海岸 にも港 湾を 求 め 、 ホワイト・ピ l チ、天願の二港を使い、物資、 燃料な ど の補給と と もに 、ベトナム 戦争の激 化と 朝鮮半島の情勢が緊迫するなか で新 編成 さ れ た第七艦 隊の第 七 二 機動隊の停泊地としても使用している。 (5) 西太平洋方面艦隊航空支援隊の基地 西太平洋方面艦 隊航空 支援司令部は、神奈川県 厚 木海 軍航空基 地 に 置 かれている。米海 軍機 、 海兵隊機の支援に あたるのがその任務である。海兵航空隊の基地は、 さきにのベたように岩国、普天間とあり、艦隊航空機の 基 地と し て は 、 厚木 、木 更津 、 那覇の三基地を使用 して、海 軍関係の航空隊基地は計五基地あるが 、そこに、それぞれ 厚 木基地内に司令部をもっ支援隊がおかれている。この航空支援隊の任務は、①基地業務の維持、②航空機への補給 などが主となっているが、当然その補修にも力がいれられている。 安♂体制下の基地 このうち、木更津は、米海軍最大の航空機 修 理施設をもっといわれ、艦載機の発着訓練や対潜ヘリコプター﹄の補 修などもおこなわれている。那覇米空 軍基 地内にある那覇海軍航空施設隊は、同基地の那覇海軍航空隊の補給支援 をおこなっている。 海軍航空隊基地のうち最重要基地は 、厚木 基 地である。第二次大戦の終戦時に、ときの占領 軍最高 司令官 ダ グ ラ 第三章 ス・マッカ i サ ー が 、 コ i ンパイプを口に最 初に降り立った基地 として知る人も多いだろう。かつて、 ソ連ではじ 253 め てミサイルによ っ て 撃墜 されて問題化した﹁ 黒 いスパイ 機 U 2 型 機 ﹂ もここを発進基地にしていたことがあり、
エンタープライズが佐世保に 初入港 したと きも、艦載機の多くが入港を前 に 太 平洋 上からここ 厚 木に降りたち、パ イロット連中 は横須賀のパ 1 街へと くり こんだエピソ ー ドをもっ基地である。 だが、厚木 基 地 の 重要 性は、米海 軍 としては、西太平洋 で唯 一のジェットエンジン補 修施設 をもっていることに ある。そのため、第七艦隊の空母艦載機の主要機種を常に使用可能な状態に維持する任務(補給、訓練、修理)をも ち、またベトナムで破 損 したファントムなど 第 一 線機の補修もお こ な われ て い る 。 修 理を受けもってい る の は 、 隣接する日本飛行機厚木工場で 、ここの 修理能 力は米 海軍から高く評 価されてい る 。 同航空隊司令官は六七年、共同通信記者に﹁厚木は米海 軍 唯一の在日航空基地で必要不可欠の存在だ。厚木周辺の 日本の工業力は基地の補給能力を大いに高めている。防 衛上の即応戦 力を必要とするかぎり、厚木 基 地 は 重要基 地 としてこんど も留まるだ ろう﹂と語ったこと が あ る 。 なお、部 隊はすで に み た迎 撃航空隊 、 哨戒飛行隊な どのほ か に 、 太平洋飛 行 訓練援助部隊 、海 軍航空電 子 工 学訓 練班 といった 名のものも同居 してい る。米海 軍 ﹄ にとって 、 厚木が 、 横須賀 とワンセ ッ ト で は た してい る役割は 、 ぎりなく大きい。 (6) 艦艇の修理、補給基地 l l 横須賀、佐世保 ﹁ベトナム戦争で出 動中のアメリカ海軍は 、 日本と台湾の 艦舶修理施 設に大きく依存している。 こ れらの施設は 非常にすぐれたものをもっている。と くに日本の横須賀 、 佐世保な し では東南アジアにおける作戦は重大な困難 におちい る だ ろ う 。 海軍機 、 海兵隊機の補修も 、 高水 準 の ものは横須賀(注 、 正 確 に は 厚 木 基 地)とスビックを 刀
使っておこなっている ﹂ ﹃ 東 南 ア ジ ア における米海軍 と 海 兵 隊 ﹄ と 題する 一 九 六七年四 月 六日に発表 さ れ た 米 上院軍事委員会 ・ 軍事調査 小 委員会(ス テ ニ ス委員長)の実情調査報告書に 、 こう書かれている。 同 報告書は 、 さら に つぎのような数字を示 し ている。米第七艦隊の修理基地は 、 大きい順に 、 ス ピ ッ ク 湾 ( フ ィ リ ピ ン ) 、 横須賀 、 佐 世 保 、 グ ア ム の 四 つ がある( 他 に 、 高 雄 日 台 湾 、 マ ニ ラ H フ ィ リ ピ ン で も 海 上 補 修 を お こ な っ て い る ) 0 そ れらの 一 九 六 六米会計年度(六五年七月 t 六六年六月)の実績は 、 一 人当りの延べ作業日数で 、 ス ピ ッ ク リ 三 七万 五