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職業会計士の訴訟戦略--その戦略的意思決定プロセスについて---香川大学学術情報リポジトリ

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−99−

職業会計士の訴訟戦略

その戦略的意思決定プロセスについて

松 本 祥 尚

仁.はじめに。 Ⅱ..代替的紛争解決策。 Ⅲ.仮設ケ・−ス。 Ⅲ−1対監査 人訴訟。.の情況。 Ⅲ−2.ケ1−ス設定。 Ⅳ.意思決定ツリ−モデル。 Ⅳ −1..開 発。 Ⅳ−2…確率割当。 Ⅳ一3.適用バク・−ン 。 Ⅴ..おわり 軒こ。 Ⅰ 公認会計士(CPA)は,本来,一定の契約に基づいたサ・−ビスの提供におけ る債務不履行(契約違反)lや,当該サ・−ビス上の畷庇(不法行為)2〉に起因して, 常に損害賠償訴訟を提起されるリスクにさらされている。特に訴訟社会といわ れるアメリカにおいては,その生来的特徴が顕著に現われており,「平和な環

境」に慣らされた我国会計士業界とは大きな隔たりがある。しかしながら,最

近になって,日米構造協議で職業会計士市場の開放問題が採り挙げられたり,

商法改正によって監査人の法的責任が追及される土壌が整備されたことに伴

い,我国の CPAに.も「訴訟の嵐」に巻き込まれる前提条件が備わってきたと 1)拙稿「会計士のコモン・ロー責任を巡る法律環境一契約法争点を中心に−」『香 川大学経済論叢』第64巻第2・3号(1991年)。 2)拙稿「CPA賦課責任の対人範囲−ネグリジェンスに対する『防壁』の効能−」『香 川大学経済論羊』第65巻第3号(1992年)。

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香川大学経済学部 研究年報 34 −J(フ(フー 評せる。そして,ボーダ1−レス化した資金調達のヨリー層の促進と,それに.伴 う監査報告書の国内指向から国際的流布によって,国外株主からの我国監査人 の責任追及も容易となった。 このような監査人を取り巻く法的環境の流動化から,我国CPAの側でもその 法的責任が追及されたときの対応を議論しておくことは,近い将来,極めて重 要な意味を㍍ってくることになろう。その際,当該対応の可儲性としては,法 廷内の訴訟で対抗するパターンと,法廷外で和解などの方策を探るパタ・−・ソと に大別される。両パター・ンについて,法廷判決による場合には,必ず判決文と してフォーマルな形で公表されるのに対し,和解によって解決が図られた場合 には,当該議論の経緯ヰま公表されることほなく,インフォ・−マルな形で解決さ

れ,最終結果として「××事務所00億ドルで和解」という新聞や雑誌の見出

ししか目にすることはできない。 理論的に.は,被告である監査人が訴訟の道を採るか和解の道を採るかは,最 終的に支払われる機会コストによって判定されるはずである。直観的にはこの 代替的ル1−トの存在が理解できたとしても,では,具体的にどのような経緯を 経て和解という手段を選んだのか,或いはその道を採ったのか,という意思決 定プロセスが表に出ることはない。しかし,社会がよって立つ法律そのもの を,経営戦略の一環として積極的に活用しようとする「戦略法テク」3)一例え ば,自己に有利な管轄法域(州)で訴訟を争ったり,多額の損害賠償請求を提 起された会社が意図的に更生法を申請する−は,アメリカ企業に典型的に見 られ,企業にとって利用可能な種々の法的戦術の内から,自らに最も有利なも のを選択するこのようなプロセスこそ,我々が理解しておく必要がある。 そこで,本稿では,被告たる会計事務所が弁護士などの法曹との協議を通じ て,如何に.して最終結論を得るのか,すなわちどのような訴訟戦略を策定する のか,について明らかにしてみたい。このようなアプローチは,上記意思決定 プロセスで争点となる監査上・法律上の問題を抽出することにも役立つと考え 3)長谷川俊明『訴訟社会アメリカ一企業戦略構築のために−』(中央公論社,1993 年)35貢。

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職業会計士の訴訟戦略 −ノ(〃− られる。 Ⅰ アメリカ公認会計士協会(AICPA)は,その会計士の法的責任に関する特別 委員会に.おいて,「両当事者の社会的評判が良く,その争点が複雑で,賠償金も 高くなる場合,このような柔軟な〔代替的紛争解決策〕アブロ・−チが,比較的 少ない時間とコストの浪費,ならびにヨリ少ない混乱で済むような公正な結末 に到達するために,優れた方法となる」4)と述べ,代替的紛争解決策(alternatiT

vedisputeresolution:以下,ADR)の有効性を認めている。そして現に,我国

においても製造物責任(Product Liability:PL)との関連で有効性・効率性を

備えたADR設置の必要性が認められ始めており5),このような情況は,司法の 職業専門家サービスの質に対する牽制と消費者運動に代表される社会のリベラ ル化が進むにつれ,CPAの潜在的法的責任が拡張されてきた6)当時のアメリカ 専門職業が置かれていた環境と類似している。 一・般的にこのADRの長所として,紛争当事者間の問題解決において,当事者 同士による相対的に大きな関与と,その反対に代理人たる弁護士の相対的に小 さなコントロトー・ルが挙げられる。そして,ADRの代表的な手法であるミニ公判 (mini,trial)は,「法的紛争を『法廷中心(court−Centered)』の問題から,『 ネス中心(business−Centered)』の問題に転換する裁判外(extra−judicial)の手 続」7)と定義されている。一方,ADRの採用に伴う短所として,両当事者の関与 がヨリ多くなるために,法律上の決定に固有の不確実性と複雑性を当該当事者 自身が扱うことになり,それが故にり それを面倒がる当事者にとっては問題と

4)AICPA:SpecialCommittee on Accountant’s LegalLiability,AlteT・natWe DisPute Resolution(New York:AICPA,1987),p6

5)例えば,日本経済新聞社「PL法元年一下一裁判外の紛争処理」『日本経済新聞』(1995 年2月18日)8貫。税務研究会「『家電製品PLセンター』を設置一家電製品の裁判外 紛争処理機閑」『週刊経営財務』第2219号(1995年)2貫。

6)Davies,JonathanJ,CPA LiabilityA ManualforPY・aCtitioners(NewYork:John Wiley&Sons,1983),pp..6−12

7)Davis,JF and LJOmlie,“Mini−Trials:The Courtroomin the Boardroom, WillametteLaw Review(Summer,1985)pp531−532

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香川大学経済学部 研究年報 34 −JO2− なってくる。 このようなADR固葡の短所を補うために案出されたものが,意思決定ツリー 分析(decisiontreeanalysis)という技法である。当該技法は,不確実な情況下 で行なわれる複雑な意思決定を処理するための特別の意思決定分析技法として 位層付けられており,実業界においても多用されているといわれるさ)。また1980 年代初頭から,企業の弁護士も,クライアントとの法律上の意思決定問題を議 論・分析する場合の手段として当該技法の有効性を認め,事実,84年の調査で は,自らのクライアントに.助言を提供する場合に,或る程度その分析手法を利 用していたことを,回答者の約20パ・−セントが認識している9)。 以下では,紛争処理に関する意思決定において積極的に利用されている当該 技法について,会計事務所(被告)対被損当事者(原告)という関係に置き換

えながら,CPAがどのようにして訴訟戦略を策定しているのか,について,

シ1−デル(Siedel,G.J.)の解説に基づきながら検証してみたい。 Ⅲ Ⅲ−1 対監査人訴訟の情況 シt−デルは,1984∼87年4年間の連邦及び州に提出された資料に対し,「監 査人(auditor)」と「法的責任(1iability)」という用語によって検索し,対監査 人損害賠償訴訟100ケ、−スをレビュ.−し,以下のような4つの事実を検出し た10) 。

先ず第1に,検証されたケースの5パ1−セントが監査人のクライアントに

よって掟起され,残りの95パーセントを第三者が提起した。この95パ・−セント

8)Ulvila,JWand RVBrown,“Decision Analysis Comes of Ages,”Harvard Business Review(Sept一Oct,1982),p131.ジャコプ・W・ウルビラ=レックス・Ⅴ

・ブラウン「問題解決に意思決定分析をどう活用するか」『DIAMONDハー・バード・ビ ジネス』(1983年1−2月)3(;∼50頁。

9)Siedel,GJ,“Intersections of Business and LegalDispute Resolution,”Journalof ∂ま坤打f夕月e5OJ㍑わ07Z(1988),pp.107−141

10)Siedel,GJ,“Decision Tree Modeling of Auditor Liability Litigation,”Accounting Horizons,Ⅴ,nO 2(June,1991),pp”81−82

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ーJO3− 職業会言十士の訴訟戦略

のうちのほぼ半分ずつを投資者と債権者が,残りを得意先や保険会社が提起し

ている。

第2に,訴訟が提起された場合,その幾つかのケ・−スでは重複した被告が指

定されるため,被告となった会計事務所はのベ107に上る。

第3に,原質が請求した損害賠償額に.関する情報を表記した15ケ・−スについ

て,その請求額には45万3千293ドルから10億ドル超の幅が認められたが,請

求額の平均値は1千600万ドルとなった。またこのうちの6ケー・スが未決の審

理中に.なって:おり,残りの結審した8ケ・−スで会計事務所が勝訴し,残りの1

ケ・−スでのみ原告に50万ドルの損害回復が認められている。

第4に,原告側が持ち出した代表的な訴因について分析してみると,①過失

(52%)・②証券法規違反(51%)・③詐欺(49%)という結果になケた(第1

表参照)。特に.①過失と③詐欺を訴えたケ・−スの大半で,過失不実表示(21%)

と重過失(13%)を伴っている。その他では,事業への犯罪組織等の浸透の取

り締まりに.関する法律(RacketeerInfluenced and Corrupt Organizations

Act:ⅢCO)違反(23%)・契約不履行(18%)・信任義務違反(12%)・横

領(4%)という構成に.なっていた。平均的には,1ケ・−ス当たり2..5の訴因が

提起されており,全体の30パ・−セントを占める単一∴訴因で最も−\般的なもの

は,①過失(12%)と②証券法規違反(12%)であった。また2つの訴因が提起

される場合でも,②証券法規違反と③

【第1表二訴因の構成割合】 詐欺の組み合わせ(6%)か,①過失 と③詐欺の組み合わせ(6%)が,よ く見受けられる組み合わせとして見出 された。3∼9つの訴因を提起したも のについては,はっきりした有力な観 み合わせはなかった。 Ⅲ−2 ケ・−ス設定 前項で検出された損害賠償請求額や

訴因割合などを前提に,考えられる

ケ・−スを仮設してみると以下のような 訴 因 全ケ、−ス中の割合 過 失 52% 証券法親 51% 詐 欺 49% RICO 23% 過失不実表示 21% 契約違反 18% 13% 信 任義務 12%

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香川大学経済学部 研究年報 34 −JO〃− ものとなる=)。

仮設ケースでの原告は,ABC社(ABC,Inc.)の株式を100万株以上購入した

第三者とする。被告は,ABC社の独立監査人を務める大規模会計事務所であ

る。 原告は,その中立てによれば,ABC社の年度財務諸表における重大な不実表 示によって,1千600万ドルの損失を被った。もし被告の責任が認定されれは, 当該金額ほ回復されることになる。一・方,会計事務所側では,このケースに勝 つに.しろ負けるにしろ,将来の法的及び関連コストほ総額30万ドルに上ると見 積もられた。 また当該申立ての後,他の会計事務所による特別調査の実施に・よって,5千 万ドル超の報告利益の逆粉飾がなされていた事実と,無形資産の評価が切り下 げられていた事実が,その報告書のなかで指摘された。 原告(被損第三者)側の主張 その訴状のなかで,原告ほ監査人の法的責任に関する法理論として,詐欺と 過失の2つを主張した。詐欺については,会計事務所が企業の利益操作に・繋が るような指導を行なった点を,また過失については,事務所が年度財務諸表監 査を十分に行なわなかった点を主張した。ここにいう詐欺(fr・aud)とは,読者 に損害をもたらす意思を持ってなされた重要事実の悪意不実表示(intentional

falserepresentation)を意味し,過失(negligence)とは,平均的な職業監査人

に期待される正当注意義務を行使しなかったことに.よる監査上の畷庇(failu− Ⅰ・e)に.あたる。つまり,原告側は,企業の利益操作に.関与したという点で詐欺 12)を,当該操作を摘発できなかったという点で過失を訴因として提起したこと になる。 また過失の認定に際して,原告は,Y州(原告が本社を置き,損害が生じた 場所)法ではなく,Ⅹ州(申立てられた過失の大半が生じた場所)法を適用す 11)Jあよd,pp..82−83 12)もちろん,ここでの訴状には含まれていないが,監査人が,企業による当該利益操作 を発見したが,それを意図的に見逃した場合も詐欺にあたる。

(7)

職業会計士の訴訟戦略 −Jβ5− ベきと申立でた。というのも,Ⅹ州法は,第三者たる投資者が,畷庇ある監査 を行なった会計事務所から,損害賠償を取ることを認める近代的ル・−ルに.従っ ているのに対し,Y州法は,第三老の側が,当該監査に依拠すると会計事務所 が予想した,既知の特定グル・−プの1メンバ・−であったこ とを立証しなければ ならない,という伝統的ル・−ルに従っているためである13)。このため,もしこ の伝統的ル1−ルによれば,会計事務所に過失があったことが第三者にとっでた とえ明らかであったとしても,その損害回復を困難な救済策に.していることに なる。 被告(会計事務所)側の分析 原告の訴状を分析した被告側弁護士の報告書によれば, 1)原告が詐欺を立証するのに必要な証拠を示し得る確率ほ極めて低い。 2)監査の遂行に当たり会計事務所に過失があったと,法廷が判定するは ど見込みは悪ぐない。

3)Ⅹ州法かY州乾のいずれが適切かという問題は,技術的かつ法律的考

察を引き起こす。つまり,法廷が適切な州法を選定するに際して,①訴 訟の対象となる当事者ないしその行為に対する当該州の「接触」回数に よって判定する「接触」回数テスト(“contacts”test),或いは,②論争 に巻き込まれた州政府の利益とその政策的観点から分析する「便益」分 析(“interests”analysis),の2つの基準によって考察される必要が生じ る。しかしこのケ・−スでほ,法廷がいずれの州法を選ぶかは五分五分で

あろう,と弁護士は結論した。

13)ここで想定されている近代的ルールを採るⅩ州法の内容は,不法行為存在の挙証責任 を転換した証券二法−33年証券法第11条・第17粂,34年証券取引所法第10条(b)項・第 18粂−の考え方に基づいており,財務諸表の不実表示があったことを条件にして,被 損投資者の財産回復を認めたものである(例えば,盛田良久『アメリカ証取法会計− SEC規制史とその実態−1』〔中央経済社,1987年〕第15章)。一方,ここにいう伝統的 ルールに従うY州法とは,不法行為者の負うべき義務範囲を「特定被予見クラス(spe− Cifically foreseenclass)」に認めた第2次不法行為法リスティトメソト第552粂を前掟に している。換言すれば,金銭損害に至る過失不実表示を犯した当事者の義務は,特に予 見された限られたクラスより外の利害関係者には及ばないことになる(前掲拙稿 「CPA賦課責任の対人範囲」279∼281貢)。

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香川大学経済学部 研究年報 34 ーJO6−

4)法廷がもしY州法(伝統的ル1−ル)を採った場合,ABC社の監査が適

切に遂行されたかのように期待させた事実を,原告投資者が十分に立証 し得る確率は低い。 5)Ⅹ州法の適用は,現時点では不安定である。もし法廷がⅩ州法を採用 すれば,近代的ノレールが適用され,過失の立証は即原告に損害回復を認 めることに.なろう。一−・方,もしⅩ州の近代法を適用せず,伝統的ル−ル が採られれば,その分析は4)と同じになる。

会計事務所は,最近になって,原賃側が1千600万ドルの請求を700万ドルに

引き下げることにやぶさかではないことを,弁護士から知らされた。そして, 被告会討事務所は,当該申出を受け入れるか,或いほ訴訟手続を継続するか, について意思決定しなければならない情況に.ある。 Ⅳ 前節で設定したケ・−スについて,訴訟か和解かの最終決定をする場合にり会 計事務所が必ず考慮するであろう問題としては,①法廷で勝利する全体的な見 込みはどの程度か,②もし和解した場合の価値は,さらに③もし最終決定をす る前に追加的に調査をするとしたら,−・定の財政的時間的制約の下でどの争点

に注力すべきか,などが挙げられる。しかしこのような当然生ずるはずの問題

に対し,クライアントたる会計事務所とその弁護士との間の意思疎通を,従来

の口頭による確率説明(verbalprobability statements)で対応しようとすれ

ば,当該争点の重複性のために極めて困難な情況に陥ることになる。 このため,各争点の複雑性と不確実性という条件の下で,意思決定を容易に するために考案されたものが意思決定ツリーーモデルであり,以下のような態様 とされている14)。 Ⅳ−1 開 発 CPAの法的責任に関するケ・−スについての意思決定ツリ、−モデルほ,「法律 14)/あまd,p.84.

(9)

一丁O7− 職業会計士の訴訟戦略

上の戦略的意思決定に係わる分析を明らかにすることで,弁護士とクライアン

トの間のコミュニケ・−ションを容易にする技術」15)として位置付けられる。その

意思決定ツリ・−の開発は,先ずツリ・一形式で意思決定を描写し,次に確率と終

点価値(endpointvalues)を割り当てることに・よって行なわれる。

CPAの意思決定をツリ1一形式にした場合,意思決定分岐点(decisionforks)

と運命分岐点(chanceforks)を起点にした幾つかの分枝から構成される。前

者は,第=園ではツリ・−の中に四角(□)で表わされており,事務所がコント

ロ−・ルできる選択肢である。後者は,円(○)で描かれており,事務所のコン

トロ・−ルが及ばない不確実な出来事を表わしている。そして,法廷が決定する

事実上及び法律上の争点は,第1国中の運命分岐点として現われる。

け第1図‥二監査人の意思決定ツリーモデル】 15)Jあまdリp.88

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香川大学経済学部 研究年報 34 一丁(フβ−

意思決定ツリ・−モデルは,終局的には,各運命分岐点に確率を割り当て,終

点の「原告勝訴」と「原告敗訴」に金額を割り振れば完成する。そして公判弁

護士が行なう分析の大部分がこの確率割当に係わるものであるが16),伝統的に

口頭確率(verbalprobabilities)で説明することが多かったために,数億確率

(numericalprobabilities)に比べて曖昧となり,クライアントに分析結果を説

明する際に有効ではなかった1r)。例えば,前述のケ・−・スで被告側弁護士が,Y

州法の下で,「ABCの監査が,原告投資老の期待した通りに遂行された事実を

立証できる確率は低い」或いは,「Y州法の下では会計事務所が勝訴する確率

が高い」と結論したとしても,その場合の「確率が低い」とか「高い」が18\ど

の程度を意味しているのかが判然としないのである。

このため,和解の申出を受け入れるか否かの意思決定は,口頭による確率説

明でなされた解釈に依存することになり,その解釈は弁護士の意思と口述の仕

方でかなり異なる結果を招いてしまう。

Ⅳ−2 確率割当

本ケースでは,以下のような確率が割り当てられ,それらは相互に独立した

ものと君倣される。 「かなり低い」=10% 「五分五分以上」=60% 「五分五分」=50% 欺失択 選 の 詐過法 1 2 3

16)Eggleston,R,Evidence,Proof and Probability(London:Weidenfeld and NichoIson,1978),p.4

17)Beyth−Marom,R,“How Probableis Probable?A Numericalof VerbalPr’Obability Expressions,”Journalof Forecasting(July−Sept,1982),pP.257−269 Lichtenstein,S andJRNewman,“EmpiricalScaling of Comrnon Ver−balPhrases AssociatedwithNumericalProbabilities,”psychonomic Science(1967),pp.563−564

18)或る者にとって「確率が高い」とほ40パーセントの見込みを意味するのに対し,他の

老にとっては98パーセントを意味する,という分析結果もある(Behn,RandJ

Vaupel,QuickAnalysi.sforBusyDeciSLOnMakerS(NewYork:BasicBooks,1982),

(11)

職業会計士の訴訟戦略 −プロ9− 極)伝統的ル・−ル (5)近代的趨勢 「低い」=20% 「変〉り得る」=70% これらの確率を割り当でたものが第2図であり,通常,金銭損害については 人身損害よりも容易に計算ができるため,当該終点価値の算定も,CPA責任の 分析ではそれはど複雑なプロセスを要しない19)。 【第2図:意思決定ツリーにおける確率と終点価値】 この図において,「原告勝訴」のそれぞれにマイナス1千630万ドル(損害賠 償額と訴訟コストの合計)が,各「原告敗訴」分枝の終点にマイナス30万ドル (訴訟コスト)が,終点価値(金額)として割り振られている。 Ⅳ一3 適用パターン 第2図を前提にして,具体的に意思決定ツリ・−を利用してみると,以下の4 段階となる20)。 19)Siedel,GJ,OPcまl,P.85

(12)

香川大学経済学部 研究年報 34 【第3図意思決定ツリーにおける期待値と確率総計】 一ノブ∂− 先ず第1段階として,弁護士から提供される情報に基づき,原告が勝訴する 確率総計を算定するために利用される。つまり,原告勝訴(−1630万)に導く 4つのル・−トにそって確率を乗じ,その結果を合計する。第3図から判るよう にり これらル・−トは合計で36パ、−セントになり,原告が勝訴する全体的な確率 を表わしている。換言すれば,もしそのケースが法廷で争われれば,被告会計 事務所が勝つ確率は64パ・−セントあるといえる。 第2段階では,当該モデルは,会計事務所に・対し,訴訟を続ける意思決定を したときの期待値を計算することで,和解の価値を判定することを可能にさせ

る。当該期待値は,右側から左側に各運命分岐点ごとに加重平均を計算すると

いうように,「重ね合わせる」ことで算出できる。例えば,第3図のように訴訟 を継続する意思決定をした場合の期待値は,605万ドルの損失になる。この結 果,会計事務所が本モデルに基づいて意思決定を行なった場合,原告が新たに 20)Jあよd,pp.87−88

(13)

職業会計士の訴訟戦略 ーJJノー 提案する700万ドルの和解金を支払うよりも,605万ドルの損失を選好すること になり,訴訟を継続するよう決定する。 第3段階では,もし会計事務所が最終的な意思決定に.至るまでに,追加的調 査を実施する決定をした場合に,財政及び時間的制約を想定して注力すべき箇 所を発見可能に.させる。 例えば,①詐欺争点と②Ⅹ州が近代的趨勢を採るか否かの争点の両方で勝つ 各チャンスについて,会計事務所側の弁護士が人数・時間配分されると仮定す

ると,大半の弁護士がⅢ節で述べた仮設定分析に同意すると考えられる。これ

に対し,2・3人の悲観的な弁護士は,原告が詐欺を立証するチャンスは10

パ・−セントでなく20パ・−セントあり,またもしⅩ州法が選ばれたならば,会計 事務所は第三投資者に対して責任を負うべき,という近代的ル・−ルを法廷が採 用するチャンスも70パ・−・セントでなく90パ1−セントある ,と考えるかもしれな い。この結果,これら2つの争点のうち①②のいずれの争点に集中すべきか, を考慮する必要が生ずる。 先ず,近代的ル1−ルを採る確率を90パ・−セントに変更したとして,新たに算 出される期待値はマイナス674万ドルであり,提案中の700万ドルの和解金より も依然として低い損失ですむ。−・方,詐欺争点に関して原告が勝訴する確率が 20パ・−セントに増えると,新たな期待値はマイナス719万ドルとなり,和解に よる損失を超えることになる。以上によって,所与の資源の制約のもとでは, 会計事務所側は詐欺争点に注力すべきことが判明する。 第4段階として,会計事務所が訴訟を継続することを決定した場合に,その

他の予算配分を決定をするのに本モデルは有効となる。例えば,公判で証言さ

せるために専門の証人を雇うことによって,原告側の過失争点での勝利を60か ら50パーセントに減じることができる,と弁護士が考えたと仮定する。この 際,この弁護士は,当該専門の証人を雇う時の予算上の制約について,会計事 務所からの指針を欲するであろう。これに対し,会計事務所は,過失運命分岐 点で50パ1−セントの確率を適用して,期待値を再計算することで予算キャップ を設定できるのである。具体的には,会計事務所側の新たな期待値は536万ド ルであり,前回の期待値605万ドルの損失よりも69万ドル少なくなる。この結

(14)

香川大学経済学部 研究年報 34 −JJ2− 果,事務所は当該証言から予想される69万ドルの便益(貢献)を超えて,専門 家に支払うべきではないということが理論的にいえる21)。 Ⅴ ここまで見てきたように,意思決定ツリ−・モデルはクライアントと弁護士と

の間で意思疎通を図る技術であった。その最大の特徴は,①法廷が考察しなけ

ればならない事実上および法律上の争点について予めその確率を見培もり,② クライアントである被告(会計事務所)の勝敗による終点価値と組み合わせる ことによって,③被告が蒙るであろう機会コストを算定するプロセスに.ある。 このような構造化のプロセスにより,従来であれば,「可能性が高いないし低 い」といった抽象的な言い回しでしか,被告側でコミ,ユ ニケ・−ションが図り得 なかったものが,数億に基づく視覚的な形で行なうことが可能となる点が理解 できた。 とはいえ,全く問題がないわけではない。というのも,ここで利用できる終 点価値が,原告側の請求する損害賠償額や提案する和解金額によって,比較的 容易に金額べ・−スで算定できるのに対し,今1つの重安な要素である運命分岐

点での確率配分が,被告側弁護士によって忠志的に配分されるためである。そ

れが故に,もともと不確実性が避けられない訴訟上の争点の分析が,確率によ り正確に行なえるという錯覚をクライアントに.もたらす危険性がある,との批 判がなされる。 また,金額により算定される機会コストそのものの問題点として,大手会計 事務所に代表される高額報酬プロフェッションが,長期にわたる係争コストや それに伴う名誉喪失(質的コスり といった,訴訟による間接的コストを嫌っ て和解を選好し易い情況に.ある点が考慮されていない。 さらに,期待値の算定を容易にするために想定したツリ・一分析の限界とし て,各分岐点間の確率を相互に独立したものと看倣したことにより,各意思決 21)実際には,専門の証人に支払われる典型的な報酬は,この金額よりも少ないといわれ ている(Siedel,GJ,OPcit,p‖88)。

(15)

職業会計士の訴訟戦略 ーノブ3− 定の前段階でなされた決定が,どのように後の確率に影響を与えるのか,を考 慮していない点など,さまざまな問題点は掲記できる22)。 しかしながら,次のような理由から,この意思決定ツリー∴モデルの相対的優 位は崩れないと考えられる。 (1)当該モデルによる構造化の利点 いかなる意思決定においても,或る程度の不確実性は伴われるのであり,そ の1点を把えて,このツリ−モデルの利点を捨て去ることは合理的ではない。 特に本・モデルによって,構造化された意思決定プロセスは,被告となる会計事 務所に対し,重視すべき争点を段階的に処理して行くことを可能に.させる。こ のことは,監査判断プロセスを主観的とはいえ構造化し,監査計画の立案を戦 略的に遂行することを可能にした,リスク指向監査23)と同じ利点と解してよい。 (2)大規模法律事務所の持つ情報収集・分析能力に基づく利点 ディープ・ポケット産業に属し,訴訟のタ・−ゲットにされ易い大規模会計事 務所は,通常,同じように国際化した大規模法律事務所を顧問に抱えているは ずであり,そのような法律事務所にとって把握可能な訴訟環境は,ヨリ広くか

つ高度になっていると考えられる。つまり,当該法律事務所の持つ高度な情報

収集・分析能力は,比較的正確に不確定な環境を把握することを可能にし,相

対的数値とはいっても精度の高い確率を提示させ得る。例えば,先例拘束性の

法理を採るアメリカでは,一層の州の法廷判決を過去に遡っでフォロ・−し,そ れをデータとして蓄積しておくことほ,当該州の法廷が採用するであろうル・− ルを予め予測することを容易にし得よう。 そして今後,国内訴訟のみならず,多国間訴訟が提起されるように.なれば, 22)もし原告小被告の両当事者に同時かつ正確に訴訟関連情報が獲得されるような効率的 市場であれば,両者の期待値は全く同一のものとなり,このようなツリー小モデルによ る分析ほ必要とされない。例えば,本ケースの場合,すべての情報が入手され,その分 析が完全になされる情況であるならば,原告側は和解金に700万ドルでなく605万ドルを 提示し,最終結果もその金額での和解に収束するであろう。しかし現実の意思決定は, 情報収集能力と計算能力の限界を抱えた当事者が,限られた合理性のもとで行なうもの であり,常に−・定の不確実な情況に置かれている。したがって,このような分岐モデル は現実適合力の点からも肯定されよう。 23)森 賓『リスク指向監査論』(税務経理協会,1992年)。

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香川大学経済学部 研究年報 34 −ノブ4− CPAの法的責任を取り巻く環境はヨリ複雑・不確実化することになり,このよ うなツリ・一分析による意思決定の視覚的構造化は,異なる文化を持つ国家間で の利害関係者の理解を促す道具として,積極的に.活用される余地があると把え られるのである。

参照

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