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平成29年度SGHイタリアでのフィールドワーク

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Academic year: 2021

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1 平成29年度SGHイタリアでのフィールドワーク 教 頭 今年度1回目となるフィールドワークは、平成29年5月25日から6月4日まで、イタリアで実施 した。イタリアでのフィールドワークは3学年で実施することとしており、SGH指定校3年目となる 今年度に初めて実施する。 派遣生徒数は12名で、このうち1名は、「公募」に応募した2年生である。それ以外の11名の3年 生は、1学年の時から継続してSGHの取組をしてきた生徒である。「公募」とは、継続して取り組んで きた「有資格者」以外から参加を希望する生徒を募ったことであるが、当初は、「公募」の生徒たちは短 い旅程(約半分)とする予定であった。しかし、応募者が1名だけだったので、全員同じ旅程とするこ とにした。費用については、公募生は全額個人負担となる。 派遣団の構成は、3学年男子4名と女子7名。2学年女子1名。引率者は、教頭(男性)と 教諭(女 性)の2名。 1 日程 全日程11日間であるが、後述のとおり経由地での待ち時間も長く、片道丸一日以上かかるので、実 質的な現地での日程は、8~9日ほどということになる。 今回の日程は、大きく前半と後半に分けることができる。「前半」は、イタリア北東部、ヴェネチアに 近いアバノテルメにある専門学科高校との交流で、この期間は、交流先の高校の生徒宅にホームステイ する。「後半」は、イタリア北部を西に横断して北西部ミラノ近郊に向かい、地元小規模生産者などを見 学し、フィールドワークを行う。後半の宿泊はホテルとなる。 このため、手配を依頼した業者も複数となった。まず、往復の航空機等は日本の旅行社の手配、前半 のアバノテルメ専門学科高校での活動やホームステイ先は、本校が直接連絡して交渉した。後半の旅程 や宿泊は、(日本人が経営する)イタリアの現地法人の手配である。日々の具体的な活動については、後 に述べるが、概要は次のとおりである。 5月25日(木) 夜に関西国際空港を発ち、ドバイ国際空港経由でミラノに向かう。 5月26日(金) ドバイ国際空港を発ち、ミラノ・マルペンサ空港へ。夜にアバノテルメ着。 5月27日(土) アバノテルメ専門学科高校生の案内により、全員でヴェネチア(ベニス)観光。 5月28日(日) 午後にホスト生徒とパドヴァ(隣町)観光。 5月29日(月) アバノテルメ専門学科高校を訪問し、調理実習室を借りてJapan Fair を行う。 5月30日(火) アバノテルメを発ち、鉄路ミラノへ。ミラノからは専用車で食科学大学訪問。 5月31日(水) ブラ周辺の地元特産品生産者3軒を訪問。昼食は地元家庭料理を体験調理。 6月 1日(木) トリノに移動し、EATALY にて Japan Fair を実施。

6月 2日(金) 終日ミラノ市内観光。

6月 3日(土) 朝、ミラノ・マルペンサ空港へ。ドバイ国際空港経由で関西国際空港に向かう。 6月 4日(日) 早朝にドバイ国際空港を発ち、夕方に関西国際空港着。

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2 2 行程 経費の都合で、エミレーツ航空を利用することとなったが、この航空会社の問題点は、経由地ドバイ 国際空港での待ち時間が非常に長いことである。往路で約4時間30分、復路で約5時間となる。この ため、往路の場合、深夜零時前に関西国際空港を離陸し、ミラノ・マルペンサ空港に着き、専用車でイ タリア半島を東西にほぼ縦断するように東に移動し、最初の目的地アバノテルメに到着したのは、翌日 の夜8時頃。現地時間で考えると20時間近くとなるが、イタリアとの時差は(夏時間で)-7時間な ので、ゆうに丸一日、24時間以上かかったことになる。生徒たちの疲れも相応のものである。 往路: 23:45 関西国際空港発 ドバイ国際空港行き エミレーツ航空EK317 便(所要約 11 時間) ドバイ国際空港滞在約4 時間 30 分 09:45 ドバイ国際空港発 ミラノ・マルペンサ空港行き エミレーツ航空EK205 便(所要約 6 時間) 帰路: 12:05 ミラノ・マルペンサ空港発 ドバイ国際空港行き エミレーツ航空EK206 便(所要約 6 時間) ドバイ国際空港滞在約5 時間 03:30 ドバイ国際空港発 関西国際空港行き エミレーツ航空EK316 便(所要約 11 時間) 3 5月25日(木)~26日(金) 関空からドバイ国際空港経由でイタリアへ ドバイ国際空港に向けてエミレーツ航空機が関西国際空港を飛び立ったのは、25日(木)深夜零時 前。深夜であったがすぐに「食事」も出て、その片付けが終わると午前2時。所要約11時間で、日本 時間午前10時過ぎ、現地時間早朝5時過ぎにドバイ国際空港に着いた。随所に「お金持ちの国」の象 徴が見られるが、乗り継ぎのために4時間半も滞在しなくてはならないのは、やや苦痛である。 現地時間午前10時前に、ミラノ・マルペンサ空港に向けて出発となるが、ミラノまで空路約6時間 は短くはない。ドバイとミラノの時差は2時間なので、ミラノ到着は午後2時台。そこから専用車に乗 ってまた長旅である。イタリア北部の、半島というよりほぼ大陸部を西から東に縦断する感じである。 4時間ほどかけて、ホームステイ受け入れ家庭が待つアバノテルメに着いたのは、夜8時を過ぎてい た。ただし、イタリアでは夏時間であったので、夜8時といっても、まだ十分に明るい。生徒たちは暖 かい出迎えの中、各ホスト家庭に引き取られていった。アバノテルメは、本当に静かで美しく、素敵な 町であった。また、名前のとおり(テルメは温泉の意味)、温泉保養地として有名である。 4 5月27日(土) 古都ヴェネチア(ベニス)観光 翌27日は土曜日であるが、交流先のアバノテルメ専門学科高校の生徒たちとともに、全員で世界的 に有名な古都ヴェネチア観光をした。生徒たちは、最寄り駅や隣町パドヴァから列車に乗り、ヴェネチ アの玄関サンタ・ルチア駅まで1時間はかからない近さである。 ホスト生徒たちは、手作りオリジナルのリーフレット類を作っておいてくれただけでなく、ヴェネチ

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3 アでは、観光スポットに来るたびに、観光ガイドのごとく順番に英語で解説をしてくれた。また、グル ープを先導するため、棒の先に日章旗を付けたものも用意してくれたが、とても混雑している路地では、 これが非常に役立った。これがなかったら、簡単に何度も迷子になっていたことだろう。国・言葉は違 っても、普段から本当に親切で優しい生徒たちなのだろうと分かる。 ホスト生徒たちがこのような「もてなし」をしてくれる背景には、彼らが高校で学んでいることも少 なからず影響しているのかも知れない。この高校は、料理シェフやホテル従業員、そして、観光・旅行 業に携わる人材を育成するための公立学校なのである。大学進学の割合は高いそうだが、就職したり、 近隣の欧州各国に「修行」に出る者もあるとのこと。しかしながら、このような「もてなし」をしてく れるのは、彼らの人間性から来ているものであると確信する。 この日に我々が訪れたのは、「まず行くべき場所」、中でも有名なサン・マルコ広場やドゥカーレ宮殿 などであった。ドゥカーレ宮殿では、日本で予約していた英語ガイドによるガイドツアーにも参加した。 なぜわざわざ日本から事前予約して行ったかというと、現地に着いてから申し込んだのでは、長蛇の列 で長い時間待たなければならないからである。これは、高校の先生のアドバイスであった。 5 5月28日(日) 隣町パドヴァ 日曜日のこの日、午前は各家庭で過ごすが、午後は生徒たち全員で隣町パドヴァを訪問する。ホスト 生徒たちもいっしょである。パドヴァも非常に古い街である。例えば、パドヴァ大学は、13世紀創立 で、ボローニャ大学に次いでイタリアで二番目に古い大学である。世界的にみても、最古の部類だ。あ のガリレオも教鞭をとったことがあるそうだ。 市内中心部は、古い石造りの建物がほとんどで、大変美しい趣のある町である。一つだけ有名な場所 をあげると、サン・アントニオ大聖堂がある。英語で言うと、セイント・アンソニー、聖アンソニー大 聖堂となるが、この聖人を祀るこの大聖堂も、大学と同じ頃、13世紀に建てられた建物である。なん でも、このサン・アントニオにお願いをすると、「失くしたもの」が出てくるそうだ。 6 5月29日(月) アバノテルメ専門学科高校での活動 ホスト生徒が通っているアバノテルメ専門高校に登校する初日だが、本日はいきなり “Farewell Lunch Party”「お別れ昼食会」となる。ホームステイ先では4日目を迎えているものの、高校では、初 日かつ最終日となるのである。 本校のフィールドワークは、「交流先の学校に行きました、いっしょに授業に参加しました」だけでは 終わらない。本日は、前半期間のハイライトとなる日である。専門高校の調理室を借りて、各自のビジ ネスアイデアを形にする。要するに、ニューヨークでの “Japan Fair” と同じように、自分が開発し た食品を実際に調理して、イタリアの生徒たちに食べてもらい、意見をもらうのである。 この公立専門学科高校は5年制で、ホスト生徒たちは4年生、17~18才である。さすがに調理師 やホテル従業員などを養成する学校だけあって、校内にバー付きレストランや宴会場を模した実習室が いくつかある。本物のホテルの厨房並みの実習用調理場もあり、本日、本校生はそこで全員が調理をす る。同時にイタリア生徒も、授業として自分たちの料理を作る。しかし、ホスト生徒たちは、基本的に 本校生の調理の手伝いをしてくれる。 登校後すぐに説明を受け、我々も調理室に入るが、帽子やコート、そして靴カバーも着用しなくては

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4 ならない。当然、衛生には非常に厳しい。それだけでなく、調理実習担当の女の先生が非常に厳しい人 のようで、イタリア生徒たちはピリピリしていた。日本で言えば叩き上げの職人みたいな感じの方で、 その雰囲気はイタリア語が分からなくても十分に我々に伝わるほど。その他に、調理室内には助手とし て男性が3人ほどおられた。本校生が使う非常に多彩な食材や調味料の多くは、日本から持参したもの だが、この高校で用意していただいたものもある。 実習が始まると、イタリア生徒たちは真剣そのもの。一人としていい加減な態度の者はいない。これ は、先の厳しい先生のためだけではなく、4年生の学年末であるためでもある(6月上旬に年度が終わ る)。つまり、9月には最高学年になる生徒たちだからである。寿司の一種を作る本校生の場合、イタリ ア生徒たちが全員手を止めて見学する場面もあった。 パーティーの開宴は12:15としていたので、12時が近付く頃には、調理場の緊張がどんどん高 まった。正に宴会が始まる前のホテルの調理場そのものであった。結局予定より少し遅れてしまったが、 まずは本校生がソーラン節を披露したあと、大きな宴会場に移動。校長先生をはじめとした先生方も参 加された。パーティーが始まると、本校生・イタリア生徒の順で全員が自分の調理した料理の説明をす る。この高校では、通常、授業は午前のみ。でも、宴会が終わった頃には2時を大きく過ぎてしまった。 本日そのあとは、すぐ近くの五つ星ホテルに行き、その中の施設で、泥を使うような温泉療法の見学 をさせていただいた。「テルメ」と付く通り、この町は温泉保養地で、療養目的で訪れる人が多い。特に、 車で数時間のフランスやドイツからの観光客が目立つ。(車のナンバープレートと言葉で分かる) なお、この日朝に連絡が入ったのだが、次の目的地と言えるブラで、イタリア国営放送RAI(ライ) が、我々のことをテレビ取材に来ることが分かった。これは、後半の手配を依頼した現地法人が取り次 いでくれた結果である。 7 5月30日(火) アバノテルメを出てミラノに移動し、食科学大学へ 貸切バスで学校から通常約45分で隣町のパドヴァに向かい、そこからミラノ行きの特急列車に乗れ る。けれども、別れを惜しむのに時間がかかり、また、朝の通勤渋滞に巻き込まれた結果、時間が足り なくなり、9:18出発の特急列車にギリギリ間に合って駅に着く結果となってしまった。 イタリアに着いた初日は、ミラノからアバノテルメまで貸切バスで4時間ほどかかったが、本日の特 急列車は、ミラノまで乗車2時間弱。ミラノは、ローマに次ぐイタリア第二の都市である。そこからま た専用バスで、更に約2時間かけて、食科学大学のある町に向かう。 ミラノは、細長いイタリアの北東部、フランスやスイスと国境を接しているあたりにある。アバノテ ルメはヴェネト州、ミラノはロンバルディア州にある。本日我々が向かうのは、ミラノから西に進んだ ピエモンテ州というところで、更に西に進むと、モナコ共和国もすぐ近くという位置関係である。北の フランス国境までは、ほんの百キロほど。つまり、すぐ北にアルプス山脈がある土地である。 本日と翌日に2泊する宿があるのは、アルバという小さな町である。この宿から食科学大学のあるポ レンツォという村までは、ほんの15分ほど。食科学大学は2004年に開設された新しい大学である が、その建物はサボイア朝、19世紀の古い建物を改築したものである。従って、外観は新しい大学に は見えない。 学問の内容は名前から想像される通りで、「ファーストフード」に憂慮して「スローフード」との語と 考え方を生み出し、活動を続けている協会が設立の中心となっている。大学ではまず、大学職員の方に

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5 約1時間、英語で説明と学内案内をしていただいた。そのあと、地下にある「ワイン銀行」に案内して いただいた。ワイン銀行(貯蔵庫のような場所)は、もちろんこの大学特有のもので、他の大学にはな いものである。 8 5月31日(水) ブラの地元特産品生産者を訪問 本日のフィールドワークのポイントは、滞在している地方にある三ヶ所の小規模生産業者を訪れるこ と。前日からピエモンテ州アルバに投宿しているが、本日5月31日の訪問地は、いずれも車で15分 程度以内の近い所にある。 どの町も特に中心部は、中世の色濃い、静かで素敵な佇まいである。そして、この地方の郊外には、 世界遺産にもなっている(ワイン用)ブドウ畑が広がっているのも特徴である。 本日訪問する業者はいずれも、スローフード協会の保護の対象となるものであり、実際にこの地域で 「守られている」ものでもある。 (1) ヘーゼルナッツの生産・加工・販売業者 ブドウのほかに、ヘーゼルナッツもこの地域の特産品である。宿を出て西に進み、丘の上にあ るラ・モラという小さな村に向かう。 訪問先は、殆ど家族のみの従業員6名の本当に小さい生産・加工業者。生産工程は機械化せず、 昔からの手作業で行っているため、当然生産量は少ない。しかし、その味は驚くほど美味しい。 交渉により、この店の製品を今後我々で「売り込む」ことになった。具体的には、帰国後すぐ の「県伊祭」(文化祭)で試食をしてもらい、広く知ってもらうことになった。試食に必要な製 品は、この業者からの提供となる。 (2) ブラのチーズ生産・販売業者 次は、ブラ Bra という、小さいながら古い町に移動する。創業 1920 年、現在3代目という チーズ店でも、色々説明してもらったあと、3種類の珍しいチーズの試食をさせていただいた。 イタリアを含めて、欧州各国にはたくさんの種類のチーズがある。日本でも流通はしているが、 味はもちろん、その種類は比較にならないと感じた。ここでも、どのようにして小規模業者が昔 からの手法で生産しているのか、そして、それがどのようにして守られているのかを学んだ。 このブラの町では市議会議員の方が、我々を旧市街に案内してくださった。また、前述の通り、 このブラ到着時から、イタリア国営放送RAI(ライ、日本のNHKに当たる)のカメラマンと アナウンサーが、我々と行動を共にしながら、取材を続けた。この速報版は、この日の夜のニュ ース番組内でテレビ放映され、本編は、週明けに放映されるとのことであった。 実際、この日宿に帰り、午後7時台、一室に集まってミーティングをしているときに、全員で この日のテレビ番組を見ることができた。また、帰国後には、現地法人を通じて、番組で使われ た動画ファイルをいただくこともできた。なかなか得がたい体験であった。 (3) 昼食は自分たちでパスタを作る ブラの町から少し郊外に出て、自分たちでパスタを作って昼食として食べた。「昼食を作った」 というよりも、「イタリア料理の調理体験をした」という方が正しいほど本格的なものであった。 調理したものはパスタであるが、イタリアのパスタは奥が深く種類も非常に多い。この時まで、 イタリア国営放送は、取材を続けた。

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6 (4) 特産品 生ソーセージ生産・販売業者 長い時間がかかった昼食のあとは、町に戻って、生ソーセージの生産・販売業者を訪問した。 この店舗は生ソーセージだけを扱っているのではなく、いわゆる精肉店みたいなもので、生ソー セージは、ブラの特産品である。 生ソーセージというからには、生でそのまま食べる。豚肉を生で食べることには抵抗があろう が、この生ソーセージは牛肉でできている。昔、商業的に勢力を持っていたユダヤ人だが、豚肉 を食べることができない。そこで、当時の国王が、ユダヤ人も食べられるように牛肉のソーセー ジを作るように命じたのが始まりだとか。ただし、現在では豚肉が2割入れられている。 ここでも、我々は試食をさせていただいた。全員でも食べきれないくらいの量を切っていただ いた。確かに、生でも「食べられる」。しかし、食感は肉というより、たとえば、魚、サーモン を食べている感じで、「刺身醤油」が欲しくなった。 このブラの特産品であるソーセージは、他の精肉店などに卸してはおらず、そのようにして、 このブランドとその品質を守っているとのこと。名前だけ使った「偽物」も出ているらしいが、 当然違法である。 この店をあとにして、徒歩で別の建物へ。実は、店にも既に来ておられた「ブラ・ソーセージ 協会」の会長さんから、ブラのソーセージの歴史などのお話を聞くためである。 本日訪れた三ヶ所とも、小規模ながら、どのようにしてその製品やブランドを守っているか、 実地によく学ぶことができた。 (5) 地元のスーパーマーケットで調査 本日最後の活動は、地元の大型スーパーでの、「日本製品」や「日本の食品」がどのように扱 われているかの実地調査となる。訪れたのは、日本と同様のスーパーながら、売り場面積などは 超大型。また、何でも売っていて、一角はホームセンターのようである。 「スシ」関連のコーナーは前からあったそうだが、よく見ればどこか変であったり、製品の陳 列のし方なども、見慣れないものがある。また、「醤油」だけれど、よく見れば韓国製などの例 もあった。イタリア人には、日本・中国・韓国の区別はつきにくいそうである。 一つだけ確かなのは、今のイタリアでは日本食品への注目が高まっていて、スーパーに独自の コーナーさえもある理由は、「日本食=健康食品」との認識が浸透しているからだそうである。

9 6月1日(木) トリノ EATALY での Japan Fair

アルバの宿をチェックアウトし、1時間ほどかけてトリノへ。本日は、後半期間のハイライトという べき日であり、“Eataly” 本店で、再び “Japan Fair” を実施する。

基本的には、今週月曜日5月29日にアバノテルメ専門高校で行ったのと似た内容であるが、今回の 舞台は学校ではなく、スーパーとレストランの複合商業施設となる。また、「売り込む対象」も店舗に来 ている一般の方々となる。 Eataly イータリー とは、今は世界各地に店舗を展開しているが、トリノ本店は、長年リキュール酒 の工場だった古い建物を改造して店舗にしたものである。本日我々は、その一室を借りてイベントを行 う。部屋を借りる手続きなどは現地法人に依頼したが、最も大変なのは、日本から準備して持参する食 材をはじめとした物品である。

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7 月曜日のアバノテルメでの Japan Fair との違いは、今回は伊丹市にある小西酒造の製品をアピール することだ。小西酒造は古い酒蔵で、地元伊丹市の地場産業である。それぞれの季節、四季に合う日本 酒をアピールするのだが、それだけではなく、それに合う食べ物を調理して振る舞う。酒そのものだけ でなく、多くの関連事項について、生徒たちがスライドを用いて英語で次々に説明を行う。一つの説明 が終わってから、日本酒と食べ物を振る舞うという形を繰り返す。今後に生かすため、アンケートもお 願いする。アンケートを出してくださった方には、日本から持参した「食品サンプル」を差し上げる。 さて、Eataly に到着後、店の方に店内各所を案内していただいた。ここは本店ながら、それほど巨大 な売場面積ではない。ここで売られている食料品は、厳選された産地・生産方法が確かなものばかりで ある。次には、午後2時の開会に合わせて、昼食を挟んで会場の準備作業となる。昨夜、全員揃って約 1時間の打ち合わせもしたが、最終チェックには念には念を入れる。 開会直後から、たくさんの来場者が続き、開会後2時間半ほどで無事に閉会となった。来場者の様子 を見る限り、長い時間滞在してくださった方が多く、成功であったと思う。ご協力くださった皆さまに 心から感謝申し上げる次第である。終了後、専用バスで2時間以上かけて、本日と翌日に投宿するミラ ノにたどり着いた。 10 6月2日(金)~6月4日(日) ミラノ観光の日~帰国 ミラノで2泊したホテルはミラノ中央駅のすぐ近くにあり、地下鉄に乗れば、ほんの数駅でドゥオー モ(英語ではドーム=大聖堂)などがある市内中心部に行ける。この日は、全員で終日ミラノ市内観光 をすることになっていたのだが、前夜から少し熱があった男子生徒が、この日朝には40度前後もの高 熱となった。 直ちに保険会社に連絡を取り、病院に向かった。こう書くと簡単だが、実際には保険会社からの返事 に時間がかかったり、手配された通訳がなかなか現れなかったり、日本で同じことをするより何倍も時 間がかかった。幸い、後半に同行していた現地法人の担当者(日本人)が、イタリア語が流ちょうであ ったため、かなり助けていただいた。この男子生徒は、私(教頭)が付き添うこととし、「本隊」は、教 諭が予定通り引率を続けた。 悪いことに、この日はイタリアの祝日(休日)であったが、紹介された病院の「小児科」では診察を してくれた。ただし、全て終わるには夜までかかった。それでも、診断が完了したわけではなく、担当 の医師は、翌朝まで観察したいと言う。しかたなく、この日の夜は本人一人を病院に残し、私はホテル に戻った。「明朝は必ず8時には病院を出してくれ」と念押ししたが、英語が通じる医師は少なく、通訳 を介した会話なので、どこまで通じているか、もどかしいものがあった。何しろ、翌日は午前中に空港 に着いていなければならないイタリア出発の日である。 翌朝、案の定8時には病院を去れる状態ではなく、日本とも連絡を取りながら、結局時間的に(タク シーを飛ばして空港に間に合うかどうか)ギリギリの時点で、その生徒と私はイタリアに残る判断を下 した。非常に困難な決断であったが、症状が完全に判明していない状態で長時間飛行機に乗る危険性、 そして、何よりも、こちらの判断で「無理をして」予定通り飛行機に乗り、もしも何かあった場合に保 険が効かないことが最大の理由であった。 その後の現地での状況は略するが、この生徒と私は、6月5日(月)朝にミラノを出て、ヘルシンキ 経由のフィンエア(フィンランド航空)にて、6月6日(火)朝に関西国際空港に到着した。「本隊」の

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8 帰国は、6月4日(日)夕方に関西国際空港着だったので、2日近くの遅れとなった。 今回のフィールドワークでは、単に各自が「海外旅行保険」に入るだけでなく、内容をよく吟味した うえで「団体保険」にも加入していた。このことは、体調のために居残る生徒が出た今回、極めて有効 に働いた。つまり、単なる個人の旅行保険では、補償されなかったものがあったのである。今後のため の大きな教訓となった。 11 おわりに 本校で実施している海外でのフィールドワーク3件のうちのほかの2件は、以前から交流があった現 地の学校を訪問し、その地を中心に行うものである。ところが、このイタリアだけは、今回のフィール ドワークのために新たに開拓した交流先(現地の学校)を基にしている。結果的には、アバノテルメ専 門学科高校では、これまでには海外の学校との交流はなかったそうで、今回の我々との交流を大変喜ん でくれ、今後とも継続したいとの希望をいただいた。 しかし、最大の問題は訪問時期である。今回は何とかうまく収まったが、この時期は先方の学期末ギ リギリであるので、逆の立場で考えると、望ましくないことはよく分かる。なお、諸般の事情で、イタ リアから本校への訪問は、当分の間実現しそうにない。 昨年度10月に実施したニューヨークでのフィールドワークに比べ、今回は、ほぼ倍の長さの日程で あった。殆ど毎日、遅い時間に宿に着き、翌日の準備や日報を完成させると、就寝時刻はかなり遅くな る。また、前半期間はホームステイで、何かと気を遣うことが多い。更に、訪問時期のイタリアの気候 は日本と同じかそれ以上に気温が高く、日差しは明らかにより強いものである。 これらの要因から、参加生徒たちの疲労度が高くなり、1名は最後に体調をこわしてしまう結果とな ったのかも知れない。来年度以降には、内容と旅程は熟慮する必要があると思われる。しかしながら、 今回の初のイタリアでのフィールドワークは、ほかでは決して経験ができない充実した内容であったこ とは間違いのないことである。

参照

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連結会計 △ 6,345 △  2,963 △ 1,310 7,930 724 普 通会計 △ 6,700 △  2,131 △ 3,526 6,334 △ 970. 基礎的財政収支

平成29年度も前年度に引き続き、特定健診実施期間中の7月中旬時点の未受

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※短期:平成 30 年度~平成 32 年度 中期:平成 33 年度~平成 37 年度 長期:平成 38 年度以降. ②

2013(平成 25)年度から全局で測定開始したが、2017(平成 29)年度の全局の月平均濃度 は 10.9~16.2μg/m 3 であり、一般局と同様に 2013(平成

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