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オ-ストラリア憲法と憲法の改正 利用統計を見る

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オ-ストラリア憲法と憲法の改正

著者

関根 照彦

著者別名

T. Sekine

雑誌名

東洋法学

33

2

ページ

83-155

発行年

1990-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003542/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

オーストラリア憲法と憲法の改正

関 根 照 彦

 閣 はじめに  わが国において最近もっとも注目されている国のひとつーそれはオーストラリアであろう。広大な自然、豊かな資 源、人間的なライフ・スタイル。たしかにオーストラリアには日本がもっていないもの、現代日本が失いつつあるも のが今なお豊かに存在している。  オ⋮ストラリアは政治や憲法の分野においても、われわれの興味を引きつける多くの要素をもっている。世界でも っとも発達し、安定した民主主義国家の一つ。憲法におけるアメリカ的要素とイギリス的要素の混在、および独自の 憲法の発達。数多くの憲法改正の試みと失敗⋮⋮。しかし残念ながら、これらの事実は今までわが国には余り十分に は紹介されてこなかった。  本稿は、このようなオーストラリアにおける憲法上のいくつかの話題を、連邦の憲法制度、憲法改正手続と国民投 票、オーストラリア憲法会議︵一九七三ー八五Y憲法委員会︵一九八五−八八︶の組織・活動などに焦点を当てつ

    東洋法学      

八三

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    オーストラリア憲法と憲法の改正      八四 つ紹介するものである。  二 憲法制度  玉 連邦制  オーストラリアは連邦国家である。それは、六つの州︵ニュー・サゥス・ウエ⋮ルズ州、ヴィクトリア州、クイー ンズランド州、南オーストラリア州、西オーストラリア州、タスマニア州︶と二つの特別地域︵北部準州翻ノーザン ・テリトリー、オーストラリア首都特別地域琵オーストラリアン・キャピタル・テリトリ⋮︶から成り立っている。 オ⋮ストラリアの連邦制は、一九世紀のアメリカ合衆国をモデルとしたものである。オーストラリアの連邦制を構成 する最小限の要素︵エッセンス︶としては、①連邦︵中央国家︶と州の統治機構に関する高度の自治、②連邦・州間        ︵1︶ の権限の分割、③司法機関にょる裁判、などがあげられている。オーストラリアにおいては、中央国家は憲法中に列 挙された事項についてのみ管轄権を有し、その他の事項は原則として州の管轄権に属している。憲法が連邦議会に認 めている権限事項としては、租税、貨幣、防衛、対外的事項、婚姻・離婚、その他があり、関税、消費税を含むいく つかの事項は連邦の専属的事項とされている。これに対して州の管轄事項としては、警察、保健、道路、環境、その 他があげられている。連邦と州の権限が競合する場合︵婚姻・離婚などを含む多くの事項がこれに該当する︶、矛盾 する限りにおいて連邦法が州法に優越するという原則が適用されている。  ところで、現行法に規定されている権限分配規定は一九世紀の産物であり、連邦の役割が増大した二〇世紀後半の 現在には適合しない部分も多い。オーストラリアにおいては、連邦権限の拡大は、主として、①連邦政府と州政府の

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間の協議、および②連邦最高裁判所による解釈、を通じて実現されてきた。  前者︵①︶の成果としては一九二七年における連邦・州間の財政協定が有名である。この協定により、連邦政府と 州政府はそれぞれ独自に起債する権利を放棄し、新しく設立された﹁起債審議会﹂が起債の調整を行い、連邦政府と 州政府はこの審議会の決定に従うことになった。この財政協定は翌一九二八年、憲法改正案︵﹁州負債問題﹂に関す る憲法改正法案︶の形をとって国民投票に付され、可決され、一〇五条Aにおいて連邦憲法として規範化された。だ が、連邦と州間の協定でもっとも重要なものは、一九二四年の﹁統一徴税計画﹂に関する協定であろう。この協定に 基づき、六州は連邦から助成金を保障されることと引き換えに所得税の徴収権を放棄した。この計画は元来、戦時対 策として意図されたものであったが、戦後もそのまま引き継がれ現在に至っている。  連邦制の分野における最高裁判所の解釈をみてみよう。まず、連邦の結成以後はじめの二〇年聞、連邦および州 は、それぞれの責任の範囲内においては、﹁主権的﹂な存在として取り扱われてきた。﹁連邦と州の相互不介入は連邦 制の性質からくる暗黙の了解事項﹂︵ぎ嘗亀H琶毒凶蔓o︷浮鋒q導①導鼠蔚の︶であり、﹁裁判所は憲法中の明示的な 連邦権限を最小限に解釈すべきである﹂︵U8琶箒9巨忌亀甲oゲ薫臨o霧︶というのが最高裁判所の考え方であっ た。しかし、最高裁判所は、一九二〇年のヨンジニア・ケ!ス﹂︵言餌蒔餌窮舞aω8δ蔓o︷国添αQぼΦR<︾留獣8 望8琶・ ・霞℃○○ピ痒︶において、憲法五一条㈲の﹁調停・仲裁﹂権の解釈に関して、連邦議会は州政府を拘束する立法 をなしうる、と判決し、連邦の立法権拡大の糸口を与えた。そして以後、最高裁判所は、一連の判決を通じて連邦権 限の拡大を行ってきた。しかし、もちろん、判決の揺り戻しの時期がなかった訳ではない。一九五〇年代から六〇年     東洋法学      八五

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    オーストラリア憲法と憲法の改正      八六 代にかけての、いわゆる﹁ディクソン・コート﹂は、﹁リーガリズム﹂に基づく解釈を駆使し、連邦権力の拡大に慎 重な判決を下したことでよく知られている。  連邦制の分野における最高裁判所の最近の有名な判決としては、﹁対外的事項﹂︵五一条四︶の解釈を通じて連邦権        ︵2︶ 限の拡大を認めた一九八三年の﹁タスマニア・ダム・ヶース﹂︵9壼8毒8一鮪く↓霧跨§εがあげられる。事件の 概要は次の通りであった。タスマニア政府は、低コストでの電力の供給と、それにょる開発の促進・雇用の増大を目 的として、州南西部のゴードソ川におけるダム建設の計画をたて、 一九八二年ダム建設を認める法律︵円竃○Oa8 田く鍵缶且8−国。。鼠。ぎ名RU象鉱8導Φ濤︾9お・ 。鱒︶を制定した。しかし、南西タスマニア地方は、未開の美L︶い自 然と先住民に関する考古学的価値により、すでにユネスコの世界的遺産リストの中に登録されており、新たに制定さ れたタスマニア州法は、一九七四年連邦政府により批准された﹁ユネスコの世界的文化および自然遺産の保護に関す る規約﹂を実施するために制定された二つの連邦法︵↓ぼ≦黛疑国o簿茜①︵≦の。 。富導弓錺臼9鉱9 。≦涜器邑男罐9卑 江o霧旨鉱Φq昌餌躍。 α●80騰2舞δ欝圃勺鍵訂欝山≦ま一一︷①08ω禽く舞δ謬︾9一等㎝︶↓冨≦o泣山寓o葺轟Φ類o℃o慧一窃 ○○霧段奏江8︾9おc 。ω︶と衝突するものであった。裁判は、主として、連邦議会の対外的事項に関する立法権を根拠 として制定された二つの連邦法の有効性をめぐって争われた。七名中三名の裁判官は、二つの連邦法全体を無効とし たが、四名の裁判官︵多数意見︶は対外的権限を以下のように解釈し、連邦法の少なくともいくつかの規定は有効で あると判決した︵そして、これはダムの建設を阻止するには十分であった︶。       憲法五一条四は、条約の義務をオ1ストラリアにおいて遂行するための立法権を連邦議会に認めてい

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     る。その場合、条約は、いかなる内容・主題のものであってもよい。ただし、条約は①誠実に締結された      ものでなければならず、連邦議会に立法権を与えるための単なる方策として利用されたものであってはな      らない。②連邦議会の行う立法は、条約の規定を実施し、それに効力を与えるとみなしうるように条約の      規定に実質的に合致していなければならない。③連邦議会による立法は、憲法に含まれている明示的・黙      示的禁止に反するものであってはならない。  連邦裁判所の解釈を通じて連邦権限が拡大された分野としては、憲法九〇条の﹁消費税﹂の範囲の拡大を通じての 課税権の拡大、九六条の﹁州に対する財政上の援助﹂の解釈を通じての条件付ないしは特別目的にのみ使周しうる助 成金の承認︵これにより、連邦は、直接に立法権を行使しえない教育や保健などの分野においても、大きな影響を及 ぽしうることになった︶、五一条⑳の﹁法人﹂に関する権限の解釈を通じての州内・州際の通商会社の規制権の付与、       ︵3︶ ﹁対外的事要﹂を根拠とした環境や人権の分野における立法権の承認、その他があげられる。  2 立法部  オーストラリアは代議制国家である。上下両院から構成されを連邦議会は、﹁自由の擁護者﹂、﹁人権の究極の責任 者﹂と考えられ、議員は責任をもって政治を行う人民の代表者と考えられてきた。イギリスの伝統を受け継ぐオース トラリアにおいては、﹁議会優位﹂︵ω壱器目8矯鉱評婆節旨窪紬︶の思想がーオーストラリア的に修正を受けた形に      ︵4︶ おいてであるが1今なお生きつづけており、最高裁判所も﹁議会優位﹂の理論との整合性に注意を払いながら法解      ︵5︶ 釈を行ってぎた。     東洋法学      八七

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    オーストラジア憲法と憲法の改正       八八  連邦制国家オ⋮ストラリアにおいては、上院は特別の役割を期待されている。上院は﹁州の代表﹂であり、﹁下院 の抑制機関﹂であり、また責任内閣制の下で﹁政府権力のコント冒ール機関﹂としてもその役割を期待されている。  オ⋮ストラリア議会の大きな特色は、上院が強い権力をもっている、という点である。原則として、上院は下院と 同等の権限を与えられている。しかし例外として、財政に関しては下院の優越が認められている。たとえば、国費を 支出する法律案や租税を課する法律案は上院において﹁発議﹂しえない︵五三条︶。︵なお、下院で発議された法律案 は、総督が当該支出の目的を承認しなければ、可決されえない︵五六条︶︵慣習によれば、総督は政府の助言に基づい て行動するので、政府は、五六条を介して事実上、法律の発案権を独占している︶︶。また、上院は租税を課する法律 案や国費を政府の通常の年次業務に支出する法律案を﹁修正﹂することができず、法律案を修正するに当たっては、 人民の負担を加重することができない︵五三条︶。上院は、自ら修正することのできない法律案に関しては下院に ﹁修正要求﹂をなしうるが、修正決定権が下院にあることは言うまでもない。  原則として二院が同等の権限を有する連邦議会においては、二院の意見が異なった場合︵﹁デッド撰ック﹂状態と なった場合︶、その取り扱いが問題になる。この点について憲法は、おおよそ次のような趣旨の規定を設けている ︵五七条︶。       下院が法律案を可決し、上院がそれを否決し、または議決できない場合、あるいは下院の同意しないよ      うな修正を付して議決した場合、まず三か月の時間的猶予が置かれる。       そして三か月後、同一または次の会期において、下院が再び当該法律案を可決し、上院が再びそれに同

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     意しない場合、総督は二院を同時解散することができる。       解散後に施行された選挙の後、下院が更に当該法律案を可決し、上院がなお同意しない場合、総督は上      院および下院議員から成る両院協議会を招集することができる。協議会において法律案が多数決により承      認されると、それは両院によって可決されたものと見なされ、女王の同意を得るために総督に提出される。 しかし、このようなデッド質ックの手続きに対しては次のような批判が加えられている。①この手続きは、上院の否 決と下院における二度目の可決の問に三か月間の時間的間隔を置くことを要求しているため、時間的に余裕がなく、 長期問放置することの許されない予算法案をめぐるデッド揖ックの解決には役立たない。②いつ同時解散を行うかの 実質的決定権は政府が握っているので、政府は、上院で二度否決された法律案をストックしておくことにょり、同時 解散と選挙の時期を自由に決定しうる。③政府は、上院が絶対受け入れないと思われる法律案を提出し、これを下院        ︵6︶ で可決させることにより、同時解散を操作しうる。  連邦議会の構成・任期・選挙手続きについても簡単に見ておこう。憲法によれば、立法権は、女王、上院、下院で 構成される連邦議会に属している︵一条︶。上院は各州からそれぞれ二一名選出される上院議員から構成される。︵た だし、北部準州とオーストラリア首都特別地域からは上院議員は各二名選出される︶。上院の任期は六年に固定され、 三年ごとに改選される︵七条、一三条︶が、二つの特別地域の議員の任期は三年である。上院はデッド担ックの状況 の下でのみ解散される。この場合は下院も同時に解散されなければならない。下院の定数は、できるかぎり上院の定       ︵7︶ 数の二倍に近づけなければならない︵二四条1いわゆる﹁ネクサス﹂条項︶。下院の任期は三年で、任期中も解散が

    東洋法学      八九

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    オーストラリア憲法と憲法の改正       九〇 可能である。 コ票の価値の平等﹂の原理は、判例によれば、連邦憲法上の要求ではない。しかし、連邦法律および        ︵8︶ いくつかの州憲法・州法律によって保障されている。  3 行政部  責任内閣制の原理は、連邦制原理とともに、オ⋮ストラリア憲法を貫く最も重要な原理である。だが、この原理を 明確に述べた条文は連邦憲法の中には見当たらない。たしかに憲法は、責任内閣制に関するいくつかの規定を含んで いる。﹁国務大臣は﹂、﹁上院議員もしくは下院議員である者、または上院議員もしくは下院議員に当選した者でなけ れぽ、三か月をこえて在任することができない﹂とする六四条は、その代表であろう。しかし、この原理の核心であ る、﹁内閣は下院の信任に基づいてのみ存在する﹂、という﹁下院に対する内閣の實任﹂の原則は、憲法のどこにも記さ れていない。内閣や首相に関する規定も存在しない。だが、責任内閣制の原理は、憲法制定の父祖達にとっては自明        ︵9︶ の事実であった。そして、それは現在においても最高裁判所により、憲法の﹁黙示的﹂原理として承認されている。  責任内閣制原理との関係で興味深いのは、総督の﹁リザーブ・パワー﹂である。リザ⋮ブ・パワ⋮は、イギリスに おいて発展した概念である。それは、非常事態・緊急事態において行使することを﹁リザーブ︵留保︶﹂して君主が 有する権力、として理解されてきた。このリザーブ・パワーはオーストラリアにおいても伝統的に認められており、 ①首相の任命、②首相の解任、③下院の解散、④デッドpヅク規定︵五七条︶に基づく同時解散、などがこれに属す るものと考えられている。総督は、非常事態において、大臣の助言なしに、または助言に反して、自らの裁量でリザ ーブ・パワーを行使しうるとされているが、具体的にどのような状況において自らの裁量に基づいてこの権力を行使

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      ︵10︶ しうるのかは、必ずしも明らかでない。  オ⋮ストラリアの執行部は憲法慣習に支配される分野が多いことで有名である。 ﹁下院に対する内閣の責任﹂の原 則は憲法慣習であり、総督のリザーブ・パワ;や、内閣の構成・権限なども憲法慣習を知ることなしには十分には理 解することはできない。しかし、これらの慣習は、時に不明瞭であり、不正確でもある。また政治状況の変化や議会 の立法によっても容易に変更される可能性がある。        ︵n︶  執行部に関する憲法規定は﹁ミステリアス﹂な誤解を招きやすい部分が多いことでも有名である。たとえば、 ﹁連 邦の執行権は女王に属し、総督が女王の代表者としてこれを行使する﹂︵六一条︶という規定や、﹁総督は連邦の各省 を統轄する官吏を任命することができる﹂﹁前項の官吏は総督の意に反しない限り在任する﹂︵六四条︶というような 規定は、文字通り読むと、連邦の執行部の中心は総督であるかのような印象を与えるであろう。しかし、現実には総 督は行政部の中心ではなく、これらの規定は、全く政治の実情に合致していない。  オーストラリアは、一九八六年の﹁オーストラリア法﹂︵>奮窪鞍簿︾9おo 。①︶の制定をもって法的に完全にイギリ          ︵12︶ スから独立を達成した。しかし、オーストラリアは、理論上は、今なお立憲君主制国家である。イギリス女王は、オ ーストラリア女王として、オーストラリアの﹁国家元首﹂︵霞Φ銭無ω窪審︶の地位にある。憲法によれば、女王は総 督を任免し︵二条︶、法律案に同意し︵五八条︶、総督が法律に同意を与えた日から一年以内にその法律を拒否しうる ︵五九条︶、などの権隈を有している。  総督は女王の代表者である。総督は、慣習として、オーストラリア首相の助言に基づぎ、オーストラリア人の中か

    東洋法学      九一

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    オーストラジア憲法と憲法の改正      九二 ら、五年の任期で、女王により任命される。憲法は総督の権限を二つのカデコリ1に分けている。権限の一部は﹁総 督﹂に付与され、一部は、総督が連邦執行会議の助言により権限を行使する場合を意味する﹁会議における総督﹂に 付与されている。前者のカテゴリーに属する事項︵たとえば、議会の招集・解散、大臣の任命、立法への同意、など︶ は、歴史的には君主の大権事項とされてきたものであり、後者のカテ.惚りーに属する事項︵たとえば、下院の総選挙 のための令状の発行、連邦各省の設置と廃止、大臣を除く官吏の任免、など︶は、議会法に基づき君主に付与された       ︵13︶ 事項、あるいは議会法もしくは慣習により大権事項から切り離された事項であるとされている。  オーストラリアにおける公式かつ形式的な執行機関は、連邦執行会議と呼ばれている。連邦執行会議の主な役割 は、会議における総督の行為に形式的な効力を与えることにある。執行会議は、連邦の大臣によって構成される︵慣 行としては、一般に、総督と二名の現役大臣が会議を構成する︶。憲法上の機関ではないが、実質的な執行機関は内 閣である。首相は総督のチーフ・アドヴァイザーである。総督は、慣習として、下院多数党の党首を首相に任命す る。首相を除く大臣は、首相の助言に基づき、総督により任命される。  4 憲法危機︵一九七五年︶  ここで、連邦制・二院制・責任内閣制・立憲君主制との関係で是非とも触れておかなければならない事件として、 一九七五年の、いわゆる﹁憲法危機﹂を紹介しておこう。これは、ごく簡単に言えば、野党の勢力が優勢な上院にお        ︵14︶ いて予算法案を拒否された首相が、下院の支持を得ていたにもかかわらず、総督により解任された事件であった。  事件の先駆けは、すでに一九七四年に発生していた。それまでオーストラリアにおいては七〇年をこえる連邦議会

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の歴史を通じて、政府︵与党︶が上院を支配しえない期問は合計一九年間存在したが、上院が政府の提出した主要財 政法案を承認することは慣習として定着していた。しかし、一九七四年四月、上院は、この慣習に反して、ウイット ラム労働党内閣の提出した暫定予算法案を否決してしまった。この時上院で多数を占めていた反対党︵自由党及び国 民党︶は、政府が総選挙に同意するまでは法案を可決しない、と表明した。これに対してウイットラム首相は、暫定 予算法案以外の六法案が憲法五七条︵デッド質ック条項︶の条件を満たしていることを根拠として同時解散を行い、 これをもって上院に対抗する決定を行った ︵上院は、この政府による同時解散の決定の後、予算法案を可決した︶。 同時解散に続いて行われた選挙の結果、労働党は下院で過半数を獲得したものの、上院においては再び過半数を獲得 することができなかった︵下院においては、労働党六六議席、自由党及び国民党六〇議席。上院においては、労働党 二九議席、自由党及び国民党二九議席、その他二議席︶。  しかし、翌年の一九七五年、保守連合︵自由党ー国民党連合︶政権の支配下にあったニュー・サウス・ウエールズ 州とクイーンズランド州において、合わせて二名の労働党上院議員が死亡・退職し、二人の保守系議員でそれが補充 されたため︵これは、後任は同一政党から補充する、という従来の慣習を破るものだった︶、連邦上院における野党・ 保守連合の議席は労働党の議席を上回ることになった。そして一〇月、世論の支持を失いつつあったウイットラム政 権の下で、上院は再び政府の提出した本予算の承認の延長を決議した。上院は次のように政府を非難した。﹁政府は、 もはやオーストラリア国民の信任を失っている﹂。これに対して下院は次のように応酬した。﹁上院と野党の行為は確 立された憲法慣習に反し、議会制民主主義と責任内閣制原理に反するものである﹂。そして双方は互いにその立場を     東洋法 学       九三

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    オーストラジア憲法と憲法の改正      九四 変えようとはしなかった。事態は行き詰まった。この間、総督は、予算の承認・獲得という重要な時期における国政 の混乱状態を憂慮して、これに対処するため、 ﹁総督の有する憲法上の権限・義務﹂について、連邦最高裁判所長官 パーウィクから﹁助言︵リーガル・アドヴァイス︶﹂を求めていた︵総督が最高裁判所長官に求めることはオ⋮スト ラリアにおいては過去たびたび行われていた︶。 二月一一目、事態を打開するため、ウイットラム首相は、野党・ 自由党党首フレイザーと会談したが、会談は物別れに終った。そこで首相は、法律上すでにその年実施が可能であっ た上院の半数改選を行うことを決意し、そのことを助言するため総督邸に向かった。だが皮肉なことに、その席上 ︵ウィトラム首相がーー女王を通じてー1任命した︶カー総督は、次のような理由から、憲法六四条に基づき、首相 の解任を言い渡した。       われわれの憲法の連邦的性格および憲法上の規定により、上院は、疑いもなく、政府への歳出を拒否も      しくは延期する憲法上の権限を有している。政府の通常の業務を遂行するための支出を含む歳出予算を獲      得しえない首相は、責任内閣制の原理に基づき、総選挙を助言するか、辞任しなければならない。首相が      もしこれを拒否すれば、私は首相の任命を撤回する憲法上の権限と義務をもつことになる。オーストラリ      アは、イギリスの場合とはまったく異なっている。オーストラリアでは、予算を確保するためには両院の      信任が必要である。イギリスでは、下院の信任のみが必要とされている。だが、オーストラリアにおいて      もイギリスにおいても、もっとも重要な場面における首相の義務は同一である。もし首相が予算を獲得で      きない場合、首相は辞任するか、選挙を助言しなければならない。

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 首相解任の後、総督は直ちに、予算法案の可決と両院の同時解散を条件として、自由党党首フレイザーを暫定首相 に任命した。そして、首相任命の五〇分後、上院は予算法案を可決した。約一か月後の一二月;百、総選挙が実施 された。この選挙においては、自由党−国民党連合が両院で勝利し︵下院においては、自由党i国民党九一議席、労 働党三六議席。上院においては、自由党ー国民党三六議席、労働党二六議席、その他一議席︶、総督による首相解任 と上院による予算法案の阻止は、国民によって承認される結果となった。ところで、この事件は、上院と財政法案、 デッドpックの解決法、総督のリザーブ・パワーなど一連の憲法間題の再検討を迫ることになった。上院と財政法案 およびデッド撰ックの解決法については、財政法案に関する上院の権限は現在のままで維持されるべきか縮小される べきか、維持されるべきとすれば現行のデッドpックの手続きはどのように改められるべきか、縮小されるべきとす れぽそれはどのような形であるべきか、などが論じられた。リザーブ・パワーに関しては、総督はリザーブ・パワー を引き続き保持すべきか否か、保持すべきとすればそれは憲法に明示的に書き込まれるべきか、などが論じられた。 リザーブ・パワーを中心とする憲法慣習全体の見直しも問題となった。七五年の憲法危機はオーストラリア憲法に内 在する連邦制と責任内閣制の原理的矛盾を改めて明らかにし、これらの原理を現代においていかに調和すべきかの間 題を提示したのであった。  5 司法部  オーストラリアの司法制度は、立法制度や行政制度と同様、基本的にはイギリスの制度をモデルとして作られてい る。しかし、オーストラリアの裁判所は、いくつかの点においてアメリカ合衆国の裁判所と類似している。たとえ

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    オーストラリア憲法と憲法の改正       九六 ば、オーストラリアにおいては、裁判所は、連邦・州レヴェルにおける立法部・行政部の行為を違憲審査する権限を 有し、﹁議会主権﹂の原則はイギリスにおけるほど絶対的な意昧をもっていない。オーストラリァの司法制度は、連 邦的形態を採用しているという点においても合衆国の制度と類似している。しかし、それは次の点においてアメリカ の制度とは異なっている。第一に、連邦最高裁判所は、オーストラリアにおけるすべての法律問題に関する最終的上 訴裁判所である。連邦最高裁判所は、アメリカの場合に比べて、いっそう強い度合いにおいて、司法判断の統一性を 保障する役割を負っている。第二に、連邦議会は、州裁判所に連邦裁判権を付与する権限を与えられている。すなわ       ︵15︶ ち州裁判所は、一定の目的に資するため、連邦の裁判代行機関の役割を果たすことができる。  ところで、連邦憲法は、司法制度について次のように規定している︵七一条︶。       連邦の司法権は、オーストラリア高等法院と称する連邦最高裁判所、議会の設置する他の連邦裁判所、      および議会が連邦裁判権を付与する他の裁判所に属する。 次に、これら三種類の連邦の裁判所の中、固有の意味における連邦の裁判所である﹁連邦最高裁判所﹂と﹁議会の設 置する他の連邦裁判所﹂について、特にその権限を中心に見てみよう。  ﹁オーストラリア高等法院と称する連邦最高裁判所﹂は、オーストラリア司法制度の頂点に位置する終審裁判所で ある。だが、連邦最高裁判所が名実ともにオ⋮ストラリアの終審裁判所の地位を獲得したのは、ごく最近のことであ った。連邦の成立以前、オーストラリアにおける全ての植民地を支配する最高の司法機関は、イギリスの枢密院司法 委員会だった。この時代、各植民地の最高裁判所の判決は、一定の状況の下で、この司法委員会へ上訴されていた。

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しかし、その後、連邦憲法の制定にともない、この上訴制度は大幅な制限を加えられることになった。すなわち﹁連 邦の権限と州の権限の限界、またはこの憲法の定める二以上の州の権限相互の限界に関する事項﹂について、連邦最 高裁判所の判決は、連邦最高裁判所がその判決を枢密院に上訴すべき事項である趣旨を認証した場合をのぞき、枢密 院へ上訴することが不可能になった︵七四条︶。そして更に一九六八年、連邦管轄権を行使する裁判所の判決を枢密院 へ上訴することが禁止された。続いて一九七五年には、女王による特別の認許のある場合を除いて、連邦最高裁判所 のすべての判決に対する枢密院への上訴が廃止された。しかし、州の管轄事項を審理する裁判所の判決については、 いぜんとして枢密院へ上訴する途が残されていた。そしてこの結果、州裁判所で敗訴した者は、枢密院あるいは連邦 最高裁判所のいずれかに上訴することが可能であった。﹁連邦最高裁判所は枢密院の判決には拘束されない﹂︵一九六 三年の連邦最高裁判決︶とされたので、 ﹁先例のシステム﹂は混乱することになった。混乱を収拾するため、一九八 六年、州裁判所の判決に対する枢密院への上訴がすべて廃止された。そして、ここに連邦最高裁判所は、名実ともに        ︵篤︶ オ⋮ストラリアにおける終審裁判所の地位を獲得した。  枢密院への上訴の完全な廃止は、連邦裁判所の憲法解釈に関する権限を強化することになった。後に見るように、 オーストラリアにおいては連邦憲法改正の試みはほとんどの場合失敗に終っていることもあり、憲法改正に対する反 対が今後も継続する場合、連邦最高裁判所の憲法解釈を通じての役割は、ますます増大することが予想されている。  ここで、連邦最高裁判所の構成・任命について見てみよう。憲法は規定している。      高等法院は、長官および議会の定める二名以上の他の裁判官により構成される︵七一条︶。

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    オーストラリア憲法と憲法の改正      九八      高等法院および議会の設置する他の裁判所の裁判官は、総督が執行会議の議をへて任命する︵七二条︶。 最高裁判所裁判官は、発足当時は、長官と二名の裁判官により構成されていた︵一九〇三年︶。しかし、その後、五 名、七名、六名と変化し、現在は七名により構成されている。任命に関しては、一九七九年、最高裁判所法の改正に より、長官および他の裁判官の任命にさいし、事前に、連邦が州と協議を行うことを義務づけられたことが注目され る。連邦最高裁判所裁判官は、以前は特別の事由がない限り終身制であったが、一九七七年の国民投票の結果、七〇 歳定年制度が導入された︵憲法七二条︶。  管轄権に目を向けると、連邦最高裁判所は、まず、条約に関して生じた事件、他国の領事その他の代表者に関する 事件、連邦が当事者である事件、州相互間に生じた事件⋮⋮︵七五条︶、連邦憲法に関して生じた事件または憲法の解 釈を含む事件︵七六条1︶、等々に関して第一審管轄権を有している。しかし、連邦最高裁判所は、これらの事件を 他の裁判所に移送する権限をもち、その結果、通常は憲法事件の審理に力を集中していることに注意する必要があ る。次に、連邦最高裁判所は、実際上、他の連邦裁判所、州および特別地域裁判所の判決に関する上訴管轄権を有し ている。ただこの場合、上訴の審理は連邦最高裁判所が特別の許可を与えた場合に限定されている。  ﹁議会の設置する他の連邦裁判所﹂としては、現在、﹁オ⋮ストラリア家庭裁判所﹂と﹁オーストラリア連邦裁判 所﹂の二種類の裁判所が存在する。前者は、一九七五年に設置された裁判所であり、後者は、一九七六年に設置され た裁判所である。家庭裁判所の第一審管轄権は、家族法、婚姻法において規定され、オーストラリア連邦裁判所の第 一審管轄権は、破産法、調停・仲裁法を含む多数の連邦法において規定されている。家庭裁判所の頃昆ハ︶呂旨は、

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同裁判所の冒凝窃による判決、州および特別地域最高裁判所による判決、西オーストラリア家庭裁判所の判決に対 する上訴の審理を行い、家庭裁判所の︸&αqΦωは、家族法の下で管轄権を行使する即決裁判権を有する裁判所の判決 に対する上訴の審理を担当している。またオ⋮ストラリア連邦裁判所の頃昆Oo葺齢は、同裁判所の冒凝霧による判 決、北部準州を除く特別地域最高裁判所の判決、連邦法により与えられた管轄権を行使する場合の州および全特別地        ︵鴛︶ 域の最高裁判所の冒山αQののによる判決に関して上訴管轄権を有している。  現在、オーストラリアにおいては、司法制度の統合化が問題となっているが、これはオ⋮ストラリア家庭裁判所と オーストラリア連邦裁判所の設置により生じた裁判管轄の複雑化に起因するところが多い。  最後に、司法制度に関して、憲法は、連邦法の違反により起訴された犯罪の審理に対して﹁陪審による裁判﹂の制 度を保障していることを附記しておく。

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︵3︶  霊慧一男oもo慧o︷聾oO8象欝鼠o欝一〇〇臼導一ω。 。一s︵おo 。o 。︶Oo旨きs妻o巴夢Oo︿①導筥①馨頃甑馨gO讐ぴ①員欝くo一●一”α印  ﹁タスマニア・ダム・ケース﹂については、たとえば、次の報告書の各論文を参照のこと。︾霧鍵巴一き9霧蜂葺ご欝一 〇8︿窪銘8おo 。倉団碁o誉鋒監鉱轟ω魯lOo溶巨詳8”閃紹○旨8留き象おOo導鼠簿8︵ω①冥Φ蓉ぴ段おoo戯︶Oq8霧富& OO︿R類導Φ口酔層吋貯齢霞●  ここで、オーストラリアにおける﹁人権﹂論議について簡単に触れておこう。周知のように、現行のオ!ストラリア憲法 は、アメリカ合衆国憲法に見られるような包括的﹁権利章典﹂︵露目無覆讐邑を含んでいない。憲法は、きわめて保障の 不完全な四つの自由︵財産権の適正な補償、陪審裁判の保障、宗教の自由の保障、他州の住民にたいする差別の禁止︶を保 障しているにすぎない。ところが最近、いわゆる﹁人権の国際化﹂の流れの申で、人権をめぐる注目すべき動きが出てきて いる。  東洋 法 学       九九

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︵4︶ ︵5︶ オーストラリア憲法と憲法の改正 一〇〇  中でも有名なのは、一九八五年の﹁オ肇ストラリア権利章典法案﹂︵︾島鼠薮φ匹嵩9男蒔﹃鍍ω籠おc。㎝︶をめぐる論議 であろう。権利章典法案は、連邦政府により批准されていた﹁市民的および政治的権利に関する国際規約﹂︵↓冨目糞o導? 銘o鍔一〇〇︿o轟講8Ω︿践餌盆勺○穿ざ巴裂讐邑に基づくオーストラリアの国際的義務を遂行するため立案された連邦法 律案だった。この法案は、大変興味深いものであったが、特に人権の保障方式において注目すべき内容を含んでいた。すな わち連邦議会の立法行為による人権侵害にたいしては、イギリス的議会主権とアメリカ的司法審査制の妥協方式としての司 法審査を予定し、行政機関による侵害に対しては、行政機関に属する﹁人権・機会均等委員会﹂による保障を予定してい た。法案は、非常に激しい論議を引き起こしたが、﹁人権の擁護者は議会である﹂、﹁人権はコモン・ローによって保障され る﹂、﹁人権保障は州の役割である﹂、等々の意見に阻まれ、結局は不成立に終った。︵切o名①Pダ”.、>pO<RξΦ壌9酔o 霞類き伍菊Φ若o霧①ε︵︾一誉の、.ぎω夢のさ界︵&y︾臣茸鋒きω皆o翫蒙αQ田ω即o拶巳Oo馨鎧”鎮包び象疹ρおo 。9嵩ー這●︶  包括的権利章典を﹁連邦憲法﹂に規定すべきか否か、については、一九七〇年代にオ⋮ストラリア憲法会議の委員会レヴ ェルにおいて論議されたこともあったが、一般的合意に達するまでには至らなかった。︵︾霧霞巴坤きOo霧葺鐸鉱8巴08奉亭 鉱8ω寅鑑一鑛Oo露簿葺8、.U、、拶魯○旨8国器象瓜<oOo奪箏簿8︵一〇譲︶○○毒旨旨①馨ギ帥馨Rζの窃窪簿ρo oρ戯o oふド︶  州レヴェルにおいては、最近、ヴィクトリア州の﹁法および憲法委員会﹂が、一定の範囲の人権について、州憲法におけ る人権﹁宣言﹂を勧告したことが注目される。ただしこの場合、﹁宣言﹂︵留。寓蝕○昌︶するという意味は、﹁議会をガイド する︵指針を示すとという意味にとどまり、﹁議会の優位﹂を制限したり、それに法的﹁強制力﹂をもたせる、という意味 ではないことに注意しなければならない。︵い認巴き飢Oo霧鋤葺ぎp巴Oo3葺鐸8︵≦o・y菊超o旨8渉oUの簿筈坤欝蔓8 0静R&器o︷U①α Q一ω算一〇pO鑑鮭轟き山津o欝&お=藁3翠裂αQげけ。 。︵おG 。刈︶Oo︿・導鋸の馨ギ嘗$ぴ竃色び呂導ρ津O山声 一ミ●︶  ω習&Φ酵O。\90鋸導oロP鼠‘幻①≦①薯o︷夢Φ08ω鶏欝銘o欝巖蔓o︷UΦ9匹oP︵短℃霞震oωの99け○盛o図H同昏Oo響 αQ H霧ω9鋳oH講。簿緯一8亀︾8山oき矯900簿短賞無<oい鎖チ︾霧㌶巴5︾罐霧齢おo 。①y㌣o 。●  窯霧07︾‘↓富力080︷勉Oo霧葺黛一8鉱︵︶o貰二罫塑頃a巽繋純8>Oo箏饗疑80︷魯Φ︾β。 。㌶&き鴛儀讐od臨け8

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︵9︶ ︵憩︶ ︵U︶ ︵犯︶ ︵B︶ ︵磁︶ ︵蛎︶ ︵驚︶ ω霊富。 。国嵩亀窪8︵おo 。①︶一①男&醇巴群顛類刀①≦o毒員。  田塁什囲80慧o胤島ΦOo霧紳一葺誌o琴一〇〇導鼠の巴呂︵おo oG 。︶Oo溶導睾壌の巴薪のo︿①舅資①馨摩汐8びO窪ぴ禽講く〇一。ど蕊o oi oo ρ  州レヴェルでは、一院制をとるクイーンズランド州を除いて、下院の任期は全て四年である。  二票の価値の平等﹂については、連邦法律およびニュー・サウス・ウエールズ憲法、南オーストラリア憲法は、下院議 員の選挙に関して、プラス・マイナス一〇。ハーセントの誤差を許容しているが、ヴィタトリア州法は、上下両院議員の選挙 に関して五パーセントの誤差しか許容していない。これらの州とは対照的に、特にクイーンズランド州などでは投票価値の 不平等が顕在化している。  ≦一馨霞8PO‘評岳螢韓o馨”些①国器。黛一くoき伍夢ΦOo︿oきo撃O。蓉髭一︵鼠のまo負琴¢巳く①琶蔓ギΦωの︸おo 。o 。︶蕊◎  勾器。募嘗oOo︿①導導o導”菊巷o旨9簿o︾響一ω○螢Oo鋸鼠簿88酔①Oo霧簿暮一8鉱Oo糞鼠ω巴睾︵おo 。刈︶08隆ε鉱o欝一 〇〇霞導一ω訟oPQ ocQ山O。  箆︸Oゲ爵唇  オーストラリアの独立に関する邦文の文献としては、次のものがある。  斎藤憲司﹁オーストラリアの﹃独立﹄iイギリス議会による一九八六年オーストラサア法制定﹂ジュリスト八七二号 ︵一九八六年︶。 O鉱。Fい\g§詳刃こ暴①ぎぎ馨aO8ω蜂民8。=訂ぎ。 ・け邑ぎO§馨薯鐘島︵這。ご層轍●ピのαQ巴ω・。葺 お蕊yき9  ︾霧嘗鰭翠OO霧蜂縁坤o欝一〇〇彗①講一象ω欝&汐αQ9鴇且誉o..U.、O D速。難菊書o旨ε夢の国器o暮貯ΦOo箏鼠竃漁↓誇 ω曾象o帥監ω巷℃ぐ︵おミ︶Oo︿Φ旨糞の導勺は導Φび鋸蝕び○貰器”アo oO。  肇器一菊店o詳<o一●どωOα.  箆 り刈o o燕S  東洋法学       一〇一

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   オーストラリア憲法と憲法の改正       一〇二 ︵17︶︾霧欝頴弩︸鼠一。芭ω旨馨β囲畠o誹o晒毎①︾牙一ωo曙Oo導鼠ぎ①8魯。08ω憂纂一8巴Oo欝鼠。 。ω帥9︵一。o 。刈︶Oo霧亭  齢5一8巴Oo営導謝忽OP曽“o o●  三 憲法改正手続と国民投票  1 憲法改正手続  オ⋮ストラリア連邦憲法の改正手続は、連邦憲法二一八条と﹁レファレンダム法﹂︵幻鉱角窪身臼︵鼠8窪器昌汐oξ叩 δ欝︶︾9るo 。群︶において定められている。以下、憲法改正法案の発案、審議、国民投票などについて概観してみよう。  オーストラリアにおいては、憲法改正の手続は、連邦議会においてのみ開始する。重要な法律立法の場合と同じ く、まず、内閣が改正案を議会の下院に提出し、両院が改正案を可決することが、改正のための通常の第一ステップ となる。アメリカ合衆国憲法やスイス連邦憲法は、二天条制定のさい参考とされた憲法であるが、合衆国憲法が ﹁州議会の請求に基づく憲法の改正﹂や﹁憲法議会による改正の発議﹂を認め、スイス憲法が﹁人民による憲法イニ シアティヴの権利﹂や﹁州のイニシアティヴ﹂に基づく連邦憲法の改正を認めているのに対して、オ!ストラリア憲 法は、憲法改正の発議段階における州の関与や人民の関与を認めていない。  憲法改正法案は、議会の各院において絶対多数で可決されると、二か月以上六か月以内に、各州および特別地域に おいて国民投票に付される。ここで注意すべきは、法案を国民投票に付すか否かの判断権は政府に属すると解され、 改正法案は、両院で可決されても政府が反対した場合、国民投票にかけられないという点である。過去においては七       ︵鰺︶ 法案がこの運命をたどっている。このような﹁政府の裁量に基づく国民投票﹂︵風R鶏穿讐島終30器貸︶は、 スイ

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       ︵19︶ スなどでは厳しく批判されているが、オーストラリアにおいても批判を受けている。法案を国民投票に付すか否かの 決定が政府の裁量に基づいて行われる場合、法案は野党に反対されることが多く、法案が連邦政府により提出される 場合、それは連邦政府に不信感をもつ州の反対を受けやすい。  ところで憲法は、改正法案をめぐり上下両院の意見が一致しない場合を想定して、法律案の場合と同様に、デッド βックの手続きを設けている。二一八条によれば、三か月の期間をはさんで前後二回両院の意見が対立した場合、総 督は、最初に議決した院の最終改正案を国民投票に付することができる。総督は政府の助言により行動するので、こ の場合も、国民投票の実質的決定権は政府がもつことになる。この結果、最初に議決した院が下院の場合、︵下院の多 数党が政府を構成し、一般に、下院の意見は政府の意見と同一なので︶、改正案は国民投票に付されるが、上院が最 初に議決した場合、︵このような場合は、野党が上院で多数を占めていることが多いので、 つまり、上院の意思と政 府の意思が異なることが多いので︶、法案が投票に付される可能性はきわめて少ないことになる。憲法は、デッド・ ックの場面において、政府・下院の意思をー大臣助言制を介してー事実上、上院の意思に優越させ、その意味で       ︵20︶ 責任内閣制の原理を連邦制の原理に優越させているといえよう。  オーストラリアにおける国民投票の過程で、最も重要であり最も問題なのは、賛成論と反対論の立場から法案を解 説した﹁賛成意見・反対意見﹂︵顧窃\200器霧︶と呼ばれる公の法案解説書であろう。このような公の法案解説書は、 有権者が意思形成を行うための拠り所として重要な役割を果たすため、一般に厳しい条件が課せられていることが多 い。たとえば、スイスでは、法案は国民を惑わせるものであってはならないという理由から、そこに記載されている

    東洋法学      

一〇三

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    オ⋮ストラリア憲法と憲法の改正       一〇四 法案の内容は各部分が互いに関連性をもつものでなければならず︵内容統一の原則︶、解説はできる限り、簡潔で、 法案に即し客観的で、重要な少数者の意見を考慮したものでなければならないとされている。これに対してオースト ラリアのレファレンダム法は、﹁賛成意見・反対意見﹂について、ともに二〇〇〇字以内で書かれること、投票期日 の一四日前までに法案のテキストとともに有権者に郵送されること、などは要求しているが、内容統一の原則や客観 性の維持、少数者意見への配慮に関しては何も規定していない。のみならず、解説の客観性の維持という点からは非 常に問題と思われる規定t賛成意見は﹁法案に賛成投票を投じ、賛成意見を述べることを望む議員の過半数により 承認﹂されたものでなければならず、反対意見は﹁法案に反対票を投じ、反対意見を述べることを望む議員の過半数 によって承認﹂されたものでなければならないとする規定︵一一条︶  を設けている。現行法における﹁賛成意        ︵鍛︶ 見・反対意見﹂に対しては、次のような問題点が指摘されている。      *現在、﹁賛成意見・反対意見﹂の準備は、オプショナルであり義務的とは考えられていない。この結果、       ﹁賛成意見・反対意見﹂が有権者に配布されない︵法案のテキストも配布されない︶ことがありうる︵事       実、一九一九年には、パンフレットを準備する時問がないという理由により、また一九二六年には、賛       成派内で理由づけに関して意見が割れ、賛成意見を作成することが不可能であるという理由により、一       九二八年には、主要政党が全て法案に同意したので﹁賛成意見・反対意見﹂の作成は不要であるという       理由により、﹁賛成意見・反対意見﹂は有権者に配布されなかった︶。      *現行規定の下では、賛成意見と反対意見は賛否の比率を考慮せず全く平等に取り扱われているので、た

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      った一人による反対意見も、その他全員の賛成意見と同じ扱いを受けることになる。また、反対者が全       く存在しない場合、反対意見を準備しなくてもよいと解されている。      *重要な少数意見もそれぞれの立場における多数意見でない場合、取り上げられない可能性がある。      *﹁賛成意見・反対意見﹂に関する規定は、改正法案が両院で可決された場合にのみ適用があると解され       ているので、両院で可決されない法案の場合、すなわちデッド据ックの手続きに基づき一院が二度可決       した法案の場合、選挙管理委員長は、﹁賛成意見・反対意見﹂を有権者に配布する義務とないと解され       ている。      *改正法案が、﹁憲法会議﹂のような、議会とは異なる機関において審議され、勧告された場合でも、法       案は﹁憲法会議﹂とほとんど無縁な議員達により解説されうるという不合理がある。  さて、最後の投票の段階であるが、憲法改正が実現するためには、①全投票者の過半数以上の承認と、②過半数以 上の州︵実際には、六州の中の四州以上︶における投票者の過半数以上の承認︵いわゆる﹁二重の過半数﹂の承認︶ が必要とされている。このコ一重の過半数﹂は、憲法改正をできる限り阻止するために要求されているのではなく、       ︵22︶ 憲法改正についての﹁思考の成熟の保障﹂と﹁連邦制の保障﹂のために要求されていると解されている。  なお、特定の州の利害にかかわる憲法の改正は、二重の過半数の承認に加えて、改正の影響がおよぶ当該州の投票 者の過半数の承認がなければ成立しない。  2 国民投票の結果

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    オ⋮ストラリア憲法と憲法の改正      一〇六  国民投票の長い歴史において、まず注目されることは、法案の可決率の低さであろう。現行連邦憲法が発効した一 九〇〇年から一九八九年の間に、合計四二法案が国民投票に付されたが、可決された法案は、わずか八法案であっ た。残りの三四法案は全て否決されている︵可決率二三・五パーセント︶。この数字は、ほぼ同期間において、政府・ 議会により提案された憲法改正法案の七八・五パ⋮セント︵一八九一年i一九八○年︶が可決されているスイスなど       ︵23︶ と比べると著しい対象をなしている。  投票に付された法案の中、その数がもっとも多かったのは、連邦・州間の権限に関する法案であった。二八法案 ︵六六・七パーセント︶がこの種の法案で占められ、中でも連邦議会の権限の拡大を目指す法案は、その大部分を占 めていた︵一九二二年の﹁独占企業の国有化﹂法案、一九三六年の﹁航空行政﹂法案、一九四六年の﹁社会サービ ス﹂法案、その他︶。その他の法案としては、選挙やレファレンダムに関する法案︵一九七四年の﹁憲法改正要領修 正﹂法案、一九八四年の﹁上下両院同時選挙﹂法案、一九八八年の﹁適正選挙﹂法案、その他︶が一〇法案あり、国 民の権利・自由の拡大に関する法案︵一九八八年の﹁権利・自由﹂法案︶とその他の種類の法案︵一九七七年の﹁上 院の偶発的欠員﹂法案、同七七年の﹁連邦判事定年﹂法案、一九八八年の﹁揖ーカル・ガヴァメント﹂法案︶が合わ せて四法案あった。  否決された三四法案の中、﹁上下両院同時選挙﹂法案︵一九七七年︶を含む五法案は、全投票者の過半数の同意を 獲得していたが、三州の同意しか得られなかったため︵コ一重の過半数﹂の障害を乗り越えられなかったため︶否決 された。可決された八法案の中、重要法案とされるものは一九二八年の﹁州負債﹂法案のみであり、その他の七法案

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は、いずれも重要性に乏しい法案であった。また、可決された法案は、一九四六年の﹁社会サービス﹂法案を唯一の 例外として、一般市民生活とは、ほとんどかかわりのない法案ばかりであった。  国民投票において数多くの法案が否決されてきた理由としては、﹁過半数﹂以上の州の承認を求める要件の厳しさ、 国民の保守性や無知、連邦制に基づく中央政府と州の対立、市民が興味をもちえない内容の法案、等々さまざまな要 因が指摘されている。だが、多くの要因の中で最も注意すべぎは1多くの論者も指摘しているように﹂政党問 の合意に関するものであろう。オーストラリアにおいては、憲法の改正は大政党間の合意︵コンセンサス︶がなければ 不可能と考えられているが、実際には、この合意を得ることが容易ではない。一度得られた合意も、政治状況が変化 すると簡単に解消される傾向がある。合意を得る努力が十分払われないままに国民投票が実施される場合もある。政 党問における合意の達成がいかに難しいかは、たとえば、過去において議会には提出されたが第二読会の段階で消滅 した法案数や、議会は通過したが投票に付されなかった法案数、国民投票で否決された法案数、その他の理由で憲法        ︵塞︶ 改正を達成しえなかった法案数の合計が、すでに一〇〇以上に達しているという事実の中にも見ることができよう。  なぜオーストラリアにおいて憲法改正に関する政党間の合意が容易でないのかについては、いくつかの理由が考え られる。法的に整備された合意の機構が存在しないことも一因であろう。しかし、何よりも問題なのは政党エゴであ り、政党が、広い国家的視野・国民的立場から真摯な態度で改正問題に取り組むという姿勢に欠けているという点で あろう。  このような政党の体質は、国民投票のキャソペーンにおいても、よくあらわれている。キャソペーンにおいて政党     東 洋 法 学      一〇七

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    オーストラリア憲法と憲法の改正      一〇八 によって最も重視されることは、﹁戦いに勝つ﹂ことであり、キャンペーンは、さながら﹁宣伝合戦の場﹂と化して いる。国民に、客観的で分かり易い情報を提供することは、おろそかにされる傾向がある。﹁戦いに勝つ﹂ことが第一 目標とされる結果、国民を惑わすような形で法案が提示されることも少なくない。たとえば、一九四四年に投票に付 され否決された﹁戦後経済復興と民主主義的権利﹂法案は、﹁オムヨハス法案﹂という別名が示すように、﹁内容統一 の原則﹂を完全に無視し、一法案の中に実に一七事項もの要求を含んでいた。法案の内容に対してなすべき批判が、 政党批判や党首に対する批判によってすり替えられることも稀ではない。  3 州民投票  以上、連邦憲法の改正手続きと国民投票について簡単にみてきたが、ここで州レヴェルリおける州民投票について も触れておこう。  少し古い統計ではあるが、オーストラリアの州レヴェルにおいては、 一九〇〇年からその後の約八○年間におい て、合計三四回の州民投票が行われてきた。その内訳は、ニュi・サウス・ウエールズ州二二回、西オーストラリア 州六回、ヴィクトリア州五回、南オーストラリァ州四回、クイーンズラソド州三回、タスマニア州三回であった。結       ︵25︶ 果は、可決が二〇回、否決が一四回であった︵可決率五八・五パ⋮セソト︶。  ところで、州憲法は、連邦憲法とは異なり、そのすべての規定の改正が住民投票の対象となっているわけではな い。州民投票は、一般に、憲法の規定する一定の重要事項︵議会の組織・構成・任期・権限、選挙手続き、選挙区、 総督の地位・権限、レファレンダム関連規定、など︶を修正する場合行われることが多い。また、︵財政法案を除く︶

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法律案をめぐり両院の関係がデッドpック状態になった場合、最終的解決の手段として実施されることもある︵二.一 ー・サゥス・ウエールズ州︶。州によっては、酒類規制法などにおいていわゆる﹁ρーカル・オプション・レファレ ンダム﹂を保障している場合も見られる。たとえば、ヴィクトリア州では、﹁ドライ・エリア﹂におけるホテル、レ ストランなどの営業許可・取消を行う場合、関係地区住民の意見を聴取するため住民投票が実施されている。この 他、政治的に重要な事柄や論争的な事柄について、一種の世論調査として﹁プレビシット﹂︵覧魯邑富︶とよばれる投       ︵26︶ 票も行われている。一九三三年に西オーストラリア州で実施された同州の連邦脱退の是非を間う投票や、一九八一年 に実施されたタスマニア州ゴードン川におけるダム建設地の選択に関する投票などはその好例であろう。タスマニア ・ダム・ケースに関連するこの八一年の投票は、ダム建設をめぐって生じた州両院のデッドpック状態を打開する手 段として、強力な権限を有する州の上院という障害物を迂回するため、州首相によって計画されたものであった。投 票は、特別に制定された州法︵Oo注身困くR類覧3−更Φ9膏唱o毒R浮くα8βΦ鼻︵幻。獄器鼠毒︶︾9おo 。一︶に基づ いて実施され、投票結果の法的効力は、人民による﹁勧告の宣言﹂︵凱≦8蔓留o鐸&8︶に留まるとされ、政府を何       ︵27︶ ら法的に拘束するものとは考えられなかった。  4 一九八八年九月三目の国民投票       ︵28︶  連邦レヴェルにおいて実施された最近の国民投票としては、一九八八年九月三日の国民投票があげられる。次に、 この国民投票を振り返り、法案の内容や政党間の合意、キャソペーソの状況について見てみよう。  初めに、投票に付された四法案︵﹁議会任期﹂法案、﹁適正選挙﹂法案、﹁・ーカル・ガヴァメント﹂法案、﹁権利.

    東洋法学       一〇九

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    オーストラリア憲法と憲法の改正      一一〇       ︵2 9︶ 自由﹂法案︶の内容を紹介しておく。まず、四法案の中、最も重要性が高いと思われたのは、第一法案である﹁議会 任期﹂法案であった。この法案は、①連邦下院の任期を四年とすること、②連邦上院の任期を下院の任期に合わせる こと︵上院の任期を下院の任期満了または解散に合わせること︶、③上下両院の選挙を同一日に実施すること、をそ の内容としていた。そして、その目的は、連邦レヴェルにおける選挙回数を削減することにより、政府の安定性を増 大させることにあった。第二法案の﹁適正選挙﹂法案は、連邦下院、州・内陸特別地域の議会選挙におけるコ票の 価値の平等﹂の実現︵ただし、プラス・マイナス一〇パーセントの範囲内の誤差は許容⋮注⑧参照︶と、②連邦・ 内陸特別地域における一八歳投票権の実現、をその内容としていた。要求の中心は、コ票の価値の平等﹂の実現にあ り、事実上のターゲットは、不平等の著しいクイーンズランド州であった。第三法案の﹁・ーカル・ガヴァメント﹂法 案は、ローカル・ガヴァメントが現実には重要な役割を果たしているにもかかわらず、連邦憲法がpーカル・ガヴァ メントに関する規定を全く欠いているという状況の中で、州に対して、p⋮カル・ガヴァメントの制度︵すなわち州 法の定めるところにより、①その領域内で統治権・条例制定権を有し、②住民によってその機関が選挙されるβーカ ル・ガヴァメントの制度︶の設置と存続を義務付けることを内容としていた。第四法案の﹁権利・義務﹂法案は、連邦 憲法においてきわめて不完全な形でしか保障されていない﹁陪審裁判﹂の権利、﹁財産権の適正な補償﹂を受ける権利、 ﹁宗教の自由﹂、などの権利・自由をより完全な形で保障することを目的としていた。これら四法案の中、﹁議会任期﹂ 法案は、後述する、よりバランスのとれた﹁憲法委員会﹂案の骨抜ぎ法案とみられたため、必ずしも評判のよいもの ではなかった。また、﹁適正選挙﹂法案と﹁揖ーカル・ガヴァメソト﹂法案の要求は、すでに連邦法律や州法において

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ー完全ではないにしても1広く実現されているものであり、早急に国民投票にかける必然性に乏しいように思わ れた。同様に、﹁権利・自由﹂法案も、他の憲法改革に優先して投票に付さなければならない積極的理由に欠けていた ようであった。これら四法案が、いずれも国民の日常生活に直接かかわる法案ではなかったことは言うまでもない。  さて、オーストラリアの国民投票においては、政党間の合意を得る努力が十分払われないままに投票が実施される 場合があることはすでに述べたが、このことは、九月三日の投票においても見ることができた。四法案がいかに選ば       ︵30︶ れ、投票に付されたかを見てみよう。初め、一九八八年一月の段階においては、政府は、①限定的な形で権利章典を 保障する法案、②連邦議会の任期を四年にする法案、③四年の任期の中、初めの三年間は上院に予算阻止権を認めな いとする法案、④オーストラリア全体の選挙区において議員の適正な割り当てを実現する法案、⑤女王の立法拒否権 を削除する法案、の五法案を含む最大限一〇法案を、八八年の七月、国民投票に付する予定であった。これら五法案 の中で最も重要と思われた法案は、﹁議会任期﹂法案と﹁上院の予算阻止権﹂法案であったが、﹁予算阻止権﹂法案に 対しては野党の厳しい反対が予想された。﹁拒否権﹂法案は、一部の保守主義者からの強い感情的反発を買うことが 予想されたほか、政府が議会での協力を必要としていた民主党も、この法案を投票に付することには戦略的立場から 反対を表明していた。また、﹁権利章典﹂法案は、反対が比較的少ないように思われたが、コ票の価値の平等﹂法案 に対しては、野党・国民党とクイーンズランド州政府が強い反対をすることが明白であった。このような状況の下 で、政府は五月二二日、﹁予算阻止権﹂法案と﹁拒否権﹂法案を断念し、なぜか新たに﹁冒ーカル・ガヴァメント﹂ 法案を追加して、結局、先に述べた四法案を連邦議会に提出した。法案が議会に提出されると、野党の自由党と国民

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二一

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    オーストラリア憲法と憲法の改正       一二一 党は、四法案全てに対して直ちに反対表明を行った。しかし、六月三日、四法案は全て両院を通過し、九月三日の国 民投票に付されることが決定した。以上の経過をみると、国民投票に付された四法案に関して与野党問で予め十分話 し合いがなされ、合意が得られていた形跡は全く見られない。﹁何故その四法案でなければならないのか﹂という質 問がなされたとすれば、恐らく政府は、説得力のある解答をすることが出来なかったであろう。過去の経験に照らし てみれば、このような、政党間でのコソセンサスの存在しない法案が投票で否決されることは明らかであった。では 何故、政府はこのような法案をあえて国民投票にかけたのであろうか。ここで一九八八年が、オ⋮ストラリアの建国 二〇〇周年の記念すべき年であったことが思い起こされる。政府は、二〇〇周年の機会を利用して、あわよくば憲法 の改正を実現しようと試みたのであった。また、後に述べるように、一九八五年に設置された政府の﹁憲法委員会﹂ は、八八年四月に第一次報告書を提出し、同年九月には最終報告書を提出する予定になっていたが、政府がこの委員 会の勧告をバックに、憲法改正を実現しようとしたことも公知の事実であった。ちなみに、﹁議会任期﹂法案を除く 三法案は、その﹁体裁﹂と﹁細部﹂を別にすれば、いずれも憲法委員会の勧告をほぼそのまま踏襲していた。  国民投票が﹁宣伝合戦の場﹂と化していたことは、八八年の投票の場合も同様であった。宣伝合戦は、﹁ス認ーガン 合戦﹂でもあった。反対派は、ー過去においてもそうであったのだがー四法案を﹁キャンベラ︵中央政府︶対州 の対立﹂問題としてとらえ、この視点から法案に攻撃を加えていた。反対派によれぽ、四法案に﹁共通のテーマ﹂ は、﹁キャンベラの中央政府により多くの権力を﹂与えることだった。この立場からすれば、﹁議会任期﹂法案は、﹁上 院の独立性を歪め﹂、﹁適正選挙﹂法案は、選挙に関する﹁連邦政府の青写真を州に押し付ける﹂ものだった。また、

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﹁買ーカル・ガヴァメント﹂法案は、﹁キャンベラに直接的な責任を負う地域政府﹂として・ーカル・ガヴァメント を作ることを目的とするものであり、﹁権利・自由﹂法案は、ー﹁宗教の自由﹂に関して言えばー教会や学校に対 する﹁州の財政的援助﹂を脅かすものだった。これに対して、政府・賛成派は、法案に﹁共通のテーマ﹂は﹁人民の 権利﹂である、とアピ⋮ルしていた。この立場からすれば、﹁議会任期﹂法案は、﹁連邦議会両院に一層の安定性・責 任性・同時性を保障し、選挙における国民のマンダートをより効果的なものにする人民の権利﹂に関係し、﹁適正選 挙﹂法案は、﹁オーストラリア全域において自由で適正な選挙を行う人民の権利﹂に関係する法案だった。そして、 ﹁糧⋮カル・ガヴァメソト﹂法案は、﹁オーストラリア憲法の一部として重要な国家の第三層における政府を所有す る人民の権利﹂にかかわりをもつものであり、﹁権利・自由﹂法案は、﹁陪審による裁判、強制的に取得された財産に 対する適正な保障、宗教の自由、などの一定の譲渡しえない権利・自由を憲法自身の中に保障させる人民の権利﹂に かかわりをもつものだった。このような反対派、賛成派のス冒ーガンは、それぞれ真実の一部を述べるものではあっ たが、それは、また同時に真実の一部を歪めるものでもあった。  また九月三臼の国民投票における法案のいくつかは、国民にとっては理解しにくいものだった。まず、﹁権利・自 由し法案の場合、内容上お互いに関連性のない三つの権利・自由に関する要求が混在していた。この点について、反 対派は、﹁反対意見﹂の中でそれを批判し、訴訟を提起していた。しかし、連邦最高裁判所は、投票に先立って行っ た判決において、      *憲法改正法案の内容の決定は議会の権限に属する。裁判所は、議会優位の原則に従い、その内容を統制

    東洋法学      一ニニ

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