「ラ米大陸最南部三国における経済自由化の実験」
八木三木男 (京都産業大学) 1第一次石油危機の世界的不況の中で,多くのラテン・アメリカ諸国は,経常 収支の赤字拡大,インフレの高進,失業率の上昇にみまわれ,新たな経済発展戦 略を模索せざるをえなくなった。なかでも,南米大陸の南部円錐地帯(The SouthernCone)に位置するアルゼンチン,チリ,ウルグアイの三国において 採られた経済自由化政策による対応は注目すべき試みであった。その政策は,軍 部政権によって支持されたテクノクラートによる,「シカゴ学派」あるいは「マ ネタリズム」の発展途上国における「実験」であると一般にみなされており,こ の「実験」の評価をめぐる論争が現在も行われている。 ここでは,この経済自由化の意義を,金融自由化に焦点をあてて,マヅキノン ・ショウの金融抑圧の理論にもとづいて,考察する。 2発展途上国の金融市場においては,高いインフレーションにもかかわらず, 名目預金金利は低く抑えられることによって,実質預金金利は非常に低くあるい はマイナスになっている。その結果,金融資産への貯蓄が行われない。他方,低 金利の資金を利用できない小企業や農民は,高利貸しのような伝統的な未組織金 融市場に依存せざるを得ない。すなわち,金融市場の分断(segmentation)が 見られる。このような状態を金融抑圧(financialrepression)とよぶ。 したがって,国民に金融資産を蓄積する機会を与え,自主的な貯蓄を増やすと ともに,人為的な低金利による優遇的な融資をなくし,資金の配分を効率的にす るような自由な金融市場と資本市場を確立することが,金融抑圧の理論の政策的 主張となる。 ラテン・アメリカ諸国においても,金融市場および資本市場の発達がまだ不十 分である。そして,ラテン・アメリカ諸国では,政府指導型の経済体制のもとで の工業化政策が,正統派発展理論とみなされてきた。人為的低金利政策はその不 可欠な一環である。その意味で,金融抑圧の理論による政策提言は,ラテン・ア 63メリカの伝統的な経済思想に真っ向から反対するものである。 3金融市場の自由化は,銀行をはじめとする金融仲介業者の自由な競争を促進 するとともに,自己責任による経営を要求するものである。具体的には,利子率 の自由化融資に関する政府による管理の撤廃,銀行業への参入障壁の緩和(チ リの場合は民間への返還を含む),必要預金準備率の漸減,などの政策がとられ た。 このように,金融抑圧の理論にもとずく金融自由化は,本来は長期的構造的な 制度改革である。しかし,この「実験」期においては,安定化政策の緊急性,金 融国際化の同時進行などによって,金融自由化政策の目標達成は困難なものに なった。事実,金融資産は増加したものの,その大部分は短期性のものであり, 対GNPの貯蓄の比率はこの期間にむしろ低下した。また,実質利子率の平均水 準は上昇したものの,資産価値の乱高下が生じた。同時に,実質利子率上昇によ る企業の過大な負担や特権をもつ企業あるいはグループに有利な融資がみられた。 さらに,銀行倒産に対する政府救済も行われた。 また,外貨表示の銀行預金の開設認可,対外借り入れ関する規制緩和などによっ
て,国際的な金融開放が同時に進められた。その結果,資金流入により対外債務
が増加した。このような金融開放化の進展は,適正な為替相場,国際収支に関す るマネタリー・アプローチ,国内金利と海外金利との関連,貿易自由化と資本自由化の速度と順序,通貨代替(currencysubstitution)や資本逃避などの開放
経済に特有の新しい問題をもたらした。これらは金融抑圧の理論があまり考慮し
なかった側面である。4金融自由化の論理を,市場機構の発達した先進国の経験にもとずいて,発展
途卜国に提示することは危険である。同様に,日本の経済成長の経験にもとずい
て,低金利政策の有効性を,それぞれの国の社会的経済的条件を無視して,主張
することも妥当ではない。 しかし,金融抑圧の理論が,発展途上国経済の特質を,貯蓄の不足をもたらす不完全な金融市場として把握したことは正しいと思われる。この「経済自由化の
実験」の「失敗」から,金融抑圧の理論にもとずく金融自由化の政策提言を全面
的に否定することは間違いであろう。むしろ,金融抑圧の理論にもとずく政策が,
それぞれの国の社会経済構造を十分に考慮した上で,続行されなければならない。
発展途上国の貯蓄投資に関する制度的改革は,政治体制の如何にかかわらず,-
64層重要な課題である。 参考文献 Mckinnon,RonaldL(1973).MoneyandCapitalinEconomic Development,TheBrookingslnstitution,Washington,DC・ Shaw,EdwardS.(1973),FinancialDeepeninginEconomicDeve-lopment,OxfordUniversityPress,NewYork. NicolasArditoBarletta,MarioLBlejer,LuisLandau(eds.) (1983);EconomicLiberalizationandStabilizationPoliciesinArgen-tina,Chile,andUruguay,ApplicationoftheMonetaryApproach totheBalanceofPayments,TheWorldBank,Washington,,.C、, us.A・ JanPeterWogart(ed.)(1983);EconomicExperimentsinthe SouthernCone、1974-1982,JournaloflntemationaIStudiesand WorldAffairs,VOL25,No.4.November. WorldBank(1985);ASymposiumonLiberalizationandStabili-zationintheSouthernCone,WorldDevelopment,VOL13.N0.8. AlejandroFoxley(1983),LatinAmericanExperimentsinNeocon-servativeEconomics,UniversityofCaliforniaPress,Berkeleyand LosAngeles,California・ 安場保吉・江崎光男編「経済発展論」創文社,昭和60年,の第4章「資本 形成」(八木三木男)および第8章「金融制度と金融政策」(小田野純丸)。 65