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ロシアの音楽教育についての一考察 そのⅢ ~「第11回モスクワ国際声楽フェスティバル『銀の声』」に参加して~

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(1)Title. ロシアの音楽教育についての一考察 そのⅢ ∼「第11回モスクワ国際声 楽フェスティバル『銀の声』」に参加して∼. Author(s). 服部, 麻実. Citation. 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 71(1): 281-294. Issue Date. 2020-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/11386. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第71巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 71, No.1. 令 和 2 年 8 月 August, 2020. ロシアの音楽教育についての一考察 そのⅢ ~「第11回モスクワ国際声楽フェスティバル『銀の声』 」に参加して~. 服 部 麻 実 北海道教育大学岩見沢校声楽第2研究室. The Study of Music Education in Russia Ⅲ ~ Taking Part in the Music Festival«Ⅺ Московский Международный Открытый Фестиваль академического сольного пения “Серебряный голос”»~. HATTORI Asami Department of Music (vocal), Iwamizawa Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 本研究ではロシアにおける青少年の音楽教育の一端を知ることが目的である。筆者は2013年 から現在までモスクワ市で行われた青少年のための歌唱フェスティバル「モスクワ国際声楽 フェスティバル『銀の声』 」に4回審査員として関わった。このフェスティバルはコンクール としての要素を含みながら,文化的,また教育的なプログラムが沢山含まれていた。青少年は このフェスティバルに参加することにより,歌唱の学習以外に多くの文化的,芸術的な要素を 吸収し視野を広げることができる。今回は日本から筆者の研究室の学生2名が参加することに なり,その経緯と参加の状況,また参加者のその後の学習効果について考察を行った。. はじめに 筆者はこれまで2013年,2015年,2017年の3回にわたり,「モスクワ国際声楽フェスティバル『銀の声』」 の審査に関わってきた。それについては北海道教育大学紀要第68巻で発表をしており,フェスティバルの内 容は筆者にとっては,非常に興味深いものであった。 今回2名の学生がモスクワで行われた2次審査に参加し,彼女達には帰国後にレポートを書いてもらった。 どのようなことが印象に残ったか,またどのようなことが自身の成長につながったのかを具体的に述べても らった。 声楽を日本で学ぶことと,ロシアで学ぶことにどのような違いがあるか,またフェスティバルに参加する. 281.

(3) 服 部 麻 実. ことで何を得られるのかについて,参加の経緯,その概要,そして彼女たちが経験したことから考察したい。 ロシアでは子どもと青少年の教育という観点から,音楽教育が盛んに行われている。それは英才教育とい うより,人材教育と言える。このようなフェスティバルがどのような人材教育の一端を担うことができるの か,日本からの参加者の視点を通して明確にしたい。. 1.第11回モスクワ国際歌唱フェスティバル「銀の声」について 第9回のフェスティバルについて,本学の紀要第68巻に詳細を発表している。このフェスティバルは9歳 から21歳の子どもと青少年を対象とした歌唱フェスティバルである。フェスティバルという名称であるが, 歌唱コンクールであり,ロシアの各地域で開催されるオーディションやビデオ審査で1次審査を通過した者 は,モスクワでの2次審査に参加することができる。原則2年に1度の開催である。 1-1.コンクールの曲目について 今回,日本から参加する学生のカテゴリー(Ⅳ-A)についての詳細を述べる。 第11回フェスティバルの開催にむけて「2019年はフェスティバル20年目の記念の年である」と記載されて i おり,今回のフェスティバルが記念の年であることを明記している。. 課題は以下の通りである。 1次審査 ①と②の2曲を暗譜で歌唱する。 ①ロシア民謡編曲から1曲(ピアノの伴奏なく演奏することも可能である) ②ロシアの作曲家,また外国の作曲家の歌曲かオペラ・アリアから1曲 2次審査 ①と②の2曲を暗譜で歌唱する。 ①外国の作曲家の歌曲かオペラ・アリアから1曲 ②次のテーマの中から1曲 ・A. プーシキンii(Александр Сергеевич Пушкин,1799-1837)の詩の声楽作品 ・20世紀の作曲家の声楽作品 ・ペテルブルグで学んだ以下の作曲家の声楽作品 ダ ルゴムイシスキイ(Алексáндр Сергéевич Даргомы ´ жский, 1813~1869),リムスキー=コ ,グリンカ(Михаил Иванович ルサコフ(Николáй Андрéевич Ри ´ мский-Кóрсаков, 1844~1908) Глинка, 1804~1857) ,ワルラモフ(Александр Егорович Варламов, 1801~1848) ,グラズノフ (Александр Константинович Глазунов, 1865~1936), キ ュ イ(Цéзарь Антóнович Кюи´ , 1835~1918) ・その他のロシア人作曲家 スヴィリドフ(Геóргий Васи´ льевич Свири´ дов, 1915~1998),サラビエフ=セドイ(Васи´ лий Пáвлович Соловьёв-Седóй, 1907~1978) ,パハムトーヴァ(Алексáндра Николáевна Пáхмутова, 1929~) ,アレンスキイ(Антон Степанович Аренский, 1861~1906) ,グリリョフ(Александр Львович Гурилёв, 1803~1858) , ラフマニノフ(Сергéй Васи´ льевич Рахмáнинов, 1873~1943) ・戦勝の歌 ・その他のロシアの作曲家の作品. 282.

(4) ロシアの音楽教育についての一考察 そのⅢ. 特に「外国の作曲家の作品を必ず含む」ということは,フェスティバルの参加者は選曲に対して,視野を 広げることになる。今回は日本から筆者の指導学生が参加するので,前回以上に注意深く規約を読んだ。そ の中には多くの作曲家の名前が示され,それを踏まえて選曲をするだけでも,とても良い勉強になった。 私たち日本人にとっては日本語以外は全てが外国語の作品であり,プログラミングをする上で大変難しい ことではあったが,声楽はヨーロッパが発祥の地であるという伝統を考えれば,私たちが言語的な不自由さ を感じながら勉強することは当然のことである。今回,日本から参加した学生は,ロシア人の前でロシア語 の歌唱することで,どのように自身の感情や思いを伝えなければならないのかを学んだことは,大きな成果 であった。 1-2.審査の項目 第9回フェスティバルの審査の項目と同じではあるが,その順番が変更になり,第11回のフェスティバル では以下の通りの内容と順番となった。 ・声の響き ・正確な音程 ・ディクション ・声域 ・音楽性,芸術性,解釈 ・芸術性の高い選曲 ・年齢や個性に合った選曲 ・ステージマナー 第9回では「音楽性,芸術性,表現力」の順で審査項目が記載されていたが,第10回からは「声の響き」 が最初の項目になっている。 つまり第10回以降子どもに対しても声楽家としての基本的な声の能力に注目している。このフェスティバ ルには大凡500人以上の子どもや若者が参加することもあるが,全員が将来,歌手を志すということは考え にくい。だが専門家を志す参加者も,趣味として歌が好きな参加者も,同じ課題に挑戦することにより自分 の能力をより客観的に知り,将来の方向性について明確に考えることができるのではないか。 声楽家を目指すものにとっては,声の能力はやはり重要な要素である。勿論,それがすべてではないが, 表現力と共に声楽家になるための必須の条件といえる。 1-3.参加料 参加料についてはここ数年間の推移を見てみると値上がりしている。第9回は無料,第10回は1,500ルー ブル(3,000円程度),第11回は2,100ルーブル(4,000円程度)であった。 私がこの数年,審査員としてフェスティバルに関わる中で,主催者から度々,「参加者からはこれ以上, お金を受け取りたくない」という言葉を何度か耳にした。このフェスティバルの参加者は勿論,モスクワ市 内,モスクワ近郊の子どももいるが,その一方でモスクワから非常に遠い極東のヴラジオストックなどから の参加もある。彼らが参加するには,交通費や宿泊費などの経費がかかることもあり,主催者はそのような 発言をしていたのではないか。 だがその一方でモスクワは現在,世界的に見ても物価の高い都市であり,スポンサーなどの援助があって もこのフェスティバルの経費をすべて賄うことは難しい。. 283.

(5) 服 部 麻 実. 今回の参加料が4000円程度ということは,内容を考えれば決して高い金額であると思わないが,時代の推 移と共に変化する参加料についても,今後のフェスティバルの経過を見守っていきたい。. 2.フェスティバル2次審査参加までの経緯 以下に今回,日本からフェスティバルに参加することになった経緯を時系列で述べる。 2018年 6月 筆者の研究室の2名の女子学生(これ以降子の学生についてはYさんとNさんとする)から参加の希望が あり,2019年に第11回フェスティバルを開催するかどうか,実行委員長にメールで問合わせ,開催時期の確 認をした。 10月 筆者はモスクワの出張の際に実行委員長パリャンスカヤ氏に会い,日本からの参加が可能であるかどうか について問い合わせた。日本から参加する場合の問題点,また宿泊先について,参加料の支払いについてで あった。パリャンスカヤ氏は「日本から参加することについて,多いに歓迎し,またできる限りの協力をす る」と答えてくれた。 これまで筆者が審査員としてこのフェスティバルに関わってきたが,今回は学生を挑戦者としてフェス ティバルに参加させる役目を担うことになった。 11月 学生が1次審査課題のロシア民謡編曲集の練習を始める。申込書の書き方について私が翻訳したものを作 成し,学生自身で主催者にメールで送ってもらうことにした。 申込書には,氏名,年齢のほか,在学証明書,また年齢確認のためのパスポートのコピーの添付などが求 められていた。 12月3日 大学のホールで1次審査ためのビデオ撮影を行った。学生が参加するのは,カテゴリーⅣ-Aという,最 年長で専門教育を受けている者のグループである。 今回,学生が選曲したのは,以下の曲である。 ・Yさん(2年) ロシア民謡「いらっしゃいヴァーニャ」(Русский народный песнь«Ванечка приходи») ドナウディ「麗しい姿よ」(Donaudy«Vaghissima Sembiaza») ・Nさん(3年) ロシア民謡「別れ」(Русский народный неснь«Pазлука») ドヴォルザーク 歌劇「ルサルカ」から『月に寄せる歌』 (A. Dvořák«Měsíčku na nebi hlubokém»from『Rusalka』). 284. .

(6) ロシアの音楽教育についての一考察 そのⅢ. 12月4日 ビデオ録画のデータをメールに添付して送る。日本からの参加のために,審査期間を少し早めて審査をお 願いした。様々な事情に対応してくれるところは,とても寛容であり,細かな配慮を感じた。 12月30日 パリャンスカヤ氏から,モスクワでの2次審査出演決定の知らせをメールで受け取る。参加の学生に結果 を伝え,モスクワでの審査のための航空券などの手配について指示をした。 2019年1月末 主催者からの紹介で会場に近いホテルの紹介と,モスクワのホテル滞在のためのビザの申請の準備をした。 またパリャンスカヤ氏からフェスティバルへの招待状が届く。これによって,大学での後援会などへの申 請ができるようになり,補助金の申請も行うことができた。 筆者がこれまで3回のフェスティバルに関わってきたという経緯から,パリャンスカヤ氏とのメールでの やり取りは非常に迅速に,丁寧に対応をしてくれたことに心から感謝したい。このサポートは私たちのよう な海外からの参加者に対して非常に心強いものであった。 2月上旬 主催者から参加の学生に日程表,また1次審査に参加したことへ の感謝状,2次審査の申込書などがメールで届いた。2次の申込書 には,エクスカーションやコンサート,マスタークラスiii,などフェ スティバルでの行事も詳細が記載されていた。日程を考え,幾つか の行事に参加することにした。 2月下旬 筆 者 の 友 人 で 札 幌 在 住 の ロ シ ア 人, ロ ド キ ナ・ イ リ ー ナ 氏 (Родкина Ирина)に学生のロシア語の歌唱のリハーサルに立ち 会いをお願いし,ディクションなどのアドバイスを受けた。今回,. 写真1 1次審査参加についての感謝状. モスクワでのコンクールで力を出し切れるようにするため,そして ロシア人が理解できるロシア語のイントネーションで歌うことは, 参加のための必須の事項であると考えた。 ロドキナ氏からは学生のロシア語に対しては,細かな注意はあっ たが,大凡理解できる発音であったという評価を受けたので,学生 にとって非常に有意義であった。 ロシア領事館でのビザの申請も終わり,また2次審査,エクスカー ションなどの申し込みも終わった。 2次審査では以下の曲目を歌う。. 写真2 レッスン風景. Yさん(2年) 中田喜直「はなやぐ朝に」 ラフマニノフ「私の窓辺で」(С. Рахманинов«У моего окна»). 285.

(7) 服 部 麻 実. Nさん(3年)  ブラームス「甲斐なきセレナーデ」(Brahms«Vergebliches Ständchen»)  ブラソフ「バフチサライ宮殿の噴水」(Власов«фонтану бахчисарайского дворца») 以上のように,参加にあたって9か月間,様々な準備をしてきた。筆者は単独では,何度もモスクワに行っ ているが,学生を連れていくこと,またこのような海外のフェスティバルに参加させることは全くの初めて である。実行委員長のサポートがなければ,非常に困難であったことは,容易に想像できる。そのことに感 謝し,またロシア人の緻密に物事を進めていく一面と温かな国民性を感じた。 また1次のビデオ審査が通過した際に,1次への参加に対する感謝状(写真1)の他,日本から参加する ことについての招待状を用意してくれた。. 3.第11回フェスティバルのモスクワでの本選会 3-1.主催者について 主催は「子ども芸術学校『センター』」 (Детксая школа искусства«Центр»)が行い,実行委員長はパリャ ンスカヤ・ヤーコヴレナ・アレクサンドラ(Полянская Яковлена Александра)が担当した。 3-2.審査員 審査員は下記のメンバーで構成されていた。 審査委員長 アナトリー・ラシャック(Лошак Анатолий Александрович):ロ シア民族芸術家 モスクワ音楽院 教授 審査員 イルトラチ・ナターリア(Иртлач Наталья Александровна):ロシア芸術家,ロシア芸術大学准教授 スヴィリドヴァ・ゾーヤ(Свиридова Зоя Васильевна):モスクワ市の名誉文化人,ヴィシネフスカ ヤ記念音楽大学声楽主任 パタンスキイ・ヴラジミル(Потанский Владимир Михайлович):オ ペラ歌手,ウィーン国立歌劇 場からの招待出演 アレクサンドル・スヴァブ(Алессандро Сваб):オペラ歌手 オペラアカデミー主催(イタリア・ト リエステ) 服部麻実:歌手,北海道教育大学岩見沢校准教授(日本 北海道) ツヴェトコフ=トルビン・アンドレイ(Цветков-Толбин Андрей Александрович):. . 俳優,ポクロフスキイ記念オペラ劇場舞台監督他. 若い審査員 このフェスティバルでは教育的な配慮から過去の入賞者,またグランプリを受賞した者を招き,若い審査 員として審査することを学ぶ場となっている。彼らは音楽院で学ぶ者,また歌手として劇場で歌う者など, 現在も様々な研鑽を重ねている。また彼らは審査をするだけではなく,フェスティバルの期間中に開催され る様々なコンサートで演奏も行い,このフェスティバルを成功に導く大事な役割を担っている。以下がその. 286.

(8) ロシアの音楽教育についての一考察 そのⅢ. 構成メンバーであった。 フョードル・アレクサンドル(Федоров Александр):ベルリン芸術大学学生,フェスティバル「銀の 声」Ⅶ,Ⅷにて入選 ヂャコヴァ・ヤナ(Дьякова Яна) :サマル国立芸術大学学生,全ロシアコンクール入賞,フェスティ バル「銀の声」Ⅷグランプリ カラハノヴァ・エリナラ(Караханова Эльнара):モスクワ音楽院予備科在籍,フェスティバル「銀 の声」Ⅸグランプリ シェングル・イザベラ(Шенгур Изабелла):リムスキー=コルサコフ記念サンクト・ペテルブルグ 音楽専門学校学生. 3-3.開会式 開会式はモスクワの中心地にある,国立プーシキン博物館(Государственный Музей А.С. Пушкина) にて16時から行われた。この会場は日本にもなじみのあるプーシキン美術館と同じ地区にあり,このあたり には聖キリスト大聖堂など,モスクワでも歴史的な建造物も多い。 このフェスティバルのユニークであることの一つには,コンサート,開会式,ガラコンサート,コンクー ルがモスクワの色々な会場で行われていることである。モスクワ在住の参加者が一番多いが,ロシア全土か らやってくる参加者もおり,モスクワの様々な文化にも触れられるように配慮されている。 開会式では,まず過去のフェスティバルの優勝者,入賞者,また若い審査員の演奏などが披露された。若 い審査員については3-2で既に述べたが,このフェスティバルのユニークな特徴の1つである。彼らは現 在どのように研鑽を続け成長をしているのか,このフェスティバルの期間に何度も演奏を披露する。彼らの アフターケアの場でもあり,成長を温かく見守っている場なのである。賞を与えるだけではなく,このよう な活躍の場も与えることは,彼らの大きな励みになっている。そしてたとえフェスティバル後に,大きな成 長がなく,歌唱が良くない状態であっても,彼らを批判したりはしない。むしろ少しでも彼らの成長に力を 貸そうとする配慮を,筆者は度々目の当たりにした。それはロシア人の人を育てる包容力の大きさといえる のではないか。 今回,日本から参加した学生は初めてモスクワでロシア人の歌声を聴き,豊かな声と溢れるばかりの表現 力を目の当たりにした。これは特別な演奏会ではなく,モスクワで開催されるごく一般的なコンサートであ る。フェスティバルの初日にそのような歌の世界を味わうことができ,それぞれに何かを感じ,彼女たちの 歌に対する感性に変化をもたらすものがあるようにも感じた。以下の彼女たちのレポートから引用をする。 そしてオープニングでの歴代受賞者の歌には大変衝撃を受けた。技術や声量は当然素晴らしいのだが, 表現力の高さに驚いた。歌詞はロシア語のため内容はわからなかったが,曲に入り込んで自然に演技を している様子から,何を歌ったものなのか理解することが出来るくらい表情豊かで,映画を見ているか のような演技だった。(Yさん) この中で,彼女は特に表現力の高さに驚いている。日本でも声楽を学ぶものは,イタリア語やドイツ語と いう,ヨーロッパの作品を中心に学ぶ。声楽はヨーロッパが発祥の地であり,その音楽を学ぶことは欠くこ とできないのである。だが歌唱における言語の問題は,声楽を学ぶ者にとって時には大きな障害にもなり, 表現をすることは容易ではないのである。だが今回Yさんは彼らの演奏から,何か直感的に感じることがで. 287.

(9) 服 部 麻 実. きたのである。大きな収穫の一つであると言える。 3-4.審 査 モスクワでの本選会の参加者は,今回154名で,各カテゴリーの参加者は以下のようである。ロシア国内 は勿論,近隣の国,そして日本からの参加者であった。 Ⅰカテゴリー34名 (9~11歳) Ⅱカテゴリー37名 (12歳~14歳) Ⅲカテゴリー38名 Ⅲ-Aテゴリー21名 (15~18歳) Ⅳカテゴリー2名 Ⅳ-Aテゴリー22名 (19歳~21歳) 審査は第Ⅰカテゴリーから始まった。このカテゴリーは最年少であるが,今回は少年の参加がとても多く, しかも優れた歌唱が多かった。またすでに歌手としてのオーラさえ感じさせる子どもも見られた。 子どもではあるが,すでにステージ上での振る舞い方,また歌の表現,表情についても細かく指導を受け ていた。大人になってから学ぶより,小さい時に表現を身に着けておく方が,より自然な表現力が身につく。 また今回はロシアの歌だけではなくて,外国の歌が課題になっていた。ロシア人の子どもが外国語の歌を 情感豊かに歌うことは難しいことであるが,その反対にロシア語での歌唱のときには,より自由に,また気 持ちを込めて歌うことができ,その大きな違いを感じた。いかに言葉に対する感性が大事であるのか,また それを子どもがどのように意識することができるのか,歌唱の指導だけではなく,言葉に対する細やかな指 導が大切であると確信した。 またロシアでは外国の作品をロシア語に翻訳して歌うことが,日本より積極的に行われていた。子どもが 母国語で歌うことによって,作品への理解や感性を養う大きな要素になるのではないか。 初日の午後には,カテゴリーⅣ-Aの審査が行われ,日本から参加をしたNさんとYさんの二人も演奏した。 このカテゴリーの参加者は,音楽院など専門機関で学んでいる者であった。二人ともモスクワに到着して休 む間もなく,日本との時差が6時間あり,体調は十分ではなかったかもしれない。でもその中で挑戦するこ とで,今後の人生において様々な困難な状況を乗り越える勇気を得られるのではないか。準備において不安 のない自国での演奏と違って,言葉の不便さから意思疎通も儘ならない状況の中で自分の演奏をやりきるこ と,この点に関しては二人とも良く健闘した。 Yさんの方は,日本歌曲「はなやぐ朝」を演奏し,恐らくロシアでは初演であったと思うが,日本語の通 じない国で歌詞の意味をどのように伝えるかが大きな課題であった。そのことについて,出発前に日本で何 度も彼女と話し合い練習をしてきたが,その成果を本番で発揮できたように思う。 またNさんは,今回のフェスティバルのテーマにもなっていたA. プーシキンの詩を題材とした作品「バ フチサライ宮殿の噴水」を演奏した。非常に丁寧な演奏であり,言葉に対する知的なアプローチが見られた。 またもう一曲はドイツ語の作品を歌い,彼女のドイツ語のディクションは高く評価された。 この演奏によって二人はディプロマを授けられることになった。特にNさんは「バフチサライ宮殿の噴水」 の優れた演奏に対する特別なディプロマであった。 筆者にとって日本での教育がどのように伝わるのか,また評価されるのか不安であったが,今回はこのよ うな結果になり,指導について高い評価を頂けたことは得難い経験となった。 以下は二人のレポートからの抜粋である。ロシアで教育を受けた参加者の演奏を聴いて大きな刺激を受け, 感じることが沢山あり,多くの学びがあったことが伺える。. 288.

(10) ロシアの音楽教育についての一考察 そのⅢ. ・・・そして彼らは幼い頃から歌っていることもあって,一人ひとりが自分の世界観を持って演奏し ていた。役者だなと思った。かっこよかった。小さい子もきちんと自分の世界観を持って歌っていた。 でも決してやらされている感じや変な違和感はなく,彼らが楽しんで自ら生み出しているものだという ことが, 見ていてよくわかった。「歌う」ということには「演じる」という要素がかなりあると思うので, そこが彼らはすごく秀でていた。日本との差を感じた。(Nさん) まだまだ声量や技術的にも勉強すべきところはたくさんあり,人の声とは思えないような歌声を持つ 海外の人には体格的にもかなわないのだが,彼らと同じステージで歌うことが出来たということは人生 において1番とも言える経験となった。そして,自分のレベルはどの程度なのか,自分の課題とは何な のかを確認でき,自然な表現を身につけることが出来たという成長を感じることが出来た。(Yさん) 二人のレポートからは,自身の演奏を客観的にとらえ,他者との違いを認めている。単に優劣ということ ではなく,何が自分には足りないことなのかより具体的なのである。筆者は日本での指導の中で,現地の演 奏の技術,そして何よりも表現力の豊かさについて,繰り返し指導をしてきた。そのことを見て,初めて表 現するとは何であるのかを理解したのである。 若い学生であるがゆえに,自分を客観視することはとても難しく,無用に自己を否定してしまう,もしく は具体的に自己を分析できないことも多い。だが,自分の同年代の若者がこのように積極的に自己を表現し ようとする懸命な姿には,言葉を超えた直接的な理解があったと考えられる。これまでの十分な準備があっ たので,全てを理解できる瞬間に巡り合えたことは,彼女たちにとって実りあるものであったと言える。 3-5.マスタークラス このフェスティバルでは審査員と,主催者,また参加者が一堂に集まり,審査の講評とマスタークラスが 行われた。 筆者は昨年に行われた「第10回シャリアピン記念国際子ども歌唱フェスティバル」の審査委員長であった ガリーナ・ピサレンコ教授の言葉である「心から歌うこと」という言葉を引用して,子どもにとっての歌唱 教育の在り方,大切さ,またこのフェスティバルの参加者の歌唱が回を重ねるごとに表現力が豊かになって いる,という趣旨の講評を述べた。 3-6.ガラコンサートと表彰式 ガラコンサートはこのフェスティバルの最終日に行われる最も大事な行事である。今回は1000人程度,収. 写真3 審査員講評の様子. 写真4 マスタークラス. 289.

(11) 服 部 麻 実. 容ができる「ロシアの歌(русская песня)」と呼ばれる会場で,コンサート,表彰式が行われた。 14時からリハーサルが行われ,特に表彰式のセレモニーが出演者全員によって念入りに行われた。実行委 員長のパリャンスカヤ氏自らが,このガラコンサートの大切さを参加者に伝えるべく,非常にエネルギッシュ にステージ上での振る舞いについて参加者に念入りに指導をしていた。主催のスタッフの方々はとても熱心 に愛情をもって参加者に対応して下さり,優れた運営スタッフによって,このフェスティバルが支えられて いることを改めて実感した。 18時からガラコンサートが始まった。1部ではこのフェスティバルの20年間の長い歴史を振り返り,現在 までどのように発展してきたかを伝えた。さらに近年のフェスティバルでグランプリを受賞した演奏者の歌 声が披露された。その多くが今回,若い審査員も兼ねており,彼らは連日,長時間の審査も行い,そして最 終日にはガラコンサートで見事な歌唱を聴かせてくれた。 2部では表彰式のほか,前日に指名をされた出演者が演奏した。プログラムの中には,歌唱のほかに新体 操の競技であるループ(輪を用いた体操)の団体演技もみられた。また パフムトヴァ作曲「ロシアンワルツ」 (А.Пахмутова«Русский Вальс»)の歌唱の際には,同じステージ上で男女二人のダンサーが曲に合わせ て踊りを披露した。これらの歌唱以外の出演者も,このフェスティバルの主催校のスタッフ,また子どもた ちである。声楽のコンサートではあるが,総合的なエンターテインメントとして構成されていることは非常 に興味深い。 コンサートのプログラムにはグランプリと各カテゴリーの1位,今回のフェスティバルのテーマに相応し い作品を含めて構成されたこともあり,ディプロマを受賞したNさんが出演をすることになった。外国での 大きな舞台の出演者に選ばれたことは,大変名誉なことであった。だが,これまで日本で大きなステージで の経験もなかった彼女にとって,そのチャンスを全うできるか,私には彼女の体力と,またプレッシャーに 潰されることがないか心配であった。だがその反対に,彼女はのびのびと,自分の力の全てを尽くして演奏 した。それは聴衆にも感動を与える歌であり,演奏後,大きな拍手が鳴りやまなかった。その大事なチャン スで成果を出すことができたことに,彼女の大きな成長の姿を見て,筆者も胸が熱くなった。 二人のレポートには,このフェスティバルを通して一番印象に残っていることとして,このガラコンサー トを取り上げている。Yさんはガラコンサートには出演していないが,強い印象を持って聴いたようである。 以下に引用する。. 写真5 表彰式. 290. 写真6 入賞者に賞を授与する筆者.

(12) ロシアの音楽教育についての一考察 そのⅢ. 「・・・一番印象に残っているイベントはガラコンサートだ。会場が大きく,フェスティバルの締め くくりとして素晴らしい大変豪華なものだった。表彰式のほかに,子供学校の子供たちによる出し物や, 社交ダンス,歴代受賞者の歌など,見ごたえのある内容で,日本では経験できないと思われる体験をす ることが出来た。なによりNさんがあのステージで歌われたということが一番思い出深い。Nさんの歌 は今回の受賞者に引けを取らない堂々としたもので,伴奏が弾き終わる前に拍手が起きていた。外国で, たくさんの観客の前で歌うということは大抵の人間は経験できることではないし,その中で喝采を浴び ることも中々できることではないと思う。その為Nさんの堂々とした姿を見て非常に感動した。」(Yさ ん) 「・・・まさか自分がフェスティバルの最終日に,ガラコンサートで歌わせてもらえるとは思ってい なかった。緊張ももちろんしたし,1番良いパフォーマンスができたとは言えないが,私にとってとて も素晴らしい経験となった。 「バフチサライ宮殿の噴水」を歌い終わった時の拍手や歓声を私は今も忘 れることができない。ロシア人の前でロシア語の曲を歌う,という不安や緊張を私はずっと持っていた が,この時初めて「この曲をモスクワで歌えて良かった」と心から思えた。聴衆がステージを盛り上げ てくれるスタイルは,日本との大きな違いを感じた。」(Nさん) このレポートからも分かるように,彼女たちが主体的にガラコンサートに参加していたことが分かる。言 葉は通じないながらも,二人ともディプロマを受賞し,ステージでの受賞式にも臨んだ。全身からこのコン サートを感じ取り,何よりもNさんが150名余りの参加者の中から出演者の一人としてステージ上で歌い, その事についてYさんも共有できたことは,価値のあることであった。 3-7.エクスカーション エクスカーションはこのフェスティバルのユニークな行事の一つである。エクスカーションについては, 無料のもの,有料のもの様々ではあるが,モスクワの多くの劇場からの情報を集め,参加者たちが興味や関 心を持てる内容になっていた。 以下が今回のエクスカーションの内容であった。 ・ボリショイ劇場の見学(有料500ルーブル(1000円程度)) ・若者のための劇場での「ピーターパン」鑑賞(300ルーブル(600円程度)) ・声楽コンサート鑑賞(モスクワ音楽院にて,音楽院の学生によるコンサート)(100ルーブル(200円 程度) ) ・グラズノフivの絵画ギャラリーの鑑賞会(無料) ・過去のフェスティバル上位入賞者によるコンサート鑑賞(無料) ・モスクワ市内のバスツアー(600ルーブル(1200円程度)) ・フェスティバルのガラコンサート(無料) そのほか教師や伴奏者のために発声器官をテーマにして,医師などの専門家による理論的なマスタークラ スも開かれ,フェスティバルの1週間,モスクワに滞在する参加者に対して,充実したエクスカーションや レクチャーなどのプログラムが準備されている。. 291.

(13) 服 部 麻 実. 以下は2名が参加したエクスカーションである。 ・モスクワ音楽院での声楽の学生コンサート ・グラズノフの美術館にて絵画の鑑賞 ・同上におけるコンサート ・モスクワの街のバスツアー ・フェスティバルのマスタークラス 私はフェスティバルでの審査が連日あり,彼らと行動は殆ど共にすることは出来なかったので,エクスカー ションは二人で参加してもらった。彼らはロシア語が全く理解できなかったようであるが,十分に楽しめる 内容であった。 絵画の鑑賞会に参加した際に感じた,ロシア人学生についての印象を以下のように書いている。 グラズノフであった絵の鑑賞会の時,私たちは何も分からないままロシア語の解説を聞いていた。そ の場にいた学生達は,解説を聞いて分からないことがあるとすぐに質問をしていた。日本でも全くない わけではないと思うが,日本ではこのような時多くの人は受け身の姿勢でいることが多いので,子供達 が疑問に思ったことを即座に質問し,自ら学ぼうとしている姿に驚いた。(Nさん). 写真7 美術館でのコンサート. 写真8 バスツアー. またこの様なエクスカーションなどの行事のスタッフも,このフェスティバルの主催校の職員が行ってい た。ある時にはエクスカーションの担当をしたり,他の時にはコンサートの取りまとめを行ったりと,非常 に多岐にわたる業務であるが,担当者は非常に有能であり,また温かな人柄であり,日本から参加した2人 の学生のように全くロシア語が分からなくても,手厚くサポートしてくれたことには心から感謝したい。 二人のレポートの中にも,ロシア人スタッフの温かい対応に対して,心からのお礼の言葉が述べられてい る。日本とロシアには政治的に難しい関係ではあるが,二人とも貴重な経験によって視野を広げることがで き,今後の人生にとっても有益であったと思う。. 4.フェスティバルの2次審査に参加して 今回のフェスティバルに日本から2名の学生が参加をしたことに,大きな意義があったと感じている。参 加者の中には中国人もいたが,彼はモスクワ音楽院で学んでいる学生であった。 日本で私たちが学んでいる歌唱がどのように受け取られ,また理解されるのか,それが私にとっても,ま た学生にとっても大きな挑戦であった。 特に参加した二人の学生は,歌唱において優れた能力を持っているが,どちらかというと自信がなく,成. 292.

(14) ロシアの音楽教育についての一考察 そのⅢ. 長するには時間がかかるタイプといえた。 日本では声楽の勉強を始めるのが大変遅く,18歳位から真剣に学び始める。それに対してロシアでは子ど もの頃から学び始めるので,彼らとは勉強の年月も,また目的も異なるのである。 勿論,参加したロシア人の子どもの多くが歌手を夢見ており,それ以外には考えられない子どもも多くい るが,現実として歌手の仕事はロシアでも少ないのである。今回の参加者の多くは生き方を変えざるを得な いのが現実である。 日本では,そもそも職業の選択に歌手を希望する者はそう多くはないと言える。それは劇場を持たない国 において(劇場はあるが,専属の歌手として劇場で雇用されるシステムではない),オペラ歌手などという 仕事は自由業と一般には認識され,一部の限られた人のための仕事と言える。 今回,日本から二人の学生がこのような海外のフェスティバルに参加し,自分達の視野を広げ,同年代の 様々な人の歌を実際に観,聴き,その生きざまに触れたことは彼らの一生の宝といえるのではないか。 またこのフェスティバルには,歌の審査などの「真面目で厳しい」面もありながら,その一方で色々なエ クスカーションなどの「楽しみ」も含まれている。ガラコンサートも一見,華やかなショーであり,楽しい エンターテイメントの面もある。それを観客として見ているだけではなく,自分もその一コマとして実際に 体験できるのである。 Yさんはこのガラコンサートで歌うことはなかったが,表彰式が終わった後に,「本当に楽しかった,な ぜ日本にもこのような機会がないのだろうか」と言っていた。まさに夢のような時間であったのかもしれな い。筆者もすでに4回,このフェスティバルに関わっており,初めて審査員として関わった時のことは今で も良く覚えており,自身にとっても夢のような体験であった。 夢は一瞬で終わり,一生続くということはないのである。だがその一瞬の夢が,時には人生の大きな転換 点にもなることもある。 夢と現実が沢山詰まったフェスティバル「銀の声」が終わり,学生は帰国し元の生活に戻った。後日,帰 国した彼女たちに会った時には,幾分成長したように感じられた。それは外国で言葉も良く分からない中, 自分たちの目的を果たすことができたことの経験が,彼らの様子を大人へと成長させたのではないか。その ための準備について計画的に考え,また物事に必要な情報を収集できたことが彼らの自信となり,大学での 取り組みが積極的になった。 フェスティバルへの参加は単に結果がすべてではなく,参加者がそれぞれに何かを体得し,成長できる得 難い機会となっている。. おわりに これまで日本から参加した学生の視点,フェスティバルの時代における変化,また筆者の審査員としての 関わりから考察した。 このフェスティバルはコンクールの要素が明確ではあるが,単に順位を競うだけではなく,参加者は1週 間にわたってモスクワでの開催を楽しんでいるようでもあった。勿論,よい歌唱をすること,成果を出し切 ることが一番重要ではあるが,参加する子ども,教師,親はとても熱心で,誰もが希望に満ちているように 見えた。開催期間中,何度か何人かの参加者と会話をすることがあったが,彼らはモスクワでの審査会に参 加できたことを誇りに思い,今後の自分の課題や進路を明確に見つけているようであった。 今回は日本から初めて参加した2名は,歌唱に関しては良く健闘し,筆者は彼女らが歌う姿を見て感動し た。若者の可能性は大きく,私の想像を遥かに超えるものであった。帰国してから彼女たちは,あらゆるこ. 293.

(15) 服 部 麻 実. とへの取り組む姿勢が驚くほど積極的になり,大学後の進路についても現実的に考えるようになったことも, このフェスティバルへの参加で勝ち取った達成感の現れであったように思う。 教育とは教師が指導することだけではなく,与えられた環境の中で自らが吸収し,目覚めてゆくことであ ると筆者は考える。それは若い彼女らであったからこそ,全身全霊で吸収したのではないかと言える。今後 もこのフェスティバルの変遷と意義を調査してゆきたい。. 謝 辞 調査にあたり多大のご協力を賜ったモスクワ音楽院ガリーナ・ピサレンコ教授と,「ロシアの子供芸術セ ンター『文化と教育』」のアレクサンドラ・パリャンスカヤセンター長に心から感謝申し上げます。 ⅰ フェスティバルは2年に1度の開催であるので,20年目の今回は11回目にあたる。 ⅱ ロシア文学の父と言われ,19世紀前半に活躍した詩人,作家。デカブリストたちに共感し,農奴制を批判した詩などを書 いたことにより,その後殆ど終生,検閲のもとに置かれることになる。彼の文学を特徴づけているのは,人間の自由と尊厳 を歌い上げる完璧な結びつき,呪術の自然さ,明晰,簡明である。多くの作曲家は彼の詩を歌曲とし,またチャイコフスキ イはプーシキンの原作「エフゲニ・オネーギン」をオペラとした。現在でも多くのロシア人に愛されている文豪の一人。 ⅲ Master class:一流の音楽家が指導する音楽セミナーのこと。 ⅳ Глазунов Илья Сергеевич(1930-2017)画家,教師,絵画・彫刻・建築のロシアアカデミーを創設,そして校長を務 める。モスクワに彼の多くの作品を展示している美術館がある。. 参考文献 ・新版 ロシアを知る事典 平凡社;新版(2004/1/21)川端 香男里(編集) ,佐藤経明 他(編集) ・ジーニアス英和大辞典 大修館;第3版(2011/12/10)南出康世(編集) ,中邑光男(編集). 参考資料 ・ 「第11回モスクワ国際声楽フェスティバル」のパンフレット ・モスクワ市「子ども芸術センター『文化と教育』」のパンフレット. 参考サイト ・ 「第11回モスクワ国際声楽フェスティバル『銀の声』 」のホームページ http://s-golos.ru/jury(2020/3/27) ・グラズノフのサイトhttps://ru.wikipedia.org/wiki(2020/3/27). . 294. (岩見沢校准教授).

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参照

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